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クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析 ー 宝石学会(日本)2022年オンライン講演会より

PDFファイルはこちらから2022年6月PDFNo.61

中央宝石研究所リサーチ室 趙政皓・江森健太郎・岡野誠
東京大学大学院理学研究科 賀雪菁・鍵裕之

最近、CGLにクリソコーラを含むと思われるビーズの石が鑑別依頼で持ち込まれた。しかし、EDS元素分析を行った結果、その石には高濃度のMg(マグネシウム)が含まれておりクリソコーラではないことが示唆された。この石の正確な鉱物種を明らかにするため、ラマン分光、赤外吸収スペクトル、粉末X線回折などの複合的な分析を行った。その結果、検査した石の主な組成はクリソコーラではなく、タルクであることがわかった。

背景と目的

クリソコーラは淡青色や青緑色を呈する銅を含むケイ酸塩鉱物の一種であり、マラカイトやアズライトなどの銅鉱物と同時に産出されることが多い。その化学組成は一般的にCu2–xAlxH2–xSi2O5(OH)4·nH2O(x<1)とされているが、結晶化度が非常に低く、原子座標まで明白な結晶構造はわかっていない。
最近、我々のラボに見た目にクリソコーラを含むと思われる石が鑑別依頼で持ち込まれた(サンプルB1〜B6、図1)。石は直径10 mm弱のビーズに研磨され、それぞれ淡青色、濃青色と緑色の箇所で構成されている。赤外反射スペクトル、ラマン分光分析と蛍光X線分析を行った結果、濃青色箇所はアズライト、緑色箇所はマラカイトであることが明らかになった。しかし、クリソコーラと思われる淡青色箇所には、クリソコーラにはほとんど存在しないはずの高濃度のMg(マグネシウム)が検出された(表1)。したがって、淡青色箇所は実際クリソコーラであるかどうか疑問が持たれた。そこで、本研究ではこの淡青色箇所の正確な鉱物種を明らかにすることを目的にした。

図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石
図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石

 

表1 クリソコーラの淡青色箇所を蛍光X線分析装置で測定した結果の平均値

表1

 

サンプルと測定方法

本研究には前述したビーズ石6点(B1〜B6)の他、比較するためクリソコーラ原石4点(R1〜R4)と、研磨された石2点(R5、 R6)を用意した(図2)。研磨された石はクォーツ中にクリソコーラが含まれているものになる。以下はこれら比較するための石をR組と呼ぶ。ビーズ石とR組石の重量、産地、蛍光X線元素分析によるmol濃度を表2に示した。

図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点
図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点

 

表2 本研究で用いたサンプルと元素組成

表2

赤外反射スペクトル測定は日本分光社製FTIR(FT/IR4100)、RamanスペクトルはRenishaw InVia Raman System、蛍光X線元素分析は日本電子社製JSX1000Sを用いた。その後、ビーズの石2点、R5以外のR組石をメノウ乳鉢で粉砕し、RIGAKU社製MiniFlex 600を用いて粉末X線回折分析、Bruker社製INVENIO Rを用いてFTIR透過スペクトル測定を行った。

 

分析結果と考察

本研究において実験結果の解析を正確に行うため、データベースRRUFFに収録されたスペクトルと回折パターンのデータを参考にした。RRUFFはアリゾナ大学が運営しており、5000以上の鉱物種で約10000のサンプルのラマンスペクトルやX線回折パターンなどを収録した最も権威のある鉱物データベースである。
ビーズ石はすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルB3を代表として示した。また、R組についてもすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルR2を代表として示した。

 

◆ラマン分光分析結果

それぞれのサンプルについてラマンスペクトルを取得した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図3に示す。サンプルR2とR060547のラマンスペクトルは一致し、両者とも3620 cm–1付近にピークが存在し、そのピークの低ラマンシフト側にブロードなピークが存在する。また、415 cm–1付近に連続したピークが存在する。一方、B3のラマンスペクトルは3676 cm–1付近に鋭いピークと369 cm–1付近に弱いピーク、195 cm–1付近に明瞭なピークが存在しており、R1、R060547のラマンスペクトルと一致しない。

図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

◆FTIR透過スペクトル

それぞれのサンプルについて,ATR法による赤外吸収スペクトルを測定した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図4に示す。サンプルR2とChrysocolla R060547のFTIR透過スペクトルはラマンスペクトル同様一致している(図4)。両者とも2800 cm–1から約3600 cm–1に不明瞭でブロードなピークが存在するが、ビーズ石B3のスペクトルには3676 cm–1付近に鋭いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるOHの存在形態に大きな差があると考えられる。また、クリソコーラのスペクトルには1000 cm–1付近の強いピークと675 cm–1付近の弱いピークが存在するが、ビーズ石のスペクトルには966 cm–1と667 cm–1付近にともに強いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるSi–O結合の振動に差があると考えられる。ラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルから、これらのビーズ石の淡青色部分はクリソコーラではない可能性が極めて高いと考えられる。

図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

◆X線回折パターン

粉砕したサンプルについて粉末X線回折パターンを測定した。ビーズ石B3淡青色箇所、原石サンプルR2に加え、RRUFFデータベースのChrysocolla R060547のX線回折パターンを加えたものを図5に示す。図5のChrysocolla R060547、原石サンプルR2のデータが示すように、クリソコーラは元来結晶化度が低く、X線回折パターンにおいては明瞭なピークは存在せず、いくつかのブロードなビークが存在するのみである。一方、ビーズ石B3のX線回折パターンには明瞭なピークが多く出現しており、結晶化度が高い鉱物であることを示唆している。蛍光X元素分析の結果と照らし合わせ、いくつかのケイ酸塩鉱物のX線粉末回折結果と比較した結果、ビーズ石のX線回折パターンはタルクのX線回折パターンと完全に一致することが明らかになった。図6には、ビーズB3のX線回折パターンと先行研究によるタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002)を示している。RRUFFに収録されているタルクのX線回折パターンにも一致しているが、先行研究による未処理のX線回折パターンとの一致性がより高いためここで表示した。

図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン
図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン

 

図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)
図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)

 

◆ビーズ石とタルクのラマンスペクトル、赤外吸収スペクトルの比較

ビーズ石淡青色箇所のラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルについて、RRUFF Talc R040137のデータと比較した結果、それらは一致することが明らかになった(図7、図8)。
図7に示しているように、両者のラマンスペクトルには195 cm–1付近、370 cm–1付近、678 cm–1付近と3676 cm–1付近のピークが一致している。また、赤外吸収スペクトルについても図8で示した通り668 cm–1付近、968 cm–1付近と3677 cm–1付近のピークが一致している。更に、タルクの化学組成はMg3Si4O10(OH)2であり、そのMg(マグネシウム)とSi(ケイ素)の比率は表1に示した組成と近い。以上のことから、ビーズ石の淡青色箇所の鉱物種はタルクであることが判明した。

図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

 

まとめ

今回持ち込まれたサンプル(B1〜B6)は、アズライトとマラカイトが同時に存在するものの、ビーズ石の淡青色の箇所はクリソコーラではなかった。その淡青色箇所のラマンスペクトル、赤外吸収スペクトル、X線回折パターンはすべてタルクのスペクトルや回折パターンと一致していることから、タルクであることが判明した。この青いタルクは外見的にはクリソコーラと区別が難しいため、正確な鑑別にはラマン分光分析などを用いた分析を行う必要がある。また、この淡青色のタルクにおける銅の存在形式などの問題はまだ解明していないため、今後は引き続き調査する予定である。

 

参考文献

[1] Lafuente B., Downs R. T., Yang H., & Stone N. (2015). The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
[2] Chen HF., Lin S., Li YH., & Fang JN. (2020). Dyed chalcedony imitation of chrysocolla–in–chalcedony. Gems and Gemology, 56(1), 188–189
[3] Temujin J., Okada K., Jadambaa TS., Mackenzie K. J. D., & Amarsanaa J. (2002), Effect of grinding on the preparation of porous material from talc by selective leaching. Journal of Materials Science Letters, 21, 1607–1609

令和4年度 宝石学会(日本)講演会参加報告

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令和4年度 宝石学会(日本)講演会参加報告
リサーチ室 趙政皓

令和4年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月11日(土)オンラインで開催されました。合計で17件(真珠6題、ダイヤモンド3題、色石関連8題)の発表があり、計77名の参加がありました。以下に一部発表の概要を報告します。また、CGLリサーチ室からは3題の発表(「中国製大型無色HPHT合成ダイヤモンド結晶の観察」「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析」「LA–ICP–MSを用いたパライバ・トルマリンの原産地鑑別 ―アップデート;特に銅含有量の少ない試料について ー」)を行いました。別途CGL通信の記事として掲載される予定です(「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析」については本号に掲載されています)。

◆小粒なアコヤ養殖真珠について

東京宝石科学アカデミーの研究者渥美郁男氏が小粒のアコヤ養殖真珠について発表しました。アコヤ真珠に固有の表現として、5 mm未満のものは厘珠、3 mm未満は細厘珠と呼ばれ、二子珠や三つ子珠が形成されることがあります。μ–CTで内部検査すると、二子珠や三つ子珠は癒着した1つの真珠袋の中にできたものだと推定できます。また、流通段階でアコヤ真珠に淡水養殖真珠が混入しているケースがあるので注意が必要です。浜揚げ珠の場合、アコヤ真珠は紫外線下で黄色がかった蛍光を発しますが、淡水真珠は強い青白い蛍光を発します。そして蛍光X線元素分析によると、一般的にアコヤ真珠にはMn(マンガン)が少なく、Sr(ストロンチウム)が多く存在します。一方、淡水真珠ではSr(ストロンチウム)に対してMn(マンガン)が優勢になることが一般的です。また、淡水真珠は有核の場合、貫通孔のある核を使用する傾向があるため、軟X線透視検査で貫通孔が見られる場合があります。このように様々な測定方法を合わせて複合的な検査を行うことが有効です。

◆真珠鑑別における蛍光観察および蛍光分光測定の検討

真珠科学研究所の研究者山本亮氏が真珠鑑別における蛍光観察および蛍光分光測定について発表しました。アコヤ真珠の浜上げ珠は黄色、漂白珠は青白色の蛍光を発する特徴があり、鑑別にも用いられています。ブルー系真珠の鑑別について、放射線照射のものは360 nmの励起光下で420 nm付近にピークが出現します。また、マベ真珠と黒蝶真珠や白蝶真珠は区別が難しい場合がありますが、赤い蛍光を強く発するサンプルについては三次元蛍光分光の結果、励起波長400 nmにおいて610 nm付近に小さいピークが出るため、判別可能となります。

◆光学シミュレーションによるアコヤ真珠の構造色の再現

愛媛大学の尾崎良太郎准教授がアコヤ真珠の構造色の光学シミュレーションについて発表しました。真珠はアラゴナイト層とコンキオリン層によって構造色を生じます。尾崎准教授たちは透過の干渉色と反射の干渉色のメカニズムを光学の視点から考え、そのモデル化に成功しました。それをプログラムで可視化し、角度や結晶層厚の変化も再現可能になっています。

◆蛍光分光による、ダイヤモンドの蛍光と光学欠陥

東京宝石科学アカデミーの研究者小川日出丸氏がダイヤモンドの蛍光と光学欠陥について発表しました。ダイヤモンドの蛍光観察は天然・合成の鑑別やグレーディングの際に活用されています。励起スペクトルによって、蛍光に関与している光学欠陥が確認されました。例えば、青色蛍光とN3センター(415 nm)、緑色蛍光とH3センター(503 nm)、赤色蛍光と480 nmはそれぞれ関与しています(但し、480 nmバンドの構造は不明)。これにより、ダイヤモンドの光学欠陥の検出に蛍光分光が有効であることがわかりました。

◆Herkimer Diamondに代表される両錐水晶の多様性と類似点

東京大学の荻原成騎博士がHerkimer Diamondに代表される両錐水晶について発表しました。両錐水晶の蛍光性の有無、結晶の外形に注目し、今後の成因(成長機構)研究の基礎データとします。その蛍光性は石油状包有物と関連すると考えられています。また、両錐水晶の産出は熱水脈の温度に関連し、母岩は炭酸塩岩になっています。

◆糸魚川産のピンクひすいと呼ばれる鉱物

東京都の研究者中嶋彩乃氏が糸魚川産のピンクひすいと呼ばれる鉱物について発表しました。市場で糸魚川産のピンクひすいとして販売されるものをFTIRやラマン分光で検査した結果、着色処理が施された石を除いて、ジェイダイトではなく、チューライトやクリノチューライトであることが判明しました。

◆ルビーの深紫外センサ応用

東洋大学の研究者人見杏実氏がルビーの深紫外センサ応用について発表しました。深紫外線(UVC)は殺菌機能がありますが、安全に使用するために高感度の検出器が必要です。そこでUVC下で蛍光を発するルビーとSiフォトダイオードを組み合わせ、蛍光増強フォトダイオード(FE–PD)を試作しました。ルビーを使ったFE–PDの出力はUVC強度に比例することがわかり、ルビーはFE–PD用の蛍光体として応用が期待できます。

◆蛍光指紋によるルビーの産地鑑別の可能性

山梨県産業技術センターの研究者佐藤貴裕氏が蛍光指紋によるルビーの産地鑑別について発表しました。分光蛍光光度計で励起波長と蛍光波長の両方を走査することで蛍光指紋が得られます。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  ルビーの蛍光指紋を1次元化して主成分分析を行った結果、タイ、マダガスカル、モザンビーク、ミャンマーそして合成のルビーの蛍光指紋の特徴を定量的に比較できました。さらにk–NNによるクラス分類の結果、平均正解率83.6%で3つのグループに正しく分類することができました。◆

国産アコヤ養殖真珠の養殖地による微量元素の相違

PDFファイルはこちらから2022年4月PDFNo.60

 

中央宝石研究所 リサーチ室 江森健太郎、北脇裕士
真珠科学研究所 佐藤昌弘、矢﨑純子

 

アコヤ養殖真珠の産地鑑別への試みとして、まず国産アコヤ養殖真珠の養殖地による微量元素の違いについて調査を行った。その際、前処理、漂白、調色による加工工程による影響についても考慮した。2021年に国内4県6漁場(三重県志摩、愛媛県蒋渕(こもぶち)、熊本県天草、長崎県壱岐・対馬・佐世保)で浜揚げされたアコヤ養殖真珠をLA–ICP–MSで分析し、元素プロットや多変量解析などを用いた解析の結果、4つの県を大きくグループ化することができた。

 

背景

アコヤガイが自生する海域は、主に亜熱帯地方であり、日本、中国、ベトナム、UAE等でアコヤ真珠の養殖が行われている。その中で日本に生息しているアコヤガイは太平洋産のアコヤガイの亜種であることが報告されている(文献1)。現在、アコヤ養殖真珠は世界各地で生産されているが、四季のある温帯で育つ日本のアコヤ養殖真珠は、干渉色の鮮やかなテリの強い真珠が生まれると高く評価されている。したがって、養殖から販売まで、真珠を扱う上でJAPANブランド認証が待望されており、アコヤ養殖真珠の原産地を判別する方法の確立が必須となっている。アコヤガイでは、ゲノム解析の研究も進んでおり、どの系統のアコヤガイか、また母貝と生産された真珠の関係など判別は進みつつある(文献2)。しかし、ゲノム解析は破壊検査であり、また費用と時間のかかる検査である。
LA–ICP–MSによる測定は試料にレーザーを照射し、気化させて測定するため、完全な非破壊検査とはならない。照射半径は数10 μmと非常に小さく10倍のルーペでは発見が極めて困難であり、宝石分野においては準非破壊分析として定着している。海水に含まれる微量元素は海域によって異なっており、LA–ICP–MSを用いた微量元素の解析によって魚類等の産地同定や回遊魚の移動範囲の同定が行われている(文献3)。本研究では、アコヤ養殖真珠の産地鑑別を前提とした予備研究として、まず日本国内の4県6漁場で生産されたアコヤ養殖真珠について、LA–ICP–MSによる微量元素の測定を行い、養殖地による微量元素の違いについて調査を行った。

 

サンプルと手法

真珠の加工過程における微量元素の変化を追うために長崎県産として、長崎県壱岐・対馬・佐世保のいずれかから2015年に浜揚げされたアコヤ養殖真珠20点を入手し(どこの漁場のものかは不明)、これらのうち5点を浜揚げのまま、残りを前処理、漂白、調色の3つの加工工程にそれぞれ5点ずつ用いた。各加工方法については表1に記載した。

表1 真珠の加工方法

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また、産地による微量元素の違いを調べるため、長崎県産の壱岐・対馬・佐世保(それぞれの漁場が既知)に加えて熊本県天草、三重県志摩、愛媛県蒋渕を追加し、合計6つの産地から、2021年に浜揚げされたアコヤ養殖真珠それぞれ10点ずつ分析した。
分析にはLA–ICP–MSを使用し、Laser Ablation装置はESI UP–213をICP–MS装置はAgilent 7900rbを用いた。測定条件は表2の通りである。NIST610を標準試料として用い、それぞれのサンプルにつき5点ずつ分析した。定量分析を行った元素は、事前にLA–ICP–MSで定量分析可能な元素を定性分析し、検出された18元素である。
データ解析には元素プロッティング、線形判別分析(LDA、Liner Discriminant Analysis)を用いた。線形判別分析についてはR言語のMASSパッケージに含まれるldaを用いた(線形判別分析についてはCGL通信34号「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」を参照ください)。

 

表2 使用した分析機器における分析条件

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結果と考察

(1) 加工過程における微量元素の変化

図1は測定した元素の中から検出量が多かったホウ素(B)、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、マンガン(Mn)、ストロンチウム(Sr)をピックアップし、加工過程における濃度変化を追ったものである。平均値は少し変動しているが、分析ノイズによる外れ値が存在することを考慮に入れると大きな差は見いだせない。

図1.処理による元素濃度の推移。それぞれの元素の処理過程における平均値(緑四角)と値の存在範囲(縦棒)を示した。縦軸の濃度はNaのみ重量%、他はppmwで示す。
図1.処理による元素濃度の推移。それぞれの元素の処理過程における平均値(緑四角)と値の存在範囲(縦棒)を示した。縦軸の濃度はNaのみ重量%、他はppmwで示す。

 

図2にそれぞれのデータからナトリウム(Na、単位:重量%)とマグネシウム(Mg、単位:ppmw)をプロットした図を示す。「浜揚げ」から「前処理」の変動が一番大きく、ナトリウムは減少、マグネシウムは増加しているように見える。これは「前処理」に使用したメタノール溶液の影響ではないかと考えられる。しかし、メタノール溶液に浸漬することで真珠層のタンパク質層からナトリウムが流出し、減少することは考えられても、マグネシウムが数10 ppmwのオーダーで入り込むとは考えづらい。マグネシウム濃度に関しては「同一珠の変化を追っているわけではない」ことを考慮すると、これは珠による違いであると考えるのが妥当であろう。また、本研究において、「前処理」以降の工程では検出元素の濃度に変化はほとんど見られなかった。

図2.処理過程におけるナトリウム(Na)とマグネシウム(Mg)の濃度変化。点は1つ1つの分析点を示す。
図2.処理過程におけるナトリウム(Na)とマグネシウム(Mg)の濃度変化。点は1つ1つの分析点を示す。

 

(2) 各産地における微量元素の差
図3にマンガン(Mn)と鉛(Pb)濃度をプロットしたグラフを示す。三重県志摩産のサンプルは他産地よりマンガン(Mn)の含有量が多いことがわかる。また、長崎県産の対馬・佐世保産については鉛(Pb)の量が多い。愛媛県蒋渕産と熊本県天草産サンプルはマンガン(Mn)、鉛(Pb)の量が分析した他の産地に比べ少ない傾向にあるが、一部の重複はあるものの個別のグループを形成している。しかし、マンガン(Mn) vs. 鉛(Pb)プロットのみだと、長崎県壱岐産と愛媛県蒋渕産のサンプルはオーバーラップする部分が多く、この2者の区別は困難である。

図3.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)と鉛(Pb)プロット
図3.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)と鉛(Pb)プロット

 

同様にマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)のプロットを図4に示す。長崎県壱岐・対馬・佐世保産は他産地と比較し、マグネシウム(Mg)濃度が低いことがわかる。また、図3では分別することができなかった愛媛県蒋渕産と長崎県壱岐産に違いが見られた。マグネシウム(Mg)–マンガン(Mn)–鉛(Pb)の3つの元素の比較で、本研究で用いた6つの産地における4つの県(熊本、三重、愛媛、長崎)を区別することができる。

図4.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)プロット
図4.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)プロット

 

次に、4県6産地のデータを元に線形判別分析のアルゴリズムを用い、グルーピングを行った。線形判別分析では、グルーピングを行うための判別関数を求めることができ、この判別関数に分析データを代入することで、判別スコア(LD1、LD2、LD3…)得る。この判別スコアを用いてグルーピングを行った結果を図5(a)〜(c)に示す。図5(a)はLD1、LD2をプロットしたもので「三重県志摩」と「熊本県天草、愛媛県蒋渕」「長崎県壱岐・対馬・佐世保」の3つの産地で大きなグループができていることを示す。一方図5(b)はLD1、LD3をプロットしたものである。ここから図5(a)を用いて分別可能である長崎県壱岐・対馬・佐世保産サンプルを取り除いたものを図5(c)に示す。このプロットを用いることで、「三重県志摩」「熊本県天草」「愛媛県蒋渕」産のアコヤ養殖真珠をグループ分けすることができ、熊本県天草、愛媛県蒋渕産については図3で示した元素プロットと比較しても精度よくグループ分けすることができる。しかし、長崎県壱岐・対馬・佐世保産の同一県三産地については元素プロット同様分別が困難であった。

(a)

 

CGL通信60-真珠-図5b (700 x 347)

 

図5-a〜c.各産地のアコヤ養殖真珠の微量元素濃度に基づいた線形判別分析結果
図5-(a)〜(c).各産地のアコヤ養殖真珠の微量元素濃度に基づいた線形判別分析結果

 

まとめ

2021年浜揚げされたアコヤ養殖真珠の「加工過程による微量元素の変化」と「産地による微量元素の違い」について検討を行った。
「加工過程による微量元素の変化」は、浜揚げから前処理にかけてナトリウム(Na)が減少する傾向が見られたが、その後の変化はほとんど見られなかった。また、測定した元素について濃度変動が見られたがオーバーラップする部分が多い。また、加工に用いられる溶液等については本研究で用いたもの以外のものも用いられている為、すべてを包括したものではない。このことについては追って調査を進める必要がある。
「産地による微量元素の違い」は、熊本県天草、三重県伊勢、愛媛県蒋渕、長崎県壱岐・対馬・佐世保産アコヤ養殖真珠、2021年に浜揚げされた浜揚げ珠について調査を行った。含有される微量元素濃度によるプロットおよび線形判別分析により、4つの県を大きくグループ分けすることはできるが、長崎県壱岐・対馬・佐世保の3つを分けることはできなかった。
今回は2021年に限定された結果であり、継続して調査を行う必要がある。また、今後は海外産のアコヤ養殖真珠との比較も行う予定である。

 

参考文献
(文献1) 正岡哲治(2005) 分子遺伝学的手法によるアコヤガイ属貝類の系統と種判別に関する研究.  北海道大学大学院水産科学位論文
(文献2) Kinoshita S, Wang N, Inoue H, Maeyama K, Okamoto K, et al. (2011) Deep Sequencing of ESTs from Nacreous and Prismatic Layer Producing Tissues and a Screen for Novel Shell Formation–Related Genes in the Pearl Oyster. PLoS ONE 6(6): e21238. doi: 10.1371/journal.pone.0021238
(文献3) 新井崇臣 (2007) 耳石が解き明かす魚類の生活史と回遊. 日本水産学会誌73(4),652-655

GIT2021参加報告

PDFファイルはこちらから2022年4月PDFNo.60

 

リサーチ室 趙政皓

2022年2月2日〜 3日の2日間、GIT2021 The 7th International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)がタイのチャンタブリとオンラインのハイブリッド形式で行われました。本会議にはCGLリサーチ室から3名がオンラインで参加し、うち1名が口頭発表を行いました。以下に概要をご報告致します。

 

GIT2021とは

International Gem and Jewelry Conference (国際宝石・宝飾品学会))はGIT (The Gem and Jewelry Institute of Thailand) が主催する国際的に有数の宝飾関連学会の一つです。第1回目は2006年で、以降は2〜3年に1回開催されています。今回は第7回目としてGIT2021が開催されました。本来であれば、2021年中に開催される予定でしたが、コロナ禍により延期となり、2022年2月の開催となりました。
GITはLMHC(ラボマニュアル調整委員会) にも属する国際的に著名な宝石検査機関であり、CGLと科学技術に関する基本合意を締結し、密接な技術交流を行っています。本学会はGITが主催していますが、タイの商務省などが後援しており、国を挙げての国際会議といえます。GIT2021の本会議運営のため、17名の諮問委員会が結成されており、CGLの堀川洋一もその一役を担いました。
講演は2/2(水)はタイ時刻午前10時(日本時刻午後0時)、2/3(木)はタイ時刻午前9時(日本時刻午前11時)から行われました。開催は、現地であるチャンタブリのマネーチャンリゾートとオンラインのハイブリッドであり、当研究所からはオンラインで参加しました。基調講演15件と一般口頭発表20件が行われ、基調講演は講演時間一人20分、一般口頭発表は一人15分でした。これらの発表の中で特に興味深かったものをいくつか紹介します。なお、弊社リサーチ室からは、一般講演で「The origin determination of “Paraiba” tourmaline using LA–ICP–MS-the methods of quantitative analysis and its application to samples with low Cu content-(LA–ICP–MSを用いたパライバトルマリンの原産地鑑別-サンプルの定量分析方法と、銅の少ないサンプルについて-)」というタイトルで江森健太郎が発表を行いました(この発表についてはGIT2021ウェブサイトhttps://www.git.or.th/git2021_en.htmlから視聴可能な他、CGL通信で別途掲載される予定です)。

 

タイ、チャンタブリで行われたGIT2021の会場の様子。
タイ、チャンタブリで行われたGIT2021の会場の様子。

 

GIT2021にて発表するCGLリサーチ室の江森健太郎 (オンラインによるリモート参加)
GIT2021にて発表するCGLリサーチ室の江森健太郎 (オンラインによるリモート参加)

 

Latest Advancements in Corundum Testing
コランダム鑑別の最新情報

スイスSSEFのMichael. S. Krzemnick博士はコランダム鑑別の最新の進歩について発表しました。数十年間、コランダム鑑別は宝石ラボの主要な仕事の一つとなっています。近年、FTIRやRamanスペクトルなどを始め、様々な分析技術が用いられています。今回の発表においては天然と合成、加熱処理(特に低温加熱処理)、Be拡散処理、産地鑑別に用いる技術や手法などが紹介されました。最近SSEFではマダガスカル産ルビー中のジルコンクラスターに酷似したインクルージョンを持つフラックス合成ルビーを検査しました。このように拡大検査において識別が困難な場合でもVやMgなどの微量元素を正確に測定することで確実に識別することができます。また、産地鑑別には顕微ラマンスペクトルによるインクルージョンの鑑別と、LA–ICP–TOF–MSによる微量元素分析の他、現在ではジルコンインクルージョンに対する放射線年代測定が用いられています。年代測定により、鉱床の形成など産地鑑別に有用な情報が得られます。このように、顕微鏡観察などの古典的な方法と最新の技術を組み合わせることで、コランダムに対して細かくアプローチすることができます。

 

A Gemological Review of Blue Sapphires from Mogok, Myanmar
ミャンマー、モゴック産ブルーサファイアの宝石学的レビュー

アメリカGIAの研究者Wasura Soonthornatantikul博士はミャンマー、モゴック産ブルーサファイアの宝石学的特徴について発表しました。ミャンマーは高品質なサファイアの有名な産地の一つです。モゴック産のブルーサファイアは、非常に薄い~非常に飽和した青色を有しています。標準的な宝石鑑別で用いる紫外線(UV)ランプの下で見ると、大部分の石は長波UV下では不活性であり、短波UV下ではすべて不活性です。蛍光が確認された場合、基本的には赤色です。ゾーニングしたオレンジ色の蛍光は、長波UV下ではほとんど観察されませんでした。調査に用いたサファイアのインクルージョンは、モゴックのさまざまな採掘地域間で類似しており、以前に報告されたミャンマー産ブルーサファイアで一般的に見られるインクルージョンを有していました。最も一般的な特徴は、さまざまなパターンのシルクと双晶面です。モゴック産サファイアにはいくつかの鉱物結晶が含まれており、雲母と長石が最も一般的です。また、スカポライトインクルージョンは希少で、モゴック産ブルーサファイアでその存在を報告するのは初めてとなります。サンプルのFTIRスペクトルは、ダイアスポア、ベーマイト、カオリナイトなどの水酸基関連の鉱物の特徴を示しました。 UV–Vis–NIRスペクトルにおいて、通常、377、388、450 nmに一連の鉄関連の吸収ピークを示し、 Fe2+-Ti4+原子価間電荷移動の580nm広帯域も示しました。時折、約880nmの吸収帯が観察されます。この880nmバンドの存在は、玄武岩関連のブルーサファイアでは一般的ですが、通常は典型的な変成岩起源サファイアとは関連していません。また、微量元素の化学組成は、モゴック産サファイアの異なる地域間では有意差を示しませんでした。

 

Characteristics of the Unique Thin-Film Inclusions in “Siamese” Ruby
“シャム(タイ)”産ルビーの独特な薄いフィルム状インクルージョンの特徴

タイ、チュラーロンコーン大学の研究者Supparat Promwongnan氏はシャム(タイ)ルビーの特徴的なインクルージョンについて発表しました。タイとカンボジアの国境線付近のルビー鉱山は、有名な宝石品質の玄武岩関連ルビーの産地です。これらのルビーにはフィルム状インクルージョンと癒合したフラクチャーの特徴的なインクルージョンがあり、これらはルビーの原産地鑑別によく使われています。Supparat Promwongnanたちはこれらのインクルージョンの成因について研究しました。シャム(タイ)ルビーの特徴的なフィルム状インクルージョンや癒合したフラクチャーのインクルージョンは、大まかに以下の3種類に分類できます:(1)二相(固化したケイ酸塩熔融体+CO2)インクルージョン関連のフィルムや癒合したフラクチャー;(2)鉱物インクルージョン関連のフィルムや癒合したフラクチャー;(3)加熱処理コランダムに一般的な癒合したフラクチャーとフィンガープリント。どれも高温の塩基性マグマに加熱されて形成したと考えられています。そのうち、(1)はCO2の熱膨張、(2)は鉱物インクルージョンとルビーの熱膨張率の違いによって発生した応力で形成されたインクルージョンと考えられています。(3)は加熱処理されたコランダムにはよく見られますが、未処理のシャム(タイ)ルビーにも存在するため、天然でも形成されると考えられます。シャム(タイ)ルビーを人工的に加熱処理すると、これらのフィルムや癒着したフラクチャーのインクルージョンは多少変化するため、鑑別する際は注意深く区別することが重要です。

 

Nature, Occurrence and Gemmology of Beryl from Kyaukse (Weibu) Hill, Myanmar
ミャンマー、チャウセ(ウェイブ)丘陵産ベリルの産状、宝石学的特徴

ミャンマー、ヤンゴン大学の研究者Nyein Chan Aung氏がミャンマー北部マンダレー地区のベリルについて発表しました。ミャンマー北部マンダレー地区チャウセの南東にあるチャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルは、ペグマタイト、カルクケイ酸塩岩、千枚岩、片岩と眼球片麻岩からなるモゴック変成帯(MMB)で発見され、周囲の雲母片岩や石英脈からも発見されています。ベリルの形成は0.5 cm ~ 1 cmの小さなゴッシェナイト結晶から始まるものです。ベリルの形成過程中、鉄が周囲の母岩からベリルに取り込まれ、3 cm ~ 5 cmアクアマリンが形成されます。ベリル結晶のサイズと色は、ペグマタイト液体/熱水流体内の周囲の雲母片岩と、徐冷過程中に形成された他の関連鉱物に大きく影響されます。小さなトルマリン結晶が雲母片岩のベリルのプリズム面に付着しているのが見つかることもありました。ベリルの交代作用によるペグマタイトの侵入中に成長した可能性があり、雲母片岩内部のベリルは葉状構造と平行であり、曲がっていることはそれらがシンテクトニクス過程で発達したことを示しています。チャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルの形成温度は、約300 ~ 350 ℃と推定されています。本研究では、50個を超えるチャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルをサンプルにしました。宝石品質ではない白い結晶と、無色(ゴッシェナイト)から淡い青色(アクアマリン)までさまざまなものがあります。ゴッシェナイトの比重は2.655 ~ 2.71に対して、アクアマリンの比重は2.656 ~ 2.692であり、白いベリルの比重は2.65  ~ 2.708になります。光学特性はすべて一軸性(負号)でした。内部特徴として、原生の固体インクルージョン、同生の二相インクルージョンと小さな液体のフェザーインクルージョンがあります。さらに、結晶のc軸に平行に配向した中空の管状インクルージョンと後生的なFeによる染みが観察されました。

 

Internationalization of Fei Cui Standards
翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードの国際化について

香港宝石学協会(GAHK)の会長を務めるEdward Liu准教授が翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードについて発表しました。GAHKは2004年に翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードを初めて公表しましたが、この時は翡翠(Fei Cui)の用語はJadeite Jadeに限定されたものでした。2016年、GAHKは最新の完成した翡翠鑑別スタンダードを公表し、この新たなスタンダードではJadeite、Omphacite、Kosmochlorの3種類の関連鉱物すべてを翡翠(Fei Cui)としてカテゴライズし、ISO/IEC17025 LMSに準拠した宝石鑑別ラボ管理システムを確立しました。翡翠(Fei Cui)スタンダードは単なる定義または命名法ではなく、鑑別業務における、日常の運用および管理システムにISO QMSを採用することを意図したラボのスタンダードです。翡翠(Fei Cui)スタンダードは、ラボの鑑別レポート/証明書の主要なリファレンスになります。同時に、GAHKは香港ラボの認定およびラベルスキームを確立し、ISO/IEC 17025認定を通じて認定ラボに昇格されました。認定された翡翠鑑別ラボは、翡翠(Fei Cui)スタンダードと対応するISO QMSドキュメント(標準操作手順と作業指示)、オペレーターの人材システム、宝石学者と署名者、ビジネスポリシー、およびトラストマークベースのラボの企業イメージを使用して独自のコーポレートガバナンスを構築します。鑑別の際、再現性を保証するため、標準化された作業手順と環境設定があります。毎年または3年に1度の第三者による監督と定期的なラボ技術テストは、ラボの内部レビューに用いられ、チームの能力を維持します。重要なのは、鑑別レポートの署名者の名前と署名のトレーサビリティと透明性です。また、翡翠の最新知識、高度な鑑別装置、品質管理の原則およびISO規格の実践を学ぶための、Fei Cui Certified Gemmologist(C. G.)登録システムも確立します。翡翠(Fei Cui)スタンダードの国際化には、特にトレーダーと消費者に認識されること、翡翠(Fei Cui)鑑別レポートの内容が理解されることが不可欠となります。統一された命名を採用することによってのみ、トレーダーと消費者が恩恵を受けると信じています。Fei Cuiの用語は将来的にCIBJO Blue Booksに掲載され、翡翠(Fei Cui)スタンダードは、世界的に認知され、受け入れられるようになるための原動力になると期待しています。

 

Characteristics of Tsavorite from Tanzania and Its Enhancement
タンザニア産ツァボライトの特徴と処理

タイ、シーナカリンウィロート大学の研究者Bongkot Phichaikamjornwuta氏がタンザニア産ツァボライトについて発表しました。ツァボライトは、緑色のガーネットの有名な品種として知られています。ケニア、タンザニア地域で発見されましたが、その後マダガスカルやパキスタンおよび南極からも産しています。近年、その需要は高く、宝石鑑別レポートにおいてツァボライトの原産地や処理に関する記載の需要が高まっています。本研究では、タンザニア産ツァボライト14個をサンプルとして研究を行いました。ネットのような指紋様インクルージョンは、タンザニア産ツァボライトの典型的なインクルージョンです。他に、アナターゼ、アパタイト、カルサイト、グラファイトとクォーツもよく見られます。タイプ2と定義されたツァボライトの微量化学元素分析では、バナジウム>マンガン>クロムの結果を示したため、タンザニア産ツァボライトの緑色の原因は主にバナジウムと考えられています。加熱処理すると黄色味が減り、緑色を向上させることができます。今までの先行研究によると、未処理のツァボライトのUV–Vis吸収スペクトルにおいて、410、422と430 nmの吸収はMn2+によるもの、504と521 nmの吸収はFe2+によるもの、550 ~ 600 nmのバンドはCr3+とV3+によるものです。本研究に使ったサンプルの吸収スペクトルにおいて、Mn2+による430 nmとV3+による605 nmの吸収が出現し、505 nmの吸収はFe2+によるものと考えられています。この結果は、サンプルがグロッシュラーわずかなアンドラダイト成分が固溶していることを示唆しています。大気条件下で600 ℃の加熱処理を行うと、この505 nm吸収が消えるため、ツァボライトの加熱処理を鑑別する際の一助となります。

 

Experimental Study on Heat Treatment of Semitranslucent–Opaque Sapphire from Chanthaburi, Thailand
タイ、チャンタブリ産半透明-不透明サファイアの加熱処理の実験的研究

タイG–IDラボの研究者Tasnara Sripoonjan氏が熱処理したタイ、チャンタブリ産サファイアについて発表しました。チャンタブリは長い間高品質の玄武岩関連のBGY(ブルー、グリーン、イエロー)サファイア、特に独特な天然黄色サファイア(メコンウィスキーの色)の供給源として知られてきました。ただし、これらのサファイアの産出は現在大幅に減少し、供給量不足に陥っています。そこで、Fe含有量の高い半透明や不透明のサファイアを処理し、それらの替わりにするようになりました。一般的に、未処理の素材は褐色のボディカラーを示します。これはサファイアの結晶学的方向に沿って配向する離溶したヘマタイトシルクに影響されることが原因です。伝統的な熱処理を行うと、サンプルはわずかに緑色になって、青色のゾーニングの縞模様が現れます。Be拡散熱処理を行うと、サンプルの中心部分が青くなり、縁が黄色になりました。顕微鏡観察により、シルクインクルージョンは約1 ~ 5 μmの粒子で構成されており、伝統的な熱処理をすると大幅に破壊され、白色または青色の粒子になって溶解しないままであることが明らかになりました。その後Be拡散熱処理により、これらのインクルージョンは点線の青いスポットになり、その結果、粒子からの発色団がサファイアに組み込まれます。非加熱のサファイアのUV–Vis–NIRスペクトルにおいて、玄武岩関連サファイアによく見られる377、388と450 nmのFe3+吸収が示しました。1650 ℃で加熱するとこれらのピークが弱くなりますが、同時に910と565 nmのバンドが生成し、これらはFe2+/Fe3+とFe2+/Ti4+の原子価間電荷移動で発生するものです。これは青色の原因になります。しかし、さらにBe拡散熱処理を行うと、これらの吸収はまた低くなり、黄色になります。その原因はBe and/or Mgトラップされた色中心と関連していると考えられています。Be拡散加熱処理したサンプルの断面で微量元素を分析すると、Fe鉄含有量の高い石だとわかりました。外側の黄色部分のすべてのポイントは(Be + Mg) > Tiを示すのに対して、青い中心部分は(Be + Mg) < Tiを示しました。これらの結果は、無色のBeTiO3やMgTiO3クラスターを形成する過程中、残った過剰なBe、MgとFe原子は外側の部分に安定な黄色を形成できるという仮設と一致します。逆に言うと、中心部分ではBeはTi以上に拡散していないため、青い中心部分には黄色のゾーンを形成するのは不可能であると考えられています。

 

Identification of heated pink sapphires from Ilakaka (Madagascar)
イラカカ(マダガスカル)産加熱ピンクサファイアの鑑別

フランスLFG(Laboratoire Francais de Gemmologie)のStefanos Karampelas博士はマダガスカル、イラカカ産ピンクサファイアについて発表しました。現在、市場では高品質のマダガスカル、イラカカ産ピンクサファイアが多く流通しています。顕微鏡観察とFTIRによる分析で加熱処理を看破することができ、ピンクサファイアにはジルコンインクルージョンが存在する場合はラマンスペクトルも有力な手法となります。本研究では未加熱のピンクサファイア15個の中にある100個以上のジルコンインクルージョンを対象とし、ラマンスペクトルを測定しました。約1010 cm–1に存在するジルコンインクルージョンのメインラマンバンドとその半値幅はサンプルごとに違いが生じるだけでなく、同じサンプルの中でも違いがあります。同じサンプルにある11個のジルコンインクルージョンを測定したところ、ラマンシフトの半値幅は7.2 ~ 14.9 cm–1の範囲内に変化しました。また、同一のジルコンインクルージョンをまったく同一の条件で測定しても2 cm–1以内の変化を示しました。さらに、異なる設備やパラメータを使う場合、1cm–1ほどの偏差を生じることもあります。したがって、ラマンスペクトルを使ってピンクサファイアの加熱処理を鑑別する場合は、すべての要素を考慮しなければなりません。

 

Two Generations of Biwa Non-Bead Cultured Pearls
琵琶湖の非核養殖真珠の2つの世代について

アメリカGIAの研究者桂田祐介博士は琵琶湖産の淡水養殖真珠について発表しました。日本最大の湖である琵琶湖は、20世紀初頭に養殖技術が確立された淡水養殖真珠の発祥の地と知られています。その商業生産は、1970年代にピークを達しましたが、1980年代には減少しました。元来、真珠養殖に使われていた在来種であるイケチョウガイ(Hyriopsis Schlegelii)が環境変化により、今は絶滅危惧種に指定されています。21世紀に入り、湖の環境が改善されましたが、真珠養殖はイケチョウガイではなく、新たに導入したヒレイケチョウガイ(Hyriopsis Cumingii)またはハイブリッド種が使用されています。日本市場では、1970年代以前のイケチョウガイから収穫された琵琶真珠は貴重であり、しばしば「ヴィンテージパール」と呼ばれています。本研究では1960年から1965年で収穫された10個のヴィンテージパールと2016年から2018年で収穫された現代の琵琶真珠をサンプルとして使用しました。サンプルは、リアルタイムマイクロラジオグラフィー(RTX)、X線コンピューター断層撮影(μ–CT)、光学X線蛍光、ラマン分光およびLA–ICP–MS法によって分析されました。微量元素分析によると、MgとMnは、ヴィンテージパールと現代の琵琶真珠の間で異なる傾向を示しました。Mgは現代の琵琶真珠の方が多い傾向にあり、Mnはヴィンテージパールに多い傾向がみられました。また、いくつかの現代真珠のサンプルには、炭酸カルシウムの多形であるバテライトが含まれており、光学X線蛍光では赤みがかったオレンジ色の反応を示しました。内部および外部特徴と微量元素分析により、ヴィンテージパールと現代琵琶真珠を鑑別することができます。

 

Synthetics and Simulants in the Thai Gemstone Market: An Update
タイ宝石マーケットにおける合成、類似石市場;アップデート

オーストリアWien大学のLutz Nasdala教授がタイ宝石マーケットにおける模造石、合成石と人造石について発表しました。1850年代から、人工的に作られた宝石がタイの宝石市場に入り、今では多くの種類の合成石や人造石が市場に流通しています。これらの一部はタイ国内で生産され、他のものはロシア、スイス、韓国および中国から輸入されています。安価なものでは合成水晶、合成スピネル、ベルヌイ合成コランダムなどがあり、やや高いものでは熱水合成エメラルドがあります。近年ではこれらに加えて模造オパール、模造トルコ石、模造ラピスラズリ、キュービックジルコニアなども見られます。最近の質の良い合成石の一つの例は、顕著な色のゾーニングを備えたベルヌイコランダムです。これは合成中に添加する微量元素を変えることによって実現しました。天然石の質を高めるために、熱処理、拡散処理、含浸、染色、コーティング、照射などの処理方法を用いていますが、同じように、人工的に作られた石に対しても処理を行うことがあります。たとえば成長させた合成コランダムに対して、Ti拡散処理と熱処理を行うと、一定の方向に配向したルチルインクルージョンをもつスターコランダムになります。もう一つの例は、色彩豊富なバイカラークォーツです。合成アメシストの片側だけを加熱処理すると、紫色と無色を備えたクォーツが得られますが、これらはFTIRを用いて看破することができます(3544 cm–1吸収の増加と3585 cm–1吸収の減少、そして天然アメシストの特徴的な3595 cm–1吸収が存在しないこと)。最近新たに出現した処理方法は、「テクスチャ処理」です。クォーツの視覚的な印象を、素材を破砕することで大きく変化させます。石を適度に加熱し後、冷却液で急冷させることで処理されたと考えられています。将来的には、これらの注目に値する品種がコスチュームジュエリーにどう使われるかどうかに、興味が注がれます。

透明ヒスイの超高圧合成:「ナノ多結晶宝石」の創出に向けて

PDFファイルはこちらから2022年2月PDFNo.59

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 入舩徹男

はじめに

ヒスイはNaAlSi2O6を端成分とするヒスイ輝石からなる多結晶鉱物(図1)であり、主に低温高圧型の変成帯に産出する。通常数十μm程度の微小な結晶からなる不透明~半透明な鉱物であるが、鉄を含むエジリン輝石や、クロムを含むコスモクロア輝石などを固溶し、緑色を中心としたさまざまな色を呈する。必ずしも硬度は高くないが、その特異な髭状微細組織(ウィスカー)のため割れにくく、古くから宝石として様々な装飾品などに利用されてきた。以下、本稿では多結晶鉱物のバルク体に対してヒスイ、それを構成する鉱物結晶をヒスイ輝石と称する。

図1. 多数の単結晶の集合体である多結晶鉱物・セラミックス(左)と、それを構成する原子が規則正しく配列した単結晶(右)の概念図(土屋旬氏提供)。
図1.多数の単結晶の集合体である多結晶鉱物・セラミックス(左)と、それを構成する原子が規則正しく配列した単結晶(右)の概念図(土屋旬氏提供)。

 

我が国においては約5000年前の縄文時代から、糸魚川周辺などにおいて祭祀や装飾用などとしてヒスイの加工がなされ、海外にも多くもたらされたとされる。糸魚川のみならず、富山県の宮崎・境海岸(いわゆる「ヒスイ海岸」)など、日本各地で産出することが知られている。このように、ヒスイは我が国を代表する宝石鉱物の一つでもあることなどを理由に、日本鉱物科学会において2016年に日本の国石として選定されている1)

ヒスイの透明度(可視光の透光性)が低いのは、多結晶鉱物であることから長石など他の鉱物が混在していることや、粒界の不純物の存在による光の散乱によるものと考えられる。また、単斜晶系であるヒスイ輝石は光学的な異方性を持つため、純粋な多結晶体であったとしても、粒界による散乱に伴う透光性の低下が避けられない。

ヒスイは宝石である一方で、セラミックスの一種とも考えられる。ケイ酸塩、酸化物、窒化物などの多結晶体からなるセラミックスは、空孔や粒界の不純物の存在等により通常は不透明であるが、熱や電気を伝えにくいことから、食器などの台所用品や絶縁材として利用されている。近年、焼結技術の向上により、常圧あるいは比較的低い圧力のもとで、透光性の高い「透明セラミックス」の合成が可能になり、レンズやレーザー媒体など様々な応用がなされている2)(図2)。

図2.セラミックス(多結晶鉱物)内部における光の透過と散乱の概念図。焼結度が高く、不純物や空孔がないセラミックスは、光学的な等方体である立方晶系の結晶からなる場合には、内部での光の散乱がないため高い透光性を示す透明セラミックスになる。
図2.セラミックス(多結晶鉱物)内部における光の透過と散乱の概念図。焼結度が高く、不純物や空孔がないセラミックスは、光学的な等方体である立方晶系の結晶からなる場合には、内部での光の散乱がないため高い透光性を示す透明セラミックスになる。

 

透明セラミックスでは、焼結度をあげて空孔の存在を極力抑えることにより、高い透光性を持つ多結晶体が実現されている。透明セラミックスの多くはガーネット、スピネル、ペリクレースなどの立方晶系の結晶粉末を素材として用いている。立方晶系の結晶は光学的な等方体であり、複屈折を持たないため粒界での光の散乱を避けることができ、よく焼結された空孔のない多結晶体は高い透光性を示す。焼結技術や出発物質となる粉体や半焼結体(グリーンボディー)の改良により、単結晶に匹敵する高い透光性を有する透明セラミックスの合成も可能になっている。

立方晶系以外の結晶に対する、透明セラミックスの合成も試みられている。例えば高い硬度を有するAl2O3コランダムは、結晶構造は三方晶系に属するが、比較的複屈折が小さいため、ある程度の透光性を持つ多結晶体の合成が可能である3)。光学理論に基づき、結晶粒径が可視光の波長(400~800nm程度)より十分に小さいナノ領域(<100 nm)に至ると、光学的非等方体の結晶からなる多結晶体も透光性が高くなると予想されている4)。しかし、報告されているアルミナセラミックスは半透明程度であり、単結晶に近い透光性の焼結体は得られていない。これはナノ粉末を用いた多結晶体の比較的低温での焼結では、空孔を除去することが難しいためである。より高温下での焼結により空孔を除去することは可能であるが、この場合は粒成長が避けられず、通常の低圧下での焼結で透明ナノ多結晶体を得ることは困難であった。

筆者らは超高圧下でのガラスの結晶化により、高品質な高圧型鉱物の多結晶体合成を行ってきた5)。本来は、地球深部の物質の探査のため、弾性波速度を測定する試料を合成することが目的であったが、得られた多結晶体のいくつかはナノ領域の微細結晶の集合体であり、空孔率も極めて低い良質の焼結体であった。これらのナノ多結晶体は高い靭性や硬度、また高い耐熱性など、興味深い特徴を持つことも明らかになっている。とりわけグロシュラーガーネットに対して得られたナノ多結晶体6)は、単結晶に匹敵する透光性も有し、我々は「透明ナノセラミックス」と称している。ガーネットは立方晶系の光学的等方体であり、多くの透明セラミックスが合成されている。しかし、これらの従来の透明セラミックスの粒径は通常数μm以上であり、粒径100 nm以下の透明ナノセラミックスの合成は報告されていなかった。

一方、単斜晶系のヒスイ輝石の透明な多結晶体の合成は、ガーネットに比べて難しいと予想され、実際天然のヒスイの透光性は低い。天然のヒスイを構成する結晶は、通常数十μm~数百μm程度の大きさであるが、これをナノサイズまで減少させれば、透明度の高い「透明ナノヒスイ」が得られる可能性がある。筆者らは、最近超高圧下でのヒスイ輝石組成のガラスの結晶化により、このような透明ナノヒスイの合成に取り組んだ7)。ここでは合成ヒスイの生成条件や、得られた試料の光学的・機械的特性について、この研究成果に基づいて紹介するとともに、同様の手法による「ナノ多結晶宝石」の創成について展望する。

 

超高圧下でのヒスイの合成

ヒスイ輝石は高圧型鉱物でありNaAlSi3O8曹長石とNaAlSiO4霞石の反応により、約1万気圧以上の圧力下で生成する(NaAlSi3O8 + NaAlSiO4 = 2NaAlSi2O6)。上部マントル~マントル遷移層に対応する高い圧力下で安定な鉱物であるが、22万気圧付近でカルシウムフェライト型のNaAlSiO4と、石英の高圧相であるスティショバイトに分解する(NaAlSi2O6 = NaAlSiO4 + SiO2)。

超高圧下での高圧型鉱物の合成には出発物質が重要であり、通常は常圧で安定な鉱物か、単純酸化物の混合物の粉末を用いることが多い。しかし、これらの粉末は数μm程度以上の大きさであり、出発物質の不均質や未反応部分の残留により、完全な単一相を得ることは難しい。そこでガラス化が容易な出発物質に対しては、高温炉で溶融して急冷することにより均質なガラスを作り、これを出発物質として用いることにより比較的容易に目的の高圧相を合成することができる。

より小さい粒径の多結晶体を得るためには、粒成長の要因となる吸着水の影響を排除することが重要であり、表面積の大きい粉末試料を出発物質として用いることは避けるべきである。本研究においては、ヒスイ輝石組成に調合した酸化物の混合物を高温炉で融解させた後、常温下に取り出して比較的ゆっくりと温度を下げることにより、クラックや気泡の少ないガラスのバルク体を作成した。これを超音波加工装置で円柱状にくりぬいたものを、超高圧合成の出発物質とした。

ヒスイの超高圧合成は、2段加圧方式の多アンビル型装置を用いて、圧力10–20万気圧、温度900–1300℃の条件下で、1時間の加熱(一部の実験は20分間)により行った。図3に本実験に用いた多アンビル型装置と試料部の概念図を示す。試料は金のカプセルに封入され、白金箔ヒーターにより加熱された。発生温度は熱電対の起電力により決定し、発生圧力はZnTe、ZnS、GaAs、GaPなどの半導体に対する、既知の相転移圧力の検出に基づき得られた校正曲線から見積もった。

図3. 多アンビル型超高圧合成装置(左)、8個の第2段アンビル(中)、八面体の圧力媒体と試料部断面(右)の概念図。
図3. 多アンビル型超高圧合成装置(左)、8個の第2段アンビル(中)、八面体の圧力媒体と試料部断面(右)の概念図。

 

このようにして得られた試料のうち、10万気圧の圧力下で、900〜1300℃で得られた試料の微小領域X線回折プロファイルを図4に示す。900℃で得られた試料はガラスのままであったが、1000℃以上で得られた試料はいずれも純粋なヒスイ輝石で指数付けできる。また、後者の3つのヒスイ試料のうち、1100℃で得られたプロファイルの回折ピークの半値幅が最も大きく、この温度で得られた試料の粒径が最小であることが示唆される。得られた焼結体試料の多くはクラックの存在が認められたが、一部を除いて透光性を示すものも多かった。

図4. 回収された試料のX線回折プロファイルの例7)(圧力10万気圧・加熱時間60分)。900℃以外の実験では、ヒスイ輝石の単一相が得られている。下に示した線は、ヒスイ輝石の回折線のうち、相対強度(I/I100)が7以上の回折線の2Θ(CuKα)の位置を示す。
図4.回収された試料のX線回折プロファイルの例7)(圧力10万気圧・加熱時間60分)。900℃以外の実験では、ヒスイ輝石の単一相が得られている。下に示した線は、ヒスイ輝石の回折線のうち、相対強度(I/I100)が7以上の回折線の2Θ(CuKα)の位置を示す。

 

試料の一部に対して、透過型電子顕微鏡(TEM)により微細組織観察を行うとともに粒径を測定した。得られたTEM像と粒径分布の一例を図5に示す。TEM像からわかるように試料は微小なヒスイ輝石結晶の集合体であり、粒状の組織を示す一方で、空孔の存在は認められない。粒径分布からわかるように、ほとんどの結晶は1μm以下であり、その多くが100–600 nm程度の粒径を持つ(平均粒径約390 nm)。この試料の写真も図5に示すが、ある程度の透光性を持つことがわかる。

図5. 10万気圧・1300℃の条件下で、60分間の加熱で得られた試料のTEM像・写真(図に挿入)と、粒径分布7)
図5.10万気圧・1300℃の条件下で、60分間の加熱で得られた試料のTEM像・写真(図に挿入)と、粒径分布7)

 

加熱時間60分の実験で得られた試料の相同定と、粒径測定の結果を図6に示す。ガラスからのヒスイ輝石の結晶化は1000℃付近で確認されたが、圧力の増加に伴い結晶化温度はやや上昇する傾向が認められる。図6に挿入された数値は、TEM観察に基づく平均粒径であるが、いずれの試料も400 nm程度以下であり、圧力の上昇とともに減少する傾向が認められる。

図6. 加熱時間60分の実験において、それぞれの温度・圧力条件で得られた試料のX線回折による同定結果と、TEM観察とX線回折線の半値幅をもとに推定される粒径の変化7)。■=未反応のガラス、□=ヒスイ輝石、Ab=NaAlSi3O8曹長石、Np=NaAlSiO4霞石、カルシウムフェライト型NaAlSiO4、St=SiO2スティショバイト、L=液相。
図6.加熱時間60分の実験において、それぞれの温度・圧力条件で得られた試料のX線回折による同定結果と、TEM観察とX線回折線の半値幅をもとに推定される粒径の変化7)。■=未反応のガラス、□=ヒスイ輝石、Ab=NaAlSi3O8曹長石、Np=NaAlSiO4霞石、カルシウムフェライト型NaAlSiO4、St=SiO2スティショバイト、L=液相。

 

一方、同じ圧力では、ガラスが結晶化する温度直上で比較的大きな粒径となり、より高温の1100℃付近で最小化するが、これ以上の温度ではまた粒径が大きくなる傾向がある。同様の粒径の合成温度依存性は、グロシュラーガーネット多結晶体の合成においても認められた6)。結晶化温度直上での比較的大きな粒径は、少数の結晶核が成長した結晶成長により、一方高温領域での粒径の増大は、粒界移動を伴う粒成長によるものと理解される。図6に示されるように、加熱時間60分で得られたヒスイの粒径の最小値は250 nm程度であり、本実験の圧力温度領域では粒径100 nm以下のナノ多結晶体は得られなかった。加熱時間を20分と短くして粒成長を抑制した実験も行ったが、現在までのところやはり厳密な意味でのナノ領域の粒径を持つヒスイは得られていない。

 

超高圧合成ヒスイの特性

TEM観察により粒径測定が行われた4つの合成ヒスイのうち、クラックの少ない3つの試料を厚さ1mmに鏡面研磨し、光の透過率を波長の関数として測定した。図7は可視光の典型的な波長に対する、3つの試料の透過率と粒径、及び試料の写真を示したものである。それぞれの試料の粒径は必ずしも均一ではないが、その平均値が小さくなるほど透過率は増加する傾向が認められる。最も透過率が高い試料は、20万気圧・1300℃(合成時間20分)で合成された平均粒径が最小(240 nm)の試料であり、約70%の透過率を示した。

図7. 光学理論に基づく典型的な可視光(波長650 nm)に対する、ヒスイを通過する光の透過率の粒径依存性(実線)と、本実験で得られた試料の透過率と粒径7)。グロシュラーガーネットに対する透過率6)を比較のため破線で示す。
図7.光学理論に基づく典型的な可視光(波長650 nm)に対する、ヒスイを通過する光の透過率の粒径依存性(実線)と、本実験で得られた試料の透過率と粒径7)。グロシュラーガーネットに対する透過率6)を比較のため破線で示す。

 

セラミックスの透過率(Real In-lline Transmittance, RIT)は、Rsを試料表面での光の反射、γを粒界における光の散乱係数、tを試料の厚みとすると、RIT = (1–Rs)e–γtで表される。セラミックスが直径d の均一な球状結晶からなり、空孔がない場合には散乱係数はγ = 3π2dΔn22で表される4)。ここでλは光の波長、Δnは平均的な複屈折(屈折率の最大値と最小値の差に2/3を乗じた値)である。図7に合成ヒスイに対してこの式を用いて見積もった、透過率の粒径依存性を示す。ヒスイのRsは不明であるが、同組成のガラスと同程度(Rs = ~0.1)とすると、ほぼ今回の多結晶体の透過率を説明可能である。図7に示されるように、ヒスイ輝石の粒径をより小さくし、ナノ領域にすることができれば、更に透明なヒスイが得られると予想される。

一方、粒径測定が行われた4つの合成ヒスイに対して、ビッカース硬度計(Hv)により硬さを測定した。試料数が少なく、また粒径の不均一性もやや大きいので、硬度の粒径依存性は明確には認められなかったが、最小粒径(約240 nm)の試料に対するHv値(14.2 GPa)は、最大粒径(約390 nm)の試料のHv値(13.3 GPa)に比べて有意に高く、より小さいナノ領域の粒径を持つヒスイの硬度はより高くなる可能性が強い。
金属多結晶体においては、結晶の大きさがナノ領域になり、結晶に対する境界の割合が増加すると、結晶内部の転位の移動が阻止されやすくなり、硬度が増すことが知られている(Hall–Petch効果)。金属の場合10 nm程度の粒径で硬度が最大になり、これ以下の粒径では粒界でのすべりが卓越することにより、逆に硬度が低下するとされる(逆Hall–Petch効果)8)

セラミックスに対するHall–Petch効果は、高品質なナノ多結晶が得られていないため、十分な知見が得られていない。Hall–Petch効果による硬度の粒径依存性はH = H0+kd–1/2で示されるが(H0, 単結晶の硬度; d, 粒径; k, 定数)、これまでに報告されているナノ多結晶体に対しては、MgAl2O4スピネルはこの関係が成り立つが、MgOペリクレースではナノ領域で硬度が低下すると、逆の結果が報告されている(図8)。最近我々は、粒径約30nm程度までのナノ領域に至る多結晶Ca3Al2Si3O12ガーネットの硬度を測定したが、図8に示すようにこの領域におけるHall–Petch効果が認められた5),6)。今回のヒスイに対する結果も図8に示す。得られた粒径の範囲が限られているため、明確な結果は得られていないが、今回得られた粒径200–400 nm領域の試料に対しては、粒径の減少とともにやはり硬度が増加していることがわかる。

図8. ナノセラミックスのビッカース硬度(Hv)に対する粒径依存性12)。グロシュラーガーネット6)(緑)と本研究によるヒスイ7)(桃色)に対するデータを加えてある。
図8.ナノセラミックスのビッカース硬度(Hv)に対する粒径依存性12)。グロシュラーガーネット6)(緑)と本研究によるヒスイ7)(桃色)に対するデータを加えてある。

 

ナノ多結晶宝石の創成

ヒスイに関しては、今後温度・圧力条件や昇温速度・合成時間の最適化により、ナノ領域の粒径を持つ多結晶体の合成が期待され、それに伴い透光性や硬度も大きくなるものと考えられる。ヒスイは、それを構成するヒスイ輝石の特異な髭状微細組織の特徴から高い靭性を示すが、今回得られた試料は粒状に近く、特に高い靭性を示す結果は得られていない。しかし、今後天然ヒスイの微細組織を再現することにより、硬くて割れにくい透明ヒスイの合成も見込まれる。

ヒスイは約1万気圧以上の圧力で安定な高圧型鉱物であるが、ヒスイに限らず地球深部には様々な高圧型鉱物が存在する。我々はこれまでダイヤモンドやガーネットのナノ多結晶化に成功し、特にナノ多結晶ダイヤモンド9),10)(通称ヒメダイヤ)は製品化もされ、様々な分野で活用されている。本研究により立方晶系以外の複屈折を有する鉱物でも、粒径をナノ領域に近づけることにより大きく透光性が向上することが示された。今後は、これら以外の地球深部の鉱物を含め、様々な透明ナノセラミックスの合成が期待される。透明ナノセラミックスは高い透光性とともに、高い硬度を持つと考えられ、従来の常圧・低圧下での合成による透明セラミックスを凌ぐ新たな材料をもたらす可能性もある。

我々はヒメダイヤの開発に成功した直後の2009年に、世界最大の超高圧領域での合成装置「BOTCHAN」を建造し(図9)、直径・長さともに1cm程度のヒメダイヤの合成を可能にした。BOTCHANが設置されている実験室は「Soseki Lab」と命名されているが、Sosekiは小説「坊ちゃん」の作者夏目漱石の漱石ではなく、「創石」である。石には岩石という意味の他に、宝石という意味や、時計・電子回路などの重要部品の材料という意味がある。Soseki Labには、超高圧を利用した地球深部の岩石・鉱物の合成とともに、新たな宝石や材料を創りだす実験室という意味が込められている。ちなみにBOTCHANの隣には、地球のより深部の条件を実現するための超高圧装置「MADONNA」も設置されている。

図9. 創石実験室に設置された大型超高圧合成装置BOTCHAN(左)と、超高圧発生装置MADONNA(右)。
図9. 創石実験室に設置された大型超高圧合成装置BOTCHAN(左)と、超高圧発生装置MADONNA(右)。

 

我々が報告したダイヤモンドやガーネットなどの透明ナノセラミックスは、単結晶に匹敵する高い可視光の透過率を示しており、宝石にも匹敵するとも言える11)。本研究の超高圧合成ヒスイもナノ領域の結晶粒径に至れば、単結晶に近い透光性を示すものと予想される。このような新しい透明ナノセラミックスは、「ナノ多結晶宝石」と称することもできよう(図10)。今後もSoseki Labでは様々なナノ多結晶宝石を生み出すとともに、その特性や生成過程についても明らかにしていきたいと考えている。

図10. 超高圧合成法により得られたヒスイ(左: Alに対してCrを1モル%置換、直径約2 mm)、様々な組成のナノ多結晶ガーネット(中:直径約4 mm)、ナノ多結晶ダイヤモンド(右:直径約6-8 mm)。
図10.超高圧合成法により得られたヒスイ(左: Alに対してCrを1モル%置換、直径約2 mm)、様々な組成のナノ多結晶ガーネット(中:直径約4 mm)、ナノ多結晶ダイヤモンド(右:直径約6–8 mm)。

 

参考文献
1) Tsuchiyama, A. (2017) Jadeite: The national stone of Japan, Elements, 13, 51.
2) Ikesue, A. and Yan, L. A. (2008) Ceramic laser materials, Nature Photonics, 5, 258-277.
3) Roussel, N., Lallemant, L., Chane–Ching, J., Guillemet–Fristch et al. (2013) Highly dense, transparent α–Al2O3 ceramics from ultrafine nanoparticles via a standard SPS sintering, Journal of American Ceramic Society, 96, 1039–1042.
4) Apetz, R. and Van Bruggen, M. P. (2003) Transparent alumina: a light‐scattering model, Journal of the American Ceramic Society, 86, 480-486.
5) 入舩徹男 (2018) 透明ナノセラミックスの超高圧合成, 高圧力の科学と技術, 28, 162–169.
6) Irifune. T., Kawakami. K., Arimoto. T., Ohfuji. H., et al. (2016) Pressure–induced nano–crystallization of silicate garnets from glass, Nature Communications, 7, 13753.
7) Mitsu, K., Irifune, T., Ohfuji, H. and Yamada, A. (2021) Synthesis of transparent polycrystalline jadeite under high pressure and temperature, Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 116, 203–210.
8) Schiøtz J. and Jacobsen K. W. (2003) A maximum in the strength of nanocrystalline copper. Science, 301, 1357–1359.
9) Irifune, T., Kurio, A., Sakamoto, S., Inoue, T. and Sumiya, H. (2003) Ultrahard polycrystalline diamond from graphite, Nature, 421, 599-600.
10) 入舩徹男 (2021) 超高圧合成法によるナノ多結晶ダイヤモンドの合成と応用, 岩石鉱物科学, 50, 43–52.
11) Skalwold, E. A. (2012) Nano–polycrystalline diamond sphere: A gemologist’s perspective, Gems & Gemology, 48, 128–131.
12) Wollmershauser, J. A., Feigelson, B. N., Gorzkowski, E. P., Ellis, C. T. et al. (2014) An extended hardness limit in bulk nanoceramics, Acta Materialia, 69, 9–16.

 

 

入船先生250

【著者紹介】
入舩 徹男
1954年 生まれ
1978年 京都大学理学部地球物理学科卒業
1980年 名古屋大学理学研究科博士前期課程修了
1984年 北海道大学理学研究科博士後期課程修了
1984年 日本学術振興会奨励研究員
1984年 オーストラリア国立大学研究員
1987年 北海道大学理学部助手
1989年 愛媛大学理学部助教授
1995年 愛媛大学理学部教授
2001年 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター教授・センター長 現在に至る
■研究内容:地球深部科学、超高圧鉱物物性・材料科学

IGC Online Gemmological Seminarに参加して

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2022年2月PDFNo.59

リサーチ室 江森健太郎、趙政皓、北脇裕士

2021年11月20日(土)、21(日)に国際宝石学会(International Gemmological Conference)、通称IGC、主催のオンライン宝石学セミナー(Online Gemmological Seminar)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者ら3名が聴講し、江森が発表を行いました。以下に概要を報告します。

IGC Online Seminar概要

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度各国の持ち回りで本会議が開催されています(写真1–1〜3)。本来であれば、2021年に第37回会議が日本で開催される予定でした(写真2)が、コロナ禍において中止となり、2023年に開催の延期が決定されています。本会議が2年延期になったため、研究交流が滞ることを回避するため急遽オンラインでの開催が企画されました。今回はじめて行われたオンライン宝石学セミナーは、過去2年に行われた宝石学研究の最新動向についてzoom meetingを用いて開催されました。

図1-1. (左)2011年スイス
写真1-1.2011年スイス
図1-1.2013年ベトナム
写真1-2.2013年ベトナム
図1-3.2019年フランス、で開催されたIGCでの講演風景
写真1-3.2019年フランス、で開催されたIGCでの講演風景
図1.フランス、ナントにて2019年に開催された第36回IGCでは2021年に第37回IGCが日本で行われることが正式に決定され、IGCのフラッグを弊社リサーチ室北脇が受け取りました。
写真2.フランス、ナントにて2019年に開催された第36回 IGCでは2021年に第37回 IGCが日本で行われることが正式に決定され、IGCのフラッグを弊社リサーチ室北脇が受け取りました。

 

講演は、11月20日(土)、21(日)の両日ともGMT(世界標準時)12:00から開始され3時間半ほど行われました。日本時間では夜の9時から始まり午前零時を回るため、筆者らはそれぞれの自宅での参加となりました。
発表は質疑応答を含めてひとり15分が割り当てられていましたが、しばしば白熱した質疑が行われ、進行は遅れがちとなりました。2日間の発表内容は、ダイヤモンド4件、コランダム7件、その他色石9件(エメラルド、長石、トパーズ、ガーナイト、ジェダイト、ダイアスポア、トルマリン、クォーツ、トルコ石)、真珠3件の合計23件でした。これらの発表の中で特に興味深かったものをいくつか紹介します。
なお、弊社リサーチ室からは真珠セッションで「Analysis of Japanese Akoya Cultured Pearls using LA–ICP–MS(LA–ICP–MSを用いた国産アコヤ養殖真珠の分析)」というタイトルで発表を行いました(この研究についてはCGL通信で別途掲載される予定です)。
IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)。

 

タイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドが照射により燐光抑制を受けることについての研究の進捗状況

中国地質大学(武漢)の研究者Tian Shao氏はタイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドの燐光が電子線照射により抑えられる原理について発表しました。HPHT合成ダイヤモンドを天然ダイヤモンドから分離するための一般的な装置として、HPHT合成ダイヤモンドに特徴的なグリーニッシュイエローの燐光を利用したものがあります。しかし、ダイヤモンドに電子線を照射することで燐光が抑制されることが報告されています。
(この現象についてはCGL通信46号「無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドへの電子線照射処理実験報告」に詳しく掲載されています。URL: https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/46/77.html)。
この現象のメカニズムは不明ですが、窒素とホウ素の間のドナー・アクセプターペア再結合(donor–acceptor pair recombination, DAPR)がグリーニッシュイエローの燐光の原因であると言われています。発表者らは、HPHT合成のIIb型ダイヤモンドに電子線照射を行い、燐光が失われることを確認しました。フーリエ変換型赤外分光法(FTIR)、電子常磁性共鳴(EPR)、フォトルミネッセンス分析(PL)を用い、照射前後のダイヤモンドの欠陥について調べた結果、照射後においてFTIRにおける中性のホウ素(BS0)およびEPRにおける単離された中性窒素(NS0)の信号が失われたことを確認し、代わりにPLとEPRにおいて中性空孔(V0、GR1)と負に帯電した空孔(V、ND1)が検出されました。したがって、空孔(GR1)が窒素とホウ素との間で相互作用を起こし、DAPRを切断している可能性があり、さらなる研究が進行中だそうです。

 

デフォーカスPL測定についての予備研究

L. Speich(Swiss Gemmological Institute SSEF)らの発表

スイスのSSEF、L. Speich氏らはレーザービームの焦点をぼかして(デフォーカス)測定を行うPL深度プロファイル測定について発表をしました。デフォーカスを用いたPL深度プロファイル測定は宝石学分野においては非常に面白く、将来興味深い測定方法となりえる可能性があります。検出器の飽和を防ぐことが不可能な場合、デフォーカスを利用し、高強度のPLおよびラマン信号を低減することも可能です。
スイス宝石学研究所(SSEF)において、ダイヤモンドラマンピーク(DRP)およびさまざまなPLにおいてアクティブな光学中心に対するレーザースポットのデフォーカスに対する影響を理解するための測定を行っており、PLピークを415.4 nmに生成するN3センターと738.7 nmに生成するSiVセンターについて室温条件で調査を行いました。グリーン(532 nm)とバイオレット(405 nm)のレーザー光源を用い、レーザービームをダイヤモンドのテーブルに焦点を合わせた位置から上方6000 μm、下方6000 μmの間で変化させながら分析を行ったところ、N3センターの強度の最大値はDRPが最大となるダイヤモンド表面でした。しかし、CVD合成ダイヤモンドのSiVピークの最大値はDPRが最大強度となるダイヤモンド表面ではなく、ダイヤモンドの表面から約1750 μm下で観察されました。また、ダイヤモンドの表面にSiVの深さプロファイルのショルダーが見られました。DRPとPLピークの振る舞いの違いが光学現象によるものなのか深さによるSiV欠陥の濃度変化によるものなのかを調べるため、さらなる調査が必要だとのことです。

 

タイ東部、トラットーチャンタブリ産ルビーとサファイアのケミカルフィンガープリント

タイGITの研究者Supparat Promwongnanはタイ東部のトラットーチャンタブリから産出されるルビーまたはサファイアの化学組成について発表しました。
タイのトラットーチャンタブリの宝石コランダムを含む堆積物は新生代後期のアルカリ玄武岩と関連しています。ルビーと青緑黄色(BGY)サファイアは、新生代アルカリ玄武岩質マグマによって地表に運ばれる以前に2つの異なる起源を有すると考えられています。ルビーは上部マントルで形成された苦鉄質グラニュライトの高度変成岩に由来しますが、BGYサファイアはマグマ起源で、中部または下部地殻において閃長岩質メルトから結晶化および/またはその交代作用に由来します。
発表者らはトラットのBo Rai鉱床のルビー(サファイアはなし)とチャンタブリーのBo Welu鉱床のルビー、サファイアのサンプルを収集し、EDXRFを用いて主要元素・微量元素組成の分析を行いました。
両地域のルビーの化学組成はFe、Crが多く、Cr2O3/Ga2O3比やVとGaの含有量が乏しいことから、超苦鉄質岩(上部マントル)起源であることを示しました。また、Bo Welu鉱床のブルー、グリーン(BG)サファイアの化学組成はFe濃度が顕著に高く、Cr2O3/Ga2O3比やGaが非常に豊富であることから、閃長岩マグマから結晶化した可能性があることを示しました。また、世界中の玄武岩関連のBGサファイア(オーストラリア、マダガスカル、ナイジェリア、カンボジア、ラオス)と比較し、Bo Welu鉱床のサファイアはナイジェリア、カンボジア、ラオス産の玄武岩サファイアと比べFe/Ti比が高く、他の鉱床の玄武岩質サファイアよりV含有量が低い傾向にあることを示しました。

 

マダガスカルIlakaka産の非加熱ピンクサファイアにあるジルコンインクルージョン:ラマン分光法による研究

スイスSSEFの研究者M. S. Krzemnicki氏がマダガスカルIlakaka産ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのラマンスペクトルの研究について発表しました。Ilakaka産ピンクサファイアは商業的に重要で、たいてい丸みを帯びたジルコンを内包しています。ジルコンはさまざまな地質環境で生成するため、宝石学上有益な情報を提供してくれます。さらに、ジルコンインクルージョンのラマンスペクトルにおける1010 cm–1付近のν3ピークが熱処理と関連していると考えられているため、鑑別上注目されています。しかし、彼らが未加熱のサンプルにおけるジルコンインクルージョンを分析した結果、異なるサファイアだけでなく、同じサファイアの中にある隣接するジルコンインクルージョンも異なるν3ピークを示しました。彼らの実験結果によると、未加熱ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのν3ピークの半値幅は7.5~17.6 cm–1と非常に幅があり、中央値は10以下となります。よって、マダガスカル産ピンクサファイアの熱処理の判断をジルコンインクルージョンのラマンスペクトルのみで行う場合は間違いを犯さないよう慎重にとのことです。

 

サファイアに対する低温熱処理の影響:包有物とFTIR分光法

アメリカGIAの研究者Sudarat Saeseaw氏がFTIRによるサファイアの熱処理鑑別について発表しました。サファイアの赤外線スペクトルにおいて、3309シリーズ(3309、3232、3185 cm–1)、3161シリーズ(3161、3242、3355 cm–1)と3000シリーズ(3010–3070 cm–1のバンドと3195、2625、2463、2415 cm–1のピーク)が熱処理鑑別に注目されています。彼女たちは3グループのサファイア(イラカカ産ピンクサファイア、玄武岩起源ブルーサファイア、3161 cm–1吸収を示すイエローサファイア)を加熱し、その赤外線スペクトルの変化を研究しました。ピンクサファイアについて、11個すべてのピンクサファイアの赤外線スペクトルでは3309 cm–1吸収が弱くなり、9つのサンプルだけが3232 cm–1吸収を示し、3185 cm–1吸収は出現しませんでした。玄武岩ブルーサファイアについて、700、900 ℃で加熱すると3309 cm–1吸収が弱くなり、3232 cm–1吸収が強くなりました。ただし、最初から強い3232 cm–1吸収を示したサンプルは、熱処理した後でより強い3309 cm–1とあまり強くない3232 cm–1吸収を示しました。イエローサファイアについて、900 ℃以下での加熱では3161 cm–1吸収に変化はありませんが、900 ℃以上で加熱すると弱くなり、さらに3000シリーズ吸収が出現し、2625 cm–1バンドを示しました。まとめると、3000シリーズと2625 cm–1吸収が低Feイエローサファイアの熱処理の有力な指標と見られますが、3161 cm–1吸収は900 ℃以下での加熱では処理の前後で変化しないため、低温下の熱処理の指標には使用できません。ピンクサファイアについて、3309シリーズが重要な指標と考えられます。玄武岩ブルーサファイアの赤外線スペクトルがより複雑なので、さらなる研究が必要となります。

 

銅拡散処理された赤長石の蛍光特性と同定

中国地質大学(武漢)の研究者Qingchao Zhou氏が長石の銅拡散処理の新たな鑑別の可能性について発表しました。彼らは無色のオレゴン産の長石をCuOとともに高温下で加熱して銅拡散処理長石のサンプルを得て、これらの銅拡散処理長石と、アメリカオレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーン、チベット産といわれている赤色長石とを蛍光分光スペクトルで比較しました。その実験結果により、310nmのLEDを励起源として測定すると、オレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーンと異なり、銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は、394 nmと555 nm付近で典型的な強い蛍光発光が確認できました。この違いは発光色としても目視で確認することができます。すなわち銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は310nmのLEDを照射すると強い紫青色蛍光を発します。以上のことにより、蛍光スペクトルによって速やかに銅拡散処理長石をオレゴン州とエチオピア産の未処理石と識別できることがわかりました。

 

ナイジェリア産青いガーナイトの色のメカニズムと熱処理

ドイツGGAの研究者Tom Stephan氏が、ナイジェリア産ガーナイト(亜鉛スピネル)が青色を示す原因とその熱処理について発表しました。彼らが使用したサンプルを分析した結果、波長分散型電子マイクロプローブによって純度は91 mol%のZnAl2O4であり、8 mol%のFeAl2O4と0.015~0.025 wt%のCoOを有するものでした。200~2500 nmの紫外–可視–赤外スペクトルにおいて、Fe2+、Co2+、Fe3+の電荷移動による吸収が青色の領域に透過窓をつくっていることを明らかにしました。また、9つのサンプルのうち2個を加熱すると、サンプルが緑色になりました。これは、加熱によってFe3+による影響が強くなったことが原因だと考えられています。加熱したサンプルが可視光領域においてFe3+の吸収が強くなり、Fe3+–O2電荷転移(OMCT)により青い光と紫外線が吸収されることで、透過窓が緑色の領域へ転移しました。

 

ブラジル産銅含有トルマリンのCuを含む薄いシート状インクルージョン

スイスSSEFの研究者Hao. A. O. Wang氏らはブラジル産、グリーンの銅(Cu)含有トルマリンの銅(Cu)を含む薄いシート状インクルージョンについての発表を行いました。この珍しいインクルージョンはC軸方向に平行に配向していました。著者らは、集束イオンビーム (FIB) と走査型電子顕微鏡 (SEM)を組み合わせ、サンプルを切断し、インクルージョンの断面を調査しました。その他、マイクロFTIR、空間分解放射光X線吸収分光法 (XAS) で調査した結果、銅(Cu)が薄いシート状インクルージョン中に金属相としておそらく存在することを示しました。また、この薄いシート状インクルージョンの近くにエルバイト以外のトルマリンが存在する可能性も示しました。発表者らの予備的な観察に基づくとCuが含まれる薄いシート状インクルージョンは金属銅であり、これらのインクルージョンが銅(Cu)含有トルマリンホストからのエピジェネティックな溶出により形成されたという仮説が議論されています。これらはブラジルの銅(Cu)含有トルマリン中の酸化条件に関する重要な情報を提供する可能性があります。

2021国際珠宝首飾学術交流会に参加して

PDFファイルはこちらから2022年2月PDFNo.59

リサーチ室 趙政皓

去る2021年11月19日~11月20日、2021国際珠宝首飾学術交流会(International Gems & Jewelry Academic Conference)がオンラインで開催されました。弊社リサーチ室から筆者をはじめ3名が本会議を視聴しました。以下に概要を報告致します。

国際珠宝首飾学術交流会とは

国際珠宝首飾学術交流会(以下交流会)は、中国国家所属の宝石鑑別機関である国家珠宝玉石質量監督検験中心(National Gemstone Testing Center、以下NGTC)と中国珠宝玉石首飾行会協会(Gems & Jewelry Trade Association of China、以下GAC)が2年に1度主催する学会です。1994年に開催された北京国際宝石学術交流会がその前身であり、今年は15回目の開催となります。弊社リサーチ室からは2017年に北京で行われた交流会に現地参加しています(写真1)。

写真1. 2017年北京で行われた国際珠宝首飾学術交流会会場の様子
写真1.2017年北京で行われた国際珠宝首飾学術交流会会場の様子

NGTCとGACの他、中国地質大学(北京)、中国地質大学(武漢)、北京大学、中山大学、同済大学、タイGIT(Gemological Institute of Thailand)、インドGII(Gemological Institute of India)とスイスGGL(Gübelin Gem Lab)も本会議の開催に協力しました。

発表者は主に中国人ですが、アメリカ、イギリス、フランス、スイスや日本など各国からのゲストスピーカーもいました。また、毎回交流会の前に論文を募集し、論文集を発行しています。募集する論文は、宝石の鑑別技術だけでなく、業界の動向の分析や、職人教育など広い分野のものも含まれています。

本会議

今年の交流会は本来、11月19日の午後に北京でのオフライン交流会と、11月19日~22日の夜のオンライン交流会で開催する予定でしたが、新型コロナ感染症の影響を懸念し、11月19日~20日の午後、完全オンラインで開催されました。
各講演は質疑応答なしで20分ずつ行われ、計18題が発表されました。うち、基礎研究2題、ダイヤモンド4題、エメラルド1題、スピネル1題、ひすい1題、水晶1題、真珠1題、分析技術3題、情報工学応用2題、その他2題でした。発表について、いくつか興味深いものを次に紹介します。

 

A Comparative Study on Geographic Determination of Emerald Between Afghanistan and Pakistan
エメラルドの産地鑑別、アフガニスタンとパキスタンの比較研究

中国地質大学(北京)のXiaoyan Yu(余暁艶)教授はアフガニスタンとパキスタンのエメラルドの特徴について発表しました。2019年頃の中国市場にはまだアフガニスタンやパキスタンのエメラルドはほとんど見られませんでしたが、近年急激に増加し、10%以上の市場占有率があります。アフガニスタンのエメラルドもパキスタンのエメラルドもヒマラヤ造山帯で形成されるものですが、母岩が異なるため、インクルージョンで鑑別できる場合が多いです。例えば、CO2気泡を有する三相インクルージョンはアフガニスタンのエメラルドによく見られますが、パキスタンのエメラルドにはCO2+N2+CH4/CO2+N2/N2+CH4の混合気体を有する二相インクルージョンが多く見られます。特徴のあるインクルージョンが見られない場合、UV–Visスペクトル(アフガニスタンのエメラルドではCr3+吸収ピークがFe2+バンドよりはるかに高いのに対し、パキスタンのエメラルドにおいてはCr3+吸収ピークはFe2+バンドと相当する高さをもっているか、それ以下です)やRamanスペクトル(アフガニスタンのエメラルドは3598 cm–1と3606 cm–1二つのピークを示しますが、パキスタンのエメラルドは3598 cm–1のピークしか示しません)で鑑別できます。また、LA–ICP–MSで微量元素を測定すると、Cs–Rb、Li–Sc、Cs–Sc、Li–Csのプロットを用いることで両者を鑑別できることがわかりました。

 

Study on the Influence of Thermal Process of Rock Crystal on Infrared Spectrum
ロッククリスタルの熱処理の赤外スペクトルへの影響の研究

中国の国家黄金鑽石製品質量検験検測中心(National Gold & Diamond Testing Center、NGDTC)のJianjun Li(李建軍)氏はロッククリスタルの加熱による赤外線スペクトルへの影響について発表しました。長い間、無色水晶の赤外線スペクトルにおける3584 cm–1吸収は合成の特徴で、3594 cm–1吸収は天然の特徴であると思われていますが、彼らは両方のピークを示す水晶を発見しました。3594 cm–1吸収のあるロッククリスタルと3594 cm–1吸収のないロッククリスタルを750~800 ℃に加熱した結果、どちらも3584 cm–1吸収が出現し、加熱によって3584 cm–1吸収が出現することがわかりました。また、二種類のロッククリスタルを350~400℃に加熱すると、3594 cm–1吸収のあるすべてのロッククリスタルと一部の3594 cm–1吸収のないロッククリスタルが3584 cm–1吸収を示しました。結論として、加熱による格子欠陥の変化が3584 cm–1吸収を生じ、欠陥が多いほど3584 cm–1吸収の出現に必要な温度が低くなると考えられました。よって、3584 cm–1吸収のみで水晶が合成か天然かを判断するのは不適切だと考えられます。

 

Phosphorescence in lab–grown diamond
合成ダイヤモンドの燐光

イギリスWarwick大学のM. E. Newton教授は合成ダイヤモンドの燐光について発表しました。多くの研究結果により、無色のHPHT合成ダイヤモンドの青い燐光はドナー–アクセプターペアの再構成によるもので、Bs欠陥がアクセプターであると考えられています。FTIRとEPRにより、ダイヤモンドの{111}面では主にBs0欠陥、{100}面では主にNs0欠陥ができていることが明らかになりました。更に、224 nmのUVで照射すると、Bs0欠陥と{111}面のNs0欠陥が増加し、{100}面のNs0欠陥が減少することがわかりました。また、異なる温度条件下での燐光スペクトルと燐光寿命の変化により、ドナー–アクセプターペアの電荷移動は低温でのトンネル効果から高温での熱励起へ変化したことが明らかになりました。低温では隣接するドナー–アクセプターペアのみが電荷転移ができ、高温になると孤立した欠陥も電荷転移に参加すると考えられています。違う成長面のNs0欠陥のUVによる変化の差を解釈するために、Ns欠陥が電荷でNs0、Ns、Nsの三種類にわかれていると考えました。以上に基づいて、合成ダイヤモンドの燐光の主な発生過程は、Ns0+Bs0→Ns+Bs→Ns+Bs0あるいはNs0+Bs→Ns0+Bs0となりますが、Ns0+e→Ns、2Ns0→Ns+ Ns、Ns→Ns0+eの過程もあると考えられています。

 

Irradiation of Diamond and Its Identification
ダイヤモンドへの照射とその鑑別

アメリカGIAのWuyi Wang(王五一)博士がダイヤモンドの照射処理の基礎的な内容について発表しました。ダイヤモンドの照射処理には基本的に電子線を使用し、処理によって色が変化することが多いです。そのうち、緑色や青色の照射処理ダイヤモンドの鑑別が最も難しいと言われています。照射によって、ダイヤモンドの結晶内に空孔のV0(GR1)、V(ND1)と格子間原子(I)という三種類の欠陥が生じます。GR1と格子間原子によってダイヤモンドの青色が生じさせますが、ND1は紫外領域の吸収にのみ影響するため色に変化を与えません。Ib型のHPHT合成ダイヤモンドは、格子内に孤立した窒素原子が大量に存在するため、GR1をND1に変化させ、Ib型ダイヤモンドは照射処理しても変化しないことが多いことがわかりました。また、照射後の加熱により欠陥が変化し、H3、H4などの欠陥が生成され、多彩な色を生じます。彼らは天然ブルーダイヤモンド、処理ブルーダイヤモンドとGIAで照射処理した無色のダイヤモンドをサンプルにし、その違いを研究しました。結果として、現在GIAではほとんどの照射処理ダイヤモンドを鑑別できるという自信をもっています。

 

Akoya Pearl Industry in Japan
日本におけるアコヤ真珠産業

三重県真珠振興協議会副会長を務める中村雄一氏(写真2)が日本のアコヤ真珠産業の現状について発表しました。2019年夏から、真珠貝、特に稚貝の外套膜収縮を伴う養殖業者の間で「蛇落ち」と呼ばれる死亡が発見されています。主要な産地において50~70%の稚貝が死亡し、アコヤ真珠の生産に大きく影響しています。近年の研究により、原因は不明ですが、感染症が有力視されており、それに加え高い水温と食料不足が死亡に影響を与えている可能性があります。今までは春にアコヤガイの授精を行っていましたが、現在は増産のために秋にも行うようになりました。また、SDGsについて、今までは貝の外殻でボタンを作ったり、可食部を食料にしたりしましたが、現在では新しい方法として、有機質のゴミで肥料を生産することも試しています。
真珠のグレーディングについて、1952~1988年、日本の真珠輸出においてH/L検定が行われ、検査する項目は巻き、形、つや、キズの有無、染み、仕上げの6つがありました。1990年代から、複数の鑑別機関から「花珠」と呼ばれる高品質の真珠のグレーディングレポートが発行されるようになりました。それ以降、他の鑑別機関からも表現の異なるさまざまなグレードが付けられるようになり、一部に混乱が見られます。日本真珠輸出加工協同組合は最高品質の真珠に「特選真珠」のグレーディングレポートを極めて少量で発行しています。また、2019年以降、AGL(宝石鑑別団体協議会)、GIAも各自の真珠グレーディングレポートを発行するようになっています。最大の問題は、数多くの鑑別機関のグレーディングはそれぞれ検査項目が異なり、統一されていないことです。日本真珠振興会や日本ジュエリー協会は教育プログラムを提供しています。教育は時間のかかる作業ですが、ゆっくりと着実に進むのが最善の方法だと思います。

写真2. 発表者の中村雄一氏、真円真珠発明者頌徳碑の前で(本人の許諾を得て掲載しています)
写真2.発表者の中村雄一氏、真円真珠発明者頌徳碑の前で(本人の許諾を得て掲載しています)

ブルー・サファイアの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について

PDFファイルはこちらから2021年6月PDFNo.58

リサーチ室  北脇 裕士、江森 健太郎、岡野 誠

はじめに

ブルー・サファイアは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもサファイアとルビーを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3~1/2を占めると言われており、中央宝石研究所(CGL)でも毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。
伝統的な産地の高品質なブルー・サファイアは高く評価され、世界的なオークションにおいても高額で落札されています。特に幻のサファイアと言われる「カシミール・サファイア」はコレクターにとって垂涎の的であり、原産地の決定が重要な意味を持ちます(写真–1)。

写真–1:カシミール産非加熱ブルー・サファイア8.88ctのリング
写真–1:カシミール産非加熱ブルー・サファイア8.88ctのリング

 

いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なブルー・サファイアのジュエリーやアクセサリーも販売され、人気を博しています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なサファイアだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでが宝石として利用できるようになりました。
2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、昨今では「エシカル」や「サステナビリティ」をキーワードに宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。
このように宝石の原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や社会的欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではブルー・サファイアの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。

 

ブルー・サファイアとは

サファイアはルビーと同じくコランダム(鉱物名)の宝石変種です。化学的に純粋なコランダムは無色ですが、種々の微量成分を取り込むことでブルー、ピンク、パープル、イエローなどのさまざまな美しいサファイアが生まれます。通常、色名を冠して○○サファイアと呼ばれますが、単にサファイアというと一般にはブルー・サファイアを意味しています。

サファイアの語源は「青」を意味するギリシャ語の「sappheiros」に由来します。ブルーのサファイアは「誠実」や「清浄」を象徴するといわれており、古代地中海文明では他のどんな宝石よりも尊ばれていました。中世のヨーロッパでは聖職者の印とされ、ローマ法王の右手には大粒のサファイアを埋め込んだ指輪がはめられていたと伝えられています。

 

ブルー・サファイアの地質学的な起源は①火成岩起源と②変成岩起源に大別できます。火成岩起源のブルー・サファイアは主にアルカリ玄武岩と呼ばれる黒っぽい火山岩を母岩としており、タイ/カンボジア、ラオス、ベトナム、中国、オーストラリア、マダガスカル北部、ナイジェリア、エチオピア、カメルーンなどに見られます。米国のモンタナ地域のサファイアは火成岩に関連していますが、アルカリ玄武岩ではなく、一部はランプロファイアと呼ばれる塩基性の岩石を母岩としています。変成岩起源のブルー・サファイアは角閃岩、片麻岩、グラニュライトなどの広域的な変成作用に関連する岩石や閃長岩、スカルンなどを母岩としており、スリランカ、ミャンマー、カシミール、マダガスカルなどに見られます。
ブルー・サファイアの色はFe(鉄)とTi(チタン)に因りますが、その量比によって色調が異なります。Feが多くなると緑味が強くなる傾向があり、全体的に暗い色調になります。また、Feが少ないと比較的明るい色調になります。

 

一般に火成岩起源のブルー・サファイアは変成岩起源のものに比べてFeとGa(ガリウム)に富む傾向があり、両者の区別に利用されます。産地が未知のブルー・サファイアの原産地鑑別を行うにあたって火成岩起源か変成岩起源かに振り分けるのは最初の重要なステップとなります。FeとGaの濃度を定量的に調べるためには蛍光X線分析やLA–ICP–MS分析等の元素分析が必要ですが、簡易的に紫外–可視–近赤外領域の分光光度計を用いて粗選別することが可能です。ブルー・サファイアはFe/Tiの電荷移動により580nm付近を中心とした幅広い吸収を示しますが、火成岩(アルカリ玄武岩)起源のブルー・サファイアはこの他に880nmを中心とした幅広い吸収も示します。これはFe2+/Fe3+に関連すると考えられており、Feの含有量の少ない変成岩起源のブルー・サファイアには見られません(図–1)。

図–1:紫外‐可視‐近赤外分光スペクトルによるブルー・サファイアの火成岩(アルカリ玄武岩)起源と変成岩起源の分類
図–1:紫外–可視–近赤外分光スペクトルによるブルー・サファイアの火成岩(アルカリ玄武岩)起源と変成岩起源の分類

 

ブルー・サファイアの原産地

ブルー・サファイアの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、各産地のブルー・サファイアがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–2)。

図–2:世界の主要なブルー・サファイアの産地(地質イベント区分による)1.モンタナ、2.タンザニア、3.マダガスカル、4.スリランカ、5.カシミール、6.ミャンマー、7.タイ、8.ベトナム、9.中国、10.オーストラリア、11.ナイジェリア/カメルーン、12エチオピア
図–2:世界の主要なブルー・サファイアの産地(地質イベント区分による)1.モンタナ、2.タンザニア、3.マダガスカル、4.スリランカ、5.カシミール、6.ミャンマー、7.タイ、8.ベトナム、9.中国、10.オーストラリア、11.ナイジェリア/カメルーン、12エチオピア

 

最初のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生しており、古い変成岩帯を形成しました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はブルー・サファイアなどのコランダム宝石をはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。タンザニア、マダガスカルやスリランカ等のブルー・サファイアはこの時代に形成しています。

 

2番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動で、広域的な変成岩を形成しました。この時代に形成したブルー・サファイアがカシミールやミャンマー等に見られます。

 

3番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したブルー・サファイアを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。そのため、アルカリ玄武岩のマグマから直接サファイアが生成したのではなく、変成岩など他の起源の可能性もあります。これはちょうどダイヤモンドを運搬したキンバーライトのマグマと同様です。このようなアルカリ玄武岩に関連した起源のブルー・サファイアはタイ/カンボジア、ベトナム、中国、オーストラリア、ナイジェリア、カメルーン、エチオピア等に見られます。

 

 

原産地鑑別の限界

宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自のopinion(意見)として理解されています。このopinionという考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–2)。

写真–2:CGLのブルー・サファイアの産地を記載した分析報告書見本
写真–2:CGLのブルー・サファイアの産地を記載した分析報告書見本

 

原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本(サンプル)の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外–可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければなりません。
検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえば広域変成岩起源のスリランカ産、ミャンマー産やマダガスカル産のブルー・サファイアなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地(たとえば2016年に新たに発見されたマダガスカルのBemainty(ベマインティ)鉱山産や2017年に発見されたエチオピア産のブルー・サファイアなど)の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。

 

【スリランカ】

スリランカは紀元前の頃から各種の宝石を産出した記録があります。その種類・量・品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。もともとはインド大陸とひとつだったものが、ある時期に分離したと考えられています。サファイアの母岩はこの広範囲に分布する古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはほぼすべて二次的に再堆積した“イラム”と呼ばれる漂砂鉱床からです(写真–3)。

写真–3:漂砂鉱床からの採掘(ラトゥナプラ/スリランカ)
写真–3:漂砂鉱床からの採掘(ラトゥナプラ/スリランカ)

 

スリランカは世界的に著名な宝石を多く産出していますが、とりわけサファイアは有名です。ニューヨーク自然史博物館に展示されている“Star of India”は世界でも最大級のスリランカ産のブルー・スター・サファイアです。また、1981年にチャールズ皇太子からダイアナ妃へ、そしてウィリアム王子から婚約者へと贈られた英国王室継承の12ctのブルー・サファイアもスリランカ産として話題を集めました。

 

図–3:スリランカのブルー・サファイア鉱床
図–3:スリランカのブルー・サファイア鉱床

サファイアの産出地としてはRatnapura(ラトゥナプラ)が有名です(写真–4)。シンハリ語でratnaは宝石をpunaは町を意味します。文字通り宝石の街です。その他にはElahera(エラヘラ)(写真–5)、Okkampitiya(オクカンピティア)やKataragama(カタラガマ)などが良く知られています(写真–6)(図–3)。

 

写真–4:濃色のブルー・サファイア (ラトゥナプラ/スリランカ)
写真–4:濃色のブルー・サファイア(ラトゥナプラ/スリランカ)

 

写真–5:ブルー・サファイア99ct (エラヘラ/スリランカ)
写真–5:ブルー・サファイア99ct(エラヘラ/スリランカ)

 

写真–6:非加熱ブルー・サファイア (カタラガマ/スリランカ)
写真–6:非加熱ブルー・サファイア(カタラガマ/スリランカ)

 

カタラガマは1970年代の後半までサファイアの鉱区として知られていましたが、以降は産出がなく採掘はほとんど行われていませんでした。ところが、2012年の2月中旬、道路建設の際に新たにブルー・サファイアが発見され、俄かに採掘ラッシュが起きました(写真–7)。見つけられたサファイアには数100ctのものも含まれており大いに期待を寄せられましたが、その後は継続的な産出はなく、一時的な熱狂で終わってしまいました。

 

写真-7:カタラガマでのブルー・サファイア・ラッシュ (写真提供:Gamini Zoysa)
写真–7:カタラガマでのブルー・サファイア・ラッシュ(写真提供:Gamini Zoysa)

 

◆スリランカ産サファイアの特徴

スリランカ産のブルー・サファイアは一般に色が淡めです。全般的にタイ産やオーストラリア産などの濃色(時に黒く感じる)の玄武岩関連起源のサファイアに比べると透明度が高く、爽やかな印象です。また、カラー・ゾーニング(色むら)は同じ変成岩起源のミャンマー産に比べると顕著です。したがって、色が濃く、均一なスリランカ産ブルー・サファイアは希少価値が高いといえます。スリランカのサファイアは産出量が多く、かつては日本国内のブルー・サファイアはほとんどがスリランカ産かタイ産といった時代がありました。しかし、2000年以降はマダガスカル産のブルー・サファイアが台頭しており、スリランカのものを圧倒した感があります。
色の淡いサファイア原石はギウダ(シンハリ語で“白い”という意味)と呼ばれ、40年以上前から加熱処理の原材になっています。最近では加熱の技術が劇的に向上しており、目を見張るような美しい色が生み出されています。

 

 

写真–8:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)
写真–8:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)

 

写真-9:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)
写真–9:細長いシルク・インクルージョン(スリランカ)

 

スリランカ産ブルー・ファイアの内部特徴としては、第一にシルク・インクルージョン(写真–8)(写真–9)が挙げられます。細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様を呈し、フィンガー・プリントと呼ばれます(写真–10)(写真–11)。

写真–10:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン
写真–10:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン

 

写真 –11:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン(スリランカ)
写真 –11:液体(フィンガー・プリント)インクルージョン(スリランカ)

 

 

また、小さな空洞が液体で満たされたネガティブ・クリスタル(写真–12)も良く見られます。

写真–12:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(スリランカ)
写真–12:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(スリランカ)

 

 

スター・サファイアなどにはこのネガティブ・クリスタルの液体中に気泡が見つかることがあり、三相インクルージョンと呼びます。顕微鏡下で注意深く石をゆっくり傾けると、この気泡が動くのが観察できます(写真–13)。

写真-13A:ネガティブA:RGB500x341

写真–13:スリランカ産サファイア中の三相インクルージョン(傾けると気泡が移動する)
写真–13:スリランカ産サファイア中の三相インクルージョン(傾けると気泡が移動する)

 

 

顕微鏡のランプなどで温まるとこの気泡は消失し、冷えるとまた出現します。スリランカ産のブルー・サファイアにはさまざまな固体インクルージョンが見られますが、多くのものは他の産地と共通します。テンション・クラックを伴ったジルコン・ヘイロウ(写真–14)はスリランカ産ブルー・サファイアに頻度高く観察されます。似たようなテンション・クラックを伴った黒色のウラニナイト(写真–15)も稀に見られます。時折、燐片状のフロゴパイト(写真–16)も見つかります。

写真–14: ジルコンヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)
写真–14: ジルコンヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)

 

写真–15:黒色のウラニナイト・インクルージョン(スリランカ)
写真–15:黒色のウラニナイト・インクルージョン(スリランカ)

 

写真–16:燐片状のフロゴパイト・インクルージョン(スリランカ)
写真–16:燐片状のフロゴパイト・インクルージョン(スリランカ)

 

 

【ミャンマー】

ミャンマーはルビーだけでなく、高品質のブルー・サファイアを産出することでも有名です。ルビーと同様にMogok(モゴック)地区から産出します。この地のルビーは結晶質石灰岩(大理石)を母岩としますが、ブルー・サファイアはペグマタイトやネフェリン閃長岩と呼ばれる岩石が母岩だと考えられています。しかし、多くの場合、母岩が風化して二次的に再堆積した“バイヨン”あるいは“ビヨン”と呼ばれる漂砂鉱床から採掘されています。
モゴック西部のKyat Pyin(チャッピン)地区にあるBawmar(バウマー)鉱山は、2008年以降採掘量が急増したブルー・サファイアの重要な鉱床です(写真–17)。

写真–17:バウマー鉱山(ミャンマー)
写真–17:バウマー鉱山(ミャンマー)

 

この地域は主にモゴック片麻岩類が分布しており、閃長岩や花崗岩類を伴っています。ブルー・サファイアは高度に変成した黒雲母片麻岩などに貫入した閃長岩やペグマタイトの風化土壌から採掘されています。バウマー鉱山は15年ほど前から重機を用いた採掘がおこなわれており、現在は露天掘りとトンネル方式が組み合わされています。トンネル方式では最大で深さ80mにもおよぶ縦坑が掘られています(写真–18)。

写真–18:バウマー鉱山の縦坑(ミャンマー)
写真–18:バウマー鉱山の縦坑(ミャンマー)

 

そこから削岩機を用いて風化した岩石を砕き、水平方向に掘り進められていきます。地表に挙げられた鉱石は洗浄され、サイズの異なるふるいにかけて選別されます。その後、女性たち(ミャンマーの女性の多くは伝統的なおしゃれで頬にタナカと呼ばれる木の粉を付けています)の手によってトリミングされ、最終的にカット・研磨されます(写真–19)。

写真–19:女性たちによる原石の選別(バウマー鉱山/ミャンマー)
写真–19:女性たちによる原石の選別(バウマー鉱山/ミャンマー)

 

 

この鉱山のブルー・サファイアは原石のままで濃色であり(写真–20)、最大で15ct程度のカット石が得られています。

写真–20:濃色の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)
写真–20:濃色の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)

 

 

◆ミャンマー産サファイアの特徴

ミャンマー産のブルー・サファイアは“ロイヤル・ブルー”と表現される美しい色調を示します(写真–21)。

写真–21:良質の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)
写真–21:良質の非加熱ブルー・サファイア(バウマー鉱山/ミャンマー)

 

もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、世界的に高く評価されています。特にカシミール・サファイアが枯渇してからはオークションでも高値を呼び1988年のニューヨークのサザビーズで65.8ctのブルー・サファイアが取り巻きのダイヤモンドを含めて285万ドルで落札された記録があります。ミャンマー産のブルー・サファイアの正確な産出量はわかりませんが、マダガスカル産やスリランカ産と比較するとはるかに少ないと思われます。その中でオークションにかかるような高品質となるとなおさらです。

ミャンマー産ブルー・サファイアの特徴として第一に言えることは、冒頭に挙げた色合いです。筆者にはスリランカ産などに比べると若干緑味を帯びた印象があります。内部特徴としては、スリランカ産やマダガスカル産などと同様にシルク・インクルージョン(写真–22)(写真–23)を含みます。

写真–22:シルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–22:シルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–23:シルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–23:シルク・インクルージョン(ミャンマー)

 

しかし、スリランカ産が細長く伸びるシルクであるのに対し、ミャンマー産のシルクは概して短く、時にクラウド状や燐片状になります(写真–24)。

写真–24:一部燐片状の短いシルク・インクルージョン(ミャンマー)
写真–24:一部燐片状の短いシルク・インクルージョン(ミャンマー)

 

シルクが豊富に含まれるとスター・サファイアになります。ミャンマーもスリランカと同様にスター・サファイアを産出し、昔から高く評価されています。液体インクルージョン(写真–25)も一般的な内包物で、スリランカのようなフィンガー・プリント(指紋)様ではありません。

写真–25:液体インクルージョン(ミャンマー)
写真–25:液体インクルージョン(ミャンマー)

 

 

ネガティブ・クリスタル(写真–26)はスリランカ産の特徴の一つですが、ミャンマー産にも見られることがあります。

写真–26:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(ミャンマー)
写真–26:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(ミャンマー)

 

 

また、双晶面(写真–27)の存在もミャンマーの特徴のひとつで、この場合、しばしばベーマイトの針状結晶(写真–28)も見られます。

写真-27:双晶面(ミャンマー)
写真-27:双晶面(ミャンマー)

 

写真-28:双晶面に伴う針状ベーマイト・インクルージョン(ミャンマー)
写真-28:双晶面に伴う針状ベーマイト・インクルージョン(ミャンマー)

 

 

【タイ/カンボジア】

タイは昔からスリランカ、ミャンマーとともにブルー・サファイアの重要な産地で、国内にいくつもの鉱山があります(図–4)。

図–4:タイ/カンボジアのブルー・サファイア鉱床
図–4:タイ/カンボジアのブルー・サファイア鉱床

 

1850年頃に最初の鉱床が発見され、19世紀後半から世界のブルー・サファイアの需要を支え続けています。1980年代の最盛期には4,000万ct程の生産量があったという記録があります。しかし、1990年代以降、鉱床は枯渇気味で現在は、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にBangkok(バンコク)やChanthaburi(チャンタブリ)では常にコランダムの新しい加熱技術が開発されるなど、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。

 

◇Kanchanaburi(カンチャナブリ)地区

バンコクから西へ100kmほどにBo Ploi(ボプロイ)鉱山があります。1918年にブルー・サファイアがこの地で発見され、小さな町が形成します。1987年には近代的な重機を導入して鉱山は拡大し、1990年代は相当量のブルー・サファイアを産出しました。短期間で量産したため、世界的に有名になりましたが、現在は小規模な生産を行っているのみです。この地の加熱処理されたブルー・サファイアの一部は淡色でスリランカ産のものと似ているため、しばしばスリランカ・サファイアとして売られているようです(写真–29)。

写真–29:良質のブルー・サファイア(カンチャナブリ/タイ)
写真–29:良質のブルー・サファイア(カンチャナブリ/タイ)

 

◇Chanthaburi(チャンタブリ)地区

Khao Ploi Wafen(カオプロイワーフェン)とBang Kha Cha(バンカチャ)がこの地区の代表的な鉱山です。カオプロイワーフェンは「宝石に囲まれた丘」と言う意味で、タイで始めてサファイアが発見された土地として知られています。ここでは地下3~8mに分布する灰色~褐色の風化玄武岩の土が重機で掘られ、選鉱プラントでは高圧水で洗浄し、比重選鉱されています(写真–30)。チャンタブリ地区はカンチャナブリ地区に比較すると産出量は少なく、ブルー・サファイアは色が濃すぎて黒っぽく見えます。しかし、色が似ていることから“メコン・ウィスキー”と呼ばれるイエロー~ゴールデン系のサファイアが有名で、グリーン系のサファイア(写真–31)も産出します。さらにゴールデン・スターやブラック・スターサファイアを産出しています。

写真–30:カオプロイワーフェンの採掘場(チャンタブリ/タイ)
写真–30:カオプロイワーフェンの採掘場(チャンタブリ/タイ)
写真–31:カオプロイワーフェンで産出したグリーン・サファイア(チャンタブリ/タイ)
写真–31:カオプロイワーフェンで産出したグリーン・サファイア(チャンタブリ/タイ)

 

 

◇Phrae(プレー)地区

バンコクから北へおよそ500kmにこのサファイア鉱区があります。この地は1920年代に発見されていましたが、実際に採掘されるようになったのは1970年代に入ってからです。この地のサファイアは濃色のブルーで小粒のものが多いようです。時おり、結晶の中心部がイエローでバイ・カラーになるものがあります。ほとんどすべてが加熱処理されており、見かけはオーストラリアのブルー・サファイアに似ています。

 

◇Pailin(パイリン)地区

タイの東方、カンボジアとの国境を横切ってパイリン地区のサファイア鉱区が広がります(写真–32)。この地ではブルー・サファイアとルビーが産出します。不思議なことにカラーレス、イエローやグリーン・サファイアの産出がほとんどありません。この地のブルー・サファイアは品質が良く、タイ人の自慢です。全体的に濃色ですが、小粒のものが多いようです(写真–33)。全体的にチャンタブリ地区のサファイアに似ています。カンボジア側から産出したものもチャンタブリやバンコクで加熱され、しばしばタイ産として市場に出て行きます。

写真–32:パイリン地区の採掘場(カンボジア)
写真–32:パイリン地区の採掘場(カンボジア)
写真–33:パイリン産のブルー・サファイア(カンボジア)
写真–33:パイリン産のブルー・サファイア(カンボジア)

 

 

◆タイ/カンボジア産サファイアの特徴

タイにはいくつかの代表的な鉱区があります。しかし、すべてがアルカリ玄武岩に関連した起源であり、地質学的な産出状況も酷似しているため、鉱区ごとの産地特徴もほぼ共通しています。タイ産のブルー・サファイアは鉄分を多く含有するために、緑味や黄色味を感じることがあります。また、全体的にインク・ブルーと呼ばれるような暗い感じの色調になります。たいていはこの暗味を除去して明るくする目的で酸化雰囲気にて加熱されます。
タイ産の内部特徴として、結晶の周りに土星の輪のように見える結晶・液膜インクルージョンが挙げられます(写真–34)。

写真–34:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–34:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

液膜インクルージョンには非加熱でも癒着したような形態のもの(写真–35)も見られ、加熱石の特徴と見誤るおそれがあります。

写真–35:癒着した液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–35:癒着した液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

また、アルカリ長石の結晶(写真–36)や珍しいところではコルンバイトの赤色結晶(写真–37)が見られます。双晶面(写真–38)は頻度高く見られます。

写真–36:アルカリ長石インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–36:アルカリ長石インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–37:コルンバイト・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–37:コルンバイト・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–38:双晶面(タイ/カンボジア)
写真–38:双晶面(タイ/カンボジア)

 

タイ産のルビーにはシルク・インクルージョンは見られませんが、サファイアには時折見られます。特にカンチャナブリのブルー・サファイアにはしばしば短い針状のインクルージョン(写真–39)が見られます。パイリン・サファイアの珍しい特徴としてパイロクロアの赤色結晶(写真–40)の内包が挙げられます。

写真–39:針状インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–39:針状インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–40:パイロクロア・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真–40:パイロクロア・インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

以前、このインクルージョンはパイリン・サファイアの診断特徴と言われていましたが、近年では他の地域のサファイアからも発見されており、残念ながら完全なランドマークにはなりません。

 

 

【カシミール】

カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンム・カシミール藩王国があった地域で、標高8,000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有権を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。この地は幻のサファイアと呼ばれる伝統的なカシミール・サファイアの産地として有名ですが、これはインドが実効支配するジャンム・カシミール州に位置しています(図–5)。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版を改筆) 図–5:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床
(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版を改筆)
図–5:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床

 

 

これとは別に、近年、パキスタンが実効支配するBatakundi(バタクンディ)から赤紫~青色のサファイアを産出しており、市場ではカシミール産サファイアと呼ばれることがありますが、本稿では両者を明確に区別して紹介致します。

 

◇伝統的なカシミール・サファイア

カシミールのブルー・サファイアはその美しさと希少性から今や伝説の宝石となりつつあります。この伝統的なサファイアが発見されたのは1881年に遡ります。カシミールのザンスカー地方、標高4,500m付近の万年雪に覆われた場所でたまたま起きたがけ崩れの時に発見されたといわれています。地元の人たちは当初サファイアだとは知らずに、たまたまやって来たインドの行商人達に塩と交換していたそうです。やがてこの結晶は稀に見る上質のサファイアだとわかり採掘が試みられました。当時はかなりの量が採掘されたようですが、鉱床は小規模ですぐに枯渇してしまいました。1926年には最初の鉱床から200mの場所に新しい鉱床が発見されましたが、気候条件が厳しく、一年に3ヶ月しか操業できませんでした。また政情も不安定で現在までもほとんど操業されていないのが現状です。カシミール・サファイアは、かつてのマーハラージャの古い所有物や昔の宝飾品に混じってオークションなどに登場するようです。オークションでは常に高値を呼び、1990年5月に行われたジュネーブのクリスティーズではダイヤモンドで取り巻かれたカシミール・サファイアのネックレスが100万ドル以上で落札されました。ブルー・サファイアとして1ctあたり最高の金額が付いたのは2015年のクリスティーズのオークションで記録した27.68ctのカシミール・サファイアの675万ドル(243,703ドル/ct)です。

 

◇パキスタン産のカシミール・サファイア

2006年頃にAZAD(アザドあるいはアーザード)地区北西部のバタクンディから赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています。これらのうち青色のものは商業的にインダス・カシミール・サファイアとも呼ばれています(写真–41)。

 

写真–41:インダス・カシミール・サファイアと呼ばれることのあるバタクンディ産のサファイア
写真–41:インダス・カシミール・サファイアと呼ばれることのあるバタクンディ産のサファイア

 

CGLの分析報告書ではバタクンディ産のものは検査結果をカシミール(パキスタン)と表記し、伝統的なカシミールとは明確に区別しております。

 

 

◆カシミール産サファイアの特徴

伝統的なカシミール・サファイアは、しばしばコーンフラワー(矢車菊)の色に喩えられ、ブルー・サファイアの最高級の色といわれています。ビロードがかったような柔らか味のあるブルーが特徴です。ヘイジー・ラスターともいわれる乳白色のもやがかかったような独特の外観を呈します(写真–42)(写真–43)。

 

写真–42:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)
写真–42:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)

 

 

写真–43:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)
写真–43:ビロードのようなヘイジー・ラスターを示す伝統的なカシミール産ブルー・サファイア(カシミール)

 

 

このような概観は内包される微小インクルージョンに由来しており、クラウド状の色帯(写真–44)を形成しています。

写真–44:クラウド状の微小インクルージョンによる色帯(カシミール)
写真–44:クラウド状の微小インクルージョンによる色帯(カシミール)

 

 

角度をもったクラウド状の色帯(微小インクルージョン)(写真–45)もカシミールの特徴です。

 

写真–45:角度を持ったクラウド状の色帯(カシミール)
写真–45:角度を持ったクラウド状の色帯(カシミール)

 

 

微細な針状インクルージョンが絡み合って線状に配列したもの(写真–46)や交差したもの(写真–47)(写真–48)も見られ、カシミールを特徴付けています。

 

写真–46:線状に配列した微細な針状インクルージョン(カシミール)
写真–46:線状に配列した微細な針状インクルージョン(カシミール)

 

写真–47:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)
写真–47:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)

 

写真–48:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)
写真–48:交差した微細な針状インクルージョン(カシミール)

 

細長く伸張した角閃石(パーガサイト)の結晶(写真–49)やヘイロウ割れを伴わない長柱状のジルコン結晶(写真–50)もカシミール産の診断特徴となります。まれに黒色のウラニナイトの結晶(写真–51)が見られます。これらの結晶インクルージョンは個別には他の産地にも見られることがあり、複数の特徴を含めた慎重な判断が必要です。

 

写真–49:細長く伸張した角閃石(パーガサイト)の結晶インクルージョン(カシミール)
写真–49:細長く伸張した角閃石(パーガサイト)の結晶インクルージョン(カシミール)

 

写真–50:ヘイロウ割れを伴わない長柱状のジルコン結晶インクルージョン(カシミール)
写真–50:ヘイロウ割れを伴わない長柱状のジルコン結晶インクルージョン(カシミール)

 

写真–51:黒色のウラニナイトの結晶インクルージョン(カシミール)
写真–51:黒色のウラニナイトの結晶インクルージョン(カシミール)

 

伝統的なカシミールのサファイアも色調を向上させるために加熱処理が施されることがあるようです。しかしながら、多少色が淡くても非加熱のカシミールの価値が高いのは言うまでもありません。加熱されてしまうともとの特徴が失われ、他の産地(特にスリランカ)のサファイアと識別がきわめて困難になると思われます。
バタクンディ産のブルー・サファイアは紫色の色帯(写真–52)が特徴的です。しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶(写真–53)や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます。また、液体インクルージョンはスリランカ産のフィンガー・プリントではなく、時折ヘイロウを伴っています(写真–54)。

 

写真–52:紫色の色帯(カシミール/パキスタン)
写真–52:紫色の色帯(カシミール/パキスタン)

 

 

写真–53:黒色のグラファイト・インクルージョン(カシミール/パキスタン)
写真–53:黒色のグラファイト・インクルージョン(カシミール/パキスタン)

 

 

写真–54:ヘイロウを伴った液体インクルージョン (カシミール/パキスタン)
写真–54:ヘイロウを伴った液体インクルージョン(カシミール/パキスタン)

 

 

 

【マダガスカル】

マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。スリランカがインド大陸から分離したように、マダガスカルも古くはアフリカ大陸の一部であったと考えられています。
マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません(図–6)。

 

図–6:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床
図–6:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床

 

マダガスカルでは1993年頃、島の南のAndranondambo(アンドラノンダンボ)からブルー・サファイアの新しい鉱区が発見されています。ここからはスリランカ産やミャンマー産に匹敵する高品質のブルー・サファイアを産出し、世界中のバイヤーたちの注目を集めました。中にはカシミール・サファイアに酷似するものもあり、業界では改めて産地鑑別の重要性が認識されました。

1990年代の終わり頃に島の南西部のIlakaka(イラカカ)地区から膨大な量の各色サファイアが発見され、再び世界から注目されました。イラカカからはブルー・サファイアも産出しますが、パープル~ピンク色系のサファイアが大量に産出し、これらがBe拡散処理の原材となって「パパラチャ・カラー」が作り出されました。
1996年頃、島の北端に位置するAntsiranana(アンツィラナナ)近郊からブルー・サファイアが発見されます。この地は1975年までDiego–Suáres(ディエゴ・スアレス)と呼ばれており、業界ではディエゴ産と言われることもあります。マダガスカル産のブルー・サファイアはすべて変成岩起源ですが、このディエゴ産のブルー・サファイアはアルカリ玄武岩に関連しています。そのためインク・ブルーのものが多く、中にはスター石も産出しています。
2012年に首都のアンタナナリボから北東に150kmくらいのDidy(ディディ)で、サファイアラッシュが起きました。高品質のスリランカ産に匹敵するブルー・サファイアが採掘されて注目を集めましたが(写真–55)、ほどなく掘りつくされてブームは静かに終わりました。

写真–55:マダガスカル、 ディディ産非加熱ブルー・サファイア
写真–55:マダガスカル、 ディディ産非加熱ブルー・サファイア

 

2016年後半、マダガスカルの Ambatondrazaka(アンバトンドラザカ)とディディに近いBemainty(ベマインティ)にて新たなサファイアを産出する鉱山が発見され、注目を集めました。この鉱山はパパラチャ・サファイアやイエロー・サファイアを含む大粒のサファイアも産出しましたが、何よりもカシミール産と酷似した高品質のブルー・サファイアが産出したことで世界を驚かせました。国際的に著名な鑑別ラボからこの地のブルー・サファイアがカシミール産として誤って市場で取引されているとアラートが配信されたほどです。

 

 

◆マダガスカル産サファイアの特徴

マダガスカルでは地理的に異なるブルー・サファイアの鉱床が複数個所存在し、玄武岩やさまざまな種類の変成岩を母岩にしています。さらに二次鉱床のイラカカではその鉱区が4,000km2と膨大な面積におよび多種類の変成岩に由来している可能性があります。そのためマダガスカル産のブルー・サファイアは、内部特徴にも多様性があります。スリランカ産、ミャンマー産およびカシミール産などの伝統的な産地のすべてに類似した特徴をもつものが存在しています。
アルカリ玄武岩に関連したディエゴ産のブルー・サファイアは、タイ/カンボジア産などの他の玄武岩関連起源のブルー・サファイアと本質的に類似した内部特徴をもっています。非加熱石にも癒着したような液体インクルージョン(写真–56)や、白く濁った結晶インクルージョン(写真–57)が見られ、加熱による影響と誤認してしまう恐れがあるので注意が必要です。

 

写真–56:癒着した液体インクルージョン(マダガスカル)
写真–56:癒着した液体インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–57:白く濁った結晶+液体インクルージョン(マダガスカル)
写真–57:白く濁った結晶+液体インクルージョン(マダガスカル)

 

クラウド状の微小インクルージョンが色帯を形成したものが多く(写真–58A)、色帯の色は非加熱石ではしばしば褐色を呈しています(写真–58B)。

写真–58A:クラウド状の微小インクルージョン/ファイバー光による照明 
写真–58A:クラウド状の微小インクルージョン/ファイバー光による照明
写真–58B:クラウド状の微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(マダガスカル)
写真–58B:クラウド状の微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(マダガスカル)

 

 

ディエゴ以外の鉱区はすべて変成岩起源です。シルク・インクルージョンはごく普通に見られますが、細長く伸びたものはスリランカ産に酷似しており(写真–59)、短いものはミャンマー産に良く似ています(写真–60)。

写真–59:細長いシルク・インクルージョン (マダガスカル
写真–59:細長いシルク・インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–60:短めのシルク・インクルージョン (マダガスカル)
写真–60:短めのシルク・インクルージョン(マダガスカル)

 

 

液体インクルージョンは普遍的に見られ、ネガティブ・クリスタル(写真–61)もしばしば認められます。マダガスカル産の特徴として、クラウド状の微小インクルージョン(写真–62)があります。クラウドを多く含むものはカシミール産のヘイジー・ラスターのように見えるため、しばしば「カシミールタッチ」と表現されます。

 

写真–61:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(マダガスカル)
写真–61:液体インクルージョン+ネガティブ・クリスタル(マダガスカル)

 

写真–62:クラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)
写真–62:クラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)

 

 

クラウドには線状に配列したもの(写真–63)や雪花状のもの(写真–64)があり、カシミール産との識別が困難です。酸化鉄が染みて褐色になったチューブ状のインクルージョン(写真–65)は、マダガスカル産の識別特徴になることがあります。

 

写真–63:線状に配列したクラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)
写真–63:線状に配列したクラウド状の微小インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–64:雪花状の微小インクルージョン(マダガスカル)
写真–64:雪花状の微小インクルージョン(マダガスカル)

 

写真–65:褐色の酸化鉄で充填されたチューブ・ インクルージョン(マダガスカル)
写真–65:褐色の酸化鉄で充填されたチューブ・インクルージョン(マダガスカル)

 

 

 

【オーストラリア】

オーストラリアでは1850年頃のゴールドラッシュでサファイアが発見されて以降、主に大陸東部のアルカリ玄武岩の噴出地域に500箇所以上の産出地が発見されて来ました。1800年代後半頃はロシアからの出稼ぎ労働者やドイツからのバイヤーが買い付け、一部はロシア皇帝一族に献上され、多くはロシアを初めとするヨーロッパの上流社会に供給されていました。その後、第一次大戦の勃発、帝政ロシアの凋落により、オーストラリアでの採鉱は実質的に停止していました。1960年代後半になると、タイのバイヤーが大挙して買い付けに訪れ、大量の原石を自国に持ち帰って加熱処理を行うようになりました。オーストラリア産のサファイアは玄武岩起源であるため、ほとんどが暗いブルーで熱処理の必要があります。一部は淡青色や黄色、青と黄色のバイ・カラーなどの非加熱石も見られます(写真–66)。

 

写真–66:オーストラリア産のサファイア原石とカット石(非加熱)
写真–66:オーストラリア産のサファイア原石とカット石(非加熱)

 

 

1970年代~1980代には全世界のブルー・サファイアの生産量の70%近くがオーストラリア産であったと言う報告もあります。当時、タイのディーラーにより、品質の良いものはスリランカ産やタイ/カンボジア産として販売され、黒くて質の悪いものがオーストラリア産として供給されていたようです。そのためオーストラリア産には品質が良くないというイメージが付きまといましたが、近年はオーストラリアのディーラーが自国のサファイアをプロモートし、世界のジュエリー・マーケットに供給しているようです(写真–67A)(写真–67B)。

 

写真–67A:オーストラリア産非加熱サファイaア(4.22ct)
写真–67A:オーストラリア産非加熱サファイア(4.22ct)
B(右):同サファイアの透過照明による写真
写真–67B:上記サファイアの透過照明による写真

 

 

オーストラリアには歴史的に重要な産出地が3箇所あり、全盛期よりも採掘量は減少していますが、今日でも生産されています(図–7)。

図–7:オーストラリアのブルー・サファイア鉱床
図–7:オーストラリアのブルー・サファイア鉱床

 

1つ目はニューサウスウェールズ州のNew England Fields(ニューイングランドフィールズ)です。この地では1854年にオーストラリアで最初のサファイアが発見されています。商業的に採掘されるようになったのは1919年頃からです。1960年代後半~1970年代にはタイのバイヤーからの需要が急増し、タイにおけるカット・研磨、熱処理を含めた取引市場の拡大に貢献しました。近年ではここから産出する濃青色のサファイアがBe処理されてゴールデン系サファイアの供給源になっているようです。
2つ目はクイーンズランド州のAnakie Fields(アナキーフィールズ)です。1873年に発見されていますが、1890年代にオーストラリアで最初に商業採掘が始まっています。1970年~1980年にかけて機械化が進み大量生産が開始します。生産量は減少していますが、現在でも大型機械を使用した採掘が継続しています(写真–68)(写真–69)。

 

写真–68:重機を用いた採掘(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)
写真–68:重機を用いた採掘(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)

 

写真–69:サファイア原石の選鉱(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)
写真–69:サファイア原石の選鉱(アナキーフィールズ/オーストラリア)(写真提供:Neil Kandira)
そして3つ目はクイーンズランド州北部のLava Plaines(ラヴァプレインズ)です。この地域の火山地形はオーストラリア大陸の最新の火山活動を表しています。サファイアの起源となる玄武岩の年代は若く8~0.1Maです。サファイアが発見されるのは、溶岩流表面内部や割れ目や断層に関連してたくぼみ沿いの堆積物中です。かつての採鉱施設や複数の人工ダムが未だ存在しており、大規模であったことが推察されますが、残された資料が無く、現在は放置されたままのようです。

 

 

 

◆オーストラリア産サファイアの特徴

オーストラリア産のブルー・サファイアは他の玄武岩関連起源のサファイアと同様の特徴を有しています。液体インクルージョンはスリランカ産のようなフィンガー・プリントではなく、しばしばドット状であったり(写真–70)、癒着したような形態であったりします(写真–71)(写真–72)。いずれの場合も非加熱のものはしばしば褐色の酸化鉄が付着している様子が認められます。

写真–70:一部ドット状の液体インクルージョン (アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–70:一部ドット状の液体インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

写真–71:癒着した液体インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–71:癒着した液体インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

写真–72:癒着した液体+液膜インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–72:癒着した液体+液膜インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

 

クラウド状の微小インクルージョンが色帯を伴ったものが多く、非加熱石の色帯の色はしばしば褐色を呈しています(写真–73A)(写真–73B)。頻度は高くありませんが、時折パイロクロアの結晶(写真–74)が見られます。
カンボジア産のパイロクロアは赤味が強いのに対し、オーストラリア産のものは概して橙色を呈しています。

 

写真–73A:微小インクルージョン/ファイバー光による照明
写真–73A:微小インクルージョン/ファイバー光による照明
写真–73B:微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–73B:微小インクルージョンは褐色の色帯と一致/透過照明(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

 

写真–74:パイロクロア・インクルージョン (アナキーフィールズ/オーストラリア)
写真–74:パイロクロア・インクルージョン(アナキーフィールズ/オーストラリア)

 

 

 

【ナイジェリア】

1980年代半ば以降、ナイジェリアはアメシスト、トルマリン、モルガナイトなど種々の宝石の新たな産出国に加わりました。とりわけパライバ・タイプのトルマリンやマンダリン系のガーネット、コバルト・ブルーのスピネルなどの特異な宝石の産地としても知られるようになりました。ナイジェリアのブルー・サファイアは30年以上前から報告されており、複数の異なる地域からの産出がありましたが、概してサイズは小さく暗い色のため宝石市場では評価されていませんでした。2014年、突如として高品質のナイジェリア産ブルー・サファイアがタイやスリランカ等の国際市場を中心に流通しはじめました。とりわけ、100–300ctもの高品質でサイズの大きな原石の情報はSNSを中心に瞬く間に拡散しました。
ナイジェリアのブルー・サファイアは、主にナイジェリア東部のカメルーンとの国境に近いMambilla plateau(マンビラ高原)から産出しています(図–8)。

 

図–8:ナイジェリアのブルー・サファイア鉱床
図–8:ナイジェリアのブルー・サファイア鉱床

 

 

マンビラ高原の地質は3分の2以上が先カンブリア時代~古生代初期の古い変成岩主体の基盤岩で、高原の残りの部分は第三紀と第四紀の火山岩(玄武岩)で構成されています。ブルー・サファイアはこの玄武岩の二次鉱床から産出しています。マンビラ高原産ブルー・サファイアの見かけの色調は同じく玄武岩関連起源のタイ/カンボジア産のブルー・サファイアに似ていますが、淡色のものはスリランカ産のものにも良く似ています(写真–75)。

写真–75:非加熱ブルー・サファイア原石(マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–75:非加熱ブルー・サファイア原石(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

 

マンビラ高原産のサファイアは宝石的価値の高い青色が多く、黄色や緑色は産出していないようです。透明度の高い青色のものは非加熱で取引され(写真–76)、色の濃すぎるものやミルキーなタイプは加熱により色と透明度が改善されています。

写真–76:非加熱ブルー・サファイア10.33ct(マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–76:非加熱ブルー・サファイア10.33ct(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

 

マンビラ高原以外では、ナイジェリア中央部のAntang(アンタン)と北東部のGombe(ゴンベ)からも宝石品質のブルー・サファイアが産出しています(写真–77)(写真–78)。アンタンからはブルーの他にグリーンのサファイアが、ゴンベからはイエローやバイカラー(ブルーとイエロー)のサファイアが産出しているようです。両地域ともに玄武岩関連の二次鉱床から採掘されており、Jos(ジョス)のマーケットに集積されてナイジェリア産と一括して輸出されているようです。
写真–77:非加熱ブルー・サファイア(アンタン/ナイジェリア)
写真–77:非加熱ブルー・サファイア(アンタン/ナイジェリア)

 

 

写真–78:非加熱ブルー・サファイア (ゴンベ/ナイジェリア)
写真–78:非加熱ブルー・サファイア
(ゴンベ/ナイジェリア)

 

 

 

◆ナイジェリア産サファイアの特徴

ナイジェリア産のブルー・サファイアは他の玄武岩関連起源のサファイアと同様の特徴を有しています。液体インクルージョンはしばしばドット状であったり、癒着したような形態であったりします(写真–79)。そのため加熱・非加熱の判別が困難となります。非加熱の液膜インクルージョンにはしばしば褐色の酸化鉄が付着している様子が認められます(写真–80)。非加熱石では色帯の一部はしばしば褐色を呈しています(写真–81)。通常、スリランカ産のような3方向に発達したシルク・インクルージョンは認められませんが、1方向に伸張した針状インクルージョン(写真–82)が見られることがあります。

 

写真–79:癒着した液体インクルージョン (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–79:癒着した液体インクルージョン(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

写真–80:酸化鉄が付着した液膜インクルージョン (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–80:酸化鉄が付着した液膜インクルージョン(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

写真–81:一部褐色の角度を持った色帯 (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–81:一部褐色の角度を持った色帯(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

写真–82:針状インクルージョン (マンビラ高原/ナイジェリア)
写真–82:針状インクルージョン
(マンビラ高原/ナイジェリア)

 

 

ブルー・サファイアの加熱

ここまでブルー・サファイアの商業的に重要な産地の情報と内部特徴について述べてきました。特定の産地を示唆する典型的な包有物が一つないし複数見つかれば、原産地鑑別の有力な情報となります。しかし、多くの場合、ブルー・サファイアの内部特徴は複数の産地に共通するため、容易に原産地を決定するまでには至りません。さらに問題を複雑にするのは、ブルー・サファイアのほとんどは色調を改善するために加熱が施されていると言う事実です。これまで紹介してきた包有物の特徴や写真はすべて非加熱のものを対象としていますが、加熱によりそれらが失われたり変化したりしてしまいます。そこでブルー・サファイアの加熱についての理解を深めるために、この項では加熱についての基礎知識とその内部特徴について概説します。

 

◆加熱の基礎知識

ブルー・サファイアの加熱は色の改善のために行われますが、大きく分けると2つの目的があります。ひとつは暗味を除去して明るくする方法で、酸素の多い酸化雰囲気で行われます。主にタイ産やオーストラリア産などの玄武岩関連起源のブルー・サファイアがこれにあたります。もうひとつは薄い色のものを濃くする方法でスリランカのギウダやマダガスカル産などの変成岩起源のものがこれにあたります。この場合は酸素の少ない還元雰囲気で行われますが、近年では水素ガスを用いて効率的に加熱されています。
ブルー・サファイアの加熱の歴史は古く、20世紀の初め頃にオーストラリア産の暗青色のサファイアの色を明るくするために加熱が試されたと言われています。歴史的にもっとも重要なのは1970年代の前半にタイのバンコクで始まったギウダの加熱です。それまで宝石にならなかったスリランカ産の淡色のサファイア(ギウダ)をシルクinc.(ルチル)が溶けるまでの高温で加熱し、濃色のブルー・サファイアを得ることができました。1980年代からはスリランカでもギウダの加熱が始まり、サファイアの加熱が国際的な議論を呼びました。1980年代の中頃にはCIBJOやICAでも加熱されたサファイアは「処理石」ではなく「天然」として容認されることになっています。日本でも国際的な潮流に従い、当時は加熱されたブルー・サファイアも「天然ブルー・サファイア」として流通させており、加熱に関する情報開示は行われていませんでした。
1992年3月、ある民放テレビ番組がこのサファイアの加熱を取り上げ、「ただの石ころが宝石に変わる現代の錬金術」として消費者の不安を煽りたてました。この扇情的な報道に対して当時の宝飾業界はテレビ局に対して正式な抗議をすると同時に自らも情報開示に向けて舵を取ることになりました。
2006年になると、パパラチャ・カラーを生み出したBe拡散加熱処理がブルー・サファイアにも適用されるようになりました。Be拡散加熱処理は従来に無い軽元素の拡散で、高度な分析機器の導入やルーリングの改定が必要となりました。さらに2013年頃からは圧力を用いた熱処理が論争を巻き起こしましたが、今では通常の熱処理の範疇として扱われています。
このようにコランダム宝石に対する加熱やBe拡散処理などは業界にとって非常に大きな課題となり、そのたびに国際的な議論を呼び新たな業界ルールの構築に繋がっています。

 

 

◆加熱されたブルー・サファイアの内部特徴

ブルー・サファイアの加熱にはアクワマリンやタンザナイトの加熱(400–600℃程度)よりもさらに高温が使われています。暗みを除去する程度のいわゆる低温加熱でも800–1000℃、ギウダの加熱のようにシルクinc.(ルチル)を溶かして内部拡散させるためには最低でも1200–1350℃以上が必要といわれています。さらに表面拡散やBe拡散処理には1700℃以上の長時間(数時間~数10時間)の加熱が行われています。母結晶であるコランダムの融点は2050℃ですが、内包される種々の結晶はそれよりも低い温度で融解します。筆者が過去に電気炉を用いて行った加熱実験の結果、カルサイトは800℃~1000℃で見かけの変質が起こり、同様にアパタイトは1300℃~1400℃、シルクは1200℃以上、ジルコンは1400℃~1600℃でダメージを受けることを確認しています。
内包される結晶は熱の影響で表面が白っぽくなり、液体は癒着して液膜状になります(写真–83)。長時間高温に晒されると、長石やアパタイトなどは白いマリモのようになり、スノーボールと呼ばれています。内包する結晶の熱膨張係数がコランダムよりも高いとスノーボールの周囲にテンション・クラックが発生することがあります(写真–84)(写真–85)。

 

写真–83:加熱により癒着した液体インクルージョンと 結晶が融解して生じたスノーボール・インクルージョン
写真–83:加熱により癒着した液体インクルージョンと結晶が融解して生じたスノーボール・インクルージョン

 

写真–84:加熱により発生したテンション・クラックを伴うスノーボール・インクルージョン
写真–84:加熱により発生したテンション・クラックを伴うスノーボール・インクルージョン

 

 

写真–85:加熱により発生したテンション・クラック を伴うスノーボール・インクルージョン
写真–85:加熱により発生したテンション・クラックを伴うスノーボール・インクルージョン

 

 

写真–86:シルクが溶けて青色が拡散してできたインク・スポット
写真–86:シルクが溶けて青色が拡散してできたインク・スポット

 

濃いブルーを得るために還元雰囲気でギウダを加熱したものは、シルク・インクルージョン(ルチル=TiO2)が融解してチタン成分が結晶構造中に拡散します。そのためシルク・インクルージョンの形状に沿って青色の分布が見られ、インク・スポットと呼ばれています(写真–86)。微小(細かいシルク)インクルージョンが密集してバンドを示す場合、加熱石では同様の理由でこの部分が青色の色帯と一致しています(写真–87A)(写真–87B)。
Be拡散加熱が施されたブルー・サファイアには高温加熱の一般的な特徴の他に独特のサークル状の包有物(写真–88)(写真–89)が見られることがあり、診断特徴となります。

 

写真–87A:微小インクルージョン/暗視野照明
写真–87A:微小インクルージョン/暗視野照明
写真–87B:微小インクルージョンは青色の色帯と一致 /透過照明
写真–87B:微小インクルージョンは青色の色帯と一致
/透過照明

 

 

写真–88:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン
写真–88:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン

 

 

写真–89:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン
写真–89:Be拡散加熱ブルー・サファイアに見られるサークル状インクルージョン

 

 

 

国内で流通するブルー・サファイアの変遷

日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年代~1970年代にかけてです。宝石が一般にも普及し始めたのもこの頃ですが、当時国内で見られたブルー・サファイアはほとんどが非加熱のスリランカ産でした。それを物語るエピソードとして、国内大手のある鑑別機関では特別な検査をしなくともブルー・サファイアの鑑別書にスリランカ産と記載していました。ただ、時が経つにつれ少しずつ他の産地のものも輸入されるようになり、1975年からは特に希望の無い限りこの産地記載を止めています。
当時を知るベテランの技術者に聞いた話では、スリランカ以外ではタイ産、オーストラリア産、少量のミャンマー産などが見られたそうですが、カシミール産という触れ込みで持込まれたものはすべてスリランカ産だったとのことです。
1976年頃になると、いわゆるギウダが加熱されたブルー・サファイアが持込まれるようになり、1980年頃からは表面拡散処理されたサファイアも持ち込まれるようになりました。加熱石の割合は増加の一途をたどり、1990年代にはブルー・サファイアの95%は加熱されているといわれるまでになりました。

 

1994年末頃から世界の宝飾市場にマダガスカル産のブルー・サファイアが流通を始め、これがエポックメイキングとなりました。新たに流通を始めたマダガスカル産のブルー・サファイアは、それまで最も重要であったスリランカ産と特徴が良く似ており、両者の識別がきわめて困難となりました。また、マダガスカルからはその後も新たな鉱山が次々に発見され、さまざまな特徴を持ったものが大量に産出するようになります。それらの中にはカシミール産やミャンマー産と酷似したものも見られるようになり、産地鑑別が一筋縄ではいかなくなりました。1995年6月、東京の浅草ビューホテルを会場にICA(国際色石協会)の第6回総会が開催されました。この会議ではサファイアの加熱などを初めとする宝石の情報開示が主たる議題となっており、いわゆるNET方式の採用について採決が行われました。また、会期中にオークションが併設され、さまざまな高級宝石が出品されました。その中に海外の著名な鑑別機関の鑑別書が付けられた「カシミール・サファイア」が10点ほどありましたが、それらについて筆者はマダガスカル産ではないかとの印象をもった記憶があります。

 

2006年にはBe拡散処理がブルー・サファイアにも適用されることが判り、業界の新たな関心ごとになりました。国内の鑑別機関では鑑別のルーティンを構築するまで一時的にブルー・サファイアの受付をストップするなどの事態が起きました。AGL(宝石鑑別団体協議会)では精力的に情報収集を行い、広く業界に注意喚起を行いました。また、JJA(日本ジュエリー協会)はBe処理石の輸出国であるタイへ代表団を派遣し、タイ政府およびタイの主要な業界団体とBe拡散処理の情報開示についての合意文書を交わし、世界のジュエリー業界から評価されています。その後、CGLでの継続的な調査の結果、鑑別依頼に供されるブルー・サファイアはコランダム宝石のおよそ40%ですが、そのうちBe処理されたものは多く見積もっても2%以下となっています。

 

2000年以降、鑑別で見かけるブルー・サファイアはほとんどがスリランカ産あるいはマダガスカル産と思われる変成岩起源の加熱石ですが、2010年以降は玄武岩関連起源の加熱石も多く見かけるようになっています。ごく最近では変成岩起源がおよそ60%で玄武岩関連起源がおよそ40%の印象です。このように玄武岩起源の割合が増加しているのはタイ産、オーストラリア産などの古くから知られている産地の二次流通やナイジェリア産、エチオピア産などの新たな玄武岩関連起源の有力な産地が見つかったことによると思われます。◆

ルビーの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について

PDFファイルはこちらから2020年10月PDFNo.57

リサーチ室 北脇 裕士

 はじめに  ルビーは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもルビーとサファイアを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3を占めると言われています。CGLでもコランダム宝石は毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。ミャンマー産の非加熱ルビーは世界的なオークションにおいても常に高額で落札されるなど、ルビーには古来高級宝石のイメージがあります(写真–1)。いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なルビーのジュエリーやアクセサリーも販売されています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱や含浸などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なルビーだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでもが宝石として利用できるようになりました。2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。また、過去には米国によるミャンマー産ルビーとヒスイの輸入禁止という、宝石にはそぐわない政治的影響をこうむったという現実もあります。  このようにルビーの原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではルビーの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。 ルビーとは  ルビーは微量のクロム(Cr)を含有しています。この元素はコランダム(化学式:Al2O3)の主元素であるアルミニウム(Al)とは地球化学的に相反する性質を有しています。というのは、アルミニウムは地球の表層部あるいは大陸地殻と呼ばれる陸地を形成する地域に多く存在するのですが、クロムは地球のやや深部あるいは海洋地殻と呼ばれる海底を形成する地域に分布する傾向にあります。簡単に言うと一緒に存在し難い元素が偶然出会ってルビーの結晶ができているのです。さらに言えば、クロムは存在度の極低い(地球上に少ない)元素で、しかも宝石のきれいな色の原因になりますから、ルビーは美しく希少性の高い宝石になるわけです。  ルビーの地質学的な起源は、1)アルカリ玄武岩関連、2)広域変成岩(苦鉄質岩~超苦鉄質岩)、3)大理石(結晶質石灰岩)に大別できます。アルカリ玄武岩を母岩とする産地はタイ、カンボジアなどで鉄(Fe)などの不純物元素を多く含むことからやや暗味のある色調となります。大理石を母岩とするミャンマー、アフガニスタンやベトナム産のものは不純物元素も少なく、鮮やかな色調のものが多く見られます。広域変成岩に分類される苦鉄質~超苦鉄質岩を母岩とする産地はケニア、タンザニア、マダガスカルおよびモザンビークなどで、概して前二者の中間的な鉄の含有量で蛍光性がやや弱めとなります。 このようにルビーはそれぞれの産地によって若干の色合いの違いが見られます。しかし、ほとんどのルビーは市場で好まれる色にするために加熱が施されており、見た目だけで産地を言い当てるのは困難です。特に似たような地質環境で成長したルビーはなおさらです。ただ、なんとなくその産地らしい色合いというものがあり、並べてみると判ることがあります(写真–2)。 ルビーの原産地  宝石質ルビーの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらのルビーの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、ルビーがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–1)。  最も古い時代のルビーはグリーンランドに見られます。ここでは生命が誕生する以前の29.7~26億年前の始生代と呼ばれる地質時代の変成岩類から採掘されています。グリーンランドのルビー形成は非常に古いのですが、発見されたのは新しく1960年代に入ってからです。商業的に生産されるようになったのは2015年の夏頃からといわれており、今後に期待される産地といえます。  2番目のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生していました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はルビーをはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。ケニア、タンザニア、モザンビーク等のアフリカ諸国やマダガスカル、インドおよびスリランカのルビーはこの時代に形成しています。  3番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動です。この時代に形成した大理石を起源とするルビーが、ミャンマーをはじめアフガニスタン、タジキスタンおよびベトナム等に見られます。  4番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したルビーを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。ダイヤモンドを運搬したキンバーライトと同様です。このようなアルカリ玄武岩起源のルビーにはタイ産やカンボジア産等があります。 原産地鑑別の限界  宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自の意見として理解されています。このopinion(意見)という考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–3)。  原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければならなりません。  検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばミャンマー産、ベトナム産、アフガニスタンおよびタジキスタン産の大理石起源のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。 【ミャンマー】  ミャンマーには高品質のルビーを産出する世界的にもっとも重要なMogok(モゴック)鉱山があります。歴史的なロイヤル・ジュエリーにセットされているルビーのほとんどはこのモゴックで採掘されたものです。また、世界的に著名なオークションにおいて1ctあたり$50,000以上の価格が付けられた150個以上のルビーのうちモゴック産でなかったものは12個に過ぎなかったという報告もあります。その他にもMong Hsu(モンスー)、Nanyaseik(ナムヤ―)などの著名なルビー鉱山があります(図–2)。これらはすべて白色のドロマイトもしくはカルサイトの結晶粒から成る大理石(結晶質石灰岩)を母岩としています(写真–4)。大理石はタイ産などの玄武岩起源とは異なり、色調に暗みを与える不純物が少ないため、ミャンマー産のルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と呼ばれるような鳩血色の濃くて鮮やかな色調になります。  モゴック鉱山では6世紀の頃からルビーが採掘されてきたと言われています。ビルマの史録に、1597年にモゴックの鉱床がシャン族からビルマ国王の手に渡ったとされています。19世紀に入って英国がこの地を支配すると、宝石の採掘と売買に関しても監視するようになりました。1887年に英国主導のビルマ・ルビー・マインズ社(BRM)が設立され、機械化された採掘が行われました。BRMが採掘していた跡地は大雨などで排水溝が破壊されてその後大きな湖となり、今も往時の繁栄を垣間見ることができます(写真–5)。1930年代に英国人が撤退すると、現地人の手による採掘が再開されました。採掘方法は彼らに馴染の深い昔ながらの手法に戻り、経験に基づく作業が行われていました。1963年にはビルマ政府によって事業は完全に国営化され、外国人による採掘や販売はすべて禁止され、実質上鉱山への立ち入りが不可能になりました。1990年代になると、これらの規制は緩やかになり、政府と個人企業に因る合弁事業が許可されるようになり、昔ながらの手法に加え(写真–6)、近代的な採掘が行われるようになりました(写真–7)。さらに最近の数年間のうちにミャンマーの宝石取引は革新的な変化を遂げました。宝石の個人売買と合法的な輸出入が可能となり、多くの外国人によって活発な商取引がなされるようになっています(写真–8)。  ミャンマー東部、タイとの国境を持つシャン州にモンスー鉱山があります。1990年代の前半にこの地のルビーに対する加熱技術が向上し、市場性が一気に高まりました。この新しい技術はこれまでとは異なり、硼砂などのフラックスを添加して高温で加熱するものでした。これによって暗い小豆色をしていた結晶原石が鮮やかな赤色に変化し、良質の宝石品質ルビーが大量に供給されることになりました。このため、安価に天然のルビーが市場に供される結果となり、比較的製造にコストのかかるフラックス合成ルビーのメーカーが宝石市場から撤退したという話が伝えられているほどです。  モンスー産のルビーは正規には政府が管理したエンポリアム(入札会)を経て海外に輸出されます。しかし、一部のものはタイとの国境付近にあるMae Sai(メイサイ)を経由してバンコクやチャンタブリに密輸されていたようです。  ナムヤー(あるいはナヤン)はミャンマー北部のカチン州にある北部最大の町で、ヒスイの鉱山として有名なパカンの近傍にルビー鉱山があります。現地ではかなり以前からルビーの存在が知られていましたが、正式な鉱山として鉱山省に認められたのは2000年代に入ってからです。ナムヤーはルビーと共にレッド・スピネルの産出地として宝石ディーラーの間では良く知られています。ルビーもレッド・スピネルもモゴック産のものよりも明度の高い赤色~ピンク色を呈しています。ナムヤー鉱山は歴史が浅く、採掘方法も単純で採掘量も世界の需要を満たせるレベルには達していません。日本国内でも見かける頻度はまだまだ低く、これからが期待される産地です。そして、現時点ではナムヤー鉱山産のルビーのほとんどは加熱されていないようです。 ◆ミャンマー産ルビーの特徴  ミャンマー産ルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と表現される美しい色調を示します。もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、冒頭で紹介したように世界的な人気を博しています。歴史的にも評価されているミャンマー・ルビーはすべてモゴック産のものです。他の鉱山のものは比較的新しく、ルビーの知名度としてはモゴック鉱山産には及びません。 モゴック鉱山産のルビーは細く短いシルク・インクルージョンが特徴です(写真–9)。これらは密集してクラウド状になることもあります。丸みを帯びたカルサイトやアパタイトの透明結晶を内包することが多く、木の切り株を思わせることからスタッビィ結晶インクルージョンと称されます(写真–10)。時にスフェーンやネフェリンの無色透明結晶も含まれています。また、ガム・シロップを溶かし込んだ時のようなモヤモヤとした成長構造を示すことがあり、糖蜜状組織と呼ばれています(写真–11)。 モンスー鉱山産のルビー原石は、そのほとんどがバンコクやチャンタブリで加熱されています。原石は全体的に小豆色をしており、結晶の中心部に濃い青色の成長分域を持つのが特徴で、通常は加熱によってこれを除去して鮮やかな赤色にしています。したがって、ファセット・カットされた非加熱のモンスー鉱山産ルビーには、たいていこの青色色帯が認められます(写真–12)。しかし、加熱温度が低い場合は処理後も青色色帯が残存することがあるため、注意が必要です。また、毛羽立ったような立体的に配列する微小インクルージョン(写真–13)やコメット(彗星の尾)状インクルージョン(写真–14)もこの地のルビーの特徴のひとつです。 【タイ/カンボジア】  タイおよびカンボジアは昔からミャンマーに次ぐルビー、サファイアの重要な産地です。 1850年の鉱床発見以来、19世紀後半から世界のルビーやサファイアの宝石需要を支え続け、1980年代には最盛期を迎えます。しかし、1990年代以降、ミャンマーのモンスー鉱山から大量のルビーが産出したため、商業的に太刀打ちできなくなり、タイ産ルビーの輸出量は激減しました。現在タイは、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にバンコクやチャンタブリでは常にコランダムの新しい加熱技術が発達し、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。  タイのチャンタブリから南東へおよそ50~70kmにBo Rai(ボーライ)と Nong Bon(ノンボン)のルビー鉱区があります。この地区一帯には玄武岩が広く分布しており、タイでは最大規模のルビー鉱山です。そして道路事情もよく利便性の高い地域として知られています。この2地区はブルドーザーなどの重機が利用されるなど機械化が進んでいます。タイ産のルビーは他国の産地と同様にサファイアよりは小粒です。しかし、10ct以上の良質の結晶も採掘されており、1985年には150ctのこの地区で最大の結晶が見つかっています。近年では産出量が激減しているようです。  タイとの国境に程近いカンボジアのパイリン地区にルビーの鉱区が広がります。この地区も玄武岩を母岩としています。この玄武岩溶岩は4つの丘陵を形成しており、それぞれに鉱区が分かれています。今でも機械を使って採掘している鉱区もありますが(写真–15)、多くは農民などが農閑期に河床で小規模に採掘しています(写真–16)。カンボジアで産出するルビーもたいていはタイ産としてチャンタブリやバンコクで加熱され、市場に出て行きます(写真–17)。 ◆タイ/カンボジア産ルビーの特徴  タイ産およびカンボジア産のルビーは一連の第四紀アルカリ玄武岩を母岩としており、特徴が酷似しています。ここではタイ/カンボジア産ルビーとして一緒に扱います。この地のルビーは鉄分を多く含有するために、ミャンマー産ルビーと比較するとやや暗みを感じます。たいていはこの暗味を除去して明るくするために酸化雰囲気で加熱されます。しかし、透明度が高く、しばしばルーペクリーン(ルーペで内包物が見られない)のものに出くわします。結晶原石の形態に関連すると思われますが、カットされた石の厚みが薄くペタンとした形状のものが多いような気がします。また、紫外線蛍光が比較的弱いのもタイ/カンボジア産ルビーの特徴です。  タイ/カンボジア産のルビーにはミャンマー産のようなシルク・インクルージョンは見られません。このことはすでに1940年の宝石学の文献にスイスのグベリン博士によって記載されています。タイ/カンボジア産ルビーには、しばしば結晶とその周りを取り巻く液体インクルージョンが見られます(写真–18)。また、他の産地と比較して双晶面が多く、それらが交差した場所にはチューブ状のインクルージョンが発生し、産地特徴の一つとなっています(写真–19)。タイ/カンボジア産ルビーの特徴に平面状に分布した液膜インクルージョンがあります。これらは球状のネガティブ・クリスタルを取り囲んだ幾何学的な形態の液膜(写真–20)と中心部にネガティブ・クリスタルをもたない六角板状の液膜(写真–21)があります。いずれも方向性があり、暗視野照明では見えにくいのですが、強いファイバー光などが適切に当たると一斉に視界に浮かび上がります。 【スリランカ】  スリランカは紀元前の頃からさまざまな宝石を産出した記録があります。その種類、量および品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。ルビーの母岩は古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはすべて二次的に再堆積した漂砂鉱床からです(写真–22)。スリランカ産のルビーは、ミャンマー産の“ピジョン・ブラッド”に比べると明度が高く、ピンク気味のものが多いようです(写真–23)。ルビーの加熱処理が最初に行われたのはスリランカで、2000年前にさかのぼるといわれています。ルビーに含まれる青味を除去するために 伝統的に吹管(brow pipe)が用いられていました(写真–24)。 ◆スリランカ産ルビーの特徴  スリランカ産ルビーの内部特徴としては、第1に シルク・インクルージョンが挙げられます。ミャン マー産のルビーに見られる微細な針のクラウド状 の集合に対して、細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様(フィンガー・プリント)を呈します。また、小さな虫が飛んでいるような結晶インクルージョンも頻度高く見られます(写真–25)。これらはジルコンの結晶で、周囲に見られるテンション・クラックが後光(ヘイロー)のように見えることからジルコン・ヘイローと呼ばれています。 【ベトナム】  ベトナムでは1987年にハノイから北東へ150kmのLuc Yen(ルクエン)でルビーの鉱床が発見されました。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chaw(クイチョウ)でも上質のルビーが発見され、日本のテレビでも放映されるなど話題となりました。しかし、発見当初は本当にベトナムからルビーが産出するのかと世界の宝飾業界は懐疑的な目を向けていました。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石ロット中に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによります。当時ベトナムへ買い付けに行った業者が日本国内に持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がそれを物語っています。1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されました。先に発見されていた場所は断層沿いを流れるChay川の東側でしたが、新鉱山は西側の地区でした。旧鉱山では大理石を含む変成岩からルビーやピンク・サファイアなどを産出しましたが(写真–26)、新鉱山では片麻岩および片岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出しました。日本の宝石市場ではベトナム産スター・ルビーとして、この新鉱山のパープル系のやや半透明のものが良く知られています(写真–27)。 ◆ベトナム産ルビーの特徴  ベトナム産ルビーは、大理石起源のためミャンマー産と外観も内部特徴も良く似ています(写真–28)。平面上にそれぞれが120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンが見られますが、頻度は低めです。ミャンマー産と同様の丸みを帯びた透明結晶(写真–29)や糖蜜状の組織も観察されます(写真–30)。黎明期の宝石学の教科書には糖蜜状組織はミャンマー産の診断特徴とされていますが、ベトナム産にも見られるので注意が必要です。ベトナム産にはクラウド状に密集した微小インクルージョンが頻度高く観察されます。また、不規則な形態の青色色帯も頻繁に見られます(写真–31)。ベトナム産にはブラインド状双晶面や絣(かすり)様の微小インクルージョンが見られることがあります(写真–32)。 【カシミール】  カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンムー・カシミール藩王国があった地域で、標高8000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。カシミールはブルー・サファイアが世界的に有名ですが、ルビーの鉱山もあります(図–3)。  1979年、カシミールのAZAD地域Nangimali(ナンギマリ)山峰(海抜およそ4350m)で、大理石の巨礫から小粒のルビー原石が発見されましたが、山岳地のために生産性が悪く、継続的な採掘は行われませんでした。その後、AZAD KASHMIR MINERAL &INDUSTRIAL DEVELOPMENT CORPORATION (AKMDC)による調査が継続され、2000年代以降、品質のよい大粒結晶が採掘され、年1〜2回の国内向けのオークションが行われるようになっています。  2006年頃にAZAD地区北西部のBatakundi(バタクンディ)から赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています(写真–33)。これらのうち赤味の強いものは商業的にインダス・カシミール・ルビーとも呼ばれています。 ◆カシミール産ルビーの特徴  ナンギマリ産のルビーの特徴のひとつはブラインド状双晶面です。これらは、1方向だけのものもありますが、2方向がほぼ90°に交差したものも見られます(写真–34)。双晶面は他の産地のルビーにも珍しいものではありませんが、過去に比較的流通量の多かったミャンマーのモンスー産にはほとんど見られないため、両者の識別の手がかりにはなると思われます。ナンギマリ産ルビーの固体インクルージョンとしては自形のルチル、白色半透明のカルサイト等が見られます。液体インクルージョンは普遍的な内包物です。時にタイ産ルビーに見られる平面的に分布する幾何学的な液膜インクルージョンが見られます。  バタクンディ産のルビーは紫色の色帯が特徴的です(写真–35)。しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます(写真–36)。 【マダガスカル】  マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません。ルビーおよびサファイアの鉱山もこの20年で数多く知られるようになりました(図–4)。  マダガスカルでは2000年の9月、島の中央部の東海岸に位置するVatomandry(バトゥマンドリ)から良質のルビーが産出され注目を浴びました。しかし、サイズが小さく採掘も1年ほどでほとんど終わってしまいました。  2000年の11月にはバトゥマンドリから西北におよそ300kmの場所にあるAndilamena(アンディラムナ)に重要なルビー鉱床の発見がありました。2001年には良質のものが見つかり、2004年にはさらに重要な発見がなされています。  2012年の春にはバトゥマンドリとアンディラムナの中間付近に位置するDidy(ディディ)からも良質のルビーが発見されました。2015年以降もアンディラムナの近郊で新たな鉱山が発見されるなど、マダガスカルは常に注目をされる産地となっています。かつてはミャンマー産ルビーのロットに混ぜられてミャンマー産として販売されていることもありましたが、近年、マダガスカル産のルビーは、宝石マーケットにおいて一定の認知を得た感があります。 ◆マダガスカル産ルビーの特徴  マダガスカル産のルビーは、どの鉱区も広域変成岩起源で短いシルク・インクルージョン(写真–37)が見られます。ミャンマー産の密集したクラウド状シルクと細長いスリランカ産シルクの中間の特徴を持っています。たいていの場合、ざらめ状のジルコン結晶のクラスターが見られ(写真–38)、マダガスカル産のランド・マークになります。しばしば双晶面も見られます。 【ケニア】  汎アフリカ造山運動の中心地でもあったケニア~タンザニアにかけての地域には著名なルビーの鉱山が数多くあります(図–5)。  ケニアでもっとも著名なルビー鉱山は、タンザニアとの国境に近いMangari(マンガリ)地区にあります。1973年にアメリカの鉱物学者のJohn Saul氏が発見し、世界的にはJohn Saul(ジョンソール)鉱山として知られています。機械化された採掘が行われていますが、ほとんどはカボション・カットにされるクオリティです。超塩基性岩に伴って産出しますが、例外的に鉄分の含有量が少なく、赤色蛍光も強いためミャンマー産ルビーと間違えられるような高品質のものもあります。  2005年にナイロビの北部に位置するBaringo(バリンゴ)から玄武岩起源のルビーが発見されています。  また、隣国ウガンダに近い北西部のPokot(ポコット)からは大理石起源のルビーが発見されています。このようにケニアでは1カ国からさまざまな地質起源のルビーの産出があり、鉱山ごとの特徴を捉えておく必要があります。 ◆ケニア産ルビーの特徴  マンガリ地区のルビーはほとんどがカボション・カットにされていますが、透明度の高いものはファセット・カットされています(写真–39)。ブラインド状双晶面が良く発達しており、交差した針状インクルージョンが見られます。液体インクルージョンは、フラックス合成ルビーのフェザーのようなものがあり、強烈な赤色蛍光と合わせて合成ルビーと見まがう程です。 【タンザニア】  タンザニアは20世紀以降、アフリカ大陸におけるさまざまな宝石の新たな産地として注目を集めています。良質のルビーが複数の鉱山から産出しています(図–6)。  Longido(ロンギド)は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。産出は散発的でしたが、1980年代後半からシステマティックに採掘されるようになりました。多くはニア・ジェム品質ですが、母岩である緑色のゾイサイトとのコントラストが美しいため、ルビー・イン・ゾイサイトとして彫刻などに利用されています。  1950年代からUmba(ウンバ)地区ではルビーやサファイアが採掘されています。1989年にタイと現地の企業が合弁し、世界各地への輸出が強化されました。日本国内で宝石学のバイブルとして親しまれている文献やテキストに東アフリカ産として紹介されているのは主にこの地のものです。  Morogoro(モロゴロ)は、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています(写真–40)。    Tunduru(トゥンドゥル)は、1990年代の半ばに農夫によって河床からさまざまな宝石が発見され、その後東アフリカ地域の重要な宝石鉱床へと発展します。ルビー、ピンク・サファイアの他にカラーチェンジ・タイプを含む各色のサファイアを産出しています。  Songea(ソンゲア)は各色のサファイアを産出することで知られています。2001年9月頃から日本市場にオレンジレッド~レディッシュオレンジのルビーと呼ぶには少し馴染みのない色のコランダムが輸入されてきました。これらは後にソンゲア産のコランダムがBe拡散加熱処理されたものとわかりました。  2008年春、バーゼルフェアに出品されたWinza(ウィンザ)産のルビーが注目を集めました。多くのものが非加熱で色調が良く、大粒のものも多かったため高値で取引されていました。日本国内でも同年の4月くらいから見られるようになりました。しかし、数年後にはたちまち掘りつくされ、採掘していた鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。 ◆タンザニア産ルビーの特徴  モロゴロ産のルビーは大理石起源であり、ミャンマー産ルビーと良く似ています。120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンやカルサイトなどの丸みを帯びた透明結晶が見られます(写真–41)。ミャンマー産のロットに混ぜられると視覚的に分別するのは難しくなります。   ウィンザ産のルビーには、湾曲した針インクルージョン(写真–42)、整列したネガティブ・クリスタル、青色色帯などが見られます。特に湾曲した針状インクルージョンは、Winza産ルビーの診断特徴となります。 【モザンビーク】  モザンビークは、さまざまな品質、色味、サイズのルビーを産出しますが、これまでになく高品質のルビーを大量に市場にもたらしたことで、現在最も注目されている産地です。モザンビークベルトと呼ばれる造山帯に位置し、角閃岩と呼ばれる変成岩中にルビーを産出します。モザンビークで最初にルビーが発見されたのは、Niassa(ニアッサ)州のM’sawise村周辺で、2008年の10月頃でした。 この地では一次鉱床から低品質~中程度の品質のものを多く産出しており、バンコクを経由して2009年の3月頃より日本の市場に輸入されてきました。  2009年の5月頃、北東部のMontepuez(モンテプエズ)において世界最大級となるルビー鉱山が発見されました。当初は違法採掘者による無計画な採掘を主体としていましたが、2011年6月には海外資本による合弁企業MRM(モンテプエズ ルビー マイニング社)が設立され、探査から採掘、選別など近代的な手法が取り入れられて産出量が大幅に増加しました。モンテプエズにはいくつかの鉱区があります。Maninge Nice(マニンゲナイス)と呼ばれる鉱区だけが一次鉱床で、直接母岩(角閃岩)から採掘されていますが、Mugloto(ムグロト)など他の鉱区はすべて二次鉱床から採掘されています。マニンゲナイス鉱区のルビーは鉄分が少なく、色は鮮やかなものが多いといわれています。いっぽうで、クラリティの悪いものが多く、そういったものにはボラックスを用いた加熱や鉛ガラスの含浸処理が行われています。ムグロト地区のものは、やや鉄分が多いために褐色味やオレンジ味があります。これらは明るい色調にするために多くのものは1500℃程度のフラックスを用いない加熱が行われています。  2015年頃、スリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われているということが話題になりました。これはわずかに残る青味を除去するために、スリランカで古くから行われている吹管(brow pipe)を用いた800℃~1000℃程度の加熱です。  モザンビーク産のルビーにはさまざまな品質のものがあり、多くのものが加熱されています。しかし、中には非加熱で美しいものもあり、世界の非加熱ルビーの需要を満たしています(写真–43)。 ◆モザンビーク産ルビーの特徴  モザンビーク産ルビーの内部特徴としては、針状と板状の混在した固体インクルージョンが挙げられます。これらは暗視野照明では見え難いですが、適切にファイバー光を用いるとキラキラと存在感を現します(写真–44)。角閃岩を母岩としていますので、さまざまな形態の角閃石を含みます。灰緑色のもの(写真–45)や透明で細長いものが見られ(写真–46)、これらの存在でミャンマー産との区別が容易となります。モザンビーク産ルビーには針状インクルージョンを伴った双晶面も普通に見られます(写真–47)。また、多くは二次鉱床から産出するためにフラクチャーに酸化鉄による汚染が見られます(写真–48)。 国内で流通するルビーの変遷  日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年 代~70年 代にかけてです。その頃、国内ではルビーの原産地情報が鑑別書に記載されることはほとんどありませんでした。元素分析や分光分析を用いて、検査結果報告書や分析報告書として産地記載を行う鑑別機関が出てきたのは1990年以降です。 1960年代~1980年代くらいまでは、積極的に産地鑑別は行っていなくとも、色、紫外線蛍光、内部特徴などで鑑別技術者にはある程度の出所を推定することができました。ベテランの技術者に聞いた話では、紫外線によるルビーの赤色蛍光が強いとミャンマー(当時はビルマ)、弱いとタイ、ものすごく強いとベルヌイ合成という認識だったとのことです。ルビーの産地自体が少なく、容易に識別ができたようです。実際に鑑別に持込まれていたのはタイ産が一番多く、次いでミャンマー産、スリランカ産だったようです。それ以外には東アフリカのケニア産やタンザニア産がごく少量流通していたようです。1975年の宝石学会誌には、ケニア産のルビーが国内で始めて鑑別に持込まれたことが報告されています。 1980年代末~1990年代の前半にベトナム産のルビーが登場し、話題となりました。当初、「ベトナムからルビーは産出しない」と主張される高名な宝石学者がおられたため、日本の宝飾市場ではこの産地の存在についてやや懐疑的でした。ところが、1991年に日本の業者さんが始めてベトナムのルビー鉱区に出向き、実際に産出を確かめてサンプルを持ち帰り、鑑別機関による研究報告がそれを裏付けました。ちょうどこの頃、ベルヌイ合成ルビーが天然石と同様に加熱され、加熱による液体様のフェザー・インクルージョンを内包したものが大量に出回り、日常の鑑別を煩雑なものとしました。  1990年代の中頃からミャンマーのモンスー産のルビーが大量に輸入されるようになり、2000年代の中頃までのほぼ10年間はマーケットの中心となりました。宝石品質のルビーが大量供給されることは良いのですが、いっぽうで、いくつかの問題もはらんでいました。一つは、充填物の問題です。モンスー産ルビーのほとんどは、フラックスを添加して加熱されたもので、キャビティやフラクチャーへ浸透したガラス物質が固化して残留してしまいます。二つめは低温加熱の問題です。ミャンマー産ルビーの特徴の項目で述べたように、モンスー産のルビーには青色色帯を有するものが多く、高温で加熱するとこれらは除去されます。しかし、低温では残存することもあり、海外のある鑑別機関が行っていた青色色帯の有無による非加熱の鑑別が後日問題となりました。  2000年以降、マダガスカル産のルビーが流通を始めました。当時、モンスー産のルビーが全盛期でしたので、ルビーのロット鑑別では赤色蛍光の強いモンスー産ルビーに混じって蛍光の弱いマダガスカル産が1~2割程度混ざっているという印象でした。2004年頃から出現した鉛ガラスを含浸したルビーは、当初マダガスカル産の品質の低いものを対象としていました。  2008年の春頃より、タンザニアのウィンザ産のルビーを見かけるようになりました。この鉱山のルビーは非加熱で美しいものが多く、主にヨーロッパで人気が高かったようです。残念ながら採掘は短期間で終わったようで、数年で鑑別のルーティンからは姿を消してしまいました。  2009年になると、モザンビーク産のルビーが登場しました。大型資本によって、これまでの産地には例が無いほどの量が産出されており、非加熱で高品質のものから鉛ガラスが含浸された安価なものまで幅広い価格帯のものを継続して供給しています。モザンビークは、2020年の現在でもルビーの原産地として最も重要な役割りを担っていると言えます。◆ (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化 (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化 (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化
写真–1:ミャンマー産非加熱ルビー5ct(写真提供:(株)アンジャリジュエルス)

はじめに

ルビーは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもルビーとサファイアを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3を占めると言われています。CGLでもコランダム宝石は毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。ミャンマー産の非加熱ルビーは世界的なオークションにおいても常に高額で落札されるなど、ルビーには古来高級宝石のイメージがあります(写真–1)。いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なルビーのジュエリーやアクセサリーも販売されています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱や含浸などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なルビーだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでもが宝石として利用できるようになりました。2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。また、過去には米国によるミャンマー産ルビーとヒスイの輸入禁止という、宝石にはそぐわない政治的影響をこうむったという現実もあります。
このようにルビーの原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではルビーの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。

 

ルビーとは

ルビーは微量のクロム(Cr)を含有しています。この元素はコランダム(化学式:Al2O3)の主元素であるアルミニウム(Al)とは地球化学的に相反する性質を有しています。というのは、アルミニウムは地球の表層部あるいは大陸地殻と呼ばれる陸地を形成する地域に多く存在するのですが、クロムは地球のやや深部あるいは海洋地殻と呼ばれる海底を形成する地域に分布する傾向にあります。簡単に言うと一緒に存在し難い元素が偶然出会ってルビーの結晶ができているのです。さらに言えば、クロムは存在度の極めて低い(地球上に少ない)元素で、しかも宝石のきれいな色の原因になりますから、ルビーは美しく希少性の高い宝石になるわけです。
ルビーの地質学的な起源は、1)アルカリ玄武岩関連、2)広域変成岩(苦鉄質岩~超苦鉄質岩)、3)大理石(結晶質石灰岩)に大別できます。アルカリ玄武岩を母岩とする産地はタイ、カンボジアなどで鉄(Fe)などの不純物元素を多く含むことからやや暗味のある色調となります。大理石を母岩とするミャンマー、アフガニスタンやベトナム産のものは不純物元素も少なく、鮮やかな色調のものが多く見られます。広域変成岩に分類される苦鉄質~超苦鉄質岩を母岩とする産地はケニア、タンザニア、マダガスカルおよびモザンビークなどで、概して前二者の中間的な鉄の含有量で蛍光性がやや弱めとなります。
このようにルビーはそれぞれの産地によって若干の色合いの違いが見られます。しかし、ほとんどのルビーは市場で好まれる色にするために加熱が施されており、見た目だけで産地を言い当てるのは困難です。特に似たような地質環境で成長したルビーはなおさらです。ただ、なんとなくその産地らしい色合いというものがあり、並べてみると判ることがあります(写真–2)。

写真-2:産地によるルビーの色合い(左からマダガスカル、タンザニア(ウィンザ)、モザンビーク)
写真–2:産地によるルビーの色合い(左からマダガスカル、タンザニア(ウィンザ)、モザンビーク)

 

ルビーの原産地

宝石質ルビーの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらのルビーの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、ルビーがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–1)。

図–1:世界の主要なルビー産地(地質イベント区分による)1.グリーンランド、2.ケニア、3.タンザニア、4.モザンビーク、5.マダガスカル、6.インド、7.スリランカ、8.アフガニスタン、9.タジキスタン、10.カシミール、11.ミャンマー、12.ベトナム、13.タイ/カンボジア
図–1:世界の主要なルビー産地(地質イベント区分による)1.グリーンランド、2.ケニア、3.タンザニア、4.モザンビーク、5.マダガスカル、6.インド、7.スリランカ、8.アフガニスタン、9.タジキスタン、10.カシミール、11.ミャンマー、12.ベトナム、13.タイ/カンボジア

 

最も古い時代のルビーはグリーンランドに見られます。ここでは生命が誕生する以前の29.7~26億年前の始生代と呼ばれる地質時代の変成岩類から採掘されています。グリーンランドのルビー形成は非常に古いのですが、発見されたのは新しく1960年代に入ってからです。商業的に生産されるようになったのは2015年の夏頃からといわれており、今後に期待される産地といえます。
2番目のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生していました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はルビーをはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。ケニア、タンザニア、モザンビーク等のアフリカ諸国やマダガスカル、インドおよびスリランカのルビーはこの時代に形成しています。
3番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動です。この時代に形成した大理石を起源とするルビーが、ミャンマーをはじめアフガニスタン、タジキスタンおよびベトナム等に見られます。
4番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したルビーを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。ダイヤモンドを運搬したキンバーライトと同様です。このようなアルカリ玄武岩起源のルビーにはタイ産やカンボジア産等があります。

 

原産地鑑別の限界

宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自の意見として理解されています。このopinion(意見)という考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–3)。

写真–3:ルビーの産地鑑別レポート(CGL)
写真–3:ルビーの産地鑑別レポート(CGL)

 

原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければなりません。
検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばミャンマー産、ベトナム産、アフガニスタンおよびタジキスタン産の大理石起源のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。

 

【ミャンマー】

ミャンマーには高品質のルビーを産出する世界的にもっとも重要なMogok(モゴック)鉱山があります。歴史的なロイヤル・ジュエリーにセットされているルビーのほとんどはこのモゴックで採掘されたものです。また、世界的に著名なオークションにおいて1ctあたり$50,000以上の価格が付けられた150個以上のルビーのうちモゴック産でなかったものは12個に過ぎなかったという報告もあります。その他にもMong Hsu(モンスー)、Nanyaseik(ナムヤ―)などの著名なルビー鉱山があります(図–2)。

図-2:ミャンマーのルビー鉱床
図-2:ミャンマーのルビー鉱床

 

これらはすべて白色のドロマイトもしくはカルサイトの結晶粒から成る大理石(結晶質石灰岩)を母岩としています(写真–4)。大理石はタイ産などの玄武岩起源とは異なり、色調に暗みを与える不純物が少ないため、ミャンマー産のルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と呼ばれるような鳩血色の濃くて鮮やかな色調になります。

写真-4:大理石を母岩としたルビー原石(モゴック/ミャンマー)
写真-4:大理石を母岩としたルビー原石(モゴック/ミャンマー)

 

写真-5:モゴック市街を一望(湖は英国統治時代の採掘跡)
写真-5:モゴック市街を一望(湖は英国統治時代の採掘跡)

 

モゴック鉱山では6世紀の頃からルビーが採掘されてきたと言われています。ビルマの史録に、1597年にモゴックの鉱床がシャン族からビルマ国王の手に渡ったとされています。19世紀に入って英国がこの地を支配すると、宝石の採掘と売買に関しても監視するようになりました。1887年に英国主導のビルマ・ルビー・マインズ社(BRM)が設立され、機械化された採掘が行われました。BRMが採掘していた跡地は大雨などで排水溝が破壊されてその後大きな湖となり、今も往時の繁栄を垣間見ることができます(写真–5)。1930年代に英国人が撤退すると、現地人の手による採掘が再開されました。採掘方法は彼らに馴染の深い昔ながらの手法に戻り、経験に基づく作業が行われていました。1963年にはビルマ政府によって事業は完全に国営化され、外国人による採掘や販売はすべて禁止され、実質上鉱山への立ち入りが不可能になりました。1990年代になると、これらの規制は緩やかになり、政府と個人企業に因る合弁事業が許可されるようになり、昔ながらの手法に加え(写真–6)、近代的な採掘が行われるようになりました(写真–7)。さらに最近の数年間のうちにミャンマーの宝石取引は革新的な変化を遂げました。宝石の個人売買と合法的な輸出入が可能となり、多くの外国人によって活発な商取引がなされるようになっています(写真–8)。

写真-6:手作業で選鉱するカナセと呼ばれる現地女性(モゴック/ミャンマー)
写真-6:手作業で選鉱するカナセと呼ばれる現地女性(モゴック/ミャンマー)

 

写真-7:大理石の一次鉱床から重機を使用しての採掘(モゴック/ミャンマー)
写真-7:大理石の一次鉱床から重機を使用しての採掘(モゴック/ミャンマー)

 

写真-8:外国人バイヤーで賑わう宝石マーケット(モゴック/ミャンマー)
写真-8:外国人バイヤーで賑わう宝石マーケット(モゴック/ミャンマー)

 

ミャンマー東部、タイとの国境を持つシャン州にモンスー鉱山があります。1990年代の前半にモンスー産ルビーに対する加熱技術が向上し、市場性が一気に高まりました。この新しい技術はこれまでとは異なり、硼砂などのフラックスを添加して高温で加熱するものでした。これによって暗い小豆色をしていた結晶原石が鮮やかな赤色に変化し、良質の宝石品質ルビーが大量に供給されることになりました。このため、安価に天然のルビーが市場に供される結果となり、比較的製造にコストのかかるフラックス合成ルビーのメーカーが宝石市場から撤退したという話が伝えられているほどです。
モンスー産のルビーは正規には政府が管理したエンポリアム(入札会)を経て海外に輸出されます。しかし、一部のものはタイとの国境付近にあるMae Sai(メイサイ)を経由してバンコクやチャンタブリに密輸されていたようです。
ナムヤー(あるいはナヤン)はミャンマー北部のカチン州にある北部最大の町で、ヒスイの鉱山として有名なパカンの近傍にルビー鉱山があります。現地ではかなり以前からルビーの存在が知られていましたが、正式な鉱山として鉱山省に認められたのは2000年代に入ってからです。ナムヤーはルビーと共にレッド・スピネルの産出地として宝石ディーラーの間では良く知られています。ルビーもレッド・スピネルもモゴック産のものよりも明度の高い赤色~ピンク色を呈しています。ナムヤー鉱山は歴史が浅く、採掘方法も単純で採掘量も世界の需要を満たせるレベルには達していません。日本国内でも見かける頻度はまだまだ低く、これからが期待される産地です。そして、現時点ではナムヤー鉱山産のルビーのほとんどは加熱されていないようです。

 

◆ミャンマー産ルビーの特徴

ミャンマー産ルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と表現される美しい色調を示します。もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、冒頭で紹介したように世界的な人気を博しています。歴史的にも評価されているミャンマー・ルビーはすべてモゴック産のものです。他の鉱山のものは比較的新しく、ルビーの知名度としてはモゴック鉱山産には及びません。
モゴック鉱山産のルビーは細く短いシルク・インクルージョンが特徴です(写真–9)。これらは密集してクラウド状になることもあります。丸みを帯びたカルサイトやアパタイトの透明結晶を内包することが多く、木の切り株を思わせることからスタッビィ結晶インクルージョンと称されます(写真–10)。時にスフェーンやネフェリンの無色透明結晶も含まれています。また、ガム・シロップを溶かし込んだ時のようなモヤモヤとした成長構造を示すことがあり、糖蜜状組織と呼ばれています(写真–11)。
モンスー鉱山産のルビー原石は、そのほとんどがバンコクやチャンタブリで加熱されています。原石は全体的に小豆色をしており、結晶の中心部に濃い青色の成長分域を持つのが特徴で、通常は加熱によってこれを除去して鮮やかな赤色にしています。したがって、ファセット・カットされた非加熱のモンスー鉱山産ルビーには、たいていこの青色色帯が認められます(写真–12)。しかし、加熱温度が低い場合は処理後も青色色帯が残存することがあるため、注意が必要です。また、毛羽立ったような立体的に配列する微小インクルージョン(写真–13)やコメット(彗星)状インクルージョン(写真–14)もこの地のルビーの特徴のひとつです。

写真-9:細く短いシルク・インクルージョン(モゴック/ミャンマー)
写真-9:細く短いシルク・インクルージョン(モゴック/ミャンマー)

 

写真-10:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モゴック/ミャンマー)
写真-10:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モゴック/ミャンマー)

 

写真-11:糖蜜状組織(モゴック/ミャンマー)
写真-11:糖蜜状組織(モゴック/ミャンマー)

 

写真-12:青色色帯(モンスー/ミャンマー)
写真-12:青色色帯(モンスー/ミャンマー)

 

写真-13:微小インクルージョン(モンスー/ミャンマー)
写真-13:微小インクルージョン(モンスー/ミャンマー)

 

写真-14:コメット(彗星)状インクルージョン(モンスー/ミャンマー)
写真-14:コメット(彗星)状インクルージョン(モンスー/ミャンマー)

 

【タイ/カンボジア】

タイおよびカンボジアは昔からミャンマーに次ぐルビー、サファイアの重要な産地です。
1850年の鉱床発見以来、19世紀後半から世界のルビーやサファイアの宝石需要を支え続け、1980年代には最盛期を迎えます。しかし、1990年代以降、ミャンマーのモンスー鉱山から大量のルビーが産出したため、商業的に太刀打ちできなくなり、タイ産ルビーの輸出量は激減しました。現在タイは、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にバンコクやチャンタブリでは常にコランダムの新しい加熱技術が発達し、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。
タイのチャンタブリから南東へおよそ50~70kmにBo Rai(ボーライ)と Nong Bon(ノンボン)のルビー鉱区があります。この地区一帯には玄武岩が広く分布しており、タイでは最大規模のルビー鉱山です。そして道路事情もよく利便性の高い地域として知られています。この2地区はブルドーザーなどの重機が利用されるなど機械化が進んでいます。タイ産のルビーは他国の産地と同様にサファイアよりは小粒です。しかし、10ct以上の良質の結晶も採掘されており、1985年にはこの地区で最大の150ctの結晶が見つかっています。近年では産出量が激減しているようです。
タイとの国境に程近いカンボジアのパイリン地区にルビーの鉱区が広がります。この地区も玄武岩を母岩としています。この玄武岩溶岩は4つの丘陵を形成しており、それぞれに鉱区が分かれています。今でも機械を使って採掘している鉱区もありますが(写真–15)、多くは農民などが農閑期に河床で小規模に採掘しています(写真–16)。カンボジアで産出するルビーもたいていはタイ産としてチャンタブリやバンコクで加熱され、市場に出て行きます(写真–17)。

 

写真-15:高圧水を使用したルビーの採掘(パイリン/カンボジア)
写真-15:高圧水を使用したルビーの採掘(パイリン/カンボジア)

 

写真-16:河床での地元民による選鉱(パイリン/カンボジア)
写真-16:河床での地元民による選鉱(パイリン/カンボジア)

 

写真-17:パイリン鉱山(カンボジア)産ルビーの原石
写真-17:パイリン鉱山(カンボジア)産ルビーの原石

 

 

◆タイ/カンボジア産ルビーの特徴

タイ産およびカンボジア産のルビーは一連の第四紀アルカリ玄武岩を母岩としており、特徴が酷似しています。ここではタイ/カンボジア産ルビーとして一緒に扱います。この地のルビーは鉄分を多く含有するために、ミャンマー産ルビーと比較するとやや暗みを感じます。たいていはこの暗味を除去して明るくするために酸化雰囲気で加熱されます。しかし、透明度が高く、しばしばルーペクリーン(ルーペで内包物が見られない)のものに出くわします。結晶原石の形態に関連すると思われますが、カットされた石の厚みが薄くペタンとした形状のものが多いような気がします。また、紫外線蛍光が比較的弱いのもタイ/カンボジア産ルビーの特徴です。
タイ/カンボジア産のルビーにはミャンマー産のようなシルク・インクルージョンは見られません。このことはすでに1940年の宝石学の文献にスイスのグベリン博士によって記載されています。タイ/カンボジア産ルビーには、しばしば結晶とその周りを取り巻く液体インクルージョンが見られます(写真–18)。また、他の産地と比較して双晶面が多く、それらが交差した場所にはチューブ状のインクルージョンが発生し、産地特徴の一つとなっています(写真–19)。タイ/カンボジア産ルビーの特徴に平面状に分布した液膜インクルージョンがあります。これらは球状のネガティブ・クリスタルを取り囲んだ幾何学的な形態の液膜(写真–20)と中心部にネガティブ・クリスタルをもたない六角板状の液膜(写真–21)があります。いずれも方向性があり、暗視野照明では見えにくいのですが、強いファイバー光などが適切に当たると一斉に視界に浮かび上がります。

写真-18:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-18:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-19:チューブ・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-19:チューブ・インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-20:幾何学的な形態の液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-20:幾何学的な形態の液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-21:六角板状インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-21:六角板状インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

【スリランカ】

スリランカは紀元前の頃からさまざまな宝石を産出した記録があります。その種類、量および品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。ルビーの母岩は古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはすべて二次的に再堆積した漂砂鉱床からです(写真–22)。スリランカ産のルビーは、ミャンマー産の“ピジョン・ブラッド”に比べると明度が高く、ピンク気味のものが多いようです(写真–23)。ルビーの加熱処理が最初に行われたのはスリランカで、2000年前にさかのぼるといわれています。ルビーに含まれる青味を除去するために伝統的に吹管(blow pipe)が用いられていました(写真–24)。

写真-22:宝石採掘小屋(ラトナプラ/スリランカ)
写真-22:宝石採掘小屋(ラトナプラ/スリランカ)

 

写真-23:採掘された宝石の中に含まれるルビー(ラトナプラ/スリランカ)
写真-23:採掘された宝石の中に含まれるルビー(ラトナプラ/スリランカ)

 

写真-24:スリランカの伝統的な加熱法(brow pipe)
写真-24:スリランカの伝統的な加熱法(blow pipe)

 

◆スリランカ産ルビーの特徴

スリランカ産ルビーの内部特徴としては、第1にシルク・インクルージョンが挙げられます。ミャンマー産のルビーに見られる微細な針のクラウド状の集合に対して、細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様(フィンガー・プリント)を呈します。また、小さな虫が飛んでいるような結晶インクルージョンも頻度高く見られます(写真–25)。これらはジルコンの結晶で、周囲に見られるテンション・クラックが後光(ヘイロー)のように見えることからジルコン・ヘイローと呼ばれています。

写真-25:ジルコン・ヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)
写真-25:ジルコン・ヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)

 

【ベトナム】

ベトナムでは1987年にハノイから北東へ150kmのLuc Yen(ルクエン)でルビーの鉱床が発見されました。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chaw(クイチョウ)でも上質のルビーが発見され、日本のテレビでも放映されるなど話題となりました。しかし、発見当初は本当にベトナムからルビーが産出するのかと世界の宝飾業界は懐疑的な目を向けていました。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石ロット中に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによります。当時ベトナムへ買い付けに行った業者が日本国内に持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がそれを物語っています。1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されました。先に発見されていた場所は断層沿いを流れるChay川の東側でしたが、新鉱山は西側の地区でした。旧鉱山では大理石からルビーやピンク・サファイアなどを産出しましたが(写真–26)、新鉱山では片麻岩などの変成岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出しました。日本の宝石市場ではベトナム産スター・ルビーとして、この新鉱山のパープル系のやや半透明のものが良く知られています(写真–27)。

写真-26:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーの原石
写真-26:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーの原石

 

写真-27:スター・ルビー(ルクエン/ベトナム)
写真-27:スター・ルビー(ルクエン/ベトナム)

 

◆ベトナム産ルビーの特徴

ベトナム産ルビーは、大理石起源のためミャンマー産と外観も内部特徴も良く似ています(写真–28)。平面上にそれぞれが120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンが見られますが、頻度は低めです。ミャンマー産と同様の丸みを帯びた透明結晶(写真–29)や糖蜜状の組織も観察されます(写真–30)。黎明期の宝石学の教科書には糖蜜状組織はミャンマー産の診断特徴とされていますが、ベトナム産にも見られるので注意が必要です。ベトナム産にはクラウド状に密集した微小インクルージョンが頻度高く観察されます。また、不規則な形態の青色色帯も頻繁に見られます(写真–31)。ベトナム産にはブラインド状双晶面や絣(かすり)様の微小インクルージョンが見られることがあります(写真–32)。

写真-28:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーのカット石
写真-28:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーのカット石

 

写真-29:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-29:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

写真-30:糖蜜状組織(ルクエン鉱山/ベトナム)
写真-30:糖蜜状組織(ルクエン/ベトナム)

 

写真-31:青色色帯と微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-31:青色色帯と微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

写真-32:絣(かすり)様の微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-32:絣(かすり)様の微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

【カシミール】

カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンムー・カシミール藩王国があった地域で、標高8000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。カシミールはブルー・サファイアが世界的に有名ですが、ルビーの鉱山もあります(図–3)。

図-3:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床
図-3:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床

 

1979年、カシミールのAZAD地域Nangimali(ナンギマリ)山峰(海抜およそ4350m)で、大理石の巨礫から小粒のルビー原石が発見されましたが、山岳地のために生産性が悪く、継続的な採掘は行われませんでした。その後、AZAD KASHMIR MINERAL&INDUSTRIAL DEVELOPMENT CORPORATION (AKMDC)による調査が継続され、2000年代以降、品質のよい大粒結晶が採掘され、年1〜2回の国内向けのオークションが行われるようになっています。
2006年頃にAZAD地区北西部のBatakundi(バタクンディ)から赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています(写真–33)。これらのうち赤味の強いものは商業的にインダス・カシミール・ルビーとも呼ばれています。

写真-33:バタクンディ(カシミール)産サファイアとルビー
写真-33:バタクンディ(カシミール)産サファイアとルビー

 

◆カシミール産ルビーの特徴

ナンギマリ産のルビーの特徴のひとつはブラインド状双晶面です。これらは、1方向だけのものもありますが、2方向がほぼ90°に交差したものも見られます(写真–34)。

写真-34:ブラインド状双晶面(ナンギマリ/カシミール)
写真-34:ブラインド状双晶面(ナンギマリ/カシミール)

 

双晶面は他の産地のルビーにも珍しいものではありませんが、過去に比較的流通量の多かったミャンマーのモンスー産にはほとんど見られないため、両者の識別の手がかりにはなると思われます。ナンギマリ産ルビーの固体インクルージョンとしては自形のルチル、白色半透明のカルサイト等が見られます。液体インクルージョンは普遍的な内包物です。時にタイ産ルビーにも見られる平面的に分布する幾何学的な液膜インクルージョンが見られます。
バタクンディ産のルビーは紫色の色帯が特徴的です(写真–35)。

写真-35:紫色の色帯(バタクンディ/カシミール)
写真-35:紫色の色帯(バタクンディ/カシミール)

 

しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます(写真–36)。

写真-36:金属インクルージョン(バタクンディ/カシミール)
写真-36:金属インクルージョン(バタクンディ/カシミール)

 

【マダガスカル】

マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません。ルビーおよびサファイアの鉱山もこの20年で数多く知られるようになりました(図–4)。

図-4:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床
図-4:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床

 

マダガスカルでは2000年の9月、島の中央部の東海岸に位置するVatomandry(バトゥマンドリ)から良質のルビーが産出され注目を浴びました。しかし、サイズが小さく採掘も1年ほどでほとんど終わってしまいました。
2000年の11月にはバトゥマンドリから西北におよそ300kmの場所にあるAndilamena(アンディラムナ)に重要なルビー鉱床の発見がありました。2001年には良質のものが見つかり、2004年にはさらに重要な発見がなされています。
2012年の春にはバトゥマンドリとアンディラムナの中間付近に位置するDidy(ディディ)からも良質のルビーが発見されました。2015年以降もアンディラムナの近郊で新たな鉱山が発見されるなど、マダガスカルは常に注目をされる産地となっています。かつてはミャンマー産ルビーのロットに混ぜられてミャンマー産として販売されていることもありましたが、近年、マダガスカル産のルビーは、宝石マーケットにおいて一定の認知を得た感があります。

 

◆マダガスカル産ルビーの特徴

マダガスカル産のルビーは、どの鉱区も広域変成岩起源で短いシルク・インクルージョン(写真–37)が見られます。

写真-37:シルク・インクルージョン(マダガスカル)
写真-37:シルク・インクルージョン(マダガスカル)

 

ミャンマー産の密集したクラウド状シルクと細長いスリランカ産シルクの中間の特徴を持っています。たいていの場合、ざらめ状のジルコン結晶のクラスターが見られ(写真–38)、マダガスカル産のランド・マークになります。しばしば双晶面も見られます。

写真-38:ジルコン・クラスター・インクルージョン(マダガスカル)
写真-38:ジルコン・クラスター・インクルージョン(マダガスカル)

 

【ケニア】

汎アフリカ造山運動の中心地でもあったケニア~タンザニアにかけての地域には著名なルビーの鉱山が数多くあります(図–5)。

図-5:ケニアのルビー鉱床
図-5:ケニアのルビー鉱床

 

ケニアでもっとも著名なルビー鉱山は、タンザニアとの国境に近いMangari(マンガリ)地区にあります。1973年にアメリカの鉱物学者のJohn Saul氏が発見し、世界的にはJohn Saul(ジョンソール)鉱山として知られています。機械化された採掘が行われていますが、ほとんどはカボション・カットにされるクオリティです。超塩基性岩に伴って産出しますが、例外的に鉄分の含有量が少なく、赤色蛍光も強いためミャンマー産ルビーと間違えられるような高品質のものもあります。
2005年にナイロビの北部に位置するBaringo(バリンゴ)から玄武岩起源のルビーが発見されています。
また、隣国ウガンダに近い北西部のPokot(ポコット)からは大理石起源のルビーが発見されています。このようにケニアでは1カ国からさまざまな地質起源のルビーの産出があり、鉱山ごとの特徴を捉えておく必要があります。

 

◆ケニア産ルビーの特徴

マンガリ地区のルビーはほとんどがカボション・カットにされていますが、透明度の高いものはファセット・カットされています(写真–39)。

写真-39:ファセット・カットされた透明度の高いマンガリ鉱山(ケニア)産ルビー
写真-39:ファセット・カットされた透明度の高いマンガリ鉱山(ケニア)産ルビー

 

ブラインド状双晶面が良く発達しており、交差した針状インクルージョンが見られます。液体インクルージョンは、フラックス合成ルビーのフェザーのようなものがあり、強烈な赤色蛍光と合わせて合成ルビーと見まがう程です。

【タンザニア】

タンザニアは20世紀以降、アフリカ大陸におけるさまざまな宝石の新たな産地として注目を集めています。良質のルビーが複数の鉱山から産出しています(図–6)。

図-6:タンザニアのルビー鉱床
図-6:タンザニアのルビー鉱床

 

Longido(ロンギド)は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。産出は散発的でしたが、1980年代後半からシステマティックに採掘されるようになりました。多くはニア・ジェム品質ですが、母岩である緑色のゾイサイトとのコントラストが美しいため、ルビー・イン・ゾイサイトとして彫刻などに利用されています。
1950年代からUmba(ウンバ)地区ではルビーやサファイアが採掘されています。1989年にタイと現地の企業が合弁し、世界各地への輸出が強化されました。日本国内で宝石学のバイブルとして親しまれている文献やテキストに東アフリカ産として紹介されているのは主にこの地のものです。
Morogoro(モロゴロ)は、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています(写真–40)。

写真-40:“ミャンマー・タイプ”のモロゴロ鉱山(タンザニア)産ルビーの原石
写真-40:“ビルマ・タイプ”のモロゴロ鉱山(タンザニア)産ルビーの原石

 

Tunduru(トゥンドゥル)は、1990年代の半ばに農夫によって河床からさまざまな宝石が発見され、その後東アフリカ地域の重要な宝石鉱床へと発展します。ルビー、ピンク・サファイアの他にカラーチェンジ・タイプを含む各色のサファイアを産出しています。
Songea(ソンゲア)は各色のサファイアを産出することで知られています。2001年9月頃から日本市場にオレンジレッド~レディッシュオレンジのルビーと呼ぶには少し馴染みのない色のコランダムが輸入されてきました。これらは後にソンゲア産のコランダムがBe拡散加熱処理されたものとわかりました。
2008年春、バーゼルフェアに出品されたWinza(ウィンザ)産のルビーが注目を集めました。多くのものが非加熱で色調が良く、大粒のものも多かったため高値で取引されていました。日本国内でも同年の4月くらいから見られるようになりました。しかし、数年後にはたちまち掘りつくされ、採掘していた鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。

 

◆タンザニア産ルビーの特徴

モロゴロ産のルビーは大理石起源であり、ミャンマー産ルビーと良く似ています。120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンやカルサイトなどの丸みを帯びた透明結晶が見られます(写真–41)。ミャンマー産のロットに混ぜられると視覚的に分別するのは難しくなります。

写真-41:シルク・インクルージョンと丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モロゴロ/タンザニア)
写真-41:シルク・インクルージョンと丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モロゴロ/タンザニア)

 

ウィンザ産のルビーには、湾曲した針インクルージョン(写真–42)、整列したネガティブ・クリスタル、青色色帯などが見られます。特に湾曲した針状インクルージョンは、ウィンザ産ルビーの診断特徴となります。

写真-42:湾曲した針状インクルージョン(ウィンザ/タンザニア)
写真-42:湾曲した針状インクルージョン(ウィンザ/タンザニア)

 

【モザンビーク】

モザンビークは、さまざまな品質、色味、サイズのルビーを産出しますが、これまでになく高品質のルビーを大量に市場にもたらしたことで、現在最も注目されている産地です。モザンビークベルトと呼ばれる造山帯に位置し、角閃岩と呼ばれる変成岩中にルビーを産出します。モザンビークで最初に宝石品質のルビーが発見されたのは、Niassa(ニアッサ)州のM’sawise村周辺で、2008年の10月頃でした。
この地では一次鉱床から低品質~中程度の品質のものを多く産出しており、バンコクを経由して2009年の3月頃より日本の市場に輸入されてきました。
2009年の5月頃、北東部のMontepuez(モンテプエズ)において世界最大級となるルビー鉱山が発見されました。当初は違法採掘者による無計画な採掘を主体としていましたが、2011年6月には海外資本による合弁企業MRM(モンテプエズ ルビー マイニング社)が設立され、探査から採掘、選別など近代的な手法が取り入れられて産出量が大幅に増加しました。モンテプエズにはいくつかの鉱区があります。Maninge Nice(マニンゲナイス)と呼ばれる鉱区だけが一次鉱床で、直接母岩(角閃岩)から採掘されていますが、Mugloto(ムグロト)など他の鉱区はすべて二次鉱床から採掘されています。マニンゲナイス鉱区のルビーは鉄分が少なく、色は鮮やかなものが多いといわれています。いっぽうで、クラリティの悪いものが多く、そういったものにはボラックスを用いた加熱や鉛ガラスの含浸処理が行われています。ムグロト地区のものは、やや鉄分が多いために褐色味やオレンジ味があります。これらは明るい色調にするために多くのものは1500℃程度のフラックスを用いない加熱が行われています。
2015年頃、スリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われているということが話題になりました。これはわずかに残る青味を除去するために、スリランカで古くから行われている吹管(blow pipe)を用いた800℃~1000℃程度の加熱です。
モザンビーク産のルビーにはさまざまな品質のものがあり、多くのものが加熱されています。しかし、中には非加熱で美しいものもあり、世界の非加熱ルビーの需要を満たしています(写真–43)。

写真-43:非加熱モザンビーク産ルビー(写真提供;㈱アンジャリジュエルス)
写真-43:非加熱モザンビーク産ルビー(写真提供;㈱アンジャリジュエルス)

 

◆モザンビーク産ルビーの特徴

モザンビーク産ルビーの内部特徴としては、針状と板状の混在した固体インクルージョンが挙げられます。これらは暗視野照明では見え難いこともありますが、適切にファイバー光を用いるとキラキラと存在感を現します(写真–44)。

写真-44:ファイバー光で閃く針状と板状インクルージョン(モザンビーク)
写真-44:ファイバー光で閃く針状と板状インクルージョン(モザンビーク)

 

角閃岩を母岩としていますので、さまざまな形態の角閃石を含みます。灰緑色のもの(写真–45)や透明で細長いものが見られ(写真–46)、これらの存在でミャンマー産との区別が容易となります。

写真-45:灰緑色の角閃石インクルージョン(モザンビーク)
写真-45:灰緑色の角閃石インクルージョン(モザンビーク)

 

写真-46:長柱状の角閃石インクルージョン(モザンビーク)
写真-46:長柱状の角閃石インクルージョン(モザンビーク)

 

モザンビーク産ルビーには針状インクルージョンを伴った双晶面も普通に見られます(写真–47)。また、多くは二次鉱床から産出するためにフラクチャーに酸化鉄による汚染が見られます(写真–48)。

写真-47:ブラインド状双晶面(モザンビーク)
写真-47:ブラインド状双晶面(モザンビーク)

 

写真-48:酸化鉄の付着した液膜インクルージョン(モザンビーク)
写真-48:酸化鉄の付着した液膜インクルージョン(モザンビーク)

 

国内で流通するルビーの変遷

日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年 代~70年 代にかけてです。その頃、国内ではルビーの原産地情報が鑑別書に記載されることはほとんどありませんでした。元素分析や分光分析を用いて、検査結果報告書や分析報告書として産地記載を行う鑑別機関が出てきたのは1990年以降です。
1960年代~1980年代くらいまでは、積極的に産地鑑別は行っていなくとも、色、紫外線蛍光、内部特徴などで鑑別技術者にはある程度の出所を推定することができました。ベテランの技術者に聞いた話では、紫外線によるルビーの赤色蛍光が強いとミャンマー(当時はビルマ)、弱いとタイ、ものすごく強いとベルヌイ合成という認識だったとのことです。ルビーの産地自体が少なく、容易に識別ができたようです。実際に鑑別に持込まれていたのはタイ産が一番多く、次いでミャンマー産、スリランカ産だったようです。それ以外には東アフリカのケニア産やタンザニア産がごく少量流通していたようです。1975年の宝石学会誌には、ケニア産のルビーが国内で始めて鑑別に持込まれたことが報告されています。
1980年代末~1990年代の前半にベトナム産のルビーが登場し、話題となりました。当初、「ベトナムからルビーは産出しない」と主張される高名な宝石学者がおられたため、日本の宝飾市場ではこの産地の存在についてやや懐疑的でした。ところが、1991年に日本の業者さんが始めてベトナムのルビー鉱区に出向き、実際に産出を確かめてサンプルを持ち帰り、鑑別機関による研究報告がそれを裏付けました。ちょうどこの頃、ベルヌイ法合成ルビーが天然石と同様に加熱され、加熱による液体様のフェザー・インクルージョンを内包したものが大量に出回り、日常の鑑別を煩雑なものとしました。
1990年代の中頃からミャンマーのモンスー産のルビーが大量に輸入されるようになり、2000年代の中頃までのほぼ10年間はマーケットの中心となりました。宝石品質のルビーが大量供給されることは良いのですが、いっぽうで、いくつかの問題もはらんでいました。一つは、充填物の問題です。モンスー産ルビーのほとんどは、フラックスを添加して加熱されたもので、キャビティやフラクチャーへ浸透したガラス物質が固化して残留してしまいます。二つめは低温加熱の問題です。ミャンマー産ルビーの特徴の項目で述べたように、モンスー産のルビーには青色色帯を有するものが多く、高温で加熱するとこれらは除去されます。しかし、低温では残存することもあり、海外のある鑑別機関が行っていた青色色帯の有無による非加熱の鑑別が後日問題となりました。
2000年以降、マダガスカル産のルビーが流通を始めました。当時、モンスー産のルビーが全盛期でしたので、ルビーのロット鑑別では赤色蛍光の強いモンスー産ルビーに混じって蛍光の弱いマダガスカル産が1~2割程度混ざっているという印象でした。2004年頃から出現した鉛ガラスを含浸したルビーは、当初マダガスカル産の品質の低いものを対象としていました。
2008年の春頃より、タンザニアのウィンザ産のルビーを見かけるようになりました。この鉱山のルビーは非加熱で美しいものが多く、主にヨーロッパで人気が高かったようです。残念ながら採掘は短期間で終わったようで、数年で鑑別のルーティンからは姿を消してしまいました。
2009年になると、モザンビーク産のルビーが登場しました。大型資本によって、これまでの産地には例が無いほどの量が産出されており、非加熱で高品質のものから鉛ガラスが含浸された安価なものまで幅広い価格帯のものを継続して供給しています。モザンビークは、2020年の現在でもルビーの原産地として最も重要な役割りを担っていると言えます。◆

パライバ・トルマリン〜LA–ICP–MSを用いた組成分析と原産地鑑別への応用

PDFファイルはこちらから2020年8月PDFNo.56

リサーチ室 江森 健太郎・北脇 裕士

図1 ブラジル産パライバ・トルマリン
図1 ブラジル産パライバ・トルマリン

 

パライバ・トルマリンをLA–ICP–MSを用いて組成分析を行い、産地鑑別を行う方法について検討を行った。パライバ・トルマリンは組成が複雑なため、LA–ICP–MSを用いて含まれる元素のモル比を計算した後、組成式を求め、重量濃度を逆算するという手法を取った。産地鑑別についてはブラジル産、ナイジェリア産、モザンビーク産のパライバ・トルマリンをブルー系、グリーンブルー~ブルーグリーン系、グリーン系と色を3種類に分けた。結果、2元素毎のプロッティング、線形判別分析、ロジスティック回帰分析を用いて3つの産地を分けることができた。

 

はじめに

 

パライバ・トルマリンは、1980年代後半に宝石市場に登場した彩度が高く鮮やかな青色~緑色の含銅トルマリンである。最初にブラジルのパライバ州で発見されたため、宝飾業界では広くパライバ・トルマリンと呼ばれるようになった。1990年代には隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも採掘されるようになり、パライバ・トルマリンとして流通した。さらに2000年代に入って、ブラジルから遠く離れたナイジェリアやモザンビークなどのアフリカ諸国からも同様の含銅トルマリンが産出されるようになり、パライバ・トルマリンの名称について国際的な議論を呼んだ。その後、LMHC(ラボ・マニュアル調整委員会)、CIBJO(国際貴金属宝飾品連名)およびICA(国際色石協会)などによるコンセンサスが得られ、現在では原産地に関係なく、青色~緑色の含銅トルマリンはパライバ・トルマリンと呼ばれ、変わらぬ人気を持続している。

宝石市場では一般にブラジル産のパライバ・トルマリンはモザンビークやナイジェリア産のものよりも高く評価されている。そのため、アフリカ産の含銅トルマリンが出現して以降、宝石鑑別機関にはパライバ・トルマリンの原産地鑑別の要求が高まっている。これまでに多くの検査機関や研究者によるパライバ・トルマリンの原産地鑑別の可能性についての報告がなされている(文献1文献2文献3など)。これらによると、標準的な宝石鑑別検査や蛍光X線分析などでもある程度可能であるが、ICP–MS分析による微量元素の分析が有効であるとされている。しかし、それぞれの検査機関は独自の判別基準を用いており、標準化されたものは存在しない。そのため同一の宝石試料に対して異なる意見が提出されることが起こりえる。

一般にブラジル産のパライバ・トルマリンは銅の含有量が高く、濃色のものが多い。そのため銅の含有量が低い(蛍光X線分析の実測値で0.3–0.5 wt%程度)ブラジル産がアフリカ産と判別されたり、銅の含有量の高い(蛍光X線分析の実測値で1.0 wt%以上)ナイジェリア産がブラジル産と誤ってラベリングされたりしていることがある。ブラジル産にはバターリャ、キントス、ムルングなどの市場性のある鉱山が複数あり、それぞれにおいて微量元素の特性値が異なる。また、ブルーあるいはグリーンなどの色調によっても特性値は異なっている。

本研究ではブラジル、ナイジェリアおよびモザンビークのそれぞれの鉱山のオーナーあるいは直接仕入れを行っている輸入業者の方々などから貸与いただいた産地の確かな試料をもちいてLA–ICP–MSの微量元素分析を行い、より現実的で精度の高い原産地鑑別の基準づくりを試みた。

 

LA–ICP–MS分析法を用いたパライバ・トルマリンの分析法

 

LA–ICP–MSを用いてトルマリンの組成分析を行うには2つの大きな問題点が存在する。1つは組成範囲が非常に広く、内標準元素を設定することが非常に難しいということである。内標準元素とは、測定試料中の既知の濃度を有する元素のことである。例えばコランダムは組成式がAl2O3であるためAlを内標準元素として測定を行うことで微量元素の定量分析を行うことが可能であるが、トルマリンにおいては組成範囲が広く既知の濃度を有する元素を有しないため、微量元素の定量分析が難しいということである。もう1つは高濃度のリチウム(Li)とホウ素(B)を含むということである。一般的には定量分析を行う際に、標準ガラス試料(ガラスビードの中にさまざまな微量元素が一定濃度で混入されているもの)を用いて検量線を引き分析を行う。一般的な標準ガラス試料としてはNIST610、NIST612といったものが広く使われており、CGLにおいてもNIST610、NIST612、NIST614といった標準ガラス試料を使用している。測定対象物に含まれる微量元素濃度と、標準ガラス試料に含まれる濃度が近いことが好ましいのであるが、トルマリンとNIST610、NIST612に含まれるリチウム(Li)とホウ素(B)の濃度の差が著しいため、この2元素の定量分析が難しい。

本研究はパライバ・トルマリンの現産地鑑別を目的としている。パライバ・トルマリンはほとんどがelbaite (Na(Al1.5,Li1.5)Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3(OH))であり、一部fluor–liddicoatite (Ca(Al,Li2) Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)3F)を含む。LA–ICP–MSを用いたトルマリンの分析方法については文献4による先行研究があるが、本研究はelbaiteに特化した分析方法を考案した。

まず、LA–ICP–MSを用いて内標準元素を用いた補正を行わない仮の濃度を測定する。測定された元素のmol比を求め、陽イオン、陰イオンの価数を合わせるようにし、組成式を求め、その組成式から真の元素濃度を逆算するという手法を取った。その際、分析対象物はelbaiteであるため、以下の仮定を導入する。

 

1.B siteはホウ素(B)が占める
2.T siteはケイ素(Si)とアルミニウム(Al)が占める
3.Z siteを占める元素のうち、アルミニウム(Al)以外は極微量であるため、アルミニウム(Al)が占める
4.すべての鉄(Fe)は2価の陽イオンとして扱う(Fe2+)
5.V siteとW siteは水酸基(OH)が占める
6.X siteとY siteに同じ元素は入らない
7.リチウム(Li)の濃度はY siteに入る陽イオンの合計から計算する

 

元素Aの質量数をAaw測定された仮の濃度を[A]、組成式当たりの原子数(atom per formula)をAapfと記載する。ケイ素(Si)のatom per formula、すなわちSiapfを基準に考慮すると

式01–RGB90

の等式が成立する([A]はAの仮の測定濃度、AawはAの質量数)。

ここで 式02–RGB90 は測定可能な値であるので、

この数値を元素Aについて式03–RGB90 と記載し、式04–RGB90となる。……式①

 

ホウ素(B)、リチウム(Li)、酸素(O)、水酸基(OH)は測定が不能ではあるが、仮定より、Bapf =3、Oapf =27、OHapf =4である。Liの濃度はストイキオメトリーから計算する。

Xサイトを占める原子をまとめてX、アルミニウム(Al)とリチウム(Li)を含まないYサイトの原子をYと記載すると、

式05–RGB110

である。

また元素Aの価数をAVと記載する。陽イオンと陰イオンの総価数が等しいことから、

式06–RGB90

が成立する。Bapf ∙BV =9、Oapf ・OV+OHapf ・OHV =–58であるので代入すると

式09–RGB100

である。ここでホウ素(B)とリチウム(Li)を除くすべての陽イオンをEと記載すると、

式10–RGB100

と書くことができ、

式11–RGB90

となる。

ここでYサイトに入るアルミニウム(Al)をAl(Y)、Tサイトに入るアルミニウム(Al)をAl(T)、Zサイトに入るアルミニウム(Al)をAl(Z)と置くと、

式12–RGB90

が成立する。仮定より、

式13–RGB90

が成立しているので、

式14–RGB90

これを3=Liapf+Al(Y)apf+∑Yapf に代入して

式16–RGB90

この式を整理すると、

式17–RGB90

 

式18–RGB90 に代入(LiV =1)すると

式19–RGB90

 

式20–RGB90より上式は、

式21–RGB90

すなわち

式22–RGB90
……式②

 

である。Al*、Y*、E*EVは計測されている量なので、この式を用いることで、ケイ素(Si)の組成式当たりの原子数、atom per formulaが計算されることとなり、全元素のatom per formulaが導かれる。

具体的な計算ルーチンとしては、

 

1.標準ガラス試料を用いて測定された仮の濃度を用いて、全元素についてA*を計算する。
A* = ([測定された元素Aの濃度] / [元素Aの質量数])÷([測定されたSiの濃度]/[Siの質量数])

2.Yサイトに入るリチウム(Li)とアルミニウム(Al)以外のapfの合計を求める⇒ΣY*

3.測定した全元素についてapfにそれぞれの価数を掛けたものを計算し合計する⇒ΣE*EV

4.(ΣE*EV–ΣY*–Al*–1)を計算し、式②を用いてSiapfを計算する。

5.全元素についてA*Siapfを計算し、式①を用いてAapfを計算する。

 

となり、測定物の組成式を求めることができる。求められた測定式から、それぞれの正確な重量濃度(ppmw、wt%)を知ることができる。なお、余談ではあるが、V site、W siteは水酸基(OH)であると仮定しているが、フッ素(F)であってもOHとFの質量数が近いため、それぞれの元素の濃度は誤差範囲に収まると推定される。

 

サンプルと手法

本研究では、ブラジル産116点(うちバターリャ産86点、キントス産16点、ムルング産14点)、モザンビーク産49点、ナイジェリア産80点のパライバ・トルマリンを分析に用いた(図2に測定に用いたサンプルの写真一部を掲載)。各サンプルは、ブルー系、グリーンブルー~ブルーグリーン系、グリーン系と色別に分けた。色の分類はマンセルのカラーチャートを参照し、青~緑の色相のものをパライバ・トルマリンとしている。海外の一部のラボでは黄緑色をパライバ・トルマリンに含めていることもあるが、宝石鑑別団体協議会(AGL)の規定ではこれを除外している。それぞれの産地および色別の個数は  表1の通りである。また、本研究で用いたパライバ・トルマリンはすべてelbaiteであり、fluor–liddicoatiteは含まない。これは、現在パライバ・トルマリンでfluor–liddicoatiteに属するものはモザンビーク産しか知られておらず、組成も異なるため産地毎のデータを比較するには不適と判断した。

 

表1 分析に用いたサンプルの産地、色別個数

表1

 

図2 本研究に用いたサンプル(一部)

ブラジル、バターリャ産(0.04 〜 0.22ct)
ブラジル、バターリャ産( 0.04 〜 0.22ct )

 

ブラジル、バターリャ産(0.09 〜 0.23ct)
ブラジル、バターリャ産( 0.09 〜 0.23ct )

 

ブラジル、キントス産(0.14 〜 0.18ct)
ブラジル、キントス産( 0.14 〜 0.18ct )

 

ブラジル、ムルング産(0.06 〜 0.10ct)
ブラジル、ムルング産( 0.06 〜 0.10ct )

 

モザンビーク産(0.47 〜 3.07ct)
モザンビーク産( 0.47 〜 3.07ct )

 

モザンビーク産(0.31 〜 0.44ct)
モザンビーク産( 0.31 〜 0.44ct )

 

ナイジェリア産(0.37 〜 0.44ct)
ナイジェリア産( 0.37 〜 0.44ct )

 

ナイジェリア産(0.08 ct 〜 0.40ct)
ナイジェリア産( 0.08 ct 〜 0.40ct )

 

分析にはLA–ICP–MSを使用し、Laser Ablation装置としてESI UP–213を、ICP–MS装置としてAgilent 7900rbを用いた。分析に用いた条件は表2の通りである。NIST610を標準試料として用い、それぞれのサンプルにつき2点ずつ分析を行い、元素プロッティング、線形判別分析(LDA, Liner Discriminant Analysis)、ロジスティック回帰分析(LR, Logistic Regression)を行った(線形判別分析(LDA)についてはCGL通信34号判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別、ロジスティック回帰分析(LR)についてはCGL通信39号多変量解析の宝石学への応用に詳細が記されている)。

 

表2 使用した分析機器における分析条件

表2

 

結果と考察

(1) 鉛(Pb) vs 錫(Sn)プロッティング

色(ブルー系、グリーンブルー系~ブルーグリーン系、グリーン系)関係なく、全サンプルにおいて、X軸に鉛(Pb)、Y軸に錫(Sn)の濃度をプロットしたグラフを図3に示す。ナイジェリア産のトルマリンは鉛(Pb)濃度が非常に低い値(ppm)から非常に高濃度(ppm)と連続的な分布を示している。従来、ナイジェリア産のパライバ・トルマリンを扱う一部のディーラー間でタイプ1(鉛(Pb)が低濃度でブラジル産との区別が困難なタイプ)、タイプ2(鉛(Pb)が高濃度のもの)が存在すると言われていたが、鉛(Pb)の量は連続的であり、タイプ1とタイプ2の垣根がないことが判明した。また、今回分析したサンプルにおいて、ブラジル産サンプルでは錫(Sn)が検出されなかったが、モザンビーク産では必ず錫(Sn)が検出され、ナイジェリア産は錫(Sn)が検出されるもの、されないものが存在することが判った。なお、錫(Sn)の含有量と鉛(Pb)の含有量には相関性等は認められなかった。

図3 パライバ・トルマリンの鉛(Pb) vs. 錫(Sn)プロット。モザンビーク産パライバ・トルマリンに関してはSn > 25 ppmwのサンプルも存在するが、グラフの見やすさを考慮し、Sn = 25 ppmwの線でグラフを切断した。
図3 パライバ・トルマリンの鉛 (Pb) vs. 錫 (Sn)プロット。モザンビーク産パライバ・トルマリンに関しては Sn > 25 ppmwのサンプルも存在するが、グラフの見やすさを考慮し、Sn = 25 ppmwの線でグラフを切断した。

 

(2) ブルー系パライバ・トルマリン

ブルー系のパライバ・トルマリンの銅(Cu)の濃度をX軸、ガリウム(Ga)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図4(a)に示す。銅(Cu)含有量についてはブラジル産(バターリャ、キントス、ムルング)パライバ・トルマリンが多く(Cu > 4000 ppmw)、ナイジェリア産、モザンビーク産は少ない(Cu < 4000 ppmw)。また、モザンビーク産はガリウム(Ga)が多く(Ga > 250 ppmw)、ナイジェリア産はガリウム(Ga)が少ない(Ga < 200 ppmw)という傾向にある。ブラジル産についてもバターリャとキントス、ムルングについてガリウム(Ga)の含有量に差が見られ、おなじブラジル産であっても鉱山毎の差が明確に見られる。
また、ブルー系のパライバ・トルマリンのガリウム(Ga)の濃度をX軸、鉛(Pb)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図4(b)に示す。図4(a)で示したプロットではブラジル産(ムルング)とブラジル産(キントス)がオーバーラップしているのであるが、ガリウム(Ga) vs. 鉛(Pb)プロットではキントス、ムルングの明瞭な違いを見出すことができた。

 

図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(a) 銅(Cu) vs. ガリウム(Ga)プロット
図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(a) 銅 (Cu) vs. ガリウム (Ga)プロット

 

図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(b) ガリウム(Ga) vs. 鉛(Pb)プロット
図4 図 ブルー系パライバ・トルマリンの(b) ガリウム (Ga) vs. 鉛 (Pb)プロット

 

(3) グリーンブルー系~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリン

グリーンブルー系~ブルーグリーン系のブラジル産(バターリャ、キントス)、ナイジェリア産、モザンビーク産パライバ・トルマリンについて銅(Cu)の濃度をX軸、亜鉛(Zn)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図5(a)に、同様にマンガン(Mn)と亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)と鉛(Pb)についてプロットしたグラフをそれぞれ図5(b)図5(c)に示す。この色調のものではナイジェリア産でも銅(Cu)の濃度が15000ppmw以上のものが存在する。このような高濃度の銅(Cu)を含有するものは、市場においてしばしばブラジル産と誤認されている。そのため、他の元素との関連を鑑みて慎重な判断が必要である。例えば、この色調のブラジル産ではたいてい亜鉛(Zn)の濃度が4000 ppmw以上と高い。

 

図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの (a) 銅(Cu) vs. 亜鉛(Zn)、(b) マンガン(Mn) vs. 亜鉛(Zn)
図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの(a)銅 (Cu) vs. 亜鉛 (Zn)

 

図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの (a) 銅(Cu) vs. 亜鉛(Zn)、(b) マンガン(Mn) vs. 亜鉛(Zn)
図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの(b) マンガン (Mn) vs. 亜鉛 (Zn)

 

図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの (c) ガリウム(Ga) vs 鉛(Pb)のプロット
図5 グリーンブルー~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンの(c) ガリウム (Ga) vs 鉛 (Pb)のプロット

 

さらにグリーンブルー系~ブルーグリーン系のパライバ・トルマリンは2元素毎のプロッティングではオーバーラップする部分が見られたので、多変量解析を用いた産地鑑別を試みた。多変量解析においては、ブラジルのバターリャ、キントスの区別は行わず、一括してブラジル産として解析を行った。測定した全元素(9Be, 23Na, 24Mg, 27Al, 29Si, 39K, 43Ca, 47Ti, 51V, 52Cr, 55Mn, 57Fe, 63Cu, 66Zn, 71Ga, 72Ge, 85Rb, 93Nb, 118Sn, 121Sb, 133Cs, 137Ba, 181Ta, 208Pb, 209Bi)を基に線形判別分析を行った結果を図6に示す。プロットは線形判別分析で得られた判別関数に分析値を代入し得られた値をプロットしたものである。線形判別分析の結果、ブラジル産、ナイジェリア産、モザンビーク産でよい乖離が見られることがわかる。 また、ブラジル産とナイジェリア産パライバ・トルマリンについてロジスティック回帰分析を行った結果を図7に示す。ロジスティック回帰分析は2グループのどちらかに属する確率を与えるものであり、本研究においてはブラジル産である確率を基準に解析を行った。図7は得られた式に元データを代入したものであるが、ブラジル産、ナイジェリア産の両者が非常によい乖離を示すことがわかる。なお、ロジスティック回帰分析を用いたモザンビーク産パライバ・トルマリンの判別については変数の数と測定サンプルのバランスが悪いため、除外した。

図6 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンの線形判別分析を用いた産地鑑別
図6 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンの線形判別分析を用いた産地鑑別

 

図7 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンのロジスティック回帰分析を用いた産地鑑
図7 グリーンブルー系~ブルーグリーン系パライバ・トルマリンのロジスティック回帰分析を用いた産地鑑別

 

(4) グリーン系パライバ・トルマリン

グリーン系のパライバ・トルマリンのガリウム(Ga)の濃度をX軸、鉛(Ga)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図8に示す。ブラジル(バターリャ)産とナイジェリア産パライバ・トルマリンがよく乖離していることが判る。このプロットを基に、ガリウム(Ga)と鉛(Pb)の組成式毎の原子数(apfu, atom per formula unit)の和をX軸、鉄(Fe)の濃度をY軸としてプロットしたグラフを図9に示す。図と比較するとブラジル産とナイジェリア産の乖離が明瞭になる。モザンビーク産についてはサンプル数が少なく、範囲も広いため、今後の課題である。

 

図8 グリーン系パライバ・トルマリンのガリウム(Ga) vs. 鉛(Pb)プロット
図8 グリーン系パライバ・トルマリンのガリウム (Ga) vs. 鉛 (Pb)プロット

 

図9 グリーン系パライバ・トルマリンの鉛+ガリウム(Pb+Ga) vs. 鉄(Fe)のプロットまとめ
図9 グリーン系パライバ・トルマリンの鉛+ガリウム (Pb+Ga) vs. 鉄 (Fe)のプロットまとめ

 

まとめ

ブラジル(バターリャ、キントス、ムルング)、ナイジェリア、モザンビーク産パライバ・トルマリンについてLA–ICP–MSを用いて分析を行い、精度の高い産地鑑別の基準つくりを試みた。錫(Sn)や鉛(Pb)の含有量、3種の色相(ブルー系、グリーンブルー~ブルーグリーン系、グリーン系)毎に違う2変数プロットを用いることでブラジル、ナイジェリア、モザンビークの3つの産地を明瞭に分けることができた。
CGLでは今後もパライバ・トルマリンの産地毎の試料データ収集を継続的に行い、産地鑑別のさらなる精度向上に努めていく予定である。

 

謝辞

グロリアスジェムス有限会社の酒巻英樹氏、株式会社日独宝石研究所の古屋正貴氏、株式会社セレナの田中セレナ氏、有限会社YTストーンの佃裕二氏、株式会社ベーネユナイテッドの宮崎雅人氏、株式会社ミユキの古屋聡氏、株式会社キアイの野本博之氏、株式会社カワサキの川崎雅章氏には本研究の分析に使用した産地が既知の貴重な試料を貸与いただいた。ここに記して謝意を表します。

 

文献:
1.Abduriyim A., Kitawaki H., Furuya M., Schwarz D. (2006) “Paraíba”–type copper–bearing tourmaline from Brazil, Nigeria, and Mozambique:Chemical fingerprinting by LA–ICP–MS. Gems & Gemology, Vol. 42, No. 1, pp. 4–21

2.Milisenda. C. C., Horikawa Y., Emori K. (2006) Neues Vorkommen kupferführender Turmaline in Mosambik. Zeitschrift der deutschen gemmologischen gesellschaft, Vol. 55/1–2, pp. 5–24

3.Yusuke K., Ziyin Sun, Christopher M. B., Barbara L. D. (2019) Geographic Origin Determination of Paraíba Tourmaline. Gems & Gemology, Vol. 55, No. 4, pp. 648–659

4.Sun Z., Palke A. C., Breeding C. M., Dutrow B. L. (2019) A new method for determining gem tourmaline species by LA–ICP–MS. Gems and Gemology, Vol. 55, No. 1, pp. 2–17

 

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