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中国製大型無色系 HPHT 合成ダイヤモンド結晶の観察

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リサーチ室  北脇裕士 、江森健太郎、久永美生、山本正博、岡野誠

研究用に入手した33個の大型無色系HPHT合成ダイヤモンドの結晶原石を検査した。これらは中国のある企業が宝飾用途に商業ベースで生産した3〜8 ctの原石である。これらのすべてに種結晶の痕跡が認められ、種面の方位は等しく{100}であった。原石の形状は{100}と {111}が発達しており、{110}、{113}、{115}も認められた。種面以外の結晶面には特有の線模様が認められた。 結晶表面に達した金属inc.からは蛍光X線分析およびLA‒ICP‒MS分析においてFe(鉄)、Co(コバルト)と微量のTi(チタン)およびCu(銅)が検出された。赤外分光分析ではすべてII型の特徴を示し、フォトルミネッセンス分析では天然には稀なNi(ニッケル)に関連するピークが検出された。また、DiamondViewTMでは各成長分域によって異なる強さの蛍光と燐光が観察された。以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット・研磨された後も天然ダイヤモンドとは確実に識別が可能と考えられる。

Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個
Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個

 

背景

中国の鄭州は、HPHT法による工業用合成ダイヤモンドの世界的な生産地で、世界の需要のおよそ95%を担っている(文献1)。Zhong Nan Diamond Co., Ltd.、Huanghe Whirl Wind Co., Ltd.、Zhengzhou Sino Crystal Co., Ltd.は、「3大巨頭」と称され他を圧倒しているが、他にも多くの製造会社が林立している(文献1)。 2014年末頃からこれらの企業により宝飾用メレサイズの無色合成ダイヤモンドの生産が開始され、その圧倒的な生産量により、瞬く間に世界の宝飾市場を席巻した。2018年以降、0.2 ct〜0.5 ctのカット石が中心に生産されているが、1 ct〜2 ctサイズのものも作られている(文献2)。さらに最近になって結晶の大型化が進み、これまで工業用に特化していた企業が宝飾用の合成を始めている。 本研究は、今後増加が予測される大型のHPHT無色合成ダイヤモンド結晶の諸特徴を明らかにし、カット・研磨後に流通する製品に対して有益な鑑別指針を提供できると思われる。

 

 

試料と分析方法

研究用に入手した中国製の無色系HPHT合成ダイヤモンド結晶原石33個を検査対象とした (Fig.1) 。これらはこれまで工業用途に特化してきたある企業が宝飾用に新たに製造を始めた大型結晶である。試料の内訳は3〜4 ct結晶29個、5〜6 ct結晶3個、7〜8 ct結晶1個の総計33個である。33個の試料すべてに対して標準的な宝石学的検査を行い、3〜4 ct結晶のうち13個については赤外分光分析を行った。また、5〜6 ct結晶2個と7〜8 ct結晶1個の計3個についてSYNTHdetectTMによる検査、DiamondViewTMによる観察およびフォトルミネッセンス分析を行った。また、拡大検査で表面に達する金属包有物を含有していた3個については蛍光X線分光法による組成分析を行った。さらに、うち1個についてはLA‒ICP‒MS分析を行った。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365 nm)と短波紫外線ライト(253.6 nm)を用いて完全な暗室にて行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4100を用いて分析範囲は7500–500 cm–1、分解能は4.0 cm–1で、積算回数はAutoで測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman Microscope 830 nm、633 nm、514 nm、488 nmおよび457 nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。蛍光X線分析には日本電子製JSX‒100Sを用いて管電圧30 kV、管電流最大1 mA、コリメーターはφ2 mmで行った。 LA‒ICP‒MS分析には、ESL社のNWR 213とAgilent 7900を使用した。レーザーアブレーションにおけるクレーターサイズは15 μm、レーザーパワーは20J/cm2で1秒間に10発を20秒間継続した。プラズマの RFパワーは1200 Wとした。

 

結果と考察

◆結晶形態

Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495ct)
Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495 ct)

検査を行った結晶の重量はほとんどが3〜4 ctで、縦横の長さは平均で7 mm程度であった。これらをカット研磨することで1〜2 ct程度のものが得られると推定される。今回検査した33個の結晶の中で最大のものは7.495 ctで縦横の長さはおよそ10 mmあった(Fig.2)。これからは3 ct程度のカット石が得られると思われる。33個すべての結晶に種結晶は付着していなかったが、種面は総じて{100}であった。また、結晶の原石のサイズに関係なく、種結晶の大きさは0.5 mm程度であった(Fig.3a)。種結晶の抜け跡の形態は、中央の{100}を取り囲むように4つの{111}が見られるものがあり、Ib型のHPHT合成の結晶原石が使用されていたと推測される(Fig.3b)。結晶は複数の結晶面から構成されており、その代表的なものの写真をFig.4aに、その模式図をFig.4bに示す。すべての結晶は{100}と{111} を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られた。各結晶面の相対的な大きさは結晶ごとにバラツキがみられた。Fig.5に示すように、{100}に注目してみると(図中の水色線で囲まれた四角形)、各結晶によって大きさが異なっていることがわかる。しかし、全体的には{111}が{100}よりも大きく発達しているものが多くみられた。

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (a) :種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度)

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (b) :最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (a) :すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (b) (a)の面指数の模式図

 

Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。
Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。

 

◆表面特徴

33個の試料すべての結晶面上に特有の線模様がみられた(Fig.6a, b)。これらは指数の異なる面に連続しており、結晶の成長時に形成したものではなく、成長後のプロセスで生成したことが推定できる。HPHT合成ダイヤモンド結晶の表面模様は溶媒金属の合金組成と関連しており、ラメラ状のパターンは溶媒にFe(鉄)を用いた際に発生する(文献3)。金属溶媒が固化する際に合金組成に応じて結晶表面に様々なパターンが生じるもので、Feを使用するとダイヤモンド表面をエッチングすることで線模様となる(文献3)。このような線模様は天然ダイヤモンドの結晶にはみられないため、カット・研磨後に残されていれば鑑別の手掛かりになる。かつてCGLでは今回の33個の試料とは別にグレーディングに供され、HPHT合成と判断した0.791 ctのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドのナチュラル(未研磨部)に類似の線模様を確認している(Fig.7)。

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6a:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6b:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線
Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線

 

◆紫外線蛍光

長波および短波紫外線下において明瞭な蛍光が認められるものはほとんどなかったが、一部に弱い青白色の 蛍光が観察された。短波紫外線(SWUV)下では33個の試料すべてに、品質(金属inc.の量比)に関係なくやや緑がかった青白色の明瞭な燐光が観察された(Fig.8a, b)。燐光の程度には強弱があり、数10 秒程度のものから長いものでは1 分以上継続するものも認められた。概して、後述する赤外分光分析でホウ素に関連するピークを示したものには強めの燐光が見られた。天然ダイヤモンドでは明瞭な青白色の燐光を示す例は極めて稀であり、 短波紫外線下において数秒以上継続する明瞭な燐光の存在はHPHT合成の警鐘となる。

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶

 

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (b)金属inc.が豊富な結晶

 

◆金属包有物

今回検査した33個の試料にはほとんどに金属inc.が認められた。金属inc.は種結晶の近傍(Fig.9a)や分域境界付近(Fig.9b)、そして種結晶と対角にある{100}面領域(Fig.9c)に頻度高く観察された。Fig.10はこのような 金属inc.の入り方を示した概念図である。結晶成長がまだ不安定な初期段階である種結晶近傍と、成長速度や不純物元素の取り込み方が異なる分域境界付近、そして成長の最終段階に金属inc.が入りやすいと思われる。 これらの金属inc.を包有する結晶は、強力なフェライト磁石に対しては明瞭な磁性を示した。このような金属inc.や明瞭な磁性は天然ダイヤモンドには見られず、HPHT合成の特徴となる。

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(b)分域境界付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.

 

Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図
Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図

 

◆赤外分光分析

33個の試料のうち13個について赤外分光分析を行った。分析を行ったすべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500〜1000 cm–1)に吸収を示さないII型に分類された(Fig.11)。13個中7個にはホウ素に由来する4093、2928、2810、2460 cm–1に吸収が見られ、IIb型であることが確認された(Fig.11中の青実線)。これらのホウ素に起因するピークが強いものには1332 cm–1のピークも認められた(図中には示していない)。ホウ素は窒素との電荷補償により、窒素に起因する黄色味を除去する目的で意図的に添加されることがあるが、製造時の炭素原料や金属溶媒に由来する不純物としても混入する(文献4)。今回検査した13個のHPHT合成ダイヤモンドは、ホウ素の濃度(FTIRによるピーク強度)に個体差があり、不純物である可能性が高い。また、筆者らが過去に調査した中国製の無色系メレサイズのHPHT合成ダイヤモンド(文献5)よりもホウ素に関連するピークが弱く、不純物としてのホウ素の混入を制御する技術がこの数年で向上したものと考えられる。

Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型
Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型

 

◆DiamondViewTM

5〜6 ctの結晶2個と7〜8 ctの結晶1個の計3個の試料についてDiamondViewTMによる観察をおこなった。すべての試料にホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察されたが、指数の異なる結晶面で発光強度に若干の違いが見られた。およそ{111}が最も強く、次に{100}、{113}が同程度、さらに{110}、{115}は少し弱めであった(Fig.12)。同様の発光色はHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドにも見られることがある。また、天然のII型ダイヤモンドは、 ほとんどのもの(90%以上)がバンドAに因るやや暗い青色蛍光を示すため(CGL未公表資料)、今回の試料のような青白色の発光色は合成起源の警鐘となる。

Fig.12:DiamondViewに因る蛍光像: 蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}
Fig.12:DiamondViewTMに因る蛍光像:蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}

 

◆SYNTHdetectTM

DiamondViewTMで観察した3個の試料についてさらにDTCのSYNTHdetectTMで検査をおこなった。この装置は、天然ダイヤモンドの99%に特有の遅延ルミネッセンスがあることを利用し、合成との識別に使用されている(文献6)。225 nm未満の短波長の紫外線により、試料の深さ1ミクロン付近のみが励起されるため、観察されたルミネッセンスは表面でのみ生成されたとみなされる。この装置は枠付きで複数がセットされたダイヤモンドでも個々に検査を行うことができる。天然ダイヤモンドには455 nmをピーク波長とした特有の遅延ルミネッセンスが現れるが、合成には存在しないことが、デビアスグループの2000万個以上の無色ダイヤモンドで確認されている(文献6)。今回検査した3個はすべて天然に特有の遅延ルミネッセンスが認められず、Refer(要詳細検査)と なった(Fig.13)。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.13:SYNTHdetectTMではすべてrefer(要詳細検査)となった。

 

◆蛍光X線分析

顕微鏡による拡大検査で種面付近に金属包有物を含有している3個の試料について蛍光X線による定性分析を行った。Fe(鉄)とCo(コバルト)がそれぞれ同程度検出され、少量のTi(チタン)も検出された(Fig.14)。FeおよびCoは無色系のダイヤモンドを製造する際に一般的に使用される溶媒金属である。無色系を合成する際には着色に関与するカラーセンタを形成するNi(ニッケル)は通常用いられない(文献7)。CoとFeの割合は重要でCo量は40〜60 wt%が適している。この範囲を外れると、金属包有物の混入や骸晶の発生など良質な結晶が得られなくなる(文献8)。また、厳密な温度管理が必要で高温になり過ぎると金属inc.が多くなり、低温になり過ぎると骸晶が発生しやすくなる。 そのため良質な結晶を得るための適切な温度領域の幅は10°C以下と非常に狭い(文献8)。また、一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質(Fig.15)を分析したところ、相当量のS(硫黄)とFeおよびCoが検出された。これらは金属溶媒からダイヤモンド結晶を取り出す際に使用された強酸溶液(文献7)もしくは電気分解に使用された溶液(文献9)と反応して生成した残存物と考えられる。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.14:表面に達した金属in.の蛍光X線分析 (wt%)

 

Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質
Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質

 

◆LA‒ICP‒MS分析

蛍光X線分析に用いた試料のうち1個(Fig.14の試料1)に対してLA‒ICP‒MS分析による定性分析を行った。測定元素はHPHT合成に一般的に使用される溶媒金属と窒素ゲッターに使われる元素を想定して選定し、以下の7種類について行った。Ti(チタン)(47)、Fe(鉄)(56、57)、Co(コバルト)(59)、Ni(ニッケル)(60)、Cu(銅)(63)、Hf(ハフニウム)(178)、Zr (ジルコニウム)(90)(カッコ内の数字は質量数)。Fig.16に示すAおよびBは同じ金属inc.を、Cは同試料中の別の金属inc.を測定したものである。A、B、CすべてからFeとCoが検出され、AおよびBではその比率は6:4程度、Cではほぼ同程度であった。すべての測定点から少量のTiとCuも検出されており、その比率はおよそ1:3であった。 蛍光X線分析でも明らかなようにFeとCoが主要な溶媒金属であり、Tiが窒素ゲッターとして、CuはTiCの生成を抑制するために添加されたものと考えられる。黄色味の原因となる置換型単原子窒素を除去するために一般に窒素ゲッターと呼ばれるTi、Hf、Zr、Al(アルミニウム)などの元素が適量添加される(文献7)。これらのうちTiが最も効率の良い窒素ゲッターとなるが、溶媒中にTiCが多量に生成し、成長結晶表面の沿面成長が阻害され、金属包有物の巻き込みが顕著となる。そのため成長速度を落として結晶育成が行われるが、Cuを適量添加することでTiCの生成を抑制することができる(文献8)

Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析
Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析 (wt%)

 

◆フォトルミネッセンス分析

DiamondViewTMおよびSYNTHdetectTMで検査を行った3個について5種類の励起源を使用してPL測定を 行った。488 nmレーザーおよび514 nmレーザーにおいて、3個の試料すべてに503.2 nm (H3)、575 nm (NV0)、637 nm(NV)のピークが検出されたが、これらは2次ラマン線の強度よりも小さいピークであった (Fig.17:514 nmレーザーは未記載)。1個の試料にはこれらの他に3Hと帰属不明の631.4 nm、688.2 nm、 731.4 nmのピークが見られた(Fig.17)。633 nmレーザーと830 nmレーザーでは3個の試料すべてに883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークが検出された(Fig.17:830 nmレーザーは未記載)。これらのダブレットはNi(ニッケル)をベースとした溶媒金属を用いて製造されたHPHT法合成ダイヤモンドの{111}領域に頻繁に観察されており、格子間のNiによるものではないかと考えられている(文献10)。この883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークは、HPHT合成を強く示唆するが、CVD法合成ダイヤモンドや天然ダイヤモンドにも稀に見られることがあるため、その存在のみではHPHT法の確実な証拠とすることはできない。

Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル
Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル

まとめ

研究用に入手した33個のほぼ無色の中国製HPHT合成ダイヤモンド結晶を検査した。多くのものは3〜4 ctで あったが、最大のものは7.495 ctで研磨後には3 ct前後になると思われる。結晶の形態は{100}と{111}が発達しており、{110}、{113}、{115}が見られた。結晶面上には特有の線模様が見られ、金属溶媒が固化する際に生じたものと考えられる。ほとんどの結晶に金属inc.が含まれており、磁性を示すものもあった。溶媒金属の化学組成はFeとCoで微量のTiとCuが添加されていた。短波紫外線下で強い燐光が見られ、DiamondViewTMにおいて も結晶面ごとに蛍光強度に差異が見られた。また、SYNTHdetectTMではreferとなった。 以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット研磨されても天然ダイヤモンドとの識別は十分に可能であると考えられる。中国で製造される宝飾用HPHT合成のサイズは大型化してきており、CVD合成の競合において低価格での量産化が見込まれている。宝飾業界にとっては正しい情報開示と正確な鑑別が重要である。

 

参考文献

1. Xiaopeng Jia. (2016) HPHT synthetic diamonds in China. CGLreport, No.35, 1‒6 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/35/54.html
2. 北脇裕士. (2022) アジアにおける宝飾用合成ダイヤモンドの生産者とCGLで鑑別した合成ダイヤモンド. NEW DIAMOND, vol.38, No.1

3. Kanda H., Akaishi M., Setaka N., Yamaoka S. and Fukunaga O. (1980) Surface structures of synthetic diamonds. Journal of materials science 15, 2743‒2748
4. 佐藤周一., 角谷均. (1995) 高純度ダイヤモンド単結晶の合成. 高圧力の科学と技術, vol.4, No.4
5. 北脇裕士. (2016) 無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンド. CGL通信, No.30, 1‒9 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/30/46.html

6. Colin D. McGuinness, Amber M. Wassell, Peter M.P. Lanigan, and Stephen A. Lynch. (2020) Separation of natural from laboratory‒grown diamond using time‒gated luminescence imaging. Gems and Gemology, vol.56, No.2, 220‒229
7. 神田久生. (1992) 大型合成ダイヤモンドに含まれる不純物についての最近の研究. 宝石学会誌, vol.17, No.1‒4 8. 角谷均., 戸田直大., 佐藤周一. (2009) 高品質大型ダイヤモンド単結晶の開発. SEIテクニカルレビュー, 166, 7‒12 9. Zhang Siyang. (2002) Analysis on Electrolysis Process of Synthetic Diamond Rod. Metallurgy and Materials, 40(3), 112.

10. Kanda H. and Watanabe K. (1999) Distribution of nickel related luminescence centers in HPHT diamond. Diamond and Related Materials, 8, 1463‒1469

CGLおける色石の原産地鑑別

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CGLでは現在、「コランダム」と「パライバ・トルマリン」の原産地鑑別サービスを行っており、新たに「エメラルド」の産地鑑別の受付も近日中に開始を予定しております。原産地鑑別サービスは、通常の鑑別書に加え、分析結果報告書を付随させるという形で提供させていただいています。

原産地についての結論は、中央宝石研究所が保有する既知の標本およびデータベースとの比較、現時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたものです。このレポートに記した地理的地域は、検査した宝石の出所を保証するものではなく、最も可能性の高いとされる起源を記述した中央宝石研究 所の意見です。いくつかの産地においては極めて類似した特徴を示すことがあり、特定の産地を記述できないケースもあります。

記述された産地は宝石の品質や価値を示唆するものでもありません。 また、原産地の鑑別にはLA‒ICP‒MS分析を必要とする場合があり、LA‒ICP‒MS分析同意書が必要となります。

◆ コランダムの原産地鑑別

 

ルビー、ブルーサファイアの原産地鑑別は、「非加熱コランダムレポート」サービスに追加する形で行っております。「非加熱コランダムレポート」サービスでは通常の宝石鑑別書に加え、そのコランダムが加熱されていない(非加熱)か、加熱されているかを示した分析報告書が付随します。原産地鑑別の結果は、この分析報告書に記載することが可能となっております。

記載可能な産地(例)

ルビー:ミャンマー、ベトナム、モンザビーク、マダガスカル、スリランカ、タンザニア、タイ、カンボジア、タジキスタン、グリーンランド等

ブルーサファイア:スリランカ、ミャンマー、マダガスカル、カシミール、タイ、カンボジア、ナイジェリア、タンザニア、オーストラリア、モンタナ等

原産地の記載は原則国名ですが、伝統的な通称名が ある場合はその限りではありません。
例:モンタナ、カシミール、東アフリカなど

非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書
非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書

 

◆ パライバ・トルマリンの原産地鑑別

 

現在、パライバ・トルマリンは、銅が主たる色の原因であるブルー〜グリーンの宝石トルマリンのことを言い、ほとんどがエルバイト・トルマリンです(一部リディコータイト)。 パライバ・トルマリンの産出当初、原産地はブラジルに限定されていましたが、現在ではナイジェリア、モザンビークにおいても同様のトルマリンが産出されています。パライバ・トルマリンの名称は、分析報告書に限定されており、原産地鑑別はパライバ・トルマリン分析報告書に追加で記載する形を取っています。

記載可能な産地(例):
ブラジル、モザンビーク、ナイジェリア

パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書
パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書

 

◆ エメラルドの原産地鑑別 NEW

エメラルドの原産地鑑別は近日中に開始予定です。通常の宝石鑑別書に加え、原産地を記載した分析報告書が付属します。エメラルドノンオイルレポートを用いる場合は、ノンオイルレポート(分析報告書)に原産地を記載します。

記載可能な産地(例):

コロンビア、ザンビア、ブラジル、ロシア、エチオピア、ナイジェリア、ジンバブエ、マダガスカル、パキスタン、アフガニスタン等

 

エメラルドの産地鑑別レポート
エメラルドの産地鑑別レポート

 

エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート
エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート

 

◆LA‒ICP‒MS分析とは

宝石鉱物は母岩や産出環境といった地質学的な環境情報を保持しています。宝石鉱物の構成成分を分析することは、その母結晶の地質環境、産状を特定することに繋がるため、原産地鑑別における重要な情報となります。

LA‒ICP‒MSはLA(レーザーアブレーション)装置 とICP‒MS(誘導結合プラズマ質量分析)の2つの装 置を組み合わせた分析装置です。LAは宝石にレーザー光を照射し、そのエネルギーで宝石の極微小領域を微粒子化する装置です。ICP‒MSはLAで生成された微粒子を、約9,000Kに達するプラズマをイオン化源として測定する質量分析器です。蛍光X線元素分析装置では測定不 可能なLi(リチウム)、Be(ベリリウム)といった軽元素の測定ができる他、非常に高感度(数百ppb〜)の分析能力を有しま す。

CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)
CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)

CGLではLA‒ICP‒MSを用いて依頼されたサンプルの微量元素 含有量を分析し、原産地毎の微量元素データベースと比較することで原産地鑑別に役立てています。

LA(レーザーアブレーション装置)で分析する際、宝石のガード ル部分に55 μmの分析痕が残ります(右写真参照)。これは日本人女性の平均的な髪の毛の細さ80 μmよりも細く、宝石を扱う際によく用いられる10倍のルーペでは発見が困難なサイズとなります。◆

ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕
ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕

エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン

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リサーチ室 趙政皓・江森健太郎

コロンビア産エメラルドのリング
コロンビア産エメラルドのリング

エメラルドは、ベリルの一種であり、古くから貴重な宝石として扱われている。最初は中央アジアとエジプトのエメラルドが知られていたが、16世紀になってスペインの征服者がコロンビアの高品質のエメラルドを国際市場に持ち込んだ時、世界中が驚かされた。現在に至って、コロンビアはエメラルドの最も重要な産地である。19世紀から20世紀にかけて、コロンビアのエメラルドに比べても劣らない新しい鉱山が世界中に出現した。高品質のエメラルドを産出するブラジル、ロシア、ザンビアの他に、マダガスカルやエチオピア、アフガニスタンなどにも小さな鉱床が発見された。加えて昨今の流通の透明性などに対する社会的欲求のため、エメラルドの産地鑑別の重要性が急速に高まっている。
本稿ではエメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョンについて概要を説明する。

 

エメラルドの形成

ベリルの化学組成はBe₃Al₂(SiO₃)₆であり、エメラルドはベリル中に含まれるクロム(Cr)とバナジウム(V)によって緑色を呈する宝石変種である。上部大陸地殻に存在するベリリウム(Be)は2 ppm程度しかない上、クロム(Cr)とバナジウム(V)も海洋地殻や上部マントルに濃縮している。そのため、エメラルドの形成に必要なベリリウム(Be)とクロム(Cr)が同時に存在するためには限定された地質学的条件が必要である。故に、エメラルドは産出量が限られ、希少性の高い宝石となっている。

エメラルドは形成する地質学的条件によっていくつかのタイプに分類される。例えば、G. Giuliani et al. (2019) はエメラルドを産出する地域の地質的環境を考察し、花崗岩マグマに起因するかどうかによってエメラルドを構造–変成関連タイプと構造–マグマ関連タイプに分類した。一方、S. Saeseaw et al. (2019) は地質学的形成条件を考えた上、コロンビアのエメラルドの特徴と類似するかどうかによってエメラルドを「熱水/変成タイプ」と「片岩ホスト/マグマタイプ」に分類した。本稿では後者を参考し、表1には、世界各地の重要なエメラルドの鉱床のタイプを示した。

片岩ホスト/マグマタイプのエメラルド鉱床は世界中に分布しており、最も数の多いタイプとなっている。このタイプのエメラルドの多くは花崗岩マグマに起因するものであり、その典型的な形成モデルの概略を図1に示した。その形成過程には、ベリリウム(Be)を含む酸性マグマがクロム(Cr)、バナジウム(V)を含む苦鉄質岩や超苦鉄質岩に侵入することによってベリリウム(Be)とクロム(Cr)、バナジウム(V)が同じ場所に濃縮され、エメラルドを形成した。このタイプのエメラルドの普遍的な内部特徴は、ブロック状または不規則な多相インクルージョンを含むことであり、バイオタイトなどの固相インクルージョンも多い。

熱水/変成タイプのエメラルドの鉱床は比較的に少なく、エメラルドの形成は主に熱水に起因するものとなっている。典型的な例として、図2にコロンビアの熱水/変成タイプのエメラルドの形成モデルを示した。深い地層からの熱水によって岩石内部にある元素が移動し、結果としてエメラルドの形成を促した。このタイプのエメラルドの普遍的な内部特徴は、縁がギザギザな多相インクルージョンを含むことである。

次節から、商業的に重要な各産地のエメラルドの特徴的なインクルージョンについて紹介する。

 

表1エメラルドの分類

T01

 

図1 片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドの典型的な形成モデル(G. Giuliani et al., 2019を加筆)。
図1 片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドの典型的な形成モデル(G. Giuliani et al., 2019を加筆)。

 

図2 コロンビアの熱水/変成タイプエメラルドの形成モデル(G. Giuliani et al., 2000を加筆)。
図2 コロンビアの熱水/変成タイプエメラルドの形成モデル(G. Giuliani et al., 2000を加筆)。

 

コロンビア

コロンビアは最も重要なエメラルドの産地であり、16世紀から高品質のエメラルドを産出している。現在でも日本国内市場には50~60 %のシェアがある。コロンビアのエメラルド鉱床は東コルディレラ山脈の堆積盆地の両側に分布しており、砂岩、石灰岩、黒い頁岩、蒸発岩で構成する堆積岩の中からエメラルドが産出している。盆地の東側は6500万年前に形成されたガチャラ、チボールとマカナル鉱床;西側には3800万~3200万年前に形成されたムゾ、コスクェス、ラ・ピタなどの鉱床がある(G. Giuliani et al., 2019)。これらのエメラルド鉱床はすべて熱水/変成タイプに属する。この地で生じた大規模な熱水変成作用が、蒸発岩から高濃度の塩水(~40 wt%相当の塩化ナトリウム(NaCl))の形成を引き起こした。その結果、黒い頁岩中の豊富な有機物からベリリウム(Be)、クロム(Cr)、バナジウム(V)が放出され、エメラルドが形成した。

コロンビアのエメラルドは形成中、濃度の高い塩水を取り込むため、図3に示したような輪郭がギザギザの三相(固相、液相、気相)インクルージョンが観察される。多くの場合、それらの三相インクルージョンに含まれる気泡は二酸化炭素(CO2)であり、固体は塩水から析出された塩化ナトリウム(NaCl)である。このようなギザギザなインクルージョンは、アフガニスタン・パンジシールなど他の熱水/変成タイプのエメラルドにも見られることが多いが、S. Saeseaw et al. (2019)によると、長さ500 μmを超えるもの(図4)はコロンビア特有のものとなる。

図3 熱水/変成エメラルドによく見られる輪郭がギザギザな三相インクルージョン。気泡の下に小さな四角い固体が見える。視野0.8 mm。
図3 熱水/変成エメラルドによく見られる輪郭がギザギザな三相インクルージョン。気泡の下に小さな四角い固体が見える。視野0.8 mm。

 

図4 コロンビアのエメラルドの特徴である500 μmを超える大きなギザギザな三相インクルージョン。 視野1.2 mm。
図4 コロンビアのエメラルドの特徴である500 μmを超える大きなギザギザな三相インクルージョン。視野1.2 mm。

 

エメラルドの形成過程中、熱水中の硫酸塩と黒い頁岩に含まれる有機物と化学反応を起こし、ベリリウム(Be)、クロム(Cr)、バナジウム(V)を放出すると同時に、有機物の還元反応によって硫化水素(H₂S)と炭酸水素イオン(HCO₃ )が生成する。そして最終的には金属イオンと結合してパイライト、カルサイト、ドロマイトなどが生成される(図5–6)。これがコロンビアのエメラルドにしばしばパイライトなどが観察される原因である。同時に、この地域の鉄(Fe)成分がほとんどパイライトとして結晶化するため、結果的にコロンビア産エメラルドに取り込まれる鉄(Fe)の濃度は低くなる。ただし、これらの鉱物固体インクルージョンは他の鉱床のエメラルドにも見られるため、産地鑑別には強力な指標とはなれない。その他、パリサイトはコロンビアのエメラルドしか報告されていないが、観察できるのは極めて珍しい(K. Thu, 2021)。

 

図5 パイライトのクラスター。コロンビア以外の産地からのエメラルドにも観察されることがある。 視野0.9 mm。
図5 パイライトのクラスター。コロンビア以外の産地からのエメラルドにも観察されることがある。視野0.9 mm。

 

図6 コロンビアのエメラルドにあるカルサイト。菱面体の形が見える。
図6 コロンビアのエメラルドにあるカルサイト。菱面体の形が見える。

 

原産地鑑別に強力な指標となるGota de Aceite(スペイン語で「油の滴」を意味する)は、コロンビアのエメラルドのもう一つの特徴であり、これはエメラルド内部の異常な成長構造に起因するものである(図7–8)。類似した成長構造はアフガニスタンやザンビアなど他の鉱床からのエメラルドでも稀に観察されることがあるが、観察頻度は極めて低い(N. Ahline, 2017; R. Zellagui, 2022)。多くの場合、Gota de Aceiteの構造は結晶の基底面と平行に分布しており、光軸方向から観察できる。その他、図9に示した鋸歯状の成長線もコロンビアのエメラルドの特徴である。これは結晶のc軸方向にギザギザと伸長した分域境界で、熱水/変成タイプのエメラルドの特徴と考えられる。

図7 コロンビアのエメラルドの特徴であるGota de Aceite。疑似六角形の形が見える。視野1.3 mm。
図7 コロンビアのエメラルドの特徴であるGota de Aceite。疑似六角形の形が見える。視野1.3 mm。

 

図8 コロンビアのエメラルドに見られるGota de Aceite。六角形の形が見えないタイプ。視野4.0 mm。
図8 コロンビアのエメラルドに見られるGota de Aceite。六角形の形が見えないタイプ。視野4.0 mm。

 

図9 コロンビアのエメラルドに観察できる鋸歯状の成長線。
図9 コロンビアのエメラルドに観察できる鋸歯状の成長線。

 

アフガニスタン

アフガニスタンのエメラルドは紀元前から知られており、18世紀以前は歴史的に重要な産地であった。1970年代以降、商業的に採掘されるようになったが、一般に高品質なものは少ない。しかし、時折コロンビアのエメラルドに匹敵する大粒で透明度の高いエメラルドが産出することがある。2017年に新たな鉱床も発見され、再び注目されている。アフガニスタンのエメラルドはパンジシール谷から産出しており、熱水/変成タイプに属する。この地域には断層が多く、エメラルド鉱床は混成岩、片麻岩、片岩、大理石と角閃岩で形成された原生代の変成基盤中に見られる。片岩が激しく破砕され、流体循環と熱水変成作用の影響を受けている。エメラルドは、白雲母、トルマリン、アルバイト、パイライト、ルチル、ドロマイトに関連する空洞と石英脈中から発見される。Ar–Ar法で測定した年齢は2300±100万年であり、クロム(Cr)とベリリウム(Be)の由来はまだわかっていない。

コロンビアの石と同じく熱水/変成タイプに属するため、アフガニスタンのエメラルドにも輪郭がギザギザな三相インクルージョンが観察できる(図10–11)。しかし、アフガニスタンのエメラルドの三相インクルージョンは、細長い針のような形をする傾向があり、その中に複数の固体鉱物インクルージョンが含まれることがよくある。鉱物固体インクルージョンとして、パイライト、ライモナイト、ベリル、炭酸塩鉱物、長石などが見られる。

図10 アフガニスタンにある多相インクルージョン。 一つのインクルージに複数の固体インクルージョンが含まれている。視野1.0 mm。
図10 アフガニスタンにある多相インクルージョン。
一つのインクルージに複数の固体インクルージョンが含まれている。視野1.0 mm。

 

図11 アフガニスタンにある細長くて縁が鋭い多相インクルージョン。視野0.6 mm。
図11 アフガニスタンにある細長くて縁が鋭い多相インクルージョン。視野0.6 mm。

 

M. S. Krzemnicki et al. (2021)によると、パンジシール渓谷のエメラルドは2つのタイプに分けることができ、そのうちタイプ2に分類されるものは固体インクルージョンが少ないだけではなく、鉄(Fe)やスカンジウム(Sc)の濃度も低い。そのため屈折率や紫外–可視分光スペクトルは、コロンビア産エメラルドの特徴と重複しており、産地鑑別には注意深く観察する必要がある。

 

ザンビア(カフブ)

ザンビアには複数のエメラルド鉱床があり、そのうちムサカシ地域のエメラルドは熱水/変成タイプであり、カフブ地域のエメラルドは片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドである。ムサカシ地域の鉱床は2002年頃に発見された新しい鉱床であり、未解明の部分も多く、現時点においては産出量も限定的なため本稿では紹介しない。カフブ地域のエメラルドは1930年代に発見され、大規模な鉱山開発が行われた。日本市場では、ザンビアのエメラルドはコロンビアに次いで多く、20%程度のシェアがあり、その大部分はカフブ地域のエメラルドである。カフブのエメラルド鉱床は典型的な花崗岩マグマに起因するタイプであり、主に変成した苦鉄質–超苦鉄質岩中から発見される。鉄(Fe)の含有量が多いため、ここのエメラルドは青味が強い。

前述したように、片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドの特徴として、ザンビア・カフブのエメラルドには図12に示した輪郭が長方形の角型二相インクルージョンが観察される。これらは後述するブラジル産エメラルド中の二相インクルージョンよりも、輪郭が丸くない明瞭な角型である。不規則な二相インクルージョンの中でも鋭い角を持つものが度々見られるが(図13)、後述するブラジルなどの産地のエメラルドにある丸い輪郭をもつものもある。

図12 カフブのエメラルドにある角型二相インクルー ジョン。視野1.3 mm。
図12 カフブのエメラルドにある角型二相インクルージョン。視野1.3 mm。

 

図13 不規則な二相インクルージョン。視野1.0 mm。
図13 不規則な二相インクルージョン。視野1.0 mm。

 

鉱物固体インクルージョンとして、マグネタイト、ヘマタイト、イルメナイトなどの酸化物で構成される樹枝状や小板状のインクルージョンが観察される(図14)。この形状のものはブラジルのエメラルドに報告されることが少ない。また、ブラジルのエメラルドと同様、丸みを帯びた雲母インクルージョンが観察される(図15)。その他、アパタイト、パイライト、タルク、バライト、アルバイト、カルサイトなども報告されている。

図14 樹枝状の黒い固体インクルージョン。 視野0.5 mm。
図14 樹枝状の黒い固体インクルージョン。視野0.5 mm。

 

図15 丸みを帯びたフレーク状の固体インクルージョン。 視野1.1 mm。
図15 丸みを帯びたフレーク状の固体インクルージョン。視野1.1 mm。

 

図16 ブロック状の二相インクルージョン。角が比較的に丸い。視野1.6 mm。
図16 ブロック状の二相インクルージョン。角が比較的に丸い。視野1.6 mm。

 

図17 不規則な二相インクルージョン。視野0.5 mm。
図17 不規則な二相インクルージョン。視野0.5 mm。

 

図18 雨のようなチューブインクルージョン。 視野2.2 mm。
図18 雨のようなチューブインクルージョン。視野2.2 mm。

 

図19 丸みを帯びた黒褐色の雲母インクルージョン。 視野2.2 mm。
図19 丸みを帯びた黒褐色の雲母インクルージョン。視野2.2 mm。

 

図20 疑似六角形をする褐色がかった雲母インクルージョン。視野0.8 mm。
図20 疑似六角形をする褐色がかった雲母インクルージョン。視野0.8 mm。

 

ブラジル(ミナス・ジェライスなど)

ブラジルには複数のエメラルド鉱床がある。それらの大部分は花崗岩マグマに起因する片岩ホスト/マグマタイプに属し、現在主にミナス・ジェライス州(74%、イタビラやノバエラ鉱床など)とバーイア州(22%、カルナイーバ鉱床など)から産出している(G. Giuliani et al., 2019)。前文で説明したように、このタイプのエメラルド鉱床は花崗岩マグマが苦鉄質–超苦鉄質岩に侵入することによって形成したものである。

これらのエメラルドには、ブロック状あるいは不規則な二相インクルージョンが観察されることが多い(図16–17)。このようなインクルージョンは他の片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドにもよく見られるため、産地鑑別に使える強力な指標にはなりにくい。また、ミナス・ジェライス州イタビラからのエメラルドの特徴として、図18に示した「雨のような」チューブインクルージョンが観察される。鉱物固体インクルージョンとして、丸みを帯びた初生の黒褐色雲母と、同生や後生の疑似六角形の形をする褐色の雲母インクルージョンが観察される(図19–20)。しかし、前述した二相インクルージョンと同様、他の片岩ホスト/マグマタイプエメラルドにも観察されることが多いため、強力な指標にはならない。

 

ブラジル(ゴイアス)

ゴイアス州のエメラルドも片岩ホスト/マグマタイプに属するが、ブラジルの他の鉱床と異なり、形成過程中に熱水の変成作用が重要な役割を担っていると考えられている。熱水の浸透は剪断帯などの構造にコントロールされている。ペグマタイト脈はなく、エメラルドは金雲母および金雲母化した炭酸塩–タルク片岩の変成火山堆積層内に散在する。1980年代に発見されたサンタ・テレジーニャは90年代までに大量に採掘されて、日本市場では多く流通していた。この鉱床のエメラルドには高濃度のセシウム(Cs)が含まれるという特徴があり、このことから、サンタ・テレジーニャのエメラルドはマグマ流体と変成流体の混合体に起因するものという仮説が挙げられている(C. Aurisicchio et al., 2018)。

花崗岩マグマに直接起因しないが、ゴイアス州のエメラルドも片岩ホスト/マグマタイプに属し、ブロック状の二相インクルージョンが観察される(図21)。また、ゴイアス州のエメラルドの最大の特徴である大量に散在するヘルシナイトが観察されることがある(図22)。ただし、他のブラジルの鉱床やザンビア・カフブなどの鉱床からのエメラルドに含まれる大量に散在するマグネタイトまたはクロマイトのインクルージョンと区別しにくい。また、同じような形として、ゴイアス州のエメラルドに大量のクロマイトが観察されることがある(T. T. H. Le, 2008)。鑑別する際は注意深く扱う必要がある。

図21 ゴイアス州のエメラルドにあるブロック状の二相インクルージョン。
図21 ゴイアス州のエメラルドにあるブロック状の二相インクルージョン。

 

図22 エメラルドに散在する大量のヘルシナイトあるいはクロマイト。金属光沢を呈する。視野1.9 mm。
図22 エメラルドに散在する大量のヘルシナイトあるいはクロマイト。金属光沢を呈する。視野1.9 mm。

 

ロシア

ロシアのエメラルドは1830年代からウラル山脈地域から産出されて、1990年代半ばではほとんどの採掘作業が終止されたが、2010年代にロシアの国営企業の下で採掘が再開された。この地域のエメラルド鉱床も花崗岩マグマに起因する片岩ホスト/マグマタイプに属する。ただし鉄が少なくて、色が淡いものが多い。

ロシア産エメラルドには、ザンビア・カフブのエメラルドにある角型の二相インクルージョンが観察される。ただし、ロシア産エメラルド中の二相インクルージョンの一部は、斑状や粒状の輪郭をもつという特徴がある(図23)。図23と図24に示した長い針状や管状の成長構造も観察されやすいが、他の産地のエメラルドにも観察されることがある。ロシアのエメラルドにとって最も強力な指標になるのは、結晶の底面に平行に配列する薄膜インクルージョンである(図25–26)。一般に平行状液膜インクルージョンと呼ばれている。

図23 ブロック状の二相インクルージョン。その下の不規則な二相インクルージョンの縁が粒状や斑状になっている。 上には細長い成長管も見える。視野1.6 mm。
図23 ブロック状の二相インクルージョン。その下の不規則な二相インクルージョンの縁が粒状や斑状になっている。
上には細長い成長管も見える。視野1.6 mm。

 

図24 同じ方向に配列する細長い成長管。視野1.2 mm。
図24 同じ方向に配列する細長い成長管。視野1.2 mm。

 

図25 基底に平行する大量の薄膜インクルージョン。視野0.5 mm。
図25 基底に平行する大量の薄膜インクルージョン。視野0.5 mm。

 

図26 横から観察する大量の薄膜インクルージョン。
図26 横から観察する大量の薄膜インクルージョン。

 

ロシアのエメラルドにも樹枝状の黒い固体インクルージョンと雲母が観察できるが、これらは前述したザンビアやブラジルなどの片岩ホスト/マグマタイプ鉱床からのエメラルドにも観察されるため、強力な指標にはならない。

 

マダガスカル

マダガスカルのエメラルドは南部のイナペラとマナンジャリから産出される。この地域のエメラルドはすべて花崗岩マグマに起因する片岩ホスト/マグマタイプに属する。そのうち、イナペラには同年代の二つのエメラルド鉱床があり、それらはそれぞれペグマタイトと苦鉄質岩の接触で形成されるものと、黒雲母片岩にホストされるものがある。

他の片岩ホスト/マグマタイプのエメラルドと同様、マダガスカルのエメラルドにもブロック状の二相インクルージョンが観察される(図27)。その他、特徴的な細長く湾曲した針状インクルージョンが観察できる(図28)。これらの針状インクルージョンはロシアのエメラルドにある同じ方向に配列した成長管と違って、交差して配列する。ただし、ジンバブエなど他の産地からのエメラルドにも類似するインクルージョンが観察されることがある。また、図29に示した隙間がある茎状のアクチノライトやトレモライトのインクルージョンも、マダガスカル産エメラルドによく見られる。

図27 ブロック状の二相インクルージョン。視野0.8 mm。
図27 ブロック状の二相インクルージョン。視野0.8 mm。

 

図28 交差する細長く湾曲した針状インクルージョン。視野3.4 mm。
図28 交差する細長く湾曲した針状インクルージョン。視野3.4 mm。

 

図29 隙間がある茎状のアクチノライトやトレモライトのインクルージョン。視野0.8 mm。
図29 隙間がある茎状のアクチノライトやトレモライトのインクルージョン。視野0.8 mm。

 

まとめ

エメラルドのインクルージは産地鑑別において重要な判断材料になる。インクルージョンだけで産地を決定できるケースも少なくない。インクルージョンだけで判断できない場合、赤外スペクトル、紫外–可視分光、蛍光X線分析、ICP–MSなどの測定方法と合わせて判断する必要がある。

本稿では、コロンビア、アフガニスタン、ブラジル、ザンビア、ロシア、マダガスカルのエメラルドにある特徴のあるインクルージョンを紹介した。表1に示したように、エメラルド鉱床は世界中に広く分布している。現在日本市場に流通するものはコロンビア、ブラジルとザンビアのエメラルドがメインになっているが、他の流通量の少ない産地のエメラルドと区別しにくい場合もあるため、注意を払わなければならない。◆

日本鉱物科学会2022年年会・総会参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2022年12月PDFNo.62

リサーチ室 江森健太郎

去る2022年9月17日(土)から19日(月)までの3日間、新潟大学五十嵐キャンパスにて日本鉱物科学会2022年年会・総会が開催されました。Covid19の影響で2020年、2021年はオンラインでの開催のみでしたが、2022年はオンサイトとオンラインのハイブリッドで開催が行われました。CGLリサーチ室からは2名がオンサイト、1名がオンラインで参加し、2名が発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

 

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science、JAMS)は2007年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ800名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会の沿革・活動についてはCGL通信54号等に詳しく掲載されていますので、そちらを参照して下さい。
2016年10月に一般社団法人日本鉱物科学会となり、以降の年会・総会は、2017年愛媛大学、2018年山形大学、2019年九州大学で開催されました。しかし、2020年は東北大学、2021年は広島大学で開催が計画されていましたが、Covid–19の影響でオンラインでの開催となりました。そして、2022年ようやくオンサイトでの講演会が可能となりました。

新潟大学について

 

新潟大学正門と五十嵐キャンパス
新潟大学正門と五十嵐キャンパス

新潟大学は、旧六医科大学の一校である旧新潟医科大学と、旧新潟高等学校を主な母体として1949年に開学した旧制大学の流れをくむ旧官立大学の一校で、本州日本海側において最大規模の総合大学です。発足当初は県内にキャンパスが点在していましたが、総合移転により新潟市郊外西部にある広大な五十嵐キャンパスと、市中心部に構える旧新潟医科大学由来の医歯学系学部が集まる旭町キャンパスに集約されています。その他、西大畑地区(旧新潟高等学校跡地)に教育学部付属学校(小学校、中学校、特別支援学校)がおかれています。
高志(こし)の大地に育まれた敬虔質実の伝統と世界に開かれた海港都市の進取の精神に基づいて、自立と創生を全学の理念とし、教育と研究を通じて地域や世界の着実な発展に貢献することを全学の目的としています。
五十嵐キャンパスへのアクセスは、JR新潟駅から直行バスで40~50分程度、JRで20–25分程度の新潟大学前駅もしくは内野駅から共に徒歩20分程度とアクセス自体は良好です。

学会について

2022年の総会・年会は、3件の受賞講演、9つのセッションで110件の口頭発表、64件のポスター発表が行われました。筆者は17日、18日はオンサイト、19日はオンラインで参加しましたが、オンラインでの参加者に比べ、オンサイトでの参加者のほうが圧倒的に参加者は多く(筆者の体感だとオンライン:オンサイト=1:4程度)、学会のオンサイトでの開催が待ち焦がれていたことがわかります。

総会・年会が行われた五十嵐キャンパス総合教育研究棟
総会・年会が行われた五十嵐キャンパス総合教育研究棟

 

18日は午前中に「地球外物質」「岩石・鉱物・鉱床」「岩石・水相互作用」の3つのセッションが行われ、14時より総会・授賞式・受賞講演が行われました。総会は定足数 (会員809名の10分の1、81人)以上が必要となりますが、今回の総会は当日参加者(オンライン含む)97人、委任状23人、書面議決書13人と定足数を超え、無事成立となりました。物故会員への黙祷後、宮脇律郎会長の挨拶、1年の事業報告、決議事項を経て、閉会し、授賞式、受賞講演が行われました。授賞式では、学会賞、渡邉萬次郎賞、論文賞、研究奨励賞、応用鉱物科学賞、学生論文賞といった賞が表彰されますが、宝石学分野からは阿依アヒマディ会員(Tokyo Gem Science社,GSTV宝石学研究所)が「先端分析手法を適用した宝石の鑑別技術開発とデータベース構築」の題目で日本鉱物科学会応用鉱物科学賞を受賞しました。宝石分野からは、弊社北脇裕士以降、二人目の受賞となります。

日本鉱物科学会応用鉱物科学賞を受賞した阿依アヒマディ会員
日本鉱物科学会応用鉱物科学賞を受賞した阿依アヒマディ会員

 

受賞講演は、3件行われ、2021年度日本鉱物科学会賞第26回受賞者の金沢大学森下知晃会員の「超苦鉄質―苦鉄質岩に着目した物質科学的アプローチによる海洋プレート及び島弧下マントルの形成・進化プロセスの研究」、2021年度日本鉱物科学会研究奨励賞第31回受賞者の纐纈佑衣会員(名古屋大学)による「ラマン分光学・赤外分光学に関する基礎的研究と地質学全般への適用」、2021年度日本鉱物科学会研究奨励賞第32回受賞者の秋澤紀克会員(東京大学)による「上部マントルでの溶融-熱水活動記録の解読」の発表がありました。

日本鉱物科学会受賞講演の様子
日本鉱物科学会受賞講演の様子

 

19日午前9時より「鉱物記載・分析評価」「高圧科学地球深部」「火成作用の物質科学/深成岩・火山岩・サブダクションファクトリー」の3つのセッションが行われ、CGLからは3名が「鉱物記載・分析評価」のセッションに参加しました。「鉱物記載・分析評価」のセッションは宝石学会(日本)との共同セッションとなっており、日本鉱物科学会の会員でなくても、宝石学会(日本)の会員であれば、発表・聴講することができます。CGLからは北脇裕士が「宝飾用 HPHT大型合成ダイヤモンド単結晶のモルフォロジーと物性評価」、趙政皓が宝石学会(日本)の会員として「銅鉱物と共存するタルクの微細組織」の発表を行いました。多くの質問が寄せられ、聴講者の宝石分野への発表の興味を感じることができました。

毎年開催される日本鉱物科学会では、最先端の鉱物学の研究が発表され、弊社も毎年研究発表を行っています。宝石学は、鉱物学と密接な関係があり、参加・聴講することで最先端の知識を得られる他、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深め、宝石学の研究を進めるための助力等を得ることができます。森下知晃会員の受賞講演の中の言葉に「誰かが見てくれている」というものがありました。これは研究データの発表を続けることで、「そのデータを見てくれている人」が必ずいること、その「見てくれている人」の意見に耳を傾け、コミュニケーションを取ることにより、自身の研究の新しい道が開ける、とのことです。CGLは来年も日本鉱物科学会年会・総会に参加し、弊社の研究成果を発表する予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は2023年9月大阪公立大学で開催されます。◆

クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析 ー 宝石学会(日本)2022年オンライン講演会より

PDFファイルはこちらから2022年6月PDFNo.61

中央宝石研究所リサーチ室 趙政皓・江森健太郎・岡野誠
東京大学大学院理学研究科 賀雪菁・鍵裕之

最近、CGLにクリソコーラを含むと思われるビーズの石が鑑別依頼で持ち込まれた。しかし、EDS元素分析を行った結果、その石には高濃度のMg(マグネシウム)が含まれておりクリソコーラではないことが示唆された。この石の正確な鉱物種を明らかにするため、ラマン分光、赤外吸収スペクトル、粉末X線回折などの複合的な分析を行った。その結果、検査した石の主な組成はクリソコーラではなく、タルクであることがわかった。

背景と目的

クリソコーラは淡青色や青緑色を呈する銅を含むケイ酸塩鉱物の一種であり、マラカイトやアズライトなどの銅鉱物と同時に産出されることが多い。その化学組成は一般的にCu2–xAlxH2–xSi2O5(OH)4·nH2O(x<1)とされているが、結晶化度が非常に低く、原子座標まで明白な結晶構造はわかっていない。
最近、我々のラボに見た目にクリソコーラを含むと思われる石が鑑別依頼で持ち込まれた(サンプルB1〜B6、図1)。石は直径10 mm弱のビーズに研磨され、それぞれ淡青色、濃青色と緑色の箇所で構成されている。赤外反射スペクトル、ラマン分光分析と蛍光X線分析を行った結果、濃青色箇所はアズライト、緑色箇所はマラカイトであることが明らかになった。しかし、クリソコーラと思われる淡青色箇所には、クリソコーラにはほとんど存在しないはずの高濃度のMg(マグネシウム)が検出された(表1)。したがって、淡青色箇所は実際クリソコーラであるかどうか疑問が持たれた。そこで、本研究ではこの淡青色箇所の正確な鉱物種を明らかにすることを目的にした。

図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石
図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石

 

表1 クリソコーラの淡青色箇所を蛍光X線分析装置で測定した結果の平均値

表1

 

サンプルと測定方法

本研究には前述したビーズ石6点(B1〜B6)の他、比較するためクリソコーラ原石4点(R1〜R4)と、研磨された石2点(R5、 R6)を用意した(図2)。研磨された石はクォーツ中にクリソコーラが含まれているものになる。以下はこれら比較するための石をR組と呼ぶ。ビーズ石とR組石の重量、産地、蛍光X線元素分析によるmol濃度を表2に示した。

図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点
図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点

 

表2 本研究で用いたサンプルと元素組成

表2

赤外反射スペクトル測定は日本分光社製FTIR(FT/IR4100)、RamanスペクトルはRenishaw InVia Raman System、蛍光X線元素分析は日本電子社製JSX1000Sを用いた。その後、ビーズの石2点、R5以外のR組石をメノウ乳鉢で粉砕し、RIGAKU社製MiniFlex 600を用いて粉末X線回折分析、Bruker社製INVENIO Rを用いてFTIR透過スペクトル測定を行った。

 

分析結果と考察

本研究において実験結果の解析を正確に行うため、データベースRRUFFに収録されたスペクトルと回折パターンのデータを参考にした。RRUFFはアリゾナ大学が運営しており、5000以上の鉱物種で約10000のサンプルのラマンスペクトルやX線回折パターンなどを収録した最も権威のある鉱物データベースである。
ビーズ石はすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルB3を代表として示した。また、R組についてもすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルR2を代表として示した。

 

◆ラマン分光分析結果

それぞれのサンプルについてラマンスペクトルを取得した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図3に示す。サンプルR2とR060547のラマンスペクトルは一致し、両者とも3620 cm–1付近にピークが存在し、そのピークの低ラマンシフト側にブロードなピークが存在する。また、415 cm–1付近に連続したピークが存在する。一方、B3のラマンスペクトルは3676 cm–1付近に鋭いピークと369 cm–1付近に弱いピーク、195 cm–1付近に明瞭なピークが存在しており、R1、R060547のラマンスペクトルと一致しない。

図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

◆FTIR透過スペクトル

それぞれのサンプルについて,ATR法による赤外吸収スペクトルを測定した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図4に示す。サンプルR2とChrysocolla R060547のFTIR透過スペクトルはラマンスペクトル同様一致している(図4)。両者とも2800 cm–1から約3600 cm–1に不明瞭でブロードなピークが存在するが、ビーズ石B3のスペクトルには3676 cm–1付近に鋭いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるOHの存在形態に大きな差があると考えられる。また、クリソコーラのスペクトルには1000 cm–1付近の強いピークと675 cm–1付近の弱いピークが存在するが、ビーズ石のスペクトルには966 cm–1と667 cm–1付近にともに強いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるSi–O結合の振動に差があると考えられる。ラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルから、これらのビーズ石の淡青色部分はクリソコーラではない可能性が極めて高いと考えられる。

図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

◆X線回折パターン

粉砕したサンプルについて粉末X線回折パターンを測定した。ビーズ石B3淡青色箇所、原石サンプルR2に加え、RRUFFデータベースのChrysocolla R060547のX線回折パターンを加えたものを図5に示す。図5のChrysocolla R060547、原石サンプルR2のデータが示すように、クリソコーラは元来結晶化度が低く、X線回折パターンにおいては明瞭なピークは存在せず、いくつかのブロードなビークが存在するのみである。一方、ビーズ石B3のX線回折パターンには明瞭なピークが多く出現しており、結晶化度が高い鉱物であることを示唆している。蛍光X元素分析の結果と照らし合わせ、いくつかのケイ酸塩鉱物のX線粉末回折結果と比較した結果、ビーズ石のX線回折パターンはタルクのX線回折パターンと完全に一致することが明らかになった。図6には、ビーズB3のX線回折パターンと先行研究によるタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002)を示している。RRUFFに収録されているタルクのX線回折パターンにも一致しているが、先行研究による未処理のX線回折パターンとの一致性がより高いためここで表示した。

図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン
図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン

 

図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)
図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)

 

◆ビーズ石とタルクのラマンスペクトル、赤外吸収スペクトルの比較

ビーズ石淡青色箇所のラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルについて、RRUFF Talc R040137のデータと比較した結果、それらは一致することが明らかになった(図7、図8)。
図7に示しているように、両者のラマンスペクトルには195 cm–1付近、370 cm–1付近、678 cm–1付近と3676 cm–1付近のピークが一致している。また、赤外吸収スペクトルについても図8で示した通り668 cm–1付近、968 cm–1付近と3677 cm–1付近のピークが一致している。更に、タルクの化学組成はMg3Si4O10(OH)2であり、そのMg(マグネシウム)とSi(ケイ素)の比率は表1に示した組成と近い。以上のことから、ビーズ石の淡青色箇所の鉱物種はタルクであることが判明した。

図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

 

まとめ

今回持ち込まれたサンプル(B1〜B6)は、アズライトとマラカイトが同時に存在するものの、ビーズ石の淡青色の箇所はクリソコーラではなかった。その淡青色箇所のラマンスペクトル、赤外吸収スペクトル、X線回折パターンはすべてタルクのスペクトルや回折パターンと一致していることから、タルクであることが判明した。この青いタルクは外見的にはクリソコーラと区別が難しいため、正確な鑑別にはラマン分光分析などを用いた分析を行う必要がある。また、この淡青色のタルクにおける銅の存在形式などの問題はまだ解明していないため、今後は引き続き調査する予定である。

 

参考文献

[1] Lafuente B., Downs R. T., Yang H., & Stone N. (2015). The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
[2] Chen HF., Lin S., Li YH., & Fang JN. (2020). Dyed chalcedony imitation of chrysocolla–in–chalcedony. Gems and Gemology, 56(1), 188–189
[3] Temujin J., Okada K., Jadambaa TS., Mackenzie K. J. D., & Amarsanaa J. (2002), Effect of grinding on the preparation of porous material from talc by selective leaching. Journal of Materials Science Letters, 21, 1607–1609

令和4年度 宝石学会(日本)講演会参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-e16454060896992022年6月PDFNo.61

令和4年度 宝石学会(日本)講演会参加報告
リサーチ室 趙政皓

令和4年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月11日(土)オンラインで開催されました。合計で17件(真珠6題、ダイヤモンド3題、色石関連8題)の発表があり、計77名の参加がありました。以下に一部発表の概要を報告します。また、CGLリサーチ室からは3題の発表(「中国製大型無色HPHT合成ダイヤモンド結晶の観察」「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析」「LA–ICP–MSを用いたパライバ・トルマリンの原産地鑑別 ―アップデート;特に銅含有量の少ない試料について ー」)を行いました。別途CGL通信の記事として掲載される予定です(「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析」については本号に掲載されています)。

◆小粒なアコヤ養殖真珠について

東京宝石科学アカデミーの研究者渥美郁男氏が小粒のアコヤ養殖真珠について発表しました。アコヤ真珠に固有の表現として、5 mm未満のものは厘珠、3 mm未満は細厘珠と呼ばれ、二子珠や三つ子珠が形成されることがあります。μ–CTで内部検査すると、二子珠や三つ子珠は癒着した1つの真珠袋の中にできたものだと推定できます。また、流通段階でアコヤ真珠に淡水養殖真珠が混入しているケースがあるので注意が必要です。浜揚げ珠の場合、アコヤ真珠は紫外線下で黄色がかった蛍光を発しますが、淡水真珠は強い青白い蛍光を発します。そして蛍光X線元素分析によると、一般的にアコヤ真珠にはMn(マンガン)が少なく、Sr(ストロンチウム)が多く存在します。一方、淡水真珠ではSr(ストロンチウム)に対してMn(マンガン)が優勢になることが一般的です。また、淡水真珠は有核の場合、貫通孔のある核を使用する傾向があるため、軟X線透視検査で貫通孔が見られる場合があります。このように様々な測定方法を合わせて複合的な検査を行うことが有効です。

◆真珠鑑別における蛍光観察および蛍光分光測定の検討

真珠科学研究所の研究者山本亮氏が真珠鑑別における蛍光観察および蛍光分光測定について発表しました。アコヤ真珠の浜上げ珠は黄色、漂白珠は青白色の蛍光を発する特徴があり、鑑別にも用いられています。ブルー系真珠の鑑別について、放射線照射のものは360 nmの励起光下で420 nm付近にピークが出現します。また、マベ真珠と黒蝶真珠や白蝶真珠は区別が難しい場合がありますが、赤い蛍光を強く発するサンプルについては三次元蛍光分光の結果、励起波長400 nmにおいて610 nm付近に小さいピークが出るため、判別可能となります。

◆光学シミュレーションによるアコヤ真珠の構造色の再現

愛媛大学の尾崎良太郎准教授がアコヤ真珠の構造色の光学シミュレーションについて発表しました。真珠はアラゴナイト層とコンキオリン層によって構造色を生じます。尾崎准教授たちは透過の干渉色と反射の干渉色のメカニズムを光学の視点から考え、そのモデル化に成功しました。それをプログラムで可視化し、角度や結晶層厚の変化も再現可能になっています。

◆蛍光分光による、ダイヤモンドの蛍光と光学欠陥

東京宝石科学アカデミーの研究者小川日出丸氏がダイヤモンドの蛍光と光学欠陥について発表しました。ダイヤモンドの蛍光観察は天然・合成の鑑別やグレーディングの際に活用されています。励起スペクトルによって、蛍光に関与している光学欠陥が確認されました。例えば、青色蛍光とN3センター(415 nm)、緑色蛍光とH3センター(503 nm)、赤色蛍光と480 nmはそれぞれ関与しています(但し、480 nmバンドの構造は不明)。これにより、ダイヤモンドの光学欠陥の検出に蛍光分光が有効であることがわかりました。

◆Herkimer Diamondに代表される両錐水晶の多様性と類似点

東京大学の荻原成騎博士がHerkimer Diamondに代表される両錐水晶について発表しました。両錐水晶の蛍光性の有無、結晶の外形に注目し、今後の成因(成長機構)研究の基礎データとします。その蛍光性は石油状包有物と関連すると考えられています。また、両錐水晶の産出は熱水脈の温度に関連し、母岩は炭酸塩岩になっています。

◆糸魚川産のピンクひすいと呼ばれる鉱物

東京都の研究者中嶋彩乃氏が糸魚川産のピンクひすいと呼ばれる鉱物について発表しました。市場で糸魚川産のピンクひすいとして販売されるものをFTIRやラマン分光で検査した結果、着色処理が施された石を除いて、ジェイダイトではなく、チューライトやクリノチューライトであることが判明しました。

◆ルビーの深紫外センサ応用

東洋大学の研究者人見杏実氏がルビーの深紫外センサ応用について発表しました。深紫外線(UVC)は殺菌機能がありますが、安全に使用するために高感度の検出器が必要です。そこでUVC下で蛍光を発するルビーとSiフォトダイオードを組み合わせ、蛍光増強フォトダイオード(FE–PD)を試作しました。ルビーを使ったFE–PDの出力はUVC強度に比例することがわかり、ルビーはFE–PD用の蛍光体として応用が期待できます。

◆蛍光指紋によるルビーの産地鑑別の可能性

山梨県産業技術センターの研究者佐藤貴裕氏が蛍光指紋によるルビーの産地鑑別について発表しました。分光蛍光光度計で励起波長と蛍光波長の両方を走査することで蛍光指紋が得られます。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  ルビーの蛍光指紋を1次元化して主成分分析を行った結果、タイ、マダガスカル、モザンビーク、ミャンマーそして合成のルビーの蛍光指紋の特徴を定量的に比較できました。さらにk–NNによるクラス分類の結果、平均正解率83.6%で3つのグループに正しく分類することができました。◆

国産アコヤ養殖真珠の養殖地による微量元素の相違

PDFファイルはこちらから2022年4月PDFNo.60

 

中央宝石研究所 リサーチ室 江森健太郎、北脇裕士
真珠科学研究所 佐藤昌弘、矢﨑純子

 

アコヤ養殖真珠の産地鑑別への試みとして、まず国産アコヤ養殖真珠の養殖地による微量元素の違いについて調査を行った。その際、前処理、漂白、調色による加工工程による影響についても考慮した。2021年に国内4県6漁場(三重県志摩、愛媛県蒋渕(こもぶち)、熊本県天草、長崎県壱岐・対馬・佐世保)で浜揚げされたアコヤ養殖真珠をLA–ICP–MSで分析し、元素プロットや多変量解析などを用いた解析の結果、4つの県を大きくグループ化することができた。

 

背景

アコヤガイが自生する海域は、主に亜熱帯地方であり、日本、中国、ベトナム、UAE等でアコヤ真珠の養殖が行われている。その中で日本に生息しているアコヤガイは太平洋産のアコヤガイの亜種であることが報告されている(文献1)。現在、アコヤ養殖真珠は世界各地で生産されているが、四季のある温帯で育つ日本のアコヤ養殖真珠は、干渉色の鮮やかなテリの強い真珠が生まれると高く評価されている。したがって、養殖から販売まで、真珠を扱う上でJAPANブランド認証が待望されており、アコヤ養殖真珠の原産地を判別する方法の確立が必須となっている。アコヤガイでは、ゲノム解析の研究も進んでおり、どの系統のアコヤガイか、また母貝と生産された真珠の関係など判別は進みつつある(文献2)。しかし、ゲノム解析は破壊検査であり、また費用と時間のかかる検査である。
LA–ICP–MSによる測定は試料にレーザーを照射し、気化させて測定するため、完全な非破壊検査とはならない。照射半径は数10 μmと非常に小さく10倍のルーペでは発見が極めて困難であり、宝石分野においては準非破壊分析として定着している。海水に含まれる微量元素は海域によって異なっており、LA–ICP–MSを用いた微量元素の解析によって魚類等の産地同定や回遊魚の移動範囲の同定が行われている(文献3)。本研究では、アコヤ養殖真珠の産地鑑別を前提とした予備研究として、まず日本国内の4県6漁場で生産されたアコヤ養殖真珠について、LA–ICP–MSによる微量元素の測定を行い、養殖地による微量元素の違いについて調査を行った。

 

サンプルと手法

真珠の加工過程における微量元素の変化を追うために長崎県産として、長崎県壱岐・対馬・佐世保のいずれかから2015年に浜揚げされたアコヤ養殖真珠20点を入手し(どこの漁場のものかは不明)、これらのうち5点を浜揚げのまま、残りを前処理、漂白、調色の3つの加工工程にそれぞれ5点ずつ用いた。各加工方法については表1に記載した。

表1 真珠の加工方法

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また、産地による微量元素の違いを調べるため、長崎県産の壱岐・対馬・佐世保(それぞれの漁場が既知)に加えて熊本県天草、三重県志摩、愛媛県蒋渕を追加し、合計6つの産地から、2021年に浜揚げされたアコヤ養殖真珠それぞれ10点ずつ分析した。
分析にはLA–ICP–MSを使用し、Laser Ablation装置はESI UP–213をICP–MS装置はAgilent 7900rbを用いた。測定条件は表2の通りである。NIST610を標準試料として用い、それぞれのサンプルにつき5点ずつ分析した。定量分析を行った元素は、事前にLA–ICP–MSで定量分析可能な元素を定性分析し、検出された18元素である。
データ解析には元素プロッティング、線形判別分析(LDA、Liner Discriminant Analysis)を用いた。線形判別分析についてはR言語のMASSパッケージに含まれるldaを用いた(線形判別分析についてはCGL通信34号「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」を参照ください)。

 

表2 使用した分析機器における分析条件

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結果と考察

(1) 加工過程における微量元素の変化

図1は測定した元素の中から検出量が多かったホウ素(B)、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、マンガン(Mn)、ストロンチウム(Sr)をピックアップし、加工過程における濃度変化を追ったものである。平均値は少し変動しているが、分析ノイズによる外れ値が存在することを考慮に入れると大きな差は見いだせない。

図1.処理による元素濃度の推移。それぞれの元素の処理過程における平均値(緑四角)と値の存在範囲(縦棒)を示した。縦軸の濃度はNaのみ重量%、他はppmwで示す。
図1.処理による元素濃度の推移。それぞれの元素の処理過程における平均値(緑四角)と値の存在範囲(縦棒)を示した。縦軸の濃度はNaのみ重量%、他はppmwで示す。

 

図2にそれぞれのデータからナトリウム(Na、単位:重量%)とマグネシウム(Mg、単位:ppmw)をプロットした図を示す。「浜揚げ」から「前処理」の変動が一番大きく、ナトリウムは減少、マグネシウムは増加しているように見える。これは「前処理」に使用したメタノール溶液の影響ではないかと考えられる。しかし、メタノール溶液に浸漬することで真珠層のタンパク質層からナトリウムが流出し、減少することは考えられても、マグネシウムが数10 ppmwのオーダーで入り込むとは考えづらい。マグネシウム濃度に関しては「同一珠の変化を追っているわけではない」ことを考慮すると、これは珠による違いであると考えるのが妥当であろう。また、本研究において、「前処理」以降の工程では検出元素の濃度に変化はほとんど見られなかった。

図2.処理過程におけるナトリウム(Na)とマグネシウム(Mg)の濃度変化。点は1つ1つの分析点を示す。
図2.処理過程におけるナトリウム(Na)とマグネシウム(Mg)の濃度変化。点は1つ1つの分析点を示す。

 

(2) 各産地における微量元素の差
図3にマンガン(Mn)と鉛(Pb)濃度をプロットしたグラフを示す。三重県志摩産のサンプルは他産地よりマンガン(Mn)の含有量が多いことがわかる。また、長崎県産の対馬・佐世保産については鉛(Pb)の量が多い。愛媛県蒋渕産と熊本県天草産サンプルはマンガン(Mn)、鉛(Pb)の量が分析した他の産地に比べ少ない傾向にあるが、一部の重複はあるものの個別のグループを形成している。しかし、マンガン(Mn) vs. 鉛(Pb)プロットのみだと、長崎県壱岐産と愛媛県蒋渕産のサンプルはオーバーラップする部分が多く、この2者の区別は困難である。

図3.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)と鉛(Pb)プロット
図3.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)と鉛(Pb)プロット

 

同様にマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)のプロットを図4に示す。長崎県壱岐・対馬・佐世保産は他産地と比較し、マグネシウム(Mg)濃度が低いことがわかる。また、図3では分別することができなかった愛媛県蒋渕産と長崎県壱岐産に違いが見られた。マグネシウム(Mg)–マンガン(Mn)–鉛(Pb)の3つの元素の比較で、本研究で用いた6つの産地における4つの県(熊本、三重、愛媛、長崎)を区別することができる。

図4.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)プロット
図4.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)プロット

 

次に、4県6産地のデータを元に線形判別分析のアルゴリズムを用い、グルーピングを行った。線形判別分析では、グルーピングを行うための判別関数を求めることができ、この判別関数に分析データを代入することで、判別スコア(LD1、LD2、LD3…)得る。この判別スコアを用いてグルーピングを行った結果を図5(a)〜(c)に示す。図5(a)はLD1、LD2をプロットしたもので「三重県志摩」と「熊本県天草、愛媛県蒋渕」「長崎県壱岐・対馬・佐世保」の3つの産地で大きなグループができていることを示す。一方図5(b)はLD1、LD3をプロットしたものである。ここから図5(a)を用いて分別可能である長崎県壱岐・対馬・佐世保産サンプルを取り除いたものを図5(c)に示す。このプロットを用いることで、「三重県志摩」「熊本県天草」「愛媛県蒋渕」産のアコヤ養殖真珠をグループ分けすることができ、熊本県天草、愛媛県蒋渕産については図3で示した元素プロットと比較しても精度よくグループ分けすることができる。しかし、長崎県壱岐・対馬・佐世保産の同一県三産地については元素プロット同様分別が困難であった。

(a)

 

CGL通信60-真珠-図5b (700 x 347)

 

図5-a〜c.各産地のアコヤ養殖真珠の微量元素濃度に基づいた線形判別分析結果
図5-(a)〜(c).各産地のアコヤ養殖真珠の微量元素濃度に基づいた線形判別分析結果

 

まとめ

2021年浜揚げされたアコヤ養殖真珠の「加工過程による微量元素の変化」と「産地による微量元素の違い」について検討を行った。
「加工過程による微量元素の変化」は、浜揚げから前処理にかけてナトリウム(Na)が減少する傾向が見られたが、その後の変化はほとんど見られなかった。また、測定した元素について濃度変動が見られたがオーバーラップする部分が多い。また、加工に用いられる溶液等については本研究で用いたもの以外のものも用いられている為、すべてを包括したものではない。このことについては追って調査を進める必要がある。
「産地による微量元素の違い」は、熊本県天草、三重県伊勢、愛媛県蒋渕、長崎県壱岐・対馬・佐世保産アコヤ養殖真珠、2021年に浜揚げされた浜揚げ珠について調査を行った。含有される微量元素濃度によるプロットおよび線形判別分析により、4つの県を大きくグループ分けすることはできるが、長崎県壱岐・対馬・佐世保の3つを分けることはできなかった。
今回は2021年に限定された結果であり、継続して調査を行う必要がある。また、今後は海外産のアコヤ養殖真珠との比較も行う予定である。

 

参考文献
(文献1) 正岡哲治(2005) 分子遺伝学的手法によるアコヤガイ属貝類の系統と種判別に関する研究.  北海道大学大学院水産科学位論文
(文献2) Kinoshita S, Wang N, Inoue H, Maeyama K, Okamoto K, et al. (2011) Deep Sequencing of ESTs from Nacreous and Prismatic Layer Producing Tissues and a Screen for Novel Shell Formation–Related Genes in the Pearl Oyster. PLoS ONE 6(6): e21238. doi: 10.1371/journal.pone.0021238
(文献3) 新井崇臣 (2007) 耳石が解き明かす魚類の生活史と回遊. 日本水産学会誌73(4),652-655

GIT2021参加報告

PDFファイルはこちらから2022年4月PDFNo.60

 

リサーチ室 趙政皓

2022年2月2日〜 3日の2日間、GIT2021 The 7th International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)がタイのチャンタブリとオンラインのハイブリッド形式で行われました。本会議にはCGLリサーチ室から3名がオンラインで参加し、うち1名が口頭発表を行いました。以下に概要をご報告致します。

 

GIT2021とは

International Gem and Jewelry Conference (国際宝石・宝飾品学会))はGIT (The Gem and Jewelry Institute of Thailand) が主催する国際的に有数の宝飾関連学会の一つです。第1回目は2006年で、以降は2〜3年に1回開催されています。今回は第7回目としてGIT2021が開催されました。本来であれば、2021年中に開催される予定でしたが、コロナ禍により延期となり、2022年2月の開催となりました。
GITはLMHC(ラボマニュアル調整委員会) にも属する国際的に著名な宝石検査機関であり、CGLと科学技術に関する基本合意を締結し、密接な技術交流を行っています。本学会はGITが主催していますが、タイの商務省などが後援しており、国を挙げての国際会議といえます。GIT2021の本会議運営のため、17名の諮問委員会が結成されており、CGLの堀川洋一もその一役を担いました。
講演は2/2(水)はタイ時刻午前10時(日本時刻午後0時)、2/3(木)はタイ時刻午前9時(日本時刻午前11時)から行われました。開催は、現地であるチャンタブリのマネーチャンリゾートとオンラインのハイブリッドであり、当研究所からはオンラインで参加しました。基調講演15件と一般口頭発表20件が行われ、基調講演は講演時間一人20分、一般口頭発表は一人15分でした。これらの発表の中で特に興味深かったものをいくつか紹介します。なお、弊社リサーチ室からは、一般講演で「The origin determination of “Paraiba” tourmaline using LA–ICP–MS-the methods of quantitative analysis and its application to samples with low Cu content-(LA–ICP–MSを用いたパライバトルマリンの原産地鑑別-サンプルの定量分析方法と、銅の少ないサンプルについて-)」というタイトルで江森健太郎が発表を行いました(この発表についてはGIT2021ウェブサイトhttps://www.git.or.th/git2021_en.htmlから視聴可能な他、CGL通信で別途掲載される予定です)。

 

タイ、チャンタブリで行われたGIT2021の会場の様子。
タイ、チャンタブリで行われたGIT2021の会場の様子。

 

GIT2021にて発表するCGLリサーチ室の江森健太郎 (オンラインによるリモート参加)
GIT2021にて発表するCGLリサーチ室の江森健太郎 (オンラインによるリモート参加)

 

Latest Advancements in Corundum Testing
コランダム鑑別の最新情報

スイスSSEFのMichael. S. Krzemnick博士はコランダム鑑別の最新の進歩について発表しました。数十年間、コランダム鑑別は宝石ラボの主要な仕事の一つとなっています。近年、FTIRやRamanスペクトルなどを始め、様々な分析技術が用いられています。今回の発表においては天然と合成、加熱処理(特に低温加熱処理)、Be拡散処理、産地鑑別に用いる技術や手法などが紹介されました。最近SSEFではマダガスカル産ルビー中のジルコンクラスターに酷似したインクルージョンを持つフラックス合成ルビーを検査しました。このように拡大検査において識別が困難な場合でもVやMgなどの微量元素を正確に測定することで確実に識別することができます。また、産地鑑別には顕微ラマンスペクトルによるインクルージョンの鑑別と、LA–ICP–TOF–MSによる微量元素分析の他、現在ではジルコンインクルージョンに対する放射線年代測定が用いられています。年代測定により、鉱床の形成など産地鑑別に有用な情報が得られます。このように、顕微鏡観察などの古典的な方法と最新の技術を組み合わせることで、コランダムに対して細かくアプローチすることができます。

 

A Gemological Review of Blue Sapphires from Mogok, Myanmar
ミャンマー、モゴック産ブルーサファイアの宝石学的レビュー

アメリカGIAの研究者Wasura Soonthornatantikul博士はミャンマー、モゴック産ブルーサファイアの宝石学的特徴について発表しました。ミャンマーは高品質なサファイアの有名な産地の一つです。モゴック産のブルーサファイアは、非常に薄い~非常に飽和した青色を有しています。標準的な宝石鑑別で用いる紫外線(UV)ランプの下で見ると、大部分の石は長波UV下では不活性であり、短波UV下ではすべて不活性です。蛍光が確認された場合、基本的には赤色です。ゾーニングしたオレンジ色の蛍光は、長波UV下ではほとんど観察されませんでした。調査に用いたサファイアのインクルージョンは、モゴックのさまざまな採掘地域間で類似しており、以前に報告されたミャンマー産ブルーサファイアで一般的に見られるインクルージョンを有していました。最も一般的な特徴は、さまざまなパターンのシルクと双晶面です。モゴック産サファイアにはいくつかの鉱物結晶が含まれており、雲母と長石が最も一般的です。また、スカポライトインクルージョンは希少で、モゴック産ブルーサファイアでその存在を報告するのは初めてとなります。サンプルのFTIRスペクトルは、ダイアスポア、ベーマイト、カオリナイトなどの水酸基関連の鉱物の特徴を示しました。 UV–Vis–NIRスペクトルにおいて、通常、377、388、450 nmに一連の鉄関連の吸収ピークを示し、 Fe2+-Ti4+原子価間電荷移動の580nm広帯域も示しました。時折、約880nmの吸収帯が観察されます。この880nmバンドの存在は、玄武岩関連のブルーサファイアでは一般的ですが、通常は典型的な変成岩起源サファイアとは関連していません。また、微量元素の化学組成は、モゴック産サファイアの異なる地域間では有意差を示しませんでした。

 

Characteristics of the Unique Thin-Film Inclusions in “Siamese” Ruby
“シャム(タイ)”産ルビーの独特な薄いフィルム状インクルージョンの特徴

タイ、チュラーロンコーン大学の研究者Supparat Promwongnan氏はシャム(タイ)ルビーの特徴的なインクルージョンについて発表しました。タイとカンボジアの国境線付近のルビー鉱山は、有名な宝石品質の玄武岩関連ルビーの産地です。これらのルビーにはフィルム状インクルージョンと癒合したフラクチャーの特徴的なインクルージョンがあり、これらはルビーの原産地鑑別によく使われています。Supparat Promwongnanたちはこれらのインクルージョンの成因について研究しました。シャム(タイ)ルビーの特徴的なフィルム状インクルージョンや癒合したフラクチャーのインクルージョンは、大まかに以下の3種類に分類できます:(1)二相(固化したケイ酸塩熔融体+CO2)インクルージョン関連のフィルムや癒合したフラクチャー;(2)鉱物インクルージョン関連のフィルムや癒合したフラクチャー;(3)加熱処理コランダムに一般的な癒合したフラクチャーとフィンガープリント。どれも高温の塩基性マグマに加熱されて形成したと考えられています。そのうち、(1)はCO2の熱膨張、(2)は鉱物インクルージョンとルビーの熱膨張率の違いによって発生した応力で形成されたインクルージョンと考えられています。(3)は加熱処理されたコランダムにはよく見られますが、未処理のシャム(タイ)ルビーにも存在するため、天然でも形成されると考えられます。シャム(タイ)ルビーを人工的に加熱処理すると、これらのフィルムや癒着したフラクチャーのインクルージョンは多少変化するため、鑑別する際は注意深く区別することが重要です。

 

Nature, Occurrence and Gemmology of Beryl from Kyaukse (Weibu) Hill, Myanmar
ミャンマー、チャウセ(ウェイブ)丘陵産ベリルの産状、宝石学的特徴

ミャンマー、ヤンゴン大学の研究者Nyein Chan Aung氏がミャンマー北部マンダレー地区のベリルについて発表しました。ミャンマー北部マンダレー地区チャウセの南東にあるチャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルは、ペグマタイト、カルクケイ酸塩岩、千枚岩、片岩と眼球片麻岩からなるモゴック変成帯(MMB)で発見され、周囲の雲母片岩や石英脈からも発見されています。ベリルの形成は0.5 cm ~ 1 cmの小さなゴッシェナイト結晶から始まるものです。ベリルの形成過程中、鉄が周囲の母岩からベリルに取り込まれ、3 cm ~ 5 cmアクアマリンが形成されます。ベリル結晶のサイズと色は、ペグマタイト液体/熱水流体内の周囲の雲母片岩と、徐冷過程中に形成された他の関連鉱物に大きく影響されます。小さなトルマリン結晶が雲母片岩のベリルのプリズム面に付着しているのが見つかることもありました。ベリルの交代作用によるペグマタイトの侵入中に成長した可能性があり、雲母片岩内部のベリルは葉状構造と平行であり、曲がっていることはそれらがシンテクトニクス過程で発達したことを示しています。チャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルの形成温度は、約300 ~ 350 ℃と推定されています。本研究では、50個を超えるチャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルをサンプルにしました。宝石品質ではない白い結晶と、無色(ゴッシェナイト)から淡い青色(アクアマリン)までさまざまなものがあります。ゴッシェナイトの比重は2.655 ~ 2.71に対して、アクアマリンの比重は2.656 ~ 2.692であり、白いベリルの比重は2.65  ~ 2.708になります。光学特性はすべて一軸性(負号)でした。内部特徴として、原生の固体インクルージョン、同生の二相インクルージョンと小さな液体のフェザーインクルージョンがあります。さらに、結晶のc軸に平行に配向した中空の管状インクルージョンと後生的なFeによる染みが観察されました。

 

Internationalization of Fei Cui Standards
翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードの国際化について

香港宝石学協会(GAHK)の会長を務めるEdward Liu准教授が翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードについて発表しました。GAHKは2004年に翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードを初めて公表しましたが、この時は翡翠(Fei Cui)の用語はJadeite Jadeに限定されたものでした。2016年、GAHKは最新の完成した翡翠鑑別スタンダードを公表し、この新たなスタンダードではJadeite、Omphacite、Kosmochlorの3種類の関連鉱物すべてを翡翠(Fei Cui)としてカテゴライズし、ISO/IEC17025 LMSに準拠した宝石鑑別ラボ管理システムを確立しました。翡翠(Fei Cui)スタンダードは単なる定義または命名法ではなく、鑑別業務における、日常の運用および管理システムにISO QMSを採用することを意図したラボのスタンダードです。翡翠(Fei Cui)スタンダードは、ラボの鑑別レポート/証明書の主要なリファレンスになります。同時に、GAHKは香港ラボの認定およびラベルスキームを確立し、ISO/IEC 17025認定を通じて認定ラボに昇格されました。認定された翡翠鑑別ラボは、翡翠(Fei Cui)スタンダードと対応するISO QMSドキュメント(標準操作手順と作業指示)、オペレーターの人材システム、宝石学者と署名者、ビジネスポリシー、およびトラストマークベースのラボの企業イメージを使用して独自のコーポレートガバナンスを構築します。鑑別の際、再現性を保証するため、標準化された作業手順と環境設定があります。毎年または3年に1度の第三者による監督と定期的なラボ技術テストは、ラボの内部レビューに用いられ、チームの能力を維持します。重要なのは、鑑別レポートの署名者の名前と署名のトレーサビリティと透明性です。また、翡翠の最新知識、高度な鑑別装置、品質管理の原則およびISO規格の実践を学ぶための、Fei Cui Certified Gemmologist(C. G.)登録システムも確立します。翡翠(Fei Cui)スタンダードの国際化には、特にトレーダーと消費者に認識されること、翡翠(Fei Cui)鑑別レポートの内容が理解されることが不可欠となります。統一された命名を採用することによってのみ、トレーダーと消費者が恩恵を受けると信じています。Fei Cuiの用語は将来的にCIBJO Blue Booksに掲載され、翡翠(Fei Cui)スタンダードは、世界的に認知され、受け入れられるようになるための原動力になると期待しています。

 

Characteristics of Tsavorite from Tanzania and Its Enhancement
タンザニア産ツァボライトの特徴と処理

タイ、シーナカリンウィロート大学の研究者Bongkot Phichaikamjornwuta氏がタンザニア産ツァボライトについて発表しました。ツァボライトは、緑色のガーネットの有名な品種として知られています。ケニア、タンザニア地域で発見されましたが、その後マダガスカルやパキスタンおよび南極からも産しています。近年、その需要は高く、宝石鑑別レポートにおいてツァボライトの原産地や処理に関する記載の需要が高まっています。本研究では、タンザニア産ツァボライト14個をサンプルとして研究を行いました。ネットのような指紋様インクルージョンは、タンザニア産ツァボライトの典型的なインクルージョンです。他に、アナターゼ、アパタイト、カルサイト、グラファイトとクォーツもよく見られます。タイプ2と定義されたツァボライトの微量化学元素分析では、バナジウム>マンガン>クロムの結果を示したため、タンザニア産ツァボライトの緑色の原因は主にバナジウムと考えられています。加熱処理すると黄色味が減り、緑色を向上させることができます。今までの先行研究によると、未処理のツァボライトのUV–Vis吸収スペクトルにおいて、410、422と430 nmの吸収はMn2+によるもの、504と521 nmの吸収はFe2+によるもの、550 ~ 600 nmのバンドはCr3+とV3+によるものです。本研究に使ったサンプルの吸収スペクトルにおいて、Mn2+による430 nmとV3+による605 nmの吸収が出現し、505 nmの吸収はFe2+によるものと考えられています。この結果は、サンプルがグロッシュラーわずかなアンドラダイト成分が固溶していることを示唆しています。大気条件下で600 ℃の加熱処理を行うと、この505 nm吸収が消えるため、ツァボライトの加熱処理を鑑別する際の一助となります。

 

Experimental Study on Heat Treatment of Semitranslucent–Opaque Sapphire from Chanthaburi, Thailand
タイ、チャンタブリ産半透明-不透明サファイアの加熱処理の実験的研究

タイG–IDラボの研究者Tasnara Sripoonjan氏が熱処理したタイ、チャンタブリ産サファイアについて発表しました。チャンタブリは長い間高品質の玄武岩関連のBGY(ブルー、グリーン、イエロー)サファイア、特に独特な天然黄色サファイア(メコンウィスキーの色)の供給源として知られてきました。ただし、これらのサファイアの産出は現在大幅に減少し、供給量不足に陥っています。そこで、Fe含有量の高い半透明や不透明のサファイアを処理し、それらの替わりにするようになりました。一般的に、未処理の素材は褐色のボディカラーを示します。これはサファイアの結晶学的方向に沿って配向する離溶したヘマタイトシルクに影響されることが原因です。伝統的な熱処理を行うと、サンプルはわずかに緑色になって、青色のゾーニングの縞模様が現れます。Be拡散熱処理を行うと、サンプルの中心部分が青くなり、縁が黄色になりました。顕微鏡観察により、シルクインクルージョンは約1 ~ 5 μmの粒子で構成されており、伝統的な熱処理をすると大幅に破壊され、白色または青色の粒子になって溶解しないままであることが明らかになりました。その後Be拡散熱処理により、これらのインクルージョンは点線の青いスポットになり、その結果、粒子からの発色団がサファイアに組み込まれます。非加熱のサファイアのUV–Vis–NIRスペクトルにおいて、玄武岩関連サファイアによく見られる377、388と450 nmのFe3+吸収が示しました。1650 ℃で加熱するとこれらのピークが弱くなりますが、同時に910と565 nmのバンドが生成し、これらはFe2+/Fe3+とFe2+/Ti4+の原子価間電荷移動で発生するものです。これは青色の原因になります。しかし、さらにBe拡散熱処理を行うと、これらの吸収はまた低くなり、黄色になります。その原因はBe and/or Mgトラップされた色中心と関連していると考えられています。Be拡散加熱処理したサンプルの断面で微量元素を分析すると、Fe鉄含有量の高い石だとわかりました。外側の黄色部分のすべてのポイントは(Be + Mg) > Tiを示すのに対して、青い中心部分は(Be + Mg) < Tiを示しました。これらの結果は、無色のBeTiO3やMgTiO3クラスターを形成する過程中、残った過剰なBe、MgとFe原子は外側の部分に安定な黄色を形成できるという仮設と一致します。逆に言うと、中心部分ではBeはTi以上に拡散していないため、青い中心部分には黄色のゾーンを形成するのは不可能であると考えられています。

 

Identification of heated pink sapphires from Ilakaka (Madagascar)
イラカカ(マダガスカル)産加熱ピンクサファイアの鑑別

フランスLFG(Laboratoire Francais de Gemmologie)のStefanos Karampelas博士はマダガスカル、イラカカ産ピンクサファイアについて発表しました。現在、市場では高品質のマダガスカル、イラカカ産ピンクサファイアが多く流通しています。顕微鏡観察とFTIRによる分析で加熱処理を看破することができ、ピンクサファイアにはジルコンインクルージョンが存在する場合はラマンスペクトルも有力な手法となります。本研究では未加熱のピンクサファイア15個の中にある100個以上のジルコンインクルージョンを対象とし、ラマンスペクトルを測定しました。約1010 cm–1に存在するジルコンインクルージョンのメインラマンバンドとその半値幅はサンプルごとに違いが生じるだけでなく、同じサンプルの中でも違いがあります。同じサンプルにある11個のジルコンインクルージョンを測定したところ、ラマンシフトの半値幅は7.2 ~ 14.9 cm–1の範囲内に変化しました。また、同一のジルコンインクルージョンをまったく同一の条件で測定しても2 cm–1以内の変化を示しました。さらに、異なる設備やパラメータを使う場合、1cm–1ほどの偏差を生じることもあります。したがって、ラマンスペクトルを使ってピンクサファイアの加熱処理を鑑別する場合は、すべての要素を考慮しなければなりません。

 

Two Generations of Biwa Non-Bead Cultured Pearls
琵琶湖の非核養殖真珠の2つの世代について

アメリカGIAの研究者桂田祐介博士は琵琶湖産の淡水養殖真珠について発表しました。日本最大の湖である琵琶湖は、20世紀初頭に養殖技術が確立された淡水養殖真珠の発祥の地と知られています。その商業生産は、1970年代にピークを達しましたが、1980年代には減少しました。元来、真珠養殖に使われていた在来種であるイケチョウガイ(Hyriopsis Schlegelii)が環境変化により、今は絶滅危惧種に指定されています。21世紀に入り、湖の環境が改善されましたが、真珠養殖はイケチョウガイではなく、新たに導入したヒレイケチョウガイ(Hyriopsis Cumingii)またはハイブリッド種が使用されています。日本市場では、1970年代以前のイケチョウガイから収穫された琵琶真珠は貴重であり、しばしば「ヴィンテージパール」と呼ばれています。本研究では1960年から1965年で収穫された10個のヴィンテージパールと2016年から2018年で収穫された現代の琵琶真珠をサンプルとして使用しました。サンプルは、リアルタイムマイクロラジオグラフィー(RTX)、X線コンピューター断層撮影(μ–CT)、光学X線蛍光、ラマン分光およびLA–ICP–MS法によって分析されました。微量元素分析によると、MgとMnは、ヴィンテージパールと現代の琵琶真珠の間で異なる傾向を示しました。Mgは現代の琵琶真珠の方が多い傾向にあり、Mnはヴィンテージパールに多い傾向がみられました。また、いくつかの現代真珠のサンプルには、炭酸カルシウムの多形であるバテライトが含まれており、光学X線蛍光では赤みがかったオレンジ色の反応を示しました。内部および外部特徴と微量元素分析により、ヴィンテージパールと現代琵琶真珠を鑑別することができます。

 

Synthetics and Simulants in the Thai Gemstone Market: An Update
タイ宝石マーケットにおける合成、類似石市場;アップデート

オーストリアWien大学のLutz Nasdala教授がタイ宝石マーケットにおける模造石、合成石と人造石について発表しました。1850年代から、人工的に作られた宝石がタイの宝石市場に入り、今では多くの種類の合成石や人造石が市場に流通しています。これらの一部はタイ国内で生産され、他のものはロシア、スイス、韓国および中国から輸入されています。安価なものでは合成水晶、合成スピネル、ベルヌイ合成コランダムなどがあり、やや高いものでは熱水合成エメラルドがあります。近年ではこれらに加えて模造オパール、模造トルコ石、模造ラピスラズリ、キュービックジルコニアなども見られます。最近の質の良い合成石の一つの例は、顕著な色のゾーニングを備えたベルヌイコランダムです。これは合成中に添加する微量元素を変えることによって実現しました。天然石の質を高めるために、熱処理、拡散処理、含浸、染色、コーティング、照射などの処理方法を用いていますが、同じように、人工的に作られた石に対しても処理を行うことがあります。たとえば成長させた合成コランダムに対して、Ti拡散処理と熱処理を行うと、一定の方向に配向したルチルインクルージョンをもつスターコランダムになります。もう一つの例は、色彩豊富なバイカラークォーツです。合成アメシストの片側だけを加熱処理すると、紫色と無色を備えたクォーツが得られますが、これらはFTIRを用いて看破することができます(3544 cm–1吸収の増加と3585 cm–1吸収の減少、そして天然アメシストの特徴的な3595 cm–1吸収が存在しないこと)。最近新たに出現した処理方法は、「テクスチャ処理」です。クォーツの視覚的な印象を、素材を破砕することで大きく変化させます。石を適度に加熱し後、冷却液で急冷させることで処理されたと考えられています。将来的には、これらの注目に値する品種がコスチュームジュエリーにどう使われるかどうかに、興味が注がれます。

透明ヒスイの超高圧合成:「ナノ多結晶宝石」の創出に向けて

PDFファイルはこちらから2022年2月PDFNo.59

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 入舩徹男

はじめに

ヒスイはNaAlSi2O6を端成分とするヒスイ輝石からなる多結晶鉱物(図1)であり、主に低温高圧型の変成帯に産出する。通常数十μm程度の微小な結晶からなる不透明~半透明な鉱物であるが、鉄を含むエジリン輝石や、クロムを含むコスモクロア輝石などを固溶し、緑色を中心としたさまざまな色を呈する。必ずしも硬度は高くないが、その特異な髭状微細組織(ウィスカー)のため割れにくく、古くから宝石として様々な装飾品などに利用されてきた。以下、本稿では多結晶鉱物のバルク体に対してヒスイ、それを構成する鉱物結晶をヒスイ輝石と称する。

図1. 多数の単結晶の集合体である多結晶鉱物・セラミックス(左)と、それを構成する原子が規則正しく配列した単結晶(右)の概念図(土屋旬氏提供)。
図1.多数の単結晶の集合体である多結晶鉱物・セラミックス(左)と、それを構成する原子が規則正しく配列した単結晶(右)の概念図(土屋旬氏提供)。

 

我が国においては約5000年前の縄文時代から、糸魚川周辺などにおいて祭祀や装飾用などとしてヒスイの加工がなされ、海外にも多くもたらされたとされる。糸魚川のみならず、富山県の宮崎・境海岸(いわゆる「ヒスイ海岸」)など、日本各地で産出することが知られている。このように、ヒスイは我が国を代表する宝石鉱物の一つでもあることなどを理由に、日本鉱物科学会において2016年に日本の国石として選定されている1)

ヒスイの透明度(可視光の透光性)が低いのは、多結晶鉱物であることから長石など他の鉱物が混在していることや、粒界の不純物の存在による光の散乱によるものと考えられる。また、単斜晶系であるヒスイ輝石は光学的な異方性を持つため、純粋な多結晶体であったとしても、粒界による散乱に伴う透光性の低下が避けられない。

ヒスイは宝石である一方で、セラミックスの一種とも考えられる。ケイ酸塩、酸化物、窒化物などの多結晶体からなるセラミックスは、空孔や粒界の不純物の存在等により通常は不透明であるが、熱や電気を伝えにくいことから、食器などの台所用品や絶縁材として利用されている。近年、焼結技術の向上により、常圧あるいは比較的低い圧力のもとで、透光性の高い「透明セラミックス」の合成が可能になり、レンズやレーザー媒体など様々な応用がなされている2)(図2)。

図2.セラミックス(多結晶鉱物)内部における光の透過と散乱の概念図。焼結度が高く、不純物や空孔がないセラミックスは、光学的な等方体である立方晶系の結晶からなる場合には、内部での光の散乱がないため高い透光性を示す透明セラミックスになる。
図2.セラミックス(多結晶鉱物)内部における光の透過と散乱の概念図。焼結度が高く、不純物や空孔がないセラミックスは、光学的な等方体である立方晶系の結晶からなる場合には、内部での光の散乱がないため高い透光性を示す透明セラミックスになる。

 

透明セラミックスでは、焼結度をあげて空孔の存在を極力抑えることにより、高い透光性を持つ多結晶体が実現されている。透明セラミックスの多くはガーネット、スピネル、ペリクレースなどの立方晶系の結晶粉末を素材として用いている。立方晶系の結晶は光学的な等方体であり、複屈折を持たないため粒界での光の散乱を避けることができ、よく焼結された空孔のない多結晶体は高い透光性を示す。焼結技術や出発物質となる粉体や半焼結体(グリーンボディー)の改良により、単結晶に匹敵する高い透光性を有する透明セラミックスの合成も可能になっている。

立方晶系以外の結晶に対する、透明セラミックスの合成も試みられている。例えば高い硬度を有するAl2O3コランダムは、結晶構造は三方晶系に属するが、比較的複屈折が小さいため、ある程度の透光性を持つ多結晶体の合成が可能である3)。光学理論に基づき、結晶粒径が可視光の波長(400~800nm程度)より十分に小さいナノ領域(<100 nm)に至ると、光学的非等方体の結晶からなる多結晶体も透光性が高くなると予想されている4)。しかし、報告されているアルミナセラミックスは半透明程度であり、単結晶に近い透光性の焼結体は得られていない。これはナノ粉末を用いた多結晶体の比較的低温での焼結では、空孔を除去することが難しいためである。より高温下での焼結により空孔を除去することは可能であるが、この場合は粒成長が避けられず、通常の低圧下での焼結で透明ナノ多結晶体を得ることは困難であった。

筆者らは超高圧下でのガラスの結晶化により、高品質な高圧型鉱物の多結晶体合成を行ってきた5)。本来は、地球深部の物質の探査のため、弾性波速度を測定する試料を合成することが目的であったが、得られた多結晶体のいくつかはナノ領域の微細結晶の集合体であり、空孔率も極めて低い良質の焼結体であった。これらのナノ多結晶体は高い靭性や硬度、また高い耐熱性など、興味深い特徴を持つことも明らかになっている。とりわけグロシュラーガーネットに対して得られたナノ多結晶体6)は、単結晶に匹敵する透光性も有し、我々は「透明ナノセラミックス」と称している。ガーネットは立方晶系の光学的等方体であり、多くの透明セラミックスが合成されている。しかし、これらの従来の透明セラミックスの粒径は通常数μm以上であり、粒径100 nm以下の透明ナノセラミックスの合成は報告されていなかった。

一方、単斜晶系のヒスイ輝石の透明な多結晶体の合成は、ガーネットに比べて難しいと予想され、実際天然のヒスイの透光性は低い。天然のヒスイを構成する結晶は、通常数十μm~数百μm程度の大きさであるが、これをナノサイズまで減少させれば、透明度の高い「透明ナノヒスイ」が得られる可能性がある。筆者らは、最近超高圧下でのヒスイ輝石組成のガラスの結晶化により、このような透明ナノヒスイの合成に取り組んだ7)。ここでは合成ヒスイの生成条件や、得られた試料の光学的・機械的特性について、この研究成果に基づいて紹介するとともに、同様の手法による「ナノ多結晶宝石」の創成について展望する。

 

超高圧下でのヒスイの合成

ヒスイ輝石は高圧型鉱物でありNaAlSi3O8曹長石とNaAlSiO4霞石の反応により、約1万気圧以上の圧力下で生成する(NaAlSi3O8 + NaAlSiO4 = 2NaAlSi2O6)。上部マントル~マントル遷移層に対応する高い圧力下で安定な鉱物であるが、22万気圧付近でカルシウムフェライト型のNaAlSiO4と、石英の高圧相であるスティショバイトに分解する(NaAlSi2O6 = NaAlSiO4 + SiO2)。

超高圧下での高圧型鉱物の合成には出発物質が重要であり、通常は常圧で安定な鉱物か、単純酸化物の混合物の粉末を用いることが多い。しかし、これらの粉末は数μm程度以上の大きさであり、出発物質の不均質や未反応部分の残留により、完全な単一相を得ることは難しい。そこでガラス化が容易な出発物質に対しては、高温炉で溶融して急冷することにより均質なガラスを作り、これを出発物質として用いることにより比較的容易に目的の高圧相を合成することができる。

より小さい粒径の多結晶体を得るためには、粒成長の要因となる吸着水の影響を排除することが重要であり、表面積の大きい粉末試料を出発物質として用いることは避けるべきである。本研究においては、ヒスイ輝石組成に調合した酸化物の混合物を高温炉で融解させた後、常温下に取り出して比較的ゆっくりと温度を下げることにより、クラックや気泡の少ないガラスのバルク体を作成した。これを超音波加工装置で円柱状にくりぬいたものを、超高圧合成の出発物質とした。

ヒスイの超高圧合成は、2段加圧方式の多アンビル型装置を用いて、圧力10–20万気圧、温度900–1300℃の条件下で、1時間の加熱(一部の実験は20分間)により行った。図3に本実験に用いた多アンビル型装置と試料部の概念図を示す。試料は金のカプセルに封入され、白金箔ヒーターにより加熱された。発生温度は熱電対の起電力により決定し、発生圧力はZnTe、ZnS、GaAs、GaPなどの半導体に対する、既知の相転移圧力の検出に基づき得られた校正曲線から見積もった。

図3. 多アンビル型超高圧合成装置(左)、8個の第2段アンビル(中)、八面体の圧力媒体と試料部断面(右)の概念図。
図3. 多アンビル型超高圧合成装置(左)、8個の第2段アンビル(中)、八面体の圧力媒体と試料部断面(右)の概念図。

 

このようにして得られた試料のうち、10万気圧の圧力下で、900〜1300℃で得られた試料の微小領域X線回折プロファイルを図4に示す。900℃で得られた試料はガラスのままであったが、1000℃以上で得られた試料はいずれも純粋なヒスイ輝石で指数付けできる。また、後者の3つのヒスイ試料のうち、1100℃で得られたプロファイルの回折ピークの半値幅が最も大きく、この温度で得られた試料の粒径が最小であることが示唆される。得られた焼結体試料の多くはクラックの存在が認められたが、一部を除いて透光性を示すものも多かった。

図4. 回収された試料のX線回折プロファイルの例7)(圧力10万気圧・加熱時間60分)。900℃以外の実験では、ヒスイ輝石の単一相が得られている。下に示した線は、ヒスイ輝石の回折線のうち、相対強度(I/I100)が7以上の回折線の2Θ(CuKα)の位置を示す。
図4.回収された試料のX線回折プロファイルの例7)(圧力10万気圧・加熱時間60分)。900℃以外の実験では、ヒスイ輝石の単一相が得られている。下に示した線は、ヒスイ輝石の回折線のうち、相対強度(I/I100)が7以上の回折線の2Θ(CuKα)の位置を示す。

 

試料の一部に対して、透過型電子顕微鏡(TEM)により微細組織観察を行うとともに粒径を測定した。得られたTEM像と粒径分布の一例を図5に示す。TEM像からわかるように試料は微小なヒスイ輝石結晶の集合体であり、粒状の組織を示す一方で、空孔の存在は認められない。粒径分布からわかるように、ほとんどの結晶は1μm以下であり、その多くが100–600 nm程度の粒径を持つ(平均粒径約390 nm)。この試料の写真も図5に示すが、ある程度の透光性を持つことがわかる。

図5. 10万気圧・1300℃の条件下で、60分間の加熱で得られた試料のTEM像・写真(図に挿入)と、粒径分布7)
図5.10万気圧・1300℃の条件下で、60分間の加熱で得られた試料のTEM像・写真(図に挿入)と、粒径分布7)

 

加熱時間60分の実験で得られた試料の相同定と、粒径測定の結果を図6に示す。ガラスからのヒスイ輝石の結晶化は1000℃付近で確認されたが、圧力の増加に伴い結晶化温度はやや上昇する傾向が認められる。図6に挿入された数値は、TEM観察に基づく平均粒径であるが、いずれの試料も400 nm程度以下であり、圧力の上昇とともに減少する傾向が認められる。

図6. 加熱時間60分の実験において、それぞれの温度・圧力条件で得られた試料のX線回折による同定結果と、TEM観察とX線回折線の半値幅をもとに推定される粒径の変化7)。■=未反応のガラス、□=ヒスイ輝石、Ab=NaAlSi3O8曹長石、Np=NaAlSiO4霞石、カルシウムフェライト型NaAlSiO4、St=SiO2スティショバイト、L=液相。
図6.加熱時間60分の実験において、それぞれの温度・圧力条件で得られた試料のX線回折による同定結果と、TEM観察とX線回折線の半値幅をもとに推定される粒径の変化7)。■=未反応のガラス、□=ヒスイ輝石、Ab=NaAlSi3O8曹長石、Np=NaAlSiO4霞石、カルシウムフェライト型NaAlSiO4、St=SiO2スティショバイト、L=液相。

 

一方、同じ圧力では、ガラスが結晶化する温度直上で比較的大きな粒径となり、より高温の1100℃付近で最小化するが、これ以上の温度ではまた粒径が大きくなる傾向がある。同様の粒径の合成温度依存性は、グロシュラーガーネット多結晶体の合成においても認められた6)。結晶化温度直上での比較的大きな粒径は、少数の結晶核が成長した結晶成長により、一方高温領域での粒径の増大は、粒界移動を伴う粒成長によるものと理解される。図6に示されるように、加熱時間60分で得られたヒスイの粒径の最小値は250 nm程度であり、本実験の圧力温度領域では粒径100 nm以下のナノ多結晶体は得られなかった。加熱時間を20分と短くして粒成長を抑制した実験も行ったが、現在までのところやはり厳密な意味でのナノ領域の粒径を持つヒスイは得られていない。

 

超高圧合成ヒスイの特性

TEM観察により粒径測定が行われた4つの合成ヒスイのうち、クラックの少ない3つの試料を厚さ1mmに鏡面研磨し、光の透過率を波長の関数として測定した。図7は可視光の典型的な波長に対する、3つの試料の透過率と粒径、及び試料の写真を示したものである。それぞれの試料の粒径は必ずしも均一ではないが、その平均値が小さくなるほど透過率は増加する傾向が認められる。最も透過率が高い試料は、20万気圧・1300℃(合成時間20分)で合成された平均粒径が最小(240 nm)の試料であり、約70%の透過率を示した。

図7. 光学理論に基づく典型的な可視光(波長650 nm)に対する、ヒスイを通過する光の透過率の粒径依存性(実線)と、本実験で得られた試料の透過率と粒径7)。グロシュラーガーネットに対する透過率6)を比較のため破線で示す。
図7.光学理論に基づく典型的な可視光(波長650 nm)に対する、ヒスイを通過する光の透過率の粒径依存性(実線)と、本実験で得られた試料の透過率と粒径7)。グロシュラーガーネットに対する透過率6)を比較のため破線で示す。

 

セラミックスの透過率(Real In-lline Transmittance, RIT)は、Rsを試料表面での光の反射、γを粒界における光の散乱係数、tを試料の厚みとすると、RIT = (1–Rs)e–γtで表される。セラミックスが直径d の均一な球状結晶からなり、空孔がない場合には散乱係数はγ = 3π2dΔn22で表される4)。ここでλは光の波長、Δnは平均的な複屈折(屈折率の最大値と最小値の差に2/3を乗じた値)である。図7に合成ヒスイに対してこの式を用いて見積もった、透過率の粒径依存性を示す。ヒスイのRsは不明であるが、同組成のガラスと同程度(Rs = ~0.1)とすると、ほぼ今回の多結晶体の透過率を説明可能である。図7に示されるように、ヒスイ輝石の粒径をより小さくし、ナノ領域にすることができれば、更に透明なヒスイが得られると予想される。

一方、粒径測定が行われた4つの合成ヒスイに対して、ビッカース硬度計(Hv)により硬さを測定した。試料数が少なく、また粒径の不均一性もやや大きいので、硬度の粒径依存性は明確には認められなかったが、最小粒径(約240 nm)の試料に対するHv値(14.2 GPa)は、最大粒径(約390 nm)の試料のHv値(13.3 GPa)に比べて有意に高く、より小さいナノ領域の粒径を持つヒスイの硬度はより高くなる可能性が強い。
金属多結晶体においては、結晶の大きさがナノ領域になり、結晶に対する境界の割合が増加すると、結晶内部の転位の移動が阻止されやすくなり、硬度が増すことが知られている(Hall–Petch効果)。金属の場合10 nm程度の粒径で硬度が最大になり、これ以下の粒径では粒界でのすべりが卓越することにより、逆に硬度が低下するとされる(逆Hall–Petch効果)8)

セラミックスに対するHall–Petch効果は、高品質なナノ多結晶が得られていないため、十分な知見が得られていない。Hall–Petch効果による硬度の粒径依存性はH = H0+kd–1/2で示されるが(H0, 単結晶の硬度; d, 粒径; k, 定数)、これまでに報告されているナノ多結晶体に対しては、MgAl2O4スピネルはこの関係が成り立つが、MgOペリクレースではナノ領域で硬度が低下すると、逆の結果が報告されている(図8)。最近我々は、粒径約30nm程度までのナノ領域に至る多結晶Ca3Al2Si3O12ガーネットの硬度を測定したが、図8に示すようにこの領域におけるHall–Petch効果が認められた5),6)。今回のヒスイに対する結果も図8に示す。得られた粒径の範囲が限られているため、明確な結果は得られていないが、今回得られた粒径200–400 nm領域の試料に対しては、粒径の減少とともにやはり硬度が増加していることがわかる。

図8. ナノセラミックスのビッカース硬度(Hv)に対する粒径依存性12)。グロシュラーガーネット6)(緑)と本研究によるヒスイ7)(桃色)に対するデータを加えてある。
図8.ナノセラミックスのビッカース硬度(Hv)に対する粒径依存性12)。グロシュラーガーネット6)(緑)と本研究によるヒスイ7)(桃色)に対するデータを加えてある。

 

ナノ多結晶宝石の創成

ヒスイに関しては、今後温度・圧力条件や昇温速度・合成時間の最適化により、ナノ領域の粒径を持つ多結晶体の合成が期待され、それに伴い透光性や硬度も大きくなるものと考えられる。ヒスイは、それを構成するヒスイ輝石の特異な髭状微細組織の特徴から高い靭性を示すが、今回得られた試料は粒状に近く、特に高い靭性を示す結果は得られていない。しかし、今後天然ヒスイの微細組織を再現することにより、硬くて割れにくい透明ヒスイの合成も見込まれる。

ヒスイは約1万気圧以上の圧力で安定な高圧型鉱物であるが、ヒスイに限らず地球深部には様々な高圧型鉱物が存在する。我々はこれまでダイヤモンドやガーネットのナノ多結晶化に成功し、特にナノ多結晶ダイヤモンド9),10)(通称ヒメダイヤ)は製品化もされ、様々な分野で活用されている。本研究により立方晶系以外の複屈折を有する鉱物でも、粒径をナノ領域に近づけることにより大きく透光性が向上することが示された。今後は、これら以外の地球深部の鉱物を含め、様々な透明ナノセラミックスの合成が期待される。透明ナノセラミックスは高い透光性とともに、高い硬度を持つと考えられ、従来の常圧・低圧下での合成による透明セラミックスを凌ぐ新たな材料をもたらす可能性もある。

我々はヒメダイヤの開発に成功した直後の2009年に、世界最大の超高圧領域での合成装置「BOTCHAN」を建造し(図9)、直径・長さともに1cm程度のヒメダイヤの合成を可能にした。BOTCHANが設置されている実験室は「Soseki Lab」と命名されているが、Sosekiは小説「坊ちゃん」の作者夏目漱石の漱石ではなく、「創石」である。石には岩石という意味の他に、宝石という意味や、時計・電子回路などの重要部品の材料という意味がある。Soseki Labには、超高圧を利用した地球深部の岩石・鉱物の合成とともに、新たな宝石や材料を創りだす実験室という意味が込められている。ちなみにBOTCHANの隣には、地球のより深部の条件を実現するための超高圧装置「MADONNA」も設置されている。

図9. 創石実験室に設置された大型超高圧合成装置BOTCHAN(左)と、超高圧発生装置MADONNA(右)。
図9. 創石実験室に設置された大型超高圧合成装置BOTCHAN(左)と、超高圧発生装置MADONNA(右)。

 

我々が報告したダイヤモンドやガーネットなどの透明ナノセラミックスは、単結晶に匹敵する高い可視光の透過率を示しており、宝石にも匹敵するとも言える11)。本研究の超高圧合成ヒスイもナノ領域の結晶粒径に至れば、単結晶に近い透光性を示すものと予想される。このような新しい透明ナノセラミックスは、「ナノ多結晶宝石」と称することもできよう(図10)。今後もSoseki Labでは様々なナノ多結晶宝石を生み出すとともに、その特性や生成過程についても明らかにしていきたいと考えている。

図10. 超高圧合成法により得られたヒスイ(左: Alに対してCrを1モル%置換、直径約2 mm)、様々な組成のナノ多結晶ガーネット(中:直径約4 mm)、ナノ多結晶ダイヤモンド(右:直径約6-8 mm)。
図10.超高圧合成法により得られたヒスイ(左: Alに対してCrを1モル%置換、直径約2 mm)、様々な組成のナノ多結晶ガーネット(中:直径約4 mm)、ナノ多結晶ダイヤモンド(右:直径約6–8 mm)。

 

参考文献
1) Tsuchiyama, A. (2017) Jadeite: The national stone of Japan, Elements, 13, 51.
2) Ikesue, A. and Yan, L. A. (2008) Ceramic laser materials, Nature Photonics, 5, 258-277.
3) Roussel, N., Lallemant, L., Chane–Ching, J., Guillemet–Fristch et al. (2013) Highly dense, transparent α–Al2O3 ceramics from ultrafine nanoparticles via a standard SPS sintering, Journal of American Ceramic Society, 96, 1039–1042.
4) Apetz, R. and Van Bruggen, M. P. (2003) Transparent alumina: a light‐scattering model, Journal of the American Ceramic Society, 86, 480-486.
5) 入舩徹男 (2018) 透明ナノセラミックスの超高圧合成, 高圧力の科学と技術, 28, 162–169.
6) Irifune. T., Kawakami. K., Arimoto. T., Ohfuji. H., et al. (2016) Pressure–induced nano–crystallization of silicate garnets from glass, Nature Communications, 7, 13753.
7) Mitsu, K., Irifune, T., Ohfuji, H. and Yamada, A. (2021) Synthesis of transparent polycrystalline jadeite under high pressure and temperature, Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 116, 203–210.
8) Schiøtz J. and Jacobsen K. W. (2003) A maximum in the strength of nanocrystalline copper. Science, 301, 1357–1359.
9) Irifune, T., Kurio, A., Sakamoto, S., Inoue, T. and Sumiya, H. (2003) Ultrahard polycrystalline diamond from graphite, Nature, 421, 599-600.
10) 入舩徹男 (2021) 超高圧合成法によるナノ多結晶ダイヤモンドの合成と応用, 岩石鉱物科学, 50, 43–52.
11) Skalwold, E. A. (2012) Nano–polycrystalline diamond sphere: A gemologist’s perspective, Gems & Gemology, 48, 128–131.
12) Wollmershauser, J. A., Feigelson, B. N., Gorzkowski, E. P., Ellis, C. T. et al. (2014) An extended hardness limit in bulk nanoceramics, Acta Materialia, 69, 9–16.

 

 

入船先生250

【著者紹介】
入舩 徹男
1954年 生まれ
1978年 京都大学理学部地球物理学科卒業
1980年 名古屋大学理学研究科博士前期課程修了
1984年 北海道大学理学研究科博士後期課程修了
1984年 日本学術振興会奨励研究員
1984年 オーストラリア国立大学研究員
1987年 北海道大学理学部助手
1989年 愛媛大学理学部助教授
1995年 愛媛大学理学部教授
2001年 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター教授・センター長 現在に至る
■研究内容:地球深部科学、超高圧鉱物物性・材料科学

IGC Online Gemmological Seminarに参加して

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2022年2月PDFNo.59

リサーチ室 江森健太郎、趙政皓、北脇裕士

2021年11月20日(土)、21(日)に国際宝石学会(International Gemmological Conference)、通称IGC、主催のオンライン宝石学セミナー(Online Gemmological Seminar)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者ら3名が聴講し、江森が発表を行いました。以下に概要を報告します。

IGC Online Seminar概要

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度各国の持ち回りで本会議が開催されています(写真1–1〜3)。本来であれば、2021年に第37回会議が日本で開催される予定でした(写真2)が、コロナ禍において中止となり、2023年に開催の延期が決定されています。本会議が2年延期になったため、研究交流が滞ることを回避するため急遽オンラインでの開催が企画されました。今回はじめて行われたオンライン宝石学セミナーは、過去2年に行われた宝石学研究の最新動向についてzoom meetingを用いて開催されました。

図1-1. (左)2011年スイス
写真1-1.2011年スイス
図1-1.2013年ベトナム
写真1-2.2013年ベトナム
図1-3.2019年フランス、で開催されたIGCでの講演風景
写真1-3.2019年フランス、で開催されたIGCでの講演風景
図1.フランス、ナントにて2019年に開催された第36回IGCでは2021年に第37回IGCが日本で行われることが正式に決定され、IGCのフラッグを弊社リサーチ室北脇が受け取りました。
写真2.フランス、ナントにて2019年に開催された第36回 IGCでは2021年に第37回 IGCが日本で行われることが正式に決定され、IGCのフラッグを弊社リサーチ室北脇が受け取りました。

 

講演は、11月20日(土)、21(日)の両日ともGMT(世界標準時)12:00から開始され3時間半ほど行われました。日本時間では夜の9時から始まり午前零時を回るため、筆者らはそれぞれの自宅での参加となりました。
発表は質疑応答を含めてひとり15分が割り当てられていましたが、しばしば白熱した質疑が行われ、進行は遅れがちとなりました。2日間の発表内容は、ダイヤモンド4件、コランダム7件、その他色石9件(エメラルド、長石、トパーズ、ガーナイト、ジェダイト、ダイアスポア、トルマリン、クォーツ、トルコ石)、真珠3件の合計23件でした。これらの発表の中で特に興味深かったものをいくつか紹介します。
なお、弊社リサーチ室からは真珠セッションで「Analysis of Japanese Akoya Cultured Pearls using LA–ICP–MS(LA–ICP–MSを用いた国産アコヤ養殖真珠の分析)」というタイトルで発表を行いました(この研究についてはCGL通信で別途掲載される予定です)。
IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)。

 

タイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドが照射により燐光抑制を受けることについての研究の進捗状況

中国地質大学(武漢)の研究者Tian Shao氏はタイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドの燐光が電子線照射により抑えられる原理について発表しました。HPHT合成ダイヤモンドを天然ダイヤモンドから分離するための一般的な装置として、HPHT合成ダイヤモンドに特徴的なグリーニッシュイエローの燐光を利用したものがあります。しかし、ダイヤモンドに電子線を照射することで燐光が抑制されることが報告されています。
(この現象についてはCGL通信46号「無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドへの電子線照射処理実験報告」に詳しく掲載されています。URL: https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/46/77.html)。
この現象のメカニズムは不明ですが、窒素とホウ素の間のドナー・アクセプターペア再結合(donor–acceptor pair recombination, DAPR)がグリーニッシュイエローの燐光の原因であると言われています。発表者らは、HPHT合成のIIb型ダイヤモンドに電子線照射を行い、燐光が失われることを確認しました。フーリエ変換型赤外分光法(FTIR)、電子常磁性共鳴(EPR)、フォトルミネッセンス分析(PL)を用い、照射前後のダイヤモンドの欠陥について調べた結果、照射後においてFTIRにおける中性のホウ素(BS0)およびEPRにおける単離された中性窒素(NS0)の信号が失われたことを確認し、代わりにPLとEPRにおいて中性空孔(V0、GR1)と負に帯電した空孔(V、ND1)が検出されました。したがって、空孔(GR1)が窒素とホウ素との間で相互作用を起こし、DAPRを切断している可能性があり、さらなる研究が進行中だそうです。

 

デフォーカスPL測定についての予備研究

L. Speich(Swiss Gemmological Institute SSEF)らの発表

スイスのSSEF、L. Speich氏らはレーザービームの焦点をぼかして(デフォーカス)測定を行うPL深度プロファイル測定について発表をしました。デフォーカスを用いたPL深度プロファイル測定は宝石学分野においては非常に面白く、将来興味深い測定方法となりえる可能性があります。検出器の飽和を防ぐことが不可能な場合、デフォーカスを利用し、高強度のPLおよびラマン信号を低減することも可能です。
スイス宝石学研究所(SSEF)において、ダイヤモンドラマンピーク(DRP)およびさまざまなPLにおいてアクティブな光学中心に対するレーザースポットのデフォーカスに対する影響を理解するための測定を行っており、PLピークを415.4 nmに生成するN3センターと738.7 nmに生成するSiVセンターについて室温条件で調査を行いました。グリーン(532 nm)とバイオレット(405 nm)のレーザー光源を用い、レーザービームをダイヤモンドのテーブルに焦点を合わせた位置から上方6000 μm、下方6000 μmの間で変化させながら分析を行ったところ、N3センターの強度の最大値はDRPが最大となるダイヤモンド表面でした。しかし、CVD合成ダイヤモンドのSiVピークの最大値はDPRが最大強度となるダイヤモンド表面ではなく、ダイヤモンドの表面から約1750 μm下で観察されました。また、ダイヤモンドの表面にSiVの深さプロファイルのショルダーが見られました。DRPとPLピークの振る舞いの違いが光学現象によるものなのか深さによるSiV欠陥の濃度変化によるものなのかを調べるため、さらなる調査が必要だとのことです。

 

タイ東部、トラットーチャンタブリ産ルビーとサファイアのケミカルフィンガープリント

タイGITの研究者Supparat Promwongnanはタイ東部のトラットーチャンタブリから産出されるルビーまたはサファイアの化学組成について発表しました。
タイのトラットーチャンタブリの宝石コランダムを含む堆積物は新生代後期のアルカリ玄武岩と関連しています。ルビーと青緑黄色(BGY)サファイアは、新生代アルカリ玄武岩質マグマによって地表に運ばれる以前に2つの異なる起源を有すると考えられています。ルビーは上部マントルで形成された苦鉄質グラニュライトの高度変成岩に由来しますが、BGYサファイアはマグマ起源で、中部または下部地殻において閃長岩質メルトから結晶化および/またはその交代作用に由来します。
発表者らはトラットのBo Rai鉱床のルビー(サファイアはなし)とチャンタブリーのBo Welu鉱床のルビー、サファイアのサンプルを収集し、EDXRFを用いて主要元素・微量元素組成の分析を行いました。
両地域のルビーの化学組成はFe、Crが多く、Cr2O3/Ga2O3比やVとGaの含有量が乏しいことから、超苦鉄質岩(上部マントル)起源であることを示しました。また、Bo Welu鉱床のブルー、グリーン(BG)サファイアの化学組成はFe濃度が顕著に高く、Cr2O3/Ga2O3比やGaが非常に豊富であることから、閃長岩マグマから結晶化した可能性があることを示しました。また、世界中の玄武岩関連のBGサファイア(オーストラリア、マダガスカル、ナイジェリア、カンボジア、ラオス)と比較し、Bo Welu鉱床のサファイアはナイジェリア、カンボジア、ラオス産の玄武岩サファイアと比べFe/Ti比が高く、他の鉱床の玄武岩質サファイアよりV含有量が低い傾向にあることを示しました。

 

マダガスカルIlakaka産の非加熱ピンクサファイアにあるジルコンインクルージョン:ラマン分光法による研究

スイスSSEFの研究者M. S. Krzemnicki氏がマダガスカルIlakaka産ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのラマンスペクトルの研究について発表しました。Ilakaka産ピンクサファイアは商業的に重要で、たいてい丸みを帯びたジルコンを内包しています。ジルコンはさまざまな地質環境で生成するため、宝石学上有益な情報を提供してくれます。さらに、ジルコンインクルージョンのラマンスペクトルにおける1010 cm–1付近のν3ピークが熱処理と関連していると考えられているため、鑑別上注目されています。しかし、彼らが未加熱のサンプルにおけるジルコンインクルージョンを分析した結果、異なるサファイアだけでなく、同じサファイアの中にある隣接するジルコンインクルージョンも異なるν3ピークを示しました。彼らの実験結果によると、未加熱ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのν3ピークの半値幅は7.5~17.6 cm–1と非常に幅があり、中央値は10以下となります。よって、マダガスカル産ピンクサファイアの熱処理の判断をジルコンインクルージョンのラマンスペクトルのみで行う場合は間違いを犯さないよう慎重にとのことです。

 

サファイアに対する低温熱処理の影響:包有物とFTIR分光法

アメリカGIAの研究者Sudarat Saeseaw氏がFTIRによるサファイアの熱処理鑑別について発表しました。サファイアの赤外線スペクトルにおいて、3309シリーズ(3309、3232、3185 cm–1)、3161シリーズ(3161、3242、3355 cm–1)と3000シリーズ(3010–3070 cm–1のバンドと3195、2625、2463、2415 cm–1のピーク)が熱処理鑑別に注目されています。彼女たちは3グループのサファイア(イラカカ産ピンクサファイア、玄武岩起源ブルーサファイア、3161 cm–1吸収を示すイエローサファイア)を加熱し、その赤外線スペクトルの変化を研究しました。ピンクサファイアについて、11個すべてのピンクサファイアの赤外線スペクトルでは3309 cm–1吸収が弱くなり、9つのサンプルだけが3232 cm–1吸収を示し、3185 cm–1吸収は出現しませんでした。玄武岩ブルーサファイアについて、700、900 ℃で加熱すると3309 cm–1吸収が弱くなり、3232 cm–1吸収が強くなりました。ただし、最初から強い3232 cm–1吸収を示したサンプルは、熱処理した後でより強い3309 cm–1とあまり強くない3232 cm–1吸収を示しました。イエローサファイアについて、900 ℃以下での加熱では3161 cm–1吸収に変化はありませんが、900 ℃以上で加熱すると弱くなり、さらに3000シリーズ吸収が出現し、2625 cm–1バンドを示しました。まとめると、3000シリーズと2625 cm–1吸収が低Feイエローサファイアの熱処理の有力な指標と見られますが、3161 cm–1吸収は900 ℃以下での加熱では処理の前後で変化しないため、低温下の熱処理の指標には使用できません。ピンクサファイアについて、3309シリーズが重要な指標と考えられます。玄武岩ブルーサファイアの赤外線スペクトルがより複雑なので、さらなる研究が必要となります。

 

銅拡散処理された赤長石の蛍光特性と同定

中国地質大学(武漢)の研究者Qingchao Zhou氏が長石の銅拡散処理の新たな鑑別の可能性について発表しました。彼らは無色のオレゴン産の長石をCuOとともに高温下で加熱して銅拡散処理長石のサンプルを得て、これらの銅拡散処理長石と、アメリカオレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーン、チベット産といわれている赤色長石とを蛍光分光スペクトルで比較しました。その実験結果により、310nmのLEDを励起源として測定すると、オレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーンと異なり、銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は、394 nmと555 nm付近で典型的な強い蛍光発光が確認できました。この違いは発光色としても目視で確認することができます。すなわち銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は310nmのLEDを照射すると強い紫青色蛍光を発します。以上のことにより、蛍光スペクトルによって速やかに銅拡散処理長石をオレゴン州とエチオピア産の未処理石と識別できることがわかりました。

 

ナイジェリア産青いガーナイトの色のメカニズムと熱処理

ドイツGGAの研究者Tom Stephan氏が、ナイジェリア産ガーナイト(亜鉛スピネル)が青色を示す原因とその熱処理について発表しました。彼らが使用したサンプルを分析した結果、波長分散型電子マイクロプローブによって純度は91 mol%のZnAl2O4であり、8 mol%のFeAl2O4と0.015~0.025 wt%のCoOを有するものでした。200~2500 nmの紫外–可視–赤外スペクトルにおいて、Fe2+、Co2+、Fe3+の電荷移動による吸収が青色の領域に透過窓をつくっていることを明らかにしました。また、9つのサンプルのうち2個を加熱すると、サンプルが緑色になりました。これは、加熱によってFe3+による影響が強くなったことが原因だと考えられています。加熱したサンプルが可視光領域においてFe3+の吸収が強くなり、Fe3+–O2電荷転移(OMCT)により青い光と紫外線が吸収されることで、透過窓が緑色の領域へ転移しました。

 

ブラジル産銅含有トルマリンのCuを含む薄いシート状インクルージョン

スイスSSEFの研究者Hao. A. O. Wang氏らはブラジル産、グリーンの銅(Cu)含有トルマリンの銅(Cu)を含む薄いシート状インクルージョンについての発表を行いました。この珍しいインクルージョンはC軸方向に平行に配向していました。著者らは、集束イオンビーム (FIB) と走査型電子顕微鏡 (SEM)を組み合わせ、サンプルを切断し、インクルージョンの断面を調査しました。その他、マイクロFTIR、空間分解放射光X線吸収分光法 (XAS) で調査した結果、銅(Cu)が薄いシート状インクルージョン中に金属相としておそらく存在することを示しました。また、この薄いシート状インクルージョンの近くにエルバイト以外のトルマリンが存在する可能性も示しました。発表者らの予備的な観察に基づくとCuが含まれる薄いシート状インクルージョンは金属銅であり、これらのインクルージョンが銅(Cu)含有トルマリンホストからのエピジェネティックな溶出により形成されたという仮説が議論されています。これらはブラジルの銅(Cu)含有トルマリン中の酸化条件に関する重要な情報を提供する可能性があります。