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中国製大型無色系 HPHT 合成ダイヤモンド結晶の観察

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年5月PDFNo.63

リサーチ室  北脇裕士 、江森健太郎、久永美生、山本正博、岡野誠

研究用に入手した33個の大型無色系HPHT合成ダイヤモンドの結晶原石を検査した。これらは中国のある企業が宝飾用途に商業ベースで生産した3〜8 ctの原石である。これらのすべてに種結晶の痕跡が認められ、種面の方位は等しく{100}であった。原石の形状は{100}と {111}が発達しており、{110}、{113}、{115}も認められた。種面以外の結晶面には特有の線模様が認められた。 結晶表面に達した金属inc.からは蛍光X線分析およびLA‒ICP‒MS分析においてFe(鉄)、Co(コバルト)と微量のTi(チタン)およびCu(銅)が検出された。赤外分光分析ではすべてII型の特徴を示し、フォトルミネッセンス分析では天然には稀なNi(ニッケル)に関連するピークが検出された。また、DiamondViewTMでは各成長分域によって異なる強さの蛍光と燐光が観察された。以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット・研磨された後も天然ダイヤモンドとは確実に識別が可能と考えられる。

Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個
Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個

 

背景

中国の鄭州は、HPHT法による工業用合成ダイヤモンドの世界的な生産地で、世界の需要のおよそ95%を担っている(文献1)。Zhong Nan Diamond Co., Ltd.、Huanghe Whirl Wind Co., Ltd.、Zhengzhou Sino Crystal Co., Ltd.は、「3大巨頭」と称され他を圧倒しているが、他にも多くの製造会社が林立している(文献1)。 2014年末頃からこれらの企業により宝飾用メレサイズの無色合成ダイヤモンドの生産が開始され、その圧倒的な生産量により、瞬く間に世界の宝飾市場を席巻した。2018年以降、0.2 ct〜0.5 ctのカット石が中心に生産されているが、1 ct〜2 ctサイズのものも作られている(文献2)。さらに最近になって結晶の大型化が進み、これまで工業用に特化していた企業が宝飾用の合成を始めている。 本研究は、今後増加が予測される大型のHPHT無色合成ダイヤモンド結晶の諸特徴を明らかにし、カット・研磨後に流通する製品に対して有益な鑑別指針を提供できると思われる。

 

 

試料と分析方法

研究用に入手した中国製の無色系HPHT合成ダイヤモンド結晶原石33個を検査対象とした (Fig.1) 。これらはこれまで工業用途に特化してきたある企業が宝飾用に新たに製造を始めた大型結晶である。試料の内訳は3〜4 ct結晶29個、5〜6 ct結晶3個、7〜8 ct結晶1個の総計33個である。33個の試料すべてに対して標準的な宝石学的検査を行い、3〜4 ct結晶のうち13個については赤外分光分析を行った。また、5〜6 ct結晶2個と7〜8 ct結晶1個の計3個についてSYNTHdetectTMによる検査、DiamondViewTMによる観察およびフォトルミネッセンス分析を行った。また、拡大検査で表面に達する金属包有物を含有していた3個については蛍光X線分光法による組成分析を行った。さらに、うち1個についてはLA‒ICP‒MS分析を行った。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365 nm)と短波紫外線ライト(253.6 nm)を用いて完全な暗室にて行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4100を用いて分析範囲は7500–500 cm–1、分解能は4.0 cm–1で、積算回数はAutoで測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman Microscope 830 nm、633 nm、514 nm、488 nmおよび457 nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。蛍光X線分析には日本電子製JSX‒100Sを用いて管電圧30 kV、管電流最大1 mA、コリメーターはφ2 mmで行った。 LA‒ICP‒MS分析には、ESL社のNWR 213とAgilent 7900を使用した。レーザーアブレーションにおけるクレーターサイズは15 μm、レーザーパワーは20J/cm2で1秒間に10発を20秒間継続した。プラズマの RFパワーは1200 Wとした。

 

結果と考察

◆結晶形態

Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495ct)
Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495 ct)

検査を行った結晶の重量はほとんどが3〜4 ctで、縦横の長さは平均で7 mm程度であった。これらをカット研磨することで1〜2 ct程度のものが得られると推定される。今回検査した33個の結晶の中で最大のものは7.495 ctで縦横の長さはおよそ10 mmあった(Fig.2)。これからは3 ct程度のカット石が得られると思われる。33個すべての結晶に種結晶は付着していなかったが、種面は総じて{100}であった。また、結晶の原石のサイズに関係なく、種結晶の大きさは0.5 mm程度であった(Fig.3a)。種結晶の抜け跡の形態は、中央の{100}を取り囲むように4つの{111}が見られるものがあり、Ib型のHPHT合成の結晶原石が使用されていたと推測される(Fig.3b)。結晶は複数の結晶面から構成されており、その代表的なものの写真をFig.4aに、その模式図をFig.4bに示す。すべての結晶は{100}と{111} を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られた。各結晶面の相対的な大きさは結晶ごとにバラツキがみられた。Fig.5に示すように、{100}に注目してみると(図中の水色線で囲まれた四角形)、各結晶によって大きさが異なっていることがわかる。しかし、全体的には{111}が{100}よりも大きく発達しているものが多くみられた。

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (a) :種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度)

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (b) :最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (a) :すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (b) (a)の面指数の模式図

 

Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。
Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。

 

◆表面特徴

33個の試料すべての結晶面上に特有の線模様がみられた(Fig.6a, b)。これらは指数の異なる面に連続しており、結晶の成長時に形成したものではなく、成長後のプロセスで生成したことが推定できる。HPHT合成ダイヤモンド結晶の表面模様は溶媒金属の合金組成と関連しており、ラメラ状のパターンは溶媒にFe(鉄)を用いた際に発生する(文献3)。金属溶媒が固化する際に合金組成に応じて結晶表面に様々なパターンが生じるもので、Feを使用するとダイヤモンド表面をエッチングすることで線模様となる(文献3)。このような線模様は天然ダイヤモンドの結晶にはみられないため、カット・研磨後に残されていれば鑑別の手掛かりになる。かつてCGLでは今回の33個の試料とは別にグレーディングに供され、HPHT合成と判断した0.791 ctのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドのナチュラル(未研磨部)に類似の線模様を確認している(Fig.7)。

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6a:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6b:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線
Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線

 

◆紫外線蛍光

長波および短波紫外線下において明瞭な蛍光が認められるものはほとんどなかったが、一部に弱い青白色の 蛍光が観察された。短波紫外線(SWUV)下では33個の試料すべてに、品質(金属inc.の量比)に関係なくやや緑がかった青白色の明瞭な燐光が観察された(Fig.8a, b)。燐光の程度には強弱があり、数10 秒程度のものから長いものでは1 分以上継続するものも認められた。概して、後述する赤外分光分析でホウ素に関連するピークを示したものには強めの燐光が見られた。天然ダイヤモンドでは明瞭な青白色の燐光を示す例は極めて稀であり、 短波紫外線下において数秒以上継続する明瞭な燐光の存在はHPHT合成の警鐘となる。

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶

 

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (b)金属inc.が豊富な結晶

 

◆金属包有物

今回検査した33個の試料にはほとんどに金属inc.が認められた。金属inc.は種結晶の近傍(Fig.9a)や分域境界付近(Fig.9b)、そして種結晶と対角にある{100}面領域(Fig.9c)に頻度高く観察された。Fig.10はこのような 金属inc.の入り方を示した概念図である。結晶成長がまだ不安定な初期段階である種結晶近傍と、成長速度や不純物元素の取り込み方が異なる分域境界付近、そして成長の最終段階に金属inc.が入りやすいと思われる。 これらの金属inc.を包有する結晶は、強力なフェライト磁石に対しては明瞭な磁性を示した。このような金属inc.や明瞭な磁性は天然ダイヤモンドには見られず、HPHT合成の特徴となる。

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(b)分域境界付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.

 

Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図
Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図

 

◆赤外分光分析

33個の試料のうち13個について赤外分光分析を行った。分析を行ったすべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500〜1000 cm–1)に吸収を示さないII型に分類された(Fig.11)。13個中7個にはホウ素に由来する4093、2928、2810、2460 cm–1に吸収が見られ、IIb型であることが確認された(Fig.11中の青実線)。これらのホウ素に起因するピークが強いものには1332 cm–1のピークも認められた(図中には示していない)。ホウ素は窒素との電荷補償により、窒素に起因する黄色味を除去する目的で意図的に添加されることがあるが、製造時の炭素原料や金属溶媒に由来する不純物としても混入する(文献4)。今回検査した13個のHPHT合成ダイヤモンドは、ホウ素の濃度(FTIRによるピーク強度)に個体差があり、不純物である可能性が高い。また、筆者らが過去に調査した中国製の無色系メレサイズのHPHT合成ダイヤモンド(文献5)よりもホウ素に関連するピークが弱く、不純物としてのホウ素の混入を制御する技術がこの数年で向上したものと考えられる。

Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型
Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型

 

◆DiamondViewTM

5〜6 ctの結晶2個と7〜8 ctの結晶1個の計3個の試料についてDiamondViewTMによる観察をおこなった。すべての試料にホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察されたが、指数の異なる結晶面で発光強度に若干の違いが見られた。およそ{111}が最も強く、次に{100}、{113}が同程度、さらに{110}、{115}は少し弱めであった(Fig.12)。同様の発光色はHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドにも見られることがある。また、天然のII型ダイヤモンドは、 ほとんどのもの(90%以上)がバンドAに因るやや暗い青色蛍光を示すため(CGL未公表資料)、今回の試料のような青白色の発光色は合成起源の警鐘となる。

Fig.12:DiamondViewに因る蛍光像: 蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}
Fig.12:DiamondViewTMに因る蛍光像:蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}

 

◆SYNTHdetectTM

DiamondViewTMで観察した3個の試料についてさらにDTCのSYNTHdetectTMで検査をおこなった。この装置は、天然ダイヤモンドの99%に特有の遅延ルミネッセンスがあることを利用し、合成との識別に使用されている(文献6)。225 nm未満の短波長の紫外線により、試料の深さ1ミクロン付近のみが励起されるため、観察されたルミネッセンスは表面でのみ生成されたとみなされる。この装置は枠付きで複数がセットされたダイヤモンドでも個々に検査を行うことができる。天然ダイヤモンドには455 nmをピーク波長とした特有の遅延ルミネッセンスが現れるが、合成には存在しないことが、デビアスグループの2000万個以上の無色ダイヤモンドで確認されている(文献6)。今回検査した3個はすべて天然に特有の遅延ルミネッセンスが認められず、Refer(要詳細検査)と なった(Fig.13)。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.13:SYNTHdetectTMではすべてrefer(要詳細検査)となった。

 

◆蛍光X線分析

顕微鏡による拡大検査で種面付近に金属包有物を含有している3個の試料について蛍光X線による定性分析を行った。Fe(鉄)とCo(コバルト)がそれぞれ同程度検出され、少量のTi(チタン)も検出された(Fig.14)。FeおよびCoは無色系のダイヤモンドを製造する際に一般的に使用される溶媒金属である。無色系を合成する際には着色に関与するカラーセンタを形成するNi(ニッケル)は通常用いられない(文献7)。CoとFeの割合は重要でCo量は40〜60 wt%が適している。この範囲を外れると、金属包有物の混入や骸晶の発生など良質な結晶が得られなくなる(文献8)。また、厳密な温度管理が必要で高温になり過ぎると金属inc.が多くなり、低温になり過ぎると骸晶が発生しやすくなる。 そのため良質な結晶を得るための適切な温度領域の幅は10°C以下と非常に狭い(文献8)。また、一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質(Fig.15)を分析したところ、相当量のS(硫黄)とFeおよびCoが検出された。これらは金属溶媒からダイヤモンド結晶を取り出す際に使用された強酸溶液(文献7)もしくは電気分解に使用された溶液(文献9)と反応して生成した残存物と考えられる。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.14:表面に達した金属in.の蛍光X線分析 (wt%)

 

Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質
Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質

 

◆LA‒ICP‒MS分析

蛍光X線分析に用いた試料のうち1個(Fig.14の試料1)に対してLA‒ICP‒MS分析による定性分析を行った。測定元素はHPHT合成に一般的に使用される溶媒金属と窒素ゲッターに使われる元素を想定して選定し、以下の7種類について行った。Ti(チタン)(47)、Fe(鉄)(56、57)、Co(コバルト)(59)、Ni(ニッケル)(60)、Cu(銅)(63)、Hf(ハフニウム)(178)、Zr (ジルコニウム)(90)(カッコ内の数字は質量数)。Fig.16に示すAおよびBは同じ金属inc.を、Cは同試料中の別の金属inc.を測定したものである。A、B、CすべてからFeとCoが検出され、AおよびBではその比率は6:4程度、Cではほぼ同程度であった。すべての測定点から少量のTiとCuも検出されており、その比率はおよそ1:3であった。 蛍光X線分析でも明らかなようにFeとCoが主要な溶媒金属であり、Tiが窒素ゲッターとして、CuはTiCの生成を抑制するために添加されたものと考えられる。黄色味の原因となる置換型単原子窒素を除去するために一般に窒素ゲッターと呼ばれるTi、Hf、Zr、Al(アルミニウム)などの元素が適量添加される(文献7)。これらのうちTiが最も効率の良い窒素ゲッターとなるが、溶媒中にTiCが多量に生成し、成長結晶表面の沿面成長が阻害され、金属包有物の巻き込みが顕著となる。そのため成長速度を落として結晶育成が行われるが、Cuを適量添加することでTiCの生成を抑制することができる(文献8)

Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析
Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析 (wt%)

 

◆フォトルミネッセンス分析

DiamondViewTMおよびSYNTHdetectTMで検査を行った3個について5種類の励起源を使用してPL測定を 行った。488 nmレーザーおよび514 nmレーザーにおいて、3個の試料すべてに503.2 nm (H3)、575 nm (NV0)、637 nm(NV)のピークが検出されたが、これらは2次ラマン線の強度よりも小さいピークであった (Fig.17:514 nmレーザーは未記載)。1個の試料にはこれらの他に3Hと帰属不明の631.4 nm、688.2 nm、 731.4 nmのピークが見られた(Fig.17)。633 nmレーザーと830 nmレーザーでは3個の試料すべてに883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークが検出された(Fig.17:830 nmレーザーは未記載)。これらのダブレットはNi(ニッケル)をベースとした溶媒金属を用いて製造されたHPHT法合成ダイヤモンドの{111}領域に頻繁に観察されており、格子間のNiによるものではないかと考えられている(文献10)。この883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークは、HPHT合成を強く示唆するが、CVD法合成ダイヤモンドや天然ダイヤモンドにも稀に見られることがあるため、その存在のみではHPHT法の確実な証拠とすることはできない。

Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル
Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル

まとめ

研究用に入手した33個のほぼ無色の中国製HPHT合成ダイヤモンド結晶を検査した。多くのものは3〜4 ctで あったが、最大のものは7.495 ctで研磨後には3 ct前後になると思われる。結晶の形態は{100}と{111}が発達しており、{110}、{113}、{115}が見られた。結晶面上には特有の線模様が見られ、金属溶媒が固化する際に生じたものと考えられる。ほとんどの結晶に金属inc.が含まれており、磁性を示すものもあった。溶媒金属の化学組成はFeとCoで微量のTiとCuが添加されていた。短波紫外線下で強い燐光が見られ、DiamondViewTMにおいて も結晶面ごとに蛍光強度に差異が見られた。また、SYNTHdetectTMではreferとなった。 以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット研磨されても天然ダイヤモンドとの識別は十分に可能であると考えられる。中国で製造される宝飾用HPHT合成のサイズは大型化してきており、CVD合成の競合において低価格での量産化が見込まれている。宝飾業界にとっては正しい情報開示と正確な鑑別が重要である。

 

参考文献

1. Xiaopeng Jia. (2016) HPHT synthetic diamonds in China. CGLreport, No.35, 1‒6 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/35/54.html
2. 北脇裕士. (2022) アジアにおける宝飾用合成ダイヤモンドの生産者とCGLで鑑別した合成ダイヤモンド. NEW DIAMOND, vol.38, No.1

3. Kanda H., Akaishi M., Setaka N., Yamaoka S. and Fukunaga O. (1980) Surface structures of synthetic diamonds. Journal of materials science 15, 2743‒2748
4. 佐藤周一., 角谷均. (1995) 高純度ダイヤモンド単結晶の合成. 高圧力の科学と技術, vol.4, No.4
5. 北脇裕士. (2016) 無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンド. CGL通信, No.30, 1‒9 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/30/46.html

6. Colin D. McGuinness, Amber M. Wassell, Peter M.P. Lanigan, and Stephen A. Lynch. (2020) Separation of natural from laboratory‒grown diamond using time‒gated luminescence imaging. Gems and Gemology, vol.56, No.2, 220‒229
7. 神田久生. (1992) 大型合成ダイヤモンドに含まれる不純物についての最近の研究. 宝石学会誌, vol.17, No.1‒4 8. 角谷均., 戸田直大., 佐藤周一. (2009) 高品質大型ダイヤモンド単結晶の開発. SEIテクニカルレビュー, 166, 7‒12 9. Zhang Siyang. (2002) Analysis on Electrolysis Process of Synthetic Diamond Rod. Metallurgy and Materials, 40(3), 112.

10. Kanda H. and Watanabe K. (1999) Distribution of nickel related luminescence centers in HPHT diamond. Diamond and Related Materials, 8, 1463‒1469

CGLおける色石の原産地鑑別

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CGLでは現在、「コランダム」と「パライバ・トルマリン」の原産地鑑別サービスを行っており、新たに「エメラルド」の産地鑑別の受付も近日中に開始を予定しております。原産地鑑別サービスは、通常の鑑別書に加え、分析結果報告書を付随させるという形で提供させていただいています。

原産地についての結論は、中央宝石研究所が保有する既知の標本およびデータベースとの比較、現時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたものです。このレポートに記した地理的地域は、検査した宝石の出所を保証するものではなく、最も可能性の高いとされる起源を記述した中央宝石研究 所の意見です。いくつかの産地においては極めて類似した特徴を示すことがあり、特定の産地を記述できないケースもあります。

記述された産地は宝石の品質や価値を示唆するものでもありません。 また、原産地の鑑別にはLA‒ICP‒MS分析を必要とする場合があり、LA‒ICP‒MS分析同意書が必要となります。

◆ コランダムの原産地鑑別

 

ルビー、ブルーサファイアの原産地鑑別は、「非加熱コランダムレポート」サービスに追加する形で行っております。「非加熱コランダムレポート」サービスでは通常の宝石鑑別書に加え、そのコランダムが加熱されていない(非加熱)か、加熱されているかを示した分析報告書が付随します。原産地鑑別の結果は、この分析報告書に記載することが可能となっております。

記載可能な産地(例)

ルビー:ミャンマー、ベトナム、モンザビーク、マダガスカル、スリランカ、タンザニア、タイ、カンボジア、タジキスタン、グリーンランド等

ブルーサファイア:スリランカ、ミャンマー、マダガスカル、カシミール、タイ、カンボジア、ナイジェリア、タンザニア、オーストラリア、モンタナ等

原産地の記載は原則国名ですが、伝統的な通称名が ある場合はその限りではありません。
例:モンタナ、カシミール、東アフリカなど

非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書
非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書

 

◆ パライバ・トルマリンの原産地鑑別

 

現在、パライバ・トルマリンは、銅が主たる色の原因であるブルー〜グリーンの宝石トルマリンのことを言い、ほとんどがエルバイト・トルマリンです(一部リディコータイト)。 パライバ・トルマリンの産出当初、原産地はブラジルに限定されていましたが、現在ではナイジェリア、モザンビークにおいても同様のトルマリンが産出されています。パライバ・トルマリンの名称は、分析報告書に限定されており、原産地鑑別はパライバ・トルマリン分析報告書に追加で記載する形を取っています。

記載可能な産地(例):
ブラジル、モザンビーク、ナイジェリア

パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書
パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書

 

◆ エメラルドの原産地鑑別 NEW

エメラルドの原産地鑑別は近日中に開始予定です。通常の宝石鑑別書に加え、原産地を記載した分析報告書が付属します。エメラルドノンオイルレポートを用いる場合は、ノンオイルレポート(分析報告書)に原産地を記載します。

記載可能な産地(例):

コロンビア、ザンビア、ブラジル、ロシア、エチオピア、ナイジェリア、ジンバブエ、マダガスカル、パキスタン、アフガニスタン等

 

エメラルドの産地鑑別レポート
エメラルドの産地鑑別レポート

 

エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート
エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート

 

◆LA‒ICP‒MS分析とは

宝石鉱物は母岩や産出環境といった地質学的な環境情報を保持しています。宝石鉱物の構成成分を分析することは、その母結晶の地質環境、産状を特定することに繋がるため、原産地鑑別における重要な情報となります。

LA‒ICP‒MSはLA(レーザーアブレーション)装置 とICP‒MS(誘導結合プラズマ質量分析)の2つの装 置を組み合わせた分析装置です。LAは宝石にレーザー光を照射し、そのエネルギーで宝石の極微小領域を微粒子化する装置です。ICP‒MSはLAで生成された微粒子を、約9,000Kに達するプラズマをイオン化源として測定する質量分析器です。蛍光X線元素分析装置では測定不 可能なLi(リチウム)、Be(ベリリウム)といった軽元素の測定ができる他、非常に高感度(数百ppb〜)の分析能力を有しま す。

CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)
CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)

CGLではLA‒ICP‒MSを用いて依頼されたサンプルの微量元素 含有量を分析し、原産地毎の微量元素データベースと比較することで原産地鑑別に役立てています。

LA(レーザーアブレーション装置)で分析する際、宝石のガード ル部分に55 μmの分析痕が残ります(右写真参照)。これは日本人女性の平均的な髪の毛の細さ80 μmよりも細く、宝石を扱う際によく用いられる10倍のルーペでは発見が困難なサイズとなります。◆

ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕
ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕