2015年11月No.29
リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士
去る2015年8月26日~9月3日、リトアニアのビルニュスにて第34回国際宝石学会(IGC)が開催されました。弊社リサーチ室の技術者が2名出席し、それぞれ本会議における口頭発表を行いました。以下に概要をご報告致します。
ビルニュスの街並み:旧市街は世界文化遺産に指定されている
リトアニアの地図
国際宝石学会(IGC)とは
国際宝石学会(International Gemological Conference)は国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されています。
この会議は1952年にドイツで第1回会議が開かれてから、今回で34回目の開催となります(表1参照)。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では2~3年に1回、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されています。当社リサーチ室の北脇所員は1999年のインド以降続けて参加しており、江森所員は2007年のロシア、2013年のベトナムに続き3回目の参加となります。
表1:国際宝石学会、開催国のリスト
開催年 開催回 開催国 開催年 開催回 開催国
1952 第1回 ドイツ 1981 第18回 日本
1953 第2回 オランダ 1983 第19回 スリランカ
1954 第3回 デンマーク 1985 第20回 オーストラリア
1955 第4回 イギリス 1987 第21回 ブラジル
1956 第5回 ドイツ 1989 第22回 イタリア
1957 第6回 ノルウェー 1991 第23回 南アフリカ
1958 第7回 フランス 1993 第24回 フランス
1960 第8回 イタリア 1995 第25回 タイ
1962 第9回 フィンランド 1997 第26回 ドイツ
1964 第10回 オーストリア 1999 第27回 インド
1966 第11回 スペイン 2001 第28回 スペイン
1968 第12回 スウェーデン 2004 第29回 中国
1970 第13回 ベルギー 2007 第30回 ロシア
1972 第14回 スイス 2009 第31回 タンザニア
1975 第15回 アメリカ 2011 第32回 スイス
1977 第16回 オランダ 2013 第33回 ベトナム
1979 第17回 ドイツ 2015 第34回 リトアニア
IGCは他の一般的な学会とは異なり、今もなおクローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate)とオブザーバー(Observer)で構成されます。オブザーバーは国際的に活躍するジェモロジストで、 エグゼクティブコミッティ(Executive Committee)もしくはデレゲートの推薦によりIGCの会議に招待されます。デレゲートはオブザーバーとして3回以上IGC会議に出席し、優れた発表がなされたとエグゼクティブコミッティに推薦されたものが昇格します。デレゲートは原則的に各国1~2名で、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。このようなメンバー制は排他的な一面がある一方、メンバーたちの互いに尊重し合う格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。今回はメンバー(Delegate)とオブザーバー(Observer)そしてゲスト(Guest)を合わせて90人が会議に出席しました。日本からは弊社技術者以外に、デレゲートとしてAhmadjan Abduriyim氏と古屋正貴氏、ゲストとして大久保洋子氏が会議に出席されました。
開催地
開催地のビルニュス(Vilnius)はリトアニア共和国の首都で、リトアニア最大の都市です。人口は55万人、かつてはポーランド領であったこともあります。1994年に旧市街がユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録され、2009年には欧州文化首都に選ばれました。今回の会議が行われたビルニュス大学は1579年に設置されたリトアニアの国立大学で、この地方ではクラクフのヤギェウォ大学(1364年) 、ケーニヒスベルグの大学(1544年)に次いで創立された最も古い大学の一つです。ビルニュス大学は旧市街地の中にあり、完全に街に溶け込んでいて、どこからどこまでが大学か見ただけではわかりません。
本会議が行われたビルニュス大学
第34回国際会議
今回の国際宝石学会はこれまでと同様、Pre-Conference Tour 8/23(日)~25(火)、本会議8/26(水)~8/30(日)、Post Conference Tour 8/31(月)~9/3(木)の3本立てで行われました。本会議前後のConference Tourは開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地や博物館を訪れます。弊社技術者は本会議とPost Conference Tourに参加しました。
本会議
本会議初日の26日(水)14時より、ショートエクスカーションとしてリトアニアで産出される主要な宝石の一つ、こはくの博物館「Amber Museum」と「Church Heritage Museum」の2か所を訪問しました。どちらもビルニュスの旧市街、大学のすぐ傍にあり徒歩にて気軽に訪れることが可能な場所にあります。「Amber Museum」ではリトアニアで産出されるこはくの生成メカニズム、こはくの採取方法、こはくを加工して作られた様々なアクセサリーの展示があり、非常に勉強になりました。また、ビルニュスの旧市街には多くの教会があり、地元の人たちの信仰の強さを垣間見ることができます。「Church Heritage Museum」は日本語にすると教会遺跡博物館というものでしょうか、キリスト教関連の展示が豊富にあり、リトアニアの宗教的な歴史を感じることができました。その後、18時より旧市街、大学傍にあるNarutis Hotelにてウェルカムレセプション・パーティーが開催されました。各国から集まった旧友たちが2年ぶりに再会し、お互いの健康や研究成果をたたえあい旧交を温めます。
「Amber Museum」内の展示。
「Amber Museum」内の展示。見事なこはくが数多く展示されていた。
27日(木)の本会議は朝9時からのオープニングセレモニーで始まりました。リトアニア大学の中央棟にあるSmall Aulaにおいて終始厳粛な雰囲気で進められました。まず、主催者であり、IGC34の議長を務めるArunas Kleismantas氏が開会を宣言され、引き続きIGCのExecutive Committeeを代表してJayshree Panjikar氏が挨拶をされました。これに呼応して、リトアニアの経済副大臣のGediminas Onaitis氏、ビルニュス大学研部門長のRimantas Jankauskas教授、自然科学部学部長のHabil教授、Osvaldas Ruksenas博士が祝辞を述べられました。会場を埋めた参加者たちは次第に気持ちが引き締まり、これからの本会議に向けて緊張感が高まります。およそ1時間のセレモニーが終了すると、場所を大講堂に移していよいよ一般講演が始まりました。
本会議前日のウェルカムレセプション
リトアニア大学の中央棟のSmall Aulaでのオープニングセレモニー
一般講演は27日~30日と4日間にわたって行われました。各講演は質疑応答を含め各20分で行われ、計38題が発表されました。うち、こはく関連6題、ダイヤモンド関連3題、コランダム関連11題、パール関係4題、ひすい2題、オパール2題、エメラルド、ペリドット、デマントイド、ネフライト各1題、その他色石2題、産地関連2題、分析関連1題、光学関連1題でした。弊社研究室からは、北脇が「Type Ib yellow to brownish yellow CVD synthetic diamond」、江森が「Geographic origin determination of ruby and blue sapphire based on trace element analysis using LA-ICP-MS and 3D plot」という題で発表を行いました。
ここでは紙面に限りがありますので、発表された講演内容について詳述することはできませんが、IGC34で行われたすべての一般講演、ポスターセッションの要旨についてはオンラインでご覧戴けます。
http://www.igc-gemmology.net/ (2015年11月現在ダウンロード可)ご興味のある方はぜひこちらをご覧ください。
なお、会議の最終日30日の閉会式において次回のIGC35の開催地はアフリカのナミビアに決定しました。
ビルニュス大学内、本会議の様子
次回開催地ナミビアへの引き継ぎ式
Post Excursion Tour
8/31(月)~9/3(木)とPost Excursion Tour (会議後の巡検)に参加しました。参加者はおよそ40名で2台のバスに分乗して移動しました。初日31日にビルニュスをバスで出発した我々は、Kaunas(カウナス)を経由し、Palanga(パランガ)へ向かいました。Palanga(パランガ)はリトアニアでも有名なリゾート地です。翌日1日の朝、Palanga(パランガ)にある「Museum of Amber」へ行きました。「Museum of Amber」でこはくの生成メカニズム、海辺でのこはく採取の手法についての説明を受けました。
「Museum of Amber」での説明を聞く参加者たち
浅瀬でのこはくの採取風景
バルティック海のこはくは、古第三紀始新世の終わりころ(5300万年―3370万年)に北ヨーロッパ(現在のスウェーデン中南部)一帯に繁茂した松の木(Pinus succinifera)に由来します。これらの針葉樹は大量の樹脂を生成し、のちにこはくへと化石化しました。そして、その後の河川の作用によってスカンジナビアから現在のロシア領カリーニングラード~リトアニアを含む地域に運ばれました。これらのこはくを含むデルタ堆積物は3700万年~3370万年前にPrussian累層として形成しました。これらの堆積物は褐色がかった緑色の砂質シルトで “Blue Earth” とも呼ばれています。 こはくを含む層は10m以内の厚さで上部は35~40mほどの氷河を含む堆積物で覆われていました。完新世(およそ1万年前)に入るとバルティック海の海面が上昇し、海水がこはくを含む層を浸食します。海に流れ出したこはくは海水によって、現在のCuronianラグーン(潟)や一部はエストニアのサーレマー島の海岸周辺にまで運ばれました。
現在のリトアニア領での商業的なこはくの採掘は19世紀以降からです。1867年以前はこはくが採取可能な海岸を歩くだけでも違法とされていました。1992年~1994年にかけてリトアニアの地質調査所によって詳しく調査され、およそ350トンの埋蔵量が確認されました。それらのサイズの内訳はφ40㎜以上が10%、φ40~20㎜が30%、φ20~10㎜が29%、φ10㎜以下が31%であるとのことです。
バルティックこはくの予備知識を得たのち、海岸まで出てこはく採取を体験しました。浅瀬に沈んだ砂利や海藻を網ですくい上げ、浜辺に引き上げたのちその中からこはくを探します。海水より比重の大きいこはくは海の底に沈みますが、波の作用で海中を浮遊し移動します。そしてまた海の底に沈み、一部は海藻などに絡みついています。
砂利の中から拾い上げたこはく
砂利の中から拾い上げたこはく
こはく採取を終了した我々は次にリトアニアで最大のこはくのアクセサリーブランド「Amber Queen」の加工工場を訪れました。ここではオートクレーブによる浄化、洗浄、加熱処理、バレル研磨、そして研磨や加工の工程を見学することができました。
オートクレーブ
加熱に使用するオーブン
オートクレーブでの加熱後、流水で洗浄される
こはくのバレル研磨の様子
浄化に用いられるオートクレーブは我々が訪れた部屋だけでも13台あり、それぞれ60~80℃、10~30気圧の範囲にセットされていました。こはくは油紙の様なものに包まれ、何らかのオイルと共にオートクレーブに入れられていました。浄化はすべてのこはくに施される第1段階の工程です。 その後、流水で洗浄され、電器オーブンにて加熱が施されます。ここでは黄色、褐色、褐赤色、黒色など目指す色調によって温度や時間が異なります。バレル研磨ではこはくと一緒に入れられる研磨石としてセラミック、ガラスビーズ、木片などが使用されていました。磨き終わったこはくを色や透明度などの品質によって分類し、アクセサリーに組み上げられていきます。この工程はすべてが女性職人の手作業です。
加熱処理されたこはく
こはくを選別しアクセサリーに加工している様子
加工工場を見学した後、「Amber Queen」のショップに併設されている「Amber Museum」の見学を行いました。このミュージアムはこはくで作られたアクセサリーに比重が置かれたミュージアムでしたが、虫入りこはくについての展示も充実しており参加者の目を楽しませていました。
Amber Queen店舗外観
虫入りこはくの展示。虫入りこはくは拡大鏡下で見られるよう展示されていた
こはく三昧な一日を過ごした後、クルシュー砂州へと船で向かいました。クルシュー砂州はバルト海とクルシュー・ラグーンを隔てる全長98kmの細長く湾曲した砂州であり、2000年にユネスコの世界文化遺産に登録されています。南のサンビア半島から、リトアニア本土の港町クライペダの真向かいにある狭い海峡へと北端が伸びており、北側の52kmがリトアニア領、残りがロシアの飛び地であるカリーニングラード州に属しています。
クルシュー砂州についての説明を受ける見学者一同
9月2日、クルシュー砂州のNida(ニダ)という町の「Amber Museum」に向かいました。規模は小さいものの、非常に大きなこはくを実際に手で触れることができ、見学者の方々は大興奮でした。
Nida (ニダ)の「Amber Museum」で説明を受ける見学者たち
Nida (ニダ)の「Amber Museum」の巨大なこはく展示
クルシュー砂州には砂丘が多く、地質学的に重要な意味を持つスポットです。今回のクルシュー砂州でのExcursionではクルシュー砂州の重要なポイントを数か所めぐり、見学が行われました。
Post Excursion最終日の9月3日、参加者一同は船にのり、Vente Cape(ベンテ岬)や他、地質学的に重要なスポットを巡った後ビルニュスに向かい、4日間に渡るPost Excursion Tourは終了しました。
移動バスに貼ったポスターを見ながら説明を受ける参加者達
一面に広がる砂丘
宝石学を研究する上で、原産地まで赴き、実際に採取しているところを観察、もしくは実際に採取することは意義のあることです。今回、こはくの採取を実際に行い、こはくの処理を行っている現場、現状からアクセサリーの製造工程、販売まで一度に見ることができ、こはくの現状を目にすることができました。また、このExcursion中の他のジェモロジスト達との交流は非常に重要なことで、各国の状況、生の声を聞くことができます。中央宝石研究所は、これからもこのようなイベントには意欲的に参加し、積極的に情報を仕入れるよう努めていく予定です。◆
Post Excursion Tourの参加者達