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1st. Seoul International Jewelry Conferenceに参加して

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2018年1月PDFNo.42

リサーチ室 北脇 裕士

去る 2017年10月20日(金)に表題の学術会議が韓国ソウル市のSeoul Donhwamun Traditional Theaterで開催されました。筆者は演者として招待され、カラーダイヤモンドの色起源に関する講演を行いました。以下に本会議の概要をご報告致します。

 

図1:世界遺産に登録される昌徳宮の正面にある敦化門
図1:世界遺産に登録される昌徳宮の正面にある敦化門

 

図2:会場周辺の地図
図2:会場周辺の地図

 

Seoul International Jewelry Conferenceとは

Seoul International Jewelry Conferenceは、 Seoul Jewelry Industry Support Center(SJC)(https://www.seouljewelry.or.kr/eng/main/main.do)とソウルジュエリー振興財団が共催する学術会議で、本会が第1回目となります。
ソウル特別市、(社)韓国貴金属宝石団体長協議会、Wolgokジュエリー産業研究所、韓国ダイヤモンドプロモーションセンター、GIA韓国、(株)KDT Holdings、(株)ダビスダイヤモンド、鍾路貴金属生活安全協議会、(社)韓国貴金属販売業中央会、(社)韓国貴金属宝石デザイン協会、(社)韓国宝石協会、韓国ジュエリー製造協議会、EunYoungSa、ジュエリー新聞、貴金属経済新聞など、公的機関を含めた多くの業界団体および企業が後援しており、まさに韓国のジュエリー業界の総力を結集した学術会議といえそうです。
端緒となる今回の会議では「ダイヤモンド市場の挑戦と未来」をテーマに、海外からの3人の招待者と主催者による計4題の講演が行われました。加えて、ソウル市の宝石鑑別機関などによる4件のポスター発表もありました。

 

Seoul Donhwamun Traditional Theater

今回の本会議の会場となったSeoul Donhwamun Traditional Theater(http://sdttor.kr/user/)は、ユネスコ世界遺産にも指定されている昌徳宮に隣接しています。その昌徳宮の顔ともいえる敦化門の名前を冠してDonhwamun(敦化門)Traditional Theaterと命名されています。
ソウル市が土地を買い取り、国楽専門公演場として造成し、現在の世宗文化会館が委託運営しています。伝統韓屋と現代建築様式が混在した会場は、自然な音で国楽を鑑賞することができる屋内会場と野外公演のための国楽庭で構成されており、観客が演奏者と一緒に呼吸し、私たちの伝統の趣を簡単に体験することができます。

 

図3:会場となったSeoul Donhwamun Traditional Theater
図3:会場となったSeoul Donhwamun Traditional Theater

 

図4:会場内の様子
図4:会場内の様子

 

本会議プログラム

本会議に先立って、ソウルジュエリー振興財団のKim JongMok理事長が、「ダイヤモンドをテーマとして各国の専門家たちを招待し、海外市場の現状及び事例を共有すると共に韓国ジュエリー市場とソウルジュエリーセンターの役割を議論する場を準備しました。今回の会議が国内のダイヤモンド市場が必要とする情報を共有すると共にこれからの方向性を一緒に考えてみる足掛かりになることを望みます。」と力強く開会の挨拶をされました。
本会議の講演は以下の順番と持ち時間で行われ、招待講演者は各国の言語でスピーチし、韓国語に通訳されました。

 

講演1 『ファンシーカラー・ダイヤモンド –ナチュラルカラーと処理石』:80分
日本CGL / Kitawaki Hiroshi
講演2 『Evolution of the Hong Kong diamond market in the past 70 years and its role in
China’s diamond industry and market development-past, present and future』:70分
香港 DFHK / Lawrence Ma
講演3 『Developments in Man-Made Gem Diamonds and their Detection』:70分
米国GIA / Ulrika D’Haenens-Johansson
講演4 『韓国ダイヤモンド市場の現状とSJCの役割』:30分
韓国SJC / Lee YoungChu

 

筆者は、ファンシーカラー・ダイヤモンドについての講演を行いました。主催者からの意向もあって、各色カラーダイヤモンドの色起源についての詳細と、処理石の現状について解説しました。CGLでは2016年の1年間で検査したカラーダイヤモンドのおよそ10%が処理されたものでした。処理のうちわけは照射処理とHPHT処理がほぼ同じ半数ずつで、ごく一部にマルチプロセス(複合処理)が見られました。照射処理石の色の内訳はブルー系が56.7%と最も多く、ついでイエロー18.1%、グリーン17.3%でした。HPHT処理ではグリーン系がもっとも多く87.9%でした。これはⅠ型の褐色を処理したもので、さまざまな商業名をつけて販売されています。Ⅱ型の褐色を処理して無色、ピンク、ブルーにしたものは5.2%ありました。そして、これらのHPHT処理の色変化について、筆者の処理前後の実験結果を紹介しました。
Diamond Federation of Hong KongのLawrence Ma氏は、過去70年の香港におけるダイヤモンド市場の発展と中国におけるその役割について講演されました。1980年代の香港市場では研磨済みダイヤモンドの輸入金額は10億米ドルでしたが、2003年には43億米ドル、2016年には174億米ドルに飛躍しています。また、同年の輸出金額は134億ドルで、そのほとんどは中国本土との取引です。2016年のファインジュエリーの輸入金額は126億米ドル、輸出金額は62億米ドルでした。2002年と2006年には税制も変更され、より貿易の活性化が見られるようになったとのことでした。

 

図5:Diamond Federation of Hong KongのLawrence Ma氏による講演
図5:Diamond Federation of Hong KongのLawrence Ma氏による講演

 

GIAのUlrika D’Haenens–Johansson氏は、合成ダイヤモンドの発展とその鑑別について講演されました。GIAのムンバイラボにおいて、323個のメレサイズのロットのうち101個がCVD合成であったことが冒頭に紹介され、市場への流入について警鐘をならしました。HPHT合成では最大で15.32ctのカット石が存在する一方で多量のメレサイズのダイヤモンドが問題となっています。GIAのニューヨーク、カールスバッド、バンコク、香港、東京、ムンバイのすべてのラボにおいてメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドを確認しています。すなわち全世界的な広がりを示しているということです。年間に数千万個のメレサイズの天然ダイヤモンドが生産されており、ジュエリーウォッチなどに利用されています。これらに合成ダイヤモンドが混入していることが予想され、その識別が極めて重要となります。合成ダイヤモンドの鑑別には標準的な宝石学的検査に加え、分光学的手法が役立ちます。紫外 – 可視分光、FTIR、フォトルミネッセンス分析、EPRなどです。GIAではメレサイズのダイヤモンドのスクリーニング(粗選別)検査のサービスを開始しており、セッティングされたメレダイヤモンドの検査が可能なポータブルな装置を開発し、市販する予定です。

 

図6:GIAのUlrika D’Haenens-Johansson氏による講演
図6:GIAのUlrika D’Haenens-Johansson氏による講演

 

SJCのLee YoungChu氏は、今回の会議を主催するSeoul Jewelry Industry Support Center(SJC)と(財)ソウルジュエリー振興財団についての紹介を行いました。そして韓国ジュエリー市場の規模、国内ジュエリー企業の数、専従者の数などを紹介されました。続いて韓国のダイヤモンド市場について、特に合成ダイヤモンドに関する紹介を行いました。

 

図7:SJCのLee YoungChu氏による講演
図7:SJCのLee YoungChu氏による講演

 

4人のそれぞれの講演の後には活発な質疑応答があり、韓国の宝飾関係者の熱意が感じられました。すべての講演が終了した後、Kim JongMok理事長から海外の招待者に記念品が授与され、敬意を表していただきました。

 

図8:招待講演者への記念品贈呈(左はソウルジュエリー振興財団のKim JongMok理事長)
図8:招待講演者への記念品贈呈(左はソウルジュエリー振興財団のKim JongMok理事長)

 

◆ポスター発表

『Current market situation and identification of synthetic diamonds』
Hanmi Gemological Institute, Kim YoungChool, Choi HyunMin, Park HeeYul

『Photoluminescence characteristic of atomic level defects in natural diamonds』
Hanmi Gemological Institute, Choi HyunMin, Kim YoungChool

『Identification of diamonds by GLIS-3000 instrument』
Mirae Gemological Institute, Koo ChangSik

『Marketablity of Jewelry Diamond in Korea』
Korea Diamond Promotion Center, Lee MyungJin, Choi SuMin, Kim YoungA, Oh JiHyun

 

ポスター発表は上記の4つがありました。昼休憩の時間を利用して、Seoul Donhwamun Traditional Theaterの誇る美しい中庭に張り出されました。韓国の主だった鑑別機関による合成ダイヤモンドの鑑別手法や韓国ダイヤモンドプロモーションサービスによる市場報告がなされていました。

 

図9:中庭におけるポスター発表の様子
図9:中庭におけるポスター発表の様子

 

図10:関係者による記念写真
図10:関係者による記念写真

 

Seoul International Jewelry Conferenceは今回が第1回目です。主催したSeoul Jewelry Industry Support Center(SJC)も2015年に設立されたばかりです。韓国ではダイヤモンドの団体認定制度も開始されており、ダイヤモンド業界のさらなる発展に向かう確かな歩みが感じられました。◆

キヤノンオプトロン社製合成蛍石について

PDFファイルはこちらから2017年11月PDFNo.41

リサーチ室 江森  健太郎

 

キヤノンオプトロン社製合成蛍石

2016年6月3日〜7日に開催された東京ミネラル協会主催の東京国際ミネラルフェア(於:ハイアット・リージェンシー東京/小田急第一生命ビル1F スペースセブンイベント会場他)にて、キヤノンオプトロン社製人工蛍石が販売されました。(本稿では以下合成蛍石と記述します。)販売されていた商品は劈開片(劈開を利用して八面体に加工したもの)とチップであり、紫外線蛍光が強いものや、照射する紫外線の波長によって異なる蛍光を呈するもの、太陽光・蛍光灯下でカラーチェンジするタイプのものがあります(写真1、2参照)。キヤノンオプトロン株式会社開発部部長大場点氏によると、従来、合成蛍石はレンズ用素材として開発、使用されていましたが、2年前より合成蛍石を他の用途に展開できないかと各方面に持ち込み、東京サイエンスで販売することが決定したそうです。

 

蛍光灯下での撮影
蛍光灯下での撮影

 

長波紫外線下での撮影
長波紫外線下での撮影

 

短波紫外線下での撮影
短波紫外線下での撮影

 

写真2–1:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石
写真2–1:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石

 

写真2–2:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石
写真2–2:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石

 

キヤノンオプトロン社について

1968年、キヤノン株式会社がカメラ用レンズの開発に成功、1969年に世界ではじめて人工蛍石レンズを搭載したカメラを販売しました。キヤノンオプトロン株式会社(写真3、4)は一眼レフカメラ用の人工蛍石レンズの量産を目的とし、キヤノン株式会社の子会社として1974年株式会社オプトロンとして設立されました。2001年に現在本社を置く茨城県結城市に移転、2004年にキヤノンオプトロン株式会社と社名変更しました。光学薄膜をメインとし、真空蒸着材料、光学結晶を開発・製造販売しています。光学結晶では、合成蛍石レンズの結晶製造、研磨、蒸着までを一貫して生産しています。

 

写真3:茨城県結城市のキヤノンオプトロン株式会社
写真3:茨城県結城市のキヤノンオプトロン株式会社本社

 

写真4:展示されている合成蛍石の大小様々な劈開片と社名盤。ブラックライトの照射で蛍光していることがわかる
写真4:展示されている合成蛍石の大小様々な劈開片と社名盤。ブラックライトの照射で蛍光していることがわかる

 

蛍石のレンズとしての役割

合成蛍石は、天体望遠鏡や望遠カメラ等の高級レンズに使用されています。通常のガラス素材を使ったレンズは色収差という問題が生じ、色のにじみが発生します。この色収差は光の分散の小さい凸レンズと分散の大きな凹レンズを組み合わせることで解決するのですが、焦点付近を調べると赤と青の焦点は合いますが、緑はずれたままになるという欠点が生じます。この凸レンズをガラス素材のレンズから蛍石のレンズに変えることで緑色の焦点のズレを大幅に軽減可能です。蛍石は屈折率が小さく、分散が低い、そして広範囲の波長を透過するため、赤・緑・青の波長の焦点を高精度で合わせることが可能になります(図1参照)。

 

図1:蛍石レンズを用いた色収差解消について
図1:蛍石レンズを用いた色収差解消について

 

蛍石の合成について

キヤノンオプトロン社製の合成蛍石は、天然蛍石を原料とし、結晶引き下げ法で合成されます。結晶引き下げ法(ブリッジマン法)は結晶引き上げ法と対になる手法で、結晶引き上げ法(チョコラルスキー法)で作られる宝飾用合成石にはクレサンベールの合成ルビー等があります。結晶引き上げ法と結晶引き下げ法について図2に示します。結晶引き下げ法の手順は、まず(1)るつぼに蛍石(粉末)を入れヒーターの熱で融解、融液を作り、(2)るつぼを少しずつ引き下げます。(3)引き下げた部分はヒーターにより熱されていない状態なので結晶化がはじまります。(4)引き下げを続けることで、融液は次々と結晶となり、蛍石の結晶が生成されます。

 

図2:結晶引き上げ法と引き下げ法のイメージ図
図2:結晶引き上げ法と引き下げ法のイメージ図

 

結晶引き下げ法のメリットは、まず第1に「るつぼの形通りに結晶ができる」ことです。合成蛍石の製造は、上述した通り、光学レンズ用にスタートしています。るつぼの形通りに結晶ができるということは、生成物の直径を制御可能という大きなメリットが生まれます。また、蛍石は結晶引き上げ法でも製造できます。引き上げ法の方が低転位のもの(原子レベルの欠陥が少ない)が合成可能なので半導体材料等には向いていますが、レンズ用の蛍石結晶は引き上げ法を用いて作らなければならないほど低転位のものを要さないこと、引き上げ法は常時観察が必要であるといった理由もあります。また、真空で生成しないと蛍石(CaF2)のフッ素(F)と水蒸気(H2O)の水素(H)が反応しフッ化水素(HF)が生成してしまう危険があり、こういった理由で結晶引き下げ法が採用されています。

レンズ品質の合成蛍石を生成するために、必要なことは不純物を除去することです。天然の蛍石を原料として使用していることから蛍石の主元素であるカルシウム(Ca)とフッ素(F)以外の不純物を含むため、除去が必要になります。不純物の除去にはスカベンジャーと呼ばれる成分を入れます。合成蛍石を生成する際、使用するスカベンジャーは別の種類のフッ化物を使用します。通常、PbF2といったものがよく知られていますが、キヤノンオプトロン社では鉛フリーで生成するため、ZnF2を使用しています。スカベンジャーは不純物元素と反応し、気化します。真空中で生成、真空引きを常時行っているため、反応物は外に出ていくことになります。一番除去したい不純物は、H2Oで、H2Oは蛍石の主成分であるカルシウム(Ca)と反応し酸化カルシウム(CaO)を生成し、この成分が存在すると蛍石が曇ってしまいます。なお、このスカベンジャーを用いて、希土類元素(Rare Earth Elements)の除去は行えません。希土類元素の除去が行えないことで、合成蛍石に希土類を添加し、様々な性質を付加することができます。ここでいう様々な性質とは、紫外線を当てた際の発光色や、光源の違いによるカラーチェンジといったものです。また添加する希土類の種類によって劈開の出やすさも変わります。

 

写真5:今回お話を伺ったキヤノンオプトロン株式会社の大場点氏(中央)、河目直之氏(左)、金氏正一郎氏(右)
写真5:今回お話を伺ったキヤノンオプトロン株式会社の大場点氏(中央)、河目直之氏(左)、金氏正一郎氏(右)

 

結晶引き下げ法で合成された合成蛍石は、内部に歪みを持っているため、「歪み抜き」という作業を行わなければなりません。これは、蛍石の融点(約1400℃)以下の温度でアニーリングするものであり、アニーリングすることでレンズ品質の合成蛍石ができあがります。
キヤノンオプトロンは2005年にハーバード大学のプロジェクトで370mmもの直径のレンズを発注され、5年がかりで12枚のレンズを作成したそうです。蛍石のレンズを使用すると、通常のレンズよりもはるか遠い100億光年までの天体地図を作成することができ、このレンズ1枚の成長に1ヶ月、仮アニール、精密アニールにそれぞれ1ヶ月も要したとのことです。

 

写真6:キヤノンオプトロン株式会社内に展示されている巨大な蛍石レンズ
写真6:キヤノンオプトロン株式会社内に展示されている巨大な蛍石レンズ

 

宝飾品としての合成蛍石
蛍石は硬度4しかないため、非常に柔らかく、また劈開性が強いため、一般の宝飾品に適用することは難しいです。キヤノンオプトロン社では、従来用いられているレンズ素材の他、特殊な蛍光(照射する波長によって発光の色が変わる等)の特性を生かし、時計やバッグ等、ブランド品の偽造防止といった用途を提案しています。

なお、今回ご紹介した合成蛍石は株式会社東京サイエンスで取り扱っています。東京国際ミネラルフェア東京サイエンスブース他、東京サイエンス新宿ショールーム、通信販売(東京サイエンスwebサイト:http://www.tokyo-science.co.jp/、「園芸JAPAN増刊号ミネラ」等)で購入することが可能です。◆

株式会社東京サイエンス新宿ショールーム
東京都新宿区新宿3–17–7 ( TEL:03 – 3354 – 0131, 大代表)
営業時間AM10:00 〜 PM9:00
東京国際ミネラルフェアwebサイト
http://tima.co.jp/

日本鉱物科学会2017年年会・総会参加報告

PDFファイルはこちらから2017年11月PDFNo.41

リサーチ室 江森  健太郎

去る9月12日(火)から14日(木)までの3日間、愛媛大学城北キャンパスにて日本鉱物科学会の2017年年会・総会が行われました。弊社からは2名の技術者が参加し、それぞれ発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

 

愛媛県松山市のシンボル、松山城
愛媛県松山市のシンボル、松山城

 

松山城天守閣から見た松山市内。眼下に愛媛大学城北キャンパスが見える
松山城天守閣から見た松山市内。眼下に愛媛大学城北キャンパスが見える

 

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に、一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びとなり、(1)社会的及び学術界における信頼性の向上、(2)責任明確化による法的安定、(3)学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体として活動していくことになりました。2017年会・総会は、一般社団法人としてはじめての年会・総会になります。

 

日本鉱物科学会2014年年会・総会

愛媛大学は1949年に愛媛県内の旧制高校・専門学校計4校を母体として成立、現在7学部、6研究科を設置、城北、樽味、持田、重信の4キャンパスがあります。「学生中心の大学」「地域とともに輝く大学」「世界とつながる大学」の3つの理念を柱とし、2004年に「愛媛大学憲章」が定められています。今回、年会・総会が行われた城北キャンパスは太平洋戦争末期の沖縄防衛戦で最後まで奮闘し、全員が戦死した旧日本陸軍第22連隊の跡地でしたが、戦後愛媛大学の教育学部が設置され、その後他の学部が移転してきました。

 

地理的には松山城の北側に城北キャンパスがあります。交通手段としてはJR松山駅から伊予鉄道で20分程度かかりますが、本数も多く、アクセスは容易です。
今回の年会では、4件の受賞講演、11件のセッションで127件の口頭発表、72件のポスター発表が行われ、243名が参加しました。

 

総会の会場となった愛媛大学南加記念ホール
総会の会場となった愛媛大学南加記念ホール

 

1日目、12日(火)の午前9時より愛媛大学南加記念ホールにて総会が行われました。総会は上にも記した通り、一般社団法人化後はじめての総会となり、各種事業報告の他、研究の奨励及び業績の表彰式が行われました。総会のあとに受賞講演が行われ、平成28年度鉱物科学会賞第16回受賞者の愛媛大学大藤弘明氏、同第17回受賞者の京都大学川本竜彦氏、平成28年度鉱物科学会研究奨励賞第21回受賞者の愛媛大学境毅氏、同第22回受賞者の秋田大学越後卓也氏による講演がありました。また、同時進行でポスターセッションが開催されていました。受賞講演後はポスターセッションのコアタイムに指定され、ポスター発表者による説明、質疑応答、議論等が活発に行われていました。ポスター発表は学会開催期間3日間を通して行われており、3日間ともコアタイムは沢山の人で賑わっていました。また、午後14時からは「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」「変成岩とテクトニクス」「地球表層・環境・生命」が行われました。「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」で東京ジェムサイエンスの阿依アヒマディ氏が「日本産ジェダイト:歴史と特徴、および他の産地との比較」という宝石学より見た日本の国石である「ひすい」についての発表がありました。

 

日本鉱物科学会総会の様子
日本鉱物科学会総会の様子

 

ポスターセッション コアタイムの様子
ポスターセッション コアタイムの様子

 

2日目、13日(水)午前9時より「鉱物記載・分析評価」「放射光X線と中性子線の鉱物科学への応用」「岩石 ― 水相互作用」「地球外物質」のセッションがあり、弊社研究者は「鉱物記載・分析評価」のセッションで「多変量解析を用いた宝石鑑別」「HPHT法黄色合成ダイヤモンドの事前照射を含むHPHT処理による光学欠陥の変化」の2件の講演を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への関心の強さを感じ取ることができました。
3日目午前9時より「高圧科学・地球深部」「深成岩・火山岩及びサブダクションファクトリー」「火成作用に関する物質科学の新展開」「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションが行われ、午後3時半よりクロージングセレモニーが行われ、2017年日本鉱物科学会年会・総会は終了しました。

 

毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加、聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は9月19日 〜 21、山形大学小白川キャンパスで開催されます。◆

天然と誤認し易い特徴を示す合成ダイヤモンド2種

Adobe_PDF_file_icon_32x322017年9月PDFNo.40

リサーチ室 北脇  裕士、江森  健太郎、久永  美生、山本  正博

合成ダイヤモンドの鑑別には、標準的な宝石学的検査に加えてFTIR、フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの技術が必要である。本報告では、最近CGLにおいて検査された天然と誤認し易い特徴を示す2種類の合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴は、合成ダイヤモンドの鑑別に関して新たな警鐘になると思われる。

 

1.背景

宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、HPHT法合成ダイヤモンドでは10ct以上(文献1)、CVD法合成ダイヤモンドにおいても5ct以上のものの報告(文献2)がなされている。一方、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入は業界の大きな懸念材料となっている(文献3、文献4)。
合成ダイヤモンドの鑑別には、宝石顕微鏡下における拡大検査、紫外線蛍光検査、歪複屈折の観察などの標準的な手法が不可欠であるが、多くの場合フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの分析が必要である。
本報告では、①拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色のCVD合成ダイヤモンドと ②FTIR分析においてB2センタ(プレートレット)とC–H関連ピークを示す黄色HPHT合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴はこれだけをみると天然と誤認しやすいもので、他の分析を併用した総合的な鑑別が不可欠である。

 

2.試料と分析方法

試料は、最近CGLにグレーディング依頼で持ち込まれた2種類のファンシーカラー・ダイヤモンドである。これらは別々の顧客から持ち込まれたもので合成ダイヤモンドの可能性については開示されていなかった。1つは1.027ct, Fancy Dark Brown, VS1で検査の結果CVD合成と判断された(図1)。

 

図1:天然と同様の色調を示す褐色のCVD合成ダイヤモンド(赤丸検査石)。1.027ct, Fancy Dark Brown,VS1
図1:天然と同様の色調を示す褐色のCVD合成ダイヤモンド(赤丸検査石)。1.027ct, Fancy Dark Brown,VS1

 

もう1つは0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1で検査の結果、HPHT合成と判断されたものである(図2)。

 

図2:黄色HPHT 合成ダイヤモンド。0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1
図2:黄色HPHT 合成ダイヤモンド。0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1

 

これらに対して標準的な宝石学的検査に加えてラボラトリーの技法による分析を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400㎝–1、分解能は4.0㎝–1および1.0㎝–1でそれぞれ512回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm、514nm、488nmおよび325nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。

 

3.結果と考察

① 拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色CVD合成ダイヤモンド

天然の褐色ダイヤモンドの多くは塑性変形に由来して形成する色帯、いわゆるBrown grainingを伴っている。これらは{111}面に平行で、たいていカットされたダイヤモンド全体に及んでいる。Brown grainingは1方向の場合もあるが、2方向あるいは3方向と交差していることも多い(文献5)。
ただし、今回検査を行った1.027ct, Fancy Dark Brownのダイヤモンドは1方向のみに複数の明瞭な褐色の色帯が見られた(図3)。

 

図3:褐色CVD合成ダイヤモンドに見られた1方向のみの明瞭な褐色の色帯
図3:褐色CVD合成ダイヤモンドに見られた1方向のみの明瞭な褐色の色帯

 

Fancy Dark Brownというボディ・カラーとこのBrown grainingの存在により、初期の検査においては天然ダイヤモンドを思わせた(図1)。しかし、天然褐色ダイヤモンドであれば、Brown grainingに沿って交差偏光下で高次の干渉色を示す歪複屈折が認められるが、検査石にはgrainingに平行な1次干渉色の歪とそれに垂直方向に伸びる歪複屈折が認められた(図4)。この歪複屈折はCVD合成に特有のもので種結晶から派生する。その発生メカニズムの概略を図5に示す。

 

図4:褐色の色帯とそれに対してほぼ垂直に伸びる歪複屈折が見られる(交差偏光+拡散反射光)
図4:褐色の色帯とそれに対してほぼ垂直に伸びる歪複屈折が見られる(交差偏光+拡散反射光)

 

図5:褐色CVD合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。CVD合成特有のピークが多数見られる
図5:褐色CVD合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。CVD合成特有のピークが多数見られる

 

FTIR分析においては7352, 6854, 6425, 5565cm–1に一連のピークが検出された。これらのピークはCVD合成に特有のもので格子間水素あるいは空孔に捕獲された水素に関連すると考えられている(文献6、文献7、文献8)。また、3400~2700 cm–1にはNVH0に起因する3123 cm–1(文献9)とその他多数のCH関連ピークが検出された(図6)。

 

図6:褐色CVD合成ダイヤモンドの514nmレーザー(緑色)と633nmレーザー(赤色)によるPLスペクトル
図6:褐色CVD合成ダイヤモンドの514nmレーザー(緑色)と633nmレーザー(赤色)によるPLスペクトル

 

PL分析においては488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークと493, 501.7, 512.1, 523.6, 524.4, 523.2nmに弱いピークが認められた。その他にラマンスペクトルの1560cm–1に相当するGバンドが検出された(図は示していない)。このピークは無色のCVD合成には見られないもので、非ダイヤモンド状炭素に由来するものと思われる(文献8)。
514nmレーザーでは、非常に強い574.9nm(NV0)と637.0nm(NV)が認められ、未処理のCVD合成の特徴とされる596.4nmと597.0nmの弱いダブレット(文献6、文献8)が検出された。また595.3nmのピークも検出された(図7)。
CVD合成ダイヤモンドの鑑別特徴とされる737nm(SiV)のピーク(文献6、文献8)は、514nmレーザーにおいても633nmレーザーにおいても検出されなかった(図7)。

 

図7:褐色CVD合成ダイヤモンドの歪複屈折(左)とその発生メカニズムの概略(右)
図7:褐色CVD合成ダイヤモンドの歪複屈折(左)とその発生メカニズムの概略(右)

 

833nmレーザーでは、853.2, 855.1, 861.4, 863.9, 865.8, 866.8nmの一連のピーク、878.3nmピークおよび884.4, 885.9, 886.9, 887.9nmの一連のピークが認められた。また、917.4, 938.5, 945.7, 949.8nmのピークが検出された(図は示していない)。   DiamondView™による観察では、全体にNVセンタ由来のオレンジ色の発光色が見られ、CVD合成特有の曲線的な線模様(文献8)も確認された。
以上の検査結果から、当該石はCVD合成ダイヤモンドであり、成長後にHPHT処理が施されていないAs grownの可能性が高い。褐色の直線性色帯は天然ダイヤモンドと同様な塑性変形に由来するものではなく、種結晶の方位{100}に平行な成長時の不均一性(非ダイヤモンド状炭素やvacancy clustersの集積の相違)に由来すると考えられる。

 

②FTIR分析においてB2センタを示す黄色HPHT合成ダイヤモンド
商業的に製造される黄色のHPHT合成ダイヤモンドはⅠb型で置換型単原子窒素を200ppm程度含有している(文献10)。通常より高温で製造されるか、あるいは製造後にHPHT処理が施されることでⅠb+ⅠaA型になることは良く知られている(文献11)。
いっぽう、今回検査した0.066ct, Fancy Vivid YellowのダイヤモンドはFTIR分析にてCセンタ(1344 cm–1)とAセンタ(1280cm–1)に加えてBセンタ(1332 cm–1、1175 cm–1)とB2センタ:プレートレット(1370 cm–1)が検出された。トータルの窒素濃度を計算すると700ppmに及んでいた。また、3107 cm–1にC–H関連ピークが認められた(図8)。B2センタと3107 cm–1の存在は、天然起源の可能性を思わせた。しかし、BおよびB2センタとCセンタの共存は、天然ダイヤモンドあるいは合成ダイヤモンドに施されるHPHT処理の疑いがもたれた。

 

図8:黄色HPHT合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。B2センタ(プレートレット)と3107 cm–1のCH関連ピークが検出された
図8:黄色HPHT合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。B2センタ(プレートレット)と3107 cm–1のCH関連ピークが検出された

 

PL分析においては325nmレーザーで励起した場合、明瞭な415.2nm(H3)が検出された。また、361, 379, 389nmの弱いピークが検出された(図9)。これらのうち、389nmと付随する379nmピークは、ディスロケーションが集中する部位に照射を施した際に発生することが知られている(文献12)。 488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークが検出され、514nmレーザーでは523.8, 542.9, 544.5, 560.9, 561.7, 579.3, 580.7nmの一連のピークが検出された(図10)。これらはCoに関連したもので、1500℃以上でHPHT処理が施されたときに出現するといわれている(文献13)。
633 nmレーザーで励起した場合、728.9, 735.3, 736.7, 793.4, 815.4, 816.8, 834.7, 852.2, 869.1nmの多数のピークに加えて非常に明瞭な992.6nm(Co–related)ピーク(文献14)が検出された(図10)。

 

図9:黄色HPHT合成ダイヤモンドの325nmレーザーによるPLスペクトル
図9:黄色HPHT合成ダイヤモンドの325nmレーザーによるPLスペクトル

 

図10:黄色HPHT合成ダイヤモンドの488nmレーザー(青色)と633nmレーザー(黄色)によるPLスペクトル
図10:黄色HPHT合成ダイヤモンドの488nmレーザー(青色)と633nmレーザー(黄色)によるPLスペクトル

 

拡大検査においてピンポイント状の微小インクルージョンと金属様インクルージョンが見られた(図2右)。DiamondView™による観察ではHPHT合成特有のセクターゾーニングが観察され、金属inc.の周辺に種結晶があったことが推測される(図11左)。また、DiamondView™の画像とPL分析による992.6nmの発光ピークの強度マッピングと重ね合わせると、ちょうど種結晶の付近の強度が強いことがわかる(図11右)。結晶開始時期の成長環境が不安定な時期に溶媒金属のCoが取り込まれたと考えられる。

 

図11:黄色HPHT合成ダイヤモンドのDiamondView™像と633nmレーザーによるPLスペクトル
図11:黄色HPHT合成ダイヤモンドのDiamondView™像と633nmレーザーによるPLスペクトル

 

置換型単原子は高濃度になるほど凝集しやすく、また、HPHT処理の事前に照射を施すことでさらに凝集が促進すると考えられている(文献15)。今回の検査石ではAセンタからBセンタが形成する過程、あるいはN3が形成する過程で格子間炭素が形成され、プレートレットが形成したものと思われる。また、N3と格子間水素が結合して3107センタが形成したものと考えられる。
以上の検査結果から、当該石はCoを溶媒に用いたHPHT合成ダイヤモンドであり、成長後に放射線照射とHPHT処理が施されたHIH: HPHT growth/ Irradiation/ HPHT treatment(文献16)と 結論付けられる。

 

4.まとめ

宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、そのバリエーションは多岐にわたる。①褐色ダイヤモンドの石全体にわたる直線的な1方向のみの色帯はCVD合成の可能性もあり、天然の確定的な診断特徴とはならない。②黄色ダイヤモンドにおけるB2センタ(プレートレット)や3107 cm–1のCH関連ピークはHPHT合成にも検出されるため、天然起源の確定はできない(無色ダイヤモンドにおけるB2センタは今なお天然起源の根拠となる)。他の検査手法も用いた総合的な判断が重要である。

 

5.謝辞

325nmレーザーによるPL分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士にご協力いただいた。つくばエキスポセンターの神田久生博士には光学中心についてご討論いただいた。ここに謝意を表する。◆

 

6.文献
  1. International Gemological Institute., 2015. http://www.igiworldwide.com/igi-certifies-worlds-largest-colorless-grown-diamond.html
  2. Law B., Wang W., 2016. CVD Synthetic diamond over 5 carats identified. Gems & Gemology, 52(4), 414-416
  3. Soonthorntantikul W and Siritheerakul P., 2015. Near-colorless melee-sized HPHT synthetic diamonds identified in GIA laboratory. Gems& Gemology, 51(2), 183-185
  4. Lan Y., Liang R., Lu T., Zhang T., Song Z., Ma H and Ma Y., 2015. Identification characteristic of near-colourless melee-sized HPHT synthetic diamond in Chinese jewelry market. Journal of Gems & Gemmology, 17(5), 12-17
  5. Kitawaki H., 2007. Gem diamonds: Causes of colors. New Diamond and Frontier Carbon Technology, 17(3), 119-126
  6. Wang W., Moses T., Linares R.C., Shigley J.E., Hall M and Butler J., 2003. Gem-quality synthetic diamonds grown by a chemical vapor deposition (CVD) method. Gems& Gemology, 39(4), 268-283
  7. Wang W., Hall M.S., Moe K.S., Tower J and Moses T.M., 2007. Larest-generation CVD-grown synthetic diamonds from Apollo Diamond Inc. Gems & Gemology, 43(4), 294-312
  8. Martineau P.M., Lawson S.C., Taylor A.J., Quinn S.J., Evans D.J.F and Crowder M.J., 2004. Identification of synthetic diamond grown using chemicak vapor deposition(CVD). Gems& Gemology, 40(1), 2-25
  9. Khan R.U.A., Martineau P.M., Cann B.L., Newton M.E and Twitchen D.J., 2009. Charge-transfer effects, thermo and photochromism in single crystal CVD synthetic diamond. Journal of Physics: Condensed Matter, 21(36), article no.36214
  10. Collins A.T., Kanda H and Kitawaki H., 2000. Colour changes produced in natural brown diamonds by high-pressure, high-temperature treatment. Diamond and Related Materials 9, 113-122
  11. Shigley J.E., Fritsch E., Koivula J.I., Sobolev N.V., Malinovsky I.Y and Pal’yanov Y.N., 1993. The gemological properties of Russian gem-quqlity synthetic yellow diamonds. Gems& Gemology, 29(4), 228-248
  12. Lawson S.C., Kanda H., Watanabe K., Kiflawi I and Sato Y., 1996. Spectroscopic study of cobalt-related optical centers in synthetic diamond. Journal of Applied Physics, 79(8), 4348-4357
  13. Mora A.E., Steeds J.W., Butler J.E., Yan C.S., Mao H.K and Hemley R.J., 2005. Direct evidence of interaction between dislocations and point defects in diamond. Phys. stat. sol. (a) 202, No.6, 69-71
  14. Kiflawi I., Kanda H and Lawson S.C., 2002. The effect of the growth rate on the concentration of nitrogen and transition metal impurities in HPHT synthetic diamonds. Diamond and Related Materials 11, 204-211
  15. Collins A.T., 1980. Vacancy enhanced aggregation of nitrogen in diamond. J. Phys. C: Solid St. Phys., 13, 2641-50
  16. Hainschwang T and Notari F., 2011. HIH:Multi-treated HPHT-grown synthetic diamonds showing some characteristics of natural diamonds. GGTL Laboratories Gemmological Newsletter 1, Sept

中国北京市NGTCを訪問して

PDFファイルはこちらから2017年9月PDFNo.40

リサーチ室 北脇  裕士

去る 2017年7月中旬、中国北京市の国土资源部珠宝玉石首饰管理中心(National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC))を訪問し、最近の合成ダイヤモンドの現状と鑑別技術の話題を中心に情報交換を行いました。以下に概要をご報告致します。

 

図1.中国北京市の象徴である天安門
図1.中国北京市の象徴である天安門

 

National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC)とは

国土资源部珠宝玉石首饰管理中心(National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC))

( http://www.ngtc.com.cn/)は、故宮や天安門のある北京市の中心地から北へ数kmの北三环东路にあるグローバルトレードセンターにオフィスがあります。グローバルトレードセンターはA座、B座、C座、D座の計4棟の高層ビル群で、北京でも屈指の高級オフィスビルとして知られています。NGTCはそのC座の22階にあります。NGTCは国家珠宝玉石质量监督检验中心(National Gemstone Testing Center)を傘下にもち、ここも略称はNGTCと呼ばれています。同じフロアには中国珠宝玉石首饰行业协会(Gems & Jewelry Trade Association of China (GAC))も入っており、まさに中国の宝飾ビジネスのシンクタンクといえます。

 

図2.北京市とNGTC周辺の地図
図2.北京市とNGTC周辺の地図

 

NGTCは1992年に設立された国家の宝飾品研究機関です。中国の宝飾業界の健全な発展のための基準やルールの策定、輸出入宝飾品の検査、消費者のための検査・鑑別、種々のプロフェッショナル教育、情報収集、研究、国際的な会議の主催など、国家の宝飾関連事業全般を担っています。
NGTCは北京の他に深圳、上海、広州、雲南などにも研究施設があり、総勢で700名以上のスタッフがいるそうです。もっとも宝飾品の検査数が多いのは深圳で、ここには300名のスタッフを配置しているそうです。

図3グローバルトレードセンターのオフィスビル群(左側がNGTCのオフィスがあるC座)
図3.グローバルトレードセンターのオフィスビル群(左側がNGTCのオフィスがあるC座)

 

図4.陸太進博士(左)とNGTCのオフィス前にて
図4.陸太進博士(左)とNGTCのオフィス前にて

 

図5.NGTCの北京オフィス
図5.NGTCの北京オフィス

 

NGTCによる合成ダイヤモンドの現況調査

これまでCGL通信で幾度かお伝えしているように(CGL通信No.35、No.36をご参照ください)、中国はHPHT合成ダイヤモンドの主要な生産国です。その中国での宝飾品の検査体制、合成ダイヤモンドの現状を理解するために今回の訪問が実現しました。筆者の訪問を快く受け入れてくれたのはNGTCの首席研究員の陸太進博士(Dr. Lu Taijin)です。陸博士は1982年に武漢地質学院を卒業された後、日本の東北大学で「水晶およびめのうの双晶と微細組織の形成」の研究において理学博士を取得されています。その後、理化学研究所ではレーザー光散乱トモグラフィを用いた半導体結晶の微小欠陥の評価など、現在の宝石鑑別技術の礎となる研究をされています。陸博士の活動範囲は広く、シンガポール大学や米国のGIAでも活躍され、宝石関連論文を100以上執筆されています。

 

陸博士は2009年からNGTCに所属されており、中国における宝石研究を先導されてきました。最近では合成ダイヤモンドの鑑別装置の開発を含めた鑑別技術の構築に尽力されています。この1-2年で中国の主要な宝飾用合成ダイヤモンドの製造会社を幾度となく訪問され、製造技術者との交流、それぞれの製造会社のサンプルの収集を行い、調査・研究に生かしておられます。陸博士によると、間を空けて同じ会社を何度も訪問するのが大切とのことです。その間の企業の成長ぶりが確認できるからです。また、中国の企業は突然の事業方針の転換などがあり、最新の情報を入手する必要があります。このような精力的な現地調査が行えるのも中国の国営ラボという地の利を生かしたNGTCならではです。特に工業用合成ダイヤモンドの世界シェアの5割を誇る中南鉆石股份有限公司は、日本でいう防衛省の直轄企業にあたり、NGTC以外の海外研究者の訪問受け入れはまず無理だろうとのことでした。

 

中国で宝飾用合成ダイヤモンドを製造しているのは、河南省の中南鉆石股份有限公司、河南黄河旋風股份有限公司、鄭州華晶金剛石股份有限公司の大手三社をはじめ十数社に及びます。これらの会社ではもともと工業用の砥粒(粉末)を生産していましたが、2014年後半~2015年頃に宝飾用の単結晶育成技術を獲得し、それぞれ生産を開始しています。各社は当初φ2–2.5mm程度の結晶原石を生産していましたが、日進月歩で技術が進み、今ではφ4–4.5mmレベルの量産に成功しているようです。各社が生き残りをかけて激しく競合しているため、今後更なるサイズと品質の向上、そして増産が予測されます。
陸博士によると、NGTCでの検査に供されるダイヤモンド製品に混入する合成ダイヤモンドは2015年の夏頃が最も多く、全体の10%にも達していたとのことです。この事実は2016年9月に深圳で行われた国際的なジェムショーで報告され、世界の宝飾業界に衝撃が走りました。今では検出される合成ダイヤモンドは少なくなってきており、1%程度とのことでした。しかし、陸博士によると中国における年間のHPHT合成ダイヤモンドの生産量は500–600万ctペースに増加しており、鑑別されていない合成ダイヤモンドはどこに行っているのかと心配されていました。

 

NGTCが開発したダイヤモンド鑑別機器

NGTCでは合成ダイヤモンドをスクリーニング(粗選別)するための装置を独自に開発してきました。DS5000は紫外 –可視– 近赤外の吸収および反射スペクトルを用いて合成ダイヤモンドを粗選別する装置です。光ファイバーを利用してセット石にも使用できるよう工夫されています。プロトタイプのDS2000を改良して2016年に開発されました。
PL5000はフォトルミネッセンスによる分析ができます。737nmなどの特徴的なピークを検出して、天然ダイヤモンドとCVD合成およびHPHT合成を区別します。

 

GV5000は波長の短い紫外線を照射し、その蛍光色と燐光の有無を調べる装置です。DTCのDiamondView™と原理は同じものです。NGTCの調査によると、無色の天然ダイヤモンドは97%がN3センタによる青白色の蛍光を示し、燐光を伴いません。わずか3%が他の蛍光色を示し、わずかな燐光を伴います。HPHT合成では青緑色の蛍光色を示し、3–60秒の燐光を伴います。CVD合成では88%が青緑色、11%が緑色の蛍光を示し、1%が橙赤色などの蛍光を示します。CVD合成にも通常燐光がありますが3秒以下です。 GV5000はサンプルをセットするステージの幅が75mm×36 mm あり、XYZに稼動できるため、セット石の検査がスムーズです。NGTCでは鑑別依頼をうけたダイヤモンド製品はすべてこの装置で検査されているとのことです。また、検査の結果はすべて記録され、合成ダイヤモンドの混入していた割合などを常に統計的に調査しているとのことでした。

 

図6.GV5000を用いてダイヤモンドの製品鑑別を行なうスタッフ
図6.GV5000を用いてダイヤモンドの製品鑑別を行うスタッフ

 

図7.陸博士が製造会社から入手した研究用のHPHT合成ダイヤモンドサンプル
図7.陸博士が製造会社から入手した研究用のHPHT合成ダイヤモンドサンプル

 

このようにNGTCでは合成ダイヤモンドの各製造会社を訪問してサンプル入手を行い、これらを基に天然と合成ダイヤモンドの成長条件や履歴の相違について深く研究されています。各製造会社のサンプルの調査はきわめて重要です。特に金属包有物を分析することで、製造に用いられている溶媒金属が判ります。溶媒金属の種類や量比などから製造条件等が推定でき、鑑別に重要な情報が得られるからです。そして、NGTCでは独自の技術によるスクリーニング装置を開発し、日常業務に活かされています。
今回の陸博士との対談において、NGTCとCGLにおける合成ダイヤモンド鑑別の技術的手法に多くの共通点があり、それらの理論的根拠を互いに確認することができました。そして、合成ダイヤモンドがさらなる進化を遂げた際の鑑別の問題点などを整理することもできました。合成ダイヤモンドの鑑別は日中を問わず宝飾業界の大きな関心事です。互いに協力して困難な状況にチャレンジしようと、共同研究の課題を持ち帰ることになりました。◆

多変量解析の宝石学への応用

2017年7月No.39

リサーチ室 江森  健太郎、北脇  裕士

要約

LA–ICP–MSによる微量分析のデータを多変量解析の一種である判別分析とロジスティック回帰分析の2種類の解析法を用いて解析を行い、その解析結果の宝石鑑別への有効性について検討した。アメシストおよびルビーなどの天然・合成の鑑別には判別分析よりもロジスティック回帰分析の方がより精度が高いことが判った。しかし、交差検証の結果、合成を合成と判別できる精度は双方の解析法共に99%以上であった。パライバトルマリンの原産地鑑別においても判別分析とロジスティック回帰分析を組み合わせることにより、ブラジル産、ナイジェリア産およびモザンビーク産を高精度で判別できることが確認された。

 

■研究の背景と目的

近年の宝石鑑別にはLA–ICP–MSによる高精度の元素分析や顕微ラマン分光装置を用いた高感度のフォトルミネッセンス分析などが利用されている。このような分析技術が進展する一方で、データの解析方法も高度化が進んでいる。
分析データの取り扱いには、単変量解析、二変量解析、多変量解析と、扱う系の複雑さによる段階がある。複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う多変量解析は計算負荷が高いことが障害であったが、近年のハードおよびソフトウェアの進展において活用が容易となった。しかしながら、多変量解析の宝石学における応用例はこれまで少数の報告があるのみである (文献1,2)。
本研究では、LA–ICP–MSにより得られた微量分析のデータを多変量解析の一種である判別分析とロジスティック回帰分析の2種類の解析法を用いて解析を行い、①「アメシストの天然・合成の鑑別」、②「ルビーの天然・合成の鑑別」、③「パライバトルマリンの原産地鑑別」の3つのテーマにおいてそれぞれの解析結果の有効性を検討した。

■多変量解析とは

多変量解析(multivariate analysis)とは、複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法である。多変量解析にはおおまかに分けると、「要約」の手法と「予測」の手法がある。「要約」とは、複数の変数を新しい変数に要約する、または多くの変数を少ない変数に変換するといった手法であり、一方「予測」は複数の変数から何らかの結果を予測する、もしくは、どのような原因を作れば欲求する結果が得られるか、どのような原因でそのような結果になったのか(因果明確化)を行う手法である。宝石鑑別において、必要なものは「鑑別結果」であり、「予測」の手法を用いることになる。
予測の手法に必要なものは「目的変数」と「説明変数」である。「目的変数」とは、例えば、1つの宝石の産地といった最終的に予測したいもの、「説明変数」は、その宝石についてのデータ、例えば微量成分の濃度といったその目的変数を表現するパラメータである。既知の「目的変数」「説明変数」のデータベース(これを教師データ又はトレイニングデータと呼ぶ)から、目的変数毎に分別するための関数を作成し、その関
数を用いて、調べたい未知試料の「説明変数」から「目的変数」を求める手法が予測ということになる(図1)。

 

図1.多変量解析の予測手法
図1.多変量解析の予測手法

 

さて、予測の手法は、変数の種類によって4つの手法に分けられる。多変量解析で取り扱う変数には、「質的変数(数えることができない変数、例えば、曜日、天候等)」と「量的変数(計量可能な変数、例えば質量、長さ等)」がある。説明変数、目的変数がそれぞれ質的変数と量的変数の2種類あり、計4種類のパターンが存在することになる (表1)。 本研究では、説明変数として成分分析結果(量的変数)、目的変数として天然・合成・産地(質的変数)を扱うため、判別分析及びロジスティック回帰分析を用いる。

 

表1.多変量解析の予測手法
表1.多変量解析の予測手法

 

■判別分析とロジスティック回帰分析について
判別分析(discriminant analysis)は、事前に与えられているデータが異なるグループに分かれる場合、新しいデータが得られた際、どちらのグループに入るのかを判断するための、正規分布を前提とした分類の手法であり、1936年にロナルド・フィッシャーによって線形判別分析が発表された(文献3)。(判別分析についてはCGL通信34号「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」をご参照下さい) 一方、ロジスティック回帰分析(logistic regression)は、ベルヌーイ分布に従う変数の統計的回帰モデルの一種で、連結関数としてロジットを使用する一般線形モデルの一種であり、1958年にデビッド・コックスにより発表された(文献4、囲み(1)参照)。判別分析と異なる点は、判別分析は事前に与えられたグループのどちらに入るのかを返り値として返すが、ロジスティック回帰分析は未知データが一方のグループに入る確率を返す点である。表2に両者の違いについてまとめた。

 

表2.判別分析とロジスティック回帰分析の違い
表2.判別分析とロジスティック回帰分析の違い

 

===囲み(1): ロジスティック回帰分析===

ロジスティック回帰分析は、CGL通信34号で紹介した判別分析と同じく、量的データ(質量、温度等計測可能な量)から質的データ(天然、合成といった数えることのできないパラメータ)への予測を行う多変量解析である。ベルヌーイ分布に従う変数の統計的回帰モデルの一種で、連結関数としてロジットを使用する一般線形モデルの一種でもある。
ロジスティック回帰分析は、2種類の群の判別を行い、片側の群になる確率を1、もう片側の群になる確率を0として計算を行う。
ロジスティック回帰分析では、説明変数を{x1,i,x2,i,x3,i,…,xk,i}、回帰係数を{β0123,…,βk}、目的変数である確率をpiとして以下の回帰式形式を用いる。

 

CGLNo39-03回帰式形式

 

logit(pi )が正であれば、0.5 < p < 1となり、負であれば、0 < p < 0.5となる。
例えば、現在集合Xと集合Yのロジスティック回帰分析を行うと仮定する。集合Xのパラメータを回帰式に代入し、ロジット(logit(p))を得る。また、集合Yのパラメータを回帰式に代入し、ロジット(logit(q))を得る。現在、集合Xに属する確率を1、集合Yに属する確率を0とした場合、得られるlogit(p)を正、logit(q)を負となるような回帰係数を{β0123,…,βk }を探すという計算がロジスティック回帰分析ということになる(図2)。この回帰係数を求めるために、最尤(ゆう)法というアルゴリズムを用いる。

 

図2.ロジスティック回帰分析のモデル
図2.ロジスティック回帰分析のモデル

 

未知試料が集合X、Yのどちらに入るか知りたい場合は、ロジスティック回帰分析で得られた回帰式に未知試料の説明変数を代入し、ロジットからpを求めることで、その未知試料が集合Xに属する確率を知ることができる。
ロジスティック回帰分析は原理上集合Xと集合Yの2種類の判別にしか用いることができない。未知試料は集合Xか集合Yのどちらかに属することが前提となるため、それ以外の集合に属する可能性があるものに対しては使用できないことに注意していただきたい。
なお、本研究で提示したグラフ(図4、図7、図10)はロジスティック回帰分析で得られた回帰式に測定に用いた集合のデータを代入し、得られたそれぞれのロジット(logit(p))とロジットから計算される確率(p)をプロットしたものである。

===========================

 

■分析手法

本研究ではLA–ICP–MS装置として、LA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP–213を、ICP–MSはAgilent 7500aを使用した。分析条件は表3に示した通りである。標準試料にはNIST612を用い、内標準として、アメシストの分析には28Si、ルビー、パライバトルマリンの分析には27Alを用いた。

 

表3.本研究に用いたLA–ICP–MSの分析条件
表3.本研究に用いたLA–ICP–MSの分析条件

 

■解析手法

分析データの解析には、R言語を用いた。R言語はオープンソース・フリーソフトウェアの統計解析向けのプログラミング言語及びその開発実行環境である。使用可能なパッケージが多く、統計学を超えて学問分野や業界を問わず、金融工学・時系列分析・機械学習・データマイニング・バイオインフォマティクス等、柔軟なデータ解析や視覚化そして知識共有の需要に応え得るR言語の普及は世界的な広がりを見せている。本研究において、判別分析は、Rに提供されるMASSパッケージのlda関数、ロジスティック回帰分析にはglm関数を用いた。

 

■結果及び考察

1. アメシストの天然・合成の鑑別
<サンプルと分析方法>
天然アメシスト50点、合成アメシスト49点を分析に用いた。天然アメシスト50点の中で、産地が既知のサンプルは、ブラジル産10点、ザンビア産6点、日本産2点、ニュージーランド産1点、また合成アメシストは日本製5点、ロシア製4点を含み、ブラジルや国内市場で流通している市場性が高いサンプルを用いた。サンプルはすべてファセットカットされており、ブラジル産天然アメシスト5点、ザンビア産天然アメシスト6点については、LA–ICP–MSで5点ずつ分析を行い、その他のサンプルについては2点ずつ分析を行った(図3)。

 

図3–1.測定に用いた天然アメシストの一部(0.54〜1.86ct)
図3–1.測定に用いた天然アメシストの一部(0.54〜1.86ct)

 

図3–2.測定に用いた合成アメシスト の一部(1.65〜3.65ct)
図3–2.測定に用いた合成アメシストの一部(1.65〜3.65ct)

 

<分析結果と考察>
天然アメシスト、合成アメシストの分析データを用いて判別分析を行った。判別分析には測定に用いた元素(7Li, 9Be, 11B, 23Na, 27Al, 39K, 45Sc, 47Ti, 66Zn, 69Ga, 72Ge, 90Zr, 208Pb)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い、計算を行った。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.0684[Li]+0.001255[Be]+0.220764[B]–0.03541 [Na]+0.005085[Al]+0.007468[K]+0.022369 [Sc]
–0.00737[Ti]–0.03682[Zn]–0.09037[Ga]–0.09037[Ge]–0.03376[Zr]–0.00072[Pb]
LD2 =  –0.09304[Li]–0.164546[Be]–0.17436[B] +0.005201[Na]–0.019521[Al]–0.00033[K]–0.13679[Sc]
+0.011894[Ti]+0.009492[Zn]+046953[Ga] –1.17219[Ge]–0.07558[Zr]+0.002117[Pb]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に天然・合成アメシストの分析値を代入し、プロッティングを行ったグラフを図4に示す。

 

図4.判別分析による天然・合成アメシストの分布
図4.判別分析による天然・合成アメシストの分布

 

また、同じデータを用いて、ロジスティック回帰分析を行った。天然を1、合成を0とし、ロジットを求める回帰式を計算した結果、

 

logit(p) = –0.38475[Li]+55.56693[Be]–13.2438[B]+2.1611[Na]–0.18751[Al]–0.93194[K]+0.89311[Sc]
–1.51653[Ti]+0.42607[Zn]+16.56753[Ga]+5.61131[Ge]+60.20579[Zr]–0.05453[Pb]+2.81222

 

が得られた。判別分析同様、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に分析値を代入し得られたlogit(p)と天然アメシストである確率pについてグラフを作成した結果を図4に示す。ロジスティック回帰分析の結果は、本来は図5のようなプロットを行わないが、ビジュアル的にわかりやすくするため、logit(p)とpでグラフを表記した。

 

図5.ロジスティック回帰分析による天然・合成アメシストの分布
図5.ロジスティック回帰分析による天然・合成アメシストの分布

 

判別分析、ロジスティック回帰分析共に天然・合成の乖離(かいり)が良く、非常によい解析結果に見える。そこでデータの解析の精度について確認を行うため、交差検証(Cross-validation)を行った。交差検証は統計学において標本データを分割し、その一部をまず解析し、残る部分で解析のテストを行うことで、解析自身の妥当性の検証、確認に当てる手法を差す(交差検証については囲み(2)参照)。今回の解析について、交差検証を行った結果を表4に示す。

 

表4.天然・合成アメシストの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果
表4.天然・合成アメシストの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

誤判別率(間違って判別する確率)を計算すると、判別分析は10.3%、ロジスティック回帰分析は1.7%という結果が得られ、ロジスティック回帰分析の誤判別率が低く、優位な結果が得られた。しかし、判別分析、ロジスティック回帰分析共に合成アメシストを合成アメシストであると判断する確率は99.0%と、合成石をチェックするにはよい手法ではないかと思われる。

 

===囲み(2): 交差検証(Cross–validation)とは===

交差検証(Cross–validation)とは、データの解析(導出された推定や統計的な予測)がどれだけ母集団に対処できるかを検証・確認する方法で、標本データを分割し、一部をまず解析し、残る部分で解析のテストを行い、解析自身の妥当性の検証・確認を行う手法である。一般的に交差検証は、それ以上標本を集めることが困難である場合に、推定の裏付けを行う際に必要な手法だとされている。
交差検証の手法には主に「ホールドアウト検証」、「k–分割交差検証」、「leave–one–out交差検証」が知られており、本研究では「leave–one–out交差検証」を用いたが、「leave–one–out交差検証」は「k–分割交差検証」の特別な場合であるため、まず「k–分割交差検証」について説明を行う。
「k–分割交差検証」では、まず、標本群をk個に分割する。そのうちの1個をテスト事例(testing group)、残りの(k–1)個を訓練事例(training group)とする。(k–1)個の訓練事例(training group)を用いて、判別分析及びロジスティック回帰分析を行い、テスト事例(testing group)のテストを行う(図6)。これをk回行った結果から検証をし、1つの推定を得る手法である。

 

図6.k–分割交差検証法の仕組み
図6.k–分割交差検証法の仕組み

 

「leave–one–out交差検証」は、kが標本数とイコールの場合の交差検証である。すなわち、標本群から1標本をテスト事例(testing group)とし、残りの標本すべてを訓練事例(testing group)として判別分析もしくはロジスティック回帰分析を行い、テスト事例とした1標本の調査、検証を行う。この検証を標本数だけ行い、推定結果の調査を行う手法である。

===========================

 

2. ルビーの天然・合成の鑑別
<サンプルと分析方法>
天然ルビー174点、合成ルビー28点を分析に用いた。天然ルビーは産地別にミャンマー52点、タイ28点、モザンビーク28点、タンザニア26点、ベトナム17点、カンボジア15点、マダガスカル4点、スリランカ4点、また合成ルビーは製造方法別にフラックス法12点、FZ法6点、ベルヌイ法5点、熱水法3点、結晶引上法2点である。天然ルビーに関してはサンプル毎に3〜5点、合成ルビーに関しては各5点ずつ分析を行った(図7)。

 

図7.分析に用いた天然ルビーの一部。モザンビーク産。
図7–1.分析に用いた天然ルビーの一部。モザンビーク産

 

図7.分析に用いた合成ルビーの一部。フラックス法合成ルビー
図7–2.分析に用いた合成ルビーの一部。フラックス法合成ルビー

 

<分析結果と考察>
天然ルビー、合成ルビーの分析データを用いて判別分析を行った。判別分析には測定に用いた元素(24Mg, 41Ti, 47V, 53Cr, 57Fe, 69Ga)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い、計算を行った。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.01013[Mg]+0.000758[Ti]–0.01378[V]–0.00021[Fe]–0.000074785[Ga]
LD2 =  0.003816[Mg]–0.00293[Ti]+0.003421[V]–0.0006[Fe]–0.00433621[Ga]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に天然・合成ルビーの分析値を代入し、プロッティングを行ったグラフを図8に示す。

 

図8.判別分析による天然・合成ルビーの分布
図8.判別分析による天然・合成ルビーの分布

 

また、同じデータを用いて、ロジスティック回帰分析を行った。天然を1、合成を0とし、ロジットを求める回帰式を計算した結果、

 

logit (p) =  1.5042[Mg]–6.2345[Ti] +90.9248[V]+0.1373[Fe]+0.3736[Ga]–131.038

 

が得られた。判別分析同様、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に分析値を代入して得られたlogit(p)と天然ルビーである確率pについてグラフを作成した結果を図9に示す。

 

図9.ロジスティック回帰分析による天然・合成ルビーの分布
図9.ロジスティック回帰分析による天然・合成ルビーの分布

 

判別分析、ロジスティック回帰分析共に天然・合成の乖離(かいり)が良く、非常によい解析結果に見える。そこでデータの解析の精度について確認を行うため、交差検証(Cross–validation)を行った。今回の解析について、交差検証を行った結果を表5に示す。

 

表5.天然・合成ルビーの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果
表5.天然・合成ルビーの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

誤判別率(間違って判別する確率)を計算すると、判別分析は10.5%、ロジスティック回帰分析は1.5%とよい結果が得られ、ロジスティック回帰分析の誤判別率が低く、優位な結果が得られた。検証の結果、判別分析、ロジスティック回帰分析共に合成ルビーを合成であると正しく判断する確率は99.0%であり、合成石の検出には優れた手法であることが確認できた。

 

3. パライバトルマリンの原産地鑑別
<サンプルと分析方法>
ブラジル産パライバトルマリン186点、モザンビーク産パライバトルマリン44点、ナイジェリア産パライバトルマリン11点をサンプルとして用いた。ブラジル産はバターリャ鉱山産79点、ムルング鉱山産60点、キントス鉱山産47点を用い、ナイジェリア産は業者間でタイプ1と呼ばれる色や外観がブラジル産と酷似しているものを分析に用いた(図10)。以降、便宜上ナイジェリア産タイプ1をナイジェリア産と呼ぶことにする。色はBlue、Green Blue、Blue Green系のサンプルを使用し、Greenの強いものは除外した。

 

図10–1.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ブラジル産
図10–1.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ブラジル産

 

図10–2.分析に用いたパライバトルマリンの一部。モザンビーク産
図10–2.分析に用いたパライバトルマリンの一部。モザンビーク産

 

図10–3.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ナイジェリア産
図10–3.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ナイジェリア産

 

<分析結果と考察>
ブラジル産、モザンビーク産、ナイジェリア産タイプ1パライバトルマリンについて判別分析を行った。ブラジル産については、バターリャ、キントス、ムルングと3つの鉱区のトルマリンについてのデータがあるが、ブラジル産と一括して分析を行った。判別分析には9Be, 69Ga, 72Ge, 93Nb, 121Sb, 181Ta, 208Pbの7種類の元素を用いた。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.0265[Be]+0.0016[Ga]+0.0345[Ge]–0.5621[Nb]–0.0075[Sb]+0.0574[Ta]–0.0035[Pb]
LD2 =  –0.0025[Be]–0.0003[Ga]+0.0108[Ge]–0.4911[Nb]–0.0469[Sb]–0.0709[Ta]+0.0079[Pb]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に各産地のパライバトルマリンの分析値を代入し、得られた結果を図11に示す。

 

図11.判別分析によるパライバトルマリンの産地鑑別
図11.判別分析によるパライバトルマリンの産地鑑別

 

オーバーラップする部分はあるものの、ブラジル、モザンビーク、ナイジェリアの3つの産地の乖離がよいように見える。この解析結果について、交差検証を行った結果を表6に示す。

 

表6.判別分析によるパライバトルマリン産地鑑別の交差検証結果
表6.判別分析によるパライバトルマリン産地鑑別の交差検証結果

 

交差検証を行った結果、モザンビーク産の70.5%、ナイジェリア産タイプ1の全てがブラジル産であると判定されるという結果になった。グラフ上は乖離(かいり)しているが、判別分析アルゴリズム上はこの3産地の区別は非常に難しいという結果となった。
さらに、同データを使用したロジスティック回帰分析を用いて、2産地の判別を行った。ブラジル産とモザンビーク産、ブラジル産とナイジェリア産タイプ1、モザンビーク産とナイジェリア産タイプ1のロジスティック回帰分析、そしてその交差検証を行った結果を図12と表7に示す。

 

図12 ロジスティック回帰分析によるパライバトルマリンの2産地比較。x軸はロジット(logit)、y軸は片方の産地と判定される確率を表す。 (a) ブラジル産vsモザンビーク産、 (b)ブラジル産とナイジェリア産、 (c)モザンビーク産とナイジェリア産
図12 ロジスティック回帰分析によるパライバトルマリンの2産地比較。x軸はロジット(logit)、y軸は片方の産地と判定される確率を表す。
(a) ブラジル産 vsモザンビーク産、
(b)ブラジル産とナイジェリア産、
(c)モザンビーク産とナイジェリア産

 

表7 パライバトルマリンの2産地比較におけるロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

(a)ブラジル産とモザンビーク産のロジスティック回帰分析
(a)ブラジル産とモザンビーク産のロジスティック回帰分析

 

(b)ブラジル産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析
(b)ブラジル産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析

 

(c)モザンビーク産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析
(c)モザンビーク産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析

 

ロジスティック回帰分析による2産地比較は乖離(かいり)が非常によく、交差検証結果も良好である。ナイジェリア産タイプ1については分析に用いた試料が11点と少ないため、今後サンプル数を増やし、精度の向上を図る必要があるが、一般的な鑑別手法等を用いて2産地にまで絞り込むことができれば、この手法は非常に有効な手法になり得るであろう。

 

■まとめ

量的データから質的データの予測を行う多変量解析である「判別分析」「ロジスティック回帰分析」を用いた「アメシストの天然・合成の鑑別」「ルビーの天然・合成の鑑別」「パライバトルマリンの原産地鑑別」の可能性について調査を行った。アメシスト及びルビーの天然・合成の鑑別については、微量成分分析結果を用いたロジスティック回帰分析による判別が有効であることが判った。今回の調査により判別分析を用いても合成を合成、天然を天然と正しく判断する確率はきわめて良好であり、合成石の確認には優れているということが確認できた。「パライバトルマリンの原産地鑑別」については、判別分析による結果はグラフで見ると乖離(かいり)はよいが、交差検証による評価は低かった。一方、2産地比較におけるロジスティック回帰分析による乖離(かいり)は良好であった。従って、これらの双方の解析法を適宜組み合わせて使用する事が望ましいと思われる。
多変量解析による宝石鑑別は有効な手法ではあるが、ブラックボックスを扱うため、単体での使用は危険であり、一般的な鑑別手法と組み合わせて使うことが好ましい。◆

 

■参考文献
文 献1:Blodgett T., Shen. A., 2011, Application of discriminant Analysis in gemology: country-of-origin separation in      colored stones and distinguishing HPHT-treated diamonds, Gems & Gemology, Summer 145
文 献2:Luo Z., Yang M., Shen A., 2015, Origin determination of dolomite-related white nephrite through
iterative-binary linear discriminant analysis, Gems & Gemology, Fall 300-311
文 献3:Fisher, R.A., 1936, The use of multiple measurements in taxonomic problems. Annals of Eugenics, 7, 179-188
文 献4:Cox, D.R., 1958, The Regression Analysis of Binary Sequences. Journal of the Royal Statistical Society Series B
(Methodological), 20(2), 215-242

また、今回解析に利用した統計解析ソフトRはhttps://cran.r-project.org/からダウンロード可能。対応OSはWindows、Mac OS、Linux (2017.7.25.現在)

平成29年度 宝石学会(日本)

2017年7月No.39

教育部 野田  真帆

<見学会参加報告>

平成29年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月11(日)早稲田大学国際会議場にて開催されました。また前日6月10日(土)には見学会・特別講演会が早稲田大学6号館鉱物標本室(見学会)、早稲田大学奉仕園セミナーハウス・リバティホール(特別講演会)で行われました。
早稲田大学の前身は1882年(明治15年)に大隈重信が創設した東京専門学校で、学問の独立を標榜し、政治経済学科、法律学科、理学科、英文科の4学科で発足しました。1902年、早稲田大学へと改称し、1920年大学令により大学として認可後、1949年新制大学として今に至ります。シンボル的存在として聳え立つ大隈記念講堂は創立者である大隈重信に対する記念事業として計画され、同大建築学科の佐藤功一教授と佐藤武夫助教授が設計したもので(建築年:1927年)、ロマネスク様式を基調としてゴシック様式を加味した我が国近代の折衷主義建築の優れた建築物として高く評価されています。

早稲田大学大隈記念講堂
早稲田大学大隈記念講堂

大隈重信像
大隈重信像

(1) 鉱物標本室見学
先述しました早稲田大学6号館の鉱物標本室には貴重な鉱物標本が多く収蔵されています。宝石のみならず、鉱物学的にも重要で良質な標本も多く保管されているということです。入室すると数多くの内容物の黄色い瓶が目立ちます【硫黄】。目を引くものの、「宝石」でないことから一度は通り過ぎましたが、この硫黄こそ注目すべき標本であるということを知りました。早稲田大学創造理工学部 環境資源工学科 山﨑淳司教授が教えて下さったところによると、戦前は積極的に各地の硫黄を収集したそうです。各産地で採れる硫黄には結晶粒の大きさ等に違いがあることから、各分野での利用技術や応用材料を検討する時に参考にされたという歴史的背景があるとの事です。時代も変わり現在は石油採掘が進んだこともあって、わざわざ硫黄標本を集めるという活動は見られなくなりました。同室には『稲門地学会会報』の抜粋が掲示されていて、同室内の標本がいかに素晴らしいものであるかを語る内容がありましたので一部ご紹介します。「地学専修の開設に尽力された八嶋澄策先生が水銀鉱床の専門家であったことと、早瀬喜太郎先生と私(著者:稲門地学会会長 堤貞夫教授のこと)が硫黄鉱床を研究対象にしていたことからわが教室の鉱物標本の中で、水銀と硫黄の標本はその成因に配慮し、産地を網羅したもので他に誇れるものとなっている。」<稲門地学会会報 「巻頭言:鉱物標本に見る我が早稲田人生」堤 貞夫【稲門地学会会長】>

充実した硫黄標本1 (日本産のみならず海外産も豊富に収納されています)
充実した硫黄標本1
(日本産のみならず海外産も豊富に収納されています)

充実した硫黄標本2
充実した硫黄標本2

充実した硫黄標本3
充実した硫黄標本3

見学会場の様子1 各引き出しには多くの岩石、鉱物が入っています。古く大正時代に標本として集められたことを示すカードなどもありました。
見学会場の様子1
各引き出しには多くの岩石、鉱物が入っています。古く大正時代に標本として集められたことを示すカードなどもありました。

見学会場の様子2
見学会場の様子2

展示の様子1 隣接する部屋にはガラスケース展示もあり、手前のケースでは世界と日本の翡翠が、最奥にはダイヤモンドがありました。
展示の様子1
隣接する部屋にはガラスケース展示もあり、手前のケースでは世界と日本の翡翠が、最奥にはダイヤモンドがありました。

展示の様子2
展示の様子2

展示の様子3
展示の様子3

(2) 特別講演会
特別講演では真珠についての下記2テーマの発表がありました。
第一部:真珠のグレーディングにおける「テリ」の正しい役割と測定法の試み(注)当日発表タイトル
真珠科学研究所所長 小松 博 様

真珠科学研究所所長 小松 博 様
真珠科学研究所所長 小松 博 様

第二部:「宝石」の王者としての真珠の歴史―真珠がダイヤモンドより高価だった時代

歴史研究家 山田 篤美 様 (著書『真珠の世界史 – 富と野望の五千年 (中公新書)』)

歴史研究家 山田 篤美 様
歴史研究家 山田 篤美 様

詳細についての言及は本誌では控えさせていただきますが、小松様の発表は「オーロラビューアー」での簡単な実習(下記実習写真参照)を参加者が行った上で(真珠における反射光と透過光の考察)真珠の評価についての重要性を説くものであり、山田様の発表は歴史の中でも古代ローマ時代、16世紀の大航海時代、20世紀の真珠バブル期をふり返り、真珠がいかにダイヤモンドに勝って評価されていたかなどを文献の裏付けとともに展開する内容でした。

実習の様子1
実習の様子1

実習の様子2
実習の様子2

<総会・講演会参加報告>

リサーチ室 江森  健太郎・藤田  直也

早稲田大学国際会議場にて開催された本年の宝石学会(日本)総会・講演会では、20件の口頭発表が行われ、聴講者は73名でした。
本会で発表された20件のタイトル、発表者(口頭発表者の名前の前に○がつけてあります)、内容は以下の通りです。

一般講演会の会場の様子
一般講演会の会場の様子

1. 非開示で持ち込まれたCVD法合成ダイヤモンド
○藤原  知子、小川  日出丸(東京宝石科学アカデミー)
製品に持ち込まれたペンダントに付いていた7石のダイヤモンドのうち2石がFT–IR(フーリエ変換型赤外分光分析装置)でII型であると判断され、紫外可視分光光度計で737nmの吸収が認められた(737nmの吸収はSi由来のピークであり、天然ダイヤモンドで見られることはまれである)。このダイヤモンドについてフォトルミネッセンス分析、Diamond View ™による詳細な検査の結果CVD合成ダイヤモンドであることが確認された。また、この合成ダイヤモンドはDiamond View ™による検査後、ブルーにカラーチェンジしていたが、色は数分で戻った。これはSiV−とSiV0の電荷移動によるフォトクロミズムの特徴である。

2. TypeⅡa天然ピンクダイヤモンドのフォトルミネッセンス ピーク
上杉  初、○齊藤  宏、小滝  達也(エージーティージェムラボラトリー)
IIa型に属する天然ピンクダイヤモンド、天然無色ダイヤモンド、天然ブラウンダイヤモンド、HPHT処理無色ダイヤモンドのH3欠陥構造について半値幅の比較を行った。半値幅の計測にはダイヤモンドを液体窒素温度まで冷却し、488nmレーザーを用いたフォトルミネッセンス分析結果を用いた。結果として、天然ピンクダイヤモンドの半値幅が広く出る傾向が確認されたが、オーバーラップする部分が存在する。H3欠陥の分析でHPHT処理か否かを見極めるのは難しく、引き続き調査を継続する。

3. 天然と誤認し易い特徴を示す合成ダイヤモンド2種
○北脇  裕士、江森  健太郎、久永  美生、山本  正博、岡野  誠(中央宝石研究所)
この研究内容についてはCGL通信vol. 40(2017年9月発行)に掲載予定です。

4. かつて製造されたとされる合成ダイヤモンドについて
○林  政彦、高木  秀雄、安井  万奈、山崎  淳司(早稲田大学)
早稲田大学の鉱物標本室に存在する1960年代に製造されたとされる合成ダイヤモンド(2mmサイズ)について調査を行った。標本としては、寄贈されたいきさつを示すメモがなく、ラベルが存在するだけという少し不明な点がある。このサンプルは表面の成長模様から{100}で囲まれた結晶であると思われ、ザイール産の天然ダイヤモンドに似ている。またカソードルミネッセンス法で観察した結果、小さなセクターに分かれた組織が観察された。X線回折法でCuとSiCのピークが確認され、合成ではないかと推測される。

5. 多変量解析の宝石学への応用
○江森  健太郎、北脇  裕士(㈱中央宝石研究所)
この研究内容については本号に掲載されています。

6. 第一原理計算によって求めたエメラルドの色の定量的評価
○清岡  洋紀、小笠原  一禎(関西学院大学)
エメラルドの緑色はBeryl中のCr3+における多重項エネルギーによる可視光の吸収が原因で発色している。本研究はDV–Xα法とDVME法を用いてエメラルドの吸収スペクトルの計算を行い、非経験的に予測したエメラルドの吸収スペクトルから、標準高原(D65)での色度座標を計算することで予測されるエメラルドの色を評価した。O2−の2p主成分軌道を具体的にCI計算に含めて計算し、EXAFSデータに基づく格子緩和を行わなかった場合、計算値と実験値が一番近くなることがわかった。

7. MgAl2O4中におけるCo2+の吸収スペクトルの第一原理計算
○竹村  翔太、小笠原  一禎(関西学院大学)
スピネル(MgAl2O4)は、MgサイトをCo2+が不純物として置換した場合、美しい青色を発色する。当研究ではMgAl2O4中のCo2+において吸収スペクトルの再現および解析を目的として、多電子系の扱いが可能な配置間相互作用法に基づくDVME法によって多重項エネルギー及び振動子強度を計算し、理論吸収スペクトルを求めた。計算によって得られた理論吸収スペクトルは実際に報告されている吸収スペクトルのピーク及びその強度比を再現することに成功したが、多重項エネルギーが過大評価されており、今回の計算について結晶場の強さが過大評価されているせいだと考えられる。

8. LIBSを用いたワックス加工の痕跡の検出
福田 千紘(ジェムリサーチジャパン株式会社)
当研究では宝石のワックス加工についてLIBSによる分析を試みた。LIBSは炭素、水素に対する感度が良く、微小領域を破壊するが(同様に炭素・水素に対する感度が良い)ガスクロマトグラフのように全体を粉末にする必要はない。ジェイダイトとトルコ石についてワックス加工の検出について調査した結果、ワックス加工が施されたサンプルについては高濃度の炭素と水素が検出され、ワックス加工の鑑別に応用できることが判明した。ワックスの種類も判別可能であるが、破壊検査であり様子を見ながら要望があれば実務に入れる予定であるとのこと。

9. オパールとカルセドニーの範囲について
○岩松  利香、藤原  知子、難波  里恵 (東京宝石科学アカデミー)
オパールとカルセドニーの違いに対する定義はあいまいであり、オパールは結晶度の低い加水珪素である。オパールとカルセドニーが隣接する石も多いが、屈折率に差がある。また、FT–IRにおいて1157cm–1の吸収がカルセドニーにのみ見られる。

10. 中国雲南省の石林彩玉、黄龍玉と呼ばれるめのうについて
○中嶋  彩乃(株式会社彩)、古屋  正貴(日独宝石研究所)
石林彩玉は、中国雲南省昆明市石林県イ族自治体から採掘される赤、橙、黄、暗緑色の不透明なアゲートで2009年ごろから採掘がスタート、2012年から本格的に販売が始まった。赤、黄部分は鉄、暗緑色はクロムが検出され、その他にはニッケル、コバルト、マンガン、銅が検出される。また、黄龍玉は半透明黄色のカルセドニーであり、雲南省保山市龍陵県黒小山が代表的な産地で微量元素として鉄を含む。また雲南ひすいは、アイスジェードのような色をしているが、水晶に白色インクルージョンが多いもので、雲南ダイヤはキヤシテライトであった。

11. Herkimer Diamond 形成に関与した炭質物の化学的特徴
荻原  成騎(東大地球惑星)
ハーキマーダイヤモンドは5億年前に堆積した炭酸塩岩の空洞にでき、空洞の内部は炭質物でおおわれており、ハーキマーダイヤモンドの中にも炭質物が包有されている。炭質物はグラファイトとドロマイトであり、グラファイトのピーク半値幅でグラファイトの温度履歴がわかる。ハーキマー鉱区は15の鉱山があり、それ以外の鉱区では似たようなものが採掘されてもハーキマースタイルクォーツと呼んで区別を行う。調査は現在進行中である。

12. 銅含有リディコータイトの特徴
○桂田  祐介(GIA Tokyo合同会社)・孙子因(GIA Carlsbad)
2016年、GIA Tokyoラボに13石の銅含有リディコータイトが持ち込まれた。通常検査及びLA–ICP–MSを用いた主成分、微量成分の分析でリチウムとカルシウムを主成分に持つリディコータイトであることが確認できた。これらの石は高濃度の鉛とガリウムを含有する。希土類元素が多いため、蛍光が強く、希土類元素パターンは花崗岩質ペグマタイトに似ている。アプライト(半花崗岩)が母岩の可能性もある。LMHCでもパライバトルマリンに関してのトルマリン種類は決められていないためパライバトルマリンと表記される。微量元素の特徴がGIAの産地鑑別データベースと一致しないため、産地の特定は不可能であった。

13. フラックス法によるルビーとサファイアの結晶育成
橘  信(物質・材料研究機構)
発表者は物性物理の様々な測定試料をフラックス法で合成してきたが、宝石の書籍に掲載されているような綺麗な結晶を合成できないかと実験を行った。ラモラやクニシュカのような美しい合成ルビーの作り方は公開されておらず、様々な工夫を凝らした。鉛系(Bi2O3–PbF2、PbO–B2O3)のフラックスを用いると種結晶は不要で大きな結晶ができることが知られている。綺麗な結晶を作成することはできたが、結晶の完全性という意味ではラモラルビーには遠く及ばない。サファイアはルビーと比較して成長させることが難しく、色むらの激しいものしか作ることはできなかった。

14. FZ法によるMn添加スピネルの結晶育成
○勝亦  徹、見富  大真、宮島  貴子、高橋  希緒、福島  瞳、相沢  宏明、小室  修二(東洋大学・理工学部)
スピネルにマンガン(Mn)を添加すると様々な色になり、緑色の蛍光を呈する。MgとMnは連続的に固溶し、組成が本来のスピネルからずれてもスピネルの構造を取る。融点付近では様々な組成になることができ、Mgが不足した組成のスピネルは吸収スペクトル、発光スペクトルが組成により変化する。
当研究ではMnを添加し、スピネル(MgAl2O4)の本来1であるMgを0.2〜1.7まで増減させた合成石をFZ法で合成した。Mgが0.3の組成まではスピネルだけができていたが、Mgが多くなるにつれMgOが析出してピークが増えてきた。Mgが多いものはMgOが後で析出するため、原料組成の影響が表れにくいのではないかと思われる。

15. Observations on New Enhanced Sapphires: Before and After
○Hyunmin Choi, Sunki Kim, Youngchool Kim (Hanmi Gemological Institute & Laboratory)
韓国の会社がダイヤモンドをHPHT処理する機械を使い、サファイアの処理を始めた。処理する温度圧力はダイヤモンドよりもずっと低く、500–900kbar、温度は1200–1800℃で15分加熱を行うらしい。処理する温度圧力を変化させ実験を行い、宝石学の一般的な特性と分光特性を調べた。処理後のインクルージョン、分光分析結果は通常の加熱処理が施されたサファイアと同じであった。しかし、サンプルによっては結晶やネガティブクリスタル、フィッシャーやフラクチャーができていたり、反射する薄い膜が消えたり、色帯が弱くなったものもあった。FT–IRによる分析結果では、処理前に認められなかった構造的OH基(3047cm–1)に関する強い吸収帯が発生した。

16. DNA法を用いた宇和島産アコヤ真珠の種同定
○猿渡  和子 (GIA Tokyo)、鈴木  道生 (東大・院農)、Chunhui Zhou (GIA NY)、
Promlikit Kessrapong (GIA Thailand)、Nicholas Sturman (GIA Thailand)
宇和島産アコヤ養殖真珠についてDNA、16SrRNA遺伝子を使用し、真珠の種同定を行った。16SrRNAは細胞内のミトコンドリア中に多数のコピーを持っているため、増幅が容易である。外套膜、及び真珠から採取した5〜10mgの試料からDNAを抽出し、同定を行った結果、Pinctada fucataであることが判明した。

17. 貝殻に出来るブリスター類の観察について
渥美  郁男(東京宝石科学アカデミー)
貝殻に出来るブリスターの観察を行った。天然ブリスター真珠は天然真珠が貝殻に付着し、さらに真珠層で覆われた真珠、天然ブリスターは貝に穴を空ける寄生虫や空前入ってきた魚等から貝本体を守るために真珠層を覆いかぶせたものである。軟X線によるレントゲン観察で天然ブリスター真珠は中央に真珠が観察されるが、天然ブリスターには中央に真珠はない。また、養殖ブリスター真珠はもともと真珠を作るために入れた核が落ち、貝殻に付着し、真珠層に覆われたもの、養殖ブリスターは仏像真珠等である。軟X線観察で養殖ブリスターはその元になる核のようなものが見えるが、樹脂を使用したものは軟X線によるレントゲン写真で透けて見える。まれに鉛を核に使用されたものがあるが、重量をますためであると思われる。また、人為的にケシを作るため、外套膜に数か所キズをつけることがあるが、これがブリスター真珠の元になった場合、養殖というか否か非常にあいまいである。

18. ゴールド系シロチョウ真珠の特徴と分類
○矢崎  純子(真珠科学研究所)、江森  健太郎(中央宝石研究所)、小松  博(真珠科学研究所)
奄美大島、ミャンマー、フィリピン、インドネシア、着色処理のゴールド計シロチョウ真珠について検討を行った。近年の蛍光として、無穴で着色を行うため、わかりづらく、蛍光や紫外可視分光分析を行った結果、未処理のものに似ている真珠も存在する。本研究では紫外可視分光分析における280nmの吸収、360–430nmの広い吸収、干渉色がポイントとなることが明らかになった。他、拡大検査で染色痕を見つけること、またラマン分光の散乱強度もポイントになるとのことであった。また、オーロラビューアーで観察し、下半球にムラが見えると着色処理が施されている事も判明した。またLA–ICP–MSによる微量成分分析の結果、産地毎の特色があった。

19. 核にサンゴを使用した養殖アコヤ真珠の特徴とその鑑別の試み
○山本  亮、小松  博(真珠科学研究所)
養殖真珠に用いられる核は一般的にドブ貝であるが、ドブ貝以外の核を使用したものがごく少数出回っている。その中にサンゴを核にしたものがあり、サンゴの色調が真珠層を通して出るため、赤みを帯びた色になる。本研究ではサンゴ、真珠層で覆われたサンゴについて紫外可視分光分析、蛍光、ラマン分光分析を行った。サンゴでは紫外可視分光分析による390nmの小さい吸収、500nmと530nmにある大きな吸収が観察された。一方、真珠層に覆われた状態では390nmの吸収は認められなかったが、500nmと530nmの吸収が観察された。また蛍光は真珠の蛍光が観察され、サンゴの模様等は観察されなかった。穴口からは核が赤いことが確認され、オーロラビューアーでは透過側に赤みが強く観察された。

20. 真珠に起こる劣化現象のメカニズム-タンパク質の劣化から起こる真珠の劣化現象
○南條  沙也香、矢崎  純子、松田  泰典、小松  博(真珠科学研究所)
たんぱく質の劣化から起こる真珠の劣化現象について観察を行った。アコヤ養殖真珠の劣化により生成されるキズにはスポットとヒビがある。スポットは同心円状に模様ができるもので、成因としては漂白の際に真珠内部にある空隙に薬品が入り込み、そこから劣化がはじまる。ヒビはどのような経緯でできるかは不明である。加速実験を行った結果、ヒビは発生しなかったため、ヒビができる原因についてはわからなかった。ヒビの特徴としては大きいほど発生しやすく、穴口から遠い位置にできていた。

■総会について
平成29年度宝石学会(日本)総会においては、平成28年度の活動報告、会計、29年度の活動予定、予算の他、会則の変更について話が行われました。会則の変更により、宝石学会(日本)において従来は会員2名以上の推薦がなければ入会できませんでしたが、これからは推薦の必要はなくなります。また、退会の際の意向確認、評議員は2年ごとに改選することが決まりました。また、次回平成30年度宝石学会(日本)総会・講演会・見学会は富山近辺で行われる予定であることがアナウンスされました。

■宝石学会(日本) 平成29年度懇親会
総会・講演会終了後、早稲田大学大隅記念タワー15階「森の風」にて懇親会が行われました。53名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演会の発表内容についての質疑応答、討論等が行われ有意義な時間を過ごしました。◆

一般講演会の会場の様子
一般講演会の会場の様子

Seoul Jewelry Industry Support Centerを訪問して

2017年5月No.38

リサーチ室 北脇  裕士

去る 2017年2月1日(水)~3日(金)に韓国ソウル市のSeoul Jewelry Industry Support Center(SJC)を訪問し、最近の合成ダイヤモンドの現状と鑑別技術の話題を中心に情報交換を行いました。以下に概要をご報告致します。

ソウル市のシンボルともいえるソウルタワーの夜景
ソウル市のシンボルともいえるソウルタワーの夜景

Seoul Jewelry Industry Support Center(SJC)とは

Seoul Jewelry Industry Support Center(SJC)は2015年6月に開設されたソウル市のジュエリー産業を育成するための総合支援施設です。(https://www.seouljewelry.or.kr/eng/main/main.do)
SJCはソウル市のほぼ中心に位置するチョンノ3街(鍾路3丁目)にあります。この地は韓国ジュエリー産業のメッカであり、製造から販売までのジュエリー関連製品に関わる企業が集積しています。また、周辺には世界文化遺産に登録されている故宮(景福宮、昌徳宮)や宗廟(王と王妃の位牌を祀った儒教の祀堂)、韓国の伝統的家屋である韓屋(ハノク)の密集する地区である北村韓国村があり、朝鮮時代から近代までの歴史的な趣のある文化的地域です。SJCはまさに宗廟の外壁に面した閑静な場所に立てられています。

Seoul Jewelry Industry Support Center周辺 の地図
Seoul Jewelry Industry Support Center周辺 の地図

宿泊したホテルからのソウル市の眺望。遠くにソウルタワーが見える
宿泊したホテルからのソウル市の眺望。遠くにソウルタワーが見える

世界文化遺産に指定されている昌徳宮の入り口。チマチョゴリを纏った観光客
世界文化遺産に指定されている昌徳宮の入り口。チマチョゴリを纏った観光客

すでにオープンしているSJCの第1館は、リサーチ部門を担当するSJC研究所、事務局、ジュエリーライブラリーが併設しています。そして、およそ50m南に今年の6月28日に開館予定の第2館が現在建設中です。第2館では共同作業空間、体験館、カフェテリアおよび展示場として活用される予定です。
SJCはソウル市から経営を委託された財団法人ソウルジュエリー産業振興財団が運営しています。ソウル市で毎年ジュエリー産業に関わる予算が計上され、財団による実質上のサポートが行われています。

Seoul Jewelry Industry Support Centerの職員の皆さんとセンターの玄関にて
Seoul Jewelry Industry Support Centerの職員の皆さんとセンターの玄関にて

SJC第1館の1階には事務局があります。事務局では新進企業の支援、ジュエリーフェアや工藝技術大会の主催、ウェブドラマの制作やジュエリー関連の観光コースの開発などを行っています。また、加工、教育、鑑別などの技能者を登録してデータベース化し、各企業との人材マッチングなどの支援も行っています。
2階はジュエリー関連の雑誌や書籍および研究論文が収められており、一般の方々が自由に閲覧できるようになっています。

Seoul Jewelry Industry Support Centerの2階では一般の方々がジュエリー関連の書籍を閲覧できる
Seoul Jewelry Industry Support Centerの2階では一般の方々がジュエリー関連の書籍を閲覧できる

そして、地階にはSJC研究所があります。ここには宝石鑑別に使用される先端的な分析機器がそろえられており、各種分析サポートが行われています。特に微量成分の分析に使用されるLA–LIBSはApplied Spectra製の最新鋭の機種でICP–MSとも組み合わされています。これらはコランダムのBe処理の看破や金合金の定量などに有効利用されており、その成果は2016年6月の宝石学会(日本)でも発表されています。
SJC研究所での依頼分析は無償で受け付けられていますが、鑑別書は発行されずに分析結果の提供のみを行っています。したがって、依頼者はエンドユーザーではなく、鑑別機関や卸売業者が多いようです。その他に産業モニタリング(貴金属の含有率やダイヤモンド・グレーディングの現状把握)、各種情報セミナーの開催、海外からの専門家の招聘および技術交流などの業務を担当しています。また、後述するダイヤモンドの団体認定制度の実務的なサポートも行っています。

SJC研究所に設置されているICP–MS(左)とLA–LIBS(右)
SJC研究所に設置されているICP–MS(左)とLA–LIBS(右)

現在建設中のSJC第2館。韓国の伝統的な木造建築のデザイン。
現在建設中のSJC第2館。韓国の伝統的な木造建築のデザイン。

SJC研究所のダイヤモンド鑑別機器

韓国のジュエリー業界においてもこの1–2年メレサイズの合成ダイヤモンドの流入が深刻となり、その対応が急務となっていました。SJC研究所ではWolgok Jewelry Foundation※( http://w-jewel.or.kr/index.php)からDTC製のDiamondSure™、DiamondPlus™、DiamondView™、PhosView™、そしてGLIS–3000などのダイヤモンドの判別機器の寄贈を受け、合成ダイヤモンドの鑑別体制を整えてきました。さらに、GIAからDiamond–Check、アントワープのAWDC(Antwerp World Diamond  Center)からメレダイヤモンドの自動選別機M–Screen Plusの貸与を受けており、CGLからもCGL–Diamond Kensa を2台提供させていただいております。
これらの分析器機のすべての設置は2017年の1月に終了し、2月からはダイヤモンドの分析依頼を始めています。依頼を受けたルースのメレダイヤモンドのパーセルのうち、最大で60%が合成であったこともあるそうで、SJC研究所におけるダイヤモンドの分析サポートは韓国のジュエリー産業に大いに貢献していると思われます。

DTC製のダイヤモンド判別機器。左から PhosViewTM、 DiamondPlusTM、DiamondSureTM、DiamondViewTM
DTC製のダイヤモンド判別機器。左から PhosViewTM、
DiamondPlusTM、DiamondSureTM、DiamondViewTM

AWDCから寄贈されたM–Screen Plus
AWDCから寄贈されたM–Screen Plus

FTIRの機能でダイヤモンドのタイプを粗選別するGIAのDiamond–Check
FTIRの機能でダイヤモンドのタイプを粗選別するGIAのDiamond–Check

燐光で無色の合成ダイヤモンドを選別するGLIS–3000
燐光で無色の合成ダイヤモンドを選別するGLIS–3000

※Wolgok Jewelry Foundationは、株式会社LeeGoldの創業者として50年以上韓国のジュエリー産業に従事してきたイジェホLee Jae Ho氏が200億ウォンの私財を投じて2009年に設立した公益法人。韓国のジュエリー産業の健全な発展に寄与すべく、傘下にWolgok Jewelry Research Centerを有し、定期的に業況調査を行っている。

ダイヤモンド団体認定制度

韓国では消費者からの信頼を得るための正しいダイヤモンド・グレーディング文化の構築に向けての活動が長年にわたって行われてきており、その一環として2016年11月より「ダイヤモンド団体認定制度」が発足しています。この制度は“研磨されたダイヤモンドの鑑定”に関する韓国標準規格(KS D 2371)を基にしており、ダイヤモンド・グレーディングすべての平準化を目指しています。その最初の試みとして、日本と同様にマスターストーンを統一してのカラー・グレードの平準化が進められています。この制度の主宰は社団法人韓国貴金属宝石団体長協議会です。同協議会は材料、貴金属、研磨、加工、製造、鑑別、デザインなどの韓国のジュエリー産業に関わる10以上の団体から構成されています。カラーグレーディングのマスターストーンの選定を含む認定制度の実務は同協議会の傘下としてダイヤモンド鑑定団体認定委員会が組織され運営されています。このダイヤモンド団体認定制度の適正な管理・運営の活動の一環として2016年9月に社団法人韓国貴金属宝石団体長協議会会長Kim Jong–Mok氏、ダイヤモンド鑑定団体認定委員会委員長Cho Ki–Sun氏、Wolgok Jewelry Research Center所長Ohn Hyun–Sung氏、Seoul Jewelry Industry Support CenterのLee Bo–Hyun氏の4名がAGLを表敬訪問され、一足早く実施されてきた日本のマスターストーン制度について視察されています。
韓国のダイヤモンド・マスターストーンはGIA基準の12石(E、F、G、H、I、J、K、L、M、N、S、Z)がそろえられており、その原器はSJCに保管されています。現在、この団体認定制度に加盟している鑑別機関は5社あり、加盟機関のグレーディング・レポートはデザインが統一されています。そのため書面を見ればすぐに認定制度によるレポートであることがわかります。この認定制度を推奨している販売業者はすでに10社以上あり、韓国のジュエリー産業で根ざしていくことが期待されています。◆

HRD アントワープダイヤモンドセミナー報告

2017年5月No.38

リサーチ室 北脇  裕士

『合成ダイヤモンドvs.天然ダイヤモンド』

去る2017年1月25日(水)、東京ビッグサイトにおける第28回国際宝飾展(IJT 2017)の開催期間に合わせてHRD Antwerpと株式会社APの主催によるダイヤモンドセミナー『合成ダイヤモンドVS.天然ダイヤモンド』が行われました。昨年に引き続いてのセミナー開催ですが、メレサイズの合成ダイヤモンドは業界内での最大の懸案事項であり、定員100名の会場が満員となる盛況ぶりでした。

第28回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト
第28回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト

第28回国際宝飾展の案内板
第28回国際宝飾展の案内板

このセミナーでは合成ダイヤモンドの製造技術に関する解説、HPHT合成法とCVD合成法のそれぞれの特徴、天然と合成ダイヤモンドの識別における最新のテクノロジーに関するプレゼンテーションが行われました。そして、メレサイズの合成ダイヤモンドのスクリーニング(粗選別)用にHRDで開発され、新たにバージョンアップされたM–SCREEN+が日本国内で初めて紹介されました。
以下にプレゼンテーションの内容を詳しくご紹介いたします。

HRD Antwerp

HRD(Hoge Raad voor Diamant)は、ベルギー・アントワープに本部を置く世界最大のダイヤモンド研究機関で、AWDC(アントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター)によって運営されています。世界で最も高い水準と信頼性をもつ鑑定機関の一つとして知られており、ダイヤモンド鑑別の分野において最先端の技術を有しています。また、世界ダイヤモンド取引所連盟(WFDB)および国際ダイヤモンド製造者協会(IDMA)の2大機関によって承認され、国際ダイヤモンド審議会(IDC)の基準に準拠している国際的研究機関でもあります。さらにHRDはダイヤモンドのグレーディングのみならず、教育、器材、研究の各部門を有しています。
今回の講師はHRDアントワープのチーフエデュケーションオフィサーのKatrien De Corte博士です。彼女はベルギーのGhent大学で宝石学の客員教授もされている第一線の宝石学者でもあります。国際宝石学会(IGC)などでも研究発表をされており、世界各国の業界関係者にダイヤモンドに関する講演を数多く提供されています。今回の講演でも非常にわかりやすくプレゼンテーションを行っていただきました。

講師のKatrien De Corte博士
講師のKatrien De Corte博士

講演会の様子
講演会の様子

後援・協力

本セミナーは駐日ベルギー大使館が後援していました。そしてAntwerp World Diamond Centre(AWDC)、時計美術宝飾新聞社および弊社が協力させていただきました。ベルギー大使館からは一等書記官のBent Van Tassel氏が会場に来られ、セミナー開始前に挨拶をされました。同氏のスピーチとCorte博士の講演は英語で話されるため、その通訳をGem–Aに留学経験があり、宝石学に造詣の深い徳山薫氏が勤めてくださいました。

挨拶される駐日ベルギー大使館の一等書記官 Bent Van Tassel氏
挨拶される駐日ベルギー大使館の一等書記官
Bent Van Tassel氏

1. ホットトピック

2003年に発行されたWIREDという雑誌ではダイヤモンドのジュエリーを身にまとった女性モデルの写真が表紙を飾っています。これらのダイヤモンドはすべて合成ダイヤモンドであり、しかも非常に安価であるということで世の中に衝撃を与えました。
合成ダイヤモンドの需要は年々増加しています。例えば、米国では2015年から2016年までの1年間で合成ダイヤモンドの販売は230%増加しています。

2. 合成ダイヤモンドとは・・・

HRDではIDCの用語使用に準拠しており、合成ダイヤモンドに対してLaboratory Grown Diamondという用語を使用しています。英語では他にSynthetic Diamond, Laboratory–Created,  Lab–grownなどと表記されますが、すべて同じ意味です。
合成ダイヤモンドは、化学組成および結晶構造が天然ダイヤモンドとまったく同じであり、光学特性および物理特性にも違いは見られません。合成ダイヤモンドはキュービックジルコニアやモアッサナイトのように単に見かけが似ているだけの類似石とは異なります。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも炭素(C)だけでできており、熱伝導性はきわめて高く、屈折率は2.417、ファイアの源となる分散度は0.044でこれらの特性値すべてが同じです。いっぽう、類似石の代表であるキュービックジルコニアは、化学組成がZrO2です。熱伝導性は低く、屈折率は2.16、分散度は0.060でダイヤモンドとは異なります。モアッサナイトは、化学組成がSiCで、熱伝導性は高いですがその他の諸特性はダイヤモンドと完全に異なります。
天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドには違いもあります。天然ダイヤモンドは地下の高温高圧下で何億年という長い年月をかけて成長し、複雑な環境の変化をこうむります。いっぽう、合成ダイヤモンドはラボという閉鎖された一様な環境下で短い時間で育成されます。その結果、天然ダイヤモンドには多くの窒素不純物を含みますが、合成ではその量はごくわずかです。
宝石品質の合成ダイヤモンドを製造する方法は主に2種類あります。HPHT合成法とCVD合成法です。そして合成ダイヤモンドには製造したままのものと、成長後に処理をしたものがあります。それではそれぞれの合成方法について説明します。

3. 合成方法

3–1 HPHT合成
HPHT(高温高圧)法は、地球深部で天然ダイヤモンドができる環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度と圧力を与えて原料となる炭素をダイヤモンドの結晶へと成長させます。グラファイト等の炭素物質を鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、温度差を利用してダイヤモンドを結晶化させます。

3–2 CVD合成
CVD合成法は、Chemical Vapor Depositionの略です。化学気相成長法(化学蒸着法)と呼ばれるものです。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます。

3–3 合成ダイヤモンドの生産量
宝飾用合成ダイヤモンドの生産量についての公式な発表はありません。しかし、1年間でHPHT合成ダイヤモンドは130–300万ct、CVD法合成ダイヤモンドは100–120万ct生産されていると推定されており、天然ダイヤモンドの生産量の2–3%程度と見積もられています。

4. 合成ダイヤモンドの原石

HPHT合成ダイヤモンドもCVD合成ダイヤモンドも原石の状態であればすぐに識別することができます。それは結晶原石の形態が天然とは異なるからです。HPHT合成法では種結晶を用いて金属溶媒中で成長させるため、六–八面体を主体とした集形となります。この形状は天然では極めて稀です。ただ、生産量は非常に少ないものの台湾の会社で天然と同様の八面体の形状のものも製造しているようです。
また、CVD合成法では種結晶の上に炭素原子を沈積させて一方向に層成長させるため、特徴的な板状の形態となります。

5. 研磨された合成ダイヤモンド

現在、HPHT合成法では最大で10.02ct、 E、VS1のものができています。CVD合成法でも3ct 以上のものが確認されています。いずれの製法においても多くの製造者が存在し、その品質は高品質から低品質まで多岐に渡ります。
これらの合成ダイヤモンドが宝飾用にカット・研磨された後では見た目では判らないため、常に天然か合成かの疑問を持つことが必要となります。今後は天然ダイヤモンドの上に薄くCVD合成ダイヤモンドをコーティングしたようなものも出現する可能性がありますからさらに注意が必要です。

6. 研磨された合成ダイヤモンドの鑑別

カット・研磨された合成ダイヤモンドの鑑別は容易ではありません。ルーペや顕微鏡などの標準的な鑑別器材では識別が困難で、高度な分析器機や洗練されたラボの技術が必要となります。鑑別には時間もかかります。ラボで受け付けて即日でお返しするというわけには行きません。
ラボで使用する代表的な分析器機として、紫外-可視分光光度計、FTIR、フォトルミネッセンス(PL)を測定するラマン分光装置、紫外線ルミネッセンス像で結晶成長を観察するDiamondView™などがあります。これらの分析装置を有効に活用するためには多くの蓄積されたデータベースとそれらを解析する能力が必要となります。ただ、分析機器がたくさん揃っていれば良いというわけではありません。
一例をあげます。2015年9月、3.09ctのラウンドブリリアントカットが施されたダイヤモンドがHRDに供せられました。色はほぼ無色( Iカラー)でクラリティはVS2でした。紫外線蛍光は無く、FTIR分析ではⅡ型と分類されました。交差偏光下では天然のⅡ型ダイヤモンドに一般的なタタミパターンに類似する歪複屈折が見られました。しかし、フォトルミネッセンス分析では736.6nmと736.9nmの明瞭なダブレット(SiV)が確認され、DiamondView™の観察ではオレンジ色の蛍光色とCVD合成特有の層状の成長構造が確認されました。
別の例はM–Screen で見つけた0.005ctの非常に小粒のダイヤモンドです。これはFTIRでわずかなボロンを含むⅡb型であることが判りましたが、DiamondView™では特別なパターンは見られませんでした。PL分析ではわずかなSiVの欠陥が見られました。さらに電子顕微鏡を用いたカソードルミネッセンス(CL)分析で特徴的な六–八面体の成長構造がみられ、HPHT合成と結論付けられました。

7. グレーディングレポート

HRDではIDCの規則に従い、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドのグレーディングレポートが一目でわかるように色分けしています。合成ダイヤモンドは黄色カバーのレポート、天然ダイヤモンドには青色カバーのレポートを用いています。また、合成と判断されたダイヤモンドにはガードルに“Laboratory Grown”とシリアルNo.をレーザー刻印しています。

HRDのグレーディングレポート:天然用
HRDのグレーディングレポート:天然用

HRDのグレーディングレポート:合成用
HRDのグレーディングレポート:合成用

8. スクリーニング(粗選別)と鑑別

メレサイズのダイヤモンドの鑑別には時間とコストがかかるため、スクリーニング(粗選別)が重要となります。粗選別とは100%天然といえるダイヤモンドと更なる詳細検査が必要なものとを分別することです。そのためにある際立った特性に着目した限られた技術を用いています。そのため粗選別=鑑別ではありません。厳密には粗選別≠鑑別です。

9. ダイヤモンドのタイプ

多くの粗選別機器はダイヤモンドのタイプ分類を基本原理としています。良く知られているように、ダイヤモンドは窒素を不純物として含有するⅠ型と含まないⅡ型に分類されます。そして、天然のダイヤモンドのほとんど(98%以上)はⅠ型に分類され、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型に分類されます。そのためダイヤモンドのタイプ分類がダイヤモンドの鑑別の重要な第一ステップになります。窒素を含有するⅠ型は窒素の存在の仕方によってⅠa型とⅠb型に細分されます。前者は窒素が凝集した形態で、後者は孤立した単原子の状態です。さらにⅠa型はⅠaA型とⅠaB型に細分されます。ⅠaB型は合成ダイヤモンドにはないので、起源は天然と考えることができますが、色の改善のためのHPHT処理が施される可能性があるため更なる詳細検査が必要となります。

ダイヤモンドのタイプの模式図 (HRD作成)
ダイヤモンドのタイプの模式図 (HRD作成)

10. HRDの粗選別機器

HRDが開発した粗選別機器にはD–ScreenとAlpha Diamond Analyzerがあります。
D–Screenは2005年に販売が開始された最初のHRD製粗選別機器です。紫外線の透過性を基本原理としています。検査可能なダイヤモンドはルースのみで、サイズは0.2ct〜10ct、カラーはD〜Jまでです。測定した結果、緑色のランプが点灯すれば天然ダイヤモンドでHPHT処理の可能性もないものです。黄色のランプが点灯すれば、HPHT処理が施された天然ダイヤモンドもしくは合成ダイヤモンドの可能性があります。しかし、未処理の天然ダイヤモンドの可能性もあることから更なる詳細検査が必要となります。
Alpha Diamond Analyzerは2012年に発売されたFTIR(赤外分光光度計)です。ルースと一部のセット石でも測定が可能です。分析結果を独自のソフトで診断し、IRのスペクトルを確認することができます。
しかし、これらの粗選別機器は一石ずつのマニュアル操作になるため、多数のダイヤモンドを検査するためには時間と労力がかかります。そのため、多数個のメレダイヤモンドの検査は非常にコストが高くなります。業界からも自動的にメレダイヤモンドを粗選別する装置が要望されるようになりました。そこで、HRDでは自動メレ粗選別装置M–Screenを開発しました。

11. M–SCREEN

M–ScreenはHRDアントワープとWTOCD(Wetenschappelijk en Technisch Onderzoeks Centrum voor Diamant’ アントワープのダイヤモンドリサーチセンター)の共同で開発したメレサイズダイヤモンドの全自動スクリーニング(粗選別)システムです。
卓上設置が可能なデスクトップサイズで、超高速(最小でも毎秒3個)でメレサイズのダイヤモンドを粗選別します。対象は0.01ct〜0.20ctのD〜Jカラーのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドです。選別を行う基本原理は波長の短い紫外線による特性と未公開の特許技術が使用されています。選別結果は、「天然ダイヤモンド」と100%確信できるもの、さらに検査が必要な「合成あるいはHPHT処理の可能性がある天然ダイヤモンド」、そして「類似石」に分別されます。
そして2017年1月からは新しくバージョンアップしたM–Screen+を提供しています。この装置はより小さなダイヤモンド(0.005–0.10)にも対応し、さらに早い(1秒間で5石以上)測定が可能となっております。

12. 合成ダイヤモンドの未来

合成ダイヤモンドは将来的に市場でどうなっていくのかという疑問があります。ここに2016年5月にある調査会社が行った結果があります。Googleで1番検索された宝飾ブランドはカルティエ、2位はティファニー、そして3位はスワロフスキーでした。1番検索されたカルティエは天然ダイヤモンドしか扱いませんし、サプライヤーにも天然であることを保障するように厳しく要求しています。いっぽう3位のスワロフスキーは天然ダイヤモンドではなく、キュービックジルコニアなどのイミテーションを使用しています。現在、合成ダイヤモンドは積極的にプロモートされるようになって来ています。人権の配慮や環境への優しさをうたい、有名な俳優が宣伝に出演しています。今後、合成ダイヤモンドは天然とイミテーションの中間に位置するようになるかもしれません。
ここで非常に大切になるのが情報開示です。消費者にとって合成ダイヤモンドであることがわかっている場合は問題ありません。天然ダイヤモンドであると信じていたものが合成であることが問題です。信頼・信用が大切になるのです。

13. 結論

非常に高品質な宝石品質合成ダイヤモンドが市場供給されており、合成ダイヤモンドは原石であれば識別は容易ですが、カットされてしまうと鑑別が困難となります。
HRDアントワープでは、大量のメレサイズのダイヤモンドの中から合成ダイヤモンドを分別する粗選別する装置を開発しており、粗選別のサービスと各種レポートの発行を行っております。◆

全質連研修(講習)会参加報告

2017年5月No.38

カスタマーサービス部 長谷川  晃祥

2017年3月30日(木)に全国質屋組合連合会(全質連)による会員様限定の講習会が東京千代田区神田にある東京質屋会館にて開催されました。弊社技術者が講師の一人として招待を受け講習を行ないました。
以下に概要をご報告致します。

本講習会は全国の拠点をTV会議システムで結びその模様をリアルタイムで配信し、各拠点の会場にて同時開催されました。第3回目の今回から徳島会場を新設し、札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の全国7拠点、合わせて151名の方々が参加しました。

今回の講習会は午後1時より始まり4人の講師による講習が行われ、午後4時半まで参加者は熱心に聴講されていました。1時間目、全質連会長 菊池章二氏による『全質連活動の現状報告について』、2時間目は全質連顧問弁護士 松村龍彦氏による『質屋の利息について、過去から現在と将来について』、3時間目は(株)ネットジャパン本社営業部 副部長 土肥栄一氏による『地金相場と、色石の相場等について』、そして最後の4時間目に弊社リサーチ室室長 北脇裕士により『最近出回っている合成ダイヤ等について』のテーマで講習が行われました。
宝石に関する講習は今回が初との事です。

3時間目のネットジャパン土肥氏の講習では貴金属の価格はどのように決められているのか、GDB(グッドデリバリーバー)の国際公式ブランドの紹介、海外ジュエリーショーでのカラーストーンのトレンド、インゴットの偽物と注意喚起など大変興味深い内容でした。

4時間目の弊社北脇による講習ではプロジェクターを使用させて頂き、合成ダイヤモンド(HPHT法・CVD法)の製法や、鑑別方法、現在販売されている粗選別機器等、ダイヤモンド鑑別の手順を話し、最後に講師が自ら訪問した中国でのHPHT法合成ダイヤモンドの生産状況や今後の展望を話して締めくくりました。

講習後の質疑応答では時間内に収まりきれないほど参加者からの質問があり、その内容も全員が熱心に聞いていた様子が印象的でした。◆

講習会の様子(東京会場)
講習会の様子(東京会場)