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アフリカ視察報告

リサーチルーム 北脇 裕士

2014年3月19日(水)~4月2日(水)にインドのスーラトにおけるダイヤモンド研磨、タンザニアにおけるタンザナイト鉱山およびケニアにおけるツァボライト鉱山を視察する機会を得ました。前回のインドに続いて今回はアフリカでの視察概要をご報告致します。

アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ山を望む
アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ山を望む
タンザニアにおけるタンザナイト鉱山の視察

3月24日、インドのムンバイからケニアのナイロビを経由してタンザニアのキリマンジャロ空港に降り立ちました。空港から車でおよそ2時間、タンザナイトの鉱山があるメレラニヒルズに到着します。タンザナイトは、良く知られているようにゾイサイトの青色変種です。1 9 6 0 年代にこの地で初めて発見され、ティファニーによってプロモートされることで宝石としての地位を確立しました。

タンザナイトの発見は謎に包まれています。多くの人に信じられている一説では、1967年7月にAli Juuyawatuという地元のマサイ族の男がキリマンジャロ山の近くで透明な結晶を見付けたのが最初と言われています。少し伝説めいていますが、ちょうど落雷による山火事があった直後だとも言われています(褐色のゾイサイトが焼かれて変色?)。美しい青紫色に魅せられた彼は、この地でルビーを探していたManuel D’Souzaにこの石を見せます。サファイアの原石だろうと推測されましたが、検査の結果、これまでにない新種の宝石であることが判りました。

高品質のタンザナイトカット石
高品質のタンザナイトカット石

1971年にタンザナイト鉱区は国有化され、採掘作業は国の鉱業企業であるSTAMICOが行うようになりました。その後10年間で生産量は減少、非合法な鉱夫による採掘が増加しました。1980年代には、30,000人もの鉱夫がこの地に集まったと推定されています。 1990年にタンザニア政府は無秩序な鉱夫による採掘を禁止し、この地域をA、B、C 、D の4 つのブロックにしました。AブロックはKilimanjaro Mines Limitedに、BブロックとDブロックは小規模採掘者に、CブロックはGraphtan Limitedに割り当てられました。その後、AブロックとDブロックはそれぞれ2分割され、最も大きなCブロックは2004年にタンザナイトワン・グループが採掘権を獲得しました。

タンザナイトワンのプラント
タンザナイトワンのプラント
本坑の入り口にて
本坑の入り口にて

3月2 5日、タンザナイトワンの招待により、タンザナイトの採掘現場と分別、研磨・加工のプラントのほぼすべてを視察することができました。

タンザナイトワンによる採掘は他の多くの色石のような露天掘りやいわゆるたぬき掘りではなく、ダイヤモンドや金の鉱山のような近代的な坑道掘りです。広大なCブロックは丹念な地質調査が行われ、計画的な採掘が行われています。Cブロックでは地下1 2 0 0 mまで坑道が掘られています。地下600mまでは5~6人乗りのトロッコを利用して短時間で移動することができます。トロッコの動き始めはゆっくりですが、途中から急速にスピードが上がります。天井は低く、トロッコの車体より頭を下げておく必要があります。終点まではほんの数分ですが、決して楽な体勢ではありません。600m以深からはロープを伝って慎重に降りていきます。岩盤は古い先カンブリア代(5億年以上前)の石墨片麻岩です。片麻岩は、広域変成岩の一種で比較的高温で変成が進んだ岩石です。黒色部と白色部のコントラストによる片麻状組織が顕著です。この片麻状組織が坑道と平行になると、足場が黒くて柔らかい石墨の床となり滑りやすく危険です。タンザナイトワンが管理するCブロックは安全面に細心の注意が払われていますが、他のブロックにおいては過去に悲惨な坑内事故が起こっています。大量の雨水が坑内に入り込み、1998年には200人以上が、2008年には80人以上の鉱夫が命を落としたそうです。

トロッコで坑内へ
トロッコで坑内へ
本坑の入り口からトロッコで地下の坑道へ
本坑の入り口からトロッコで地下の坑道へ

我々は安全に配慮しながら地下900mまで行くことができました。地下は酸素濃度が低くなるため、常に地上からエアーが送り込まれています。切羽(坑道最先端の採掘現場)で採掘された鉱石は麻の袋に詰められ、ワイヤーに通して地上まで運搬されます。この鉱石が詰められた袋には採掘者の名前が書き込まれ、以降袋を開封した鉱夫、選鉱した者など関わった人すべてが記録され、管理されています。

坑道へ空気を送るパイプ
坑道内へはパイプで新鮮な空気が送られ(写真右)、採掘された鉱石は袋に詰められてワイヤーで地上に運搬される。
切羽での採掘の様子
切羽での採掘の様子

掘り出されたタンザナイトの原石は、コンピュータ制御された選別機において色、大きさなどで大まかに分類されます。そしてハンマーやカッターを使った職人の手作業でトリミングされ、さらに品質で細分化されていきます。最終的には数10人の研磨工によって磨き上げられていきます。

採掘されたばかりのタンザナイトの結晶
採掘されたばかりのタンザナイトの結晶
研磨の様子
研磨の様子
タンザナイトの加熱

ゾイサイトは三色性の強い鉱物です。結晶の方位によって青色、紫色および朱色が見られます。朱色は赤ワインの色になぞられて英語ではしばしばburgundyと表現されます。

ゾイサイトの青色変種のみがタンザナイトと呼ばれますが、しばしば他の色でも○○タンザナイトと色名を付けて呼ばれることがあります。タンザナイトの原石はたいてい褐色をしており、これを加熱することで青色に変化させています。中には採掘時に青色のものもありますが、少しでも良い色にするためにこれらも加熱されるようです。

加熱に使用される電気炉
加熱に使用される電気炉

タンザナイトの加熱には電気炉が用いられます。ゾイサイトはへき開性の強い鉱物ですから、加熱時に破損しないようあらかじめ予備整形が施されます。 次に白い石膏の粉末が入ったるつぼに埋め込み、電気炉で2時間ほどかけて540℃まで加熱されます。そして一日かけてゆっくりと常温に戻されます。この際、コランダムの加熱のように水素や酸素などのガス類は使用されません。白い石膏に埋まって加熱された原石は見事に青色に変化しています。

加熱前(左)と加熱後(右)
加熱前(左)と加熱後(右)
加熱後、石膏に埋もれているタンザナイトを取り出す
加熱後、石膏に埋もれているタンザナイトを取り出す
アルーシャでの宝石取引

アルーシャ(Arusha)はタンザニア北東部のアルーシャ州の州都です。人口はおよそ30万人ほどです。コーヒーや麻などを栽培する農業が産業の中心です。国内最大都市であるダルエルサラームやインド洋の都市タンガ、ケニアの首都ナイロビや港湾都市モンバサと鉄道や道路で繋がっています。また、セレンゲティ国立公園やンゴロゴロ保全地域など著名な観光スポットへ向かう観光客の玄関口としての役割を果たしています。政治的にはアルーシャ宣言やアルーシャ協定が締結された地としても知られています。

アルーシャの宝石商
アルーシャの宝石商から研究用にルビー原石を入手

アルーシャにはタンザナイトワンのミュージアムや事務所の他、各種アフリカ産宝石を扱う宝石商が軒を連ねています。3月26日と27日、アルーシャにおけるタンザナイトの売買やタンザニア産のルビー、ガーネット、長石などの宝石類の現状について視察しました。

ある宝石商の事務所にはタンザナイトのカット石を携えたブローカーが集まり、買い付けに来た顧客と熱心に商談をしています。中にはタンザナイトの原石を袋から大事そうに取り出すマサイ族の二人連れの姿も見られました。ここ数年はタンザナイトの原石価格が上昇し、商談をまとめるのも一苦労の様子が伺えました。宝石商から聞いた話では、しばしばタンザナイトの原石にスモーキクォーツが混ぜられているそうです。加熱前のタンザナイトの原石は褐色をしているため、見た目では識別が困難です。原石のチェックには強力な光源を用いて透過光による多色性が調べられます。二色鏡があるとさらに便利です。ところがこれを逆手にスモーキクォーツにクラックを入れ、青色の色素を含浸してあたかも多色性のように見せかける手の込んだ偽物もあるそうです。また、カット石の場合、同系色の合成コランダムが混ぜられると厄介だと教えてくれました。

タンザニア産ルビーを扱う業者からはLongido、Morogoro、Winza、Tangaなどの各鉱山産のルビー原石を研究用に入手することができました。 Longido は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。多くはニアジェム品質で彫刻などに利用されていますが、一部はカボションカットが施されています。Morogoroは、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています。Winzaは、2008年頃から日本国内でも見られるようになった新しい鉱山です。色調が良く、特にヨーロッパ地域で好評を博しました。しかし、最近はほとんど採掘されておらず、鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。Tangaは、ごく最近発見された新しい鉱山とのことでした。この地は歴史的に知られているUmba地区にほど近く、地質学的にはルビーが産出することに不思議はありません。どのくらいの産出があり、そして継続するかは未知数ですが今後に期待したいところです。

ケニアにおけるツァボライト鉱山の視察

3月28日、タンザニアのアルーシャからケニアのボイまで車で7時間かけて移動しました。距離にして250kmほどです。

ケニアとの国境までは舗装道路で比較的快適でしたが、ケニアに入ると古い変成岩が風化した鉄分の多い赤土の道路になりました。折しも強烈な雨が降っており、赤土は泥濘んでスタックしやすく、特に水溜りに入るときは要注意です。車はスピードが出せず、当初の見込みよりも大幅に旅程が遅れます。さらに国境を越えてすぐのところで山から流れ出た水が道路を寸断し、30分以上も立ち往生してしまいました。国境ではタンザニアの出国審査、ケニアの入国審査および検疫とひどい雨の中、車を降りての手続きとなりました。ケニア、タンザニアなどアフリカ諸国の出入国には黄熱病の予防接種とそれを証明するイエローカードが必要となります。しかし、現地マサイの人たちは、検疫など知る由もないといった風情でパスポートを提示することもなく颯爽と国境を歩いて横断していました。

タンザニアからケニアに移動中の車内より
タンザニアからケニアに移動中の車内より
赤土の道
赤土の道

ボイ(Voi)は、ケニア南部のツァボ東国立公園の南西に位置する人口5万人程度の小さな町です。ケニアの首都ナイロビと港湾都市モンバサを結ぶ鉄道本線があり、また、両都市を結ぶバス路線の主要停留所でもあります。ボイからナイロビまではバスで約6時間、モンバサまでは約3時間かかります。ボイの町から南西におよそ60km、車で3時間ほどの山あいにツァボライトの鉱山があります。ツァボライトは1968年にこの地で発見された鮮やかな緑色をしたグロシュラー・ガーネットの変種です。

地名にちなんでツァボライト(Tsavorite)と命名され、ティファニーによって積極的なプロモーションが展開された結果、新種の宝石変種として定着しました。ちなみに米国ではTsavoriteと綴られますが、ヨーロッパではTsavoliteと綴られます。

ケニア、ツァボ国立公園のツァボライト鉱山の遠景
ケニア、ツァボ国立公園のツァボライト鉱山の遠景
鉱山の入り口
鉱山の入り口

 

坑道内の様子
坑道内の様子
雨が溜まった開口部
雨が溜まった開口部

3月29日、現地の地質学者John.M.Kimuyu氏の案内でツァボライトの鉱山を訪れました。この地はタンザニアのタンザナイトの鉱山と同じくモザンビーク造山帯の古い変成岩が広く分布しています。ツァボライトは石墨片麻岩と結晶質石灰岩中にポケット状に産出します。片麻岩の片麻状構造が明瞭で、その岩石の層を追いかけるように坑道が掘られています。雨季になると坑道が水没するため、乾季の6月~10月に採掘されているようです。

現地の地質学者John.M.Kimuyu氏と
現地の地質学者John.M.Kimuyu氏と
ツァボライトの原石
ツァボライトの原石

ツァボライトの化学式はCa3Al2(SiO4)3で、タンザナイトはCa2Al3(SiO4)(Si2O7)O(OH)です。両者は非常によく似た化学組成をしており、共にCaに富む変成岩中に産します。実際にツァボライトとタンザナイトとはしばしば一緒に発見されています。高温の変成岩中に生成したグロシュラー・ガーネットがその後の温度の低下と貫入した熱水により分解し反応してゾイサイトに変わり、ツァボライトに含まれていたバナジウムとクロムとにより青紫色のタンザナイトができたのだと考えられています。ツァボライトの結晶原石は通常1ct~2ct未満で小粒のものがほとんどです。したがって、カット石で1ctを超えるものは少なく、3ct以上のカット石は極めて稀です。

1ct以上のツァボライト原石
1ct以上のツァボライト原石

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展 ③顕微ラマン分光法

リサーチルーム 北脇裕士

◆ラマン分光法とは

ラマン分光法とは、ラマン効果を利用して物質の同定や分子構造の研究を行う手法です。1 9 9 0 年代以降、レーザー光源や検出器の目覚しい発展によって工業・産業分野で実用的に用いられています。宝石学の分野では、特にレーザーの高い空間的分解能を利用した宝石内部の包有物の研究への応用が期待され、国際的な宝石鑑別ラボでは標準的な分析機器として活用されています。

◆ラマン分光の原理

ある物質に光を当てると、ほとんどの光は何も変化せずにそのままの波長の光が散乱します。これはレイリー散乱と呼ばれています。しかし、ごく一部の光は物質に衝突した際にエネルギーの授受が行われ、その物質に決まった量のエネルギー(すなわち波長)が変化した散乱光が生じます。これがラマン散乱です。このラマン散乱を測定し、物質の同定を行うのがラマン分光法です。ラマン散乱は通常極めて微弱であるため、強いレーザー光源と高感度の検出器が必要となります。ラマン分光法から得られる情報は、分子や格子の振動・回転に関するもので、赤外分光法と類似しています。

Fig1
Fig.1 ラマン散乱とレイリー散乱(日本分光HPより)
◆ラマン分光法の特長

ラマン分光法の特長は、その原理的なものやレーザー等の装置的なものまで数多くありますが、代表的なものとして以下のものがあげられます。

◇非破壊・非接触での分析
試料に対する前処理等の必要がなく、非破壊で分析が可能です。宝石のように非破壊が絶対条件となる分析に適していると言えます。

◇高分解能を持った状態分析
共焦点のレンズを有する顕微鏡と組み合わせて顕微ラマン分光測定を行うことでレーザー光を約1μmまで絞り、顕微鏡下で焦点のあった箇所のみの測定行うことができます。この特性を活かすことで微小試料や局所分析が可能となります。鉱物科学の分野においては、顕微鏡観察中における微小鉱物や流体包有物の分析に利用されています。2007年に日本で初めて発見されたダイヤモンドの同定もこの顕微ラマン分光法で行われました。

ラマン分光を行う際に、検出器は測定する物質(試料)からの蛍光(フォトルミネッセンス)を感知することがあります。通常のラマン分光分析ではこの蛍光が測定の妨げになりますが、ダイヤモンドのように線スペクトルとして蛍光を感知できる場合は、フォトルミネッセンス(PL)分析として利用することができます。PL分析については別途次回以降にご紹介します。

◆ラマン分光法の応用例

◇局所分析
ラマン分光法は、細く絞ったレーザ一光を励起光として用いており、微小な試料の測定や局所分析に適しています。

リングやペンダントなどにセッティングされた石の場合、検査方法が制限されるのでその鑑別には困難を伴うことがあります。特に脇石やメレサイズの石は検査が不可能なケースもあります。ラマン分光では、対象物にレーザ一光線が当たりさえすれば測定が可能であり、セッティングされたジュエリーや小粒石の鑑別が容易となります。局所分析の特性を活かした例としてはジェイダイトの測定が挙げられます。ジェイダイトはひすい輝石の結晶集合体ですが、時として他種鉱物を含有することがあります。ラマン分光によって、ジェイダイトに混入するオンファサイト、アルバイト、ネフェリン等の対象物をポイント的に測定できるのもラマン分光の利点です。

Fig.2
Fig.2 顕微ラマン分光装置

◇包有物の分析
ラマン分光は空間分解能が高いため、従来のいかなる分析方法でも不可能であった鉱物結晶内部の包有物の測定が可能となります。一見しただけでは判別が困難な包有鉱物は、ラマン分光による測定が鑑別の大きな助けとなり得ます。包有鉱物が同定できると天然・合成の起源が明らかとなります。

◇産地鑑別への応用
包有鉱物の同定が宝石鑑別に与えるアドバンテージは大きく、産地に特徴的な包有鉱物が同定できれば、母結晶の生成起源を知る重要な鍵とすることができます。例えばブルーサファイア中のアルカリ長石は一見、スリランカ産のジルコンへイローのように見えますが、ラマン分光分析で同定できれば、スリランカ産ではなくアルカリ玄武岩起源であることが確かめられます。

ブルーサファイア中のアルカリ長石インクルージョン
ブルーサファイア中のアルカリ長石インクルージョン