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天然レッドスピネルの加熱実験報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士、岡野 誠
ジェムリサーチジャパン 福田 千紘

近年、レッド~ピンクの天然スピネルが人気を博している。同系色のコランダムのほとんどは色の改善のための加熱が施されているのに対し、スピネルは非加熱であることもその要因のひとつと思われる。しかし、これらの赤色系スピネルは一部で加熱が行われているとの懸念があり、その識別に関心がもたれている。また、これらの中にはフラックス合成スピネルがまぎれていることもあり、鑑別をより困難なものにしている。
本稿では天然レッドスピネルを600℃~1000℃まで100℃刻みで加熱処理を行い、温度の違いによるフォトルミネッセンススペクトルの変化を記録した。その結果、800℃以上で発光ピークの位置と半値幅(FWHM)が明確に変化し、加熱処理の痕跡を捉えることが可能であることが確認できた。しかし、加熱後の天然レッドスピネルの発光ピークは、フラックス合成のレッドスピネルのものと酷似するため、レッドスピネルの起源および加熱処理の検出は他の分析も組み合わせた総合的な判断が必要である。

 

背景

スピネルの語源はラテン語のspina(小さな棘)に因んでいる。和名は尖晶石といい、どちらも尖った結晶の形に由来している。一般的なスピネルの結晶形は棘のような針状ではなく、尖端の尖った八面体である。結晶が摩耗されず美しい形のものは“エンゼル・カット”と呼ばれ、原石のまま宝飾品に利用されることがある。
広義のスピネルの化学組成はX2+Y3+2O4で表される。Xには2価の元素であるMg、Mn、Fe2+、Zn、Co、Cuなどが入り、Yには3価の元素であるAl、Fe3+、Crなどが入る複雑な固溶体である。狭義のスピネルはMgAl2O4で宝石用スピネルのほとんどがこれに属する。
宝石用のスピネルには各色の変種が存在するが、概して青色系または赤色系に大別できる。これはMgの一部をFe2+が置換することにより青色系が、Alの一部をCrが置換することで赤色系となるためである。
スピネルは、18世紀頃まではしばしばコランダムと混同されてきた。レッドスピネルはルビーに、ブルースピネルはブルーサファイアに外観も宝石学的な特性値も近似しており、何よりも同一の産地から共生することも混同される大きな要因であった。歴史的に英国王室の正王冠に嵌め込まれていた黒太子のルビーがスピネルであったことは有名である。
さて、近年、市場に流通するレッドスピネルやピンクスピネルの数が増加している。ルビー、サファイアのほとんどが色の改善のために加熱されているのに対して、スピネルは非加熱であることも、ナチュラル嗜好を刺激するひとつの人気の要因らしい。しかし、一部のレッドスピネルは加熱処理が施されているとの懸念があり(文献1)、その識別に関心がもたれている。(文献2)(文献3)によると、加熱処理の前後でフォトルミネッセンススペクトルが変化することが報告されており、加熱の検出に有効とされている。
本研究では、先行研究の結果を確認するため、レッドスピネルの加熱処理を行い、その処理前後のフォトルミネッセンススペクトルを記録した。

 

試料と分析方法

試料はミャンマー産の天然非加熱レッドスピネル原石試料5個(①2.702 ct、②2.575 ct、③3.336 ct、④4.480 ct、⑤5.266 ct)を用いた(図1)。

 

図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル (下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。
図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル
(下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。

 

試料の加熱処理はジェムリサーチジャパンにおいてADVANTEC FUM312DAマッフル炉を用いて行った(図2)。試料は内径30 mm、容量10 mlのムライト製磁性るつぼ内にアルミナ粉末を充填し、その中に埋設した。磁性るつぼは底面炉材保護のため、さらにジルコニウムるつぼに入れて炉内に配置した(図3)。

 

図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)
図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)

 

図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ
図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ
とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ

 

加熱ピーク温度は、600℃~1000℃まで100℃刻みとし、同一試料を用いて低温から順に計5回熱履歴を与えた。温度調節はPID制御とし、室温からピーク温度までの昇温時間を2時間、ピーク温度の保持時間を2時間、ピーク温度から室温までの降温時間を4時間の3pathと設定し、炉内は酸化雰囲気(周囲雰囲気)で加熱した。設定温度と実測温度には必ず差異が生じるが、PID制御は単位時間当たりの温度変化の微分値をフィードバックすることで温度の変動を抑制し、かつ設定温度と実測温度の差を時間軸で積分した面積が最小になるように誤差を制御する方法で他の制御方法に比べると差異や変動を少なくすることができる。降温時間は実際には4時間では室温まで降下しないため室温に戻るまで十分な時間をおいてから試料を取り出した。室温は水銀温度計で実験ごとに校正しピーク温度は工場出荷時の校正設定とした。
宝石学的検査および分析はすべてCGLのリサーチ室にて行った。フォトルミネッセンス分光分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製Raman system–model 1000を用い、488 nmのレーザーを励起源として50倍の対物レンズを使用し、室温条件(約20℃)で測定を行った。

 

結果と考察

◆フォトルミネッセンス分光分析
すべての天然レッドスピネル試料について、加熱前、600℃~1000℃それぞれの加熱後において、フォトルミネッセンス分光分析を行った。図4に試料①のそれぞれの実験条件下でのフォトルミネッセンススペクトルを重ね描きしたものを示す。なお、試料②~⑤の分析においてもすべて試料①と同様の結果が得られた。

 

図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化
図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化

 

685.6 nmにおけるピークは通常R–lineと呼ばれ、レッドスピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlが規則正しく配置(秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(八面体サイトにAl、四面体サイトにMg)。一方、687.4 nmにおけるピークはL–lineと呼ばれ、スピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlがランダムに配置(無秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(図5)。また、690 nm〜730 nmのピークはフォノンサイドバンドと呼ばれるピークである(文献3文献4)。

 

図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。
図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。

 

非加熱の状態ではR–lineの強度はL–lineの強度よりも高いが、その強度比R–line / L–lineの値は800℃加熱において劇的に変化し(図6)、900℃以上の加熱においてL–lineの強度がR–lineの強度を上回ることがわかった。また、それぞれの試料について、R–lineの非加熱、各加熱条件後での半値幅を求めた(図7)。R–lineの半値幅は、800℃で大きく変化することが判明した。なお、900℃以上の加熱条件ではピークが重なり、分離が難しいため半値幅、強度比の計算を行うことはできなかった。

 

図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化
図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化

 

以上の結果をまとめると、(1)800℃の加熱においてR–line(685.6 nm)の半値幅が増加すると同時に、R–line/L–lineの強度比に変化が現れ、(2)900℃以上の加熱でL–line強度はR–line強度を上回ることがわかった。このことは天然でのCr3+周囲のMg、Alの秩序/無秩序状態についての平衡状態が800℃以上に加熱することにより相転移が起こり、Cr3+周囲のMg、Alの無秩序化がより進んだ結果であると言える。
この相転移温度は650〜700℃であると言われているが(文献5文献6文献7)、本研究では800℃の加熱において見られた。このことは、サンプルを各加熱条件で加熱後一度室温に戻し、再度加熱するという行程を経ていることによる影響か、加熱を行う際の最高温度保持時間の違い、である可能性がある。
加熱処理によりMg、Alの無秩序化が進んだレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、700℃および650℃で長時間(数日)におよぶ加熱を行っても可逆的に元の状態には戻らないことが確認されている(文献3)。したがって、フォトルミネッセンス分光分析によるスペクトル解析を行うことで800℃以上に加熱処理が施されたかどうかの履歴を検証することが可能である。
レッドスピネルの加熱処理については文献1により、2005年頃から商取引において懸念されていたと報告されている。筆者の1人(KH)も日常の鑑別業務において2006年には加熱されたと思われるレッドスピネルを確認している。文献1によると、タンザニア産スピネルの光を散乱させて石の概観を白っぽくさせるクラウド状の微小包有物は950–1150℃で軽減され、1200℃で完全に除去できるとしている。また、文献8によると、ベトナム産レッドスピネルのオレンジ色の色味は850℃以上で除去できるとしている。したがって、商業的にレッドスピネルの外観を向上させるためには少なくとも850℃以上の温度が必要と思われる。
本研究の対比実験として、フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンス分光分析を行った (図8)。フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、900℃以上で加熱された天然スピネルのスペクトルと酷似していた。これはフラックス合成時の温度は1200℃–900℃以上であり(文献1)、Cr3+周囲のMg、Alが無秩序化しているためと考えられる。
したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効であるが、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルは識別できない。フラックス法合成スピネルの識別には蛍光X線分析やFTIR分析など他の手法を併用する必要がある(文献9)。

 

図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル
図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル

 

まとめ

天然レッドスピネルに加熱処理を行い、フォトルミネッセンス分光分析での加熱処理の判定の可能性について調査を行った。天然レッドスピネルは、800℃に加熱するとフォトルミネッセンススペクトルで観察されるR–line(685.6 nm)の半値幅が増加し、R–lineとL–line(687.4 nm)の強度比が変化する。また900℃以上に加熱することでL–lineの強度はR–lineの強度に比べ強くなることが確認できた。したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効である。しかし、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルはフォトルミネッセンススペクトルでは識別できないため、両者の識別には他の手法を併用した総合的な判断が必要である。◆

 

文献

1.Saeseaw S., Wang W., Scarratt K. Emmett J. L., Douthit T. R.(2009) Distinguish Heat Spinels from Unheated Natural Spinels and from Synthetic Spinels – A short review of on–going research,
http://www.giathai.net/distinguishing–heated–spinels/

2.Sriprasert B., Atichat W., Wathanakul P., Pisutha–Arnond V., Sutthirat C., Leelawattanasuk T., Saejoo S., Jakkawanvibul J., Naruedeesombat N., Puangkaew K., Artsamang P., Sritunayothin P., Kunwisutpan C. (2008) The Heat–Treatment Experiments of Red Spinel from Myanmar. Proceeding of GIT2008, pp 278–282

3.Wang S. and Shen A. (2017) Reversibility of Photoluminescence Spectra of Spinel with heat treatment. 35th IGC 2017 proceedings, pp 67–70

4.Skvortsova V., Mironova–Ulmane N., Riekstina D. (2011) Structure and Phase changes in natural and synthetic magnesium aluminium spinel. Proceedings of the 8th International Scientific and Practical Conference Volume 11, pp. 100–106

5.Peterson, R. C., Lager, G. A., Herterman, R. L. (1991) A time–of–flight neutron powder diffraction study of MgAl2O4 at temperatures up to 1273K. American Mineralogist, 76, pp 1455–1458.

6.Slotznick, S. P. & Shim, S. H. (2008) In situ Raman spectroscopy measurements of MgAl2O4 spinel up to 1400 *C. American Mineralogist, 93, pp 470–476.

7.Redfern, S. A. T., Harrison, R. J., O’Neill, H. S. C., Wood, D. R. R. (1999) Thermodynamics and kinetics of cation ordering in MgAl2O4 spinel up to 1600°C from in situ neutron diffraction. American Mineralogist, 84, 299–310.

8.Malsy A.–K., Karampelas S., Schwarz D., Klemm L., Armbruster T., Tuan D. A. (2012) Orangey–red to orangey–pink gem spinels from a new deposit at Lang Chap (Tan Huong–Truc Lau), Vietnam. The Journal of Gemmology, volume 33, pp. 19–27

9.北脇裕士, 岡野誠 (2006) スピネル最新事情. Gemmology 2006年3月号, pp. 4–5

日本の国石−糸魚川のヒスイ:歴史と特徴

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

Tokyo Gem Science LLC and GSTV Gemological Laboratory

阿依 アヒマディ

日本産のヒスイは、やや透明度に欠けるものの、その希少性と美しい外観特徴により非常に貴重な宝石とされている。本研究の結果、新潟県糸魚川市の小滝川と青海川産のヒスイは発色元素及び鉱物相によって次のような種類に分類される;白色(ほぼ純粋なヒスイ輝石)、緑色(Feに富み、Crを含有)、ラベンダー(Tiを含有)、青色(TiおよびFeを含有)、黒色(黒鉛を含有)。白色のヒスイは組成的にほぼ純粋なヒスイ輝石であった(Xjd=98mol.%、すなわちヒスイ輝石成分が98%)。緑色のヒスイはXjdの値が98~82mol.%の範囲であった。緑色のヒスイにおけるCaOの最大濃度は5%、発色元素はFeおよびCrであった。ラベンダーヒスイの成分がXjd=98~93mol.%で、TiO2およびFeOtotに富み、そしてMnO成分に乏しい傾向があり、青色のヒスイは最も高いTiO2濃度0.65%を示し、Xjd範囲は97~93mol.%であった。

 

図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品
図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品

 

歴史的背景

およそ5500年前の縄文時代に日本の糸魚川地方でヒスイの彫刻が誕生した(図1)。日本の宝石の歴史はここから始まったと言っても過言ではない。縄文時代中期には大珠(たいしゅ)というペンダントのようなものが製作され、日本各地で取り引きされるようになった。弥生時代になると、勾玉や管玉の製作が盛んになった。8世紀頃の伝説によると、現在の福井から新潟にかけて「越(こし)」という古代国家があり、不思議な緑色のヒスイの彫刻を身に着けた美しい姫が国を治めていたという説がある(図2)。
数千年も続いたヒスイの文化は、古墳時代 (紀元3~7世紀)中期から後期にかけて衰退し、6世紀頃には姿を消してしまう。それから千年以上の後の1938年、ヒスイの探索を行っていた伊藤栄蔵氏により糸魚川市の小滝川で日本のヒスイが再び発見された(図3)。翌年これらの研究を行った東北大学の河野義礼博士らが論文を発表した(Kawano, 1939; Ohmori, 1939)。その後の調査により、日本海に注ぐ姫川上流の小滝地区以外に糸魚川市に属する青海川上流の橋立地区でも発見されている(図4)。糸魚川産の、特に海岸で採れるヒスイは原石の状態でも十分に美しいのも特徴の一つである。色は白、緑、紫、青、黒などがあるが、糸魚川のヒスイは保護地区にあり採取が禁止されているため、市場に出回っている量が少ない。2016年9月、日本鉱物科学会は糸魚川のヒスイを「日本の国石」に選定した。

 

図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川
図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川

 

図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地
図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地

 

図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地
図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地

 

ヒスイの地質

ヒスイは、低温高圧で変成した地質帯で発見される(Essene, 1967; Chihara, 1971; Harlow and Sorensen, 2005)。日本海溝は、太平洋プレートと日本列島を含むユーラシアプレートの境界で、冷たい太平洋プレートが日本列島の下に沈み込んでいる。この場所はヒスイができる低温高圧の条件に符合する。日本には8か所ほどのヒスイ産地がある(地図1)。日本海側に分布する蓮華帯および三郡帯のヒスイ(糸魚川、大佐、大屋、若桜)のほとんどは純度が高く、90%以上がヒスイ輝石(同類オンファサイトを含む)からできている。その他の地域では、ヒスイ輝石が80~50%を超える岩石は稀であり、ほとんどが曹長石、藍晶石、方沸石などを多く含む(Yokoyama and Sameshima, 1982; Miyazoe et al., 2009; Fukuyama et al., 2013)。

 

地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地
地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地

 

蓮華–三郡帯  糸魚川地区は蓮華帯に属し、蓮華帯は低温高圧の変成岩、変成堆積岩、角閃岩、ロジン岩など様々な構造岩塊を含む蛇紋岩メランジェである(Nakamizu et al., 1989)。宝石質のヒスイは小滝川流域と青海川の橋立地区でのみ、二畳紀-石炭紀の石灰岩と白亜紀の砂岩・頁岩との断層の境界に置かれた蛇紋岩の巨礫として産するのが見つかっている。ヒスイの巨礫は大きさが1~数メートルで、ほとんどが数百メートルの距離の地域に分布している。小滝地区のヒスイ岩石には、曹長石(石英を伴うまたは伴わない)、白色ヒスイ、緑色ヒスイ、水酸化ナトリウムに富むカルシウム含有角閃石、そして母岩である蛇紋岩が外縁に向かって同心の帯状に放射状になっているのが見られる。青海のヒスイ岩石は「独特の層状構造」を持ち、特に交互に粗と密になったコンパクトな層が見られることもあり、ラベンダーヒスイを含むことがよくある(Chihara, 1991)。

 

日本産ヒスイについて更なる研究

日本産ヒスイの歴史と地質産状についてこれまでに多くの研究が行われてきた。一部の研究報告では、糸魚川産の緑色ヒスイは鉱物学的にヒスイ輝石とオンファサイトから成り、緑色部はオンファサイトであり、緑色の主な原因はFeであると指摘されきた(Oba et al., 1992, 宮島1996, 2004)。筆者は世界的にヒスイの名産地であるミャンマー、グアテマラ、ロシアからのヒスイの光学的特性や岩石学的構造、および地球化学を学習すると共に、日本産ヒスイの色の種類、鉱物学的内部組織、化学成分の特徴などを宝石学的な観察と分光分析法、そして電子線マイクロプローブ(EPMA)およびレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA–ICP–MS)による定量分析を行ってみた。本稿では糸魚川産(小滝川および青海川)ヒスイに限定して、その宝石学的特徴と化学的性質を記述する。本研究に用いた糸魚川産ヒスイは、小滝川地域のものが32個、青海川地域のものが7個である(図5)。
これらは『フォッサマグナ・ミュージアム』http://www.city.itoigawa.lg.jp/fmm/と、

『翡翠原石館』http://www.hi–su–i.com/と、有限会社大江理工社から提供を受けた。

 

図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料
図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料

 

宝石学的観察

糸魚川地域で採れたヒスイの小石は、河食(河川作用による浸食)で丸みを帯びているものが多く、表層はきらきらしていて白っぽい。表面は風化しているが、原石に褐色の皮殻は見られない。これらの原石は全体的には白色で、淡緑色から緑色が不規則に混在し、非常に硬質・緻密で重量感がある。一部は緑色がかった白色の岩石のほとんどのものが巨礫、中礫、団塊状の形状で、透明から半亜透明や不透明、組織は微細で滑らかだが肉眼で確認できる単結晶の粗い部分も見られる。青海の橋立地区で発見された最大の原石は102トンもある。筆者はフォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ岩石も観察した(図6–1)。このヒスイの大きな巨礫は、白と緑色の大部分はヒスイだが、繊維質の黒色部分は角閃石から成る。一部には緑色の狭い領域が半透明できらきらしているのも見られる。また、いくつかの小規模な断層部には、地球深部の流体で形成されたブドウ石、ソーダ硅灰石、沸石グループなどの白色鉱物が充填されている。

 

図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩
図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩

 

青海川のラベンダーヒスイでは、白いマトリックスに紫色が不規則に分散しているようなものもある。こうした石の色は半亜透明から不透明で、微細~中程度の組織である(図6–2)。さまざまな美しい色で発見される青色ヒスイの試料は、丸みを帯びており半亜透明から不透明で、微細~粗い組織である(図6–3)。微小結晶の集合体はルーペで観察されたが、結晶形は確認できなかった。
屈折率はスポット法で1.65から1.66、SG値が3.10から3.35の範囲であった。緑色ヒスイ試料は長波紫外線(365nm)および短波紫外線(254nm)照射で不活性であった。ラベンダーヒスイは、長波紫外線に対して強い帯赤色蛍光を示した。青色ヒスイは長波および短波紫外線ともに不活性であった。吸収スペクトルを携帯型分光器で観察したところ、690、650、630nmに弱いラインが見られた。加えて、糸魚川産の緑色ヒスイには437nmに非常にシャープなラインが見られた。ラベンダーヒスイでは530と600nm付近に弱いバンド、および437nmに細いバンドが見られた。青色ヒスイは非常に幅広いバンドがスペクトルの黄色から赤色部にかけて見られ、437nmに弱く細いバンドも見られた。

 

図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石
図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石

 

図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料
図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料

 

岩石学的観察及びラマン分光分析

小滝川産の緑色ヒスイをスライスしたもの(図7a)を交差偏光下で観察すると、微細なヒスイ輝石の粒は高次および低次の干渉色を示した。これは各々の粒が異なる方位を向いているために生じる。マトリックス中に2mmを超える大きな結晶も観察された。これらは良形のヒスイ輝石の単結晶であり、明瞭な劈開が87°の角度で交差して入っており、輝石に典型的な特徴である。この緑色ヒスイの薄片は柱状の変晶組織があり、無指向性の応力下で変成を受けたことが示される。微小褶曲や細脈を顕微ラマン分光分析したところ、構成鉱物として微量のソーダ珪灰石及びブドウ石が同定された。

図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真
図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真

 

小滝川および青海川産ラベンダーヒスイの薄片は(図7b)、亜透明から半透明で主に0.1–0.3mmサイズほどの微小~ごく微小な粒子結晶で、柱状の変晶組織が表れている。この試料中には、ヒスイ輝石の細粒の放射状集合体を伴う超圧破砕帯がマトリックスを横断しているのが観察された。この組織は、この試料が変成作用において地盤圧力、そして恐らくはその後に方向性を持った圧力を被ったことを示す。このヒスイに熱水流体によって形成された細脈状のブドウ石と方沸石、そして長柱状のベスブ石の結晶も構成鉱物として見つかっている。

図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真
図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真

 

小滝川産青色ヒスイ試料では、半透明の粒状で、0.1〜0.5mmほどの微小な隠微晶質粒子(図7c)は花崗変晶質および圧砕岩の組織を示した。この試料においては、既存の鉱物が破砕され離脱して流動構造を作っている。構成鉱物としては、方沸石やチタン石の他、このタイプのヒスイにおいては青色の原因とはならない非常に微量な自形のチタン石結晶粒子がマトリックス中にある。

図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真
図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真

 

紫外–可視分光分析

緑、紫、帯紫青、青色の小滝川および青海川産のヒスイの板状試料に、紫外–可視吸収分光分析を行った。試料中の似たような色の領域で化学分析を行い、各発色元素の濃度を確認した。小滝川産ヒスイの緑色の部分は一般的にクロムと鉄で着色されており、691nmの吸収ライン(Cr3+のいわゆる「クロムライン」)と、437nmあたりにもう一つの吸収ライン(Fe3+のいわゆる「ジェダイトライン」)を示す(図 8)。

 

図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

検査を行った5mmほどの円の領域における発色元素の含有量を、LA–ICP–MSで分析し、レーザー照射した3~4か所での濃度を平均した。緑色の部分は比較的高いCrとFe(280および810ppma)を含んでおり、等原子価の発色元素Cr3+とFe3+は明らかに緑色に寄与している(Rossman, 1974; Harlow and Olds, 1987)。さほど重要ではない発色元素のTi、Mn、V、Coの濃度は低かった(それぞれ57、19、2.3、0.4ppma)。
青海川産のラベンダーヒスイのUV–Visスペクトルは、Mn、Ti、Feに相当する特徴を示した(図9)。

 

図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

530nmを中心にした幅広いMn3+関連の吸収バンドは、ミャンマー産ラベンダーヒスイに観察されることがよくあり(Lu, 2012)、610nmを中心としたTi4+–Fe2+ペアの電荷移動の特徴的な幅広いバンドとFe3+に関連した437nmの細い吸収バンドも同様である。可視分光で検査したラベンダー色の領域をLA–ICP–MSで詳細に分析してみた。その結果、Ti(平均534ppma)およびFe(平均550ppma)がその青の色相の原因となっていることは明らかであった。Mnの濃度の平均は18ppmaで、弱いピンクから紫色の色相を生じさせていた。日本産のラベンダーヒスイは紫青の色相を示すが、これはMn3+とTi4+–Fe2+の吸収により生じる弱いピンクと強い青色の組み合わせによるものである。
小滝川産青色ヒスイのUV–Visスペクトルは、500から750nmに非常に幅広いバンド、437nmにFe3+の弱い吸収、そして350nm以上のカットオフを示した(図10)。この吸収パターンはブルー・サファイアのスペクトルに似ており、Ti4+–Fe2+ペアの電荷移動に起因する。相当量のTi(1943ppma)とFe(4212ppma)が顕著な青色を生じている。それに比べ、Mnはピンク色の成分を生じさせるには低すぎる(64ppma)。

 

図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

化学分析

詳細な化学的データを得るためにEPMA分析とLA–ICP–MS分析を行った。
小滝川産試料から得たEPMAで測定した定量化学分析結果を表1にまとめた。白、緑、ラベンダー、青(帯紫青も含む)といった代表的な色別に結果を以下に述べる。Xjd、X(Ae+Ko)、XQuad(Dio+Aug+Hed)を、それぞれAl/(Na+Ca)、Fe3+/(Na+Ca)、Ca/(Na+Ca)のmol%として計算した。微量元素についてLA–ICP–MSで分析した。各試料について3か所から10か所のレーザー照射・スポットの測定値に基づいて平均を求めた。各元素の最高および最低濃度表に示されており、平均値は()内に記されている。

 

白色ヒスイ  小滝川産の白色ヒスイは、理想的なヒスイ輝石成分に近い(表1)。全ての分析箇所(5か所のスポット以上)で端成分に近く、最大Xjd–98mol.%であった。CaO、MgO、FeOtot成分は、検査を行った他の色のヒスイのいずれよりも低かった(それぞれ、0.26、0.12、0.44wt%)。Cr2O3、MnO、K2O、NiOの値は分析の検出限界値以下であった。TiO2(0.03wt%)は紫から青色ヒスイで検出されたどの値よりも低かった。この白色ヒスイは非常に純度の高いものであった。この白色ヒスイのLA–ICP–MS分析では19種の少量~微量元素(Li, Mg, K, Ca, Sc, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Cu, Sc, Ni, Zn, Ga, Se, Sr, Zr)が常に検出された。その他の微量元素(B, Rb, Y, Nb, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Lu, Hf, Ta, W, Th, U)は検出限界以上であった。小滝川産の「白色」ヒスイは通常は緑や青、黒の色のヒスイよりも低いMgおよびCa含有量(順に3841および8495ppmw)である。

 

表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)
表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)

 

緑色ヒスイ  小滝川産の4石の緑色ヒスイについてマイクロプローブ分析を行ったところ、Fe濃度は最低値が0.22wt%、最大が0.864wt%とかなり高く、Crはそれよりやや低く0.01–0.57wt%であった。MgO(0.16–2.83wt.%)および CaO(0.24–4.18wt.%)の値は比較的高かったが、成分的にはヒスイの範囲XJd = 98.7 to 82.4であった(図11)。小滝川の試料は、結晶の集合体と独立した単結晶との間で主要元素の構成にわずかに違いが見られた。この研究から、緑色のヒスイ結晶の集合体はかなり純度の高いものであるが、独立した単結晶はヒスイ輝石の範疇ではあるものの、オンファス輝石に近い化学組成を示した。

 

図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。
図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。

 

小滝川産緑色ヒスイ13石のLA–ICP–MS分析から、沈み込み帯にあるイオン半径の大きい親石元素(Li, B, K, Sr, Baなど)や、それよりも難溶性の元素(希土類元素–La, Ce, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Luや、Hf, Ta, W, Tl, Pb, Th, Uなど)が顕著に移動をしていることが分かった。MgおよびCaの濃度も比較的高く、Mgで2383から77100ppmw(平均19957)ppmw、Caで4400から82700ppmw(平均39206ppmw)であった。MgおよびCaの濃度は暗緑色の部分ではかなり高かった。これは、暗緑色のオンファス輝石成分はヒスイ輝石に比べより微量元素に富んでいる(LiおよびGaは例外)ことを示すものである。
オンファス輝石とヒスイ輝石を識別するために、微量元素および主要元素の組み合わせで化学成分フィンガープリント・グラフを作ってみた。図12に示すAl/Fe対Ca/Naのグラフでは、糸魚川産の明るい緑色を呈する試料はヒスイ輝石範囲に分類され、暗黒緑色の試料はオンファサイト輝石範囲にプロットされた。

 

図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示
図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示す。

 

ラベンダーヒスイ  小滝川産の紫色試料に、相当量のTiO2(最大0.362wt%)およびFeOtot(最大0.694wt%)が検出されたが、MnOは比較的低かった(最大0.019wt%)。
日本産ラベンダーヒスイの色も同様に発色元素のTi4+、Fe2+、Mn3+に相互に関連があると思われる。MgO(最大0.864wt%)およびCaO(最大1.879wt%)の濃度は比較的低かった。ヒスイの成分はXjd – 98.7~93.3で、純粋なヒスイ輝石に近かった。
LA–ICP–MS分析では、顕著に高含有量のTiおよびFeがすべての紫色ヒスイに検出された。Li, B, K, Sr, Baといったその他の金属元素や、あるいは希土類元素は、小滝川および青海川の同じ地質学的起源で産出した白や緑のヒスイよりも高かった。

 

青色ヒスイ  小滝川産の青色試料6個は、非常に高いTiO2値であった。それぞれ最大値は0.649および0.745wt%である。これはそれぞれの青色の濃い部分と対応している。CaOの濃度は、白い部分と比べて淡青色から青色の部分の方がやや高かった(0.6%から1.4wt%)。
帯紫青色および青色の領域では最も高いTiが測定され(最大4520ppmw)、また豊富なFe(最大11900ppmw)も測定された。希土類元素のほとんどはラベンダーヒスイのものよりも高かった。

 

コンドライト規格化希土類元素(REE)および、原始マントル規格化重微量元素パターン

日本産ヒスイのそれぞれの色について微量元素の組成を比較するため、それらのコンドライト規格化希土類元素(REE)パターンと原始マントル規格化微量元素パターンを調べた(図13および図14)。

 

図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す
図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す

 

日本産ヒスイにおける希土類元素(REE)は、緑・白・黒のヒスイよりも、ラベンダー色~青色の試料の方がより富んでいる傾向にある。すべての色において、軽希土類元素(LREE: La, Ce, Nd, Sm)の濃度は重希土類元素(HREE: Eu, Gd, Dy, Y, Er, Yb, and Lu)の濃度より高い傾向にあった。このコンドライト規格化希土類元素パターンから、日本産のラベンダー色~青色のヒスイは高いLREE/HREE比と、他のREEに比べて低いEu濃度を特徴とすることができる。
興味深いことに、すべての色の日本産ヒスイの原始マントル規格化微量元素パターンは、イオン半径の大きい親石元素(LILE)であるSrおよびBa、そして電荷の大きいな元素(HFSE)であるZrおよびNbの強い正の異常を示した。緑色ヒスイの希土類元素パターンはだいぶ少なく抑えられているようだが、白や黒のヒスイと比べるとかなり高く、Sr、Zr、Hfは強い正の異常を示す。この結果はMorishita et al.(2007)による結論とも合致し、それは、沈み込み帯における糸魚川-青海産のヒスイの形成に関連した流体は、珍しくも流体により沈み込み帯にもたらされたLILEおよびHFSEの両方に富んでいて、また、こうした元素は蛇紋岩化したかんらん岩にリサイクルされるというものである。

 

結論

糸魚川市の小滝川および青海川産のヒスイは、白色に緑色が混ざったものが特徴だが、他にもラベンダー、青、黒の色がある。当地の保護区域内でのヒスイの採取は1954年以降禁止されているが、川や支流に沿って小さな小石が見つかることはある。今回の研究では、多数の試料を分析し、それぞれの色のグループについて、発色元素、光学吸収特徴、主要元素及び微量元素の定量化学組成分析を行った。
1.小滝川および青海川産ヒスイは大きなものも小さなものも河食により角が丸みを帯び、きらきらと白っぽい表面であるが、原石には風化による褐色の皮殻は見られない。日本産のヒスイは主に白色で、淡緑から緑色やラベンダー~青色が不規則に散らばっている。
2.岩石学的な観察から、小滝川および青海川産ヒスイは細く半自形の柱状結晶の集合体と粒状の単結晶とで構成されていることが分かり、これらが合わさって柱~粒状変晶組織をなしている。ソーダ珪灰石、ブドウ石、方沸石は褶曲や断層、細脈によく見られるが、微量成分としての鉱物であるベスブ石やチタン石はマトリックス中に見られる。
3.電子線マイクロプローブによる定量分析からは、白色ヒスイは純粋なヒスイ輝石(Xjd=98 mol.%)に近いことが示された。緑色ヒスイはXjd=98-82 mol.%、XAug=2-8 mol.%の範囲で、オンファサイトではなく、ヒスイ輝石の範囲にあることが確認された。また、Feだけではなく、Crが緑色の原因となっていることも改めて確認できた。ラベンダー色は比較的高濃度のTiおよびFeと、低濃度のMnとの組み合わせにより生じる。青色ヒスイでは、Ti4+–Fe2+の電荷移動が発色に重要な役割を果たしている。
4.LA–ICP–MS分析で19の微量および遷移元素が検出された。すべての色のヒスイにおけるコンドライト規格化希土類元素および原始マントル規格化重遷移元素パターンは、軽希土類元素のほうが重希土類元素よりも高い値を示し、イオン半径の大きいな親石元素(LILE)と電荷の大きな元素(HFSE)の正の異常も見られた。ラベンダーおよび青色(帯紫青色も含む)のヒスイは、緑色ヒスイに比べて希土類元素が優勢であったが、白と黒のヒスイでは希土類元素濃度は低かった。◆

 

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