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エメラルドの原産地特徴と原産地鑑別における問題点

2024年10月PDFNo.67

CGL リサーチ室 趙 政皓・北脇 裕士・江森 健太郎

四大宝石の一つと言われているエメラルドは古くから貴重な宝石として珍重されてきた。16世紀以降、コロンビア産のエメラルドが最も高く評価されてきたが、近年は世界各地から高品質のエメラルドが産出するようになり、トレーサビリティの観点からもエメラルドの原産地鑑別の重要性が急速に高まっている。本稿では、エメラルドの原産地鑑別を行う上での基本的な考え方と標準的な鑑別手法についてまとめ、実際の鑑別ルーティンで見られた特殊な事例について紹介する。さらにLA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点についても言及する。

◆エメラルドの形成

エメラルドはベリルの一種であり、その主要な化学組成はBe₃Al₂(SiO₃)₆で表される。鮮やかな緑色を呈するのは、ベリルの主成分であるアルミニウムの一部がクロムやバナジウムに置換されることに起因する。エメラルドを構成する元素のうち、ベリリウム、クロムおよびバナジウムは地殻中にきわめて存在度の低い元素である。その上、ベリリウムは大陸地殻に、クロムとバナジウムは海洋地殻やマントルなど、それぞれ別の地質環境に存在しやすい。そのため、これらの元素が共存する環境は限定的であり、エメラルドは希少性の高い宝石になっている。
エメラルドはコロンビア産が最も良く知られているが、近年では、図1に示すように世界各地から品質の良いエメラルドが産出するようになった。先行研究によって、エメラルドは熱水変成型と片岩ホスト型に大別されている(文献1-3)。図1にて緑色で示したのが熱水/変成型であり、青く示したのが片岩ホスト/マグマ関連型である。

図1 世界中の宝石品質のエメラルドの原産地。

 

熱水/変成型エメラルドの代表はコロンビア産であり、その形成過程の模式図を図2に示す。苦鉄質岩を含む様々な岩石の粒子が海底で沈殿し、固結して形成した頁岩にはベリリウム、クロムおよびバナジウムが含まれている。そこに、亀裂から熱水が侵入すると、岩石内部の元素が移動してエメラルドを含む鉱脈が形成される。形成する地質環境の圧力が低いため、このタイプのエメラルドは屈折率が低くなる。また、成長する際に熱い濃塩水を取り込むため、冷却の過程において特徴的な三相インクルージョンを形成しやすくなる。
片岩ホスト/マグマ関連型(以下から片岩ホスト型と略す)エメラルドはブラジル、ザンビア・カフブ地域、ロシア・ウラル山脈など世界各地から産出している。その典型的な形成過程の模式図を図3に示す。苦鉄質岩(変質玄武岩など)、超苦鉄質岩(変質ペリドタイト、蛇紋岩など)と呼ばれる鉄やマグネシウム成分に富む岩石中にはクロムやバナジウムも含まれている。そこにベリリウムを含む花崗岩質マグマが貫入すると、境界付近では花崗岩質マグマの流体からベリリウムなどが供給され、苦鉄質岩が変成して形成した黒雲母片岩の中にエメラルドが形成する。母岩は圧力が高く、鉄分が豊富なため、このタイプのエメラルドは屈折率と鉄含有量が高くなる。流体インクルージョンも熱水/変成型と異なり、角型の二相インクルージョンが形成しやすい。
(エメラルドの形成過程とインクルージョンの詳しい内容について、CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください。)

図2コロンビア産熱水/変成型エメラルドの形成過程 の模式図(文献2に加筆)。

 

図3 片岩ホスト/マグマ関連型エメラルドの形成過程 の模式図(文献1に加筆)。

 

◆エメラルドの結晶構造

図4にc軸方向と側軸方向から見たエメラルドの結晶構造を示す。一つのセルに4つの中空のトンネル構造が見られる。このトンネルの中には周囲の環境や形成時の圧力に応じて水分子や金属イオン、特に一価の金属イオンが入る。また、トンネル中に入った水分子は、その隣の金属イオンの有無によって、図5に示すように向きが異なるタイプIとタイプIIに大別される。

図4 c軸方向(左)と側軸方向(右)から見たエメラルドの結晶構造。VESTAによる図(文献4)。

 

図5 エメラルドのトンネル構造中にある水分子。

 

◆エメラルドの原産地特徴

エメラルドは、産地により屈折率が異なることが知られている。これは取り込まれる微量元素の種類や水分子の量が異なることが原因の一つである。特に形成時の圧力が高いほど、水分子の含有量も高くなる。熱水/変成型であるコロンビア産エメラルドは地殻浅部の堆積岩中に形成するため、形成時の圧力が低く、置換元素なども少ない。それによって、コロンビア産エメラルドの屈折率は1.56~1.58となり、基本的に1.58を超える他の産地のエメラルドより明らかに低くなっている。

結晶構造のトンネルに入る2種類の水分子の比率によってエメラルドの赤外スペクトルが変化する。図6に熱水/変成型と片岩ホスト型エメラルドの赤外吸収スペクトルを示す。熱水/変成型のコロンビア産エメラルドはナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属の含有が少ないため、タイプIの水が優勢となり、5447 cm–1のピークが認められる。一方、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドはアルカリ金属の含有量が高いため、タイプIIの水による5582 cm–1のピークのみが存在する。

図6 熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の赤外吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

また、エメラルドの原産地を鑑別する際に紫外-可視吸収スペクトルも有用である。コロンビア産エメラルドの母岩である黒色頁岩は、比較的鉄の含有量が低い岩石である。その上、頁岩中の鉄は熱水中の硫黄と結合してパイライトとして沈殿するため、コロンビア産エメラルドの鉄含有量は極めて低い。このことによって、コロンビア産エメラルドの紫外-可視吸収スペクトルでは、二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がなく、片岩ホスト型のものと容易に区別ができる(図7)。このようにコロンビア産エメラルドはスペクトルの濃赤色部の吸収がないため、カラー・フィルターで赤く見えることは良く知られている。

図7 熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

顕微鏡観察は、宝石の成長履歴を知るための最も重要で伝統的な鑑別手法である。前述したように、熱水/変成型エメラルド中には三相インクルージョン、片岩ホスト型エメラルド中には二相インクルージョンが頻度高く観察される(CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください)。その他、コロンビア産エメラルドの特徴としてスペイン語で「油の滴」という意味のGota de Aceiteがある(図8)。本来は成長構造を示す言葉であったが、市場では高品質を示す意味に誤用されることがある。コロンビアのエメラルドディーラーが3世代にわたって使用してきたが、近年は油の意味がオイル含浸を思わせるため敬遠されるようになった。

図8-1 コロンビア産エメラルドに観察されたGota de Aceite (油の滴)と呼ばれる成長構造。

 

図8-2 コロンビア産エメラルドに観察されたGota de Aceite (油の滴)と呼ばれる成長構造。

 

コロンビア産とそれ以外の産地のエメラルドの一般的な特徴をまとめると、以下の表1になる:

表1エメラルドの一般的な原産地特徴

 

このようにコロンビア産エメラルドは他の産地とはいくつかの異なる特徴を有するため、原産地の特定は比較的容易である。しかし、中にはこれらの特徴に当てはまらない特異なものも存在する。以下には実際の鑑別ルーティンで見られた通常とは異なる特殊な例を紹介する。

◆鑑別ルーティンで見られた特殊な例

近年、アフガニスタンのパンジシールやザンビアのムサカシなど、コロンビア以外の産地からの熱水/変成型エメラルドも少しずつ流通するようになった。これらのエメラルドにもコロンビア産に一般的な三相インクルージョンが観察されることがある(図9)。したがって、三相インクルージョンの存在のみでコロンビア産と短絡的に決定することはできない。また、コロンビア産エメラルドの固有の特徴と思われていたGota de Aceiteもこれらの産地から報告されている (文献5-6)。さらに、熱水/変成型エメラルドはコロンビア産以外でも鉄含有量も低いため、紫外-可視吸収スペクトルにおいて二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がほとんど見られないものがある(図10)。

図9アフガニスタン産エメラルド中の三相インクルージョン

 

図10 同じ熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)とアフガニスタン産エメラルド(黄)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

一方で、片岩ホスト型に類似する特異なコロンビア産エメラルドも存在する。図11に示すように、このコロンビア産エメラルドの赤外スペクトルは、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドに類似している。タイプⅠの水に因る5447 cm–1のピークは不明瞭なショルダーになっており、タイプⅡの水に因る5582 cm–1のピークが見られる。また、図12に示すように、コロンビア産ではあるが、紫外-可視吸収スペクトルにおいて830 nm中心の吸収が強く、ブラジルやパキスタン産などの片岩ホスト型エメラルドと類似したものが見られた。このように顕微鏡観察や分光法など標準的な分析手法のみでは、コロンビア産エメラルドを他の産地と明確に識別するのが困難な場合がある。さらにコロンビア産以外のエメラルドの産地を特定するのは通常は難しい。そのため、エメラルドの原産地鑑別は、次節に紹介するLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高精度の分析が求められている。

 

図11 異例なコロンビア産エメラルド(青)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の赤外吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

図12 特異なコロンビア産エメラルド(青)と片岩ホスト型であるパキスタン産エメラルド(赤)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

◆LA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点

2000年代以降、ルビー、サファイア、パライバ・トルマリンなど、宝石の原産地鑑別にLA-ICP-MSによる微量元素分析が利用されるようになった。CGLでもLA-ICP-MS分析による原産地鑑別の継続的な研究を行っており、エメラルドの原産地鑑別にも微量元素の分析が非常に有効であることを確認している。一例として、図13にはカリウムとバナジウムのプロット図を示す。コロンビア産は片岩ホスト型だけでなく、同じ熱水/変成型のアフガニスタン産のエメラルドとも明確に区別することができる。

図13 LA-ICP-MS分析によるカリウム(K)-バナジウム(V)プロット図。緑色はコロンビア産エメラルド、黄色はアフガニスタン産エメラルド、暗赤色は片岩ホスト型エメラルドを示している。

 

さまざまな元素の組み合わせに因るプロット図を用いることで、片岩ホスト型エメラルドについても原産地の特定が可能となる。ただ、片岩ホスト型エメラルドは原産地が多く、プロットが重複することがあるため、複数のプロット図を組み合わせて総合的に判断する必要がある。例えば、リチウム、バナジウム、鉄、セシウムなどによる複数のプロット図を用いることで、市場性の高いブラジルとザンビア産エメラルドのほとんどを区別することができる。さらに亜鉛、ルビジウムなどの元素を加えると、ロシア、ジンバブエ産などの比較的マイナーな産地のエメラルドも明確に区別できる。

次にLA-ICP-MS分析を用いた元素プロットでも原産地鑑別が困難であった事例を紹介する。鑑別ルーティンで原産地鑑別の依頼があったかったエメラルド数点を分析し、鉄とセシウムのプロット図を作成した(図14)。依頼者によると近年ブラジルのバイーア州の鉱山で採掘されたものとのことであったが、赤い点(便宜上新バイーアとして表記)で示したように明らかにザンビア産の領域にプロットされた。

図14 LA-ICP-MSによる鉄(Fe)-セシウム(Cs)プロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド(便宜上新バイーアと表記)、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド(便宜上旧バイーアと表記)、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

しかし、他の一部のプロット図(例えば、鉄とバナジウムのプロット図、図15)では、これらのバイーア産と申告のあったエメラルドは従来のバイーア産(便宜上旧バイーアと表記)エメラルドと解釈できる領域にプロットされた。

図15 LA-ICP-MSによる鉄(Fe)-バナジウム(V)プロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

さらに、ホウ素、スカンジウム、チタン、ガリウムなど総計22元素を合わせて計算し、線形判別分析を行ったところ、バイーア州産と申告のあったエメラルドはザンビア産ではなく、バイーア州産と確認できた(図16)。ブラジル産としては現在ミナスジェライス州から産出するエメラルドが多く流通しているが、過去にはバイーア州のものが日本には多く輸入されていた。今回、新バイーアとしたものはバイーア州の新たな鉱山からのものか、鉱山は以前と同じでも採掘された時期や鉱脈の違いから微量元素に差異が生じたかは不明である。

図16 22元素を用いて線形判別分析を行ったプロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

いずれにしてもLA-ICP-MSによる微量元素分析はエメラルドの原産地鑑別に極めて有用であることは疑いがない。より精度を高めるためにはできるだけ多くの元素を合わせて分析することが重要である。

◆まとめ

屈折率の測定、内部特徴の観察、スペクトルなどの標準的な分析手法により熱水/変成型であるコロンビア産と片岩ホスト型のエメラルドをおおよそ区別することが可能である。しかし、近年はコロンビア産以外の熱水/変成型エメラルドの市場性も高くなり、コロンビア産と特定することが困難になりつつある。また、片岩ホスト型のエメラルドは産地が多く、標準的な分析手法では原産地の特定は困難である。エメラルドの原産地鑑別にはLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高感精度の分析を併用することで精度を向上させることができる。その際、できるだけ多くの元素の分析を行い、統計学的な手法をも取り入れた慎重な解析が必要で、データベースを常に更新することも極めて重要である。

 

◆参考文献

[1] G. Giuliani, L. A. Groat, D. Marshall, A. E. Fallick, & Y. Branquet. (2019). Emerald Deposits: A Review and Enhanced Classification. Minerals, 9(2), 105.

[2] G. Giuliani, M. Heuzé, & Ma. Chaussidon. (2000) La Route des Émeraudes Anciennes. Pour la Science, N° 277.

[3] S. Saeseaw, N. D. Renfro, A. C. Palke, Z. Sun, & S. F. McClure. (2019). Geographic Origin Determination of Emerald. Gems & Gemology, 55(4).

[4] Momma, K., & Izumi, F. (2011). VESTA 3 for three–dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data. Journal of applied crystallography, 44(6), 1272–1276.

[5] N. Ahline. (2017). Gota de Aceite in a Zambian Emerald. Gems & Gemology, 53(4), 460–461.

[6] R. Zellagui. (2022). Afghan Emerald with Gota de Aceite Phenomenon. The Journal of Gemmology, 38(2), 115–117.

令和6年度宝石学会(日本)講演会・50周年記念講演会参加報告

2024年10月PDFNo.67

リサーチ室 趙 政皓

令和6年度宝石学会(日本)総会・一般講演会が7月13日(土)東京都台東区のジュエラーズタウンオーラムにて開催されました。また、50周年記念講演会・懇親会が7月14日(日)同会場にて開催されました。

<総会・一般講演会参加報告>

今年度の一般講演会は、16件の口頭発表が行われ(ダイヤモンド2題、色石関連8題、真珠6題)、参加者は77名でした。CGLリサーチ室からは「メレサイズ合成カラーダイヤモンドの鑑別」、「エメラルドの原産地鑑別における問題点」の2題の発表を行いました。これらにのうち後者は本CGL通信に掲載されております。本会で発表された16件のうち一部を抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に〇)。

一般講演会の様子

 

AIによるインクルージョンの自動判別の可能性

〇佐藤貴裕・中村卓・宮川和博・佐野照雄(山梨県産業技術センター)・
有泉直子(元山梨県産業技術センター)・笠原茂樹・小泉一人(宝石貴金属協会)・
古屋正貴(日独宝石研究所)・高橋泰(山梨県立宝石美術専門学校)

山梨県産業技術センターの佐藤貴裕氏がAIを用いたインクルージョンの判別について発表しました。光学顕微鏡によるインクルージョンの観察は、宝石の鑑別において極めて重要な分析手法の一つです。現在、AIによる画像判別は急速に発展しているため、AIを用いてインクルージョンを判別し、より効率的な鑑別作業が可能になることが期待できます。ルビーのインクルージョンを3グループに分けて、アルゴリズムであるYOLOにより学習した結果、AIの平均正解率はおよそ65%でした。立体的なインクルージョンは写真1枚で判別しにくく、表面にあるキズが誤認されやすいなどの問題点があり、学習した画像数は200未満と少なかったが、AIによる大まかな分類は可能であることがわかりました。

 

アメトリン、シトリンにおける加熱及びガンマ線照射による影響

〇末冨百代、鍵裕之、荻原成騎(東大院理)・趙政皓(中央宝石研究所)

東京大学理学系研究科の末冨百代氏がクォーツにおける加熱およびガンマ線照射の影響について発表しました。アメシストの紫色はFe4+に起因し、シトリンの黄色は格子間サイトのFe3+に起因すると考えられます。アメトリンを加熱した後にガンマ線照射したところ、紫色の部分は加熱によって脱色し、照射されると再び紫色になります。

これはSiを置換するFeがFe4+→Fe3+→Fe4+の順に変化したと考えられます。一方、黄色部分は色の変化がなく、格子間Fe3+が変化しなかったと考えられます。シトリンを照射した結果、アメトリンの黄色部分と違って灰黒色へと変化しました。シトリンの照射前後の赤外吸収スペクトルを比較したところ、この色の変化は[AlO4/M+]+[AO4]欠陥に関連することがわかりました。

 

奈良県香芝市穴虫産サファイアの宝石学特徴

〇三浦真・任杰(GIA Tokyo)

GIA Tokyoの三浦真氏が奈良県香芝市穴虫産のサファイアについて発表しました。コランダムは古くから貴重な宝石とされ、現在は主な産地としてミャンマー・スリランカ・マダガスカルなどが知られていますが、日本でも産出します。奈良県二上山の香芝市穴虫地域の川砂はガーネットが多く、少なくとも江戸時代から研磨剤として採取されてきて、その中にサファイアを含むことがあります。この地域のサファイアは薄い六角板状から六角柱状の自形結晶として産し、彩度の高い青色を呈します。二相、雲母、メルトインクルージョンなどが観察できます。穴虫産サファイアは二上山下部に存在する領家変成帯の変成岩起源であるとされていました。しかし、メルト内包物の存在は変成岩起源とは考えにくく、アメリカ、モンタナ州ヨーゴ渓谷産サファイアからも見つかっていることから、穴虫産サファイアはそれらと似たような起源である可能性があります。

 

 

グアテマラ産の鮮やかな緑色の翡翠について

〇中嶋彩乃(東京都)・古屋正貴(日独宝石研究所)

東京都の中嶋彩乃氏がグアテマラ産ジェイダイト‒オンファサイト翡翠について発表しました。元々グアテマラ産の翡翠は灰色や青色のものが多かったが、近年緑色の翡翠が発見され、市場でも見られるようになっています。緑色は鮮やかで濃い印象ですが、暗いものが多いです。グアテマラ産の各色の翡翠を蛍光X線、反射FT-IRを調べたところ、白、ラベンダーのものは全部ジェイダイト、緑色は全部オンファサイト、青から黒のものはジェイダイトとオンファサイトが半々でした。分光特性について、緑色のオンファサイトでは689 nmの明瞭なクロムラインの他、437 nmのFe3+によるシャープな吸収は見られますが、432 nmくらいに付随する吸収バンドは見られませんでした。

 

 

ベトナム・ハロン湾のアコヤ養殖真珠について

〇伊藤映子(㈱RSEラボラトリー)・国枝康太(有限会社 聖和)

RSEラボラトリーの伊藤映子氏がベトナム・ハロン湾のアコヤ真珠について発表しました。真円真珠養殖が発明されて116年を経った今、世界中で各種の養殖真珠が生産されるようになり、ベトナムのハロン湾もその一つです。日本の技術が使われているようで、養殖場には日本とベトナムの旗が並んでいました。今回調べた養殖場は、ほぼ11から13か月ほど養殖しています。水温がほぼ一定のため、日本のように冬に浜上げするようなことがありません。主に生産しているのは4.5~6.5 mmぐらいの珠で、母貝も日本で使用されているものよりも小さいです。ハロン湾の真珠の巻きは厚いが、調べたところ、稜柱層が発達していたものがあり、片巻のものも多く、真円度は日本のものより悪かったようです。これは、ピースの切り取りが悪かったのが原因だと考えられます。

 

濃色系真珠に対する漂白などの加工の影響について

〇矢崎純子、田澤沙也香、佐藤昌弘(真珠科学研究所)

真珠科学研究所の矢崎純子氏が濃色系真珠に対する漂白などの加工の影響について発表しました。クロチョウ真珠は現在、明るいグレー系のものが減少傾向にある一方、需要が増加しているため、処理されるものが出ていると言われています。ポルフィリン系色素が原因のため、青い光に弱いと考えられます。そこで、3つの手法で処理し、その変化が以下のようになりました:①漂白した結果、280 nmの吸収がなくなって赤みが消えました;②青い光で照射した結果、ほぼ変わりませんでした;③加熱した結果、280 nm吸収が変わらないが赤みが強くなりました。

 

<50周年記念講演会参加報告>

宝石学会(日本)は今年、2024年で創立50周年を迎え、この記念すべき年の行事として50周年記念講演会が実施されました。特別講演の前に、現宝石学会(日本)神田久生会長より50周年の挨拶が行われました。また、宝石学会(日本)のロゴマークが今年初めて制定され、その披露も行われました。宝石学会(日本)のロゴマークは会員からロゴマークの原案を募集し、投票により決定されたものです。その後、一般社団法人日本ジュエリー協会会長 長堀慶太氏、東京ダイヤモンドエクスチェンジ(TDE)理事長 岩崎道夫氏、全国宝石卸商協同組合理事長 望月英樹氏(代読 日独宝石研究所所長 古屋正貴氏)、一般社団法人日本鉱物科学会会長 大和田正明氏(代読 中央宝石研究所北脇裕士)、一般社団法人日本地質学会会長 山路 敦氏(代読 早稲田大学林正彦)より祝辞をいただきました。その後、5件の特別講演が行われ、参加者は98名でした。発表者と題名は以下のようになります。

 

一般社団法人日本ジュエリー協会会長 長堀慶太氏

 

東京ダイヤモンドエクスチェンジ(TDE)理事長 岩崎道夫氏

 

50周年特別講演会の様子

 

宝石学会(日本)半世紀を迎えて

林政彦(早稲田大学)

早稲田大学の林政彦氏が宝石学会の歴史について発表しました。1960年代英国宝石学協会や米国宝石学協会などが成立し、宝石学会(日本)も1974年に設立されました。その後、多くの宝石鑑別機関が成立し、1981年は宝石鑑別団体協議会(AGL)も設立されました。

 

合成ダイヤモンド研究の歴史

神田久生(元物質・材料研究機構(NIMS))

元物質・材料研究機構(NIMS)、現宝石学会(日本)会長の神田久生博士は、合成ダイヤモンド研究の歴史について発表しました。1955年にGEが高温高圧法(HPHT法)を用いてダイヤモンドの合成に成功したことを受け、日本も1960年代からダイヤモンド合成の研究を始めました。その後、1980年代NIMSが化学気相成長 法(CVD法)に成功し、日本がCVD合成ダイヤモンドに大きく貢献しました。

 

真珠養殖の誕生を検証する

赤松蔚(元ミキモト真珠研究所)

元ミキモト真珠研究所の赤松蔚氏が養殖真珠誕生の歴史について発表しました。1858年ドイツのへスリングがパールサック(真珠袋)の理論を提唱し、その後、御木本幸吉が1893年に半円真珠養殖に成功しました。1907年、西川藤吉が外套膜の小片を貝体内に移植する方法を発明し、現在の有核真珠養殖の基本技術となりました。1917年、御木本幸吉が「全巻式」という方法を発明し、1919年に養殖真珠がヨーロッパの市場にも出ました。

 

ヒスイの発見と世界ジオパーク

竹之内耕(フォッサマグナミュージアム)

フォッサマグナミュージアムの竹之内耕館長が糸魚川のヒスイの形成と歴史について発表しました。糸魚川は陸の孤島とも言われています。ここのヒスイは5億年ほど前に形成し、2000万年ほど前フォッサマグナの形成により地表付近に持ち上げられました。そこで川が地層を削り、土石流などによって糸魚川の海岸まで運ばれました。また、長者ヶ原遺跡などからはヒスイ製品とそれらの生産遺跡も発見され、糸魚川は世界最古のヒスイ文化発祥地となっています。

 

 

宝石鑑別技術の発展

北脇裕士(中央宝石研究所)

CGLの北脇裕士が宝石鑑別技術の発展について発表しました。日本では1961年宝石の輸入が自由化して以来、宝飾ブームが起こり、それに伴って宝石技術が発展していきます。顕微鏡観察などの基本的な鑑別手法はヒスイの酸処理や含浸処理を看破できることもあり、今でも重要な鑑別手法です。その上、FTIRスペクトルは水晶の合成か天然、コランダムの加熱、ダイヤモンドのタイプを鑑別するに用いられ、UV-Visスペクトル、PLスペクトル、ラマンスペクトルも様々な鑑別業務に用いることになっています。現在、最新な技術として、LA-ICP-MSはコランダムのベリリウム処理の鑑別や様々な宝石の原産地鑑別に使用されています。

 

<懇親会参加報告>

7月14日(日)、50周年記念講演会終了後、同会場にて、懇親会が行われました。講演会において、一般社団法人日本宝石協会理事長 堀内信之氏、一般社団法人宝石鑑別団体協議会会長 近ケイ子氏、国際色石協会(ICA)理事 キャプテン・ラムジ・シャルマ氏(代読ニール・カンディラ氏)より祝辞を頂きました。懇親会には64名が参加し、会員同士の交流や、前日・同日行われた一般講演・50周年記念講演の発表 内容について質疑応答や討論等が 行われ、有意義な時間を過ごしました。参加者には大変好評でした。

懇親会の様子