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小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)を訪ねて

PDFファイルはこちらから2018年11月PDFNo.47

リサーチ室 北脇 裕士

【日本の石(国石)ヒスイ】

2016年9月24日、日本鉱物科学会平成28年度総会にてヒスイが日本の国石に選定されました。

図 1:日本の国石となったヒスイ(フォッサマグナミュージアム提供)
図 1:日本の国石となったヒスイ(フォッサマグナミュージアム提供)

 

日本の石(国石)は日本鉱物科学会の一般社団法人化の記念事業の一環として考案されたものです。「日本で広く知られて、国内でも産する美しい石(岩石および鉱物)であり、鉱物科学のみならず様々な分野でも重要性をもつものを、「国石」として選定することにより、私たち日本人が立っている大地を構成する石について、自然科学の観点のみならず社会科学や文化・芸術の観点からもその重要性を認識するとともに、その知識を広く共有する」 という趣旨のもと取り組まれてきました。日本鉱物科学会のホームページにはヒスイが国石に選定された理由を以下のように述べています。「ヒスイ輝石やこの鉱物からなるヒスイ輝石岩は、日本列島のようなプレート収束域(沈み込み帯)の冷たい地温勾配の環境下でのみ形成されると考えられ、特に細粒でやや透明感をもったヒスイは宝石として高い価値を持ちます。ヒスイの産出は約5.5億年前より若い時代の蛇紋岩分布地域に限られ、藍閃石片岩や超高圧変成岩と同様、地球の冷却を示す岩石の一つです。ヒスイを敲(たたき)石として使ったものが、糸魚川市の大角地(おがくち)遺跡から発見され、縄文時代前期前葉の利用例として知られています。縄文時代に国内で加工された大珠は人類初のヒスイ加工の証であり、以後奈良時代まで利用された勾玉と共に日本史で重要な石であります。その後、日本からのヒスイの産出は忘れ去られますが、1938年に新潟県でヒスイが再発見され、翌年に学術論文として公表されます。そして現在では、新潟県糸魚川市をはじめ兵庫県養父市、鳥取県若桜町、岡山県新見市、長崎県長崎市など日本各地において野外で観察できるとともに、法律により保護されているところもあります。ヒスイの名は一般の人にも広く知られており、まさしく日本のシンボルであり、国石としてふさわしい石と認められます。」(注:日本鉱物科学会のHPには「ひすい」とひらがな表記されていますが、本稿では「ヒスイ」とカタカナで統一しています)

 

【小滝川でのヒスイの発見】

 

図2–1:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置
図2–1:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置

 

図2–2:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置
図2–2:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置(詳細)

 

日本国内の縄文、弥生、古墳時代の各地の遺跡からヒスイ製の勾玉や大珠などが見つかっています。 これらのルーツは現在ではすべて糸魚川地域であると考えられています。しかし、以前は日本で見つかるヒスイは大陸から渡来したものと考えられていました。なぜならば日本国内にはヒスイの産地が見つかっていなかったからです。

1938年に小滝川の支流のひとつ土倉沢の出会い付近でヒスイが発見されます。この発見に大きな役割を果たしたのが相馬卸風氏といわれています。相馬氏は明治から昭和にかけて歌人、文芸評論家として活躍する糸魚川在郷の知識人です。一般には早稲田大学の校歌の作詞で知られています。相馬氏は高志の国(現在の福井から新潟にかけて)の姫である奴奈川姫がヒスイの首飾りをしていたという伝説から、そのヒスイは地元産ではないかと考えていました。奴奈川姫はあくまでも伝説の人物ですが、数多くの資料が残されており、糸魚川の人々にとって特別な存在です。市内には「奴奈川姫の産所」など奴奈川姫にまつわる伝承地も数多く、式内社(しきないしゃ)である「奴奈川神社」にも、奴奈川姫と八千矛命(やちほこのみこと=大国主命)がともに祀られています。市内各地には奴奈川姫にちなんだ地名とともに、いくつもの伝承も数多く残っています。また、『万葉集』に詠まれた「渟名河(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜(あたら)しき 君が 老ゆらく惜(を) しも」(作者未詳)の歌において、「渟名河」は現在の姫川で、その名は奴奈川姫に由来し、「底なる玉」 はヒスイ(翡翠)を指していると考えられ、奴奈川姫はこの地のヒスイを支配する祭祀女王であるとも考えられています。

このような相馬氏のヒスイが地元にあるのではないかという発想が知人に伝えられ、ヒスイの調査が行われました。そして小滝川でのヒスイの発見に繋がります。見つけられたヒスイらしき石は幾人かを介して東北大学に届けられ、研究者らによって詳しく調べられました。その研究成果が、昭和14年(1939年)岩石鉱物鉱床学という科学誌に河野義礼(かわのよしのり)博士による「本邦に於ける翡翠の新産出及その化学性質」として発表されます。このヒスイ発見の経緯については、フォッサマグナミュー ジアム上席学芸員の宮島宏博士が専門誌で詳しく解説されています(地質学雑誌 第116巻 補遺 pp143‒153、2010年)。

 

【ヒスイの保護】

ヒスイの発見が最初に発表されたのが岩石・鉱物の専門誌であったためか、考古学者たちが日本からのヒスイ産出の情報を知るまでには少し時間が掛かったようです。今なら新聞、テレビ、雑誌、SNSなどで一瞬にしてこの手のニュースは拡散すると思われますが・・・。しかし、戦後になってようやく郷土研究家、考古学者を中心にヒスイの文化的価値が急速に認識され、重要視されるようになりました。そしてヒスイ保護運動が高まり、昭和29年(1954年)2月に小滝川のヒスイが新潟県指定の文化財になります。このときの指定内容は「明星山下の硬玉岩塊」とされ、指定地域についてはあいまいでした。 県の文化財に指定された後も、県外の複数の者たちによって発破を仕掛けてヒスイ岩塊を持ち出そうと する騒動が起こりました。これを契機に地元でも保護か開発かでゆれる時期があったそうです。そして、 これらの騒動が収束し、昭和31年(1956)6月には国指定天然記念物「小滝川硬玉産地」となり、指定地域も明確にされています。

 

【小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)】

 

図 3:国の天然記念物であることを示す石碑
図 3:国の天然記念物であることを示す石碑

 

小滝川ヒスイ峡へのアクセスは自家用車がお勧めです。残念ながら直接ヒスイ峡まで行ける路線バス等の公共交通機関はありません。新幹線の停まる糸魚川駅にはタクシーがありますし、レンタカーも利用可能です。もし、徒歩で行く場合はJR大糸線小滝駅から片道およそ60分の行程となります。いずれにしても道路事情は必ずしもよくありませんので、ネット等で事前に情報収集することが必須です。 筆者はフォッサマグナミュージアム学芸員の竹之内博士の車で小滝川ヒスイ峡を訪れることができました。

 

図 4:明星山の大岩壁 ( 写真左のなだらかな斜面が蛇紋岩体 )
図 4:明星山の大岩壁 (写真左のなだらかな斜面が蛇紋岩体)

 

糸魚川は、過去に宝石学会(日本)の開催地になったことが2度あります(1992年と2002年)。 そのときのエクスカーションで小滝川ヒスイ峡を訪れる機会がありました。久しぶりではありますが、今回が3回目の訪問となりました。車で糸魚川市内から姫川沿いに国道148号線を南下し、JR小滝駅近くから県道483号に入り、山道を小滝川に沿って登っていきます。市内から小一時間走った頃、突然目の前に明星山の絶壁が現れます。明星山の岩壁は石灰岩からできており、ロッククライミングのゲレンデとして有名です。明星山は標高1188mで、岩壁の高さは500mもあります。明星山の西側にはややなだらかな傾斜の斜面があります。

 

図 5:小滝川ヒスイ峡(写真左が上流、右端がヒスイ産地の上流側境界)
図 5:小滝川ヒスイ峡(写真左が上流、右端がヒスイ産地の上流側境界)

 

図 6:小滝川ヒスイ峡のヒスイの転石(白っぽい岩がヒスイ)
図 6:小滝川ヒスイ峡のヒスイの転石(白っぽい岩がヒスイ)

 

植生も回りに比べてやや新しく緑鮮やかです。この部分は蛇紋岩です。蛇紋岩は水を吸うと膨張してもろくなる性質があり、この緩斜面は蛇紋岩の地すべりによってできた地形です。この緩傾斜地はその岩体の中にさまざまな種類の構造岩塊を含む蛇紋岩メランジュとなっています。小滝川ヒスイ峡のヒスイはこの蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれたものです。地すべりによって蛇紋岩岩体が小滝川に滑り落ち、その後の侵食によって蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられます。

図 7:天然記念物保護の注意書き
図 7:天然記念物保護の注意書き

 

図 8:天然記念物に指定される地域の上流側の境
図 8:天然記念物に指定される地域の上流側の境

 

ヒスイは低温高圧型の変成作用によって生成します。このような変成作用が生じるのは海洋プレートが 大陸プレートに沈み込んでいる場所(沈み込み帯もしくはサブダクションゾーンともいう)の地下20‒30kmと考えられています。沈み込み帯では冷たくなった海洋プレートが海溝の下に沈み込んでいくために、プレート同士が衝突して圧力が高いわりに他の場所より温度が低くなっています。最近の研究では、ヒスイの多くは橄欖(かんらん)岩が蛇紋岩化する際に関連した熱水溶液から生成したと考えられています。沈み込み帯では多量の海水を含む堆積物が海洋プレートとして地下深くに沈み込みます。 その際、橄欖岩が蛇紋岩へと変化する作用が生じます。それに伴って、局所的に蛇紋岩の割れ目に熱水溶液が発生し、ヒスイが生成します。このようなヒスイを含む蛇紋岩は回りの岩石よりも軽いため、大きな断層帯にそって上昇します。これが小滝川で見られるヒスイを伴う蛇紋岩メランジュなのです。◆

マントル深部からのダイヤモンド Diamonds originated from the lower part of mantle

PDFファイルはこちらから2018年9月PDFo.46

鍵 裕之
東京大学大学院理学系研究科

宝石の代表選手であるダイヤモンドは、砂川一郎先生(1924–2012)によって「地下からの手紙」と表現された。ダイヤモンドを入念に観察することで、ダイヤモンドの中に秘められた「手紙」を読み解き、地球深部の情報を知ることができると言う意味であろう。これまで天然ダイヤモンドの研究から、地球内部を構成する物質の理解が飛躍的に進展してきた。特に近年になって、マントル遷移層から下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究が盛んに行われている。天然ダイヤモンド、特に超深部起源ダイヤモンドに関連する地球内部科学の最近の研究動向について述べたい。
地球内部はどのような構造で、どのような物質でできているのか?教科書を開けば、地表から地殻、マントル(上部マントル、マントル遷移層、下部マントル)、核(外核、内核)という層構造をとると書かれている(図1) [1]。もちろんそれぞれの層に境界線があるわけではない。これらの層の境界では物質の密度が不連続的に変化しているため、不連続面とも呼ばれている。このような地球内部の密度構造は、地震波が伝搬する速度が地球内部で変化する様子から求められた。物質の密度は、物質を構成する元素組成によって変化する。重い元素(例えば鉄)が主成分になれば密度は高くなるし、比較的軽い元素(例えばマグネシウム)が主成分になれば密度は低くなる。一方、化学組成が同じであっても結晶構造が変化すれば密度も変化する。地震波伝搬速度の観測から地球内部の密度分布がわかっても、密度の変化が化学組成によってもたらされたのか、結晶構造の変化によってもたらされているかはわからない。地震波伝搬速度の解析に加えて、高温高圧実験、ダイヤモンドに代表される地球深部起源の天然試料の観察がまさに三位一体となって地球深部科学を発展させてきた。

 

図1-1:地球内部の層構造(図の作成は大学院生 福山鴻君による)
図1-1:地球内部の層構造(図の作成は大学院生 福山鴻君による)

 

図1-2:A,B, CはBass and Parise(2008)からの抜粋
図1-2:A,B, CはBass and Parise(2008)からの抜粋

 

高温高圧実験では、地球深部に相当する温度・圧力を実験室で再現して、地球深部に存在しうる鉱物を推定することができる。高温高圧実験には大型のマルチアンビル高圧発生装置(図2)やダイヤモンドアンビルセル(図3)を用いる。

 

図2:マルチアンビル高圧発生装置。愛媛大学地球深部ダイナミクスセンターに設置されているORANGE 3000
図2:マルチアンビル高圧発生装置。愛媛大学地球深部ダイナミクスセンターに設置されているORANGE 3000

 

図3:研究室で使用しているダイヤモンドアンビルセル。外形は約70 mm。(左)セルの外観。3本のネジで加圧していく。(右)セルの内部。上下に1対のダイヤモンドアンビルが装着されている
図3:研究室で使用しているダイヤモンドアンビルセル。外形は約70 mm。(左)セルの外観。3本のネジで加圧していく。(右)セルの内部。上下に1対のダイヤモンドアンビルが装着されている

 

高温高圧から急冷回収された試料を様々な手法を用いて分析することも多いが、常温常圧条件では不安定な鉱物もある。そのような場合はSPring–8やKEK Photon Factoryに代表される放射光実験施設で得られる指向性が高く、細いX線ビームを用いて、高温高圧の状態のままでX線回折を測定し、マントルに相当する条件で鉱物の結晶構造の解析が行われている。また、X線回折では決定することが困難な結晶中の水素原子の位置を決定するためには、中性子回折の測定が不可欠である。中性子回折の散乱強度は元素の電子数に依存しないため、水素を代表とする軽元素の位置決定やMg2+, Al3+, Si4+などの等電子数イオンを区別することが可能である。茨城県東海村に建設された大強度陽子加速器施設(J–PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に、超高圧中性子回折装置PLANET (Pressure–leading apparatus for neutron diffraction)が稼働している[2](図4)。

 

図4:大強度陽子加速器施設(J−PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された超高圧中性子回折装置PLANET (左)ビームラインの外観(右)PLANETビームラインに設置された大型マルチアンビル高圧発生装置(圧姫)
図4:大強度陽子加速器施設(J−PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された超高圧中性子回折装置PLANET
(左)ビームラインの外観 (右)PLANETビームラインに設置された大型マルチアンビル高圧発生装置(圧姫)

 

冒頭に述べたとおり、ダイヤモンドは地下からの手紙である。手紙に書かれた文字が、ダイヤモンドの結晶に取り込まれている鉱物や流体などの包有物(inclusion)と考えることもできる。包有物とはダイヤモンドが地球深部で結晶成長する際に周囲からダイヤモンドの結晶内部に取り込まれたものである。ダイヤモンドの熱力学的安定領域を考えると、ダイヤモンドは深さ150 km以上のマントルで生成したことになるので、ダイヤモンド中の包有物はマントルに存在している物質を取り込んだと考えられる。ダイヤモンドは最も硬い物質であるため破壊されにくく、また極端な酸化的条件でない限り反応することがないため化学的にもきわめて安定な物質である。したがって、天然ダイヤモンドは地球深部物質を包有物として安定に地表まで運ぶことができる頑丈なカプセルであり、貴重な研究試料である。地球深部で取り込まれた包有物の周囲にはギガパスカル(GPa)オーダーの圧力が残っている。図5に示すように地球内部でダイヤモンド中に包有物が取り込まれたときには、包有物と周囲のダイヤモンドは力学的につり合った状態にある。

 

図5:横軸に温度、縦軸に圧力を取った状態図。右上に位置する高温高圧状態にある地球深部でダイヤモンドが成長し、周囲に存在していた包有物を取り込む。地表に上がる過程で包有物とホストダイヤモンドの熱膨張係数、圧縮率の違いから包有物に圧力が生じる。
図5:横軸に温度、縦軸に圧力を取った状態図。右上に位置する高温高圧状態にある地球深部でダイヤモンドが成長し、周囲に存在していた包有物を取り込む。地表に上がる過程で包有物とホストダイヤモンドの熱膨張係数、圧縮率の違いから包有物に圧力が生じる。

 

地球深部から地表にダイヤモンドが上昇する際に温度が下がるため包有物もダイヤモンドも体積が減少する。また、圧力が低下するため包有物もダイヤモンドも体積が増加する。包有物とダイヤモンドの熱膨張率、圧縮率はそれぞれ異なり、地表に上がると包有物の方が周囲のダイヤモンドよりも体積が大きくなるため、包有物周辺には圧力がかかる。このことを初めて報告したのはNavon (1991)で、ダイヤモンド中の石英包有物に帰属される赤外吸収スペクトルが高波数側へシフトすることから残留圧力(約1 GPa)を求めた[3]。天然ダイヤモンドの包有物として、固体二酸化炭素[4]、氷VI相[5]、氷VII相[6]などいずれも常圧下では存在できない高圧相が報告されている。これらの包有物はダイヤモンドが生成したマントル中に二酸化炭素や水といった揮発性物質が存在した直接的な証拠となっている。図6と図7に筆者らが測定したダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを示す。包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。

 

図6:ダイヤモンド中に含まれるクロムスピネルとかんらん石の包有物。ダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを取ると包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。(Kagi et al., 2009より[21])
図6:ダイヤモンド中に含まれるクロムスピネルとかんらん石の包有物。ダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを取ると包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。(Kagi et al., 2009より[21]

 

図7:Sao-Luiz産下部マントルダイヤモンドに含まれるブリッジマナイト包有物(左)EBSDマップ。色の変化はダイヤモンドの結晶方位のずれを示している。(右)ラマンスペクトルの2次元マッピング (Cayzer et al., 2008より[22])
図7:Sao-Luiz産下部マントルダイヤモンドに含まれるブリッジマナイト包有物(左)EBSDマップ。色の変化はダイヤモンドの結晶方位のずれを示している。(右)ラマンスペクトルの2次元マッピング (Cayzer et al., 2008より[22]

 

このようにダイヤモンド中の包有物そのもの、あるいは周辺のダイヤモンドに蓄積された圧力を検出するにはラマン分光法が有益である。もちろんX線回折によって鉱物あるいはダイヤモンドの格子パラメーターを求めても良い。圧力がかかっていれば物質の硬さに応じて格子パラメーターが小さくなるはずである。しかし、圧力検出の感度、そして空間分解能という意味でラマン分光法の方が圧倒的に有利である。

ごく最近発見された氷VII相の包有物には10 GPaにも及ぶ圧力が残留しており、水が包有物としてダイヤモンドに取り込まれた圧力(ダイヤモンドが生成した圧力)を復元すると24 GPaとなり、このダイヤモンドが下部マントルに起源をもつことも明らかになった。下部マントルに水が存在していた直接的な証拠と考えることもできるが、取り込まれた包有物が地上に上昇する過程でダイヤモンド内部において脱水反応を起こして水を生成したという可能性も否定できない。2018年8月にボストンで開かれたGoldschmidt ConferenceでもTschaunerによる氷VII発見に関する研究発表があった。Navon教授(前述のようにダイヤモンド中の包有物に圧力がかかっていることを最初に報告した研究者)と意見交換を行ったが、ダイヤモンド中に純粋な氷が存在することはとても不思議(信じがたい)と感じた。ダイヤモンド中の流体包有物にはカリウムイオンや塩化物イオンが含まれていることが一般的であるからだ。
多くの天然ダイヤモンドは深さ150 kmから200 kmの上部マントルに起源をもつが、上に述べたようにマントル遷移層(深さ410 km〜660 km)や下部マントル(深さ660 km〜2890 km)に由来する包有物を取り込んだ超深部起源ダイヤモンド(英語ではsuper–deep diamondあるいはsublithospheric diamondとよばれる)に関する研究も最近は多数報告されている。高温高圧実験と地震波伝搬速度の観測から、下部マントルの主要構成鉱物はフェロペリクレース(化学式は(Mg, Fe)O)とブリッジマナイト(MgSiO3)であることがわかっているので、これらの鉱物組み合わせがダイヤモンド中の包有物として発見できれば、そのダイヤモンドは下部マントルに起源を持つと推定することができる。Scott Smith et al. (1984)は、最初にこれらの下部マントル鉱物を南アフリカのKoffifonteinキンバライトパイプから産出されたダイヤモンドから発見した[7]。その後1990年代に入り、ブラジルから多くの下部マントル起源のダイヤモンドが発見された[8]。超深部起源ダイヤモンドに関しては優れたレビュー論文がいくつか出版されているので、専門的な詳細についてはそちらを参照されたい[9, 10]。2018年に入って、これまで見つかっていなかったCaSiO3ペロブスカイトが天然ダイヤモンド中の包有物として発見された[11]。ホスト鉱物であるダイヤモンドの炭素同位体組成を二次イオン質量分析計で測定したところ–2.3 ‰から–4.6 ‰の範囲で分布し、特にCaSiO3ペロブスカイトが取り込まれていた部分の炭素同位体組成は–2.3 ‰で、典型的な上部マントル起源のダイヤモンドがもつ炭素同位体組成(約–5.5 ‰)と比べて有意に高かった(炭素の安定同位体には12Cと13Cがあり、炭素同位体比は標準物質の炭素同位体比からの相対値δ13C (‰) = [(13C/12C)試料/(13C/12C)標準 – 1] x 1000で表される。生物起源の有機物は軽い同位体である12Cに富むため−25‰前後であるのに対し、炭酸塩の炭素同位体組成は約0 ‰となる。)。このことは海洋地殻と炭酸塩起源の炭素が地表から下部マントルの深さまで沈み込んでいることを示唆している [12, 13]。CaSiO3ペロブスカイトはケイ酸塩の結晶構造に入りにくい不適合元素であるK, U, Thを高濃度で結晶構造中に取り込むことができる性質をもつ。Kは放射性同位体である40Kをもち、U, Thは放射性元素であるため、これらの元素は放射壊変の際に熱を発し、地球深部での熱源となる。地球内部の熱収支を議論する上でも重要な発見と言える。

 

マントル中の水(水素)に関連した重要な発見もダイヤモンドの包有物の研究から報告された。2014年にリングウッダイト(ringwoodite, かんらん石の高圧相で深さ500 kmから660 kmのマントル遷移層の領域で安定)の含水相がダイヤモンド中の包有物として見つかった [14]。マントル遷移層の主要構成鉱物であるリングウッダイトには、高温高圧実験から最大で2 wt.%程度の水が取り込まれることが既にわかっていた[15]が、実際に地球内部にこれだけの濃度の水が存在するかどうかは全くわかっていなかった。天然ダイヤモンド中から見つかった含水リングウッダイトは、高温高圧実験と同様の濃度レベル(1 wt.%)の水を含んでおり、このダイヤモンドが成長したマントル遷移層での水の存在を示す直接的な物証となる。今後、このような含水リングウッダイトの包有物がさらに発見されて、水素同位体組成が測定されれば、地球の進化過程で水がどのように地球深部に取り込まれたかが明らかになるだろう。
ところで、ダイヤモンド中の包有物として窒素が最近、注目されている。窒素はダイヤモンドの結晶構造に取り込まれる最も主要な不純物であることは言うまでもない。ダイヤモンドの赤外吸収スペクトルから決定される窒素の欠陥構造は天然ダイヤモンドが受けた熱履歴を知るうえで重要な情報をもたらす。窒素は大気の主要成分であるが、地球全体で考えると窒素の量は不足しており地球深部に現在でも取り残されている可能性がある。ダイヤモンド中に包有物として窒素あるいは窒素を主成分とする物質が発見されれば、地球深部に窒素のリザーバー(貯蔵庫)が存在する有力な証拠となりうる。KaminskyとWirthは透過電子顕微鏡(TEM)観察から下部マントル由来の超深部起源ダイヤモンドから鉄窒化物(Fe2N, Fe3N)と鉄炭化窒化物(Fe9(N0.8C0.2))の包有物を発見した [16]。これらの包有物はマントル最下部で液体の鉄と反応して生成したと考えられ、窒素がマントル最下部から核の領域に存在しうることを示唆している。また、TEM観察と赤外吸収スペクトルの観察から、乳白状のナノインクルージョンとしてアンモニアがダイヤモンドに取り込まれているという報告もある[17]。窒素は酸化状態に応じて窒素酸化物、N2、アンモニアといった分子形態を取り、アンモニアの存在はマントルの還元的条件での窒素の化学状態を反映していると考えられる。超深部起源ダイヤモンドからはマイクロインクルージョン(平均150 nm)とナノインクルージョン(20–30 nm)の存在が透過電子顕微鏡の観察から報告されている [18]。Navonらはこのような微小な包有物が固体結晶状の窒素(δ–N2)でできていて、その残留圧力が約11 GPaに及んでいることなどを報告している[19]。窒素の微小な包有物は、ダイヤモンド格子に不純物として含まれていた窒素原子が、地球深部の条件で離溶して生成したと解釈されている。

 

ごく最近になって、ホウ素を含む青色のtype IIbダイヤモンドが下部マントルに起源をもつという論文が発表された[20]。ホウ素は周期表上では窒素と同様に炭素に隣接する元素で、ダイヤモンド結晶中には窒素と同様に容易に取り込まれる。しかし、ホウ素は地殻に濃集している元素で、マントルにおけるホウ素濃度はきわめて低いと考えられていた。今回の発見はマントル深部(下部マントル)にもホウ素が豊富に存在することを示唆しており、これまでの地球化学的な常識を大きく覆した研究結果と言える。この論文では海洋堆積物が地球深部に沈み込んでリサイクルされる際にホウ素が一緒に地球深部まで潜り込んだと解釈している。一方で、地表からマントル遷移層・下部マントルまでどのような化学形態でホウ素が移動していったのか、特定のマントル構成鉱物にホウ素が安定に取り込まれることがあるのか、と言った研究課題に今後は取り組んでいく必要性を感じた。今後もダイヤモンドの研究が起爆剤となって、高温高圧実験とも連携しながら新たな地球内部の理解が進んで行くであろう。◆

 

【参考文献】
[1] J. D. Bass and J. B. Parise (2008) Deep earth and recent development in mineral physics. Elements,4, 157–163.

[2] T. Hattori, A. Sano–Furukawa, H. Arima, K. Komatsu, A. Yamada, Y. Inamura, T. Nakatani, Y. Seto, T. Nagai, W. Utsumi, T. Iitaka, H. Kagi, Y. Katayama, T. Inoue, T. Otomo, K. Suzuya, T. Kamiyama, M. Arai, T. Yagi (2015) Design and performance of high–pressure PLANET beamline at pulsed neutron source at J–PARC. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A, 780, 55.

[3] O. Navon (1991) High internal pressures in diamond fluid inclusions determined by infrared absorption. Nature, 353, 746.

[4] M. Schrauder, O. Navon (1993) Solid carbon dioxide in a natural diamond. Nature, 365, 42.

[5] H. Kagi, R. Lu, P. Davidson, A. F. Goncharov, H.–k. Mao, R. J. Hemley (2000) Evidence for ice VI as an inclusion in cuboid diamonds from high P–T near infrared spectroscopy. Mineralogical Magazine, 64, 1057.

[6] O. Tschauner, S. Huang, E. Greenberg, V. B. Prakapenka, C. Ma, G. R. Rossman, A. H. Shen, D. Zhang, M. Newville, A. Lanzirotti, K. Tait (2018) Ice–VII inclusions in diamonds: Evidence for aqueous fluid in Earth’s deep mantle. Science 359, 1136.

[7] B.H. Scott Smith, R.V. Danchin, J.W. Harris, K.J. Stracke (1984) Kimberlites near Orroroo, South Australia. In: Kornprobst, J. (Ed.), Kimberlites I: Kimberlites and related rocks. Elsevier, Amsterdam, pp. 121–142.

[8] B. Harte, J.W. Harris, M.T. Hutchison, G.R. Watt, M.C. Wilding (1999) Lower mantle mineral associations in diamonds from Sao Luiz, Brazil. In: Fei, Y., Bertka, C.M., Mysen, B.O. (Eds.), Mantle Petrology: Field Observations and High Pressure Experimentation: A Tribute to Francis R. (Joe) Boyd: Geochemical Society Special Publication No. 6, pp. 125–153.

[9] B. Harte (2010) Diamond formation in the deep mantle: the record of mineral inclusions and their distribution in relation to mantle dehydration zones. Mineralogical Magazine, 74, 189.

[10] F. Kaminsky (2012) Mineralogy of the lower mantle: A review of ‘super–deep’ mineral inclusions in diamond. Earth–Science Reviews, 110, 127.

[11] F. Nestola, N. Korolev, M. Kopylova, N. Rotiroti, D. G. Pearson, M. G. Pamato, M. Alvaro, L. Peruzzo, J. J. Gurney, A. E. Moore, J. Davidson (2018) CaSiO3 perovskite in diamond indicates the recycling of oceanic crust into the lower mantle. Nature 555, 237.

[12] M. J. Walter, S.C. Kohn, D. Araujo, G. P. Bulanova, C. B. Smith, E. Gaillou, J. Wang, A. Steele, S. B. Shirey (2011) Deep mantle cycling of oceanic crust: Evidence from diamonds and their mineral inclusions. Science, 334, 54.

[13] D.A. Zedgenizov, H. Kagi, V.S. Shatsky, A.L. Ragozin (2014) Local variations of carbon isotope composition in diamonds from São–Luis (Brazil): Evidence for heterogenous carbon reservoir in sublithospheric mantle. Chemical Geology, 363, 114.

[14] D. G. Pearson, F. E. Brenker, F. Nestola, J. McNeill, L. Nasdala, M. T. Hutchison, S. Matveev, K. Mather, G. Silversmit, S. Schmitz, B. Vekemans, L. Vincze (2014) Hydrous mantle transition zone indicated by ringwoodite included within diamond. Nature 507, 221.

[15] D. L. Kohlstedt, H. Keppler, D. C. Rubie (1996) Solubility of water in the a,b and g phases of (Mg,Fe)2SiO4. Contributions to Mineralogy and Petrology, 123, 345.

[16] F. Kaminsky, R. Wirth (2017) Nitrides and carbonitrides from the lowermost mantle and their importance in the search for Earth’s “lost” nitrogen. American Mineralogist, 102, 1667.

[17] J. Rudloff–Grund, F.E. Brenker, K. Marquardt, D. Howell, A. Schreiber, S.Y. O’Reilly, W.L. Griffin, F.V. Kaminsky (2016) Nitrogen nanoinclusions in milky diamonds from Juina area, Mato Grosso State, Brazil. Lithos, 365, 57.

[18] H. Kagi, D. A. Zedgenizov, H. Ohfuji, H. Ishibashi (2016) Micro– and nano–inclusions in a superdeep diamond from Sao Luiz, Brazil. Geochemistry International, 54, 834.

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【著者紹介】

1-図8鍵氏RGB72-2
鍵 裕之
1965年 生まれ
1988年 東京大学理学部化学科卒業
1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退
1991年 筑波大学物質工学系助手
1996年 ニューヨーク州立大学研究員
1998年 東京大学大学院理学系研究科講師
2010年 同 教授 現在に至る。
■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化

ダイヤモンドのインクルージョン・ギャラリー

PDFファイルはこちらから2018年9月PDFNo.46

リサーチ室

ダイヤモンドはきわめて高い物理的・化学的安定性を有しているため、インクルージョンにとっては非常に優れた保護容器(カプセル)となります。したがって、ダイヤモンド中のインクルージョンは地球深部の情報を直接提供してくれる優れた研究試料となります。
ダイヤモンド中のインクルージョンは鉱物の種類や化学組成からPタイプとEタイプに大別されています。Pタイプはオリビン、エンスタタイト、ダイオプサイド、パイロープなどを含み、Eタイプはパイロープ/アルマンディン、オンファサイト、ルチル、カイヤナイト、クロマイトなどを含みます。このようなPタイプとEタイプの相違は母結晶のダイヤモンドの生成起源に関連しており、インクルージョンの詳細な研究により、それぞれの成因が議論されています。いずれにしても、これまでの研究ではダイヤモンドのほとんどは地下150–200kmで生成したと考えられてきました。ところが、本誌掲載の鍵裕之教授の解説にあるように、最近では地下410–660kmよりも深い起源をもつ超深部起源のダイヤモンドの存在が明らかとなっています。
超深部起源のダイヤモンドには宝石ダイヤモンドとして良く知られているCullinanなどの大粒のⅡ型ダイヤモンドやホープなどで知られるⅡb型のブルーダイヤモンドも含まれます。
このように宝石ダイヤモンドでは“キズ”としてクラリティを下げる要因となるインクルージョンですが、地球科学の発展に寄与する重要な研究対象でもあります。

 

【Pタイプのインクルージョン】
PタイプはPeridotite(ペリドタイト)起源の鉱物インクルージョンを含みます。無色透明結晶はオリビンかエンスタタイトです。両者を視覚的に区別するのは困難ですが、顕微ラマン分光分析にて明確に識別することができます。鮮やかな緑色結晶はクロムダイオプサイドです。紫赤色の結晶はパイロープガーネットです。緑色と赤色の色彩のコントラストが綺麗です。

 

【Eタイプのインクルージョン】
EタイプはEclogite(エクロジャイト)起源の鉱物インクルージョンを含みます。橙色の結晶はアルマンディン/パイロープガーネットです。灰緑色の結晶はオンファサイトです。橙色と灰緑色の結晶の組み合わせはEタイプ起源の典型で、色彩のコントラストが鮮やかです。しばしば赤色の結晶が見られますが、これはガーネットではなくルチルの結晶です。頻度は低いのですが、青色の鮮やかな結晶が見られることがあります。これはカイヤナイトで、Eタイプの特徴となります。黒色の結晶は様々ありますが、クロマイトはEタイプに多く見られます。

 

【その他のインクルージョン】
いっぽう、インクルージョンには黒雲母、白雲母などのPタイプにもEタイプにも属さない鉱物も有ります。これらのインクルージョンもダイヤモンドの形成時に取り込まれたものと考えられており、キンバーライトのマグマ起源の可能性も指摘されています。また、何らかの結晶インクルージョンを取り囲むように黒色の円盤状のインクルージョンが見られることがあります。これらは宝石学では “カーボンブラック”と呼ばれることもあり、たいていは二次的に生成したグラファイトインクルージョンです。◆

 

 

【Pタイプのインクルージョン】

 

写真1:オリビン インクルージョン
写真1:オリビン インクルージョン

 

写真2:クロムダイオプサイド インクルージョン
写真2:クロムダイオプサイド インクルージョン

 

写真3:クロムダイオプサイド インクルージョン
写真3:クロムダイオプサイド インクルージョン

 

写真4:クロムダイオプサイド インクルージョン
写真4:クロムダイオプサイド インクルージョン

 

写真5:クロムパイロープガーネット インクルージョン(自然光下)
写真5:クロムパイロープガーネット インクルージョン(自然光下)

 

写真6:クロムパイロープガーネット インクルージョン(白熱灯下)
写真6:クロムパイロープガーネット インクルージョン(白熱灯下)

 

写真7:パイロープガーネット インクルージョン
写真7:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真8:パイロープガーネット インクルージョン
写真8:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真9:パイロープガーネット インクルージョン
写真9:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真10:パイロープガーネット インクルージョン
写真10:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真11:パイロープガーネット インクルージョン
写真11:パイロープガーネット インクルージョン

 

写真12:パイロープガーネット インクルージョン
写真12:パイロープガーネット インクルージョン

 

【Eタイプのインクルージョン】

 

写真13:パイロープ/アルマンディンガーネットインクルージョン(赤橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰緑色)
写真13:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン(赤橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰緑色)

 

写真14:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン(橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰色)
写真14:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン(橙色)とオンファサイト インクルージョン(灰色)

 

写真15:オンファサイト(灰緑色)とパイロープ/アルマンディンガーネット(赤橙色)インクルージョン
写真15:オンファサイト(灰緑色)とパイロープ/アルマンディンガーネット(赤橙色)インクルージョン

 

写真16:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン
写真16:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン

 

写真17:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン
写真17:パイロープ/アルマンディンガーネット インクルージョン

 

写真18:ルチル インクルージョン
写真18:ルチル インクルージョン

 

写真19:カイヤナイト インクルージョン
写真19:カイヤナイト インクルージョン

 

写真20:クロマイト インクルージョン
写真20:クロマイト インクルージョン

 

 

【その他のインクルージョン】

 

写真21:結晶インクルージョン(未知)と黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)
写真21:結晶インクルージョン(未知)と黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)

 

写真22:黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)
写真22:黒色インクルージョン(おそらくグラファイト)

無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドへの電子線照射処理実験報告

PDFファイルはこちらから2018年9月PDFNo.46

リサーチ室 北脇裕士、江森健太郎

無色~ほぼ無色のメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドに電子線を照射する実験を行った。その結果、照射の強度に応じて蛍光および燐光が共に弱くなり、最終的には燐光がほぼなくなった。この際、照射強度を強くすると地色が淡青色に変化したが、見かけ上無色のままの照射強度において完全に燐光が消えたものは一部だけであった。

 

2015年頃から世界的な宝石市場において大量のメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドが流通を始めており、業界関係者はその対応に追われている。紫外線透過性、紫外線発光、赤外分光などを応用した各種の判別器機が開発されているが、装置の原理が未公表のブラックボックス的なものも販売されている。これらの中で紫外線下での燐光を検出する装置はルースでもジュエリーにセットされた状態でも短時間で検査できるという利便性があり、国内の輸入業者を中心に幅広く利用されている。
2018年4月、香港の器機開発業者から「HPHT–grown diamonds might escape detection as synthetics, once they are treated with irradiation」というアラートが配信された(Diamond Services, 2018)。HPHT合成ダイヤモンドは紫外線照射後、ミリ秒~数十秒の燐光があり、燐光を示さない天然と区別する事ができる。しかし、一旦照射処理が施されると室温で燐光を測定する装置では識別ができなくなるというものである。このアラートに呼応してIIDGRやGIAは自社製の判別装置における信頼性に問題はないと報告している(Rapaport News, 2018)。
さて、このような背景のもと、電子線照射により無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドの燐光が減衰するのかの実験を行った。実験に用いた試料は0.008–0.032ctの見かけ上無色の中国製HPHT合成ダイヤモンドで、それぞれ5個ずつAとBの2つのグループに分けて段階的に照射を行った。
電子線はコッククロフトウォルトン型の放射線発生装置を用いて、
試料Aグループには総線量:1.0×1015e/cm2、10.0×1015e/cm2、50.0×1015e/cm2
Bグループには総線量:5.0×1015e/cm2、25.0×1015e/cm2、100.0×1015e/cm2をそれぞれ照射した。
これらを国内での利用率の高い中国製の判別装置を用いて照射前後の蛍光と燐光の写真を撮影した。その結果を図–1と図–2に示す。試料Aグループにおいて総線量:1.0×1015e/cm2では燐光に減衰は見られないが、10.0×1015e/cm2では若干の燐光の減衰が見られた。50.0×1015e/cm2では明らかな減衰が見られ、②の試料では完全に消滅した。試料Bグループにおいては総線量:5.0×1015e/cm2で燐光に若干の減衰が見られ、25.0×1015e/cm2では明らかな減衰が見られ、①の試料では完全に消滅した。100.0×1015e/cm2では未処理で燐光の非常に強かった試料②を除いて他の4個はすべて燐光が消失した。図–3は試料Aグループの50.0×1015e/cm2照射後の試料と燐光の写真である。試料①③⑤は白色のグレーダーの上に乗せてルーペで観察するとわずかに青色味を感じる。これは電子線照射により、GR1センタが形成したためである。しかし、この程度の淡い色調はジュエリーにセットされてしまえばほぼ無色に見えると思われる。図–4は試料Bグループの100.0×1015e/cm2照射後の試料と燐光の写真である.グレーダーに乗せてルーペで観察すると、②の試料はほぼ無色のままであったが、他の4個は明らかなGR1センタに因る青色味が感じられた。このように照射する電子線の強度が強いとGR1センタに因り青色に着色する。青色に着色する程度の強度で照射されたものはほぼ燐光がなくなったが(5個中4個)、ほぼ無色のまま変化のない強度では燐光が完全に消滅したのは一部(5個中1個)であった。

 

以上のようにメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドに電子線を照射することで燐光を減衰あるいは消滅できることがわかった。しかし、ダイヤモンドを無色のままで燐光を完全に消滅させるのは困難である。したがって、燐光の画像を目視して観察者自身が判別する装置の信頼性は今後もある程度担保されるが、その解釈には慎重な対応が必要となろう。◆

 

図1:グループAの蛍光及び燐光画像
図1:グループAの蛍光及び燐光画像

 

図2:グループBの蛍光及び燐光画像
図2:グループBの蛍光及び燐光画像

 

図3:グループAに50.0 x 1015e–/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像
図3:グループAに50.0 x 1015e/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像

 

図4:グループBに100.0 x 1015e–/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像
図4:グループBに100.0 x 1015e/cm2の電子線を照射した後の地色と燐光画像

 

【参考文献】
Eaton–Magaña S., Shigley J.E. and Breeding C.M., 2017. Observations on HPHT–grown synthetic diamonds: A review. Gems & gemology, 53(3), 262–284
Diamond Services, 2018. HPHT–grown diamonds might escape detection as synthetics, once they are treated with irradiation, Lab Alert 2018
Rapaport News, 2018. Labs Refute Claims HPHT Escaping Detection, Apr 25, 2018

Beを含む天然ブルーサファイアのナノインクルージョン

PDFファイルはこちらから2018年7月PDFNo.45

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

京都大学大学院理学研究科 三宅 亮

要約

コランダム中に天然由来のBeが存在することは知られているが、その起源についてはまだ解明されていない。本研究ではマダガスカル、ディエゴ産のブルーサファイアを用いてBeの起源を明らかにするための調査を行った。LA–ICP–MSで分析した30個のサンプルのうち、27個のコランダムにBeが検出され、Be、Nb、Taとの間に相関関係が認められた。さらに天然Beを多く含むサンプルについて透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行った。Beを含む領域では、幅10 nm、長さ40 nm程度のナノインクルージョンが観察され、それらはTi、Nb、Taを含む、コランダムではない結晶であることが判明した。このナノインクルージョンはBe、Ti、Nb、Taからなる未知の鉱物である可能性がある。

 

◆背景と目的

コランダムのベリリウム(Be)拡散加熱処理は2001年後半にタイのバンコクとチャンタブリで同時に開発された。このBe拡散加熱処理は後にコランダムをクリソベリルの粉末と一緒に高温で加熱し、クリソベリル中のベリリウムをコランダムに拡散し、色変化を起こしているものであることが明らかになった(文献1)
Be拡散加熱処理が出始めた当初は、天然コランダムにはBeは内在しないと考えられてきた(文献2)が、処理が行われていないコランダムからもBeが検出される事例が複数報告された(文献3)。その後、天然由来のBeか否かを判定する方法はある程度確立されたが(文献4)、天然Beの起源についてはいまだ不明のままである。
Shen et al.(2012)(文献5)はマダガスカル、イラカカ産の非加熱原石を調査し、その原石のクラウド部分にBeと同時にNb、Taを検出した。Beが検出されたクラウド部分を透過型電子顕微鏡(TEM) で調べたところ、長さ20–40 nm、幅5–10 nmサイズのTiに富み、TiO2のα–PbO2構造のナノインクルージョン結晶が見つかったと報告している。しかし、その報告ではナノインクルージョン結晶とBe、Nb、Taについての関係は明らかにされていない。
本研究は、コランダム中の天然由来のBeについてその起源となるナノインクルージョンを明らかにすることを目的とする。

 

◆サンプルと手法

本研究には、マダガスカル、ディエゴ産非加熱ブルーサファイア30個を用いた(図1)。分析には、LA–ICP–MS装置として、LA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP–213を、ICP–MSはAgilent 7500aを使用した。標準試料にはNIST612を用い、内標準として27Alを用いた。またTEM用試料作製の為、FIB(Focused Ion Beam、集束イオンビーム)装置としてFEI社(現Thermo Fisher Scientific社)Quanta 200 3DS、TEMとして日本電子製JEM–2100Fを用いた。それぞれの装置の分析条件は表1の通りである。

 

図1 分析に用いたサンプル(1個は破損のため未掲載)
図1 分析に用いたサンプル(1個は破損のため未掲載)

 

表1 分析条件
表1 分析条件

 

◆結果および考察

1. LA–ICP–MS分析結果

サンプル30個(diego01~diego30)について、LA–ICP–MS分析を行った。それぞれのサンプルにつき5点ずつ測定を行い、Beの最小値と最大値を求めた。結果を表2に記す。30個のサンプル中27個にBeの存在が確認され、Beの最大値は26.07 ppmwであった。

 

表2 ブルーサファイア30個の分析結果(bdlは検出限界未満)
表2 ブルーサファイア30個の分析結果(bdlは検出限界未満)

 

Beが検出限界未満~14.16 ppmw検出されたdiego10について詳細な検査を行った。レーザーアブレーションのスポット径80 μm、一定間隔で線分析を行った。分析点01–30、分析点31–57と2つの線分析を行った。それぞれのBe、Ti、Nb、Taの線分析結果を図2、図3に示す。

 

図2–1 diego10、分析点01–30の線分析結果
図2–1 diego10

 

図2–2 diego10、分析点01–30の線分析結果
図2–2 diego10、分析点01–30の線分析結果

 

図3–1 diego10、分析点31–57の線分析結果
図3–1 diego10

 

図3–2 diego10、分析点31–57の線分析結果
図3–2 diego10、分析点31–57の線分析結果

 

BeとNb、Taには非常によい相関関係が認められるが、Tiとは相関関係は認められない。また、分析点01–57について、Be–Nb、Be–Taの濃度プロットを行った結果を図4に示す。これらは筆者らの先行研究でカンボジア、ナイジェリア、ラオス等の玄武岩関連のブルーサファイアに見られた相関関係に一致する(文献4)。Be、Nb、Taの濃度関係からmol比を見積もったところ、Be : Nb : Ta ≒ 3 : 1 : 4の結果を得ることができた。

 

図4 diego10のBeとNb、Taの濃度関係
図4 diego10のBeとNb、Taの濃度関係

 

 

« FIB(Focused Ion Beam、集束イオンビーム)装置とは »

FIB装置は、集束したイオンビームを試料に照射することにより観察や加工を行う装置である。

 

図A FIB装置
図A FIB装置

 

図B FIB装置の概略図
図B FIB装置の概略図

 

図Aは本研究で用いたFIB装置、FEI社Quanta200 3DS(京都大学地球惑星科学科地質学鉱物学分野鉱物学研究室所属)の写真である。
SEM(Scanning Electron Microscopy、走査型電子顕微鏡)で観察しながら、所定の位置をnm〜μmの正確さで切り出すことが可能である。TEM(Transmission Electron Microscopy、透過型電子顕微鏡)観察試料には厚さ100 nm程度の薄膜に試料を切り出さなければならないため、TEM観察試料の作成にFIBを使用することが近年では一般的である。
図BはFIB装置の概略図である。
LIMSは液体金属イオン源(Liquid Metal Ion Source)の略であり、イオン材料として通常Ga(ガリウム)が用いられる。Ga(ガリウム)をイオン材料として使う理由には原子量が69.723と比較的重く、加工に十分なスパッタリング速度が得られること、また融点が29.8℃と低く、加熱後は過冷却減少で室温でも液体の状態を維持でき、針材料のW(タングステン)と反応せず流れが安定すること、が挙げられる。このLIMSから放出されたイオンを設定領域に照射し、加工を行うのがFIB装置ということになる。

 

本研究では、TEM観察のため、コランダム試料から15 μm × 10 μm × 0.1 μmのサイズの観察試料を切り出した。その手順を下図Cに記す。まず表面の赤く塗りつぶした部分をイオンで削り、(a)の右図の状態にする。その後、中央にできた板の部分の左右下を削り(b)、針で試料の上端を保持しつつ、切り離し、TEM試料を得る(c)。図DにFIB加工後のコランダムの表面の写真を記す。上部にある丸い穴がLA–ICP–MS分析でできたスポット(直径80 μm)であり、その下部にある四角い穴がFIB加工の穴である。非常に小さな加工痕しか残らないことがわかる。

 

図C FIBによるTEM試料作製の手順
図C FIBによるTEM試料作製の手順

 

 

図D FIB加工痕。中央部の丸い穴がLA-ICP-MS分析痕あ(直径80μm)、下部の四角い穴がFIB加工痕である
図D FIB加工痕。中央部の丸い穴が LA–ICP–MS分析痕(直径80μm)、下部の四角い穴が FIB加工痕である

 

2. TEMによる観察・分析結果

サンプルdiego10において、Be濃度が一番高く検出されたスポット、Beが検出されなかったスポットの2ヶ所の近傍でFIBを用いてTEMとして切り出し、TEM観察・分析を行った。両方の箇所のADF–STEM(環状暗視野走査型透過電子顕微鏡)像を図5に示す。ADF–STEM像はおおよそ平均質量数の軽い場所が暗いコントラスト、平均質量数の重い場所が明るいコントラストとして観察される像である。

 

図5–1 diego10のADF–STEM像。上像はBeが検出された箇所(x 100,000) 像の上部がコランダムの表面となる
図5–1 diego10のADF–STEM像。Beが検出された箇所(x 100,000)
像の上部がコランダムの表面となる

 

図5–2 diego10のADF–STEM像。下像はBe未検出の箇所(x 100,000) 像の上部がコランダムの表面となる
図5–2 diego10のADF–STEM像。Be未検出の箇所(x 100,000)
像の上部がコランダムの表面となる

 

Beが検出された箇所では周囲に対し白く小さなインクルージョン(周囲に対し白く見えるということは周囲の平均質量数よりその箇所の平均質量数が大きいことを示す)が観察されるのに対し、Beが未検出の箇所ではインクルージョンは見当たらないことがわかる。なお、表面に見える深さ200 nm程度の暗いコントラストはコランダムの表面を研磨したときにできた損傷由来のコントラストである。その他、Beが検出された部分では暗いコントラストのモヤのようなものが複数観察されている。
このインクルージョン(以下ナノインクルージョン)を拡大して観察したADF–STEM像を図6に示す。

 

図6 Beが検出された箇所に観察されるナノインクルージョンのADF–STEM像( x600,000)
図6 Beが検出された箇所に観察されるナノインクルージョンのADF–STEM像( x600,000)

 

このナノインクルージョンは長さ40 nm、幅10 nm程度であり、Shen et al. (2012)(文献5)で観察されたナノインクルージョンの観察結果と調和的である。このナノインクルージョンと、その外側部についてTEM付属のEDXを用いて化学分析を行った。結果を表3に示す。また、今回使用したEDXはBeの測定が行えないため、Beの濃度を得ることはできなかった。

 

表3 TEM–EDXによる分析結果 (GaはFBIのスパッタリング由来、Cuは試料を保持するホルダー由来の元素)
表3 TEM–EDXによる分析結果
(GaはFIBのスパッタリング由来、Cuは試料を保持するホルダー由来の元素)

 

ナノインクルージョン部分からはAl、Ti、Fe、Ga、Nb、Taが検出され、ナノインクルージョン外側からはAl、Feが検出されている。また、ナノインクルージョンとその周囲を元素マッピングした結果を図7に示す。

 

図7 ナノインクルージョンとその周辺の元素マッピング結果。左上から右にTEM像(明視野)、Al、Ti、左下から右にFe、Nb、Taをマッピングしたもの
図7 ナノインクルージョンとその周辺の元素マッピング結果。左上から右にTEM像(明視野)、Al、Ti、左下から右にFe、Nb、Taをマッピングしたもの

 

分析結果とマッピングを比較したところ、ナノインクルージョン部から測定されるAlとFeはナノインクルージョン外部にも含まれることから、ナノインクルージョンはTi、Nb、Ta、そしてわずかなFeを含む相である可能性が高い。また、分析結果から、TiとTaの比はおよそTi : Ta ≒ 4 : 1であることが明らかになった。
LA–ICP–MS分析の結果、BeとNb、Taの量には相関関係が存在し、Beが検出されない箇所からはNb、Taも検出されないことがわかっている。ナノインクルージョンにはNb、Taが存在し、ナノインクルージョン以外の場所からはNb、Taが検出されないことを合わせると、Beはナノインクルージョン中に含まれる元素であり、Beの濃度はナノインクルージョンの存在密度に比例するものと考えられる。また、LA–ICP–MSで見積もったBe、Nb、Taの比と併せると、Ti : Be : Nb : Ta ≒ 16 : 3 : 1 : 4という結果が得られた。
さらにこのナノインクルージョンの相を同定するため、TEMを用いて回折図形を取得した。結果を図8に示す。

 

図8 ナノインクルージョンの回折図形 (a)回折図形を得た箇所の明視野像 (b)得られた回折図形。強く光っているスポットはコランダムによるもの (c)『(b)』を拡大したもの。コランダムの回折スポットの間に別の回折スポットが観察される(矢印部)
図8 ナノインクルージョンの回折図形
(a) 回折図形を得た箇所の明視野像
(b) 得られた回折図形。強く光っているスポットはコランダムによるもの
(c)『 (b) 』を拡大したもの。コランダムの回折スポットの間に別の回折スポットが観察される(矢印部)

 

回折図形ではコランダムの回折スポットに加え、コランダム以外の回折スポットが観察される(図8 (c))。これはナノインクルージョン由来の回折スポットであり、コランダムとは別の相を持つ結晶であることを示す。しかし、今回の実験では1方向のみの回折図形しか得られなかったこと、観察試料が厚く明瞭なスポットが得られなかったため、構造解析は行えなかった。

 

◆結論

マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイアに含まれるBeの起源についてLA–ICP–MS、TEMを用いて検討を行った。LA–ICP–MS分析の結果、Beの濃度とNb、Taの濃度には他の玄武岩関係のブルーサファイアと同様の相関関係があり、それらのモル比はBe : Nb : Ta ≒ 3 : 1 : 4であることが新たにわかった。また、透過型電子顕微鏡観察の結果、Beが含まれる部分には幅10 nm、長さ40 nm程度のナノインクルージョンが存在することが判明し、Ti、Nb、Taが含まれており、Ti、Taのモル比はTi : Ta ≒ 4 : 1程度であることがわかった。回折像を調べた結果、コランダムとは相が異なる鉱物であることがわかったが、相は明らかにできなかった。LA–ICP–MSとTEMの結果を合わせると、ナノインクルージョンはBe、Ti、Nb、Taからなる鉱物であり、検出されるBeはナノインクルージョンの存在密度に比例すると考えられる。また、Be、Ti、Nb、Taのモル比はBe : Ti : Nb : Ta ≒ 3 : 16 : 1 : 4程度であり、本研究では構造を決定することはできなかったが、Shen et al. (2012)(文献5)の結果と併せて考慮すると、知られていない未知の鉱物である可能性がある。

 

◆文献

1.Emmett J.L., Scarrat K., McClure S.F., Moses T., Douthit T.R., Hughes R., Novak S., Shigley J.E., Wang W., Bordelon O., Kane R.E. (2013) Beryllium diffusion of Ruby and Sapphire. Gems & Gemology, 39(2), 84–135
2.Emmett, J.E., Wang W. (2007) The Corundum group, Memo to the Corundum Group: How much beryllium is too much in blue sapphire – the role of quantitative spectroscopy. 26 August 2007
3.Shen A., McClure S., Breeding C. M., Scarratt K., Wang W., Smith C., Shigley J. (2007) Beryllium in Corundum: The Consequences for Blue Sapphire. GIA Insider, Vol.9, Issue 2
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5.Shen A. and Wirth R. (2012) Beryllium-bearing nano-inclusions identified in untreated Madagascar sapphire. Gems and Gemology, 48(2), 150–151

平成30年度 宝石学会(日本)総会・講演会・見学会

PDFファイルはこちらから2018年7月PDFNo.45

平成30年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月9日(土)富山大学理学部多目的ホール、懇親会が富山大学カフェアザミにて開催されました。また、6月10日(日)には見学会が実施されました。
富山大学は平成17年に旧富山大学、富山医科薬科大学、高岡短期大学が再編・統合、12年目を迎えた大型総合国立大学です。地域と世界に向かい開かれた大学として、生命科学、自然科学と人文社会科学を総合した特色ある国際水準の教育・研究を行い、人間尊重の精神を基本に高い使命感と創造力のある人材を育成し、地域と国際社会に貢献するとともに科学、芸術文化、人間社会と自然環境の調和的発展に寄与することを理念としています。

 

写真1 総会・講演会を行なった富山大学理学部
写真1 総会・講演会を行なった富山大学理学部

 

<総会・講演会参加報告>

色石鑑別部 藤田 直也

富山大学理学部多目的ホールにて開催された宝石学会(日本)総会・講演会では、2件の特別講演、18件の口頭発表が行われ、聴講者は60名でした。本会で発表された20件のタイトル、発表者(口頭発表者の名前の前に〇がつけてあります)、内容は以下の通りです。

 

○特別講演

特別講演は会場をお借りした富山大学都市デザイン学部地球システム科学科の教授2名に講演をしていただきました。

 

特別講演1:富山県の鉱物
清水 正明(富山大学都市デザイン学部地球システム科学科)
富山県に産出する代表的な鉱物及びその産地について、産状別にまとめての報告であった。富山県には約30の代表的な鉱物産地があり、産状としては(1)スカルン鉱床(Pb–Zn–Cu型、Fe型)、(2)鉱脈鉱床(Au–Ag–Cu型、Mo型等)、(3)その他の3つに分けられる。富山県の鉱物として指定されている十字石は黒部郡宇奈月町明日谷、深谷で採掘され、(3)その他に分類されるとのこと。また、越中は、かつて黄金郷(エルドラード)であり、富山藩分藩の際、加賀藩の飛び地として加賀藩の領地があった(松倉金山)。佐渡金山より金の採掘量が多い時期があり、17世紀後半までは加賀藩財政のドル箱だったそうだ。

 

写真2 特別講演中の清水正明教授
写真2 特別講演中の清水正明教授

 

特別講演2:ジルコンという鉱物から見た日本列島形成の歴史
大藤 茂(富山大学都市デザイン学部地球システム科学科)
日本の中・古生界は、古くから層位、古生物学的に研究されていたにもかかわらず、堆積盆と大陸の位置関係(後背地問題)について諸説ある。近年、後背地問題の解決に有効な手法となっているのが、砕屑性ジルコン年代測定である。ジルコンは晶出時に少量のウラン(U)を含み、鉛(Pb)を含まないため、ウラン(U)の放射改変を利用したU–Pb年代測定が可能である。LA–ICP–MSを使用し、短時間で多くのジルコン年代を求めることが可能である。本講演では砕屑性ジルコン年代分布に基づく、シルル~下部白亜系、西南日本の下部白亜系手取層群(内帯)及び物部川層群(外帯)との後背地解析結果を紹介し、西南日本外帯が内帯とアジア大陸東縁に対し、相対的に北上したことを示した。

 

写真3 特別講演中の大藤茂教授
写真3 特別講演中の大藤茂教授

 

 

写真4 一般講演会の様子
写真4 一般講演会の様子

 

 

○一般講演

1.TYPE Ⅱa天然ピンクダイヤモンドのフォトルミネッセンスピーク H3 535.8 nm
上杉 初、 〇斉藤 宏、小滝 達也(AGTジェムラボラトリー)
ピンクダイヤモンドとブラウンダイヤモンドの半値幅については2017年度宝石学会一般講演にて発表を行っていたが、データにオーバーラップする部分が多かった。本研究は昨年の研究をさらに進めた内容であった。
本研究では535.8 nmピークの強度について検討していた。535.8 nmピークは帰属不明ではあるが、ピンクダイヤモンドとブラウンダイヤモンドで検出されることが多い。高温に加熱すると、このピークは消失するが、比較的低温の加熱であれば残ることが多い。また、このピークは歪みによる影響はなく半値幅はほぼ一定である。また、HPHT処理を施したピンクダイヤモンドにも検出されることがある。
535.8 nmのピーク強度に関し、ダイヤモンドの2次ラマン線596 nmのピークとの強度比I535.8 nm/I596 nmを強度比較の指標として用いていた。また、本研究においてNVセンタの発光が強いサンプルについては除外したとのことである。結果、I535.8 nm/I596 nmが1.5未満のピンクダイヤモンドは30個中20個、1.5未満のブラウンダイヤモンドは30個中8個、その半分以上は2.0以上であったとの報告であった。
また、576 nmピークについても調査を行った。576 nmと535.8 nmのピークが両方存在するブラウンダイヤモンドはピーク強度が高く、I576 nm/I596 nm、I535.8 nm/I596 nm共に1.5以上であった。ピンクダイヤモンドは両方のピークが存在していても、強度が強いものと弱いものがあり、576 nmピークを検出したのはピンクダイヤモンドが30個中13個、ブラウンダイヤモンドが30個中25個であったと発表した。

 

2.LPHT処理がされたピンクCVD合成ダイヤモンド
〇北脇 裕士、江森 健太郎、久永 美生、山本 正博、岡野 誠(中央宝石研究所)
この研究内容についてはCGL通信のNo.43に掲載されている。

 

3.ルビー、スピネル、ガーネット結晶に添加したCr3+イオンからの蛍光の温度変化
○勝亦 徹、相沢 宏明、小室 修二(東洋大学理工学部)
温度計や圧力計等のセンサーとして合成結晶が用いられている。Cr3+を少量添加したルビー、スピネル、イットリウムアルミニウムガーネット、イットリウムオルソアルミネートの結晶は赤色の蛍光材料であり、これらの結晶から発する赤色の蛍光寿命や強度は温度や圧力によって変化するため、温度計のセンサーとして使用することができる。本研究では蛍光温度センサーとして使用する際の特徴について調査を行っていた。励起スペクトルと光源の発光スペクトルの差から、ほとんどの可視光が光源として利用可能であるという発表であった。しかし、光源の波長と蛍光の波長が近い場合、分解能が高い分光器、もしくは時間分解測定が必要となるであろうとのことである。

 

4.紫水晶とシトリンの色の起源について
荻原 成騎(東京大学大学院理学系地球惑星)
紫水晶、シトリンの色について具体的な鉄イオンの濃度と色の関係についてのデータが明らかにされていない。本研究は紫水晶とシトリンについて色の起源と考えられている全鉄、各イオンの種類と濃度の関係を明らかにすることを目的とする。ブラジル産紫水晶を用い、EPMAで微量元素測定をした後、紫外線による照射処理(800時間)、加熱実験(350℃、400℃、450℃)、γ線照射(16kGy)といった処理を施し、分光分析、XAFS(X線吸収微細構造)法を用いた分析を行っている。結果として紫水晶はFe(vi)が着色に関与していることが判明したとの報告であった。今後は単色の紫水晶について色変化前後のイオン状態を分析する予定だそうだ。

 

5.カンボジアで遭遇した合成ブルーサファイア
○林 政彦、安井 万奈、山崎 淳司(早稲田大学)
カンボジアの店で合成ブルーサファイアがブルージルコンとして売られていたとの報告で、その合成ブルーサファイアはベルヌイ法で合成されたものであったとのことである。

 

6.カンボジア・パイリン産のブルーサファイア
小川 日出丸(東京宝石科学アカデミー)
カンボジアのパイリンでコランダム採掘の現地調査を行った報告である。タイの宝石産地であるチャンタブリ~トラートに隣接地域であり、(1)国境地域の産地、(2)火山岩が露出する独立丘陵、(3)平野部の田園地帯、(4)南部の産地より流れ出る大小の河川、といった採掘場がある。(1)ではトラックや動力機器等、重機を用いた大規模採掘を行っていたが、多くの地区ではスコップや棒を使用した人力に頼った小規模なものが多く、手作業採掘は深度5 mまでの採掘のみ許可という規則があるため深い縦穴は見られなかったそうだ。また、(3)ではサファイアよりルビーが多く産出、(4)ではサファイアが多く産出していたとのこと。
元素分析を行った結果、パイリン産のブルーサファイアはFe2O3が0.303~1.099 wt%と、Fe2O3の含有量が非常に多いという特徴があった。また、Fe2O3が多いことと関係して、Fe3+、Fe2+–Fe3+、Fe3+–Fe3+による吸収が大きく、暗色の原因となる。また通常光と異常光方向の色調の差が大きいのが特徴である。インクルージョンは有色結晶のパイロクロアに微小インクルージョンが伴っているもの、クラウド状の色帯、鉄さびがしみ込んだ膜、二相インクルージョン、黄色の結晶等が存在した。1600℃で6時間、還元雰囲気で加熱実験を行った結果、赤外領域のOH吸収が消失した。クラウド状の色帯はクラウドがなくなり、鉄さびも消失した。二相インクルージョンの変化はあまり見られなかったが、黄色の結晶は白濁し、ヘイローを伴っていた。

 

7.Beを含む天然ブルーサファイアのナノインクルージョン
○江森 健太郎、北脇 裕士(中央宝石研究所)、三宅 亮(京大院理)
この研究内容については本号(P1〜P8)に掲載されている。

 

8.ナイジェリア産サファイアの微量元素比較
桂田 祐介(GIA Tokyo)
ナイジェリアでは、今世紀初頭に南東部マンビラ高原から濃色のブルーサファイアが産出、2014年ごろからは淡色で高品質のブルーサファイアが産出され、主にバンコクの宝石市場で注目されてきた。本発表は、ナイジェリア産サファイアは産地によってバナジウムと鉄の含有量が異なる、という内容であった。ジョス高地のカドゥナ州アンタンでは主にブルーサファイアとグリーンサファイアが産出され、バナジウムが多く、鉄が少ない傾向にある。アダマワ高地のゴンベ州フトゥクおよびクラニでは、イエローサファイア、バイカラーサファイアが産出され、ブルーサファイアの産出量は少なく、色が暗い傾向にある。この産地のサファイアはバナジウムが少なく、鉄が多い傾向にある。また、マンビラ高地で産出するサファイアは微量元素の分布が広いが、バナジウムの量は少ない傾向にあるとの報告であった。

 

9.ゴールドシーンサファイアの化学的特徴
○三浦 真、桂田 祐介、猿渡 和子(GIA Tokyo)
ゴールドシーンサファイアは、ケニア北東部が唯一の産地とされており、流通量が少ないと言われている。本研究では研磨石18石、原石5石の計23石について検査を行った結果が報告された。
色については「青色と黄色が混在するもの」「黄色単色のもの」「インクルージョンで色が不明瞭なもの」が存在した。主たるインクルージョンはヘマタイト、イルメナイトの針状結晶があり、これがシーンを形成する原因となっている。他、ヘマタイト、マグネタイト、マスコバイト、パラゴナイトがインクルージョンとして存在し、ゲーサイトとヘマタイトが共生する結晶も存在した。
ケニアのコランダム産地はアルカリ玄武岩起源のLake Turkanaとサイヤナイト起源のGraba Tulaがあり、ゴールドシーンサファイアはGraba Tulaの成分に近い。鉄の量が多く、紫外可視分光スペクトルが非玄武岩型になるものがサイヤナイト起源の特徴であり、産地鑑別の重要な手がかりとなるとの報告であった。

 

10.トラピッチェパターンの形成過程
○川崎 雅之(狭山市)、長瀬 敏郎(東北大・学術博物館)
トラピッチェ構造を持つ宝石にはエメラルド、コランダム、ガーネット、トルマリン、スピネル、水晶、アンダリュサイト(紅柱石)―キャストライト(十字石・空晶石)などがある。トラピッチェ構造は(a)セクター境界に沿って異種鉱物が樹枝状に配列しているものと、(b)柱面から垂線方向に結晶自身が成長、または異種鉱物・欠陥が集中して柱状模様を示すもの、の2つに大別される。(a)は高飽和条件下での樹枝状成長とそれに続く低飽和条件下での多面体成長の二段階を経ていると説明されているが、(b)については十分な検討がされておらず、本発表は(b)の構造を示すトラピッチェ・エメラルドについて形成過程の検討についての発表であった。小枝成長と成長面の方位は垂直であり、同時成長したと考えられ、変成岩中の成長であり、また成長に際して余剰なスペースが存在しない為、樹枝状結晶は形成されない。柱面セクターにはインクルージョンを起源として成長方向に伸びた細かい模様(第二種不純物縞)が存在し、不純物が継続的に取り込まれることでトラピッチェパターンが形成されたと発表者は考察している。なお、インクルージョンはアルバイト、クォーツ、パイライト、炭酸カルシウムだったらしい。

 

11.570 nm付近の吸収によるガーネットの様々な変色性とブルーガーネット
○中嶋 彩乃(株式会社彩)、古屋 正貴(日独宝石研究所)
1998年にマダガスカル南部のBekelyから発見されたパイロープ/スペサルティンガーネット、いわゆる「マラヤガーネット」は帯緑青~青緑色から赤色に変色し、分光はV3+による575 nmの吸収が確認される。スリランカ産のガーネットで紫色から赤色に弱く変色するものは、分光はCrの影響が強く、572 nmに吸収が存在する。南アフリカ、スリランカで産出するガーネットで帯緑褐色から赤色になるものは、570 nmに弱い吸収とMnによる460 nm、483 nmの吸収が存在する。タンザニアやケニアのUmba渓谷等から産出するロードライトガーネットで“ピーチカラー”と呼ばれているものは、褐色からピンクに極めて弱く変色するが、Fe2+による570 nmの吸収をはじめ、506 nm、526 nm、696nmの吸収が存在し、Mn2+による青色域の吸収も弱い。青色域の透過が多いため570–506 nm付近の吸収の谷があり、変色性があるとされている。Bekely産のガーネットはVを多く含むため、紫~青色域のみ透過するスペクトルになるものがあり、青色から赤色に変化するガーネットになるとの報告であった。

 

12.アクワマリンの加熱処理について
○藤原 知子、岩松 利香、難波 里恵(東京宝石科学アカデミー)
アクワマリンの色因は鉄のイオンであり、その大半は加熱処理により緑味や黄色味を取り除いて青色に変化させている。この加熱処理は、コランダムのような高温の加熱処理ではなく、300〜500℃程度の低温で加熱されているとされており、現状では処理の看破は難しいとされている。本研究では、5つの産地(ブラジル、ナイジェリア、ナミビア、パキスタン、マダガスカル)の原石を集め、還元雰囲気で加熱処理前後の分光データを比較していた。
加熱処理前後で色の変化が見られた石について分光分析を行ったところ、427 nm、370 nmの吸収は弱くなり、820 nmの吸収が強くなった。赤外領域では水に関する吸収7306 cm−1、7105 cm−1、5270 cm−1、5441 cm−1が弱くなる傾向にある。また、フォトルミネッセンス分析を行ったところ、加熱後に帰属不明の581 nmのピークが出現するものがあり、560〜650 nmの部分が加熱前に比べ盛り上がることから、フォトルミネッセンス分析は加熱の痕跡を見つける上でひとつの手掛かりになるのではないかという発表であった。

 

13.近代に生産された特殊な外観を呈するガラスについて
福田 千紘(ジェムリサーチジャパン株式会社)
19世紀~20世紀に作られていた特殊な外観を持つガラスがあり、それらについての化学組成と特徴についての報告であった。
サフィレットは19世紀チェコで製造されていたが、いったん途絶え、20世紀に入ってから旧西ドイツで復刻された。復刻されたものはサフィリーンとも呼ばれ区別がされている。色は青色透明、フォイルバックはあるものとないものがある。基本的にカットではなく鋳造されており、強い自然光や人工光で褐色にみえるので一見変色性に見えるという特徴がある。化学組成はSi、K、Pbが多くFe、Cuを含む。B、 Alは少ない。Alは耐食性を付与するために添加するのだが、当時は入れていなかった。褐色の色因は銅のコロイドではないかと推測される。フォイルバックは、表側は銀、裏側は真鍮の粉末と鉛を混ぜたものであった。
アイリスガラスはアイリスクォーツを模して作られた。無色のガラスに赤、青、緑の各色ガラスが混入している。フォイルバックはあるものとないものがあり、鋳造で作られている。化学組成はSi、K、Pbが多くTi、Cu、Asも含む。BとAlは少ない。青、緑の色因はFe、Cuであり、橙色の色因はSeによるものであった。赤色部分の分光結果は金コロイドのプラズモン吸収と一致した。EDSでは検出しなかったが、LIBSで10ppm程度の金を検出し、金のコロイドによる着色ではないかという考察であった。
ドラゴンブレスは赤~オレンジ色を呈するガラス中に不規則な青色の干渉色を呈する。表層と下層でガラスの性質が違い、オレンジのガラスの上に無色のガラスが貼り合わせてあり、間に皮膜がある。この皮膜は火炎によって発生する変質層と思われる。フォイルバックもされている。オレンジの下層はPbが多くSiが少なく、無色の上層はPbが少なくSiが多いという特徴がある。他に含まれている元素はH、B、Ti、Fe、Cu、Zn、As、Seであった。2種類の異なるガラスを用いることで青色の干渉が起こっているのではないかと考察していた。

 

14.教材としての宝石活用の試み 真珠を例として
嶽本 あゆみ、田邊 俊朗(沖縄工業高等専門学校)
沖縄工業高等専門学校生物資源工業科は沖縄の生物資源の産業化を目標の一つにしている。主に食品や有用微生物の探索がおこなわれている。生物スケッチの基礎を学ぶ実験の授業があるが、そこで真珠貝を用いた。本発表は真珠貝を用いた解剖実験の実施報告であり、男子と女子で真珠に対する興味の違いを明らかにした。

 

15.マーケットに流通している有核のアコヤ養殖真珠のサイズについての一考察
渥美 郁男(東京宝石科学アカデミー)
真珠振興会では日本で養殖しているアコヤ真珠は2~11mmと公表している。本発表は有核のアコヤ真珠の最小サイズ、最大サイズ、養殖地についての調査報告であった。なお、ケシ真珠、ジェル核は除外している。三重県の神明と長崎県の五島列島では大粒のアコヤ真珠が養殖されている。アコヤ真珠の有核で最小のものは日本産ではなくベトナム産であり、1.7mmのものが存在した。ベトナムのどこで養殖されているかは不明である。最大のアコヤ真珠は五島列島の奈留島で養殖されている14mmの真珠であり、自生の12cmぐらいあるアコヤ貝を18~24ヶ月かけて養殖しているそうだ。

 

16.例外的にみられた干渉色と輝度の関係性について
○南條 沙也香、鈴木 千代子、小松 博(真珠科学研究所)
テリが良いのに干渉色が弱い真珠についての調査報告であった。そのような真珠の断面を観察したところ、結晶層の乱れは認められなかった。弱い干渉色の原因として考えられるのは(1)結晶層の厚さが均一ではないこと、(2)0.3μm未満の結晶層があること、(3)0.5μm以上の結晶層があること、の3点が挙げられる。(1)に関しては干渉色がお互い打ち消しあってしまうことが干渉色の弱さの原因であり、(2)(3)に関しては2次の干渉色が可視光外になってしまい、干渉の次数が高くなるので干渉色が弱くなることが判明した。

 

17.ゴールド系シロチョウ真珠に及ぼす稜柱層の影響
○大巻 裕一(㈱桑山)、矢崎 純子、小松 宏(真珠科学研究所)
本研究では、ゴールド系シロチョウ真珠の一部が褪色してしまう原因について考察していた。 (1)色素の変化による褪色、(2)亀裂が入ることで見た目の色が変わって見える、の2点が原因として考えられる。日光に40日あてる褪色実験をおこなったが、色素の褪色は認められなかった。また、経験的に褪色が起こりやすいと考えられる緑味が強く、暗い色の珠を切断して観察した。これらの珠のうちのいくつかは稜柱層が大きく、大小さまざまな亀裂が稜柱層に入っており、これが褪色の原因ではないかと推察していた。しかし稜柱層が入っているかどうかは軟X線では判断が難しく、対策としては稜柱層、混在層が含まれないようなピースの取り方を検討する必要があるとのことであった。また、養殖所と協力し、ピース貝とピースを取る箇所、生成真珠の相関など、研究を進める必要があるとのことである。

 

18.サンゴパールとその色の起源
猿渡 和子(GIA Tokyo)
サンゴパールはピンクサンゴを核にして養殖されたアコヤ真珠で、愛媛県宇和島市の松本真珠で養殖されている。核は高知県産のCorallium elatius(モモイロサンゴ)を用いていると推測される。本研究ではサンゴパールのピンク色がサンゴの色を反映したものなのかどうかについて考察していた。穴口に色だまりはなく、真珠層の厚みは0.12–0.40ミリであった。真珠層が厚いと真珠全体のピンク色が淡く、真珠層が薄いとピンク色が濃く観察される。反射型紫外可視分光光度計で反射率を測定したところ、真珠層が薄い試料の反射率はピンクサンゴ核の反射率に近く、低めの反射率を示したのに対し、真珠層が厚い試料の反射率はより高くなる傾向を示した。また、モモイロサンゴの色は、カロテノイド系色素のカンタキサンチンが原因といわれており、ラマン分光分析を行うと1129cm−1、1517cm−1の炭素結合のピークが出てくる。今回の真珠にもそのピークが弱く認められた。以上の結果より、サンゴパールのピンク色はピンクサンゴ核の色を反映している可能性が高いことを示した。

 

○懇親会

6月9日(土)、総会・講演会終了後、富山大学構内カフェアザミにて、懇親会が行われました。47名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。

 

写真5 懇親会の様子
写真5 懇親会の様子

 

 

<見学会参加報告>

 

教育部 野田 真帆

6月10日(日)、総会・講演会の翌日に見学会が実施され、 (1)富山県立山カルデラ砂防博物館、(2)魚津埋没林博物館、(3)ルビカ工業株式会社、合計3件の見学を行い、41名が参加しました。

 

(1)富山県立山カルデラ砂防博物館
カルデラとはポルトガル語で「大鍋」を意味する単語で、立山カルデラは火山活動と侵食作用で形成された日本最大規模の崩壊地形として知られています。この土地に住む人々が歩んできた道は「土砂との闘い<砂防>の歴史」そのものであり、当博物館はテーマ展示(大型地形模型、立山砂防のトロッコ列車を実車展示したもの等)を通して地質や、人々の自然との向き合い方について展示しています。
1858(安政5)年、跡津川断層の活動により推定M7.3~7.6の安政飛越地震が発生し、大鳶山と小鳶山が崩れ、数億立方メートルの土砂が立山カルデラとその出口付近に堆積し、天然のダムが形成されました。この天然ダムは2週間後と2か月後の2回決壊しますが、勢いを増した大土石流が下流部に到達し甚大な被害をもたらしました(安政の大災害)。その後も度重なる常願寺川の氾濫に人々は苦しみました。1906(明治39)年、富山県は砂防工事に着手し、1926年(大正15)年より国に引き継がれています。自然との共存が本来いかに困難で、試練の連続であるかを物語る展示は防災教育にも役立つものだと再認識しました。

 

写真6 立山カルデラ砂防博物館
写真6 立山カルデラ砂防博物館

 

 

写真7 同博物館で地形を確認する見学者
写真7 同博物館内で地形を確認する見学者

 

 

(2)魚津埋没林博物館
同博物館には特別天然記念物である埋没林が展示されています。埋没林とは「埋まった林」を意味し、魚津埋没林は約2000年〜1500年前、弥生時代から古墳時代の頃にできたと考えられています。魚津埋没林は、湧水によりスギ林が湿地化し、川の洪水によって埋まってできたと考えられています。埋没林で見られる樹木はほとんどがスギの木で、他にミズキ、トチノキなど50種類以上の植物が発見されています。立木の根元部分は埋まったことで原形を維持していますが、幹は地上に出ていたため腐敗してしまいました。根のまわりが約2000年も経った今も保存されているのは地下水による影響であると考えられているようです。埋没林水中展示は今でも地下120mからポンプアップされた片貝川の伏流水を流し込み、常に水が入れ替わるように整備されています。また、自然の湧水も利用するため、底張りはしていません。
乾燥展示館に展示されている埋没林は1930(昭和5)年の魚津漁港工事の際に発見されたものです。
埋没林展示以外に、同博物館エリアでは蜃気楼(海の上に冷たい空気と暖かい空気の層ができ、その間で光が屈折して遠くのものが伸長したり反転したりする現象)の観測が可能で(気候・気温状況による)、関連する展示がされています。

 

写真8 埋没林水中展示
写真8 埋没林水中展示

 

写真9 埋没林乾燥展示
写真9 埋没林乾燥展示

 

(3)ルビカ工業株式会社 <株式会社 信光社関連企業> 見学
見学会では主にルビカ工業株式会社工場内での合成サファイア結晶の製造を見せていただきました。
ルビカ工業株式会社の名前は「ルビー」と「カーバイド」を合わせたもので、日本カーバイド工業株式会社との合併で同社は1980(昭和55年11月)に設立されました。
参加者一行はまず信光社の沿革、合成コランダムの製造方法、技術革新について説明を受け、後に工場内へ案内していただきました。

写真10 会議室で説明を受ける様子
写真10 会議室で説明を受ける様子

 

 

写真11 工場見学の様子(写真提供:ルビカ工業株式会社)
写真11 工場見学の様子(写真提供:ルビカ工業株式会社)

 

 

工場内は撮影禁止でしたが、多くの合成サファイア製造装置が立ち並び、工場内は合成装置の発する熱で真夏のような暑さでした。夏場の工場内は50度にもなるそうで、高品質サファイア結晶完成品の涼しげなまでの透明度の高さからは想像もつかない大変な仕事を見てとることができました。技術の向上により現在は大型の結晶製造も可能です。

 

写真12–1 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶 
写真12–1 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶

 

 

写真12–2 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶 
写真12–2 ルビカ工業で制作された合成コランダムの結晶

 

同社製造品は工業用品から装飾品、文房具やノベルティーグッズ等と幅広く用いられています。著名な高級ブランド時計の窓材受注も多いとのことで、日本の技術力の高さが評価されていることの好例として印象的でした。同社の製造現場最前線に多くの参加者が感動し興味深く解説を受けていました。
合成コランダムの結晶育成ではベルヌイ法(原料材料がハンマーで砕かれ、その粉末が上部から降下する際に水素ガスや酸素ガスを用いて溶融し、下部に用意される種結晶上に成長される方法)が量産に向いていると広く知られておりますが、上述のように大型結晶で尚且つ高純度の成長となると独自の技術開発が必要になります。
同社で一行は到着時より温かく迎えられ、多くの質問にもお答えいただきました。ここに改めて謝意を表します。◆

 

写真13 ルビカ工業、工場前にて集合写真
写真13 ルビカ工業、工場前にて集合写真

モザンビーク産ルビーの低温加熱処理について -加熱温度の違いによる諸特徴の変化-

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2018年5月PDFNo.44

 

リサーチ室 北脇 裕士、江森 健太郎、岡野 誠
ジェムリサーチジャパン 福田 千紘

モザンビーク産ルビーの原石を300℃〜1000℃まで100℃刻みで加熱処理を行い、温度の違いによる宝石学的特徴の変化を記録した。処理前後において内部特徴にはほとんど変化が見られなかったが、結晶の表面に達したフラクチャーに充填された鉄サビは赤味を帯びて暗くなる傾向が見られた。FTIRによる透過スペクトルにおいて、未加熱時に見られたH2O関連の吸収ピークが加熱温度とともに小さくなり、最終的にはほぼ消失した。また、未加熱時に見られたダイアスポアの吸収ピークも加熱温度とともに小さくなり、一旦OH関連の新たな吸収ピークが出現するが、これらも最終的には完全に消失した。フラクチャーの鉄サビを顕微ラマン分光法で測定したところ、未加熱時はゲーサイトのピークが検出されたが、加熱したあとではヘマタイトのピークが検出された。このように内部特徴に明瞭な加熱の履歴に関する特徴が見られないものについても、FTIRおよびラマン分光法が、モザンビーク産ルビーの低温加熱の検出に役立つことが改めて確認された。

 

1.背景

モザンビークは2008年の発見以降、宝石質ルビーの世界的に有数の供給源となっている。同国ではNiassa州とCabo Delgado州の複数の鉱山からルビーを産出しているが、Cabo Delgado州のMontepuezは2009年2月に新しい鉱山として発見され(文献1)、現在ではもっとも重要な産出地として知られている。モザンビークから産出するルビーの品質は様々であり、もっとも高品質のものはそのまま非加熱で取引されているが、ほとんどのものは加熱による色の改良が施されている(文献2)。また、一部のクラリティの低いものは鉛ガラス含浸処理の素材としても利用されている(文献3)
モザンビーク産ルビーの加熱は、主にタイのバンコクやチャンタブリで行われており、伝統的な加熱手法が用いられている。クラリティの高いものはそのまま加熱されるが、低品質のものはフラクチャーを癒着させるためのフラックスが使用されている(文献4)文献5および文献6によると、2015年頃からスリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われており、倫理観の欠如した取引業者によって非加熱として販売されている。その後の研究において、これらの低温加熱は青色味を除去するのに有効であることが示されたが(文献5)、内部特徴へ与える影響は少なく、インクルージョンの観察に基づく鑑別のみでは看破が困難である。FTIRなどの赤外分光法は加熱の履歴を検証するために有効であるが(文献7、文献8)、そのスペクトルの詳細な解析には試料の加熱前後の系統立てた研究の蓄積が必要不可欠である。また、FTIR分析において鑑別特徴となるデータが個々の試料に必ずしも得られるとは限らない。最近になって、表面に達したフラクチャーに充填される鉄サビを顕微ラマン分光法で分析したところ、500℃〜600℃の加熱でゲーサイトからヘマタイトに変化することが確認され、低温加熱を看破するための有効な指標になることが示された(文献6)
本研究では、モザンビーク産ルビーの低温加熱実験を行い、その加熱前後の諸特徴を記録することで、加熱の履歴を検証するための判定基準の確立をめざした。特にFTIR分析による加熱温度に伴うスペクトルの変化の理解と顕微ラマン分光法によるゲーサイトからヘマタイトへの転移温度の検証を主たる目的とした。

 

2.試料と分析方法

試料はモザンビークで最も産出量の多いMontepuez鉱山産の非加熱原石試料5個(①0.352ct、②0.638ct、③0.377ct、④0.460ct、⑤0.456ct)を用いた(図1)。これらは一次鉱床(変質した角閃岩)から直接採取されたもので、研磨は行っていない。Montepuez鉱山産のルビーは大きさ、形、色、クラリティにより品質分類されている。クラリティが3Aおよび2Aランクの高品質のものは主にタイやスリランカでカット・研磨され、Aランク以下のものはインドに輸出されている。今回用いた試料はAランクに相当する(阿依 私信、2018)。

 

図1:本研究で用いたモザンビーク、Montepuez鉱山産のルビー非加熱原石試料5個  (上段左より①0.352ct、②0.638ct、③0.377ct、下段左より④0.460ct、⑤0.456ct)
図1:本研究で用いたモザンビーク、Montepuez鉱山産のルビー非加熱原石試料5個
 (上段左より①0.352ct、②0.638ct、③0.377ct、下段左より④0.460ct、⑤0.456ct)

 

図2:加熱処理に用いたマッフル炉     (ADVANTEC製 FUM312DA)
図2:加熱処理に用いたマッフル炉   
 (ADVANTEC製 FUM312DA)

 

図3:加熱処理に用いたるつぼ (ジルコニウムるつぼの中にムライト質磁製るつぼを配置)
図3:加熱処理に用いたるつぼ
(ジルコニウムるつぼの中にムライト質磁製るつぼを配置)

 

試料の加熱処理はジェムリサーチジャパンにおいてADVANTEC FUM312DA マッフル炉を用いて行った(図2)。試料は内径30mm容量10mlのムライト質磁製るつぼ内にアルミナ粉末を充填し、その中に埋設した。磁製るつぼは底面炉材保護のためさらにジルコニウムるつぼに入れて炉内に配置した(図3)。加熱ピーク温度は300℃〜1000℃まで100℃刻みとし、同一試料を用いて低温から順に計8回熱履歴を与えた。温度調整はPID制御とし、室温からピーク温度までの昇温時間を2時間、ピーク温度の保持時間を2時間、ピーク温度から室温までの降温時間を4時間の3pathと設定し、炉内は酸化雰囲気(周囲雰囲気)で加熱した。設定温度と実測温度には必ず差異が生じるが、PID制御は単位時間当たりの温度変化の微分値をフィードバックすることで温度の変動を抑制し、かつ設定温度と実測温度の差を時間軸で積分した面積が最小になるように誤差を制御する方法で他の制御方法に比べると差異や変動を少なくすることができる。降温時間は実際には4時間では室温まで降下しないため室温に戻るまで十分な時間をおいてから試料を取り出した。室温は水銀温度計で実験ごとに校正しピーク温度は工場出荷時の校正設定とした。
宝石学的検査および分析はすべてCGLのリサーチ室にて行った。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外–可視–近赤外分光分析には日本分光製V650を用いて分析範囲は220nm–860nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析には日本分光製FTIR4200を用いて分析範囲は5000–1500cm–1、分解能は4.0cm–1、積算回数はauto(21〜512回)で測定を行った。顕微ラマン分光分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて488nmのレーザーを励起源として50倍の対物レンズを使用した。ラマンスペクトルのマッチングにはCGLのサンプルデータベースとArizona Univ.の鉱物データベースを参照した。

 

3.結果と考察

◆内部特徴
今回用いた試料はサイズが小さく未研磨であったこともあり、処理前後を通じて内部特徴に大きな変化を確認することはできなかった。唯一、結晶の表面に達したフラクチャーに充填された鉄サビの色が橙色から赤橙色に変化したものが見られた(図4)。これらの変化は300℃および400℃の加熱で確認することができたが、ルビー自体の赤色が濃いために処理前の状態と比較しなければその差異は判り難い。

 

図4:試料③0.377ctの未加熱および300℃〜1,000℃までの100℃刻みの加熱後の概観の比較:未加熱時には黄色かった液膜(写真左上)が加熱により赤味と暗味を増す
図4:試料③0.377ctの未加熱および300℃〜1,000℃までの100℃刻みの加熱後の概観の比較:未加熱時には黄色かった液膜(写真左上)が加熱により赤味と暗味を増す

 

今回の実験では確認できなかったが、文献5にモザンビーク産ルビーの低温加熱によって青色味(青色色帯)が除去できることが示されている。したがって、この青色味の除去が低温加熱の目的と思われるが、色の変化が何℃で生じるかは明確にされていない。別の文献では、ルチルなどのコランダム中の析出物が溶解を始める温度(1200〜1350℃)以下が低温加熱と定義しており、青味の除去(Fe2+/Ti4+の破壊)には900〜1,100℃が必要としている(文献9)。筆者(K.H)の過去のMong Hsu産ルビーの加熱実験において、1,000℃の加熱において青色味が除去できたものとできないものがあり(文献10)、商業的な低温加熱は1,000℃前後で行われていると推測できる。

 

◆紫外–可視–近赤外分光分析
紫外–可視–近赤外透過スペクトルには5個の試料すべてにおいて加熱による明瞭な変化は認められなかった。
図5に試料⑤0.456ctの未加熱および300℃〜1,000℃まで(100℃刻み)の加熱後の透過スペクトルを示す。縦軸はそれぞれのスペクトルを比較しやすいようにずらしている。紫外–可視–近赤外透過スペクトルに加熱による変化が見られないのは、見掛けの色調にほとんど変化がみられないことと調和的である。

 

図5:試料⑤0.456ctの未加熱および300℃〜1,000℃まで(100℃刻み)の加熱後の透過スペクトル:縦軸はそれぞれのスペクトルを比較しやすいようにずらしている
図5:試料⑤0.456ctの未加熱および300℃〜1,000℃まで(100℃刻み)の加熱後の透過スペクトル:縦軸はそれぞれのスペクトルを比較しやすいようにずらしている

 

◆FTIR分析
FTIRスペクトルには5個の試料すべてに加熱温度による明瞭な変化が認められた。試料④(0.460ct)の透過スペクトルを図6および図7に示す。図6は加熱温度の違いによる変化を比較しやすいように縦軸をずらしているが、図7は吸収の深さの違いが判りやすくするために縦軸の補正を行っている。

 

図6:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(加熱温度の違いによる変化を比較しやすいように縦軸をずらしている)
図6:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(加熱温度の違いによる変化を比較しやすいように縦軸をずらしている)

 

図7:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(吸収の深さの違いが判りやすくするために縦軸の補正を行っている)
図7:試料④(0.460ct)の加熱前後のFTIRによる透過スペクトル(吸収の深さの違いが判りやすくするために縦軸の補正を行っている)

 

すべての未加熱の試料に3440–3410cm–1と3235–3230cm–1を中心とする幅広いH2O分子の拡張振動による吸収が認められた。これらの吸収は加熱温度とともに小さくなり、3235–3230cm–1ピークは500〜600℃で消失したが、3440–3410cm–1ピークは1,000℃でほぼ消失した。また、H2O分子の振動による3698 cm–1と3620 cm–1のうち、前者は500〜600℃で消滅しているが、後者は800℃まで残存している。同様に1637 cm–1のH2O分子に伴う吸収が試料①0.352ct、②0.638ct、④0.460ctに見られたが、いずれも500℃以上では消失した。すべての試料において、非加熱時にはなかった3086 cm–1と2520 cm–1にOHの拡張振動による吸収が、300℃〜600℃の加熱で新たに出現し、700℃以上では消失した。これらのFTIRで検出されるH2O分子は、微小包有物や吸着水としてコランダム中に存在することが知られている(文献11)。本試料で見られた吸収ピークは、双晶面やマイクロクラックなどの結晶の間隙に吸着したH2O分子に由来すると思われる。高品質のモザンビーク産ルビーのFTIRスペクトルにはH2O分子の振動吸収が検出されないことも多いが(文献12、文献13)、検出できた場合は加熱の履歴に関する重要な情報源となりうる。
すべての試料に2955、2925および2850 cm–1にCH拡張振動による吸収が認められた。通常、これらのピークは含浸されたオイル等に起因するものである。ルビーの鉱山ではしばしば採掘されたルビーの原石をオイルに漬けて保管することも行われており(堀川 私信、2018)、CH吸収の原因となることも考えられる。モザンビーク産ルビーが市場に流通を始めた当初、海外のある鑑別機関ではレポートのコメント欄にしばしば “Wax is present in surface reaching fractures.” とワックス含浸の記載をしており、業界内でも問題視されたが、その後はほとんど記載されなくなっている。本研究に用いた試料は一次鉱床から採掘されたままの原石である。したがって、これらのCH関連のピークは含浸物質ではなく、皮脂等の汚染に起因すると思われる。
試料①0.352ct、②0.638ct、④0.460ctの3個の未加熱試料にダイアスポアに起因する2112 cm–1と1974 cm–1のピークが見られたが、600℃の加熱温度ですべて消失した。ダイアスポア(α–AlO(OH))はアルミナ(Al2O3)の水和相であり、コランダム中の微細な包有物(例えばMong Hsu産ルビー)として含まれる場合や、フラクチャーにアルミナ(Al2O3)変質物として介在することがある。ダイアスポアは400〜500℃でコランダムに転移することが知られており(文献14)、ダイアスポアのピークはルビーやサファイアが加熱されているか否かの判定に有効である(文献7、文献15)。Mong Hsu産ルビーのように包有物としてダイアスポアを含有するルビーを1,000℃以上で加熱すると、3309、3234および3185 cm–1に新たな一連のピークが出現し、加熱の証拠とされている(文献7、文献10、文献15)。これらのピークは構造的に結合したOHとTi等の陽イオンが関与したものと解釈されている(文献7、文献11)。本研究においては1,000℃の加熱においてもこれらのピークは出現しなかった。したがって、本研究の試料から検出されたダイアスポアは結晶内部に包有物として存在していたのではなく、フラクチャーの介在物と考えられる。

 

◆顕微ラマン分光分析
すべての試料について、表面に達したフラクチャーに見られる鉄サビを狙って分析を行った。その結果、試料①0.352ctと試料③0.377ctの未加熱時にゲーサイトのピークが検出された(図8)、(図9)

 

図8:試料①0.352ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、700℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している
図8:試料①0.352ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、700℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している

 

図9:試料③0.377ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、800℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している
図9:試料③0.377ctの加熱前後のラマンスペクトル:未加熱時にはゲーサイトのラマンスペクトルが、800℃ではヘマタイトのラマンスペクトルに変化している

 

ゲーサイトは含水酸化鉄でFeO(OH)の化学式で表される直方晶系(斜方晶系)の鉱物である。これらは母体結晶(ルビー)の生成後に後生的に沈積したものである。鉄分を豊富に含む地下水が結晶表面に達するフラクチャー、へき開面や成長管などに浸入し、残留した液体の水分が蒸発することにより水和した鉄鉱物が沈積する(文献16)。モザンビーク産ルビーにはしばしば橙色~赤橙色の液膜として観察される。試料を加熱していくと、ゲーサイトが検出された鉄サビと同じ箇所を測定しても、300℃~600℃までは明瞭なピークを得ることはできなくなった。試料①0.352ctでは未加熱時にゲーサイトが検出された鉄サビ(図10–a)は700℃の加熱後にヘマタイトのピークが検出され(図8)、この時液膜の色は赤味を増していた(図10–b)

 

図10:(a)試料①0.352ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる
図10:(a)試料①0.352ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる

 

図10:(b)700℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した
図10:(b)700℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した

 

同様に、試料③0.377ctにおいては800℃の加熱後に明瞭なヘマタイトのピークが検出され(図9)、液膜の色は赤味を増していた(図11–a,b)

 

図11:(a)試料③0.377ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる
図11:(a)試料③0.377ctでは未加熱時の鉄サビは黄色味を帯びる

 

図11:(b)800℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した
図11:(b)800℃の加熱後の液膜の色は赤味が増した

 

ゲーサイトとヘマタイトのラマンシフトは200–700cm–1の範囲では良く似ているが、ヘマタイトには1320 cm–1に半値幅の大きなピークがあり、両者を区別することができる。

 

ヘマタイトはFe2O3の化学式で表される三方晶系の鉱物である。ゲーサイトを加熱すると、250℃から脱水し、ヘマタイトへの転移が始まるとされている(文献17)。この変化は以下のように表される。

2α–FeO(OH)     ⇒     α– Fe2O3+ H2O
加熱(250℃以上)

宝石中の包有物においてもしばしばこれらの変化が見られることがある。加熱により黄褐色のゲーサイトが赤褐色のヘマタイトに変化する例が知られており、この変化は300℃〜400℃で生じるとされている(文献16、文献18)文献6ではモザンビーク産ルビーの鉄サビを分析しており、500℃および600℃の加熱後にゲーサイトからヘマタイトに変化したと報告している。いずれにしても、コランダムの低温加熱に利用される温度(おそらく900〜1100℃:少なくとも700℃以上(阿依 私信、2018))以下でゲーサイトからヘマタイトへ変化することは確実である。したがって、ルビーのフラクチャーに見られる鉄サビがゲーサイトであることが確定できれば非加熱であり、ヘマタイトであれば加熱の証拠となりうる。
顕微ラマン分光法でコランダム中の鉄サビを測定する際、サビを含む液膜の厚み、位置、方位等の要因により、ゲーサイトやヘマタイトのピークが検出できる場合とできない場合がある。したがって、いずれかのピークが検出されるまで顕微鏡下で観察される鉄サビを根気良く分析する必要がある。

 

4.まとめ

モザンビーク産ルビーの低温加熱についての理解を深めるために加熱実験を行った。加熱の履歴の検証には宝石顕微鏡による拡大検査が重要であることは言うまでもないが、常に加熱の兆候が確認できるとはかぎらない。特に低温加熱(900〜1100℃以下)では、その変化は捉え難い。フラクチャーに充填された鉄サビの色の赤味が強い場合は加熱の疑いがあるが、確証には至らない。FTIR分析において、H2O分子に起因する吸収やOH関連の吸収の存在は低温加熱の否定あるいは検出に有効である。また、ダイアスポアの吸収は600℃以上の加熱を否定する根拠となる。
顕微ラマン分光法によるフラクチャー中の鉄サビの分析において、ゲーサイトが検出されれば非加熱と判断することができ、ヘマタイトであれば加熱の証拠として捉えることができる。したがって、加熱の履歴の検査においては、顕微鏡による拡大検査において兆候が得られない場合でも、FTIR分析や顕微ラマン分光分析を組み合わせて総合的に判断することが必要である。

 

5.謝辞

Tokyo Gem Science LLC.の阿衣アヒマディ博士には、今回実験に用いたモザンビーク産ルビーの試料をご提供いただいた。ここに記して感謝いたします。◆

 

6.文献

1.Pardieu V., Jacquat S., Senoble J., Bryl L.–p., Hughes R., Smith M. (2009) Expedition report to the ruby mining sites in northern Mozambique (Niassa and Cabo Delgado provinces).
https://www.gia.edu/doc/Expedition–report–Ruby–mining–sites–Northern–Mozambique.pdf
2.Chapin M., Pardiew V., Lucas A. (2015) Mozambique: A ruby discovery for the 21st Century.
G&G, vol.51, No.1, pp44–54
3.Smith C. (2010) Mozambique rubies. Gems & Jewellery, vol.19, No.1, pp3–5
4.Pardieu V., Sturman N., Saeseaw S., Du Toit G., Thirangoon K. (2010) FAPFH/GFF treated ruby from Mozambique: A preliminary report.
https://www.gia.edu/doc/FAPFH–GFF–Treated–Ruby–from–Mozambique–A–Preliminary–Report.
5.Pardieu V., Saeseaw S., Detroyat S., Raynaud V., Sangsawong S., Bhusrisom T., Engniwat S., Muyal J. (2015) “Low temperature” heat treatment of Mozambique ruby–result report.
https://www.gia.edu/doc/Moz_Ruby_LowHT_US.
6.Sripoonjan T., Wanthanachaisaeng B., Leelawatanasuk T. (2016) Phase transformation of epigenetic iron staining: Indication of low-temperature heat treatment in Mozambique ruby.
Journal of Gemmology, vol.35, No.2, pp156–161
7.Smith C.P. (1995) A contribution to understanding the infrared spectra of rubies from Mong Hsu, Myanmar. Journal of Gemmology, vol.24, No.5, pp321-335
8.GAAJ–Zenhokyo Lab. (2007) ルビーおよびサファイアの加熱の履歴に関する鑑別. Gemmology, 2007年2月号pp24–27
9.Hughes R., Manorotkul W., Hughes E. (2015) Ruby & Sapphire A gemologist’s guide. Gem and Jewelry Institute of Thailand, Bangkok.
10.GAAJ–Zenhokyo Lab. (2005) 産地鑑別と加熱・非加熱鑑別の正確性と限界について. Gemmology, 2005年9月号pp4–7
11.Beran A., Rossman G.R. (2006) OH in naturally occurring corundum. European Journal of Mineralogy, vol.18, No.4, pp441–447
12.Pardieu V., Supharart S., Muyal J., Chauvire B., Massi L., Sturman N. (2013) Rubies from the Montepuez area (Mozambique).
https://www.gia.edu/doc/GIA_Ruby_Montepuez_Mozambique.pdf
13.川野潤.,北脇裕士.,阿依アヒマディ.,岡野誠. (2009) 新産地:モザンビーク産ルビー. Gemmology, 2009年12月号pp13-15
14.Phlayrahan A., Monarumit N., Satitkune S., Wathanakul P. (2016) Phase Tranformation of diaspore and its application for indicating the low temperature–heat treatment of corundum samples.
Proceedings of GIT2014, pp167–170
15.Phlayrahan A., Monarumit N., Loetwanitsakul L., Satikune S., Wathanakul P. (2013) The alteration of structural OH group in FTIR spectra on ruby samples from Mong Hsu, Myanmar and Montepuez, Mozambique. Proceedings of 33rd IGC, pp154–157
16.Koivula J.I. (2013) Useful visual clue indicating corundum heat treatment. G&G, vol.49, No.3, pp160–161
17.Liu H., Chen T., Zou X., Qing C., Frost R.L. (2013) Thermal treatment of natural goethite: Thermal transformation and physical properties. Thermochimica Acta, vol.568, pp115–121
18.Kammerling R.C., Koivula J.I. (1989) Thermal alteration of inclusions in “rutilated” topaz. G&G, vol.25, No.3, pp165–167

インクルージョン・ギャラリー

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2018年5月PDFNo.44

写真撮影:CGLリサーチ室

《モザンビーク産ルビー(非加熱)

 

写真1:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):針状と板状の混在がモザンビーク産ルビーの特徴
写真1:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):針状と板状の混在がモザンビーク産ルビーの特徴

 

写真2:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):長い針状と点状の混在が見られる
写真2:シルク・インクルージョン(ファイバー光による斜光照明):長い針状と点状の混在が見られる

 

写真3:点状のシルク・インクルージョンと丸みを帯びた結晶(黄銅鉱と思われる)インクルージョン
写真3:点状のシルク・インクルージョンと丸みを帯びた結晶(黄銅鉱と思われる)インクルージョン

 

写真4:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトは角閃石の一種で、モザンビーク産ルビーの母岩である角閃岩の主要構成鉱物である
写真4:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトは角閃石の一種で、モザンビーク産ルビーの母岩である角閃岩の主要構成鉱物である

 

写真5:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトの結晶が厚みを増すと緑色を呈する
写真5:柱状の結晶(パーガサイト)インクルージョン:パーガサイトの結晶が厚みを増すと緑色を呈する

 

写真6:ブラインド状双晶面:変形双晶の一種で、しばしばモザンビーク産ルビーにも見られる
写真6:ブラインド状双晶面:変形双晶の一種で、しばしばモザンビーク産ルビーにも見られる

 

写真7:双晶面沿いに発達した針状インクルージョン:これまでベーマイトといわれてきたが、最近の研究で変形双晶に伴って生じたhollow channel(中空の溝:チューブ)と考えられている
写真7:双晶面沿いに発達した針状インクルージョン:これまでベーマイトといわれてきたが、最近の研究で変形双晶に伴って生じたhollow channel(中空の溝:チューブ)と考えられている

 

写真8:3次元的に交差した針状インクルージョン (hollow channel)
写真8:3次元的に交差した針状インクルージョン
(hollow channel)

 

《モザンビーク産ルビー(加熱)

 

写真9:加熱により生じた結晶の周囲のテンションクラック
写真9:加熱により生じた結晶の周囲のテンションクラック

 

写真10:加熱により一部癒着した液体インクルージョンとテンションクラック
写真10:加熱により一部癒着した液体インクルージョンとテンションクラック

 

写真11:加熱により癒着した液体インクルージョン
写真11:加熱により癒着した液体インクルージョン

 

写真12:フラクチャーから侵入したフラックスが加熱により癒着して生じた液体様インクルージョン。侵入したフラックスが“透明物質”として残存している
写真12:フラクチャーから侵入したフラックスが加熱により癒着して生じた液体様インクルージョン。侵入したフラックスが“透明物質”として残存している

コラム:サイズアップする中国製HPHT合成ダイヤモンド

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2018年5月PDFNo.44

リサーチ室 北脇 裕士

 中国で製造されるHPHT合成ダイヤモンドについては、本誌No.30、No.32およびNo.35などにて詳しくお伝えしてきました。最近、鑑別業務で見かけるものや、研究用に入手した中国製と思われる合成ダイヤモンドはサイズが大きくなってきており、これまでの「中国製HPHT合成ダイヤモンド=メレサイズ」という認識を改める必要があると感じています。写真1に示したのは最近研究用として調べる機会を得た中国製と思われるHPHT合成ダイヤモンドです。

写真1:研究用に調査した中国製と思われるHPHT合成ダイヤモンド。最大は0.52ct
写真1:研究用に調査した中国製と思われるHPHT合成ダイヤモンド。最大は0.52ct

写真左側の多数個のものは従来通りのメレサイズですが、褐色掛かっています。写真右上の3個のものは褐色系で左から0.52ct、0.38ct、0.43ctあります。中段の2個は黄色味を帯びており、下段の2個はやや青味を帯びています。
これらのうち多くのものは金属包有物が認められ(写真2および写真3)、強力なネオジム磁石にくっつきました(写真4)。また、天然には見られないダスト状の包有物(写真5)や針状の包有物が認められ(写真6)、ルーペでチェックする際の手がかりになります。

写真2:金属包有物
写真2:金属包有物

 

写真3:針状の金属包有物
写真3:針状の金属包有物

 

写真4:強力なネオジム磁石にくっつく
写真4:強力なネオジム磁石にくっつく

 

写真5:ダスト状包有物
写真5:ダスト状包有物

 

写真6:針状包有物
写真6:針状包有物

中国製のHPHT合成ダイヤモンドは、複数の企業による競合の結果、メレサイズから徐々にサイズが大きなものにシフトしつつあります。この際、製造工程における金属溶媒の種類や温度制御などの技術レベルの発展途上にあり、完全な無色ではなく、様々な色合いを持ったものが出現しているようです。◆

LPHT処理されたピンクCVD合成ダイヤモンド

PDFファイルはこちらから2018年3月PDFNo.43

リサーチ室 北脇 裕士、久永 美生、山本 正博、江森 健太郎、岡野 誠

 

最近、中央宝石研究所(CGL)東京支店にグレーディング依頼で1個のピンク色の石が供された。この石は0.192ctのマーキーズ・ブリリアントカットが施されたルースで、検査の結果、LPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドであることが判った。

図1:LPHT処理されたCVD合成ダイヤモンドFancy Brown Pink相当、0.192ct
図1:LPHT処理されたCVD合成ダイヤモンドFancy Brown Pink相当、0.192ct

 

このダイヤモンドは視覚的には同系色の天然ダイヤモンドと識別できないが、赤外領域の分光スペクトルにおいて3124、3030、2948、2937、2901、2870、2812、2726cm–1にCVD合成に特徴的なC–H伸縮振動吸収が見られた。また、近赤外領域にも8532、7917、7802、7534、7353cm–1などの水素に関連した複数のピークが検出された。これらとフォトルミネッセンス(PL)分析で検出されたH3、NVセンタなどの光学中心との組み合わせから、結晶成長後に1500–1700℃程度のLPHT処理が施されたことが推定される。
近年、CVD合成ダイヤモンドは、結晶育成技術の向上と成長後の処理により、様々な色が作り出されている。これらは標準的な鑑別手法のみでは識別が困難であるが、ラボラトリーにおける赤外分光分析、低温下でのPL分光分析やDiamondView™による紫外線蛍光像の観察などの洗練された分析を行うことによって、確実に鑑別することが可能である。

 

背景
ピンク・ダイヤモンドは、ファンシー・カラー・ダイヤモンドの中でもとりわけ人気が高い。それ故に人工的にダイヤモンドをピンク色にする数々の手法が昔から試みられてきた。ピンク色のCVD合成ダイヤモンドも2010年頃から宝石市場で見られるようになり、その詳細な特徴が報告されている(文献1, 文献2)。これらのピンク色は、CVD合成後に褐色味を除去するためのHPHT処理が施され、その後に電子線照射と低温下のアニーリング(熱処理)が組み合わされた複合的な処理(マルチ・プロセス)により生み出されている。これとは別に結晶成長後に放射線照射を伴わないLPHTのみが施されたピンクCVD合成石の報告もあるが(文献3)、これまで市場で見かけることはほとんどなかった。

 

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LPHT処理
CVD合成ダイヤモンドの多くは高速度成長のために窒素を意図的に添加して育成される(文献4)
結晶中に取り込まれた窒素は他の欠陥と結びついて宝石として魅力的でない褐色の原因となる。これらの褐色味は1600℃以上の高温で熱処理すると除去できることがわかっている(文献5)。商業的には熱処理の効果を最大限に引き上げ、さらに加熱時間を短縮するために1900-2200℃の高温が利用されている(文献5, 文献6)。しかしながら、このような高温に晒されると、ダイヤモンドはグラファイト化したり、破損したりするため、通常は熱力学的に安定な圧力が加えられる。これがいわゆるHPHT処理である。一方、圧力は300torr(<3.99×10–5GPa、大気圧以下)程度で、水素プラズマ中(CVD合成装置内)において1400-2200℃の加熱を行うことでグラファイト化を防ぐ技術が開発されている(文献6, 文献7)。これがLPHT(Low Pressure High Temperature)処理で、結晶育成に用いたチャンバー内で処理することができる。したがって、HPHT処理に不可欠な高圧発生装置を用いないため、CVD合成ダイヤモンドの製造者にはコスト面のメリットがある。これまで宝飾用のCVD合成ダイヤモンドには主にHPHT処理が利用されていたが、今後、技術開発とともにLPHT処理が普及する可能性がある。その際、LPHT処理されたダイヤモンドの光学欠陥は、HPHT処理のものと異なる場合があることに注意が必要である。

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試料と分析方法
色の起源とグレーディングのために供されたピンク色のダイヤモンドの検査を行った(図1)。重量は0.192ctでマーキーズ・ブリリアントカットが施されていた。カラーグレードおよびクラリティグレードは経験をつんだCGLのダイヤモンドグレーディングスタッフによりGIAのグレーディングシステムを用いて行われた。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行った。紫外-可視-近赤外分光分析には日本分光製V570を用いて分析範囲は220nm–1100nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。同様に340nm–800nmの分析範囲は、日本分光製V670を用いて液体窒素を用いて低温下での測定も行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4100を用いて分析範囲は7500–400㎝–1、分解能は4.0cm–1および1.0cm–1で、それぞれ512回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman Microscopeを用いて457nm 、488nm 、514nm、633nmおよび830nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、Diamond Trading Company (DTC)製のDiamondPlus™による検査とDiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。

 

結  果
◆カラーおよびクラリティ
カラーはFancy Brown Pink※相当とグレードされた。クラリティはVS1※相当であった。(※日本国内においては、宝石鑑別団体協議会(AGL)の規約により、合成ダイヤモンドのグレーディングは行っていない)

 

◆拡大検査
肉眼ではクリーンであったが、顕微鏡下においてパビリオンファセットに黒色化した小さなフェザーが見られた(図2)。このフェザーがテーブル側から観察した際にスターファセットに映りとして見られ、これがクラリティの要因となっていた。フェザーの黒色化が成長時によるものかLPHT処理に関連したものかは不明である。また、テーブル面にはスクラッチや酸化膜(burn mark)のような荒い研磨の状態が見られた(図3)。

 

図2:パビリオンファセットに見られた黒色化したフェザーアッパーガードルファセットを通して映りも見られる
図2:パビリオンファセットに見られた黒色化したフェザーアッパーガードルファセットを通して映りも見られる

 

図3:テーブル面に見られるスクラッチと酸化膜
図3:テーブル面に見られるスクラッチと酸化膜

 

◆歪複屈折
交差偏光板を用いた顕微鏡観察において、CVD合成に特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が認められた。これらは結晶の成長方向に平行に伸長したもので(図4a)、主に種結晶と成長結晶の界面から引き継がれた線状欠陥(ディスロケーション)によるものと思われる。しかし、成長面に対して垂直方向に観察した場合は細かく交差する網目模様が観察され(図4b)、天然Ⅱ型ダイヤモンドの“タタミ構造”に酷似するため解釈には注意を要する。

 

図4:交差偏光下の歪複屈折。  a)CVD合成特有の1方向に伸張した歪複屈折が見られる
図4:交差偏光下の歪複屈折。 
a)CVD合成特有の1方向に伸張した歪複屈折が見られる

 

図4:交差偏光下の歪複屈折。  b)方向を変えて観察すると交差する網目様の構造が見られる
図4:交差偏光下の歪複屈折。 
b)方向を変えて観察すると交差する網目様の構造が見られる

 

◆紫外線蛍光
長波・短波ともにオレンジ濁蛍光が観察された。蛍光強度は弱~中程度であったが、概して長波よりも短波の方が強かった。燐光は観察されなかった。

 

◆紫外-可視-近赤外分光分析
室温での測定において、270nm付近と520nm付近に幅広い吸収が認められた(図5)。270nmの吸収は置換型単原子窒素(Cセンタ)によるものと思われるが(文献8)、520nmの吸収については定かではない。文献9はAs grownの褐色CVD合成ダイヤモンドに270nm、360nmおよび515nmの吸収が見られ、515nmバンドはNVH0に起因するのではないかとしている。
液体窒素を用いて低温下で測定すると、637nm (NV) に明瞭な吸収が認められた。この他に419nm、667nmおよび684nmにきわめて弱いピークが検出された(図5)。

 

図5:紫外–可視–近赤外吸収スペクトル(室温および液体窒素温度)。置換型単原子窒素に由来する270nmピークとNVH0由来の520nmのブロードなピークが見られる
図5:紫外–可視–近赤外吸収スペクトル(室温および液体窒素温度)。置換型単原子窒素に由来する270nmピークとNVH0由来の520nmのブロードなピークが見られる

 

◆赤外分光分析
1130cm–1、1344cm–1および1332cm–1に置換型単原子窒素に起因するピークが検出された(図6)。1130cm–1と1344cm–1は中性の電荷状態NS0によるものであり(文献10)、1332cm–1は正の電荷状態NS+に関連するものである(文献11)。この他に1374、1362、1353、1296cm–1のピークが検出された。同様のピークは文献8, 文献11にも報告されている。
また、3200cm–1~2800 cm–1にC–H由来の吸収と考えられる複数のピークが検出された(図6)。これらのピーク波数は3123、3030、2948、2937、2901、2870、2812、2726 cm–1であった。このようなC–H伸縮振動吸収は、天然ダイヤモンドには見られず、CVD合成に特有のものである(文献6, 文献13)。このうち3123 cm–1ピークはNVH0に起因すると考えられており(文献6)、通常のHPHT処理後に消失する(文献5)。また、CVD合成ダイヤモンドのHPHT処理後に出現するとされる3107 cm–1(N3VH)(文献13, 文献14) は検出されなかった。
さらに近赤外領域に8532、7917、7802、7534、7353、6963、6828、6425、5225、4886、4672、4336 cm–1の水素に関連したピークが複数検出された(図7)。これらと同様のピークは文献12のオレンジ~ピンクのCVD合成ダイヤモンドに報告されている。

図6:赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる
図6:赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる

 

図7:近赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる
図7:近赤外吸収スペクトル。CVD合成特有の水素関連のピークが多数見られる

 

◆フォトルミネッセンス分析
514nmレーザーと633nmレーザー励起によるPLスペクトルを図8に示す。非常に強い575nm (NV0) および637nm (NV)が検出された。514nmレーザー励起による両者のピーク強度は同程度で、ラマン線強度に対してそれぞれ45倍以上あった。未処理のCVD合成の特徴とされる596.4nmと597.0nmのダブレットのピーク(文献12, 文献14)は検出されなかった。521.4、528.0、529.1、532.0、533.0、534.9、536.5、539.6、540.3、544.4、552.8、553.5、563.8および555.7nmに帰属不明の小さなピークが検出された(一部は図示していない)。736.4/736.8nm (SiV)が633nmレーザー励起においてのみ検出された。737nmピークは合成装置由来のSi起源であり、CVD合成ダイヤモンドの特徴として理解されている(文献5, 文献14)。633nmレーザー励起では769.7、796.8、816.9、822.4、833.5、848.2、881.2および902.7nmの小さなピークが検出された。

 

図8:514nmおよび633nmレーザー励起によるPLスペクトル。非常に強い575nm (NV0) および637nm (NV-)と737nm (SiV-) が検出された
図8:514nmおよび633nmレーザー励起によるPLスペクトル。非常に強い575nm (NV0) および637nm (NV)と737nm (SiV) が検出された

 

図9:NVセンタのPLピークのFWHM。マルチプロセスのピンクCVD合成よりもFWHMの値が大きい
図9:NVセンタのPLピークのFWHM。マルチプロセスのピンクCVD合成よりもFWHMの値が大きい

 

図9に637nm (NV)および 575nm (NV0) の半値全幅(FWHM)の関係を示す。空孔を伴う欠陥のゼロフォノン線 (ZPL) のFWHMは局地的な歪が増すと幅が広くなることが知られており、しばしばダイヤモンド中の歪を調べるために利用されている(文献15)。過去にCGLで分析した天然Ⅱ型ダイヤモンドの褐色系133個、ピンク系70個とマルチプロセスによるピンクCVD合成ダイヤモンド5個を同時にプロットした。天然Ⅱ型ダイヤモンドの褐色系のNVセンタの半値全幅(FWHM)は0.2~0.7nm程度の狭い領域にプロットされているが、ピンク系のものは褐色系とかなりの部分が重複するものの、0.8nm以上の領域にプロットされる一群が見られる。マルチプロセスによるピンク色のCVD合成ダイヤモンドは、0.3~0.4nm程度の狭い領域にプロットされたが、本研究のLPHT処理ピンクCVD合成ダイヤモンドは637nm (NV)が0.68nm、575nm (NV0)が0.64nmであった。したがって、検査数は少ないものの、マルチプロセスのピンクCVD合成ダイヤモンドよりも今回検査したLPHT処理のピンクCVD合成ダイヤモンドは内在する歪が大きく、成長プロセスに何らかの相違があることが明らかである。
830nmレーザー励起によるPLスペクトルを図10に示す。849.9nmの強いピークの他に853.2、864.6、869.2、875.5、908.7nmに鋭いピークが認められた。また、880、903、953nmにやや幅の広いピークが検出された。985.7nmにはH2と思われる弱いピークが検出された。

 

図10:830nmレーザー励起によるPLスペクトル。850nm、875.6nmおよび986nm (H2)が検出された
図10:830nmレーザー励起によるPLスペクトル。850nm、875.6nmおよび986nm (H2)が検出された

 

488nmレーザーと457nmレーザー励起によるPLスペクトルを図11に示す。503.2nm (H3)、575nm (NV0)および637nm (NV)の強いピークが検出された。488nmレーザー励起によるNV0/H3の強度比は8.8であった。467.6、479.3、480.3、483.4、488.3、491.9、494.1、494.9、498.8nmおよび500.3nmに弱いピークが検出された(図に数値は記入していない)。

 

図11:457nmおよび488nmレーザー励起によるPLスペクトル。488nmレーザー励起による575nm (NV0)/503.2 (H3) の強度比は8.8であった
図11:457nmおよび488nmレーザー励起によるPLスペクトル。488nmレーザー励起による575nm (NV0)/503.2 (H3) の強度比は8.8であった

 

◆DiamondPlus™
DiamondPlus™はDTCにより開発され、2009年から市販されているⅡ型ダイヤモンドのHPHT処理を粗選別するためのコンパクトな装置である。この装置では15秒以内の測定時間で“PASS”あるいは“REFER”などと結果が表示される。“PASS”は天然で未処理のダイヤモンドであるが、“REFER”と表示されたものは更なるラボラトリーの検査が必要である。また、この装置はCVD合成ダイヤモンドの検出にも対応しており、737nmのピークを検出すると“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されるとともに正規化された強度が表示される。
今回の試料は繰り返し5回測定を行ったが、すべて“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示され、一度も“PASS”とは表示されなかった。同時に表示される正規化された数値は0.283~0.937であり、平均値は0.491であった。

 

◆紫外線ルミネッセンス法

DiamondView™の波長の短い(<225nm)強力な紫外線を用いて検査を行なった。テーブル方向からの観察においては、NVセンタに因ると思われるほぼ均一なオレンジ色の発光が見られたが、成長構造を示す特徴は認められなかった(図12a)。0.01秒後の燐光にはH3に因ると思われる緑色が優勢の発光色が観察された(図12b)。パビリオン側の観察では、オレンジ色の発光とともにCVD合成に特有の線模様が観察された(図12c)。CVD合成ダイヤモンドは、基盤の{100}面にごく小さなオフ角をつけたステップフロー成長により、結晶の表面上において層状に順次積層しながら大きくなる。ダイヤモンドの形成において、わずかなあるいは一時的な障害が生じると成長面に影響し、そこに蛍光を発する光学欠陥が集中するため、これらが縞模様として見られることとなる(文献14)

図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。 a) オレンジ色の蛍光色
図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。
a) オレンジ色の蛍光色

 

図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。 b) 0.01秒後の燐光
図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。
b) 0.01秒後の燐光

 

図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像 c) パビリオン側からはオレンジ色の蛍光色に加えてCVD合成特有の線模様が見られた
図12:DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像。
c) パビリオン側からはオレンジ色の蛍光色に加えてCVD合成特有の線模様が見られた

 

考  察
現在市場で見られるCVD合成ダイヤモンドの多くは、成長速度を速めるために意図的に微量の窒素が添加されている(文献4)。このような高速度成長は結果として褐色味を呈する原因となるため、それを除去する目的でHPHT処理が施されている(文献5)。また、市場で見られるピンク色のCVD合成ダイヤモンドは、HPHT処理後に電子線照射と低温でのアニーリングを組み合わせたマルチプロセスが施されている(文献1, 文献2)
本研究のCVD合成ダイヤモンドは、紫外-可視-近赤外分光分析において置換型単原子窒素に起因する270nm付近の幅広い吸収と、PL分析における非常に強いNVセンタが検出されており、意図的に窒素添加が行われたことは明らかである。しかし、マルチプロセスのピンクCVD合成ダイヤモンドに見られる1450 cm–1(H1a)、741.1nm (GR1)、594.3nm、393.5nm (ND1)などの照射に関連したピークは検出されなかった。紫外-可視-近赤外分光分析において520nmを中心とする幅広い吸収とNVが検出されており、これらがBrown Pinkの色の原因と考えられる。
赤外分光分析において3200 cm–1~2800cm–1に複数のC–H由来の吸収と考えられるピークが検出された。これらのピークは窒素を意図的に添加して成長させ、HPHT処理を施したCVD合成ダイヤモンドに見られるものである(文献6, 文献13)。これらのうち2901、2870、2812 cm–1のピークは熱処理の温度が高くなるほど高波数側にシフトすることが知られている(文献6, 文献13)文献13は1900℃のHPHT処理後に2902、2872cm–1のピークが検出され、2200℃の処理後に2905、2873cm–1にシフトしたとしている。我々が独自に行ったCVD合成ダイヤモンドのHPHT処理実験(未公表)においても1600℃の処理で2902、2871cm–1に検出されたピークは2300℃の処理において2907、2873cm–1にシフトした。また、2901、2870、2812 cm–1のピークシフトは熱処理時の圧力にも関係しており、我々が行った実験(未公表)では、処理温度が同じ1600℃においても圧力が7GPaの高圧力下では2902、2871、2819 cm–1であったが、周囲圧力下では2900、2868、2813 cm–1であった。したがって、今回の研究試料は1600℃程度のLPHT処理が施された可能性が示唆される。
3123 cm–1のピークはNVH0に関連しており、成長後のCVD合成ダイヤモンドには見られるが、HPHT処理で消失することが知られている(文献5)。しかし、1600℃のLPHT処理後には消失せずに検出されている(文献6)。我々の実験(未公表)においても、1600℃/7GPaで3123 cm–1ピークは消失したが、1600℃/周囲圧力では消失せずに検出された。また、3107 cm–1(N3VH) は成長後のCVD合成ダイヤモンドには見られないが、1700℃以上のHPHT処理後に出現することが知られている(文献13, 文献14)
H3センタは成長後 のCVD合成ダイヤモンドには見られないが、1500℃以上のHPHT処理後に導入されることが知られている(文献6, 文献13)。文献6は1970℃でLPHT処理した後はNV0>H3であったが、2030℃でHPHT処理した後はNV0<H3とその比率が逆転することを見出している。本研究でのCVD合成ダイヤモンドは明瞭なH3センタが検出されたが、NV0に比較して弱く、処理温度は最大でも2000℃以下であったと推定できる。
文献16によると、本研究の紫外–可視吸収スペクトルで見られた667nmと684nmピークは結晶育成後にLPHT処理を施すことで出現する。また、赤外領域の1374 cm¯¹のピークは結晶成長後のCVD合成ダイヤモンドを周囲圧力下において1700℃以上で加熱(LPHT処理)した後にのみ出現する。さらに、文献16により、7917、7804 cm–1ピークは周囲圧力、1300–1600℃の温度範囲で出現することが確かめられている。本研究ではこれらのピークが検出されており、HPHT処理ではなく、LPHT処理が施されていることを強く示唆している。以上の検出された(あるいは検出されない)光学欠陥の組み合わせなどから、本研究におけるピンクCVD合成ダイヤモンドのLPHT処理の温度範囲は1500–1700℃程度と推定される。

 

まとめ
グレーディングに供されたピンク色の石を検査した結果、LPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドであることがわかった。赤外領域の分光スペクトルによる3124、3030、2948、2937、2901、2870、2812、2726cm–1のピーク、PL分析による737nmピークの検出およびDiamondView™による積層成長の痕跡はCVD合成を示唆するものである。しかし、一般的なマルチプロセスのピンク色CVD合成に見られる1450 cm–1(H1a)、741.1nm (GR1)、594.3nm、393.5nm (ND1)などの照射に関連したピークは検出されなかった。赤外領域の7917、7804 、1374 cm–1と可視領域の667nmと684nmの吸収ピークが検出され、これらはLPHT処理された特徴である。
これまで宝飾用のCVD合成ダイヤモンドの色の改善には主にHPHT処理が利用されていたが、技術開発とともにLPHT処理が普及する可能性がある。鑑別技術者にとってはLPHT処理されたダイヤモンドの光学欠陥に対する理解が新たに必要となろう。

 

謝辞
液体窒素温度による紫外-可視分光分析にはAGTジェムラボラトリーの齊藤宏氏にご協力いただきました。ここに謝意を表します。◆

 

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