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ダイヤモンドの結晶と欠陥

PDFファイルはこちらから2019年4月PDFNo.50

関西学院大学 理工学部 鹿田 真一

常日頃ダイヤモンドを扱われているCGL通信読者の方も、結晶や欠陥について考える機会は多くない、のではないでしょうか。「合成ダイヤモンド」元年といわれる2019年の今、一度、基本に戻ってお読み頂き、天然と合成の違いを考えるのも「をかしき」ことかと、しばしお付き合い願えれば幸いです。

 

1)sp3混成軌道と単位格子

ダイヤモンドの全性質がここに起因する基本である。炭素Cは6個の電子を持ち、周期律表の1段目K核に2個、2段目のL核に4個ある。順番に詰めると図1のa)に示すような軌道であるが、エネルギー的に安定なb)の sp3 混成軌道(Hybrid orbital)が形成され、c)のような形の軌道が形成される。この正四面体構造を取る sp3結合の形が「対称性」を決め、「物性」を決め、「転位」を決める。

図1.ダイヤモンドの電子軌道(左からa)、b)、c))
図1.ダイヤモンドの電子軌道(左から  a)、b)、c))

a)軌道に順番に電子を詰めた場合

b)sとpが混ぜられたsp3混成軌道

c)sp3混成軌道の形

 

図2にダイヤモンドの単位格子と(010) (110) (111) 面への投影図を示す。(面の定義は後述する。)単位格子の角(1〜8)はまたがる他の単位格子と共通の原子で1/8の寄与、白抜きの原子(A〜F)は角面の中心にあり、隣の単位格子と折半(1/2の寄与)しており、橙色の4原子(a~d)は全て格子内にあり、位置は格子定数の1/4入ったところである。つまり合計8個の炭素を単位格子に含む勘定である。ちなみに、Siは周期律表3段目のM核で、全く同様のsp3結合を構成しており、結晶構造も全く同じである。b)c)d)は、各々(010)、(110)、(111)面から見た投影図である。外に記載の数字、アルファベットは重なって裏にある原子を示している。

図2.ダイヤモンド単位格子と投影図
図2.ダイヤモンド単位格子と投影図(左から  a)、b)、c)、d))

a)単位格子

b)(010)面投影図

c) (110)面投影図

d)(111)面投影図

 

2)面指数と方向指数

後述の欠陥を記述するため、先に面指数の付け方を復習し、図3に示す。まずは面と軸の交点を出し、その逆数を取り、整数に直す事で面指数が求まる。マイナスの場合は、

メイ11バー0

のように上に線をつけて(イチ イチバー ゼロ)と読む。

印刷の都合で(1–10)と書く場合もある。なお、中央の図で、2つは等価面であり、右端の例では

メイ11バー0と1バー10

も等価面である。

図3. 面指数の付け方
図3. 面指数の付け方

 

続いて、方位の付け方を図4に示す。r = ha + kb +lc の3成分を [h k l ] 方向とする。付け方としては原点からの座標を出し、整数に直すだけである。なお、等価面をまとめて示すことも多く、例えば

111×4

をまとめて{111}と記載する。

方向も

[111]×4

をまとめて<111>と表示する。

図4.方向指数の付け方
図4.方向指数の付け方

 

模型が手元にあると、面や方位の勘違いや記載ミスがなくなるので、便利である。図5に示す結晶の模型はTALOUという会社が作っているモル・タロウ(http://www.talous–world.com/)のダイヤモンドセットで、透明、ブルー、ピンクの3種類あるので、是非作って1つ手元に置いて頂ければ、販売店のデコレーションにも、顧客との会話にもプラスになろうかと思います。
1–138–0571 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルブルー  CDC-1
1–138–0560 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルピンク   CDC-2
1–138–0561 モル・タロウ ダイヤモンドセットブリリアントクリア CDC-3
ちなみにwwwで簡単に購入可(https://www.kenis.co.jp/onlineshop/product/11380583)が安い。図5に示した模型は単位格子の角をピンクにして、わかりやすくした作成例である。ちなみに、ブルーはドーパントのつもりでいれた。図5の右下に映っている紙の模型も面方位の理解に役に立つ。簡単に作成できる。末尾付録図に展開図を入れたので、これをA3の厚紙か、和紙に拡大コピーして作成下さい。

図5.モルタロウで作成した結晶模型と付録図の展開図で作った面表示模型
図5.モルタロウで作成した結晶模型と付録図の展開図で作った面表示模型

 

3)ダイヤモンドの結晶欠陥

結晶中のsp3結合の図を図6のa)に示す。中央の炭素は2,3,4の番号をつけた炭素で支えられ、2,3,4の平面よりわずかに位置が高い。また直上に1番の炭素がある方向が[111]方向であり、この位置関係は等価の4種類あることがわかる。この中央と2,3,4が連なるとb)に示すように六角形にみえる疑似平面(中央炭素のみが少し高い)ができる。これを斜めから見たのがc)である。これが(111)面を切り出した面となる。

図6. sp3結合と(111)面の一層を切り出した図 (欠陥を考える基本となる)
図6. sp3結合と(111)面の一層を切り出した図 (欠陥を考える基本となる)(左から  a)、b)、c))

a)sp3結合

b)(111)面の一層の上から見た図

c)b)の斜め横から見た図

 

次に、二層目の疑似平面を通常の結晶の規則に従って結合させたのが図7である。b)はsp3におけるa)の茶色の炭素の位置を示す。c)は一層目と二層目のsp3の重なりを表し、左は正常、右は60°ねじれた場合を示す。通常ダイヤモンドは、六角形を交互ずらすように[111]方向に積層した構造である。

図7.(111)面の一層目の上に二層目が結合した図 と 正常な上下のsp3及びねじれた場合
図7.(111)面の一層目の上に二層目が結合した図 と 正常な上下のsp3及びねじれた場合(左から  a)、b)、c)(cは右の2つで1組))

a)二層目を結合させた図

b)茶色の炭素の位置

c)上下のsp3 左:正常な場合、右:ねじれた場合

 

これに対して、最も発生しやすい60°転位の例を図8に示す。六角形の上に60°ねじれて積層された状態で、下の六角形が透けて見える。このように欠陥は基本的に、結合一本のところがずれる事によって発生し、ずれ方向により欠陥の種類が決まる。すべりやすい面を単位格子で見ると図9に示す4つの(111)面となる。

図8.60°転位(60°回転した例)(所謂hexagonal積層)
図8.60°転位(60°回転した例)(所謂hexagonal積層)( 左・a)、右・b))

a)60°回転して一層目に二層目を結合させた図

b)a)を斜め横から見た図

 

図9. ダイヤモンド単位格子で見たすべりやすい4つの面 ({111}の4面)
図9. ダイヤモンド単位格子で見たすべりやすい4つの面 ({111}の4面)

 

4)転位の種類

転位を含む格子のループからバーガーズベクトル(b)というベクトルを定義し、それと転位ベクトル(tベクトル)の角度を求め、その角度を転位の呼称にしている。その例を表1に示す。

表1.バーガーズベクトルと転位ベクトルによって決まる転位の種類例

1−表1バーガーズベクトルと転位ベクで決まる転位の種類例RGB150-700

 

このように0°(らせん)、30°、45°、60°、54°、73°、90°(刃状)が知られている。欠陥ベクトルは、表にあるように<001>、<110>、<111>に加え、単位格子の半分の成分を持つ<112>が殆どである。まれに<113>, <114>なども存在するようである。実際の結晶で転位を同定するのは、X線トポグラフィを用いる。従来欠陥が多すぎて、写真が真っ黒になり判別不可能なケース、c軸方向に長いものなど、実際の同定はかなり困難である。合成ダイヤモンドの転位は、高温高圧(HPHT)と気相合成(CVD)でかなり異なるが、転位密度は天然より少ないようである。またこの辺に関しては、次回の稿で紹介する(CGL通信No.52へ)。◆

 

1−鹿田先生 RGB72

鹿田真一
1954 生
1978 京都大学工学部卒
1980 京都大学大学院工学研究科修士課程卒

職歴
住友電気工業
光通信用デバイス研究開発と事業
(GaAs IC, ダイヤモンドSAWデバイス)
産業技術総合研究所
ダイヤモンドの基盤技術とパワーデバイス研究
関西学院大学 理工学部
ダイヤモンド中心にワイドギャップ材料とデバイスの研究
現在:関西学院大学 理工学部 教授

 

1−付録図:結晶模型の展開図ヨコRGB150-700

<付録図.結晶模型の展開図>

ベトナムLuc Yen産ルビー&サファイアの宝石学的特徴

PDFファイルはこちらから2019年4月PDFNo.50

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

概要

ベトナム産ルビーはミャンマー産のものに匹敵する品質を持つものも存在しており、その産地鑑別は宝石学では重要な課題の1つとなっている。また、他の色のベトナム産サファイアについては、市場性は低く、そのため宝石学的特性もあまり知られていない。本研究ではベトナムLuc Yen産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)の宝石学的検査とLA–ICP–MS分析を行い、産地鑑別の可能性について検証を行った。ベトナムLuc Yen産コランダムは非玄武岩起源のコランダムに分類され、青色系はLA–ICP–MS分析によるGa vs. Vプロット、赤色系はFe vs. Vプロットが同じ非玄武岩起源のコランダムと区別する際の指標となることがわかった。

 

はじめに

ベトナムは地理的にアジアの宝石が豊富な国々に囲まれているにもかかわらず、1980年代まで商業的な宝石採掘は行われていなかった。1983年にハノイから北東へ150kmのYen Bai地方Luc Yenで地質学者がルビーとスピネルを発見した。これがきっかけとなり、系統的な調査が開始され、1987年にベトナムの地質調査所が同地区にルビー鉱床を発見した。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chawでも上質のルビーが発見され、話題となった(文献1)。しかし、発見当初はほんとうにベトナムからルビーが産出するのかと懐疑的な情報が世界を駆け巡った。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによる。当時ベトナムへ買い付けに行った国内の業者が持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がある。

このネガティブな印象を払拭したのは、1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されたことによる(文献2)。先に発見されていた場所はChay川東側のKhoan Thong–An phu地区であったが、新鉱山はChay川西側のTan Huong–Truc Lau地区である。旧鉱山では新原生代~カンブリア紀前期(およそ10億年~5億年前)の大理石を含む変成岩からルビー、ピンクサファイア、ブルーサファイアなどを産出したが、新鉱山では古原生代~中原生代(およそ25億年~10億年前)の片麻岩および片岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出した(文献3)。日本の宝石市場ではベトナム産スタールビーとして、Tan Huong–Truc Lau地区産のパープル系のやや半透明のものが良く知られている。
ベトナム産ルビーは、品質の良いものはミャンマー産のものに匹敵しており、その産地鑑別が重要な課題である。また、他の色のベトナム産サファイアは市場性が低く、その宝石学的特性もあまり知られていない。本報告ではこれらのベトナムLuc Yen産のルビー、サファイアについて検査した特徴を報告する。

 

試料と分析方法

ベトナム産コランダム51点(0.16 〜 1.70 ct)を調査に用いた。これらは2016年〜2017年にかけて Luc Yen の宝石マーケットで購入されたもので、購入時の申告では Luc Yen、 An Phu、 Chau Binh とされたが、すべて Khoan Thong–An phu 地区のもので、本報告では広義で Luc Yen 産として記述する。
色は青色系と赤色系があり、便宜上ブルー9点、ブルー+バイオレット10点、バイオレット6点、バイオレット+パープル5点、ピンク14点、ルビー7点の6種類のカテゴリーに分けた。(図1)。詳細は下表の通りである(表1)。なお、サンプルは加熱・非加熱のものが混在している。

ブルー(9点、0.28〜0.97ct)
ブルー(9点、0.28〜0.97 ct)

 

ブルー+バイオレット(10点、0.16〜0.97ct)
ブルー+バイオレット(10点、0.16〜0.97 ct)

 

バイオレット(6点、0.27〜1.62ct)
バイオレット(6点、0.27〜1.62 ct)

 

バイオレット+パープル(5点、0.28〜0.97 ct)
バイオレット+パープル(5点、0.28〜0.97 ct)

 

ピンク(14点、0.23〜1.70 ct)
ピンク(14点、0.23〜1.70 ct)

 

ルビー(7点、0.25〜0.62 ct)
ルビー(7点、0.25〜0.62 ct)

図1.本研究で用いたサンプル 51点 ↑

 

表1.本研究に用いたベトナムLuc Yen産サンプルの内訳  ↓

表1RGB127-700

 

 

外部特徴および包有物の観察にはMotic製双眼実体顕微鏡GM168を用いた。鉱物の同定には、Renishaw社製in Via Raman Microscope を用いて、514nmレーザーで分析を行なった。紫外 – 可視分光分析には日本分光製V650を用い、分析範囲は220 nm~860 nm、バンド幅2.0 nm、分解能0.5 nm、スキャンスピード400 nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析(FTIR)には日本分光製FTIR4100を用いて分析範囲は5000〜1500cm−1、分解能は4.0 cm−1、積算回数はauto (64〜 512回)で行った。LA–ICP–MS分析にはLA(レーザーアブレーション)装置としてNew Wave Research UP–213を、ICP–MSとしてAgilent 7500aを使用した。LAは波長213 nm、パルス周波数20 Hz、スポット径30 μm、アブレーション時間25秒、レーザーパワーは10.0 J/cm2で使用した。ICP–MSについては、RFパワー1200W、プラズマガス流量14.93 l/min、補助ガス流量0.89 l/min、キャリアガス流量1.44 l/minで行い、SiO2トーチ、Niスキマーコーン、Niサンプリングコーンを使用した。測定対象元素は24Mg、27Al、47Ti、51V、53Cr、57Fe、69Gaである。標準試料としてNIST612を用い、内標準として27Alとし、各サンプルにつき4点ずつ分析を行った。

 

結果と考察

◆内部特徴

拡大観察の結果、ブルー系サファイアからは、成長構造に沿った色帯が観察されたが(図2)、ミャンマー産のブルーサファイアに頻繁に観察されるような双晶面は観察されなかった。

図2.An Phu 地区産非加熱ブルーサファイア (0.56 ct)で観察された成長構造に沿った色帯
図2.An Phu 地区産非加熱ブルーサファイア (0.56 ct)で観察された成長構造に沿った色帯

 

また、Chau Binh地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイアで緑色柱状の結晶インクルージョンが観察されたが(図3)、結晶深くに存在していた為、顕微ラマン分光法において同定を行うことはできなかった。

図3.Chau Binh 地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイア (0.97 ct) で観察された結晶インクルージョン
図3.Chau Binh 地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイア (0.97 ct) で観察された結晶インクルージョン

 

また、Luc Yen地区産ピンクサファイアからアパタイトインクルージョン(図4、図5)、ルビーからは角閃石の柱状結晶が観察された(図6)。

図4.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.61 ct) 中のアパタイトインクルージョン
図4.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.61 ct) 中のアパタイトインクルージョン

 

図5.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.56 ct) 中のアパタイトインクルージョン
図5.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.56 ct) 中のアパタイトインクルージョン

 

図6.Luc Yen 地区産ルビー(0.28 ct) 角閃石の柱状結晶
図6.Luc Yen 地区産ルビー(0.28 ct) 角閃石の柱状結晶

 

これらの鉱物種は顕微ラマン分光法で同定を行なった。また、一部のピンクサファイアからはミャンマー産のルビーにも見られるような糖蜜状組織が観察された(図7)。

図7.Luc Yen 地区ピンクサファイア (0.61 ct) 中の糖蜜状組織
図7.Luc Yen 地区ピンクサファイア (0.61 ct) 中の糖蜜状組織

 

◆紫外―可視分光スペクトル

ブルー系非加熱サファイアの例として、Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外―可視分光のスペクトルを図8に示す。

図8.Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外―可視分光スペクトル。 Fe3+(338 nm)、Fe3++ Fe3+ (377、388、480 nm)に関する吸収、Fe2++Ti4+によるブロードな吸収が580 nmに見られる。
図8.Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外 ― 可視分光スペクトル。
Fe3+(338 nm)、Fe3++ Fe3+ (377、388、480 nm)に関する吸収、Fe2++Ti4+によるブロードな吸収が580 nmに見られる。

 

338 nmにFe3+、377 nm、388 nm、450 nmにFe3+–Fe3+のペア、そして580 nmにFe2+–Ti4+の電荷移動によるブロードな吸収が観察された。これは典型的な非加熱ブルーサファイアのスペクトルであり、このブルーサファイアはFe2+–Ti4+の電荷移動に起因した青色を呈していることがわかる。

また、天然非加熱ピンク、ルビーの紫外―可視分光スペクトルにおいてはピンク、ルビーの赤の原因となるCr3+の吸収(410、558、693 nm)の吸収が確認された(図9)が、Feに起因するピーク類(338、377、388 nm)は観察されなかった。これは、ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、ルビーは玄武岩起源のコランダムではなく、Feの含有量が低いためと考えられる。

図9.An Phu地区産0.62ct天然非加熱ルビーの紫外―可視分光スペクトル。Cr3+による410 nm、558 nmのブロードな吸収、693 nmに吸収ピークが見られ、Fe3+に起因する338、377、388 nmのようなピークは見られない。
図9.An Phu地区産 0.62ct 天然非加熱ルビーの紫外―可視分光スペクトル。Cr3+による410 nm、558 nmのブロードな吸収、693 nmに吸収ピークが見られ、Fe3+に起因する338、377、388 nmのようなピークは見られない。

 

◆FT−IRスペクトル

FTIRによる分析結果では、すべてのサンプルに共通して見られる特徴はなく、加熱されたサンプルには加熱の特徴を示唆するOHピークである3309 cm−1シリーズ(3309 cm−1を主として3365、3295、3232、3186 cm−1)が見られた(図10)。他、非加熱サンプル数点からベーマイトのピーク(1985、2106、3089 cm−1)が見られるものもあったが、産地の特徴を示すようなピーク類は見られなかった。また、本研究で用いたサンプルにはミャンマーのMong Hsu産非加熱ルビーに一般的なダイアスポアの吸収(2040、2140、2900、3020 cm−1)は見られなかった。

図10−1. ベトナム、An Phu地区産非加熱ブルーサファイア(0.56 ct)のFTIRスペクトル(上)とLuc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(右)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。
図10−1. ベトナム、An Phu地区産非加熱ブルーサファイア(0.56 ct)のFTIRスペクトル(上)と

 

図10−2. Luc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(下)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。
図10−2. Luc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(下)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。

 

◆LA–ICP–MS

コランダム中に含まれる主要な微量元素Mg、Ti、V、Cr、Fe、GaについてLA–ICP–MS分析を行った。サンプルには色むらが存在したが、測定箇所は無作為に選び、各石につき4点ずつ分析を行った。Ga/Mg比はマグマ起源、変成岩起源のブルーサファイアを分別する信頼のおける手法として使われている(文献4)。Peucat et al. (2007)(文献)を元にCGLで収集したデータを元に作成した図にプロットをした結果を図11に示す。本研究で用いたサンプルにおけるGa/Mg比は色、鉱区(Luc Yen、An Phu、Chau Binh)関係なく0.03–3.32であり、10以下であることから変成岩起源であることを示唆する。

図11. Peucat et al.2017(文献4)を元に作成したグラフに本研究で用いたコランダムをプロットしたグラフ
図11. Peucat et al.2017(文献4)を元に作成したグラフに本研究で用いたコランダムをプロットしたグラフ

 

表2には本研究で用いたベトナム Luc Yen 産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaのサンプルの最小~最大値(ppma)と、対比用に変成岩起源のミャンマー、スリランカ、マダガスカル産ブルーサファイアの同データ(CGL所有データベースより)を記載した。本研究で用いたベトナム産サファイアは色むらが多く、色に関連する主要元素(Mg、Ti、Cr、Fe)に関しては同一サンプル内でも濃度のばらつきが多いという特徴がある。V、Gaはサンプル内でのばらつきは少なく、ほぼ一定している傾向にあった。Gaを横軸、Vを縦軸とし、プロットを行った図を図12に示す。

 

表2 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのLA–ICP–MS分析データ

表2-RGB97-700

 

図12 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのGa vs. Vプロット
図12 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのGa vs. Vプロット

 

ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアは他の変成岩起源のサファイア(ミャンマー、スリランカ、マダガスカル)産と比較し、Vが多い傾向にある。Ga vs. Vプロットにおいて、ベトナムLuc Yen産とスリランカ産はオーバーラップする部分が多いがミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアとは非常に良く乖離しており、産地の比較には有効であることがわかる。
またブルー系サファイア同様、表3にはベトナム Luc Yen 産ピンクサファイア、ルビーについてMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaの最小、最大値について表にまとめた。また、変成岩起源のミャンマー、モザンビーク、マダガスカル産のルビーとの対比を行った(CGL所有データベースより)。ピンクサファイア、ルビーについても、色むらの影響でCrの濃度が同一サンプル内でばらつきが多いという傾向にある。

 

表3 ベトナムLuc Yen産、他非玄武岩起源のピンクサファイア、ルビーLA–ICP–MS分析データ

表3-RGB97-700

 

表3に挙げたサンプルを用いて、Fe vs. Vプロットを行った(図13)。ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、およびルビーのV濃度については非常に高濃度(>>100 ppma)のものがわずかに存在するが、殆どのものが5 ppma 〜 70 ppmaの範囲に収まっている。ミャンマー産のルビーのV濃度は大多数が70 ppma以上であり、モザンビーク産のルビーのV濃度が5 ppma未満であることを考えると、V濃度はミャンマー、モザンビーク産とベトナムLuc Yen産のルビー、ピンクサファイアを分別するには非常によい指標になると考えられる。また、Fe濃度を比較するとベトナムLuc Yen産のものは殆どが100 ppma以下であるのに対し、モザンビーク、マダガスカルのサンプルは100 ppma以上であることからFe濃度もまた、産地鑑別の指標として役立つことが判明した。

図13 ベトナムLuc Yen産ルビー、ピンクサファイアのFe vs. Vプロット
図13 ベトナムLuc Yen産ルビー、ピンクサファイアのFe vs. Vプロット

 

まとめ

ベトナム Luc Yen 産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)について一般的な宝石学検査に加え、紫外―可視分光、赤外分光、LA–ICP–MSによる微量元素分析を行い、他産地との比較を行った。紫外―可視分光、赤外分光分析の結果では、際立った特徴は見いだせなかったが、LA–ICP–MS分析の結果、Ga/Mg比が0.03〜3.32と10未満であり、非玄武岩起源のコランダムであることがわかった。また、ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアでは他の非玄武岩起源のスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアと比較するとVに富む傾向が見られ、Ga vs. Vプロットを行うとベトナムLuc Yen産サファイアはスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産と若干オーバーラップする部分が含まれるが、産地鑑別の一助となることが判明した。また、ピンクサファイア、ルビーにおいては同じ非玄武岩起源のミャンマー産ルビーと比較すると、Vが少なく、モザンビーク、マダガスカルと比較した結果Feが少ないという傾向にあり、Fe vs. Vプロットを行うことで、よい乖離を示すことが分かった。◆

 

文献

1) Kane R.E., McClure S.F., Kammerling R.C., Khoa N.D., Mora C., Repetto S., Khai N.D.,
Koivula J.I. (1981) Rubies and fancy sapphires from Vietnam. Gems & Gemology, vol.27,
No.3, pp136–155
2) Long P.V., Pardieu V., Giuliani G. (2013) Update on gemstone mining in Luc Yen,
Vietnam. Gems & Gemology, vol.49, No.4, pp233–245
3)  Nguyen N.K., Sutthirat C., Duong A., Nguyen V.N., Ngyen T.M.T., Nguy T.N. (2011) Ruby
and sapphire from the Tan Huong–Truc Lau area, Yen Bai province, northern Vietnam.
Gems & Gemology, vol.47, No.3, pp182–195
4) Peucat J.J, Ruffault P., Fritsch E., Bouhnik–Le Coz M., Simonet C., Lasnier B. (2007)
Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic
blue sapphires. Lithos, vol. 98, pp. 261–274

 

謝辞

浦 大樹氏、石野田 奈津代氏には今回研究に使用した試料の提供を受けました。ここに記して謝意を表します。

合成ダイヤモンド:知っておきたい基礎知識から最新情報まで

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年3月PDFNo.49

リサーチ室 北脇 裕士

合成ダイヤモンドとは・・・

天然ダイヤモンドは、地球の深部において何億年という歳月にわたる地質学的プロセスを経て生まれた結晶です。その美しさと希少性から宝石として長く人々に愛されてきました。
いっぽう、合成ダイヤモンドは天然ではなく、人の手によって研究室や製造所で作られた結晶です(図1)。

図1:CVD合成ダイヤモンド(5.02 ct, F, VS1相当)
図1:CVD合成ダイヤモンド(5.02 ct, F, VS1相当)

 

合成ダイヤモンドは、化学成分や結晶構造は天然ダイヤモンドと基本的に同じで、光学的・物理的特性も同一です。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも炭素だけでできており、熱伝導性はきわめて高く、屈折率は2.417、ファイアの源となる分散度は0.044でこれらの特性値すべてが同じです。
類似石の代表であるキュービックジルコニアは、化学組成がZrO2です。熱伝導性は低く、屈折率は2.16、分散度は0.060でダイヤモンドとは異なります。また、モアッサナイトは、化学組成がSiCで、熱伝導性は高いけれどもその他の諸特性はダイヤモンドと完全に異なります(図2)。

図2:ダイヤモンドと類似石の比較
図2:ダイヤモンドと類似石の比較

 

しかし、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドには違いもあります。天然ダイヤモンドは地下の高温高圧下で何億年という長い年月をかけて成長し、地表に到達するまでに複雑な環境の変化をこうむります。いっぽう、合成ダイヤモンドは人工的な閉鎖された一様な環境下で、通常数日から数週間という短い時間で育成されます。その生い立ちの違いが結晶の中にさまざまな不均一性として刻み込まれ、それを手がかりに両者の識別が可能となります。

 ■ ポイント:合成ダイヤモンドは、化学成分や結晶構造は天然ダイヤモンドと同じですが、生い立ちが違うため鑑別は可能です。

 

合成ダイヤモンドの用語および表記

国際的には

合成ダイヤモンドの用語使用について、2018年1月22日付で国際的なガイドラインが示されています。
‘Diamond Terminology Guideline,’
世界の主要なダイヤモンド産業の9組織(AWDC,CIBJO,DPA,GJPC,IDI,IDMA,USJC,WDC,WFDB)は、合成ダイヤモンドの接頭語については、“synthetic”, “laboratory–grown”, “laboratory–created” のみを使用するものとし、“lab–grown” や “lab–created” などの略語を用いてはならないとしています。何も接頭語がなく単に “diamond” と表記されている場合は、天然ダイヤモンドを意味すると言及しています。

 

日本では

日本国内では、一般社団法人日本ジュエリー協会(JJA)と一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)の両団体が1994年に制定した「宝石もしくは装飾用に供される物質の定義および命名法」において、人工生産物の呼称を、「合成石」、「人造石」、「模造石」に分類しています。
http://www.agl.jp/publics/index/10/
これによると、同種の天然石が存在する人工生産物は「合成石」であり、人工的に製造されたダイヤモンドは合成ダイヤモンドと呼称します。また、天然に対応物が存在しない人工結晶は「人造石」であり、キュービックジルコニアは人造キュービックジルコニアと呼ばれます。

 ■ ポイント:人工的に製造されたダイヤモンドは、合成ダイヤモンドと呼びます。英語ではSynthetic diamondと表記します。

 

合成ダイヤモンドの用途

ダイヤモンドは炭素原子が強固に結びついた典型的な共有結合物質であり、物質中最高の硬さと熱伝導性を有します。また、化学的安定性、透光性などの特性にも優れています。この卓越した特性から、ダイヤモンドはさまざまな工業用途に用いられています。超精密加工用バイト、線引きダイス、ドレッサー、医療用ナイフなどの加工工具や耐摩工具のほか、ヒートシンク、ボンディングツール、各種窓材や超高圧アンビルなど、工業や科学の広範な分野で利用されています(図3)。高品質なダイヤモンドは、工業や科学技術の発展に寄与する重要な素材であり、技術の多様化、高度化に伴い、その重要性は今後もさらに増すものと考えられています。
しかし、天然ダイヤモンドは、大型で良質の結晶は極めて稀産であり、品質における個体差が大きいため、これらの工業用途には不向きな側面があります。これ対し、合成ダイヤモンドは、合成される環境、成長条件を制御できるため、安定的に必要とされる結晶を量産することが可能です。このため、産業用には合成ダイヤモンドが広く利用されています。

図3:ダイヤモンド工具:ボンディングツール(左)とアンビル用(右)(住友電工総合カタログより)
図3:ダイヤモンド工具:ボンディングツール(左)とアンビル用(右)(住友電工総合カタログより)

 

合成方法

現在、商業的にダイヤモンドを合成する方法は、HPHT法(自発核発生法並びに温度差法)、CVD法、衝撃圧縮法および直接転換法があります。これらの方法の中で、宝石品質の単結晶が合成できる方法は、HPHT法(温度差法)とCVD法の2種類です。

HPHT合成

HPHT法は、High Pressure High Temperatureの略で、地球深部で天然ダイヤモンドができる高温高圧の環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度(1500℃程度)と高い圧力(5–6GPa)を与えて、原料となる炭素物質(グラファイトやダイヤモンド微粒)をダイヤモンドの結晶へと成長させます。炭素物質は水には溶けないため、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、ダイヤモンドを結晶化させます(図4)。種結晶を用いずに合成すると、自発核発生した小粒の単結晶が短時間で成長します。最大のサイズでも1 mm以下であり、結晶内部に多くの不純物(溶媒金属等)を含み、宝飾用には適しません。これらの微小単結晶は、ダイヤモンド砥粒と呼ばれ、研削砥石の素材として工業用に多量に製造されています。

図4:HPHT法の概略図
図4:HPHT法の概略図

 

宝石品質のダイヤモンドを合成するためには温度差法を用います。この方法は、合成セル(容器)全体をダイヤモンドが安定な超高圧まで加圧し、次に温度を上げて溶媒金属を融解させ、高い温度に保持した炭素源から溶媒金属中に炭素を溶解させ、温度の低い種結晶上にダイヤモンドを成長させるというものです(再び図4)。無色透明の単結晶を合成するには、黄色の着色原因となる窒素を除去する必要があり、溶媒中で窒素との化合物を作るチタン(Ti) あるいはアルミニウム(Al)などを添加する方法が一般的に用いられています(CGL通信18, 19, 20参照)。

注)HPHT処理は、おもに天然のダイヤモンドの色を改善するために高圧下で行う高温の熱処理のことです。HPHT合成とHPHT処理を混同しないよう注意してください。

CVD合成

CVD法は、Chemical Vapor Depositionの略です。化学気相成長法または化学蒸着法と呼ばれるものです。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます(図5)。CVD法には、熱フィラメント法、マイクロ波プラズマ法、燃焼法などがありますが、宝飾用単結晶の育成にはマイクロ波プラズマ法が一般的です。
原料ガスを大量の水素(メタンのおよそ100倍)と混合して用います。この混合ガスを大気圧以下の圧力(0.1~1気圧程度)で反応容器に満たし、プラズマで分解して活性化させます。基板上の温度は800~1200℃程度に保ち、基板表面に炭素原子を結晶化させていきます。プラズマによって反応性が高まった水素(原子状水素)が、結晶化したダイヤモンド表面の炭素原子と化学結合し、ダイヤモンド表面のグラファイト化を防ぎます。さらに原子状水素には析出したグラファイトを選択的にエッチングする作用があり、これにより準安定な低圧下(ダイヤモンドではなく、グラファイトが安定な環境)で継続的にダイヤモンドが形成されます(再び図5)。

図5:CVD法の概略図
図5:CVD法の概略図

 

合成ダイヤモンドの歴史

ダイヤモンド合成の歴史は科学技術の進歩と密接な関連をもっています。合成への第一歩は、18世紀末にダイヤモンドが炭素原子でできていることが証明された時点に遡ります。この発見は、著名な科学者から町の発明家に至るまで多くの人々をダイヤモンド合成の道に駆り立てました。これは挑戦の時代といえます。大きな飛躍は1950年代で、ダイヤモンドの性質に関しての系統的な研究が開始され、同時に高圧を発生させる装置が開発され、人類初めてのダイヤモンド合成に成功しました。HPHT法は実用的な合成法として発展し、現在では高純度の大型単結晶が得られるまでになっています。1980年代になって1気圧あるいはそれ以下の圧力下でCVD法による実用的な合成法が確立し、様々な分野で利用され始めています。

挑戦の時代

1880年頃、英国のハネーの実験。キンバーライト中にダイヤモンドが発見されたことをヒントにダイヤモンドの合成には高温高圧が必要と考えた。パラフィン類、骨油、リチウムの混合物を鉄管に封じ込め、赤熱するという方法。
1890年頃、フランスのモアッサンの実験。隕石中にダイヤモンドが発見されたことをヒントに高温の鉄に炭素を溶解させ、これを急冷して高圧を発生させる方法を考案。
ハネーとモアッサンの実験はともに当時は成功が信じられたが、その後の追認実験での成功例はない。

HPHT法の発展

1955年頃、米国のジェネラル・エレクトリック社がプレスを使ったHPHT法を発明。初めて人工合成に成功した例とされる。ほぼ同時期にスウェーデンのASEA社でも成功。
1962年頃、東芝の中央研究所で国内初のダイヤモンド合成に成功する。
1985年頃、住友電工により、工業用に単結晶ダイヤモンドが商品化される。
1994年頃、 Ⅱ型の高品質合成ダイヤモンドの商品化に成功。
2004年頃、超電導ダイヤモンドの高圧合成に成功。

CVD法の発展

1952年、米国に本拠を置くユニオン・カーバイド社の研究者が、炭素を含む気体から低圧でダイヤモンドが形成することを実証。
1978年頃、旧ソ連において水素原子によるグラファイトの選択的除去がダイヤモンドの成長に有効であることが示された。
1981–83年、日本の無機材質研究所で熱フィラメン卜法やマイクロ波を利用したプラズマCVD法が開発された。その後、さらにプラズマジェット法などが開発された。これらの一連の研究がその後のCVD合成のブレイクスルーとなった。
1993年頃、電子デバイス用CVD合成ダイヤモンドの製品化。
1997年頃、CVD合成ダイヤモンド光学部品の発売。
2004年頃、CVD法による超伝導体の合成。
2008年頃、CVD法を用いた2000℃ でのアニーリングプロセスの開発。これにより、高速度成長させた単結晶の色が改良できることになる。

宝飾用合成ダイヤモンド

1970年頃、カラット・サイズの宝石品質のHPHT法による合成ダイヤモンドが製造される。しかし、コスト面では天然とは競合できない水準であった。
1993年、米国のCHATHAM社が宝飾用合成ダイヤモンドを販売する旨の声明を発表する。
1995年、国内の鑑別機関に初めて HPHT 法による合成ダイヤモンドがグレーディング依頼で持ち込まれる。
2003年、米国のApollo Diamond社が宝飾用として初めてCVD合成ダイヤモンドの販売を表明。
2005年、Newsweek誌に宝飾用CVD合成ダイヤモンドが紹介され話題となる。
2006年、米国のApollo Diamond社が宝飾用として初めてCVD合成ダイヤモンドの販売を開始する。
2008年、国内の鑑別機関にCVD法による合成ダイヤモンドが持ち込まれ始める。
2010年、米国のGEMESIS社が宝飾用にCVD合成ダイヤモンドの販売を開始する。
2015年、無色のメレサイズ合成ダイヤモンドがジュエリーに混入。
2018年、デ・ビアスが宝飾用合成ダイヤモンドの販売を開始する。

 

なぜ、今宝飾用合成ダイヤモンドなのか

宝飾用合成ダイヤモンドは、1990年代半ば頃からHPHT法、2000年代半ば頃からCVD法によるものが流通を始めています。しかし、これらは微々たる量で、国内の宝石店で販売されることはありませんでした。
近年では工業利用されてきた合成ダイヤモンドの需給バランスの変動や単結晶育成技術の革新的進歩により、宝飾用合成ダイヤモンドが量産されるようになりました。
中国では、2000年以降、HPHT法による工業用合成ダイヤモンドの製造が飛躍的な躍進を遂げ、世界における合成ダイヤモンドのシェアの大半を占めるようになりました。2015年には生産量が150億ct(3000t)に達しています。2014–5年くらいから、中国では景気後退の影響を受け、工業用のダイヤモンドの需要が減退したことから、一部を宝飾用にシフトする動きが生じ、特に小粒のメレダイヤモンド用の原石が大量に生産されました(図6)。その後、次第にサイズが大型化し、現在では0.2–0.5ctのカット石が生産の主流となり、1ct以上のものも製造可能となっています(CGL通信No.35参照)。

図6:中国大手製造会社の宝飾用合成ダイヤモンド原石 (総計:41,643ct)
図6:中国大手製造会社の宝飾用合成ダイヤモンド原石(総計:41,643ct)

いっぽうでCVD合成ダイヤモンドは、ここ数年で半導体デバイス、量子コンピュータなどへの応用研究が各国で盛んに行われ、単結晶の育成技術が飛躍的に進展しました。一部の企業では設備投資の回収のため、宝飾用合成ダイヤモンドの販売が始められたようです。その後、複数の企業が宝飾用CVD合成ダイヤモンドを生産するようになり、「環境に優しい、紛争がない」をキーワードにプロモートするところが現れました。

 

宝飾用合成ダイヤモンドの生産量

宝飾用合成ダイヤモンドの生産量についての公式な発表はありません。しかし、2017年の1年間でHPHT合成ダイヤモンドは130–300万ct、CVD法合成ダイヤモンドは100–120万ct生産されていると推定されており、天然ダイヤモンドの生産量の2–3%程度と見積もられています。2018年はHPHT合成とCVD合成をあわせると、おそらく500–700万ct は生産されており、天然の3–5% になると見積もられています(図7)。今後の予想についてはさまざまな見方がありますが、City Bankによる予測では2030年には天然の生産量のおよそ10%になるとされています。The Global Diamond Report 2018によると、消費者が合成ダイヤモンドを天然ダイヤモンドと交換可能なものと認識すると、2030年には天然ダイヤモンドの売り上げに25–30%減の影響を与えると予測しています。しかし、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドがまったく別物と理解すると、天然ダイヤモンドの売り上げには0–5%減程度の影響しかないと予測しています。

図7:宝飾用合成ダイヤモンドの生産国と生産量(推定)
図7:宝飾用合成ダイヤモンドの生産国と生産量(推定)

 

宝飾用合成ダイヤモンドの生産者

宝飾用のHPHT合成ダイヤモンドは、1990年代からロシアで生産され、その技術が米国やインドにも広がっていきました。現在はロシアのサンクトペテルブルグにあるNew Diamond Technology社が無色では最大15ct、ブルーでも10ctまでの高品質のダイヤモンドを製造しています(図8)。

図8:ロシアNDT製HPHT合成ダイヤモンド(中央2.06 ct)
図8:ロシアNDT製HPHT合成ダイヤモンド(中央2.06 ct)

 

中国河南省の鄭州は、HPHT合成の世界の中心地です。中南鉆石股份有限公司、河南黄河旋風股份有限公司、鄭州華晶金剛石股份有限公司は、中国における合成ダイヤモンド業界の「3大巨頭」と称されています。これら3社を合わせると高圧合成装置(キュービック型マルチ・アンビル装置)は8,000台以上あるといわれ、世界の工業用合成ダイヤモンドの需要をまかなっています(図9)。これらの装置を使って、需要に応じて大量の宝飾用合成ダイヤモンドを生産しています。

図9:中国大手製造会社の高圧合成装置
図9:中国大手製造会社の高圧合成装置

 

宝飾用のCVD合成ダイヤモンドは、2003年にApollo Diamond社がはじめて販売を公表しましたが、量産されるようになったのは2008年以降です。2011年に同社はSCIO Diamond Technology社に買収されています。2005年にはシンガポールにⅡa Technologies社が設立され、インドの資本と技術で200台以上の装置が設置されています。米国のWD Lab Grown Diamonds社は2008年に設立されており、ワシントンのカーネギー研究所の技術を踏襲しています。同社は2018年5月に9.04ctのカット石を製造したと発表しています。Diamond Foundry社は2012年にサンフランシスコに設立されました。IT関連の企業を中心に基金をあつめ、ハリウッドスターを広告塔としてメディアに露出しています。
2011–12年頃からインドのスーラットで宝飾用CVD合成ダイヤモンドの製造が始まりました。New Diamond Era社、Diamond Nation社などの大手の他、Diamond Elements社、Unique Lab Grown Diamond社など中小が10社以上あり、装置は総計で少なくとも400台以上あるようです。無色の他、ピンク、ブルーなどが生産されており、中には5ctを超える高品質のものもあります(図10)。

図10:インド製CVD合成ダイヤモンド(2–4 ct)
図10:インド製CVD合成ダイヤモンド(2–4 ct)

 

中国でも宝飾用CVD合成ダイヤモンドが製造されています。寧波のNingbo Crysdiam Industrial Technology 社と上海のZS Technology社はそれぞれ数十台規模の設備を擁し、1ct以上の高品質のダイヤモンドを生産しています。2018年9月以降、デ・ビアスグループのElement Six社が製造したCVD合成ダイヤモンドがLightboxのブランド名で販売が開始され、大きな話題を呼んでいます。

 

デ・ビアスの宝飾用合成ダイヤモンド

2018年5月29日、世界の宝飾業界に激震が走りました。これまで天然ダイヤモンドの盟主として認められてきたデ・ビアスが、宝飾用の合成ダイヤモンドを発売するとプレスリリースしました。新会社Lightbox Jewelryを立ち上げ、無色、ピンクおよびブルーのCVD合成ダイヤモンドを同年9月より米国本土で電子決済のネット販売を開始するというものでした(図11)。

図11:CGLで研究用に入手したLightbox製品
図11:CGLで研究用に入手したLightbox製品

 

コンセプトはForeverでなくても手ごろなファッションジュエリーとして、天然ダイヤモンドと競合しない新たな商材とすることです。価格設定も非常に低価格でシンプルなものとし、先行している宝飾用合成ダイヤモンドの販売戦略に一定の歯止めをかけるためともいわれています。Lightboxは、ルース販売はされず、すべてシルバーやK10でペンダントやイヤリングにセットされています。テーブル面直下(表面ではなく、わずかに内部)には特殊なレーザー技術によるロゴマークが刻印されています(図12)。Lightboxの製品には4Cのグレーディングはなされません。

図12:Lightboxのロゴ(テーブル面直下)
図12:Lightboxのロゴ(テーブル面直下)

 

CGLに持ち込まれた合成ダイヤモンド

CGLに合成ダイヤモンドがグレーディング依頼で持ち込まれたのは1990年代半ばに遡ります。初めて非開示で持ち込まれたものはHPHT法による0.159ctの淡黄色でした。それ以降、しばしばHPHT合成ダイヤモンドを検査しましたが、数量としては限定的でした。
無色のCVD合成ダイヤモンドが非開示で検査に持ち込まれたのは2008年が最初で、0.2ct–0.4ct のG–Hカラー相当でした。2010年にはピンク色のCVD合成が検査に持ち込まれています(CGL通信No.10参照)。2012年の12月に初めて1ct upのCVD合成ダイヤモンドが持ち込まれました(CGL通信No.12参照)。それ以降サイズの大きなCVD合成ダイヤモンドが継続して持ち込まれるようになり、2018年の半ばくらいから買い取り業者と思われる依頼者が急増しています。
中国製と思われるメレサイズのHPHT合成ダイヤモンドがジュエリーに混入し始めたのは2015年の9月半ばからです(CGL通信No.30参照)。それ以降増加し続け、2017年の5–6月をピークに減少しています。中国製のHPHT合成もサイズアップしてきており、2018年の春頃には0.5ct 程度であったものが、同年秋頃には1ct upのものが持ち込まれています(CGL通信No44参照)。

 

合成ダイヤモンドの鑑別

HPHT合成ダイヤモンドもCVD合成ダイヤモンドも原石の状態であればすぐに識別することができます。それは結晶原石の形態が天然とは異なるからです。
天然ダイヤモンドの結晶は八面体(上下にピラミッドがくっついた形)が基本形です。実際にはやや丸みがあったり、表面が溶解していたりします。HPHT合成法では種結晶を用いて金属溶媒中で成長させるため、六–八面体を主体とした集形となります(図13)。この形状は天然では極めて稀となります。

図13:HPHT合成原石(5.62 ct)
図13:HPHT合成原石(5.62 ct)

 

また、CVD合成法では種結晶の上に炭素原子を沈積させて一方向に層成長させるため、特徴的な板状の形態となります(図14)。
しかし、これらが宝飾用にカット・研磨された後では結晶の形態からは天然と識別ができなくなってしまいます。見た目では判らないため、鑑別の技術が重要となります。

図14:CVD合成原石(7.32 ct)
図14:CVD合成原石(7.32 ct)

 

スクリーニング(粗選別)

ダイヤモンドの鑑別にはスクリーニング(粗選別)が重要となります。粗選別とは100%天然といえるダイヤモンドと更なる詳細検査が必要なものとを分別することです。そのためにある際立った特性に着目した限られた技術を用いています。そのため粗選別=鑑別ではありません。厳密には粗選別≠鑑別です。

 

ダイヤモンドのタイプ

合成ダイヤモンドを選別するため多くの機器が開発されています。これらはダイヤモンドのタイプ分類を基本原理とした粗選別装置です。良く知られているように、ダイヤモンドは窒素(N)を不純物として含有するⅠ型と含まないⅡ型に分類されます。そして、天然のダイヤモンドのほとんど(98%以上)はⅠ型に分類され、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型に分類されます(図15)。そのためダイヤモンドのタイプ分類がダイヤモンドの鑑別の重要な第一ステップとなります。

図15:無色ダイヤモンドのタイプ別比率
図15:無色ダイヤモンドのタイプ別比率

 

窒素を含有するⅠ型は窒素の存在の仕方によって、Ⅰa型とⅠb型に細分されます。前者は窒素が凝集した形態で、後者は孤立した単原子の状態です。さらにⅠa型は窒素の凝集の程度によりⅠaA型と ⅠaB型に細分されます。ダイヤモンド中の窒素が凝集していくためには適度な高温と地質学的な時間が必要です(図16)。人為的に窒素を凝集させるためには超高圧と高温が必要で、高圧装置への負荷が大きいため商業的には行われていません。そのため、高度に窒素が凝集したⅠ型のダイヤモンドは天然と考えることができます。

 ■ ポイント:無色の天然ダイヤモンドはほとんどがⅠ型で、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型です。天然・合成の粗選別にはタイプ分類が重要です。

図16:ダイヤモンド中の窒素の凝集過程
図16:ダイヤモンド中の窒素の凝集過程

 

CGL Diamond Kensa

CGL Diamond Kensaは、CGL(中央宝石研究所)が開発したコンパクトなダイヤモンドの粗選別装置です(図17)。

図17:CGL Diamond Kensa
図17:CGL Diamond Kensa

 

ラウンドブリリアントカットされた無色系ダイヤモンドを対象としており、合成ダイヤモンドやHPHT処理の詳細検査が必要なⅡ型を簡単に短時間で粗選別することができます。
CGL Diamond Kensaは、紫外線の透過性を検知してダイヤモンドを粗選別します。ほとんどの天然ダイヤモンドはⅠ型に属し、300 nm以下の紫外線を透過しません。いっぽう、Ⅱ型ダイヤモンドは220 nmまでの紫外線を透過します。この性質を利用して、CGL Diamond Kensaは波長254 nmの紫外線をダイヤモンドに照射し、その紫外線がダイヤモンドを透過したかどうかをセンサーで検知します。センサーが検知すればⅡ型、検知しなければⅠ型となります。CGLではグレーディングの日常業務でのタイプ分別を1998年より継続して行っています。

 

×10レンズによる検査

ダイヤモンドの検査に×10レンズによる観察が重要なのはいうまでもありません。ダイヤモンドの色を評価する時はフェイスダウンが一般的です。成長させたままのCVD合成ダイヤモンドは、やや褐色味を帯びていることが多く、色の改善のためにHPHT処理が施されたものは、黄色味もしくは灰色味を感じることがあります。
ガードルに刻印の確認も重要です。製造者によってはロゴマークやLab Grownなどの刻印を入れていることがあります。また、グレーディングされているものは、鑑別機関のシリアルNo.やLaboratory Grownなどの刻印が入れられています(図18)。

図18:合成ダイヤモンドのガードル刻印の一例
図18:合成ダイヤモンドのガードル刻印の一例

 

内包物の観察で、天然・合成の起源を判定するのは通常困難です。一般的にCVD合成にはほとんどインクルージョンが見られません。HPHT合成では金属インクルージョンが見られることがあり(図19)、このような場合、磁石を用いて磁性があれば合成と判断できます(図20)。

図19:HPHT合成ダイヤモンド中の金属inc.
図19:HPHT合成ダイヤモンド中の金属inc.

 

図20:磁性のあるHPHT合成ダイヤモンド
図20:磁性のあるHPHT合成ダイヤモンド

 

燐光による判別器機

合成ダイヤモンドの簡易判別(粗選別)装置にはいろいろなタイプのものがあります。その中でも燐光を検査する装置は、ルース(裸石)・枠つきに関わらず手軽に多数個のダイヤモンドを同時に検査できるので広く利用されています。中国のNGTCが開発したGV–5000や広州標旗電子科学有限公司製のGLIS–3000などが良く知られています。
ダイヤモンドに紫外線を照射した際に多くのものが光を発します。これが蛍光です。蛍光は紫外線の照射を止めると消えますが、中には発光が持続することがあり、燐光と呼ばれます。天然ダイヤモンドのほとんどのものに燐光は認められませんが、無色のHPHT合成ダイヤモンドには明瞭な燐光が認められます。これはわずかに含まれるホウ素に起因します。
この性質を利用して、ダイヤモンドジュエリーに強力な紫外線を照射し、燐光の有るものを合成の疑いありとして選別しています。
しかし、最近の研究でHPHT合成ダイヤモンドに電子線の照射処理を施すと、燐光が減衰あるいは消滅することがわかっています(CGL通信No.46参照)。このような処理が商業的に施されているという情報はありませんが、今後、この装置での判断には注意が必要と思われます。

 ■ ポイント:燐光による判別器機は利便性が高いが、結果の解釈には注意が必要です。

 

ラボラトリーの技術

紫外–可視領域の分光分析において、N3センタ(415.2nm)は天然ダイヤモンドのほとんどすべてに見られますが、通常、量産を目的とした合成法では生成しません。一部のHPHT合成ダイヤモンドにはニッケル(Ni)に関連した欠陥が検出されることがあります。

 

赤外分光分析では、ダイヤモンド中の窒素不純物やC–Hの存在を検出することができます。天然ダイヤモンド中の窒素不純物は、地質学的な時間の経過で凝集体を形成します。合成ダイヤモンドでは製法に関わらず、含有する窒素濃度は相対的に低く、窒素も凝集体を形成しません。従って、BセンタやB2センタなどの凝集窒素の存在は天然起源を示唆します。

 

蛍光X線分析では、ダイヤモンド中の包有物の組成分析が天然及び合成起源の有効な手がかりとなります。HPHT合成ダイヤモンドは、しばしば金属溶媒に用いられた金属内包物が研磨面に達しています。このようなケースではFe、Ni、Co などが検出され、合成起源であることが明らかとなります。

DiamondViewTMによる紫外線ルミネッセンス像の観察は、ダイヤモンドの生成起源を知る上で最も重要です。天然ダイヤモンドのルミネッセンス像は千差万別であり、個体識別にさえ応用できるほどです。天然ダイヤモンドは、そのほとんどが{111}面のみの成長で形成されており(図21–1)、

図21:DiamondViewTM像の一例/ 図21–1 天然
図21–1:天然ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例

まれに{100}面を伴うMixed–habit Growthが見られます。{111}成長分域内は、直線的な累帯構造を示すのに対し、{100}成長分域内では曲線状の累帯構造を示します。HPHT合成ダイヤモンドは、{111}、{100}やその他の成長面による成長分域が明瞭で(図21–2)、成長温度によって晶相が異なります。

図21–2HPHT合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例
図21–2:HPHT合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例

すなわち、合成温度が高いほど六面体から八面体に変化していきます。CVD合成ダイヤモンドは、特有の積層成長に由来する湾曲した線状模様が特徴的です(図21–3)。

図21–3:CVD合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例
図21–3:CVD合成ダイヤモンド/DiamondViewTM像の一例

 

フォトルミネッセンス分析は、ダイヤモンドの点欠陥や塑性変形に由来すると考えられるピークを高感度で検出します(図22)。

図22:顕微ラマン分光装置を用いたフォトルミネッセンス分析
図22:顕微ラマン分光装置を用いたフォトルミネッセンス分析

これらには合成には見られない天然起源の指標となるものが多く見られます。HPHT合成ダイヤモンドにはNi、Coなどの金属溶媒に関連するピークが検出されることがあります。884.8nmおよび883.2nmの対のピークはNiに因るものと考えられます。CVD法合成ダイヤモンドには、NVセンタ(637nm、575nm)、H3センタ(503nm)が普遍的に検出されます。さらに、ほとんどのものに737nmにSi–Vのピーク(反応容器の石英窓のエッチングに由来すると思われる)が検出され、CVD法合成ダイヤモンドの指標となります。

 

合成ダイヤモンドのグレーディング

一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)では、数年前より合成ダイヤモンドのいわゆる4C(カラット、カラー、クラリティ、カット)のグレーディングについて慎重に議論が重ねられてきました。当初は天然と同じ様式でグレーディングを行うことも検討されましたが、国内外の情勢を鑑み、2018年末に合成ダイヤモンドに対するグレーディング・レポートの発行は行わないことが決定されています。
AGLでは、ダイヤモンドの天然・合成の生成起源を明らかにし、合成ダイヤモンドには鑑別書で対応致します。その際、合成ダイヤモンドの鑑別書には希望によりグレード表記(天然とは異なる簡易的な用語を使用)を行うことを可としています。
海外では、合成ダイヤモンドにもグレーディング・レポートを発行している機関があります。この場合、たいていは天然とは異なるデザインの用紙を用いて、評価に用いられる用語も天然より簡略化されています(例えばGIA)。しかし、一部に天然と同じ用語が用いられている機関もあります(例えばIGI、HRD)。◆

 ■ ポイント:AGLでは合成ダイヤモンドにグレーディング・レポートの発行を行いません。鑑別書で対応し、簡易的な天然とは異なるグレード表記を行うことを認めています。

天然レッドスピネルの加熱実験報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士、岡野 誠
ジェムリサーチジャパン 福田 千紘

近年、レッド~ピンクの天然スピネルが人気を博している。同系色のコランダムのほとんどは色の改善のための加熱が施されているのに対し、スピネルは非加熱であることもその要因のひとつと思われる。しかし、これらの赤色系スピネルは一部で加熱が行われているとの懸念があり、その識別に関心がもたれている。また、これらの中にはフラックス合成スピネルがまぎれていることもあり、鑑別をより困難なものにしている。
本稿では天然レッドスピネルを600℃~1000℃まで100℃刻みで加熱処理を行い、温度の違いによるフォトルミネッセンススペクトルの変化を記録した。その結果、800℃以上で発光ピークの位置と半値幅(FWHM)が明確に変化し、加熱処理の痕跡を捉えることが可能であることが確認できた。しかし、加熱後の天然レッドスピネルの発光ピークは、フラックス合成のレッドスピネルのものと酷似するため、レッドスピネルの起源および加熱処理の検出は他の分析も組み合わせた総合的な判断が必要である。

 

背景

スピネルの語源はラテン語のspina(小さな棘)に因んでいる。和名は尖晶石といい、どちらも尖った結晶の形に由来している。一般的なスピネルの結晶形は棘のような針状ではなく、尖端の尖った八面体である。結晶が摩耗されず美しい形のものは“エンゼル・カット”と呼ばれ、原石のまま宝飾品に利用されることがある。
広義のスピネルの化学組成はX2+Y3+2O4で表される。Xには2価の元素であるMg、Mn、Fe2+、Zn、Co、Cuなどが入り、Yには3価の元素であるAl、Fe3+、Crなどが入る複雑な固溶体である。狭義のスピネルはMgAl2O4で宝石用スピネルのほとんどがこれに属する。
宝石用のスピネルには各色の変種が存在するが、概して青色系または赤色系に大別できる。これはMgの一部をFe2+が置換することにより青色系が、Alの一部をCrが置換することで赤色系となるためである。
スピネルは、18世紀頃まではしばしばコランダムと混同されてきた。レッドスピネルはルビーに、ブルースピネルはブルーサファイアに外観も宝石学的な特性値も近似しており、何よりも同一の産地から共生することも混同される大きな要因であった。歴史的に英国王室の正王冠に嵌め込まれていた黒太子のルビーがスピネルであったことは有名である。
さて、近年、市場に流通するレッドスピネルやピンクスピネルの数が増加している。ルビー、サファイアのほとんどが色の改善のために加熱されているのに対して、スピネルは非加熱であることも、ナチュラル嗜好を刺激するひとつの人気の要因らしい。しかし、一部のレッドスピネルは加熱処理が施されているとの懸念があり(文献1)、その識別に関心がもたれている。(文献2)(文献3)によると、加熱処理の前後でフォトルミネッセンススペクトルが変化することが報告されており、加熱の検出に有効とされている。
本研究では、先行研究の結果を確認するため、レッドスピネルの加熱処理を行い、その処理前後のフォトルミネッセンススペクトルを記録した。

 

試料と分析方法

試料はミャンマー産の天然非加熱レッドスピネル原石試料5個(①2.702 ct、②2.575 ct、③3.336 ct、④4.480 ct、⑤5.266 ct)を用いた(図1)。

 

図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル (下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。
図1:本研究で用いたミャンマー産天然レッドスピネル
(下段左より試料①、②、③、上段左より④、⑤)なお、写真は1000℃で加熱後のものである。

 

試料の加熱処理はジェムリサーチジャパンにおいてADVANTEC FUM312DAマッフル炉を用いて行った(図2)。試料は内径30 mm、容量10 mlのムライト製磁性るつぼ内にアルミナ粉末を充填し、その中に埋設した。磁性るつぼは底面炉材保護のため、さらにジルコニウムるつぼに入れて炉内に配置した(図3)。

 

図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)
図2:加熱に用いたマッフル炉 (ADVANTEC社製FUM312DA)

 

図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ
図3:加熱に用いたるつぼ。上部がジルコニウムるつぼ
とその蓋、下部がムライト製磁性るつぼ

 

加熱ピーク温度は、600℃~1000℃まで100℃刻みとし、同一試料を用いて低温から順に計5回熱履歴を与えた。温度調節はPID制御とし、室温からピーク温度までの昇温時間を2時間、ピーク温度の保持時間を2時間、ピーク温度から室温までの降温時間を4時間の3pathと設定し、炉内は酸化雰囲気(周囲雰囲気)で加熱した。設定温度と実測温度には必ず差異が生じるが、PID制御は単位時間当たりの温度変化の微分値をフィードバックすることで温度の変動を抑制し、かつ設定温度と実測温度の差を時間軸で積分した面積が最小になるように誤差を制御する方法で他の制御方法に比べると差異や変動を少なくすることができる。降温時間は実際には4時間では室温まで降下しないため室温に戻るまで十分な時間をおいてから試料を取り出した。室温は水銀温度計で実験ごとに校正しピーク温度は工場出荷時の校正設定とした。
宝石学的検査および分析はすべてCGLのリサーチ室にて行った。フォトルミネッセンス分光分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製Raman system–model 1000を用い、488 nmのレーザーを励起源として50倍の対物レンズを使用し、室温条件(約20℃)で測定を行った。

 

結果と考察

◆フォトルミネッセンス分光分析
すべての天然レッドスピネル試料について、加熱前、600℃~1000℃それぞれの加熱後において、フォトルミネッセンス分光分析を行った。図4に試料①のそれぞれの実験条件下でのフォトルミネッセンススペクトルを重ね描きしたものを示す。なお、試料②~⑤の分析においてもすべて試料①と同様の結果が得られた。

 

図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化
図4:試料①の非加熱状態、600℃~1000℃に加熱後のフォトルミネッセンススペクトルの変化

 

685.6 nmにおけるピークは通常R–lineと呼ばれ、レッドスピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlが規則正しく配置(秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(八面体サイトにAl、四面体サイトにMg)。一方、687.4 nmにおけるピークはL–lineと呼ばれ、スピネルの八面体サイトに入るCr3+の周囲にあるMgとAlがランダムに配置(無秩序状態)されていることにより発光するゼロフォノン線である(図5)。また、690 nm〜730 nmのピークはフォノンサイドバンドと呼ばれるピークである(文献3文献4)。

 

図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。
図5:Crを有する八面体サイト周辺の(1)Mg、Alが規則正しく並んだ状態(秩序状態)と(2)Mg、Alがランダムに並んだ状態(無秩序状態)。秩序状態では四面体サイトにMg、八面体サイトにAlが入るが、無秩序状態では四面体、八面体関係なくMgとAlが入る。

 

非加熱の状態ではR–lineの強度はL–lineの強度よりも高いが、その強度比R–line / L–lineの値は800℃加熱において劇的に変化し(図6)、900℃以上の加熱においてL–lineの強度がR–lineの強度を上回ることがわかった。また、それぞれの試料について、R–lineの非加熱、各加熱条件後での半値幅を求めた(図7)。R–lineの半値幅は、800℃で大きく変化することが判明した。なお、900℃以上の加熱条件ではピークが重なり、分離が難しいため半値幅、強度比の計算を行うことはできなかった。

 

図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化
図6: 試料①~⑤の非加熱状態、600〜800℃の加熱実験後のR–line (685.6 nm)/ L–line (687.4 nm)フォトルミネッセンスピーク強度比の変化

 

以上の結果をまとめると、(1)800℃の加熱においてR–line(685.6 nm)の半値幅が増加すると同時に、R–line/L–lineの強度比に変化が現れ、(2)900℃以上の加熱でL–line強度はR–line強度を上回ることがわかった。このことは天然でのCr3+周囲のMg、Alの秩序/無秩序状態についての平衡状態が800℃以上に加熱することにより相転移が起こり、Cr3+周囲のMg、Alの無秩序化がより進んだ結果であると言える。
この相転移温度は650〜700℃であると言われているが(文献5文献6文献7)、本研究では800℃の加熱において見られた。このことは、サンプルを各加熱条件で加熱後一度室温に戻し、再度加熱するという行程を経ていることによる影響か、加熱を行う際の最高温度保持時間の違い、である可能性がある。
加熱処理によりMg、Alの無秩序化が進んだレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、700℃および650℃で長時間(数日)におよぶ加熱を行っても可逆的に元の状態には戻らないことが確認されている(文献3)。したがって、フォトルミネッセンス分光分析によるスペクトル解析を行うことで800℃以上に加熱処理が施されたかどうかの履歴を検証することが可能である。
レッドスピネルの加熱処理については文献1により、2005年頃から商取引において懸念されていたと報告されている。筆者の1人(KH)も日常の鑑別業務において2006年には加熱されたと思われるレッドスピネルを確認している。文献1によると、タンザニア産スピネルの光を散乱させて石の概観を白っぽくさせるクラウド状の微小包有物は950–1150℃で軽減され、1200℃で完全に除去できるとしている。また、文献8によると、ベトナム産レッドスピネルのオレンジ色の色味は850℃以上で除去できるとしている。したがって、商業的にレッドスピネルの外観を向上させるためには少なくとも850℃以上の温度が必要と思われる。
本研究の対比実験として、フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンス分光分析を行った (図8)。フラックス法で合成されたレッドスピネルのフォトルミネッセンススペクトルは、900℃以上で加熱された天然スピネルのスペクトルと酷似していた。これはフラックス合成時の温度は1200℃–900℃以上であり(文献1)、Cr3+周囲のMg、Alが無秩序化しているためと考えられる。
したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効であるが、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルは識別できない。フラックス法合成スピネルの識別には蛍光X線分析やFTIR分析など他の手法を併用する必要がある(文献9)。

 

図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル
図8:フラックス法合成レッドスピネルと天然加熱スピネル(試料①、900℃加熱後)のフォトルミネッセンススペクトル

 

まとめ

天然レッドスピネルに加熱処理を行い、フォトルミネッセンス分光分析での加熱処理の判定の可能性について調査を行った。天然レッドスピネルは、800℃に加熱するとフォトルミネッセンススペクトルで観察されるR–line(685.6 nm)の半値幅が増加し、R–lineとL–line(687.4 nm)の強度比が変化する。また900℃以上に加熱することでL–lineの強度はR–lineの強度に比べ強くなることが確認できた。したがって、フォトルミネッセンス分光分析は、天然レッドスピネルが商業的に加熱処理されたものかどうかの識別にはきわめて有効である。しかし、加熱された天然レッドスピネルとフラックス法合成レッドスピネルはフォトルミネッセンススペクトルでは識別できないため、両者の識別には他の手法を併用した総合的な判断が必要である。◆

 

文献

1.Saeseaw S., Wang W., Scarratt K. Emmett J. L., Douthit T. R.(2009) Distinguish Heat Spinels from Unheated Natural Spinels and from Synthetic Spinels – A short review of on–going research,
http://www.giathai.net/distinguishing–heated–spinels/

2.Sriprasert B., Atichat W., Wathanakul P., Pisutha–Arnond V., Sutthirat C., Leelawattanasuk T., Saejoo S., Jakkawanvibul J., Naruedeesombat N., Puangkaew K., Artsamang P., Sritunayothin P., Kunwisutpan C. (2008) The Heat–Treatment Experiments of Red Spinel from Myanmar. Proceeding of GIT2008, pp 278–282

3.Wang S. and Shen A. (2017) Reversibility of Photoluminescence Spectra of Spinel with heat treatment. 35th IGC 2017 proceedings, pp 67–70

4.Skvortsova V., Mironova–Ulmane N., Riekstina D. (2011) Structure and Phase changes in natural and synthetic magnesium aluminium spinel. Proceedings of the 8th International Scientific and Practical Conference Volume 11, pp. 100–106

5.Peterson, R. C., Lager, G. A., Herterman, R. L. (1991) A time–of–flight neutron powder diffraction study of MgAl2O4 at temperatures up to 1273K. American Mineralogist, 76, pp 1455–1458.

6.Slotznick, S. P. & Shim, S. H. (2008) In situ Raman spectroscopy measurements of MgAl2O4 spinel up to 1400 *C. American Mineralogist, 93, pp 470–476.

7.Redfern, S. A. T., Harrison, R. J., O’Neill, H. S. C., Wood, D. R. R. (1999) Thermodynamics and kinetics of cation ordering in MgAl2O4 spinel up to 1600°C from in situ neutron diffraction. American Mineralogist, 84, 299–310.

8.Malsy A.–K., Karampelas S., Schwarz D., Klemm L., Armbruster T., Tuan D. A. (2012) Orangey–red to orangey–pink gem spinels from a new deposit at Lang Chap (Tan Huong–Truc Lau), Vietnam. The Journal of Gemmology, volume 33, pp. 19–27

9.北脇裕士, 岡野誠 (2006) スピネル最新事情. Gemmology 2006年3月号, pp. 4–5

日本の国石−糸魚川のヒスイ:歴史と特徴

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2019年1月PDFNo.48

Tokyo Gem Science LLC and GSTV Gemological Laboratory

阿依 アヒマディ

日本産のヒスイは、やや透明度に欠けるものの、その希少性と美しい外観特徴により非常に貴重な宝石とされている。本研究の結果、新潟県糸魚川市の小滝川と青海川産のヒスイは発色元素及び鉱物相によって次のような種類に分類される;白色(ほぼ純粋なヒスイ輝石)、緑色(Feに富み、Crを含有)、ラベンダー(Tiを含有)、青色(TiおよびFeを含有)、黒色(黒鉛を含有)。白色のヒスイは組成的にほぼ純粋なヒスイ輝石であった(Xjd=98mol.%、すなわちヒスイ輝石成分が98%)。緑色のヒスイはXjdの値が98~82mol.%の範囲であった。緑色のヒスイにおけるCaOの最大濃度は5%、発色元素はFeおよびCrであった。ラベンダーヒスイの成分がXjd=98~93mol.%で、TiO2およびFeOtotに富み、そしてMnO成分に乏しい傾向があり、青色のヒスイは最も高いTiO2濃度0.65%を示し、Xjd範囲は97~93mol.%であった。

 

図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品
図1:新潟県糸魚川地域から発掘された縄文時代のヒスイ装飾品

 

歴史的背景

およそ5500年前の縄文時代に日本の糸魚川地方でヒスイの彫刻が誕生した(図1)。日本の宝石の歴史はここから始まったと言っても過言ではない。縄文時代中期には大珠(たいしゅ)というペンダントのようなものが製作され、日本各地で取り引きされるようになった。弥生時代になると、勾玉や管玉の製作が盛んになった。8世紀頃の伝説によると、現在の福井から新潟にかけて「越(こし)」という古代国家があり、不思議な緑色のヒスイの彫刻を身に着けた美しい姫が国を治めていたという説がある(図2)。
数千年も続いたヒスイの文化は、古墳時代 (紀元3~7世紀)中期から後期にかけて衰退し、6世紀頃には姿を消してしまう。それから千年以上の後の1938年、ヒスイの探索を行っていた伊藤栄蔵氏により糸魚川市の小滝川で日本のヒスイが再び発見された(図3)。翌年これらの研究を行った東北大学の河野義礼博士らが論文を発表した(Kawano, 1939; Ohmori, 1939)。その後の調査により、日本海に注ぐ姫川上流の小滝地区以外に糸魚川市に属する青海川上流の橋立地区でも発見されている(図4)。糸魚川産の、特に海岸で採れるヒスイは原石の状態でも十分に美しいのも特徴の一つである。色は白、緑、紫、青、黒などがあるが、糸魚川のヒスイは保護地区にあり採取が禁止されているため、市場に出回っている量が少ない。2016年9月、日本鉱物科学会は糸魚川のヒスイを「日本の国石」に選定した。

 

図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川
図2:美しい緑色の勾玉を身に着けた糸魚川地方の姫ー奴奈川

 

図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地
図3:糸魚川の小滝地区のヒスイ産出地

 

図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地
図4:青海の橋立地区のヒスイ産出地

 

ヒスイの地質

ヒスイは、低温高圧で変成した地質帯で発見される(Essene, 1967; Chihara, 1971; Harlow and Sorensen, 2005)。日本海溝は、太平洋プレートと日本列島を含むユーラシアプレートの境界で、冷たい太平洋プレートが日本列島の下に沈み込んでいる。この場所はヒスイができる低温高圧の条件に符合する。日本には8か所ほどのヒスイ産地がある(地図1)。日本海側に分布する蓮華帯および三郡帯のヒスイ(糸魚川、大佐、大屋、若桜)のほとんどは純度が高く、90%以上がヒスイ輝石(同類オンファサイトを含む)からできている。その他の地域では、ヒスイ輝石が80~50%を超える岩石は稀であり、ほとんどが曹長石、藍晶石、方沸石などを多く含む(Yokoyama and Sameshima, 1982; Miyazoe et al., 2009; Fukuyama et al., 2013)。

 

地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地
地図1:日本におけるヒスイ輝石の産出地

 

蓮華–三郡帯  糸魚川地区は蓮華帯に属し、蓮華帯は低温高圧の変成岩、変成堆積岩、角閃岩、ロジン岩など様々な構造岩塊を含む蛇紋岩メランジェである(Nakamizu et al., 1989)。宝石質のヒスイは小滝川流域と青海川の橋立地区でのみ、二畳紀-石炭紀の石灰岩と白亜紀の砂岩・頁岩との断層の境界に置かれた蛇紋岩の巨礫として産するのが見つかっている。ヒスイの巨礫は大きさが1~数メートルで、ほとんどが数百メートルの距離の地域に分布している。小滝地区のヒスイ岩石には、曹長石(石英を伴うまたは伴わない)、白色ヒスイ、緑色ヒスイ、水酸化ナトリウムに富むカルシウム含有角閃石、そして母岩である蛇紋岩が外縁に向かって同心の帯状に放射状になっているのが見られる。青海のヒスイ岩石は「独特の層状構造」を持ち、特に交互に粗と密になったコンパクトな層が見られることもあり、ラベンダーヒスイを含むことがよくある(Chihara, 1991)。

 

日本産ヒスイについて更なる研究

日本産ヒスイの歴史と地質産状についてこれまでに多くの研究が行われてきた。一部の研究報告では、糸魚川産の緑色ヒスイは鉱物学的にヒスイ輝石とオンファサイトから成り、緑色部はオンファサイトであり、緑色の主な原因はFeであると指摘されきた(Oba et al., 1992, 宮島1996, 2004)。筆者は世界的にヒスイの名産地であるミャンマー、グアテマラ、ロシアからのヒスイの光学的特性や岩石学的構造、および地球化学を学習すると共に、日本産ヒスイの色の種類、鉱物学的内部組織、化学成分の特徴などを宝石学的な観察と分光分析法、そして電子線マイクロプローブ(EPMA)およびレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA–ICP–MS)による定量分析を行ってみた。本稿では糸魚川産(小滝川および青海川)ヒスイに限定して、その宝石学的特徴と化学的性質を記述する。本研究に用いた糸魚川産ヒスイは、小滝川地域のものが32個、青海川地域のものが7個である(図5)。
これらは『フォッサマグナ・ミュージアム』http://www.city.itoigawa.lg.jp/fmm/と、

『翡翠原石館』http://www.hi–su–i.com/と、有限会社大江理工社から提供を受けた。

 

図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料
図5:本研究に使用された糸魚川ー青海地域から産出された代表的な勾玉式のヒスイ試料

 

宝石学的観察

糸魚川地域で採れたヒスイの小石は、河食(河川作用による浸食)で丸みを帯びているものが多く、表層はきらきらしていて白っぽい。表面は風化しているが、原石に褐色の皮殻は見られない。これらの原石は全体的には白色で、淡緑色から緑色が不規則に混在し、非常に硬質・緻密で重量感がある。一部は緑色がかった白色の岩石のほとんどのものが巨礫、中礫、団塊状の形状で、透明から半亜透明や不透明、組織は微細で滑らかだが肉眼で確認できる単結晶の粗い部分も見られる。青海の橋立地区で発見された最大の原石は102トンもある。筆者はフォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ岩石も観察した(図6–1)。このヒスイの大きな巨礫は、白と緑色の大部分はヒスイだが、繊維質の黒色部分は角閃石から成る。一部には緑色の狭い領域が半透明できらきらしているのも見られる。また、いくつかの小規模な断層部には、地球深部の流体で形成されたブドウ石、ソーダ硅灰石、沸石グループなどの白色鉱物が充填されている。

 

図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩
図6–1:フォッサマグナ・ミュージアムに収蔵されている小滝地区産の4.6トンのヒスイ輝石岩

 

青海川のラベンダーヒスイでは、白いマトリックスに紫色が不規則に分散しているようなものもある。こうした石の色は半亜透明から不透明で、微細~中程度の組織である(図6–2)。さまざまな美しい色で発見される青色ヒスイの試料は、丸みを帯びており半亜透明から不透明で、微細~粗い組織である(図6–3)。微小結晶の集合体はルーペで観察されたが、結晶形は確認できなかった。
屈折率はスポット法で1.65から1.66、SG値が3.10から3.35の範囲であった。緑色ヒスイ試料は長波紫外線(365nm)および短波紫外線(254nm)照射で不活性であった。ラベンダーヒスイは、長波紫外線に対して強い帯赤色蛍光を示した。青色ヒスイは長波および短波紫外線ともに不活性であった。吸収スペクトルを携帯型分光器で観察したところ、690、650、630nmに弱いラインが見られた。加えて、糸魚川産の緑色ヒスイには437nmに非常にシャープなラインが見られた。ラベンダーヒスイでは530と600nm付近に弱いバンド、および437nmに細いバンドが見られた。青色ヒスイは非常に幅広いバンドがスペクトルの黄色から赤色部にかけて見られ、437nmに弱く細いバンドも見られた。

 

図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石
図6–2:青海地域の立橋から産出された青色がかったラベンダーヒスイ原石

 

図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料
図6–3:姫川と青海川で発見された青色ヒスイを含む各色の河川料

 

岩石学的観察及びラマン分光分析

小滝川産の緑色ヒスイをスライスしたもの(図7a)を交差偏光下で観察すると、微細なヒスイ輝石の粒は高次および低次の干渉色を示した。これは各々の粒が異なる方位を向いているために生じる。マトリックス中に2mmを超える大きな結晶も観察された。これらは良形のヒスイ輝石の単結晶であり、明瞭な劈開が87°の角度で交差して入っており、輝石に典型的な特徴である。この緑色ヒスイの薄片は柱状の変晶組織があり、無指向性の応力下で変成を受けたことが示される。微小褶曲や細脈を顕微ラマン分光分析したところ、構成鉱物として微量のソーダ珪灰石及びブドウ石が同定された。

図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真
図7a:糸魚川ー小滝川産緑色ヒスイの組織ー交差偏光写真

 

小滝川および青海川産ラベンダーヒスイの薄片は(図7b)、亜透明から半透明で主に0.1–0.3mmサイズほどの微小~ごく微小な粒子結晶で、柱状の変晶組織が表れている。この試料中には、ヒスイ輝石の細粒の放射状集合体を伴う超圧破砕帯がマトリックスを横断しているのが観察された。この組織は、この試料が変成作用において地盤圧力、そして恐らくはその後に方向性を持った圧力を被ったことを示す。このヒスイに熱水流体によって形成された細脈状のブドウ石と方沸石、そして長柱状のベスブ石の結晶も構成鉱物として見つかっている。

図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真
図7b:青海産ラベンダーヒスイ中に見られる放射状構造を示す細少なヒスイ集合体ー交差偏光写真

 

小滝川産青色ヒスイ試料では、半透明の粒状で、0.1〜0.5mmほどの微小な隠微晶質粒子(図7c)は花崗変晶質および圧砕岩の組織を示した。この試料においては、既存の鉱物が破砕され離脱して流動構造を作っている。構成鉱物としては、方沸石やチタン石の他、このタイプのヒスイにおいては青色の原因とはならない非常に微量な自形のチタン石結晶粒子がマトリックス中にある。

図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真
図7c:糸魚川小滝産青色ヒスイが示す流動構造ー交差偏光写真

 

紫外–可視分光分析

緑、紫、帯紫青、青色の小滝川および青海川産のヒスイの板状試料に、紫外–可視吸収分光分析を行った。試料中の似たような色の領域で化学分析を行い、各発色元素の濃度を確認した。小滝川産ヒスイの緑色の部分は一般的にクロムと鉄で着色されており、691nmの吸収ライン(Cr3+のいわゆる「クロムライン」)と、437nmあたりにもう一つの吸収ライン(Fe3+のいわゆる「ジェダイトライン」)を示す(図 8)。

 

図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図8–糸魚川小滝産緑色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

検査を行った5mmほどの円の領域における発色元素の含有量を、LA–ICP–MSで分析し、レーザー照射した3~4か所での濃度を平均した。緑色の部分は比較的高いCrとFe(280および810ppma)を含んでおり、等原子価の発色元素Cr3+とFe3+は明らかに緑色に寄与している(Rossman, 1974; Harlow and Olds, 1987)。さほど重要ではない発色元素のTi、Mn、V、Coの濃度は低かった(それぞれ57、19、2.3、0.4ppma)。
青海川産のラベンダーヒスイのUV–Visスペクトルは、Mn、Ti、Feに相当する特徴を示した(図9)。

 

図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図9–青海川産ラベンダーヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

530nmを中心にした幅広いMn3+関連の吸収バンドは、ミャンマー産ラベンダーヒスイに観察されることがよくあり(Lu, 2012)、610nmを中心としたTi4+–Fe2+ペアの電荷移動の特徴的な幅広いバンドとFe3+に関連した437nmの細い吸収バンドも同様である。可視分光で検査したラベンダー色の領域をLA–ICP–MSで詳細に分析してみた。その結果、Ti(平均534ppma)およびFe(平均550ppma)がその青の色相の原因となっていることは明らかであった。Mnの濃度の平均は18ppmaで、弱いピンクから紫色の色相を生じさせていた。日本産のラベンダーヒスイは紫青の色相を示すが、これはMn3+とTi4+–Fe2+の吸収により生じる弱いピンクと強い青色の組み合わせによるものである。
小滝川産青色ヒスイのUV–Visスペクトルは、500から750nmに非常に幅広いバンド、437nmにFe3+の弱い吸収、そして350nm以上のカットオフを示した(図10)。この吸収パターンはブルー・サファイアのスペクトルに似ており、Ti4+–Fe2+ペアの電荷移動に起因する。相当量のTi(1943ppma)とFe(4212ppma)が顕著な青色を生じている。それに比べ、Mnはピンク色の成分を生じさせるには低すぎる(64ppma)。

 

図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外–可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量
図10 –糸魚川小滝産青色ヒスイの紫外 –可視分光スペクトルと発色元素の化学含有量

 

化学分析

詳細な化学的データを得るためにEPMA分析とLA–ICP–MS分析を行った。
小滝川産試料から得たEPMAで測定した定量化学分析結果を表1にまとめた。白、緑、ラベンダー、青(帯紫青も含む)といった代表的な色別に結果を以下に述べる。Xjd、X(Ae+Ko)、XQuad(Dio+Aug+Hed)を、それぞれAl/(Na+Ca)、Fe3+/(Na+Ca)、Ca/(Na+Ca)のmol%として計算した。微量元素についてLA–ICP–MSで分析した。各試料について3か所から10か所のレーザー照射・スポットの測定値に基づいて平均を求めた。各元素の最高および最低濃度表に示されており、平均値は()内に記されている。

 

白色ヒスイ  小滝川産の白色ヒスイは、理想的なヒスイ輝石成分に近い(表1)。全ての分析箇所(5か所のスポット以上)で端成分に近く、最大Xjd–98mol.%であった。CaO、MgO、FeOtot成分は、検査を行った他の色のヒスイのいずれよりも低かった(それぞれ、0.26、0.12、0.44wt%)。Cr2O3、MnO、K2O、NiOの値は分析の検出限界値以下であった。TiO2(0.03wt%)は紫から青色ヒスイで検出されたどの値よりも低かった。この白色ヒスイは非常に純度の高いものであった。この白色ヒスイのLA–ICP–MS分析では19種の少量~微量元素(Li, Mg, K, Ca, Sc, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Cu, Sc, Ni, Zn, Ga, Se, Sr, Zr)が常に検出された。その他の微量元素(B, Rb, Y, Nb, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Lu, Hf, Ta, W, Th, U)は検出限界以上であった。小滝川産の「白色」ヒスイは通常は緑や青、黒の色のヒスイよりも低いMgおよびCa含有量(順に3841および8495ppmw)である。

 

表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)
表1–糸魚川小滝産各色ヒスイの主な元素組成の電子線マクロプローブによる分析結果(一部試料のデータを表示)

 

緑色ヒスイ  小滝川産の4石の緑色ヒスイについてマイクロプローブ分析を行ったところ、Fe濃度は最低値が0.22wt%、最大が0.864wt%とかなり高く、Crはそれよりやや低く0.01–0.57wt%であった。MgO(0.16–2.83wt.%)および CaO(0.24–4.18wt.%)の値は比較的高かったが、成分的にはヒスイの範囲XJd = 98.7 to 82.4であった(図11)。小滝川の試料は、結晶の集合体と独立した単結晶との間で主要元素の構成にわずかに違いが見られた。この研究から、緑色のヒスイ結晶の集合体はかなり純度の高いものであるが、独立した単結晶はヒスイ輝石の範疇ではあるものの、オンファス輝石に近い化学組成を示した。

 

図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。
図11 – ヒスイ輝石(Jd) – エリジン輝石+コスモクロア輝石(Ae+Ko) – Ca–Fe–Mg輝石(透輝石+普通輝石+ヘデンベルグ輝石)の三角ダイアグラムは、EPMAによる糸魚川小滝産緑色ヒスイ4石の化学成分含有量をプロットしたものです。これらの組成はXjd=98.7〜82.4 mol.%というヒスイ輝石(Jadeite)の範囲に当てはまる。

 

小滝川産緑色ヒスイ13石のLA–ICP–MS分析から、沈み込み帯にあるイオン半径の大きい親石元素(Li, B, K, Sr, Baなど)や、それよりも難溶性の元素(希土類元素–La, Ce, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Luや、Hf, Ta, W, Tl, Pb, Th, Uなど)が顕著に移動をしていることが分かった。MgおよびCaの濃度も比較的高く、Mgで2383から77100ppmw(平均19957)ppmw、Caで4400から82700ppmw(平均39206ppmw)であった。MgおよびCaの濃度は暗緑色の部分ではかなり高かった。これは、暗緑色のオンファス輝石成分はヒスイ輝石に比べより微量元素に富んでいる(LiおよびGaは例外)ことを示すものである。
オンファス輝石とヒスイ輝石を識別するために、微量元素および主要元素の組み合わせで化学成分フィンガープリント・グラフを作ってみた。図12に示すAl/Fe対Ca/Naのグラフでは、糸魚川産の明るい緑色を呈する試料はヒスイ輝石範囲に分類され、暗黒緑色の試料はオンファサイト輝石範囲にプロットされた。

 

図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示
図12 – Al/Fe対Ca/Naの化学成分フィンガープリントダイヤグラムは、化学成分濃度によるオンファス輝石とヒスイ輝石との識別範囲を示す。

 

ラベンダーヒスイ  小滝川産の紫色試料に、相当量のTiO2(最大0.362wt%)およびFeOtot(最大0.694wt%)が検出されたが、MnOは比較的低かった(最大0.019wt%)。
日本産ラベンダーヒスイの色も同様に発色元素のTi4+、Fe2+、Mn3+に相互に関連があると思われる。MgO(最大0.864wt%)およびCaO(最大1.879wt%)の濃度は比較的低かった。ヒスイの成分はXjd – 98.7~93.3で、純粋なヒスイ輝石に近かった。
LA–ICP–MS分析では、顕著に高含有量のTiおよびFeがすべての紫色ヒスイに検出された。Li, B, K, Sr, Baといったその他の金属元素や、あるいは希土類元素は、小滝川および青海川の同じ地質学的起源で産出した白や緑のヒスイよりも高かった。

 

青色ヒスイ  小滝川産の青色試料6個は、非常に高いTiO2値であった。それぞれ最大値は0.649および0.745wt%である。これはそれぞれの青色の濃い部分と対応している。CaOの濃度は、白い部分と比べて淡青色から青色の部分の方がやや高かった(0.6%から1.4wt%)。
帯紫青色および青色の領域では最も高いTiが測定され(最大4520ppmw)、また豊富なFe(最大11900ppmw)も測定された。希土類元素のほとんどはラベンダーヒスイのものよりも高かった。

 

コンドライト規格化希土類元素(REE)および、原始マントル規格化重微量元素パターン

日本産ヒスイのそれぞれの色について微量元素の組成を比較するため、それらのコンドライト規格化希土類元素(REE)パターンと原始マントル規格化微量元素パターンを調べた(図13および図14)。

 

図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す
図13 – 日本産各色ヒスイのコンドライト規格化希土類元素(REE)のパターンを示す

 

日本産ヒスイにおける希土類元素(REE)は、緑・白・黒のヒスイよりも、ラベンダー色~青色の試料の方がより富んでいる傾向にある。すべての色において、軽希土類元素(LREE: La, Ce, Nd, Sm)の濃度は重希土類元素(HREE: Eu, Gd, Dy, Y, Er, Yb, and Lu)の濃度より高い傾向にあった。このコンドライト規格化希土類元素パターンから、日本産のラベンダー色~青色のヒスイは高いLREE/HREE比と、他のREEに比べて低いEu濃度を特徴とすることができる。
興味深いことに、すべての色の日本産ヒスイの原始マントル規格化微量元素パターンは、イオン半径の大きい親石元素(LILE)であるSrおよびBa、そして電荷の大きいな元素(HFSE)であるZrおよびNbの強い正の異常を示した。緑色ヒスイの希土類元素パターンはだいぶ少なく抑えられているようだが、白や黒のヒスイと比べるとかなり高く、Sr、Zr、Hfは強い正の異常を示す。この結果はMorishita et al.(2007)による結論とも合致し、それは、沈み込み帯における糸魚川-青海産のヒスイの形成に関連した流体は、珍しくも流体により沈み込み帯にもたらされたLILEおよびHFSEの両方に富んでいて、また、こうした元素は蛇紋岩化したかんらん岩にリサイクルされるというものである。

 

結論

糸魚川市の小滝川および青海川産のヒスイは、白色に緑色が混ざったものが特徴だが、他にもラベンダー、青、黒の色がある。当地の保護区域内でのヒスイの採取は1954年以降禁止されているが、川や支流に沿って小さな小石が見つかることはある。今回の研究では、多数の試料を分析し、それぞれの色のグループについて、発色元素、光学吸収特徴、主要元素及び微量元素の定量化学組成分析を行った。
1.小滝川および青海川産ヒスイは大きなものも小さなものも河食により角が丸みを帯び、きらきらと白っぽい表面であるが、原石には風化による褐色の皮殻は見られない。日本産のヒスイは主に白色で、淡緑から緑色やラベンダー~青色が不規則に散らばっている。
2.岩石学的な観察から、小滝川および青海川産ヒスイは細く半自形の柱状結晶の集合体と粒状の単結晶とで構成されていることが分かり、これらが合わさって柱~粒状変晶組織をなしている。ソーダ珪灰石、ブドウ石、方沸石は褶曲や断層、細脈によく見られるが、微量成分としての鉱物であるベスブ石やチタン石はマトリックス中に見られる。
3.電子線マイクロプローブによる定量分析からは、白色ヒスイは純粋なヒスイ輝石(Xjd=98 mol.%)に近いことが示された。緑色ヒスイはXjd=98-82 mol.%、XAug=2-8 mol.%の範囲で、オンファサイトではなく、ヒスイ輝石の範囲にあることが確認された。また、Feだけではなく、Crが緑色の原因となっていることも改めて確認できた。ラベンダー色は比較的高濃度のTiおよびFeと、低濃度のMnとの組み合わせにより生じる。青色ヒスイでは、Ti4+–Fe2+の電荷移動が発色に重要な役割を果たしている。
4.LA–ICP–MS分析で19の微量および遷移元素が検出された。すべての色のヒスイにおけるコンドライト規格化希土類元素および原始マントル規格化重遷移元素パターンは、軽希土類元素のほうが重希土類元素よりも高い値を示し、イオン半径の大きいな親石元素(LILE)と電荷の大きな元素(HFSE)の正の異常も見られた。ラベンダーおよび青色(帯紫青色も含む)のヒスイは、緑色ヒスイに比べて希土類元素が優勢であったが、白と黒のヒスイでは希土類元素濃度は低かった。◆

 

参考文献

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Morishita T., Arai S., Ishida Y. (2007) Trace elements compositions of jadeite (+omphacite) in jadeitites from the Itoigawa–Ohmi district, Japan: Implications for fluid processes in subduction zones. Island Arc, Vol. 16, No. 1, pp. 40–56.

Nakamizu M., Okada M., Yamazaki T., Komatsu M. (1989) Metamorphic rocks in the Omi–Renge serpentinite mélange, Hida Marginal Tectonic Belt, Central Japan. Memoirs of the Geological Society of Japan, Vol. 33, pp. 21–35 (in Japanese with English abstract).

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Yokoyama K., Samejima T. (1982) Miscibility gap between jadeite and omphacite. Mineralogical Journal, Vol. 11, pp. 53–61, http://dx.doi.org/10.2465/minerj.11.53

宮島 宏 (Miyajima, H.), 1996, ヒスイ輝石岩の色と構成鉱物。日本地質学会第103回学術大会講演要旨 (Abst. 103rd Ann. Meet. Geol. Soc. Japan), 295.

宮島 宏 (Miyajima, H.), 2004, とっておきのひすいの話[A story of the special jade]. フォッサマグナミュージアム (Fossa Magna Museum), 40p.

日本鉱物科学会 2018 年年会・総会参加報告

PDFファイルはこちらから2018年11月PDFNo.47

リサーチ室  江森 健太郎

去る 9月19日(水)から21日(金)までの3日間、山形大学小白川キャンパスにて日本鉱物科学会2018年年会・総会が行われました。弊社から2名の技術者が参加し、それぞれ発表を行いました。 以下に年会の概要を報告致します。

山形県を代表する戦国武将、最上義光
山形県を代表する戦国武将、最上義光

 

日本鉱物科学会とは

 

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、 研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に、一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びと なり、(1) 社会的及び学術界における信頼性の向上、(2) 責任明確化による法的安定、(3) 学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体として活動していくことになりました。2018年会・総会は、一般社団法人として前年2017年の愛媛大学での開催に続き2回目の年会・総会になります。

 

山形大学について

 

山形大学は明治11年(1878年)の山形県師範学校の開校にはじまり、昭和24年(1949年)に 山形高等学校、山形師範学校、山形青年師範学校、米沢工業専門学校、山形県立農林専門学校の5つの教育機関を母体に新制国立大学として設置されました。「地域に根差し、世界を目指す」をスローガンとしており、「自然と人間の共生」をテーマに掲げ、「学生教育を中心とする大学創り」「豊かな人間性と高い専門性の育成」「『知』の創造」「地域及び国際社会との連携」「不断の自己改革」の5つの使命を掲げています。教養教育を学士課程教育の基盤である「基盤教育」として重視しており、その運営・実施期間として「基盤教育院」が設置されています。学生支援では、学生と大学の関係を密接にすることを狙いとし、大学が直接学生をスタッフとして雇用するインターンシップ制度が創設される見込みだそうです。平成31年(2019年)には創立70周年を迎える歴史と伝統を受け継いでおり、優れた人材を社会に送り出しています。

日本鉱物科学会2018年年会・総会が行われた小白川キャンパスの他、米沢、鶴岡キャンパスがあり、 山形県全体としてみると、村山地方(山形市)、置賜地方(米沢市)、庄内地方(鶴岡市)それぞれに所在し、近年、最上地方に「エリアキャンパスもがみ」が設置され、県内4つの地区すべてにキャンパスが配置されています。

会場となった山形大学
会場となった山形大学

 

小白川キャンパスは JR 山形駅から巡回バスで10分程度、徒歩でも30分程度の距離となっており、 駅前からのアクセスは非常に良好です。
今年の年会では、3件の受賞講演、10件のセッションで114件の口頭発表、83件のポスター発表が行われました。

1日目、19日(水)の9時15分より小白川キャンパス基盤教育1号館で「結晶構造」、「地球表層」、「宇宙物質」、「深成岩・火山岩・サブダクションファクトリー」、「火成作用の物質科学」 の5つのセッションが行われました。
また、3日間ポスター発表が開催されており、12時〜14時がコアタイム(ポスター発表者がポスター の横に立ち、質疑応答を行う)として設定されていました。

総会の様子
総会の様子

 

2日目、20日(木)は、9時より基盤教育2号館で総会が行われました。総会は上にも記した通り、 一般社団法人化して2回目の総会となりました。総会は当日出席92名、委任状107名と定足数を満たしました。総会では、各種事業報告の他、役員承認や会員会費規定の改定等の決議事項、授賞式が行われました。総会の後、受賞講演が行われ、平成29年度第18回受賞者である金沢大学 海野進教授、 同第19回受賞者である学習院大学 糀谷浩氏、平成29年度第23回日本鉱物科学会研究奨励賞表彰の東京大学 新名良介氏による講演がありました。同日午後14時からは基盤教育1号館にて「岩水–水」、「岩石・鉱物・鉱床」のセッションが行われました(この2セッションは資源地質学会との共催セッションでした)。

 

受賞講演を行った 3 名(左から新名良介氏、海野進教授、糀谷浩氏)と 日本鉱物科学会会長土`山明教授
受賞講演を行った3名(左から新名良介氏、海野進教授、糀谷浩氏)と 日本鉱物科学会会長 土`山明教授

 

3日目、21日(金)は基盤教育1号館にて「鉱物記載」「変成岩」「高圧深部」のセッションが行われ、「鉱物記載」セッションで弊社研究者2名が「周囲圧力下で熱処理(LPHT処理)された褐ピンク色CVD合成ダイヤモンドの分光特性」「マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイア中に観察されるBe含有ナノインクルージョン」の発表を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への興味の強さを感じることができました。(なお、発表内容についてはCGL通信43号、45号に掲載されています。https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)

 

「鉱物記載」セッションで講演を行う筆者
「鉱物記載」セッションで講演を行う筆者

 

今回行われた発表の中で、宝石と関係の深い話で興味深いものが2点ありましたので紹介します。

 

「人工知能による深層学習を利用したヒスイ判別機の開発」

小河原孝彦(フォッサマグナミュージアム)

新潟県糸魚川市フォッサマグナミュージアムでは、開館当初から市民に広く開かれた博物館をめざし、海岸等で採取した石の名前の鑑定を窓口で学芸員が行っている。鑑定件数は年々増加し、この件数増加に博物館側は対応に苦慮している。発表者は、人工知能を用いた石の鑑別(ヒスイか否か)の可能性について研究を行った。本研究では画像の深層学習に2015年にGoogleが開発した機械学習ソフトウェアライブラリであるTensor Flowを利用し、画像分類と物体検出に適応したアーキテクチャのNASNetを転移学習に用いた。糸魚川の海岸で採取した礫の写真13,000枚を教師画像とし、ヒスイお よびヒスイ以外の2種類に分類し、NASNetに転移学習させた。結果として、20,000回の学習でヒスイとヒスイ以外の認識率は約96%になった。本研究から、人工知能を用いた画像の深層学習でヒスイの認識が可能であることが明らかになった。

 

「肥後および西彼杵変成岩中より見出されたダイヤモンド様物質の鉱物学的特徴」

大藤弘明、福庭功祐(愛媛大・GRC)、西山忠男(熊本大・先端科学)

日本の九州地方に分布する肥後変成岩および西彼杵変成岩中からもダイヤモンドと考えられる炭素物質が発見され、注目を浴びている。筆者らはこのようなダイヤモンド様物質の直接観察をめざし、コンタミの可能性などに注意を払いながら観察試料を作成し、電子顕微鏡観察を行った。ダイヤモンド様物質を含む肥後変成岩(クロミタイト)柱のダイヤモンド様物質は、クロマイト中に含まれる負結晶中に1μmほどの紡錘形粒子として観察され、ランダムに集合した径数十〜数百nmの極めて細粒なグラファ イトから成ることが分かった。西彼杵変成岩(泥質片岩)中のものは、基質を構成するフェンジャイトの空隙部に径0.4〜1μmほどの不定形から半自形(八面体様)の粒子として濃集しており、TEM下で電子線回折によって調べたところ、確かにダイヤモンドであるがコンタミの可能性も否定できず、今後の課題であると発表された。

 

毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加、聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は9月20日〜22日、九州大学で開催されます。◆

ポ ス タ ー セ ッ ション コ ア タ イ ム の 様 子
ポスターセッション コアタイムの様子

 

フォッサマグナミュージアム:「宝石の国」展に参加して

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リサーチ室 北脇 裕士

新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアムにて、2018年9月8日より10月28日までの予定で「宝石の国」展が行われていました。その関連イベントとして9月16日(日)に特別講演会が企画されhttp://www.city.itoigawa.lg.jp/7077.htm、筆者が「宝石の国の宝石学」というタイトルで講演させていただきました。

 

写真1:フォッサマグナミュージアム外観
写真1:フォッサマグナミュージアム外観

 

「宝石の国」は、月刊アフタヌーンで大好評連載中の市川春子氏原作の漫画です。昨年にはテレビアニメが放映され、その人気に拍車が掛かりました。登場人物が擬人化された宝石という斬新な内容で、ミネラルファン達をも取り込んだようです。
フォッサマグナミュージアムでは漫画世代の20–30代の若い男女に宝石や岩石鉱物(特に日本の国石となったヒスイ)の魅力を発信するために「宝石の国」展を企画しました。会場には複製原画や登場キャラクターに関係した宝石の原石、カット石、イラストを展示しており、宝石学会(日本)、日本鉱物科学会なども後援しました。

写真2:「宝石の国」展特別講演会会場
写真2:「宝石の国」展特別講演会会場

 

写真3:「宝石の国」展展示会場の様子
写真3:「宝石の国」展展示会場の様子

 

特別講演会当日は3連休の中日ということもあってか、県内だけでなく北海道から九州まで日本全国からの来場者がありました。特に関東近郊からのお客様が多く、新幹線の利便性が後押ししたようです。予定していた定員は80名でしたが、開始時刻の1時間前から人が並び始め最終的には124名の参加者で会場が超満員になりました。関係者の話によるとミュージアム史上最高の聴講者の数だったとの事で、アニメ化された漫画の人気に驚かされるばかりでした。この企画が次世代を担う若者たちに宝石の魅力を発信できる場になったことは間違いなさそうです。

 

【フォッサマグナミュージアム】

 

フォッサマグナミュージアムは、日本最大のヒスイ産地であり、世界最古のヒスイ文化発祥の地として知られる新潟県糸魚川地域にあります。現在は糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の重要な拠点となっています。
フォッサマグナ(ラテン語で大きな溝:大地溝帯)の成立や人間と地球史とのかかわりを示す資料を収集・保管・展示し、あわせて調査研究およびその成果の普及を通して、市民の教育・学術および文化の発展に寄与することを目的に1994年(平成6年)に開館しました。1982年(昭和57年)の糸魚川市の総合計画を発端に平成元年には博物館開設の基本計画が策定されました。そしてふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け、総工費17億円が投じられ、立派な施設が出来上がりました。
開館当初は年間来場者が10万人近くありましたが、徐々に減少傾向が続き平均して4万人程度となりました。しかし、2008年(平成20年)に日本ジオパークに選定され、翌2009年(平成21年)に世界ジオパークに認定されて以降、来場者が増加に転じました。そして、2015年(平成27年)の展示リニューアルにより再び10万人を突破することになりました。

 

写真4–a:ミュージアム館外に展示されているヒスイの巨礫と学芸員の竹之内博士
写真4–a:ミュージアム館外に展示されているヒスイの巨礫と学芸員の竹之内博士

 

美山公園の高台に立地するミュージアムへは糸魚川駅から車(路線バスあるいはタクシー)で10分ほどです。館外の敷地にはヒスイの巨礫がいくつも並べられ、ここがヒスイの産地であることを思い起こさせてくれます。その一角に人の背丈ほどのヒスイの巨礫がひとつ。これは2007年(平成19年)5月に設置されたものですが、盗掘の被害を避けるためにここに疎開させてきたそうです。ミュージアム学芸員の竹之内博士の話によると、この巨礫はもともと国の天然記念物として指定されている小滝川上流のヒスイ峡からさらに4kmほど上流にあったそうです。天然記念物に指定された場所からは外れているので、小礫を拾う程度なら良いそうですが(指定区域では採取はもちろんのこと、石を動かすことも文化財保護法で禁止されています)、この巨礫は削岩機を使って運び出されようとしたため保護の目的でここに運ばれてきたそうです。これも重要なミュージアムの仕事のひとつです。この巨礫には削岩機で開けられた複数の穴や突き刺さったままのタガネを見ることができます。

 

写真4–b:削岩機で開けられた2つの穴
写真4–b:削岩機で開けられた2つの穴

 

写真4–c:刺さったままのタガネ
写真4–c:刺さったままのタガネ

 

館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物、化石など2,000点以上に及びます。これらがテーマ別に非常に見やすく配置されており、観客の興味を満たしています。正面のエントランスから入ってすぐの休憩室のスペースでは学芸員による無料鑑定サービスが行われています。これは市民や観光客が海岸などで拾った石を鑑定してもらえるサービスで1人1回10個までだそうです。土日や夏休みになると鑑定を希望する人たちで行列ができるそうです。
展示コーナーに向かうと、まず大小のヒスイ礫が目に飛び込んできます。スクリーンに映し出された小滝川の風景とあわせて擬似的にヒスイ峡を訪れた気分を味わえます。来館者の心をつかむ演出です。

 

続く第1展示室は、「魅惑のヒスイ」コーナーです。糸魚川産のヒスイの逸品が展示されています。おなじみの緑色のヒスイ、ラベンダーヒスイの原石や遺跡から発掘された勾玉のレプリカなどが展示されています。

第2展示室は、「糸魚川大陸時代」がテーマです。糸魚川の地質がどのように形成されたのかを詳しく解説しています。さらにヒスイを科学的に詳しく紐解いています。
第3展示室は、「誕生日本列島」がテーマとして取り上げられています。フォッサマグナシアターと名付けられた大型スクリーンと床に広がるマルチ画面で雄大な地球創生の映画が上映されています。また、日本地質学の父と呼ばれるナウマン博士のドイツの自宅を模した展示で、フォッサマグナを発見した博士の生涯を紹介しています。
第4展示室は、「変わりゆく大地」をテーマに、日本海の海抜0mから白鳥山(1,286.9m)、犬ヶ岳(1,592m)を経て朝日岳(2,418m)を結ぶ北アルプス最北部の縦走路となる栂海新道(つがみしんどう)や標高2400mの活火山である焼山などの形成について紹介されています。
第5展示室は、「魅惑の化石」をテーマに日本国内や世界のいろいろな化石が時代別に展示されています。日本の名前がついた奇妙な形のアンモナイトのニッポニテスやシーラカンス、さらには草食恐竜の糞の化石などが興味をそそります。
第6展示室は、「魅惑の鉱物」をテーマに各種岩石・鉱物が展示されています。鉱物名になった日本人や日本で発見された新鉱物、新潟県の鉱床など、他の博物館では見られない展示が工夫されています。

 

フォッサマグナミュージアムでは、このような魅力ある展示が多く成されており、特に糸魚川のヒスイについて理解を深めることができます。北陸新幹線で結ばれたことも有り、関東近郊からの日帰りさえも可能です。ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

※【ユネスコ世界ジオパークとは・・・】

ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」 と 「公園(パーク:Park)」 とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、まるごと楽しめる場所をいいます。大地(ジオ)の上に広がる動植物や生態系(エコ)の中で人間(ヒト)は生活し、文化や産業などを築き、歴史を育んでいます。ジオパークでは、これらの「ジオ」、「エコ」、「ヒト」の3つの要素を楽しく理解することができます。
ジオパークでは、見所となる地形・地質の場所を「ジオサイト」に指定して、多くの人々がその場所の魅力を知り、将来にわたって継続的な保護を行います。その上で、これらのジオサイトを教育やジオツアーなどの観光活動などに活かし、地域を元気にする活動や、その地域の素晴らしさを発信する活動を行っています。
ユネスコ世界ジオパークは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の定める基準に基づいて認定された質の高いジオパークで、2015年11月の第38回ユネスコ総会において正式プログラムとなりました。2018年4月現在、日本には、「日本ジオパーク」が44地域あります。そしてそのうちの9地域がユネスコ世界ジオパークに認定されています。世界的には38カ国、140地域にユネスコ世界ジオパークがあります。
糸魚川地域では2009年に日本のジオパークとして初めてユネスコ世界ジオパークに認定されました。この年には雲仙火山を擁する島原半島(長崎県)と洞爺湖有珠山(北海道)が同時にユネスコ世界ジオパークに認定されています。
ユネスコ世界ジオパークに認定されるためには、まず日本ジオパーク委員会の審査を通過した後、世界ジオパークネットワークの加盟申請をします。書類審査や現地審査を経た後合格すればユネスコ世界ジオパークと名乗ることができます。ユネスコ世界ジオパークに一度認定されても4年に一度の再審査に合格しなければ加盟を取り消されるという厳しい規則があります。◆

小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)を訪ねて

PDFファイルはこちらから2018年11月PDFNo.47

リサーチ室 北脇 裕士

【日本の石(国石)ヒスイ】

2016年9月24日、日本鉱物科学会平成28年度総会にてヒスイが日本の国石に選定されました。

図 1:日本の国石となったヒスイ(フォッサマグナミュージアム提供)
図 1:日本の国石となったヒスイ(フォッサマグナミュージアム提供)

 

日本の石(国石)は日本鉱物科学会の一般社団法人化の記念事業の一環として考案されたものです。「日本で広く知られて、国内でも産する美しい石(岩石および鉱物)であり、鉱物科学のみならず様々な分野でも重要性をもつものを、「国石」として選定することにより、私たち日本人が立っている大地を構成する石について、自然科学の観点のみならず社会科学や文化・芸術の観点からもその重要性を認識するとともに、その知識を広く共有する」 という趣旨のもと取り組まれてきました。日本鉱物科学会のホームページにはヒスイが国石に選定された理由を以下のように述べています。「ヒスイ輝石やこの鉱物からなるヒスイ輝石岩は、日本列島のようなプレート収束域(沈み込み帯)の冷たい地温勾配の環境下でのみ形成されると考えられ、特に細粒でやや透明感をもったヒスイは宝石として高い価値を持ちます。ヒスイの産出は約5.5億年前より若い時代の蛇紋岩分布地域に限られ、藍閃石片岩や超高圧変成岩と同様、地球の冷却を示す岩石の一つです。ヒスイを敲(たたき)石として使ったものが、糸魚川市の大角地(おがくち)遺跡から発見され、縄文時代前期前葉の利用例として知られています。縄文時代に国内で加工された大珠は人類初のヒスイ加工の証であり、以後奈良時代まで利用された勾玉と共に日本史で重要な石であります。その後、日本からのヒスイの産出は忘れ去られますが、1938年に新潟県でヒスイが再発見され、翌年に学術論文として公表されます。そして現在では、新潟県糸魚川市をはじめ兵庫県養父市、鳥取県若桜町、岡山県新見市、長崎県長崎市など日本各地において野外で観察できるとともに、法律により保護されているところもあります。ヒスイの名は一般の人にも広く知られており、まさしく日本のシンボルであり、国石としてふさわしい石と認められます。」(注:日本鉱物科学会のHPには「ひすい」とひらがな表記されていますが、本稿では「ヒスイ」とカタカナで統一しています)

 

【小滝川でのヒスイの発見】

 

図2–1:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置
図2–1:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置

 

図2–2:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置
図2–2:小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)の位置(詳細)

 

日本国内の縄文、弥生、古墳時代の各地の遺跡からヒスイ製の勾玉や大珠などが見つかっています。 これらのルーツは現在ではすべて糸魚川地域であると考えられています。しかし、以前は日本で見つかるヒスイは大陸から渡来したものと考えられていました。なぜならば日本国内にはヒスイの産地が見つかっていなかったからです。

1938年に小滝川の支流のひとつ土倉沢の出会い付近でヒスイが発見されます。この発見に大きな役割を果たしたのが相馬卸風氏といわれています。相馬氏は明治から昭和にかけて歌人、文芸評論家として活躍する糸魚川在郷の知識人です。一般には早稲田大学の校歌の作詞で知られています。相馬氏は高志の国(現在の福井から新潟にかけて)の姫である奴奈川姫がヒスイの首飾りをしていたという伝説から、そのヒスイは地元産ではないかと考えていました。奴奈川姫はあくまでも伝説の人物ですが、数多くの資料が残されており、糸魚川の人々にとって特別な存在です。市内には「奴奈川姫の産所」など奴奈川姫にまつわる伝承地も数多く、式内社(しきないしゃ)である「奴奈川神社」にも、奴奈川姫と八千矛命(やちほこのみこと=大国主命)がともに祀られています。市内各地には奴奈川姫にちなんだ地名とともに、いくつもの伝承も数多く残っています。また、『万葉集』に詠まれた「渟名河(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜(あたら)しき 君が 老ゆらく惜(を) しも」(作者未詳)の歌において、「渟名河」は現在の姫川で、その名は奴奈川姫に由来し、「底なる玉」 はヒスイ(翡翠)を指していると考えられ、奴奈川姫はこの地のヒスイを支配する祭祀女王であるとも考えられています。

このような相馬氏のヒスイが地元にあるのではないかという発想が知人に伝えられ、ヒスイの調査が行われました。そして小滝川でのヒスイの発見に繋がります。見つけられたヒスイらしき石は幾人かを介して東北大学に届けられ、研究者らによって詳しく調べられました。その研究成果が、昭和14年(1939年)岩石鉱物鉱床学という科学誌に河野義礼(かわのよしのり)博士による「本邦に於ける翡翠の新産出及その化学性質」として発表されます。このヒスイ発見の経緯については、フォッサマグナミュー ジアム上席学芸員の宮島宏博士が専門誌で詳しく解説されています(地質学雑誌 第116巻 補遺 pp143‒153、2010年)。

 

【ヒスイの保護】

ヒスイの発見が最初に発表されたのが岩石・鉱物の専門誌であったためか、考古学者たちが日本からのヒスイ産出の情報を知るまでには少し時間が掛かったようです。今なら新聞、テレビ、雑誌、SNSなどで一瞬にしてこの手のニュースは拡散すると思われますが・・・。しかし、戦後になってようやく郷土研究家、考古学者を中心にヒスイの文化的価値が急速に認識され、重要視されるようになりました。そしてヒスイ保護運動が高まり、昭和29年(1954年)2月に小滝川のヒスイが新潟県指定の文化財になります。このときの指定内容は「明星山下の硬玉岩塊」とされ、指定地域についてはあいまいでした。 県の文化財に指定された後も、県外の複数の者たちによって発破を仕掛けてヒスイ岩塊を持ち出そうと する騒動が起こりました。これを契機に地元でも保護か開発かでゆれる時期があったそうです。そして、 これらの騒動が収束し、昭和31年(1956)6月には国指定天然記念物「小滝川硬玉産地」となり、指定地域も明確にされています。

 

【小滝川ヒスイ峡(小滝川硬玉産地)】

 

図 3:国の天然記念物であることを示す石碑
図 3:国の天然記念物であることを示す石碑

 

小滝川ヒスイ峡へのアクセスは自家用車がお勧めです。残念ながら直接ヒスイ峡まで行ける路線バス等の公共交通機関はありません。新幹線の停まる糸魚川駅にはタクシーがありますし、レンタカーも利用可能です。もし、徒歩で行く場合はJR大糸線小滝駅から片道およそ60分の行程となります。いずれにしても道路事情は必ずしもよくありませんので、ネット等で事前に情報収集することが必須です。 筆者はフォッサマグナミュージアム学芸員の竹之内博士の車で小滝川ヒスイ峡を訪れることができました。

 

図 4:明星山の大岩壁 ( 写真左のなだらかな斜面が蛇紋岩体 )
図 4:明星山の大岩壁 (写真左のなだらかな斜面が蛇紋岩体)

 

糸魚川は、過去に宝石学会(日本)の開催地になったことが2度あります(1992年と2002年)。 そのときのエクスカーションで小滝川ヒスイ峡を訪れる機会がありました。久しぶりではありますが、今回が3回目の訪問となりました。車で糸魚川市内から姫川沿いに国道148号線を南下し、JR小滝駅近くから県道483号に入り、山道を小滝川に沿って登っていきます。市内から小一時間走った頃、突然目の前に明星山の絶壁が現れます。明星山の岩壁は石灰岩からできており、ロッククライミングのゲレンデとして有名です。明星山は標高1188mで、岩壁の高さは500mもあります。明星山の西側にはややなだらかな傾斜の斜面があります。

 

図 5:小滝川ヒスイ峡(写真左が上流、右端がヒスイ産地の上流側境界)
図 5:小滝川ヒスイ峡(写真左が上流、右端がヒスイ産地の上流側境界)

 

図 6:小滝川ヒスイ峡のヒスイの転石(白っぽい岩がヒスイ)
図 6:小滝川ヒスイ峡のヒスイの転石(白っぽい岩がヒスイ)

 

植生も回りに比べてやや新しく緑鮮やかです。この部分は蛇紋岩です。蛇紋岩は水を吸うと膨張してもろくなる性質があり、この緩斜面は蛇紋岩の地すべりによってできた地形です。この緩傾斜地はその岩体の中にさまざまな種類の構造岩塊を含む蛇紋岩メランジュとなっています。小滝川ヒスイ峡のヒスイはこの蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれたものです。地すべりによって蛇紋岩岩体が小滝川に滑り落ち、その後の侵食によって蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられます。

図 7:天然記念物保護の注意書き
図 7:天然記念物保護の注意書き

 

図 8:天然記念物に指定される地域の上流側の境
図 8:天然記念物に指定される地域の上流側の境

 

ヒスイは低温高圧型の変成作用によって生成します。このような変成作用が生じるのは海洋プレートが 大陸プレートに沈み込んでいる場所(沈み込み帯もしくはサブダクションゾーンともいう)の地下20‒30kmと考えられています。沈み込み帯では冷たくなった海洋プレートが海溝の下に沈み込んでいくために、プレート同士が衝突して圧力が高いわりに他の場所より温度が低くなっています。最近の研究では、ヒスイの多くは橄欖(かんらん)岩が蛇紋岩化する際に関連した熱水溶液から生成したと考えられています。沈み込み帯では多量の海水を含む堆積物が海洋プレートとして地下深くに沈み込みます。 その際、橄欖岩が蛇紋岩へと変化する作用が生じます。それに伴って、局所的に蛇紋岩の割れ目に熱水溶液が発生し、ヒスイが生成します。このようなヒスイを含む蛇紋岩は回りの岩石よりも軽いため、大きな断層帯にそって上昇します。これが小滝川で見られるヒスイを伴う蛇紋岩メランジュなのです。◆

マントル深部からのダイヤモンド Diamonds originated from the lower part of mantle

PDFファイルはこちらから2018年9月PDFo.46

鍵 裕之
東京大学大学院理学系研究科

宝石の代表選手であるダイヤモンドは、砂川一郎先生(1924–2012)によって「地下からの手紙」と表現された。ダイヤモンドを入念に観察することで、ダイヤモンドの中に秘められた「手紙」を読み解き、地球深部の情報を知ることができると言う意味であろう。これまで天然ダイヤモンドの研究から、地球内部を構成する物質の理解が飛躍的に進展してきた。特に近年になって、マントル遷移層から下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究が盛んに行われている。天然ダイヤモンド、特に超深部起源ダイヤモンドに関連する地球内部科学の最近の研究動向について述べたい。
地球内部はどのような構造で、どのような物質でできているのか?教科書を開けば、地表から地殻、マントル(上部マントル、マントル遷移層、下部マントル)、核(外核、内核)という層構造をとると書かれている(図1) [1]。もちろんそれぞれの層に境界線があるわけではない。これらの層の境界では物質の密度が不連続的に変化しているため、不連続面とも呼ばれている。このような地球内部の密度構造は、地震波が伝搬する速度が地球内部で変化する様子から求められた。物質の密度は、物質を構成する元素組成によって変化する。重い元素(例えば鉄)が主成分になれば密度は高くなるし、比較的軽い元素(例えばマグネシウム)が主成分になれば密度は低くなる。一方、化学組成が同じであっても結晶構造が変化すれば密度も変化する。地震波伝搬速度の観測から地球内部の密度分布がわかっても、密度の変化が化学組成によってもたらされたのか、結晶構造の変化によってもたらされているかはわからない。地震波伝搬速度の解析に加えて、高温高圧実験、ダイヤモンドに代表される地球深部起源の天然試料の観察がまさに三位一体となって地球深部科学を発展させてきた。

 

図1-1:地球内部の層構造(図の作成は大学院生 福山鴻君による)
図1-1:地球内部の層構造(図の作成は大学院生 福山鴻君による)

 

図1-2:A,B, CはBass and Parise(2008)からの抜粋
図1-2:A,B, CはBass and Parise(2008)からの抜粋

 

高温高圧実験では、地球深部に相当する温度・圧力を実験室で再現して、地球深部に存在しうる鉱物を推定することができる。高温高圧実験には大型のマルチアンビル高圧発生装置(図2)やダイヤモンドアンビルセル(図3)を用いる。

 

図2:マルチアンビル高圧発生装置。愛媛大学地球深部ダイナミクスセンターに設置されているORANGE 3000
図2:マルチアンビル高圧発生装置。愛媛大学地球深部ダイナミクスセンターに設置されているORANGE 3000

 

図3:研究室で使用しているダイヤモンドアンビルセル。外形は約70 mm。(左)セルの外観。3本のネジで加圧していく。(右)セルの内部。上下に1対のダイヤモンドアンビルが装着されている
図3:研究室で使用しているダイヤモンドアンビルセル。外形は約70 mm。(左)セルの外観。3本のネジで加圧していく。(右)セルの内部。上下に1対のダイヤモンドアンビルが装着されている

 

高温高圧から急冷回収された試料を様々な手法を用いて分析することも多いが、常温常圧条件では不安定な鉱物もある。そのような場合はSPring–8やKEK Photon Factoryに代表される放射光実験施設で得られる指向性が高く、細いX線ビームを用いて、高温高圧の状態のままでX線回折を測定し、マントルに相当する条件で鉱物の結晶構造の解析が行われている。また、X線回折では決定することが困難な結晶中の水素原子の位置を決定するためには、中性子回折の測定が不可欠である。中性子回折の散乱強度は元素の電子数に依存しないため、水素を代表とする軽元素の位置決定やMg2+, Al3+, Si4+などの等電子数イオンを区別することが可能である。茨城県東海村に建設された大強度陽子加速器施設(J–PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に、超高圧中性子回折装置PLANET (Pressure–leading apparatus for neutron diffraction)が稼働している[2](図4)。

 

図4:大強度陽子加速器施設(J−PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された超高圧中性子回折装置PLANET (左)ビームラインの外観(右)PLANETビームラインに設置された大型マルチアンビル高圧発生装置(圧姫)
図4:大強度陽子加速器施設(J−PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された超高圧中性子回折装置PLANET
(左)ビームラインの外観 (右)PLANETビームラインに設置された大型マルチアンビル高圧発生装置(圧姫)

 

冒頭に述べたとおり、ダイヤモンドは地下からの手紙である。手紙に書かれた文字が、ダイヤモンドの結晶に取り込まれている鉱物や流体などの包有物(inclusion)と考えることもできる。包有物とはダイヤモンドが地球深部で結晶成長する際に周囲からダイヤモンドの結晶内部に取り込まれたものである。ダイヤモンドの熱力学的安定領域を考えると、ダイヤモンドは深さ150 km以上のマントルで生成したことになるので、ダイヤモンド中の包有物はマントルに存在している物質を取り込んだと考えられる。ダイヤモンドは最も硬い物質であるため破壊されにくく、また極端な酸化的条件でない限り反応することがないため化学的にもきわめて安定な物質である。したがって、天然ダイヤモンドは地球深部物質を包有物として安定に地表まで運ぶことができる頑丈なカプセルであり、貴重な研究試料である。地球深部で取り込まれた包有物の周囲にはギガパスカル(GPa)オーダーの圧力が残っている。図5に示すように地球内部でダイヤモンド中に包有物が取り込まれたときには、包有物と周囲のダイヤモンドは力学的につり合った状態にある。

 

図5:横軸に温度、縦軸に圧力を取った状態図。右上に位置する高温高圧状態にある地球深部でダイヤモンドが成長し、周囲に存在していた包有物を取り込む。地表に上がる過程で包有物とホストダイヤモンドの熱膨張係数、圧縮率の違いから包有物に圧力が生じる。
図5:横軸に温度、縦軸に圧力を取った状態図。右上に位置する高温高圧状態にある地球深部でダイヤモンドが成長し、周囲に存在していた包有物を取り込む。地表に上がる過程で包有物とホストダイヤモンドの熱膨張係数、圧縮率の違いから包有物に圧力が生じる。

 

地球深部から地表にダイヤモンドが上昇する際に温度が下がるため包有物もダイヤモンドも体積が減少する。また、圧力が低下するため包有物もダイヤモンドも体積が増加する。包有物とダイヤモンドの熱膨張率、圧縮率はそれぞれ異なり、地表に上がると包有物の方が周囲のダイヤモンドよりも体積が大きくなるため、包有物周辺には圧力がかかる。このことを初めて報告したのはNavon (1991)で、ダイヤモンド中の石英包有物に帰属される赤外吸収スペクトルが高波数側へシフトすることから残留圧力(約1 GPa)を求めた[3]。天然ダイヤモンドの包有物として、固体二酸化炭素[4]、氷VI相[5]、氷VII相[6]などいずれも常圧下では存在できない高圧相が報告されている。これらの包有物はダイヤモンドが生成したマントル中に二酸化炭素や水といった揮発性物質が存在した直接的な証拠となっている。図6と図7に筆者らが測定したダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを示す。包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。

 

図6:ダイヤモンド中に含まれるクロムスピネルとかんらん石の包有物。ダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを取ると包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。(Kagi et al., 2009より[21])
図6:ダイヤモンド中に含まれるクロムスピネルとかんらん石の包有物。ダイヤモンドのラマンスペクトルの2次元マッピングを取ると包有物周辺に圧力が残留している様子がわかる。(Kagi et al., 2009より[21]

 

図7:Sao-Luiz産下部マントルダイヤモンドに含まれるブリッジマナイト包有物(左)EBSDマップ。色の変化はダイヤモンドの結晶方位のずれを示している。(右)ラマンスペクトルの2次元マッピング (Cayzer et al., 2008より[22])
図7:Sao-Luiz産下部マントルダイヤモンドに含まれるブリッジマナイト包有物(左)EBSDマップ。色の変化はダイヤモンドの結晶方位のずれを示している。(右)ラマンスペクトルの2次元マッピング (Cayzer et al., 2008より[22]

 

このようにダイヤモンド中の包有物そのもの、あるいは周辺のダイヤモンドに蓄積された圧力を検出するにはラマン分光法が有益である。もちろんX線回折によって鉱物あるいはダイヤモンドの格子パラメーターを求めても良い。圧力がかかっていれば物質の硬さに応じて格子パラメーターが小さくなるはずである。しかし、圧力検出の感度、そして空間分解能という意味でラマン分光法の方が圧倒的に有利である。

ごく最近発見された氷VII相の包有物には10 GPaにも及ぶ圧力が残留しており、水が包有物としてダイヤモンドに取り込まれた圧力(ダイヤモンドが生成した圧力)を復元すると24 GPaとなり、このダイヤモンドが下部マントルに起源をもつことも明らかになった。下部マントルに水が存在していた直接的な証拠と考えることもできるが、取り込まれた包有物が地上に上昇する過程でダイヤモンド内部において脱水反応を起こして水を生成したという可能性も否定できない。2018年8月にボストンで開かれたGoldschmidt ConferenceでもTschaunerによる氷VII発見に関する研究発表があった。Navon教授(前述のようにダイヤモンド中の包有物に圧力がかかっていることを最初に報告した研究者)と意見交換を行ったが、ダイヤモンド中に純粋な氷が存在することはとても不思議(信じがたい)と感じた。ダイヤモンド中の流体包有物にはカリウムイオンや塩化物イオンが含まれていることが一般的であるからだ。
多くの天然ダイヤモンドは深さ150 kmから200 kmの上部マントルに起源をもつが、上に述べたようにマントル遷移層(深さ410 km〜660 km)や下部マントル(深さ660 km〜2890 km)に由来する包有物を取り込んだ超深部起源ダイヤモンド(英語ではsuper–deep diamondあるいはsublithospheric diamondとよばれる)に関する研究も最近は多数報告されている。高温高圧実験と地震波伝搬速度の観測から、下部マントルの主要構成鉱物はフェロペリクレース(化学式は(Mg, Fe)O)とブリッジマナイト(MgSiO3)であることがわかっているので、これらの鉱物組み合わせがダイヤモンド中の包有物として発見できれば、そのダイヤモンドは下部マントルに起源を持つと推定することができる。Scott Smith et al. (1984)は、最初にこれらの下部マントル鉱物を南アフリカのKoffifonteinキンバライトパイプから産出されたダイヤモンドから発見した[7]。その後1990年代に入り、ブラジルから多くの下部マントル起源のダイヤモンドが発見された[8]。超深部起源ダイヤモンドに関しては優れたレビュー論文がいくつか出版されているので、専門的な詳細についてはそちらを参照されたい[9, 10]。2018年に入って、これまで見つかっていなかったCaSiO3ペロブスカイトが天然ダイヤモンド中の包有物として発見された[11]。ホスト鉱物であるダイヤモンドの炭素同位体組成を二次イオン質量分析計で測定したところ–2.3 ‰から–4.6 ‰の範囲で分布し、特にCaSiO3ペロブスカイトが取り込まれていた部分の炭素同位体組成は–2.3 ‰で、典型的な上部マントル起源のダイヤモンドがもつ炭素同位体組成(約–5.5 ‰)と比べて有意に高かった(炭素の安定同位体には12Cと13Cがあり、炭素同位体比は標準物質の炭素同位体比からの相対値δ13C (‰) = [(13C/12C)試料/(13C/12C)標準 – 1] x 1000で表される。生物起源の有機物は軽い同位体である12Cに富むため−25‰前後であるのに対し、炭酸塩の炭素同位体組成は約0 ‰となる。)。このことは海洋地殻と炭酸塩起源の炭素が地表から下部マントルの深さまで沈み込んでいることを示唆している [12, 13]。CaSiO3ペロブスカイトはケイ酸塩の結晶構造に入りにくい不適合元素であるK, U, Thを高濃度で結晶構造中に取り込むことができる性質をもつ。Kは放射性同位体である40Kをもち、U, Thは放射性元素であるため、これらの元素は放射壊変の際に熱を発し、地球深部での熱源となる。地球内部の熱収支を議論する上でも重要な発見と言える。

 

マントル中の水(水素)に関連した重要な発見もダイヤモンドの包有物の研究から報告された。2014年にリングウッダイト(ringwoodite, かんらん石の高圧相で深さ500 kmから660 kmのマントル遷移層の領域で安定)の含水相がダイヤモンド中の包有物として見つかった [14]。マントル遷移層の主要構成鉱物であるリングウッダイトには、高温高圧実験から最大で2 wt.%程度の水が取り込まれることが既にわかっていた[15]が、実際に地球内部にこれだけの濃度の水が存在するかどうかは全くわかっていなかった。天然ダイヤモンド中から見つかった含水リングウッダイトは、高温高圧実験と同様の濃度レベル(1 wt.%)の水を含んでおり、このダイヤモンドが成長したマントル遷移層での水の存在を示す直接的な物証となる。今後、このような含水リングウッダイトの包有物がさらに発見されて、水素同位体組成が測定されれば、地球の進化過程で水がどのように地球深部に取り込まれたかが明らかになるだろう。
ところで、ダイヤモンド中の包有物として窒素が最近、注目されている。窒素はダイヤモンドの結晶構造に取り込まれる最も主要な不純物であることは言うまでもない。ダイヤモンドの赤外吸収スペクトルから決定される窒素の欠陥構造は天然ダイヤモンドが受けた熱履歴を知るうえで重要な情報をもたらす。窒素は大気の主要成分であるが、地球全体で考えると窒素の量は不足しており地球深部に現在でも取り残されている可能性がある。ダイヤモンド中に包有物として窒素あるいは窒素を主成分とする物質が発見されれば、地球深部に窒素のリザーバー(貯蔵庫)が存在する有力な証拠となりうる。KaminskyとWirthは透過電子顕微鏡(TEM)観察から下部マントル由来の超深部起源ダイヤモンドから鉄窒化物(Fe2N, Fe3N)と鉄炭化窒化物(Fe9(N0.8C0.2))の包有物を発見した [16]。これらの包有物はマントル最下部で液体の鉄と反応して生成したと考えられ、窒素がマントル最下部から核の領域に存在しうることを示唆している。また、TEM観察と赤外吸収スペクトルの観察から、乳白状のナノインクルージョンとしてアンモニアがダイヤモンドに取り込まれているという報告もある[17]。窒素は酸化状態に応じて窒素酸化物、N2、アンモニアといった分子形態を取り、アンモニアの存在はマントルの還元的条件での窒素の化学状態を反映していると考えられる。超深部起源ダイヤモンドからはマイクロインクルージョン(平均150 nm)とナノインクルージョン(20–30 nm)の存在が透過電子顕微鏡の観察から報告されている [18]。Navonらはこのような微小な包有物が固体結晶状の窒素(δ–N2)でできていて、その残留圧力が約11 GPaに及んでいることなどを報告している[19]。窒素の微小な包有物は、ダイヤモンド格子に不純物として含まれていた窒素原子が、地球深部の条件で離溶して生成したと解釈されている。

 

ごく最近になって、ホウ素を含む青色のtype IIbダイヤモンドが下部マントルに起源をもつという論文が発表された[20]。ホウ素は周期表上では窒素と同様に炭素に隣接する元素で、ダイヤモンド結晶中には窒素と同様に容易に取り込まれる。しかし、ホウ素は地殻に濃集している元素で、マントルにおけるホウ素濃度はきわめて低いと考えられていた。今回の発見はマントル深部(下部マントル)にもホウ素が豊富に存在することを示唆しており、これまでの地球化学的な常識を大きく覆した研究結果と言える。この論文では海洋堆積物が地球深部に沈み込んでリサイクルされる際にホウ素が一緒に地球深部まで潜り込んだと解釈している。一方で、地表からマントル遷移層・下部マントルまでどのような化学形態でホウ素が移動していったのか、特定のマントル構成鉱物にホウ素が安定に取り込まれることがあるのか、と言った研究課題に今後は取り組んでいく必要性を感じた。今後もダイヤモンドの研究が起爆剤となって、高温高圧実験とも連携しながら新たな地球内部の理解が進んで行くであろう。◆

 

【参考文献】
[1] J. D. Bass and J. B. Parise (2008) Deep earth and recent development in mineral physics. Elements,4, 157–163.

[2] T. Hattori, A. Sano–Furukawa, H. Arima, K. Komatsu, A. Yamada, Y. Inamura, T. Nakatani, Y. Seto, T. Nagai, W. Utsumi, T. Iitaka, H. Kagi, Y. Katayama, T. Inoue, T. Otomo, K. Suzuya, T. Kamiyama, M. Arai, T. Yagi (2015) Design and performance of high–pressure PLANET beamline at pulsed neutron source at J–PARC. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A, 780, 55.

[3] O. Navon (1991) High internal pressures in diamond fluid inclusions determined by infrared absorption. Nature, 353, 746.

[4] M. Schrauder, O. Navon (1993) Solid carbon dioxide in a natural diamond. Nature, 365, 42.

[5] H. Kagi, R. Lu, P. Davidson, A. F. Goncharov, H.–k. Mao, R. J. Hemley (2000) Evidence for ice VI as an inclusion in cuboid diamonds from high P–T near infrared spectroscopy. Mineralogical Magazine, 64, 1057.

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【著者紹介】

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鍵 裕之
1965年 生まれ
1988年 東京大学理学部化学科卒業
1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退
1991年 筑波大学物質工学系助手
1996年 ニューヨーク州立大学研究員
1998年 東京大学大学院理学系研究科講師
2010年 同 教授 現在に至る。
■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化