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ルビーの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について

PDFファイルはこちらから2020年10月PDFNo.57

リサーチ室 北脇 裕士

 はじめに  ルビーは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもルビーとサファイアを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3を占めると言われています。CGLでもコランダム宝石は毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。ミャンマー産の非加熱ルビーは世界的なオークションにおいても常に高額で落札されるなど、ルビーには古来高級宝石のイメージがあります(写真–1)。いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なルビーのジュエリーやアクセサリーも販売されています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱や含浸などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なルビーだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでもが宝石として利用できるようになりました。2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。また、過去には米国によるミャンマー産ルビーとヒスイの輸入禁止という、宝石にはそぐわない政治的影響をこうむったという現実もあります。  このようにルビーの原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではルビーの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。 ルビーとは  ルビーは微量のクロム(Cr)を含有しています。この元素はコランダム(化学式:Al2O3)の主元素であるアルミニウム(Al)とは地球化学的に相反する性質を有しています。というのは、アルミニウムは地球の表層部あるいは大陸地殻と呼ばれる陸地を形成する地域に多く存在するのですが、クロムは地球のやや深部あるいは海洋地殻と呼ばれる海底を形成する地域に分布する傾向にあります。簡単に言うと一緒に存在し難い元素が偶然出会ってルビーの結晶ができているのです。さらに言えば、クロムは存在度の極低い(地球上に少ない)元素で、しかも宝石のきれいな色の原因になりますから、ルビーは美しく希少性の高い宝石になるわけです。  ルビーの地質学的な起源は、1)アルカリ玄武岩関連、2)広域変成岩(苦鉄質岩~超苦鉄質岩)、3)大理石(結晶質石灰岩)に大別できます。アルカリ玄武岩を母岩とする産地はタイ、カンボジアなどで鉄(Fe)などの不純物元素を多く含むことからやや暗味のある色調となります。大理石を母岩とするミャンマー、アフガニスタンやベトナム産のものは不純物元素も少なく、鮮やかな色調のものが多く見られます。広域変成岩に分類される苦鉄質~超苦鉄質岩を母岩とする産地はケニア、タンザニア、マダガスカルおよびモザンビークなどで、概して前二者の中間的な鉄の含有量で蛍光性がやや弱めとなります。 このようにルビーはそれぞれの産地によって若干の色合いの違いが見られます。しかし、ほとんどのルビーは市場で好まれる色にするために加熱が施されており、見た目だけで産地を言い当てるのは困難です。特に似たような地質環境で成長したルビーはなおさらです。ただ、なんとなくその産地らしい色合いというものがあり、並べてみると判ることがあります(写真–2)。 ルビーの原産地  宝石質ルビーの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらのルビーの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、ルビーがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–1)。  最も古い時代のルビーはグリーンランドに見られます。ここでは生命が誕生する以前の29.7~26億年前の始生代と呼ばれる地質時代の変成岩類から採掘されています。グリーンランドのルビー形成は非常に古いのですが、発見されたのは新しく1960年代に入ってからです。商業的に生産されるようになったのは2015年の夏頃からといわれており、今後に期待される産地といえます。  2番目のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生していました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はルビーをはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。ケニア、タンザニア、モザンビーク等のアフリカ諸国やマダガスカル、インドおよびスリランカのルビーはこの時代に形成しています。  3番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動です。この時代に形成した大理石を起源とするルビーが、ミャンマーをはじめアフガニスタン、タジキスタンおよびベトナム等に見られます。  4番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したルビーを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。ダイヤモンドを運搬したキンバーライトと同様です。このようなアルカリ玄武岩起源のルビーにはタイ産やカンボジア産等があります。 原産地鑑別の限界  宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自の意見として理解されています。このopinion(意見)という考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–3)。  原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければならなりません。  検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばミャンマー産、ベトナム産、アフガニスタンおよびタジキスタン産の大理石起源のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。 【ミャンマー】  ミャンマーには高品質のルビーを産出する世界的にもっとも重要なMogok(モゴック)鉱山があります。歴史的なロイヤル・ジュエリーにセットされているルビーのほとんどはこのモゴックで採掘されたものです。また、世界的に著名なオークションにおいて1ctあたり$50,000以上の価格が付けられた150個以上のルビーのうちモゴック産でなかったものは12個に過ぎなかったという報告もあります。その他にもMong Hsu(モンスー)、Nanyaseik(ナムヤ―)などの著名なルビー鉱山があります(図–2)。これらはすべて白色のドロマイトもしくはカルサイトの結晶粒から成る大理石(結晶質石灰岩)を母岩としています(写真–4)。大理石はタイ産などの玄武岩起源とは異なり、色調に暗みを与える不純物が少ないため、ミャンマー産のルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と呼ばれるような鳩血色の濃くて鮮やかな色調になります。  モゴック鉱山では6世紀の頃からルビーが採掘されてきたと言われています。ビルマの史録に、1597年にモゴックの鉱床がシャン族からビルマ国王の手に渡ったとされています。19世紀に入って英国がこの地を支配すると、宝石の採掘と売買に関しても監視するようになりました。1887年に英国主導のビルマ・ルビー・マインズ社(BRM)が設立され、機械化された採掘が行われました。BRMが採掘していた跡地は大雨などで排水溝が破壊されてその後大きな湖となり、今も往時の繁栄を垣間見ることができます(写真–5)。1930年代に英国人が撤退すると、現地人の手による採掘が再開されました。採掘方法は彼らに馴染の深い昔ながらの手法に戻り、経験に基づく作業が行われていました。1963年にはビルマ政府によって事業は完全に国営化され、外国人による採掘や販売はすべて禁止され、実質上鉱山への立ち入りが不可能になりました。1990年代になると、これらの規制は緩やかになり、政府と個人企業に因る合弁事業が許可されるようになり、昔ながらの手法に加え(写真–6)、近代的な採掘が行われるようになりました(写真–7)。さらに最近の数年間のうちにミャンマーの宝石取引は革新的な変化を遂げました。宝石の個人売買と合法的な輸出入が可能となり、多くの外国人によって活発な商取引がなされるようになっています(写真–8)。  ミャンマー東部、タイとの国境を持つシャン州にモンスー鉱山があります。1990年代の前半にこの地のルビーに対する加熱技術が向上し、市場性が一気に高まりました。この新しい技術はこれまでとは異なり、硼砂などのフラックスを添加して高温で加熱するものでした。これによって暗い小豆色をしていた結晶原石が鮮やかな赤色に変化し、良質の宝石品質ルビーが大量に供給されることになりました。このため、安価に天然のルビーが市場に供される結果となり、比較的製造にコストのかかるフラックス合成ルビーのメーカーが宝石市場から撤退したという話が伝えられているほどです。  モンスー産のルビーは正規には政府が管理したエンポリアム(入札会)を経て海外に輸出されます。しかし、一部のものはタイとの国境付近にあるMae Sai(メイサイ)を経由してバンコクやチャンタブリに密輸されていたようです。  ナムヤー(あるいはナヤン)はミャンマー北部のカチン州にある北部最大の町で、ヒスイの鉱山として有名なパカンの近傍にルビー鉱山があります。現地ではかなり以前からルビーの存在が知られていましたが、正式な鉱山として鉱山省に認められたのは2000年代に入ってからです。ナムヤーはルビーと共にレッド・スピネルの産出地として宝石ディーラーの間では良く知られています。ルビーもレッド・スピネルもモゴック産のものよりも明度の高い赤色~ピンク色を呈しています。ナムヤー鉱山は歴史が浅く、採掘方法も単純で採掘量も世界の需要を満たせるレベルには達していません。日本国内でも見かける頻度はまだまだ低く、これからが期待される産地です。そして、現時点ではナムヤー鉱山産のルビーのほとんどは加熱されていないようです。 ◆ミャンマー産ルビーの特徴  ミャンマー産ルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と表現される美しい色調を示します。もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、冒頭で紹介したように世界的な人気を博しています。歴史的にも評価されているミャンマー・ルビーはすべてモゴック産のものです。他の鉱山のものは比較的新しく、ルビーの知名度としてはモゴック鉱山産には及びません。 モゴック鉱山産のルビーは細く短いシルク・インクルージョンが特徴です(写真–9)。これらは密集してクラウド状になることもあります。丸みを帯びたカルサイトやアパタイトの透明結晶を内包することが多く、木の切り株を思わせることからスタッビィ結晶インクルージョンと称されます(写真–10)。時にスフェーンやネフェリンの無色透明結晶も含まれています。また、ガム・シロップを溶かし込んだ時のようなモヤモヤとした成長構造を示すことがあり、糖蜜状組織と呼ばれています(写真–11)。 モンスー鉱山産のルビー原石は、そのほとんどがバンコクやチャンタブリで加熱されています。原石は全体的に小豆色をしており、結晶の中心部に濃い青色の成長分域を持つのが特徴で、通常は加熱によってこれを除去して鮮やかな赤色にしています。したがって、ファセット・カットされた非加熱のモンスー鉱山産ルビーには、たいていこの青色色帯が認められます(写真–12)。しかし、加熱温度が低い場合は処理後も青色色帯が残存することがあるため、注意が必要です。また、毛羽立ったような立体的に配列する微小インクルージョン(写真–13)やコメット(彗星の尾)状インクルージョン(写真–14)もこの地のルビーの特徴のひとつです。 【タイ/カンボジア】  タイおよびカンボジアは昔からミャンマーに次ぐルビー、サファイアの重要な産地です。 1850年の鉱床発見以来、19世紀後半から世界のルビーやサファイアの宝石需要を支え続け、1980年代には最盛期を迎えます。しかし、1990年代以降、ミャンマーのモンスー鉱山から大量のルビーが産出したため、商業的に太刀打ちできなくなり、タイ産ルビーの輸出量は激減しました。現在タイは、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にバンコクやチャンタブリでは常にコランダムの新しい加熱技術が発達し、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。  タイのチャンタブリから南東へおよそ50~70kmにBo Rai(ボーライ)と Nong Bon(ノンボン)のルビー鉱区があります。この地区一帯には玄武岩が広く分布しており、タイでは最大規模のルビー鉱山です。そして道路事情もよく利便性の高い地域として知られています。この2地区はブルドーザーなどの重機が利用されるなど機械化が進んでいます。タイ産のルビーは他国の産地と同様にサファイアよりは小粒です。しかし、10ct以上の良質の結晶も採掘されており、1985年には150ctのこの地区で最大の結晶が見つかっています。近年では産出量が激減しているようです。  タイとの国境に程近いカンボジアのパイリン地区にルビーの鉱区が広がります。この地区も玄武岩を母岩としています。この玄武岩溶岩は4つの丘陵を形成しており、それぞれに鉱区が分かれています。今でも機械を使って採掘している鉱区もありますが(写真–15)、多くは農民などが農閑期に河床で小規模に採掘しています(写真–16)。カンボジアで産出するルビーもたいていはタイ産としてチャンタブリやバンコクで加熱され、市場に出て行きます(写真–17)。 ◆タイ/カンボジア産ルビーの特徴  タイ産およびカンボジア産のルビーは一連の第四紀アルカリ玄武岩を母岩としており、特徴が酷似しています。ここではタイ/カンボジア産ルビーとして一緒に扱います。この地のルビーは鉄分を多く含有するために、ミャンマー産ルビーと比較するとやや暗みを感じます。たいていはこの暗味を除去して明るくするために酸化雰囲気で加熱されます。しかし、透明度が高く、しばしばルーペクリーン(ルーペで内包物が見られない)のものに出くわします。結晶原石の形態に関連すると思われますが、カットされた石の厚みが薄くペタンとした形状のものが多いような気がします。また、紫外線蛍光が比較的弱いのもタイ/カンボジア産ルビーの特徴です。  タイ/カンボジア産のルビーにはミャンマー産のようなシルク・インクルージョンは見られません。このことはすでに1940年の宝石学の文献にスイスのグベリン博士によって記載されています。タイ/カンボジア産ルビーには、しばしば結晶とその周りを取り巻く液体インクルージョンが見られます(写真–18)。また、他の産地と比較して双晶面が多く、それらが交差した場所にはチューブ状のインクルージョンが発生し、産地特徴の一つとなっています(写真–19)。タイ/カンボジア産ルビーの特徴に平面状に分布した液膜インクルージョンがあります。これらは球状のネガティブ・クリスタルを取り囲んだ幾何学的な形態の液膜(写真–20)と中心部にネガティブ・クリスタルをもたない六角板状の液膜(写真–21)があります。いずれも方向性があり、暗視野照明では見えにくいのですが、強いファイバー光などが適切に当たると一斉に視界に浮かび上がります。 【スリランカ】  スリランカは紀元前の頃からさまざまな宝石を産出した記録があります。その種類、量および品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。ルビーの母岩は古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはすべて二次的に再堆積した漂砂鉱床からです(写真–22)。スリランカ産のルビーは、ミャンマー産の“ピジョン・ブラッド”に比べると明度が高く、ピンク気味のものが多いようです(写真–23)。ルビーの加熱処理が最初に行われたのはスリランカで、2000年前にさかのぼるといわれています。ルビーに含まれる青味を除去するために 伝統的に吹管(brow pipe)が用いられていました(写真–24)。 ◆スリランカ産ルビーの特徴  スリランカ産ルビーの内部特徴としては、第1に シルク・インクルージョンが挙げられます。ミャン マー産のルビーに見られる微細な針のクラウド状 の集合に対して、細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様(フィンガー・プリント)を呈します。また、小さな虫が飛んでいるような結晶インクルージョンも頻度高く見られます(写真–25)。これらはジルコンの結晶で、周囲に見られるテンション・クラックが後光(ヘイロー)のように見えることからジルコン・ヘイローと呼ばれています。 【ベトナム】  ベトナムでは1987年にハノイから北東へ150kmのLuc Yen(ルクエン)でルビーの鉱床が発見されました。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chaw(クイチョウ)でも上質のルビーが発見され、日本のテレビでも放映されるなど話題となりました。しかし、発見当初は本当にベトナムからルビーが産出するのかと世界の宝飾業界は懐疑的な目を向けていました。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石ロット中に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによります。当時ベトナムへ買い付けに行った業者が日本国内に持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がそれを物語っています。1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されました。先に発見されていた場所は断層沿いを流れるChay川の東側でしたが、新鉱山は西側の地区でした。旧鉱山では大理石を含む変成岩からルビーやピンク・サファイアなどを産出しましたが(写真–26)、新鉱山では片麻岩および片岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出しました。日本の宝石市場ではベトナム産スター・ルビーとして、この新鉱山のパープル系のやや半透明のものが良く知られています(写真–27)。 ◆ベトナム産ルビーの特徴  ベトナム産ルビーは、大理石起源のためミャンマー産と外観も内部特徴も良く似ています(写真–28)。平面上にそれぞれが120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンが見られますが、頻度は低めです。ミャンマー産と同様の丸みを帯びた透明結晶(写真–29)や糖蜜状の組織も観察されます(写真–30)。黎明期の宝石学の教科書には糖蜜状組織はミャンマー産の診断特徴とされていますが、ベトナム産にも見られるので注意が必要です。ベトナム産にはクラウド状に密集した微小インクルージョンが頻度高く観察されます。また、不規則な形態の青色色帯も頻繁に見られます(写真–31)。ベトナム産にはブラインド状双晶面や絣(かすり)様の微小インクルージョンが見られることがあります(写真–32)。 【カシミール】  カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンムー・カシミール藩王国があった地域で、標高8000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。カシミールはブルー・サファイアが世界的に有名ですが、ルビーの鉱山もあります(図–3)。  1979年、カシミールのAZAD地域Nangimali(ナンギマリ)山峰(海抜およそ4350m)で、大理石の巨礫から小粒のルビー原石が発見されましたが、山岳地のために生産性が悪く、継続的な採掘は行われませんでした。その後、AZAD KASHMIR MINERAL &INDUSTRIAL DEVELOPMENT CORPORATION (AKMDC)による調査が継続され、2000年代以降、品質のよい大粒結晶が採掘され、年1〜2回の国内向けのオークションが行われるようになっています。  2006年頃にAZAD地区北西部のBatakundi(バタクンディ)から赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています(写真–33)。これらのうち赤味の強いものは商業的にインダス・カシミール・ルビーとも呼ばれています。 ◆カシミール産ルビーの特徴  ナンギマリ産のルビーの特徴のひとつはブラインド状双晶面です。これらは、1方向だけのものもありますが、2方向がほぼ90°に交差したものも見られます(写真–34)。双晶面は他の産地のルビーにも珍しいものではありませんが、過去に比較的流通量の多かったミャンマーのモンスー産にはほとんど見られないため、両者の識別の手がかりにはなると思われます。ナンギマリ産ルビーの固体インクルージョンとしては自形のルチル、白色半透明のカルサイト等が見られます。液体インクルージョンは普遍的な内包物です。時にタイ産ルビーに見られる平面的に分布する幾何学的な液膜インクルージョンが見られます。  バタクンディ産のルビーは紫色の色帯が特徴的です(写真–35)。しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます(写真–36)。 【マダガスカル】  マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません。ルビーおよびサファイアの鉱山もこの20年で数多く知られるようになりました(図–4)。  マダガスカルでは2000年の9月、島の中央部の東海岸に位置するVatomandry(バトゥマンドリ)から良質のルビーが産出され注目を浴びました。しかし、サイズが小さく採掘も1年ほどでほとんど終わってしまいました。  2000年の11月にはバトゥマンドリから西北におよそ300kmの場所にあるAndilamena(アンディラムナ)に重要なルビー鉱床の発見がありました。2001年には良質のものが見つかり、2004年にはさらに重要な発見がなされています。  2012年の春にはバトゥマンドリとアンディラムナの中間付近に位置するDidy(ディディ)からも良質のルビーが発見されました。2015年以降もアンディラムナの近郊で新たな鉱山が発見されるなど、マダガスカルは常に注目をされる産地となっています。かつてはミャンマー産ルビーのロットに混ぜられてミャンマー産として販売されていることもありましたが、近年、マダガスカル産のルビーは、宝石マーケットにおいて一定の認知を得た感があります。 ◆マダガスカル産ルビーの特徴  マダガスカル産のルビーは、どの鉱区も広域変成岩起源で短いシルク・インクルージョン(写真–37)が見られます。ミャンマー産の密集したクラウド状シルクと細長いスリランカ産シルクの中間の特徴を持っています。たいていの場合、ざらめ状のジルコン結晶のクラスターが見られ(写真–38)、マダガスカル産のランド・マークになります。しばしば双晶面も見られます。 【ケニア】  汎アフリカ造山運動の中心地でもあったケニア~タンザニアにかけての地域には著名なルビーの鉱山が数多くあります(図–5)。  ケニアでもっとも著名なルビー鉱山は、タンザニアとの国境に近いMangari(マンガリ)地区にあります。1973年にアメリカの鉱物学者のJohn Saul氏が発見し、世界的にはJohn Saul(ジョンソール)鉱山として知られています。機械化された採掘が行われていますが、ほとんどはカボション・カットにされるクオリティです。超塩基性岩に伴って産出しますが、例外的に鉄分の含有量が少なく、赤色蛍光も強いためミャンマー産ルビーと間違えられるような高品質のものもあります。  2005年にナイロビの北部に位置するBaringo(バリンゴ)から玄武岩起源のルビーが発見されています。  また、隣国ウガンダに近い北西部のPokot(ポコット)からは大理石起源のルビーが発見されています。このようにケニアでは1カ国からさまざまな地質起源のルビーの産出があり、鉱山ごとの特徴を捉えておく必要があります。 ◆ケニア産ルビーの特徴  マンガリ地区のルビーはほとんどがカボション・カットにされていますが、透明度の高いものはファセット・カットされています(写真–39)。ブラインド状双晶面が良く発達しており、交差した針状インクルージョンが見られます。液体インクルージョンは、フラックス合成ルビーのフェザーのようなものがあり、強烈な赤色蛍光と合わせて合成ルビーと見まがう程です。 【タンザニア】  タンザニアは20世紀以降、アフリカ大陸におけるさまざまな宝石の新たな産地として注目を集めています。良質のルビーが複数の鉱山から産出しています(図–6)。  Longido(ロンギド)は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。産出は散発的でしたが、1980年代後半からシステマティックに採掘されるようになりました。多くはニア・ジェム品質ですが、母岩である緑色のゾイサイトとのコントラストが美しいため、ルビー・イン・ゾイサイトとして彫刻などに利用されています。  1950年代からUmba(ウンバ)地区ではルビーやサファイアが採掘されています。1989年にタイと現地の企業が合弁し、世界各地への輸出が強化されました。日本国内で宝石学のバイブルとして親しまれている文献やテキストに東アフリカ産として紹介されているのは主にこの地のものです。  Morogoro(モロゴロ)は、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています(写真–40)。    Tunduru(トゥンドゥル)は、1990年代の半ばに農夫によって河床からさまざまな宝石が発見され、その後東アフリカ地域の重要な宝石鉱床へと発展します。ルビー、ピンク・サファイアの他にカラーチェンジ・タイプを含む各色のサファイアを産出しています。  Songea(ソンゲア)は各色のサファイアを産出することで知られています。2001年9月頃から日本市場にオレンジレッド~レディッシュオレンジのルビーと呼ぶには少し馴染みのない色のコランダムが輸入されてきました。これらは後にソンゲア産のコランダムがBe拡散加熱処理されたものとわかりました。  2008年春、バーゼルフェアに出品されたWinza(ウィンザ)産のルビーが注目を集めました。多くのものが非加熱で色調が良く、大粒のものも多かったため高値で取引されていました。日本国内でも同年の4月くらいから見られるようになりました。しかし、数年後にはたちまち掘りつくされ、採掘していた鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。 ◆タンザニア産ルビーの特徴  モロゴロ産のルビーは大理石起源であり、ミャンマー産ルビーと良く似ています。120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンやカルサイトなどの丸みを帯びた透明結晶が見られます(写真–41)。ミャンマー産のロットに混ぜられると視覚的に分別するのは難しくなります。   ウィンザ産のルビーには、湾曲した針インクルージョン(写真–42)、整列したネガティブ・クリスタル、青色色帯などが見られます。特に湾曲した針状インクルージョンは、Winza産ルビーの診断特徴となります。 【モザンビーク】  モザンビークは、さまざまな品質、色味、サイズのルビーを産出しますが、これまでになく高品質のルビーを大量に市場にもたらしたことで、現在最も注目されている産地です。モザンビークベルトと呼ばれる造山帯に位置し、角閃岩と呼ばれる変成岩中にルビーを産出します。モザンビークで最初にルビーが発見されたのは、Niassa(ニアッサ)州のM’sawise村周辺で、2008年の10月頃でした。 この地では一次鉱床から低品質~中程度の品質のものを多く産出しており、バンコクを経由して2009年の3月頃より日本の市場に輸入されてきました。  2009年の5月頃、北東部のMontepuez(モンテプエズ)において世界最大級となるルビー鉱山が発見されました。当初は違法採掘者による無計画な採掘を主体としていましたが、2011年6月には海外資本による合弁企業MRM(モンテプエズ ルビー マイニング社)が設立され、探査から採掘、選別など近代的な手法が取り入れられて産出量が大幅に増加しました。モンテプエズにはいくつかの鉱区があります。Maninge Nice(マニンゲナイス)と呼ばれる鉱区だけが一次鉱床で、直接母岩(角閃岩)から採掘されていますが、Mugloto(ムグロト)など他の鉱区はすべて二次鉱床から採掘されています。マニンゲナイス鉱区のルビーは鉄分が少なく、色は鮮やかなものが多いといわれています。いっぽうで、クラリティの悪いものが多く、そういったものにはボラックスを用いた加熱や鉛ガラスの含浸処理が行われています。ムグロト地区のものは、やや鉄分が多いために褐色味やオレンジ味があります。これらは明るい色調にするために多くのものは1500℃程度のフラックスを用いない加熱が行われています。  2015年頃、スリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われているということが話題になりました。これはわずかに残る青味を除去するために、スリランカで古くから行われている吹管(brow pipe)を用いた800℃~1000℃程度の加熱です。  モザンビーク産のルビーにはさまざまな品質のものがあり、多くのものが加熱されています。しかし、中には非加熱で美しいものもあり、世界の非加熱ルビーの需要を満たしています(写真–43)。 ◆モザンビーク産ルビーの特徴  モザンビーク産ルビーの内部特徴としては、針状と板状の混在した固体インクルージョンが挙げられます。これらは暗視野照明では見え難いですが、適切にファイバー光を用いるとキラキラと存在感を現します(写真–44)。角閃岩を母岩としていますので、さまざまな形態の角閃石を含みます。灰緑色のもの(写真–45)や透明で細長いものが見られ(写真–46)、これらの存在でミャンマー産との区別が容易となります。モザンビーク産ルビーには針状インクルージョンを伴った双晶面も普通に見られます(写真–47)。また、多くは二次鉱床から産出するためにフラクチャーに酸化鉄による汚染が見られます(写真–48)。 国内で流通するルビーの変遷  日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年 代~70年 代にかけてです。その頃、国内ではルビーの原産地情報が鑑別書に記載されることはほとんどありませんでした。元素分析や分光分析を用いて、検査結果報告書や分析報告書として産地記載を行う鑑別機関が出てきたのは1990年以降です。 1960年代~1980年代くらいまでは、積極的に産地鑑別は行っていなくとも、色、紫外線蛍光、内部特徴などで鑑別技術者にはある程度の出所を推定することができました。ベテランの技術者に聞いた話では、紫外線によるルビーの赤色蛍光が強いとミャンマー(当時はビルマ)、弱いとタイ、ものすごく強いとベルヌイ合成という認識だったとのことです。ルビーの産地自体が少なく、容易に識別ができたようです。実際に鑑別に持込まれていたのはタイ産が一番多く、次いでミャンマー産、スリランカ産だったようです。それ以外には東アフリカのケニア産やタンザニア産がごく少量流通していたようです。1975年の宝石学会誌には、ケニア産のルビーが国内で始めて鑑別に持込まれたことが報告されています。 1980年代末~1990年代の前半にベトナム産のルビーが登場し、話題となりました。当初、「ベトナムからルビーは産出しない」と主張される高名な宝石学者がおられたため、日本の宝飾市場ではこの産地の存在についてやや懐疑的でした。ところが、1991年に日本の業者さんが始めてベトナムのルビー鉱区に出向き、実際に産出を確かめてサンプルを持ち帰り、鑑別機関による研究報告がそれを裏付けました。ちょうどこの頃、ベルヌイ合成ルビーが天然石と同様に加熱され、加熱による液体様のフェザー・インクルージョンを内包したものが大量に出回り、日常の鑑別を煩雑なものとしました。  1990年代の中頃からミャンマーのモンスー産のルビーが大量に輸入されるようになり、2000年代の中頃までのほぼ10年間はマーケットの中心となりました。宝石品質のルビーが大量供給されることは良いのですが、いっぽうで、いくつかの問題もはらんでいました。一つは、充填物の問題です。モンスー産ルビーのほとんどは、フラックスを添加して加熱されたもので、キャビティやフラクチャーへ浸透したガラス物質が固化して残留してしまいます。二つめは低温加熱の問題です。ミャンマー産ルビーの特徴の項目で述べたように、モンスー産のルビーには青色色帯を有するものが多く、高温で加熱するとこれらは除去されます。しかし、低温では残存することもあり、海外のある鑑別機関が行っていた青色色帯の有無による非加熱の鑑別が後日問題となりました。  2000年以降、マダガスカル産のルビーが流通を始めました。当時、モンスー産のルビーが全盛期でしたので、ルビーのロット鑑別では赤色蛍光の強いモンスー産ルビーに混じって蛍光の弱いマダガスカル産が1~2割程度混ざっているという印象でした。2004年頃から出現した鉛ガラスを含浸したルビーは、当初マダガスカル産の品質の低いものを対象としていました。  2008年の春頃より、タンザニアのウィンザ産のルビーを見かけるようになりました。この鉱山のルビーは非加熱で美しいものが多く、主にヨーロッパで人気が高かったようです。残念ながら採掘は短期間で終わったようで、数年で鑑別のルーティンからは姿を消してしまいました。  2009年になると、モザンビーク産のルビーが登場しました。大型資本によって、これまでの産地には例が無いほどの量が産出されており、非加熱で高品質のものから鉛ガラスが含浸された安価なものまで幅広い価格帯のものを継続して供給しています。モザンビークは、2020年の現在でもルビーの原産地として最も重要な役割りを担っていると言えます。◆ (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化 (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化 (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化
写真–1:ミャンマー産非加熱ルビー5ct(写真提供:(株)アンジャリジュエルス)

はじめに

ルビーは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもルビーとサファイアを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3を占めると言われています。CGLでもコランダム宝石は毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。ミャンマー産の非加熱ルビーは世界的なオークションにおいても常に高額で落札されるなど、ルビーには古来高級宝石のイメージがあります(写真–1)。いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なルビーのジュエリーやアクセサリーも販売されています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱や含浸などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なルビーだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでもが宝石として利用できるようになりました。2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。また、過去には米国によるミャンマー産ルビーとヒスイの輸入禁止という、宝石にはそぐわない政治的影響をこうむったという現実もあります。
このようにルビーの原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではルビーの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。

 

ルビーとは

ルビーは微量のクロム(Cr)を含有しています。この元素はコランダム(化学式:Al2O3)の主元素であるアルミニウム(Al)とは地球化学的に相反する性質を有しています。というのは、アルミニウムは地球の表層部あるいは大陸地殻と呼ばれる陸地を形成する地域に多く存在するのですが、クロムは地球のやや深部あるいは海洋地殻と呼ばれる海底を形成する地域に分布する傾向にあります。簡単に言うと一緒に存在し難い元素が偶然出会ってルビーの結晶ができているのです。さらに言えば、クロムは存在度の極めて低い(地球上に少ない)元素で、しかも宝石のきれいな色の原因になりますから、ルビーは美しく希少性の高い宝石になるわけです。
ルビーの地質学的な起源は、1)アルカリ玄武岩関連、2)広域変成岩(苦鉄質岩~超苦鉄質岩)、3)大理石(結晶質石灰岩)に大別できます。アルカリ玄武岩を母岩とする産地はタイ、カンボジアなどで鉄(Fe)などの不純物元素を多く含むことからやや暗味のある色調となります。大理石を母岩とするミャンマー、アフガニスタンやベトナム産のものは不純物元素も少なく、鮮やかな色調のものが多く見られます。広域変成岩に分類される苦鉄質~超苦鉄質岩を母岩とする産地はケニア、タンザニア、マダガスカルおよびモザンビークなどで、概して前二者の中間的な鉄の含有量で蛍光性がやや弱めとなります。
このようにルビーはそれぞれの産地によって若干の色合いの違いが見られます。しかし、ほとんどのルビーは市場で好まれる色にするために加熱が施されており、見た目だけで産地を言い当てるのは困難です。特に似たような地質環境で成長したルビーはなおさらです。ただ、なんとなくその産地らしい色合いというものがあり、並べてみると判ることがあります(写真–2)。

写真-2:産地によるルビーの色合い(左からマダガスカル、タンザニア(ウィンザ)、モザンビーク)
写真–2:産地によるルビーの色合い(左からマダガスカル、タンザニア(ウィンザ)、モザンビーク)

 

ルビーの原産地

宝石質ルビーの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらのルビーの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、ルビーがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–1)。

図–1:世界の主要なルビー産地(地質イベント区分による)1.グリーンランド、2.ケニア、3.タンザニア、4.モザンビーク、5.マダガスカル、6.インド、7.スリランカ、8.アフガニスタン、9.タジキスタン、10.カシミール、11.ミャンマー、12.ベトナム、13.タイ/カンボジア
図–1:世界の主要なルビー産地(地質イベント区分による)1.グリーンランド、2.ケニア、3.タンザニア、4.モザンビーク、5.マダガスカル、6.インド、7.スリランカ、8.アフガニスタン、9.タジキスタン、10.カシミール、11.ミャンマー、12.ベトナム、13.タイ/カンボジア

 

最も古い時代のルビーはグリーンランドに見られます。ここでは生命が誕生する以前の29.7~26億年前の始生代と呼ばれる地質時代の変成岩類から採掘されています。グリーンランドのルビー形成は非常に古いのですが、発見されたのは新しく1960年代に入ってからです。商業的に生産されるようになったのは2015年の夏頃からといわれており、今後に期待される産地といえます。
2番目のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生していました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はルビーをはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。ケニア、タンザニア、モザンビーク等のアフリカ諸国やマダガスカル、インドおよびスリランカのルビーはこの時代に形成しています。
3番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動です。この時代に形成した大理石を起源とするルビーが、ミャンマーをはじめアフガニスタン、タジキスタンおよびベトナム等に見られます。
4番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したルビーを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。ダイヤモンドを運搬したキンバーライトと同様です。このようなアルカリ玄武岩起源のルビーにはタイ産やカンボジア産等があります。

 

原産地鑑別の限界

宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自の意見として理解されています。このopinion(意見)という考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–3)。

写真–3:ルビーの産地鑑別レポート(CGL)
写真–3:ルビーの産地鑑別レポート(CGL)

 

原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければなりません。
検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばミャンマー産、ベトナム産、アフガニスタンおよびタジキスタン産の大理石起源のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。

 

【ミャンマー】

ミャンマーには高品質のルビーを産出する世界的にもっとも重要なMogok(モゴック)鉱山があります。歴史的なロイヤル・ジュエリーにセットされているルビーのほとんどはこのモゴックで採掘されたものです。また、世界的に著名なオークションにおいて1ctあたり$50,000以上の価格が付けられた150個以上のルビーのうちモゴック産でなかったものは12個に過ぎなかったという報告もあります。その他にもMong Hsu(モンスー)、Nanyaseik(ナムヤ―)などの著名なルビー鉱山があります(図–2)。

図-2:ミャンマーのルビー鉱床
図-2:ミャンマーのルビー鉱床

 

これらはすべて白色のドロマイトもしくはカルサイトの結晶粒から成る大理石(結晶質石灰岩)を母岩としています(写真–4)。大理石はタイ産などの玄武岩起源とは異なり、色調に暗みを与える不純物が少ないため、ミャンマー産のルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と呼ばれるような鳩血色の濃くて鮮やかな色調になります。

写真-4:大理石を母岩としたルビー原石(モゴック/ミャンマー)
写真-4:大理石を母岩としたルビー原石(モゴック/ミャンマー)

 

写真-5:モゴック市街を一望(湖は英国統治時代の採掘跡)
写真-5:モゴック市街を一望(湖は英国統治時代の採掘跡)

 

モゴック鉱山では6世紀の頃からルビーが採掘されてきたと言われています。ビルマの史録に、1597年にモゴックの鉱床がシャン族からビルマ国王の手に渡ったとされています。19世紀に入って英国がこの地を支配すると、宝石の採掘と売買に関しても監視するようになりました。1887年に英国主導のビルマ・ルビー・マインズ社(BRM)が設立され、機械化された採掘が行われました。BRMが採掘していた跡地は大雨などで排水溝が破壊されてその後大きな湖となり、今も往時の繁栄を垣間見ることができます(写真–5)。1930年代に英国人が撤退すると、現地人の手による採掘が再開されました。採掘方法は彼らに馴染の深い昔ながらの手法に戻り、経験に基づく作業が行われていました。1963年にはビルマ政府によって事業は完全に国営化され、外国人による採掘や販売はすべて禁止され、実質上鉱山への立ち入りが不可能になりました。1990年代になると、これらの規制は緩やかになり、政府と個人企業に因る合弁事業が許可されるようになり、昔ながらの手法に加え(写真–6)、近代的な採掘が行われるようになりました(写真–7)。さらに最近の数年間のうちにミャンマーの宝石取引は革新的な変化を遂げました。宝石の個人売買と合法的な輸出入が可能となり、多くの外国人によって活発な商取引がなされるようになっています(写真–8)。

写真-6:手作業で選鉱するカナセと呼ばれる現地女性(モゴック/ミャンマー)
写真-6:手作業で選鉱するカナセと呼ばれる現地女性(モゴック/ミャンマー)

 

写真-7:大理石の一次鉱床から重機を使用しての採掘(モゴック/ミャンマー)
写真-7:大理石の一次鉱床から重機を使用しての採掘(モゴック/ミャンマー)

 

写真-8:外国人バイヤーで賑わう宝石マーケット(モゴック/ミャンマー)
写真-8:外国人バイヤーで賑わう宝石マーケット(モゴック/ミャンマー)

 

ミャンマー東部、タイとの国境を持つシャン州にモンスー鉱山があります。1990年代の前半にモンスー産ルビーに対する加熱技術が向上し、市場性が一気に高まりました。この新しい技術はこれまでとは異なり、硼砂などのフラックスを添加して高温で加熱するものでした。これによって暗い小豆色をしていた結晶原石が鮮やかな赤色に変化し、良質の宝石品質ルビーが大量に供給されることになりました。このため、安価に天然のルビーが市場に供される結果となり、比較的製造にコストのかかるフラックス合成ルビーのメーカーが宝石市場から撤退したという話が伝えられているほどです。
モンスー産のルビーは正規には政府が管理したエンポリアム(入札会)を経て海外に輸出されます。しかし、一部のものはタイとの国境付近にあるMae Sai(メイサイ)を経由してバンコクやチャンタブリに密輸されていたようです。
ナムヤー(あるいはナヤン)はミャンマー北部のカチン州にある北部最大の町で、ヒスイの鉱山として有名なパカンの近傍にルビー鉱山があります。現地ではかなり以前からルビーの存在が知られていましたが、正式な鉱山として鉱山省に認められたのは2000年代に入ってからです。ナムヤーはルビーと共にレッド・スピネルの産出地として宝石ディーラーの間では良く知られています。ルビーもレッド・スピネルもモゴック産のものよりも明度の高い赤色~ピンク色を呈しています。ナムヤー鉱山は歴史が浅く、採掘方法も単純で採掘量も世界の需要を満たせるレベルには達していません。日本国内でも見かける頻度はまだまだ低く、これからが期待される産地です。そして、現時点ではナムヤー鉱山産のルビーのほとんどは加熱されていないようです。

 

◆ミャンマー産ルビーの特徴

ミャンマー産ルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と表現される美しい色調を示します。もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、冒頭で紹介したように世界的な人気を博しています。歴史的にも評価されているミャンマー・ルビーはすべてモゴック産のものです。他の鉱山のものは比較的新しく、ルビーの知名度としてはモゴック鉱山産には及びません。
モゴック鉱山産のルビーは細く短いシルク・インクルージョンが特徴です(写真–9)。これらは密集してクラウド状になることもあります。丸みを帯びたカルサイトやアパタイトの透明結晶を内包することが多く、木の切り株を思わせることからスタッビィ結晶インクルージョンと称されます(写真–10)。時にスフェーンやネフェリンの無色透明結晶も含まれています。また、ガム・シロップを溶かし込んだ時のようなモヤモヤとした成長構造を示すことがあり、糖蜜状組織と呼ばれています(写真–11)。
モンスー鉱山産のルビー原石は、そのほとんどがバンコクやチャンタブリで加熱されています。原石は全体的に小豆色をしており、結晶の中心部に濃い青色の成長分域を持つのが特徴で、通常は加熱によってこれを除去して鮮やかな赤色にしています。したがって、ファセット・カットされた非加熱のモンスー鉱山産ルビーには、たいていこの青色色帯が認められます(写真–12)。しかし、加熱温度が低い場合は処理後も青色色帯が残存することがあるため、注意が必要です。また、毛羽立ったような立体的に配列する微小インクルージョン(写真–13)やコメット(彗星)状インクルージョン(写真–14)もこの地のルビーの特徴のひとつです。

写真-9:細く短いシルク・インクルージョン(モゴック/ミャンマー)
写真-9:細く短いシルク・インクルージョン(モゴック/ミャンマー)

 

写真-10:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モゴック/ミャンマー)
写真-10:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モゴック/ミャンマー)

 

写真-11:糖蜜状組織(モゴック/ミャンマー)
写真-11:糖蜜状組織(モゴック/ミャンマー)

 

写真-12:青色色帯(モンスー/ミャンマー)
写真-12:青色色帯(モンスー/ミャンマー)

 

写真-13:微小インクルージョン(モンスー/ミャンマー)
写真-13:微小インクルージョン(モンスー/ミャンマー)

 

写真-14:コメット(彗星)状インクルージョン(モンスー/ミャンマー)
写真-14:コメット(彗星)状インクルージョン(モンスー/ミャンマー)

 

【タイ/カンボジア】

タイおよびカンボジアは昔からミャンマーに次ぐルビー、サファイアの重要な産地です。
1850年の鉱床発見以来、19世紀後半から世界のルビーやサファイアの宝石需要を支え続け、1980年代には最盛期を迎えます。しかし、1990年代以降、ミャンマーのモンスー鉱山から大量のルビーが産出したため、商業的に太刀打ちできなくなり、タイ産ルビーの輸出量は激減しました。現在タイは、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にバンコクやチャンタブリでは常にコランダムの新しい加熱技術が発達し、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。
タイのチャンタブリから南東へおよそ50~70kmにBo Rai(ボーライ)と Nong Bon(ノンボン)のルビー鉱区があります。この地区一帯には玄武岩が広く分布しており、タイでは最大規模のルビー鉱山です。そして道路事情もよく利便性の高い地域として知られています。この2地区はブルドーザーなどの重機が利用されるなど機械化が進んでいます。タイ産のルビーは他国の産地と同様にサファイアよりは小粒です。しかし、10ct以上の良質の結晶も採掘されており、1985年にはこの地区で最大の150ctの結晶が見つかっています。近年では産出量が激減しているようです。
タイとの国境に程近いカンボジアのパイリン地区にルビーの鉱区が広がります。この地区も玄武岩を母岩としています。この玄武岩溶岩は4つの丘陵を形成しており、それぞれに鉱区が分かれています。今でも機械を使って採掘している鉱区もありますが(写真–15)、多くは農民などが農閑期に河床で小規模に採掘しています(写真–16)。カンボジアで産出するルビーもたいていはタイ産としてチャンタブリやバンコクで加熱され、市場に出て行きます(写真–17)。

 

写真-15:高圧水を使用したルビーの採掘(パイリン/カンボジア)
写真-15:高圧水を使用したルビーの採掘(パイリン/カンボジア)

 

写真-16:河床での地元民による選鉱(パイリン/カンボジア)
写真-16:河床での地元民による選鉱(パイリン/カンボジア)

 

写真-17:パイリン鉱山(カンボジア)産ルビーの原石
写真-17:パイリン鉱山(カンボジア)産ルビーの原石

 

 

◆タイ/カンボジア産ルビーの特徴

タイ産およびカンボジア産のルビーは一連の第四紀アルカリ玄武岩を母岩としており、特徴が酷似しています。ここではタイ/カンボジア産ルビーとして一緒に扱います。この地のルビーは鉄分を多く含有するために、ミャンマー産ルビーと比較するとやや暗みを感じます。たいていはこの暗味を除去して明るくするために酸化雰囲気で加熱されます。しかし、透明度が高く、しばしばルーペクリーン(ルーペで内包物が見られない)のものに出くわします。結晶原石の形態に関連すると思われますが、カットされた石の厚みが薄くペタンとした形状のものが多いような気がします。また、紫外線蛍光が比較的弱いのもタイ/カンボジア産ルビーの特徴です。
タイ/カンボジア産のルビーにはミャンマー産のようなシルク・インクルージョンは見られません。このことはすでに1940年の宝石学の文献にスイスのグベリン博士によって記載されています。タイ/カンボジア産ルビーには、しばしば結晶とその周りを取り巻く液体インクルージョンが見られます(写真–18)。また、他の産地と比較して双晶面が多く、それらが交差した場所にはチューブ状のインクルージョンが発生し、産地特徴の一つとなっています(写真–19)。タイ/カンボジア産ルビーの特徴に平面状に分布した液膜インクルージョンがあります。これらは球状のネガティブ・クリスタルを取り囲んだ幾何学的な形態の液膜(写真–20)と中心部にネガティブ・クリスタルをもたない六角板状の液膜(写真–21)があります。いずれも方向性があり、暗視野照明では見えにくいのですが、強いファイバー光などが適切に当たると一斉に視界に浮かび上がります。

写真-18:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-18:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-19:チューブ・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-19:チューブ・インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-20:幾何学的な形態の液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-20:幾何学的な形態の液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-21:六角板状インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-21:六角板状インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

【スリランカ】

スリランカは紀元前の頃からさまざまな宝石を産出した記録があります。その種類、量および品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。ルビーの母岩は古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはすべて二次的に再堆積した漂砂鉱床からです(写真–22)。スリランカ産のルビーは、ミャンマー産の“ピジョン・ブラッド”に比べると明度が高く、ピンク気味のものが多いようです(写真–23)。ルビーの加熱処理が最初に行われたのはスリランカで、2000年前にさかのぼるといわれています。ルビーに含まれる青味を除去するために伝統的に吹管(blow pipe)が用いられていました(写真–24)。

写真-22:宝石採掘小屋(ラトナプラ/スリランカ)
写真-22:宝石採掘小屋(ラトナプラ/スリランカ)

 

写真-23:採掘された宝石の中に含まれるルビー(ラトナプラ/スリランカ)
写真-23:採掘された宝石の中に含まれるルビー(ラトナプラ/スリランカ)

 

写真-24:スリランカの伝統的な加熱法(brow pipe)
写真-24:スリランカの伝統的な加熱法(blow pipe)

 

◆スリランカ産ルビーの特徴

スリランカ産ルビーの内部特徴としては、第1にシルク・インクルージョンが挙げられます。ミャンマー産のルビーに見られる微細な針のクラウド状の集合に対して、細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様(フィンガー・プリント)を呈します。また、小さな虫が飛んでいるような結晶インクルージョンも頻度高く見られます(写真–25)。これらはジルコンの結晶で、周囲に見られるテンション・クラックが後光(ヘイロー)のように見えることからジルコン・ヘイローと呼ばれています。

写真-25:ジルコン・ヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)
写真-25:ジルコン・ヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)

 

【ベトナム】

ベトナムでは1987年にハノイから北東へ150kmのLuc Yen(ルクエン)でルビーの鉱床が発見されました。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chaw(クイチョウ)でも上質のルビーが発見され、日本のテレビでも放映されるなど話題となりました。しかし、発見当初は本当にベトナムからルビーが産出するのかと世界の宝飾業界は懐疑的な目を向けていました。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石ロット中に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによります。当時ベトナムへ買い付けに行った業者が日本国内に持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がそれを物語っています。1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されました。先に発見されていた場所は断層沿いを流れるChay川の東側でしたが、新鉱山は西側の地区でした。旧鉱山では大理石からルビーやピンク・サファイアなどを産出しましたが(写真–26)、新鉱山では片麻岩などの変成岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出しました。日本の宝石市場ではベトナム産スター・ルビーとして、この新鉱山のパープル系のやや半透明のものが良く知られています(写真–27)。

写真-26:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーの原石
写真-26:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーの原石

 

写真-27:スター・ルビー(ルクエン/ベトナム)
写真-27:スター・ルビー(ルクエン/ベトナム)

 

◆ベトナム産ルビーの特徴

ベトナム産ルビーは、大理石起源のためミャンマー産と外観も内部特徴も良く似ています(写真–28)。平面上にそれぞれが120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンが見られますが、頻度は低めです。ミャンマー産と同様の丸みを帯びた透明結晶(写真–29)や糖蜜状の組織も観察されます(写真–30)。黎明期の宝石学の教科書には糖蜜状組織はミャンマー産の診断特徴とされていますが、ベトナム産にも見られるので注意が必要です。ベトナム産にはクラウド状に密集した微小インクルージョンが頻度高く観察されます。また、不規則な形態の青色色帯も頻繁に見られます(写真–31)。ベトナム産にはブラインド状双晶面や絣(かすり)様の微小インクルージョンが見られることがあります(写真–32)。

写真-28:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーのカット石
写真-28:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーのカット石

 

写真-29:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-29:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

写真-30:糖蜜状組織(ルクエン鉱山/ベトナム)
写真-30:糖蜜状組織(ルクエン/ベトナム)

 

写真-31:青色色帯と微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-31:青色色帯と微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

写真-32:絣(かすり)様の微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-32:絣(かすり)様の微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

【カシミール】

カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンムー・カシミール藩王国があった地域で、標高8000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。カシミールはブルー・サファイアが世界的に有名ですが、ルビーの鉱山もあります(図–3)。

図-3:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床
図-3:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床

 

1979年、カシミールのAZAD地域Nangimali(ナンギマリ)山峰(海抜およそ4350m)で、大理石の巨礫から小粒のルビー原石が発見されましたが、山岳地のために生産性が悪く、継続的な採掘は行われませんでした。その後、AZAD KASHMIR MINERAL&INDUSTRIAL DEVELOPMENT CORPORATION (AKMDC)による調査が継続され、2000年代以降、品質のよい大粒結晶が採掘され、年1〜2回の国内向けのオークションが行われるようになっています。
2006年頃にAZAD地区北西部のBatakundi(バタクンディ)から赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています(写真–33)。これらのうち赤味の強いものは商業的にインダス・カシミール・ルビーとも呼ばれています。

写真-33:バタクンディ(カシミール)産サファイアとルビー
写真-33:バタクンディ(カシミール)産サファイアとルビー

 

◆カシミール産ルビーの特徴

ナンギマリ産のルビーの特徴のひとつはブラインド状双晶面です。これらは、1方向だけのものもありますが、2方向がほぼ90°に交差したものも見られます(写真–34)。

写真-34:ブラインド状双晶面(ナンギマリ/カシミール)
写真-34:ブラインド状双晶面(ナンギマリ/カシミール)

 

双晶面は他の産地のルビーにも珍しいものではありませんが、過去に比較的流通量の多かったミャンマーのモンスー産にはほとんど見られないため、両者の識別の手がかりにはなると思われます。ナンギマリ産ルビーの固体インクルージョンとしては自形のルチル、白色半透明のカルサイト等が見られます。液体インクルージョンは普遍的な内包物です。時にタイ産ルビーにも見られる平面的に分布する幾何学的な液膜インクルージョンが見られます。
バタクンディ産のルビーは紫色の色帯が特徴的です(写真–35)。

写真-35:紫色の色帯(バタクンディ/カシミール)
写真-35:紫色の色帯(バタクンディ/カシミール)

 

しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます(写真–36)。

写真-36:金属インクルージョン(バタクンディ/カシミール)
写真-36:金属インクルージョン(バタクンディ/カシミール)

 

【マダガスカル】

マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません。ルビーおよびサファイアの鉱山もこの20年で数多く知られるようになりました(図–4)。

図-4:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床
図-4:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床

 

マダガスカルでは2000年の9月、島の中央部の東海岸に位置するVatomandry(バトゥマンドリ)から良質のルビーが産出され注目を浴びました。しかし、サイズが小さく採掘も1年ほどでほとんど終わってしまいました。
2000年の11月にはバトゥマンドリから西北におよそ300kmの場所にあるAndilamena(アンディラムナ)に重要なルビー鉱床の発見がありました。2001年には良質のものが見つかり、2004年にはさらに重要な発見がなされています。
2012年の春にはバトゥマンドリとアンディラムナの中間付近に位置するDidy(ディディ)からも良質のルビーが発見されました。2015年以降もアンディラムナの近郊で新たな鉱山が発見されるなど、マダガスカルは常に注目をされる産地となっています。かつてはミャンマー産ルビーのロットに混ぜられてミャンマー産として販売されていることもありましたが、近年、マダガスカル産のルビーは、宝石マーケットにおいて一定の認知を得た感があります。

 

◆マダガスカル産ルビーの特徴

マダガスカル産のルビーは、どの鉱区も広域変成岩起源で短いシルク・インクルージョン(写真–37)が見られます。

写真-37:シルク・インクルージョン(マダガスカル)
写真-37:シルク・インクルージョン(マダガスカル)

 

ミャンマー産の密集したクラウド状シルクと細長いスリランカ産シルクの中間の特徴を持っています。たいていの場合、ざらめ状のジルコン結晶のクラスターが見られ(写真–38)、マダガスカル産のランド・マークになります。しばしば双晶面も見られます。

写真-38:ジルコン・クラスター・インクルージョン(マダガスカル)
写真-38:ジルコン・クラスター・インクルージョン(マダガスカル)

 

【ケニア】

汎アフリカ造山運動の中心地でもあったケニア~タンザニアにかけての地域には著名なルビーの鉱山が数多くあります(図–5)。

図-5:ケニアのルビー鉱床
図-5:ケニアのルビー鉱床

 

ケニアでもっとも著名なルビー鉱山は、タンザニアとの国境に近いMangari(マンガリ)地区にあります。1973年にアメリカの鉱物学者のJohn Saul氏が発見し、世界的にはJohn Saul(ジョンソール)鉱山として知られています。機械化された採掘が行われていますが、ほとんどはカボション・カットにされるクオリティです。超塩基性岩に伴って産出しますが、例外的に鉄分の含有量が少なく、赤色蛍光も強いためミャンマー産ルビーと間違えられるような高品質のものもあります。
2005年にナイロビの北部に位置するBaringo(バリンゴ)から玄武岩起源のルビーが発見されています。
また、隣国ウガンダに近い北西部のPokot(ポコット)からは大理石起源のルビーが発見されています。このようにケニアでは1カ国からさまざまな地質起源のルビーの産出があり、鉱山ごとの特徴を捉えておく必要があります。

 

◆ケニア産ルビーの特徴

マンガリ地区のルビーはほとんどがカボション・カットにされていますが、透明度の高いものはファセット・カットされています(写真–39)。

写真-39:ファセット・カットされた透明度の高いマンガリ鉱山(ケニア)産ルビー
写真-39:ファセット・カットされた透明度の高いマンガリ鉱山(ケニア)産ルビー

 

ブラインド状双晶面が良く発達しており、交差した針状インクルージョンが見られます。液体インクルージョンは、フラックス合成ルビーのフェザーのようなものがあり、強烈な赤色蛍光と合わせて合成ルビーと見まがう程です。

【タンザニア】

タンザニアは20世紀以降、アフリカ大陸におけるさまざまな宝石の新たな産地として注目を集めています。良質のルビーが複数の鉱山から産出しています(図–6)。

図-6:タンザニアのルビー鉱床
図-6:タンザニアのルビー鉱床

 

Longido(ロンギド)は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。産出は散発的でしたが、1980年代後半からシステマティックに採掘されるようになりました。多くはニア・ジェム品質ですが、母岩である緑色のゾイサイトとのコントラストが美しいため、ルビー・イン・ゾイサイトとして彫刻などに利用されています。
1950年代からUmba(ウンバ)地区ではルビーやサファイアが採掘されています。1989年にタイと現地の企業が合弁し、世界各地への輸出が強化されました。日本国内で宝石学のバイブルとして親しまれている文献やテキストに東アフリカ産として紹介されているのは主にこの地のものです。
Morogoro(モロゴロ)は、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています(写真–40)。

写真-40:“ミャンマー・タイプ”のモロゴロ鉱山(タンザニア)産ルビーの原石
写真-40:“ビルマ・タイプ”のモロゴロ鉱山(タンザニア)産ルビーの原石

 

Tunduru(トゥンドゥル)は、1990年代の半ばに農夫によって河床からさまざまな宝石が発見され、その後東アフリカ地域の重要な宝石鉱床へと発展します。ルビー、ピンク・サファイアの他にカラーチェンジ・タイプを含む各色のサファイアを産出しています。
Songea(ソンゲア)は各色のサファイアを産出することで知られています。2001年9月頃から日本市場にオレンジレッド~レディッシュオレンジのルビーと呼ぶには少し馴染みのない色のコランダムが輸入されてきました。これらは後にソンゲア産のコランダムがBe拡散加熱処理されたものとわかりました。
2008年春、バーゼルフェアに出品されたWinza(ウィンザ)産のルビーが注目を集めました。多くのものが非加熱で色調が良く、大粒のものも多かったため高値で取引されていました。日本国内でも同年の4月くらいから見られるようになりました。しかし、数年後にはたちまち掘りつくされ、採掘していた鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。

 

◆タンザニア産ルビーの特徴

モロゴロ産のルビーは大理石起源であり、ミャンマー産ルビーと良く似ています。120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンやカルサイトなどの丸みを帯びた透明結晶が見られます(写真–41)。ミャンマー産のロットに混ぜられると視覚的に分別するのは難しくなります。

写真-41:シルク・インクルージョンと丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モロゴロ/タンザニア)
写真-41:シルク・インクルージョンと丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モロゴロ/タンザニア)

 

ウィンザ産のルビーには、湾曲した針インクルージョン(写真–42)、整列したネガティブ・クリスタル、青色色帯などが見られます。特に湾曲した針状インクルージョンは、ウィンザ産ルビーの診断特徴となります。

写真-42:湾曲した針状インクルージョン(ウィンザ/タンザニア)
写真-42:湾曲した針状インクルージョン(ウィンザ/タンザニア)

 

【モザンビーク】

モザンビークは、さまざまな品質、色味、サイズのルビーを産出しますが、これまでになく高品質のルビーを大量に市場にもたらしたことで、現在最も注目されている産地です。モザンビークベルトと呼ばれる造山帯に位置し、角閃岩と呼ばれる変成岩中にルビーを産出します。モザンビークで最初に宝石品質のルビーが発見されたのは、Niassa(ニアッサ)州のM’sawise村周辺で、2008年の10月頃でした。
この地では一次鉱床から低品質~中程度の品質のものを多く産出しており、バンコクを経由して2009年の3月頃より日本の市場に輸入されてきました。
2009年の5月頃、北東部のMontepuez(モンテプエズ)において世界最大級となるルビー鉱山が発見されました。当初は違法採掘者による無計画な採掘を主体としていましたが、2011年6月には海外資本による合弁企業MRM(モンテプエズ ルビー マイニング社)が設立され、探査から採掘、選別など近代的な手法が取り入れられて産出量が大幅に増加しました。モンテプエズにはいくつかの鉱区があります。Maninge Nice(マニンゲナイス)と呼ばれる鉱区だけが一次鉱床で、直接母岩(角閃岩)から採掘されていますが、Mugloto(ムグロト)など他の鉱区はすべて二次鉱床から採掘されています。マニンゲナイス鉱区のルビーは鉄分が少なく、色は鮮やかなものが多いといわれています。いっぽうで、クラリティの悪いものが多く、そういったものにはボラックスを用いた加熱や鉛ガラスの含浸処理が行われています。ムグロト地区のものは、やや鉄分が多いために褐色味やオレンジ味があります。これらは明るい色調にするために多くのものは1500℃程度のフラックスを用いない加熱が行われています。
2015年頃、スリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われているということが話題になりました。これはわずかに残る青味を除去するために、スリランカで古くから行われている吹管(blow pipe)を用いた800℃~1000℃程度の加熱です。
モザンビーク産のルビーにはさまざまな品質のものがあり、多くのものが加熱されています。しかし、中には非加熱で美しいものもあり、世界の非加熱ルビーの需要を満たしています(写真–43)。

写真-43:非加熱モザンビーク産ルビー(写真提供;㈱アンジャリジュエルス)
写真-43:非加熱モザンビーク産ルビー(写真提供;㈱アンジャリジュエルス)

 

◆モザンビーク産ルビーの特徴

モザンビーク産ルビーの内部特徴としては、針状と板状の混在した固体インクルージョンが挙げられます。これらは暗視野照明では見え難いこともありますが、適切にファイバー光を用いるとキラキラと存在感を現します(写真–44)。

写真-44:ファイバー光で閃く針状と板状インクルージョン(モザンビーク)
写真-44:ファイバー光で閃く針状と板状インクルージョン(モザンビーク)

 

角閃岩を母岩としていますので、さまざまな形態の角閃石を含みます。灰緑色のもの(写真–45)や透明で細長いものが見られ(写真–46)、これらの存在でミャンマー産との区別が容易となります。

写真-45:灰緑色の角閃石インクルージョン(モザンビーク)
写真-45:灰緑色の角閃石インクルージョン(モザンビーク)

 

写真-46:長柱状の角閃石インクルージョン(モザンビーク)
写真-46:長柱状の角閃石インクルージョン(モザンビーク)

 

モザンビーク産ルビーには針状インクルージョンを伴った双晶面も普通に見られます(写真–47)。また、多くは二次鉱床から産出するためにフラクチャーに酸化鉄による汚染が見られます(写真–48)。

写真-47:ブラインド状双晶面(モザンビーク)
写真-47:ブラインド状双晶面(モザンビーク)

 

写真-48:酸化鉄の付着した液膜インクルージョン(モザンビーク)
写真-48:酸化鉄の付着した液膜インクルージョン(モザンビーク)

 

国内で流通するルビーの変遷

日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年 代~70年 代にかけてです。その頃、国内ではルビーの原産地情報が鑑別書に記載されることはほとんどありませんでした。元素分析や分光分析を用いて、検査結果報告書や分析報告書として産地記載を行う鑑別機関が出てきたのは1990年以降です。
1960年代~1980年代くらいまでは、積極的に産地鑑別は行っていなくとも、色、紫外線蛍光、内部特徴などで鑑別技術者にはある程度の出所を推定することができました。ベテランの技術者に聞いた話では、紫外線によるルビーの赤色蛍光が強いとミャンマー(当時はビルマ)、弱いとタイ、ものすごく強いとベルヌイ合成という認識だったとのことです。ルビーの産地自体が少なく、容易に識別ができたようです。実際に鑑別に持込まれていたのはタイ産が一番多く、次いでミャンマー産、スリランカ産だったようです。それ以外には東アフリカのケニア産やタンザニア産がごく少量流通していたようです。1975年の宝石学会誌には、ケニア産のルビーが国内で始めて鑑別に持込まれたことが報告されています。
1980年代末~1990年代の前半にベトナム産のルビーが登場し、話題となりました。当初、「ベトナムからルビーは産出しない」と主張される高名な宝石学者がおられたため、日本の宝飾市場ではこの産地の存在についてやや懐疑的でした。ところが、1991年に日本の業者さんが始めてベトナムのルビー鉱区に出向き、実際に産出を確かめてサンプルを持ち帰り、鑑別機関による研究報告がそれを裏付けました。ちょうどこの頃、ベルヌイ法合成ルビーが天然石と同様に加熱され、加熱による液体様のフェザー・インクルージョンを内包したものが大量に出回り、日常の鑑別を煩雑なものとしました。
1990年代の中頃からミャンマーのモンスー産のルビーが大量に輸入されるようになり、2000年代の中頃までのほぼ10年間はマーケットの中心となりました。宝石品質のルビーが大量供給されることは良いのですが、いっぽうで、いくつかの問題もはらんでいました。一つは、充填物の問題です。モンスー産ルビーのほとんどは、フラックスを添加して加熱されたもので、キャビティやフラクチャーへ浸透したガラス物質が固化して残留してしまいます。二つめは低温加熱の問題です。ミャンマー産ルビーの特徴の項目で述べたように、モンスー産のルビーには青色色帯を有するものが多く、高温で加熱するとこれらは除去されます。しかし、低温では残存することもあり、海外のある鑑別機関が行っていた青色色帯の有無による非加熱の鑑別が後日問題となりました。
2000年以降、マダガスカル産のルビーが流通を始めました。当時、モンスー産のルビーが全盛期でしたので、ルビーのロット鑑別では赤色蛍光の強いモンスー産ルビーに混じって蛍光の弱いマダガスカル産が1~2割程度混ざっているという印象でした。2004年頃から出現した鉛ガラスを含浸したルビーは、当初マダガスカル産の品質の低いものを対象としていました。
2008年の春頃より、タンザニアのウィンザ産のルビーを見かけるようになりました。この鉱山のルビーは非加熱で美しいものが多く、主にヨーロッパで人気が高かったようです。残念ながら採掘は短期間で終わったようで、数年で鑑別のルーティンからは姿を消してしまいました。
2009年になると、モザンビーク産のルビーが登場しました。大型資本によって、これまでの産地には例が無いほどの量が産出されており、非加熱で高品質のものから鉛ガラスが含浸された安価なものまで幅広い価格帯のものを継続して供給しています。モザンビークは、2020年の現在でもルビーの原産地として最も重要な役割りを担っていると言えます。◆

パライバ・トルマリン〜LA–ICP–MSを用いた組成分析と原産地鑑別への応用

PDFファイルはこちらから2020年8月PDFNo.56

リサーチ室 江森 健太郎・北脇 裕士

図1 ブラジル産パライバ・トルマリン
図1 ブラジル産パライバ・トルマリン

 

パライバ・トルマリンをLA–ICP–MSを用いて組成分析を行い、産地鑑別を行う方法について検討を行った。パライバ・トルマリンは組成が複雑なため、LA–ICP–MSを用いて含まれる元素のモル比を計算した後、組成式を求め、重量濃度を逆算するという手法を取った。産地鑑別についてはブラジル産、ナイジェリア産、モザンビーク産のパライバ・トルマリンをブルー系、グリーンブルー~ブルーグリーン系、グリーン系と色を3種類に分けた。結果、2元素毎のプロッティング、線形判別分析、ロジスティック回帰分析を用いて3つの産地を分けることができた。

 

はじめに

 

パライバ・トルマリンは、1980年代後半に宝石市場に登場した彩度が高く鮮やかな青色~緑色の含銅トルマリンである。最初にブラジルのパライバ州で発見されたため、宝飾業界では広くパライバ・トルマリンと呼ばれるようになった。1990年代には隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも採掘されるようになり、パライバ・トルマリンとして流通した。さらに2000年代に入って、ブラジルから遠く離れたナイジェリアやモザンビークなどのアフリカ諸国からも同様の含銅トルマリンが産出されるようになり、パライバ・トルマリンの名称について国際的な議論を呼んだ。その後、LMHC(ラボ・マニュアル調整委員会)、CIBJO(国際貴金属宝飾品連名)およびICA(国際色石協会)などによるコンセンサスが得られ、現在では原産地に関係なく、青色~緑色の含銅トルマリンはパライバ・トルマリンと呼ばれ、変わらぬ人気を持続している。

宝石市場では一般にブラジル産のパライバ・トルマリンはモザンビークやナイジェリア産のものよりも高く評価されている。そのため、アフリカ産の含銅トルマリンが出現して以降、宝石鑑別機関にはパライバ・トルマリンの原産地鑑別の要求が高まっている。これまでに多くの検査機関や研究者によるパライバ・トルマリンの原産地鑑別の可能性についての報告がなされている(文献1文献2文献3など)。これらによると、標準的な宝石鑑別検査や蛍光X線分析などでもある程度可能であるが、ICP–MS分析による微量元素の分析が有効であるとされている。しかし、それぞれの検査機関は独自の判別基準を用いており、標準化されたものは存在しない。そのため同一の宝石試料に対して異なる意見が提出されることが起こりえる。

一般にブラジル産のパライバ・トルマリンは銅の含有量が高く、濃色のものが多い。そのため銅の含有量が低い(蛍光X線分析の実測値で0.3–0.5 wt%程度)ブラジル産がアフリカ産と判別されたり、銅の含有量の高い(蛍光X線分析の実測値で1.0 wt%以上)ナイジェリア産がブラジル産と誤ってラベリングされたりしていることがある。ブラジル産にはバターリャ、キントス、ムルングなどの市場性のある鉱山が複数あり、それぞれにおいて微量元素の特性値が異なる。また、ブルーあるいはグリーンなどの色調によっても特性値は異なっている。

本研究ではブラジル、ナイジェリアおよびモザンビークのそれぞれの鉱山のオーナーあるいは直接仕入れを行っている輸入業者の方々などから貸与いただいた産地の確かな試料をもちいてLA–ICP–MSの微量元素分析を行い、より現実的で精度の高い原産地鑑別の基準づくりを試みた。

 

LA–ICP–MS分析法を用いたパライバ・トルマリンの分析法

 

LA–ICP–MSを用いてトルマリンの組成分析を行うには2つの大きな問題点が存在する。1つは組成範囲が非常に広く、内標準元素を設定することが非常に難しいということである。内標準元素とは、測定試料中の既知の濃度を有する元素のことである。例えばコランダムは組成式がAl2O3であるためAlを内標準元素として測定を行うことで微量元素の定量分析を行うことが可能であるが、トルマリンにおいては組成範囲が広く既知の濃度を有する元素を有しないため、微量元素の定量分析が難しいということである。もう1つは高濃度のリチウム(Li)とホウ素(B)を含むということである。一般的には定量分析を行う際に、標準ガラス試料(ガラスビードの中にさまざまな微量元素が一定濃度で混入されているもの)を用いて検量線を引き分析を行う。一般的な標準ガラス試料としてはNIST610、NIST612といったものが広く使われており、CGLにおいてもNIST610、NIST612、NIST614といった標準ガラス試料を使用している。測定対象物に含まれる微量元素濃度と、標準ガラス試料に含まれる濃度が近いことが好ましいのであるが、トルマリンとNIST610、NIST612に含まれるリチウム(Li)とホウ素(B)の濃度の差が著しいため、この2元素の定量分析が難しい。

本研究はパライバ・トルマリンの現産地鑑別を目的としている。パライバ・トルマリンはほとんどがelbaite (Na(Al1.5,Li1.5)Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH))であり、一部fluor–liddicoatite (Ca(Al,Li2) Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3F)を含む。LA–ICP–MSを用いたトルマリンの分析方法については文献4による先行研究があるが、本研究はelbaiteに特化した分析方法を考案した。

まず、LA–ICP–MSを用いて内標準元素を用いた補正を行わない仮の濃度を測定する。測定された元素のmol比を求め、陽イオン、陰イオンの価数を合わせるようにし、組成式を求め、その組成式から真の元素濃度を逆算するという手法を取った。その際、分析対象物はelbaiteであるため、以下の仮定を導入する。

 

1.B siteはホウ素(B)が占める
2.T siteはケイ素(Si)とアルミニウム(Al)が占める
3.Z siteを占める元素のうち、アルミニウム(Al)以外は極微量であるため、アルミニウム(Al)が占める
4.すべての鉄(Fe)は2価の陽イオンとして扱う(Fe2+)
5.V siteとW siteは水酸基(OH)が占める
6.X siteとY siteに同じ元素は入らない
7.リチウム(Li)の濃度はY siteに入る陽イオンの合計から計算する

 

元素Aの質量数をAaw測定された仮の濃度を[A]、組成式当たりの原子数(atom per formula)をAapfと記載する。ケイ素(Si)のatom per formula、すなわちSiapfを基準に考慮すると

式01–RGB90

の等式が成立する([A]はAの仮の測定濃度、AawはAの質量数)。

ここで 式02–RGB90 は測定可能な値であるので、

この数値を元素Aについて式03–RGB90 と記載し、式04–RGB90となる。……式①

 

ホウ素(B)、リチウム(Li)、酸素(O)、水酸基(OH)は測定が不能ではあるが、仮定より、Bapf =3、Oapf =27、OHapf =4である。Liの濃度はストイキオメトリーから計算する。

Xサイトを占める原子をまとめてX、アルミニウム(Al)とリチウム(Li)を含まないYサイトの原子をYと記載すると、

式05–RGB110

である。

また元素Aの価数をAVと記載する。陽イオンと陰イオンの総価数が等しいことから、

式06–RGB90

が成立する。Bapf ∙BV =9、Oapf ・OV+OHapf ・OHV =–58であるので代入すると

式09–RGB100

である。ここでホウ素(B)とリチウム(Li)を除くすべての陽イオンをEと記載すると、

式10–RGB100

と書くことができ、

式11–RGB90

となる。

ここでYサイトに入るアルミニウム(Al)をAl(Y)、Tサイトに入るアルミニウム(Al)をAl(T)、Zサイトに入るアルミニウム(Al)をAl(Z)と置くと、

式12–RGB90

が成立する。仮定より、

式13–RGB90

が成立しているので、

式14–RGB90

これを3=Liapf+Al(Y)apf+∑Yapf に代入して

式16–RGB90

この式を整理すると、

式17–RGB90

 

式18–RGB90 に代入(LiV =1)すると

式19–RGB90

 

式20–RGB90より上式は、

式21–RGB90

すなわち

式22–RGB90
……式②

 

である。Al*、Y*、E*EVは計測されている量なので、この式を用いることで、ケイ素(Si)の組成式当たりの原子数、atom per formulaが計算されることとなり、全元素のatom per formulaが導かれる。

具体的な計算ルーチンとしては、

 

1.標準ガラス試料を用いて測定された仮の濃度を用いて、全元素についてA*を計算する。
A* = ([測定された元素Aの濃度] / [元素Aの質量数])÷([測定されたSiの濃度]/[Siの質量数])

2.Yサイトに入るリチウム(Li)とアルミニウム(Al)以外のapfの合計を求める⇒ΣY*

3.測定した全元素についてapfにそれぞれの価数を掛けたものを計算し合計する⇒ΣE*EV

4.(ΣE*EV–ΣY*–Al*–1)を計算し、式②を用いてSiapfを計算する。

5.全元素についてA*Siapfを計算し、式①を用いてAapfを計算する。

 

となり、測定物の組成式を求めることができる。求められた測定式から、それぞれの正確な重量濃度(ppmw、wt%)を知ることができる。なお、余談ではあるが、V site、W siteは水酸基(OH)であると仮定しているが、フッ素(F)であってもOHとFの質量数が近いため、それぞれの元素の濃度は誤差範囲に収まると推定される。

 

サンプルと手法

本研究では、ブラジル産116点(うちバターリャ産86点、キントス産16点、ムルング産14点)、モザンビーク産49点、ナイジェリア産80点のパライバ・トルマリンを分析に用いた(図2に測定に用いたサンプルの写真一部を掲載)。各サンプルは、ブルー系、グリーンブルー~ブルーグリーン系、グリーン系と色別に分けた。色の分類はマンセルのカラーチャートを参照し、青~緑の色相のものをパライバ・トルマリンとしている。海外の一部のラボでは黄緑色をパライバ・トルマリンに含めていることもあるが、宝石鑑別団体協議会(AGL)の規定ではこれを除外している。それぞれの産地および色別の個数は  表1の通りである。また、本研究で用いたパライバ・トルマリンはすべてelbaiteであり、fluor–liddicoatiteは含まない。これは、現在パライバ・トルマリンでfluor–liddicoatiteに属するものはモザンビーク産しか知られておらず、組成も異なるため産地毎のデータを比較するには不適と判断した。

 

表1 分析に用いたサンプルの産地、色別個数

表1

 

図2 本研究に用いたサンプル(一部)

ブラジル、バターリャ産(0.04 〜 0.22ct)
ブラジル、バターリャ産( 0.04 〜 0.22ct )

 

ブラジル、バターリャ産(0.09 〜 0.23ct)
ブラジル、バターリャ産( 0.09 〜 0.23ct )

 

ブラジル、キントス産(0.14 〜 0.18ct)
ブラジル、キントス産( 0.14 〜 0.18ct )

 

ブラジル、ムルング産(0.06 〜 0.10ct)
ブラジル、ムルング産( 0.06 〜 0.10ct )

 

モザンビーク産(0.47 〜 3.07ct)
モザンビーク産( 0.47 〜 3.07ct )

 

モザンビーク産(0.31 〜 0.44ct)
モザンビーク産( 0.31 〜 0.44ct )

 

ナイジェリア産(0.37 〜 0.44ct)
ナイジェリア産( 0.37 〜 0.44ct )

 

ナイジェリア産(0.08 ct 〜 0.40ct)
ナイジェリア産( 0.08 ct 〜 0.40ct )

 

分析にはLA–ICP–MSを使用し、Laser Ablation装置としてESI UP–213を、ICP–MS装置としてAgilent 7900rbを用いた。分析に用いた条件は表2の通りである。NIST610を標準試料として用い、それぞれのサンプルにつき2点ずつ分析を行い、元素プロッティング、線形判別分析(LDA, Liner Discriminant Analysis)、ロジスティック回帰分析(LR, Logistic Regression)を行った(線形判別分析(LDA)についてはCGL通信34号判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別、ロジスティック回帰分析(LR)についてはCGL通信39号多変量解析の宝石学への応用に詳細が記されている)。

 

表2 使用した分析機器における分析条件

表2

 

結果と考察

(1) 鉛(Pb) vs 錫(Sn)プロッティング

色(ブルー系、グリーンブルー系~ブルーグリーン系、グリーン系)関係なく、全サンプルにおいて、X軸に鉛(Pb)、Y軸に錫(Sn)の濃度をプロットしたグラフを図3に示す。ナイジェリア産のトルマリンは鉛(Pb)濃度が非常に低い値(ppm)から非常に高濃度(ppm)と連続的な分布を示している。従来、ナイジェリア産のパライバ・トルマリンを扱う一部のディーラー間でタイプ1(鉛(Pb)が低濃度でブラジル産との区別が困難なタイプ)、タイプ2(鉛(Pb)が高濃度のもの)が存在すると言われていたが、鉛(Pb)の量は連続的であり、タイプ1とタイプ2の垣根がないことが判明した。また、今回分析したサンプルにおいて、ブラジル産サンプルでは錫(Sn)が検出されなかったが、モザンビーク産では必ず錫(Sn)が検出され、ナイジェリア産は錫(Sn)が検出されるもの、されないものが存在することが判った。なお、錫(Sn)の含有量と鉛(Pb)の含有量には相関性等は認められなかった。

図3 パライバ・トルマリンの鉛(Pb) vs. 錫(Sn)プロット。モザンビーク産パライバ・トルマリンに関してはSn > 25 ppmwのサンプルも存在するが、グラフの見やすさを考慮し、Sn = 25 ppmwの線でグラフを切断した。
図3 パライバ・トルマリンの鉛 (Pb) vs. 錫 (Sn)プロット。モザンビーク産パライバ・トルマリンに関しては Sn > 25 ppmwのサンプルも存在するが、グラフの見やすさを考慮し、Sn = 25 ppmwの線でグラフを切断した。

 

(2) ブルー系パライバ・トルマリン

ブルー系のパライバ・トルマリンの銅(Cu)の濃度をX軸、ガリウム(Ga)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図4(a)に示す。銅(Cu)含有量についてはブラジル産(バターリャ、キントス、ムルング)パライバ・トルマリンが多く(Cu > 4000 ppmw)、ナイジェリア産、モザンビーク産は少ない(Cu < 4000 ppmw)。また、モザンビーク産はガリウム(Ga)が多く(Ga > 250 ppmw)、ナイジェリア産はガリウム(Ga)が少ない(Ga < 200 ppmw)という傾向にある。ブラジル産についてもバターリャとキントス、ムルングについてガリウム(Ga)の含有量に差が見られ、おなじブラジル産であっても鉱山毎の差が明確に見られる。
また、ブルー系のパライバ・トルマリンのガリウム(Ga)の濃度をX軸、鉛(Pb)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図4(b)に示す。図4(a)で示したプロットではブラジル産(ムルング)とブラジル産(キントス)がオーバーラップしているのであるが、ガリウム(Ga) vs. 鉛(Pb)プロットではキントス、ムルングの明瞭な違いを見出すことができた。

 

図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(a) 銅(Cu) vs. ガリウム(Ga)プロット
図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(a) 銅 (Cu) vs. ガリウム (Ga)プロット

 

図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(b) ガリウム(Ga) vs. 鉛(Pb)プロット
図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(b) ガリウム (Ga) vs. 鉛 (Pb)プロット

 

(3) グリーンブルー系~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリン

グリーンブルー系~ブルーグリーン系のブラジル産(バターリャ、キントス)、ナイジェリア産、モザンビーク産パライバ・トルマリンについて銅(Cu)の濃度をX軸、亜鉛(Zn)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図5(a)に、同様にマンガン(Mn)と亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)と鉛(Pb)についてプロットしたグラフをそれぞれ図5(b)図5(c)に示す。この色調のものではナイジェリア産でも銅(Cu)の濃度が15000ppmw以上のものが存在する。このような高濃度の銅(Cu)を含有するものは、市場においてしばしばブラジル産と誤認されている。そのため、他の元素との関連を鑑みて慎重な判断が必要である。例えば、この色調のブラジル産ではたいてい亜鉛(Zn)の濃度が4000 ppmw以上と高い。

 

図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの (a) 銅(Cu) vs. 亜鉛(Zn)、(b) マンガン(Mn) vs. 亜鉛(Zn)
図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの(a)銅 (Cu) vs. 亜鉛 (Zn)

 

図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの (a) 銅(Cu) vs. 亜鉛(Zn)、(b) マンガン(Mn) vs. 亜鉛(Zn)
図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの(b) マンガン (Mn) vs. 亜鉛 (Zn)

 

図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの (c) ガリウム(Ga) vs 鉛(Pb)のプロット
図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの(c) ガリウム (Ga) vs 鉛 (Pb)のプロット

 

さらにグリーンブルー系~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンは2元素毎のプロッティングではオーバーラップする部分が見られたので、多変量解析を用いた産地鑑別を試みた。多変量解析においては、ブラジルのバターリャ、キントスの区別は行わず、一括してブラジル産として解析を行った。測定した全元素(9Be, 23Na, 24Mg, 27Al, 29Si, 39K, 43Ca, 47Ti, 51V, 52Cr, 55Mn, 57Fe, 63Cu, 66Zn, 71Ga, 72Ge, 85Rb, 93Nb, 118Sn, 121Sb, 133Cs, 137Ba, 181Ta, 208Pb, 209Bi)を基に線形判別分析を行った結果を図6に示す。プロットは線形判別分析で得られた判別関数に分析値を代入し得られた値をプロットしたものである。線形判別分析の結果、ブラジル産、ナイジェリア産、モザンビーク産でよい乖離が見られることがわかる。 また、ブラジル産とナイジェリア産パライバ・トルマリンについてロジスティック回帰分析を行った結果を図7に示す。ロジスティック回帰分析は2グループのどちらかに属する確率を与えるものであり、本研究においてはブラジル産である確率を基準に解析を行った。図7は得られた式に元データを代入したものであるが、ブラジル産、ナイジェリア産の両者が非常によい乖離を示すことがわかる。なお、ロジスティック回帰分析を用いたモザンビーク産パライバ・トルマリンの判別については変数の数と測定サンプルのバランスが悪いため、除外した。

図6 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンの線形判別分析を用いた産地鑑別
図6 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンの線形判別分析を用いた産地鑑別

 

図7 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンのロジスティック回帰分析を用いた産地鑑
図7 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンのロジスティック回帰分析を用いた産地鑑別

 

(4) グリーン系パライバ・トルマリン

グリーン系のパライバ・トルマリンのガリウム(Ga)の濃度をX軸、鉛(Ga)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図8に示す。ブラジル(バターリャ)産とナイジェリア産パライバ・トルマリンがよく乖離していることが判る。このプロットを基に、ガリウム(Ga)と鉛(Pb)の組成式毎の原子数(apfu, atom per formula unit)の和をX軸、鉄(Fe)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図9に示す。図と比較するとブラジル産とナイジェリア産の乖離が明瞭になる。モザンビーク産についてはサンプル数が少なく、範囲も広いため、今後の課題である。

 

図8 グリーン系パライバ・トルマリンのガリウム(Ga) vs. 鉛(Pb)プロット
図8 グリーン系パライバ・トルマリンのガリウム (Ga) vs. 鉛 (Pb)プロット

 

図9 グリーン系パライバ・トルマリンの鉛+ガリウム(Pb+Ga) vs. 鉄(Fe)のプロットまとめ
図9 グリーン系パライバ・トルマリンの鉛+ガリウム (Pb+Ga) vs. 鉄 (Fe)のプロットまとめ

 

まとめ

ブラジル(バターリャ、キントス、ムルング)、ナイジェリア、モザンビーク産パライバ・トルマリンについてLA–ICP–MSを用いて分析を行い、精度の高い産地鑑別の基準つくりを試みた。錫(Sn)や鉛(Pb)の含有量、3種の色相(ブルー系、グリーンブルー~ブルーグリーン系、グリーン系)毎に違う2変数プロットを用いることでブラジル、ナイジェリア、モザンビークの3つの産地を明瞭に分けることができた。
CGLでは今後もパライバ・トルマリンの産地毎の試料データ収集を継続的に行い、産地鑑別のさらなる精度向上に努めていく予定である。

 

謝辞

グロリアスジェムス有限会社の酒巻英樹氏、株式会社日独宝石研究所の古屋正貴氏、株式会社セレナの田中セレナ氏、有限会社YTストーンの佃裕二氏、株式会社ベーネユナイテッドの宮崎雅人氏、株式会社ミユキの古屋聡氏、株式会社キアイの野本博之氏、株式会社カワサキの川崎雅章氏には本研究の分析に使用した産地が既知の貴重な試料を貸与いただいた。ここに記して謝意を表します。

 

文献:
1.Abduriyim A., Kitawaki H., Furuya M., Schwarz D. (2006) “Paraíba”–type copper–bearing tourmaline from Brazil, Nigeria, and Mozambique:Chemical fingerprinting by LA–ICP–MS. Gems & Gemology, Vol. 42, No. 1, pp. 4–21

2.Milisenda. C. C., Horikawa Y., Emori K. (2006) Neues Vorkommen kupferführender Turmaline in Mosambik. Zeitschrift der deutschen gemmologischen gesellschaft, Vol. 55/1–2, pp. 5–24

3.Yusuke K., Ziyin Sun, Christopher M. B., Barbara L. D. (2019) Geographic Origin Determination of Paraíba Tourmaline. Gems & Gemology, Vol. 55, No. 4, pp. 648–659

4.Sun Z., Palke A. C., Breeding C. M., Dutrow B. L. (2019) A new method for determining gem tourmaline species by LA–ICP–MS. Gems and Gemology, Vol. 55, No. 1, pp. 2–17

 

◎中央宝石研究所では、パライバトルマリン産地検査を行っております。詳しくは⇒こちら をご覧ください。

天然ダイヤモンドvs合成ダイヤモンド -成長履歴の違いによる鑑別-

PDFファイルはこちらから 2020年3月PDFNo.55

リサーチ室 北脇 裕士

 

天然ダイヤモンドは、地球の深部において何億年という歳月にわたる地質学的プロセスを経て生まれた結晶です。いっぽうで、合成ダイヤモンドは人工的に研究室や工場で作られた結晶です。合成ダイヤモンドは、化学成分や結晶構造は天然ダイヤモンドと基本的に同じで、光学的・物理的特性も同一です。
しかし、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドには違いもあります。天然ダイヤモンドは地下の高温高圧下で何億年という長い年月をかけて成長し、地表に到達するまでに複雑な環境の変化をこうむります。いっぽう、合成ダイヤモンドは人工的に閉鎖された一様な環境下で、通常数日から数週間という短い時間で育成されます。その生い立ちの違いが結晶の中にさまざまな不均一性として刻み込まれ、それを手がかりに両者の識別が可能となります。

本稿では、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドの成長履歴にどのような相違があり、それをどのように検出して鑑別に生かしているかをご紹介します。

 

成長履歴の観察方法

天然ダイヤモンドは成長・溶解、塑性変形や加熱などの履歴を経験しており、これらに対応した組織が結晶の表面や内部に残されています。
結晶の表面構造は、外的要因に鋭敏に反応するため、成長条件の研究に適しています。しかし、これらは成長の最終段階のみが残されており、成長過程の全体像を知ることは困難です。また、天然ダイヤモンドは少なからず溶解作用をこうむっており、原石表面に残された結晶成長模様から成長史を論じることは困難です。

さらに、宝石ダイヤモンドを研究対象とする場合、すでにカット・研磨が施されており、表面特徴の観察は通常不可能です。したがって、宝石ダイヤモンドの成長履歴を読み取り逆に成長条件を推定するためには、結晶内部に残された不均一性を検知する必要があります。ダイヤモンドを始めとする天然の結晶は、常に一定の速度や一定の条件下で成長するわけではありません。結晶の形成過程においては、成長速度あるいは成長条件が緩やかにあるいは急激に変化し、部分的な溶解・再成長が生じることがあります。そのため欠陥密度や不純物分配が変化し、包有物、格子欠陥(点状欠陥、転位、面状欠陥)、成長縞(累帯構造)、成長分域などが形成されます。これらの内部構造はダイヤモンドの強固な物理・化学的性質のため、形成時のまま保持されていることが期待できます。また、ダイヤモンドに不純物として含まれている窒素原子は結晶内における拡散が極めて遅く、地球深部で結晶化した後に地質学的な時間が経過しても窒素分布による初生的な組織がほとんど変化しません。このような特性ゆえに天然ダイヤモンドの内部組織の研究は地球惑星学的に重要な研究対象となっています。

 

天然ダイヤモンドの累帯構造はさまざまな方法を用いて研究されてきました。硝酸カリウムなどの酸化剤を用いたエッチング法もこの手法のひとつで、センター・クロス構造が始めて観察されています。Ⅹ線トポグラフ法は散乱角のわずかな変化を与える結晶内部の不完全性に因る組織などが検出できます。この手法を用いて単結晶中のさまざまな線状欠陥(転位など)と面状欠陥(積層欠陥や双晶面など)に関連する歪場の空間分布を捉えることができます。カソードルミネッセンス(CL)法もダイヤモンドの内部構造を調べるひとつの手法として利用されてきました。

 

1990年代よりHPHT法による装飾用合成ダイヤモンドの商業的な生産が始まり、宝飾業界からはその情報開示と明確な天然と合成の識別法の確立が切望されるようになりました。DTC(Diamond Trading Company)ではこれらの声に応えるためにダイヤモンド判別機の製作・販売を開始しました。DiamondViewTM(図1)は紫外線蛍光を用いた画像診断装置です。ダイヤモンドに波長の短い強力な紫外線を照射すると、原子レベルの欠陥や微量な含有元素の影響で蛍光を発します。
微視的に研磨面を見た場合、欠陥や微量元素の濃度が成長時や成長後にこうむる環境の変化によってわずかに異なるためにさまざまな蛍光像が観察できます。これが紫外線ルミネッセンス法であり、このような蛍光像はダイヤモンドの成長履歴を反映するために、天然と合成では明確な相違がみられ、その判別を行う上で非常に有効な手がかりになります。

 

図1.DTC製DiamondViewTM
図1.  DTC製 DiamondViewTM

 

結晶のモルフォロジー(形態)

結晶のモルフォロジー(形態)は固体−液体の界面の状況と過飽和度などの成長の駆動力によって決められます。駆動力の大きな条件下では一般に界面は原子的にラフな状態をとり、結晶成長のメカニズムは吸着型で結晶の示す形態は球晶や樹枝状となります(図2Aの領域)。駆動力の小さな条件では、渦巻き成長機構が支配的になるので平面で囲まれた多面体の結晶が現れます(図2Cの領域)。

装飾に供されるダイヤモンドは、透明度や輝きの観点から、単結晶で平滑な面で囲まれた多面体結晶が用いられます。実際の天然ダイヤモンドは、成長後の溶解作用による丸みを帯びた原石が一般的ですが、結晶成長時には多面体であったと考えられます。同一種の鉱物であっても多面体結晶のモルフォロジーは同一ではなく様々に変化します。これは、出現する結晶面の種類、組み合わせとそれぞれの面の垂線成長速度Rの相対的な比によって決められます。

A及びBの2種類の結晶面が出現する結晶において、Aの垂線成長速度Rの方がBのそれよりも大きければ(RA>RB)、Aはやがて結晶上からは消えて行き、結晶はB>A、あるいはBだけで囲まれた多面体となります。逆の場合は最終的にAのみで囲まれた多面体となります。この例で理解できるように結晶のモルフォロジーは成長の過程で変化します。この変化の軌跡はDiamondViewTMにおいて成長分域として観察することができます。図3は、A及びBの2種類の結晶面が異なる速度で成長した際の成長分域の模式図です。結晶周囲の環境(温度圧力、溶質成分等)の変化によって結晶成長速度や結晶に取り込まれる元素濃度、欠陥の密度が変動するため、それぞれの成長分域内に成長縞が形成されます。

 

図2.成長速度対駆動力図上に表した期待されるモルフォロジー(砂川2004より)
図2.成長速度対駆動力図上に表した期待されるモルフォロジー(砂川 2004より)

 

図3.A,B2面で囲まれた結晶の内部に期待される成長分域(砂川2004より)
図3.A,B2面で囲まれた結晶の内部に期待される成長分域(砂川 2004より)

 

PBC解析法

現実に出現する多面体の結晶形態を議論する際に基準となる形を想定できれば、現実結晶との差異についての原因を解析することが可能となります。結晶のモルフォロジーを決定するのは結晶の構造と環境条件ですから、後者の影響を無視して、結晶の構造だけを反映した形を割り出すことができればこれを基準とすることができます。この基準の形を予測するためのモデルとして広く受け入れられているのがPBC(Periodic Bond Chain)解析法です。

この方法は結晶構造の中で結合の強い原子間を結びつけて結合鎖(PBC)を見つけ出し、PBCを面内に何本含むかによって結晶面をF面(Flat face)、S面(Stepped face)、K面(Kinked face)の3種類に分類し、これを基にその結晶に予想される基準の形を見出そうとするものです。

F面(2本以上のPBCを含む面)はスムースな界面に相当し、2次元核形成機構か渦巻き成長機構で成長し、他の面に比べて相対的に大きく発達する面となります。これに対してK面は原子的にラフな界面で、付着型成長機構で成長するので、相対的な成長速度が速く、結晶上からは消失していく結晶面となります。S面はF面とK面の中間的な性質を有しており、F面上の成長層のステップの積み重なりで現れ、条線模様で特徴付けられる細長い結晶面となります。

 

天然ダイヤモンドの基本的なモルフォロジー(形態)

ダイヤモンドの結晶構造をPBC解析法に当てはめてみると、{111}面はPBCを3本含むF面、{110}面はPBCを1本しか含まないS面に相当し、{100}面はPBCを1本も含まないK面に相当します。したがって、PBC解析を基にしたダイヤモンドのモルフォロジーはよく発達した{111}で囲まれた八面体で、直線的な条線模様で特徴づけられる{110}を伴いますが、{100}は結晶面上に現れません。

参考図

 

この理想的に発達した八面体のダイヤモンドをDiamondViewTMで観察して得られる像を考えてみましょう。一般に八面体のダイヤモンド結晶をブリリアント・カットする場合、テーブル面が(001)面にほぼ平行になるようにカットされ、大小2つのダイヤモンドに研磨されます(図4)。したがって、研磨された2つのダイヤモンドのテーブル面に現れる累帯構造は(001)面と{111}面との交線のみから形成され、木の年輪のように中心から外側に広がって行く閉じた四角形の組み合わせになることが期待されます。

図4. 八面体原石から大小2つのカット石を取るイメージ
図4. 八面体原石から大小2つのカット石を取るイメージ

 

宝石ダイヤモンドとして最も流通量の多いのがⅠ型の無色ダイヤモンドであり、天然ダイヤモンドの最も一般的な成長履歴を反映していると考えられます。
Ⅰ型の無色~ほぼ無色のダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像を図5に示します。ラウンド・ブリリアント・カットが施されたテーブル面の中心からガードルに向かって広がって行く閉じた四角形の組み合わせが見られます。これはPBC解析法で予想されたとおり、{111}面のみで形成された八面体の結晶が、その中心付近を(001)に垂直にテーブル面がくるようにカットされたことを示唆しています。画像の明暗は発光中心の大小に関連し、形成される年輪の幅は成長速度に関連しています。

このような年輪の幅の増減は、すべてのⅠ型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像に観察されます。この写真のダイヤモンド結晶は、四角形の年輪の幅がほぼ一定であることから、成長履歴全体を通じて単純で変化の少ない八面体の形態が維持されたことを示しており、結晶の成長パラメータに大きな変化が無かったことが伺えます。このような状況は、駆動力の小さい平衡に近い状態での結晶成長が行われたことを示唆しており、無色~ほぼ無色の宝石ダイヤモンドの大部分はこのような成長履歴を有すると考えられます。

図5. 天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像に一般的な閉じた四角形の累帯構造
図5. 天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像に一般的な閉じた四角形の累帯構造

 

通常、原石が2つにソーイングされる時、切断面はそれぞれのカット石のテーブル面としてオリエンテーションがとられます。実際のソーイングで遺失する結晶の厚みはきわめて薄く、同一原石からカットされたダイヤモンドのテーブル面のDiamondViewTM像は、相似形の累帯構造を示します。

天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像は、その結晶の成長過程を反映しているので、比較的類似するパターンを示すことはあっても、まったく同一のDiamondViewTM像を示すことはありえません。このことから、DiamondViewTM像を個体識別の“フィンガー・プリント”とすることが可能となります。従って、このようなDiamondViewTM像の特長を用いて、2つのダイヤモンドが同一原石からカットされたことを証明できることがあります。CGLでは同じ原石から得られた二つのダイヤモンドをツインダイヤモンドとして、ツインダイヤモンドレポートサービスを行っております(図6)。

図6. CGLが発行するツインダイヤモンドⓇレポート
図6. CGLが発行するツインダイヤモンドレポート

 

特異な成長をした天然ダイヤモンド

天然ダイヤモンドには、{111}面のみで囲まれた単純な形態ではなく、しばしばMixed–habit Growthと呼ばれる複雑な累帯構造が観察されます。これらからは、{111}と{100}の組み合わせからなる成長縞が読み取れます(図7)。{111}面は平面ですが、{100}面は厳密には平面ではなく、曲面です。しかし、{100}面も樹枝状結晶のように成長とともにその形態を変化させることは無く、定常的にその形を維持するので、多面体の一種とみなされ、キューボイドと呼ばれています。

このような{111}面と{100}面の2種の結晶面が共存して成長した結果、十字架様の成長分域が形成され、センター・クロス・ダイヤモンドと呼ばれています。結晶成長の初期段階に相当する十字架中央のクロスした領域が{100}成長分域に相当し、十字架の腕の領域が{111}面と{100}面が共存する分域に相当します。結晶成長の晩期には{100}成長分域が消え{111}面のみで構成され、最終的には八面体の形態となります(図8)。この場合{111}成長分域内は、直線的な累帯構造を示すのに対し、{100}成長分域内では曲線状の累帯構造を示します。このことは{111}面は常にスムースな界面として振舞ったことを示し、{100}面はラフな界面として振舞ったことを示しています。

図7. Mixed–habit Growthを示す天然ダイヤモンド のDiamondViewTM像
図7. Mixed–habit Growthを示す天然ダイヤモンドのDiamondViewTM

 

図8. (001)方向に垂直で結晶中心を通る切断面上 に現れるセンター・クロス構造の模式図
図8. (001)方向に垂直で結晶中心を通る切断面上に現れるセンター・クロス構造の模式図

 

このセンター・クロス・ダイヤモンドは古くから知られており、その成因について以前は塑性変形によるという説もありましたが、現在では結晶成長によるものと広く受けとめられています。この構造が形成されるためには、{100}面の成長速度が{111}面の成長速度より相対的に遅れる必要がありますが、このことはPBC解析法から導き出された結果とは矛盾することになります。この矛盾を解釈するため、不純物による効果、すなわちキューボイドの面上に不純物が吸着することに因ってその成長速度が遅くなり、六面体結晶ができたと考えられてきました。それとは別に、コーテッドダイヤモンドの研究から、八面体と六面体結晶の成長形の変化は非平衡度の変化による晶相変化で、{111}面が平衡に近い状態での層成長機構から、高い過飽和度での高い頻度の2次元核形成に支配された成長機構に変化することに因って、その成長速度を{100}面の成長速度より増加させることに因り引き起こされたものとも解釈されています。

このようなMixed–habit Growthの成長履歴を有するダイヤモンドはボツワナのJwaneng鉱山をはじめ、幾つかの鉱山から産出報告があります。Jwaneng鉱山では産出されるダイヤモンドのうち、およそ8%にキューボイドの成長分域が認められています。

Mixed–habit Growthの成長の結果、センター・クロスの形態を示すダイヤモンドが出現する頻度は従来1/1000程度と予見されていました。しかし、筆者の経験では無色~ほぼ無色のダイヤモンドの場合、センター・クロス・ダイヤモンドと呼べるものは1/100程度であると考えています。さらに、Ⅰ型のピンク系ダイヤモンドにおいては1/3~1/10と極めて出現頻度が高いことを確認しています。市場性を考慮すると、ピンク・ダイヤモンドのほとんどは褐色ダイヤモンドと同様にオーストラリアのArgyle鉱山産と思われます。Argyle鉱山は世界のダイヤモンド鉱山の中でも唯一ランプロアイトを母岩としており、エクロジャイト起源のダイヤモンドが多いことが知られています。ピンク・ダイヤモンドも包有物の観察結果からエクロジャイト起源が多いことが判っており、これらの産出状況が高いMixed–habit Growthの出現率に関連している可能性が考えられます。

 

塑性変型を受けた天然ダイヤモンド

DiamondViewTM像には成長時の累帯構造だけではなく、成長後の塑性変型の履歴も記録されます。図9 と図10 にⅠb型の黄色系天然ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像を示します。

図9.Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。平行する多数の線状模様が認められる
図9.Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。平行する多数の線状模様が認められる

 

図10. Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。交差する2方向の線状模様が認められる
図10. Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。交差する2方向の線状模様が認められる

 

図9 は全体に緑黄色の発光色が見られ、細い緑色の線模様がカットされた石の端から端まで認められます。これらの線模様はいわゆる“スリップ・バンド”で、結晶成長後の塑性変形に因って八面体面に平行に形成されます。このスリップ・バンドはH3センタの発光によるものです。図10 は、明瞭な2方向のスリップ・バンドが見られます。また、橙色の発光色が認められます。これらはNVセンタに因るもので、Ⅰb型のダイヤモンドにしばしば認められます。Ⅰb型のダイヤモンドには置換型単原子窒素(Cセンタ)が存在し、これが空孔(V)と結びついてNVとなるためです。

このようにⅠb型のDiamondViewTM像にはスリップ・バンドに因る細長い線模様が特徴です。これはⅠb型ダイヤモンドの窒素含有量が少なく、II 型と同様に塑性変形をこうむりやすいためと考えられます。
Ⅰb型天然ダイヤモンドのこのような典型的なスリップ・ラインは合成ダイヤモンドには見られません。したがって、黄色ダイヤモンドの天然・合成の識別にはきわめて重要な手がかりとなります。

 

II 型天然ダイヤモンド

II 型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像には、I 型に見られる{111}面で形成された閉じた四角形の年輪模様は認められず、モザイク状やドット状の模様が観察されます。これらはdislocation networksと呼ばれる線状欠陥の集合体で、塑性変型によるものと解釈されています。窒素の凝集体や偏析のないII 型天然ダイヤモンドでは、転位が結晶中を伝わりやすいためにこれらの模様ができると考えられています。

図11 は明瞭なモザイク模様の好例です。モザイクの大きさはφ100–150μmです。図12 はドット状に見えますが、分解能の高いSEM–CLではφ10–20μmのモザイク模様であることが確認できます。II 型ダイヤモンドに観察される暗い青色の発光色はバンドAに因るもので、転位に起因すると考えられています。

図11. Ⅱ型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。明瞭なモザイク模様が認められる
図11. II 型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。明瞭なモザイク模様が認められる

 

図12 . Ⅱ型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。細かなドット状の模様が認められる
図12 . II 型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。細かなドット状の模様が認められる

 

HPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジー(形態)

天然ダイヤモンドの結晶のモルフォロジーの基本は、PBC(Periodic Bond Chain)解析法で導き出されたように{111}で囲まれた八面体です(図13)。しかし、HPHT法合成ダイヤモンドでは{111}面だけではなく、{100}面も良く発達した六–八面体の結晶形をとるのが一般的です(図14)。また、天然ダイヤモンドでは{100}面は常にラフな界面として振る舞い、スムースな界面として振舞うのは{111}面のみです。しかし、HPHT法合成ダイヤモンドでは、{100}面は{111}面と共に常にスムースな結晶面として振る舞い、渦巻き成長機構による結晶成長が行われています。

図13. 八面体の天然ダイヤモンド原石
図13. 八面体の天然ダイヤモンド原石

 

図14. 六–八面体のHPHT法合成ダイヤモンド原石
図14. 六−八面体の HPHT法合成ダイヤモンド原石

 

このような天然ダイヤモンドとHPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーの相違は、溶媒成分の相違に因るところが大きいと考えられています。天然ダイヤモンドでは炭素成分を含む流体中で成長するのに対し、HPHT合成法ではFe(鉄)、Ni(ニッケル)、Co(コバルト)等の金属溶媒の溶液中で成長します。天然ダイヤモンドが成長する流体中では、イオン半径の大きな酸素の存在により、{100}表面で炭素原子間の再構成は起こりません。一方、イオン半径の小さな金属イオンを溶媒とする金属溶液中では、{100}表面が再構成される可能性があります。その結果、{100}に2本のPBCが導入され、{100}面はF面に転化し、渦巻き成長が可能となると解釈されています。

このような溶媒成分による結晶形への影響は、実験的にも確かめられています。金属溶媒の代わりに炭酸塩や硫酸塩あるいは天然のキンバーライト組成の珪酸塩溶融体を用いた非金属溶媒からのHPHT合成の研究が行われており、これらの溶媒から成長したダイヤモンドは微細ですが、天然の結晶と同様な{111}で囲まれた八面体のモルフォロジーを有しています。

純粋なNi(ニッケル)を使用して成長させたHPHT法合成ダイヤモンドは{111}面と{100}面のみから成り、前者が大きく発達します。Co(コバルト)やFe(鉄)を用いると{111}面と{100}面に加えて{113}面や{110}面も出現します。Ni(ニッケル)に他の金属元素を加えた合金を用いても{113}面や{110}面が出現します。また、Co(コバルト)にTi(チタン)を加えた合金を用いた際には{115}面が出現することもあります。さらにHPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーは、金属溶媒の種類が同じであっても、合成条件によって異なることも知られています。特に合成温度はモルフォロジーに大きく影響します。1300℃~1400℃程度の合成温度では{100}面が大きく発達した六面体に近い形態となり、1600℃程度以上になると{111}が大きく発達し、八面体に近くなります(図15)。

図15. HPHT法合成ダイヤモンドの温度・圧力とモルフォロジーの関係 (The Properties of Natural and Synthetic Diamondより)
図15. HPHT法合成ダイヤモンドの温度・圧力とモルフォロジーの関係
(The Properties of Natural and Synthetic Diamondより)

 

図16. HPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーと成長分域
図16. HPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーと成長分域

図 16 には低温及び高温で、種結晶を用いて合成されたそれぞれの結晶の形態と各成長分域の関係を示します。低温型の結晶では{100}面が大きく発達し、種結晶付近に金属溶媒を包有物として取り込む傾向にあることを示しています。高温型の結晶では{111}面が大きく発達し、種結晶付近には金属包有物を低温型よりも多く取り込む傾向にあることを示しています。また、共に{100}成長分域の窒素濃度が高く、黄色に着色している様子を示していますが、さらに成長温度を高温にすると窒素濃度は{111}>{100}となり、{111}が黄色に着色することが知られています。

図17と18には典型的なHPHT法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像を示します。前者はⅠb型の黄色で、後者はⅡb型の青色です。両者ともに{100}と{111}のセクターゾーニングが明瞭です。ここで重要なのは、天然ダイヤモンドで{100}成長分域が見られるMixed–habit Growthでは、{100}は曲線状の成長模様を示すのに対し、HPHT合成では直線状となっていることです。

図17. Ⅰb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。緑黄色に発光する領域が{100}で、暗い領域が{111}
図17. Ⅰb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。緑黄色に発光する領域が{100}で、暗い領域が{111}

 

図18. Ⅱb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。明るく発光する領域が{111}で、暗い領域が{100}
図18. IIb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。明るく発光する領域が{111}で、暗い領域が{100}

 

 

CVD法合成ダイヤモンドのモルフォロジー(形態)

CVD法合成ダイヤモンドの結晶は、HPHT法合成ダイヤモンドと同様に{111}と{100}で囲まれた六–八面体のモルフォロジーとなります(図19)。

図19. 天然ダイヤモンドとCVD法合成ダイヤモンドのモルフォロジー
図19. 天然ダイヤモンドとCVD法合成ダイヤモンドのモルフォロジー

 

しかし、HPHT法合成ダイヤモンドでは、{111}と{100}共に渦巻成長層を示すのに対し、CVD法合成ダイヤモンドでは{100}は常に渦巻成長層を示しますが、{111}は同じ結晶上で骸晶状の結晶面として現れます。このことは、PBC解析法で導き出された{111}と{100}の結晶面の重要度が逆転したことを意味しています。すなわち、天然ダイヤモンドにおいては、常にスムースな界面として振る舞う{111}が、ラフな界面として振る舞う{100}よりも形態的に重要で、平滑な{111}で囲まれたモルフォロジーとなりますが、CVD法合成ダイヤモンドでは{100}が常に重要な面となり、平滑な面として外形に残ります。

{111}は3本のPBCを含み、{100}はHPHT法のように再構成が生じても2本のPBCしか含みません。従って、この逆転にはPBC以外の要因が必要です。
HPHT合成では、Fe(鉄)、Co(コバルト)等の金属溶媒の溶液が環境相ですが、CVD合成における環境相は水素ガスと少量の酸素です。ダイヤモンドの成長における原子状水素の役割として、非晶質炭素及びグラファイト状炭素のエッチングや非晶質水素化カーボンの合成の抑制等が知られています。このような機能を有する原子状水素は、低温で生じ易い非晶質成分の合成を抑制し、結果的にダイヤモンドの結晶の選択的成長を促進すると考えられています。

このようにCVD法によるダイヤモンド合成に重要な役割を担う原子状水素は、ダイヤモンドのモルフォロジーにも影響を与えると考えられます。表面自由エネルギーに対するPBC付着エネルギーの寄与よりも大きな寄与が存在すれば、{111}と{100}の形態学的重要度の逆転が起こり得ます。この要因となるのがH2分子の表面吸着です。成長する結晶の表面に吸着したH2分子が表面自由エネルギーに対して大きな影響を与えることが理論計算によって導き出されています。

CVD法において装飾用の単結晶を育成するためには高速度成長が不可欠です。一般に高速(10μm/h以上)で成長させると、成長丘と呼ばれる異常成長が生じます。これを克服するためには{100}面を{111}面に比べて優先的に成長させる成長条件を維持することによって{100}基板上にエピタキシャル成長させます。また、窒素を添加することで高速度の成長が得られ、成長丘の発生が抑制されるため長時間成長が可能となることも知られています。また、{111}面上には多重双晶粒子が発生しやすく、これが100μm以上の目視可能なサイズになると、単結晶ダイヤモンド中に黒い多結晶の領域として観察されます。したがって、良質な単結晶を得るためにも{100}の基盤が有利となります。

図20にCVD合成の成長模式図を示します。これはステップフロー成長というメカニズムです。CVD法では{100}の方位の種結晶を用いるのですが、数度のオフ角を持たせています。このオフ角を持たせることで{110}方向に原子のステップが現れます。原子は平坦なテラスよりもステップに吸着しやすく、ステップを中心に成長が進んでいきます。

図20. CVD法合成ダイヤモンドのステップフロー成長の概念図
図20. CVD法合成ダイヤモンドのステップフロー成長の概念図

 

図21 は典型的なCVD法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像です。ステップフロー成長による積層構造が線状模様として観察されます。このダイヤモンドは無色ですが、成長後にHPHT処理が行われています。高速度成長させたCVD法合成ダイヤモンドは、多くの歪やディスロケーションを含むため褐色味を有します。この褐色味を除去するために多くの場合HPHT処理が施されています。成長時のCVD法合成ダイヤモンドは添加された窒素原子がNVセンタを形成するためにオレンジ色の発光色を示しますが、HPHT処理後はこのダイヤモンドのように青白色~緑色の発光を示します。

図21. CVD法合成ダイヤモンドに特徴的な線状模様
図21. CVD法合成ダイヤモンドに特徴的な線状模様

 

天然と合成の判別が困難なDiamondViewTM

DiamondViewTMは、ダイヤモンドの結晶内部に残された成長史を視覚的に捉えることができ、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドの識別にはきわめて有効です。天然と合成では明らかな成長履歴の相違があり、それらの典型的な画像が得られた場合は、両者の識別は容易です。しかし、中には天然と合成で酷似した紛らわしい画像が得られることもあり、観察者を惑わせます。

図22. 天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM像
図22. 天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM

 

図23. HPHT法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像
図23. HPHT法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM

 

図22 は天然ダイヤモンドですが、部分的に合成ダイヤモンドのようなセクターゾーニングが見られます。きわめて珍しい事例です。図23 はHPHT合成です。単純な{100}と{111}の組み合わせではなく、{113}面や{110}面が出現していると思われます。

図24. Ⅱ型天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM像
図24. Ⅱ型天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM

 

図25. CVD法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像
図25. CVD法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM

 

図24 はⅡ型天然ダイヤモンドです。Ⅱ型ダイヤモンドのDiamondViewTMによる発光色はたいていが暗い青色ですが、まれにこのようなピンク色が見られます。青色のモザイク模様が天然の特徴です。図25 はCVD合成です。成長後にHPHT処理が施されていないものです。

最近になってCGLで鑑別する合成ダイヤモンドが増加しています。DiamondViewTMによる観察は天然と合成を判別する上できわめて有益な情報が得られます。しかし、簡易的な判別機器のようにpass(天然)やrefer(再検査)のような結果を表示してはくれません。天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンド双方の成長履歴を理解し、経験を積んだ技術者により慎重に判断される必要があります。◆

謝辞
本稿を執筆するにあたり多くの文献を参照しましたが、ここでは誌面の都合上省略しております。また、多くの方々にご教示いただいた内容や研究成果が含まれており、関係者には謝意を表します。特に東北大学名誉教授の(故)砂川一郎博士には長年にわたりご指導を頂きました。あらためて深謝いたします。

Be拡散加熱処理コランダムの現状調査報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2020年1月PDFNo.54

リサーチ室 江森 健太郎

CGLリサーチ室は、平成25年度宝石学会(日本)一般講演会にて「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状」、33rd International Gemmological Conference (Vietnam, 2013)において「The present situation of Beryllium diffusion corundum」というタイトルでベリリウム拡散加熱処理コランダムについて講演を行っており、その内容はCGL通信 vol.16 「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状−平成25年宝石学会(日本)より−(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/16/21.html)」に掲載されている。当報告は2012年の1年間にCGLに鑑別依頼で供された全コランダムの統計であったが、本報告ではその後2014年~2018年の5年間について改めて調査を行った。精査の結果、2012年とほぼ同様の結果が得られ、Be拡散加熱処理は現在においても定常的に行われていると考えられる。

 

◆ ベリリウム拡散加熱処理コランダムについて
2001年9月頃より、高彩度のオレンジレッド、オレンジ色、ピンク色および黄色のサファイアが宝石市場に広くみられるようになった。中でもオレンジピンクからピンクオレンジのいわゆる「パパラチャ」のバラエティネームで知られるサファイアが大量に出現したため業界中の関心事となった。これらのサファイアには従来の加熱処理には見られない外縁部にカット形状に沿った色の層(カラードリム)が分布しており(図1)、その生成に疑問が持たれた。

図1.Be拡散加熱処理コランダムに見られるカラードリム
図1.Be拡散加熱処理コランダムに見られるカラードリム

 

国際的な鑑別ラボによる精力的な調査の結果、この加熱手法は外来添加物であるクリソベリル起源のベリリウム(Be)を高温下でコランダム中に拡散させるという新たな手法であることが判明し、ベリリウム拡散加熱処理(以下Be処理)と呼ばれるようになった(文献1)。その後、バイオレット、グリーン、ブルー等の色調のサファイアやルビーにもこのBe処理が施されたものが出現している(図2)。

図2.さまざまな色のBe拡散加熱処理コランダム
図2.さまざまな色のBe拡散加熱処理コランダム

 

Beは軽元素であり、拡散している濃度も極めて低いため、鑑別ラボで従来使用されていた蛍光X線元素分析装置等では検出が不可能で、SIMSやLA–ICP–MSといった高感度の質量分析装置が必要となった。今日、先端的なラボではLA–ICP–MSが導入され、日常のBe処理鑑別に活用されている(文献2)。
Be処理が確認された当初は、未処理の天然サファイアおよびルビーにはBeは内在しないと考えられていたため、LA–ICP–MSでBeが検出されればBe処理であると考えられてきた(文献3)。しかし、近年、Be処理が行われていない天然サファイアにもBeが検出される事例が複数報告され(文献4、文献5)、Be処理の鑑別を困難にしている。

 

◆ ベリリウム拡散加熱処理コランダムの数的変動
ベリリウム拡散加熱処理コランダム(以下Be処理コランダム)の数量統計について紹介する前に2014年~2018年においてCGLに供されたコランダムの色別割合を図3に示す。数的にはルビー、ブルーサファイアが多く(双方を足して全コランダムの75%程度を占める)、次いでピンク~オレンジの色相、次いでイエロー系、その他(紫、緑系、バイカラー等を含む)となっている。数パーセントほどの差はあるものの、2014年から2018年にかけ各色の割合はほぼ変化がないと言える。

図3. コランダムの数別割合
図3.コランダムの数別割合

 

次にコランダム全色の中でのBe処理コランダムの割合を図4に示す。

図4.Be処理コランダムの割合(全体)
図4.Be処理コランダムの割合(全体)

これはそれぞれの年度ごとに「Be処理」「未検査」「Be未処理」の3つの割合を表記したものである。「未検査」という項目は、CGLにおいてLA–ICP–MSを用いて検査する必要性があると判断したが、主として顧客都合(LA–ICP–MS分析は有料である為)でLA–ICP–MS分析が行われなかったものである。Be処理されていると鑑別結果を提出したコランダムは全体の1.7−2.1%程度であり、わずかながら増加傾向にある。しかし、未検査の項目は2014年の1.6%から2018年の1.2%と下降傾向にあるため、総合するとBe処理コランダムの割合について変化はないように見える。

 

Be処理コランダムの色別割合を図5に示す。2014年〜2018年度の年もピンク~オレンジの色相が一番多く、次いでイエロー、レッド、ブルーおよびその他と続くが、割合の数値自体は年によって異なる。

図5. Be処理コランダムの色別割合
図5. Be処理コランダムの色別割合

 

各色のBe処理の割合を図6(a)〜(e)にまとめた。これは図4同様それぞれの色ごとに「Be処理」「未検査」「Be未処理」と分けたものであり、Be処理コランダムの個数としてはピンク~オレンジの色相のものが一番多いが、Be処理が行われている割合そのものはイエロー系のコランダムが大きいことがわかる。イエロー系に関して、2018年は全体の17.0%がBe処理であり、未検査のコランダムの中にBe処理されたものが含まれている可能性を加味すると、20%近いコランダムがBe処理と考えられる。一方、Be処理が施されている数が最も少ないのはブルー、その他であるが、毎年継続的にBe処理が施されているものを鑑別している。

 

図6.色系統ごとのBe処理の割合
(a)赤系、
(b)ブルー系
(c)イエロー系、
(d)ピンク~オレンジ系、
(e)その他の色。

:Be 処理
:未検査
:Be 未処理

1-図6a改−Be処理まとめ赤系RGB120

 

1-図6b改−Be処理まとめブルー系RGB120

 

1-図6c改−Be処理まとめイエロー系RGB120

 

1-図6d改−Be処理まとめピンク-オレンジ系RGB120

 

1-図6e改−Be処理まとめその他の色RGB120

 

 

◆ Be処理コランダム中のBe濃度
2014〜2018年に分析したBe処理コランダム中に含まれるBe濃度とその個数についてのヒストグラムを図7(a)〜(d)に示す。平均値は、赤色系は12.67 ppmw、ブルー系9.53 ppmw、イエロー系10.48 ppmw、ピンク系10.03 ppmwであった。平均値とグラフの中央値がずれて見えるのはグラフでは20 ppmw以上のものを省略しているからであり、各色の最大値は赤系48.89 ppmw、ブルー系33.82 ppmw、ピンク~オレンジ系52.46 ppmw、イエロー系71.39 ppmwであった。各色ともに平均値は10 ppmw前後であり、5 ppmw〜13 ppmwのもので半数近くを占めるという結果になった。これは筆者らが(文献5)で発表したものと、同一の結果である。

 

1-図7a−赤色系Be処理のコBe濃度RGB120

 

1-図7bブルー系Be濃度RGB120

 

1-図7cイエロー系Be処理濃度RGB120

 

1-図7dピンク〜オレンジ系Be処理濃度RGB120

 

◆ おわりに
2014年~2018年にCGLに鑑別依頼で供されたBe処理コランダムについて統計的にまとめた。Be処理コランダムはその出現からおよそ20年が経っているが、調査をした5年間においてBe処理コランダムの割合に変化はなく、Be処理は定常的に行われていることがわかった。特にイエロー系については20%近くの石にBe処理が施されている。
Be処理コランダムを看破するには、カラードリムの確認、カラードリムが確認できないものに対してはLA–ICP–MS分析が必須となっている。しかし、Beが検出されたコランダムには天然起源のBeを含有するサファイアや、Be処理に用いたるつぼや炉の再利用といった二次汚染といった問題もあるため(文献5)、慎重な判断を下す必要がある。CGLではBe処理に限らず、さまざまな処理について、正確な開示を行えるよう継続的な研究を行っている。

 

◆ 参考文献
1.Emmett J.L., Scarrat K., McClure S.F., Moses T., Douthit T.R., Hughes R., Novak S., Shigley J.E., Wang W., Bordelon O., Kane R.E.「 Beryllium diffusion of Ruby and Sapphire (Gems & gemology, 39(2), 84–135,2013)」
2.Abduriyim A., Kitawaki H. 「Applications of Laser Ablation–Inductively Coupled Plasma–Mass Spectrometry (LA–ICP–MS) to Gemology (Gems & gemology, 42(2), 98–118, 2006) 」
3.Emmett, J.E., Wang W. 「The Corundum group, Memo to the Corundum Group: How much beryllium is too much in blue sapphire – the role of quantitative spectroscopy. 26 August 2007」
4.Shen A., McClure S., Breeding C. M., Scarratt K., Wang W., Smith C., Shigley J.「Beryllium in Corundum: The Consequences for Blue Sapphire (GIA Insider, Vol.9, Issue 2 (January 26, 2007)) 」
5.Emori K., Kitawaki H., Okano M. 「Beryllium Diffused Corundum in the Japanese Market, and Assessing the Natural vs. Diffused Origin of Beryllium in Sapphire (The Journal of Gemmology, 34(2), 130–137, 2014) 」

天然ダイヤモンドvs合成ダイヤモンド-生い立ちの違い-

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2020年1月PDFNo.54

リサーチ室室長 北脇 裕士

近年、合成ダイヤモンドが宝飾市場にも現れ、業界の重要な関心ごとになっています。装飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、HPHT法合成ダイヤモンドでは15ct以上、CVD法合成ダイヤモンドも9ct以上のものが報告されています。いっぽう、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入が、ここ数年宝飾業界の大きな懸念材料となっています。
しばしば、業界の方々から合成ダイヤモンドはどのように見分けるのかと質問を受けます。さらに、鑑別の決め手は・・・?と質問されることもあります。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも等しく炭素でできた結晶です。物質としては基本的に同じものです。したがって、硬度、電気伝導性などの物理的性質や屈折率、分散度などの光学的性質に本質的な違いはありません。宝石質の天然ダイヤモンドは地下深部の上部マントルで結晶化し、合成ダイヤモンドは人工的に地下深部の高温高圧を再現した高圧発生装置内で育成されます。また、近年ではCVD法と呼ばれる低圧下のガスからも合成ダイヤモンドが製造されています。
このように天然と合成ではその成長の条件や環境などの生い立ちが異なります。そして、その生い立ちの違いに起因する包有物や内在する結晶欠陥を手掛かりとして鑑別が行われています。そのため、天然と合成を識別するためには、それぞれの結晶成長にかかわる環境や条件などを詳しく知る必要があります。
本稿では、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドを識別するための手助けとなるよう、それぞれの生い立ちについて少し掘り下げて考えてみることにします。

 

◆天然ダイヤモンドの成因

天然ダイヤモンドの産状は、① マントルで生成し、キンバーライトやランプロアイト等の火山岩により地表に運ばれたもの、② 超高圧変成岩に産するもの、③ 隕石の衝突や隕石中に含まれるもの、に分類されます。また、ごく最近になってロシア科学アカデミーと北海道大学等の研究チームが地殻内の地下5kmよりも浅い低温低圧下(300℃、1000気圧以下)で生成したナノダイヤモンドについて報告しています。しかし、これらのうち装飾用や工業用に適用できるサイズのダイヤモンドは、①のマントル由来のものに限定されます。
マントル由来のダイヤモンドの年代は、その包有鉱物の年代測定により9億9000万年~33億年前の範囲にあると考えられています。これに対して、母岩であるキンバーライトやランプロアイトはそれぞれのパイプによって異なっていますが、およそ1億年~12億年前の範囲にあります。したがって、ダイヤモンドはこれらのパイプ中で結晶化するのではなく、これらの火山岩によって地表に運搬されたと考えられます。
ダイヤモンドを含む捕獲岩及びダイヤモンド中の包有鉱物の研究から、ダイヤモンドはペリドタイト及びエクロジャイト中で形成すると考えられています。ペリドタイト中のダイヤモンドは、大規模なマントルの部分溶融のため炭素を失った融け残りマントルが、数億年の時間を経た後に炭素の濃集過程を受けて生成します。いっぽう、エクロジャイト中のダイヤモンドは、海洋プレートの沈み込みによってマントル深部まで運ばれた玄武岩質海洋地殻が、高温高圧下で相転移した際に形成したと考えられています。

 

◆世界のダイヤモンド産出状況

天然ダイヤモンドの産出地は全世界に広がっています。Fig.1に世界の主要な24のダイヤモンド・パイプ鉱床と7件の先端プロジェクトを示します。これまでにキンバーライト・パイプで開発された主要なダイヤモンド鉱山は、すべて始生代の地質区分に含まれていますが、ランプロアイト・パイプ上に位置する大規模なダイヤモンド鉱山(アーガイル鉱山)は、原生代に含まれています。
ある資料によると、世界のダイヤモンドの産出量は、過去に新鉱山の開業によって幾度も増加し、戦争、政変、金融危機などの要因によって減少しています。20世紀中頃までの主要産地はアフリカ大陸にありました。ソ連、オーストラリア、カナダ等のアフリカ以外の産地が台頭したのは1960年代に入ってからです。古代から現代までの世界のダイヤモンド総産出量は45億ctと推定されています。1870年から2005年までは、南アフリカが産出額で1位、産出量で4位であり、その主な理由は産出の歴史が長いことにあります。ボツワナは産出額で2位、産出量で5位ですが、産出が始まったのは1970年のことです。2001年から2005年までの世界産出量は、およそ8億4千万ctでした。この期間、産出量ではロシアが1位、産出額ではボツワナが1位でした。
近年の主要な天然ダイヤモンドの原産地としてロシア、カナダ、オーストラリア、ボツワナ、南アフリカ、アンゴラ、コンゴ(旧ザイール)、ナミビア等が良く知られています。
産出量に対して産出額が多いのは、宝石品質の割合が高いことを示し(例えばボツワナ、アンゴラ)、産出量に対して産出額が低いのは、宝石品質の割合が低いことを示しています(例えばコンゴ(旧ザイール)/オーストラリア)。

 

Fig.1. 世界のダイヤモンド鉱山(Janse 2007より)
Fig.1 世界のダイヤモンド鉱山(Janse 2007より)

 

◆天然ダイヤモンド:地球科学における重要性

地球内部を研究する手法は、①地震学的手法、②高温高圧実験、③地球内部起源の天然試料の研究の3つに大別することができます。地震学的には地球内部の地震波伝播速度の3次元的な解析において、地殻・マントル・核の密度構成や地球内部での物質移動や循環が研究されています。高温高圧実験ではマルチアンビル高圧発生装置の開発や放射光X線を用いたX線回折のその場観察の発展等において、マントル物質の高圧相転移が詳しく調べられ、地震波の不連続と相転移の関連が議論されています。
地球内部起源の天然試料として研究対象となるのは、上部マントル物質が直接野外で観察できるオフィオライト岩体やマントル捕獲岩などです。特にマントル捕獲岩は地下深部の物質をもたらす重要な研究対象となります。マントル捕獲岩は地下深部で発生したキンバーライトやランプロアイトなどの噴出に伴ってマグマの火道周辺の岩石が取り込まれ地表にもたらされたもので、これらにはマントルの主要構成物であるペリドタイトやエクロジャイトが含まれています。
キンバーライトやランプロアイト中の捕獲岩はマントルの構成物質を直接知る手がかりとして重要な研究試料となりますが、地表に運搬されるまでのマグマ中の液体と化学反応を起して組成等が広範囲に変化する可能性があります。
ダイヤモンドはキンバーライトやランプロアイト中の外来結晶として産出しますが、捕獲岩中のペリドタイトやエクロジャイト中にも含まれることがあり、これらの捕獲岩が直接の母岩と考えられています。ダイヤモンドは炭素原子間の結合がsp3共有結合だけで構造ができているため、物質中最高の硬度、きわめて小さな熱膨張係数などの物理的特性をもち、ダイヤモンド中の包有物にとっては良好な圧力保持容器として働きます。また、ダイヤモンドはきわめて高い化学的安定性を有しており、よほどの酸化条件でないかぎり化学変化を起こしません。したがって、ダイヤモンド中の包有物はダイヤモンドが生成した際の地球深部の状況(鉱物組成や温度・圧力等)をより実際の状態に近いまま保持していると考えられています。このようにダイヤモンド中の包有物は、地球深部の情報を提供するきわめてすぐれた研究試料といえます。
ダイヤモンド中の包有鉱物を最初に記録したとされる17世紀の頃は、おそらくガーネットと考えられる赤色の鉱物がルビーと記載されているなど、確証が得られている情報ではありませんでした。ダイヤモンドを含有するキンバーライトが発見された19世紀後半以降は、ダイヤモンドの初生的な包有鉱物の報告がなされています。1950年代に入るとX線回折法がダイヤモンド中の包有鉱物の同定に初めて使用され、ロシアの研究者等によって精力的に研究が行われました。1970年代に入ると電子顕微鏡における分析手法が導入され、過去に報告例のない多くの包有鉱物が新たに発見されています。さらに1990年代後半になると顕微ラマン分光分析が包有鉱物の同定に使用されるようになり、非破壊での分析が可能となりました(Fig.2)。

 

Fig.2 顕微ラマン分光装置
Fig.2 顕微ラマン分光装置

 

◆天然ダイヤモンド:包有鉱物による地球深部の情報

ダイヤモンド中の包有鉱物はその種類と化学組成から一般にP–タイプ(ペリドタイト:peridotite)とE–タイプ(エクロジャイト:eclogite)に大別されています。P–タイプ包有鉱物はオリビン、エンスタタイト、ダイオプサイド、パイロープ・ガーネットなどの珪酸塩鉱物とMgに富んだイルメナイトや硫化鉱物からなり(Fig.3)、ペリドタイト捕獲岩の鉱物組み合わせや鉱物組成と類似しています。いっぽう、E–タイプ包有鉱物は主にパイロープ/アルマンディン・ガーネットとオンファサイトからなり(Fig.4)、コーサイト、カイヤナイトおよび硫化鉱物を含有し、エクロジャイト捕獲岩の鉱物組み合わせや鉱物組成と類似しています。
P–タイプのガーネット包有物は、CaとCrの比率において、さらにレルゾライト・タイプとハルツバージャイト・タイプに細分されます。すなわち、レルゾライト・タイプのガーネット包有物は、ハルツバージャイト・タイプのガーネットに比べて高いCa量と低いCr量を示します。そして、これらはREEパターン(希土類元素を隕石などの標準物質で規格化したプロット)とも連動しており、生成起源についての議論がなされています。

このようなP–タイプとE–タイプ包有物に見られる鉱物組み合わせと、化学組成の違いは母岩のダイヤモンドの起源や生成プロセスの違いを示していると考えられ、ダイヤモンドもP–タイプとE–タイプに大別されています。これらの両タイプのダイヤモンドについて包有鉱物の化学組成や炭素同位体組成が詳しく調べられ、ダイヤモンドの生成起源についてさまざまな説が唱えられています。

その中でも有力な説の1つは日本の研究者が提唱しており、P–タイプ・ダイヤモンドは大規模な部分溶融をこうむった溶け残りマントル起源であり、E–タイプ・ダイヤモンドの多くはプレートの沈み込みでマントル深部へ運び込まれた海洋地殻中の炭素が起源と考えられています。
包有鉱物はほとんどが固溶体を形成し、共存する2種以上の鉱物間の元素分配は温度と圧力に依存しています。そのためこれらの鉱物の化学組成から平衡温度や圧力を推定することができます。P–タイプ・ダイヤモンドのガーネットとオリビンおよびガーネットとエンスタタイト間においてそれぞれ温度と圧力が推定されています。E–タイプ・ダイヤモンド中には大きな圧力依存性をもつ鉱物組み合わせが無く、温度の推定のみが可能です。これらの研究において、両者の生成条件は、800~1400℃、5~6GPa(150~200km)の範囲であり、E–タイプ・ダイヤモンドの方がP–タイプ・ダイヤモンドよりやや高温と考えられています。

 

近年、南アフリカのKimberley鉱山産ダイヤモンド中の包有鉱物にメージャライトと呼ばれる高圧型のガーネットの存在が確認され、高圧実験により、これらは420km以深のマントル遷移層で生成したと考えられています。さらに、ブラジルの鉱山(Juina, Sao Luiz等)を始め複数の地域から産出するダイヤモンド中からフェロペリクレースやマグネシオウスタイトが発見され、実験的事実に基づき下部マントル起源のダイヤモンドと推論されています。当初この考えは必ずしも広く受け入れられませんでしたが、その後の研究によって、現在この下部マントル起源説は一般に支持されるようになっています。
さらに最近になって、有名なカリナンなどの大粒のⅡ型ダイヤモンドやⅡb型のブルーダイヤモンドは、マントル遷移層~下部マントルで形成された可能性が示唆されています。

 

Fig.3 天然ダイヤモンド中のパイロープ・ガーネットinc.
Fig.3 天然ダイヤモンド中のパイロープ・ガーネットinc.

 

Fig.4 天然ダイヤモンド中のパイロープ/アルマンディン・ガーネットinc.(左:赤橙色)とオンファサイトinc.(右:灰緑色)
Fig.4 天然ダイヤモンド中のパイロープ/アルマンディン・ガーネットinc.(左:赤橙色)とオンファサイトinc.(右:灰緑色)

 

◆合成ダイヤモンドの用途

ダイヤモンドは炭素原子が強固に結びついた典型的な共有結合物質であり、物質中最高の硬さと熱伝導性を有し、化学的安定性、透光性などにも優れています。この卓越した特性から、超精密加工用バイト、線引きダイス、ドレッサー、医療用ナイフなどの加工工具や耐摩工具のほか、ヒートシンク、各種窓材や超高圧アンビルなど、工業や科学の広範な分野で利用されています。高品質なダイヤモンドは、工業や科学技術の発展に寄与する重要な素材であり、技術の多様化、高度化に伴い、その重要性は今後もさらに増すものと考えられます。しかし、天然ダイヤモンドは、大型で良質の結晶は極めて稀産であり、複雑な成長履歴を反映して、多様な結晶欠陥、不純物あるいは内部歪みを有しています。また、品質における個体差が大きいため、これらの工業用途には不向きな側面があります。これに対し、合成ダイヤモンドは合成される環境、成長条件を制御できるため、安定的に必要とされる結晶を量産することが可能です。制御精度によっては、天然ダイヤモンドを凌駕する品質の結晶を得ることも期待できます。

 

1)硬さと強靭さの利用

地球上で最も硬いダイヤモンドは、古くから石の切断やガラスの加工に用いられてきました。身近なところでは、ガラス切りや砥石があります。また、硬さを測定するための圧子にはダイヤモンドの単結晶が用いられています。石やコンクリートの加工にもダイヤモンドが用いられ、切断するときには金属製のワイヤーにダイヤモンド・ビーズを付けたダイヤモンド・ワイヤーソーが用いられています。また、精度の高い切断にはダイヤモンド鋸が用いられます。これらには主として天然ダイヤモンドが用いられてきましたが、近年では多くが合成ダイヤモンドにとって代わられています。ダイヤモンドの切削工具は、加工の難しいものを大量に削るときにも用いられます。このときは、単結晶ダイヤモンドではなく、ダイヤモンド焼結体が利用されます。焼結ダイヤモンドは単結品ダイヤモンドより大きなものを作ることがきるので、大きい切れ刃の必要な用途に用いられています。大型の工具としては、石油井戸やトンネルの掘削に用いられるドリルビットや道路カッター、穴開け用のドリルなどがあります。また、研磨用テープ、手術用のメス、線引き用のダイス、超高圧発生用のダイヤモンド・アンビルセルなどがあります。

2)熱特性利用

半導体デバイスは、高温になると性能や寿命が低下するので、出力の大きい素子では、放熱のためのヒートシンク(放熱板)が必要となります。ダイヤモンドは、極めて熱伝導性が高いのでヒートシンク材料に適しています。はじめて光通信用の半導体レーザーにヒートシンクとして用いられたのは天然の単結晶ダイヤモンドでしたが、最近ではHPHT法やCVD法による合成ダイヤモンドが利用されています。ダイヤモンドの熱伝導率は不純物がわずかに混入しただけで大きく低下します。天然ダイヤモンドは窒素等の不純物や欠陥を多く含むので、ヒートシンクにはⅡ型の合成ダイヤモンドが有効です。最近になってCVD法による合成技術が進歩し、面積の大きい放熱性回路基板への適用も検討されています。ダイヤモンドの耐摩耗性と熱的特性を生かして製品化されているものに、IC(集積回路)や液晶基板の製造に用いられるTAB (Tape Automated Bonding) ツールなどがあります。近年、ICチップが大型化するにつれて大きいTABツールが必要となり、ダイヤモンド焼結体やHPHT合成ダイヤモンドが用いられるようになりました。

Fig. 5 産業用大型合成単結晶ダイヤモンド 住友電気工業(株)提供
Fig. 5 産業用大型合成単結晶ダイヤモンド 住友電気工業(株)提供

 

3)合成ダイヤモンドの今後の展開

CVD法は、固体の表面にダイヤモンドを被覆することが可能で、これを生かした新たな利用が始まっています。CVD合成ダイヤモンドのコーティング技術は、特殊材料の切削や長寿命化に応用されています。ダイヤモンドは、物質中で最も振動を伝える速度の大きい材料です。このため弾性表面波(Surface Acoustic Wave: SAW)の速度も大きく、弾性表面波素子として有効です。最近では、通信の高周波化に対応してダイヤモンドを基板とするSAWフィルターが実用化されており、今後、高周波を用いる光通信をはじめ衛星、移動体など無線通信に適用され、IT産業に貢献するものと期待されています。
音速は密度が小さくヤング率の大きい材料ほど大きいので、ダイヤモンドは振動板に適した材料といえます。ツイーター等の高音域での振動版としてすでに実用化されています。ダイヤモンドは、紫外から赤外の広い範囲の光に対して透過率の高い素材で、機械的強度や熱伝導性、耐腐食性にも優れるので、窓材として適した材料です。CVD合成ダイヤモンドは、ガンマ線、X線用、近紫外から可視光、遠赤外光及びマイクロ波用の窓として期待されており、実用化されつつあります。さらに、ダイヤモンドが軽元素である炭素で構成されているためX線用の窓としても有効です。
ダイヤモンドは半導体としての特性も有しており、高出力、耐熱性、耐環境性にすぐれる電子部品としても期待されています。将来の応用を目指して、CVD法による良質の結晶や不純物ドーピングが精力的に検討されています。半導体ダイヤモンドは圧力センサーとしても感度に優れていることが判っており、放射線センサーとしては分解能の高さと耐久性が期待されています。また、ダイヤモンドは電子を放出する素子としても注目されており、量子コンピュータなどに応用できる新たな発光素子としても期待されています。

 

◆合成方法

現在、商業的にダイヤモンドを合成する方法はHPHT法(自発核発生法並びに温度差法)、CVD法、衝撃圧縮法および直接転換法があります。これらの方法の中で、宝石品質の単結品が合成できる方法は、HPHT法(温度差法)とCVD法の2種類です。

1)HPHT合成

HPHT法は、High Pressure High Temperatureの略で、地球深部で天然ダイヤモンドができる高温高圧の環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度(1500℃程度)と高い圧力(5–6GPa)を与えて、原料となる炭素物質(グラファイトやダイヤモンド微粒)をダイヤモンドの結晶へと成長させます。炭素物質は水には溶けないため、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、ダイヤモンドを結晶化させます。種結晶を用いずに合成すると、自発核発生した小粒の単結晶が短時間で成長します。最大のサイズでも1mm以下であり、結晶内部に多くの不純物(溶媒金属等)を含み、装飾用には適しません。これらの微小単結晶は、ダイヤモンド砥粒と呼ばれ、研削砥石の素材として工業用に多量に製造されています。
宝石品質のダイヤモンドを合成するためには温度差法を用います。この方法は、合成セル(容器)全体をダイヤモンドが安定な超高圧まで加圧し、次に温度を上げて溶媒金属を融解させ、高い温度に保持した炭素源から溶媒金属中に炭素を溶解させ、温度の低い種結晶上にダイヤモンドを成長させるというものです。無色透明の単結晶を合成するには、黄色の着色原因となる窒素を除去する必要があり、溶媒中で窒素との化合物を作るチタン(Ti) あるいはアルミニウム(Al)などを添加する方法が一般的に用いられています。

Fig. 6 中国で使用されているHPHT合成装置 (キュービック・タイプ)
Fig. 6 中国で使用されているHPHT合成装置(キュービック・タイプ)

 

2)CVD合成

CVD法は、Chemical Vapor Depositionの略です。化学気相成長法または化学蒸着法と呼ばれるものです。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます。CVD法には、熱フィラメント法、マイクロ波プラズマ法、燃焼法などがありますが、装飾用単結晶の育成にはマイクロ波プラズマ法が一般的です。
原料ガスを大量の水素(メタンのおよそ100倍)と混合して用います。この混合ガスを大気圧以下の圧力(0.1~1気圧程度)で反応容器に満たし、プラズマで分解して活性化させます。基板上の温度は800~1200℃程度に保ち、基板表面に炭素原子を結晶化させていきます。プラズマによって反応性が高まった水素(原子状水素)が、結晶化したダイヤモンド表面の炭素原子と化学結合し、ダイヤモンド表面のグラファイト化を防ぎます。さらに原子状水素には析
出したグラファイトを選択的にエッチングする作用があり、これにより準安定な低圧下(ダイヤモンドではなく、グラファイトが安定な環境)で継続的にダイヤモンドが形成されます。

Fig. 7 マイクロ波CVD装置: コーンズテクノロジー(株)提供
Fig. 7 マイクロ波CVD装置:コーンズテクノロジー(株)提供

日本鉱物科学会2019年年会・総会参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2020年1月PDFNo.54

リサーチ室 江森 健太郎・北脇 裕士

去る2019年9月20日(金)から22日(日)までの3日間、九州大学伊都キャンパスにて日本鉱物科学会2019年年会・総会が行われました。CGLリサーチ室から筆者ら2名が参加し、それぞれ発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

 

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びとなり、(1)社会的及び学術界における信頼性の向上、(2)責任明確化による法的安定、(3)学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体を目指して活動していくことになりました。2019年会・総会は、一般社団法人として前年2017年の愛媛大学、2018年の山形大学での開催に続き、3回目の年会・総会になります。

 

九州大学について

九州大学は1867年(慶応3年)に設立された医学教育を行う賛生館を起源とする九州帝国大学を直接の母体としています。九州帝国大学の初代総長は東京帝国大学の総長と明治専門学校(現:九州工業大学)の初代総裁を務めた山川健次郎です。2003年(平成15年)に九州芸術工科大学を吸収し、2004年(平成16年)に国立大学法人による設置へと移行しました。1991年(平成3年)、キャンパスへの統合移転計画が決定すると、1998年(平成10年)に「改革の大綱案」を定め、優秀な研究者の要請、研究レベルの向上を目的とする大学院重点化を行い、2000年(平成12年)に学府・研究員制度を導入しました。2005年(平成17年)には本学会が行われた伊都地区が開設され、2014年、九州大学本部が伊都地区へと移転しました。2018年には伊都地区へのすべての移転が完了し、総合大学にふさわしい広大なキャンパスが誕生しました。九州大学には特に建学の精神は定められていませんが、「九州大学教育憲章」と「九州大学学術憲章」が存在します。
伊都キャンパスへのアクセスは、博多駅もしくは天神駅から九州大学まで直行バスで40~50分、JR筑肥線九大学園都市駅(福岡市地下鉄空港線から直通運行有)からバスで15分と福岡中心部の博多、天神から約1時間程度であり、少し時間はかかりますがアクセス自体は良好です。

学会が行われた九州大学伊都キャンパス
学会が行われた九州大学伊都キャンパス

 

広大な敷地を有する九州大学伊都キャンパス
広大な敷地を有する九州大学伊都キャンパス

 

学会について

今年の年会は、4件の受賞講演、11件のセッションで123件の口頭発表、89件のポスター発表が行われました。

1日目

20日(金)の9時15分より、イースト一号館大講義室Iにて「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」「岩石・水相互作用」「地球外物質」「火成作用の物質科学」「変成岩とテクトニクス」の5つのセッションが行われました。また3日間ポスター発表が開催されており、12時~14時がコアタイム(ポスター発表者がポスターの横に立ち、質疑応答を行う)として設定されていました。

 

2日目

21日(土)は9時よりイースト一号館大講義室Iにて総会が行われました。総会は前述の通り、一般社団法人化して3回目の総会で当日出席者、委任状あわせ、定足数を満たしました。総会では、各種事業報告の他、モンゴル資源地質学会との学術調印式、授賞式が行われました。総会の後、受賞講演が行われ、2018年度日本鉱物科学会賞第20回受賞者である野口高明会員(九州大学)による「小さきものはみなうつくし〜宇宙塵の鉱物学的研究」、2018年度鉱物科学会賞第21回受賞者である山崎大輔会員(岡山大学)による「高圧実験に関するマントルとレオロジー」、2018年度日本鉱物科学会研究奨励賞第25回受賞者である吉村俊平会員(北海道大学)による「塩素を利用した火山噴火メカニズムの研究」、2018年度日本鉱物科学会研究奨励賞第26回受賞者である篠崎彩子会員(北海道大学)による「地球深部、氷天体深部での炭素、水素、窒素関連物質の振る舞い」の講演がありました。
同日14時からは「深成岩・火山岩およびサブダクションファクトリー」「地球表層・環境・生命」「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションが行われました(「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションは資源地質学会との共催セッションでした)。

総会の様子
総会の様子

 

日本鉱物科学会会長榎並正樹名古屋大学教授(左)と本会で受賞された面々
日本鉱物科学会会長榎並正樹名古屋大学教授(左)と本会で受賞された面々

 

3日目

22日(日)はイースト一号館大講義室Iにて「鉱物記載・分析評価」「高圧科学・地球深部」「北東アジアの鉱物・岩石・資源」のセッションが行われ、「鉱物記載・分析評価」セッションで弊社研究者2名が「“パライバ ” トルマリン (1);宝石学的定義の変遷と原産地」「“パライバ ” トルマリン (2);LA–ICP–MSを用いた組成分析と原産地鑑別への応用」の発表を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への興味を感じることができました。この日は九州地区を中心に甚大な被害をもたらすこととなった台風17号が接近しており、午後のセッションはすべて13時迄に繰り上げられ、時間を早めての閉会となりました。セッションの予定変更については、会員各位に逐一メールで報告されるなど学会運営者の適確な判断と情報提供が好印象でした。
毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加・聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は2020年9月東北大学で開催されます。

ポスターセッション コアタイムの様子
ポスターセッション コアタイムの様子

国際宝石学会(IGC2021)日本開催について

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

リサーチ室 北脇 裕士

国際宝石学会 (International Gemmological Conference) 通称IGCは、宝石学における国際学会として最も歴史と伝統があります(http://www.igc-gemmology.org/)。この度、フランスのナントで行われた第36回本会議において、次回の国際宝石学会(IGC2021)を日本で開催することが正式に決定致しました。

 

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されています。
本学会は、1951年にドイツのイーダーオーバーシュタインにおいてB.W. Anderson, E. Gubelin等によってフレームワークが形成され、翌1952年スイスのルガノで第1回会議が開かれました。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では原則2年に1回、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されています。
日本からは近山晶氏、エドウィン佐々木氏の両名が1970年ベルギーでの第13回会議に初参加されています。1979年のドイツの会議からは宝石学会(日本)初代会長の砂川一郎博士も参加され、以降2007年のロシア会議まで砂川博士と近山氏の両名は日本代表としてご活躍されてきました。

 

IGCは他の一般的な学会とは異なり、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate) とオブザーバー(Observer) で構成されます。デレゲートは原則的に各国1~2名で、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。このようなメンバー制は排他的な一面があるいっぽう、メンバーたちの互いに尊重し合う格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。そのため、非常に濃密な時間を共有することができ、きわめて質の高い情報交換が可能となります。
毎回の本会議においては、時々の先端的なトピックス(ヒスイの樹脂含浸、コランダムのBe処理、ハイブリッド・ダイヤモンドなど)、産地情報、分析技術などが報告されます(IGCのホームページにて本会議の講演要旨が過去4回分ダウンロード可能です)。

IGCの本会議は、発足当初には宝石学の発祥であるヨーロッパの各国を中心に開催されてきましたが、1981年に始めてヨーロッパ以外の国としてアジアの日本が選ばれました。当時の日本は宝石学のまさに発展途上期で、業界を挙げてのバックアップにより、日本会議が大成功を収めたことが当時の文献に誇らしげに記されています。また、この日本会議に参加されたIGCの現在のエグゼクティブたちにも好印象が記憶されており、再び日本で本会議を誘致するよう要望されてきました。
そして、2017年ナミビアで開催された第35回本会議において2021年の開催国が検討され、賛成多数で日本での開催が内定しました。宝石学会(日本)では、このIGCの日本開催を支援することが評議委員会に提案されて承認され、2018年の富山大学での総会で報告されました。また、一般社団法人日本宝石協会からもご支援をいただけることが理事会で決議されています。

 

IGCはクローズドなメンバー制ですが、日本開催時にはオープンセッションを設けて日本の業界関係者に広く開放したいと考えています。オープンセッションでは、海外著名研究者による複数の講演や業界関係者との懇親の場としてのレセプションも開催予定です。さらに本会議にも宝石学会(日本)および日本宝石協会の会員をはじめご支援いただいた方々からも一定数の参加を検討しています。
開催時期は2021年5月中旬を予定しており、東京での本会議と糸魚川ヒスイ峡へのプレカンファレンスツアーと伊勢志摩へのポストカンファレンスツアーを計画しております。

半世紀以上にわたり、先人から引き継がれてきた宝石学の殿堂とも言えるIGCが2021年に日本で開催されます。逼塞する国内の宝飾業界のさらなる飛躍と未来のリーダーの育成の機会として、IGC2021日本開催をご支援いただければ幸いです。◆

IGC2021日本開催が内定したナミビアのウイントフックでの記念撮影(2017年10月)
IGC2021日本開催が内定したナミビアのウイントフックでの記念撮影(2017年10月)

IGC36 参加報告

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

去る2019年8月27日~8月31日、フランスのナントにて第36回国際宝石学会(International Gemmological Conference, IGC)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者らが出席し、本会議における口頭発表を行いました。以下に概要を報告致します。

フランス、ナントのシンボルの1つ、ブリュターニュ大公城
フランス、ナントのシンボルの1つ、ブリュターニュ大公城

 

フランス、ナントの位置
フランス、ナントの位置

 

国際宝石学会(IGC)とは

国際宝石学会(以下IGC)は国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されます。この会議は1952年にドイツで第1回会議が開かれてから、今年で36回目の開催となります。
IGCは他の一般的な学会とは異なり、今もなお、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーにはデレゲート(Delegate)とオブザーバー(Observer)で構成されています。デレゲートはオブザーバーとして3回以上IGCに出席し、優れた発表がなされたとエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)に推薦されたものが昇格します。オブザーバーは国際的に活躍するジェモロジストでエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)もしくはデレゲートの推薦によりIGCの会議に招待されます。IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)。
今回の第36回IGCではメンバー(デレゲート)とオブザーバー、そしてゲストをあわせて約70名が会議に出席しました。日本からは弊社技術者(筆者ら2名)以外にデレゲートとしてAhmadjan Abduriyim氏と古屋正貴氏、オブザーバーとして大久保洋子氏が会議に出席しました。

会場全体を含むナントの街並み
会場全体を含むナントの街並み

 

開催地

フランス、ナント(Nantes)はフランスの西部、ロワール川河畔に位置する都市です。ブルターニュ半島南東部に位置し、大西洋への玄関口となっています。グラン・ウエスト地域最大の都市でフランス第6の都市です。様々な戦争により、中心部を破壊された一部の大都市とは対照的に、あらゆる時代の歴史的街区を保持しており、歴史的な記念物が多く残っています。
ナントへはパリ=シャルル・ド・ゴール国際空港からフランス国内線で1時間ほど、またはパリ、モンパルナス駅からフランス高速鉄道であるTGVを利用し2時間ほどでアクセスすることができます。

 

第36回国際会議

今回のIGCは、過去のIGC同様Pre–Conference Tour(8/24(土)−26(月))、本会議(8/27(火)−8/31(土))、Post–Conference Tour(9/1(日)−9/4(水))の3本立てで行われました。本会議前後のConference Tourは開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地・博物館を訪れます。筆者らは今回、本会議にのみ参加しました。

 

Open Colloquium Conference

本会議初日8/27(火)9:00より本会議会場である「Nantes Cité des Congrés」にてフランスの宝石学者や宝石学を学ぶ学生のためのオープンセッションが設けられ、10名のIGCメンバーによるプレゼンテーションが行われました。

第36回IGCの開催場所となった「Nantes Cité des Congrés」
第36回IGCの開催場所となった「Nantes Cité des Congrés」

 

本会議

同日18:00よりウェルカムレセプションパーティーが開催され、各国から集まったIGCメンバー達が2年ぶりに再会し、お互いの健康や研究成果をたたえあい、旧交を深め合いました。
翌日28日(水)からの本会議は、10時からのオープニングセレモニーで始まりました。主催者であり、今回のIGCの議長を務めるフランス、ナント大学教授のDr. Emmanuel Fritsch教授が開会宣言を行い、引き続き、Dr. Jayshree Panjikar氏がIGCの歴史と開催における感謝の言葉を述べました。その後、Dr. Emmanuel Fritsch教授がスポンサー紹介、会場説明、本会議の説明を行います。会場を埋めた参加者達は次第に気持ちが引き締まり、緊張感が高まります。40分のオープニングセレモニーが終了後、一般講演がはじまりました。

 

一般講演会の様子
一般講演会の様子

 

一般講演は28日−31日と4日間に渡り行われました。各講演は質疑応答を含め20分で行われ、計48題が発表されました。うち、コランダム11題、ダイヤモンド8題、歴史・年代測定4題、真珠3題、産地情報3題、エカナイト1題、エメラルド1題、オパール1題、クォーツ1題、こはく1題、スピネル1題、長石1題、トルマリン1題、ハックマナイト1題、ひすい1題、ペッツォタイト1題、ペリドット1題、象牙1題、分析技術1題、その他5題でした。弊社リサーチ室から北脇が「Current Production of Synthetic Diamond Manufacturers in Asia」、江森が「Be–containing nano–inclusions in untreated blue sapphire from Diego, Madagascar」の2題発表を行いました。また一般講演中は会場の一部がポスターセッション会場となっており11件のポスター発表が行われていました。発表について、いくつか興味深いものを次に紹介します。

ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

 

◆Phosphorescence of Type IIb HTHP Synthetic Diamonds from China

中国武漢にある中国地質大学宝石学研究室のAndy H. Shen教授は中国で製造されたIIb型HPHTダイヤモンドの燐光についての研究を発表しました。中国で製造され、ホウ素を含有したHPHT合成ダイヤモンドは470 nmを中心とする燐光を発します。グリニッシュブルーの蛍光を呈し、燐光時間は5–20秒でした。高濃度の「補償されないホウ素」を有するサンプルは565 nmを中心とする新しい燐光バンドを持ちます。こういったダイヤモンドの470 nmの燐光は時間と共に急速に減衰し、565 nmの燐光はより長く残ることを示しました。

 

◆Laser damage in gemstones caused by jewelry repair laser

スイスのGübelin Gem LaboratoryのLore Kiefert博士による発表で、ジュエリー修理用に用いられるレーザーにより損傷を受けた宝石についての発表でした。最近、ラボに鑑別に持ち込まれたサファイアでキャビティ充填のように見えるが充填物が確認されないものが観察されました。調査の結果、ジュエリー修理に用いるレーザーによる損傷であることが明らかとなりました。ジュエリー修理用レーザーを用いて検証を行った結果、多くの場合はレーザーが直接当たった場所ではなく、石の反対側にダメージが発生し、割れてしまうといった二次損害が発生する可能性もあることを示しました。宝石の種類によってレーザーの反応も異なり、また、フラクチャーの入った石はフラクチャー等がない石にくらべレーザー損傷を受けにくいという特徴があります。レーザーパワー等の設定は誘発される損傷に大きな影響を及ぼし、パワーが低いほど、損傷を受ける危険性は低くなることを示しました。ジュエリーを修理する際に用いるレーザーが金属部分から外れ、宝石にあたった場合に、宝石に損傷を与える可能性が存在するため、石から熱を逃すような物質で宝石を覆う等、注意する必要があります。

 

◆Color Origin of the Oregon Sunstone – the reabsorption and exsolution of Cu inclusions

中国武漢にある中国地質大学宝石学研究室のChengsi Wang氏の発表で、オレゴンサンストーンの色起源についての発表でした。オレゴンサンストーンは1908年にアメリカ・オレゴン州ダストデビル鉱山ではじめに発見された石で、光学的、鉱物学的特性は記載されており、色起源については銅元素が原因であるとされていますが、色の起源について完全な説明はされていません。最近、新しい鉱山が2つ発見されたと報告され、世界中から注目を集めましたが、最終的には銅を人工的に拡散させたものであることが明らかになりました。銅のナノ粒子の拡散実験およびHR–TEMによる観察の結果、天然および拡散オレゴンサンストーンの赤色は直径13 nmの球形銅ナノ粒子により引き起こされていることが判明しました。また、天然オレゴンサンストーンの多色性は回転楕円体をした銅のナノ粒子に起因するものであり、赤道半径が約10 nm、極半径が約26 nmであることに起因することが判明しました。

 

◆Blue sapphire heated with pressure and the effects of low temperature annealing on the OH–related structure
タイのGIT(Gemological Institute of Thailand)のTanapong

 

Lhuaamporn氏は、圧力と高温による処理(PHT)を行ったブルーサファイアに対し、低温アニーリングを行った結果を発表しました。ブルーサファイアに対し、PHT処理を行うとサファイアのブルーが強調され、より暗い色味になりますが、PHT処理を施された石に対し低温アニーリングを行うことでブルーの色味を明るくすることができます。しかし、1000℃以上の温度でアニーリングを行うことでPHT処理サファイアのインクルージョンは通常の加熱処理を施されたものとほぼ同じになるため、インクルージョン特徴により区別することはできません。FTIRスペクトルにおいてはPHT処理のみを施したサファイアはOHに関連した吸収バンドが認められますが、1200℃未満のアニーリングではOH関連の吸収は減少し、1200℃以上ではほぼ完全に消滅することを示しました。このアニーリングにおいては1200℃以下でもブルーの色味に明確な変化を与えるため、OH吸収が観察される限りはPHTサファイアの鑑別が可能であることを示しました。

 

◆Multi–element analysis of gemstones and its application in geographical origin and determination

スイスSSEFの研究者Hao A. O. Wang氏はLA–ICP–TOF–MSを用いたブルーサファイアの微量元素測定を用いた産地鑑別と年代測定、ダイヤモンドのインクルージョン分析、次元削減という手法 (t–SNE, PCA) を用いたエメラルド及び銅マンガン含有トルマリン(パライバトルマリン)の産地鑑別についての発表を行いました。ICP–TOF–MSはICPイオン化法とTOF (Time–of–Flight, 時間飛行) 型質量分析を組み合わせた質量分析装置であり、SSEFではGemTOFという名称で運用しています。一般的なLA–ICP–MSと比較すると、質量1–260の同位体を含む全元素完全同時測定が可能といった特徴があります。ブルーサファイアについては、Be、Zr、Nb、La、Ce、Hf、Thといった元素はマダガスカル産、カシミール産ブルーサファイアで比較するとマダガスカル産のほうがより多く見られる傾向にあり、Pb、Thの同位体を測定することで年代測定を行い、マダガスカル産(約550Ma)とカシミール産(30Ma)の産地を区別する方法を紹介しました。ダイヤモンドのインクルージョンについては表面に出たものを直接レーザーアブレーションすることで測定する方法を紹介しました。またエメラルドについてはLi–Fe–Csの三次元プロットおよび多変量解析の一種であるPCA(主成分分析) およびt–SNE(T–distributed Stochastic Neighbor Embedding)といった手法を用いたクラスタリングによる産地鑑別、また銅マンガン含有トルマリン(パライバトルマリン)についてもt–SNEを用いた産地鑑別法が紹介され、使用する元素が37元素の場合、53元素の場合での比較を行い、53元素のほうが精度が高くなることを示しました。

 

Closing Celemony

最後に、会議の最終日31日の閉会式において、次回の第37回IGCの開催地は日本であることが正式に発表され、今回の開催地のオーガナイザーであるナント大学のEmmanuel Fritsch教授よりIGCのフラッグを弊社リサーチ室室長の北脇が受け取りました。

次回の第37回IGCは日本で行われます
次回の第37回IGCは日本で行われます

 

国際宝石学会は世界的に著名なジェモロジストが参加し、交流を深めることができます。この交流によって各国の状況や生の声を聞くことができます。また、今回はPostおよびPre–Conference Tourには参加しませんでしたが、カンファレンス前後のツアーは宝石を研究する上で必要な原産地視察を行うことができ、貴重な体験となります。中央宝石研究所はこれからもこのような国際会議に積極的に参加し、情情報を仕入れるよう努めていく予定です。◆

IGC36の集合写真
IGC36の集合写真

国際宝石学会(IGC2019フランス)報告

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

ジェムY.O.代表 大久保 洋子(FGA,CGJ)

第36回国際宝石学会(International Gemmological Conference)が、フランス/ロアール地方の「フランス人が最も住みたい町」ともいわれているナント(Nantes)−人口約29万8000人−において、2019年8月27日から31日まで5日間にわたり開催された。
2年に一度開催されるこの会議は、前回(2017年)アフリカ/ナミビアで行われ、次回(2021年)は日本での開催が決定している。
今回は、フランス/ナント在住のDr.Emmanuel Fritschが中心となり、以下のスケジュールでの開催となった。

8/23〜26  Pre–Conference Tour(以下Pre–con.)
8/27〜31  La Cite Nantes Congress Center, Nantes(本会議)
9/1〜4    Post–Conference Tour(以下Post–con.)

以下 Pre&Post–con.で訪問した場所について報告する。

 

本会議の前に、会議出席者及び同伴者の為に企画されたPre–con.には、12名が参加した。(スイス/オランダ/ドイツ/カナダ/イスラエル/フランス/日本)
8月24日(土)ロアール地方のナントから約145km離れたブルターニュ地方の、カルナック(Carnac) と更にカルナックから35km 離れたロクマリアケール(Locmariaquer)の巨大な石の遺跡を、8/24、25の2日間に亘り地元のガイドの説明のもとに見聞した。

カルナックという地名は、ケルト語で“丘”や“高台”を表す。紀元前45万年頃、この地に前期旧石器人が暮らしていた為、数多くの本ヒスイの装飾品やお守り、土器、木製の道具などを「先史博物館」で見ることができた。
この地域に数多く残る巨石遺跡は、特に世界的に有名である。この遺跡の特徴は3000個近い巨大な石が全長4kmにも渡り整然と並べられていることである。紀元前5000〜3000年前とされている。巨大な石のテーブルは圧巻で、火成岩といわれている。

 

【8月24日(土)】カルナックの巨石遺跡

メンヒル(巨石記念物)を幌馬車で巡るエコ・ツアーの看板
メンヒル(巨石記念物)を幌馬車で巡るエコ・ツアーの看板

 

03-03カルナックの巨石遺跡のメンヒル(巨石記念物)RGB180-505

 

03-05カルナック遺跡の全体地図RGB255-702
カルナック遺跡の全体地図

 

【8月25日(日)】 ロクマリアケールの古墳群
巨石記念物の前で記念撮影

 

【8月25日(日)】 ロクマリアケールの古墳群

03-08ロクマリアケールの古墳RGB185-504

 

03-10ロクマリアケールの古墳の入口RGB225-499

 

巨石群を見学後、ヴァンヌ(Vennes)の”Museum of History”を訪問。
カルナックで発掘された、多くの生活用品や装飾品、銅や鉄製品、頭蓋骨等が、古いお城を改造した部屋に、考古学的に美しく展示がされている。

 

【ヴァンヌの歴史博物館の展示物】

03-12ヴァンヌ歴史博物館展示1修正RGB175-501

 

03-13ヴァンヌ歴史博物館展示2RGB175-509

 

03-15ヴァンヌ歴史博物館展示4RGB175-509

 

03-20ヴァンヌ歴史博物館展示9RGB190-505

 

03-18ヴァンヌ歴史博物館展示7RGB140-507

 

03-19ヴァンヌ歴史博物館展示8RGB140-500

 

3日目 8月26日(月)は、ヴァンヌ(Vannes)から約145km離れたアレー山地(Monts d’Arrée)を散策後、8km離れたブラスパール(Brasparts)の真珠の稚貝を育てている養殖場を見学。
ミリサイズの極小の貝の卵を魚に食べさせて、お腹の中で育った貝が吐き出される行程の説明を受ける。

 

【ブラスパールの稚貝の養殖場】

03-23ブラスパール稚貝養殖場2RGB190-505

 

03-24ブラスパール稚貝養殖場3RGB185-499

 

途中ブラスパールから約165km離れた、ヴァンヌ近郊の非常に美しい入江の町オレー(Auray)に立ち寄る。
翌日8月27日(火)から本会議が行われるナントまで130kmの行程を約2時間45分かけ帰路につき、無事にPre–con.が終了する。

 

9/1〜4迄の日程でPost–con.が行われ、ナントからパリへ移動する。
フランスの歴史的遺産の宝庫と言われる、セーヌ川とオワーズ川に囲まれた「フランスの島」といわれている、イル・ド・フランスのシャンティイ城と、パリのSchool of Jewelry Artsと3つの博物館を視察した。
Post–con.には、11名が参加。(スイス/カナダ/USA/グリーンランド/日本)

 

【9月1日(日)】ナントから430kmを車で5時間30分かけ移動。
イル・ド・フランスに在るシャンティイ城に午後3時に到着。

シャンティイ城:
Great Stable
(馬の博物館)見学
18世紀に建設
宮殿のような素晴らしい建物は馬小屋で、そこを通り過ぎると博物館になっていて、長い歴史のなかで関わりを持った人間と馬をテーマにした壮大な展示品や、絵画などに感嘆。

 

03-28馬博物館RGB170-497

 

03-29馬の博物館2RGB190-507

 

03-30馬の博物館の木馬RGB200-506

 

03-31馬房の馬RGB200-5-6

 

1時間の見学後、宮殿へ移動。水に影を落とす姿がとても優雅なルネサンス様式のシャンティイ城の一部のみ見学。
14〜16世紀に建造されたが、フランス革命で破壊され19世紀に改たに修復された。

 

03-32シャンテイィ城RGB511-195

 

03-33シャンテイィ城2RGB190-501

 

【9月2日(月)】
シャンティイ城内コンデ公の膨大な絵画、調度品、美術品、宝飾品が展示されている“コンデ美術館”と図書室を見学。この図書室は300点以上の彩色装飾を施した写本を含む700点の写本と3万冊の書物が所蔵されている。

今回のハイライトである“Le Grand Condé”と命名されているピンクダイヤモンドを特別に見る事ができた。17世紀フランス最大の武将、コンデ公ルイ2世 (1621–1686) が所蔵。彼はこの宝石を国王ルイ13世から授かり、杖に取り付け持っていた。
9.01ctの世界で最も大きなピンクダイヤモンドの一つに数えられている。
1926年10月に盗まれて3ヶ月後の12月20日に見つかる。
盗難後非公開のこの素晴らしいダイヤモンドを目の前にして、Nicole Garnier 女史の解説と共に当時の貴重な新聞記事まで見ることができ、大興奮したひとときとなった。

ピンクダイヤモンド
“Le Grand Condé ”

 

03-36ピンクダイヤを見るRGB180-509

また、今回ブラウンダイヤモンドの美しいフルネックレスも見る事ができた。

03-37フルネックレスRGB175-506

 

シャンティイ城を後にして、パリのバンドーム広場へ向かう。

Van Cleef & Arpelsが出資をして設立した学校で宝石の講義、デザイン、カット、研磨などを学べる。
英語もしくはフランス語で受講できる。

パリで最も豪華で、ルイ14世の為に作られた四角のバンドーム広場の高級宝石店の美しい宝石をため息をつきながら眺めたことは数回あるが、今回はメゾンの中でも老舗のヴァンクリーフ&アーペルの中に入る機会に恵まれた。
400年以上も前の建物の内部は非常に明るくシンプルでモダンに整われていて、宝石を学ぶのに相応しい環境に思われた。
構内の一角に、フランスの宝石商で旅行家として有名なTAVERNIER(1605〜1689)がインドから持ち帰り、ルイ14世(1638〜1715)に売った20個のダイヤモンドのレプリカが展示されている。タベルニエは6回に渡り東洋を旅行し、インド産の大きなダイヤモンドを買いヨーロッパに持ち帰った。中でも112.25ctのタベルニエ・ブルー・ダイヤモンドは特に有名である。1642年にインドから持ち帰り、ルイ14世が買って67.50ctのフレンチ・ブルー・ダイヤモンドとなり、1792年に盗難にあった後、再カットされて45.50ctのホープ・ダイヤモンドになった。(現在はUSA スミソニアン博物館に展示されている)

 

【9月3日(火)】
Post–con.の最終日は3箇所の博物館訪問と、サクレクール寺院界隈を散策。

1)  Muséum national d’Histoire Naturelle
フランス3大博物館の1つであり、広大な植物園を併設した荘厳で重厚な博物館内部には、巨大な水晶の原石や美しい数々の鉱物が展示されている。F.Farges教授の案内で館内を2時間にわたり見学した。

 

03-38自然史博物館RGB135-500

 

03-39F-Farges教授RGB205-500

 

03-40自然史博物館内1RGB205-505

 

03-41自然史博物館オブジェRGB210-509

 

03-42自然史博物館内2RGB190-502

 

03-43自然史博物館紫水晶ガマと大原石RGB165-499

 

03-44自然史博物館大原石3つRGB206-500

 

03-45自然史博物館螺鈿ぽいものRGB200-510

 

2)  Musée de Minéralogie MINES ParisTech (Mineralogy Museum)

A〜Oまでの部屋に、世界中の岩石、鉱物、隕石、宝石など10万点が分類され展示されている。
ex)Room L:Gem stones&French Crown Jewels
Room O:Synthetic Mineral collection
見学時間が2時間だった為、全ての部屋の展示物を見ることはできなかったが、大変有意義な時間であった。

 

03-46鉱物博物館1RGB190-509

 

03-47鉱物博物館2パイライトwクォーツRGB190-500

 

03-48鉱物博物館STIBINERGB195-500

 

03-49鉱物博物館3展示室RGB180-505

 

3) Musée des Arts Décoratifs
アンティーク(1878年〜)から現在まで、4000点の素晴らしい宝飾品が飾られている。
“Jewelry  Galley”として2004年6月にオープン。
江戸時代や明治時代の象牙や珊瑚の根付け、かんざし、くしなどもアールヌーボーやアールデコの作品と共に展示されていた。非常に緻密な象眼細工をパリで見ることができ見学者達の賞賛の声に日本人として誇らしい思いを持った。

 

03-50装飾芸術美術館1ラリックRGB190-513

 

03-51装飾芸術美術館2ラリックRGB190-506

 

03-52装飾芸術美術館3ラリックのコームRGB255-502

 

03-55装飾芸術美術館6ストマッカーRGB165-501

 

03-53装飾芸術美術館4コームRGB175-507

 

国際会議最後の夜は、パリ北部のモンマルトルの丘へ行き、白亜の聖堂サクレ・クール寺院の見えるレストランでディナーを楽しんだ。◆

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【著者紹介】
大久保 洋子
ジェムY.O. 代表
FGA(英国宝石学協会認定資格)、CGJ取得。
日本の宝石学の黎明期を牽引された「宝石学の父」故近山晶氏の長女。
幼少より身近にあった近山氏の豊富な宝石鉱物コレクションに興味を持ち、
本格的に宝石学を習得。
現在はGSTVの人気コメンテイターとしても活躍中。

Mineralogical Society of America Centennial Symposiumに参加して

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

東京大学大学院理学系研究科 鍵 裕之

2019年6月20日から21日の2日間、米国ワシントンD.C.のカーネギー研究所で開かれたアメリカ鉱物学会 (MSA, Mineralogical Society of America) の100周年記念シンポジウム (MSA Centennial Symposium: The Next 100 Years of Mineral Sciences) に参加した。文字通り、鉱物科学が今後100年でどのように発展していくかを議論するシンポジウムである。会場となったとなったカーネギー研究所のScience Buildingは、ホワイトハウスから真北に1.5 kmほどの距離にあり、Washington D. C.でも閑静な町並みの中にある。研究所に面した歩道の街路樹ではリスが愛嬌を振りまいていた(アメリカではリスは庭を荒らす害獣とみなされているはず)。(写真1,2,3)

 

写真1:会場となったワシントンD.C.のカーネギー研究所正面
写真1:会場となったワシントンD.C.のカーネギー研究所正面

 

写真2:カーネギー研究所入り口のエンブレム
写真2:カーネギー研究所入り口のエンブレム

 

写真3:街路樹に見かけたリス
写真3:街路樹に見かけたリス

会議は朝8時20分から夕方5時半まで午前・午後一回ずつのコーヒーブレイクとランチタイムをはさみながら、まるまる2日間みっちりと行われた。今回のシンポジウムでは以下に挙げる14のテーマが用意された。

 

「持続可能な開発と鉱物資源の利用」

「原子レベルから地形レベルに至る生物地球化学的物質循環」

「変成岩岩石学の第2の黄金時代」

「鉱物分析の進歩」

「大陸の起源」

「深部起源ダイヤモンドの包有物」

「博物館における鉱物コレクション」

「シンクロトロンを用いた高圧下での鉱物研究」

「地球外の鉱物学」

「鉱物学、結晶学、岩石学におけるデータ駆動型発見の可能性」

「考古学資料への応用鉱物学的なアプローチ」

「宝石の科学的評価」

「アパタイトの社会的関連性」

「鉱物と産業:ダストの健康影響」

 

各テーマに1時間が割り当てられ、モデレーターのイントロダクションに続いて、二人の講演者がそれぞれ20分の持ち時間で最近の研究動向と今後100年で展開が予想される未来について熱弁を振るった。二人の講演が終わったところで会場から質問と議論を受け付けるが、さすがアメリカだけあって議論がつきない。質問や議論にとどまらず、今後の鉱物学について自らの考えを説く参加者も多くいた。現在、アメリカ鉱物学会のホームページでワークショップの講演がビデオデータとして公開されているので、興味のある方は是非ご覧いただきたい。

(http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1)

 

MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。

いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、

「アパタイトの社会的関連性」

「鉱物と産業:ダストの健康影響」

のような医学鉱物学 (Medical mineralogy ) 分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。

 

私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。

 

Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。

 

Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。

 

「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAの Wuyi Wang博士が装飾用の合成ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、合成ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。合成ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収、フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから合成ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。

 

同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP–MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg(マグネシウム), V(バナジウム), Sn(スズ)濃度を使った研究、酸素同位体やSr(ストロンチウム)やPb(鉛)といった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑別に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。

 

写真4:スミソニアン自然史博物館で開かれたReception
写真4:スミソニアン自然史博物館で開かれたReception

初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。◆

 

写真5:参加者に記念品として配布されたロゴ入りシャンパングラス
写真5:参加者に記念品として配布されたロゴ入りシャンパングラス

 

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【著者紹介】
鍵 裕之
1965年 生まれ
1988年 東京大学理学部化学科卒業
1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退
1991年 筑波大学物質工学系助手
1996年 ニューヨーク州立大学研究員
1998年 東京大学大学院理学系研究科講師
2010年 同 教授 現在に至る。
■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化