2016年5月No.32
リサーチ室 北脇 裕士
2015年3月27日(日)~4月3日(日)の一週間、中国吉林大学超硬材料国家重点実験室を訪問し、中国における宝飾用合成ダイヤモンド製造の現況についていくつかの知見を得ることができました。また、菅口にあるダイヤモンド合成用超高圧装置製造会社と大連にある高圧装置用アンビル製造会社を視察する機会を得ました。以下に概要をご報告致します。
中国製HPHT法合成ダイヤモンドの台頭
CGL通信No.30(2016年1月5日発行)で既報の通り、当研究所において昨年の9月頃からジュエリーに混入したメレサイズのHPHT法合成ダイヤモンドが相次いで確認されています。合成ダイヤモンドは、鑑別・グレーディングの日常業務において1990年代半ば頃から時折発見され、その都度話題となってきました。しかしながら、その検出頻度はごくわずかなもので、これまで無色の合成ダイヤモンドがジュエリーに混入していた例もほとんどありませんでした。最近、当研究所で確認されている無色のメレサイズの合成ダイヤモンドはほとんどがHPHT法によるものです。そして、これらは中国で大量に合成されていると言われており、その真偽の確認と今後の動向についての調査が急務となりました。
吉林大学超硬材料国家重点実験室
今回訪問した吉林大学超硬材料国家重点実験室は吉林省の長春にあります(Fig.1)。長春(英語:Changchun)は、吉林省の省都で市区人口は360万人、都市圏人口は750万人の大都市です。市内には吉林大学など27もの国立大学を擁しており、中国における重要な学研都市となっています。歴史的には1932年~1945年まで満州国(中国では偽満州国と言われる)の首都とされ、新京と呼ばれていました。市内には満州時代に日本が建築した政府系の建築物が当時のまま残され、今なお銀行、病院、大学校舎の一部として使用されています(Fig.2, Fig.3, Fig4)。
吉林大学は1946年に設立されましたが、2000年に他の5つの大学と併合され、さらに2004年には人民解放軍軍需大学も統合されて中国でも最大級の規模を誇る国立大学となりました。学生、院生および教職員を含めて10万人以上が在籍しています。正門には6つの大学が併合されたことを象徴する6本の石柱が立てられています(Fig.5)。
国家重点実験室は1984年に自国の基礎研究のレベルを引き上げ、国家の発展に寄与する技術活動を促し、経済・社会の重大問題を解決することを目的に計画が開始されました。最初の年には10の実験室が設置され、その後の10年間で81の実験室が設置されました。現在では中国全土に200以上の国家重点実験室が設置され、基礎研究の主要な学問分野と国民経済、社会発展の重点分野を基本的にカバーしています。
吉林大学超硬材料国家重点実験室は、原子力研究所と物理学研究室をベースに1989年に設立されました(Fig.6)。超硬材料は当時「戦略物資」として位置づけられ、高圧研究は近代的な国防の重要なデータを取得する方法と考えられました。超硬材料国家重点実験室は設立以来多くの成果を挙げてきましたが、特に新機能材料としての高品質ダイヤモンド結晶の研究は中国産業界の発展に大きく寄与してきました。現在では60~70名の研究者が在籍しています。
筆者は中国の超高圧法ダイヤモンド研究の第一人者である超硬材料国家重点実験室のXiaopeng Jia教授を尋ねました(Fig.7)。Jia教授は1988年に日本に留学され、1996年に筑波大学で博士号を取得されています。その後、無機材質研究所(現物質材料研究所)に在籍され、日本で長年高圧技術を学ばれていました。
中国製ダイヤモンド合成用超高圧装置
中国では1966年に初の国産キュービック型マルチ・アンビル装置が開発されました。そして、ダイヤモンド製造の実証実験が成功し、中国における超硬材料産業の形成や発展に大きく貢献しました。この装置は構造が単純で低価格、操作が容易であるなどの特長により、瞬く間に量産され、諸外国からも発注が相次ぐようになりました。
中国製のキュービック型マルチ・アンビル装置は(Fig.8)、蝶番(ヒンジ)で6個の独立アンビル駆動ラムが結合されていて、6個のアンビルが立方体(キュービック)試料を加圧します(Fig.9)。装置の開発当初はベルト型などの他の大型高圧装置に比べて試料部体積が小さく、工程1回あたりの生産量に限界がありました。
しかし、2000年~2005年にかけて大容積の大型ヒンジ式装置が開発され(Fig.10)、小粒石の大量生産が可能となりました。装置には油圧シリンダーの直径の違いによりいくつかのタイプがあります。最大級でφ850mmですが、現在宝飾用の合成ダイヤモンド製造に用いられているのはφ650mm~750mmのようです。この装置の特長は1台当たりの製作コストが低いことにあります。φ300mm~400mmの装置でオペレーションシステムも含めて1000万円程度、φ650mmのものでも1300万円程度のようです。
中国での高圧合成の研究は、1980年代には吉林省などの主に東北地方で行われていました。しかし、この地は朝夕の寒暖差が激しく、特に厳冬期の外気温は–30℃以下にもなるため装置内外の温度制御が困難でした。そのため年間平均気温の高い湖南省や河南省へその拠点が移動していきました。1990年以降、大手の合成ダイヤモンド製造会社のほとんどは河南省に集中しています。
中国での宝飾用HPHT合成の現状
中国では経済成長の減速が建設業にも大きな影響を与えています。マンションや高層ビルには買い手のつかない空き室が増え、一部報道ではゴーストタウンと化した地方都市もあるようです。この煽りをうけ、建設資材の切断や研磨に使用されるダイヤモンド砥粒の需要も激減しています。中国国内で使用されているダイヤモンド砥粒はほぼ100%中国製のHPHT法合成ダイヤモンドです。そのため中国製のダイヤモンド砥粒の価格も下落し、現在では1ctあたり10円以下となっています。
中国には三大巨頭と呼ばれる大手合成ダイヤモンド製造会社が河南省にあります。これら3社でダイヤモンド合成用の超高圧装置が7000台以上、砥粒の年間生産量が120億ctを誇っています。この3社ではそれぞれにおいて結晶育成の技術開発が進み、現在では無色の宝石品質のダイヤモンドを量産できるレベルに達しています。そして利益率の低い工業用途のダイヤモンド砥粒生産から新たな市場として宝石ダイヤモンドの生産にシフトしてきています。
A社では2014年末頃から2mm以下程度の宝飾用合成ダイヤモンドの量産を開始しており(Fig.11–a)、B社では2015年前期から2~3mm程度の原石を量産しています(Fig.11–b)。
その後、他の中小の砥粒製造会社も続々と宝石事業に参入しており、河南省だけで10社以上が宝石用の小粒ダイヤモンドを製造しています。また、山東省ではウクライナの技術を導入した合弁企業が2015年の6月に設立され、小粒ではなく、1ct以上の宝石質合成ダイヤモンドの製造を開始しています。ここでは70台以上のプレス装置を用いて月産で1000~2000ctが製造されているとのことです。
宝飾用に使用されている一般的な中国製の超高圧装置では1台当たり1回の工程(1日)で10ct(小粒原石300~350個程度)が製造できます。中国全土では月産で15万ct~30万ct(小粒原石で450万~1000万個程度)製造されていると思われます。
超高圧装置製造会社とアンビル製造会社訪問
長春の吉林大学を訪問した後、高速鉄道(新幹線)を利用して(Fig.12)、菅口の超高圧装置の製造会社とアンビル製造会社を訪れました。中国国内の移動にはこの高速鉄道(新幹線)が便利です。1000km以内であれば高速鉄道(新幹線)、それ以上の距離は飛行機が利用されているようです。
菅口の超高圧装置の製造会社は、2014年にリニューアルしてこの地に新たに工場を建設したそうです(Fig.13)。
4万5千平米の広大な土地を利用してφ750㎜クラスの装置を月産20台ほど生産しています(Fig.14)。
中国にはこのような超高圧装置の製造会社の大手が4社ほどあり、ここはそれらに次ぐ中堅クラスとのことでした。驚いたことにこの会社は装置の製造だけでなく、自らのプレス装置を用いて宝石用のダイヤモンドの製造も行っていました。現在生産されているのはφ3〜4mmの黄色いⅠb型の結晶だけですが(Fig.15)、将来はサイズの大きな各色の宝石用ダイヤモンドを量産したいとのことでした。このように中国では宝飾用のHPHT合成ダイヤモンドが新たなビジネスチャンスと考えられているようです。
菅口視察後に大連まで車で移動し、アンビルの製造会社を訪問しました(Fig.16)。
この会社では中国国内のみならず、日本を含めた諸外国にもアンビルを輸出しています。先に訪れた菅口の超高圧装置の製造会社や河南省の大手製造会社であるB社にも供給しているとのことでした。ここでは大型の装置がいくつも導入されており、高度な加工技術を有しているようでした(Fig.17, Fig.18, Fig.19)。
アンビルは超高圧装置のピストンの先端に付けられている部品です。超高圧発生のためには、その圧力に耐える高強度のアンビルが重要となります。アンビルは通常タングステン・カーバイドにコバルトを添加した超硬合金(WC–Co)が用いられています。しかし、それだけではダイヤモンドを合成するのに必要な超高圧には耐えられないためアンビル先端の形状が工夫され、円錐形にされています。円錐形にすることでアンビルの先端から離れるに従い圧力を受ける面積が増え応力が分散されます。これにより超高圧下でのアンビルの破壊が抑制されます。このテーパー角の最適化により強度は2~3倍になるようです(Fig.20)。◆