2015年1月No.24
リサーチルーム 江森健太郎、北脇裕士
ルビーやブルーサファイアの原産地鑑別には内部特徴の観察が最も重要と考えられているが、近年では高精度の元素分析によってその判定精度が補完されている。本研究では商業的に重要度の高い産地のルビーおよびブルーサファイアについてLA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。
1.はじめに
(1)産地鑑別とは
宝石鑑別は、宝石鉱物の種類および変種の同定、天然・合成の起源、加熱や照射などの人的処理の有無などを客観的に判定する技術である。また、付随的に顧客のリクエストに応じて宝石の産出する地理的地域の判定、いわゆる原産地鑑別が行われることがある(日本国内の規定では一般鑑別書における産地表記は認められておらず、別途分析報告書によるものとされている)。
原産地鑑別は個々の結晶が産出した地理的地域を推定するために、その地域がどのような地質環境さらには地球テクトニクスから由来したかを考慮しなければならない。そのためには産地が既知の標本石の収集が何よりも重要となる。そしてこれらの詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得が基本となる(文献1) 。その上で紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA-ICP-MSによる微量元素の分析が行われ、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と経験をも併せ持つ技術者による判定が行われている。
(2)産地鑑別の正確性と限界
原産地鑑別における判定基準に国際的なスタンダードは存在しない。地理的地域の結論は、それを行う宝石鑑別ラボの独自の手法および評価による意見であり、その宝石の出所を保証するものではない。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばスリランカ産とマダガスカル産のブルーサファイア、ミャンマー産とベトナム産のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なこともある。原産地の結論は、潤沢な既知の標本およびデータベースとの比較、検査時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたもので、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなる。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイム・ラグが生じる可能性がある。
(3)ケミカルフィンガープリント
宝石鉱物には主成分以外の微量成分が含まれており、その種類や量などは地質学的な産状に関連している。したがって、精度の高い元素分析を行い、検出された微量元素の組み合わせや量比を検討することで原産地の判定に活かされている。これをケミカルフィンガープリントといい、元素分析の手法には主に蛍光X線分析が用いられてきた(文献2)。近年では分析精度の高いLA-ICP-MSも使用され始めており(文献3)、原産地鑑別の精度向上への寄与が期待されている。
2.試料および分析方法
試料は筆者ら自身が原産地で収集するなど産地情報が明確なルビー(114点)とブルーサファイア(81点)を使用した。分析に使用した試料の原産地と産状、および個数は表1、2の通りである。ルビーは宝石品質の原石の表面を研磨し、研磨面を1サンプルにつき5点ずつLA-ICP-MSで分析を行った。ブルーサファイアはファセットカットされたサンプルのテーブル面を1サンプルにつき5点ずつ分析を行った。
分析に使用したLA(レーザーアブレーション装置) はNew Wave Research UP-213を、 ICP-MSは Agilent 7500aを使用した。分析条件は表の通り。レーザーアブレーションにおけるCrater Sizeはコランダム中のAlと置換される元素であり、一定の量の検出が見込まれるMg, Ti, V, Cr, Fe, Gaについては30μmを使用して測定を行い、微小包有物(ジルコンやルチルなど)から検出される可能性のある微量元素(Li, Be, B, Sc, Co, Cu, Zn, Zr, Nb, In, Sn, Sb, Ba, La, Ce, Hf, Ta, W, Pb, Bi, Th) については80μmを使用して測定を行った。分析には標準試料としてNIST612を使用し、Alを内標準に用いて定量分析を行った。なお、フラクチャー等に二次的に混入する可能性のある不純物元素を回避するため、これらの部位についての分析は行わなかった。
3.分析結果と考察
(1)ルビー
測定した元素を用いた様々な組み合わせにおいてデータのプロッティングを試みた。結果の一例として、Mg,V,Feの三次元プロットを示す。三次元プロットは従来広く用いられてきた3成分の比率を表す三角ダイヤグラムとは異なり、単に3成分の比率を示すだけではなく、量そのものもプロッティングに反映される。公表されている関連分野の先行研究に三次元プロットは見られないが、gnuplotのソフトを用いれば比較的簡単に作成することが可能であり、ケミカルフィンガープリントとして最適と考えられる。
図1では一部に重複する領域も認められるが(特にタンザニアとマダガスカル)、ミャンマー、カンボジアおよびタンザニアの各々の産地ごとに明瞭に分布域が異なっている。
地質学的な産状が異なれば、包有物の相違等から産地の判別は比較的容易であることが期待される。しかし、産状が類似もしくは同一起源の宝石の原産地鑑別は困難だと考えられる。特に大理石起源のミャンマー、ベトナム、タンザニアのモロゴロ産のルビーの産地鑑別は非常に困難、もしくは不可能だとされてきた。
本研究において、Mg,V,Feの三次元プロットを行ったところ、これらの識別が比較的明瞭となることが新たに見いだされた (図2)。
アフガニスタンからベトナムまで伸びるルビー鉱床は大理石起源であり、この区域の大理石はFeの含有量が低いことが知られている。そのため、ミャンマー、ベトナムのFe濃度は低い傾向にあると考えられる。また、ミャンマー産のルビーはその母岩中に含まれる頁岩中の不純物の影響でV濃度が高くなると考えられる。
ルビー中に検出された微量元素の測定結果を表3に記す。各産地、試料、測定点等で特徴があり、これらを組み合わせることで産地鑑別の精度を向上させることが可能である。例えば、ベトナムのルクエン産のルビーは母岩の不純物の影響で微量元素が検出されやすい傾向にある。また、マダガスカル産のルビーは微量元素が検出されにくい傾向にあるが、亜鉛やアンチモンが検出されるといった特徴が認められる。
(2)ブルーサファイア
ブルーサファイアについても、測定された元素を用いて様々なプロットを試みた。J.J.Peucat ら2007年の研究ではGa濃度をMg濃度で割ったものを横軸に、Fe濃度を縦軸にプロットしたグラフでアルカリ玄武岩起源のブルーサファイアと変成岩起源および交代作用起源(合わせて非玄武岩起源とされることが多い)のブルーサファイアを分別できるとしている(文献4)。本研究においても図3のように同様の結果が得られた。
アルカリ玄武岩のブルーサファイアはこのように産地毎にデータの集まりが良く、産地特定の有力な一助となる。一方、非玄武岩起源のグループでは多くの領域で重複が見られる。特にマダガスカルはプロット範囲が広く、原岩の多様性の影響と考えられる。
変成岩起源のブルーサファイアで商業的な重要度が高い、マダガスカル、ミャンマー、スリランカのサンプルについて、種々の元素の組み合わせにおいて比較を行った。その一例として、X軸にMg、Y軸にTiを取ったグラフを図4に示す。ミャンマーとスリランカは重複する領域も認められるが、それぞれがほぼ一定の直線上に乗っている。この際、Mg:Ti比はスリランカ産のほうがミャンマーよりもTiが多く、両者の識別において重要なポイントとなることが判る。一方、マダガスカルはプロット範囲が散らばる傾向にある。マダガスカル産は原岩の多様性と、微小包有物を多く含む特徴を持つため、プロット範囲が広くなり、MgとTiの比が一定にならないと考えられる。
ルビー同様、ブルーサファイアで検出された微量元素を表4に示す。マダガスカル産のブルーサファイアは微量元素が多種含まれる傾向にあるが、これはジルコン等の微小包有物由来と考えられる。このように微量元素の検出量と組み合わせのパターンは産地鑑別の精度向上の一助となることが期待できる。
4.まとめ
LA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。Mg,V,Feの濃度を軸にとった三次元プロットがルビーの産地鑑別に有効であることがわかった。これらの元素の組み合わせによるプロットは同様な大理石起源のミャンマー、ベトナムおよびタンザニアのモロゴロ産の識別にも応用可能であることが見いだされた。
ブルーサファイアについてGa/MgとFe濃度によるプロットが変成岩起源とアルカリ玄武岩起源の大別に有効であることがあらためて確認された。Mg:Ti比によるプロットは商業的に重要性の高い変成岩起源のミャンマー、スリランカおよびマダガスカル産の判別の一助となることが判った。さらに、ルビー、ブルーサファイア共に微量元素の存在パターンが産地判別の精度向上に寄与することが期待できる。
LA-ICP-MS法を用いた微量元素測定による産地鑑別は一部データがオーバーラップする部分もあるため、詳細な内部特徴の観察や標準的な宝石学特性を併用することによって相互補充的に産地鑑別の精度向上に寄与できるものである。
5.参考文献
1. Huges, R. W ., 1997, R uby and Sapphire, RWH P ublishing
2. Muhlmeister, S., Fritsch, E., Shigley J. E., Devouard, B. and Laurs, B. M. 1998. Rubies on the basis of trace-element chemistry ., Gems & Gemolog y, Summer 80-101
3. Abduriyi, A. and Kitawaki, H., 2006, Determination of the origin of blue sapphire using Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry (LA-ICP-MS). Journal of Gemmology., 30 (1/2), 23-6
4. Peucat, J. J., Ruffault, P., Fritsch E., Bouhnik-Le, Coz M., Simonet, C. and Lasnier, B., 2007, Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic blue sapphires, Lithos, 98, 261-274