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多変量解析の宝石学への応用

2017年7月No.39

リサーチ室 江森  健太郎、北脇  裕士

要約

LA–ICP–MSによる微量分析のデータを多変量解析の一種である判別分析とロジスティック回帰分析の2種類の解析法を用いて解析を行い、その解析結果の宝石鑑別への有効性について検討した。アメシストおよびルビーなどの天然・合成の鑑別には判別分析よりもロジスティック回帰分析の方がより精度が高いことが判った。しかし、交差検証の結果、合成を合成と判別できる精度は双方の解析法共に99%以上であった。パライバトルマリンの原産地鑑別においても判別分析とロジスティック回帰分析を組み合わせることにより、ブラジル産、ナイジェリア産およびモザンビーク産を高精度で判別できることが確認された。

 

■研究の背景と目的

近年の宝石鑑別にはLA–ICP–MSによる高精度の元素分析や顕微ラマン分光装置を用いた高感度のフォトルミネッセンス分析などが利用されている。このような分析技術が進展する一方で、データの解析方法も高度化が進んでいる。
分析データの取り扱いには、単変量解析、二変量解析、多変量解析と、扱う系の複雑さによる段階がある。複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う多変量解析は計算負荷が高いことが障害であったが、近年のハードおよびソフトウェアの進展において活用が容易となった。しかしながら、多変量解析の宝石学における応用例はこれまで少数の報告があるのみである (文献1,2)。
本研究では、LA–ICP–MSにより得られた微量分析のデータを多変量解析の一種である判別分析とロジスティック回帰分析の2種類の解析法を用いて解析を行い、①「アメシストの天然・合成の鑑別」、②「ルビーの天然・合成の鑑別」、③「パライバトルマリンの原産地鑑別」の3つのテーマにおいてそれぞれの解析結果の有効性を検討した。

■多変量解析とは

多変量解析(multivariate analysis)とは、複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法である。多変量解析にはおおまかに分けると、「要約」の手法と「予測」の手法がある。「要約」とは、複数の変数を新しい変数に要約する、または多くの変数を少ない変数に変換するといった手法であり、一方「予測」は複数の変数から何らかの結果を予測する、もしくは、どのような原因を作れば欲求する結果が得られるか、どのような原因でそのような結果になったのか(因果明確化)を行う手法である。宝石鑑別において、必要なものは「鑑別結果」であり、「予測」の手法を用いることになる。
予測の手法に必要なものは「目的変数」と「説明変数」である。「目的変数」とは、例えば、1つの宝石の産地といった最終的に予測したいもの、「説明変数」は、その宝石についてのデータ、例えば微量成分の濃度といったその目的変数を表現するパラメータである。既知の「目的変数」「説明変数」のデータベース(これを教師データ又はトレイニングデータと呼ぶ)から、目的変数毎に分別するための関数を作成し、その関
数を用いて、調べたい未知試料の「説明変数」から「目的変数」を求める手法が予測ということになる(図1)。

 

図1.多変量解析の予測手法
図1.多変量解析の予測手法

 

さて、予測の手法は、変数の種類によって4つの手法に分けられる。多変量解析で取り扱う変数には、「質的変数(数えることができない変数、例えば、曜日、天候等)」と「量的変数(計量可能な変数、例えば質量、長さ等)」がある。説明変数、目的変数がそれぞれ質的変数と量的変数の2種類あり、計4種類のパターンが存在することになる (表1)。 本研究では、説明変数として成分分析結果(量的変数)、目的変数として天然・合成・産地(質的変数)を扱うため、判別分析及びロジスティック回帰分析を用いる。

 

表1.多変量解析の予測手法
表1.多変量解析の予測手法

 

■判別分析とロジスティック回帰分析について
判別分析(discriminant analysis)は、事前に与えられているデータが異なるグループに分かれる場合、新しいデータが得られた際、どちらのグループに入るのかを判断するための、正規分布を前提とした分類の手法であり、1936年にロナルド・フィッシャーによって線形判別分析が発表された(文献3)。(判別分析についてはCGL通信34号「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」をご参照下さい) 一方、ロジスティック回帰分析(logistic regression)は、ベルヌーイ分布に従う変数の統計的回帰モデルの一種で、連結関数としてロジットを使用する一般線形モデルの一種であり、1958年にデビッド・コックスにより発表された(文献4、囲み(1)参照)。判別分析と異なる点は、判別分析は事前に与えられたグループのどちらに入るのかを返り値として返すが、ロジスティック回帰分析は未知データが一方のグループに入る確率を返す点である。表2に両者の違いについてまとめた。

 

表2.判別分析とロジスティック回帰分析の違い
表2.判別分析とロジスティック回帰分析の違い

 

===囲み(1): ロジスティック回帰分析===

ロジスティック回帰分析は、CGL通信34号で紹介した判別分析と同じく、量的データ(質量、温度等計測可能な量)から質的データ(天然、合成といった数えることのできないパラメータ)への予測を行う多変量解析である。ベルヌーイ分布に従う変数の統計的回帰モデルの一種で、連結関数としてロジットを使用する一般線形モデルの一種でもある。
ロジスティック回帰分析は、2種類の群の判別を行い、片側の群になる確率を1、もう片側の群になる確率を0として計算を行う。
ロジスティック回帰分析では、説明変数を{x1,i,x2,i,x3,i,…,xk,i}、回帰係数を{β0123,…,βk}、目的変数である確率をpiとして以下の回帰式形式を用いる。

 

CGLNo39-03回帰式形式

 

logit(pi )が正であれば、0.5 < p < 1となり、負であれば、0 < p < 0.5となる。
例えば、現在集合Xと集合Yのロジスティック回帰分析を行うと仮定する。集合Xのパラメータを回帰式に代入し、ロジット(logit(p))を得る。また、集合Yのパラメータを回帰式に代入し、ロジット(logit(q))を得る。現在、集合Xに属する確率を1、集合Yに属する確率を0とした場合、得られるlogit(p)を正、logit(q)を負となるような回帰係数を{β0123,…,βk }を探すという計算がロジスティック回帰分析ということになる(図2)。この回帰係数を求めるために、最尤(ゆう)法というアルゴリズムを用いる。

 

図2.ロジスティック回帰分析のモデル
図2.ロジスティック回帰分析のモデル

 

未知試料が集合X、Yのどちらに入るか知りたい場合は、ロジスティック回帰分析で得られた回帰式に未知試料の説明変数を代入し、ロジットからpを求めることで、その未知試料が集合Xに属する確率を知ることができる。
ロジスティック回帰分析は原理上集合Xと集合Yの2種類の判別にしか用いることができない。未知試料は集合Xか集合Yのどちらかに属することが前提となるため、それ以外の集合に属する可能性があるものに対しては使用できないことに注意していただきたい。
なお、本研究で提示したグラフ(図4、図7、図10)はロジスティック回帰分析で得られた回帰式に測定に用いた集合のデータを代入し、得られたそれぞれのロジット(logit(p))とロジットから計算される確率(p)をプロットしたものである。

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■分析手法

本研究ではLA–ICP–MS装置として、LA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP–213を、ICP–MSはAgilent 7500aを使用した。分析条件は表3に示した通りである。標準試料にはNIST612を用い、内標準として、アメシストの分析には28Si、ルビー、パライバトルマリンの分析には27Alを用いた。

 

表3.本研究に用いたLA–ICP–MSの分析条件
表3.本研究に用いたLA–ICP–MSの分析条件

 

■解析手法

分析データの解析には、R言語を用いた。R言語はオープンソース・フリーソフトウェアの統計解析向けのプログラミング言語及びその開発実行環境である。使用可能なパッケージが多く、統計学を超えて学問分野や業界を問わず、金融工学・時系列分析・機械学習・データマイニング・バイオインフォマティクス等、柔軟なデータ解析や視覚化そして知識共有の需要に応え得るR言語の普及は世界的な広がりを見せている。本研究において、判別分析は、Rに提供されるMASSパッケージのlda関数、ロジスティック回帰分析にはglm関数を用いた。

 

■結果及び考察

1. アメシストの天然・合成の鑑別
<サンプルと分析方法>
天然アメシスト50点、合成アメシスト49点を分析に用いた。天然アメシスト50点の中で、産地が既知のサンプルは、ブラジル産10点、ザンビア産6点、日本産2点、ニュージーランド産1点、また合成アメシストは日本製5点、ロシア製4点を含み、ブラジルや国内市場で流通している市場性が高いサンプルを用いた。サンプルはすべてファセットカットされており、ブラジル産天然アメシスト5点、ザンビア産天然アメシスト6点については、LA–ICP–MSで5点ずつ分析を行い、その他のサンプルについては2点ずつ分析を行った(図3)。

 

図3–1.測定に用いた天然アメシストの一部(0.54〜1.86ct)
図3–1.測定に用いた天然アメシストの一部(0.54〜1.86ct)

 

図3–2.測定に用いた合成アメシスト の一部(1.65〜3.65ct)
図3–2.測定に用いた合成アメシストの一部(1.65〜3.65ct)

 

<分析結果と考察>
天然アメシスト、合成アメシストの分析データを用いて判別分析を行った。判別分析には測定に用いた元素(7Li, 9Be, 11B, 23Na, 27Al, 39K, 45Sc, 47Ti, 66Zn, 69Ga, 72Ge, 90Zr, 208Pb)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い、計算を行った。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.0684[Li]+0.001255[Be]+0.220764[B]–0.03541 [Na]+0.005085[Al]+0.007468[K]+0.022369 [Sc]
–0.00737[Ti]–0.03682[Zn]–0.09037[Ga]–0.09037[Ge]–0.03376[Zr]–0.00072[Pb]
LD2 =  –0.09304[Li]–0.164546[Be]–0.17436[B] +0.005201[Na]–0.019521[Al]–0.00033[K]–0.13679[Sc]
+0.011894[Ti]+0.009492[Zn]+046953[Ga] –1.17219[Ge]–0.07558[Zr]+0.002117[Pb]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に天然・合成アメシストの分析値を代入し、プロッティングを行ったグラフを図4に示す。

 

図4.判別分析による天然・合成アメシストの分布
図4.判別分析による天然・合成アメシストの分布

 

また、同じデータを用いて、ロジスティック回帰分析を行った。天然を1、合成を0とし、ロジットを求める回帰式を計算した結果、

 

logit(p) = –0.38475[Li]+55.56693[Be]–13.2438[B]+2.1611[Na]–0.18751[Al]–0.93194[K]+0.89311[Sc]
–1.51653[Ti]+0.42607[Zn]+16.56753[Ga]+5.61131[Ge]+60.20579[Zr]–0.05453[Pb]+2.81222

 

が得られた。判別分析同様、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に分析値を代入し得られたlogit(p)と天然アメシストである確率pについてグラフを作成した結果を図4に示す。ロジスティック回帰分析の結果は、本来は図5のようなプロットを行わないが、ビジュアル的にわかりやすくするため、logit(p)とpでグラフを表記した。

 

図5.ロジスティック回帰分析による天然・合成アメシストの分布
図5.ロジスティック回帰分析による天然・合成アメシストの分布

 

判別分析、ロジスティック回帰分析共に天然・合成の乖離(かいり)が良く、非常によい解析結果に見える。そこでデータの解析の精度について確認を行うため、交差検証(Cross-validation)を行った。交差検証は統計学において標本データを分割し、その一部をまず解析し、残る部分で解析のテストを行うことで、解析自身の妥当性の検証、確認に当てる手法を差す(交差検証については囲み(2)参照)。今回の解析について、交差検証を行った結果を表4に示す。

 

表4.天然・合成アメシストの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果
表4.天然・合成アメシストの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

誤判別率(間違って判別する確率)を計算すると、判別分析は10.3%、ロジスティック回帰分析は1.7%という結果が得られ、ロジスティック回帰分析の誤判別率が低く、優位な結果が得られた。しかし、判別分析、ロジスティック回帰分析共に合成アメシストを合成アメシストであると判断する確率は99.0%と、合成石をチェックするにはよい手法ではないかと思われる。

 

===囲み(2): 交差検証(Cross–validation)とは===

交差検証(Cross–validation)とは、データの解析(導出された推定や統計的な予測)がどれだけ母集団に対処できるかを検証・確認する方法で、標本データを分割し、一部をまず解析し、残る部分で解析のテストを行い、解析自身の妥当性の検証・確認を行う手法である。一般的に交差検証は、それ以上標本を集めることが困難である場合に、推定の裏付けを行う際に必要な手法だとされている。
交差検証の手法には主に「ホールドアウト検証」、「k–分割交差検証」、「leave–one–out交差検証」が知られており、本研究では「leave–one–out交差検証」を用いたが、「leave–one–out交差検証」は「k–分割交差検証」の特別な場合であるため、まず「k–分割交差検証」について説明を行う。
「k–分割交差検証」では、まず、標本群をk個に分割する。そのうちの1個をテスト事例(testing group)、残りの(k–1)個を訓練事例(training group)とする。(k–1)個の訓練事例(training group)を用いて、判別分析及びロジスティック回帰分析を行い、テスト事例(testing group)のテストを行う(図6)。これをk回行った結果から検証をし、1つの推定を得る手法である。

 

図6.k–分割交差検証法の仕組み
図6.k–分割交差検証法の仕組み

 

「leave–one–out交差検証」は、kが標本数とイコールの場合の交差検証である。すなわち、標本群から1標本をテスト事例(testing group)とし、残りの標本すべてを訓練事例(testing group)として判別分析もしくはロジスティック回帰分析を行い、テスト事例とした1標本の調査、検証を行う。この検証を標本数だけ行い、推定結果の調査を行う手法である。

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2. ルビーの天然・合成の鑑別
<サンプルと分析方法>
天然ルビー174点、合成ルビー28点を分析に用いた。天然ルビーは産地別にミャンマー52点、タイ28点、モザンビーク28点、タンザニア26点、ベトナム17点、カンボジア15点、マダガスカル4点、スリランカ4点、また合成ルビーは製造方法別にフラックス法12点、FZ法6点、ベルヌイ法5点、熱水法3点、結晶引上法2点である。天然ルビーに関してはサンプル毎に3〜5点、合成ルビーに関しては各5点ずつ分析を行った(図7)。

 

図7.分析に用いた天然ルビーの一部。モザンビーク産。
図7–1.分析に用いた天然ルビーの一部。モザンビーク産

 

図7.分析に用いた合成ルビーの一部。フラックス法合成ルビー
図7–2.分析に用いた合成ルビーの一部。フラックス法合成ルビー

 

<分析結果と考察>
天然ルビー、合成ルビーの分析データを用いて判別分析を行った。判別分析には測定に用いた元素(24Mg, 41Ti, 47V, 53Cr, 57Fe, 69Ga)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い、計算を行った。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.01013[Mg]+0.000758[Ti]–0.01378[V]–0.00021[Fe]–0.000074785[Ga]
LD2 =  0.003816[Mg]–0.00293[Ti]+0.003421[V]–0.0006[Fe]–0.00433621[Ga]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に天然・合成ルビーの分析値を代入し、プロッティングを行ったグラフを図8に示す。

 

図8.判別分析による天然・合成ルビーの分布
図8.判別分析による天然・合成ルビーの分布

 

また、同じデータを用いて、ロジスティック回帰分析を行った。天然を1、合成を0とし、ロジットを求める回帰式を計算した結果、

 

logit (p) =  1.5042[Mg]–6.2345[Ti] +90.9248[V]+0.1373[Fe]+0.3736[Ga]–131.038

 

が得られた。判別分析同様、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に分析値を代入して得られたlogit(p)と天然ルビーである確率pについてグラフを作成した結果を図9に示す。

 

図9.ロジスティック回帰分析による天然・合成ルビーの分布
図9.ロジスティック回帰分析による天然・合成ルビーの分布

 

判別分析、ロジスティック回帰分析共に天然・合成の乖離(かいり)が良く、非常によい解析結果に見える。そこでデータの解析の精度について確認を行うため、交差検証(Cross–validation)を行った。今回の解析について、交差検証を行った結果を表5に示す。

 

表5.天然・合成ルビーの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果
表5.天然・合成ルビーの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

誤判別率(間違って判別する確率)を計算すると、判別分析は10.5%、ロジスティック回帰分析は1.5%とよい結果が得られ、ロジスティック回帰分析の誤判別率が低く、優位な結果が得られた。検証の結果、判別分析、ロジスティック回帰分析共に合成ルビーを合成であると正しく判断する確率は99.0%であり、合成石の検出には優れた手法であることが確認できた。

 

3. パライバトルマリンの原産地鑑別
<サンプルと分析方法>
ブラジル産パライバトルマリン186点、モザンビーク産パライバトルマリン44点、ナイジェリア産パライバトルマリン11点をサンプルとして用いた。ブラジル産はバターリャ鉱山産79点、ムルング鉱山産60点、キントス鉱山産47点を用い、ナイジェリア産は業者間でタイプ1と呼ばれる色や外観がブラジル産と酷似しているものを分析に用いた(図10)。以降、便宜上ナイジェリア産タイプ1をナイジェリア産と呼ぶことにする。色はBlue、Green Blue、Blue Green系のサンプルを使用し、Greenの強いものは除外した。

 

図10–1.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ブラジル産
図10–1.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ブラジル産

 

図10–2.分析に用いたパライバトルマリンの一部。モザンビーク産
図10–2.分析に用いたパライバトルマリンの一部。モザンビーク産

 

図10–3.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ナイジェリア産
図10–3.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ナイジェリア産

 

<分析結果と考察>
ブラジル産、モザンビーク産、ナイジェリア産タイプ1パライバトルマリンについて判別分析を行った。ブラジル産については、バターリャ、キントス、ムルングと3つの鉱区のトルマリンについてのデータがあるが、ブラジル産と一括して分析を行った。判別分析には9Be, 69Ga, 72Ge, 93Nb, 121Sb, 181Ta, 208Pbの7種類の元素を用いた。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.0265[Be]+0.0016[Ga]+0.0345[Ge]–0.5621[Nb]–0.0075[Sb]+0.0574[Ta]–0.0035[Pb]
LD2 =  –0.0025[Be]–0.0003[Ga]+0.0108[Ge]–0.4911[Nb]–0.0469[Sb]–0.0709[Ta]+0.0079[Pb]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に各産地のパライバトルマリンの分析値を代入し、得られた結果を図11に示す。

 

図11.判別分析によるパライバトルマリンの産地鑑別
図11.判別分析によるパライバトルマリンの産地鑑別

 

オーバーラップする部分はあるものの、ブラジル、モザンビーク、ナイジェリアの3つの産地の乖離がよいように見える。この解析結果について、交差検証を行った結果を表6に示す。

 

表6.判別分析によるパライバトルマリン産地鑑別の交差検証結果
表6.判別分析によるパライバトルマリン産地鑑別の交差検証結果

 

交差検証を行った結果、モザンビーク産の70.5%、ナイジェリア産タイプ1の全てがブラジル産であると判定されるという結果になった。グラフ上は乖離(かいり)しているが、判別分析アルゴリズム上はこの3産地の区別は非常に難しいという結果となった。
さらに、同データを使用したロジスティック回帰分析を用いて、2産地の判別を行った。ブラジル産とモザンビーク産、ブラジル産とナイジェリア産タイプ1、モザンビーク産とナイジェリア産タイプ1のロジスティック回帰分析、そしてその交差検証を行った結果を図12と表7に示す。

 

図12 ロジスティック回帰分析によるパライバトルマリンの2産地比較。x軸はロジット(logit)、y軸は片方の産地と判定される確率を表す。 (a) ブラジル産vsモザンビーク産、 (b)ブラジル産とナイジェリア産、 (c)モザンビーク産とナイジェリア産
図12 ロジスティック回帰分析によるパライバトルマリンの2産地比較。x軸はロジット(logit)、y軸は片方の産地と判定される確率を表す。
(a) ブラジル産 vsモザンビーク産、
(b)ブラジル産とナイジェリア産、
(c)モザンビーク産とナイジェリア産

 

表7 パライバトルマリンの2産地比較におけるロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

(a)ブラジル産とモザンビーク産のロジスティック回帰分析
(a)ブラジル産とモザンビーク産のロジスティック回帰分析

 

(b)ブラジル産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析
(b)ブラジル産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析

 

(c)モザンビーク産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析
(c)モザンビーク産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析

 

ロジスティック回帰分析による2産地比較は乖離(かいり)が非常によく、交差検証結果も良好である。ナイジェリア産タイプ1については分析に用いた試料が11点と少ないため、今後サンプル数を増やし、精度の向上を図る必要があるが、一般的な鑑別手法等を用いて2産地にまで絞り込むことができれば、この手法は非常に有効な手法になり得るであろう。

 

■まとめ

量的データから質的データの予測を行う多変量解析である「判別分析」「ロジスティック回帰分析」を用いた「アメシストの天然・合成の鑑別」「ルビーの天然・合成の鑑別」「パライバトルマリンの原産地鑑別」の可能性について調査を行った。アメシスト及びルビーの天然・合成の鑑別については、微量成分分析結果を用いたロジスティック回帰分析による判別が有効であることが判った。今回の調査により判別分析を用いても合成を合成、天然を天然と正しく判断する確率はきわめて良好であり、合成石の確認には優れているということが確認できた。「パライバトルマリンの原産地鑑別」については、判別分析による結果はグラフで見ると乖離(かいり)はよいが、交差検証による評価は低かった。一方、2産地比較におけるロジスティック回帰分析による乖離(かいり)は良好であった。従って、これらの双方の解析法を適宜組み合わせて使用する事が望ましいと思われる。
多変量解析による宝石鑑別は有効な手法ではあるが、ブラックボックスを扱うため、単体での使用は危険であり、一般的な鑑別手法と組み合わせて使うことが好ましい。◆

 

■参考文献
文 献1:Blodgett T., Shen. A., 2011, Application of discriminant Analysis in gemology: country-of-origin separation in      colored stones and distinguishing HPHT-treated diamonds, Gems & Gemology, Summer 145
文 献2:Luo Z., Yang M., Shen A., 2015, Origin determination of dolomite-related white nephrite through
iterative-binary linear discriminant analysis, Gems & Gemology, Fall 300-311
文 献3:Fisher, R.A., 1936, The use of multiple measurements in taxonomic problems. Annals of Eugenics, 7, 179-188
文 献4:Cox, D.R., 1958, The Regression Analysis of Binary Sequences. Journal of the Royal Statistical Society Series B
(Methodological), 20(2), 215-242

また、今回解析に利用した統計解析ソフトRはhttps://cran.r-project.org/からダウンロード可能。対応OSはWindows、Mac OS、Linux (2017.7.25.現在)

平成29年度 宝石学会(日本)

2017年7月No.39

教育部 野田  真帆

<見学会参加報告>

平成29年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月11(日)早稲田大学国際会議場にて開催されました。また前日6月10日(土)には見学会・特別講演会が早稲田大学6号館鉱物標本室(見学会)、早稲田大学奉仕園セミナーハウス・リバティホール(特別講演会)で行われました。
早稲田大学の前身は1882年(明治15年)に大隈重信が創設した東京専門学校で、学問の独立を標榜し、政治経済学科、法律学科、理学科、英文科の4学科で発足しました。1902年、早稲田大学へと改称し、1920年大学令により大学として認可後、1949年新制大学として今に至ります。シンボル的存在として聳え立つ大隈記念講堂は創立者である大隈重信に対する記念事業として計画され、同大建築学科の佐藤功一教授と佐藤武夫助教授が設計したもので(建築年:1927年)、ロマネスク様式を基調としてゴシック様式を加味した我が国近代の折衷主義建築の優れた建築物として高く評価されています。

早稲田大学大隈記念講堂
早稲田大学大隈記念講堂

大隈重信像
大隈重信像

(1) 鉱物標本室見学
先述しました早稲田大学6号館の鉱物標本室には貴重な鉱物標本が多く収蔵されています。宝石のみならず、鉱物学的にも重要で良質な標本も多く保管されているということです。入室すると数多くの内容物の黄色い瓶が目立ちます【硫黄】。目を引くものの、「宝石」でないことから一度は通り過ぎましたが、この硫黄こそ注目すべき標本であるということを知りました。早稲田大学創造理工学部 環境資源工学科 山﨑淳司教授が教えて下さったところによると、戦前は積極的に各地の硫黄を収集したそうです。各産地で採れる硫黄には結晶粒の大きさ等に違いがあることから、各分野での利用技術や応用材料を検討する時に参考にされたという歴史的背景があるとの事です。時代も変わり現在は石油採掘が進んだこともあって、わざわざ硫黄標本を集めるという活動は見られなくなりました。同室には『稲門地学会会報』の抜粋が掲示されていて、同室内の標本がいかに素晴らしいものであるかを語る内容がありましたので一部ご紹介します。「地学専修の開設に尽力された八嶋澄策先生が水銀鉱床の専門家であったことと、早瀬喜太郎先生と私(著者:稲門地学会会長 堤貞夫教授のこと)が硫黄鉱床を研究対象にしていたことからわが教室の鉱物標本の中で、水銀と硫黄の標本はその成因に配慮し、産地を網羅したもので他に誇れるものとなっている。」<稲門地学会会報 「巻頭言:鉱物標本に見る我が早稲田人生」堤 貞夫【稲門地学会会長】>

充実した硫黄標本1 (日本産のみならず海外産も豊富に収納されています)
充実した硫黄標本1
(日本産のみならず海外産も豊富に収納されています)

充実した硫黄標本2
充実した硫黄標本2

充実した硫黄標本3
充実した硫黄標本3

見学会場の様子1 各引き出しには多くの岩石、鉱物が入っています。古く大正時代に標本として集められたことを示すカードなどもありました。
見学会場の様子1
各引き出しには多くの岩石、鉱物が入っています。古く大正時代に標本として集められたことを示すカードなどもありました。

見学会場の様子2
見学会場の様子2

展示の様子1 隣接する部屋にはガラスケース展示もあり、手前のケースでは世界と日本の翡翠が、最奥にはダイヤモンドがありました。
展示の様子1
隣接する部屋にはガラスケース展示もあり、手前のケースでは世界と日本の翡翠が、最奥にはダイヤモンドがありました。

展示の様子2
展示の様子2

展示の様子3
展示の様子3

(2) 特別講演会
特別講演では真珠についての下記2テーマの発表がありました。
第一部:真珠のグレーディングにおける「テリ」の正しい役割と測定法の試み(注)当日発表タイトル
真珠科学研究所所長 小松 博 様

真珠科学研究所所長 小松 博 様
真珠科学研究所所長 小松 博 様

第二部:「宝石」の王者としての真珠の歴史―真珠がダイヤモンドより高価だった時代

歴史研究家 山田 篤美 様 (著書『真珠の世界史 – 富と野望の五千年 (中公新書)』)

歴史研究家 山田 篤美 様
歴史研究家 山田 篤美 様

詳細についての言及は本誌では控えさせていただきますが、小松様の発表は「オーロラビューアー」での簡単な実習(下記実習写真参照)を参加者が行った上で(真珠における反射光と透過光の考察)真珠の評価についての重要性を説くものであり、山田様の発表は歴史の中でも古代ローマ時代、16世紀の大航海時代、20世紀の真珠バブル期をふり返り、真珠がいかにダイヤモンドに勝って評価されていたかなどを文献の裏付けとともに展開する内容でした。

実習の様子1
実習の様子1

実習の様子2
実習の様子2

<総会・講演会参加報告>

リサーチ室 江森  健太郎・藤田  直也

早稲田大学国際会議場にて開催された本年の宝石学会(日本)総会・講演会では、20件の口頭発表が行われ、聴講者は73名でした。
本会で発表された20件のタイトル、発表者(口頭発表者の名前の前に○がつけてあります)、内容は以下の通りです。

一般講演会の会場の様子
一般講演会の会場の様子

1. 非開示で持ち込まれたCVD法合成ダイヤモンド
○藤原  知子、小川  日出丸(東京宝石科学アカデミー)
製品に持ち込まれたペンダントに付いていた7石のダイヤモンドのうち2石がFT–IR(フーリエ変換型赤外分光分析装置)でII型であると判断され、紫外可視分光光度計で737nmの吸収が認められた(737nmの吸収はSi由来のピークであり、天然ダイヤモンドで見られることはまれである)。このダイヤモンドについてフォトルミネッセンス分析、Diamond View ™による詳細な検査の結果CVD合成ダイヤモンドであることが確認された。また、この合成ダイヤモンドはDiamond View ™による検査後、ブルーにカラーチェンジしていたが、色は数分で戻った。これはSiV−とSiV0の電荷移動によるフォトクロミズムの特徴である。

2. TypeⅡa天然ピンクダイヤモンドのフォトルミネッセンス ピーク
上杉  初、○齊藤  宏、小滝  達也(エージーティージェムラボラトリー)
IIa型に属する天然ピンクダイヤモンド、天然無色ダイヤモンド、天然ブラウンダイヤモンド、HPHT処理無色ダイヤモンドのH3欠陥構造について半値幅の比較を行った。半値幅の計測にはダイヤモンドを液体窒素温度まで冷却し、488nmレーザーを用いたフォトルミネッセンス分析結果を用いた。結果として、天然ピンクダイヤモンドの半値幅が広く出る傾向が確認されたが、オーバーラップする部分が存在する。H3欠陥の分析でHPHT処理か否かを見極めるのは難しく、引き続き調査を継続する。

3. 天然と誤認し易い特徴を示す合成ダイヤモンド2種
○北脇  裕士、江森  健太郎、久永  美生、山本  正博、岡野  誠(中央宝石研究所)
この研究内容についてはCGL通信vol. 40(2017年9月発行)に掲載予定です。

4. かつて製造されたとされる合成ダイヤモンドについて
○林  政彦、高木  秀雄、安井  万奈、山崎  淳司(早稲田大学)
早稲田大学の鉱物標本室に存在する1960年代に製造されたとされる合成ダイヤモンド(2mmサイズ)について調査を行った。標本としては、寄贈されたいきさつを示すメモがなく、ラベルが存在するだけという少し不明な点がある。このサンプルは表面の成長模様から{100}で囲まれた結晶であると思われ、ザイール産の天然ダイヤモンドに似ている。またカソードルミネッセンス法で観察した結果、小さなセクターに分かれた組織が観察された。X線回折法でCuとSiCのピークが確認され、合成ではないかと推測される。

5. 多変量解析の宝石学への応用
○江森  健太郎、北脇  裕士(㈱中央宝石研究所)
この研究内容については本号に掲載されています。

6. 第一原理計算によって求めたエメラルドの色の定量的評価
○清岡  洋紀、小笠原  一禎(関西学院大学)
エメラルドの緑色はBeryl中のCr3+における多重項エネルギーによる可視光の吸収が原因で発色している。本研究はDV–Xα法とDVME法を用いてエメラルドの吸収スペクトルの計算を行い、非経験的に予測したエメラルドの吸収スペクトルから、標準高原(D65)での色度座標を計算することで予測されるエメラルドの色を評価した。O2−の2p主成分軌道を具体的にCI計算に含めて計算し、EXAFSデータに基づく格子緩和を行わなかった場合、計算値と実験値が一番近くなることがわかった。

7. MgAl2O4中におけるCo2+の吸収スペクトルの第一原理計算
○竹村  翔太、小笠原  一禎(関西学院大学)
スピネル(MgAl2O4)は、MgサイトをCo2+が不純物として置換した場合、美しい青色を発色する。当研究ではMgAl2O4中のCo2+において吸収スペクトルの再現および解析を目的として、多電子系の扱いが可能な配置間相互作用法に基づくDVME法によって多重項エネルギー及び振動子強度を計算し、理論吸収スペクトルを求めた。計算によって得られた理論吸収スペクトルは実際に報告されている吸収スペクトルのピーク及びその強度比を再現することに成功したが、多重項エネルギーが過大評価されており、今回の計算について結晶場の強さが過大評価されているせいだと考えられる。

8. LIBSを用いたワックス加工の痕跡の検出
福田 千紘(ジェムリサーチジャパン株式会社)
当研究では宝石のワックス加工についてLIBSによる分析を試みた。LIBSは炭素、水素に対する感度が良く、微小領域を破壊するが(同様に炭素・水素に対する感度が良い)ガスクロマトグラフのように全体を粉末にする必要はない。ジェイダイトとトルコ石についてワックス加工の検出について調査した結果、ワックス加工が施されたサンプルについては高濃度の炭素と水素が検出され、ワックス加工の鑑別に応用できることが判明した。ワックスの種類も判別可能であるが、破壊検査であり様子を見ながら要望があれば実務に入れる予定であるとのこと。

9. オパールとカルセドニーの範囲について
○岩松  利香、藤原  知子、難波  里恵 (東京宝石科学アカデミー)
オパールとカルセドニーの違いに対する定義はあいまいであり、オパールは結晶度の低い加水珪素である。オパールとカルセドニーが隣接する石も多いが、屈折率に差がある。また、FT–IRにおいて1157cm–1の吸収がカルセドニーにのみ見られる。

10. 中国雲南省の石林彩玉、黄龍玉と呼ばれるめのうについて
○中嶋  彩乃(株式会社彩)、古屋  正貴(日独宝石研究所)
石林彩玉は、中国雲南省昆明市石林県イ族自治体から採掘される赤、橙、黄、暗緑色の不透明なアゲートで2009年ごろから採掘がスタート、2012年から本格的に販売が始まった。赤、黄部分は鉄、暗緑色はクロムが検出され、その他にはニッケル、コバルト、マンガン、銅が検出される。また、黄龍玉は半透明黄色のカルセドニーであり、雲南省保山市龍陵県黒小山が代表的な産地で微量元素として鉄を含む。また雲南ひすいは、アイスジェードのような色をしているが、水晶に白色インクルージョンが多いもので、雲南ダイヤはキヤシテライトであった。

11. Herkimer Diamond 形成に関与した炭質物の化学的特徴
荻原  成騎(東大地球惑星)
ハーキマーダイヤモンドは5億年前に堆積した炭酸塩岩の空洞にでき、空洞の内部は炭質物でおおわれており、ハーキマーダイヤモンドの中にも炭質物が包有されている。炭質物はグラファイトとドロマイトであり、グラファイトのピーク半値幅でグラファイトの温度履歴がわかる。ハーキマー鉱区は15の鉱山があり、それ以外の鉱区では似たようなものが採掘されてもハーキマースタイルクォーツと呼んで区別を行う。調査は現在進行中である。

12. 銅含有リディコータイトの特徴
○桂田  祐介(GIA Tokyo合同会社)・孙子因(GIA Carlsbad)
2016年、GIA Tokyoラボに13石の銅含有リディコータイトが持ち込まれた。通常検査及びLA–ICP–MSを用いた主成分、微量成分の分析でリチウムとカルシウムを主成分に持つリディコータイトであることが確認できた。これらの石は高濃度の鉛とガリウムを含有する。希土類元素が多いため、蛍光が強く、希土類元素パターンは花崗岩質ペグマタイトに似ている。アプライト(半花崗岩)が母岩の可能性もある。LMHCでもパライバトルマリンに関してのトルマリン種類は決められていないためパライバトルマリンと表記される。微量元素の特徴がGIAの産地鑑別データベースと一致しないため、産地の特定は不可能であった。

13. フラックス法によるルビーとサファイアの結晶育成
橘  信(物質・材料研究機構)
発表者は物性物理の様々な測定試料をフラックス法で合成してきたが、宝石の書籍に掲載されているような綺麗な結晶を合成できないかと実験を行った。ラモラやクニシュカのような美しい合成ルビーの作り方は公開されておらず、様々な工夫を凝らした。鉛系(Bi2O3–PbF2、PbO–B2O3)のフラックスを用いると種結晶は不要で大きな結晶ができることが知られている。綺麗な結晶を作成することはできたが、結晶の完全性という意味ではラモラルビーには遠く及ばない。サファイアはルビーと比較して成長させることが難しく、色むらの激しいものしか作ることはできなかった。

14. FZ法によるMn添加スピネルの結晶育成
○勝亦  徹、見富  大真、宮島  貴子、高橋  希緒、福島  瞳、相沢  宏明、小室  修二(東洋大学・理工学部)
スピネルにマンガン(Mn)を添加すると様々な色になり、緑色の蛍光を呈する。MgとMnは連続的に固溶し、組成が本来のスピネルからずれてもスピネルの構造を取る。融点付近では様々な組成になることができ、Mgが不足した組成のスピネルは吸収スペクトル、発光スペクトルが組成により変化する。
当研究ではMnを添加し、スピネル(MgAl2O4)の本来1であるMgを0.2〜1.7まで増減させた合成石をFZ法で合成した。Mgが0.3の組成まではスピネルだけができていたが、Mgが多くなるにつれMgOが析出してピークが増えてきた。Mgが多いものはMgOが後で析出するため、原料組成の影響が表れにくいのではないかと思われる。

15. Observations on New Enhanced Sapphires: Before and After
○Hyunmin Choi, Sunki Kim, Youngchool Kim (Hanmi Gemological Institute & Laboratory)
韓国の会社がダイヤモンドをHPHT処理する機械を使い、サファイアの処理を始めた。処理する温度圧力はダイヤモンドよりもずっと低く、500–900kbar、温度は1200–1800℃で15分加熱を行うらしい。処理する温度圧力を変化させ実験を行い、宝石学の一般的な特性と分光特性を調べた。処理後のインクルージョン、分光分析結果は通常の加熱処理が施されたサファイアと同じであった。しかし、サンプルによっては結晶やネガティブクリスタル、フィッシャーやフラクチャーができていたり、反射する薄い膜が消えたり、色帯が弱くなったものもあった。FT–IRによる分析結果では、処理前に認められなかった構造的OH基(3047cm–1)に関する強い吸収帯が発生した。

16. DNA法を用いた宇和島産アコヤ真珠の種同定
○猿渡  和子 (GIA Tokyo)、鈴木  道生 (東大・院農)、Chunhui Zhou (GIA NY)、
Promlikit Kessrapong (GIA Thailand)、Nicholas Sturman (GIA Thailand)
宇和島産アコヤ養殖真珠についてDNA、16SrRNA遺伝子を使用し、真珠の種同定を行った。16SrRNAは細胞内のミトコンドリア中に多数のコピーを持っているため、増幅が容易である。外套膜、及び真珠から採取した5〜10mgの試料からDNAを抽出し、同定を行った結果、Pinctada fucataであることが判明した。

17. 貝殻に出来るブリスター類の観察について
渥美  郁男(東京宝石科学アカデミー)
貝殻に出来るブリスターの観察を行った。天然ブリスター真珠は天然真珠が貝殻に付着し、さらに真珠層で覆われた真珠、天然ブリスターは貝に穴を空ける寄生虫や空前入ってきた魚等から貝本体を守るために真珠層を覆いかぶせたものである。軟X線によるレントゲン観察で天然ブリスター真珠は中央に真珠が観察されるが、天然ブリスターには中央に真珠はない。また、養殖ブリスター真珠はもともと真珠を作るために入れた核が落ち、貝殻に付着し、真珠層に覆われたもの、養殖ブリスターは仏像真珠等である。軟X線観察で養殖ブリスターはその元になる核のようなものが見えるが、樹脂を使用したものは軟X線によるレントゲン写真で透けて見える。まれに鉛を核に使用されたものがあるが、重量をますためであると思われる。また、人為的にケシを作るため、外套膜に数か所キズをつけることがあるが、これがブリスター真珠の元になった場合、養殖というか否か非常にあいまいである。

18. ゴールド系シロチョウ真珠の特徴と分類
○矢崎  純子(真珠科学研究所)、江森  健太郎(中央宝石研究所)、小松  博(真珠科学研究所)
奄美大島、ミャンマー、フィリピン、インドネシア、着色処理のゴールド計シロチョウ真珠について検討を行った。近年の蛍光として、無穴で着色を行うため、わかりづらく、蛍光や紫外可視分光分析を行った結果、未処理のものに似ている真珠も存在する。本研究では紫外可視分光分析における280nmの吸収、360–430nmの広い吸収、干渉色がポイントとなることが明らかになった。他、拡大検査で染色痕を見つけること、またラマン分光の散乱強度もポイントになるとのことであった。また、オーロラビューアーで観察し、下半球にムラが見えると着色処理が施されている事も判明した。またLA–ICP–MSによる微量成分分析の結果、産地毎の特色があった。

19. 核にサンゴを使用した養殖アコヤ真珠の特徴とその鑑別の試み
○山本  亮、小松  博(真珠科学研究所)
養殖真珠に用いられる核は一般的にドブ貝であるが、ドブ貝以外の核を使用したものがごく少数出回っている。その中にサンゴを核にしたものがあり、サンゴの色調が真珠層を通して出るため、赤みを帯びた色になる。本研究ではサンゴ、真珠層で覆われたサンゴについて紫外可視分光分析、蛍光、ラマン分光分析を行った。サンゴでは紫外可視分光分析による390nmの小さい吸収、500nmと530nmにある大きな吸収が観察された。一方、真珠層に覆われた状態では390nmの吸収は認められなかったが、500nmと530nmの吸収が観察された。また蛍光は真珠の蛍光が観察され、サンゴの模様等は観察されなかった。穴口からは核が赤いことが確認され、オーロラビューアーでは透過側に赤みが強く観察された。

20. 真珠に起こる劣化現象のメカニズム-タンパク質の劣化から起こる真珠の劣化現象
○南條  沙也香、矢崎  純子、松田  泰典、小松  博(真珠科学研究所)
たんぱく質の劣化から起こる真珠の劣化現象について観察を行った。アコヤ養殖真珠の劣化により生成されるキズにはスポットとヒビがある。スポットは同心円状に模様ができるもので、成因としては漂白の際に真珠内部にある空隙に薬品が入り込み、そこから劣化がはじまる。ヒビはどのような経緯でできるかは不明である。加速実験を行った結果、ヒビは発生しなかったため、ヒビができる原因についてはわからなかった。ヒビの特徴としては大きいほど発生しやすく、穴口から遠い位置にできていた。

■総会について
平成29年度宝石学会(日本)総会においては、平成28年度の活動報告、会計、29年度の活動予定、予算の他、会則の変更について話が行われました。会則の変更により、宝石学会(日本)において従来は会員2名以上の推薦がなければ入会できませんでしたが、これからは推薦の必要はなくなります。また、退会の際の意向確認、評議員は2年ごとに改選することが決まりました。また、次回平成30年度宝石学会(日本)総会・講演会・見学会は富山近辺で行われる予定であることがアナウンスされました。

■宝石学会(日本) 平成29年度懇親会
総会・講演会終了後、早稲田大学大隅記念タワー15階「森の風」にて懇親会が行われました。53名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演会の発表内容についての質疑応答、討論等が行われ有意義な時間を過ごしました。◆

一般講演会の会場の様子
一般講演会の会場の様子