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モザンビーク産ルビーの低温加熱処理について -加熱温度の違いによる諸特徴の変化-

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2018年5月PDFNo.44

 

リサーチ室 北脇 裕士、江森 健太郎、岡野 誠
ジェムリサーチジャパン 福田 千紘

モザンビーク産ルビーの原石を300℃〜1000℃まで100℃刻みで加熱処理を行い、温度の違いによる宝石学的特徴の変化を記録した。処理前後において内部特徴にはほとんど変化が見られなかったが、結晶の表面に達したフラクチャーに充填された鉄サビは赤味を帯びて暗くなる傾向が見られた。FTIRによる透過スペクトルにおいて、未加熱時に見られたH2O関連の吸収ピークが加熱温度とともに小さくなり、最終的にはほぼ消失した。また、未加熱時に見られたダイアスポアの吸収ピークも加熱温度とともに小さくなり、一旦OH関連の新たな吸収ピークが出現するが、これらも最終的には完全に消失した。フラクチャーの鉄サビを顕微ラマン分光法で測定したところ、未加熱時はゲーサイトのピークが検出されたが、加熱したあとではヘマタイトのピークが検出された。このように内部特徴に明瞭な加熱の履歴に関する特徴が見られないものについても、FTIRおよびラマン分光法が、モザンビーク産ルビーの低温加熱の検出に役立つことが改めて確認された。

 

1.背景

モザンビークは2008年の発見以降、宝石質ルビーの世界的に有数の供給源となっている。同国ではNiassa州とCabo Delgado州の複数の鉱山からルビーを産出しているが、Cabo Delgado州のMontepuezは2009年2月に新しい鉱山として発見され(文献1)、現在ではもっとも重要な産出地として知られている。モザンビークから産出するルビーの品質は様々であり、もっとも高品質のものはそのまま非加熱で取引されているが、ほとんどのものは加熱による色の改良が施されている(文献2)。また、一部のクラリティの低いものは鉛ガラス含浸処理の素材としても利用されている(文献3)
モザンビーク産ルビーの加熱は、主にタイのバンコクやチャンタブリで行われており、伝統的な加熱手法が用いられている。クラリティの高いものはそのまま加熱されるが、低品質のものはフラクチャーを癒着させるためのフラックスが使用されている(文献4)文献5および文献6によると、2015年頃からスリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われており、倫理観の欠如した取引業者によって非加熱として販売されている。その後の研究において、これらの低温加熱は青色味を除去するのに有効であることが示されたが(文献5)、内部特徴へ与える影響は少なく、インクルージョンの観察に基づく鑑別のみでは看破が困難である。FTIRなどの赤外分光法は加熱の履歴を検証するために有効であるが(文献7、文献8)、そのスペクトルの詳細な解析には試料の加熱前後の系統立てた研究の蓄積が必要不可欠である。また、FTIR分析において鑑別特徴となるデータが個々の試料に必ずしも得られるとは限らない。最近になって、表面に達したフラクチャーに充填される鉄サビを顕微ラマン分光法で分析したところ、500℃〜600℃の加熱でゲーサイトからヘマタイトに変化することが確認され、低温加熱を看破するための有効な指標になることが示された(文献6)
本研究では、モザンビーク産ルビーの低温加熱実験を行い、その加熱前後の諸特徴を記録することで、加熱の履歴を検証するための判定基準の確立をめざした。特にFTIR分析による加熱温度に伴うスペクトルの変化の理解と顕微ラマン分光法によるゲーサイトからヘマタイトへの転移温度の検証を主たる目的とした。

 

2.試料と分析方法

試料はモザンビークで最も産出量の多いMontepuez鉱山産の非加熱原石試料5個(①0.352ct、②0.638ct、③0.377ct、④0.460ct、⑤0.456ct)を用いた(図1)。これらは一次鉱床(変質した角閃岩)から直接採取されたもので、研磨は行っていない。Montepuez鉱山産のルビーは大きさ、形、色、クラリティにより品質分類されている。クラリティが3Aおよび2Aランクの高品質のものは主にタイやスリランカでカット・研磨され、Aランク以下のものはインドに輸出されている。今回用いた試料はAランクに相当する(阿依 私信、2018)。

 

図1:本研究で用いたモザンビーク、Montepuez鉱山産のルビー非加熱原石試料5個  (上段左より①0.352ct、②0.638ct、③0.377ct、下段左より④0.460ct、⑤0.456ct)
図1:本研究で用いたモザンビーク、Montepuez鉱山産のルビー非加熱原石試料5個
 (上段左より①0.352ct、②0.638ct、③0.377ct、下段左より④0.460ct、⑤0.456ct)

 

図2:加熱処理に用いたマッフル炉     (ADVANTEC製 FUM312DA)
図2:加熱処理に用いたマッフル炉   
 (ADVANTEC製 FUM312DA)

 

図3:加熱処理に用いたるつぼ (ジルコニウムるつぼの中にムライト質磁製るつぼを配置)
図3:加熱処理に用いたるつぼ
(ジルコニウムるつぼの中にムライト質磁製るつぼを配置)

 

試料の加熱処理はジェムリサーチジャパンにおいてADVANTEC FUM312DA マッフル炉を用いて行った(図2)。試料は内径30mm容量10mlのムライト質磁製るつぼ内にアルミナ粉末を充填し、その中に埋設した。磁製るつぼは底面炉材保護のためさらにジルコニウムるつぼに入れて炉内に配置した(図3)。加熱ピーク温度は300℃〜1000℃まで100℃刻みとし、同一試料を用いて低温から順に計8回熱履歴を与えた。温度調整はPID制御とし、室温からピーク温度までの昇温時間を2時間、ピーク温度の保持時間を2時間、ピーク温度から室温までの降温時間を4時間の3pathと設定し、炉内は酸化雰囲気(周囲雰囲気)で加熱した。設定温度と実測温度には必ず差異が生じるが、PID制御は単位時間当たりの温度変化の微分値をフィードバックすることで温度の変動を抑制し、かつ設定温度と実測温度の差を時間軸で積分した面積が最小になるように誤差を制御する方法で他の制御方法に比べると差異や変動を少なくすることができる。降温時間は実際には4時間では室温まで降下しないため室温に戻るまで十分な時間をおいてから試料を取り出した。室温は水銀温度計で実験ごとに校正しピーク温度は工場出荷時の校正設定とした。
宝石学的検査および分析はすべてCGLのリサーチ室にて行った。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外–可視–近赤外分光分析には日本分光製V650を用いて分析範囲は220nm–860nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析には日本分光製FTIR4200を用いて分析範囲は5000–1500cm–1、分解能は4.0cm–1、積算回数はauto(21〜512回)で測定を行った。顕微ラマン分光分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて488nmのレーザーを励起源として50倍の対物レンズを使用した。ラマンスペクトルのマッチングにはCGLのサンプルデータベースとArizona Univ.の鉱物データベースを参照した。

 

3.結果と考察

◆内部特徴
今回用いた試料はサイズが小さく未研磨であったこともあり、処理前後を通じて内部特徴に大きな変化を確認することはできなかった。唯一、結晶の表面に達したフラクチャーに充填された鉄サビの色が橙色から赤橙色に変化したものが見られた(図4)。これらの変化は300℃および400℃の加熱で確認することができたが、ルビー自体の赤色が濃いために処理前の状態と比較しなければその差異は判り難い。

 

図4:試料③0.377ctの未加熱および300℃〜1,000℃までの100℃刻みの加熱後の概観の比較:未加熱時には黄色かった液膜(写真左上)が加熱により赤味と暗味を増す
図4:試料③0.377ctの未加熱および300℃〜1,000℃までの100℃刻みの加熱後の概観の比較:未加熱時には黄色かった液膜(写真左上)が加熱により赤味と暗味を増す

 

今回の実験では確認できなかったが、文献5にモザンビーク産ルビーの低温加熱によって青色味(青色色帯)が除去できることが示されている。したがって、この青色味の除去が低温加熱の目的と思われるが、色の変化が何℃で生じるかは明確にされていない。別の文献では、ルチルなどのコランダム中の析出物が溶解を始める温度(1200〜1350℃)以下が低温加熱と定義しており、青味の除去(Fe2+/Ti4+の破壊)には900〜1,100℃が必要としている(文献9)。筆者(K.H)の過去のMong Hsu産ルビーの加熱実験において、1,000℃の加熱において青色味が除去できたものとできないものがあり(文献10)、商業的な低温加熱は1,000℃前後で行われていると推測できる。

 

◆紫外–可視–近赤外分光分析
紫外–可視–近赤外透過スペクトルには5個の試料すべてにおいて加熱による明瞭な変化は認められなかった。
図5に試料⑤0.456ctの未加熱および300℃〜1,000℃まで(100℃刻み)の加熱後の透過スペクトルを示す。縦軸はそれぞれのスペクトルを比較しやすいようにずらしている。紫外–可視–近赤外透過スペクトルに加熱による変化が見られないのは、見掛けの色調にほとんど変化がみられないことと調和的である。

 

図5:試料⑤0.456ctの未加熱および300℃〜1,000℃まで(100℃刻み)の加熱後の透過スペクトル:縦軸はそれぞれのスペクトルを比較しやすいようにずらしている
図5:試料⑤0.456ctの未加熱および300℃〜1,000℃まで(100℃刻み)の加熱後の透過スペクトル:縦軸はそれぞれのスペクトルを比較しやすいようにずらしている

 

◆FTIR分析
FTIRスペクトルには5個の試料すべてに加熱温度による明瞭な変化が認められた。試料④(0.460ct)の透過スペクトルを図6および図7に示す。図6は加熱温度の違いによる変化を比較しやすいように縦軸をずらしているが、図7は吸収の深さの違いが判りやすくするために縦軸の補正を行っている。

 

図6:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(加熱温度の違いによる変化を比較しやすいように縦軸をずらしている)
図6:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(加熱温度の違いによる変化を比較しやすいように縦軸をずらしている)

 

図7:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(吸収の深さの違いが判りやすくするために縦軸の補正を行っている)
図7:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(吸収の深さの違いが判りやすくするために縦軸の補正を行っている)

 

すべての未加熱の試料に3440–3410cm–1と3235–3230cm–1を中心とする幅広いH2O分子の拡張振動による吸収が認められた。これらの吸収は加熱温度とともに小さくなり、3235–3230cm–1ピークは500〜600℃で消失したが、3440–3410cm–1ピークは1,000℃でほぼ消失した。また、H2O分子の振動による3698 cm–1と3620 cm–1のうち、前者は500〜600℃で消滅しているが、後者は800℃まで残存している。同様に1637 cm–1のH2O分子に伴う吸収が試料①0.352ct、②0.638ct、④0.460ctに見られたが、いずれも500℃以上では消失した。すべての試料において、非加熱時にはなかった3086 cm–1と2520 cm–1にOHの拡張振動による吸収が、300℃〜600℃の加熱で新たに出現し、700℃以上では消失した。これらのFTIRで検出されるH2O分子は、微小包有物や吸着水としてコランダム中に存在することが知られている(文献11)。本試料で見られた吸収ピークは、双晶面やマイクロクラックなどの結晶の間隙に吸着したH2O分子に由来すると思われる。高品質のモザンビーク産ルビーのFTIRスペクトルにはH2O分子の振動吸収が検出されないことも多いが(文献12、文献13)、検出できた場合は加熱の履歴に関する重要な情報源となりうる。
すべての試料に2955、2925および2850 cm–1にCH拡張振動による吸収が認められた。通常、これらのピークは含浸されたオイル等に起因するものである。ルビーの鉱山ではしばしば採掘されたルビーの原石をオイルに漬けて保管することも行われており(堀川 私信、2018)、CH吸収の原因となることも考えられる。モザンビーク産ルビーが市場に流通を始めた当初、海外のある鑑別機関ではレポートのコメント欄にしばしば “Wax is present in surface reaching fractures.” とワックス含浸の記載をしており、業界内でも問題視されたが、その後はほとんど記載されなくなっている。本研究に用いた試料は一次鉱床から採掘されたままの原石である。したがって、これらのCH関連のピークは含浸物質ではなく、皮脂等の汚染に起因すると思われる。
試料①0.352ct、②0.638ct、④0.460ctの3個の未加熱試料にダイアスポアに起因する2112 cm–1と1974 cm–1のピークが見られたが、600℃の加熱温度ですべて消失した。ダイアスポア(α–AlO(OH))はアルミナ(Al2O3)の水和相であり、コランダム中の微細な包有物(例えばMong Hsu産ルビー)として含まれる場合や、フラクチャーにアルミナ(Al2O3)変質物として介在することがある。ダイアスポアは400〜500℃でコランダムに転移することが知られており(文献14)、ダイアスポアのピークはルビーやサファイアが加熱されているか否かの判定に有効である(文献7、文献15)。Mong Hsu産ルビーのように包有物としてダイアスポアを含有するルビーを1,000℃以上で加熱すると、3309、3234および3185 cm–1に新たな一連のピークが出現し、加熱の証拠とされている(文献7、文献10、文献15)。これらのピークは構造的に結合したOHとTi等の陽イオンが関与したものと解釈されている(文献7、文献11)。本研究においては1,000℃の加熱においてもこれらのピークは出現しなかった。したがって、本研究の試料から検出されたダイアスポアは結晶内部に包有物として存在していたのではなく、フラクチャーの介在物と考えられる。

 

◆顕微ラマン分光分析
すべての試料について、表面に達したフラクチャーに見られる鉄サビを狙って分析を行った。その結果、試料①0.352ctと試料③0.377ctの未加熱時にゲーサイトのピークが検出された(図8)、(図9)

 

図8:試料①0.352ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、700℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している
図8:試料①0.352ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、700℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している

 

図9:試料③0.377ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、800℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している
図9:試料③0.377ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、800℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している

 

ゲーサイトは含水酸化鉄でFeO(OH)の化学式で表される直方晶系(斜方晶系)の鉱物である。これらは母体結晶(ルビー)の生成後に後生的に沈積したものである。鉄分を豊富に含む地下水が結晶表面に達するフラクチャー、へき開面や成長管などに浸入し、残留した液体の水分が蒸発することにより水和した鉄鉱物が沈積する(文献16)。モザンビーク産ルビーにはしばしば橙色~赤橙色の液膜として観察される。試料を加熱していくと、ゲーサイトが検出された鉄サビと同じ箇所を測定しても、300℃~600℃までは明瞭なピークを得ることはできなくなった。試料①0.352ctでは未加熱時にゲーサイトが検出された鉄サビ(図10–a)は700℃の加熱後にヘマタイトのピークが検出され(図8)、この時液膜の色は赤味を増していた(図10–b)

 

図10:(a)試料①0.352ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる
図10:(a)試料①0.352ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる

 

図10:(b)700℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した
図10:(b)700℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した

 

同様に、試料③0.377ctにおいては800℃の加熱後に明瞭なヘマタイトのピークが検出され(図9)、液膜の色は赤味を増していた(図11–a,b)

 

図11:(a)試料③0.377ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる
図11:(a)試料③0.377ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる

 

図11:(b)800℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した
図11:(b)800℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した

 

ゲーサイトとヘマタイトのラマンシフトは200–700cm–1の範囲では良く似ているが、ヘマタイトには1320 cm–1に半値幅の大きなピークがあり、両者を区別することができる。

 

ヘマタイトはFe2O3の化学式で表される三方晶系の鉱物である。ゲーサイトを加熱すると、250℃から脱水し、ヘマタイトへの転移が始まるとされている(文献17)。この変化は以下のように表される。

2α–FeO(OH)     ⇒     α– Fe2O3+ H2O
加熱(250℃以上)

宝石中の包有物においてもしばしばこれらの変化が見られることがある。加熱により黄褐色のゲーサイトが赤褐色のヘマタイトに変化する例が知られており、この変化は300℃〜400℃で生じるとされている(文献16、文献18)文献6ではモザンビーク産ルビーの鉄サビを分析しており、500℃および600℃の加熱後にゲーサイトからヘマタイトに変化したと報告している。いずれにしても、コランダムの低温加熱に利用される温度(おそらく900〜1100℃:少なくとも700℃以上(阿依 私信、2018))以下でゲーサイトからヘマタイトへ変化することは確実である。したがって、ルビーのフラクチャーに見られる鉄サビがゲーサイトであることが確定できれば非加熱であり、ヘマタイトであれば加熱の証拠となりうる。
顕微ラマン分光法でコランダム中の鉄サビを測定する際、サビを含む液膜の厚み、位置、方位等の要因により、ゲーサイトやヘマタイトのピークが検出できる場合とできない場合がある。したがって、いずれかのピークが検出されるまで顕微鏡下で観察される鉄サビを根気良く分析する必要がある。

 

4.まとめ

モザンビーク産ルビーの低温加熱についての理解を深めるために加熱実験を行った。加熱の履歴の検証には宝石顕微鏡による拡大検査が重要であることは言うまでもないが、常に加熱の兆候が確認できるとはかぎらない。特に低温加熱(900〜1100℃以下)では、その変化は捉え難い。フラクチャーに充填された鉄サビの色の赤味が強い場合は加熱の疑いがあるが、確証には至らない。FTIR分析において、H2O分子に起因する吸収やOH関連の吸収の存在は低温加熱の否定あるいは検出に有効である。また、ダイアスポアの吸収は600℃以上の加熱を否定する根拠となる。
顕微ラマン分光法によるフラクチャー中の鉄サビの分析において、ゲーサイトが検出されれば非加熱と判断することができ、ヘマタイトであれば加熱の証拠として捉えることができる。したがって、加熱の履歴の検査においては、顕微鏡による拡大検査において兆候が得られない場合でも、FTIR分析や顕微ラマン分光分析を組み合わせて総合的に判断することが必要である。

 

5.謝辞

Tokyo Gem Science LLC.の阿衣アヒマディ博士には、今回実験に用いたモザンビーク産ルビーの試料をご提供いただいた。ここに記して感謝いたします。◆

 

6.文献

1.Pardieu V., Jacquat S., Senoble J., Bryl L.–p., Hughes R., Smith M. (2009) Expedition report to the ruby mining sites in northern Mozambique (Niassa and Cabo Delgado provinces).
https://www.gia.edu/doc/Expedition–report–Ruby–mining–sites–Northern–Mozambique.pdf
2.Chapin M., Pardiew V., Lucas A. (2015) Mozambique: A ruby discovery for the 21st Century.
G&G, vol.51, No.1, pp44–54
3.Smith C. (2010) Mozambique rubies. Gems & Jewellery, vol.19, No.1, pp3–5
4.Pardieu V., Sturman N., Saeseaw S., Du Toit G., Thirangoon K. (2010) FAPFH/GFF treated ruby from Mozambique: A preliminary report.
https://www.gia.edu/doc/FAPFH–GFF–Treated–Ruby–from–Mozambique–A–Preliminary–Report.
5.Pardieu V., Saeseaw S., Detroyat S., Raynaud V., Sangsawong S., Bhusrisom T., Engniwat S., Muyal J. (2015) “Low temperature” heat treatment of Mozambique ruby–result report.
https://www.gia.edu/doc/Moz_Ruby_LowHT_US.
6.Sripoonjan T., Wanthanachaisaeng B., Leelawatanasuk T. (2016) Phase transformation of epigenetic iron staining: Indication of low-temperature heat treatment in Mozambique ruby.
Journal of Gemmology, vol.35, No.2, pp156–161
7.Smith C.P. (1995) A contribution to understanding the infrared spectra of rubies from Mong Hsu, Myanmar. Journal of Gemmology, vol.24, No.5, pp321-335
8.GAAJ–Zenhokyo Lab. (2007) ルビーおよびサファイアの加熱の履歴に関する鑑別. Gemmology, 2007年2月号pp24–27
9.Hughes R., Manorotkul W., Hughes E. (2015) Ruby & Sapphire A gemologist’s guide. Gem and Jewelry Institute of Thailand, Bangkok.
10.GAAJ–Zenhokyo Lab. (2005) 産地鑑別と加熱・非加熱鑑別の正確性と限界について. Gemmology, 2005年9月号pp4–7
11.Beran A., Rossman G.R. (2006) OH in naturally occurring corundum. European Journal of Mineralogy, vol.18, No.4, pp441–447
12.Pardieu V., Supharart S., Muyal J., Chauvire B., Massi L., Sturman N. (2013) Rubies from the Montepuez area (Mozambique).
https://www.gia.edu/doc/GIA_Ruby_Montepuez_Mozambique.pdf
13.川野潤.,北脇裕士.,阿依アヒマディ.,岡野誠. (2009) 新産地:モザンビーク産ルビー. Gemmology, 2009年12月号pp13-15
14.Phlayrahan A., Monarumit N., Satitkune S., Wathanakul P. (2016) Phase Tranformation of diaspore and its application for indicating the low temperature–heat treatment of corundum samples.
Proceedings of GIT2014, pp167–170
15.Phlayrahan A., Monarumit N., Loetwanitsakul L., Satikune S., Wathanakul P. (2013) The alteration of structural OH group in FTIR spectra on ruby samples from Mong Hsu, Myanmar and Montepuez, Mozambique. Proceedings of 33rd IGC, pp154–157
16.Koivula J.I. (2013) Useful visual clue indicating corundum heat treatment. G&G, vol.49, No.3, pp160–161
17.Liu H., Chen T., Zou X., Qing C., Frost R.L. (2013) Thermal treatment of natural goethite: Thermal transformation and physical properties. Thermochimica Acta, vol.568, pp115–121
18.Kammerling R.C., Koivula J.I. (1989) Thermal alteration of inclusions in “rutilated” topaz. G&G, vol.25, No.3, pp165–167

インクルージョン・ギャラリー

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写真撮影:CGLリサーチ室

《モザンビーク産ルビー(非加熱)

 

写真1:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):針状と板状の混在がモザンビーク産ルビーの特徴
写真1:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):針状と板状の混在がモザンビーク産ルビーの特徴

 

写真2:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):長い針状と点状の混在が見られる
写真2:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):長い針状と点状の混在が見られる

 

写真3:点状のシルク・インクルージョンと丸みを帯びた結晶(黄銅鉱と思われる)インクルージョン
写真3:点状のシルク・インクルージョンと丸みを帯びた結晶(黄銅鉱と思われる)インクルージョン

 

写真4:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトは角閃石の一種で、モザンビーク産ルビーの母岩である角閃岩の主要構成鉱物である
写真4:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトは角閃石の一種で、モザンビーク産ルビーの母岩である角閃岩の主要構成鉱物である

 

写真5:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトの結晶が厚みを増すと緑色を呈する
写真5:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトの結晶が厚みを増すと緑色を呈する

 

写真6:ブラインド状双晶面:変形双晶の一種で、しばしばモザンビーク産ルビーにも見られる
写真6:ブラインド状双晶面:変形双晶の一種で、しばしばモザンビーク産ルビーにも見られる

 

写真7:双晶面沿いに発達した針状インクルージョン:これまでベーマイトといわれてきたが、最近の研究で変形双晶に伴って生じたhollow channel(中空の溝:チューブ)と考えられている
写真7:双晶面沿いに発達した針状インクルージョン:これまでベーマイトといわれてきたが、最近の研究で変形双晶に伴って生じたhollow channel(中空の溝:チューブ)と考えられている

 

写真8:3次元的に交差した針状インクルージョン (hollow channel)
写真8:3次元的に交差した針状インクルージョン
(hollow channel)

 

《モザンビーク産ルビー(加熱)

 

写真9:加熱により生じた結晶の周囲のテンションクラック
写真9:加熱により生じた結晶の周囲のテンションクラック

 

写真10:加熱により一部癒着した液体インクルージョンとテンションクラック
写真10:加熱により一部癒着した液体インクルージョンとテンションクラック

 

写真11:加熱により癒着した液体インクルージョン
写真11:加熱により癒着した液体インクルージョン

 

写真12:フラクチャーから侵入したフラックスが加熱により癒着して生じた液体様インクルージョン。侵入したフラックスが“透明物質”として残存している
写真12:フラクチャーから侵入したフラックスが加熱により癒着して生じた液体様インクルージョン。侵入したフラックスが“透明物質”として残存している

コラム:サイズアップする中国製HPHT合成ダイヤモンド

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リサーチ室 北脇 裕士

 中国で製造されるHPHT合成ダイヤモンドについては、本誌No.30、No.32およびNo.35などにて詳しくお伝えしてきました。最近、鑑別業務で見かけるものや、研究用に入手した中国製と思われる合成ダイヤモンドはサイズが大きくなってきており、これまでの「中国製HPHT合成ダイヤモンド=メレサイズ」という認識を改める必要があると感じています。写真1に示したのは最近研究用として調べる機会を得た中国製と思われるHPHT合成ダイヤモンドです。

写真1:研究用に調査した中国製と思われるHPHT合成ダイヤモンド。最大は0.52ct
写真1:研究用に調査した中国製と思われるHPHT合成ダイヤモンド。最大は0.52ct

写真左側の多数個のものは従来通りのメレサイズですが、褐色掛かっています。写真右上の3個のものは褐色系で左から0.52ct、0.38ct、0.43ctあります。中段の2個は黄色味を帯びており、下段の2個はやや青味を帯びています。
これらのうち多くのものは金属包有物が認められ(写真2および写真3)、強力なネオジム磁石にくっつきました(写真4)。また、天然には見られないダスト状の包有物(写真5)や針状の包有物が認められ(写真6)、ルーペでチェックする際の手がかりになります。

写真2:金属包有物
写真2:金属包有物

 

写真3:針状の金属包有物
写真3:針状の金属包有物

 

写真4:強力なネオジム磁石にくっつく
写真4:強力なネオジム磁石にくっつく

 

写真5:ダスト状包有物
写真5:ダスト状包有物

 

写真6:針状包有物
写真6:針状包有物

中国製のHPHT合成ダイヤモンドは、複数の企業による競合の結果、メレサイズから徐々にサイズが大きなものにシフトしつつあります。この際、製造工程における金属溶媒の種類や温度制御などの技術レベルの発展途上にあり、完全な無色ではなく、様々な色合いを持ったものが出現しているようです。◆

LPHT処理されたピンクCVD合成ダイヤモンド

PDFファイルはこちらから2018年3月PDFNo.43

リサーチ室 北脇 裕士、久永 美生、山本 正博、江森 健太郎、岡野 誠

 

最近、中央宝石研究所(CGL)東京支店にグレーディング依頼で1個のピンク色の石が供された。この石は0.192ctのマーキーズ・ブリリアントカットが施されたルースで、検査の結果、LPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドであることが判った。

図1:LPHT処理されたCVD合成ダイヤモンドFancy Brown Pink相当、0.192ct
図1:LPHT処理されたCVD合成ダイヤモンドFancy Brown Pink相当、0.192ct

 

このダイヤモンドは視覚的には同系色の天然ダイヤモンドと識別できないが、赤外領域の分光スペクトルにおいて3124、3030、2948、2937、2901、2870、2812、2726cm–1にCVD合成に特徴的なC–H伸縮振動吸収が見られた。また、近赤外領域にも8532、7917、7802、7534、7353cm–1などの水素に関連した複数のピークが検出された。これらとフォトルミネッセンス(PL)分析で検出されたH3、NVセンタなどの光学中心との組み合わせから、結晶成長後に1500–1700℃程度のLPHT処理が施されたことが推定される。
近年、CVD合成ダイヤモンドは、結晶育成技術の向上と成長後の処理により、様々な色が作り出されている。これらは標準的な鑑別手法のみでは識別が困難であるが、ラボラトリーにおける赤外分光分析、低温下でのPL分光分析やDiamondView™による紫外線蛍光像の観察などの洗練された分析を行うことによって、確実に鑑別することが可能である。

 

背景
ピンク・ダイヤモンドは、ファンシー・カラー・ダイヤモンドの中でもとりわけ人気が高い。それ故に人工的にダイヤモンドをピンク色にする数々の手法が昔から試みられてきた。ピンク色のCVD合成ダイヤモンドも2010年頃から宝石市場で見られるようになり、その詳細な特徴が報告されている(文献1, 文献2)。これらのピンク色は、CVD合成後に褐色味を除去するためのHPHT処理が施され、その後に電子線照射と低温下のアニーリング(熱処理)が組み合わされた複合的な処理(マルチ・プロセス)により生み出されている。これとは別に結晶成長後に放射線照射を伴わないLPHTのみが施されたピンクCVD合成石の報告もあるが(文献3)、これまで市場で見かけることはほとんどなかった。

 

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LPHT処理
CVD合成ダイヤモンドの多くは高速度成長のために窒素を意図的に添加して育成される(文献4)
結晶中に取り込まれた窒素は他の欠陥と結びついて宝石として魅力的でない褐色の原因となる。これらの褐色味は1600℃以上の高温で熱処理すると除去できることがわかっている(文献5)。商業的には熱処理の効果を最大限に引き上げ、さらに加熱時間を短縮するために1900-2200℃の高温が利用されている(文献5, 文献6)。しかしながら、このような高温に晒されると、ダイヤモンドはグラファイト化したり、破損したりするため、通常は熱力学的に安定な圧力が加えられる。これがいわゆるHPHT処理である。一方、圧力は300torr(<3.99×10–5GPa、大気圧以下)程度で、水素プラズマ中(CVD合成装置内)において1400-2200℃の加熱を行うことでグラファイト化を防ぐ技術が開発されている(文献6, 文献7)。これがLPHT(Low Pressure High Temperature)処理で、結晶育成に用いたチャンバー内で処理することができる。したがって、HPHT処理に不可欠な高圧発生装置を用いないため、CVD合成ダイヤモンドの製造者にはコスト面のメリットがある。これまで宝飾用のCVD合成ダイヤモンドには主にHPHT処理が利用されていたが、今後、技術開発とともにLPHT処理が普及する可能性がある。その際、LPHT処理されたダイヤモンドの光学欠陥は、HPHT処理のものと異なる場合があることに注意が必要である。

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試料と分析方法
色の起源とグレーディングのために供されたピンク色のダイヤモンドの検査を行った(図1)。重量は0.192ctでマーキーズ・ブリリアントカットが施されていた。カラーグレードおよびクラリティグレードは経験をつんだCGLのダイヤモンドグレーディングスタッフによりGIAのグレーディングシステムを用いて行われた。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行った。紫外-可視-近赤外分光分析には日本分光製V570を用いて分析範囲は220nm–1100nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。同様に340nm–800nmの分析範囲は、日本分光製V670を用いて液体窒素を用いて低温下での測定も行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4100を用いて分析範囲は7500–400㎝–1、分解能は4.0cm–1および1.0cm–1で、それぞれ512回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman Microscopeを用いて457nm 、488nm 、514nm、633nmおよび830nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、Diamond Trading Company (DTC)製のDiamondPlus™による検査とDiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。

 

結  果
◆カラーおよびクラリティ
カラーはFancy Brown Pink※相当とグレードされた。クラリティはVS1※相当であった。(※日本国内においては、宝石鑑別団体協議会(AGL)の規約により、合成ダイヤモンドのグレーディングは行っていない)

 

◆拡大検査
肉眼ではクリーンであったが、顕微鏡下においてパビリオンファセットに黒色化した小さなフェザーが見られた(図2)。このフェザーがテーブル側から観察した際にスターファセットに映りとして見られ、これがクラリティの要因となっていた。フェザーの黒色化が成長時によるものかLPHT処理に関連したものかは不明である。また、テーブル面にはスクラッチや酸化膜(burn mark)のような荒い研磨の状態が見られた(図3)。

 

図2:パビリオンファセットに見られた黒色化したフェザーアッパーガードルファセットを通して映りも見られる
図2:パビリオンファセットに見られた黒色化したフェザーアッパーガードルファセットを通して映りも見られる

 

図3:テーブル面に見られるスクラッチと酸化膜
図3:テーブル面に見られるスクラッチと酸化膜

 

◆歪複屈折
交差偏光板を用いた顕微鏡観察において、CVD合成に特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が認められた。これらは結晶の成長方向に平行に伸長したもので(図4a)、主に種結晶と成長結晶の界面から引き継がれた線状欠陥(ディスロケーション)によるものと思われる。しかし、成長面に対して垂直方向に観察した場合は細かく交差する網目模様が観察され(図4b)、天然Ⅱ型ダイヤモンドの“タタミ構造”に酷似するため解釈には注意を要する。

 

図4:交差偏光下の歪複屈折。  a)CVD合成特有の1方向に伸張した歪複屈折が見られる
図4:交差偏光下の歪複屈折。 
a)CVD合成特有の1方向に伸張した歪複屈折が見られる

 

図4:交差偏光下の歪複屈折。  b)方向を変えて観察すると交差する網目様の構造が見られる
図4:交差偏光下の歪複屈折。 
b)方向を変えて観察すると交差する網目様の構造が見られる

 

◆紫外線蛍光
長波・短波ともにオレンジ濁蛍光が観察された。蛍光強度は弱~中程度であったが、概して長波よりも短波の方が強かった。燐光は観察されなかった。

 

◆紫外-可視-近赤外分光分析
室温での測定において、270nm付近と520nm付近に幅広い吸収が認められた(図5)。270nmの吸収は置換型単原子窒素(Cセンタ)によるものと思われるが(文献8)、520nmの吸収については定かではない。文献9はAs grownの褐色CVD合成ダイヤモンドに270nm、360nmおよび515nmの吸収が見られ、515nmバンドはNVH0に起因するのではないかとしている。
液体窒素を用いて低温下で測定すると、637nm (NV) に明瞭な吸収が認められた。この他に419nm、667nmおよび684nmにきわめて弱いピークが検出された(図5)。

 

図5:紫外–可視–近赤外吸収スペクトル(室温および液体窒素温度)。置換型単原子窒素に由来する270nmピークとNVH0由来の520nmのブロードなピークが見られる
図5:紫外–可視–近赤外吸収スペクトル(室温および液体窒素温度)。置換型単原子窒素に由来する270nmピークとNVH0由来の520nmのブロードなピークが見られる

 

◆赤外分光分析
1130cm–1、1344cm–1および1332cm–1に置換型単原子窒素に起因するピークが検出された(図6)。1130cm–1と1344cm–1は中性の電荷状態NS0によるものであり(文献10)、1332cm–1は正の電荷状態NS+に関連するものである(文献11)。この他に1374、1362、1353、1296cm–1のピークが検出された。同様のピークは文献8, 文献11にも報告されている。
また、3200cm–1~2800 cm–1にC–H由来の吸収と考えられる複数のピークが検出された(図6)。これらのピーク波数は3123、3030、2948、2937、2901、2870、2812、2726 cm–1であった。このようなC–H伸縮振動吸収は、天然ダイヤモンドには見られず、CVD合成に特有のものである(文献6, 文献13)。このうち3123 cm–1ピークはNVH0に起因すると考えられており(文献6)、通常のHPHT処理後に消失する(文献5)。また、CVD合成ダイヤモンドのHPHT処理後に出現するとされる3107 cm–1(N3VH)(文献13, 文献14) は検出されなかった。
さらに近赤外領域に8532、7917、7802、7534、7353、6963、6828、6425、5225、4886、4672、4336 cm–1の水素に関連したピークが複数検出された(図7)。これらと同様のピークは文献12のオレンジ~ピンクのCVD合成ダイヤモンドに報告されている。

図6:赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる
図6:赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる

 

図7:近赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる
図7:近赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる

 

◆フォトルミネッセンス分析
514nmレーザーと633nmレーザー励起によるPLスペクトルを図8に示す。非常に強い575nm (NV0) および637nm (NV)が検出された。514nmレーザー励起による両者のピーク強度は同程度で、ラマン線強度に対してそれぞれ45倍以上あった。未処理のCVD合成の特徴とされる596.4nmと597.0nmのダブレットのピーク(文献12, 文献14)は検出されなかった。521.4、528.0、529.1、532.0、533.0、534.9、536.5、539.6、540.3、544.4、552.8、553.5、563.8および555.7nmに帰属不明の小さなピークが検出された(一部は図示していない)。736.4/736.8nm (SiV)が633nmレーザー励起においてのみ検出された。737nmピークは合成装置由来のSi起源であり、CVD合成ダイヤモンドの特徴として理解されている(文献5, 文献14)。633nmレーザー励起では769.7、796.8、816.9、822.4、833.5、848.2、881.2および902.7nmの小さなピークが検出された。

 

図8:514nmおよび633nmレーザー励起によるPLスペクトル。非常に強い575nm (NV0) および637nm (NV-)と737nm (SiV-) が検出された
図8:514nmおよび633nmレーザー励起によるPLスペクトル。非常に強い575nm (NV0) および637nm (NV)と737nm (SiV) が検出された

 

図9:NVセンタのPLピークのFWHM。マルチプロセスのピンクCVD合成よりもFWHMの値が大きい
図9:NVセンタのPLピークのFWHM。マルチプロセスのピンクCVD合成よりもFWHMの値が大きい

 

図9に637nm (NV)および 575nm (NV0) の半値全幅(FWHM)の関係を示す。空孔を伴う欠陥のゼロフォノン線 (ZPL) のFWHMは局地的な歪が増すと幅が広くなることが知られており、しばしばダイヤモンド中の歪を調べるために利用されている(文献15)。過去にCGLで分析した天然Ⅱ型ダイヤモンドの褐色系133個、ピンク系70個とマルチプロセスによるピンクCVD合成ダイヤモンド5個を同時にプロットした。天然Ⅱ型ダイヤモンドの褐色系のNVセンタの半値全幅(FWHM)は0.2~0.7nm程度の狭い領域にプロットされているが、ピンク系のものは褐色系とかなりの部分が重複するものの、0.8nm以上の領域にプロットされる一群が見られる。マルチプロセスによるピンク色のCVD合成ダイヤモンドは、0.3~0.4nm程度の狭い領域にプロットされたが、本研究のLPHT処理ピンクCVD合成ダイヤモンドは637nm (NV)が0.68nm、575nm (NV0)が0.64nmであった。したがって、検査数は少ないものの、マルチプロセスのピンクCVD合成ダイヤモンドよりも今回検査したLPHT処理のピンクCVD合成ダイヤモンドは内在する歪が大きく、成長プロセスに何らかの相違があることが明らかである。
830nmレーザー励起によるPLスペクトルを図10に示す。849.9nmの強いピークの他に853.2、864.6、869.2、875.5、908.7nmに鋭いピークが認められた。また、880、903、953nmにやや幅の広いピークが検出された。985.7nmにはH2と思われる弱いピークが検出された。

 

図10:830nmレーザー励起によるPLスペクトル。850nm、875.6nmおよび986nm (H2)が検出された
図10:830nmレーザー励起によるPLスペクトル。850nm、875.6nmおよび986nm (H2)が検出された

 

488nmレーザーと457nmレーザー励起によるPLスペクトルを図11に示す。503.2nm (H3)、575nm (NV0)および637nm (NV)の強いピークが検出された。488nmレーザー励起によるNV0/H3の強度比は8.8であった。467.6、479.3、480.3、483.4、488.3、491.9、494.1、494.9、498.8nmおよび500.3nmに弱いピークが検出された(図に数値は記入していない)。

 

図11:457nmおよび488nmレーザー励起によるPLスペクトル。488nmレーザー励起による575nm (NV0)/503.2 (H3) の強度比は8.8であった
図11:457nmおよび488nmレーザー励起によるPLスペクトル。488nmレーザー励起による575nm (NV0)/503.2 (H3) の強度比は8.8であった

 

◆DiamondPlus™
DiamondPlus™はDTCにより開発され、2009年から市販されているⅡ型ダイヤモンドのHPHT処理を粗選別するためのコンパクトな装置である。この装置では15秒以内の測定時間で“PASS”あるいは“REFER”などと結果が表示される。“PASS”は天然で未処理のダイヤモンドであるが、“REFER”と表示されたものは更なるラボラトリーの検査が必要である。また、この装置はCVD合成ダイヤモンドの検出にも対応しており、737nmのピークを検出すると“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されるとともに正規化された強度が表示される。
今回の試料は繰り返し5回測定を行ったが、すべて“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示され、一度も“PASS”とは表示されなかった。同時に表示される正規化された数値は0.283~0.937であり、平均値は0.491であった。

 

◆紫外線ルミネッセンス法

DiamondView™の波長の短い(<225nm)強力な紫外線を用いて検査を行なった。テーブル方向からの観察においては、NVセンタに因ると思われるほぼ均一なオレンジ色の発光が見られたが、成長構造を示す特徴は認められなかった(図12a)。0.01秒後の燐光にはH3に因ると思われる緑色が優勢の発光色が観察された(図12b)。パビリオン側の観察では、オレンジ色の発光とともにCVD合成に特有の線模様が観察された(図12c)。CVD合成ダイヤモンドは、基盤の{100}面にごく小さなオフ角をつけたステップフロー成長により、結晶の表面上において層状に順次積層しながら大きくなる。ダイヤモンドの形成において、わずかなあるいは一時的な障害が生じると成長面に影響し、そこに蛍光を発する光学欠陥が集中するため、これらが縞模様として見られることとなる(文献14)

図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。 a) オレンジ色の蛍光色
図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。
a) オレンジ色の蛍光色

 

図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。 b) 0.01秒後の燐光
図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。
b) 0.01秒後の燐光

 

図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像 c) パビリオン側からはオレンジ色の蛍光色に加えてCVD合成特有の線模様が見られた
図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。
c) パビリオン側からはオレンジ色の蛍光色に加えてCVD合成特有の線模様が見られた

 

考  察
現在市場で見られるCVD合成ダイヤモンドの多くは、成長速度を速めるために意図的に微量の窒素が添加されている(文献4)。このような高速度成長は結果として褐色味を呈する原因となるため、それを除去する目的でHPHT処理が施されている(文献5)。また、市場で見られるピンク色のCVD合成ダイヤモンドは、HPHT処理後に電子線照射と低温でのアニーリングを組み合わせたマルチプロセスが施されている(文献1, 文献2)
本研究のCVD合成ダイヤモンドは、紫外-可視-近赤外分光分析において置換型単原子窒素に起因する270nm付近の幅広い吸収と、PL分析における非常に強いNVセンタが検出されており、意図的に窒素添加が行われたことは明らかである。しかし、マルチプロセスのピンクCVD合成ダイヤモンドに見られる1450 cm–1(H1a)、741.1nm (GR1)、594.3nm、393.5nm (ND1)などの照射に関連したピークは検出されなかった。紫外-可視-近赤外分光分析において520nmを中心とする幅広い吸収とNVが検出されており、これらがBrown Pinkの色の原因と考えられる。
赤外分光分析において3200 cm–1~2800cm–1に複数のC–H由来の吸収と考えられるピークが検出された。これらのピークは窒素を意図的に添加して成長させ、HPHT処理を施したCVD合成ダイヤモンドに見られるものである(文献6, 文献13)。これらのうち2901、2870、2812 cm–1のピークは熱処理の温度が高くなるほど高波数側にシフトすることが知られている(文献6, 文献13)文献13は1900℃のHPHT処理後に2902、2872cm–1のピークが検出され、2200℃の処理後に2905、2873cm–1にシフトしたとしている。我々が独自に行ったCVD合成ダイヤモンドのHPHT処理実験(未公表)においても1600℃の処理で2902、2871cm–1に検出されたピークは2300℃の処理において2907、2873cm–1にシフトした。また、2901、2870、2812 cm–1のピークシフトは熱処理時の圧力にも関係しており、我々が行った実験(未公表)では、処理温度が同じ1600℃においても圧力が7GPaの高圧力下では2902、2871、2819 cm–1であったが、周囲圧力下では2900、2868、2813 cm–1であった。したがって、今回の研究試料は1600℃程度のLPHT処理が施された可能性が示唆される。
3123 cm–1のピークはNVH0に関連しており、成長後のCVD合成ダイヤモンドには見られるが、HPHT処理で消失することが知られている(文献5)。しかし、1600℃のLPHT処理後には消失せずに検出されている(文献6)。我々の実験(未公表)においても、1600℃/7GPaで3123 cm–1ピークは消失したが、1600℃/周囲圧力では消失せずに検出された。また、3107 cm–1(N3VH) は成長後のCVD合成ダイヤモンドには見られないが、1700℃以上のHPHT処理後に出現することが知られている(文献13, 文献14)
H3センタは成長後 のCVD合成ダイヤモンドには見られないが、1500℃以上のHPHT処理後に導入されることが知られている(文献6, 文献13)。文献6は1970℃でLPHT処理した後はNV0>H3であったが、2030℃でHPHT処理した後はNV0<H3とその比率が逆転することを見出している。本研究でのCVD合成ダイヤモンドは明瞭なH3センタが検出されたが、NV0に比較して弱く、処理温度は最大でも2000℃以下であったと推定できる。
文献16によると、本研究の紫外–可視吸収スペクトルで見られた667nmと684nmピークは結晶育成後にLPHT処理を施すことで出現する。また、赤外領域の1374 cm¯¹のピークは結晶成長後のCVD合成ダイヤモンドを周囲圧力下において1700℃以上で加熱(LPHT処理)した後にのみ出現する。さらに、文献16により、7917、7804 cm–1ピークは周囲圧力、1300–1600℃の温度範囲で出現することが確かめられている。本研究ではこれらのピークが検出されており、HPHT処理ではなく、LPHT処理が施されていることを強く示唆している。以上の検出された(あるいは検出されない)光学欠陥の組み合わせなどから、本研究におけるピンクCVD合成ダイヤモンドのLPHT処理の温度範囲は1500–1700℃程度と推定される。

 

まとめ
グレーディングに供されたピンク色の石を検査した結果、LPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドであることがわかった。赤外領域の分光スペクトルによる3124、3030、2948、2937、2901、2870、2812、2726cm–1のピーク、PL分析による737nmピークの検出およびDiamondView™による積層成長の痕跡はCVD合成を示唆するものである。しかし、一般的なマルチプロセスのピンク色CVD合成に見られる1450 cm–1(H1a)、741.1nm (GR1)、594.3nm、393.5nm (ND1)などの照射に関連したピークは検出されなかった。赤外領域の7917、7804 、1374 cm–1と可視領域の667nmと684nmの吸収ピークが検出され、これらはLPHT処理された特徴である。
これまで宝飾用のCVD合成ダイヤモンドの色の改善には主にHPHT処理が利用されていたが、技術開発とともにLPHT処理が普及する可能性がある。鑑別技術者にとってはLPHT処理されたダイヤモンドの光学欠陥に対する理解が新たに必要となろう。

 

謝辞
液体窒素温度による紫外-可視分光分析にはAGTジェムラボラトリーの齊藤宏氏にご協力いただきました。ここに謝意を表します。◆

 

文献
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ダイヤモンドに検出される主要な光学欠陥について

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リサーチ室 江森 健太郎

ダイヤモンドの天然・合成、HPHT処理や照射処理といった鑑別を行うには、ダイヤモンドに含まれる各種光学欠陥の理解が必要不可欠です。単一の光学欠陥が、天然・合成、処理と1対1対応するものではなく、複数の光学欠陥の組み合わせ、状態、量によって鑑別を行う必要があります。またダイヤモンドに関する文献等では光学欠陥の名称とその構造等については読み手が理解しているものとして記載されています。ここでは、それらの文献を読む、もしくはダイヤモンドの鑑別を行うための必須の知識として、主要な光学欠陥と検出手法について簡単に紹介します。
なお、光学欠陥の構造を説明する図で使用する記号は以下の通りです。それぞれの記号は原子1個を示します。

2-01_05-72RGB

 

GR1センタ

2-06-GR1-RGB72

ダイヤモンド中の電荷を持たない空孔です。空孔は、本来炭素原子があるべき場所に炭素及び他の元素が入っておらず、空の状態です。この空孔は自然界および人為的な放射線照射によって作り出すことができます。紫外可視分光及びフォトルミネッセンス分析によって検出することができ、740.9nm、744.4nm及びそれに関係するバンド(赤~黄色部)に表れ、その結果青色の着色原因になります。

 

Cセンタ

2-07-C-center-RGB72

単一の置換型窒素です。置換型窒素というのは、ダイヤモンドを構成する炭素原子を1つの窒素原子に置き換えたものです。Cセンタの場合、1つの炭素を窒素で置き換えるだけですので、その窒素の周囲は炭素が4つ、ということになります。Cセンタを有するダイヤモンドはIb型と呼ばれます。Ib型は天然では非常に稀ですが、高温高圧合成ダイヤモンドではきわめて一般的です。後述するAセンタ及びBセンタを高温高圧(HPHT)アニーリングすることで作り出すこともできます(アニーリングとは焼きなましのことです)。この光学欠陥はフーリエ変換型赤外分光分析装置(以下 FT–IR)を用いると1130cm–1の箇所に強い吸収として検出され、1296及び1045cm–1に小さな吸収を伴います。この光学欠陥の存在により青~紫色が吸収され、濃い黄色の原因となります。

 

Aセンタ

2-08-A-centerRGB72

2つの置換型窒素のペアと考えられており、この光学欠陥は天然ダイヤモンドの多くに見られます。この光学欠陥を有するダイヤモンドはIaA型と呼ばれます。この光学欠陥はFT–IRによって1282cm–1に吸収として検出されます。この光学欠陥はダイヤモンドの色には影響を及ぼしません。

 

Bセンタ
(4N–V)

2-09-B-centerRGB72

1つの空孔を取り囲む4つの置換型窒素から成る光学欠陥だと考えられており、天然ダイヤモンドに存在します。この光学欠陥を有するダイヤモンドはIaB型と呼ばれます。FT–IRによって1175cm–1に吸収として検出されます。この光学欠陥もAセンタ同様、ダイヤモンドの色には影響を及ぼしません。

 

N3センタ
(3N–V)

2-10-N3-RGB72

1つの空孔とそれに隣接した3つの置換型窒素から成ると考えられている光学欠陥で、「ケープ」系ダイヤモンドに見られます。紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析により、415.2nmに吸収及び発光として検出されます。この光学欠陥は宝石品質の天然ダイヤモンドの普遍的な黄色味の原因でもあります。

 

H2, H3センタ

2-11-H3-H2-RGB72

1つの空孔とそれに隣接した2つの置換型窒素から成ると考えられている光学欠陥です。電荷を持たないものがH3センタ、マイナスの電荷を持つものがH2センタになります。H2センタ、H3センタは天然ダイヤモンドにも見られますが、放射線照射後のアニーリングおよび高温高圧アニーリングによって生じます。
H2センタはフォトルミネッセンス分析において986.3nmの発光、H3センタは紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析において503.2nmに吸収及び発光として検出することができます。
H3センタは可視光で励起され緑色の蛍光を発する為、地色が黄色~褐色であっても可視蛍光により緑味を帯びます。

 

H4センタ

2-12-H4-RGB72

Bセンタ(上記参照)に1つ空孔を隣接させた構造であると考えられている光学欠陥です。紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって496.2nmに吸収及び発光として検出されます。この光学欠陥は、天然及び放射線照射後のアニーリングによって発生します。
この光学欠陥は緑色の原因となります。

 

NVセンタ

2-13-NV-RGB72

1つの空孔と1つの置換型窒素から成ると考えられている光学欠陥です。電荷を持たないもの(NV0)とマイナスの電荷を持つもの(NV)があります。
NVは天然ダイヤモンドにも見られますが、放射線照射後のアニーリングによって発生する光学欠陥で、紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって、575nmに吸収及び発光として検出されます。
また、NVも天然ダイヤモンドにも見られますが放射線照射後のアニーリング及び高温高圧アニーリングによって生じる光学欠陥で紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって、637nmに吸収及び発光として検出されます。
NV0センタは元のダイヤモンドが天然・合成に関係なく、人為的処理のピンク色の原因となります。また、高速度成長させた無色のCVD合成ダイヤモンドに見られます。

 

3Hセンタ

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ダイヤモンドの結晶格子間に入り込んだ炭素原子だと考えられている光学欠陥です。自然界及び人為的照射で作り出すことができます。紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって503.4nmに吸収及び発光として検出されます。
この光学欠陥は緑色の原因となります。

 

Si–Vセンタ

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ケイ素原子と空孔が並んでいると考えられている光学欠陥です。ケイ素原子は炭素原子を置換することはできないため、空孔2つの間に入り込む構造を取ります。
この光学欠陥はCVD合成ダイヤモンドに特徴的な光学欠陥ですが、天然ダイヤモンドにも稀に存在します。この光学欠陥はフォトルミネッセンス分析によって、737nmに発光として検出されます。

 

ホウ素

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置換型のホウ素原子によると考えられている光学欠陥です。ホウ素を含むダイヤモンドは一般的にIIb型ダイヤモンドとして知られており、通常、青色の色因となります。最近の無色のHPHT合成石にもしばしば見られます。FT–IRにおいて2803cm–1に吸収として検出されます。

 

水素

水素が存在することによる光学欠陥で、構造については知られていませんが、この光学欠陥は黄色、紫色の原因となることがあります。FT–IRにおいて複数の吸収が見られますが、3107cm–1が良く知られています。

 

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cm–1について

光は波動(波)と粒子の性質の2つをあわせ持ちます。「cm–1」は波の波長を表す単位の1つです。一般的に「カイザー」と読み、1cmの間に何個の波があるか、というものを表す単位です。波の波長を表すために、ここでは「nm(ナノメートル;1mの10億分の1、すなわち0.0000000001m)」も使用します。例えば1000cm–1は10000nmに相当します。なお、人間が見ることができる光の波長は360nm〜830nmくらいで、これをcm–1に変換すると約12000cm–1~28000cm–1に相当します。◆

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IGC35 参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2018年1月PDFNo.42

リサーチ室 江森 健太郎

去る2017年10月8日~10月15日、ナミビアのウィントフックにて第35回国際宝石学会(International Gemmological Conference, IGC)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者が出席し、本会議における口頭発表を行いました。以下に概要を報告致します。

 

ナミビアに広がるナミブ砂漠
ナミビアに広がるナミブ砂漠

 

ナミビアの地図
ナミビアの地図

 

◆国際宝石学会(IGC)とは

国際宝石学会(以下IGC)は国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されます。この会議は1952年にドイツで第1回会議が開かれてから、今年で35回目の開催となります。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では2〜3年に1回ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されています。
IGCは他の一般的な学会とは異なり、今もなおクローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate)とオブザーバー(Observer)で構成されます。オブザーバーは国際的に活躍するジェモロジストでエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)もしくはデレゲートの推薦によりIGCの会議に招待されます。デレゲートはオブザーバーとして3回以上IGC会議に出席し、優れた発表がなされたとエグゼクティブコミッティに推薦されたものが昇格します。デレゲートは原則的に各国1〜2名、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。なお、IGCにおいては、1989年のイタリアで行われた本会議で下記のルールが決められています。

 

1.主たる目的は、宝石学に関する情報の交換である。
2.宝石学がすべてのトピックのプラットフォームであり、主要なテーマである。
3.すべての会議への出席は、会議幹事及び執行委員会がしかるべき場所で決定した招待状が必要である。
4.すべてのデレゲート(各国の代表者)は論文を提出しなければならないが、これは必須ではない。
5.すべてのデレゲート(各国の代表者)はIGCのミーティングにおいて英語による書面ないしは口頭によるプレゼンテーションを行っている必要がある。
6.会議は主要な目的を最優先にし、この目的の希薄化 / 混乱を避けなければならない。守らなければ真の地位または信頼性のない空白の組織になる可能性がある。
7.商業的な活動は最小限に抑える必要があり、どのようなスポンサーシップも避けなければならない。

 

このようなメンバー制は排他的な一面がある一方、メンバーたちの互いに尊重しあう格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。
今回の第35回IGC会議では、メンバー(デレゲート)とオブザーバー、そしてゲストを合わせて約80名が会議に出席しました。日本からは弊社技術者(筆者)以外に、デレゲートとしてDr. Ahmadjan Abdriyimと古屋正貴氏、ゲストとして大久保洋子氏、玉内朱美氏が会議に出席しました。

 

ウィントフックの街並み
ウィントフックの街並み

 

◆開催地

開催国であるナミビア共和国は当初ドイツ(一部イギリス)が植民地とし、植民地時代の名称は南西アフリカでした。第一次世界大戦後、南アフリカ連邦の委任統治下に置かれましたが、第二次世界大戦後の国際連盟解散を機に国際法上違法な併合が行われました。その後、1966年にナミビア独立戦争がはじまり、1990年に独立を達成しました。言語は政府機関等の公式的な場、標識、ビジネス、文書は公用語である英語が使用されていますが、日常会話はアフリカーンス語が共通語として最も広く使われています。
また、開催地のウィントフック(Windhoek、アフリカーンス語で「風の曲がり角」の意)はナミビア共和国のほぼ中央に位置し、標高1657mの高地にある同国の首都です。人口は約43万人(2017年3月)で、ナミビア共和国の商業、工業の中心地です。中世ドイツ風の建物が現存し、清潔できれいな街並みとなっています。

 

◆第35回国際会議

今回のIGCは、過去のIGCと同様Pre–Conference Tour(10/8(日)〜10/11(水))、本会議(10/11(水)〜10/15(日))、Post–Conference Tour(10/16(月)〜10/19(木))の3本立てで行われました。本会議前後のConference Tourは開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地・博物館を訪れます。筆者は本会議とPre–Conference Tourに参加しました。

 

◆Pre–Conference Tour

10/8(日)~10/11(水)の4日間、Pre–Conference Tour(会議前の巡検)に参加しました。

初日8日、28名の参加者はウィントフックからチャーターしたセスナ3機でナミビアと南アフリカの国境傍のOranjemund(オランジェムンド)空港へ、そして空港からバスでロッジに移動しました。

 

宿泊したロッジから見える風景。オレンジ川にかかる橋を超えると南アフリカ
宿泊したロッジから見える風景。オレンジ川にかかる橋を超えると南アフリカ

 

オレンジ川の河口を意味するOranjemundはナミビアの最南西の町です。この町はオレンジ川の北岸でダイヤモンドが発見されたのを受けて1936年に造られました。この町にはナミビアの鉱山エネルギー省(Ministry of Mines and Energy)が発行した許可証がなければ近づくことすらできません。我々ツアー参加者は、Oranjemundそして9日に訪れたNANDEBのダイヤモンドの鉱山を訪問する許可を得るために犯罪経歴証明書の提出を必要としました。このために必要な犯罪経歴証明書の取得は、通常の犯罪経歴証明書とは異なり、特別発給という手順を踏まなければいけません。日本人の場合、ナミビアの鉱山エネルギー省(Ministry of Mines and Energy)からの招待状を外務省に提出し、発給まで2ヶ月を要しました。犯罪経歴証明書の提出後、ナミビアの鉱山エネルギー省の審査を経て、入場が認められます。

 

9日、バスに乗りNANDEBのダイヤモンド鉱山へと向かいました。NANDEBのダイヤモンド鉱山は非常に厳重な警備が敷かれています。入退場には指紋の採取を行う他、厳しいセキュリティチェックがあり、デジタル機器(カメラ含む)、金属類は一切持ち込み禁止でした。ナミビアのダイヤモンド鉱山については下記点線内をご参照下さい。

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ナミビアのダイヤモンド

ダイヤモンドは非常に高い温度と圧力下で地球の上部マントルに形成されます。キンバーライトのマグマが深い割れ目を通り地表に向かい進む途中、ダイヤモンドを捕獲することがあります。そのマグマが噴火し冷却した後、ダイヤモンドを含むキンバーライトパイプを形成します。アフリカ内部の奥地でそのキンバーライトは主に雨による風化によって浸食され、オレンジ川によって大西洋に運ばれ、海岸に堆積しました。
1867年初期、南アフリカのオレンジ川沿いにあるホープタウンの小さな集落の近く、ボーア人の農民ダニエル・ヤコブの土地で、南アフリカで初となるダイヤモンドが発見されています。ナミビアでは、1863年に海岸沿いで探鉱が行われ、1908年にZacharia Lewalaという鉄道作業員がダイヤモンドを発見、ナミビアで大規模なダイヤモンドラッシュが始まりました。1911 年、ナミビアでダイヤモンド採掘の法令が制定され、禁制領域が宣言されました。

1920年、アーネスト・オッペンハイマー卿がConsolidated Diamond Mines of South West Africa(以下CDM)を設立し、ダイヤモンド採掘を中心とする町Oranjemund(オランジェムンド)が1936年に造られました。この町はナミビアのダイヤモンド鉱区1とオレンジ川の鉱山を管轄しています。なお、このCDMは1929年にDe Beers(デ・ビアス)に吸収され、1994年まではDe Beersの完全出資でした。
1994年、CDMとナミビア共和国政府との間に協定が結ばれ、Namdeb Diamond Corporation(Pty)Limited(以下Namdeb)が設立されました。Namdebはナミビア共和国政府とDe Beersが折半で出資をしています。De Beersグループのこれまでのナミビアの採掘免許や関連権利に代わり、ナミビア独立後の鉱山法律制定に基づいて整理統合された協約が制定されています。
ダイヤモンドを採掘する方法は大きく分けて3つで、露天採掘、地下採掘、沖積採掘があります。露天採掘は、ダイヤモンドを含むキンバーライトパイプが地表に出ている場所で露天掘りを行う手法、地下採掘は地下に存在するキンバーライトパイプを直接採掘する方法です。ナミビアでは沖積採掘が行なわれており、キンバーライトが風化や浸食により河川に流れ出し、流域の砂礫(砂利)の中に堆積した沖積鉱床から採掘を行っています。沿岸や海洋から砂と土を取り除き、その中からダイヤモンドを見つける作業を行います。(ダイヤモンドの採掘方法についての詳細は、CGLが運営するダイヤモンドミュージアムwebサイトhttps://www.cgl.co.jp/museum/中のコンテンツ「ダイヤモンドの誕生」に掲載されています)
Namdebは世界を代表するダイヤモンド沖積採掘企業で、覆っている地表を取り除いてからダイヤモンドを抽出する作業を行っています。まず、表土(ダイヤモンドを含む表面の物質、砂や礫岩等様々)をブルドーザーや掘削機で掘削作業を行います。この表土は厚さ40mになることもあります。表土の一番下には岩盤があり、その上に川によって運ばれたダイヤモンドが堆積しています。岩盤の上にこびりついた堆積物は作業員がコンテナタイプの真空掃除機で回収します。回収されたものは、処理工場に運ばれ、150mm未満の小片にされます。重液選鉱の作業でダイヤモンドを含んだ濃縮物を得ます。濃縮物は工場に運ばれたうちの約1%相当で、その後中央回収プラントに運ばれ、ダイヤモンドを得ます。
Namdebは複数のダイヤモンド鉱山の採掘ライセンスを取得しています。鉱区1、Bogenfels、Elizabeth Bayでの採掘ライセンスの対象地域はオレンジ川からナミビアの北部Lüderitz (リューデリッツ)で、大西洋沖5.5kmから内陸部20〜35kmまでに渡ります。

 

NANDEBのダイヤモンド鉱区 (100 years of diamond production annual review 2007, NANDEBより)
NANDEBのダイヤモンド鉱区
(100 years of diamond production annual review 2007, NANDEBより)

 

2007年、デ・ビアスとナミビア共和国政府はナミビアDTC(NDTC)を設立、NDTCはナミビアの製造業者にダイヤモンドを供給しています。2007年、NDTCは2011年に終了する3年半の契約期間の間に未研磨ダイヤモンドを受け取る11社を指名し、10月下旬に最初の配分がありました。このプロジェクトはナミビアのダイヤモンド収入をナミビアの関連産業に創出し拡大するためのもので、この計画は2009年までにナミビアのGDPの約5%に相当する3億ドル相当の未研磨ダイヤモンドを現地のダイヤモンド製造者に供給することでした。
なお、長年に渡りダイヤモンド製造者は繰り返し損失を報告しているため、現地での研磨に不適当なダイヤモンドをインドや中国等ほかの国に輸出する権限が与えられています。今日もNDTCは11の製造業者にダイヤモンド原石を供給し続けています。
Kimberley Processによると、ナミビアは年間10億ドル相当の年間ダイヤモンド生産量を誇り、世界で6番目に大きなダイヤモンド鉱山国ですが、産出量は年々低下しているそうです。

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リューデリッツの港町
リューデリッツの港町

 

NANDEBのダイヤモンド鉱山を見学後、再びチャーターしたセスナ機3機とバスでLüderitz(リューデリッツ、以下リューデリッツ)へ移動します。リューデリッツは大西洋に面した港町です。1883年、ドイツ人商人アドルフ・リューデリッツの代理人であるハインリヒ・フォーゲルザングが周辺と土地をナマクア族から購入し、街が作られました。1908年にリューデリッツでダイヤモンドが発見され、大きく発展しましたが、現在はリューデリッツ以外での採掘が盛んになり、ダイヤモンド関係で得たものの多くを失っています。港は海底が非常に浅いため、海運業も他の町(ウォルビスベイ)に移ってしまいましたが、最近新しい埠頭や旅行客を取り込むための町が再整備されました。また、アール・ヌーヴォーなど植民地時代の建築が残っています。
10日、バスに乗り、リューデリッツから2、3km内部にあるKolmanskop(コールマンスコップ)へ向かいました。コールマンスコップはゴーストタウンであり人気の観光スポットです。リューデリッツでダイヤモンドが発見されてから発展し、ナミビアの砂漠の過酷な環境の中で働く労働者たちの休息の地となっていただけでなく、ダイヤモンド取引所等も整備されていました。しかし、第2次世界大戦後、ダイヤモンドの価格が暴落し、衰退した結果、1956年に無人になりました。現在は、砂の中に半ば埋もれてしまった家の中を見学することができます。

 

砂漠に埋もれた町コールマンスコップ1
砂漠に埋もれた町コールマンスコップ1

 

砂漠に埋もれた町コールマンスコップ2
砂漠に埋もれた町コールマンスコップ2

 

多くの建物が砂漠の砂に飲み込まれている
多くの建物が砂漠の砂に飲み込まれている

 

ボウリング場跡
ボウリング場跡

 

Consolidated Diamond Mines of South West Africa跡
Consolidated Diamond Mines of South West Africa跡

 

 

コールマンスコップを視察した後、リューデリッツの海岸のビューポイントや観光名所であるGoerke Haus、Felsenkircheを周りました。リューデリッツはその海岸が美しいことで知られており、また、1900年代初頭の建築物も残っています。Georke HausはリューデリッツのDiamond Hill(ダイヤモンドヒル)に1910年に建造された贅沢な物件の1つであり、また、Felsenkircheも同じくダイヤモンドヒルに1912年代に建造された教会でステンドグラスが美しいことで有名です。

 

リューデリッツ海岸沿いの湿地。Namdebはナミビアの環境保護に大きく協力しており、ナミビアの各所でNamdebのロゴマークを見ることができる
リューデリッツ海岸沿いの湿地。Namdebはナミビアの環境保護に大きく協力しており、ナミビアの各所でNamdebのロゴマークを見ることができる

 

リューデリッツの浜辺
リューデリッツの浜辺

 

よく見ると貝殻で敷き詰められていることがわかる
よく見ると貝殻で敷き詰められていることがわかる

 

Goerke Hausの外観(左)と一室(右)。Goerke HausはHans Goerke中尉の家で建築家Otto Ertlによって1910年にリューデリッツのダイヤモンドヒルに建設されました。当時、この建物はリューデリッツで最も贅沢な物件の1つであり、当時の建築の様式等を見ることができた
Goerke Hausの外観。Goerke HausはHans Goerke中尉の家で、建築家 Otto Ertlによって1910年にリューデリッツのダイヤモンドヒルに建設されました。当時、この建物はリューデリッツで最も贅沢な物件の1つであり、当時の建築の様式等を見ることができた

 

 

Goerke Hausの外観(左)と一室(右)。Goerke HausはHans Goerke中尉の家で建築家Otto Ertlによって1910年にリューデリッツのダイヤモンドヒルに建設されました。当時、この建物はリューデリッツで最も贅沢な物件の1つであり、当時の建築の様式等を見ることができた
Goerke Hausの一室

 

Felsenkirche の外観(左)と祭壇(右)。ダイヤモンドヒルの高台に立つ教会。Albert Bauseが1911年後半に着工開始、1912年に完成。Albert Bauseがケープタウンで見たビクトリア朝の建物の影響を受けている。祭壇の上にあるステンドグラスのパネルはKaiser Wilhelm2世によって寄贈され、聖書はKaiser Wilhelm2世の妻からの贈り物
Felsenkirche の外観。ダイヤモンドヒルの高台に立つ教会。Albert Bauseが1911年後半に着工開始、1912年に完成。Albert Bauseがケープタウンで見たビクトリア朝の建物の影響を受けている。

 

Felsenkirche の外観(左)と祭壇(右)。ダイヤモンドヒルの高台に立つ教会。Albert Bauseが1911年後半に着工開始、1912年に完成。Albert Bauseがケープタウンで見たビクトリア朝の建物の影響を受けている。祭壇の上にあるステンドグラスのパネルはKaiser Wilhelm2世によって寄贈され、聖書はKaiser Wilhelm2世の妻からの贈り物
Felsenkirche の祭壇。祭壇の上にあるステンドグラスのパネルはKaiser Wilhelm2世によって寄贈され、聖書はKaiser Wilhelm2世の妻からの贈り物

 

Pre–Conference Tour最終日の11日(水)、リューデリッツからセスナ機に乗り、Sossusvley(ソッサスブレイ)へ向かいました。ソッサスブレイはナミブ砂漠にある砂丘群です。ナミブ砂漠は、約8000年前に生まれた世界で最も古い砂漠であると考えられており、南北約1300km、東西約50〜160km、面積は約50000km²に渡り、これは九州の面積の約1.4倍に相当します。

 

ソッサスブレイにある砂丘上から撮影したナミブ砂漠。広大な砂漠を感じ取ることができる
ソッサスブレイにある砂丘上から撮影したナミブ砂漠。広大な砂漠を感じ取ることができる

 

ソッサスブレイで撮影したオリックス。ソッサスブレイでは野生のオリックスの他、ダチョウ等を見ることができた
ソッサスブレイで撮影したオリックス。ソッサスブレイでは野生のオリックスの他、ダチョウ等を見ることができた

 

 

大西洋を北上する寒流ベンゲラ海流の影響で、ドラケンスバーグ山脈からオレンジ川を流れ出た砂が海岸で強風により内陸に押し返されて形成した典型的な西岸砂漠です。2013年の第37回世界遺産委員会でUNESCOの世界遺産リストに加えられました。なお、ナミブ砂漠の「ナミブ」はナミビアの主要民族であるサン族の言葉で「何もない」という意味です。ツアー参加者は3台のジープに分かれ、広大なナミブ砂漠のソッサスブレイをドライブし、巨大な砂丘を登ったり、野生動物を見たりすることができました。
ソッサスブレイの次はSesriem(セスリウム)渓谷に行きました。セスリウム渓谷は1500万年かけて水の浸食でできた渓谷であり、長さ1km、深さは30mもあります。渓谷と名前がついていますが、水は枯れており、雨季にのみ水が流れるとのことです。

 

砂漠の下に広がるセスリウム渓谷
砂漠の下に広がるセスリウム渓谷

 

セスリウム渓谷内部
セスリウム渓谷内部

 

 

参加者はナミブ砂漠を観光した後、セスナに乗りウィントフックの本会議が開催されるホテル「Safari Court Hotel」へと向かい、Pre–Conference Tourは終了しました。

 

◆本会議

本会議の初日11日(水)19:00よりウェルカムレセプションパーティーが開催されました。各国から集まった旧友たちが2年ぶりに再会し、お互いの健康や研究成果をたたえあい、旧交を深めます。

 

会場の1つとなったSafari Court Hotel
会場の1つとなったSafari Court Hotel

 

翌日12日(木)からの本会議はSafari Hotelにて朝9時からのオープニングセレモニーで始まりました。

 

オープニングセレモニーの様子
オープニングセレモニーの様子

 

まず、主催者であり、IGC35の議長を務めるDr. Ulrich Henn(German Gemmological Association)が開会宣言を行い、引き続き、Dr. Jayshree Panjikarが挨拶をされました。その後、ナミビアでのオーガナイザーであり、地質学者のAndreas G. Palfi氏、Ministry of Mines and Energy of Namibiaの次官であるHon. Kornelia Shilunga氏、Chamber of Mines of NamibiaのChief Executive OfficerであるVeston Malango氏が祝辞を述べました。   会場を埋めた参加者達は次第に気持ちが引き締まり、緊張感が高まります。45分のセレモニーが終了すると、招待講演がはじまります。今回の招待講演はGabi Schneider氏(Namibian Uranium Association)が「 The History of Diamond Mining in Namibia 」、 続いてAndreas Palfi氏が「Colour and Ornamental Stones of Namibia」という題で発表を行いました。招待講演の後、昼食をはさんで一般講演が始まりました。

一般講演は12日〜15日と4日間に渡り行われました。各講演は質疑応答を含め各20分で行われ、計35題が発表されました。うち、ナミビアと南アフリカの宝石が4題、コランダム8題、ダイヤモンド5題、真珠3題、スピネル2題、エメラルド1題、トルマリン1題、ガーネット1題、アメシスト1題、トルコ石1題、こはく1題、アンモライト1題、コーディエライト1題、ひすい1題、産地1題、分析技術1題、イミテーション1題、用語関係1題でした。弊社リサーチ室からは、筆者が「Synthetic Diamonds Having Features Similar to Natural Diamonds(第一著者は弊社リサーチ室室長北脇裕士)」「Identification of Natural and Synthetic Amethyst Using Multivariate Analysis」の2題発表を行いました。また、一般講演期間中は講演会場前がポスターセッション会場となっており、13件のポスター発表が行われていました。

 

ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

IGC35で行われたすべての一般講演、ポスター発表の講演要旨については、2018年1月現在International Gemmo-
logical Conferenceのwebサイト:
http://www.igc-gemmology.org/
よりダウンロード可能となっております。

 

一般講演開催期間の12日〜14日の間、会場に併設された会場でIndustry Growth Strategy(IGS) for the Gemstone and Jewellery Industry of Namibia主催による、「Exhibition and sale of Namibian minerals and gemstones by small–scale miners, gemstone auction, Namibian jewellery exhibition」というナミビアで産出された様々な鉱石、宝石の即売会、オークションが行われており、ナミビア産の貴重なサンプルを入手することができました。

 

Exhibition and sale of Namibian minerals and gemstones by small–scale miners, gemstone auction, Namibian jewellery exhibitionの様子1
Exhibition and sale of Namibian minerals and gemstones by small–scale miners, gemstone auction, Namibian jewellery exhibitionの様子1

 

Exhibition and sale of Namibian minerals and gemstones by small–scale miners, gemstone auction, Namibian jewellery exhibitionの様子2
Exhibition and sale of Namibian minerals and gemstones by small–scale miners, gemstone auction, Namibian jewellery exhibitionの様子2

 

最後に、会議の最終日15日の閉会式において、次回のIGC36の開催地はフランスのナントであることが決定しました。

 

次回開催地フランスへの引き継ぎ式(写真提供Roman Serov)
次回開催地フランスへの引き継ぎ式(写真提供Roman Serov)

 

国際宝石学会は、世界的に著名なジェモロジストが参加し、交流を深めることができます。この交流によって各国の状況や生の声を聞くことができます。また、今回はPost Conference Tourには参加しませんでしたが、カンファレンス前後のツアーでは宝石を研究する上で必要な原産地視察を行うことができ、貴重な体験となります。中央宝石研究所はこれからもこのような国際会議に積極的に参加し、情報を仕入れるよう努めていく予定です。◆

 

IGC35の参加者一同
IGC35の参加者一同

1st. Seoul International Jewelry Conferenceに参加して

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2018年1月PDFNo.42

リサーチ室 北脇 裕士

去る 2017年10月20日(金)に表題の学術会議が韓国ソウル市のSeoul Donhwamun Traditional Theaterで開催されました。筆者は演者として招待され、カラーダイヤモンドの色起源に関する講演を行いました。以下に本会議の概要をご報告致します。

 

図1:世界遺産に登録される昌徳宮の正面にある敦化門
図1:世界遺産に登録される昌徳宮の正面にある敦化門

 

図2:会場周辺の地図
図2:会場周辺の地図

 

Seoul International Jewelry Conferenceとは

Seoul International Jewelry Conferenceは、 Seoul Jewelry Industry Support Center(SJC)(https://www.seouljewelry.or.kr/eng/main/main.do)とソウルジュエリー振興財団が共催する学術会議で、本会が第1回目となります。
ソウル特別市、(社)韓国貴金属宝石団体長協議会、Wolgokジュエリー産業研究所、韓国ダイヤモンドプロモーションセンター、GIA韓国、(株)KDT Holdings、(株)ダビスダイヤモンド、鍾路貴金属生活安全協議会、(社)韓国貴金属販売業中央会、(社)韓国貴金属宝石デザイン協会、(社)韓国宝石協会、韓国ジュエリー製造協議会、EunYoungSa、ジュエリー新聞、貴金属経済新聞など、公的機関を含めた多くの業界団体および企業が後援しており、まさに韓国のジュエリー業界の総力を結集した学術会議といえそうです。
端緒となる今回の会議では「ダイヤモンド市場の挑戦と未来」をテーマに、海外からの3人の招待者と主催者による計4題の講演が行われました。加えて、ソウル市の宝石鑑別機関などによる4件のポスター発表もありました。

 

Seoul Donhwamun Traditional Theater

今回の本会議の会場となったSeoul Donhwamun Traditional Theater(http://sdttor.kr/user/)は、ユネスコ世界遺産にも指定されている昌徳宮に隣接しています。その昌徳宮の顔ともいえる敦化門の名前を冠してDonhwamun(敦化門)Traditional Theaterと命名されています。
ソウル市が土地を買い取り、国楽専門公演場として造成し、現在の世宗文化会館が委託運営しています。伝統韓屋と現代建築様式が混在した会場は、自然な音で国楽を鑑賞することができる屋内会場と野外公演のための国楽庭で構成されており、観客が演奏者と一緒に呼吸し、私たちの伝統の趣を簡単に体験することができます。

 

図3:会場となったSeoul Donhwamun Traditional Theater
図3:会場となったSeoul Donhwamun Traditional Theater

 

図4:会場内の様子
図4:会場内の様子

 

本会議プログラム

本会議に先立って、ソウルジュエリー振興財団のKim JongMok理事長が、「ダイヤモンドをテーマとして各国の専門家たちを招待し、海外市場の現状及び事例を共有すると共に韓国ジュエリー市場とソウルジュエリーセンターの役割を議論する場を準備しました。今回の会議が国内のダイヤモンド市場が必要とする情報を共有すると共にこれからの方向性を一緒に考えてみる足掛かりになることを望みます。」と力強く開会の挨拶をされました。
本会議の講演は以下の順番と持ち時間で行われ、招待講演者は各国の言語でスピーチし、韓国語に通訳されました。

 

講演1 『ファンシーカラー・ダイヤモンド –ナチュラルカラーと処理石』:80分
日本CGL / Kitawaki Hiroshi
講演2 『Evolution of the Hong Kong diamond market in the past 70 years and its role in
China’s diamond industry and market development-past, present and future』:70分
香港 DFHK / Lawrence Ma
講演3 『Developments in Man-Made Gem Diamonds and their Detection』:70分
米国GIA / Ulrika D’Haenens-Johansson
講演4 『韓国ダイヤモンド市場の現状とSJCの役割』:30分
韓国SJC / Lee YoungChu

 

筆者は、ファンシーカラー・ダイヤモンドについての講演を行いました。主催者からの意向もあって、各色カラーダイヤモンドの色起源についての詳細と、処理石の現状について解説しました。CGLでは2016年の1年間で検査したカラーダイヤモンドのおよそ10%が処理されたものでした。処理のうちわけは照射処理とHPHT処理がほぼ同じ半数ずつで、ごく一部にマルチプロセス(複合処理)が見られました。照射処理石の色の内訳はブルー系が56.7%と最も多く、ついでイエロー18.1%、グリーン17.3%でした。HPHT処理ではグリーン系がもっとも多く87.9%でした。これはⅠ型の褐色を処理したもので、さまざまな商業名をつけて販売されています。Ⅱ型の褐色を処理して無色、ピンク、ブルーにしたものは5.2%ありました。そして、これらのHPHT処理の色変化について、筆者の処理前後の実験結果を紹介しました。
Diamond Federation of Hong KongのLawrence Ma氏は、過去70年の香港におけるダイヤモンド市場の発展と中国におけるその役割について講演されました。1980年代の香港市場では研磨済みダイヤモンドの輸入金額は10億米ドルでしたが、2003年には43億米ドル、2016年には174億米ドルに飛躍しています。また、同年の輸出金額は134億ドルで、そのほとんどは中国本土との取引です。2016年のファインジュエリーの輸入金額は126億米ドル、輸出金額は62億米ドルでした。2002年と2006年には税制も変更され、より貿易の活性化が見られるようになったとのことでした。

 

図5:Diamond Federation of Hong KongのLawrence Ma氏による講演
図5:Diamond Federation of Hong KongのLawrence Ma氏による講演

 

GIAのUlrika D’Haenens–Johansson氏は、合成ダイヤモンドの発展とその鑑別について講演されました。GIAのムンバイラボにおいて、323個のメレサイズのロットのうち101個がCVD合成であったことが冒頭に紹介され、市場への流入について警鐘をならしました。HPHT合成では最大で15.32ctのカット石が存在する一方で多量のメレサイズのダイヤモンドが問題となっています。GIAのニューヨーク、カールスバッド、バンコク、香港、東京、ムンバイのすべてのラボにおいてメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドを確認しています。すなわち全世界的な広がりを示しているということです。年間に数千万個のメレサイズの天然ダイヤモンドが生産されており、ジュエリーウォッチなどに利用されています。これらに合成ダイヤモンドが混入していることが予想され、その識別が極めて重要となります。合成ダイヤモンドの鑑別には標準的な宝石学的検査に加え、分光学的手法が役立ちます。紫外 – 可視分光、FTIR、フォトルミネッセンス分析、EPRなどです。GIAではメレサイズのダイヤモンドのスクリーニング(粗選別)検査のサービスを開始しており、セッティングされたメレダイヤモンドの検査が可能なポータブルな装置を開発し、市販する予定です。

 

図6:GIAのUlrika D’Haenens-Johansson氏による講演
図6:GIAのUlrika D’Haenens-Johansson氏による講演

 

SJCのLee YoungChu氏は、今回の会議を主催するSeoul Jewelry Industry Support Center(SJC)と(財)ソウルジュエリー振興財団についての紹介を行いました。そして韓国ジュエリー市場の規模、国内ジュエリー企業の数、専従者の数などを紹介されました。続いて韓国のダイヤモンド市場について、特に合成ダイヤモンドに関する紹介を行いました。

 

図7:SJCのLee YoungChu氏による講演
図7:SJCのLee YoungChu氏による講演

 

4人のそれぞれの講演の後には活発な質疑応答があり、韓国の宝飾関係者の熱意が感じられました。すべての講演が終了した後、Kim JongMok理事長から海外の招待者に記念品が授与され、敬意を表していただきました。

 

図8:招待講演者への記念品贈呈(左はソウルジュエリー振興財団のKim JongMok理事長)
図8:招待講演者への記念品贈呈(左はソウルジュエリー振興財団のKim JongMok理事長)

 

◆ポスター発表

『Current market situation and identification of synthetic diamonds』
Hanmi Gemological Institute, Kim YoungChool, Choi HyunMin, Park HeeYul

『Photoluminescence characteristic of atomic level defects in natural diamonds』
Hanmi Gemological Institute, Choi HyunMin, Kim YoungChool

『Identification of diamonds by GLIS-3000 instrument』
Mirae Gemological Institute, Koo ChangSik

『Marketablity of Jewelry Diamond in Korea』
Korea Diamond Promotion Center, Lee MyungJin, Choi SuMin, Kim YoungA, Oh JiHyun

 

ポスター発表は上記の4つがありました。昼休憩の時間を利用して、Seoul Donhwamun Traditional Theaterの誇る美しい中庭に張り出されました。韓国の主だった鑑別機関による合成ダイヤモンドの鑑別手法や韓国ダイヤモンドプロモーションサービスによる市場報告がなされていました。

 

図9:中庭におけるポスター発表の様子
図9:中庭におけるポスター発表の様子

 

図10:関係者による記念写真
図10:関係者による記念写真

 

Seoul International Jewelry Conferenceは今回が第1回目です。主催したSeoul Jewelry Industry Support Center(SJC)も2015年に設立されたばかりです。韓国ではダイヤモンドの団体認定制度も開始されており、ダイヤモンド業界のさらなる発展に向かう確かな歩みが感じられました。◆

キヤノンオプトロン社製合成蛍石について

PDFファイルはこちらから2017年11月PDFNo.41

リサーチ室 江森  健太郎

 

キヤノンオプトロン社製合成蛍石

2016年6月3日〜7日に開催された東京ミネラル協会主催の東京国際ミネラルフェア(於:ハイアット・リージェンシー東京/小田急第一生命ビル1F スペースセブンイベント会場他)にて、キヤノンオプトロン社製人工蛍石が販売されました。(本稿では以下合成蛍石と記述します。)販売されていた商品は劈開片(劈開を利用して八面体に加工したもの)とチップであり、紫外線蛍光が強いものや、照射する紫外線の波長によって異なる蛍光を呈するもの、太陽光・蛍光灯下でカラーチェンジするタイプのものがあります(写真1、2参照)。キヤノンオプトロン株式会社開発部部長大場点氏によると、従来、合成蛍石はレンズ用素材として開発、使用されていましたが、2年前より合成蛍石を他の用途に展開できないかと各方面に持ち込み、東京サイエンスで販売することが決定したそうです。

 

蛍光灯下での撮影
蛍光灯下での撮影

 

長波紫外線下での撮影
長波紫外線下での撮影

 

短波紫外線下での撮影
短波紫外線下での撮影

 

写真2–1:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石
写真2–1:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石

 

写真2–2:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石
写真2–2:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石

 

キヤノンオプトロン社について

1968年、キヤノン株式会社がカメラ用レンズの開発に成功、1969年に世界ではじめて人工蛍石レンズを搭載したカメラを販売しました。キヤノンオプトロン株式会社(写真3、4)は一眼レフカメラ用の人工蛍石レンズの量産を目的とし、キヤノン株式会社の子会社として1974年株式会社オプトロンとして設立されました。2001年に現在本社を置く茨城県結城市に移転、2004年にキヤノンオプトロン株式会社と社名変更しました。光学薄膜をメインとし、真空蒸着材料、光学結晶を開発・製造販売しています。光学結晶では、合成蛍石レンズの結晶製造、研磨、蒸着までを一貫して生産しています。

 

写真3:茨城県結城市のキヤノンオプトロン株式会社
写真3:茨城県結城市のキヤノンオプトロン株式会社本社

 

写真4:展示されている合成蛍石の大小様々な劈開片と社名盤。ブラックライトの照射で蛍光していることがわかる
写真4:展示されている合成蛍石の大小様々な劈開片と社名盤。ブラックライトの照射で蛍光していることがわかる

 

蛍石のレンズとしての役割

合成蛍石は、天体望遠鏡や望遠カメラ等の高級レンズに使用されています。通常のガラス素材を使ったレンズは色収差という問題が生じ、色のにじみが発生します。この色収差は光の分散の小さい凸レンズと分散の大きな凹レンズを組み合わせることで解決するのですが、焦点付近を調べると赤と青の焦点は合いますが、緑はずれたままになるという欠点が生じます。この凸レンズをガラス素材のレンズから蛍石のレンズに変えることで緑色の焦点のズレを大幅に軽減可能です。蛍石は屈折率が小さく、分散が低い、そして広範囲の波長を透過するため、赤・緑・青の波長の焦点を高精度で合わせることが可能になります(図1参照)。

 

図1:蛍石レンズを用いた色収差解消について
図1:蛍石レンズを用いた色収差解消について

 

蛍石の合成について

キヤノンオプトロン社製の合成蛍石は、天然蛍石を原料とし、結晶引き下げ法で合成されます。結晶引き下げ法(ブリッジマン法)は結晶引き上げ法と対になる手法で、結晶引き上げ法(チョコラルスキー法)で作られる宝飾用合成石にはクレサンベールの合成ルビー等があります。結晶引き上げ法と結晶引き下げ法について図2に示します。結晶引き下げ法の手順は、まず(1)るつぼに蛍石(粉末)を入れヒーターの熱で融解、融液を作り、(2)るつぼを少しずつ引き下げます。(3)引き下げた部分はヒーターにより熱されていない状態なので結晶化がはじまります。(4)引き下げを続けることで、融液は次々と結晶となり、蛍石の結晶が生成されます。

 

図2:結晶引き上げ法と引き下げ法のイメージ図
図2:結晶引き上げ法と引き下げ法のイメージ図

 

結晶引き下げ法のメリットは、まず第1に「るつぼの形通りに結晶ができる」ことです。合成蛍石の製造は、上述した通り、光学レンズ用にスタートしています。るつぼの形通りに結晶ができるということは、生成物の直径を制御可能という大きなメリットが生まれます。また、蛍石は結晶引き上げ法でも製造できます。引き上げ法の方が低転位のもの(原子レベルの欠陥が少ない)が合成可能なので半導体材料等には向いていますが、レンズ用の蛍石結晶は引き上げ法を用いて作らなければならないほど低転位のものを要さないこと、引き上げ法は常時観察が必要であるといった理由もあります。また、真空で生成しないと蛍石(CaF2)のフッ素(F)と水蒸気(H2O)の水素(H)が反応しフッ化水素(HF)が生成してしまう危険があり、こういった理由で結晶引き下げ法が採用されています。

レンズ品質の合成蛍石を生成するために、必要なことは不純物を除去することです。天然の蛍石を原料として使用していることから蛍石の主元素であるカルシウム(Ca)とフッ素(F)以外の不純物を含むため、除去が必要になります。不純物の除去にはスカベンジャーと呼ばれる成分を入れます。合成蛍石を生成する際、使用するスカベンジャーは別の種類のフッ化物を使用します。通常、PbF2といったものがよく知られていますが、キヤノンオプトロン社では鉛フリーで生成するため、ZnF2を使用しています。スカベンジャーは不純物元素と反応し、気化します。真空中で生成、真空引きを常時行っているため、反応物は外に出ていくことになります。一番除去したい不純物は、H2Oで、H2Oは蛍石の主成分であるカルシウム(Ca)と反応し酸化カルシウム(CaO)を生成し、この成分が存在すると蛍石が曇ってしまいます。なお、このスカベンジャーを用いて、希土類元素(Rare Earth Elements)の除去は行えません。希土類元素の除去が行えないことで、合成蛍石に希土類を添加し、様々な性質を付加することができます。ここでいう様々な性質とは、紫外線を当てた際の発光色や、光源の違いによるカラーチェンジといったものです。また添加する希土類の種類によって劈開の出やすさも変わります。

 

写真5:今回お話を伺ったキヤノンオプトロン株式会社の大場点氏(中央)、河目直之氏(左)、金氏正一郎氏(右)
写真5:今回お話を伺ったキヤノンオプトロン株式会社の大場点氏(中央)、河目直之氏(左)、金氏正一郎氏(右)

 

結晶引き下げ法で合成された合成蛍石は、内部に歪みを持っているため、「歪み抜き」という作業を行わなければなりません。これは、蛍石の融点(約1400℃)以下の温度でアニーリングするものであり、アニーリングすることでレンズ品質の合成蛍石ができあがります。
キヤノンオプトロンは2005年にハーバード大学のプロジェクトで370mmもの直径のレンズを発注され、5年がかりで12枚のレンズを作成したそうです。蛍石のレンズを使用すると、通常のレンズよりもはるか遠い100億光年までの天体地図を作成することができ、このレンズ1枚の成長に1ヶ月、仮アニール、精密アニールにそれぞれ1ヶ月も要したとのことです。

 

写真6:キヤノンオプトロン株式会社内に展示されている巨大な蛍石レンズ
写真6:キヤノンオプトロン株式会社内に展示されている巨大な蛍石レンズ

 

宝飾品としての合成蛍石
蛍石は硬度4しかないため、非常に柔らかく、また劈開性が強いため、一般の宝飾品に適用することは難しいです。キヤノンオプトロン社では、従来用いられているレンズ素材の他、特殊な蛍光(照射する波長によって発光の色が変わる等)の特性を生かし、時計やバッグ等、ブランド品の偽造防止といった用途を提案しています。

なお、今回ご紹介した合成蛍石は株式会社東京サイエンスで取り扱っています。東京国際ミネラルフェア東京サイエンスブース他、東京サイエンス新宿ショールーム、通信販売(東京サイエンスwebサイト:http://www.tokyo-science.co.jp/、「園芸JAPAN増刊号ミネラ」等)で購入することが可能です。◆

株式会社東京サイエンス新宿ショールーム
東京都新宿区新宿3–17–7 ( TEL:03 – 3354 – 0131, 大代表)
営業時間AM10:00 〜 PM9:00
東京国際ミネラルフェアwebサイト
http://tima.co.jp/

日本鉱物科学会2017年年会・総会参加報告

PDFファイルはこちらから2017年11月PDFNo.41

リサーチ室 江森  健太郎

去る9月12日(火)から14日(木)までの3日間、愛媛大学城北キャンパスにて日本鉱物科学会の2017年年会・総会が行われました。弊社からは2名の技術者が参加し、それぞれ発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

 

愛媛県松山市のシンボル、松山城
愛媛県松山市のシンボル、松山城

 

松山城天守閣から見た松山市内。眼下に愛媛大学城北キャンパスが見える
松山城天守閣から見た松山市内。眼下に愛媛大学城北キャンパスが見える

 

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に、一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びとなり、(1)社会的及び学術界における信頼性の向上、(2)責任明確化による法的安定、(3)学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体として活動していくことになりました。2017年会・総会は、一般社団法人としてはじめての年会・総会になります。

 

日本鉱物科学会2014年年会・総会

愛媛大学は1949年に愛媛県内の旧制高校・専門学校計4校を母体として成立、現在7学部、6研究科を設置、城北、樽味、持田、重信の4キャンパスがあります。「学生中心の大学」「地域とともに輝く大学」「世界とつながる大学」の3つの理念を柱とし、2004年に「愛媛大学憲章」が定められています。今回、年会・総会が行われた城北キャンパスは太平洋戦争末期の沖縄防衛戦で最後まで奮闘し、全員が戦死した旧日本陸軍第22連隊の跡地でしたが、戦後愛媛大学の教育学部が設置され、その後他の学部が移転してきました。

 

地理的には松山城の北側に城北キャンパスがあります。交通手段としてはJR松山駅から伊予鉄道で20分程度かかりますが、本数も多く、アクセスは容易です。
今回の年会では、4件の受賞講演、11件のセッションで127件の口頭発表、72件のポスター発表が行われ、243名が参加しました。

 

総会の会場となった愛媛大学南加記念ホール
総会の会場となった愛媛大学南加記念ホール

 

1日目、12日(火)の午前9時より愛媛大学南加記念ホールにて総会が行われました。総会は上にも記した通り、一般社団法人化後はじめての総会となり、各種事業報告の他、研究の奨励及び業績の表彰式が行われました。総会のあとに受賞講演が行われ、平成28年度鉱物科学会賞第16回受賞者の愛媛大学大藤弘明氏、同第17回受賞者の京都大学川本竜彦氏、平成28年度鉱物科学会研究奨励賞第21回受賞者の愛媛大学境毅氏、同第22回受賞者の秋田大学越後卓也氏による講演がありました。また、同時進行でポスターセッションが開催されていました。受賞講演後はポスターセッションのコアタイムに指定され、ポスター発表者による説明、質疑応答、議論等が活発に行われていました。ポスター発表は学会開催期間3日間を通して行われており、3日間ともコアタイムは沢山の人で賑わっていました。また、午後14時からは「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」「変成岩とテクトニクス」「地球表層・環境・生命」が行われました。「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」で東京ジェムサイエンスの阿依アヒマディ氏が「日本産ジェダイト:歴史と特徴、および他の産地との比較」という宝石学より見た日本の国石である「ひすい」についての発表がありました。

 

日本鉱物科学会総会の様子
日本鉱物科学会総会の様子

 

ポスターセッション コアタイムの様子
ポスターセッション コアタイムの様子

 

2日目、13日(水)午前9時より「鉱物記載・分析評価」「放射光X線と中性子線の鉱物科学への応用」「岩石 ― 水相互作用」「地球外物質」のセッションがあり、弊社研究者は「鉱物記載・分析評価」のセッションで「多変量解析を用いた宝石鑑別」「HPHT法黄色合成ダイヤモンドの事前照射を含むHPHT処理による光学欠陥の変化」の2件の講演を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への関心の強さを感じ取ることができました。
3日目午前9時より「高圧科学・地球深部」「深成岩・火山岩及びサブダクションファクトリー」「火成作用に関する物質科学の新展開」「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションが行われ、午後3時半よりクロージングセレモニーが行われ、2017年日本鉱物科学会年会・総会は終了しました。

 

毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加、聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は9月19日 〜 21、山形大学小白川キャンパスで開催されます。◆

天然と誤認し易い特徴を示す合成ダイヤモンド2種

Adobe_PDF_file_icon_32x322017年9月PDFNo.40

リサーチ室 北脇  裕士、江森  健太郎、久永  美生、山本  正博

合成ダイヤモンドの鑑別には、標準的な宝石学的検査に加えてFTIR、フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの技術が必要である。本報告では、最近CGLにおいて検査された天然と誤認し易い特徴を示す2種類の合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴は、合成ダイヤモンドの鑑別に関して新たな警鐘になると思われる。

 

1.背景

宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、HPHT法合成ダイヤモンドでは10ct以上(文献1)、CVD法合成ダイヤモンドにおいても5ct以上のものの報告(文献2)がなされている。一方、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入は業界の大きな懸念材料となっている(文献3、文献4)。
合成ダイヤモンドの鑑別には、宝石顕微鏡下における拡大検査、紫外線蛍光検査、歪複屈折の観察などの標準的な手法が不可欠であるが、多くの場合フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの分析が必要である。
本報告では、①拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色のCVD合成ダイヤモンドと ②FTIR分析においてB2センタ(プレートレット)とC–H関連ピークを示す黄色HPHT合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴はこれだけをみると天然と誤認しやすいもので、他の分析を併用した総合的な鑑別が不可欠である。

 

2.試料と分析方法

試料は、最近CGLにグレーディング依頼で持ち込まれた2種類のファンシーカラー・ダイヤモンドである。これらは別々の顧客から持ち込まれたもので合成ダイヤモンドの可能性については開示されていなかった。1つは1.027ct, Fancy Dark Brown, VS1で検査の結果CVD合成と判断された(図1)。

 

図1:天然と同様の色調を示す褐色のCVD合成ダイヤモンド(赤丸検査石)。1.027ct, Fancy Dark Brown,VS1
図1:天然と同様の色調を示す褐色のCVD合成ダイヤモンド(赤丸検査石)。1.027ct, Fancy Dark Brown,VS1

 

もう1つは0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1で検査の結果、HPHT合成と判断されたものである(図2)。

 

図2:黄色HPHT 合成ダイヤモンド。0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1
図2:黄色HPHT 合成ダイヤモンド。0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1

 

これらに対して標準的な宝石学的検査に加えてラボラトリーの技法による分析を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400㎝–1、分解能は4.0㎝–1および1.0㎝–1でそれぞれ512回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm、514nm、488nmおよび325nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。

 

3.結果と考察

① 拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色CVD合成ダイヤモンド

天然の褐色ダイヤモンドの多くは塑性変形に由来して形成する色帯、いわゆるBrown grainingを伴っている。これらは{111}面に平行で、たいていカットされたダイヤモンド全体に及んでいる。Brown grainingは1方向の場合もあるが、2方向あるいは3方向と交差していることも多い(文献5)。
ただし、今回検査を行った1.027ct, Fancy Dark Brownのダイヤモンドは1方向のみに複数の明瞭な褐色の色帯が見られた(図3)。

 

図3:褐色CVD合成ダイヤモンドに見られた1方向のみの明瞭な褐色の色帯
図3:褐色CVD合成ダイヤモンドに見られた1方向のみの明瞭な褐色の色帯

 

Fancy Dark Brownというボディ・カラーとこのBrown grainingの存在により、初期の検査においては天然ダイヤモンドを思わせた(図1)。しかし、天然褐色ダイヤモンドであれば、Brown grainingに沿って交差偏光下で高次の干渉色を示す歪複屈折が認められるが、検査石にはgrainingに平行な1次干渉色の歪とそれに垂直方向に伸びる歪複屈折が認められた(図4)。この歪複屈折はCVD合成に特有のもので種結晶から派生する。その発生メカニズムの概略を図5に示す。

 

図4:褐色の色帯とそれに対してほぼ垂直に伸びる歪複屈折が見られる(交差偏光+拡散反射光)
図4:褐色の色帯とそれに対してほぼ垂直に伸びる歪複屈折が見られる(交差偏光+拡散反射光)

 

図5:褐色CVD合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。CVD合成特有のピークが多数見られる
図5:褐色CVD合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。CVD合成特有のピークが多数見られる

 

FTIR分析においては7352, 6854, 6425, 5565cm–1に一連のピークが検出された。これらのピークはCVD合成に特有のもので格子間水素あるいは空孔に捕獲された水素に関連すると考えられている(文献6、文献7、文献8)。また、3400~2700 cm–1にはNVH0に起因する3123 cm–1(文献9)とその他多数のCH関連ピークが検出された(図6)。

 

図6:褐色CVD合成ダイヤモンドの514nmレーザー(緑色)と633nmレーザー(赤色)によるPLスペクトル
図6:褐色CVD合成ダイヤモンドの514nmレーザー(緑色)と633nmレーザー(赤色)によるPLスペクトル

 

PL分析においては488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークと493, 501.7, 512.1, 523.6, 524.4, 523.2nmに弱いピークが認められた。その他にラマンスペクトルの1560cm–1に相当するGバンドが検出された(図は示していない)。このピークは無色のCVD合成には見られないもので、非ダイヤモンド状炭素に由来するものと思われる(文献8)。
514nmレーザーでは、非常に強い574.9nm(NV0)と637.0nm(NV)が認められ、未処理のCVD合成の特徴とされる596.4nmと597.0nmの弱いダブレット(文献6、文献8)が検出された。また595.3nmのピークも検出された(図7)。
CVD合成ダイヤモンドの鑑別特徴とされる737nm(SiV)のピーク(文献6、文献8)は、514nmレーザーにおいても633nmレーザーにおいても検出されなかった(図7)。

 

図7:褐色CVD合成ダイヤモンドの歪複屈折(左)とその発生メカニズムの概略(右)
図7:褐色CVD合成ダイヤモンドの歪複屈折(左)とその発生メカニズムの概略(右)

 

833nmレーザーでは、853.2, 855.1, 861.4, 863.9, 865.8, 866.8nmの一連のピーク、878.3nmピークおよび884.4, 885.9, 886.9, 887.9nmの一連のピークが認められた。また、917.4, 938.5, 945.7, 949.8nmのピークが検出された(図は示していない)。   DiamondView™による観察では、全体にNVセンタ由来のオレンジ色の発光色が見られ、CVD合成特有の曲線的な線模様(文献8)も確認された。
以上の検査結果から、当該石はCVD合成ダイヤモンドであり、成長後にHPHT処理が施されていないAs grownの可能性が高い。褐色の直線性色帯は天然ダイヤモンドと同様な塑性変形に由来するものではなく、種結晶の方位{100}に平行な成長時の不均一性(非ダイヤモンド状炭素やvacancy clustersの集積の相違)に由来すると考えられる。

 

②FTIR分析においてB2センタを示す黄色HPHT合成ダイヤモンド
商業的に製造される黄色のHPHT合成ダイヤモンドはⅠb型で置換型単原子窒素を200ppm程度含有している(文献10)。通常より高温で製造されるか、あるいは製造後にHPHT処理が施されることでⅠb+ⅠaA型になることは良く知られている(文献11)。
いっぽう、今回検査した0.066ct, Fancy Vivid YellowのダイヤモンドはFTIR分析にてCセンタ(1344 cm–1)とAセンタ(1280cm–1)に加えてBセンタ(1332 cm–1、1175 cm–1)とB2センタ:プレートレット(1370 cm–1)が検出された。トータルの窒素濃度を計算すると700ppmに及んでいた。また、3107 cm–1にC–H関連ピークが認められた(図8)。B2センタと3107 cm–1の存在は、天然起源の可能性を思わせた。しかし、BおよびB2センタとCセンタの共存は、天然ダイヤモンドあるいは合成ダイヤモンドに施されるHPHT処理の疑いがもたれた。

 

図8:黄色HPHT合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。B2センタ(プレートレット)と3107 cm–1のCH関連ピークが検出された
図8:黄色HPHT合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。B2センタ(プレートレット)と3107 cm–1のCH関連ピークが検出された

 

PL分析においては325nmレーザーで励起した場合、明瞭な415.2nm(H3)が検出された。また、361, 379, 389nmの弱いピークが検出された(図9)。これらのうち、389nmと付随する379nmピークは、ディスロケーションが集中する部位に照射を施した際に発生することが知られている(文献12)。 488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークが検出され、514nmレーザーでは523.8, 542.9, 544.5, 560.9, 561.7, 579.3, 580.7nmの一連のピークが検出された(図10)。これらはCoに関連したもので、1500℃以上でHPHT処理が施されたときに出現するといわれている(文献13)。
633 nmレーザーで励起した場合、728.9, 735.3, 736.7, 793.4, 815.4, 816.8, 834.7, 852.2, 869.1nmの多数のピークに加えて非常に明瞭な992.6nm(Co–related)ピーク(文献14)が検出された(図10)。

 

図9:黄色HPHT合成ダイヤモンドの325nmレーザーによるPLスペクトル
図9:黄色HPHT合成ダイヤモンドの325nmレーザーによるPLスペクトル

 

図10:黄色HPHT合成ダイヤモンドの488nmレーザー(青色)と633nmレーザー(黄色)によるPLスペクトル
図10:黄色HPHT合成ダイヤモンドの488nmレーザー(青色)と633nmレーザー(黄色)によるPLスペクトル

 

拡大検査においてピンポイント状の微小インクルージョンと金属様インクルージョンが見られた(図2右)。DiamondView™による観察ではHPHT合成特有のセクターゾーニングが観察され、金属inc.の周辺に種結晶があったことが推測される(図11左)。また、DiamondView™の画像とPL分析による992.6nmの発光ピークの強度マッピングと重ね合わせると、ちょうど種結晶の付近の強度が強いことがわかる(図11右)。結晶開始時期の成長環境が不安定な時期に溶媒金属のCoが取り込まれたと考えられる。

 

図11:黄色HPHT合成ダイヤモンドのDiamondView™像と633nmレーザーによるPLスペクトル
図11:黄色HPHT合成ダイヤモンドのDiamondView™像と633nmレーザーによるPLスペクトル

 

置換型単原子は高濃度になるほど凝集しやすく、また、HPHT処理の事前に照射を施すことでさらに凝集が促進すると考えられている(文献15)。今回の検査石ではAセンタからBセンタが形成する過程、あるいはN3が形成する過程で格子間炭素が形成され、プレートレットが形成したものと思われる。また、N3と格子間水素が結合して3107センタが形成したものと考えられる。
以上の検査結果から、当該石はCoを溶媒に用いたHPHT合成ダイヤモンドであり、成長後に放射線照射とHPHT処理が施されたHIH: HPHT growth/ Irradiation/ HPHT treatment(文献16)と 結論付けられる。

 

4.まとめ

宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、そのバリエーションは多岐にわたる。①褐色ダイヤモンドの石全体にわたる直線的な1方向のみの色帯はCVD合成の可能性もあり、天然の確定的な診断特徴とはならない。②黄色ダイヤモンドにおけるB2センタ(プレートレット)や3107 cm–1のCH関連ピークはHPHT合成にも検出されるため、天然起源の確定はできない(無色ダイヤモンドにおけるB2センタは今なお天然起源の根拠となる)。他の検査手法も用いた総合的な判断が重要である。

 

5.謝辞

325nmレーザーによるPL分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士にご協力いただいた。つくばエキスポセンターの神田久生博士には光学中心についてご討論いただいた。ここに謝意を表する。◆

 

6.文献
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