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宝石コランダムの原産地鑑別 -日本鉱物科学会2014 年年会より-

2015年1月No.24

リサーチルーム 江森健太郎、北脇裕士

ルビーやブルーサファイアの原産地鑑別には内部特徴の観察が最も重要と考えられているが、近年では高精度の元素分析によってその判定精度が補完されている。本研究では商業的に重要度の高い産地のルビーおよびブルーサファイアについてLA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。

1.はじめに

(1)産地鑑別とは
宝石鑑別は、宝石鉱物の種類および変種の同定、天然・合成の起源、加熱や照射などの人的処理の有無などを客観的に判定する技術である。また、付随的に顧客のリクエストに応じて宝石の産出する地理的地域の判定、いわゆる原産地鑑別が行われることがある(日本国内の規定では一般鑑別書における産地表記は認められておらず、別途分析報告書によるものとされている)。
原産地鑑別は個々の結晶が産出した地理的地域を推定するために、その地域がどのような地質環境さらには地球テクトニクスから由来したかを考慮しなければならない。そのためには産地が既知の標本石の収集が何よりも重要となる。そしてこれらの詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得が基本となる(文献1) 。その上で紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA-ICP-MSによる微量元素の分析が行われ、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と経験をも併せ持つ技術者による判定が行われている。

(2)産地鑑別の正確性と限界
原産地鑑別における判定基準に国際的なスタンダードは存在しない。地理的地域の結論は、それを行う宝石鑑別ラボの独自の手法および評価による意見であり、その宝石の出所を保証するものではない。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばスリランカ産とマダガスカル産のブルーサファイア、ミャンマー産とベトナム産のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なこともある。原産地の結論は、潤沢な既知の標本およびデータベースとの比較、検査時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたもので、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなる。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイム・ラグが生じる可能性がある。

(3)ケミカルフィンガープリント
宝石鉱物には主成分以外の微量成分が含まれており、その種類や量などは地質学的な産状に関連している。したがって、精度の高い元素分析を行い、検出された微量元素の組み合わせや量比を検討することで原産地の判定に活かされている。これをケミカルフィンガープリントといい、元素分析の手法には主に蛍光X線分析が用いられてきた(文献2)。近年では分析精度の高いLA-ICP-MSも使用され始めており(文献3)、原産地鑑別の精度向上への寄与が期待されている。

2.試料および分析方法

試料は筆者ら自身が原産地で収集するなど産地情報が明確なルビー(114点)とブルーサファイア(81点)を使用した。分析に使用した試料の原産地と産状、および個数は表1、2の通りである。ルビーは宝石品質の原石の表面を研磨し、研磨面を1サンプルにつき5点ずつLA-ICP-MSで分析を行った。ブルーサファイアはファセットカットされたサンプルのテーブル面を1サンプルにつき5点ずつ分析を行った。

表1 分析に用いたルビーとその産状、個数
表1 分析に用いたルビーとその産状、個数
表2 分析に用いたブルーサファイアとその産状、個数
表2 分析に用いたブルーサファイアとその産状、個数

分析に使用したLA(レーザーアブレーション装置) はNew Wave Research UP-213を、 ICP-MSは Agilent 7500aを使用した。分析条件は表の通り。レーザーアブレーションにおけるCrater Sizeはコランダム中のAlと置換される元素であり、一定の量の検出が見込まれるMg, Ti, V, Cr, Fe, Gaについては30μmを使用して測定を行い、微小包有物(ジルコンやルチルなど)から検出される可能性のある微量元素(Li, Be, B, Sc, Co, Cu, Zn, Zr, Nb, In, Sn, Sb, Ba, La, Ce, Hf, Ta, W, Pb, Bi, Th) については80μmを使用して測定を行った。分析には標準試料としてNIST612を使用し、Alを内標準に用いて定量分析を行った。なお、フラクチャー等に二次的に混入する可能性のある不純物元素を回避するため、これらの部位についての分析は行わなかった。

3.分析結果と考察

(1)ルビー
測定した元素を用いた様々な組み合わせにおいてデータのプロッティングを試みた。結果の一例として、Mg,V,Feの三次元プロットを示す。三次元プロットは従来広く用いられてきた3成分の比率を表す三角ダイヤグラムとは異なり、単に3成分の比率を示すだけではなく、量そのものもプロッティングに反映される。公表されている関連分野の先行研究に三次元プロットは見られないが、gnuplotのソフトを用いれば比較的簡単に作成することが可能であり、ケミカルフィンガープリントとして最適と考えられる。
図1では一部に重複する領域も認められるが(特にタンザニアとマダガスカル)、ミャンマー、カンボジアおよびタンザニアの各々の産地ごとに明瞭に分布域が異なっている。
地質学的な産状が異なれば、包有物の相違等から産地の判別は比較的容易であることが期待される。しかし、産状が類似もしくは同一起源の宝石の原産地鑑別は困難だと考えられる。特に大理石起源のミャンマー、ベトナム、タンザニアのモロゴロ産のルビーの産地鑑別は非常に困難、もしくは不可能だとされてきた。

図1:主要産地のルビーをMg,V,Feでプロットしたグラフ
図1:主要産地のルビーをMg,V,Feでプロットしたグラフ

本研究において、Mg,V,Feの三次元プロットを行ったところ、これらの識別が比較的明瞭となることが新たに見いだされた (図2)。

アフガニスタンからベトナムまで伸びるルビー鉱床は大理石起源であり、この区域の大理石はFeの含有量が低いことが知られている。そのため、ミャンマー、ベトナムのFe濃度は低い傾向にあると考えられる。また、ミャンマー産のルビーはその母岩中に含まれる頁岩中の不純物の影響でV濃度が高くなると考えられる。

図2: 大理石起源のルビーをプロットしたグラフ
図2: 大理石起源のルビーをプロットしたグラフ

ルビー中に検出された微量元素の測定結果を表3に記す。各産地、試料、測定点等で特徴があり、これらを組み合わせることで産地鑑別の精度を向上させることが可能である。例えば、ベトナムのルクエン産のルビーは母岩の不純物の影響で微量元素が検出されやすい傾向にある。また、マダガスカル産のルビーは微量元素が検出されにくい傾向にあるが、亜鉛やアンチモンが検出されるといった特徴が認められる。

表3: ルビーの産地別微量元素検出表
表3: ルビーの産地別微量元素検出表
オレンジ枠は必ず検出される元素、グレーは未検出、白は未検出~微量を示す

(2)ブルーサファイア
ブルーサファイアについても、測定された元素を用いて様々なプロットを試みた。J.J.Peucat ら2007年の研究ではGa濃度をMg濃度で割ったものを横軸に、Fe濃度を縦軸にプロットしたグラフでアルカリ玄武岩起源のブルーサファイアと変成岩起源および交代作用起源(合わせて非玄武岩起源とされることが多い)のブルーサファイアを分別できるとしている(文献4)。本研究においても図3のように同様の結果が得られた。
アルカリ玄武岩のブルーサファイアはこのように産地毎にデータの集まりが良く、産地特定の有力な一助となる。一方、非玄武岩起源のグループでは多くの領域で重複が見られる。特にマダガスカルはプロット範囲が広く、原岩の多様性の影響と考えられる。

図3:主要産地のブルーサファイアをGa/Mg vs Fe プロットしたグラフ
図3:主要産地のブルーサファイアをGa/Mg vs Fe プロットしたグラフ

変成岩起源のブルーサファイアで商業的な重要度が高い、マダガスカル、ミャンマー、スリランカのサンプルについて、種々の元素の組み合わせにおいて比較を行った。その一例として、X軸にMg、Y軸にTiを取ったグラフを図4に示す。ミャンマーとスリランカは重複する領域も認められるが、それぞれがほぼ一定の直線上に乗っている。この際、Mg:Ti比はスリランカ産のほうがミャンマーよりもTiが多く、両者の識別において重要なポイントとなることが判る。一方、マダガスカルはプロット範囲が散らばる傾向にある。マダガスカル産は原岩の多様性と、微小包有物を多く含む特徴を持つため、プロット範囲が広くなり、MgとTiの比が一定にならないと考えられる。

図4:変成岩起源のブルーサファイアをMg vs Ti プロットしたグラフ
図4:変成岩起源のブルーサファイアをMg vs Ti プロットしたグラフ

ルビー同様、ブルーサファイアで検出された微量元素を表4に示す。マダガスカル産のブルーサファイアは微量元素が多種含まれる傾向にあるが、これはジルコン等の微小包有物由来と考えられる。このように微量元素の検出量と組み合わせのパターンは産地鑑別の精度向上の一助となることが期待できる。

表4: ブルーサファイアの産地別微量元素検出表
表4: ブルーサファイアの産地別微量元素検出表
オレンジ枠は必ず検出される元素、グレーは未検出、白は未検出~微量を示すブルーは鑑別の際にキーとなる元素
4.まとめ

LA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。Mg,V,Feの濃度を軸にとった三次元プロットがルビーの産地鑑別に有効であることがわかった。これらの元素の組み合わせによるプロットは同様な大理石起源のミャンマー、ベトナムおよびタンザニアのモロゴロ産の識別にも応用可能であることが見いだされた。
ブルーサファイアについてGa/MgとFe濃度によるプロットが変成岩起源とアルカリ玄武岩起源の大別に有効であることがあらためて確認された。Mg:Ti比によるプロットは商業的に重要性の高い変成岩起源のミャンマー、スリランカおよびマダガスカル産の判別の一助となることが判った。さらに、ルビー、ブルーサファイア共に微量元素の存在パターンが産地判別の精度向上に寄与することが期待できる。
LA-ICP-MS法を用いた微量元素測定による産地鑑別は一部データがオーバーラップする部分もあるため、詳細な内部特徴の観察や標準的な宝石学特性を併用することによって相互補充的に産地鑑別の精度向上に寄与できるものである。

5.参考文献

1.  Huges, R. W ., 1997, R uby and Sapphire, RWH P ublishing
2.  Muhlmeister, S., Fritsch, E., Shigley J. E., Devouard, B. and Laurs, B. M. 1998. Rubies on the basis of trace-element chemistry ., Gems & Gemolog y, Summer 80-101
3.  Abduriyi, A. and Kitawaki, H., 2006, Determination of the origin of blue sapphire using Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry (LA-ICP-MS). Journal of Gemmology., 30 (1/2), 23-6
4.  Peucat, J. J., Ruffault, P., Fritsch E., Bouhnik-Le, Coz M., Simonet, C. and Lasnier, B., 2007, Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic blue sapphires, Lithos, 98, 261-274

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展

2015年1月No.24

リサーチルーム 室長 北脇裕士

⑧蛍光X線分析(EDXRF)

◆蛍光X線分析とは

物質にX線を照射すると、物質を構成している元素から特有の2次X線が発生します。この2次X線は蛍光X線(X-Ray Fluorescence)とも呼ばれ、これを調べることによって物質を構成している元素の種類と量を知ることができます。宝石の多くは結晶であり、結晶は特定の化学元素で構成されていますから、この組成分析は宝石鑑別で極めて有効な手法になり得ます。もちろん非破壊で分析することができます。
蛍光X線分析装置には2次X線を光学的に分離する波長分散型(WDS)とX線検出器のエネルギー特性を利用するエネルギー分散型(EDS)の二種類があります。

◆蛍光X線分析の原理

◇1次X線の発生
試料(宝石)へ照射される1次X線はX線管球から得られます。X線管球は真空管の一種で、真空中に対陰極(アノード)と 陰極(カソード)を封じ込めたものです。対陰極はターゲットと呼ばれ、W(タングステン)、Cr(クロム)、Rh(ロジウム)、Mo(モリブデン)などの融点の高い金属が使用されます。カソードを構成するフィラメントから発生した熱電子が高電圧の中で運動エネルギーを与えられてターゲットに衝突します。衝突の際、多くのエネルギーは熱に変換されますが、一部は制動放射によりX線に変換されます。これが1次X線です。

 ◇蛍光X線の発生
蛍光X線は、X線と物質の相互作用で発生する特性X線です。X線管球で発生した1次X線が物質(宝石)に入射すると、相互作用としてエネルギーがその物質(宝石)を構成している原子の内殻軌道電子に与えられます。エネルギーを与えられた電子は原子核からの束縛から解き放たれて飛び出し、より外側の軌道に飛び移ります(励起)。
励起した状態は不安定なため、電子の抜けあと(空孔)には直ちに外殻の軌道電子が落ち込んできます(遷移)。この際の両軌道間のエネルギー差に相当するエネルギーがX線として放出されます。これが蛍光X線です。各電子軌道がもつエネルギー準位は元素により固有の値を持ちますので、蛍光X線の波長(エネルギー)も元素によって固有の値となります。Fig.1に示すように、K殻の空孔がL殻から補われた場合にはKα、M殻から補われた場合にはKβなど、複数のスペクトルでK系列蛍光X線スペクトルが構成されます。同様にL殻においても補われた外殻電子軌道の種類によってLα、LβなどのL系列のスペクトルが構成されます。

Fig.1 蛍光X線の発生(フィッシャー・インストルメンツ資料より)
Fig.1 蛍光X線の発生(フィッシャー・インストルメンツ資料より)
◆蛍光X線分析装置

中央宝石研究所では20年近く前に蛍光X線分析装置を導入し、多くの成果を挙げて参りました。分析機器は日進月歩で、今日では分析精度が高く且つ測定時間が短い機種が市販されています。当研究室では日本電子製エネルギー分散型蛍光X線分析装置JSX3201Mを設置しています。試料の形態、大小を問わず非破壊で多元素を同時に定性・定量分析ができます。試料室が広いので(直径200mm、高さ110mmの円筒形)比較的大きな彫刻などでも分析することができます。多くの蛍光X線分析装置では通常検出可能元素が原子番号11のNa(ナトリウム)からですが、この機種は原子番号6のC(炭素)から分析することが可能です。さらに16試料自動交換機構が装備されているので多試料の連続分析が可能です。研究などで一時期にたくさんの分析が必要な場合でも試料のセッティングさえしておけば後は機械任せでオペレーターの手を煩わすことはありません。この機種は微小コリメータが採用されているので、最小で500μmφ領域の分析が可能です。試料の測定場所は高感度のCCDカメラで観察できます。
蛍光X線分析装置の具体的な分析例は次項で説明致しますが、宝石中の微量元素の分析は宝石種の同定だけでなく、天然・合成さらには産地や合成メーカーの特定にも寄与します。

Fig.2 蛍光X線分析装置 日本電子製JSX-3201M
Fig.2 蛍光X線分析装置 日本電子製JSX-3201M

⑨蛍光X線分析(EDXRF)の応用例

◆未知の鉱物種の同定

蛍光X線分析(EDEXRF)な鑑別手法によって確証的なデータが得られない場合(例えば、屈折率や比重が測定不能あるいは特性値が重複する宝石種など)の鑑別には組成分析がきわめて有効となります。もちろん、標準的なデータのみでは鑑別が困難な希少石などの同定にも役立ちます。
具体例としてダイヤモンドの類似石を例に見てみましょう。ダイヤモンドは通常無色透明で、屈折率が高く輝きの強い宝石です。同様な光学特性を有する素材は、ダイヤモンドの類似石として利用されていますキュービック・ジルコニア(CZ)、モアッサナイトなどの代表的な類似石はすべて屈折率が高く、標準的な屈折計では測定が不可能です。もちろん、熟練したジェモロジストならばこれらの類似石とダイヤモンドとを標準的な手法で見分けるのは可能です。しかし、類似石の種類を正確に識別するのは困難です。さらに、近年においては産業界の要請で生まれた全く新しい素材が宝石用素材として利用されるケースも増えています。ダイヤモンドではない事がわかっていても素材の確証が得られない場合などは、元素分析を行ってその化学組成を知ることが重要です。

◆同形鉱物の分類

結晶構造が同一で化学組成が異なる一連の鉱物グループを同形と言います。多くの宝石鉱物は同形で化学組成の違いによって特性値も異なり名称も変わります。ガーネットはしばしばこの同形鉱物の代表例として取り上げられます。ガーネットは等軸晶系でいわゆるガーネット構造と呼ばれる一定の結晶構造を有しています。ところが、含有する元素の組み合わせによって十数種類の端成分が存在します。宝石に利用されるガーネットの端成分は6種類程度ですが、これらの中間タイプも存在するため、変種の分類は簡単ではありません。ガーネットの変種分類は基礎的な知識があれば色、屈折率、比重、分光および拡大などの標準的な鑑別手法である程度は分類可能です。しかし、中間組成のものや幾種類もの端成分が固溶したものはやはり元素分析が必要となります。

◆天然・合成の識別

ルビー、エメラルド、アレキサンドライトなどの主要宝石は商業ベースで合成されています。これらの合成石は屈折率、比重などの物理特性が天然石と重複していますから、標準的な鑑別手法では拡大検査による内部特徴の観察が最も重要となります。ところが、近年は合成技術の進歩や合成石に施される加熱処理によって、内部特徴だけでは識別が困難な事例が多く見られるようになりました。天然石は化学式どおりの組成を有することはなく、何らかの不純物元素を含有するのが常で、それは結晶が成長するときの環境に影響を受けます。したがって、微量に含まれる不純物元素を正確に分析することにより、天然石のおよその産状(玄武岩起源か非玄武岩起源かなど)を知ることができます。また、合成石では合成法あるいはメーカーごとに添加される元素や用いるフラックス等に相違があり、それぞれに含有する不純物元素にも特徴が見られます。

ルビーを例に挙げてみましょう。天然ルビーは個体差があるものの、必ずTi、V、Cr、Fe、Gaなどの不純物元素を含有しています。これに対して合成ルビーにはFeやGaを含有しないものがほとんどです。一部の合成メーカーのものでFeおよびGaを含有するものがありますが、他の不純物元素に相違が見られます(Fig.3)。より詳細な分析にはLA-ICP-MS分析などのより高度な検査が必要となりますが、EDXRF分析は非破壊で迅速に行える特長があります。

Fig.3 合成ルビーのEDXRFによる組成分析(北脇1997より) 
Fig.3 合成ルビーのEDXRFによる組成分析(北脇1997より)

アレキサンドライトの鑑別にもこの微量元素の分析は有効です。天然アレキサンドライトは必ず相当量のTi、V、Cr、FeおよびGaを含有します。これに対して結晶引き上げ法ではTi、Fe、Gaが欠如することが多く、フラックス法においてはGaの欠如に加えてBi、Geなどのフラックス起源の元素が検出されることがあります。

◆真珠の母貝鑑別

近年ではアコヤ真珠の生産量低迷を背景に白蝶真珠の低サイズ化、有核淡水真珠の台頭などで、外観が酷似した真珠の母貝鑑別が性急な問題として浮上しています。母貝鑑別には真珠の色、てり、などの外観や光透過の程度、結晶成長模様の観察、分光測定などの手法がとられていますが、元素分析も重要な手がかりを与えてくれます。以前から、Mnの検出が淡水真珠の特徴といわれており、海水産真珠にはSrの含有が多いことが知られています。また、アコヤ真珠は一般的な加工(漂白・調色)の工程を経ることによってCa/Srの測定強度比が上昇することが分かっています。また、アコヤガイ、白蝶貝、黒蝶貝から産出されたホワイト系の真珠の母貝鑑別にはSr/CaとNa/Caの強度比の測定が参考になります。

⑩レーザー・トモグラフィ

標準的な宝石鑑別検査には低倍率(通常、10倍~60倍程度)の宝石顕微鏡(双眼実体顕微鏡)が用いられています。いうまでもなく、宝石内部を効率良く観察するためです。包有物(インクルージョン)や成長組織などは宝石鉱物が成長した環境あるいは履歴を反映しているため、これらを観察することによってその起源(天然か合成かなど)を明らかにすることが可能になります。

結晶内部の欠陥や不均一性を検知する有効な一手段に、X線回折トポグラフィが知られており、主に半導体材料や鉱物検査等に利用されています。ところが、この方法は操作が難しく得られた像の解析にも高度な技術が要求されます。その上試料サイズなどにも大きな制約があることから、特殊な場合を除いて宝石鑑別には用いられていません。レーザー・トモグラフィはX線の代わりに可視光を用いて同様な観察を可能にした顕微法であり、操作が比較的容易で宝石試料に対するダメージもないことから古くから宝石鉱物の観察に利用されてきました。中央宝石研究所では主にルビーやサファイアなどの加熱の履歴に関する情報を得るために活用しています。

◆レーザー・トモグラフィ

宝石顕微鏡では直接実態を見ることができない微小物質も、光束を当てた時に生じるチンダル現象を利用すれば観察が容易となります。このような光散乱法を利用した観察の歴史は古く、1903年にはすでに限外顕微鏡を用いて、光学顕微鏡の解像力をはるかに超える微小散乱体の存在が確認されています。

1970年代後半には学習院大学の守矢博士等の研究グループが【光散乱トモグラフィ】と名付けた細く絞ったレーザー・ビームを試料内に走査させ、三次元的な断層写真を得る方法を開発しました。この方法には以下に示すような優れた長所があり、特に透明結晶の不均一性の観察には最適です。

Fig.4 レーザー・トモグラフィ装置(CGLオリジナル)
Fig.4 レーザー・トモグラフィ装置(CGLオリジナル)

①細く絞ったレーザー・ビームを使用するため、迷光が取り除かれ、結晶欠陥などのごく微弱な散乱像も、そのままの状態で捕らえることができます。これまでの研究によると、サブミクロン・サイズの光散乱体の外に成長縞、成長分域境界やディスロケーション(線状欠陥)などの検知が可能です。
しかし、結晶学的方位を無視してさまざまに方向にカットされた多数のファセットを有する宝石を観察するには、レーザー光の取り入れに工夫が必要となります。これらの多くのファセット表面からの反射を防ぎ、レーザー・ビームを効率よく試料石内に入射させるために、試料とできる限り近似する屈折率の浸液中に浸漬した状態で観察する必要があります。例えば、コランダム(屈折率1.76~1.77)ならヨウ化メチレン(室温での屈折率1.745程度)が適しています。

②レーザー・ビームを試料中の一定のレベルでゆっくりと走査しながら、内部の断層写真(トモグラフ)を撮影しますが(シリンドリカルレンズを用いて平面的なレーザー光を使用することで走査させない撮影法も可能です)、試料内でビームの走査深度を変化させることで、任意の断面の映像を得ることができます。また、試料の方位を変えて同様に観察すれば、結晶の不均一性を三次元的に捉えることができます。

③レーザー・トモグラフィは、非常に微弱な散乱像を観察することができるうえ、それを鮮明に記録写真に撮ることも可能です。この場合、数十倍程度の光学的倍率ですが、宝石に関して言えば、この程度の低倍率のほうが石全体の構造を観察するのに適しています。

④レーザー源には各種の波長を選択することが可能であり、このトモグラフィにはアルゴンイオン・レーザー(青色)が適しています。トモグラフィによって結晶欠陥などの散乱像が明瞭に捉えられるだけではなく、アルゴン・レーザーにより励起される蛍光像の観察も期待できるからです。いうなれば散乱トモグラフと蛍光トモグラフの観察を同時に得られることになります。蛍光像について少し詳しく説明します。蛍光とは外部から光などのエネルギーを受けることによって発光中心の電子が励起し、基底状態に戻るときにエネルギーを放出(発光)する現象です。この時、発光する光の波長は励起源の波長よりも長くなります。したがって、可視光の発光(蛍光)を観察するためには波長の短い青色光が有利となるのです。青色光で励起すると緑、黄色、オレンジや赤色の蛍光色の観察が可能となります。逆に赤色のレーザーで励起しますと、青色~オレンジ色までの波長の発光は期待できませんし、赤色レーザー中の赤色蛍光は非常に観察し辛くなってしまいます。

Fig.5
Fig.5 加熱ブルー・サファイアのレーザートモグラフ:画像中の白っぽく見える領域(左上)は微小散乱体。オレンジ色(右上)及び黄色(下部)は青色レーザーによって発行した蛍光像。

Fig5は加熱されたブルー・サファイアのレーザートモグラフです。写真左上に白っぽく見えるのが微小散乱体で宝石顕微鏡下ではほとんど見えません。また、写真右半分および左下部に明るく写っているのが蛍光像です。このような非常に鋭角的な輪郭を持った蛍光像は加熱されたサファイアの特徴といえます。