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天然ダイヤモンドvs合成ダイヤモンド -成長履歴の違いによる鑑別-

PDFファイルはこちらから 2020年3月PDFNo.55

リサーチ室 北脇 裕士

 

天然ダイヤモンドは、地球の深部において何億年という歳月にわたる地質学的プロセスを経て生まれた結晶です。いっぽうで、合成ダイヤモンドは人工的に研究室や工場で作られた結晶です。合成ダイヤモンドは、化学成分や結晶構造は天然ダイヤモンドと基本的に同じで、光学的・物理的特性も同一です。
しかし、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドには違いもあります。天然ダイヤモンドは地下の高温高圧下で何億年という長い年月をかけて成長し、地表に到達するまでに複雑な環境の変化をこうむります。いっぽう、合成ダイヤモンドは人工的に閉鎖された一様な環境下で、通常数日から数週間という短い時間で育成されます。その生い立ちの違いが結晶の中にさまざまな不均一性として刻み込まれ、それを手がかりに両者の識別が可能となります。

本稿では、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドの成長履歴にどのような相違があり、それをどのように検出して鑑別に生かしているかをご紹介します。

 

成長履歴の観察方法

天然ダイヤモンドは成長・溶解、塑性変形や加熱などの履歴を経験しており、これらに対応した組織が結晶の表面や内部に残されています。
結晶の表面構造は、外的要因に鋭敏に反応するため、成長条件の研究に適しています。しかし、これらは成長の最終段階のみが残されており、成長過程の全体像を知ることは困難です。また、天然ダイヤモンドは少なからず溶解作用をこうむっており、原石表面に残された結晶成長模様から成長史を論じることは困難です。

さらに、宝石ダイヤモンドを研究対象とする場合、すでにカット・研磨が施されており、表面特徴の観察は通常不可能です。したがって、宝石ダイヤモンドの成長履歴を読み取り逆に成長条件を推定するためには、結晶内部に残された不均一性を検知する必要があります。ダイヤモンドを始めとする天然の結晶は、常に一定の速度や一定の条件下で成長するわけではありません。結晶の形成過程においては、成長速度あるいは成長条件が緩やかにあるいは急激に変化し、部分的な溶解・再成長が生じることがあります。そのため欠陥密度や不純物分配が変化し、包有物、格子欠陥(点状欠陥、転位、面状欠陥)、成長縞(累帯構造)、成長分域などが形成されます。これらの内部構造はダイヤモンドの強固な物理・化学的性質のため、形成時のまま保持されていることが期待できます。また、ダイヤモンドに不純物として含まれている窒素原子は結晶内における拡散が極めて遅く、地球深部で結晶化した後に地質学的な時間が経過しても窒素分布による初生的な組織がほとんど変化しません。このような特性ゆえに天然ダイヤモンドの内部組織の研究は地球惑星学的に重要な研究対象となっています。

 

天然ダイヤモンドの累帯構造はさまざまな方法を用いて研究されてきました。硝酸カリウムなどの酸化剤を用いたエッチング法もこの手法のひとつで、センター・クロス構造が始めて観察されています。Ⅹ線トポグラフ法は散乱角のわずかな変化を与える結晶内部の不完全性に因る組織などが検出できます。この手法を用いて単結晶中のさまざまな線状欠陥(転位など)と面状欠陥(積層欠陥や双晶面など)に関連する歪場の空間分布を捉えることができます。カソードルミネッセンス(CL)法もダイヤモンドの内部構造を調べるひとつの手法として利用されてきました。

 

1990年代よりHPHT法による装飾用合成ダイヤモンドの商業的な生産が始まり、宝飾業界からはその情報開示と明確な天然と合成の識別法の確立が切望されるようになりました。DTC(Diamond Trading Company)ではこれらの声に応えるためにダイヤモンド判別機の製作・販売を開始しました。DiamondViewTM(図1)は紫外線蛍光を用いた画像診断装置です。ダイヤモンドに波長の短い強力な紫外線を照射すると、原子レベルの欠陥や微量な含有元素の影響で蛍光を発します。
微視的に研磨面を見た場合、欠陥や微量元素の濃度が成長時や成長後にこうむる環境の変化によってわずかに異なるためにさまざまな蛍光像が観察できます。これが紫外線ルミネッセンス法であり、このような蛍光像はダイヤモンドの成長履歴を反映するために、天然と合成では明確な相違がみられ、その判別を行う上で非常に有効な手がかりになります。

 

図1.DTC製DiamondViewTM
図1.  DTC製 DiamondViewTM

 

結晶のモルフォロジー(形態)

結晶のモルフォロジー(形態)は固体−液体の界面の状況と過飽和度などの成長の駆動力によって決められます。駆動力の大きな条件下では一般に界面は原子的にラフな状態をとり、結晶成長のメカニズムは吸着型で結晶の示す形態は球晶や樹枝状となります(図2Aの領域)。駆動力の小さな条件では、渦巻き成長機構が支配的になるので平面で囲まれた多面体の結晶が現れます(図2Cの領域)。

装飾に供されるダイヤモンドは、透明度や輝きの観点から、単結晶で平滑な面で囲まれた多面体結晶が用いられます。実際の天然ダイヤモンドは、成長後の溶解作用による丸みを帯びた原石が一般的ですが、結晶成長時には多面体であったと考えられます。同一種の鉱物であっても多面体結晶のモルフォロジーは同一ではなく様々に変化します。これは、出現する結晶面の種類、組み合わせとそれぞれの面の垂線成長速度Rの相対的な比によって決められます。

A及びBの2種類の結晶面が出現する結晶において、Aの垂線成長速度Rの方がBのそれよりも大きければ(RA>RB)、Aはやがて結晶上からは消えて行き、結晶はB>A、あるいはBだけで囲まれた多面体となります。逆の場合は最終的にAのみで囲まれた多面体となります。この例で理解できるように結晶のモルフォロジーは成長の過程で変化します。この変化の軌跡はDiamondViewTMにおいて成長分域として観察することができます。図3は、A及びBの2種類の結晶面が異なる速度で成長した際の成長分域の模式図です。結晶周囲の環境(温度圧力、溶質成分等)の変化によって結晶成長速度や結晶に取り込まれる元素濃度、欠陥の密度が変動するため、それぞれの成長分域内に成長縞が形成されます。

 

図2.成長速度対駆動力図上に表した期待されるモルフォロジー(砂川2004より)
図2.成長速度対駆動力図上に表した期待されるモルフォロジー(砂川 2004より)

 

図3.A,B2面で囲まれた結晶の内部に期待される成長分域(砂川2004より)
図3.A,B2面で囲まれた結晶の内部に期待される成長分域(砂川 2004より)

 

PBC解析法

現実に出現する多面体の結晶形態を議論する際に基準となる形を想定できれば、現実結晶との差異についての原因を解析することが可能となります。結晶のモルフォロジーを決定するのは結晶の構造と環境条件ですから、後者の影響を無視して、結晶の構造だけを反映した形を割り出すことができればこれを基準とすることができます。この基準の形を予測するためのモデルとして広く受け入れられているのがPBC(Periodic Bond Chain)解析法です。

この方法は結晶構造の中で結合の強い原子間を結びつけて結合鎖(PBC)を見つけ出し、PBCを面内に何本含むかによって結晶面をF面(Flat face)、S面(Stepped face)、K面(Kinked face)の3種類に分類し、これを基にその結晶に予想される基準の形を見出そうとするものです。

F面(2本以上のPBCを含む面)はスムースな界面に相当し、2次元核形成機構か渦巻き成長機構で成長し、他の面に比べて相対的に大きく発達する面となります。これに対してK面は原子的にラフな界面で、付着型成長機構で成長するので、相対的な成長速度が速く、結晶上からは消失していく結晶面となります。S面はF面とK面の中間的な性質を有しており、F面上の成長層のステップの積み重なりで現れ、条線模様で特徴付けられる細長い結晶面となります。

 

天然ダイヤモンドの基本的なモルフォロジー(形態)

ダイヤモンドの結晶構造をPBC解析法に当てはめてみると、{111}面はPBCを3本含むF面、{110}面はPBCを1本しか含まないS面に相当し、{100}面はPBCを1本も含まないK面に相当します。したがって、PBC解析を基にしたダイヤモンドのモルフォロジーはよく発達した{111}で囲まれた八面体で、直線的な条線模様で特徴づけられる{110}を伴いますが、{100}は結晶面上に現れません。

参考図

 

この理想的に発達した八面体のダイヤモンドをDiamondViewTMで観察して得られる像を考えてみましょう。一般に八面体のダイヤモンド結晶をブリリアント・カットする場合、テーブル面が(001)面にほぼ平行になるようにカットされ、大小2つのダイヤモンドに研磨されます(図4)。したがって、研磨された2つのダイヤモンドのテーブル面に現れる累帯構造は(001)面と{111}面との交線のみから形成され、木の年輪のように中心から外側に広がって行く閉じた四角形の組み合わせになることが期待されます。

図4. 八面体原石から大小2つのカット石を取るイメージ
図4. 八面体原石から大小2つのカット石を取るイメージ

 

宝石ダイヤモンドとして最も流通量の多いのがⅠ型の無色ダイヤモンドであり、天然ダイヤモンドの最も一般的な成長履歴を反映していると考えられます。
Ⅰ型の無色~ほぼ無色のダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像を図5に示します。ラウンド・ブリリアント・カットが施されたテーブル面の中心からガードルに向かって広がって行く閉じた四角形の組み合わせが見られます。これはPBC解析法で予想されたとおり、{111}面のみで形成された八面体の結晶が、その中心付近を(001)に垂直にテーブル面がくるようにカットされたことを示唆しています。画像の明暗は発光中心の大小に関連し、形成される年輪の幅は成長速度に関連しています。

このような年輪の幅の増減は、すべてのⅠ型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像に観察されます。この写真のダイヤモンド結晶は、四角形の年輪の幅がほぼ一定であることから、成長履歴全体を通じて単純で変化の少ない八面体の形態が維持されたことを示しており、結晶の成長パラメータに大きな変化が無かったことが伺えます。このような状況は、駆動力の小さい平衡に近い状態での結晶成長が行われたことを示唆しており、無色~ほぼ無色の宝石ダイヤモンドの大部分はこのような成長履歴を有すると考えられます。

図5. 天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像に一般的な閉じた四角形の累帯構造
図5. 天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像に一般的な閉じた四角形の累帯構造

 

通常、原石が2つにソーイングされる時、切断面はそれぞれのカット石のテーブル面としてオリエンテーションがとられます。実際のソーイングで遺失する結晶の厚みはきわめて薄く、同一原石からカットされたダイヤモンドのテーブル面のDiamondViewTM像は、相似形の累帯構造を示します。

天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像は、その結晶の成長過程を反映しているので、比較的類似するパターンを示すことはあっても、まったく同一のDiamondViewTM像を示すことはありえません。このことから、DiamondViewTM像を個体識別の“フィンガー・プリント”とすることが可能となります。従って、このようなDiamondViewTM像の特長を用いて、2つのダイヤモンドが同一原石からカットされたことを証明できることがあります。CGLでは同じ原石から得られた二つのダイヤモンドをツインダイヤモンドとして、ツインダイヤモンドレポートサービスを行っております(図6)。

図6. CGLが発行するツインダイヤモンドⓇレポート
図6. CGLが発行するツインダイヤモンドレポート

 

特異な成長をした天然ダイヤモンド

天然ダイヤモンドには、{111}面のみで囲まれた単純な形態ではなく、しばしばMixed–habit Growthと呼ばれる複雑な累帯構造が観察されます。これらからは、{111}と{100}の組み合わせからなる成長縞が読み取れます(図7)。{111}面は平面ですが、{100}面は厳密には平面ではなく、曲面です。しかし、{100}面も樹枝状結晶のように成長とともにその形態を変化させることは無く、定常的にその形を維持するので、多面体の一種とみなされ、キューボイドと呼ばれています。

このような{111}面と{100}面の2種の結晶面が共存して成長した結果、十字架様の成長分域が形成され、センター・クロス・ダイヤモンドと呼ばれています。結晶成長の初期段階に相当する十字架中央のクロスした領域が{100}成長分域に相当し、十字架の腕の領域が{111}面と{100}面が共存する分域に相当します。結晶成長の晩期には{100}成長分域が消え{111}面のみで構成され、最終的には八面体の形態となります(図8)。この場合{111}成長分域内は、直線的な累帯構造を示すのに対し、{100}成長分域内では曲線状の累帯構造を示します。このことは{111}面は常にスムースな界面として振舞ったことを示し、{100}面はラフな界面として振舞ったことを示しています。

図7. Mixed–habit Growthを示す天然ダイヤモンド のDiamondViewTM像
図7. Mixed–habit Growthを示す天然ダイヤモンドのDiamondViewTM

 

図8. (001)方向に垂直で結晶中心を通る切断面上 に現れるセンター・クロス構造の模式図
図8. (001)方向に垂直で結晶中心を通る切断面上に現れるセンター・クロス構造の模式図

 

このセンター・クロス・ダイヤモンドは古くから知られており、その成因について以前は塑性変形によるという説もありましたが、現在では結晶成長によるものと広く受けとめられています。この構造が形成されるためには、{100}面の成長速度が{111}面の成長速度より相対的に遅れる必要がありますが、このことはPBC解析法から導き出された結果とは矛盾することになります。この矛盾を解釈するため、不純物による効果、すなわちキューボイドの面上に不純物が吸着することに因ってその成長速度が遅くなり、六面体結晶ができたと考えられてきました。それとは別に、コーテッドダイヤモンドの研究から、八面体と六面体結晶の成長形の変化は非平衡度の変化による晶相変化で、{111}面が平衡に近い状態での層成長機構から、高い過飽和度での高い頻度の2次元核形成に支配された成長機構に変化することに因って、その成長速度を{100}面の成長速度より増加させることに因り引き起こされたものとも解釈されています。

このようなMixed–habit Growthの成長履歴を有するダイヤモンドはボツワナのJwaneng鉱山をはじめ、幾つかの鉱山から産出報告があります。Jwaneng鉱山では産出されるダイヤモンドのうち、およそ8%にキューボイドの成長分域が認められています。

Mixed–habit Growthの成長の結果、センター・クロスの形態を示すダイヤモンドが出現する頻度は従来1/1000程度と予見されていました。しかし、筆者の経験では無色~ほぼ無色のダイヤモンドの場合、センター・クロス・ダイヤモンドと呼べるものは1/100程度であると考えています。さらに、Ⅰ型のピンク系ダイヤモンドにおいては1/3~1/10と極めて出現頻度が高いことを確認しています。市場性を考慮すると、ピンク・ダイヤモンドのほとんどは褐色ダイヤモンドと同様にオーストラリアのArgyle鉱山産と思われます。Argyle鉱山は世界のダイヤモンド鉱山の中でも唯一ランプロアイトを母岩としており、エクロジャイト起源のダイヤモンドが多いことが知られています。ピンク・ダイヤモンドも包有物の観察結果からエクロジャイト起源が多いことが判っており、これらの産出状況が高いMixed–habit Growthの出現率に関連している可能性が考えられます。

 

塑性変型を受けた天然ダイヤモンド

DiamondViewTM像には成長時の累帯構造だけではなく、成長後の塑性変型の履歴も記録されます。図9 と図10 にⅠb型の黄色系天然ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像を示します。

図9.Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。平行する多数の線状模様が認められる
図9.Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。平行する多数の線状模様が認められる

 

図10. Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。交差する2方向の線状模様が認められる
図10. Ⅰb型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。交差する2方向の線状模様が認められる

 

図9 は全体に緑黄色の発光色が見られ、細い緑色の線模様がカットされた石の端から端まで認められます。これらの線模様はいわゆる“スリップ・バンド”で、結晶成長後の塑性変形に因って八面体面に平行に形成されます。このスリップ・バンドはH3センタの発光によるものです。図10 は、明瞭な2方向のスリップ・バンドが見られます。また、橙色の発光色が認められます。これらはNVセンタに因るもので、Ⅰb型のダイヤモンドにしばしば認められます。Ⅰb型のダイヤモンドには置換型単原子窒素(Cセンタ)が存在し、これが空孔(V)と結びついてNVとなるためです。

このようにⅠb型のDiamondViewTM像にはスリップ・バンドに因る細長い線模様が特徴です。これはⅠb型ダイヤモンドの窒素含有量が少なく、II 型と同様に塑性変形をこうむりやすいためと考えられます。
Ⅰb型天然ダイヤモンドのこのような典型的なスリップ・ラインは合成ダイヤモンドには見られません。したがって、黄色ダイヤモンドの天然・合成の識別にはきわめて重要な手がかりとなります。

 

II 型天然ダイヤモンド

II 型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像には、I 型に見られる{111}面で形成された閉じた四角形の年輪模様は認められず、モザイク状やドット状の模様が観察されます。これらはdislocation networksと呼ばれる線状欠陥の集合体で、塑性変型によるものと解釈されています。窒素の凝集体や偏析のないII 型天然ダイヤモンドでは、転位が結晶中を伝わりやすいためにこれらの模様ができると考えられています。

図11 は明瞭なモザイク模様の好例です。モザイクの大きさはφ100–150μmです。図12 はドット状に見えますが、分解能の高いSEM–CLではφ10–20μmのモザイク模様であることが確認できます。II 型ダイヤモンドに観察される暗い青色の発光色はバンドAに因るもので、転位に起因すると考えられています。

図11. Ⅱ型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。明瞭なモザイク模様が認められる
図11. II 型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。明瞭なモザイク模様が認められる

 

図12 . Ⅱ型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。細かなドット状の模様が認められる
図12 . II 型天然ダイヤモンドのDiamondViewTM像の一例。細かなドット状の模様が認められる

 

HPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジー(形態)

天然ダイヤモンドの結晶のモルフォロジーの基本は、PBC(Periodic Bond Chain)解析法で導き出されたように{111}で囲まれた八面体です(図13)。しかし、HPHT法合成ダイヤモンドでは{111}面だけではなく、{100}面も良く発達した六–八面体の結晶形をとるのが一般的です(図14)。また、天然ダイヤモンドでは{100}面は常にラフな界面として振る舞い、スムースな界面として振舞うのは{111}面のみです。しかし、HPHT法合成ダイヤモンドでは、{100}面は{111}面と共に常にスムースな結晶面として振る舞い、渦巻き成長機構による結晶成長が行われています。

図13. 八面体の天然ダイヤモンド原石
図13. 八面体の天然ダイヤモンド原石

 

図14. 六–八面体のHPHT法合成ダイヤモンド原石
図14. 六−八面体の HPHT法合成ダイヤモンド原石

 

このような天然ダイヤモンドとHPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーの相違は、溶媒成分の相違に因るところが大きいと考えられています。天然ダイヤモンドでは炭素成分を含む流体中で成長するのに対し、HPHT合成法ではFe(鉄)、Ni(ニッケル)、Co(コバルト)等の金属溶媒の溶液中で成長します。天然ダイヤモンドが成長する流体中では、イオン半径の大きな酸素の存在により、{100}表面で炭素原子間の再構成は起こりません。一方、イオン半径の小さな金属イオンを溶媒とする金属溶液中では、{100}表面が再構成される可能性があります。その結果、{100}に2本のPBCが導入され、{100}面はF面に転化し、渦巻き成長が可能となると解釈されています。

このような溶媒成分による結晶形への影響は、実験的にも確かめられています。金属溶媒の代わりに炭酸塩や硫酸塩あるいは天然のキンバーライト組成の珪酸塩溶融体を用いた非金属溶媒からのHPHT合成の研究が行われており、これらの溶媒から成長したダイヤモンドは微細ですが、天然の結晶と同様な{111}で囲まれた八面体のモルフォロジーを有しています。

純粋なNi(ニッケル)を使用して成長させたHPHT法合成ダイヤモンドは{111}面と{100}面のみから成り、前者が大きく発達します。Co(コバルト)やFe(鉄)を用いると{111}面と{100}面に加えて{113}面や{110}面も出現します。Ni(ニッケル)に他の金属元素を加えた合金を用いても{113}面や{110}面が出現します。また、Co(コバルト)にTi(チタン)を加えた合金を用いた際には{115}面が出現することもあります。さらにHPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーは、金属溶媒の種類が同じであっても、合成条件によって異なることも知られています。特に合成温度はモルフォロジーに大きく影響します。1300℃~1400℃程度の合成温度では{100}面が大きく発達した六面体に近い形態となり、1600℃程度以上になると{111}が大きく発達し、八面体に近くなります(図15)。

図15. HPHT法合成ダイヤモンドの温度・圧力とモルフォロジーの関係 (The Properties of Natural and Synthetic Diamondより)
図15. HPHT法合成ダイヤモンドの温度・圧力とモルフォロジーの関係
(The Properties of Natural and Synthetic Diamondより)

 

図16. HPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーと成長分域
図16. HPHT法合成ダイヤモンドのモルフォロジーと成長分域

図 16 には低温及び高温で、種結晶を用いて合成されたそれぞれの結晶の形態と各成長分域の関係を示します。低温型の結晶では{100}面が大きく発達し、種結晶付近に金属溶媒を包有物として取り込む傾向にあることを示しています。高温型の結晶では{111}面が大きく発達し、種結晶付近には金属包有物を低温型よりも多く取り込む傾向にあることを示しています。また、共に{100}成長分域の窒素濃度が高く、黄色に着色している様子を示していますが、さらに成長温度を高温にすると窒素濃度は{111}>{100}となり、{111}が黄色に着色することが知られています。

図17と18には典型的なHPHT法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像を示します。前者はⅠb型の黄色で、後者はⅡb型の青色です。両者ともに{100}と{111}のセクターゾーニングが明瞭です。ここで重要なのは、天然ダイヤモンドで{100}成長分域が見られるMixed–habit Growthでは、{100}は曲線状の成長模様を示すのに対し、HPHT合成では直線状となっていることです。

図17. Ⅰb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。緑黄色に発光する領域が{100}で、暗い領域が{111}
図17. Ⅰb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。緑黄色に発光する領域が{100}で、暗い領域が{111}

 

図18. Ⅱb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。明るく発光する領域が{111}で、暗い領域が{100}
図18. IIb型HPHT法合成ダイヤモンドの典型的なDiamondViewTM像。明るく発光する領域が{111}で、暗い領域が{100}

 

 

CVD法合成ダイヤモンドのモルフォロジー(形態)

CVD法合成ダイヤモンドの結晶は、HPHT法合成ダイヤモンドと同様に{111}と{100}で囲まれた六–八面体のモルフォロジーとなります(図19)。

図19. 天然ダイヤモンドとCVD法合成ダイヤモンドのモルフォロジー
図19. 天然ダイヤモンドとCVD法合成ダイヤモンドのモルフォロジー

 

しかし、HPHT法合成ダイヤモンドでは、{111}と{100}共に渦巻成長層を示すのに対し、CVD法合成ダイヤモンドでは{100}は常に渦巻成長層を示しますが、{111}は同じ結晶上で骸晶状の結晶面として現れます。このことは、PBC解析法で導き出された{111}と{100}の結晶面の重要度が逆転したことを意味しています。すなわち、天然ダイヤモンドにおいては、常にスムースな界面として振る舞う{111}が、ラフな界面として振る舞う{100}よりも形態的に重要で、平滑な{111}で囲まれたモルフォロジーとなりますが、CVD法合成ダイヤモンドでは{100}が常に重要な面となり、平滑な面として外形に残ります。

{111}は3本のPBCを含み、{100}はHPHT法のように再構成が生じても2本のPBCしか含みません。従って、この逆転にはPBC以外の要因が必要です。
HPHT合成では、Fe(鉄)、Co(コバルト)等の金属溶媒の溶液が環境相ですが、CVD合成における環境相は水素ガスと少量の酸素です。ダイヤモンドの成長における原子状水素の役割として、非晶質炭素及びグラファイト状炭素のエッチングや非晶質水素化カーボンの合成の抑制等が知られています。このような機能を有する原子状水素は、低温で生じ易い非晶質成分の合成を抑制し、結果的にダイヤモンドの結晶の選択的成長を促進すると考えられています。

このようにCVD法によるダイヤモンド合成に重要な役割を担う原子状水素は、ダイヤモンドのモルフォロジーにも影響を与えると考えられます。表面自由エネルギーに対するPBC付着エネルギーの寄与よりも大きな寄与が存在すれば、{111}と{100}の形態学的重要度の逆転が起こり得ます。この要因となるのがH2分子の表面吸着です。成長する結晶の表面に吸着したH2分子が表面自由エネルギーに対して大きな影響を与えることが理論計算によって導き出されています。

CVD法において装飾用の単結晶を育成するためには高速度成長が不可欠です。一般に高速(10μm/h以上)で成長させると、成長丘と呼ばれる異常成長が生じます。これを克服するためには{100}面を{111}面に比べて優先的に成長させる成長条件を維持することによって{100}基板上にエピタキシャル成長させます。また、窒素を添加することで高速度の成長が得られ、成長丘の発生が抑制されるため長時間成長が可能となることも知られています。また、{111}面上には多重双晶粒子が発生しやすく、これが100μm以上の目視可能なサイズになると、単結晶ダイヤモンド中に黒い多結晶の領域として観察されます。したがって、良質な単結晶を得るためにも{100}の基盤が有利となります。

図20にCVD合成の成長模式図を示します。これはステップフロー成長というメカニズムです。CVD法では{100}の方位の種結晶を用いるのですが、数度のオフ角を持たせています。このオフ角を持たせることで{110}方向に原子のステップが現れます。原子は平坦なテラスよりもステップに吸着しやすく、ステップを中心に成長が進んでいきます。

図20. CVD法合成ダイヤモンドのステップフロー成長の概念図
図20. CVD法合成ダイヤモンドのステップフロー成長の概念図

 

図21 は典型的なCVD法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像です。ステップフロー成長による積層構造が線状模様として観察されます。このダイヤモンドは無色ですが、成長後にHPHT処理が行われています。高速度成長させたCVD法合成ダイヤモンドは、多くの歪やディスロケーションを含むため褐色味を有します。この褐色味を除去するために多くの場合HPHT処理が施されています。成長時のCVD法合成ダイヤモンドは添加された窒素原子がNVセンタを形成するためにオレンジ色の発光色を示しますが、HPHT処理後はこのダイヤモンドのように青白色~緑色の発光を示します。

図21. CVD法合成ダイヤモンドに特徴的な線状模様
図21. CVD法合成ダイヤモンドに特徴的な線状模様

 

天然と合成の判別が困難なDiamondViewTM

DiamondViewTMは、ダイヤモンドの結晶内部に残された成長史を視覚的に捉えることができ、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドの識別にはきわめて有効です。天然と合成では明らかな成長履歴の相違があり、それらの典型的な画像が得られた場合は、両者の識別は容易です。しかし、中には天然と合成で酷似した紛らわしい画像が得られることもあり、観察者を惑わせます。

図22. 天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM像
図22. 天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM

 

図23. HPHT法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像
図23. HPHT法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM

 

図22 は天然ダイヤモンドですが、部分的に合成ダイヤモンドのようなセクターゾーニングが見られます。きわめて珍しい事例です。図23 はHPHT合成です。単純な{100}と{111}の組み合わせではなく、{113}面や{110}面が出現していると思われます。

図24. Ⅱ型天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM像
図24. Ⅱ型天然ダイヤモンドの特異なDiamondViewTM

 

図25. CVD法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像
図25. CVD法合成ダイヤモンドのDiamondViewTM

 

図24 はⅡ型天然ダイヤモンドです。Ⅱ型ダイヤモンドのDiamondViewTMによる発光色はたいていが暗い青色ですが、まれにこのようなピンク色が見られます。青色のモザイク模様が天然の特徴です。図25 はCVD合成です。成長後にHPHT処理が施されていないものです。

最近になってCGLで鑑別する合成ダイヤモンドが増加しています。DiamondViewTMによる観察は天然と合成を判別する上できわめて有益な情報が得られます。しかし、簡易的な判別機器のようにpass(天然)やrefer(再検査)のような結果を表示してはくれません。天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンド双方の成長履歴を理解し、経験を積んだ技術者により慎重に判断される必要があります。◆

謝辞
本稿を執筆するにあたり多くの文献を参照しましたが、ここでは誌面の都合上省略しております。また、多くの方々にご教示いただいた内容や研究成果が含まれており、関係者には謝意を表します。特に東北大学名誉教授の(故)砂川一郎博士には長年にわたりご指導を頂きました。あらためて深謝いたします。

Be拡散加熱処理コランダムの現状調査報告

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リサーチ室 江森 健太郎

CGLリサーチ室は、平成25年度宝石学会(日本)一般講演会にて「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状」、33rd International Gemmological Conference (Vietnam, 2013)において「The present situation of Beryllium diffusion corundum」というタイトルでベリリウム拡散加熱処理コランダムについて講演を行っており、その内容はCGL通信 vol.16 「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状−平成25年宝石学会(日本)より−(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/16/21.html)」に掲載されている。当報告は2012年の1年間にCGLに鑑別依頼で供された全コランダムの統計であったが、本報告ではその後2014年~2018年の5年間について改めて調査を行った。精査の結果、2012年とほぼ同様の結果が得られ、Be拡散加熱処理は現在においても定常的に行われていると考えられる。

 

◆ ベリリウム拡散加熱処理コランダムについて
2001年9月頃より、高彩度のオレンジレッド、オレンジ色、ピンク色および黄色のサファイアが宝石市場に広くみられるようになった。中でもオレンジピンクからピンクオレンジのいわゆる「パパラチャ」のバラエティネームで知られるサファイアが大量に出現したため業界中の関心事となった。これらのサファイアには従来の加熱処理には見られない外縁部にカット形状に沿った色の層(カラードリム)が分布しており(図1)、その生成に疑問が持たれた。

図1.Be拡散加熱処理コランダムに見られるカラードリム
図1.Be拡散加熱処理コランダムに見られるカラードリム

 

国際的な鑑別ラボによる精力的な調査の結果、この加熱手法は外来添加物であるクリソベリル起源のベリリウム(Be)を高温下でコランダム中に拡散させるという新たな手法であることが判明し、ベリリウム拡散加熱処理(以下Be処理)と呼ばれるようになった(文献1)。その後、バイオレット、グリーン、ブルー等の色調のサファイアやルビーにもこのBe処理が施されたものが出現している(図2)。

図2.さまざまな色のBe拡散加熱処理コランダム
図2.さまざまな色のBe拡散加熱処理コランダム

 

Beは軽元素であり、拡散している濃度も極めて低いため、鑑別ラボで従来使用されていた蛍光X線元素分析装置等では検出が不可能で、SIMSやLA–ICP–MSといった高感度の質量分析装置が必要となった。今日、先端的なラボではLA–ICP–MSが導入され、日常のBe処理鑑別に活用されている(文献2)。
Be処理が確認された当初は、未処理の天然サファイアおよびルビーにはBeは内在しないと考えられていたため、LA–ICP–MSでBeが検出されればBe処理であると考えられてきた(文献3)。しかし、近年、Be処理が行われていない天然サファイアにもBeが検出される事例が複数報告され(文献4、文献5)、Be処理の鑑別を困難にしている。

 

◆ ベリリウム拡散加熱処理コランダムの数的変動
ベリリウム拡散加熱処理コランダム(以下Be処理コランダム)の数量統計について紹介する前に2014年~2018年においてCGLに供されたコランダムの色別割合を図3に示す。数的にはルビー、ブルーサファイアが多く(双方を足して全コランダムの75%程度を占める)、次いでピンク~オレンジの色相、次いでイエロー系、その他(紫、緑系、バイカラー等を含む)となっている。数パーセントほどの差はあるものの、2014年から2018年にかけ各色の割合はほぼ変化がないと言える。

図3. コランダムの数別割合
図3.コランダムの数別割合

 

次にコランダム全色の中でのBe処理コランダムの割合を図4に示す。

図4.Be処理コランダムの割合(全体)
図4.Be処理コランダムの割合(全体)

これはそれぞれの年度ごとに「Be処理」「未検査」「Be未処理」の3つの割合を表記したものである。「未検査」という項目は、CGLにおいてLA–ICP–MSを用いて検査する必要性があると判断したが、主として顧客都合(LA–ICP–MS分析は有料である為)でLA–ICP–MS分析が行われなかったものである。Be処理されていると鑑別結果を提出したコランダムは全体の1.7−2.1%程度であり、わずかながら増加傾向にある。しかし、未検査の項目は2014年の1.6%から2018年の1.2%と下降傾向にあるため、総合するとBe処理コランダムの割合について変化はないように見える。

 

Be処理コランダムの色別割合を図5に示す。2014年〜2018年度の年もピンク~オレンジの色相が一番多く、次いでイエロー、レッド、ブルーおよびその他と続くが、割合の数値自体は年によって異なる。

図5. Be処理コランダムの色別割合
図5. Be処理コランダムの色別割合

 

各色のBe処理の割合を図6(a)〜(e)にまとめた。これは図4同様それぞれの色ごとに「Be処理」「未検査」「Be未処理」と分けたものであり、Be処理コランダムの個数としてはピンク~オレンジの色相のものが一番多いが、Be処理が行われている割合そのものはイエロー系のコランダムが大きいことがわかる。イエロー系に関して、2018年は全体の17.0%がBe処理であり、未検査のコランダムの中にBe処理されたものが含まれている可能性を加味すると、20%近いコランダムがBe処理と考えられる。一方、Be処理が施されている数が最も少ないのはブルー、その他であるが、毎年継続的にBe処理が施されているものを鑑別している。

 

図6.色系統ごとのBe処理の割合
(a)赤系、
(b)ブルー系
(c)イエロー系、
(d)ピンク~オレンジ系、
(e)その他の色。

:Be 処理
:未検査
:Be 未処理

1-図6a改−Be処理まとめ赤系RGB120

 

1-図6b改−Be処理まとめブルー系RGB120

 

1-図6c改−Be処理まとめイエロー系RGB120

 

1-図6d改−Be処理まとめピンク-オレンジ系RGB120

 

1-図6e改−Be処理まとめその他の色RGB120

 

 

◆ Be処理コランダム中のBe濃度
2014〜2018年に分析したBe処理コランダム中に含まれるBe濃度とその個数についてのヒストグラムを図7(a)〜(d)に示す。平均値は、赤色系は12.67 ppmw、ブルー系9.53 ppmw、イエロー系10.48 ppmw、ピンク系10.03 ppmwであった。平均値とグラフの中央値がずれて見えるのはグラフでは20 ppmw以上のものを省略しているからであり、各色の最大値は赤系48.89 ppmw、ブルー系33.82 ppmw、ピンク~オレンジ系52.46 ppmw、イエロー系71.39 ppmwであった。各色ともに平均値は10 ppmw前後であり、5 ppmw〜13 ppmwのもので半数近くを占めるという結果になった。これは筆者らが(文献5)で発表したものと、同一の結果である。

 

1-図7a−赤色系Be処理のコBe濃度RGB120

 

1-図7bブルー系Be濃度RGB120

 

1-図7cイエロー系Be処理濃度RGB120

 

1-図7dピンク〜オレンジ系Be処理濃度RGB120

 

◆ おわりに
2014年~2018年にCGLに鑑別依頼で供されたBe処理コランダムについて統計的にまとめた。Be処理コランダムはその出現からおよそ20年が経っているが、調査をした5年間においてBe処理コランダムの割合に変化はなく、Be処理は定常的に行われていることがわかった。特にイエロー系については20%近くの石にBe処理が施されている。
Be処理コランダムを看破するには、カラードリムの確認、カラードリムが確認できないものに対してはLA–ICP–MS分析が必須となっている。しかし、Beが検出されたコランダムには天然起源のBeを含有するサファイアや、Be処理に用いたるつぼや炉の再利用といった二次汚染といった問題もあるため(文献5)、慎重な判断を下す必要がある。CGLではBe処理に限らず、さまざまな処理について、正確な開示を行えるよう継続的な研究を行っている。

 

◆ 参考文献
1.Emmett J.L., Scarrat K., McClure S.F., Moses T., Douthit T.R., Hughes R., Novak S., Shigley J.E., Wang W., Bordelon O., Kane R.E.「 Beryllium diffusion of Ruby and Sapphire (Gems & gemology, 39(2), 84–135,2013)」
2.Abduriyim A., Kitawaki H. 「Applications of Laser Ablation–Inductively Coupled Plasma–Mass Spectrometry (LA–ICP–MS) to Gemology (Gems & gemology, 42(2), 98–118, 2006) 」
3.Emmett, J.E., Wang W. 「The Corundum group, Memo to the Corundum Group: How much beryllium is too much in blue sapphire – the role of quantitative spectroscopy. 26 August 2007」
4.Shen A., McClure S., Breeding C. M., Scarratt K., Wang W., Smith C., Shigley J.「Beryllium in Corundum: The Consequences for Blue Sapphire (GIA Insider, Vol.9, Issue 2 (January 26, 2007)) 」
5.Emori K., Kitawaki H., Okano M. 「Beryllium Diffused Corundum in the Japanese Market, and Assessing the Natural vs. Diffused Origin of Beryllium in Sapphire (The Journal of Gemmology, 34(2), 130–137, 2014) 」

天然ダイヤモンドvs合成ダイヤモンド-生い立ちの違い-

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2020年1月PDFNo.54

リサーチ室室長 北脇 裕士

近年、合成ダイヤモンドが宝飾市場にも現れ、業界の重要な関心ごとになっています。装飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、HPHT法合成ダイヤモンドでは15ct以上、CVD法合成ダイヤモンドも9ct以上のものが報告されています。いっぽう、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入が、ここ数年宝飾業界の大きな懸念材料となっています。
しばしば、業界の方々から合成ダイヤモンドはどのように見分けるのかと質問を受けます。さらに、鑑別の決め手は・・・?と質問されることもあります。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも等しく炭素でできた結晶です。物質としては基本的に同じものです。したがって、硬度、電気伝導性などの物理的性質や屈折率、分散度などの光学的性質に本質的な違いはありません。宝石質の天然ダイヤモンドは地下深部の上部マントルで結晶化し、合成ダイヤモンドは人工的に地下深部の高温高圧を再現した高圧発生装置内で育成されます。また、近年ではCVD法と呼ばれる低圧下のガスからも合成ダイヤモンドが製造されています。
このように天然と合成ではその成長の条件や環境などの生い立ちが異なります。そして、その生い立ちの違いに起因する包有物や内在する結晶欠陥を手掛かりとして鑑別が行われています。そのため、天然と合成を識別するためには、それぞれの結晶成長にかかわる環境や条件などを詳しく知る必要があります。
本稿では、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドを識別するための手助けとなるよう、それぞれの生い立ちについて少し掘り下げて考えてみることにします。

 

◆天然ダイヤモンドの成因

天然ダイヤモンドの産状は、① マントルで生成し、キンバーライトやランプロアイト等の火山岩により地表に運ばれたもの、② 超高圧変成岩に産するもの、③ 隕石の衝突や隕石中に含まれるもの、に分類されます。また、ごく最近になってロシア科学アカデミーと北海道大学等の研究チームが地殻内の地下5kmよりも浅い低温低圧下(300℃、1000気圧以下)で生成したナノダイヤモンドについて報告しています。しかし、これらのうち装飾用や工業用に適用できるサイズのダイヤモンドは、①のマントル由来のものに限定されます。
マントル由来のダイヤモンドの年代は、その包有鉱物の年代測定により9億9000万年~33億年前の範囲にあると考えられています。これに対して、母岩であるキンバーライトやランプロアイトはそれぞれのパイプによって異なっていますが、およそ1億年~12億年前の範囲にあります。したがって、ダイヤモンドはこれらのパイプ中で結晶化するのではなく、これらの火山岩によって地表に運搬されたと考えられます。
ダイヤモンドを含む捕獲岩及びダイヤモンド中の包有鉱物の研究から、ダイヤモンドはペリドタイト及びエクロジャイト中で形成すると考えられています。ペリドタイト中のダイヤモンドは、大規模なマントルの部分溶融のため炭素を失った融け残りマントルが、数億年の時間を経た後に炭素の濃集過程を受けて生成します。いっぽう、エクロジャイト中のダイヤモンドは、海洋プレートの沈み込みによってマントル深部まで運ばれた玄武岩質海洋地殻が、高温高圧下で相転移した際に形成したと考えられています。

 

◆世界のダイヤモンド産出状況

天然ダイヤモンドの産出地は全世界に広がっています。Fig.1に世界の主要な24のダイヤモンド・パイプ鉱床と7件の先端プロジェクトを示します。これまでにキンバーライト・パイプで開発された主要なダイヤモンド鉱山は、すべて始生代の地質区分に含まれていますが、ランプロアイト・パイプ上に位置する大規模なダイヤモンド鉱山(アーガイル鉱山)は、原生代に含まれています。
ある資料によると、世界のダイヤモンドの産出量は、過去に新鉱山の開業によって幾度も増加し、戦争、政変、金融危機などの要因によって減少しています。20世紀中頃までの主要産地はアフリカ大陸にありました。ソ連、オーストラリア、カナダ等のアフリカ以外の産地が台頭したのは1960年代に入ってからです。古代から現代までの世界のダイヤモンド総産出量は45億ctと推定されています。1870年から2005年までは、南アフリカが産出額で1位、産出量で4位であり、その主な理由は産出の歴史が長いことにあります。ボツワナは産出額で2位、産出量で5位ですが、産出が始まったのは1970年のことです。2001年から2005年までの世界産出量は、およそ8億4千万ctでした。この期間、産出量ではロシアが1位、産出額ではボツワナが1位でした。
近年の主要な天然ダイヤモンドの原産地としてロシア、カナダ、オーストラリア、ボツワナ、南アフリカ、アンゴラ、コンゴ(旧ザイール)、ナミビア等が良く知られています。
産出量に対して産出額が多いのは、宝石品質の割合が高いことを示し(例えばボツワナ、アンゴラ)、産出量に対して産出額が低いのは、宝石品質の割合が低いことを示しています(例えばコンゴ(旧ザイール)/オーストラリア)。

 

Fig.1. 世界のダイヤモンド鉱山(Janse 2007より)
Fig.1 世界のダイヤモンド鉱山(Janse 2007より)

 

◆天然ダイヤモンド:地球科学における重要性

地球内部を研究する手法は、①地震学的手法、②高温高圧実験、③地球内部起源の天然試料の研究の3つに大別することができます。地震学的には地球内部の地震波伝播速度の3次元的な解析において、地殻・マントル・核の密度構成や地球内部での物質移動や循環が研究されています。高温高圧実験ではマルチアンビル高圧発生装置の開発や放射光X線を用いたX線回折のその場観察の発展等において、マントル物質の高圧相転移が詳しく調べられ、地震波の不連続と相転移の関連が議論されています。
地球内部起源の天然試料として研究対象となるのは、上部マントル物質が直接野外で観察できるオフィオライト岩体やマントル捕獲岩などです。特にマントル捕獲岩は地下深部の物質をもたらす重要な研究対象となります。マントル捕獲岩は地下深部で発生したキンバーライトやランプロアイトなどの噴出に伴ってマグマの火道周辺の岩石が取り込まれ地表にもたらされたもので、これらにはマントルの主要構成物であるペリドタイトやエクロジャイトが含まれています。
キンバーライトやランプロアイト中の捕獲岩はマントルの構成物質を直接知る手がかりとして重要な研究試料となりますが、地表に運搬されるまでのマグマ中の液体と化学反応を起して組成等が広範囲に変化する可能性があります。
ダイヤモンドはキンバーライトやランプロアイト中の外来結晶として産出しますが、捕獲岩中のペリドタイトやエクロジャイト中にも含まれることがあり、これらの捕獲岩が直接の母岩と考えられています。ダイヤモンドは炭素原子間の結合がsp3共有結合だけで構造ができているため、物質中最高の硬度、きわめて小さな熱膨張係数などの物理的特性をもち、ダイヤモンド中の包有物にとっては良好な圧力保持容器として働きます。また、ダイヤモンドはきわめて高い化学的安定性を有しており、よほどの酸化条件でないかぎり化学変化を起こしません。したがって、ダイヤモンド中の包有物はダイヤモンドが生成した際の地球深部の状況(鉱物組成や温度・圧力等)をより実際の状態に近いまま保持していると考えられています。このようにダイヤモンド中の包有物は、地球深部の情報を提供するきわめてすぐれた研究試料といえます。
ダイヤモンド中の包有鉱物を最初に記録したとされる17世紀の頃は、おそらくガーネットと考えられる赤色の鉱物がルビーと記載されているなど、確証が得られている情報ではありませんでした。ダイヤモンドを含有するキンバーライトが発見された19世紀後半以降は、ダイヤモンドの初生的な包有鉱物の報告がなされています。1950年代に入るとX線回折法がダイヤモンド中の包有鉱物の同定に初めて使用され、ロシアの研究者等によって精力的に研究が行われました。1970年代に入ると電子顕微鏡における分析手法が導入され、過去に報告例のない多くの包有鉱物が新たに発見されています。さらに1990年代後半になると顕微ラマン分光分析が包有鉱物の同定に使用されるようになり、非破壊での分析が可能となりました(Fig.2)。

 

Fig.2 顕微ラマン分光装置
Fig.2 顕微ラマン分光装置

 

◆天然ダイヤモンド:包有鉱物による地球深部の情報

ダイヤモンド中の包有鉱物はその種類と化学組成から一般にP–タイプ(ペリドタイト:peridotite)とE–タイプ(エクロジャイト:eclogite)に大別されています。P–タイプ包有鉱物はオリビン、エンスタタイト、ダイオプサイド、パイロープ・ガーネットなどの珪酸塩鉱物とMgに富んだイルメナイトや硫化鉱物からなり(Fig.3)、ペリドタイト捕獲岩の鉱物組み合わせや鉱物組成と類似しています。いっぽう、E–タイプ包有鉱物は主にパイロープ/アルマンディン・ガーネットとオンファサイトからなり(Fig.4)、コーサイト、カイヤナイトおよび硫化鉱物を含有し、エクロジャイト捕獲岩の鉱物組み合わせや鉱物組成と類似しています。
P–タイプのガーネット包有物は、CaとCrの比率において、さらにレルゾライト・タイプとハルツバージャイト・タイプに細分されます。すなわち、レルゾライト・タイプのガーネット包有物は、ハルツバージャイト・タイプのガーネットに比べて高いCa量と低いCr量を示します。そして、これらはREEパターン(希土類元素を隕石などの標準物質で規格化したプロット)とも連動しており、生成起源についての議論がなされています。

このようなP–タイプとE–タイプ包有物に見られる鉱物組み合わせと、化学組成の違いは母岩のダイヤモンドの起源や生成プロセスの違いを示していると考えられ、ダイヤモンドもP–タイプとE–タイプに大別されています。これらの両タイプのダイヤモンドについて包有鉱物の化学組成や炭素同位体組成が詳しく調べられ、ダイヤモンドの生成起源についてさまざまな説が唱えられています。

その中でも有力な説の1つは日本の研究者が提唱しており、P–タイプ・ダイヤモンドは大規模な部分溶融をこうむった溶け残りマントル起源であり、E–タイプ・ダイヤモンドの多くはプレートの沈み込みでマントル深部へ運び込まれた海洋地殻中の炭素が起源と考えられています。
包有鉱物はほとんどが固溶体を形成し、共存する2種以上の鉱物間の元素分配は温度と圧力に依存しています。そのためこれらの鉱物の化学組成から平衡温度や圧力を推定することができます。P–タイプ・ダイヤモンドのガーネットとオリビンおよびガーネットとエンスタタイト間においてそれぞれ温度と圧力が推定されています。E–タイプ・ダイヤモンド中には大きな圧力依存性をもつ鉱物組み合わせが無く、温度の推定のみが可能です。これらの研究において、両者の生成条件は、800~1400℃、5~6GPa(150~200km)の範囲であり、E–タイプ・ダイヤモンドの方がP–タイプ・ダイヤモンドよりやや高温と考えられています。

 

近年、南アフリカのKimberley鉱山産ダイヤモンド中の包有鉱物にメージャライトと呼ばれる高圧型のガーネットの存在が確認され、高圧実験により、これらは420km以深のマントル遷移層で生成したと考えられています。さらに、ブラジルの鉱山(Juina, Sao Luiz等)を始め複数の地域から産出するダイヤモンド中からフェロペリクレースやマグネシオウスタイトが発見され、実験的事実に基づき下部マントル起源のダイヤモンドと推論されています。当初この考えは必ずしも広く受け入れられませんでしたが、その後の研究によって、現在この下部マントル起源説は一般に支持されるようになっています。
さらに最近になって、有名なカリナンなどの大粒のⅡ型ダイヤモンドやⅡb型のブルーダイヤモンドは、マントル遷移層~下部マントルで形成された可能性が示唆されています。

 

Fig.3 天然ダイヤモンド中のパイロープ・ガーネットinc.
Fig.3 天然ダイヤモンド中のパイロープ・ガーネットinc.

 

Fig.4 天然ダイヤモンド中のパイロープ/アルマンディン・ガーネットinc.(左:赤橙色)とオンファサイトinc.(右:灰緑色)
Fig.4 天然ダイヤモンド中のパイロープ/アルマンディン・ガーネットinc.(左:赤橙色)とオンファサイトinc.(右:灰緑色)

 

◆合成ダイヤモンドの用途

ダイヤモンドは炭素原子が強固に結びついた典型的な共有結合物質であり、物質中最高の硬さと熱伝導性を有し、化学的安定性、透光性などにも優れています。この卓越した特性から、超精密加工用バイト、線引きダイス、ドレッサー、医療用ナイフなどの加工工具や耐摩工具のほか、ヒートシンク、各種窓材や超高圧アンビルなど、工業や科学の広範な分野で利用されています。高品質なダイヤモンドは、工業や科学技術の発展に寄与する重要な素材であり、技術の多様化、高度化に伴い、その重要性は今後もさらに増すものと考えられます。しかし、天然ダイヤモンドは、大型で良質の結晶は極めて稀産であり、複雑な成長履歴を反映して、多様な結晶欠陥、不純物あるいは内部歪みを有しています。また、品質における個体差が大きいため、これらの工業用途には不向きな側面があります。これに対し、合成ダイヤモンドは合成される環境、成長条件を制御できるため、安定的に必要とされる結晶を量産することが可能です。制御精度によっては、天然ダイヤモンドを凌駕する品質の結晶を得ることも期待できます。

 

1)硬さと強靭さの利用

地球上で最も硬いダイヤモンドは、古くから石の切断やガラスの加工に用いられてきました。身近なところでは、ガラス切りや砥石があります。また、硬さを測定するための圧子にはダイヤモンドの単結晶が用いられています。石やコンクリートの加工にもダイヤモンドが用いられ、切断するときには金属製のワイヤーにダイヤモンド・ビーズを付けたダイヤモンド・ワイヤーソーが用いられています。また、精度の高い切断にはダイヤモンド鋸が用いられます。これらには主として天然ダイヤモンドが用いられてきましたが、近年では多くが合成ダイヤモンドにとって代わられています。ダイヤモンドの切削工具は、加工の難しいものを大量に削るときにも用いられます。このときは、単結晶ダイヤモンドではなく、ダイヤモンド焼結体が利用されます。焼結ダイヤモンドは単結品ダイヤモンドより大きなものを作ることがきるので、大きい切れ刃の必要な用途に用いられています。大型の工具としては、石油井戸やトンネルの掘削に用いられるドリルビットや道路カッター、穴開け用のドリルなどがあります。また、研磨用テープ、手術用のメス、線引き用のダイス、超高圧発生用のダイヤモンド・アンビルセルなどがあります。

2)熱特性利用

半導体デバイスは、高温になると性能や寿命が低下するので、出力の大きい素子では、放熱のためのヒートシンク(放熱板)が必要となります。ダイヤモンドは、極めて熱伝導性が高いのでヒートシンク材料に適しています。はじめて光通信用の半導体レーザーにヒートシンクとして用いられたのは天然の単結晶ダイヤモンドでしたが、最近ではHPHT法やCVD法による合成ダイヤモンドが利用されています。ダイヤモンドの熱伝導率は不純物がわずかに混入しただけで大きく低下します。天然ダイヤモンドは窒素等の不純物や欠陥を多く含むので、ヒートシンクにはⅡ型の合成ダイヤモンドが有効です。最近になってCVD法による合成技術が進歩し、面積の大きい放熱性回路基板への適用も検討されています。ダイヤモンドの耐摩耗性と熱的特性を生かして製品化されているものに、IC(集積回路)や液晶基板の製造に用いられるTAB (Tape Automated Bonding) ツールなどがあります。近年、ICチップが大型化するにつれて大きいTABツールが必要となり、ダイヤモンド焼結体やHPHT合成ダイヤモンドが用いられるようになりました。

Fig. 5 産業用大型合成単結晶ダイヤモンド 住友電気工業(株)提供
Fig. 5 産業用大型合成単結晶ダイヤモンド 住友電気工業(株)提供

 

3)合成ダイヤモンドの今後の展開

CVD法は、固体の表面にダイヤモンドを被覆することが可能で、これを生かした新たな利用が始まっています。CVD合成ダイヤモンドのコーティング技術は、特殊材料の切削や長寿命化に応用されています。ダイヤモンドは、物質中で最も振動を伝える速度の大きい材料です。このため弾性表面波(Surface Acoustic Wave: SAW)の速度も大きく、弾性表面波素子として有効です。最近では、通信の高周波化に対応してダイヤモンドを基板とするSAWフィルターが実用化されており、今後、高周波を用いる光通信をはじめ衛星、移動体など無線通信に適用され、IT産業に貢献するものと期待されています。
音速は密度が小さくヤング率の大きい材料ほど大きいので、ダイヤモンドは振動板に適した材料といえます。ツイーター等の高音域での振動版としてすでに実用化されています。ダイヤモンドは、紫外から赤外の広い範囲の光に対して透過率の高い素材で、機械的強度や熱伝導性、耐腐食性にも優れるので、窓材として適した材料です。CVD合成ダイヤモンドは、ガンマ線、X線用、近紫外から可視光、遠赤外光及びマイクロ波用の窓として期待されており、実用化されつつあります。さらに、ダイヤモンドが軽元素である炭素で構成されているためX線用の窓としても有効です。
ダイヤモンドは半導体としての特性も有しており、高出力、耐熱性、耐環境性にすぐれる電子部品としても期待されています。将来の応用を目指して、CVD法による良質の結晶や不純物ドーピングが精力的に検討されています。半導体ダイヤモンドは圧力センサーとしても感度に優れていることが判っており、放射線センサーとしては分解能の高さと耐久性が期待されています。また、ダイヤモンドは電子を放出する素子としても注目されており、量子コンピュータなどに応用できる新たな発光素子としても期待されています。

 

◆合成方法

現在、商業的にダイヤモンドを合成する方法はHPHT法(自発核発生法並びに温度差法)、CVD法、衝撃圧縮法および直接転換法があります。これらの方法の中で、宝石品質の単結品が合成できる方法は、HPHT法(温度差法)とCVD法の2種類です。

1)HPHT合成

HPHT法は、High Pressure High Temperatureの略で、地球深部で天然ダイヤモンドができる高温高圧の環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度(1500℃程度)と高い圧力(5–6GPa)を与えて、原料となる炭素物質(グラファイトやダイヤモンド微粒)をダイヤモンドの結晶へと成長させます。炭素物質は水には溶けないため、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、ダイヤモンドを結晶化させます。種結晶を用いずに合成すると、自発核発生した小粒の単結晶が短時間で成長します。最大のサイズでも1mm以下であり、結晶内部に多くの不純物(溶媒金属等)を含み、装飾用には適しません。これらの微小単結晶は、ダイヤモンド砥粒と呼ばれ、研削砥石の素材として工業用に多量に製造されています。
宝石品質のダイヤモンドを合成するためには温度差法を用います。この方法は、合成セル(容器)全体をダイヤモンドが安定な超高圧まで加圧し、次に温度を上げて溶媒金属を融解させ、高い温度に保持した炭素源から溶媒金属中に炭素を溶解させ、温度の低い種結晶上にダイヤモンドを成長させるというものです。無色透明の単結晶を合成するには、黄色の着色原因となる窒素を除去する必要があり、溶媒中で窒素との化合物を作るチタン(Ti) あるいはアルミニウム(Al)などを添加する方法が一般的に用いられています。

Fig. 6 中国で使用されているHPHT合成装置 (キュービック・タイプ)
Fig. 6 中国で使用されているHPHT合成装置(キュービック・タイプ)

 

2)CVD合成

CVD法は、Chemical Vapor Depositionの略です。化学気相成長法または化学蒸着法と呼ばれるものです。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます。CVD法には、熱フィラメント法、マイクロ波プラズマ法、燃焼法などがありますが、装飾用単結晶の育成にはマイクロ波プラズマ法が一般的です。
原料ガスを大量の水素(メタンのおよそ100倍)と混合して用います。この混合ガスを大気圧以下の圧力(0.1~1気圧程度)で反応容器に満たし、プラズマで分解して活性化させます。基板上の温度は800~1200℃程度に保ち、基板表面に炭素原子を結晶化させていきます。プラズマによって反応性が高まった水素(原子状水素)が、結晶化したダイヤモンド表面の炭素原子と化学結合し、ダイヤモンド表面のグラファイト化を防ぎます。さらに原子状水素には析
出したグラファイトを選択的にエッチングする作用があり、これにより準安定な低圧下(ダイヤモンドではなく、グラファイトが安定な環境)で継続的にダイヤモンドが形成されます。

Fig. 7 マイクロ波CVD装置: コーンズテクノロジー(株)提供
Fig. 7 マイクロ波CVD装置:コーンズテクノロジー(株)提供

日本鉱物科学会2019年年会・総会参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2020年1月PDFNo.54

リサーチ室 江森 健太郎・北脇 裕士

去る2019年9月20日(金)から22日(日)までの3日間、九州大学伊都キャンパスにて日本鉱物科学会2019年年会・総会が行われました。CGLリサーチ室から筆者ら2名が参加し、それぞれ発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

 

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びとなり、(1)社会的及び学術界における信頼性の向上、(2)責任明確化による法的安定、(3)学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体を目指して活動していくことになりました。2019年会・総会は、一般社団法人として前年2017年の愛媛大学、2018年の山形大学での開催に続き、3回目の年会・総会になります。

 

九州大学について

九州大学は1867年(慶応3年)に設立された医学教育を行う賛生館を起源とする九州帝国大学を直接の母体としています。九州帝国大学の初代総長は東京帝国大学の総長と明治専門学校(現:九州工業大学)の初代総裁を務めた山川健次郎です。2003年(平成15年)に九州芸術工科大学を吸収し、2004年(平成16年)に国立大学法人による設置へと移行しました。1991年(平成3年)、キャンパスへの統合移転計画が決定すると、1998年(平成10年)に「改革の大綱案」を定め、優秀な研究者の要請、研究レベルの向上を目的とする大学院重点化を行い、2000年(平成12年)に学府・研究員制度を導入しました。2005年(平成17年)には本学会が行われた伊都地区が開設され、2014年、九州大学本部が伊都地区へと移転しました。2018年には伊都地区へのすべての移転が完了し、総合大学にふさわしい広大なキャンパスが誕生しました。九州大学には特に建学の精神は定められていませんが、「九州大学教育憲章」と「九州大学学術憲章」が存在します。
伊都キャンパスへのアクセスは、博多駅もしくは天神駅から九州大学まで直行バスで40~50分、JR筑肥線九大学園都市駅(福岡市地下鉄空港線から直通運行有)からバスで15分と福岡中心部の博多、天神から約1時間程度であり、少し時間はかかりますがアクセス自体は良好です。

学会が行われた九州大学伊都キャンパス
学会が行われた九州大学伊都キャンパス

 

広大な敷地を有する九州大学伊都キャンパス
広大な敷地を有する九州大学伊都キャンパス

 

学会について

今年の年会は、4件の受賞講演、11件のセッションで123件の口頭発表、89件のポスター発表が行われました。

1日目

20日(金)の9時15分より、イースト一号館大講義室Iにて「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」「岩石・水相互作用」「地球外物質」「火成作用の物質科学」「変成岩とテクトニクス」の5つのセッションが行われました。また3日間ポスター発表が開催されており、12時~14時がコアタイム(ポスター発表者がポスターの横に立ち、質疑応答を行う)として設定されていました。

 

2日目

21日(土)は9時よりイースト一号館大講義室Iにて総会が行われました。総会は前述の通り、一般社団法人化して3回目の総会で当日出席者、委任状あわせ、定足数を満たしました。総会では、各種事業報告の他、モンゴル資源地質学会との学術調印式、授賞式が行われました。総会の後、受賞講演が行われ、2018年度日本鉱物科学会賞第20回受賞者である野口高明会員(九州大学)による「小さきものはみなうつくし〜宇宙塵の鉱物学的研究」、2018年度鉱物科学会賞第21回受賞者である山崎大輔会員(岡山大学)による「高圧実験に関するマントルとレオロジー」、2018年度日本鉱物科学会研究奨励賞第25回受賞者である吉村俊平会員(北海道大学)による「塩素を利用した火山噴火メカニズムの研究」、2018年度日本鉱物科学会研究奨励賞第26回受賞者である篠崎彩子会員(北海道大学)による「地球深部、氷天体深部での炭素、水素、窒素関連物質の振る舞い」の講演がありました。
同日14時からは「深成岩・火山岩およびサブダクションファクトリー」「地球表層・環境・生命」「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションが行われました(「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションは資源地質学会との共催セッションでした)。

総会の様子
総会の様子

 

日本鉱物科学会会長榎並正樹名古屋大学教授(左)と本会で受賞された面々
日本鉱物科学会会長榎並正樹名古屋大学教授(左)と本会で受賞された面々

 

3日目

22日(日)はイースト一号館大講義室Iにて「鉱物記載・分析評価」「高圧科学・地球深部」「北東アジアの鉱物・岩石・資源」のセッションが行われ、「鉱物記載・分析評価」セッションで弊社研究者2名が「“パライバ ” トルマリン (1);宝石学的定義の変遷と原産地」「“パライバ ” トルマリン (2);LA–ICP–MSを用いた組成分析と原産地鑑別への応用」の発表を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への興味を感じることができました。この日は九州地区を中心に甚大な被害をもたらすこととなった台風17号が接近しており、午後のセッションはすべて13時迄に繰り上げられ、時間を早めての閉会となりました。セッションの予定変更については、会員各位に逐一メールで報告されるなど学会運営者の適確な判断と情報提供が好印象でした。
毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加・聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は2020年9月東北大学で開催されます。

ポスターセッション コアタイムの様子
ポスターセッション コアタイムの様子

国際宝石学会(IGC2021)日本開催について

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

リサーチ室 北脇 裕士

国際宝石学会 (International Gemmological Conference) 通称IGCは、宝石学における国際学会として最も歴史と伝統があります(http://www.igc-gemmology.org/)。この度、フランスのナントで行われた第36回本会議において、次回の国際宝石学会(IGC2021)を日本で開催することが正式に決定致しました。

 

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されています。
本学会は、1951年にドイツのイーダーオーバーシュタインにおいてB.W. Anderson, E. Gubelin等によってフレームワークが形成され、翌1952年スイスのルガノで第1回会議が開かれました。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では原則2年に1回、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されています。
日本からは近山晶氏、エドウィン佐々木氏の両名が1970年ベルギーでの第13回会議に初参加されています。1979年のドイツの会議からは宝石学会(日本)初代会長の砂川一郎博士も参加され、以降2007年のロシア会議まで砂川博士と近山氏の両名は日本代表としてご活躍されてきました。

 

IGCは他の一般的な学会とは異なり、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate) とオブザーバー(Observer) で構成されます。デレゲートは原則的に各国1~2名で、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。このようなメンバー制は排他的な一面があるいっぽう、メンバーたちの互いに尊重し合う格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。そのため、非常に濃密な時間を共有することができ、きわめて質の高い情報交換が可能となります。
毎回の本会議においては、時々の先端的なトピックス(ヒスイの樹脂含浸、コランダムのBe処理、ハイブリッド・ダイヤモンドなど)、産地情報、分析技術などが報告されます(IGCのホームページにて本会議の講演要旨が過去4回分ダウンロード可能です)。

IGCの本会議は、発足当初には宝石学の発祥であるヨーロッパの各国を中心に開催されてきましたが、1981年に始めてヨーロッパ以外の国としてアジアの日本が選ばれました。当時の日本は宝石学のまさに発展途上期で、業界を挙げてのバックアップにより、日本会議が大成功を収めたことが当時の文献に誇らしげに記されています。また、この日本会議に参加されたIGCの現在のエグゼクティブたちにも好印象が記憶されており、再び日本で本会議を誘致するよう要望されてきました。
そして、2017年ナミビアで開催された第35回本会議において2021年の開催国が検討され、賛成多数で日本での開催が内定しました。宝石学会(日本)では、このIGCの日本開催を支援することが評議委員会に提案されて承認され、2018年の富山大学での総会で報告されました。また、一般社団法人日本宝石協会からもご支援をいただけることが理事会で決議されています。

 

IGCはクローズドなメンバー制ですが、日本開催時にはオープンセッションを設けて日本の業界関係者に広く開放したいと考えています。オープンセッションでは、海外著名研究者による複数の講演や業界関係者との懇親の場としてのレセプションも開催予定です。さらに本会議にも宝石学会(日本)および日本宝石協会の会員をはじめご支援いただいた方々からも一定数の参加を検討しています。
開催時期は2021年5月中旬を予定しており、東京での本会議と糸魚川ヒスイ峡へのプレカンファレンスツアーと伊勢志摩へのポストカンファレンスツアーを計画しております。

半世紀以上にわたり、先人から引き継がれてきた宝石学の殿堂とも言えるIGCが2021年に日本で開催されます。逼塞する国内の宝飾業界のさらなる飛躍と未来のリーダーの育成の機会として、IGC2021日本開催をご支援いただければ幸いです。◆

IGC2021日本開催が内定したナミビアのウイントフックでの記念撮影(2017年10月)
IGC2021日本開催が内定したナミビアのウイントフックでの記念撮影(2017年10月)

IGC36 参加報告

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

去る2019年8月27日~8月31日、フランスのナントにて第36回国際宝石学会(International Gemmological Conference, IGC)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者らが出席し、本会議における口頭発表を行いました。以下に概要を報告致します。

フランス、ナントのシンボルの1つ、ブリュターニュ大公城
フランス、ナントのシンボルの1つ、ブリュターニュ大公城

 

フランス、ナントの位置
フランス、ナントの位置

 

国際宝石学会(IGC)とは

国際宝石学会(以下IGC)は国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されます。この会議は1952年にドイツで第1回会議が開かれてから、今年で36回目の開催となります。
IGCは他の一般的な学会とは異なり、今もなお、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーにはデレゲート(Delegate)とオブザーバー(Observer)で構成されています。デレゲートはオブザーバーとして3回以上IGCに出席し、優れた発表がなされたとエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)に推薦されたものが昇格します。オブザーバーは国際的に活躍するジェモロジストでエグゼクティブコミッティ(Executive Committee)もしくはデレゲートの推薦によりIGCの会議に招待されます。IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)。
今回の第36回IGCではメンバー(デレゲート)とオブザーバー、そしてゲストをあわせて約70名が会議に出席しました。日本からは弊社技術者(筆者ら2名)以外にデレゲートとしてAhmadjan Abduriyim氏と古屋正貴氏、オブザーバーとして大久保洋子氏が会議に出席しました。

会場全体を含むナントの街並み
会場全体を含むナントの街並み

 

開催地

フランス、ナント(Nantes)はフランスの西部、ロワール川河畔に位置する都市です。ブルターニュ半島南東部に位置し、大西洋への玄関口となっています。グラン・ウエスト地域最大の都市でフランス第6の都市です。様々な戦争により、中心部を破壊された一部の大都市とは対照的に、あらゆる時代の歴史的街区を保持しており、歴史的な記念物が多く残っています。
ナントへはパリ=シャルル・ド・ゴール国際空港からフランス国内線で1時間ほど、またはパリ、モンパルナス駅からフランス高速鉄道であるTGVを利用し2時間ほどでアクセスすることができます。

 

第36回国際会議

今回のIGCは、過去のIGC同様Pre–Conference Tour(8/24(土)−26(月))、本会議(8/27(火)−8/31(土))、Post–Conference Tour(9/1(日)−9/4(水))の3本立てで行われました。本会議前後のConference Tourは開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地・博物館を訪れます。筆者らは今回、本会議にのみ参加しました。

 

Open Colloquium Conference

本会議初日8/27(火)9:00より本会議会場である「Nantes Cité des Congrés」にてフランスの宝石学者や宝石学を学ぶ学生のためのオープンセッションが設けられ、10名のIGCメンバーによるプレゼンテーションが行われました。

第36回IGCの開催場所となった「Nantes Cité des Congrés」
第36回IGCの開催場所となった「Nantes Cité des Congrés」

 

本会議

同日18:00よりウェルカムレセプションパーティーが開催され、各国から集まったIGCメンバー達が2年ぶりに再会し、お互いの健康や研究成果をたたえあい、旧交を深め合いました。
翌日28日(水)からの本会議は、10時からのオープニングセレモニーで始まりました。主催者であり、今回のIGCの議長を務めるフランス、ナント大学教授のDr. Emmanuel Fritsch教授が開会宣言を行い、引き続き、Dr. Jayshree Panjikar氏がIGCの歴史と開催における感謝の言葉を述べました。その後、Dr. Emmanuel Fritsch教授がスポンサー紹介、会場説明、本会議の説明を行います。会場を埋めた参加者達は次第に気持ちが引き締まり、緊張感が高まります。40分のオープニングセレモニーが終了後、一般講演がはじまりました。

 

一般講演会の様子
一般講演会の様子

 

一般講演は28日−31日と4日間に渡り行われました。各講演は質疑応答を含め20分で行われ、計48題が発表されました。うち、コランダム11題、ダイヤモンド8題、歴史・年代測定4題、真珠3題、産地情報3題、エカナイト1題、エメラルド1題、オパール1題、クォーツ1題、こはく1題、スピネル1題、長石1題、トルマリン1題、ハックマナイト1題、ひすい1題、ペッツォタイト1題、ペリドット1題、象牙1題、分析技術1題、その他5題でした。弊社リサーチ室から北脇が「Current Production of Synthetic Diamond Manufacturers in Asia」、江森が「Be–containing nano–inclusions in untreated blue sapphire from Diego, Madagascar」の2題発表を行いました。また一般講演中は会場の一部がポスターセッション会場となっており11件のポスター発表が行われていました。発表について、いくつか興味深いものを次に紹介します。

ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

 

◆Phosphorescence of Type IIb HTHP Synthetic Diamonds from China

中国武漢にある中国地質大学宝石学研究室のAndy H. Shen教授は中国で製造されたIIb型HPHTダイヤモンドの燐光についての研究を発表しました。中国で製造され、ホウ素を含有したHPHT合成ダイヤモンドは470 nmを中心とする燐光を発します。グリニッシュブルーの蛍光を呈し、燐光時間は5–20秒でした。高濃度の「補償されないホウ素」を有するサンプルは565 nmを中心とする新しい燐光バンドを持ちます。こういったダイヤモンドの470 nmの燐光は時間と共に急速に減衰し、565 nmの燐光はより長く残ることを示しました。

 

◆Laser damage in gemstones caused by jewelry repair laser

スイスのGübelin Gem LaboratoryのLore Kiefert博士による発表で、ジュエリー修理用に用いられるレーザーにより損傷を受けた宝石についての発表でした。最近、ラボに鑑別に持ち込まれたサファイアでキャビティ充填のように見えるが充填物が確認されないものが観察されました。調査の結果、ジュエリー修理に用いるレーザーによる損傷であることが明らかとなりました。ジュエリー修理用レーザーを用いて検証を行った結果、多くの場合はレーザーが直接当たった場所ではなく、石の反対側にダメージが発生し、割れてしまうといった二次損害が発生する可能性もあることを示しました。宝石の種類によってレーザーの反応も異なり、また、フラクチャーの入った石はフラクチャー等がない石にくらべレーザー損傷を受けにくいという特徴があります。レーザーパワー等の設定は誘発される損傷に大きな影響を及ぼし、パワーが低いほど、損傷を受ける危険性は低くなることを示しました。ジュエリーを修理する際に用いるレーザーが金属部分から外れ、宝石にあたった場合に、宝石に損傷を与える可能性が存在するため、石から熱を逃すような物質で宝石を覆う等、注意する必要があります。

 

◆Color Origin of the Oregon Sunstone – the reabsorption and exsolution of Cu inclusions

中国武漢にある中国地質大学宝石学研究室のChengsi Wang氏の発表で、オレゴンサンストーンの色起源についての発表でした。オレゴンサンストーンは1908年にアメリカ・オレゴン州ダストデビル鉱山ではじめに発見された石で、光学的、鉱物学的特性は記載されており、色起源については銅元素が原因であるとされていますが、色の起源について完全な説明はされていません。最近、新しい鉱山が2つ発見されたと報告され、世界中から注目を集めましたが、最終的には銅を人工的に拡散させたものであることが明らかになりました。銅のナノ粒子の拡散実験およびHR–TEMによる観察の結果、天然および拡散オレゴンサンストーンの赤色は直径13 nmの球形銅ナノ粒子により引き起こされていることが判明しました。また、天然オレゴンサンストーンの多色性は回転楕円体をした銅のナノ粒子に起因するものであり、赤道半径が約10 nm、極半径が約26 nmであることに起因することが判明しました。

 

◆Blue sapphire heated with pressure and the effects of low temperature annealing on the OH–related structure
タイのGIT(Gemological Institute of Thailand)のTanapong

 

Lhuaamporn氏は、圧力と高温による処理(PHT)を行ったブルーサファイアに対し、低温アニーリングを行った結果を発表しました。ブルーサファイアに対し、PHT処理を行うとサファイアのブルーが強調され、より暗い色味になりますが、PHT処理を施された石に対し低温アニーリングを行うことでブルーの色味を明るくすることができます。しかし、1000℃以上の温度でアニーリングを行うことでPHT処理サファイアのインクルージョンは通常の加熱処理を施されたものとほぼ同じになるため、インクルージョン特徴により区別することはできません。FTIRスペクトルにおいてはPHT処理のみを施したサファイアはOHに関連した吸収バンドが認められますが、1200℃未満のアニーリングではOH関連の吸収は減少し、1200℃以上ではほぼ完全に消滅することを示しました。このアニーリングにおいては1200℃以下でもブルーの色味に明確な変化を与えるため、OH吸収が観察される限りはPHTサファイアの鑑別が可能であることを示しました。

 

◆Multi–element analysis of gemstones and its application in geographical origin and determination

スイスSSEFの研究者Hao A. O. Wang氏はLA–ICP–TOF–MSを用いたブルーサファイアの微量元素測定を用いた産地鑑別と年代測定、ダイヤモンドのインクルージョン分析、次元削減という手法 (t–SNE, PCA) を用いたエメラルド及び銅マンガン含有トルマリン(パライバトルマリン)の産地鑑別についての発表を行いました。ICP–TOF–MSはICPイオン化法とTOF (Time–of–Flight, 時間飛行) 型質量分析を組み合わせた質量分析装置であり、SSEFではGemTOFという名称で運用しています。一般的なLA–ICP–MSと比較すると、質量1–260の同位体を含む全元素完全同時測定が可能といった特徴があります。ブルーサファイアについては、Be、Zr、Nb、La、Ce、Hf、Thといった元素はマダガスカル産、カシミール産ブルーサファイアで比較するとマダガスカル産のほうがより多く見られる傾向にあり、Pb、Thの同位体を測定することで年代測定を行い、マダガスカル産(約550Ma)とカシミール産(30Ma)の産地を区別する方法を紹介しました。ダイヤモンドのインクルージョンについては表面に出たものを直接レーザーアブレーションすることで測定する方法を紹介しました。またエメラルドについてはLi–Fe–Csの三次元プロットおよび多変量解析の一種であるPCA(主成分分析) およびt–SNE(T–distributed Stochastic Neighbor Embedding)といった手法を用いたクラスタリングによる産地鑑別、また銅マンガン含有トルマリン(パライバトルマリン)についてもt–SNEを用いた産地鑑別法が紹介され、使用する元素が37元素の場合、53元素の場合での比較を行い、53元素のほうが精度が高くなることを示しました。

 

Closing Celemony

最後に、会議の最終日31日の閉会式において、次回の第37回IGCの開催地は日本であることが正式に発表され、今回の開催地のオーガナイザーであるナント大学のEmmanuel Fritsch教授よりIGCのフラッグを弊社リサーチ室室長の北脇が受け取りました。

次回の第37回IGCは日本で行われます
次回の第37回IGCは日本で行われます

 

国際宝石学会は世界的に著名なジェモロジストが参加し、交流を深めることができます。この交流によって各国の状況や生の声を聞くことができます。また、今回はPostおよびPre–Conference Tourには参加しませんでしたが、カンファレンス前後のツアーは宝石を研究する上で必要な原産地視察を行うことができ、貴重な体験となります。中央宝石研究所はこれからもこのような国際会議に積極的に参加し、情情報を仕入れるよう努めていく予定です。◆

IGC36の集合写真
IGC36の集合写真

国際宝石学会(IGC2019フランス)報告

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

ジェムY.O.代表 大久保 洋子(FGA,CGJ)

第36回国際宝石学会(International Gemmological Conference)が、フランス/ロアール地方の「フランス人が最も住みたい町」ともいわれているナント(Nantes)−人口約29万8000人−において、2019年8月27日から31日まで5日間にわたり開催された。
2年に一度開催されるこの会議は、前回(2017年)アフリカ/ナミビアで行われ、次回(2021年)は日本での開催が決定している。
今回は、フランス/ナント在住のDr.Emmanuel Fritschが中心となり、以下のスケジュールでの開催となった。

8/23〜26  Pre–Conference Tour(以下Pre–con.)
8/27〜31  La Cite Nantes Congress Center, Nantes(本会議)
9/1〜4    Post–Conference Tour(以下Post–con.)

以下 Pre&Post–con.で訪問した場所について報告する。

 

本会議の前に、会議出席者及び同伴者の為に企画されたPre–con.には、12名が参加した。(スイス/オランダ/ドイツ/カナダ/イスラエル/フランス/日本)
8月24日(土)ロアール地方のナントから約145km離れたブルターニュ地方の、カルナック(Carnac) と更にカルナックから35km 離れたロクマリアケール(Locmariaquer)の巨大な石の遺跡を、8/24、25の2日間に亘り地元のガイドの説明のもとに見聞した。

カルナックという地名は、ケルト語で“丘”や“高台”を表す。紀元前45万年頃、この地に前期旧石器人が暮らしていた為、数多くの本ヒスイの装飾品やお守り、土器、木製の道具などを「先史博物館」で見ることができた。
この地域に数多く残る巨石遺跡は、特に世界的に有名である。この遺跡の特徴は3000個近い巨大な石が全長4kmにも渡り整然と並べられていることである。紀元前5000〜3000年前とされている。巨大な石のテーブルは圧巻で、火成岩といわれている。

 

【8月24日(土)】カルナックの巨石遺跡

メンヒル(巨石記念物)を幌馬車で巡るエコ・ツアーの看板
メンヒル(巨石記念物)を幌馬車で巡るエコ・ツアーの看板

 

03-03カルナックの巨石遺跡のメンヒル(巨石記念物)RGB180-505

 

03-05カルナック遺跡の全体地図RGB255-702
カルナック遺跡の全体地図

 

【8月25日(日)】 ロクマリアケールの古墳群
巨石記念物の前で記念撮影

 

【8月25日(日)】 ロクマリアケールの古墳群

03-08ロクマリアケールの古墳RGB185-504

 

03-10ロクマリアケールの古墳の入口RGB225-499

 

巨石群を見学後、ヴァンヌ(Vennes)の”Museum of History”を訪問。
カルナックで発掘された、多くの生活用品や装飾品、銅や鉄製品、頭蓋骨等が、古いお城を改造した部屋に、考古学的に美しく展示がされている。

 

【ヴァンヌの歴史博物館の展示物】

03-12ヴァンヌ歴史博物館展示1修正RGB175-501

 

03-13ヴァンヌ歴史博物館展示2RGB175-509

 

03-15ヴァンヌ歴史博物館展示4RGB175-509

 

03-20ヴァンヌ歴史博物館展示9RGB190-505

 

03-18ヴァンヌ歴史博物館展示7RGB140-507

 

03-19ヴァンヌ歴史博物館展示8RGB140-500

 

3日目 8月26日(月)は、ヴァンヌ(Vannes)から約145km離れたアレー山地(Monts d’Arrée)を散策後、8km離れたブラスパール(Brasparts)の真珠の稚貝を育てている養殖場を見学。
ミリサイズの極小の貝の卵を魚に食べさせて、お腹の中で育った貝が吐き出される行程の説明を受ける。

 

【ブラスパールの稚貝の養殖場】

03-23ブラスパール稚貝養殖場2RGB190-505

 

03-24ブラスパール稚貝養殖場3RGB185-499

 

途中ブラスパールから約165km離れた、ヴァンヌ近郊の非常に美しい入江の町オレー(Auray)に立ち寄る。
翌日8月27日(火)から本会議が行われるナントまで130kmの行程を約2時間45分かけ帰路につき、無事にPre–con.が終了する。

 

9/1〜4迄の日程でPost–con.が行われ、ナントからパリへ移動する。
フランスの歴史的遺産の宝庫と言われる、セーヌ川とオワーズ川に囲まれた「フランスの島」といわれている、イル・ド・フランスのシャンティイ城と、パリのSchool of Jewelry Artsと3つの博物館を視察した。
Post–con.には、11名が参加。(スイス/カナダ/USA/グリーンランド/日本)

 

【9月1日(日)】ナントから430kmを車で5時間30分かけ移動。
イル・ド・フランスに在るシャンティイ城に午後3時に到着。

シャンティイ城:
Great Stable
(馬の博物館)見学
18世紀に建設
宮殿のような素晴らしい建物は馬小屋で、そこを通り過ぎると博物館になっていて、長い歴史のなかで関わりを持った人間と馬をテーマにした壮大な展示品や、絵画などに感嘆。

 

03-28馬博物館RGB170-497

 

03-29馬の博物館2RGB190-507

 

03-30馬の博物館の木馬RGB200-506

 

03-31馬房の馬RGB200-5-6

 

1時間の見学後、宮殿へ移動。水に影を落とす姿がとても優雅なルネサンス様式のシャンティイ城の一部のみ見学。
14〜16世紀に建造されたが、フランス革命で破壊され19世紀に改たに修復された。

 

03-32シャンテイィ城RGB511-195

 

03-33シャンテイィ城2RGB190-501

 

【9月2日(月)】
シャンティイ城内コンデ公の膨大な絵画、調度品、美術品、宝飾品が展示されている“コンデ美術館”と図書室を見学。この図書室は300点以上の彩色装飾を施した写本を含む700点の写本と3万冊の書物が所蔵されている。

今回のハイライトである“Le Grand Condé”と命名されているピンクダイヤモンドを特別に見る事ができた。17世紀フランス最大の武将、コンデ公ルイ2世 (1621–1686) が所蔵。彼はこの宝石を国王ルイ13世から授かり、杖に取り付け持っていた。
9.01ctの世界で最も大きなピンクダイヤモンドの一つに数えられている。
1926年10月に盗まれて3ヶ月後の12月20日に見つかる。
盗難後非公開のこの素晴らしいダイヤモンドを目の前にして、Nicole Garnier 女史の解説と共に当時の貴重な新聞記事まで見ることができ、大興奮したひとときとなった。

ピンクダイヤモンド
“Le Grand Condé ”

 

03-36ピンクダイヤを見るRGB180-509

また、今回ブラウンダイヤモンドの美しいフルネックレスも見る事ができた。

03-37フルネックレスRGB175-506

 

シャンティイ城を後にして、パリのバンドーム広場へ向かう。

Van Cleef & Arpelsが出資をして設立した学校で宝石の講義、デザイン、カット、研磨などを学べる。
英語もしくはフランス語で受講できる。

パリで最も豪華で、ルイ14世の為に作られた四角のバンドーム広場の高級宝石店の美しい宝石をため息をつきながら眺めたことは数回あるが、今回はメゾンの中でも老舗のヴァンクリーフ&アーペルの中に入る機会に恵まれた。
400年以上も前の建物の内部は非常に明るくシンプルでモダンに整われていて、宝石を学ぶのに相応しい環境に思われた。
構内の一角に、フランスの宝石商で旅行家として有名なTAVERNIER(1605〜1689)がインドから持ち帰り、ルイ14世(1638〜1715)に売った20個のダイヤモンドのレプリカが展示されている。タベルニエは6回に渡り東洋を旅行し、インド産の大きなダイヤモンドを買いヨーロッパに持ち帰った。中でも112.25ctのタベルニエ・ブルー・ダイヤモンドは特に有名である。1642年にインドから持ち帰り、ルイ14世が買って67.50ctのフレンチ・ブルー・ダイヤモンドとなり、1792年に盗難にあった後、再カットされて45.50ctのホープ・ダイヤモンドになった。(現在はUSA スミソニアン博物館に展示されている)

 

【9月3日(火)】
Post–con.の最終日は3箇所の博物館訪問と、サクレクール寺院界隈を散策。

1)  Muséum national d’Histoire Naturelle
フランス3大博物館の1つであり、広大な植物園を併設した荘厳で重厚な博物館内部には、巨大な水晶の原石や美しい数々の鉱物が展示されている。F.Farges教授の案内で館内を2時間にわたり見学した。

 

03-38自然史博物館RGB135-500

 

03-39F-Farges教授RGB205-500

 

03-40自然史博物館内1RGB205-505

 

03-41自然史博物館オブジェRGB210-509

 

03-42自然史博物館内2RGB190-502

 

03-43自然史博物館紫水晶ガマと大原石RGB165-499

 

03-44自然史博物館大原石3つRGB206-500

 

03-45自然史博物館螺鈿ぽいものRGB200-510

 

2)  Musée de Minéralogie MINES ParisTech (Mineralogy Museum)

A〜Oまでの部屋に、世界中の岩石、鉱物、隕石、宝石など10万点が分類され展示されている。
ex)Room L:Gem stones&French Crown Jewels
Room O:Synthetic Mineral collection
見学時間が2時間だった為、全ての部屋の展示物を見ることはできなかったが、大変有意義な時間であった。

 

03-46鉱物博物館1RGB190-509

 

03-47鉱物博物館2パイライトwクォーツRGB190-500

 

03-48鉱物博物館STIBINERGB195-500

 

03-49鉱物博物館3展示室RGB180-505

 

3) Musée des Arts Décoratifs
アンティーク(1878年〜)から現在まで、4000点の素晴らしい宝飾品が飾られている。
“Jewelry  Galley”として2004年6月にオープン。
江戸時代や明治時代の象牙や珊瑚の根付け、かんざし、くしなどもアールヌーボーやアールデコの作品と共に展示されていた。非常に緻密な象眼細工をパリで見ることができ見学者達の賞賛の声に日本人として誇らしい思いを持った。

 

03-50装飾芸術美術館1ラリックRGB190-513

 

03-51装飾芸術美術館2ラリックRGB190-506

 

03-52装飾芸術美術館3ラリックのコームRGB255-502

 

03-55装飾芸術美術館6ストマッカーRGB165-501

 

03-53装飾芸術美術館4コームRGB175-507

 

国際会議最後の夜は、パリ北部のモンマルトルの丘へ行き、白亜の聖堂サクレ・クール寺院の見えるレストランでディナーを楽しんだ。◆

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【著者紹介】
大久保 洋子
ジェムY.O. 代表
FGA(英国宝石学協会認定資格)、CGJ取得。
日本の宝石学の黎明期を牽引された「宝石学の父」故近山晶氏の長女。
幼少より身近にあった近山氏の豊富な宝石鉱物コレクションに興味を持ち、
本格的に宝石学を習得。
現在はGSTVの人気コメンテイターとしても活躍中。

Mineralogical Society of America Centennial Symposiumに参加して

PDFファイルはこちらから2019年11月PDFNo.53

東京大学大学院理学系研究科 鍵 裕之

2019年6月20日から21日の2日間、米国ワシントンD.C.のカーネギー研究所で開かれたアメリカ鉱物学会 (MSA, Mineralogical Society of America) の100周年記念シンポジウム (MSA Centennial Symposium: The Next 100 Years of Mineral Sciences) に参加した。文字通り、鉱物科学が今後100年でどのように発展していくかを議論するシンポジウムである。会場となったとなったカーネギー研究所のScience Buildingは、ホワイトハウスから真北に1.5 kmほどの距離にあり、Washington D. C.でも閑静な町並みの中にある。研究所に面した歩道の街路樹ではリスが愛嬌を振りまいていた(アメリカではリスは庭を荒らす害獣とみなされているはず)。(写真1,2,3)

 

写真1:会場となったワシントンD.C.のカーネギー研究所正面
写真1:会場となったワシントンD.C.のカーネギー研究所正面

 

写真2:カーネギー研究所入り口のエンブレム
写真2:カーネギー研究所入り口のエンブレム

 

写真3:街路樹に見かけたリス
写真3:街路樹に見かけたリス

会議は朝8時20分から夕方5時半まで午前・午後一回ずつのコーヒーブレイクとランチタイムをはさみながら、まるまる2日間みっちりと行われた。今回のシンポジウムでは以下に挙げる14のテーマが用意された。

 

「持続可能な開発と鉱物資源の利用」

「原子レベルから地形レベルに至る生物地球化学的物質循環」

「変成岩岩石学の第2の黄金時代」

「鉱物分析の進歩」

「大陸の起源」

「深部起源ダイヤモンドの包有物」

「博物館における鉱物コレクション」

「シンクロトロンを用いた高圧下での鉱物研究」

「地球外の鉱物学」

「鉱物学、結晶学、岩石学におけるデータ駆動型発見の可能性」

「考古学資料への応用鉱物学的なアプローチ」

「宝石の科学的評価」

「アパタイトの社会的関連性」

「鉱物と産業:ダストの健康影響」

 

各テーマに1時間が割り当てられ、モデレーターのイントロダクションに続いて、二人の講演者がそれぞれ20分の持ち時間で最近の研究動向と今後100年で展開が予想される未来について熱弁を振るった。二人の講演が終わったところで会場から質問と議論を受け付けるが、さすがアメリカだけあって議論がつきない。質問や議論にとどまらず、今後の鉱物学について自らの考えを説く参加者も多くいた。現在、アメリカ鉱物学会のホームページでワークショップの講演がビデオデータとして公開されているので、興味のある方は是非ご覧いただきたい。

(http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1)

 

MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。

いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、

「アパタイトの社会的関連性」

「鉱物と産業:ダストの健康影響」

のような医学鉱物学 (Medical mineralogy ) 分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。

 

私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。

 

Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。

 

Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。

 

「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAの Wuyi Wang博士が装飾用の合成ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、合成ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。合成ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収、フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから合成ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。

 

同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP–MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg(マグネシウム), V(バナジウム), Sn(スズ)濃度を使った研究、酸素同位体やSr(ストロンチウム)やPb(鉛)といった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑別に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。

 

写真4:スミソニアン自然史博物館で開かれたReception
写真4:スミソニアン自然史博物館で開かれたReception

初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。◆

 

写真5:参加者に記念品として配布されたロゴ入りシャンパングラス
写真5:参加者に記念品として配布されたロゴ入りシャンパングラス

 

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【著者紹介】
鍵 裕之
1965年 生まれ
1988年 東京大学理学部化学科卒業
1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退
1991年 筑波大学物質工学系助手
1996年 ニューヨーク州立大学研究員
1998年 東京大学大学院理学系研究科講師
2010年 同 教授 現在に至る。
■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化

パライバ・トルマリン再考: 歴史的背景と原産地鑑別の可能性について

PDFファイルはこちらから2019年8月PDFNo.52

リサーチ室 北脇 裕士・江森 健太郎

パライバ・トルマリンとは・・・

図1:パライバ・トルマリン/ブラジル産
図1:パライバ・トルマリン/ブラジル産

 

パライバ・トルマリンは、1989年に宝石市場に登場した彩度が高く鮮やかな青色~緑色の銅着色のトルマリンです。
当初ブラジルのパライバ州で発見されたため、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになりましたが(図1)、1990年代には隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも採掘されるようになりました。さらに2000年代に入って、ブラジルから遠く離れたナイジェリアやモザンビークなどのアフリカ諸国からも同様の含銅トルマリンが産出されるようになり、そのネーミングに物議を醸しました。また、パライバ・トルマリンのほとんどは鉱物学的にエルバイトという種類に属しますが、モザンビーク産の一部のものはリディコータイトに属するものも知られています。現在では原産地や鉱物種に関係なく、青色~緑色の含銅トルマリンは広義でパライバ・トルマリンと呼ばれ、変わらぬ人気を持続しています。

 

パライバ・トルマリンの定義

<国際的には>
主要な国際的な宝石鑑別ラボで構成されるLaboratory Manual Harmonisation Committee (LMHC)では、原産地あるいは鉱物種に関係なく、青~緑色の含銅トルマリンを以下のようにパライバ・トルマリンと定義しています(文献1)
A Paraiba tourmaline is a blue (electric blue, neon blue, violet blue), bluish green to greenish blue, green or yellowish green tourmaline, of medium–light to high saturation and tone (relative to this variety of tourmaline), mainly due to the presence of copper (Cu) and manganese (Mn) of whatever geographical origin. The name of the tourmaline variety “Paraiba” is derived from the Brazilian locality Paraiba where this gemstone was first mined.
このようなパライバ・トルマリンの定義づけは、CIBJO(国際貴金属宝飾品連盟)およびICA(国際色石協会)においても踏襲されており、国際的に広く受け入れられています。

 

<日本では>
日本国内では、一般社団法人日本ジュエリー協会(JJA)と一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)の両団体による慎重な協議の上、2006年5月1日より、パライバ・トルマリンは、「銅およびマンガンを含有するブルー~グリーンのエルバイト・トルマリン」(産地は問わない)とされました。そして、元素分析を行い、分析報告書に限り、別名としてパライバ・トルマリンの記載が可能となりました。さらに「但し産地を特定するものではありません」とのコメントを記載し、原則として原産地鑑別は行わないこととしました。
このルーリングは、含銅リディコータイトが出現したことにより、2011年3月8日に改定され、「銅を含有するブルー~グリーンのトルマリン」と現在の鉱物種を問わないルールに変更されました。

 

トルマリンの分類

鉱物としてのトルマリンは、化学組成の幅がきわめて広く、スーパーグループを構成しています。
一般化学式は、
XY3Z6(T6O18)(BO3)3V3Wで表されます。XにはNa, Ca2+, K, □(空孔); YにはFe2+, Mg2+, Mn2+, Cu2+, Al3+, Li, Fe3+, Cr3+; ZにはAl3+, Fe3+, Mg2+, Cr3+; TにはSi4+, Al3+, B3+; BにはB3+; VにはOH, O2−; WにはOH, F, O2−が入ります。それぞれのサイト(格子位置)に入る元素の組み合わせにより、トルマリンには多くの種類が存在します。現在、IMA(国際鉱物学連合)のCNMNC(新鉱物・鉱物命名委員会)において33種が承認されています(文献2)。このうち、トルマリンとして宝石市場で見られるもののほとんどはエルバイトで、一部がリディコータイト(厳密にはフルオリディコータイト)、ドラバイトやウーバイトです。

エルバイト:    Na(Al1.5,Li1.5) Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH)
フルオリディコータイト: Ca(Al,Li2) Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3F
ドラバイト:    NaMg3Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH)
ウーバイト:    CaMg3(Al5Mg)(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH)

しかし、標準的な宝石鑑別方法では、トルマリンの種類を厳密に同定するのが困難なため、宝石名としては色名を冠して○○トルマリンと呼ばれるのが一般的です。例えばピンク色のトルマリンはピンク・トルマリンと呼ばれますが、鉱物学的にはエルバイトのものやリディコータイトのものが存在します。同様に銅着色の青色~緑色のパライバ・トルマリンも多くはエルバイトに属しますが、一部はリディコータイトです。

 

パライバ・トルマリンの特異性

トルマリン鉱物は、地質学的に種々の産状が見られますが、多くの宝石質トルマリンはペグマタイト中に産出します。ペグマタイトは、マグマが固化していく過程の晩期に形成される火成岩です。マグマの分化がある程度進んだあとには空洞が生じ、そこに大きな結晶が成長します。マグマから結晶が析出する際に、結晶に取り込まれやすい元素は、早期にマグマから失われていきます。いっぽう、結晶に取り込まれにくい元素(不適合元素と呼ばれる)は結晶化が進んでもマグマの中に残されます。したがって、マグマの残液に濃集しやすい特異な元素(イオン半径が大きい(小さい)、電荷が大きい(小さい))がペグマタイトに産するトルマリンに取り込まれます。
また、元素は地球化学的に親石元素と親銅元素に分類されます。前者は地殻(地球の表層付近)に濃集する傾向があり、後者はマントル下層(地球の深部)に濃集しやすい元素です。トルマリンを構成するほとんどの元素は親石元素で地殻に豊富ですが、パライバ・トルマリンの色の原因となる銅は親銅元素です。したがって、結晶中に両者が共存することはきわめて稀なことで、パライバ・トルマリンは特異な地質環境による限られた地域にしか産出していません。
パライバ・トルマリン中の銅(Cu)。このような地球化学的に相反する元素の稀有な共存は他にも見られます。ルビー、エメラルド、アレキサンドライトなどのクロム(Cr)です。コランダム、ベリル、クリソベリルを構成するBe, O, Al, Si などは地球浅部に濃集しやすい元素ですが、クロムは地球深部に存在しやすい元素です。クロムが希少な宝石の鮮やかな色の原因となることは良く知られていましたが、微量な銅(Cu)が着色に起因する宝石はパライバ・トルマリンがはじめての発見でした。

 

パライバ・トルマリンの発見

1982年、ブラジルのパライバ州バターリャ(Batalha)(図2a,b)の小高い丘で、Heitor Dimas Barbosa(以下エイトー)氏は数人の仲間とこれまでに見たことのない鮮やかな青色の石を発見しました。これがパライバ・トルマリンの最初の発見でした(図3)。

図2 − a ブラジルの地図
図2 − a ブラジルの地図

 

図2 − b 鉱山の位置
図2 − b 鉱山の位置

 

図3:最初にパライバ・トルマリンが発見された場所(酒巻英樹氏提供)
図3:最初にパライバ・トルマリンが発見された場所(酒巻英樹氏提供)

この地は、 Borborema Pegmatite Province (BPP)と呼ばれる地域で、風化したペグマタイトが広く露出しています。このペグマタイトから第一次大戦中には戦略物資として雲母、シーライト、タングステンなどが採掘されており、大戦後には銅、ニッケル、ウラン、金、イルメナイトなどが採掘されています(文献3)
エイトー氏が初めに見つけた青色石は品質の良くないものでしたが、1988年には透明度の高い原石が10kgほど見つかりました。エイトー氏はこれらを自身の出身地であるミナスジェライス州のベロオリゾンテや隣接するサンパウロ、リオデジャネイロで販売しようとしました。しかし、あまりにも鮮やかな色であったため誰も天然石と信じてくれなかったと話しています(文献4)。その後、GIAにて鑑別を取り、翌1989年にツーソンジェムショーに出品しました。これがパライバ・トルマリンのメジャーデビューとなり、その鮮やかな色は “ネオン・ブルー”あるいは“エレクトリック・ブルー”と賞賛されました。そして、ショーの初めには$80/ctだったものが、最終的には$2,000/ctに跳ね上がるという伝説が生まれました(文献5)。1989–1990年にかけてさらに15–20kgの原石が採取され、このうちの10kgが高品質であったといわれています(文献4)

 

ブラジル/パライバ州の鉱山

人口が500 人ほどのパライバ州の小さな村バターリャ(図4)で発見された銅着色のトルマリンは、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになり、一躍大人気の宝石となりました(図5)。

図4:バターリャの街全景(2005年10月撮影)
図4:バターリャの街全景(2005年10月撮影)

 

図5:パライバ・トルマリン/バターリャ産 左から8.65ct, 14.99ct, 3.35ct(撮影:小林正明氏)
図5:パライバ・トルマリン/バターリャ産
左から8.65ct, 14.99ct, 3.35ct(撮影:小林正明氏)

 

1990–1991年にかけて生産のピークを迎えますが、価格が急上昇したため、鉱山の所有権の係争問題が発生しました。発見者のエイトー氏は地元の人間ではなかったことで、さまざまな政治的な外圧を受けたようです。10年近くにもおよぶ裁判の結果、最終的にバターリャの鉱区は3分割されることとなりました(図6)。

図6:バターリャ鉱山全景(2005年10月撮影):写真左側からエイトー氏、ジョンヒッキー氏、ハニアリー氏の鉱区
図6:バターリャ鉱山全景(2005年10月撮影):写真左側からエイトー氏、ジョンヒッキー氏、ハニアリー氏の鉱区

 

最初に発見された鉱脈を含むエリアをエイトー氏が獲得し、地元の土地所有者のジョンヒッキー氏と地元有力者のハニアリー氏がそれぞれの採掘権を得ることとなりました。筆者(KH)は2005年10月にこの地を訪問する機会に恵まれ、バターリャ地区のそれぞれの鉱区と後述するリオグランデ・ド・ノルテ州のムルング鉱山とキントス鉱山を視察しています(文献6)

 

 

図7:基盤の石英片岩(左)にペグマタイト(右)の貫入(写真横幅およそ1m)
図7:基盤の石英片岩(左)にペグマタイト(右)の貫入(写真横幅およそ1m)

この地は新原生代(およそ6億5000万−5億年前)の変成岩(主にクォーツァイト)が広がっており、そこにペグマタイトが貫入しています(図7)。ペグマタイトは、アルバイトが主体の長石、石英、白雲母およびトルマリンで構成されており、長石の大部分はカオリンと呼ばれる柔らかな白い粘土に変質しています。そのため岩盤は比較的掘りやすく、坑道はたいてい手作業で掘り進められています。バターリャ地区の鉱区にはペグマタイトの脈が少なくとも6つ確認されており、それぞれに番号が振られ “No.○ライン”と呼ばれています。
エイトー氏は最初に発見した場所近くから縦坑を掘り(図8)、鉱脈に沿って横坑(No.1ラインとNo.2ライン)を掘り進めています。常に10人程度のスタッフが働いていましたが、幾度となく資金難や隣接するハニアリー氏との地下での所有権の係争で採掘が中断しているようです。2009年からはご子息も加わって、今でも小規模の採掘が行われています。

図8:エイト-氏鉱区の縦坑入り口(酒巻英樹氏提供)
図8:エイト-氏鉱区の縦坑入り口(酒巻英樹氏提供)

ハニアリー氏の鉱区は高い塀で囲まれ、外部からの侵入者を防いでいます(図9、図 10)。

 

図9:ハニアリー氏の鉱区外壁
図9:ハニアリー氏の鉱区外壁

 

図10:ハニアリー氏の鉱区入り口
図10:ハニアリー氏の鉱区入り口

 

図11:ハニアリー氏の鉱区の坑道
図11:ハニアリー氏の鉱区の坑道

最盛期には30 人ほどのスタッフが働いており、活発な採掘が行われていました(図 11)。筆者が訪れた2005年当時には縦坑の深さが30mほどでしたが、2014年には120mにも達していたそうです(文献4)。2015年頃にはかなりの量が採掘されたようですが、現在は採掘が再び中断しているようです。

 

ジョンヒッキー氏の鉱区では最盛期には50 人ほどのスタッフを擁し、重機を使用して採掘していました(図12)。しかし、今では以前掘り起こした土砂から鉱石を細々と選別しているだけのようです。ただ、昔の在庫があり、時折市場に供給されているようです。

図12:ジョンヒッキー氏の鉱区
図12:ジョンヒッキー氏の鉱区

 

2006年の初め頃、パライバ州のバターリャ鉱山から直線で北東に30kmほどの地にグロリアス鉱山が開坑されました(図 13)(文献7)。ここの地質はバターリャと同じく変質したペグマタイトで、白いカオリン質の粘土からなります。カオリンは高級な陶磁器の原料となりますが、この地のカオリンは特に品質が良いとのことです。そのためカオリンを主な鉱石として販売する傍らにパライバ・トルマリンが採掘されています。しかし、ほとんどのものは小粒なため、カット研磨すると1–2mmのサイズとなります(図14)。

図13:グロリアス鉱山(グロリアスジェムス提供)
図13:グロリアス鉱山(グロリアスジェムス提供)

 

図14:グロリアス鉱山から産出した パライバ・トルマリン (0.096ct–0.23ct)
図14:グロリアス鉱山から産出した
パライバ・トルマリン (0.096ct–0.23ct)

 

ブラジル/リオグランデ・ド・ノルテ州の鉱山

パライバ州に隣接したリオグランデ・ド・ノルテ州にも2つのパライバ・トルマリンの鉱山があります。パライバ州に近い方からキントス(Quintos)鉱山とムルング(Mulungu)鉱山です。
キントス鉱山は人口約2万人のパレリアス(Parelhas)の街から南に 10kmほどの山腹にあります(図 15)。

図15:キントス鉱山坑道入り口
図15:キントス鉱山坑道入り口

 

図16:パライバ・トルマリン/キントス鉱山産 (左から5.90ct, 4.16ct, 11.79ct)(撮影:小林正明氏)
図16:パライバ・トルマリン/キントス鉱山産
(左から5.90ct, 4.16ct, 11.79ct)(撮影:小林正明氏)

 

この鉱山はドイツのポールビルド社が経営していたため、地元ではジャーマンと呼ばれていました。1995 年にここのペグマタイトから鮮やかな青色のトルマリンが発見され (図16)、90年代の終わりごろから本格的な操業が始まりました。鉱山には最盛期で60名ほどのスタッフが従事しており、バターリャよりも機械化が進んでいる印象がありました(図17)。

図17:キントス鉱山のプラントの一部
図17:キントス鉱山のプラントの一部

 

この地のペグマタイトもバターリャと同じく、アルバイトが主体の長石、石英、白雲母とトルマリンで構成されています。ただ、バターリャと違って長石の変質が進行しておらず、岩盤は固いままです。そのため、手掘りはほぼ不可能で、電動工具や発破が用いられています。ここの縦坑は 120mほどもあり、横坑の全長は5kmにも達しています(図 18)。

図18:キントス鉱山の坑道
図18:キントス鉱山の坑道

 

白いペグマタイトの中に赤色のレピドライト(リシア雲母)が見られると、パライバ・トルマリンの出る兆候になります(図 19)。

図19:キントス鉱山坑道で見つかったパライバ・トルマリン
図19:キントス鉱山坑道で見つかったパライバ・トルマリン

 

そのため赤い結晶を見つけると、作業はゆっくりと慎重になります。採掘された岩石は選別機にかけられ、ある程度の細かさに砕かれた後、女性スタッフの手により選別されていきます。キントス鉱山では数 ct のブルーの他にグリーンも産出していましたが、産出量は限定的で、残念ながら10年ほど前に閉山されました。

 

ムルング鉱山はパレリアスの街から北東5kmの山麓に位置しています。キントス鉱山よりも早く、1991年には含銅トルマリンが発見されています(図 20)。

図20:パライバ・トルマリン/ムルング鉱山産(左から2.75ct, 4.24ct)(撮影:小林正明氏)
図20:パライバ・トルマリン/ムルング鉱山産(左から2.75ct, 4.24ct)(撮影:小林正明氏)

 

Mineracao Terra Branca社が所有しているので一般にはMTB鉱山として知られています。この鉱山では最盛期に100名以上のスタッフが従事しており、砕石された鉱石からパライバ・トルマリンを選別する女性スタッフだけでも60名以上働いていました。選別は1次選別と2次選別があります。1次選別では白いテーブルの上に山積みになった鉱石からパライバ・トルマリンを探します(図 21)。

図21:ムルング鉱山での選鉱風景
図21:ムルング鉱山での選鉱風景

 

目当ての青い結晶を見つけると、水の入ったプラスチック容器に貯めていきます。2次選別は鍵のかけられた部屋の中でパライバ・トルマリンの原石を大きさや品質でより分けていきます。スタッフ数人に1人の割合で監視員が作業を見守っています。それほどまでに貴重な原石であることがうかがい知れます。ムルング鉱山からは時折大粒の自形結晶も見つかりますが(図22)、1ct未満の小粒の原石が多数産出しています。

図22:石英に埋没したパライバ・トルマリン 原石/ムルング鉱山産
図22:石英に埋没したパライバ・トルマリン
原石/ムルング鉱山産

 

掘り出された時から鮮やかなネオン・ブルーをしており、加熱の必要はありません。原石の多くはタイのバンコクに送られます。日本国内に輸入されている小粒のパライバ・トルマリンはほとんどがムルング鉱山から産出したものです。ムルング鉱山は今でも活発に開発が進められています。最近、鉱山の名称がMTBから“Brazil Paraiba Mine”と改称され、新たな重機を導入して24時間体制で採掘が行われています。

 

ナイジェリア産のパライバ・トルマリン

2001 年の夏ごろからアフリカ産といわれる色のやや淡い含銅トルマリンが国内市場に持ち込まれ始めました(図 23)。

図23:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産 タイプ2( 前列0.3ct–0.5ct, 後列1.24ct )
図23:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産
タイプ2( 前列 0.3ct−0.5ct, 後列 1.24ct )

 

これらは後にナイジェリア産ということが明らかになりますが、もともとはアフリカのディーラーが含銅トルマリンと知らずにタイで販売していたものを国内の業者が仕入れていたようです。蛍光X線分析で調べたところ、銅、マンガン(Mn)、ビスマス(Bi)を含有しており、ブラジル産のパライバ・トルマリンと類似していました。しかし、わずかに鉛(Pb)が検出され、これまでとは異なる新しい鉱山からのものではないかと感じていました。その後、産地情報が明らかになってくると、この色の淡い含銅トルマリンはナイジェリアのIlorin州Ofiki産であることが判りました(文献8)。これらを扱っている国内の業者間ではタイプ2と呼ばれており、ブラジル産とは区別されていました。このいっぽうで、業者間でタイプ1と呼ばれるナイジェリア産の含銅トルマリンの存在が明らかとなりました(図 24)。

図24:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産タイプ1( 前列1.03–2.63ct, 後列1.66–4.00ct )
図24:パライバ・トルマリン/ナイジェリア産タイプ1( 前列1.03–2.63ct, 後列1.66–4.00ct )

 

こちらはIbadan州Edoukou鉱山産のもので産出は限定的でした。そのため市場にはほとんど流通しなかったようですが、色も鮮やかで蛍光X線分析ではブラジル産と明確には区別ができないものでした。

 

モザンビーク産のパライバ・トルマリン

2005 年夏頃からモザンビーク産の含銅トルマリンが国内の市場に現れました。当初は青色が鮮やかな1ct 未満の小粒石でしたが(図25)、その後、銅含有量が少なくやや色の淡いものが大量に流通するようになりました(図26)。

図25:初期に産出した濃色のパライバ・トルマリン/モザンビーク産( 0.5–1.5ct )
図25:初期に産出した濃色のパライバ・トルマリン/モザンビーク産(0.5–1.5ct)

 

図26:淡色のパライバ・トルマリン/ モザンビーク産( 0.47–3.07ct )
図26:淡色のパライバ・トルマリン/モザンビーク産(0.47–3.07ct)

 

これらには10–20ctとサイズの大きなものも含まれており、パライバ・トルマリンの名称を与えるかどうかの問題が生じました。このパライバ・トルマリンの呼称問題は国際的な関心ごととなり、関連機関とともに慎重な検討がなされました。その結果、産地を問わず、青色-緑色の含銅トルマリンをパライバ・トルマリンと呼ぶこととなりました。このような宝石のルーリングに関して短期間で国際的なコンセンサスが得られたのはきわめて珍しいことです。たいていは何らかの利害関係が働き、最終的な合意が得られないことが多いものです。それだけ、パライバ・トルマリンが宝飾業界にとって重要なアイテムであるということの表れだと思われます。
モザンビーク産の含銅トルマリンは北東部のAlto Ligonha ペグマタイト地域から産出しています。最初に発見されたのはNampula南東 100mほどのMavuco村近郊でした (文献9, 10)。2005年の市場への登場から現在まで、この地の含銅トルマリンは定常的に産出を続けており、世界の旺盛な需要をまかなっています。
2010 年の 10 月頃から日本市場に新しいタイプの含銅トルマリンが流通を始めました。銅の含有量は蛍光X線分析の実測値で0.2–0.6%程度と低く、色もこれまでのモザンビーク産とほぼ同様の薄い色調でした。しかし、相当量のCa(カルシウム)が含まれており、鉱物的にはエルバイトではなくリディコータイトに属するものでした(図 27)。

図27:パライバ・トルマリン/リディコータイト
図27:パライバ・トルマリン/リディコータイト

 

その後、このリディコータイトの含銅トルマリンもLMHCのルーリングにおいてパライバ・トルマリンと呼ばれることとなり、業界内外に広く認知されました。この新しいリディコータイトタイプのパライバ・トルマリンもモザンビーク産ですが、従来のMavuco村から北東に10kmほどのMaraca村近郊で産出しているとのことです(文献11, 12)
このリディコータイトに属するパライバ・トルマリンは 2010 年に市場に登場しましたが、その後一定量が継続的に市場に流通しています。CGL の統計では、含銅リディコータイトはパライバ・トルマリン全体の10–15%に相当しています。

 

パライバ・トルマリンの原産地鑑別

パライバ・トルマリンはその名称の由来となったブラジルのパライバ州だけでなく、隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも産出しており、これらは総じてパライバ・トルマリンとして取引されてきました。さらにはナイジェリアやモザンビークからも同様の含銅トルマリンが産出するようになり、結果的にすべてがパライバ・トルマリンと呼ばれるようになりました。そのため、パライバ・トルマリンの原産地を特定したいという潜在的な欲求が生まれ、原産地鑑別に関するさまざまな研究が行われてきました。
パライバ・トルマリンの鮮やかな青色の色調は含有する銅イオンに因ります。そのため、銅の含有量が高いほど色は鮮やかです。概してブラジル産のものは銅の含有量が高く色鮮やかですが、ナイジェリア産のタイプ2やモザンビーク産の多くは銅の含有量が低めで色調が淡めです。もちろん、例外も多くあり、色調だけで産地を特定することはできません。
ブラジル産の含銅トルマリンはペグマタイトから直接採掘されています。ナイジェリア産とモザンビーク産の含銅トルマリンは二次鉱床で礫として見つかるため、母岩は特定されていませんが、やはりペグマタイト由来と考えられています(文献12、13)。ペグマタイト鉱物は空洞のような比較的自由な空間で成長するため、インクルージョンをほとんど含みません。パライバ・トルマリンの多くもインクルージョンに乏しく、液体や液膜インクルージョンを伴う程度です。ブラジル産の含銅トルマリンには自然銅のインクルージョンが見つかっており、高濃度の銅の含有に関連があるとされています(文献 14)。筆者(KH)の経験では、このような自然銅のインクルージョンは一部のナイジェリア産にも見られましたが、モザンビーク産には観察例がありません。ナイジェリア産とモザンビーク産の含銅トルマリンに見られる管状インクルージョンは、しばしば酸化鉄で充填されています(図28)。

図28:酸化鉄が充填したチューブinc.(ナイジェリア産)
図28:酸化鉄が充填したチューブinc.(ナイジェリア産)

 

これらは二次鉱床で鉄分の多い砂礫中に見つかるためと考えられます。いっぽう、一次鉱床のブラジル産含銅トルマリンの管状インクルージョンには一般に酸化鉄の汚染は見られません。
パライバ・トルマリンの原産地鑑別には化学分析(ケミカル・フィンガープリント)が有効です。トルマリンは化学式が複雑でさまざまな元素を取り込みます。そのため、成長環境の変化によって取り込まれる元素の種類や量比に相違が生じやすいのです。先述の通り、ほとんどのパライバ・トルマリンは鉱物的にはエルバイトに属しますが、モザンビークの Maraca 産のみがリディコータイトに属しています。したがって、蛍光X線分析によってCaが多く、リディコータイトに分類されれば、現状ではモザンビーク産といえます。また、リディコータイトの含銅トルマリンは長波紫外線下での蛍光が強いことが知られています。これはCe(セリウム)やNd(ネオジウム)などの軽希土類元素を多く含むためです (文献11, 15)。したがって、紫外線蛍光の強いパライバ・トルマリンはモザンビーク産である可能性が高くなります。この軽希土類元素の含有はラマン分光法によっても確認することが可能です(文献11)
筆者らは各産地の含銅トルマリンをLA–ICP–MSを用いて詳細な分析を行い、世界に先駆けてケミカル・フィンガープリントを作成してきました(文献9, 16)。今では国際的な宝石鑑別ラボではLA–ICP–MS分析が標準となっていますが、最近ではLA–ICP–TOF–MSを用いた分析結果も公表されています (文献17)。さらにはSIMSを用いた同位体分析でLi(リチウム)とB(ホウ素)の同位体比に産地による相違が見られるとの報告もあります(文献18)
このように化学分析はパライバ・トルマリンの原産地鑑別に不可欠なものとなっています。CGLではLA–ICP–MS分析で得られたデータを判別分析(図29)やロジスティック回帰分析 (図30)などの統計学的な手法を用いて解析を行い、原産地鑑別の精度を高める研究も行っています(文献19)。◆

図29:パライバ・トルマリンの判別分析によるグルーピング (文献18より)
図29:パライバ・トルマリンの判別分析によるグルーピング (文献18より)

 

図30:ロジスティック回帰分析によるパライバ・トルマリンの2産地比較(文献18より)
図30:ロジスティック回帰分析によるパライバ・トルマリンの2産地比較(文献18より)

 

文献
1.LMHC Information Sheet#6 Paraiba tourmaline version.7 Dec.2012
2.Henry D.J., Dutrow B.L. (2018) Tourmaline studies through time: contributions to scientific advancements. Journal of Geoscience, Vol. 63, pp77–98.
3.Beurlen H. (1995) The Mineral Resources of the Borborema Province in Northeastern Brazil and its Sedimentary Cover: A Review. Journal of south American Earth Sciences, Vol.8 (3–4), pp365–376.
4.Hsu T. (2018) Paraiba Tourmaline from Brazil the neon–blue burn. InColor, Vol.42(2), pp42–50.
5.古屋正司. (2007) パライバ・トルマリン – 脳裏に焼きつくエレクトリック・ブルーの輝き. 宝石の世界, 日独宝石研究所.
6.北脇裕士. (2005) パライバ・トルマリンの故郷を訪ねて. Gemmology, 2005年12月号, pp19–23
7.Furuya M. (2007) Copper–bearing tourmalines from new deposits in Paraiba state, Brazil. Gems and Gemology, Vol. 43, No.3, pp236–239.
8.Furuya M. (2004) Electric blue tourmaline from Nigeria: Paraiba tourmaline or new name? Proceedings of the 29th International Gemmological Conference 2004, pp111–112.
9.Abduriyim A., Kitawaki H., Furuya M., Schwartz D. (2006) “Paraiba”–type copper–bearing tourmaline from Brazil, Nigeria, and Mozambique: Chemical fingerprinting by LA–ICP–MS. Gems and Gemology, Vol. 42, No.1, pp4–21.
10.Laurs B. M., Zwaan J. C., Breeding C.M., Simmons W.B., Beaton D., Rijsdijk K.F., Befi R., Falster A.U. (2008) Copper–bearing (Paraiba–type) tourmaline from Mozambique. Gems and Gemology, Vol. 44, No.1, pp4–30.
11.Milisenda C.C., Müller. (2017) REE photoluminescence in Paraiba type tourmaline from Mozambique. Proceedings of the 35th International Gemmological Conference 20017, pp71–73.
12.Pezzotta F. (2018) Mozambique Paraiba Tourmaline Deposits–An Update InColor, Vol.42(2), pp52–56.
13.Milisenda C.C., Henn U. (2001) Cuprian tourmalines from Nigeria. Z. Dt. Gemmol. Ges 50, No.4, pp217–223.
14.Brandstätter F., Niedermayer G. (1994) Copper and tenorite inclusions in cuprian–elbaitetourmaline from Paraiba, Brazil. Gems and Gemology, Vol. 30, No.3, pp178–183.
15.Katsurada Y. (2017) Cuprian liddicoatite tourmaline. Gems and Gemology, Vol. 53, No.1, pp1–8.
16.Milisenda C.C., Horikawa Y., Emori K., Miranda R., Bank F.H., Henn U. (2006) A new find of cuprian tourmalines in Mozambique. Z. Dt. Gemmol. Ges 55, No.1–2, pp5–24.
17.Wang H.A.O. (2019) Paraiba research update: An elemental analysis of Paraiba tourmaline from Brazil. SSEF Facette Vol.25, pp30–31.
18.Shabaga B.M., Fayek M., Hawrhorne F.C. (2010) Boron and Lithium isotopic compositions as provenance indicators of Cu–bearing tourmalines. Mineralogical Magazine, vol.74, No.2, pp241–255.
19.江森健太郎、北脇裕士.(2017) 多変量解析の宝石学への応用 CGL通信 Vol.39, pp1–11.

 

 

 

CVDダイヤモンド

PDFファイルはこちらから2019年8月PDFNo.52

関西学院大学 理工学部 鹿田 真一

「合成ダイヤモンド」の有力合成法であるCVD(Chemical Vapor Deposition)に関してご紹介したいと思います。前回(CGL通信No.50)に引き続き、少し慣れない分野に、どうぞ最後までお付き合いください。

 

1. CVD合成法

高温高圧(High Pressure High Temperature :  HPHT)によるダイヤモンドの合成は、地球の上部マントルと同様の環境を再現したもので、典型的には2100℃、7GPaというような条件下での、固相液相平衡状態における合成である。これに対して、C V D (Chemical Vapor Deposition)は、固相に直接、気相を接することによって、固体表面で一層ずつ成長していく非平衡の合成方法である。気相を提供する手法によって図1に示すような方法が報告されている。この中で圧倒的に広く用いられているのが、熱フィラメントCVDとマイクロ波プラズマCVDである。いずれも1980年頃、つくばの無機材質研究所(現 物質・材料研究機構)の加茂氏らにより発明された合成法であり1)2)など、日本が誇るべき研究成果である。ダイヤモンドがグラファイトに変換せずに合成する温度は、概ね850~1000℃程度であり、約2800℃程度の高温プラズマに至近距離で接する。この様子を図2に模式的に示す。一般的に熱フィラメントCVD(Hot Filament CVD)はHFCVDと略記され、マイクロ波プラズマCVD(Microwave Plasma CVD)はMPCVDと略記される。

 

図1.CVD法の種類
図1.CVD法の種類

 

図2.CVD法における非平衡
図2.CVD法における非平衡

 

1)熱フィラメントCVD

W(タングステン)やTa(タンタル)などの金属フィラメントに通電し、2000~2200℃に加熱し、そのエネルギーで反応ガスとキャリアガスを分解し、下部の基板にダイヤモンドを成長させる手法である。図3 a)に熱フィラメント合成時の写真を示す。フィラメントから数mmのところに基板を設置するので、高速成膜する場合には短距離で基板温度が高くなるため、下部の治具を冷却するのが一般的である。成長速度は、0.5~5µm/h程度である。それを大面積で補完可能であり、A3シート程度の大きさのものは既に導入実用化されている。工具先端部へのコーティングなどは、フィラメントの下に、縦に工具をズラッと並べた形で大量生産可能であり、もはや「普通」の工業生産品となっている。

 

図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 a)熱フィラメントCVD法
図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 − a)熱フィラメントCVD法

 

典型的な2つのタイプの装置を、図4 に示す。

図4.熱フィラメント装置の例

図4.熱フィラメント装置の例 − SP3社の装置_横張り
図4 − a)SP3社の装置(横張り)

a)は普通のフィラメント横張型装置である。上記のように通常は、下部に基板を設置し合成するが、同時に上部にも設置可能な設備もある。写真の装置は、2チャンバ型で、第一チャンバ成膜中に第二チャンバの設定をすることで、フル稼働して量産性に対応している。

 

図4 − b)CEMECON社の装置(縦張り)
図4 − b)CEMECON社の装置(縦張り)

b)のタイプはフィラメント縦張り型で、数セット並べた構成になっていて、量産性に優れている。これらいずれもレシピ設定してあり、基板セットしてボタンを押すだけの設備に出来上がっている。装置構成が簡単であり、日本企業では独自の工夫を凝らした自作設備が用いられている。

 

2)マイクロ波プラズマCVD

 

図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 a)マイクロ波プラズマCVD法
図3.CVD法の固相 – 気相界面の写真 − b)マイクロ波プラズマCVD法

 

マイクロ波CVDの合成中の写真を図3 b)に示す。用いるマイクロ波は、日本ではISM帯(総務省指定のフリー周波数帯:Industry, Scientific and Medical band)の2.45GHz(2.4~2.5)が主流である。入力パワーは概ね1〜6kWが主流である。海外では950MHz帯がISM帯に指定されている国が多く、低周波数の方が長波長で、成膜面積が大きくなるため多用されている。MPCVDも、世界中で既存設備が市販されている。典型的な装置群を図5a) に内部模式図と共に示す。b)は、所謂「セキ型」と呼ばれるコーンズテクノロジー社の装置(日本:元セキテクノロジー社)で、周波数は2.45GHzを用いている。この図は下部からマイクロ波を導入してアンテナで広げるタイプのものである。これに対して、大面積用に波長の大きな915MHzを用いるのがc)d)に示した海外の装置である。出力もこの周波数帯は30kWというような大出力装置も可能である。概ね4インチΦ(約10cmΦ)面積に対応可能である。成膜速度は、入力パワーに依存し、典型的には3~50µm/h程度である。HFCVDと異なり、高速・小面積合成となる。合成速度×合成面積で見ると、HFCVDとMPCVDは、ほぼ同等といえよう。
宝石用の原石合成は、ある程度厚めのダイヤモンドが必要であり、殆どの場合MPCVDが用いられている。例えば25µm/hの速度で連続合成して、1mm厚合成に40時間、6mm厚で240時間(10日)というイメージになる。

 

図5. マイクロ波CVDの典型的な装置群

 

図5 − a) マイクロ波CVDの模式図
図5 − a) マイクロ波CVDの模式図

 

 b) コーンズ装置(所謂セキ型)
図5 − b) コーンズ装置(所謂セキ型)

 

図5 − c) Lamda Technology装置 (Michigan Univ.)
図5 − c) Lamda Technology装置 (Michigan Univ.)

 

図5 − d) AIXTRON装置 (Fraunhofer Inst.)
図5 − d) AIXTRON装置 (Fraunhofer Inst.)

 

3)合成のテクノロジー

単結晶の合成は、一般的にステップフロー成長という物理に基づいている。図6に示すように基板を結晶のジャスト面(例えば(001)面)から数度ずらすと、図のように<110>方向に「原子のステップ」が現れる。実際のダイヤモンド表面のステップは、図6 b) のように凹凸が激しい。ガスから分解生成された活性種が、この凹凸のエッジ部(キンク)にとりついて順次成長していく。ダイヤモンドでは拡散しにくく「ステップフロー」しないという説もあるが、いずれにしても、ステップ形成(オフ角基板利用)することで良好な結晶成長が実現されている。

 

図6. ダイヤモンド成長フロント

図6 − a)一般的なエピ成長模式図
図6 − a)一般的なエピ成長模式図

 

図6 − b)STMによるエピ成長表面
図6 − b)STMによるエピ成長表面

 

図7 ダイヤモンド合成可能なガス組成(経験則)
図7 ダイヤモンド合成可能なガス組成(経験則)

 

反応に用いる原材料であるが、まず図7に示すようなC、H、Oを置いた図を考える。例えばCH4(メタン)はCが一つ、Hが4つであるので、4/5のところに位置する。このように様々な原料の組成をプロットして、経験的にダイヤモンド合成が報告されている領域を示したのが、赤で囲んだ領域で、これはBachmann diagramと言われる3)。実に様々な原料を用いることが可能である。図から、H2とCOの混合であれば、どんな比率で混ぜてもダイヤモンド合成が可能であることがわかる。CH4とCO2であれば、概ね3:2くらいで混合すると合成可能であることがわかる。以前アルコールから合成した話題が新聞を賑わしたが、要するにC、H、Oを有するのでこの領域に入る。よくある質問として、ダイヤモンド合成の価格が話題になることも多いが、このようにどんな原料を用いても合成可能であるということは、大きなダイヤモンド合成の特徴と言えよう。最近は様々なガス純化フィルタもあり、安価でCを複数含む高速成長ガスを用いることも可能である。例としてCH4よりC22(アセチレン)を用いる、といった選択ができる。原料ガスはいずれも毒性はなく、原料や排気ガスを除害する必要もないため、設備と付帯設備は極めて安価である。

 

2. 品質

宝石としてもっと重要なダイヤモンドの光学的特性には、原料ガス中の不純物低減と合成チャンバの真空制御が重要である。原料ガスは高純度のものを純化フィルタを通せば、半導体級の品質も可能で全く問題ない。HPHT合成のように金属インクルージョン起因の欠陥を制御しにくいという問題がない。真空も、チャンバのリークを抑える設計と、高真空用のポンプ使用で残留窒素レベルを下げることが可能である。逆に、色付きダイヤ合成も可能で、例えばブルーダイヤモンドにはトリメチルボロンなどをH2で希釈したガスで、濃度を高精度に制御可能である。高品質ダイヤモンドの安定的な合成は、CVDの得意とするところである。
それに対して欠陥起因の不良については、一層一層、非平衡で成長させるCVDが不得意とするところであり、成長様式起因と言える。欠陥に関しては、X線トポグラフィーを用いた回折像観察が全転位を網羅観察できるので有用である。CVD結晶を観察した例を示す。放射光を用いて浅い入射のベクトル[202]を用いた観察例を図8に示す。a)とb)は市販の光学特性に優れる結晶であるが、転位を大量に含んでいる。一か所から複数転位が走る様子があちこちに見て取れる。

図8 − a)市販CVD結晶1(薄厚)
図8 − a)市販CVD結晶1(薄厚)

 

図8 − b)市販CVD結晶2(薄厚)
図8 − b)市販CVD結晶2(薄厚)

 

図8 − c)宝飾用(北脇氏から借用)
図8 − c)宝飾用(北脇氏から借用)

これは、基板から引き継いだ欠陥、研磨不良などで成長界面から新たに発生する欠陥など様々なものを含んでいる。b)の結晶2に至っては、面積の80%程度で何かしらの欠陥が見受けられる。c)は中央宝石研究所の北脇氏からお預かりした流通している宝飾用CVD結晶の像である。成長方向が不明なので解釈は難しいが、発生した欠陥が引き継がれていく様子、CVD特有の「すじ模様」が見える。これは、成長時のフロントが、合成中断や合成条件(電源のノイズなど)のふらつきにより発生するもので、CVD結晶特有であるが技術的に解決可能である。

 

3. 今後の展望

以上の「CVDでは欠陥が発生しやすい」という問題を解決するために、重要なことがいくつかある。まずは種結晶に関して、大型基板を用いることが重要である。

 

図9.CVD成長のエッジ部写真
図9.CVD成長のエッジ部写真

図9に示すように、合成時のエッジ部におけるプラズマ集中から、どうしても外周部は異常成長が発生し、単結晶の取れる面積が減少する。

 

図10.種結晶としてのHPHT合成結晶の欠陥とサイズ

 図10.種結晶としてのHPHT合成結晶の欠陥とサイズ − a)市販のHPHT結晶のトポ像
図10 − a)市販のHPHT結晶のトポ像

 

図10 − b)露NDT社の大型基板
図10 − b)露NDT社の大型基板

図10に見られるように、通常の市販のHPHT合成結晶のレベルは大きく向上していて、欠陥密度は100/cm2を下回っている4)。またサイズも10mm角のサイズのものが市販され、最高15mm角まで実現されている。また欠陥に関しては、最近注目される報告がある。それはHFCVDを用いて、本来「不純物」であるWのインクルージョンが、転位を終端することが可能という論文である5)。これはHFとMPをうまく融合して合成に使うことで、新しい技術で課題を解決し、CVD法のウィークポイントをカバーできる可能性がある。その後H3センタ、NVセンタ、N3センタなど様々な欠陥センタの導入により、積極的に光学特性をコントロールしていく方向で、さまざまな色調の宝飾用CVD合成が可能になると考えられる。◆

 

引用文献

1)S.Matsumoto et al., Jap.J.Appl.Phys., 21 (1982) pp.L183–185
2)M. Kamo et al.J.Crystal Growth, 63 (1983) pp.642–644
3)P.Bachmann, Diam.Relat.Mat.,1 (1991) 1
4)S.Shikata et al.,, Material Science Forum, 924(2018) pp.208–211
5)S.Ohmagari et al., Appl.Phys.Lett.,114, (2019) 082104

 

1−鹿田先生 RGB72

鹿田 真一
1954 生
1978 京都大学工学部卒
1980 京都大学大学院工学研究科修士課程卒

職歴
住友電気工業
光通信用デバイス研究開発と事業
(GaAs IC, ダイヤモンドSAWデバイス)
産業技術総合研究所
ダイヤモンドの基盤技術とパワーデバイス研究
関西学院大学 理工学部
ダイヤモンド中心にワイドギャップ材料とデバイスの研究
現在:関西学院大学  理工学部 教授(工学博士)