CVD合成ダイヤモンドについてはこれまでもCGL通信などで随時お知らせしてまいりましたが、最近、ピンクのCVD合成ダイヤモンドがグレーディング目的で弊社に持ち込まれました。CGL通信9号で報告しましたように、1/4サイズのCVD合成ダイヤモンドがグレーディング依頼されたことはありましたが、ピンクのものが持ち込まれたのは初めてです。
以下に当該合成ダイヤモンドの特徴を報告します。
今回のピンク色のCVD合成ダイヤモンドは、0.24ct(4.00 – 4.04 × 2.45)の形の良いラウンドブリリアントカットです。弊社では合成ダイヤモンドのグレーディングレポート発行を行っていませんが、参考までにグレーディングを行うとカラーはIntense Pink、クラリティはほんのいくつかの微小内包物が僅かに認められるVVS程度でした。長波・短波紫外線下での蛍光は、アーガイル産天然ピンクダイヤモンドなどでは弱い青色のものが多いのに反し、このCVD合成のピンクダイヤモンドは強いオレンジ色を示します。
この強いオレンジ色の蛍光はダイヤモンドビュー*でも観察でき、尚且つ燐光の存在も確認出来ます。またCVD合成ダイヤモンドは基盤に平行に成長するため、その成長痕がピッチの異なる層状模様として一定の角度を保ちながら線状に境界を形成している構造も観察されました。
赤外分光スペクトルでは、孤立した窒素の存在を示す1344cm−1の吸収、放射線処理後の焼きなましを示唆する1450cm−1の吸収、および水素に関連した1405cm−1の吸収を示しました。
赤外分光光度計(FT–IR)の検査で、当該合成ダイヤモンドは窒素を殆んど含まないII型に属し、興味深い特徴として原子構造中で孤立した窒素原子の存在を示す非常に弱い1344cm−1吸収ピークも検出されました。ピンク色を発生させるために広く使用されている1つのテクニックは、放射線の照射と焼きなましの組み合わせによるもので、この処理により生まれた孤立した窒素と原子の抜けた孔が組み合わさった欠陥([N–V]-)による影響でダイヤモンドがピンク色になります。この孤立した窒素原子が合成時に生まれたものか高温高圧(HPHT)処理によって生まれたものかは今回のCVD合成石では決められませんが、一般的にCVD合成ダイヤモンドは育成されたままの状態では茶色味を帯びており、HPHT処理を施すことで茶色味を取り除き、尚且つある窒素の集合体が存在していれば、孤立している窒素の濃度を増加させることも可能です。色の濃さは孤立した窒素原子の濃度によって決まるので、今回のCVD合成ダイヤモンドもHPHT処理が施されていると考えられます。
紫外可視分光検査でも孤立した窒素と原子の抜けた孔が組み合わさった欠陥を示す明瞭な吸収、さらに照射と焼きなましを示唆する吸収も認められました。スペクトルが示すように緑からオレンジ領域の強い光の吸収により強いピンク色の実体色がもたらされています。更にCVD合成を示唆する737nmの吸収が現れており、これはプラズマを発生させる反応容器からのシリコンに関連する欠陥によって引き起こされたものです。
サンプルを冷却した状態で紫外可視分光スペクトルを取ると、CVD合成を示唆する737nmのシリコン関連の吸収、ピンク色の原因である637nmの吸収、放射線照射による741nm及び595nmの吸収が示されました。(本データはAGTジェムラボラトリーにて測定)
シリコン関連の欠陥は、フォトルミネッセンス分析ではより容易に観察可能です。液体窒素温度に冷却した633nmレーザーで励起したフォトルミネッセンス分光分析では、736.7nmと737nmの2本に分離したピークとして明瞭に認められます。(上図参照)
このように構造の観察及び一連の光学的特徴を確認することでCVD合成ダイヤモンドであることを特定できます。一般的な鑑別でCVD合成ダイヤモンドを特定するのは非常に困難ですが粗選別は可能です。強いオレンジ色の蛍光は石の起源を示唆するものではありませんが、アーガイル産天然ピンクダイヤモンドなどでは蛍光が青色のものが多いため、それと比較してこの蛍光は不自然で、その色が処理の色である可能性を暗示します。ピンクのCVD合成ダイヤモンドは外観上非常に魅力的な石であるため、今後大いに市場に現れることが予測されますので、ご注意下さい。