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真珠講座1『天然真珠』

赤松 蔚 

1893年御木本幸吉が半円真珠養殖に成功して今年でちょうど120年になる。御木本幸吉以前にも中国の仏像真珠を手本にして半円真珠を作った人は、スウェーデンのリンネを始め、数名の名前を挙げることが出来るが、しかし養殖に成功した後それを商品化して世に出し、真円真珠発明後はそれを一つの産業にまで発展させた御木本幸吉の功績は疑う余地はない。しかし天然真珠を含めた真珠の歴史を見てみると、僅か120年という養殖真珠の歴史の前に、紀元前にまで遡る天然真珠の歴史が厳然として存在し、しかも天然真珠は量的にそれほど多くなくても(それ故希少価値があるのである)、今なお市場で輝きを放っている。今回はこの天然真珠の主な産地、現在市場で取引されている天然真珠、天然真珠に関する問題点などについて述べる。

1.天然真珠の主な産地

天然真珠は世界の至る所で発見された。おそらく昔の人々が海や川、あるいは湖で食用に貝を採取した際偶然発見されたのが始まりであろう。やがて天然真珠は組織的に採取されるようになった。天然真珠の主な産地は以下の通りである。

図1:世界の主な天然真珠産出地域

図1:世界の主な天然真珠産出地域

1)ペルシャ湾
写真1:バーレーン産アコヤガイ

写真1:バーレーン産アコヤガイ

ペルシャ湾の真珠採取歴史は4,000年前に遡ると言われている。(蛇足であるが現在アラビア人はペルシャがイランを連想させるとしてペルシャ湾の代りにアラビア湾と呼んでいる)バーレーンがその中心で、ここから数多くの採取船が湾に出て真珠貝が採取された。1900年代に産業として栄え、最盛期の1928~29年には、真珠採取船538隻、真珠貝を採取するダイバーは2万人を越え、バーレーン国家総収入の92.5%を占めた。しかし1930年代に入ると、世界的な不況、乱獲、養殖真珠の出現、石油発見に伴う労働力の石油産業への移行などにより真珠産業は衰退し、1960年代にその幕を閉じた。ペルシャ湾のアラビア半島側は漁業資源が豊富で、日本のアコヤガイと類似の真珠貝が数多く「バンク」と呼ばれる岩礁地帯に生息している。

2)マナール湾

インドとセイロンの間に位置するマナール湾の真珠採取もペルシャ湾同様非常に古く、その歴史は紀元前550年に遡るという記録がある。この地域のセイロンシンジュガイから採取された真珠はローマで非常に高い評価を受け、古代ローマの博物誌家プリニウスによれば、セイロンは「世界で最も多くの真珠を産出する地域」と記述されている。またマルコポーロも「東方見聞録」の中で真珠採取の様子を詳しく述べている。マナール湾の真珠採取は不定期に行われ、採取時期、場所が伝わると、世界各国から人々が集まり、採取シーズンが終わると人々は引き上げ、浜は元に戻るという状態であった。マナール湾の真珠産業が廃れた原因は乱獲で、19世紀に終焉を迎えた。

3)アメリカ大陸

アメリカ大陸は海水産、淡水産共に非常に長い天然真珠の歴史を持っている。海水産天然真珠は紀元前1400年から500年にかけて栄えたメキシコの遺跡から、あるいはインカ時代の遺跡から装飾品に用いられた真珠が発掘されている。アメリカの天然真珠が世界に知られるようになったのは、コロンブスのアメリカ大陸発見後である。1493年コロンブスはベネズエラのマルゲリータ島や、キューバグア島付近で先住民が船を出して真珠を採取しているのを見て、物々交換で真珠を入手し、スペイン女王の元に送った。この地域はカリブアコヤガイ、パナマクロチョウガイ、レインボーマベなど、何種類かの真珠貝が生息していて、白色系以外にグレー、バイオレット、ブラックなどの色を持つ真珠が採れる。コロンブスの発見以降この地域の真珠貝は採り尽くされ、18世紀には資源が枯渇するに至った。最近資源はかなり回復し、メキシコではレインボーマベによる真珠養殖が行われている。一方淡水産真珠でも紀元前1000年から先住民が真珠を広く使用していたことがわかっている。淡水産天然真珠もコロンブスのアメリカ大陸発見以降世界に知られるようになったが、海水産真珠ほど広がらなかった。淡水産天然真珠が注目を浴びるようになったのは19世紀中頃からで、たまたまニュージャージーの川で採取された真珠が1,500ドルでティファニーに買い取られたことに端を発し、「パールラッシュ」が起こり、人々は真珠を求めて川に殺到した。19世紀後半に入ると貝ボタンの原料として採取された真珠貝から副産物として得られた淡水真珠で、特に形の面白いものがヨーロッパで流行した。現在真珠養殖核用に採取された真珠貝から副産物として得られた真珠が市場に出ている。

4)ヨーロッパ

ヨーロッパの天然真珠はすべて淡水産で、カワシンジュガイから産出する。この貝は山岳地帯の水の澄んだきれいな場所に生息する。かつてヨーロッパ各地に数多く生息していたが、19世紀の工業化などによる環境汚染に伴い、わずか100年の間にほぼ全滅してしまった。淡水産天然真珠はヨーロッパで広く採取されたが、主な産地はババリア地方、スコットランド、ロシアである。ヨーロッパの淡水産天然真珠はサイズ、形とも非常にバラエティに富んでおり、色は大半が白色系である。採取された真珠はヨーロッパの王侯貴族の装飾品として広く用いられた。またカトリック教会が宗教道具として、聖杯、聖書カバー、十字架、イコン、司祭の冠、衣服などに真珠を多く用いた。現在ヨーロッパで再び淡水産天然真珠が静かなブームとして愛好家の間に広まっているようである。

5)中国

中国もアメリカ大陸同様、海水産、淡水産両方に長い天然真珠の歴史がある。海水産真珠については「天工開物」の中で詳しく述べられている。この中で広東地方の海で口に錫製のシュノーケルをくわえた漁師達が船から海に潜り、真珠貝を採取する様子が描かれている。この本の中には現在アコヤ真珠養殖が行われている「北海」や「合浦」などの地名が出てくる。一方淡水産天然真珠も紀元前2206年禹の国で他の産物と共に天然真珠が貢物として納められたと報告されている。真珠に関する記述は「康煕字典」や「本草綱目」などの古代文献にも数多くある。これらの中で真珠貝はすべて淡水産の貝(カラスガイ)を表す「蚌」の文字が使われている。

6)日本

日本は周囲を海に囲まれているため、昔から海水産天然真珠との関わりが深かった。真珠について最初の記述が出てくるのは古事記で、その中に「斯良多麻(シラタマ)」という言葉が出てくるが、これはおそらくアコヤ真珠であろう。また万葉集には「鰒珠(アワビタマ)」、「安波妣多麻(アハビタマ)」、「白珠(シラタマ)」、「之良多麻(シラタマ)」等の記述がある。このことから当時の海水産真珠のほとんどがアワビ真珠およびアコヤ真珠であると考えられる。それを裏付けるものとして、奈良の正倉院には1200年前の奈良時代の真珠が4,158個保存されているが、大半はアコヤ真珠で、若干のアワビ真珠が含まれている。真珠の産地として三重県の志摩地方や長崎県の対馬地方が古文書に出てくるが、これの地方では現在も真珠養殖が盛んに行われている。

2.現在市場で取引されている天然真珠

天然真珠は今も根強いファンに支えられており、毎年東京や神戸で開催されるジュエリーショーにも天然真珠を扱う業者が何社か出品している。現在市場に出回っている主な天然真珠は以下の通りである。

1)コンク天然真珠

カリブ海に生息する大型の巻貝ピンクガイ(Strombus gigas)から産出される天然真珠。
ピンクガイの肉は食用、また美しいピンク色を持った貝殻もカメオの材料となるので、カリブ海の漁師たちは古くからピンクガイを採取してきた。ピンクガイから肉を取り出す際、たまに天然真珠が見つかるので、これがコンク真珠として珍重されてきた。

コンク天然真珠には2つの特徴がある。第1の特徴は構造である。コンク天然真珠は通常の炭酸カルシウム結晶(アラゴナイト)とコンキオリンの層状構造を持たず、「交差板構造」と呼ばれる特殊な構造を持っている。真珠層構造を持たないことから厳密には真珠ではないが、例外的に真珠として扱われている。第2の特徴はその色で、これは人参や珊瑚の赤い色と同じカロチノイド色素に由来する。真珠は全く色素を含まない白色のものから、有機物を含んだ橙赤色のものもあるが、やはり特徴のある美しいピンク色が最も好まれている。コンク天然真珠を産出するピンクガイの採取は現在ワシントン条約の付属書Ⅱで規制されていて、原産地証明をつけることが義務付けられている。コンク真珠もその対象になるので、取扱には注意が必要である。

写真2:コンク天然真珠

写真2:コンク天然真珠

写真3:ピンクガイ

写真3:ピンクガイ


2)ホースコンク天然真珠

ホースコンク天然真珠はアメリカ南東海岸、メキシコ北東岸に生息する法螺貝の一種であるホースコンク(和名:ダイオウイトマキボラ、学名:Pleuroploca gigantea)から産出される。色は橙色~赤褐色で、濃赤色のものが好まれる。形は割合オーバルが多い。コンク真珠に比べて産出量はそれほど多くない。コンク天然真珠同様真珠層構造を持たず、交差板構造を持つ。真珠表面に特有の小鱗模様がある。

写真4:ホースコンク天然真珠

写真4:ホースコンク天然真珠

写真5:ダイオウイトマキボラ

写真5:ダイオウイトマキボラ


3)メロ天然真珠

メロ天然真珠は南シナ海、フィリピン海域、インド東部海岸、アンダマン海に生息するメロメロ(和名:ハルカゼヤシガイ、学名:Melo melo)から産出される。メロメロは台湾、インドネシア、ベトナムなどで食用として採取され、真珠はその際副産物として得られる。
メロ天然真珠は球形でサイズの大きなものが多く、直径30mm以上のものもある。色は黄褐色から赤褐色である。コンク天然真珠やホースコンク真珠同様交差板構造を持ち、真珠表面に特有の小鱗模様がある。

写真6:メロ天然真珠(メロパール)

写真6:メロ天然真珠(メロパール)

写真7:メロメロ(ハルカゼヤシガイ)

写真7:メロメロ(ハルカゼヤシガイ)


4)アワビ天然真珠

アワビ(Haliotis sp.)は広く太平洋、大西洋、インド洋などに生息する巻貝で、特に日本沿岸、北米太平洋沿岸、オーストラリア沿岸は種類、数量とも豊富である。アワビは外洋性で岩礁の間に生息し、アラメなどの海藻類を餌にしている。

アワビ天然真珠は世界のあちこちで見られるが、球形のものは皆無に近い。多くのものは角状で、これはおそらく生殖腺の先細りになった先端部に形成されたためと考えられる。
アワビ天然真珠の歴史は古く、アメリカではカリフォルニアの先住民が7000年以上も前に真珠が品物として取引の対象になっていたという記録がある。20世紀になるとアワビ天然真珠は宝飾品として多く用いられ、アールヌーボーのジュエリーの中でもポピュラーなものになっている。現在ニュージーランドでアワビ天然真珠を専門に扱う業者が一社ある。

写真8:アワビ(ニュージーランド産)

写真8:アワビ(ニュージーランド産)

写真9:淡水天然真珠(アメリカ産)

写真9:淡水天然真珠(アメリカ産)


5)淡水天然真珠

現在市場に出されているほとんどの淡水天然真珠はアメリカ産である。養殖真珠用の核材料として淡水産二枚貝を採取した際、副産物として得られたもので、産出母貝は不明である。アメリカ産淡水天然真珠はかなり大きなものがあり、5カラットのものもそれほど異常な大きさではない。形は色々あるが球形のものは極めて少なく、真珠全体の約0.01%である。またボタン、俵、ペアなど対称型のものは約5%、残りの約95%はウィング、ローズバッド、ドッグティース、タートルバックなど様々な名前がつけられた不整形であると言われている。色は約3分の2がホワイト系であるが、その他に様々な色があり、ピーチ、アプリコット、ロゼ、ラベンダー、ブロンズ、シルバーなどの名称がつけられている。

3.天然真珠に関する問題点

1919年御木本幸吉が真円養殖真珠をパリ、ロンドンの市場で販売を開始した際、ヨーロッパで天然真珠を扱っていた真珠業者は大パニックに陥った。外観が全く天然真珠と変わらない真珠が20%安い価格で大量に出現したからである。そこで天然真珠と養殖真珠を非破壊で鑑別する方法が大きな問題となった。この鑑別は困難を極め、穴が開いている場合は「エンドスコープ」という器具を使用し、中空の針を穴に挿入して光を通し、天然真珠の場合は真珠層、養殖真珠の場合は核を透過する光を調べる方法で鑑別したが、無穴の真珠については全くお手上げ状態であった。その後X線装置が開発されたので、真珠の中に球形の核があるかどうかがX線でチェック出来るようになり、天然、養殖の鑑別が可能になった。

現在天然、養殖の鑑別が再び問題になっている。養殖技術が進歩した結果、「ピース」と呼ばれる外套膜小片のみを真珠貝に挿入して作る無核真珠(中国産淡水真珠の大半がこの無核真珠である)、またケシと呼ばれる大粒のシロチョウ、クロチョウ無核真珠が出現したからである。このため過去のように真珠の中に球形の核があるか無いかで天然、養殖かを鑑別出来なくなったのである。また無核淡水真珠を核としてシロチョウ、クロチョウ真珠も養殖され、これもX線のみでは鑑別が困難になっている。前述のように長い天然真珠の歴史を持つ国バーレーンでは現在も自国の天然真珠産業を保護するため、養殖真珠の輸入を禁止している。ここに海外から様々な無核の養殖真珠が天然真珠としてどっと入ってくるのである。バーレーン政府の鑑別機関はX線をフル活用して天然、養殖のチェックを行っているが、だんだん鑑別が困難になり、世界に向かって「バーレーンに真珠を持ち込む場合は必ず「天然」、「養殖」を明記して欲しい」と呼びかけているが、実際それほどの効果は挙がっていないようである。

おわりに

2005年10月8日から2006年1月22日に東京上野の国立科学博物館で「パール展」が、そして2012年7月28日から10月14日に神戸の兵庫県立美術館で「日カタール国交樹立40周年 パール 海の宝石」展が開催され、貴重な天然真珠が数多く展示され、多くの真珠ファンを喜ばせた。これらを見ていると、時間や空間を飛び越えて目の前に迫ってくる天然真珠の迫力に圧倒された。これらはすべて「なるほど真珠は宝石である」と実感するのに十分なものであった。今希少価値を失ってしまった養殖真珠を見るにつけ、もう一度天然真珠の時代に遡って、「真珠とは」と問いかける時代に来ているように思われる。(つづく)

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展

研究室 北脇裕士 

【1】宝石鑑別とは・・・

宝石鑑別は、いわゆる“本物”と“偽物”を見分ける必要性がきっかけとなりヨーロパを中心に発展してきました。世界で最初の宝石検査機関が英国のロンドンに設立されたのは、まさに日本の養殖真珠が商業的な成功を収めはじめた1925年頃まで遡ります。良く知られているように、この年に有名な真珠裁判が行われ、養殖真珠は真珠としての地位を確立しています。

中央宝石研究所を始めとする日本国内の宝石鑑別機関設立の黎明期(1960年代~1970年代前半)には、合成エメラルドが宝飾業界に紛れ込み初めており、その存在が鑑別機関設立の追い風となっていたようです。

さて、宝石学とは学問の体系での位置づけはどうなっているのでしょうか。宝石鑑別の対象となるものは、ほとんどが鉱物であり結晶です。したがって、宝石学はもともと鉱物学の応用として位置づけられてきました。関連範囲は、結晶学、岩石学、地質学、化学や生物学等の広範に及びます。

しかし、岩石・鉱物の同定と宝石鑑別とは、目指すところは同じであってもその手法における制限には大きな相違があります。岩石・鉱物の分析においては精度向上のため、試料を粉末化あるいは溶液化するのが一般的です。

一方、宝石が対象の場合、完全に非破壊で行われなければならず、商品価値を損なう外観の変化(退色、変色、光沢の劣化など)が生じてはなりません。

宝石鑑別に使用される標準的な鑑別器具

宝石鑑別に使用される標準的な鑑別器具

伝統的な宝石鑑別の手法は1920年代から種々の手法が開発され、1942年にはジェモロジストの座右の書であるGem TestingとしてB.W. Andersonによって体系的に纏めあげられています。すなわち、屈折率測定、比重測定、カラーフィルター、二色鏡(多色性の観察)、分光器、宝石顕微鏡による観察などであり、これらは今なお宝石鑑別の基礎として必要不可欠です。

近年、新種宝石の登場、合成石・処理石の開発など宝石鑑別機関にとって重要な背後情報は日々増大しています。また、1つの新しい情報によって昨日までの鑑別上の常識が一変してしまうような事例も起こりえるのです。ダイヤモンドを例にとると、最近では普通になっているHPHT処理、KM処理などは2000年以前では鑑別技術者の頭の片隅にも存在しなかったのではないでしょうか。さらに最近海外の鑑別ラボからのアラートで話題となっているCVD合成ダイヤモンドの出現もこの数年での出来事です。

さて、このような状況下、宝石鑑別ラボにおける日常の業務には一般の鑑別器材の他に専用の分析機器が必要不可欠になっています。かつては最新機器として注目された可視、近赤外、赤外領域の分光光度計も今では多くの鑑別ラボに標準装備され、さらに細分化する目的にかなう高度な分析機器が要求されているのが現状です。

このように宝石鑑別ラボにとっては日常的に活用されるようになった各種分析機器ですが、実際に分析経験のない読者の方々にはそれらの機器の用途も利用価値もご理解いただけないと思います。そこで今回からシリーズで、以下に纏めたような鑑別ラボにおける分析技術についてご紹介させていただこうと思います。


中央宝石研究所で現在稼動している主な分析機器:

◆LA-ICP-MS分析装置:NEW WAVE RESEARCH社製MODEL UP-213A/F、AGILENT社製7500A
軽元素~重元素までを高感度で分析できます。特にベリリウム(Be)が拡散処理されたコランダムの看破に有効です。また、宝石の産地鑑別にも応用されています。

◆顕微ラマン分光装置:Renishaw社製 Raman system-model 1000、inVia Reflex streamline
ラマン散乱を応用して物質の同定を行います。インクルージョンの同定やダイヤモンドの光学中心を調べるのに最適です。HPHT処理の看破には欠かすことができません。

◆分光光度計
◇紫外-可視領域:日本分光製紫外-可視分光光度計V-650ST、V-570
 カラー・ダイヤモンドの色の起源、黒蝶真珠の鑑別、ルビー、エメラルド、
 アレキサンドライトなどの天然・合成の判断などに有効です。
◇赤外領域:日本分光製フーリエ変換赤外分光光度計VIR9400、FT/IR-4200ST、FT/IR-4100
 ダイヤモンドの鑑別には不可欠なタイプ分類、コランダムの加熱の履歴の検査、
 水晶類の鑑別他、各種宝石類の同定に有効です。

◆X線透過装置:Softex社製 M-100特
物質を構成する各元素のX線に対する透過性の相違を応用した分析装置です。ダイヤモンドと類似石の鑑別や真珠の有核・無核の検査に有効です。

◆蛍光X線分析装置:日本電子製エネルギー分散型蛍光X線分析装置JSX-3201M
元素分析による各種宝石鉱物の同定、微量元素の解析による天然・合成などの鑑別に有効です。

◆DiamondViewTM:DTC社製
強力なUVによる発光現象を応用して結晶の成長履歴を観察します。
ダイヤモンドの天然・合成の鑑別には最も有効な手法と言えます。

◆DiamondPlusTM:DTC社製
極低温下でのPL分析でHPHT処理やCVD合成ダイヤモンドの可能性について簡易的に検査することができます。

◆レーザー・トモグラフ:CGLオリジナル
488nm光励起半導体レーザーを用いて結晶構造や欠陥の分布を調べます。コランダムの加熱の履歴の検査には極めて優れています。

これらの分析機器にはそれぞれのいわば得意分野があり、1つの機器ですべてが分かるというわけには行きません。むしろいくつかの機器で分析した結果を総合的に判断する場合が多いと言えます。最終的に判断を下すのはもちろん技術者の人的能力にかかってきます。したがって、それぞれの分析機器に対する知識や分析結果を正しく読み取る能力、さらには宝石鑑別における背後情報が技術者には要求され、技術者の能力なくしては精度と信頼性の高い分析は不可能です。

【2】LA-ICP-MS分析法

Fig.1 LA-ICP-MS分析装置

Fig.1 LA-ICP-MS分析装置

LA(Laser Ablation:レーザーアブレーション)とは、固体試料にレーザー光を照射し、そのエネルギーで試料を蒸発・微粒子化するもので、レーザー光の制御により微小域(5μm~)や極表層試料の微粒子化が可能な技術です。

一方、ICP-MS(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry:誘導結合プラズマ質量分析)は、電子温度が約9000 K に達するプラズマをイオン源とした質量分析装置のことです。その最大の特長は高感度で定量性が高いことにあります。

このLA 法とICP-MS 法を結合させたLA-ICP-MSとは、レーザーにより試料を微粒子化しながら超高感度なICP-MSで連続的に質量分析を行う技術といえます。レーザーで蒸発・飛散した粒子は高周波電力により発生されるプラズマによってイオン化され、質量分析部に導入されます。そこで正または負の電荷をもつイオンを、その質量と電荷の比ごとに分離し、イオンの数が計測されます。その質量電荷比から元素の種類が(定性)、検出したイオンの数から元素の量が(定量)分かるというわけです。

このLA-ICP-MS分析法が宝石学分野で初めて応用されたのが、Be拡散加熱処理サファイアにおけるBe(ベリリウム)の検出です。当時Be拡散加熱処理は、軽元素の拡散処理という新たな手法であったため、蛍光X線分析やEPMAなどの従来の分析手法では看破が不可能でした。その後の研究によって色変化のメカニズムについてはある程度の理論的究明に進展は見られましたが、Beの検出にはSIMSやLA-ICP-MSなどのこれまでの宝石鑑別の範疇を超えた高度な分析技術が必要となり、鑑別技術のあり方を問われる結果となりました。

その後、LA-ICP-MSは高感度の定量性を活かした微量成分のケミカル・フィンガープリント(産地ごとに微量成分に特徴が見られることからこのように呼ばれています)が、サファイア、エメラルド、パライバ・トルマリンなどの産地鑑別に応用されるようになりました。LA-ICP-MS分析法は、厳密には破壊検査といえますが、通常15μm(0.015mm)程度の極微小なスポットで分析するため、その痕跡は熟練したジェモロジストがルーペを用いて丹念に調べても確認が困難な程です。

最近、中央宝石研究所ではLA-ICP-MS分析法の宝石学分野における新たな応用例の1つとして、高感度で検出される微量成分に着目した天然及び合成ルビーの鑑別法を検討し、昨年(2012年)の宝石学会(日本)で発表する機会を得ました。詳しくは小紙Gemmy168号に報告しております。

天然及び合成ルビーの鑑別は、合成ルビーへの加熱処理の影響等により、標準的な鑑別手法では識別が極めて困難で、今なお宝石鑑別における重要課題として認識されています。そのため、新たな分析手法の開発や鑑別精度の向上が要望されています。これらの合成ルビーを識別するために、これまで紫外-可視分光分析や蛍光X線分析法を用いた研究例がいくつか紹介されています。特に後者はチタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)等の遷移元素の含有の有無や量比に注目したもので、現在多くの鑑別ラボで活用されています。しかし、蛍光X線分析法では微量成分の検出感度が悪く、また回折線の影響を受けやすいといった欠点があります。

本研究では、ベルヌイ法、結晶引上げ法、フローティングゾーン法等の融液からの合成法のルビーを14個と、チャザム、カシャン、クニシュカ、ラモラ、ドーロス等の代表的な製造者によるフラックス法及び熱水法の溶液からの合成法を21個、総計で35個の合成ルビーの試料を用いて、LA-ICP-MSで分析を行いました(Fig-1)。

分析結果を表-1に纏めます。予備的な検査において、天然ルビーには産地に関係なく例外なしにチタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)等の金属元素が存在することが判っていますが、合成では検出されない場合があります。また、合成ルビーには天然には検出されない特異な元素が検出される場合があります。鉛(Pb)、ビスマス(Bi)、タングステン(W)などは製造者に特有の溶媒金属起源と考えられ、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)等はるつぼやオートクレーブに由来していると考えられます。その他の元素は原料アルミニウム(Al)中の不純物や製造者の故意による添加が推測されます。


表-1 合成ルビーのLA-ICP-MS分析結果の纏め

表-1 合成ルビーのLA-ICP-MS分析結果の纏め


このようにLA-ICP-MS分析法による微量成分の分析がルビーの天然及び合成の判別に極めて有効であることが判りました。さらに、これらの分析値は合成ルビーの製法及び製造者の特定にも応用可能なケミカル・フィンガープリントとしても利用できそうです。(つづく)