2016年1月No.30
リサーチ室 北脇 裕士、久永 美生、山本 正博、岡野 誠、江森 健太郎
研究用に入手した45個の無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンドを検査した。これらはラウンドブリリアントカットされたルースで重量は0.0075ct~0.023ctであった。標準的な宝石学的検査においては、宝石顕微鏡下における塊状や樹枝状の金属包有物の存在と短波紫外線下における明瞭な青色の燐光が鑑別特徴となる。赤外分光分析ではすべてⅡ型の特徴を示し、フォトルミネッセンス分析では多くのものに天然石には稀なNi(ニッケル)に関連するピークが検出された。また、紫外線ルミネッセンス像およびカソードルミネッセンス像ではHPHT法特有の分域構造と青色の燐光が観察された。
背景
2012年、アントワープの国際的なダイヤモンドグレーディングラボラトリーによる大量ロットのCVD法合成ダイヤモンドの報告を皮切りに、世界各地の検査機関からも相次いで合成ダイヤモンドに関する報告がなされている(文献1)。宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上し、HPHT法合成ダイヤモンドでは10.02ctのVS1、Eカラーの報告がされており(文献2)、CVD法合成ダイヤモンドにおいても3ct以上のものの報告が相次いでいる(文献3)。一方、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入も業界の大きな懸念材料となっている。当研究所においても2015年9月以降、ジュエリーに小粒の無色合成ダイヤモンドが混入した事例が相次いでおり、ルーティンにおける合成ダイヤモンドの検査体制を強化している。
今回、メレサイズの無色合成ダイヤモンドを研究用に入手し、検査することができた。これらは中国もしくはロシアで製造されたものがインドで研磨されたと推測される。以下にこれらの宝石学的特性と天然ダイヤモンドとの重要な識別特徴について検討する。
本報告は今後増加が懸念されるメレサイズの合成ダイヤモンドの鑑別における有益な鑑別指針を提供できると思われる。
試料と分析方法
研究用に入手した無色系HPHT法合成ダイヤモンド45石を検査対象とした(前ページ図1)。これらはすべてラウンドブリリアントカットが施されたルースで、重量は0.0075ct~0.023ctであった。カラー、クラリティおよびカットグレードについては小粒石のため実施されなかった。45石すべてに対して標準的な宝石学的検査とCGLの開発したCGL Diamond Kensaによるタイプの粗選別を行い、うち12石についてはFTIR、フォトルミネッセンス分析を、5石については紫外線ルミネッセンス像およびカソードルミネッセンス像の観察を行った。また、拡大検査で金属包有物を豊富に含有していた5石については蛍光X線分光法による組成分析を行った。さらに、うち1石についてはLA–ICP–MS分析を行った。
外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行った。紫外-可視-近赤外分光分析には日本分光製V570を用いて分析範囲は220nm–1100nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400㎝–1分解能は4.0㎝–1で、20回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm、514nm、488nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。紫外線ルミネッセンス像の観察には当研究所が独自に開発した紫外線ルミネッセンス像観察装置を用いて行った。また、SEM–CLにはTopcon社製走査型電子顕微鏡 sm–350を用いて試料は金蒸着を施して観察を行った。蛍光X線分析にはJEOL社製JSX3201Mを用いて2㎜φのコリメーターを使用して50kV、3mAの条件で400秒の測定を行った。LA–ICP–MS分析には、New Wave Research UP–213とAgilent 7500aを使用した。レーザーアブレーションにおけるクレーターサイズは15μm、レーザーパワーは15J/cm2で1秒間に10発を20秒間継続した。プラズマのRFパワーは1200Wであった。
結果と考察
◆拡大検査
検査した多くのものは10倍ルーペにおいて特徴的な包有物は認められなかった。およそ2割弱程度のものには棒状や塊状、あるいは樹枝様の金属包有物が認められた((図2、図3、図4、図5、図6)。これらの金属包有物を内包するものは、強力なフェライト磁石に対しては明瞭な磁性を示した(45個中6個)(図7)。このような金属包有物はCVD合成ダイヤモンドには見られず、HPHT法合成の特徴となる。また、天然ダイヤモンドには磁性を示す例は極めて稀であり(多数の鉄鉱物の存在や研磨・カット工程が原因の汚染)、磁性の存在もHPHT法合成の特徴となる。
◆歪複屈折
交差偏光板を用いた顕微鏡観察において、明瞭な歪複屈折は認められなかった(図8)。CVD合成ダイヤモンドには特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が認められ、すべての天然Ⅱ型ダイヤモンドには塑性変形に由来するタタミマット構造が見られる。したがって、検査するダイヤモンドがⅡ型であった場合、このような特徴のない偏光下の歪複屈折はHPHT法合成を暗示する手掛かりとなる。
◆紫外線蛍光
ほとんどの検査石は長波紫外線下において明瞭な発光は認められなかったが、一部に弱い青白色もしくはオレンジ色の蛍光が観察された。短波紫外線下においても同様であるが、青白色蛍光を示す割合が多かった。短波紫外線下ではほとんどのものに強弱の差はあるものの青白色の燐光が観察された。短いものでは数秒であったが、長いものは5分以上発光が継続した。一部にオレンジ色の燐光を示すものもあった(図9)。天然ダイヤモンドでは明瞭な青白色の燐光を示す例は極めて稀であり、短波紫外線下において数秒以上継続する明瞭な燐光の存在はHPHT合成の警鐘となる。
◆CGL Diamond Kensa
CGLがダイヤモンドのタイプを粗選別するために独自に開発したCGL Diamond Kensaでは検査した45個すべてが要詳細検査となった。CGL Diamond Kensaはダイヤモンドのタイプを粗選別するコンパクトな装置で、0.01ct ~3.00ctの重量が測定可能範囲である。今回検査した試料の中には0.01ct未満のものもあったが、すべて適正な検査結果を得ることができた。ダイヤモンドのタイプを粗選別する装置としてDTCのDiamondSure™やHRDのD–Screenが先行販売されており、業界で広く利用されている。しかし、これらの装置における適用重量範囲は、前者が0.1ct、後者が0.2ct以上であり、今回のメレサイズについてはすべて適用範囲外で測定が不可能であった。
CGL Diamond Kensaは、無色系の合成ダイヤモンド(HPHT法およびCVD法)がすべて紫外線の透過性の良いⅡ型に分類されることを基本原理としている。現時点においてⅠ型に属する無色の合成ダイヤモンドは存在しないため、CGL Diamond Kensaは合成ダイヤモンドの粗選別装置として有効に機能している。
◆赤外分光分析
測定した12個すべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500~1000cm–1)に吸収を示さないⅡ型に分類された。 12個中9個にはホウ素に由来する4093、2928、2810、2460cm–1に吸収が見られ、Ⅱb型であることが確認された(図10)。これらのホウ素に起因するピークが強いものには1332 cm–1のピークも認められた。ホウ素は窒素との電荷補償により、窒素に起因する黄色味を軽減する目的で意図的に添加されることがあるが、製造時の炭素原料や金属溶媒に由来する不純物としても混入する。今回検査した12個のHPHT合成ダイヤモンドは、ホウ素の濃度(FTIRによるピーク強度)に個体差が大きく、不純物である可能性が高い。
◆フォトルミネッセンス分析
633nmレーザーでPL測定を行った12個中10個に883.2nmと884.8nmのダブレットが検出された。ほとんどのものは小さなピークであったが、うち1個はきわめて明瞭なピークを示した(図11)。
これらのダブレットはNi(ニッケル)をベースとした溶媒金属を用いて製造されたHPHT法合成ダイヤモンドの{111}領域に頻繁に観察されている。これらは格子間のNi+によるものではないかと考えられている(文献4)。この883.2nmと884.8nmのダブレットのピークは、CVD法合成ダイヤモンドや天然ダイヤモンドにも稀に見られることがあるため、その存在のみではHPHT法の確実な証拠とすることはできない。12個中1個の試料にのみ737nm(736.4/736.8nmのダブレット)ピーク(SiV-)が検出された。これらのピークはCVD法合成ダイヤモンドには頻繁に観察されるものではあるが、HPHT法合成や天然ダイヤモンドにも稀に検出されることがある。
514nmレーザーによるPLスペクトルを図12に示す。分析を行った12個すべてに575nm(NV0)が検出された。また、12個中9個に637nm(NV-)が検出された。双方が検出される場合は、常に575nm(NV0)>637nm(NV-)であった。
488nmレーザーによるPLスペクトルを図13に示す。分析を行った12個すべての試料に575nm(NV0)の比較的強いピークが検出された。12個中5個に504nm付近に帰属不明の半値幅(FWHM)のやや大きなピークが検出された。HPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドには503.2nm(H3)の明瞭なピークが検出されるが、今回のHPHT合成ダイヤモンドにはいずれにも検出されなかった。
◆紫外線およびカソードルミネッセンス法
CGLが独自に開発した紫外線ルミネッセンス像観察装置を用いて無作為に選別した5個の試料を検査した。本装置は、波長の短い(<225nm)強力な紫外線を用いてダイヤモンドのルミネッセンス像を観察する装置で、小粒石やジュエリーにセッティングされたダイヤモンド用に開発されたものである。試料室が125mm(縦)×170mm(横)×40mm(高さ)と広めに設計されており、XYZの移動が自動で制御できるよう工夫されている。また、小粒石が観察しやすい用にDTC製のDiamondView™よりも光学ズームの拡大率を高くしている。
すべての試料にホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察された(図14a〜c)。同様の発光色はHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドにも見られることがある。天然のⅡ型ダイヤモンドは、ほとんどのもの(90%以上)がバンドAに因るやや暗い青色蛍光を示すため(CGL未公表資料)、今回の試料のような青白色の発光色は合成起源の警鐘となる。また、すべてに同系色の燐光が観察され、燐光の継続時間は数分におよぶものが多かった。本装置においては無色の天然Ⅱ型ダイヤモンドにもしばしば燐光が観察されるが、継続時間は数秒以下程度である。また、HPHT処理が施された無色系のCVD合成ダイヤモンドにも燐光が観察される。従って、このように数分にもおよぶ長い時間の燐光の存在は合成起源を強く示唆する。紫外線ルミネッセンス像の観察において、HPHT合成には通常{111}、{100}{110}などの成長分域が観察される。今回検査した5石にも分域構造が見られたが、不鮮明なものもあった。より詳細な成長構造を確認するために、これらの試料について電子顕微鏡を用いたカソードルミネッセンス像の観察も併せて行った。紫外線ルミネッセンス像ではやや不明瞭であった成長分域がカソードルミネッセンスでは明瞭に観察されたものもあった(図15)。
◆蛍光X線分析
拡大検査で金属包有物を含有しており、それらが研磨面付近に達している5個の試料について蛍光X線による定性分析を行った。Fe(鉄)、Co(コバルト)およびTi(チタン)が検出されたが、Ni(ニッケル)のピークは不明瞭であった。FeとCoについては5個の試料ともに明瞭なピークが得られたが、Tiについては個体差が大きかった。
◆LA-ICP-MS分析
樹枝様の金属包有物が研磨面付近に多く見られる試料1個に対してLA–ICP–MS分析による定性分析を行った。測定元素はHPHT合成に一般的に使用される溶媒金属と窒素ゲッターに使われる元素を想定して選定し、以下の元素について行った。Ti(47)、Fe(56、57)、Co(59)、Ni(60)、Cu(銅)(63)、Hf(ハフニウム)(178)、Zr(ジルコニウム)(90)(カッコ内の数字は質量数)。
測定した元素のうち、Coが最も多く検出された。次いでFe、Ti、Cuの順であった。Niは非検出であった。CoおよびFeは無色系のダイヤモンドを製造する際に一般的に使用される溶媒金属である。無色系を合成する際には着色に関与するカラーセンタを形成するNiは通常用いられない。CoとFeの割合は重要でCo量は40~60wt%が適している。この範囲を外れると、金属包有物の混入や骸晶の発生など良質な結晶が得られなくなる(文献5)。また、黄色味の原因となる置換型単原子窒素を除去するために窒素ゲッターと呼ばれるTi、Hf、Zrなどの元素が適量添加される。これらのうちTiが最も効率の良い窒素ゲッターとなるが、溶媒中にTiCが多量に生成し、成長結晶表面の沿面成長が阻害され、金属包有物の巻き込みが顕著となる。そのため成長速度を落として結晶育成が行われるが、Cuを適量添加することでTiCの生成を抑制することができる(文献5)。
まとめ
研究用に入手した45個のメレサイズHPHT法合成ダイヤモンドを検査した。標準的な宝石学的検査においては、宝石顕微鏡下における塊状や樹枝様の金属包有物の存在が鑑別上の手掛かりとなる。金属包有物に加えて明瞭な磁性が存在すればHPHT法合成を示唆する有力な情報となる。短波紫外線下における明瞭な青色の燐光が重要な鑑別特徴となる。しかし、HPHT法合成においても燐光が弱いものも存在するため、燐光の欠如が天然起源を示唆するものではない。赤外分光分析ではすべてⅡ型(Ⅱa型およびⅡb型)の特徴を示し、CGL Diamond Kensaにおいてすべて要詳細検査となった。フォトルミネッセンス分析では多くのものに天然には稀なNiに関連するピークが検出された。また、紫外線ルミネッセンス像およびカソードルミネッセンス像ではHPHT法特有の分域構造と青色の燐光が観察された。
これまで合成ダイヤモンドの宝飾用への利用は限定的であった。しかし、メレサイズの宝飾向けのHPHT法合成ダイヤモンドは相当量の製造が見積られており(次ページコラム参照)、今後ジュエリーへの混入がますます懸念される。正確な情報開示と適切なスクリーニングが重要である。
謝辞
電子顕微鏡によるカソードルミネッセンスの分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士とつくばエキスポセンターの神田久生博士にご協力頂いた。ここに謝意を表する。◆
【文 献】
1.Even-Zohar C. (2012) Synthetic specifically “made to defraud”. Diamond Intelligence
Briefs, vol.27, No.709, pp7281–7290,
2.IGI certifies record-breaking, world’s largest colorless grown diamond.
http://www.igiworldwide.com/igi-certifies-worlds-largest-colorless-grown-diamond.html
3.Two Large CVD-Grown Synthetic Diamonds Tested by GIA
http://www.gia.edu/gems-gemology/winter-2015-labnotes-two-large-CVD-grown-
synthetic-diamonds
4.Kanda H. and Watanabe K. (1999) Distribution of nickel related luminescence centers in
HPHT diamond. Diamond and Related Materials, 8, 1463-1469
5.角谷均., 戸田直大., 佐藤周一. (2005) 高品質大型ダイヤモンド単結晶の開発.
SEIテクニカルレビュー, 166, 7-12
コラム:中国のHPHT法合成ダイヤモンド
リサーチ室 北脇 裕士
ダイヤモンドの合成法はCVD法や衝撃法等も知られていますが、工業的に生産されているもののほとんどはHPHT法によるものです。ダイヤモンドは熱力学的に高圧下で安定なため、通常は5~6GPa以上の静的な超高圧下で合成されています。
ダイヤモンド合成用の高圧発生装置の心臓部ともいえる加圧部にはさまざまな形式が用いられています。代表的なものは以下の3つです。①アンビル・シリンダ型(ベルト型など)、②マルチ・アンビル型(キュービック型、分割球型など)、③アンビル対向型(トロイダル型など)。宝飾用にロシアで合成されているダイヤモンドは主に分割球型(BARS)と言われており、オランダに本社を置くAOTC社では分割球型とトロイダル型を使用していると報告されています。
さて、中国ではキュービック型のマルチ・アンビル装置が用いられており、中国国内に1万台以上(あるいは2万台)設置されていると推定されています。この装置は蝶番(ヒンジ)で6個の独立アンビル駆動ラムが結合されていて、6個のアンビルが立方体試料を加圧します。この装置の特長は1台当たりの製作コストが低いことにあります。一方、ベルト型などの装置に比べて試料部体積が小さく、量産が困難なことがあげられます。しかし、中国では2000年~2005年にかけて大容積の大型ヒンジ式装置が開発され、急成長を遂げていきました。このころから中国のダイヤモンド砥粒生産量が急増し、中国の生産量だけで全世界の消費量を生産できるまでになったと言われています。実際に現在の工業用ダイヤモンド生産量の90%以上が中国で生産されていると考えられています。
このように工業用合成ダイヤモンドは中国での大量生産により、供給過多となっています。そして、現在新たな供給先としてメレサイズの宝飾向けへと展開する動きがあり、今後目が離せない状況となっています。◆