cgl のすべての投稿

パライバ・トルマリン再考: 歴史的背景と原産地鑑別の可能性について

PDFファイルはこちらから2019年8月PDFNo.52

リサーチ室 北脇 裕士・江森 健太郎

パライバ・トルマリンとは・・・

図1:パライバ・トルマリン/ブラジル産
図1:パライバ・トルマリン/ブラジル産

 

パライバ・トルマリンは、1989年に宝石市場に登場した彩度が高く鮮やかな青色~緑色の銅着色のトルマリンです。
当初ブラジルのパライバ州で発見されたため、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになりましたが(図1)、1990年代には隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも採掘されるようになりました。さらに2000年代に入って、ブラジルから遠く離れたナイジェリアやモザンビークなどのアフリカ諸国からも同様の含銅トルマリンが産出されるようになり、そのネーミングに物議を醸しました。また、パライバ・トルマリンのほとんどは鉱物学的にエルバイトという種類に属しますが、モザンビーク産の一部のものはリディコータイトに属するものも知られています。現在では原産地や鉱物種に関係なく、青色~緑色の含銅トルマリンは広義でパライバ・トルマリンと呼ばれ、変わらぬ人気を持続しています。

 

パライバ・トルマリンの定義

<国際的には>
主要な国際的な宝石鑑別ラボで構成されるLaboratory Manual Harmonisation Committee (LMHC)では、原産地あるいは鉱物種に関係なく、青~緑色の含銅トルマリンを以下のようにパライバ・トルマリンと定義しています(文献1)
A Paraiba tourmaline is a blue (electric blue, neon blue, violet blue), bluish green to greenish blue, green or yellowish green tourmaline, of medium–light to high saturation and tone (relative to this variety of tourmaline), mainly due to the presence of copper (Cu) and manganese (Mn) of whatever geographical origin. The name of the tourmaline variety “Paraiba” is derived from the Brazilian locality Paraiba where this gemstone was first mined.
このようなパライバ・トルマリンの定義づけは、CIBJO(国際貴金属宝飾品連盟)およびICA(国際色石協会)においても踏襲されており、国際的に広く受け入れられています。

 

<日本では>
日本国内では、一般社団法人日本ジュエリー協会(JJA)と一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)の両団体による慎重な協議の上、2006年5月1日より、パライバ・トルマリンは、「銅およびマンガンを含有するブルー~グリーンのエルバイト・トルマリン」(産地は問わない)とされました。そして、元素分析を行い、分析報告書に限り、別名としてパライバ・トルマリンの記載が可能となりました。さらに「但し産地を特定するものではありません」とのコメントを記載し、原則として原産地鑑別は行わないこととしました。
このルーリングは、含銅リディコータイトが出現したことにより、2011年3月8日に改定され、「銅を含有するブルー~グリーンのトルマリン」と現在の鉱物種を問わないルールに変更されました。

 

トルマリンの分類

鉱物としてのトルマリンは、化学組成の幅がきわめて広く、スーパーグループを構成しています。
一般化学式は、
XY3Z6(T6O18)(BO3)3V3Wで表されます。XにはNa, Ca2+, K, □(空孔); YにはFe2+, Mg2+, Mn2+, Cu2+, Al3+, Li, Fe3+, Cr3+; ZにはAl3+, Fe3+, Mg2+, Cr3+; TにはSi4+, Al3+, B3+; BにはB3+; VにはOH, O2−; WにはOH, F, O2−が入ります。それぞれのサイト(格子位置)に入る元素の組み合わせにより、トルマリンには多くの種類が存在します。現在、IMA(国際鉱物学連合)のCNMNC(新鉱物・鉱物命名委員会)において33種が承認されています(文献2)。このうち、トルマリンとして宝石市場で見られるもののほとんどはエルバイトで、一部がリディコータイト(厳密にはフルオリディコータイト)、ドラバイトやウーバイトです。

エルバイト:    Na(Al1.5,Li1.5) Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH)
フルオリディコータイト: Ca(Al,Li2) Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3F
ドラバイト:    NaMg3Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH)
ウーバイト:    CaMg3(Al5Mg)(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH)

しかし、標準的な宝石鑑別方法では、トルマリンの種類を厳密に同定するのが困難なため、宝石名としては色名を冠して○○トルマリンと呼ばれるのが一般的です。例えばピンク色のトルマリンはピンク・トルマリンと呼ばれますが、鉱物学的にはエルバイトのものやリディコータイトのものが存在します。同様に銅着色の青色~緑色のパライバ・トルマリンも多くはエルバイトに属しますが、一部はリディコータイトです。

 

パライバ・トルマリンの特異性

トルマリン鉱物は、地質学的に種々の産状が見られますが、多くの宝石質トルマリンはペグマタイト中に産出します。ペグマタイトは、マグマが固化していく過程の晩期に形成される火成岩です。マグマの分化がある程度進んだあとには空洞が生じ、そこに大きな結晶が成長します。マグマから結晶が析出する際に、結晶に取り込まれやすい元素は、早期にマグマから失われていきます。いっぽう、結晶に取り込まれにくい元素(不適合元素と呼ばれる)は結晶化が進んでもマグマの中に残されます。したがって、マグマの残液に濃集しやすい特異な元素(イオン半径が大きい(小さい)、電荷が大きい(小さい))がペグマタイトに産するトルマリンに取り込まれます。
また、元素は地球化学的に親石元素と親銅元素に分類されます。前者は地殻(地球の表層付近)に濃集する傾向があり、後者はマントル下層(地球の深部)に濃集しやすい元素です。トルマリンを構成するほとんどの元素は親石元素で地殻に豊富ですが、パライバ・トルマリンの色の原因となる銅は親銅元素です。したがって、結晶中に両者が共存することはきわめて稀なことで、パライバ・トルマリンは特異な地質環境による限られた地域にしか産出していません。
パライバ・トルマリン中の銅(Cu)。このような地球化学的に相反する元素の稀有な共存は他にも見られます。ルビー、エメラルド、アレキサンドライトなどのクロム(Cr)です。コランダム、ベリル、クリソベリルを構成するBe, O, Al, Si などは地球浅部に濃集しやすい元素ですが、クロムは地球深部に存在しやすい元素です。クロムが希少な宝石の鮮やかな色の原因となることは良く知られていましたが、微量な銅(Cu)が着色に起因する宝石はパライバ・トルマリンがはじめての発見でした。

 

パライバ・トルマリンの発見

1982年、ブラジルのパライバ州バターリャ(Batalha)(図2a,b)の小高い丘で、Heitor Dimas Barbosa(以下エイトー)氏は数人の仲間とこれまでに見たことのない鮮やかな青色の石を発見しました。これがパライバ・トルマリンの最初の発見でした(図3)。

図2 − a ブラジルの地図
図2 − a ブラジルの地図

 

図2 − b 鉱山の位置
図2 − b 鉱山の位置

 

図3:最初にパライバ・トルマリンが発見された場所(酒巻英樹氏提供)
図3:最初にパライバ・トルマリンが発見された場所(酒巻英樹氏提供)

この地は、 Borborema Pegmatite Province (BPP)と呼ばれる地域で、風化したペグマタイトが広く露出しています。このペグマタイトから第一次大戦中には戦略物資として雲母、シーライト、タングステンなどが採掘されており、大戦後には銅、ニッケル、ウラン、金、イルメナイトなどが採掘されています(文献3)
エイトー氏が初めに見つけた青色石は品質の良くないものでしたが、1988年には透明度の高い原石が10kgほど見つかりました。エイトー氏はこれらを自身の出身地であるミナスジェライス州のベロオリゾンテや隣接するサンパウロ、リオデジャネイロで販売しようとしました。しかし、あまりにも鮮やかな色であったため誰も天然石と信じてくれなかったと話しています(文献4)。その後、GIAにて鑑別を取り、翌1989年にツーソンジェムショーに出品しました。これがパライバ・トルマリンのメジャーデビューとなり、その鮮やかな色は “ネオン・ブルー”あるいは“エレクトリック・ブルー”と賞賛されました。そして、ショーの初めには$80/ctだったものが、最終的には$2,000/ctに跳ね上がるという伝説が生まれました(文献5)。1989–1990年にかけてさらに15–20kgの原石が採取され、このうちの10kgが高品質であったといわれています(文献4)

 

ブラジル/パライバ州の鉱山

人口が500 人ほどのパライバ州の小さな村バターリャ(図4)で発見された銅着色のトルマリンは、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになり、一躍大人気の宝石となりました(図5)。

図4:バターリャの街全景(2005年10月撮影)
図4:バターリャの街全景(2005年10月撮影)

 

図5:パライバ・トルマリン/バターリャ産 左から8.65ct, 14.99ct, 3.35ct(撮影:小林正明氏)
図5:パライバ・トルマリン/バターリャ産
左から8.65ct, 14.99ct, 3.35ct(撮影:小林正明氏)

 

1990–1991年にかけて生産のピークを迎えますが、価格が急上昇したため、鉱山の所有権の係争問題が発生しました。発見者のエイトー氏は地元の人間ではなかったことで、さまざまな政治的な外圧を受けたようです。10年近くにもおよぶ裁判の結果、最終的にバターリャの鉱区は3分割されることとなりました(図6)。

図6:バターリャ鉱山全景(2005年10月撮影):写真左側からエイトー氏、ジョンヒッキー氏、ハニアリー氏の鉱区
図6:バターリャ鉱山全景(2005年10月撮影):写真左側からエイトー氏、ジョンヒッキー氏、ハニアリー氏の鉱区

 

最初に発見された鉱脈を含むエリアをエイトー氏が獲得し、地元の土地所有者のジョンヒッキー氏と地元有力者のハニアリー氏がそれぞれの採掘権を得ることとなりました。筆者(KH)は2005年10月にこの地を訪問する機会に恵まれ、バターリャ地区のそれぞれの鉱区と後述するリオグランデ・ド・ノルテ州のムルング鉱山とキントス鉱山を視察しています(文献6)

 

 

図7:基盤の石英片岩(左)にペグマタイト(右)の貫入(写真横幅およそ1m)
図7:基盤の石英片岩(左)にペグマタイト(右)の貫入(写真横幅およそ1m)

この地は新原生代(およそ6億5000万−5億年前)の変成岩(主にクォーツァイト)が広がっており、そこにペグマタイトが貫入しています(図7)。ペグマタイトは、アルバイトが主体の長石、石英、白雲母およびトルマリンで構成されており、長石の大部分はカオリンと呼ばれる柔らかな白い粘土に変質しています。そのため岩盤は比較的掘りやすく、坑道はたいてい手作業で掘り進められています。バターリャ地区の鉱区にはペグマタイトの脈が少なくとも6つ確認されており、それぞれに番号が振られ “No.○ライン”と呼ばれています。
エイトー氏は最初に発見した場所近くから縦坑を掘り(図8)、鉱脈に沿って横坑(No.1ラインとNo.2ライン)を掘り進めています。常に10人程度のスタッフが働いていましたが、幾度となく資金難や隣接するハニアリー氏との地下での所有権の係争で採掘が中断しているようです。2009年からはご子息も加わって、今でも小規模の採掘が行われています。

図8:エイト-氏鉱区の縦坑入り口(酒巻英樹氏提供)
図8:エイト-氏鉱区の縦坑入り口(酒巻英樹氏提供)

ハニアリー氏の鉱区は高い塀で囲まれ、外部からの侵入者を防いでいます(図9、図 10)。

 

図9:ハニアリー氏の鉱区外壁
図9:ハニアリー氏の鉱区外壁

 

図10:ハニアリー氏の鉱区入り口
図10:ハニアリー氏の鉱区入り口

 

図11:ハニアリー氏の鉱区の坑道
図11:ハニアリー氏の鉱区の坑道

最盛期には30 人ほどのスタッフが働いており、活発な採掘が行われていました(図 11)。筆者が訪れた2005年当時には縦坑の深さが30mほどでしたが、2014年には120mにも達していたそうです(文献4)。2015年頃にはかなりの量が採掘されたようですが、現在は採掘が再び中断しているようです。

 

ジョンヒッキー氏の鉱区では最盛期には50 人ほどのスタッフを擁し、重機を使用して採掘していました(図12)。しかし、今では以前掘り起こした土砂から鉱石を細々と選別しているだけのようです。ただ、昔の在庫があり、時折市場に供給されているようです。

図12:ジョンヒッキー氏の鉱区
図12:ジョンヒッキー氏の鉱区

 

2006年の初め頃、パライバ州のバターリャ鉱山から直線で北東に30kmほどの地にグロリアス鉱山が開坑されました(図 13)(文献7)。ここの地質はバターリャと同じく変質したペグマタイトで、白いカオリン質の粘土からなります。カオリンは高級な陶磁器の原料となりますが、この地のカオリンは特に品質が良いとのことです。そのためカオリンを主な鉱石として販売する傍らにパライバ・トルマリンが採掘されています。しかし、ほとんどのものは小粒なため、カット研磨すると1–2mmのサイズとなります(図14)。

図13:グロリアス鉱山(グロリアスジェムス提供)
図13:グロリアス鉱山(グロリアスジェムス提供)

 

図14:グロリアス鉱山から産出した パライバ・トルマリン (0.096ct–0.23ct)
図14:グロリアス鉱山から産出した
パライバ・トルマリン (0.096ct–0.23ct)

 

ブラジル/リオグランデ・ド・ノルテ州の鉱山

パライバ州に隣接したリオグランデ・ド・ノルテ州にも2つのパライバ・トルマリンの鉱山があります。パライバ州に近い方からキントス(Quintos)鉱山とムルング(Mulungu)鉱山です。
キントス鉱山は人口約2万人のパレリアス(Parelhas)の街から南に 10kmほどの山腹にあります(図 15)。

図15:キントス鉱山坑道入り口
図15:キントス鉱山坑道入り口

 

図16:パライバ・トルマリン/キントス鉱山産 (左から5.90ct, 4.16ct, 11.79ct)(撮影:小林正明氏)
図16:パライバ・トルマリン/キントス鉱山産
(左から5.90ct, 4.16ct, 11.79ct)(撮影:小林正明氏)

 

この鉱山はドイツのポールビルド社が経営していたため、地元ではジャーマンと呼ばれていました。1995 年にここのペグマタイトから鮮やかな青色のトルマリンが発見され (図16)、90年代の終わりごろから本格的な操業が始まりました。鉱山には最盛期で60名ほどのスタッフが従事しており、バターリャよりも機械化が進んでいる印象がありました(図17)。

図17:キントス鉱山のプラントの一部
図17:キントス鉱山のプラントの一部

 

この地のペグマタイトもバターリャと同じく、アルバイトが主体の長石、石英、白雲母とトルマリンで構成されています。ただ、バターリャと違って長石の変質が進行しておらず、岩盤は固いままです。そのため、手掘りはほぼ不可能で、電動工具や発破が用いられています。ここの縦坑は 120mほどもあり、横坑の全長は5kmにも達しています(図 18)。

図18:キントス鉱山の坑道
図18:キントス鉱山の坑道

 

白いペグマタイトの中に赤色のレピドライト(リシア雲母)が見られると、パライバ・トルマリンの出る兆候になります(図 19)。

図19:キントス鉱山坑道で見つかったパライバ・トルマリン
図19:キントス鉱山坑道で見つかったパライバ・トルマリン

 

そのため赤い結晶を見つけると、作業はゆっくりと慎重になります。採掘された岩石は選別機にかけられ、ある程度の細かさに砕かれた後、女性スタッフの手により選別されていきます。キントス鉱山では数 ct のブルーの他にグリーンも産出していましたが、産出量は限定的で、残念ながら10年ほど前に閉山されました。

 

ムルング鉱山はパレリアスの街から北東5kmの山麓に位置しています。キントス鉱山よりも早く、1991年には含銅トルマリンが発見されています(図 20)。

図20:パライバ・トルマリン/ムルング鉱山産(左から2.75ct, 4.24ct)(撮影:小林正明氏)
図20:パライバ・トルマリン/ムルング鉱山産(左から2.75ct, 4.24ct)(撮影:小林正明氏)

 

Mineracao Terra Branca社が所有しているので一般にはMTB鉱山として知られています。この鉱山では最盛期に100名以上のスタッフが従事しており、砕石された鉱石からパライバ・トルマリンを選別する女性スタッフだけでも60名以上働いていました。選別は1次選別と2次選別があります。1次選別では白いテーブルの上に山積みになった鉱石からパライバ・トルマリンを探します(図 21)。

図21:ムルング鉱山での選鉱風景
図21:ムルング鉱山での選鉱風景

 

目当ての青い結晶を見つけると、水の入ったプラスチック容器に貯めていきます。2次選別は鍵のかけられた部屋の中でパライバ・トルマリンの原石を大きさや品質でより分けていきます。スタッフ数人に1人の割合で監視員が作業を見守っています。それほどまでに貴重な原石であることがうかがい知れます。ムルング鉱山からは時折大粒の自形結晶も見つかりますが(図22)、1ct未満の小粒の原石が多数産出しています。

図22:石英に埋没したパライバ・トルマリン 原石/ムルング鉱山産
図22:石英に埋没したパライバ・トルマリン
原石/ムルング鉱山産

 

掘り出された時から鮮やかなネオン・ブルーをしており、加熱の必要はありません。原石の多くはタイのバンコクに送られます。日本国内に輸入されている小粒のパライバ・トルマリンはほとんどがムルング鉱山から産出したものです。ムルング鉱山は今でも活発に開発が進められています。最近、鉱山の名称がMTBから“Brazil Paraiba Mine”と改称され、新たな重機を導入して24時間体制で採掘が行われています。

 

ナイジェリア産のパライバ・トルマリン

2001 年の夏ごろからアフリカ産といわれる色のやや淡い含銅トルマリンが国内市場に持ち込まれ始めました(図 23)。

図23:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産 タイプ2( 前列0.3ct–0.5ct, 後列1.24ct )
図23:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産
タイプ2( 前列 0.3ct−0.5ct, 後列 1.24ct )

 

これらは後にナイジェリア産ということが明らかになりますが、もともとはアフリカのディーラーが含銅トルマリンと知らずにタイで販売していたものを国内の業者が仕入れていたようです。蛍光X線分析で調べたところ、銅、マンガン(Mn)、ビスマス(Bi)を含有しており、ブラジル産のパライバ・トルマリンと類似していました。しかし、わずかに鉛(Pb)が検出され、これまでとは異なる新しい鉱山からのものではないかと感じていました。その後、産地情報が明らかになってくると、この色の淡い含銅トルマリンはナイジェリアのIlorin州Ofiki産であることが判りました(文献8)。これらを扱っている国内の業者間ではタイプ2と呼ばれており、ブラジル産とは区別されていました。このいっぽうで、業者間でタイプ1と呼ばれるナイジェリア産の含銅トルマリンの存在が明らかとなりました(図 24)。

図24:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産タイプ1( 前列1.03–2.63ct, 後列1.66–4.00ct )
図24:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産タイプ1( 前列1.03–2.63ct, 後列1.66–4.00ct )

 

こちらはIbadan州Edoukou鉱山産のもので産出は限定的でした。そのため市場にはほとんど流通しなかったようですが、色も鮮やかで蛍光X線分析ではブラジル産と明確には区別ができないものでした。

 

モザンビーク産のパライバ・トルマリン

2005 年夏頃からモザンビーク産の含銅トルマリンが国内の市場に現れました。当初は青色が鮮やかな1ct 未満の小粒石でしたが(図25)、その後、銅含有量が少なくやや色の淡いものが大量に流通するようになりました(図26)。

図25:初期に産出した濃色のパライバ・トルマリン/モザンビーク産( 0.5–1.5ct )
図25:初期に産出した濃色のパライバ・トルマリン/モザンビーク産(0.5–1.5ct)

 

図26:淡色のパライバ・トルマリン/ モザンビーク産( 0.47–3.07ct )
図26:淡色のパライバ・トルマリン/モザンビーク産(0.47–3.07ct)

 

これらには10–20ctとサイズの大きなものも含まれており、パライバ・トルマリンの名称を与えるかどうかの問題が生じました。このパライバ・トルマリンの呼称問題は国際的な関心ごととなり、関連機関とともに慎重な検討がなされました。その結果、産地を問わず、青色-緑色の含銅トルマリンをパライバ・トルマリンと呼ぶこととなりました。このような宝石のルーリングに関して短期間で国際的なコンセンサスが得られたのはきわめて珍しいことです。たいていは何らかの利害関係が働き、最終的な合意が得られないことが多いものです。それだけ、パライバ・トルマリンが宝飾業界にとって重要なアイテムであるということの表れだと思われます。
モザンビーク産の含銅トルマリンは北東部のAlto Ligonha ペグマタイト地域から産出しています。最初に発見されたのはNampula南東 100mほどのMavuco村近郊でした (文献9, 10)。2005年の市場への登場から現在まで、この地の含銅トルマリンは定常的に産出を続けており、世界の旺盛な需要をまかなっています。
2010 年の 10 月頃から日本市場に新しいタイプの含銅トルマリンが流通を始めました。銅の含有量は蛍光X線分析の実測値で0.2–0.6%程度と低く、色もこれまでのモザンビーク産とほぼ同様の薄い色調でした。しかし、相当量のCa(カルシウム)が含まれており、鉱物的にはエルバイトではなくリディコータイトに属するものでした(図 27)。

図27:パライバ・トルマリン/リディコータイト
図27:パライバ・トルマリン/リディコータイト

 

その後、このリディコータイトの含銅トルマリンもLMHCのルーリングにおいてパライバ・トルマリンと呼ばれることとなり、業界内外に広く認知されました。この新しいリディコータイトタイプのパライバ・トルマリンもモザンビーク産ですが、従来のMavuco村から北東に10kmほどのMaraca村近郊で産出しているとのことです(文献11, 12)
このリディコータイトに属するパライバ・トルマリンは 2010 年に市場に登場しましたが、その後一定量が継続的に市場に流通しています。CGL の統計では、含銅リディコータイトはパライバ・トルマリン全体の10–15%に相当しています。

 

パライバ・トルマリンの原産地鑑別

パライバ・トルマリンはその名称の由来となったブラジルのパライバ州だけでなく、隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも産出しており、これらは総じてパライバ・トルマリンとして取引されてきました。さらにはナイジェリアやモザンビークからも同様の含銅トルマリンが産出するようになり、結果的にすべてがパライバ・トルマリンと呼ばれるようになりました。そのため、パライバ・トルマリンの原産地を特定したいという潜在的な欲求が生まれ、原産地鑑別に関するさまざまな研究が行われてきました。
パライバ・トルマリンの鮮やかな青色の色調は含有する銅イオンに因ります。そのため、銅の含有量が高いほど色は鮮やかです。概してブラジル産のものは銅の含有量が高く色鮮やかですが、ナイジェリア産のタイプ2やモザンビーク産の多くは銅の含有量が低めで色調が淡めです。もちろん、例外も多くあり、色調だけで産地を特定することはできません。
ブラジル産の含銅トルマリンはペグマタイトから直接採掘されています。ナイジェリア産とモザンビーク産の含銅トルマリンは二次鉱床で礫として見つかるため、母岩は特定されていませんが、やはりペグマタイト由来と考えられています(文献12、13)。ペグマタイト鉱物は空洞のような比較的自由な空間で成長するため、インクルージョンをほとんど含みません。パライバ・トルマリンの多くもインクルージョンに乏しく、液体や液膜インクルージョンを伴う程度です。ブラジル産の含銅トルマリンには自然銅のインクルージョンが見つかっており、高濃度の銅の含有に関連があるとされています(文献 14)。筆者(KH)の経験では、このような自然銅のインクルージョンは一部のナイジェリア産にも見られましたが、モザンビーク産には観察例がありません。ナイジェリア産とモザンビーク産の含銅トルマリンに見られる管状インクルージョンは、しばしば酸化鉄で充填されています(図28)。

図28:酸化鉄が充填したチューブinc.(ナイジェリア産)
図28:酸化鉄が充填したチューブinc.(ナイジェリア産)

 

これらは二次鉱床で鉄分の多い砂礫中に見つかるためと考えられます。いっぽう、一次鉱床のブラジル産含銅トルマリンの管状インクルージョンには一般に酸化鉄の汚染は見られません。
パライバ・トルマリンの原産地鑑別には化学分析(ケミカル・フィンガープリント)が有効です。トルマリンは化学式が複雑でさまざまな元素を取り込みます。そのため、成長環境の変化によって取り込まれる元素の種類や量比に相違が生じやすいのです。先述の通り、ほとんどのパライバ・トルマリンは鉱物的にはエルバイトに属しますが、モザンビークの Maraca 産のみがリディコータイトに属しています。したがって、蛍光X線分析によってCaが多く、リディコータイトに分類されれば、現状ではモザンビーク産といえます。また、リディコータイトの含銅トルマリンは長波紫外線下での蛍光が強いことが知られています。これはCe(セリウム)やNd(ネオジウム)などの軽希土類元素を多く含むためです (文献11, 15)。したがって、紫外線蛍光の強いパライバ・トルマリンはモザンビーク産である可能性が高くなります。この軽希土類元素の含有はラマン分光法によっても確認することが可能です(文献11)
筆者らは各産地の含銅トルマリンをLA–ICP–MSを用いて詳細な分析を行い、世界に先駆けてケミカル・フィンガープリントを作成してきました(文献9, 16)。今では国際的な宝石鑑別ラボではLA–ICP–MS分析が標準となっていますが、最近ではLA–ICP–TOF–MSを用いた分析結果も公表されています (文献17)。さらにはSIMSを用いた同位体分析でLi(リチウム)とB(ホウ素)の同位体比に産地による相違が見られるとの報告もあります(文献18)
このように化学分析はパライバ・トルマリンの原産地鑑別に不可欠なものとなっています。CGLではLA–ICP–MS分析で得られたデータを判別分析(図29)やロジスティック回帰分析 (図30)などの統計学的な手法を用いて解析を行い、原産地鑑別の精度を高める研究も行っています(文献19)。◆

図29:パライバ・トルマリンの判別分析によるグルーピング (文献18より)
図29:パライバ・トルマリンの判別分析によるグルーピング (文献18より)

 

図30:ロジスティック回帰分析によるパライバ・トルマリンの2産地比較(文献18より)
図30:ロジスティック回帰分析によるパライバ・トルマリンの2産地比較(文献18より)

 

文献
1.LMHC Information Sheet#6 Paraiba tourmaline version.7 Dec.2012
2.Henry D.J., Dutrow B.L. (2018) Tourmaline studies through time: contributions to scientific advancements. Journal of Geoscience, Vol. 63, pp77–98.
3.Beurlen H. (1995) The Mineral Resources of the Borborema Province in Northeastern Brazil and its Sedimentary Cover: A Review. Journal of south American Earth Sciences, Vol.8 (3–4), pp365–376.
4.Hsu T. (2018) Paraiba Tourmaline from Brazil the neon–blue burn. InColor, Vol.42(2), pp42–50.
5.古屋正司. (2007) パライバ・トルマリン – 脳裏に焼きつくエレクトリック・ブルーの輝き. 宝石の世界, 日独宝石研究所.
6.北脇裕士. (2005) パライバ・トルマリンの故郷を訪ねて. Gemmology, 2005年12月号, pp19–23
7.Furuya M. (2007) Copper–bearing tourmalines from new deposits in Paraiba state, Brazil. Gems and Gemology, Vol. 43, No.3, pp236–239.
8.Furuya M. (2004) Electric blue tourmaline from Nigeria: Paraiba tourmaline or new name? Proceedings of the 29th International Gemmological Conference 2004, pp111–112.
9.Abduriyim A., Kitawaki H., Furuya M., Schwartz D. (2006) “Paraiba”–type copper–bearing tourmaline from Brazil, Nigeria, and Mozambique: Chemical fingerprinting by LA–ICP–MS. Gems and Gemology, Vol. 42, No.1, pp4–21.
10.Laurs B. M., Zwaan J. C., Breeding C.M., Simmons W.B., Beaton D., Rijsdijk K.F., Befi R., Falster A.U. (2008) Copper–bearing (Paraiba–type) tourmaline from Mozambique. Gems and Gemology, Vol. 44, No.1, pp4–30.
11.Milisenda C.C., Müller. (2017) REE photoluminescence in Paraiba type tourmaline from Mozambique. Proceedings of the 35th International Gemmological Conference 20017, pp71–73.
12.Pezzotta F. (2018) Mozambique Paraiba Tourmaline Deposits–An Update InColor, Vol.42(2), pp52–56.
13.Milisenda C.C., Henn U. (2001) Cuprian tourmalines from Nigeria. Z. Dt. Gemmol. Ges 50, No.4, pp217–223.
14.Brandstätter F., Niedermayer G. (1994) Copper and tenorite inclusions in cuprian–elbaitetourmaline from Paraiba, Brazil. Gems and Gemology, Vol. 30, No.3, pp178–183.
15.Katsurada Y. (2017) Cuprian liddicoatite tourmaline. Gems and Gemology, Vol. 53, No.1, pp1–8.
16.Milisenda C.C., Horikawa Y., Emori K., Miranda R., Bank F.H., Henn U. (2006) A new find of cuprian tourmalines in Mozambique. Z. Dt. Gemmol. Ges 55, No.1–2, pp5–24.
17.Wang H.A.O. (2019) Paraiba research update: An elemental analysis of Paraiba tourmaline from Brazil. SSEF Facette Vol.25, pp30–31.
18.Shabaga B.M., Fayek M., Hawrhorne F.C. (2010) Boron and Lithium isotopic compositions as provenance indicators of Cu–bearing tourmalines. Mineralogical Magazine, vol.74, No.2, pp241–255.
19.江森健太郎、北脇裕士.(2017) 多変量解析の宝石学への応用 CGL通信 Vol.39, pp1–11.

 

 

 

CVDダイヤモンド

PDFファイルはこちらから2019年8月PDFNo.52

関西学院大学 理工学部 鹿田 真一

「合成ダイヤモンド」の有力合成法であるCVD(Chemical Vapor Deposition)に関してご紹介したいと思います。前回(CGL通信No.50)に引き続き、少し慣れない分野に、どうぞ最後までお付き合いください。

 

1. CVD合成法

高温高圧(High Pressure High Temperature :  HPHT)によるダイヤモンドの合成は、地球の上部マントルと同様の環境を再現したもので、典型的には2100℃、7GPaというような条件下での、固相液相平衡状態における合成である。これに対して、C V D (Chemical Vapor Deposition)は、固相に直接、気相を接することによって、固体表面で一層ずつ成長していく非平衡の合成方法である。気相を提供する手法によって図1に示すような方法が報告されている。この中で圧倒的に広く用いられているのが、熱フィラメントCVDとマイクロ波プラズマCVDである。いずれも1980年頃、つくばの無機材質研究所(現 物質・材料研究機構)の加茂氏らにより発明された合成法であり1)2)など、日本が誇るべき研究成果である。ダイヤモンドがグラファイトに変換せずに合成する温度は、概ね850~1000℃程度であり、約2800℃程度の高温プラズマに至近距離で接する。この様子を図2に模式的に示す。一般的に熱フィラメントCVD(Hot Filament CVD)はHFCVDと略記され、マイクロ波プラズマCVD(Microwave Plasma CVD)はMPCVDと略記される。

 

図1.CVD法の種類
図1.CVD法の種類

 

図2.CVD法における非平衡
図2.CVD法における非平衡

 

1)熱フィラメントCVD

W(タングステン)やTa(タンタル)などの金属フィラメントに通電し、2000~2200℃に加熱し、そのエネルギーで反応ガスとキャリアガスを分解し、下部の基板にダイヤモンドを成長させる手法である。図3 a)に熱フィラメント合成時の写真を示す。フィラメントから数mmのところに基板を設置するので、高速成膜する場合には短距離で基板温度が高くなるため、下部の治具を冷却するのが一般的である。成長速度は、0.5~5µm/h程度である。それを大面積で補完可能であり、A3シート程度の大きさのものは既に導入実用化されている。工具先端部へのコーティングなどは、フィラメントの下に、縦に工具をズラッと並べた形で大量生産可能であり、もはや「普通」の工業生産品となっている。

 

図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 a)熱フィラメントCVD法
図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 − a)熱フィラメントCVD法

 

典型的な2つのタイプの装置を、図4 に示す。

図4.熱フィラメント装置の例

図4.熱フィラメント装置の例 − SP3社の装置_横張り
図4 − a)SP3社の装置(横張り)

a)は普通のフィラメント横張型装置である。上記のように通常は、下部に基板を設置し合成するが、同時に上部にも設置可能な設備もある。写真の装置は、2チャンバ型で、第一チャンバ成膜中に第二チャンバの設定をすることで、フル稼働して量産性に対応している。

 

図4 − b)CEMECON社の装置(縦張り)
図4 − b)CEMECON社の装置(縦張り)

b)のタイプはフィラメント縦張り型で、数セット並べた構成になっていて、量産性に優れている。これらいずれもレシピ設定してあり、基板セットしてボタンを押すだけの設備に出来上がっている。装置構成が簡単であり、日本企業では独自の工夫を凝らした自作設備が用いられている。

 

2)マイクロ波プラズマCVD

 

図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 a)マイクロ波プラズマCVD法
図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 − b)マイクロ波プラズマCVD法

 

マイクロ波CVDの合成中の写真を図3 b)に示す。用いるマイクロ波は、日本ではISM帯(総務省指定のフリー周波数帯:Industry, Scientific and Medical band)の2.45GHz(2.4~2.5)が主流である。入力パワーは概ね1〜6kWが主流である。海外では950MHz帯がISM帯に指定されている国が多く、低周波数の方が長波長で、成膜面積が大きくなるため多用されている。MPCVDも、世界中で既存設備が市販されている。典型的な装置群を図5a) に内部模式図と共に示す。b)は、所謂「セキ型」と呼ばれるコーンズテクノロジー社の装置(日本:元セキテクノロジー社)で、周波数は2.45GHzを用いている。この図は下部からマイクロ波を導入してアンテナで広げるタイプのものである。これに対して、大面積用に波長の大きな915MHzを用いるのがc)d)に示した海外の装置である。出力もこの周波数帯は30kWというような大出力装置も可能である。概ね4インチΦ(約10cmΦ)面積に対応可能である。成膜速度は、入力パワーに依存し、典型的には3~50µm/h程度である。HFCVDと異なり、高速・小面積合成となる。合成速度×合成面積で見ると、HFCVDとMPCVDは、ほぼ同等といえよう。
宝石用の原石合成は、ある程度厚めのダイヤモンドが必要であり、殆どの場合MPCVDが用いられている。例えば25µm/hの速度で連続合成して、1mm厚合成に40時間、6mm厚で240時間(10日)というイメージになる。

 

図5. マイクロ波CVDの典型的な装置群

 

図5 − a) マイクロ波CVDの模式図
図5 − a) マイクロ波CVDの模式図

 

 b) コーンズ装置(所謂セキ型)
図5 − b) コーンズ装置(所謂セキ型)

 

図5 − c) Lamda Technology装置 (Michigan Univ.)
図5 − c) Lamda Technology装置 (Michigan Univ.)

 

図5 − d) AIXTRON装置 (Fraunhofer Inst.)
図5 − d) AIXTRON装置 (Fraunhofer Inst.)

 

3)合成のテクノロジー

単結晶の合成は、一般的にステップフロー成長という物理に基づいている。図6に示すように基板を結晶のジャスト面(例えば(001)面)から数度ずらすと、図のように<110>方向に「原子のステップ」が現れる。実際のダイヤモンド表面のステップは、図6 b) のように凹凸が激しい。ガスから分解生成された活性種が、この凹凸のエッジ部(キンク)にとりついて順次成長していく。ダイヤモンドでは拡散しにくく「ステップフロー」しないという説もあるが、いずれにしても、ステップ形成(オフ角基板利用)することで良好な結晶成長が実現されている。

 

図6. ダイヤモンド成長フロント

図6 − a)一般的なエピ成長模式図
図6 − a)一般的なエピ成長模式図

 

図6 − b)STMによるエピ成長表面
図6 − b)STMによるエピ成長表面

 

図7 ダイヤモンド合成可能なガス組成(経験則)
図7 ダイヤモンド合成可能なガス組成(経験則)

 

反応に用いる原材料であるが、まず図7に示すようなC、H、Oを置いた図を考える。例えばCH4(メタン)はCが一つ、Hが4つであるので、4/5のところに位置する。このように様々な原料の組成をプロットして、経験的にダイヤモンド合成が報告されている領域を示したのが、赤で囲んだ領域で、これはBachmann diagramと言われる3)。実に様々な原料を用いることが可能である。図から、H2とCOの混合であれば、どんな比率で混ぜてもダイヤモンド合成が可能であることがわかる。CH4とCO2であれば、概ね3:2くらいで混合すると合成可能であることがわかる。以前アルコールから合成した話題が新聞を賑わしたが、要するにC、H、Oを有するのでこの領域に入る。よくある質問として、ダイヤモンド合成の価格が話題になることも多いが、このようにどんな原料を用いても合成可能であるということは、大きなダイヤモンド合成の特徴と言えよう。最近は様々なガス純化フィルタもあり、安価でCを複数含む高速成長ガスを用いることも可能である。例としてCH4よりC22(アセチレン)を用いる、といった選択ができる。原料ガスはいずれも毒性はなく、原料や排気ガスを除害する必要もないため、設備と付帯設備は極めて安価である。

 

2. 品質

宝石としてもっと重要なダイヤモンドの光学的特性には、原料ガス中の不純物低減と合成チャンバの真空制御が重要である。原料ガスは高純度のものを純化フィルタを通せば、半導体級の品質も可能で全く問題ない。HPHT合成のように金属インクルージョン起因の欠陥を制御しにくいという問題がない。真空も、チャンバのリークを抑える設計と、高真空用のポンプ使用で残留窒素レベルを下げることが可能である。逆に、色付きダイヤ合成も可能で、例えばブルーダイヤモンドにはトリメチルボロンなどをH2で希釈したガスで、濃度を高精度に制御可能である。高品質ダイヤモンドの安定的な合成は、CVDの得意とするところである。
それに対して欠陥起因の不良については、一層一層、非平衡で成長させるCVDが不得意とするところであり、成長様式起因と言える。欠陥に関しては、X線トポグラフィーを用いた回折像観察が全転位を網羅観察できるので有用である。CVD結晶を観察した例を示す。放射光を用いて浅い入射のベクトル[202]を用いた観察例を図8に示す。a)とb)は市販の光学特性に優れる結晶であるが、転位を大量に含んでいる。一か所から複数転位が走る様子があちこちに見て取れる。

図8 − a)市販CVD結晶1(薄厚)
図8 − a)市販CVD結晶1(薄厚)

 

図8 − b)市販CVD結晶2(薄厚)
図8 − b)市販CVD結晶2(薄厚)

 

図8 − c)宝飾用(北脇氏から借用)
図8 − c)宝飾用(北脇氏から借用)

これは、基板から引き継いだ欠陥、研磨不良などで成長界面から新たに発生する欠陥など様々なものを含んでいる。b)の結晶2に至っては、面積の80%程度で何かしらの欠陥が見受けられる。c)は中央宝石研究所の北脇氏からお預かりした流通している宝飾用CVD結晶の像である。成長方向が不明なので解釈は難しいが、発生した欠陥が引き継がれていく様子、CVD特有の「すじ模様」が見える。これは、成長時のフロントが、合成中断や合成条件(電源のノイズなど)のふらつきにより発生するもので、CVD結晶特有であるが技術的に解決可能である。

 

3. 今後の展望

以上の「CVDでは欠陥が発生しやすい」という問題を解決するために、重要なことがいくつかある。まずは種結晶に関して、大型基板を用いることが重要である。

 

図9.CVD成長のエッジ部写真
図9.CVD成長のエッジ部写真

図9に示すように、合成時のエッジ部におけるプラズマ集中から、どうしても外周部は異常成長が発生し、単結晶の取れる面積が減少する。

 

図10.種結晶としてのHPHT合成結晶の欠陥とサイズ

 図10.種結晶としてのHPHT合成結晶の欠陥とサイズ − a)市販のHPHT結晶のトポ像
図10 − a)市販のHPHT結晶のトポ像

 

図10 − b)露NDT社の大型基板
図10 − b)露NDT社の大型基板

図10に見られるように、通常の市販のHPHT合成結晶のレベルは大きく向上していて、欠陥密度は100/cm2を下回っている4)。またサイズも10mm角のサイズのものが市販され、最高15mm角まで実現されている。また欠陥に関しては、最近注目される報告がある。それはHFCVDを用いて、本来「不純物」であるWのインクルージョンが、転位を終端することが可能という論文である5)。これはHFとMPをうまく融合して合成に使うことで、新しい技術で課題を解決し、CVD法のウィークポイントをカバーできる可能性がある。その後H3センタ、NVセンタ、N3センタなど様々な欠陥センタの導入により、積極的に光学特性をコントロールしていく方向で、さまざまな色調の宝飾用CVD合成が可能になると考えられる。◆

 

引用文献

1)S.Matsumoto et al., Jap.J.Appl.Phys., 21 (1982) pp.L183–185
2)M. Kamo et al.J.Crystal Growth, 63 (1983) pp.642–644
3)P.Bachmann, Diam.Relat.Mat.,1 (1991) 1
4)S.Shikata et al.,, Material Science Forum, 924(2018) pp.208–211
5)S.Ohmagari et al., Appl.Phys.Lett.,114, (2019) 082104

 

1−鹿田先生 RGB72

鹿田 真一
1954 生
1978 京都大学工学部卒
1980 京都大学大学院工学研究科修士課程卒

職歴
住友電気工業
光通信用デバイス研究開発と事業
(GaAs IC, ダイヤモンドSAWデバイス)
産業技術総合研究所
ダイヤモンドの基盤技術とパワーデバイス研究
関西学院大学 理工学部
ダイヤモンド中心にワイドギャップ材料とデバイスの研究
現在:関西学院大学  理工学部 教授(工学博士)

ダイヤモンドの結晶と欠陥

PDFファイルはこちらから2019年4月PDFNo.50

関西学院大学 理工学部 鹿田 真一

常日頃ダイヤモンドを扱われているCGL通信読者の方も、結晶や欠陥について考える機会は多くない、のではないでしょうか。「合成ダイヤモンド」元年といわれる2019年の今、一度、基本に戻ってお読み頂き、天然と合成の違いを考えるのも「をかしき」ことかと、しばしお付き合い願えれば幸いです。

 

1)sp3混成軌道と単位格子

ダイヤモンドの全性質がここに起因する基本である。炭素Cは6個の電子を持ち、周期律表の1段目K核に2個、2段目のL核に4個ある。順番に詰めると図1のa)に示すような軌道であるが、エネルギー的に安定なb)の sp3 混成軌道(Hybrid orbital)が形成され、c)のような形の軌道が形成される。この正四面体構造を取る sp3結合の形が「対称性」を決め、「物性」を決め、「転位」を決める。

図1.ダイヤモンドの電子軌道(左からa)、b)、c))
図1.ダイヤモンドの電子軌道(左から  a)、b)、c))

a)軌道に順番に電子を詰めた場合

b)sとpが混ぜられたsp3混成軌道

c)sp3混成軌道の形

 

図2にダイヤモンドの単位格子と(010) (110) (111) 面への投影図を示す。(面の定義は後述する。)単位格子の角(1〜8)はまたがる他の単位格子と共通の原子で1/8の寄与、白抜きの原子(A〜F)は角面の中心にあり、隣の単位格子と折半(1/2の寄与)しており、橙色の4原子(a~d)は全て格子内にあり、位置は格子定数の1/4入ったところである。つまり合計8個の炭素を単位格子に含む勘定である。ちなみに、Siは周期律表3段目のM核で、全く同様のsp3結合を構成しており、結晶構造も全く同じである。b)c)d)は、各々(010)、(110)、(111)面から見た投影図である。外に記載の数字、アルファベットは重なって裏にある原子を示している。

図2.ダイヤモンド単位格子と投影図
図2.ダイヤモンド単位格子と投影図(左から  a)、b)、c)、d))

a)単位格子

b)(010)面投影図

c) (110)面投影図

d)(111)面投影図

 

2)面指数と方向指数

後述の欠陥を記述するため、先に面指数の付け方を復習し、図3に示す。まずは面と軸の交点を出し、その逆数を取り、整数に直す事で面指数が求まる。マイナスの場合は、

メイ11バー0

のように上に線をつけて(イチ イチバー ゼロ)と読む。

印刷の都合で(1–10)と書く場合もある。なお、中央の図で、2つは等価面であり、右端の例では

メイ11バー0と1バー10

も等価面である。

図3. 面指数の付け方
図3. 面指数の付け方

 

続いて、方位の付け方を図4に示す。r = ha + kb +lc の3成分を [h k l ] 方向とする。付け方としては原点からの座標を出し、整数に直すだけである。なお、等価面をまとめて示すことも多く、例えば

111×4

をまとめて{111}と記載する。

方向も

[111]×4

をまとめて<111>と表示する。

図4.方向指数の付け方
図4.方向指数の付け方

 

模型が手元にあると、面や方位の勘違いや記載ミスがなくなるので、便利である。図5に示す結晶の模型はTALOUという会社が作っているモル・タロウ(http://www.talous–world.com/)のダイヤモンドセットで、透明、ブルー、ピンクの3種類あるので、是非作って1つ手元に置いて頂ければ、販売店のデコレーションにも、顧客との会話にもプラスになろうかと思います。
1–138–0571 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルブルー  CDC-1
1–138–0560 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルピンク   CDC-2
1–138–0561 モル・タロウ ダイヤモンドセットブリリアントクリア CDC-3
ちなみにwwwで簡単に購入可(https://www.kenis.co.jp/onlineshop/product/11380583)が安い。図5に示した模型は単位格子の角をピンクにして、わかりやすくした作成例である。ちなみに、ブルーはドーパントのつもりでいれた。図5の右下に映っている紙の模型も面方位の理解に役に立つ。簡単に作成できる。末尾付録図に展開図を入れたので、これをA3の厚紙か、和紙に拡大コピーして作成下さい。

図5.モルタロウで作成した結晶模型と付録図の展開図で作った面表示模型
図5.モルタロウで作成した結晶模型と付録図の展開図で作った面表示模型

 

3)ダイヤモンドの結晶欠陥

結晶中のsp3結合の図を図6のa)に示す。中央の炭素は2,3,4の番号をつけた炭素で支えられ、2,3,4の平面よりわずかに位置が高い。また直上に1番の炭素がある方向が[111]方向であり、この位置関係は等価の4種類あることがわかる。この中央と2,3,4が連なるとb)に示すように六角形にみえる疑似平面(中央炭素のみが少し高い)ができる。これを斜めから見たのがc)である。これが(111)面を切り出した面となる。

図6. sp3結合と(111)面の一層を切り出した図 (欠陥を考える基本となる)
図6. sp3結合と(111)面の一層を切り出した図 (欠陥を考える基本となる)(左から  a)、b)、c))

a)sp3結合

b)(111)面の一層の上から見た図

c)b)の斜め横から見た図

 

次に、二層目の疑似平面を通常の結晶の規則に従って結合させたのが図7である。b)はsp3におけるa)の茶色の炭素の位置を示す。c)は一層目と二層目のsp3の重なりを表し、左は正常、右は60°ねじれた場合を示す。通常ダイヤモンドは、六角形を交互ずらすように[111]方向に積層した構造である。

図7.(111)面の一層目の上に二層目が結合した図 と 正常な上下のsp3及びねじれた場合
図7.(111)面の一層目の上に二層目が結合した図 と 正常な上下のsp3及びねじれた場合(左から  a)、b)、c)(cは右の2つで1組))

a)二層目を結合させた図

b)茶色の炭素の位置

c)上下のsp3 左:正常な場合、右:ねじれた場合

 

これに対して、最も発生しやすい60°転位の例を図8に示す。六角形の上に60°ねじれて積層された状態で、下の六角形が透けて見える。このように欠陥は基本的に、結合一本のところがずれる事によって発生し、ずれ方向により欠陥の種類が決まる。すべりやすい面を単位格子で見ると図9に示す4つの(111)面となる。

図8.60°転位(60°回転した例)(所謂hexagonal積層)
図8.60°転位(60°回転した例)(所謂hexagonal積層)( 左・a)、右・b))

a)60°回転して一層目に二層目を結合させた図

b)a)を斜め横から見た図

 

図9. ダイヤモンド単位格子で見たすべりやすい4つの面 ({111}の4面)
図9. ダイヤモンド単位格子で見たすべりやすい4つの面 ({111}の4面)

 

4)転位の種類

転位を含む格子のループからバーガーズベクトル(b)というベクトルを定義し、それと転位ベクトル(tベクトル)の角度を求め、その角度を転位の呼称にしている。その例を表1に示す。

表1.バーガーズベクトルと転位ベクトルによって決まる転位の種類例

1−表1バーガーズベクトルと転位ベクで決まる転位の種類例RGB150-700

 

このように0°(らせん)、30°、45°、60°、54°、73°、90°(刃状)が知られている。欠陥ベクトルは、表にあるように<001>、<110>、<111>に加え、単位格子の半分の成分を持つ<112>が殆どである。まれに<113>, <114>なども存在するようである。実際の結晶で転位を同定するのは、X線トポグラフィを用いる。従来欠陥が多すぎて、写真が真っ黒になり判別不可能なケース、c軸方向に長いものなど、実際の同定はかなり困難である。合成ダイヤモンドの転位は、高温高圧(HPHT)と気相合成(CVD)でかなり異なるが、転位密度は天然より少ないようである。またこの辺に関しては、次回の稿で紹介する(CGL通信No.52へ)。◆

 

1−鹿田先生 RGB72

鹿田真一
1954 生
1978 京都大学工学部卒
1980 京都大学大学院工学研究科修士課程卒

職歴
住友電気工業
光通信用デバイス研究開発と事業
(GaAs IC, ダイヤモンドSAWデバイス)
産業技術総合研究所
ダイヤモンドの基盤技術とパワーデバイス研究
関西学院大学 理工学部
ダイヤモンド中心にワイドギャップ材料とデバイスの研究
現在:関西学院大学 理工学部 教授

 

1−付録図:結晶模型の展開図ヨコRGB150-700

<付録図.結晶模型の展開図>

ベトナムLuc Yen産ルビー&サファイアの宝石学的特徴

PDFファイルはこちらから2019年4月PDFNo.50

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

概要

ベトナム産ルビーはミャンマー産のものに匹敵する品質を持つものも存在しており、その産地鑑別は宝石学では重要な課題の1つとなっている。また、他の色のベトナム産サファイアについては、市場性は低く、そのため宝石学的特性もあまり知られていない。本研究ではベトナムLuc Yen産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)の宝石学的検査とLA–ICP–MS分析を行い、産地鑑別の可能性について検証を行った。ベトナムLuc Yen産コランダムは非玄武岩起源のコランダムに分類され、青色系はLA–ICP–MS分析によるGa vs. Vプロット、赤色系はFe vs. Vプロットが同じ非玄武岩起源のコランダムと区別する際の指標となることがわかった。

 

はじめに

ベトナムは地理的にアジアの宝石が豊富な国々に囲まれているにもかかわらず、1980年代まで商業的な宝石採掘は行われていなかった。1983年にハノイから北東へ150kmのYen Bai地方Luc Yenで地質学者がルビーとスピネルを発見した。これがきっかけとなり、系統的な調査が開始され、1987年にベトナムの地質調査所が同地区にルビー鉱床を発見した。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chawでも上質のルビーが発見され、話題となった(文献1)。しかし、発見当初はほんとうにベトナムからルビーが産出するのかと懐疑的な情報が世界を駆け巡った。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによる。当時ベトナムへ買い付けに行った国内の業者が持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がある。

このネガティブな印象を払拭したのは、1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されたことによる(文献2)。先に発見されていた場所はChay川東側のKhoan Thong–An phu地区であったが、新鉱山はChay川西側のTan Huong–Truc Lau地区である。旧鉱山では新原生代~カンブリア紀前期(およそ10億年~5億年前)の大理石を含む変成岩からルビー、ピンクサファイア、ブルーサファイアなどを産出したが、新鉱山では古原生代~中原生代(およそ25億年~10億年前)の片麻岩および片岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出した(文献3)。日本の宝石市場ではベトナム産スタールビーとして、Tan Huong–Truc Lau地区産のパープル系のやや半透明のものが良く知られている。
ベトナム産ルビーは、品質の良いものはミャンマー産のものに匹敵しており、その産地鑑別が重要な課題である。また、他の色のベトナム産サファイアは市場性が低く、その宝石学的特性もあまり知られていない。本報告ではこれらのベトナムLuc Yen産のルビー、サファイアについて検査した特徴を報告する。

 

試料と分析方法

ベトナム産コランダム51点(0.16 〜 1.70 ct)を調査に用いた。これらは2016年〜2017年にかけて Luc Yen の宝石マーケットで購入されたもので、購入時の申告では Luc Yen、 An Phu、 Chau Binh とされたが、すべて Khoan Thong–An phu 地区のもので、本報告では広義で Luc Yen 産として記述する。
色は青色系と赤色系があり、便宜上ブルー9点、ブルー+バイオレット10点、バイオレット6点、バイオレット+パープル5点、ピンク14点、ルビー7点の6種類のカテゴリーに分けた。(図1)。詳細は下表の通りである(表1)。なお、サンプルは加熱・非加熱のものが混在している。

ブルー(9点、0.28〜0.97ct)
ブルー(9点、0.28〜0.97 ct)

 

ブルー+バイオレット(10点、0.16〜0.97ct)
ブルー+バイオレット(10点、0.16〜0.97 ct)

 

バイオレット(6点、0.27〜1.62ct)
バイオレット(6点、0.27〜1.62 ct)

 

バイオレット+パープル(5点、0.28〜0.97 ct)
バイオレット+パープル(5点、0.28〜0.97 ct)

 

ピンク(14点、0.23〜1.70 ct)
ピンク(14点、0.23〜1.70 ct)

 

ルビー(7点、0.25〜0.62 ct)
ルビー(7点、0.25〜0.62 ct)

図1.本研究で用いたサンプル 51点 ↑

 

表1.本研究に用いたベトナムLuc Yen産サンプルの内訳  ↓

表1RGB127-700

 

 

外部特徴および包有物の観察にはMotic製双眼実体顕微鏡GM168を用いた。鉱物の同定には、Renishaw社製in Via Raman Microscope を用いて、514nmレーザーで分析を行なった。紫外 – 可視分光分析には日本分光製V650を用い、分析範囲は220 nm~860 nm、バンド幅2.0 nm、分解能0.5 nm、スキャンスピード400 nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析(FTIR)には日本分光製FTIR4100を用いて分析範囲は5000〜1500cm−1、分解能は4.0 cm−1、積算回数はauto (64〜 512回)で行った。LA–ICP–MS分析にはLA(レーザーアブレーション)装置としてNew Wave Research UP–213を、ICP–MSとしてAgilent 7500aを使用した。LAは波長213 nm、パルス周波数20 Hz、スポット径30 μm、アブレーション時間25秒、レーザーパワーは10.0 J/cm2で使用した。ICP–MSについては、RFパワー1200W、プラズマガス流量14.93 l/min、補助ガス流量0.89 l/min、キャリアガス流量1.44 l/minで行い、SiO2トーチ、Niスキマーコーン、Niサンプリングコーンを使用した。測定対象元素は24Mg、27Al、47Ti、51V、53Cr、57Fe、69Gaである。標準試料としてNIST612を用い、内標準として27Alとし、各サンプルにつき4点ずつ分析を行った。

 

結果と考察

◆内部特徴

拡大観察の結果、ブルー系サファイアからは、成長構造に沿った色帯が観察されたが(図2)、ミャンマー産のブルーサファイアに頻繁に観察されるような双晶面は観察されなかった。

図2.An Phu 地区産非加熱ブルーサファイア (0.56 ct)で観察された成長構造に沿った色帯
図2.An Phu 地区産非加熱ブルーサファイア (0.56 ct)で観察された成長構造に沿った色帯

 

また、Chau Binh地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイアで緑色柱状の結晶インクルージョンが観察されたが(図3)、結晶深くに存在していた為、顕微ラマン分光法において同定を行うことはできなかった。

図3.Chau Binh 地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイア (0.97 ct) で観察された結晶インクルージョン
図3.Chau Binh 地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイア (0.97 ct) で観察された結晶インクルージョン

 

また、Luc Yen地区産ピンクサファイアからアパタイトインクルージョン(図4、図5)、ルビーからは角閃石の柱状結晶が観察された(図6)。

図4.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.61 ct) 中のアパタイトインクルージョン
図4.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.61 ct) 中のアパタイトインクルージョン

 

図5.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.56 ct) 中のアパタイトインクルージョン
図5.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.56 ct) 中のアパタイトインクルージョン

 

図6.Luc Yen 地区産ルビー(0.28 ct) 角閃石の柱状結晶
図6.Luc Yen 地区産ルビー(0.28 ct) 角閃石の柱状結晶

 

これらの鉱物種は顕微ラマン分光法で同定を行なった。また、一部のピンクサファイアからはミャンマー産のルビーにも見られるような糖蜜状組織が観察された(図7)。

図7.Luc Yen 地区ピンクサファイア (0.61 ct) 中の糖蜜状組織
図7.Luc Yen 地区ピンクサファイア (0.61 ct) 中の糖蜜状組織

 

◆紫外―可視分光スペクトル

ブルー系非加熱サファイアの例として、Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外―可視分光のスペクトルを図8に示す。

図8.Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外―可視分光スペクトル。 Fe3+(338 nm)、Fe3++ Fe3+ (377、388、480 nm)に関する吸収、Fe2++Ti4+によるブロードな吸収が580 nmに見られる。
図8.Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外 ― 可視分光スペクトル。
Fe3+(338 nm)、Fe3++ Fe3+ (377、388、480 nm)に関する吸収、Fe2++Ti4+によるブロードな吸収が580 nmに見られる。

 

338 nmにFe3+、377 nm、388 nm、450 nmにFe3+–Fe3+のペア、そして580 nmにFe2+–Ti4+の電荷移動によるブロードな吸収が観察された。これは典型的な非加熱ブルーサファイアのスペクトルであり、このブルーサファイアはFe2+–Ti4+の電荷移動に起因した青色を呈していることがわかる。

また、天然非加熱ピンク、ルビーの紫外―可視分光スペクトルにおいてはピンク、ルビーの赤の原因となるCr3+の吸収(410、558、693 nm)の吸収が確認された(図9)が、Feに起因するピーク類(338、377、388 nm)は観察されなかった。これは、ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、ルビーは玄武岩起源のコランダムではなく、Feの含有量が低いためと考えられる。

図9.An Phu地区産0.62ct天然非加熱ルビーの紫外―可視分光スペクトル。Cr3+による410 nm、558 nmのブロードな吸収、693 nmに吸収ピークが見られ、Fe3+に起因する338、377、388 nmのようなピークは見られない。
図9.An Phu地区産 0.62ct 天然非加熱ルビーの紫外―可視分光スペクトル。Cr3+による410 nm、558 nmのブロードな吸収、693 nmに吸収ピークが見られ、Fe3+に起因する338、377、388 nmのようなピークは見られない。

 

◆FT−IRスペクトル

FTIRによる分析結果では、すべてのサンプルに共通して見られる特徴はなく、加熱されたサンプルには加熱の特徴を示唆するOHピークである3309 cm−1シリーズ(3309 cm−1を主として3365、3295、3232、3186 cm−1)が見られた(図10)。他、非加熱サンプル数点からベーマイトのピーク(1985、2106、3089 cm−1)が見られるものもあったが、産地の特徴を示すようなピーク類は見られなかった。また、本研究で用いたサンプルにはミャンマーのMong Hsu産非加熱ルビーに一般的なダイアスポアの吸収(2040、2140、2900、3020 cm−1)は見られなかった。

図10−1. ベトナム、An Phu地区産非加熱ブルーサファイア(0.56 ct)のFTIRスペクトル(上)とLuc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(右)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。
図10−1. ベトナム、An Phu地区産非加熱ブルーサファイア(0.56 ct)のFTIRスペクトル(上)と

 

図10−2. Luc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(下)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。
図10−2. Luc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(下)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。

 

◆LA–ICP–MS

コランダム中に含まれる主要な微量元素Mg、Ti、V、Cr、Fe、GaについてLA–ICP–MS分析を行った。サンプルには色むらが存在したが、測定箇所は無作為に選び、各石につき4点ずつ分析を行った。Ga/Mg比はマグマ起源、変成岩起源のブルーサファイアを分別する信頼のおける手法として使われている(文献4)。Peucat et al. (2007)(文献)を元にCGLで収集したデータを元に作成した図にプロットをした結果を図11に示す。本研究で用いたサンプルにおけるGa/Mg比は色、鉱区(Luc Yen、An Phu、Chau Binh)関係なく0.03–3.32であり、10以下であることから変成岩起源であることを示唆する。

図11. Peucat et al.2017(文献4)を元に作成したグラフに本研究で用いたコランダムをプロットしたグラフ
図11. Peucat et al.2017(文献4)を元に作成したグラフに本研究で用いたコランダムをプロットしたグラフ

 

表2には本研究で用いたベトナム Luc Yen 産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaのサンプルの最小~最大値(ppma)と、対比用に変成岩起源のミャンマー、スリランカ、マダガスカル産ブルーサファイアの同データ(CGL所有データベースより)を記載した。本研究で用いたベトナム産サファイアは色むらが多く、色に関連する主要元素(Mg、Ti、Cr、Fe)に関しては同一サンプル内でも濃度のばらつきが多いという特徴がある。V、Gaはサンプル内でのばらつきは少なく、ほぼ一定している傾向にあった。Gaを横軸、Vを縦軸とし、プロットを行った図を図12に示す。

 

表2 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのLA–ICP–MS分析データ

表2-RGB97-700

 

図12 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのGa vs. Vプロット
図12 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのGa vs. Vプロット

 

ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアは他の変成岩起源のサファイア(ミャンマー、スリランカ、マダガスカル)産と比較し、Vが多い傾向にある。Ga vs. Vプロットにおいて、ベトナムLuc Yen産とスリランカ産はオーバーラップする部分が多いがミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアとは非常に良く乖離しており、産地の比較には有効であることがわかる。
またブルー系サファイア同様、表3にはベトナム Luc Yen 産ピンクサファイア、ルビーについてMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaの最小、最大値について表にまとめた。また、変成岩起源のミャンマー、モザンビーク、マダガスカル産のルビーとの対比を行った(CGL所有データベースより)。ピンクサファイア、ルビーについても、色むらの影響でCrの濃度が同一サンプル内でばらつきが多いという傾向にある。

 

表3 ベトナムLuc Yen産、他非玄武岩起源のピンクサファイア、ルビーLA–ICP–MS分析データ

表3-RGB97-700

 

表3に挙げたサンプルを用いて、Fe vs. Vプロットを行った(図13)。ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、およびルビーのV濃度については非常に高濃度(>>100 ppma)のものがわずかに存在するが、殆どのものが5 ppma 〜 70 ppmaの範囲に収まっている。ミャンマー産のルビーのV濃度は大多数が70 ppma以上であり、モザンビーク産のルビーのV濃度が5 ppma未満であることを考えると、V濃度はミャンマー、モザンビーク産とベトナムLuc Yen産のルビー、ピンクサファイアを分別するには非常によい指標になると考えられる。また、Fe濃度を比較するとベトナムLuc Yen産のものは殆どが100 ppma以下であるのに対し、モザンビーク、マダガスカルのサンプルは100 ppma以上であることからFe濃度もまた、産地鑑別の指標として役立つことが判明した。

図13 ベトナムLuc Yen産ルビー、ピンクサファイアのFe vs. Vプロット
図13 ベトナムLuc Yen産ルビー、ピンクサファイアのFe vs. Vプロット

 

まとめ

ベトナム Luc Yen 産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)について一般的な宝石学検査に加え、紫外―可視分光、赤外分光、LA–ICP–MSによる微量元素分析を行い、他産地との比較を行った。紫外―可視分光、赤外分光分析の結果では、際立った特徴は見いだせなかったが、LA–ICP–MS分析の結果、Ga/Mg比が0.03〜3.32と10未満であり、非玄武岩起源のコランダムであることがわかった。また、ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアでは他の非玄武岩起源のスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアと比較するとVに富む傾向が見られ、Ga vs. Vプロットを行うとベトナムLuc Yen産サファイアはスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産と若干オーバーラップする部分が含まれるが、産地鑑別の一助となることが判明した。また、ピンクサファイア、ルビーにおいては同じ非玄武岩起源のミャンマー産ルビーと比較すると、Vが少なく、モザンビーク、マダガスカルと比較した結果Feが少ないという傾向にあり、Fe vs. Vプロットを行うことで、よい乖離を示すことが分かった。◆

 

文献

1) Kane R.E., McClure S.F., Kammerling R.C., Khoa N.D., Mora C., Repetto S., Khai N.D.,
Koivula J.I. (1981) Rubies and fancy sapphires from Vietnam. Gems & Gemology, vol.27,
No.3, pp136–155
2) Long P.V., Pardieu V., Giuliani G. (2013) Update on gemstone mining in Luc Yen,
Vietnam. Gems & Gemology, vol.49, No.4, pp233–245
3)  Nguyen N.K., Sutthirat C., Duong A., Nguyen V.N., Ngyen T.M.T., Nguy T.N. (2011) Ruby
and sapphire from the Tan Huong–Truc Lau area, Yen Bai province, northern Vietnam.
Gems & Gemology, vol.47, No.3, pp182–195
4) Peucat J.J, Ruffault P., Fritsch E., Bouhnik–Le Coz M., Simonet C., Lasnier B. (2007)
Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic
blue sapphires. Lithos, vol. 98, pp. 261–274

 

謝辞

浦 大樹氏、石野田 奈津代氏には今回研究に使用した試料の提供を受けました。ここに記して謝意を表します。

合成ダイヤモンド:知っておきたい基礎知識から最新情報まで

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年3月PDFNo.49

リサーチ室 北脇 裕士

合成ダイヤモンドとは・・・

天然ダイヤモンドは、地球の深部において何億年という歳月にわたる地質学的プロセスを経て生まれた結晶です。その美しさと希少性から宝石として長く人々に愛されてきました。
いっぽう、合成ダイヤモンドは天然ではなく、人の手によって研究室や製造所で作られた結晶です(図1)。

図1:CVD合成ダイヤモンド(5.02 ct, F, VS1相当)
図1:CVD合成ダイヤモンド(5.02 ct, F, VS1相当)

 

合成ダイヤモンドは、化学成分や結晶構造は天然ダイヤモンドと基本的に同じで、光学的・物理的特性も同一です。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも炭素だけでできており、熱伝導性はきわめて高く、屈折率は2.417、ファイアの源となる分散度は0.044でこれらの特性値すべてが同じです。
類似石の代表であるキュービックジルコニアは、化学組成がZrO2です。熱伝導性は低く、屈折率は2.16、分散度は0.060でダイヤモンドとは異なります。また、モアッサナイトは、化学組成がSiCで、熱伝導性は高いけれどもその他の諸特性はダイヤモンドと完全に異なります(図2)。

図2:ダイヤモンドと類似石の比較
図2:ダイヤモンドと類似石の比較

 

しかし、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドには違いもあります。天然ダイヤモンドは地下の高温高圧下で何億年という長い年月をかけて成長し、地表に到達するまでに複雑な環境の変化をこうむります。いっぽう、合成ダイヤモンドは人工的な閉鎖された一様な環境下で、通常数日から数週間という短い時間で育成されます。その生い立ちの違いが結晶の中にさまざまな不均一性として刻み込まれ、それを手がかりに両者の識別が可能となります。

 ■ ポイント:合成ダイヤモンドは、化学成分や結晶構造は天然ダイヤモンドと同じですが、生い立ちが違うため鑑別は可能です。

 

合成ダイヤモンドの用語および表記

国際的には

合成ダイヤモンドの用語使用について、2018年1月22日付で国際的なガイドラインが示されています。
‘Diamond Terminology Guideline,’
世界の主要なダイヤモンド産業の9組織(AWDC,CIBJO,DPA,GJPC,IDI,IDMA,USJC,WDC,WFDB)は、合成ダイヤモンドの接頭語については、“synthetic”, “laboratory–grown”, “laboratory–created” のみを使用するものとし、“lab–grown” や “lab–created” などの略語を用いてはならないとしています。何も接頭語がなく単に “diamond” と表記されている場合は、天然ダイヤモンドを意味すると言及しています。

 

日本では

日本国内では、一般社団法人日本ジュエリー協会(JJA)と一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)の両団体が1994年に制定した「宝石もしくは装飾用に供される物質の定義および命名法」において、人工生産物の呼称を、「合成石」、「人造石」、「模造石」に分類しています。
http://www.agl.jp/publics/index/10/
これによると、同種の天然石が存在する人工生産物は「合成石」であり、人工的に製造されたダイヤモンドは合成ダイヤモンドと呼称します。また、天然に対応物が存在しない人工結晶は「人造石」であり、キュービックジルコニアは人造キュービックジルコニアと呼ばれます。

 ■ ポイント:人工的に製造されたダイヤモンドは、合成ダイヤモンドと呼びます。英語ではSynthetic diamondと表記します。

 

合成ダイヤモンドの用途

ダイヤモンドは炭素原子が強固に結びついた典型的な共有結合物質であり、物質中最高の硬さと熱伝導性を有します。また、化学的安定性、透光性などの特性にも優れています。この卓越した特性から、ダイヤモンドはさまざまな工業用途に用いられています。超精密加工用バイト、線引きダイス、ドレッサー、医療用ナイフなどの加工工具や耐摩工具のほか、ヒートシンク、ボンディングツール、各種窓材や超高圧アンビルなど、工業や科学の広範な分野で利用されています(図3)。高品質なダイヤモンドは、工業や科学技術の発展に寄与する重要な素材であり、技術の多様化、高度化に伴い、その重要性は今後もさらに増すものと考えられています。
しかし、天然ダイヤモンドは、大型で良質の結晶は極めて稀産であり、品質における個体差が大きいため、これらの工業用途には不向きな側面があります。これ対し、合成ダイヤモンドは、合成される環境、成長条件を制御できるため、安定的に必要とされる結晶を量産することが可能です。このため、産業用には合成ダイヤモンドが広く利用されています。

図3:ダイヤモンド工具:ボンディングツール(左)とアンビル用(右)(住友電工総合カタログより)
図3:ダイヤモンド工具:ボンディングツール(左)とアンビル用(右)(住友電工総合カタログより)

 

合成方法

現在、商業的にダイヤモンドを合成する方法は、HPHT法(自発核発生法並びに温度差法)、CVD法、衝撃圧縮法および直接転換法があります。これらの方法の中で、宝石品質の単結晶が合成できる方法は、HPHT法(温度差法)とCVD法の2種類です。

HPHT合成

HPHT法は、High Pressure High Temperatureの略で、地球深部で天然ダイヤモンドができる高温高圧の環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度(1500℃程度)と高い圧力(5–6GPa)を与えて、原料となる炭素物質(グラファイトやダイヤモンド微粒)をダイヤモンドの結晶へと成長させます。炭素物質は水には溶けないため、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、ダイヤモンドを結晶化させます(図4)。種結晶を用いずに合成すると、自発核発生した小粒の単結晶が短時間で成長します。最大のサイズでも1 mm以下であり、結晶内部に多くの不純物(溶媒金属等)を含み、宝飾用には適しません。これらの微小単結晶は、ダイヤモンド砥粒と呼ばれ、研削砥石の素材として工業用に多量に製造されています。

図4:HPHT法の概略図
図4:HPHT法の概略図

 

宝石品質のダイヤモンドを合成するためには温度差法を用います。この方法は、合成セル(容器)全体をダイヤモンドが安定な超高圧まで加圧し、次に温度を上げて溶媒金属を融解させ、高い温度に保持した炭素源から溶媒金属中に炭素を溶解させ、温度の低い種結晶上にダイヤモンドを成長させるというものです(再び図4)。無色透明の単結晶を合成するには、黄色の着色原因となる窒素を除去する必要があり、溶媒中で窒素との化合物を作るチタン(Ti) あるいはアルミニウム(Al)などを添加する方法が一般的に用いられています(CGL通信18, 19, 20参照)。

注)HPHT処理は、おもに天然のダイヤモンドの色を改善するために高圧下で行う高温の熱処理のことです。HPHT合成とHPHT処理を混同しないよう注意してください。

CVD合成

CVD法は、Chemical Vapor Depositionの略です。化学気相成長法または化学蒸着法と呼ばれるものです。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます(図5)。CVD法には、熱フィラメント法、マイクロ波プラズマ法、燃焼法などがありますが、宝飾用単結晶の育成にはマイクロ波プラズマ法が一般的です。
原料ガスを大量の水素(メタンのおよそ100倍)と混合して用います。この混合ガスを大気圧以下の圧力(0.1~1気圧程度)で反応容器に満たし、プラズマで分解して活性化させます。基板上の温度は800~1200℃程度に保ち、基板表面に炭素原子を結晶化させていきます。プラズマによって反応性が高まった水素(原子状水素)が、結晶化したダイヤモンド表面の炭素原子と化学結合し、ダイヤモンド表面のグラファイト化を防ぎます。さらに原子状水素には析出したグラファイトを選択的にエッチングする作用があり、これにより準安定な低圧下(ダイヤモンドではなく、グラファイトが安定な環境)で継続的にダイヤモンドが形成されます(再び図5)。

図5:CVD法の概略図
図5:CVD法の概略図

 

合成ダイヤモンドの歴史

ダイヤモンド合成の歴史は科学技術の進歩と密接な関連をもっています。合成への第一歩は、18世紀末にダイヤモンドが炭素原子でできていることが証明された時点に遡ります。この発見は、著名な科学者から町の発明家に至るまで多くの人々をダイヤモンド合成の道に駆り立てました。これは挑戦の時代といえます。大きな飛躍は1950年代で、ダイヤモンドの性質に関しての系統的な研究が開始され、同時に高圧を発生させる装置が開発され、人類初めてのダイヤモンド合成に成功しました。HPHT法は実用的な合成法として発展し、現在では高純度の大型単結晶が得られるまでになっています。1980年代になって1気圧あるいはそれ以下の圧力下でCVD法による実用的な合成法が確立し、様々な分野で利用され始めています。

挑戦の時代

1880年頃、英国のハネーの実験。キンバーライト中にダイヤモンドが発見されたことをヒントにダイヤモンドの合成には高温高圧が必要と考えた。パラフィン類、骨油、リチウムの混合物を鉄管に封じ込め、赤熱するという方法。
1890年頃、フランスのモアッサンの実験。隕石中にダイヤモンドが発見されたことをヒントに高温の鉄に炭素を溶解させ、これを急冷して高圧を発生させる方法を考案。
ハネーとモアッサンの実験はともに当時は成功が信じられたが、その後の追認実験での成功例はない。

HPHT法の発展

1955年頃、米国のジェネラル・エレクトリック社がプレスを使ったHPHT法を発明。初めて人工合成に成功した例とされる。ほぼ同時期にスウェーデンのASEA社でも成功。
1962年頃、東芝の中央研究所で国内初のダイヤモンド合成に成功する。
1985年頃、住友電工により、工業用に単結晶ダイヤモンドが商品化される。
1994年頃、 Ⅱ型の高品質合成ダイヤモンドの商品化に成功。
2004年頃、超電導ダイヤモンドの高圧合成に成功。

CVD法の発展

1952年、米国に本拠を置くユニオン・カーバイド社の研究者が、炭素を含む気体から低圧でダイヤモンドが形成することを実証。
1978年頃、旧ソ連において水素原子によるグラファイトの選択的除去がダイヤモンドの成長に有効であることが示された。
1981–83年、日本の無機材質研究所で熱フィラメン卜法やマイクロ波を利用したプラズマCVD法が開発された。その後、さらにプラズマジェット法などが開発された。これらの一連の研究がその後のCVD合成のブレイクスルーとなった。
1993年頃、電子デバイス用CVD合成ダイヤモンドの製品化。
1997年頃、CVD合成ダイヤモンド光学部品の発売。
2004年頃、CVD法による超伝導体の合成。
2008年頃、CVD法を用いた2000℃ でのアニーリングプロセスの開発。これにより、高速度成長させた単結晶の色が改良できることになる。

宝飾用合成ダイヤモンド

1970年頃、カラット・サイズの宝石品質のHPHT法による合成ダイヤモンドが製造される。しかし、コスト面では天然とは競合できない水準であった。
1993年、米国のCHATHAM社が宝飾用合成ダイヤモンドを販売する旨の声明を発表する。
1995年、国内の鑑別機関に初めて HPHT 法による合成ダイヤモンドがグレーディング依頼で持ち込まれる。
2003年、米国のApollo Diamond社が宝飾用として初めてCVD合成ダイヤモンドの販売を表明。
2005年、Newsweek誌に宝飾用CVD合成ダイヤモンドが紹介され話題となる。
2006年、米国のApollo Diamond社が宝飾用として初めてCVD合成ダイヤモンドの販売を開始する。
2008年、国内の鑑別機関にCVD法による合成ダイヤモンドが持ち込まれ始める。
2010年、米国のGEMESIS社が宝飾用にCVD合成ダイヤモンドの販売を開始する。
2015年、無色のメレサイズ合成ダイヤモンドがジュエリーに混入。
2018年、デ・ビアスが宝飾用合成ダイヤモンドの販売を開始する。

 

なぜ、今宝飾用合成ダイヤモンドなのか

宝飾用合成ダイヤモンドは、1990年代半ば頃からHPHT法、2000年代半ば頃からCVD法によるものが流通を始めています。しかし、これらは微々たる量で、国内の宝石店で販売されることはありませんでした。
近年では工業利用されてきた合成ダイヤモンドの需給バランスの変動や単結晶育成技術の革新的進歩により、宝飾用合成ダイヤモンドが量産されるようになりました。
中国では、2000年以降、HPHT法による工業用合成ダイヤモンドの製造が飛躍的な躍進を遂げ、世界における合成ダイヤモンドのシェアの大半を占めるようになりました。2015年には生産量が150億ct(3000t)に達しています。2014–5年くらいから、中国では景気後退の影響を受け、工業用のダイヤモンドの需要が減退したことから、一部を宝飾用にシフトする動きが生じ、特に小粒のメレダイヤモンド用の原石が大量に生産されました(図6)。その後、次第にサイズが大型化し、現在では0.2–0.5ctのカット石が生産の主流となり、1ct以上のものも製造可能となっています(CGL通信No.35参照)。

図6:中国大手製造会社の宝飾用合成ダイヤモンド原石 (総計:41,643ct)
図6:中国大手製造会社の宝飾用合成ダイヤモンド原石(総計:41,643ct)

いっぽうでCVD合成ダイヤモンドは、ここ数年で半導体デバイス、量子コンピュータなどへの応用研究が各国で盛んに行われ、単結晶の育成技術が飛躍的に進展しました。一部の企業では設備投資の回収のため、宝飾用合成ダイヤモンドの販売が始められたようです。その後、複数の企業が宝飾用CVD合成ダイヤモンドを生産するようになり、「環境に優しい、紛争がない」をキーワードにプロモートするところが現れました。

 

宝飾用合成ダイヤモンドの生産量

宝飾用合成ダイヤモンドの生産量についての公式な発表はありません。しかし、2017年の1年間でHPHT合成ダイヤモンドは130–300万ct、CVD法合成ダイヤモンドは100–120万ct生産されていると推定されており、天然ダイヤモンドの生産量の2–3%程度と見積もられています。2018年はHPHT合成とCVD合成をあわせると、おそらく500–700万ct は生産されており、天然の3–5% になると見積もられています(図7)。今後の予想についてはさまざまな見方がありますが、City Bankによる予測では2030年には天然の生産量のおよそ10%になるとされています。The Global Diamond Report 2018によると、消費者が合成ダイヤモンドを天然ダイヤモンドと交換可能なものと認識すると、2030年には天然ダイヤモンドの売り上げに25–30%減の影響を与えると予測しています。しかし、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドがまったく別物と理解すると、天然ダイヤモンドの売り上げには0–5%減程度の影響しかないと予測しています。

図7:宝飾用合成ダイヤモンドの生産国と生産量(推定)
図7:宝飾用合成ダイヤモンドの生産国と生産量(推定)

 

宝飾用合成ダイヤモンドの生産者

宝飾用のHPHT合成ダイヤモンドは、1990年代からロシアで生産され、その技術が米国やインドにも広がっていきました。現在はロシアのサンクトペテルブルグにあるNew Diamond Technology社が無色では最大15ct、ブルーでも10ctまでの高品質のダイヤモンドを製造しています(図8)。

図8:ロシアNDT製HPHT合成ダイヤモンド(中央2.06 ct)
図8:ロシアNDT製HPHT合成ダイヤモンド(中央2.06 ct)

 

中国河南省の鄭州は、HPHT合成の世界の中心地です。中南鉆石股份有限公司、河南黄河旋風股份有限公司、鄭州華晶金剛石股份有限公司は、中国における合成ダイヤモンド業界の「3大巨頭」と称されています。これら3社を合わせると高圧合成装置(キュービック型マルチ・アンビル装置)は8,000台以上あるといわれ、世界の工業用合成ダイヤモンドの需要をまかなっています(図9)。これらの装置を使って、需要に応じて大量の宝飾用合成ダイヤモンドを生産しています。

図9:中国大手製造会社の高圧合成装置
図9:中国大手製造会社の高圧合成装置

 

宝飾用のCVD合成ダイヤモンドは、2003年にApollo Diamond社がはじめて販売を公表しましたが、量産されるようになったのは2008年以降です。2011年に同社はSCIO Diamond Technology社に買収されています。2005年にはシンガポールにⅡa Technologies社が設立され、インドの資本と技術で200台以上の装置が設置されています。米国のWD Lab Grown Diamonds社は2008年に設立されており、ワシントンのカーネギー研究所の技術を踏襲しています。同社は2018年5月に9.04ctのカット石を製造したと発表しています。Diamond Foundry社は2012年にサンフランシスコに設立されました。IT関連の企業を中心に基金をあつめ、ハリウッドスターを広告塔としてメディアに露出しています。
2011–12年頃からインドのスーラットで宝飾用CVD合成ダイヤモンドの製造が始まりました。New Diamond Era社、Diamond Nation社などの大手の他、Diamond Elements社、Unique Lab Grown Diamond社など中小が10社以上あり、装置は総計で少なくとも400台以上あるようです。無色の他、ピンク、ブルーなどが生産されており、中には5ctを超える高品質のものもあります(図10)。

図10:インド製CVD合成ダイヤモンド(2–4 ct)
図10:インド製CVD合成ダイヤモンド(2–4 ct)

 

中国でも宝飾用CVD合成ダイヤモンドが製造されています。寧波のNingbo Crysdiam Industrial Technology 社と上海のZS Technology社はそれぞれ数十台規模の設備を擁し、1ct以上の高品質のダイヤモンドを生産しています。2018年9月以降、デ・ビアスグループのElement Six社が製造したCVD合成ダイヤモンドがLightboxのブランド名で販売が開始され、大きな話題を呼んでいます。

 

デ・ビアスの宝飾用合成ダイヤモンド

2018年5月29日、世界の宝飾業界に激震が走りました。これまで天然ダイヤモンドの盟主として認められてきたデ・ビアスが、宝飾用の合成ダイヤモンドを発売するとプレスリリースしました。新会社Lightbox Jewelryを立ち上げ、無色、ピンクおよびブルーのCVD合成ダイヤモンドを同年9月より米国本土で電子決済のネット販売を開始するというものでした(図11)。

図11:CGLで研究用に入手したLightbox製品
図11:CGLで研究用に入手したLightbox製品

 

コンセプトはForeverでなくても手ごろなファッションジュエリーとして、天然ダイヤモンドと競合しない新たな商材とすることです。価格設定も非常に低価格でシンプルなものとし、先行している宝飾用合成ダイヤモンドの販売戦略に一定の歯止めをかけるためともいわれています。Lightboxは、ルース販売はされず、すべてシルバーやK10でペンダントやイヤリングにセットされています。テーブル面直下(表面ではなく、わずかに内部)には特殊なレーザー技術によるロゴマークが刻印されています(図12)。Lightboxの製品には4Cのグレーディングはなされません。

図12:Lightboxのロゴ(テーブル面直下)
図12:Lightboxのロゴ(テーブル面直下)

 

CGLに持ち込まれた合成ダイヤモンド

CGLに合成ダイヤモンドがグレーディング依頼で持ち込まれたのは1990年代半ばに遡ります。初めて非開示で持ち込まれたものはHPHT法による0.159ctの淡黄色でした。それ以降、しばしばHPHT合成ダイヤモンドを検査しましたが、数量としては限定的でした。
無色のCVD合成ダイヤモンドが非開示で検査に持ち込まれたのは2008年が最初で、0.2ct–0.4ct のG–Hカラー相当でした。2010年にはピンク色のCVD合成が検査に持ち込まれています(CGL通信No.10参照)。2012年の12月に初めて1ct upのCVD合成ダイヤモンドが持ち込まれました(CGL通信No.12参照)。それ以降サイズの大きなCVD合成ダイヤモンドが継続して持ち込まれるようになり、2018年の半ばくらいから買い取り業者と思われる依頼者が急増しています。
中国製と思われるメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドがジュエリーに混入し始めたのは2015年の9月半ばからです(CGL通信No.30参照)。それ以降増加し続け、2017年の5–6月をピークに減少しています。中国製のHPHT合成もサイズアップしてきており、2018年の春頃には0.5ct 程度であったものが、同年秋頃には1ct upのものが持ち込まれています(CGL通信No44参照)。

 

合成ダイヤモンドの鑑別

HPHT合成ダイヤモンドもCVD合成ダイヤモンドも原石の状態であればすぐに識別することができます。それは結晶原石の形態が天然とは異なるからです。
天然ダイヤモンドの結晶は八面体(上下にピラミッドがくっついた形)が基本形です。実際にはやや丸みがあったり、表面が溶解していたりします。HPHT合成法では種結晶を用いて金属溶媒中で成長させるため、六–八面体を主体とした集形となります(図13)。この形状は天然では極めて稀となります。

図13:HPHT合成原石(5.62 ct)
図13:HPHT合成原石(5.62 ct)

 

また、CVD合成法では種結晶の上に炭素原子を沈積させて一方向に層成長させるため、特徴的な板状の形態となります(図14)。
しかし、これらが宝飾用にカット・研磨された後では結晶の形態からは天然と識別ができなくなってしまいます。見た目では判らないため、鑑別の技術が重要となります。

図14:CVD合成原石(7.32 ct)
図14:CVD合成原石(7.32 ct)

 

スクリーニング(粗選別)

ダイヤモンドの鑑別にはスクリーニング(粗選別)が重要となります。粗選別とは100%天然といえるダイヤモンドと更なる詳細検査が必要なものとを分別することです。そのためにある際立った特性に着目した限られた技術を用いています。そのため粗選別=鑑別ではありません。厳密には粗選別≠鑑別です。

 

ダイヤモンドのタイプ

合成ダイヤモンドを選別するため多くの機器が開発されています。これらはダイヤモンドのタイプ分類を基本原理とした粗選別装置です。良く知られているように、ダイヤモンドは窒素(N)を不純物として含有するⅠ型と含まないⅡ型に分類されます。そして、天然のダイヤモンドのほとんど(98%以上)はⅠ型に分類され、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型に分類されます(図15)。そのためダイヤモンドのタイプ分類がダイヤモンドの鑑別の重要な第一ステップとなります。

図15:無色ダイヤモンドのタイプ別比率
図15:無色ダイヤモンドのタイプ別比率

 

窒素を含有するⅠ型は窒素の存在の仕方によって、Ⅰa型とⅠb型に細分されます。前者は窒素が凝集した形態で、後者は孤立した単原子の状態です。さらにⅠa型は窒素の凝集の程度によりⅠaA型と ⅠaB型に細分されます。ダイヤモンド中の窒素が凝集していくためには適度な高温と地質学的な時間が必要です(図16)。人為的に窒素を凝集させるためには超高圧と高温が必要で、高圧装置への負荷が大きいため商業的には行われていません。そのため、高度に窒素が凝集したⅠ型のダイヤモンドは天然と考えることができます。

 ■ ポイント:無色の天然ダイヤモンドはほとんどがⅠ型で、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型です。天然・合成の粗選別にはタイプ分類が重要です。

図16:ダイヤモンド中の窒素の凝集過程
図16:ダイヤモンド中の窒素の凝集過程

 

CGL Diamond Kensa

CGL Diamond Kensaは、CGL(中央宝石研究所)が開発したコンパクトなダイヤモンドの粗選別装置です(図17)。

図17:CGL Diamond Kensa
図17:CGL Diamond Kensa

 

ラウンドブリリアントカットされた無色系ダイヤモンドを対象としており、合成ダイヤモンドやHPHT処理の詳細検査が必要なⅡ型を簡単に短時間で粗選別することができます。
CGL Diamond Kensaは、紫外線の透過性を検知してダイヤモンドを粗選別します。ほとんどの天然ダイヤモンドはⅠ型に属し、300 nm以下の紫外線を透過しません。いっぽう、Ⅱ型ダイヤモンドは220 nmまでの紫外線を透過します。この性質を利用して、CGL Diamond Kensaは波長254 nmの紫外線をダイヤモンドに照射し、その紫外線がダイヤモンドを透過したかどうかをセンサーで検知します。センサーが検知すればⅡ型、検知しなければⅠ型となります。CGLではグレーディングの日常業務でのタイプ分別を1998年より継続して行っています。

 

×10レンズによる検査

ダイヤモンドの検査に×10レンズによる観察が重要なのはいうまでもありません。ダイヤモンドの色を評価する時はフェイスダウンが一般的です。成長させたままのCVD合成ダイヤモンドは、やや褐色味を帯びていることが多く、色の改善のためにHPHT処理が施されたものは、黄色味もしくは灰色味を感じることがあります。
ガードルに刻印の確認も重要です。製造者によってはロゴマークやLab Grownなどの刻印を入れていることがあります。また、グレーディングされているものは、鑑別機関のシリアルNo.やLaboratory Grownなどの刻印が入れられています(図18)。

図18:合成ダイヤモンドのガードル刻印の一例
図18:合成ダイヤモンドのガードル刻印の一例

 

内包物の観察で、天然・合成の起源を判定するのは通常困難です。一般的にCVD合成にはほとんどインクルージョンが見られません。HPHT合成では金属インクルージョンが見られることがあり(図19)、このような場合、磁石を用いて磁性があれば合成と判断できます(図20)。

図19:HPHT合成ダイヤモンド中の金属inc.
図19:HPHT合成ダイヤモンド中の金属inc.

 

図20:磁性のあるHPHT合成ダイヤモンド
図20:磁性のあるHPHT合成ダイヤモンド

 

燐光による判別器機

合成ダイヤモンドの簡易判別(粗選別)装置にはいろいろなタイプのものがあります。その中でも燐光を検査する装置は、ルース(裸石)・枠つきに関わらず手軽に多数個のダイヤモンドを同時に検査できるので広く利用されています。中国のNGTCが開発したGV–5000や広州標旗電子科学有限公司製のGLIS–3000などが良く知られています。
ダイヤモンドに紫外線を照射した際に多くのものが光を発します。これが蛍光です。蛍光は紫外線の照射を止めると消えますが、中には発光が持続することがあり、燐光と呼ばれます。天然ダイヤモンドのほとんどのものに燐光は認められませんが、無色のHPHT合成ダイヤモンドには明瞭な燐光が認められます。これはわずかに含まれるホウ素に起因します。
この性質を利用して、ダイヤモンドジュエリーに強力な紫外線を照射し、燐光の有るものを合成の疑いありとして選別しています。
しかし、最近の研究でHPHT合成ダイヤモンドに電子線の照射処理を施すと、燐光が減衰あるいは消滅することがわかっています(CGL通信No.46参照)。このような処理が商業的に施されているという情報はありませんが、今後、この装置での判断には注意が必要と思われます。

 ■ ポイント:燐光による判別器機は利便性が高いが、結果の解釈には注意が必要です。

 

ラボラトリーの技術

紫外–可視領域の分光分析において、N3センタ(415.2nm)は天然ダイヤモンドのほとんどすべてに見られますが、通常、量産を目的とした合成法では生成しません。一部のHPHT合成ダイヤモンドにはニッケル(Ni)に関連した欠陥が検出されることがあります。

 

赤外分光分析では、ダイヤモンド中の窒素不純物やC–Hの存在を検出することができます。天然ダイヤモンド中の窒素不純物は、地質学的な時間の経過で凝集体を形成します。合成ダイヤモンドでは製法に関わらず、含有する窒素濃度は相対的に低く、窒素も凝集体を形成しません。従って、BセンタやB2センタなどの凝集窒素の存在は天然起源を示唆します。

 

蛍光X線分析では、ダイヤモンド中の包有物の組成分析が天然及び合成起源の有効な手がかりとなります。HPHT合成ダイヤモンドは、しばしば金属溶媒に用いられた金属内包物が研磨面に達しています。このようなケースではFe、Ni、Co などが検出され、合成起源であることが明らかとなります。

DiamondViewTMによる紫外線ルミネッセンス像の観察は、ダイヤモンドの生成起源を知る上で最も重要です。天然ダイヤモンドのルミネッセンス像は千差万別であり、個体識別にさえ応用できるほどです。天然ダイヤモンドは、そのほとんどが{111}面のみの成長で形成されており(図21–1)、

図21:DiamondViewTM像の一例/ 図21–1 天然
図21–1:天然ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例

まれに{100}面を伴うMixed–habit Growthが見られます。{111}成長分域内は、直線的な累帯構造を示すのに対し、{100}成長分域内では曲線状の累帯構造を示します。HPHT合成ダイヤモンドは、{111}、{100}やその他の成長面による成長分域が明瞭で(図21–2)、成長温度によって晶相が異なります。

図21–2HPHT合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例
図21–2:HPHT合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例

すなわち、合成温度が高いほど六面体から八面体に変化していきます。CVD合成ダイヤモンドは、特有の積層成長に由来する湾曲した線状模様が特徴的です(図21–3)。

図21–3:CVD合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例
図21–3:CVD合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例

 

フォトルミネッセンス分析は、ダイヤモンドの点欠陥や塑性変形に由来すると考えられるピークを高感度で検出します(図22)。

図22:顕微ラマン分光装置を用いたフォトルミネッセンス分析
図22:顕微ラマン分光装置を用いたフォトルミネッセンス分析

これらには合成には見られない天然起源の指標となるものが多く見られます。HPHT合成ダイヤモンドにはNi、Coなどの金属溶媒に関連するピークが検出されることがあります。884.8nmおよび883.2nmの対のピークはNiに因るものと考えられます。CVD法合成ダイヤモンドには、NVセンタ(637nm、575nm)、H3センタ(503nm)が普遍的に検出されます。さらに、ほとんどのものに737nmにSi–Vのピーク(反応容器の石英窓のエッチングに由来すると思われる)が検出され、CVD法合成ダイヤモンドの指標となります。

 

合成ダイヤモンドのグレーディング

一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)では、数年前より合成ダイヤモンドのいわゆる4C(カラット、カラー、クラリティ、カット)のグレーディングについて慎重に議論が重ねられてきました。当初は天然と同じ様式でグレーディングを行うことも検討されましたが、国内外の情勢を鑑み、2018年末に合成ダイヤモンドに対するグレーディング・レポートの発行は行わないことが決定されています。
AGLでは、ダイヤモンドの天然・合成の生成起源を明らかにし、合成ダイヤモンドには鑑別書で対応致します。その際、合成ダイヤモンドの鑑別書には希望によりグレード表記(天然とは異なる簡易的な用語を使用)を行うことを可としています。
海外では、合成ダイヤモンドにもグレーディング・レポートを発行している機関があります。この場合、たいていは天然とは異なるデザインの用紙を用いて、評価に用いられる用語も天然より簡略化されています(例えばGIA)。しかし、一部に天然と同じ用語が用いられている機関もあります(例えばIGI、HRD)。◆

 ■ ポイント:AGLでは合成ダイヤモンドにグレーディング・レポートの発行を行いません。鑑別書で対応し、簡易的な天然とは異なるグレード表記を行うことを認めています。

天然レッドスピネルの加熱実験報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士、岡野 誠
ジェムリサーチジャパン 福田 千紘

近年、レッド~ピンクの天然スピネルが人気を博している。同系色のコランダムのほとんどは色の改善のための加熱が施されているのに対し、スピネルは非加熱であることもその要因のひとつと思われる。しかし、これらの赤色系スピネルは一部で加熱が行われているとの懸念があり、その識別に関心がもたれている。また、これらの中にはフラックス合成スピネルがまぎれていることもあり、鑑別をより困難なものにしている。
本稿では天然レッドスピネルを600℃~1000℃まで100℃刻みで加熱処理を行い、温度の違いによるフォトルミネッセンススペクトルの変化を記録した。その結果、800℃以上で発光ピークの位置と半値幅(FWHM)が明確に変化し、加熱処理の痕跡を捉えることが可能であることが確認できた。しかし、加熱後の天然レッドスピネルの発光ピークは、フラックス合成のレッドスピネルのものと酷似するため、レッドスピネルの起源および加熱処理の検出は他の分析も組み合わせた総合的な判断が必要である。

 

背景

スピネルの語源はラテン語のspina(小さな棘)に因んでいる。和名は尖晶石といい、どちらも尖った結晶の形に由来している。一般的なスピネルの結晶形は棘のような針状ではなく、尖端の尖った八面体である。結晶が摩耗されず美しい形のものは“エンゼル・カット”と呼ばれ、原石のまま宝飾品に利用されることがある。
広義のスピネルの化学組成はX2+Y3+2O4で表される。Xには2価の元素であるMg、Mn、Fe2+、Zn、Co、Cuなどが入り、Yには3価の元素であるAl、Fe3+、Crなどが入る複雑な固溶体である。狭義のスピネルはMgAl2O4で宝石用スピネルのほとんどがこれに属する。
宝石用のスピネルには各色の変種が存在するが、概して青色系または赤色系に大別できる。これはMgの一部をFe2+が置換することにより青色系が、Alの一部をCrが置換することで赤色系となるためである。
スピネルは、18世紀頃まではしばしばコランダムと混同されてきた。レッドスピネルはルビーに、ブルースピネルはブルーサファイアに外観も宝石学的な特性値も近似しており、何よりも同一の産地から共生することも混同される大きな要因であった。歴史的に英国王室の正王冠に嵌め込まれていた黒太子のルビーがスピネルであったことは有名である。
さて、近年、市場に流通するレッドスピネルやピンクスピネルの数が増加している。ルビー、サファイアのほとんどが色の改善のために加熱されているのに対して、スピネルは非加熱であることも、ナチュラル嗜好を刺激するひとつの人気の要因らしい。しかし、一部のレッドスピネルは加熱処理が施されているとの懸念があり(文献1)、その識別に関心がもたれている。(文献2)(文献3)によると、加熱処理の前後でフォトルミネッセンススペクトルが変化することが報告されており、加熱の検出に有効とされている。
本研究では、先行研究の結果を確認するため、レッドスピネルの加熱処理を行い、その処理前後のフォトルミネッセンススペクトルを記録した。

 

試料と分析方法

試料はミャンマー産の天然非加熱レッドスピネル原石試料5個(①2.702 ct、②2.575 ct、③3.336 ct、④4.480 ct、⑤5.266 ct)を用いた(図1)。

 

図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル (下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。
図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル
(下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。

 

試料の加熱処理はジェムリサーチジャパンにおいてADVANTEC FUM312DAマッフル炉を用いて行った(図2)。試料は内径30 mm、容量10 mlのムライト製磁性るつぼ内にアルミナ粉末を充填し、その中に埋設した。磁性るつぼは底面炉材保護のため、さらにジルコニウムるつぼに入れて炉内に配置した(図3)。

 

図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)
図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)

 

図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ
図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ
とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ

 

加熱ピーク温度は、600℃~1000℃まで100℃刻みとし、同一試料を用いて低温から順に計5回熱履歴を与えた。温度調節はPID制御とし、室温からピーク温度までの昇温時間を2時間、ピーク温度の保持時間を2時間、ピーク温度から室温までの降温時間を4時間の3pathと設定し、炉内は酸化雰囲気(周囲雰囲気)で加熱した。設定温度と実測温度には必ず差異が生じるが、PID制御は単位時間当たりの温度変化の微分値をフィードバックすることで温度の変動を抑制し、かつ設定温度と実測温度の差を時間軸で積分した面積が最小になるように誤差を制御する方法で他の制御方法に比べると差異や変動を少なくすることができる。降温時間は実際には4時間では室温まで降下しないため室温に戻るまで十分な時間をおいてから試料を取り出した。室温は水銀温度計で実験ごとに校正しピーク温度は工場出荷時の校正設定とした。
宝石学的検査および分析はすべてCGLのリサーチ室にて行った。フォトルミネッセンス分光分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製Raman system–model 1000を用い、488 nmのレーザーを励起源として50倍の対物レンズを使用し、室温条件(約20℃)で測定を行った。

 

結果と考察

◆フォトルミネッセンス分光分析
すべての天然レッドスピネル試料について、加熱前、600℃~1000℃それぞれの加熱後において、フォトルミネッセンス分光分析を行った。図4に試料①のそれぞれの実験条件下でのフォトルミネッセンススペクトルを重ね描きしたものを示す。なお、試料②~⑤の分析においてもすべて試料①と同様の結果が得られた。

 

図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化
図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化

 

685.6 nmにおけるピークは通常R–lineと呼ばれ、レッドスピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlが規則正しく配置(秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(八面体サイトにAl、四面体サイトにMg)。一方、687.4 nmにおけるピークはL–lineと呼ばれ、スピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlがランダムに配置(無秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(図5)。また、690 nm〜730 nmのピークはフォノンサイドバンドと呼ばれるピークである(文献3文献4)。

 

図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。
図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。

 

非加熱の状態ではR–lineの強度はL–lineの強度よりも高いが、その強度比R–line / L–lineの値は800℃加熱において劇的に変化し(図6)、900℃以上の加熱においてL–lineの強度がR–lineの強度を上回ることがわかった。また、それぞれの試料について、R–lineの非加熱、各加熱条件後での半値幅を求めた(図7)。R–lineの半値幅は、800℃で大きく変化することが判明した。なお、900℃以上の加熱条件ではピークが重なり、分離が難しいため半値幅、強度比の計算を行うことはできなかった。

 

図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化
図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化

 

以上の結果をまとめると、(1)800℃の加熱においてR–line(685.6 nm)の半値幅が増加すると同時に、R–line/L–lineの強度比に変化が現れ、(2)900℃以上の加熱でL–line強度はR–line強度を上回ることがわかった。このことは天然でのCr3+周囲のMg、Alの秩序/無秩序状態についての平衡状態が800℃以上に加熱することにより相転移が起こり、Cr3+周囲のMg、Alの無秩序化がより進んだ結果であると言える。
この相転移温度は650〜700℃であると言われているが(文献5文献6文献7)、本研究では800℃の加熱において見られた。このことは、サンプルを各加熱条件で加熱後一度室温に戻し、再度加熱するという行程を経ていることによる影響か、加熱を行う際の最高温度保持時間の違い、である可能性がある。
加熱処理によりMg、Alの無秩序化が進んだレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、700℃および650℃で長時間(数日)におよぶ加熱を行っても可逆的に元の状態には戻らないことが確認されている(文献3)。したがって、フォトルミネッセンス分光分析によるスペクトル解析を行うことで800℃以上に加熱処理が施されたかどうかの履歴を検証することが可能である。
レッドスピネルの加熱処理については文献1により、2005年頃から商取引において懸念されていたと報告されている。筆者の1人(KH)も日常の鑑別業務において2006年には加熱されたと思われるレッドスピネルを確認している。文献1によると、タンザニア産スピネルの光を散乱させて石の概観を白っぽくさせるクラウド状の微小包有物は950–1150℃で軽減され、1200℃で完全に除去できるとしている。また、文献8によると、ベトナム産レッドスピネルのオレンジ色の色味は850℃以上で除去できるとしている。したがって、商業的にレッドスピネルの外観を向上させるためには少なくとも850℃以上の温度が必要と思われる。
本研究の対比実験として、フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンス分光分析を行った (図8)。フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、900℃以上で加熱された天然スピネルのスペクトルと酷似していた。これはフラックス合成時の温度は1200℃–900℃以上であり(文献1)、Cr3+周囲のMg、Alが無秩序化しているためと考えられる。
したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効であるが、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルは識別できない。フラックス法合成スピネルの識別には蛍光X線分析やFTIR分析など他の手法を併用する必要がある(文献9)。

 

図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル
図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル

 

まとめ

天然レッドスピネルに加熱処理を行い、フォトルミネッセンス分光分析での加熱処理の判定の可能性について調査を行った。天然レッドスピネルは、800℃に加熱するとフォトルミネッセンススペクトルで観察されるR–line(685.6 nm)の半値幅が増加し、R–lineとL–line(687.4 nm)の強度比が変化する。また900℃以上に加熱することでL–lineの強度はR–lineの強度に比べ強くなることが確認できた。したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効である。しかし、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルはフォトルミネッセンススペクトルでは識別できないため、両者の識別には他の手法を併用した総合的な判断が必要である。◆

 

文献

1.Saeseaw S., Wang W., Scarratt K. Emmett J. L., Douthit T. R.(2009) Distinguish Heat Spinels from Unheated Natural Spinels and from Synthetic Spinels – A short review of on–going research,
http://www.giathai.net/distinguishing–heated–spinels/

2.Sriprasert B., Atichat W., Wathanakul P., Pisutha–Arnond V., Sutthirat C., Leelawattanasuk T., Saejoo S., Jakkawanvibul J., Naruedeesombat N., Puangkaew K., Artsamang P., Sritunayothin P., Kunwisutpan C. (2008) The Heat–Treatment Experiments of Red Spinel from Myanmar. Proceeding of GIT2008, pp 278–282

3.Wang S. and Shen A. (2017) Reversibility of Photoluminescence Spectra of Spinel with heat treatment. 35th IGC 2017 proceedings, pp 67–70

4.Skvortsova V., Mironova–Ulmane N., Riekstina D. (2011) Structure and Phase changes in natural and synthetic magnesium aluminium spinel. Proceedings of the 8th International Scientific and Practical Conference Volume 11, pp. 100–106

5.Peterson, R. C., Lager, G. A., Herterman, R. L. (1991) A time–of–flight neutron powder diffraction study of MgAl2O4 at temperatures up to 1273K. American Mineralogist, 76, pp 1455–1458.

6.Slotznick, S. P. & Shim, S. H. (2008) In situ Raman spectroscopy measurements of MgAl2O4 spinel up to 1400 *C. American Mineralogist, 93, pp 470–476.

7.Redfern, S. A. T., Harrison, R. J., O’Neill, H. S. C., Wood, D. R. R. (1999) Thermodynamics and kinetics of cation ordering in MgAl2O4 spinel up to 1600°C from in situ neutron diffraction. American Mineralogist, 84, 299–310.

8.Malsy A.–K., Karampelas S., Schwarz D., Klemm L., Armbruster T., Tuan D. A. (2012) Orangey–red to orangey–pink gem spinels from a new deposit at Lang Chap (Tan Huong–Truc Lau), Vietnam. The Journal of Gemmology, volume 33, pp. 19–27

9.北脇裕士, 岡野誠 (2006) スピネル最新事情. Gemmology 2006年3月号, pp. 4–5

日本の国石−糸魚川のヒスイ:歴史と特徴

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

Tokyo Gem Science LLC and GSTV Gemological Laboratory

阿依 アヒマディ

日本産のヒスイは、やや透明度に欠けるものの、その希少性と美しい外観特徴により非常に貴重な宝石とされている。本研究の結果、新潟県糸魚川市の小滝川と青海川産のヒスイは発色元素及び鉱物相によって次のような種類に分類される;白色(ほぼ純粋なヒスイ輝石)、緑色(Feに富み、Crを含有)、ラベンダー(Tiを含有)、青色(TiおよびFeを含有)、黒色(黒鉛を含有)。白色のヒスイは組成的にほぼ純粋なヒスイ輝石であった(Xjd=98mol.%、すなわちヒスイ輝石成分が98%)。緑色のヒスイはXjdの値が98~82mol.%の範囲であった。緑色のヒスイにおけるCaOの最大濃度は5%、発色元素はFeおよびCrであった。ラベンダーヒスイの成分がXjd=98~93mol.%で、TiO2およびFeOtotに富み、そしてMnO成分に乏しい傾向があり、青色のヒスイは最も高いTiO2濃度0.65%を示し、Xjd範囲は97~93mol.%であった。

 

図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品
図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品

 

歴史的背景

およそ5500年前の縄文時代に日本の糸魚川地方でヒスイの彫刻が誕生した(図1)。日本の宝石の歴史はここから始まったと言っても過言ではない。縄文時代中期には大珠(たいしゅ)というペンダントのようなものが製作され、日本各地で取り引きされるようになった。弥生時代になると、勾玉や管玉の製作が盛んになった。8世紀頃の伝説によると、現在の福井から新潟にかけて「越(こし)」という古代国家があり、不思議な緑色のヒスイの彫刻を身に着けた美しい姫が国を治めていたという説がある(図2)。
数千年も続いたヒスイの文化は、古墳時代 (紀元3~7世紀)中期から後期にかけて衰退し、6世紀頃には姿を消してしまう。それから千年以上の後の1938年、ヒスイの探索を行っていた伊藤栄蔵氏により糸魚川市の小滝川で日本のヒスイが再び発見された(図3)。翌年これらの研究を行った東北大学の河野義礼博士らが論文を発表した(Kawano, 1939; Ohmori, 1939)。その後の調査により、日本海に注ぐ姫川上流の小滝地区以外に糸魚川市に属する青海川上流の橋立地区でも発見されている(図4)。糸魚川産の、特に海岸で採れるヒスイは原石の状態でも十分に美しいのも特徴の一つである。色は白、緑、紫、青、黒などがあるが、糸魚川のヒスイは保護地区にあり採取が禁止されているため、市場に出回っている量が少ない。2016年9月、日本鉱物科学会は糸魚川のヒスイを「日本の国石」に選定した。

 

図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川
図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川

 

図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地
図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地

 

図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地
図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地

 

ヒスイの地質

ヒスイは、低温高圧で変成した地質帯で発見される(Essene, 1967; Chihara, 1971; Harlow and Sorensen, 2005)。日本海溝は、太平洋プレートと日本列島を含むユーラシアプレートの境界で、冷たい太平洋プレートが日本列島の下に沈み込んでいる。この場所はヒスイができる低温高圧の条件に符合する。日本には8か所ほどのヒスイ産地がある(地図1)。日本海側に分布する蓮華帯および三郡帯のヒスイ(糸魚川、大佐、大屋、若桜)のほとんどは純度が高く、90%以上がヒスイ輝石(同類オンファサイトを含む)からできている。その他の地域では、ヒスイ輝石が80~50%を超える岩石は稀であり、ほとんどが曹長石、藍晶石、方沸石などを多く含む(Yokoyama and Sameshima, 1982; Miyazoe et al., 2009; Fukuyama et al., 2013)。

 

地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地
地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地

 

蓮華–三郡帯  糸魚川地区は蓮華帯に属し、蓮華帯は低温高圧の変成岩、変成堆積岩、角閃岩、ロジン岩など様々な構造岩塊を含む蛇紋岩メランジェである(Nakamizu et al., 1989)。宝石質のヒスイは小滝川流域と青海川の橋立地区でのみ、二畳紀-石炭紀の石灰岩と白亜紀の砂岩・頁岩との断層の境界に置かれた蛇紋岩の巨礫として産するのが見つかっている。ヒスイの巨礫は大きさが1~数メートルで、ほとんどが数百メートルの距離の地域に分布している。小滝地区のヒスイ岩石には、曹長石(石英を伴うまたは伴わない)、白色ヒスイ、緑色ヒスイ、水酸化ナトリウムに富むカルシウム含有角閃石、そして母岩である蛇紋岩が外縁に向かって同心の帯状に放射状になっているのが見られる。青海のヒスイ岩石は「独特の層状構造」を持ち、特に交互に粗と密になったコンパクトな層が見られることもあり、ラベンダーヒスイを含むことがよくある(Chihara, 1991)。

 

日本産ヒスイについて更なる研究

日本産ヒスイの歴史と地質産状についてこれまでに多くの研究が行われてきた。一部の研究報告では、糸魚川産の緑色ヒスイは鉱物学的にヒスイ輝石とオンファサイトから成り、緑色部はオンファサイトであり、緑色の主な原因はFeであると指摘されきた(Oba et al., 1992, 宮島1996, 2004)。筆者は世界的にヒスイの名産地であるミャンマー、グアテマラ、ロシアからのヒスイの光学的特性や岩石学的構造、および地球化学を学習すると共に、日本産ヒスイの色の種類、鉱物学的内部組織、化学成分の特徴などを宝石学的な観察と分光分析法、そして電子線マイクロプローブ(EPMA)およびレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA–ICP–MS)による定量分析を行ってみた。本稿では糸魚川産(小滝川および青海川)ヒスイに限定して、その宝石学的特徴と化学的性質を記述する。本研究に用いた糸魚川産ヒスイは、小滝川地域のものが32個、青海川地域のものが7個である(図5)。
これらは『フォッサマグナ・ミュージアム』http://www.city.itoigawa.lg.jp/fmm/と、

『翡翠原石館』http://www.hi–su–i.com/と、有限会社大江理工社から提供を受けた。

 

図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料
図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料

 

宝石学的観察

糸魚川地域で採れたヒスイの小石は、河食(河川作用による浸食)で丸みを帯びているものが多く、表層はきらきらしていて白っぽい。表面は風化しているが、原石に褐色の皮殻は見られない。これらの原石は全体的には白色で、淡緑色から緑色が不規則に混在し、非常に硬質・緻密で重量感がある。一部は緑色がかった白色の岩石のほとんどのものが巨礫、中礫、団塊状の形状で、透明から半亜透明や不透明、組織は微細で滑らかだが肉眼で確認できる単結晶の粗い部分も見られる。青海の橋立地区で発見された最大の原石は102トンもある。筆者はフォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ岩石も観察した(図6–1)。このヒスイの大きな巨礫は、白と緑色の大部分はヒスイだが、繊維質の黒色部分は角閃石から成る。一部には緑色の狭い領域が半透明できらきらしているのも見られる。また、いくつかの小規模な断層部には、地球深部の流体で形成されたブドウ石、ソーダ硅灰石、沸石グループなどの白色鉱物が充填されている。

 

図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩
図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩

 

青海川のラベンダーヒスイでは、白いマトリックスに紫色が不規則に分散しているようなものもある。こうした石の色は半亜透明から不透明で、微細~中程度の組織である(図6–2)。さまざまな美しい色で発見される青色ヒスイの試料は、丸みを帯びており半亜透明から不透明で、微細~粗い組織である(図6–3)。微小結晶の集合体はルーペで観察されたが、結晶形は確認できなかった。
屈折率はスポット法で1.65から1.66、SG値が3.10から3.35の範囲であった。緑色ヒスイ試料は長波紫外線(365nm)および短波紫外線(254nm)照射で不活性であった。ラベンダーヒスイは、長波紫外線に対して強い帯赤色蛍光を示した。青色ヒスイは長波および短波紫外線ともに不活性であった。吸収スペクトルを携帯型分光器で観察したところ、690、650、630nmに弱いラインが見られた。加えて、糸魚川産の緑色ヒスイには437nmに非常にシャープなラインが見られた。ラベンダーヒスイでは530と600nm付近に弱いバンド、および437nmに細いバンドが見られた。青色ヒスイは非常に幅広いバンドがスペクトルの黄色から赤色部にかけて見られ、437nmに弱く細いバンドも見られた。

 

図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石
図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石

 

図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料
図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料

 

岩石学的観察及びラマン分光分析

小滝川産の緑色ヒスイをスライスしたもの(図7a)を交差偏光下で観察すると、微細なヒスイ輝石の粒は高次および低次の干渉色を示した。これは各々の粒が異なる方位を向いているために生じる。マトリックス中に2mmを超える大きな結晶も観察された。これらは良形のヒスイ輝石の単結晶であり、明瞭な劈開が87°の角度で交差して入っており、輝石に典型的な特徴である。この緑色ヒスイの薄片は柱状の変晶組織があり、無指向性の応力下で変成を受けたことが示される。微小褶曲や細脈を顕微ラマン分光分析したところ、構成鉱物として微量のソーダ珪灰石及びブドウ石が同定された。

図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真
図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真

 

小滝川および青海川産ラベンダーヒスイの薄片は(図7b)、亜透明から半透明で主に0.1–0.3mmサイズほどの微小~ごく微小な粒子結晶で、柱状の変晶組織が表れている。この試料中には、ヒスイ輝石の細粒の放射状集合体を伴う超圧破砕帯がマトリックスを横断しているのが観察された。この組織は、この試料が変成作用において地盤圧力、そして恐らくはその後に方向性を持った圧力を被ったことを示す。このヒスイに熱水流体によって形成された細脈状のブドウ石と方沸石、そして長柱状のベスブ石の結晶も構成鉱物として見つかっている。

図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真
図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真

 

小滝川産青色ヒスイ試料では、半透明の粒状で、0.1〜0.5mmほどの微小な隠微晶質粒子(図7c)は花崗変晶質および圧砕岩の組織を示した。この試料においては、既存の鉱物が破砕され離脱して流動構造を作っている。構成鉱物としては、方沸石やチタン石の他、このタイプのヒスイにおいては青色の原因とはならない非常に微量な自形のチタン石結晶粒子がマトリックス中にある。

図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真
図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真

 

紫外–可視分光分析

緑、紫、帯紫青、青色の小滝川および青海川産のヒスイの板状試料に、紫外–可視吸収分光分析を行った。試料中の似たような色の領域で化学分析を行い、各発色元素の濃度を確認した。小滝川産ヒスイの緑色の部分は一般的にクロムと鉄で着色されており、691nmの吸収ライン(Cr3+のいわゆる「クロムライン」)と、437nmあたりにもう一つの吸収ライン(Fe3+のいわゆる「ジェダイトライン」)を示す(図 8)。

 

図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

検査を行った5mmほどの円の領域における発色元素の含有量を、LA–ICP–MSで分析し、レーザー照射した3~4か所での濃度を平均した。緑色の部分は比較的高いCrとFe(280および810ppma)を含んでおり、等原子価の発色元素Cr3+とFe3+は明らかに緑色に寄与している(Rossman, 1974; Harlow and Olds, 1987)。さほど重要ではない発色元素のTi、Mn、V、Coの濃度は低かった(それぞれ57、19、2.3、0.4ppma)。
青海川産のラベンダーヒスイのUV–Visスペクトルは、Mn、Ti、Feに相当する特徴を示した(図9)。

 

図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

530nmを中心にした幅広いMn3+関連の吸収バンドは、ミャンマー産ラベンダーヒスイに観察されることがよくあり(Lu, 2012)、610nmを中心としたTi4+–Fe2+ペアの電荷移動の特徴的な幅広いバンドとFe3+に関連した437nmの細い吸収バンドも同様である。可視分光で検査したラベンダー色の領域をLA–ICP–MSで詳細に分析してみた。その結果、Ti(平均534ppma)およびFe(平均550ppma)がその青の色相の原因となっていることは明らかであった。Mnの濃度の平均は18ppmaで、弱いピンクから紫色の色相を生じさせていた。日本産のラベンダーヒスイは紫青の色相を示すが、これはMn3+とTi4+–Fe2+の吸収により生じる弱いピンクと強い青色の組み合わせによるものである。
小滝川産青色ヒスイのUV–Visスペクトルは、500から750nmに非常に幅広いバンド、437nmにFe3+の弱い吸収、そして350nm以上のカットオフを示した(図10)。この吸収パターンはブルー・サファイアのスペクトルに似ており、Ti4+–Fe2+ペアの電荷移動に起因する。相当量のTi(1943ppma)とFe(4212ppma)が顕著な青色を生じている。それに比べ、Mnはピンク色の成分を生じさせるには低すぎる(64ppma)。

 

図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

化学分析

詳細な化学的データを得るためにEPMA分析とLA–ICP–MS分析を行った。
小滝川産試料から得たEPMAで測定した定量化学分析結果を表1にまとめた。白、緑、ラベンダー、青(帯紫青も含む)といった代表的な色別に結果を以下に述べる。Xjd、X(Ae+Ko)、XQuad(Dio+Aug+Hed)を、それぞれAl/(Na+Ca)、Fe3+/(Na+Ca)、Ca/(Na+Ca)のmol%として計算した。微量元素についてLA–ICP–MSで分析した。各試料について3か所から10か所のレーザー照射・スポットの測定値に基づいて平均を求めた。各元素の最高および最低濃度表に示されており、平均値は()内に記されている。

 

白色ヒスイ  小滝川産の白色ヒスイは、理想的なヒスイ輝石成分に近い(表1)。全ての分析箇所(5か所のスポット以上)で端成分に近く、最大Xjd–98mol.%であった。CaO、MgO、FeOtot成分は、検査を行った他の色のヒスイのいずれよりも低かった(それぞれ、0.26、0.12、0.44wt%)。Cr2O3、MnO、K2O、NiOの値は分析の検出限界値以下であった。TiO2(0.03wt%)は紫から青色ヒスイで検出されたどの値よりも低かった。この白色ヒスイは非常に純度の高いものであった。この白色ヒスイのLA–ICP–MS分析では19種の少量~微量元素(Li, Mg, K, Ca, Sc, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Cu, Sc, Ni, Zn, Ga, Se, Sr, Zr)が常に検出された。その他の微量元素(B, Rb, Y, Nb, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Lu, Hf, Ta, W, Th, U)は検出限界以上であった。小滝川産の「白色」ヒスイは通常は緑や青、黒の色のヒスイよりも低いMgおよびCa含有量(順に3841および8495ppmw)である。

 

表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)
表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)

 

緑色ヒスイ  小滝川産の4石の緑色ヒスイについてマイクロプローブ分析を行ったところ、Fe濃度は最低値が0.22wt%、最大が0.864wt%とかなり高く、Crはそれよりやや低く0.01–0.57wt%であった。MgO(0.16–2.83wt.%)および CaO(0.24–4.18wt.%)の値は比較的高かったが、成分的にはヒスイの範囲XJd = 98.7 to 82.4であった(図11)。小滝川の試料は、結晶の集合体と独立した単結晶との間で主要元素の構成にわずかに違いが見られた。この研究から、緑色のヒスイ結晶の集合体はかなり純度の高いものであるが、独立した単結晶はヒスイ輝石の範疇ではあるものの、オンファス輝石に近い化学組成を示した。

 

図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。
図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。

 

小滝川産緑色ヒスイ13石のLA–ICP–MS分析から、沈み込み帯にあるイオン半径の大きい親石元素(Li, B, K, Sr, Baなど)や、それよりも難溶性の元素(希土類元素–La, Ce, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Luや、Hf, Ta, W, Tl, Pb, Th, Uなど)が顕著に移動をしていることが分かった。MgおよびCaの濃度も比較的高く、Mgで2383から77100ppmw(平均19957)ppmw、Caで4400から82700ppmw(平均39206ppmw)であった。MgおよびCaの濃度は暗緑色の部分ではかなり高かった。これは、暗緑色のオンファス輝石成分はヒスイ輝石に比べより微量元素に富んでいる(LiおよびGaは例外)ことを示すものである。
オンファス輝石とヒスイ輝石を識別するために、微量元素および主要元素の組み合わせで化学成分フィンガープリント・グラフを作ってみた。図12に示すAl/Fe対Ca/Naのグラフでは、糸魚川産の明るい緑色を呈する試料はヒスイ輝石範囲に分類され、暗黒緑色の試料はオンファサイト輝石範囲にプロットされた。

 

図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示
図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示す。

 

ラベンダーヒスイ  小滝川産の紫色試料に、相当量のTiO2(最大0.362wt%)およびFeOtot(最大0.694wt%)が検出されたが、MnOは比較的低かった(最大0.019wt%)。
日本産ラベンダーヒスイの色も同様に発色元素のTi4+、Fe2+、Mn3+に相互に関連があると思われる。MgO(最大0.864wt%)およびCaO(最大1.879wt%)の濃度は比較的低かった。ヒスイの成分はXjd – 98.7~93.3で、純粋なヒスイ輝石に近かった。
LA–ICP–MS分析では、顕著に高含有量のTiおよびFeがすべての紫色ヒスイに検出された。Li, B, K, Sr, Baといったその他の金属元素や、あるいは希土類元素は、小滝川および青海川の同じ地質学的起源で産出した白や緑のヒスイよりも高かった。

 

青色ヒスイ  小滝川産の青色試料6個は、非常に高いTiO2値であった。それぞれ最大値は0.649および0.745wt%である。これはそれぞれの青色の濃い部分と対応している。CaOの濃度は、白い部分と比べて淡青色から青色の部分の方がやや高かった(0.6%から1.4wt%)。
帯紫青色および青色の領域では最も高いTiが測定され(最大4520ppmw)、また豊富なFe(最大11900ppmw)も測定された。希土類元素のほとんどはラベンダーヒスイのものよりも高かった。

 

コンドライト規格化希土類元素(REE)および、原始マントル規格化重微量元素パターン

日本産ヒスイのそれぞれの色について微量元素の組成を比較するため、それらのコンドライト規格化希土類元素(REE)パターンと原始マントル規格化微量元素パターンを調べた(図13および図14)。

 

図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す
図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す

 

日本産ヒスイにおける希土類元素(REE)は、緑・白・黒のヒスイよりも、ラベンダー色~青色の試料の方がより富んでいる傾向にある。すべての色において、軽希土類元素(LREE: La, Ce, Nd, Sm)の濃度は重希土類元素(HREE: Eu, Gd, Dy, Y, Er, Yb, and Lu)の濃度より高い傾向にあった。このコンドライト規格化希土類元素パターンから、日本産のラベンダー色~青色のヒスイは高いLREE/HREE比と、他のREEに比べて低いEu濃度を特徴とすることができる。
興味深いことに、すべての色の日本産ヒスイの原始マントル規格化微量元素パターンは、イオン半径の大きい親石元素(LILE)であるSrおよびBa、そして電荷の大きいな元素(HFSE)であるZrおよびNbの強い正の異常を示した。緑色ヒスイの希土類元素パターンはだいぶ少なく抑えられているようだが、白や黒のヒスイと比べるとかなり高く、Sr、Zr、Hfは強い正の異常を示す。この結果はMorishita et al.(2007)による結論とも合致し、それは、沈み込み帯における糸魚川-青海産のヒスイの形成に関連した流体は、珍しくも流体により沈み込み帯にもたらされたLILEおよびHFSEの両方に富んでいて、また、こうした元素は蛇紋岩化したかんらん岩にリサイクルされるというものである。

 

結論

糸魚川市の小滝川および青海川産のヒスイは、白色に緑色が混ざったものが特徴だが、他にもラベンダー、青、黒の色がある。当地の保護区域内でのヒスイの採取は1954年以降禁止されているが、川や支流に沿って小さな小石が見つかることはある。今回の研究では、多数の試料を分析し、それぞれの色のグループについて、発色元素、光学吸収特徴、主要元素及び微量元素の定量化学組成分析を行った。
1.小滝川および青海川産ヒスイは大きなものも小さなものも河食により角が丸みを帯び、きらきらと白っぽい表面であるが、原石には風化による褐色の皮殻は見られない。日本産のヒスイは主に白色で、淡緑から緑色やラベンダー~青色が不規則に散らばっている。
2.岩石学的な観察から、小滝川および青海川産ヒスイは細く半自形の柱状結晶の集合体と粒状の単結晶とで構成されていることが分かり、これらが合わさって柱~粒状変晶組織をなしている。ソーダ珪灰石、ブドウ石、方沸石は褶曲や断層、細脈によく見られるが、微量成分としての鉱物であるベスブ石やチタン石はマトリックス中に見られる。
3.電子線マイクロプローブによる定量分析からは、白色ヒスイは純粋なヒスイ輝石(Xjd=98 mol.%)に近いことが示された。緑色ヒスイはXjd=98-82 mol.%、XAug=2-8 mol.%の範囲で、オンファサイトではなく、ヒスイ輝石の範囲にあることが確認された。また、Feだけではなく、Crが緑色の原因となっていることも改めて確認できた。ラベンダー色は比較的高濃度のTiおよびFeと、低濃度のMnとの組み合わせにより生じる。青色ヒスイでは、Ti4+–Fe2+の電荷移動が発色に重要な役割を果たしている。
4.LA–ICP–MS分析で19の微量および遷移元素が検出された。すべての色のヒスイにおけるコンドライト規格化希土類元素および原始マントル規格化重遷移元素パターンは、軽希土類元素のほうが重希土類元素よりも高い値を示し、イオン半径の大きいな親石元素(LILE)と電荷の大きな元素(HFSE)の正の異常も見られた。ラベンダーおよび青色(帯紫青色も含む)のヒスイは、緑色ヒスイに比べて希土類元素が優勢であったが、白と黒のヒスイでは希土類元素濃度は低かった。◆

 

参考文献

Chihara K. (1971) Mineralogy and paragenesis of jadeites from the Omi–Kotaki area, Central Japan. Mineralogical Society of Japan, Special paper, No.1, pp.147–156.

Chihara K. (1991) Jade in Japan. In R. Keverne, Ed., Jade. Van Nostrand Reinhold, New York, 1991), pp.216–217.

Essene E.J. (1967) An occurrence of cymite in the Franciscan formation, California. American Mineralogist, Vol. 52, pp. 1885–1890.

Fukuyama M., Ogasawara M., Horie K., Lee D.C. (2013) Genesis of jadeite–quartz rocks in Yorii area of the Kanto Mountains, Japan. Journal of Asian Earth Sciences, Vol.63, pp.206–217,
http://dx.doi.org/10.1016/j.jseaes.2012.10.031

Harlow G.E., Sorensen S.S. (2005) Jade (nephrite and jadeitite) and serpentinite: Metasomatic connections. International Geology Review, Vol.47, No.2, pp.113–146, 10.2747/0020–6814.47.2.113

Kawano Y. (1939) A new occurrence of jade (jadeite) in Japan and its chemical properties. Journal of the Japanese Association of Mineralogists, Petrologies and Economic Geologists, No. 22, pp. 195–201 (in Japanese).

Lu R. (2012) Color origin of lavender jadeite: An alternative approach. G&G, Vol. 48, No. 8, pp. 273– 283, http://dx.doi.org/10.5741/GEMS.48.4.273

Miyazoe T., Nidshiyama T., Uyeta K., Miyazaki K., Mori Y. (2009) Coexistence of pyroxene jadeite, omphacite, and diopside–omphacite rock from a serpentinite mélange in the Kurosegawa zone of central Kyushu, Japan. American Mineralogist, Vol. 9, No. 1, pp. 34–40.

Morishita T., Arai S., Ishida Y. (2007) Trace elements compositions of jadeite (+omphacite) in jadeitites from the Itoigawa–Ohmi district, Japan: Implications for fluid processes in subduction zones. Island Arc, Vol. 16, No. 1, pp. 40–56.

Nakamizu M., Okada M., Yamazaki T., Komatsu M. (1989) Metamorphic rocks in the Omi–Renge serpentinite mélange, Hida Marginal Tectonic Belt, Central Japan. Memoirs of the Geological Society of Japan, Vol. 33, pp. 21–35 (in Japanese with English abstract).

Oba,T., Nakagawa,Y., Kanayama,K. and Watanabe,T. (1992) Note on rock-forming minerals in the Joetsu district, Niigata Prefecture, Japan. (5) Lavender jadeite from the Kotaki river. Bull.Joetsu Univ. Educ., Vol.11, No.2, 367–375.

Ohmori K. (1939) Optical properties of jade (jadeite) newly occurred in Japan. Journal of the JapaneseAssociation of Mineralogists, Petrologists and Economic Geologists, No. 22, pp. 201–212 (in Japanese).

Rossman G.R. (1974) Lavender jade. The optical spectrum of Fe3+ and Fe2+→Fe3+intervalence charge transfer in jadeite from Myanmar. American Mineralogist, No. 59, pp. 868–870.

Yokoyama K., Samejima T. (1982) Miscibility gap between jadeite and omphacite. Mineralogical Journal, Vol. 11, pp. 53–61, http://dx.doi.org/10.2465/minerj.11.53

宮島 宏 (Miyajima, H.), 1996, ヒスイ輝石岩の色と構成鉱物。日本地質学会第103回学術大会講演要旨 (Abst. 103rd Ann. Meet. Geol. Soc. Japan), 295.

宮島 宏 (Miyajima, H.), 2004, とっておきのひすいの話[A story of the special jade]. フォッサマグナミュージアム (Fossa Magna Museum), 40p.

日本鉱物科学会 2018 年年会・総会参加報告

PDFファイルはこちらから2018年11月PDFNo.47

リサーチ室  江森 健太郎

去る 9月19日(水)から21日(金)までの3日間、山形大学小白川キャンパスにて日本鉱物科学会2018年年会・総会が行われました。弊社から2名の技術者が参加し、それぞれ発表を行いました。 以下に年会の概要を報告致します。

山形県を代表する戦国武将、最上義光
山形県を代表する戦国武将、最上義光

 

日本鉱物科学会とは

 

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、 研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に、一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びと なり、(1) 社会的及び学術界における信頼性の向上、(2) 責任明確化による法的安定、(3) 学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体として活動していくことになりました。2018年会・総会は、一般社団法人として前年2017年の愛媛大学での開催に続き2回目の年会・総会になります。

 

山形大学について

 

山形大学は明治11年(1878年)の山形県師範学校の開校にはじまり、昭和24年(1949年)に 山形高等学校、山形師範学校、山形青年師範学校、米沢工業専門学校、山形県立農林専門学校の5つの教育機関を母体に新制国立大学として設置されました。「地域に根差し、世界を目指す」をスローガンとしており、「自然と人間の共生」をテーマに掲げ、「学生教育を中心とする大学創り」「豊かな人間性と高い専門性の育成」「『知』の創造」「地域及び国際社会との連携」「不断の自己改革」の5つの使命を掲げています。教養教育を学士課程教育の基盤である「基盤教育」として重視しており、その運営・実施期間として「基盤教育院」が設置されています。学生支援では、学生と大学の関係を密接にすることを狙いとし、大学が直接学生をスタッフとして雇用するインターンシップ制度が創設される見込みだそうです。平成31年(2019年)には創立70周年を迎える歴史と伝統を受け継いでおり、優れた人材を社会に送り出しています。

日本鉱物科学会2018年年会・総会が行われた小白川キャンパスの他、米沢、鶴岡キャンパスがあり、 山形県全体としてみると、村山地方(山形市)、置賜地方(米沢市)、庄内地方(鶴岡市)それぞれに所在し、近年、最上地方に「エリアキャンパスもがみ」が設置され、県内4つの地区すべてにキャンパスが配置されています。

会場となった山形大学
会場となった山形大学

 

小白川キャンパスは JR 山形駅から巡回バスで10分程度、徒歩でも30分程度の距離となっており、 駅前からのアクセスは非常に良好です。
今年の年会では、3件の受賞講演、10件のセッションで114件の口頭発表、83件のポスター発表が行われました。

1日目、19日(水)の9時15分より小白川キャンパス基盤教育1号館で「結晶構造」、「地球表層」、「宇宙物質」、「深成岩・火山岩・サブダクションファクトリー」、「火成作用の物質科学」 の5つのセッションが行われました。
また、3日間ポスター発表が開催されており、12時〜14時がコアタイム(ポスター発表者がポスター の横に立ち、質疑応答を行う)として設定されていました。

総会の様子
総会の様子

 

2日目、20日(木)は、9時より基盤教育2号館で総会が行われました。総会は上にも記した通り、 一般社団法人化して2回目の総会となりました。総会は当日出席92名、委任状107名と定足数を満たしました。総会では、各種事業報告の他、役員承認や会員会費規定の改定等の決議事項、授賞式が行われました。総会の後、受賞講演が行われ、平成29年度第18回受賞者である金沢大学 海野進教授、 同第19回受賞者である学習院大学 糀谷浩氏、平成29年度第23回日本鉱物科学会研究奨励賞表彰の東京大学 新名良介氏による講演がありました。同日午後14時からは基盤教育1号館にて「岩水–水」、「岩石・鉱物・鉱床」のセッションが行われました(この2セッションは資源地質学会との共催セッションでした)。

 

受賞講演を行った 3 名(左から新名良介氏、海野進教授、糀谷浩氏)と 日本鉱物科学会会長土`山明教授
受賞講演を行った3名(左から新名良介氏、海野進教授、糀谷浩氏)と 日本鉱物科学会会長 土`山明教授

 

3日目、21日(金)は基盤教育1号館にて「鉱物記載」「変成岩」「高圧深部」のセッションが行われ、「鉱物記載」セッションで弊社研究者2名が「周囲圧力下で熱処理(LPHT処理)された褐ピンク色CVD合成ダイヤモンドの分光特性」「マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイア中に観察されるBe含有ナノインクルージョン」の発表を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への興味の強さを感じることができました。(なお、発表内容についてはCGL通信43号、45号に掲載されています。https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)

 

「鉱物記載」セッションで講演を行う筆者
「鉱物記載」セッションで講演を行う筆者

 

今回行われた発表の中で、宝石と関係の深い話で興味深いものが2点ありましたので紹介します。

 

「人工知能による深層学習を利用したヒスイ判別機の開発」

小河原孝彦(フォッサマグナミュージアム)

新潟県糸魚川市フォッサマグナミュージアムでは、開館当初から市民に広く開かれた博物館をめざし、海岸等で採取した石の名前の鑑定を窓口で学芸員が行っている。鑑定件数は年々増加し、この件数増加に博物館側は対応に苦慮している。発表者は、人工知能を用いた石の鑑別(ヒスイか否か)の可能性について研究を行った。本研究では画像の深層学習に2015年にGoogleが開発した機械学習ソフトウェアライブラリであるTensor Flowを利用し、画像分類と物体検出に適応したアーキテクチャのNASNetを転移学習に用いた。糸魚川の海岸で採取した礫の写真13,000枚を教師画像とし、ヒスイお よびヒスイ以外の2種類に分類し、NASNetに転移学習させた。結果として、20,000回の学習でヒスイとヒスイ以外の認識率は約96%になった。本研究から、人工知能を用いた画像の深層学習でヒスイの認識が可能であることが明らかになった。

 

「肥後および西彼杵変成岩中より見出されたダイヤモンド様物質の鉱物学的特徴」

大藤弘明、福庭功祐(愛媛大・GRC)、西山忠男(熊本大・先端科学)

日本の九州地方に分布する肥後変成岩および西彼杵変成岩中からもダイヤモンドと考えられる炭素物質が発見され、注目を浴びている。筆者らはこのようなダイヤモンド様物質の直接観察をめざし、コンタミの可能性などに注意を払いながら観察試料を作成し、電子顕微鏡観察を行った。ダイヤモンド様物質を含む肥後変成岩(クロミタイト)柱のダイヤモンド様物質は、クロマイト中に含まれる負結晶中に1μmほどの紡錘形粒子として観察され、ランダムに集合した径数十〜数百nmの極めて細粒なグラファ イトから成ることが分かった。西彼杵変成岩(泥質片岩)中のものは、基質を構成するフェンジャイトの空隙部に径0.4〜1μmほどの不定形から半自形(八面体様)の粒子として濃集しており、TEM下で電子線回折によって調べたところ、確かにダイヤモンドであるがコンタミの可能性も否定できず、今後の課題であると発表された。

 

毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加、聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は9月20日〜22日、九州大学で開催されます。◆

ポ ス タ ー セ ッ ション コ ア タ イ ム の 様 子
ポスターセッション コアタイムの様子

 

フォッサマグナミュージアム:「宝石の国」展に参加して

PDFファイルはこちらから2018年11月PDFNo.47

リサーチ室 北脇 裕士

新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアムにて、2018年9月8日より10月28日までの予定で「宝石の国」展が行われていました。その関連イベントとして9月16日(日)に特別講演会が企画されhttp://www.city.itoigawa.lg.jp/7077.htm、筆者が「宝石の国の宝石学」というタイトルで講演させていただきました。

 

写真1:フォッサマグナミュージアム外観
写真1:フォッサマグナミュージアム外観

 

「宝石の国」は、月刊アフタヌーンで大好評連載中の市川春子氏原作の漫画です。昨年にはテレビアニメが放映され、その人気に拍車が掛かりました。登場人物が擬人化された宝石という斬新な内容で、ミネラルファン達をも取り込んだようです。
フォッサマグナミュージアムでは漫画世代の20–30代の若い男女に宝石や岩石鉱物(特に日本の国石となったヒスイ)の魅力を発信するために「宝石の国」展を企画しました。会場には複製原画や登場キャラクターに関係した宝石の原石、カット石、イラストを展示しており、宝石学会(日本)、日本鉱物科学会なども後援しました。

写真2:「宝石の国」展特別講演会会場
写真2:「宝石の国」展特別講演会会場

 

写真3:「宝石の国」展展示会場の様子
写真3:「宝石の国」展展示会場の様子

 

特別講演会当日は3連休の中日ということもあってか、県内だけでなく北海道から九州まで日本全国からの来場者がありました。特に関東近郊からのお客様が多く、新幹線の利便性が後押ししたようです。予定していた定員は80名でしたが、開始時刻の1時間前から人が並び始め最終的には124名の参加者で会場が超満員になりました。関係者の話によるとミュージアム史上最高の聴講者の数だったとの事で、アニメ化された漫画の人気に驚かされるばかりでした。この企画が次世代を担う若者たちに宝石の魅力を発信できる場になったことは間違いなさそうです。

 

【フォッサマグナミュージアム】

 

フォッサマグナミュージアムは、日本最大のヒスイ産地であり、世界最古のヒスイ文化発祥の地として知られる新潟県糸魚川地域にあります。現在は糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の重要な拠点となっています。
フォッサマグナ(ラテン語で大きな溝:大地溝帯)の成立や人間と地球史とのかかわりを示す資料を収集・保管・展示し、あわせて調査研究およびその成果の普及を通して、市民の教育・学術および文化の発展に寄与することを目的に1994年(平成6年)に開館しました。1982年(昭和57年)の糸魚川市の総合計画を発端に平成元年には博物館開設の基本計画が策定されました。そしてふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け、総工費17億円が投じられ、立派な施設が出来上がりました。
開館当初は年間来場者が10万人近くありましたが、徐々に減少傾向が続き平均して4万人程度となりました。しかし、2008年(平成20年)に日本ジオパークに選定され、翌2009年(平成21年)に世界ジオパークに認定されて以降、来場者が増加に転じました。そして、2015年(平成27年)の展示リニューアルにより再び10万人を突破することになりました。

 

写真4–a:ミュージアム館外に展示されているヒスイの巨礫と学芸員の竹之内博士
写真4–a:ミュージアム館外に展示されているヒスイの巨礫と学芸員の竹之内博士

 

美山公園の高台に立地するミュージアムへは糸魚川駅から車(路線バスあるいはタクシー)で10分ほどです。館外の敷地にはヒスイの巨礫がいくつも並べられ、ここがヒスイの産地であることを思い起こさせてくれます。その一角に人の背丈ほどのヒスイの巨礫がひとつ。これは2007年(平成19年)5月に設置されたものですが、盗掘の被害を避けるためにここに疎開させてきたそうです。ミュージアム学芸員の竹之内博士の話によると、この巨礫はもともと国の天然記念物として指定されている小滝川上流のヒスイ峡からさらに4kmほど上流にあったそうです。天然記念物に指定された場所からは外れているので、小礫を拾う程度なら良いそうですが(指定区域では採取はもちろんのこと、石を動かすことも文化財保護法で禁止されています)、この巨礫は削岩機を使って運び出されようとしたため保護の目的でここに運ばれてきたそうです。これも重要なミュージアムの仕事のひとつです。この巨礫には削岩機で開けられた複数の穴や突き刺さったままのタガネを見ることができます。

 

写真4–b:削岩機で開けられた2つの穴
写真4–b:削岩機で開けられた2つの穴

 

写真4–c:刺さったままのタガネ
写真4–c:刺さったままのタガネ

 

館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物、化石など2,000点以上に及びます。これらがテーマ別に非常に見やすく配置されており、観客の興味を満たしています。正面のエントランスから入ってすぐの休憩室のスペースでは学芸員による無料鑑定サービスが行われています。これは市民や観光客が海岸などで拾った石を鑑定してもらえるサービスで1人1回10個までだそうです。土日や夏休みになると鑑定を希望する人たちで行列ができるそうです。
展示コーナーに向かうと、まず大小のヒスイ礫が目に飛び込んできます。スクリーンに映し出された小滝川の風景とあわせて擬似的にヒスイ峡を訪れた気分を味わえます。来館者の心をつかむ演出です。

 

続く第1展示室は、「魅惑のヒスイ」コーナーです。糸魚川産のヒスイの逸品が展示されています。おなじみの緑色のヒスイ、ラベンダーヒスイの原石や遺跡から発掘された勾玉のレプリカなどが展示されています。

第2展示室は、「糸魚川大陸時代」がテーマです。糸魚川の地質がどのように形成されたのかを詳しく解説しています。さらにヒスイを科学的に詳しく紐解いています。
第3展示室は、「誕生日本列島」がテーマとして取り上げられています。フォッサマグナシアターと名付けられた大型スクリーンと床に広がるマルチ画面で雄大な地球創生の映画が上映されています。また、日本地質学の父と呼ばれるナウマン博士のドイツの自宅を模した展示で、フォッサマグナを発見した博士の生涯を紹介しています。
第4展示室は、「変わりゆく大地」をテーマに、日本海の海抜0mから白鳥山(1,286.9m)、犬ヶ岳(1,592m)を経て朝日岳(2,418m)を結ぶ北アルプス最北部の縦走路となる栂海新道(つがみしんどう)や標高2400mの活火山である焼山などの形成について紹介されています。
第5展示室は、「魅惑の化石」をテーマに日本国内や世界のいろいろな化石が時代別に展示されています。日本の名前がついた奇妙な形のアンモナイトのニッポニテスやシーラカンス、さらには草食恐竜の糞の化石などが興味をそそります。
第6展示室は、「魅惑の鉱物」をテーマに各種岩石・鉱物が展示されています。鉱物名になった日本人や日本で発見された新鉱物、新潟県の鉱床など、他の博物館では見られない展示が工夫されています。

 

フォッサマグナミュージアムでは、このような魅力ある展示が多く成されており、特に糸魚川のヒスイについて理解を深めることができます。北陸新幹線で結ばれたことも有り、関東近郊からの日帰りさえも可能です。ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

※【ユネスコ世界ジオパークとは・・・】

ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」 と 「公園(パーク:Park)」 とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、まるごと楽しめる場所をいいます。大地(ジオ)の上に広がる動植物や生態系(エコ)の中で人間(ヒト)は生活し、文化や産業などを築き、歴史を育んでいます。ジオパークでは、これらの「ジオ」、「エコ」、「ヒト」の3つの要素を楽しく理解することができます。
ジオパークでは、見所となる地形・地質の場所を「ジオサイト」に指定して、多くの人々がその場所の魅力を知り、将来にわたって継続的な保護を行います。その上で、これらのジオサイトを教育やジオツアーなどの観光活動などに活かし、地域を元気にする活動や、その地域の素晴らしさを発信する活動を行っています。
ユネスコ世界ジオパークは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の定める基準に基づいて認定された質の高いジオパークで、2015年11月の第38回ユネスコ総会において正式プログラムとなりました。2018年4月現在、日本には、「日本ジオパーク」が44地域あります。そしてそのうちの9地域がユネスコ世界ジオパークに認定されています。世界的には38カ国、140地域にユネスコ世界ジオパークがあります。
糸魚川地域では2009年に日本のジオパークとして初めてユネスコ世界ジオパークに認定されました。この年には雲仙火山を擁する島原半島(長崎県)と洞爺湖有珠山(北海道)が同時にユネスコ世界ジオパークに認定されています。
ユネスコ世界ジオパークに認定されるためには、まず日本ジオパーク委員会の審査を通過した後、世界ジオパークネットワークの加盟申請をします。書類審査や現地審査を経た後合格すればユネスコ世界ジオパークと名乗ることができます。ユネスコ世界ジオパークに一度認定されても4年に一度の再審査に合格しなければ加盟を取り消されるという厳しい規則があります。◆