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エメラルドの原産地特徴と原産地における問題点

2024年10月PDFNo.67

CGL リサーチ室 趙 政皓・北脇 裕士・江森 健太郎

四大宝石の一つと言われているエメラルドは古くから貴重な宝石として珍重されてきた。16世紀以降、コロンビア産のエメラルドが最も高く評価されてきたが、近年は世界各地から高品質のエメラルドが産出するようになり、トレーサビリティの観点からもエメラルドの原産地鑑別の重要性が急速に高まっている。本稿では、エメラルドの原産地鑑別を行う上での基本的な考え方と標準的な鑑別手法についてまとめ、実際の鑑別ルーティンで見られた特殊な事例について紹介する。さらにLA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点についても言及する。

◆エメラルドの形成

エメラルドはベリルの一種であり、その主要な化学組成はBe₃Al₂(SiO₃)₆で表される。鮮やかな緑色を呈するのは、ベリルの主成分であるアルミニウムの一部がクロムやバナジウムに置換されることに起因する。エメラルドを構成する元素のうち、ベリリウム、クロムおよびバナジウムは地殻中にきわめて存在度の低い元素である。その上、ベリリウムは大陸地殻に、クロムとバナジウムは海洋地殻やマントルなど、それぞれ別の地質環境に存在しやすい。そのため、これらの元素が共存する環境は限定的であり、エメラルドは希少性の高い宝石になっている。
エメラルドはコロンビア産が最も良く知られているが、近年では、図1に示すように世界各地から品質の良いエメラルドが産出するようになった。先行研究によって、エメラルドは熱水変成型と片岩ホスト型に大別されている(文献1-3)。図1にて緑色で示したのが熱水/変成型であり、青く示したのが片岩ホスト/マグマ関連型である。

図1 世界中の宝石品質のエメラルドの原産地。

 

熱水/変成型エメラルドの代表はコロンビア産であり、その形成過程の模式図を図2に示す。苦鉄質岩を含む様々な岩石の粒子が海底で沈殿し、固結して形成した頁岩にはベリリウム、クロムおよびバナジウムが含まれている。そこに、亀裂から熱水が侵入すると、岩石内部の元素が移動してエメラルドを含む鉱脈が形成される。形成する地質環境の圧力が低いため、このタイプのエメラルドは屈折率が低くなる。また、成長する際に熱い濃塩水を取り込むため、冷却の過程において特徴的な三相インクルージョンを形成しやすくなる。
片岩ホスト/マグマ関連型(以下から片岩ホスト型と略す)エメラルドはブラジル、ザンビア・カフブ地域、ロシア・ウラル山脈など世界各地から産出している。その典型的な形成過程の模式図を図3に示す。苦鉄質岩(変質玄武岩など)、超苦鉄質岩(変質ペリドタイト、蛇紋岩など)と呼ばれる鉄やマグネシウム成分に富む岩石中にはクロムやバナジウムも含まれている。そこにベリリウムを含む花崗岩質マグマが貫入すると、境界付近では花崗岩質マグマの流体からベリリウムなどが供給され、苦鉄質岩が変成して形成した黒雲母片岩の中にエメラルドが形成する。母岩は圧力が高く、鉄分が豊富なため、このタイプのエメラルドは屈折率と鉄含有量が高くなる。流体インクルージョンも熱水/変成型と異なり、角型の二相インクルージョンが形成しやすい。
(エメラルドの形成過程とインクルージョンの詳しい内容について、CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください。)

図2コロンビア産熱水/変成型エメラルドの形成過程 の模式図(文献2に加筆)。

 

図3 片岩ホスト/マグマ関連型エメラルドの形成過程 の模式図(文献1に加筆)。

 

◆エメラルドの結晶構造

図4にc軸方向と側軸方向から見たエメラルドの結晶構造を示す。一つのセルに4つの中空のトンネル構造が見られる。このトンネルの中には周囲の環境や形成時の圧力に応じて水分子や金属イオン、特に一価の金属イオンが入る。また、トンネル中に入った水分子は、その隣の金属イオンの有無によって、図5に示すように向きが異なるタイプIとタイプIIに大別される。

図4 c軸方向(左)と側軸方向(右)から見たエメラルドの結晶構造。VESTAによる図(文献4)。

 

図5 エメラルドのトンネル構造中にある水分子。

 

◆エメラルドの原産地特徴

エメラルドは、産地により屈折率が異なることが知られている。これは取り込まれる微量元素の種類や水分子の量が異なることが原因の一つである。特に形成時の圧力が高いほど、水分子の含有量も高くなる。熱水/変成型であるコロンビア産エメラルドは地殻浅部の堆積岩中に形成するため、形成時の圧力が低く、置換元素なども少ない。それによって、コロンビア産エメラルドの屈折率は1.56~1.58となり、基本的に1.58を超える他の産地のエメラルドより明らかに低くなっている。

結晶構造のトンネルに入る2種類の水分子の比率によってエメラルドの赤外スペクトルが変化する。図6に熱水/変成型と片岩ホスト型エメラルドの赤外吸収スペクトルを示す。熱水/変成型のコロンビア産エメラルドはナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属の含有が少ないため、タイプIの水が優勢となり、5447 cm–1のピークが認められる。一方、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドはアルカリ金属の含有量が高いため、タイプIIの水による5582 cm–1のピークのみが存在する。

図6 熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の赤外吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

また、エメラルドの原産地を鑑別する際に紫外-可視吸収スペクトルも有用である。コロンビア産エメラルドの母岩である黒色頁岩は、比較的鉄の含有量が低い岩石である。その上、頁岩中の鉄は熱水中の硫黄と結合してパイライトとして沈殿するため、コロンビア産エメラルドの鉄含有量は極めて低い。このことによって、コロンビア産エメラルドの紫外-可視吸収スペクトルでは、二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がなく、片岩ホスト型のものと容易に区別ができる(図7)。このようにコロンビア産エメラルドはスペクトルの濃赤色部の吸収がないため、カラー・フィルターで赤く見えることは良く知られている。

図7 熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

顕微鏡観察は、宝石の成長履歴を知るための最も重要で伝統的な鑑別手法である。前述したように、熱水/変成型エメラルド中には三相インクルージョン、片岩ホスト型エメラルド中には二相インクルージョンが頻度高く観察される(CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください)。その他、コロンビア産エメラルドの特徴としてスペイン語で「油の滴」という意味のGota de Aceiteがある(図8)。本来は成長構造を示す言葉であったが、市場では高品質を示す意味に誤用されることがある。コロンビアのエメラルドディーラーが3世代にわたって使用してきたが、近年は油の意味がオイル含浸を思わせるため敬遠されるようになった。

図8-1 コロンビア産エメラルドに観察されたGota de Aceite (油の滴)と呼ばれる成長構造。

 

図8-2 コロンビア産エメラルドに観察されたGota de Aceite (油の滴)と呼ばれる成長構造。

 

コロンビア産とそれ以外の産地のエメラルドの一般的な特徴をまとめると、以下の表1になる:

表1エメラルドの一般的な原産地特徴

 

このようにコロンビア産エメラルドは他の産地とはいくつかの異なる特徴を有するため、原産地の特定は比較的容易である。しかし、中にはこれらの特徴に当てはまらない特異なものも存在する。以下には実際の鑑別ルーティンで見られた通常とは異なる特殊な例を紹介する。

◆鑑別ルーティンで見られた特殊な例

近年、アフガニスタンのパンジシールやザンビアのムサカシなど、コロンビア以外の産地からの熱水/変成型エメラルドも少しずつ流通するようになった。これらのエメラルドにもコロンビア産に一般的な三相インクルージョンが観察されることがある(図9)。したがって、三相インクルージョンの存在のみでコロンビア産と短絡的に決定することはできない。また、コロンビア産エメラルドの固有の特徴と思われていたGota de Aceiteもこれらの産地から報告されている (文献5-6)。さらに、熱水/変成型エメラルドはコロンビア産以外でも鉄含有量も低いため、紫外-可視吸収スペクトルにおいて二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がほとんど見られないものがある(図10)。

図9アフガニスタン産エメラルド中の三相インクルージョン

 

図10 同じ熱水/変成型であるコロンビア産エメラルド(緑)とアフガニスタン産エメラルド(黄)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

一方で、片岩ホスト型に類似する特異なコロンビア産エメラルドも存在する。図11に示すように、このコロンビア産エメラルドの赤外スペクトルは、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドに類似している。タイプⅠの水に因る5447 cm–1のピークは不明瞭なショルダーになっており、タイプⅡの水に因る5582 cm–1のピークが見られる。また、図12に示すように、コロンビア産ではあるが、紫外-可視吸収スペクトルにおいて830 nm中心の吸収が強く、ブラジルやパキスタン産などの片岩ホスト型エメラルドと類似したものが見られた。このように顕微鏡観察や分光法など標準的な分析手法のみでは、コロンビア産エメラルドを他の産地と明確に識別するのが困難な場合がある。さらにコロンビア産以外のエメラルドの産地を特定するのは通常は難しい。そのため、エメラルドの原産地鑑別は、次節に紹介するLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高精度の分析が求められている。

 

図11 異例なコロンビア産エメラルド(青)と片岩ホスト型であるブラジル産エメラルド(赤)の赤外吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

図12 特異なコロンビア産エメラルド(青)と片岩ホスト型であるパキスタン産エメラルド(赤)の紫外-可視吸収スペクトル。見やすくするためにオフセットしている。

 

◆LA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点

2000年代以降、ルビー、サファイア、パライバ・トルマリンなど、宝石の原産地鑑別にLA-ICP-MSによる微量元素分析が利用されるようになった。CGLでもLA-ICP-MS分析による原産地鑑別の継続的な研究を行っており、エメラルドの原産地鑑別にも微量元素の分析が非常に有効であることを確認している。一例として、図13にはカリウムとバナジウムのプロット図を示す。コロンビア産は片岩ホスト型だけでなく、同じ熱水/変成型のアフガニスタン産のエメラルドとも明確に区別することができる。

図13 LA-ICP-MS分析によるカリウム(K)-バナジウム(V)プロット図。緑色はコロンビア産エメラルド、黄色はアフガニスタン産エメラルド、暗赤色は片岩ホスト型エメラルドを示している。

 

さまざまな元素の組み合わせに因るプロット図を用いることで、片岩ホスト型エメラルドについても原産地の特定が可能となる。ただ、片岩ホスト型エメラルドは原産地が多く、プロットが重複することがあるため、複数のプロット図を組み合わせて総合的に判断する必要がある。例えば、リチウム、バナジウム、鉄、セシウムなどによる複数のプロット図を用いることで、市場性の高いブラジルとザンビア産エメラルドのほとんどを区別することができる。さらに亜鉛、ルビジウムなどの元素を加えると、ロシア、ジンバブエ産などの比較的マイナーな産地のエメラルドも明確に区別できる。

次にLA-ICP-MS分析を用いた元素プロットでも原産地鑑別が困難であった事例を紹介する。鑑別ルーティンで原産地鑑別の依頼があったかったエメラルド数点を分析し、鉄とセシウムのプロット図を作成した(図14)。依頼者によると近年ブラジルのバイーア州の鉱山で採掘されたものとのことであったが、赤い点(便宜上新バイーアとして表記)で示したように明らかにザンビア産の領域にプロットされた。

図14 LA-ICP-MSによる鉄(Fe)-セシウム(Cs)プロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド(便宜上新バイーアと表記)、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド(便宜上旧バイーアと表記)、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

しかし、他の一部のプロット図(例えば、鉄とバナジウムのプロット図、図15)では、これらのバイーア産と申告のあったエメラルドは従来のバイーア産(便宜上旧バイーアと表記)エメラルドと解釈できる領域にプロットされた。

図15 LA-ICP-MSによる鉄(Fe)-バナジウム(V)プロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

さらに、ホウ素、スカンジウム、チタン、ガリウムなど総計22元素を合わせて計算し、線形判別分析を行ったところ、バイーア州産と申告のあったエメラルドはザンビア産ではなく、バイーア州産と確認できた(図16)。ブラジル産としては現在ミナスジェライス州から産出するエメラルドが多く流通しているが、過去にはバイーア州のものが日本には多く輸入されていた。今回、新バイーアとしたものはバイーア州の新たな鉱山からのものか、鉱山は以前と同じでも採掘された時期や鉱脈の違いから微量元素に差異が生じたかは不明である。

図16 22元素を用いて線形判別分析を行ったプロット図。赤色は近年のバイーア州産と申告のあったエメラルド、黄色は以前より日本に流通しているバイーア州産エメラルド、青色はザンビア産エメラルドを示している。

 

いずれにしてもLA-ICP-MSによる微量元素分析はエメラルドの原産地鑑別に極めて有用であることは疑いがない。より精度を高めるためにはできるだけ多くの元素を合わせて分析することが重要である。

◆まとめ

屈折率の測定、内部特徴の観察、スペクトルなどの標準的な分析手法により熱水/変成型であるコロンビア産と片岩ホスト型のエメラルドをおおよそ区別することが可能である。しかし、近年はコロンビア産以外の熱水/変成型エメラルドの市場性も高くなり、コロンビア産と特定することが困難になりつつある。また、片岩ホスト型のエメラルドは産地が多く、標準的な分析手法では原産地の特定は困難である。エメラルドの原産地鑑別にはLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高感精度の分析を併用することで精度を向上させることができる。その際、できるだけ多くの元素の分析を行い、統計学的な手法をも取り入れた慎重な解析が必要で、データベースを常に更新することも極めて重要である。

 

◆参考文献

[1] G. Giuliani, L. A. Groat, D. Marshall, A. E. Fallick, & Y. Branquet. (2019). Emerald Deposits: A Review and Enhanced Classification. Minerals, 9(2), 105.

[2] G. Giuliani, M. Heuzé, & Ma. Chaussidon. (2000) La Route des Émeraudes Anciennes. Pour la Science, N° 277.

[3] S. Saeseaw, N. D. Renfro, A. C. Palke, Z. Sun, & S. F. McClure. (2019). Geographic Origin Determination of Emerald. Gems & Gemology, 55(4).

[4] Momma, K., & Izumi, F. (2011). VESTA 3 for three–dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data. Journal of applied crystallography, 44(6), 1272–1276.

[5] N. Ahline. (2017). Gota de Aceite in a Zambian Emerald. Gems & Gemology, 53(4), 460–461.

[6] R. Zellagui. (2022). Afghan Emerald with Gota de Aceite Phenomenon. The Journal of Gemmology, 38(2), 115–117.

令和6年度宝石学会(日本)講演会・50周年記念講演会参加報告

2024年10月PDFNo.67

リサーチ室 趙 政皓

令和6年度宝石学会(日本)総会・一般講演会が7月13日(土)東京都台東区のジュエラーズタウンオーラムにて開催されました。また、50周年記念講演会・懇親会が7月14日(日)同会場にて開催されました。

<総会・一般講演会参加報告>

今年度の一般講演会は、16件の口頭発表が行われ(ダイヤモンド2題、色石関連8題、真珠6題)、参加者は77名でした。CGLリサーチ室からは「メレサイズ合成カラーダイヤモンドの鑑別」、「エメラルドの原産地鑑別における問題点」の2題の発表を行いました。これらにのうち後者は本CGL通信に掲載されております。本会で発表された16件のうち一部を抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に〇)。

一般講演会の様子

 

AIによるインクルージョンの自動判別の可能性

〇佐藤貴裕・中村卓・宮川和博・佐野照雄(山梨県産業技術センター)・
有泉直子(元山梨県産業技術センター)・笠原茂樹・小泉一人(宝石貴金属協会)・
古屋正貴(日独宝石研究所)・高橋泰(山梨県立宝石美術専門学校)

山梨県産業技術センターの佐藤貴裕氏がAIを用いたインクルージョンの判別について発表しました。光学顕微鏡によるインクルージョンの観察は、宝石の鑑別において極めて重要な分析手法の一つです。現在、AIによる画像判別は急速に発展しているため、AIを用いてインクルージョンを判別し、より効率的な鑑別作業が可能になることが期待できます。ルビーのインクルージョンを3グループに分けて、アルゴリズムであるYOLOにより学習した結果、AIの平均正解率はおよそ65%でした。立体的なインクルージョンは写真1枚で判別しにくく、表面にあるキズが誤認されやすいなどの問題点があり、学習した画像数は200未満と少なかったが、AIによる大まかな分類は可能であることがわかりました。

 

アメトリン、シトリンにおける加熱及びガンマ線照射による影響

〇末冨百代、鍵裕之、荻原成騎(東大院理)・趙政皓(中央宝石研究所)

東京大学理学系研究科の末冨百代氏がクォーツにおける加熱およびガンマ線照射の影響について発表しました。アメシストの紫色はFe4+に起因し、シトリンの黄色は格子間サイトのFe3+に起因すると考えられます。アメトリンを加熱した後にガンマ線照射したところ、紫色の部分は加熱によって脱色し、照射されると再び紫色になります。

これはSiを置換するFeがFe4+→Fe3+→Fe4+の順に変化したと考えられます。一方、黄色部分は色の変化がなく、格子間Fe3+が変化しなかったと考えられます。シトリンを照射した結果、アメトリンの黄色部分と違って灰黒色へと変化しました。シトリンの照射前後の赤外吸収スペクトルを比較したところ、この色の変化は[AlO4/M+]+[AO4]欠陥に関連することがわかりました。

 

奈良県香芝市穴虫産サファイアの宝石学特徴

〇三浦真・任杰(GIA Tokyo)

GIA Tokyoの三浦真氏が奈良県香芝市穴虫産のサファイアについて発表しました。コランダムは古くから貴重な宝石とされ、現在は主な産地としてミャンマー・スリランカ・マダガスカルなどが知られていますが、日本でも産出します。奈良県二上山の香芝市穴虫地域の川砂はガーネットが多く、少なくとも江戸時代から研磨剤として採取されてきて、その中にサファイアを含むことがあります。この地域のサファイアは薄い六角板状から六角柱状の自形結晶として産し、彩度の高い青色を呈します。二相、雲母、メルトインクルージョンなどが観察できます。穴虫産サファイアは二上山下部に存在する領家変成帯の変成岩起源であるとされていました。しかし、メルト内包物の存在は変成岩起源とは考えにくく、アメリカ、モンタナ州ヨーゴ渓谷産サファイアからも見つかっていることから、穴虫産サファイアはそれらと似たような起源である可能性があります。

 

 

グアテマラ産の鮮やかな緑色の翡翠について

〇中嶋彩乃(東京都)・古屋正貴(日独宝石研究所)

東京都の中嶋彩乃氏がグアテマラ産ジェイダイト‒オンファサイト翡翠について発表しました。元々グアテマラ産の翡翠は灰色や青色のものが多かったが、近年緑色の翡翠が発見され、市場でも見られるようになっています。緑色は鮮やかで濃い印象ですが、暗いものが多いです。グアテマラ産の各色の翡翠を蛍光X線、反射FT-IRを調べたところ、白、ラベンダーのものは全部ジェイダイト、緑色は全部オンファサイト、青から黒のものはジェイダイトとオンファサイトが半々でした。分光特性について、緑色のオンファサイトでは689 nmの明瞭なクロムラインの他、437 nmのFe3+によるシャープな吸収は見られますが、432 nmくらいに付随する吸収バンドは見られませんでした。

 

 

ベトナム・ハロン湾のアコヤ養殖真珠について

〇伊藤映子(㈱RSEラボラトリー)・国枝康太(有限会社 聖和)

RSEラボラトリーの伊藤映子氏がベトナム・ハロン湾のアコヤ真珠について発表しました。真円真珠養殖が発明されて116年を経った今、世界中で各種の養殖真珠が生産されるようになり、ベトナムのハロン湾もその一つです。日本の技術が使われているようで、養殖場には日本とベトナムの旗が並んでいました。今回調べた養殖場は、ほぼ11から13か月ほど養殖しています。水温がほぼ一定のため、日本のように冬に浜上げするようなことがありません。主に生産しているのは4.5~6.5 mmぐらいの珠で、母貝も日本で使用されているものよりも小さいです。ハロン湾の真珠の巻きは厚いが、調べたところ、稜柱層が発達していたものがあり、片巻のものも多く、真円度は日本のものより悪かったようです。これは、ピースの切り取りが悪かったのが原因だと考えられます。

 

濃色系真珠に対する漂白などの加工の影響について

〇矢崎純子、田澤沙也香、佐藤昌弘(真珠科学研究所)

真珠科学研究所の矢崎純子氏が濃色系真珠に対する漂白などの加工の影響について発表しました。クロチョウ真珠は現在、明るいグレー系のものが減少傾向にある一方、需要が増加しているため、処理されるものが出ていると言われています。ポルフィリン系色素が原因のため、青い光に弱いと考えられます。そこで、3つの手法で処理し、その変化が以下のようになりました:①漂白した結果、280 nmの吸収がなくなって赤みが消えました;②青い光で照射した結果、ほぼ変わりませんでした;③加熱した結果、280 nm吸収が変わらないが赤みが強くなりました。

 

<50周年記念講演会参加報告>

宝石学会(日本)は今年、2024年で創立50周年を迎え、この記念すべき年の行事として50周年記念講演会が実施されました。特別講演の前に、現宝石学会(日本)神田久生会長より50周年の挨拶が行われました。また、宝石学会(日本)のロゴマークが今年初めて制定され、その披露も行われました。宝石学会(日本)のロゴマークは会員からロゴマークの原案を募集し、投票により決定されたものです。その後、一般社団法人日本ジュエリー協会会長 長堀慶太氏、東京ダイヤモンドエクスチェンジ(TDE)理事長 岩崎道夫氏、全国宝石卸商協同組合理事長 望月英樹氏(代読 日独宝石研究所所長 古屋正貴氏)、一般社団法人日本鉱物科学会会長 大和田正明氏(代読 中央宝石研究所北脇裕士)、一般社団法人日本地質学会会長 山路 敦氏(代読 早稲田大学林正彦)より祝辞をいただきました。その後、5件の特別講演が行われ、参加者は98名でした。発表者と題名は以下のようになります。

 

一般社団法人日本ジュエリー協会会長 長堀慶太氏

 

東京ダイヤモンドエクスチェンジ(TDE)理事長 岩崎道夫氏

 

50周年特別講演会の様子

 

宝石学会(日本)半世紀を迎えて

林政彦(早稲田大学)

早稲田大学の林政彦氏が宝石学会の歴史について発表しました。1960年代英国宝石学協会や米国宝石学協会などが成立し、宝石学会(日本)も1974年に設立されました。その後、多くの宝石鑑別機関が成立し、1981年は宝石鑑別団体協議会(AGL)も設立されました。

 

合成ダイヤモンド研究の歴史

神田久生(元物質・材料研究機構(NIMS))

元物質・材料研究機構(NIMS)、現宝石学会(日本)会長の神田久生博士は、合成ダイヤモンド研究の歴史について発表しました。1955年にGEが高温高圧法(HPHT法)を用いてダイヤモンドの合成に成功したことを受け、日本も1960年代からダイヤモンド合成の研究を始めました。その後、1980年代NIMSが化学気相成長 法(CVD法)に成功し、日本がCVD合成ダイヤモンドに大きく貢献しました。

 

真珠養殖の誕生を検証する

赤松蔚(元ミキモト真珠研究所)

元ミキモト真珠研究所の赤松蔚氏が養殖真珠誕生の歴史について発表しました。1858年ドイツのへスリングがパールサック(真珠袋)の理論を提唱し、その後、御木本幸吉が1893年に半円真珠養殖に成功しました。1907年、西川藤吉が外套膜の小片を貝体内に移植する方法を発明し、現在の有核真珠養殖の基本技術となりました。1917年、御木本幸吉が「全巻式」という方法を発明し、1919年に養殖真珠がヨーロッパの市場にも出ました。

 

ヒスイの発見と世界ジオパーク

竹之内耕(フォッサマグナミュージアム)

フォッサマグナミュージアムの竹之内耕館長が糸魚川のヒスイの形成と歴史について発表しました。糸魚川は陸の孤島とも言われています。ここのヒスイは5億年ほど前に形成し、2000万年ほど前フォッサマグナの形成により地表付近に持ち上げられました。そこで川が地層を削り、土石流などによって糸魚川の海岸まで運ばれました。また、長者ヶ原遺跡などからはヒスイ製品とそれらの生産遺跡も発見され、糸魚川は世界最古のヒスイ文化発祥地となっています。

 

 

宝石鑑別技術の発展

北脇裕士(中央宝石研究所)

CGLの北脇裕士が宝石鑑別技術の発展について発表しました。日本では1961年宝石の輸入が自由化して以来、宝飾ブームが起こり、それに伴って宝石技術が発展していきます。顕微鏡観察などの基本的な鑑別手法はヒスイの酸処理や含浸処理を看破できることもあり、今でも重要な鑑別手法です。その上、FTIRスペクトルは水晶の合成か天然、コランダムの加熱、ダイヤモンドのタイプを鑑別するに用いられ、UV-Visスペクトル、PLスペクトル、ラマンスペクトルも様々な鑑別業務に用いることになっています。現在、最新な技術として、LA-ICP-MSはコランダムのベリリウム処理の鑑別や様々な宝石の原産地鑑別に使用されています。

 

<懇親会参加報告>

7月14日(日)、50周年記念講演会終了後、同会場にて、懇親会が行われました。講演会において、一般社団法人日本宝石協会理事長 堀内信之氏、一般社団法人宝石鑑別団体協議会会長 近ケイ子氏、国際色石協会(ICA)理事 キャプテン・ラムジ・シャルマ氏(代読ニール・カンディラ氏)より祝辞を頂きました。懇親会には64名が参加し、会員同士の交流や、前日・同日行われた一般講演・50周年記念講演の発表 内容について質疑応答や討論等が 行われ、有意義な時間を過ごしました。参加者には大変好評でした。

懇親会の様子

ブラジル/パライバ・トルマリン鉱山を訪ねて

2024年5月PDFNo.66

CGL リサーチ室 北脇裕士

写真–1:ブラジル/ムルング鉱山産パライバ・トルマリン(左から 2.75ct, 4.24ct)

 

パライバ・トルマリンの人気は根強く、今なお重要な宝石アイテムの一つです。特に“ブラジル産”と原産地が特定されるとさらにその評価が高まります(写真–1)。最近になって、本来の鮮やかな青色〜緑色のパライバ・カラーに加えて、銅の含有量の少ない淡青色のタイプも多く流通するようになりました(写真–2)。

写真–2:近年、CGLの鑑別で見かける機会が増加している淡色のパライバ・トルマリン(ブラジル /キントス鉱山産)

 

ブラジルでは品質の良いものはすでに枯渇したなどとのうわさもあり、原産地のブラジルでの採掘状況を視察するために 2024 年 3 月にパライバ州とリオグランデ・ド・ノルテ州のパライバ・トルマリン鉱山を訪問しました(図–1)。 パライバ州にはバターリャ(Batalha)鉱山とグロリアス(Glorious)鉱山があります。視察の結果、バターリャでは3つの鉱区のうち1つは試掘がなされていますが、今のところほとんど産出はありませんでした。残りの2つの鉱区は現在採掘が止まっています。グロリアス鉱山はこの数年産出はなく、現在は新たなペグマタイトパイプを探索中です。

リオグランデ・ド・ノルテ州にはムルング(Mulun–gu)鉱山とキントス(Quintos)鉱山があります。後者は 10 年以上前に閉山されたままであり、前者は Brazil Paraiba Mineと名称を変えて活発に採掘とカット・研磨が行われていました。ただ、聞くところによると、実際に研磨されているパライバ・トルマリンの一部は、現在採掘されたものではなく、かつて採掘された在庫品とのことでした。

図–1:ブラジル/パライバ鉱山の位置

 

◆はじめに

パライバ・トルマリンは、1989 年に宝石市場に登場した彩度が高く鮮やかな青色〜緑色の銅着色のトルマリンです。 当初ブラジルのパライバ州で発見されたため、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになりましたが、1990年代には隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州からも採掘されるようになりました(図–1)。さらに2000年代に入って、ブラジルから遠く離れたナイジェリアやモザンビークなどのアフリカ諸国からも同様の含銅トルマリンが産出するようになり、そのネーミングに物議を醸しました。また、パライバ・トルマリンのほとんどは鉱物学的にエルバイトという種類に属しますが、モザンビーク産の一部のものはリディコータイトに属するものも知られています。 現在では原産地やトルマリンの鉱物種に関係なく、銅が主たる原因の青色〜緑色のトルマリンは広義でパライバ・トルマリンと呼ばれています(文献1)。

日本国内では、一般社団法人日本ジュエリー協会(JJA) と一般社団法人宝石鑑別団体協議会(AGL)の両団体による慎重な協議の上、2006 年 5 月 1 日より、パライバ・トルマリンは、「銅およびマンガンを含有するフルー〜グリーンのエルバイト・トルマリン」(産地は問わない)とされました。そして、元素分析を行い、分析報告書に限り、別名としてパライバ・トルマリンの記載が可能となりました。さらに「但し産地を特定するものではありません」とのコメントを記載し 、原則として原産地鑑別は行わないこととしました。しかし、近年のトレーサビリティの考え方に則して、AGLでも慎重に議論が重ねられ、2019 年 10 月 1 日より分析報告書に原産地表記が可能となりました。CGLでは、パライバ・トルマリンの原産地鑑別の依頼があれば、詳細な分析を行い、ブラジル、ナイジェリア、モザンビークのいずれかの産地を記載しています(写真–3)。

写真–3:CGLのパライバ・トルマリン分析報告書

 

◆位置および交通

 

写真–4:今回利用したエチオピア航空 (成田–サンパウロ往復 )

 

ブラジルのパライバ州および隣接するリオグランデ・ド・ノルテ州は地球儀で見ると、日本の真反対に位置しています。そのため日本からは空路で東回りと西回りのルートがあります。東回りは日付変更線を超えてアメリカ経由となり、西回りは中東やヨーロッパを経由する便が多くあります。いずれにしても飛行時間は乗り継ぎを入れると片道 26〜30 時間ほどになります。今回は韓国を経由してエチオピアのアジスアベバで乗り継ぎ、ブラジルのサンパウロまでやはり 30 時間ほどかかりました (写真–4)。この飛行時間の間に日本との時差12時間が生じ、機内食が計 4 回提供されました。サンパウロからは国内線でミナスジェライス州の州都であるベロオリゾンテに向かい、ここを拠点に二日間を過ごし、いくつかの鉱山を訪問しました。初日は世界で 3 番目に大きい金鉱山であるアングロゴールドアシャンティ鉱山、二日目はイタビラ〜ノバエラ地区のエメラルド鉱山を視察しまし た。三日目にベロオリゾンテから国内線でパライバ州の州都であるジョアンペソアに向かい、そこからはレンタカーでおよそ 4 時間走り、同州のエクアドルという小さな街に到着しました(写真–5)。エクアドルはリオグランデ・ド・ノルテ州の最南端にある小さな街で宿泊施設と飲食店があり、バターリャ鉱山視察の拠点となります(図–1),(写真–6)。

写真–5:バターリャ鉱山視察の拠点となるエクアドルの街並み

 

写真–6:エクアドルからの道中にあるバターリャ(Batalha)の標識

筆者は 2005 年にもブラジルのパライバ鉱山を訪ねており、その際はリオグランデ・ド・ノルテ州のパレリアスという街に滞在しています(図–1)。パレリアスは人口およそ 2 万人の小さな田舎街で、ムルング鉱山およびキントス鉱山に程近いのですが、バターリャ鉱山までは未舗装道路を含めて 1 時間半ほどかかります。

今回のパライバ鉱山視察は筆者にとって実に 19 年ぶりですが、前回と比較してその変貌ぶりについてもご紹介したいと思います。

 

◆地質

パライバ州とリオグランデ・ド・ノルテ州にはクエイマダス山脈(現地の人はキントス山脈と呼ぶ)と呼ばれる丘陵地があり、ここの随所に、宝石品質のトルマリン(パライバ・トルマリンを含む)を含有するペグマタイト(巨晶花崗岩)が存在しています。このペグマタイトを含む地域はBorborema Pegmatite Province (BPP)と呼ばれ、第一次大戦中には戦略物資として雲母、シーライト、タングステンなどが採掘されており、大戦後には銅、ニッケル、ウラン、金、イルメナイトなどが採掘されています(文献–2)。ペグマタイトはアルバイトを主体とした長石、石英、白雲母およびトルマリンで構成されています。長石の大部分はカオリンと呼ばれる柔らかな白い粘土に変質しており、陶磁器の原料や化粧品および薬の添加剤になるため採掘の対象となっています。この地域に広く分布する基盤岩は新原生代(およそ 6 億 5000 万–5 億年前)の古い変成岩(主にクォーツァイトや変礫岩)です。この時代は南米大陸やアフリカ大陸が分裂する以前でゴンドワナ超大陸を形成していたと考えられています(文献–3)。図–2の水色の領域は、その頃の造山帯を示しています。パライバ・トルマリンを産出するブラジル、モザンビーク、ナイジェリアの 3 カ国の原産地は共通してこの古い時代の造山活動に関連しています。

 

◆パライバ・トルマリンの発見
図–2:原生代〜先カンブリア代の古地図 (Brendan2018 に加筆)

 

1982 年、ブラジルのパライバ州バターリャ(Batalha)の小高い丘(写真–7)で、Heitor Dimas Barbosa(以下エイトー)氏は数人の仲間とこれまでに見たことのない鮮やかな青色の石を発見しました。エイトー氏が初めに見つけた青色石は品質の良くないものでしたが、1988年には透明度の高い原石が10kgほど見つかりました。 エイトー氏はこれらを自身の出身地であるミナスジェライス州のベロオリゾンテや隣接するサンパウロ、リオデジャネイロで販売しようとしました。しかし、あまりにも鮮やかな色であったため誰も天然石と信じてくれなかったといいます(文献–4)。その後、鑑別機関で天然トルマリンの鑑別書を取り、翌1989年にツーソンジェムショーに出品しました。その鮮やかな色は“ネオン・ブルー”あるいは“エレクトリック・ブルー”と賞賛されました。そして、ショーの初めには$ 80/ctだったものが、最終的には$ 2,000/ctに跳ね上がるという伝説が生まれました(文献–5)。「この宝石はどこで産出したのか?」という質問に対する回答が「パライバ」であったため、自然にパライバ・トルマリンと呼ばれるようになりました。さらに 1989–1990 年にかけて 15–20kg の原石が採取され、このうちの 10kg が高品質であったといわれています(文献–4)。

 

◆パライバ州の鉱山
写真–7:エイトー氏により最初にパライバ・トルマリンが 発見された小高い山

 

写真–8:バターリャの街並み

 

バターリャ鉱山

人口が 500 人ほどのパライバ州の小さな村バターリャ(写真–8)で発見された銅着色のトルマリンは、パライバ・トルマリンと呼ばれるようになり、一躍大人気の宝石となりました。1990–1991 年にかけて生産のピークを迎えますが、価格が急上昇したため、鉱山の所有権の係争問題が発生しました。ブラジルでは採掘権と土地の所有権は必ずしも同じではないようです。所有権と採掘権の両方を取得していれば問題はないのですが、異なる場合には紛争の種となりかねません。発見者のエイトー氏は土地の所有者ではなく地元の人間でもなかったことで、採掘に関してさまざまな政治的な外圧を受けたようです。また、鉱山労働者への攻撃もあり、採掘の継続が困難となりました。10 年近くにもおよぶ裁判の結果、最終的にバターリャの鉱区は 3 分割されることとなりました。最初に発見された鉱脈を含むエリアをエイトー氏が獲得し、地元の土地所有者のジョンヒッキー氏と地元有力者のハニアリー氏がそれぞれの採掘権を得ることとなりました。写真–9の左側の小高い丘から中央付近までがエイトー氏の鉱区、写真中央から少し右あたりまでがジョンヒッキー氏の鉱区、写真右側の建物はハニアリー氏の鉱区です。

写真–9:バターリャの鉱区全景(2024年4月撮影)

 

パライバ・トルマリンの発見により、今や伝説の人となったエイトー氏ですが、残念ながら2023 年 9 月 23 日に永眠されており(文献–6)、鉱山はご子息のSergio Barbosa(以下セルジオ)氏が引き継がれています(写真–10)。

写真–10:発見者エイトー氏のご子息であるSergio Barbosa 氏 (右 )と筆者

 

今回の鉱区訪問ではセルジオ氏のご厚意により、内容の濃い視察が実現しました。 エイトー氏の鉱区入り口は小高い丘の中腹にあります(写真–11)。

写真–11:エイトー氏の鉱区入り口

 

写真–12:エイトー氏がかつて使用していた車両

 

丘の上まで進むと管理施設があり、玄関前にはエイトー氏が鉱床 発見当時使用していたという車両が置かれていました(写真–12)。 施設内にはエイトー氏の肖像写真や栄誉市民の賞状なども飾られていました(写真–13)。

写真–13:エイトー氏の肖像写真

 

バターリャ地区の鉱区にはペグマタイトの脈が少なくとも6つ確認されており、それぞれに L1〜L6 まで番号が振られています。エイトー氏は最初にパライバ・トルマリンを発見した場所の近くから縦坑を掘り(写真–14)、そこから鉱脈に沿って横坑を掘り進めています(写真–15、16)。

写真–14:パライバ・トルマリンが最初に発見された場所

 

写真–15:エイトー氏鉱区の横坑入口

 

写真–16:エイトー氏鉱区の横坑内

 

過去には常に10人程度のスタッフが働いていましたが、幾度となく資金難や隣接するハニアリー氏との地下での所有権の係争で採掘が中断しているようです。資金面では風化しペグマタイトを採掘した際に出るカオリンが売り上げになり、鉱山継続の支えになっているようでした。坑内を案内してくれた技術者の話によると、L1 では当初グリーン・ブルーのパライバ・トルマリンが産出したとのことです。L2 は最も有望なラインで、良い結晶を大量に産出しており、市場に流通したものの多くはこのラインから採掘されました(写真–17)。

写真–17:エイトー氏鉱区の L2 (空間はペグマタイトが採掘された跡)

 

L3 はグリーン、ブルーに加えてバイオレットやバイカラーなど各色が産出しました。L4 は品質があまり良くなく、10 年ほど前に産出したきりとのことです。L5 はセルジオ氏が2023 年から試掘を始めたばかりで、L6 はほとんど手つかずのようです。この6本のライン以外にも派生した何本ものペグマタイト脈が走っており(写真–18)、どの脈にパライバ・トルマリンが含まれているか予測するのは困難なようです。

写真–18:エイトー氏鉱区の細いペグマタイト脈

 

ハニアリー氏の鉱区には外部からの侵入者を防ぐための高い塀と監視塔が設置されています(写真–19)。

写真–19:ハニアリー氏鉱区 (白い建物は監視塔)

 

1990 年代の最盛期には 30 人ほどのスタッフが働いており、活発な採掘が行われていました。筆者が前回訪れた 2005 年当時には縦坑の深さが 30mほどでしたが(写真–20)(文献–7)、2014 年には 120mにも達していたそうです(文献–4)。

写真–20:ハニアリー氏鉱区の旧縦坑入口

 

2015 年頃には新たな場所から(写真‒21)サイズは小さいもののかなりの量が採掘されたようです(写真‒22)。現在はエイトー氏との採掘権問題の係争中で採掘は中止しているようです。

写真–21:ハニアリー氏鉱区の新しい縦坑 (2015年くらいに産出)

 

写真–22:ハニアリー氏鉱区から産出したパライバ・トルマリン (0.11–0.22ct)

 

ジョンヒッキー氏の鉱区では1990 年代の最盛期には 50 人ほどのスタッフを擁し、重機を使用して活発に採掘していました。2005 年に訪問した際には地下の坑道を案内していただきましたが(文献–7)、今回訪問した際には採掘権の問題で採掘は行われていませんでした(写真–23,24)。鉱区内を見渡しても採掘活動の痕跡は見当たりませんでした。地元関係者に聞くところによると、以前掘り起こした土砂から鉱石を細々と選別しているだけのようです。ただ、昔の在庫があり、時折市場に供給されているようです。

写真–23:ジョンヒッキー氏鉱区入り口

 

写真–24:ジョンヒッキー氏の鉱区

 

グロリアス鉱山

2006 年の初め頃、パライバ州のバターリャ鉱山から直線で北東に30kmほどの地にグロリアス鉱山が開坑されました(文献–8)。ここの地質はバターリャと同じく新原生代の古いクォーツァイトなどの基盤岩が広く分布しており、そこにペグマタイトが貫入しています。鉱山ではこの脈状に貫入したペグマタイトが採掘されています(写真–25)。

写真–25:グロリアス鉱山で最初にパライバ・トルマリンが発見されたペグマタイトの採掘跡

 

ペグマタイトは主に風化した白いカオリン質の粘土からなります。先述のとおり、カオリンは高級な陶磁器の原料となりますが、この地のカオリンは特に品質が良いとのことです。そのため掘削したカオリンを販売して鉱山経営を継続しながらパライバ・トルマリンが採掘されてきました。
このようにパライバ・トルマリンの鉱山は掘削した土砂もカオリンとして活用することができ、資源の有効活用が行われています。グロリアス鉱山で採掘されたパライバ・トルマリンは銅の含有量が多く色は良いのですが、採取量は少なく、ほとんどが1 ct未満の小粒石です(写真–26)。

写真–26:グロリアス鉱山から産出したパライバ・トルマリン (0.096–0.23ct)

 

近年はCovid–19の影響もあり、鉱山は長らく放置されてきました。そのため、掘り出されたペグマタイトの跡地の空洞は雨水で水没してしまっています(写真‒27)。

写真–27:グロリアス鉱山のペグマタイトの採掘跡 (現在は雨水が貯まっている)

 

しかし、最近になって日本人の開拓者たちが改めて採掘を始めています(写真–28)。現在、従来のライン(ペグマタイト脈)をさらに延長するか、新たなラインを探すか検討されているようです。今回の視察時には重機が導入され、地表付近のペグマタイトの分布が調査されていました。

グロリアス鉱山は近隣にカオリンが採掘されたペグマタイトが複数存在し、一部にはパライバ・トルマリンを含む鉱石も見つかっていることから(写真‒29)、今後の動向に期待が持てます。

写真–28:グロリアス鉱山を再開発する日本人開拓者の皆さん
写真–29:グロリアス鉱山のパライバ・トルマリンを含む原石

 

◆リオグランデ・ド・ノルテ州の鉱山

キントス鉱山
パライバ州に隣接したリオグランデ・ド・ノルテ州にも2つのパライバ・トルマリンの鉱山があります(図–1)。 パライバ州に近い方からキントス(Quintos)鉱山とムルング(Mulungu)鉱山です。

図–1:ブラジル/パライバ鉱山の位置

 

キントス鉱山は人口約 2 万人のパレリアスの街から南に 10 kmほどの山腹にあり、ドイツのポールビルド(Paul Wild)社が経営していたため、地元ではジャーマンと呼ばれていました。1995 年にこの地のペグマタイトからパライバ・トルマリンが発見され、90 年代の終わりごろから本格的な操業が始まりました。2005 年に筆者が訪問した際には 60 名ほどのスタッフが従事しておりバターリャよりも機械化が進んでいる印象がありました(文献–7)。キントス鉱山では数ctサイズのブルーの他にグリーンのパライバ・トルマリンも産出していましたが、産出量は限定的で、残念ながら 10 年ほど前に閉山されました。 しかし、最近になってCGLの鑑別業務中にキントス鉱山産と思われる淡色のパライバ・トルマリンを見かける機会が増加しており(写真2)、モザンビークやナイジェリア産との識別に困難を伴うようになっています(文献–9)。そのためこれらの流通経路が確認できればと思っておりました。

写真–2:近年、CGLの鑑別で見かける機会が増加している淡色のパライバ・トルマリン(ブラジル /キントス鉱山産)

 

今回訪問した際には鉱山入り口には門番がおり、鉱山に続く道には轍がありましたので何らかの操業が行われていることがわかりました(写真30)。

写真–30:キントス鉱山の入り口 (門は閉ざされているが新しい轍が見られる)

 

地元の事情通と業界関係者の話によると、閉山後に水没した坑道からは一部水が抜かれ、新たに拡張はされていないものの、当時の“ずり”から再度選鉱が行われているようです。また、ドイツの本社にはこれまでのストックがあり、品質の劣るものはカボションカットに、透明度の高いものはファセット加工がなされて市場の動向を注視しながら適宜供給されているとのことです。

 

ムルング鉱山

ムルング鉱山はパレリアスの街から北東 5kmの山麓に位置しています(図–1)。キントス鉱山よりも早く、1991 年には含銅トルマリンが発見されています。かつてはMineracao Terra Branca社が所有 していたためMTB鉱山としても知られていましたが、現在はBrazil Paraiba Mineと改称されています(写真–31, 32)。会社のホームページも立ち上げられており(https://brazilparaibamine.com/en/home/)、鉱山の概要を知ることができます。また、InstagramやFacebookなどのSNSなどを利用した広報活動にも力を入れています。会社概要によると、200 名の従業員が18の業務部門に配属されており、採掘、選別、カット・研磨が自社で一貫して行われています。

写真–31:Brazil Paraiba mine (ムルング鉱山)の入り口

 

写真–32:Brazil Paraiba mine のプラント

 

ブラジルでのパライバ・トルマリンの採掘規模としては現在最も大きく活動的です。2005 年に訪問した際にはドラム缶の中に 2 名で入り、ワイヤーで吊るされてゆらゆらと縦坑を降りましたが(文献‒7)、今回は 7–8 名ほど入れる安全柵付きの昇降機が設置されていました(写真–33)。縦坑の深さは100m近くあり、そこから幾本もの横坑が開けられています。横坑は非常に広い空間が広がっており(写真–34)、ショベルカーなどの重機が稼働しています(写真–35)。現場の技術者の話によると、岩盤の掘削能力は最大で一日に 200t に及ぶとのことです。実際、地上に作られたいくつもの“ずり”の山からも活発に掘削が行われていることが確認できました(写真–36)。

 

写真–33:Brazil Paraiba mine の縦坑入口の昇降機

 

写真–34:Brazil Paraiba mine の広い横坑内

 

写真‒35:Brazil Paraiba mine の坑内で稼働する重機

 

写真–36:Brazil Paraiba mine の“ずり”の山

 

パライバ・トルマリンの採掘はパライバ州の鉱山と同じく新原生代の古い基盤岩(変礫岩など)に貫入したペグマタイト(写真–37)がターゲットですが、ムルング鉱山ではペグマタイトの風化(カオリン化)は進んでおらず、比較的硬い岩盤のままです。ペグマタイトはアルバイトが主体の長石、石英、白雲母、黒色トルマリン、ベリル、スポジュメンなどで構成されており、ごく希にパライバ・トルマリンが含まれています。今回視察した坑内の中ではわずか1か所でしかパライバ・トルマリンを発見することができず(写真–38)、改めてパライバ・トルマリンの希少性を体感することができました。

 

写真–37:Brazil Paraiba mine の基盤岩 (手を添えた灰色部 ) とペグマタイト(赤っぽい部分は長石、黒い結晶はトルマリン)

 

写真–38:Brazil Paraiba mine のペグマタイト中に見られる パライバ・トルマリン

 

掘削された岩石は複数の段階を経て親指大くらいのサイズに分割され、大型の自動選別機に通されます (写真‒39)。2005年に訪問した際には総勢で60名ほどの女性スタッフがすべて手作業で選別を行っていましたので(文献–7)、機械化によって大幅に作業効率が上がっているようです。案内をしていただいた技術者の話によると、この選別機はパライバ・トルマリンの青色を認識して選別しており、97%以上の回収率だそうです。機械を通った砕石はさらに女性スタッフによる再チェックが行われていました(写真–40,41)。選鉱された残りの岩石はさらに細かく砕かれ、水洗いされて行きます(写真–42)。

 

写真–39:Brazil Paraiba mine の自動選別機

 

写真–40:Brazil Paraiba mine の女性スタッフによる選鉱

 

写真–41:Brazil Paraiba mine で採取されたパライバ・トルマリン原石

 

写真–42:Brazil Paraiba mine の選鉱場

 

このようにして採取されたパライバ・トルマリンは(写真–43)、管理された別棟で色や品質ごとに選別され(写真–44)、カット・研磨されます(写真–45)。2005年に訪問した際にはカット・研磨はすべてタイに送って行われていましたが、現在は自社加工できるようになっていました。原石の選別には10名弱、カット・研磨には20名以上のスタッフがかかわっており、相当量のパライバ・トルマリンの原石が処理されていました。ほとんどが小粒石でしたが、今回の掘削作業風景ではこれほどのパライバ・トルマリンが採掘されているようにも思えなかったので、複数の関係者に確認したところ、一部の原石は2004年〜2014年に採掘された過去のストックとのことでした。 ムルング鉱山産のパライバ・トルマリンはかつて相当量が日本国内に輸入されています。特に小粒石を複数あしらった製品などはほとんどがムルングのものです。今回、売り物の商品を見せていただいたところ、直径1–2 mm程度の小粒石にも一粒単位で値段がつけられるなど、全体的にかなり高額となっていました(写真–46)。また標本石も良いものは数千ドルとなかなか手が出るような値段ではありませんでした(写真–47)。

写真–43:Brazil Paraiba mine で採取されたパライバ・トルマリン原石

 

写真–44:Brazil Paraiba mine の原石選別工程

 

写真–45:Brazil Paraiba mine のカット・研磨工程

 

写真–46:Brazil Paraiba mine のカット・研磨された商品

 

写真–47:Brazil Paraiba mine のパライバ・トルマリン の原石標本

 

◆まとめ

パライバ・トルマリンは人気の高い宝石で、特にブラジル産は評価が高まります。この数年、銅の含有量の少ない淡青色のタイプも鑑別に持ち込まれるようになり、モザンビークやナイジェリア産との識別が困難なものが増加しています。ブラジルでは品質の良いものはすでに枯渇したなどとのうわさもあり、淡青色のパライバ・トルマリンの出所を確認する必要がありました。 今回の視察の結果、パライバ州のバターリャ(Batalha)鉱山では今のところほとんど産出はありませんでした。 グロリアス鉱山も近年産出はなく、今後の採掘が期待されます。 リオグランデ・ド・ノルテ州のキントス(Quintos)鉱山は10年以上前に閉山されたままですが、品質のやや劣る過去のストックが適宜カット・研磨されているようです。ムルング(Mulungu)鉱山はBrazil Paraiba Mineと名称を変えて活発に採掘が行われていましたが、カット・研磨されているものの一部は過去に採掘されたもののようです。
このようにブラジルのパライバ・鉱山ではBrazil Paraiba Mineを始め現在も操業されていますが、新たに採掘されたものに加えて過去の在庫が市場供給されているのが現状のようです。

 

◆謝辞

グロリアスジェムス有限会社の酒巻英樹氏には今回の視察の立案から旅程のすべてにおいてお世話になりました。Mineracao Heitorita社のSergio Barbosa氏とBrazil Paraiba Mine社のAldo Bezerra氏には鉱区の視察に便宜を図っていただきました。Marcelo Antunes Maia氏には通訳と現地におけるアレンジをしていただきました。株式会社ミユキの亀山卓哉氏、Glorious Mine社の皆様には旅程において終始お世話になりました。ここに記して感謝いたします。

 

◆文献

1.LMHC Information Sheet#6 Paraiba tourmaline version.7 Dec.2012
2.Beurlen H. (1995) The Mineral Resources of the Borborema Province in Northeastern Brazil and its Sedimentary Cover: A Review. Journal of south American Earth Sciences, Vol.8 (3–4), pp365–376.
3.Brendan J. M., Damian R. N., Keppie J., Jaroslav D. (2018) Role of Avalonia in the development of tectonic paradigms. Geological Society London Special Publications, 470(1).

4.Hsu T. (2018) Paraiba Tourmaline from Brazil the neon–blue burn. InColor, Vol.42(2), pp42–50.
5.古屋正司. (2007) パライバ・トルマリン–脳裏に焼きつくエレクトリック・ブルーの輝き. 宝石の世界, 日独宝石研究所.
6.GIA Staff. (2023)In Memoriam: Heitor Barbosa. Gems and Gemology, Vol. 59, No.4, p542.

7.北脇裕士. (2005) パライバ・トルマリンの故郷を訪ねて. Gemmology, 2005年12月号, pp19–23.

8.Furuya M. (2007) Copper–bearing tourmalines from new deposits in Paraiba state, Brazil. Gems and Gemology, Vol. 43, No.3, pp236–239.
9.江森健太郎., 北脇裕士. (2020) パライバ・トルマリン〜LA–ICP–MSを用いた組成分析と原産地鑑別 への応用. CGL通信, No.56, pp1–12.

宝石学会 ( 日本 )2023 年オンライン講演会より Cr 含有赤色マスグラバイトの分析

2024年5月PDFNo.66

リサーチ室 趙 政皓,北脇 裕士,江森 健太郎

色石鑑別課 岡野 誠,間中 裕二,海老坪 聡

図1:1.593 ctの赤紫色マスグラバイト

 

◆マスグラバイトとは

マスグラバイト(BeMg2Al6O12)はIMAに登録されている正式な鉱物名はMagnesiotaaffeite‒6N’3S(三方晶系)であるが、宝石としては伝統的にマスグラバイトと呼ばれており、きわめて希少性が高くコレクターの垂涎の的となっている。同じく希少宝石であるターフェアイト(BeMg3Al8O16、IMAに登録された鉱物名はMagnesiotaaffeite–2N’2S)よりさらに希少である。両者はほぼ重複する特性値と類似する化学組成を有しており、識別が困難なことで知られている。

1945年にジュエリーから外された50個ほどの宝石の鑑別中にターフェアイトが発見された。これは宝石から新種の鉱物が見つかった初めての例である。その後、2番目、3番目のターフェアイトが見つかっている。マスグラバイトは1967年にオーストラリアで発見されたが、当初はターフェアイトのポリタイプであると考えられ、 taaffeite‒9R’と表記されている。1979年に赤色のターフェアイトと思われた石が調べられたがターフェアイトと は異なる新種の鉱物Taprobaniteとして条件付きでIMAに登録された。1981年にオリジナルのターフェアイトの記載に誤りが発覚し、Taprobaniteはターフェアイトと同種であるとされた(文献 1)。名称についてはターフェアイトに優先権があるとされTaprobaniteの名称は削除された。1981年に南極にて世界で2番目のマスグラバイトが発見され、 ターフェアイトのポリタイプではなく独立種とされた。

1993年にはターフェアイトと思われていた石がマスグラバイトであったことが報告され、これが宝石品質の初めてのマスグラバイトであった。1998年にはターフェアイトとマスグラバイトの非破壊の鑑別にはラマン分光法が有効であることが示された(文献 2)。そして2002年にターフェアイトグループの分類が見直されている(文献 3)。

 

◆マスグラバイトとターフェアイトの違いについて

マスグラバイトもターフェアイトもターフェアイトグループの鉱物であり、両者とも変形したノラナイトモジュール(N’ = BeMgAl4O8)とスピネルモジュール(S = Mg2Al4O8)により構成されている。ただし、マスグラバイトはc軸方向に沿ってN’N’Sが重複することに対し、ターフェアイトはc軸方向に沿ってN’Sが一つのユニットとして重複する。その結果、マスグラバイトは三方晶系、ターフェアイトは六方晶系となる。

図2:a 軸方向から見るマスグラバイトとターフェアイトの構造図。黒点線で囲った範囲がユニットセルとなる。

 

結晶系が異なっても、構成する基本ユニットが重複するため、化学式が類似し、比重、屈折率等の性質がかなり近くなる。表1に示すように両者の比重、屈折率がほぼ重複するため、これだけでは両者の識別は困難である。化学式が類似してもマグネシウムとアルミニウムの比率が異なり、蛍光 X 線元素分析(EDS)による定量分析も鑑別の手がかりの一つとなっている(文献 4, 5)。

 

表1:マスグラバイトとターフェアイトの比較 (L. Kiefert and K. Schmetzer, 1998)

 

◆赤色を呈するマスグラバイト

2022年年末、中央宝石研究所(CGL)東京支店に 1.593 ct のクッション・ミックスカットが施されたルビーのような赤色を呈する石が鑑別依頼で持ち込まれた(図 1)。これらは検査の結果、マスグラバイトであることが分かった。依頼者によると、この石は中古市場で入手した商品でルビーではないかと思っていたらしい。ファセット・エッジには一部欠けたところも見られ、長い間マスグラバイトとは鑑別されずに市場にあったものと推測され る。このような鮮やかな赤色を呈するマスグラバイトのカット石は我々の知る限り宝石学の文献には記載がなく、これが初めての報告と思われる。

一見した限りではルビーやスピネルを思わせたが、屈折率は 1.715–1.721 で複屈折量は 0.006 であった。 さらにシャドーエッジの動きと干渉像から一軸性負号であることが確認できた。通常光では紫赤色、異常光では黄赤色の明瞭な多色性が見られた。比重は 3.60 であった。これらからターフェアイトやマスグラバイトの可能性が示唆された。

顕微鏡観察では、液体インクルージョン(図 3)や酸化鉄を含むフラクチャーが観察できた(図  4)。残念ながら鉱物種が同定できる明らかな固体インクルージョンは観察されなかった。また、ヨウ化メチレンに浸漬して観察すると、光軸方向からは赤紫色の色帯と他の方向からは無色の色抜けした部分が見られたが、六方晶系か三方晶系かを示唆する特徴は得られなかった(図 5– 6)。

図3:気泡を含むブロック状の流体インクルージョンと線状の流体インクルージョン

 

図4:黄色インクルージョンを含むフラクチャー

 

 

図5:光軸方向から観察される赤紫色の色帯

 

図 6:中央部に無色の部分が見える

 

表2はエネルギー分散型蛍光 X 線分析装置 Jeol JSX3210S を用いて当該石を分析した結果である。二価金属酸化物のモル分数の合計ΣXO Mol%(X = Mg, Ca, Mn, Fe, Zn) = 40.25%となった。マスグラバイトの化学式は(BeMg2Al6O12)でターフェアイトは(BeMg3Al8O16) であり、この二価金属酸化物のモル分数の合計値はマスグラバイトであることを示唆している。注目すべきは、先行研究(e. g. 文献 6)の結果と比べて、Cr、Zn、Gaの含有量が明らかに高く、Feの含有量が低いことである。高いCrの含有量という特徴は、K.Schmetzer et al.(2000)(文献 7) が報告した紫がかった赤色を呈するターフェアイトと類似する。

 

表 2 蛍光X線分析の結果

 

図7はラマン分光分析装置(Renishaw InVia Raman System)を用いて取得したラマンスペクトルである。 このラマンスペクトルでは 409、489 cm‒1 付近の高いピーク、711 cm‒1 付近の比較的に高いピーク、441、 574、620、662 cm‒1 のピークと 820 cm‒1 付近の太いピークが見られる。これは、ターフェアイトよりもマスグ ラバイトに近似している。

図7:当該石のラマンスペクトル(赤)。緑は RRUFF のデータベース(文献8)に掲載されているマスグラバイト、青は同じくターフェアイトのラマンスペクトルである。当該石がマスグラバイトであることを示唆する。

 

図8はフーリエ変換型赤外分光分析装置(JASCO FT/IR–4100)を用いて測定した赤外反射スペクトルとCGLで作成したマスグラバイトとターフェアイトのリファレンススペクトルを並べたものである。このリファレンス スペクトルは先行研究(文献 9) で用いられたものであり、ラマンスペクトルと粉末 X 線回折分析においてマスグラバイトとターフェアイトが確定されている。赤外反射スペクトルにおいては 756 、547 cm‒1 付近の吸収ピークが存在し、530 cm‒1 の吸収ピークは存在しない。これらのスペクトルパターンはターフェアイトではなく、マスグラバイトと完全に一致している。

図8:当該石の FTIR 反射スペクトル(赤)。CGLのリファレンスサンプルであるマスグラバイト(緑)とターフェアイト(青) を並べて示した。

 

ラマン分光分析装置 (Renishaw InVia Raman System)を用いて測定したフォト・ルミネッセンス(PL)スぺクトルでは、685.5、686.6 nm 付近のツインピークが見られ(図 9)、両者のピーク強度はほぼ等しい。これらはCGLの先行研究 (文献 9) のマスグラバイトの特徴と一致する。ターフェアイトにも同様のツインピークが見られるが、この場合短波長側のピーク強度が明らかに強くなっており、ピーク位置もマスグラバイトのピークよりわずか短波長側へシフトしている。

図9:当該石の PL スペクトル(赤)。CGLのリファレンスサンプルであるマスグラバイト(緑)とターフェアイト(青)を並べて示した。Cr の発光によると考えられる 685.5、686.6 nm のツインピークが確認された。

 

図 10 は紫外可視分光光度計(JASCO V650)を用いて測定した UV–Vis–NIR スペクトルである。686 nm 付近の吸収ピークと、547、395 nm 付近にブロードな強い吸収が見られる。686nm の線吸収はハンディ・タイプの分光器でもはっきりと確認できる。これはルビーやレッドスピネルなどの Cr 含有宝石と類似しており、Cr による吸収だと考えられる。

 

図 10:当該石の UV–Vi‒NIR スペクトル。686 nm と 546、395 nm 付近の強い吸収は Cr による吸収であると考えられる。

 

マスグラバイトは希少性の高い宝石である上、赤色を呈するものの報告は極めてまれである。スイスの鑑別機関 SSEF が過去に赤いマスグラバイトの原石を報告した(https://www.ssef.ch/grandidierite‒and‒oth‒rare‒gemstones‒at‒ssef/)が、カット石の報告は今回が初めてとなる。残念ながら、この赤色のマスグラバイトの産地、産状などの情報は得られていないが、SSEFが報告した原石と同じくミャンマーのモゴック産の可能性がある。今後未だに鑑別されないで市場に流通するマスグラバイトに遭遇するかもしれないので、引き続き注視していきたい。

 

◆参考文献

1. 砂川一郎. 1982. タプロバナイトとターフェアイト. 宝石学会誌 Vol.9 No.4, 17–20
2. Kiefert, L. & Schmetzer, K. 1998. Distinction of taaffeite and musgravite. Journal of Gemmolo gy, 26(3), 165–167
3. Armbruster, T. 2002. Revised nomenclature of högbomite, nigerite, and taaffeite minerals. European Journal of Mineralogy, 14, 389–395
4. 岡野 誠, 北脇 裕士, 阿依 アヒマディ, 神田 久生. 最近のラボ・トピックス. 2006. 平成18年度宝石学会(日本)講演論文要旨集, 11–12
5. Abduriyim, A., Kobayashi, T., & Fukuda, C. 2008. Identification of taaffeite and musgravite using a non‒destructive single‒crystal X‒ray diffraction technique with an EDXRF instrument. Journal of Gemmology, 31(1/2), 43–54
6. Schmetzer, K., Kiefert, L., Bernhardt, H., & Burford, M. 2005. Gem‒quality musgravite from Sri Lanka. Journal of Gemmology, 29(5/6), 281–289
7. Schmetzer, K., Kiefert, L., & Bernhardt, H. 2000. Purple to purplish red chromium–bearing taaffeites. Gems & Gemmology, 36(1), 50–59
8. Lafuente, B., Downs, R. T., Yang, H., & Stone, N. 2015. The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
9. 間中裕二, 尾方朋子. 2009. 平成21年宝石学会(日本)「 最近遭遇するいわゆるレアストーンの鑑別について(その1)」. Gemmy, 151, 3–8 または https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/gemmy/151/77.html

IGC2023 参加報告

 Adobe_PDF_file_icon_32x32-2024年1月PDFNo.65

CGL リサーチ室  北脇 裕士、江森 健太郎、趙 政皓

第37回国際宝石学会(IGC2023)本会議が、2023年10月24日(火)-27日(金)に東京上野の国立科学博物館本館で開催されました。本会議に先立ち10月20日(金)-22日(日)はプレカンファレンスツアーとして、新潟県糸魚川のヒスイ巡検を行い、本会議後の10月27日(金)-29日(日)は富士山スペシャルツアーとして、山梨県甲府市を訪れ、29日(日)-31日(火)はポストカンファレンスツアーとして、三重県伊勢志摩の真珠巡検を行いました。また、10月23日(月)には、日本の宝飾業界関係者を対象に上野精養軒にてオープンセッションが開催されました。準備段階ではCovid19やウクライナ情勢などの影響が心配されましたが、今回のIGC2023には世界26の国と地域から総勢80名が来日されました。

以下に詳細をご報告いたします。

◆IGCとは

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されております。

国立科学博物館前での IGC Member の集合写真
国立科学博物館前での IGC Member の集合写真

本学会は、1951年にドイツのイーダーオーバーシュタインにおいてB.W. Anderson, E. Gubelin等によってフレームワークが形成され、翌1952年スイスのルガノで第1回会議が開かれました。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では原則2年に1回奇数年に、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されております。

日本からは近山晶氏、エドウィン佐々木氏の両名が1970年ベルギーでの第13回会議に初参加されています。 1979年のドイツの会議からは宝石学会(日本)初代会長の砂川一郎博士も参加され、以降2007年のロシア会議まで砂川博士と近山氏の両名は日本代表としてご活躍されてきました。

IGCは他の一般的な学会とは異なり、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate) とオブザーバー(Observer) で構成されます。デレゲートは原則的に各国1〜2名で、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。このようなメンバー制は排他的な一面があるいっぽう、メンバーたちの互いに尊重し合う格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。そのため、非常に濃密な時間を共有することができ、きわめて質の高い情報交換が可能となります。毎回の本会議においては、時々の先端的なトピックス(ヒスイの樹脂含浸、コランダムのBe処理、ハイブリッドダイヤモンドなど)、産地情報、分析技術などが報告されます。

IGCの本会議は、発足当初には宝石学の発祥であるヨーロッパの各国を中心に開催されてきましたが、1975年にアメリカがヨーロッパ以外で初めて選ばれました。そして、1981年にアジアの国として初めて日本が選ばれました。当時の日本は宝石学のまさに発展途上期で、業界を挙げてのバックアップにより、日本会議が大成功を収めたことが当時の文献に誇らしげに記されています。また、この日本会議に参加されたIGCの現在のエグゼク ティブたちにも好印象が記憶されており、再び日本で本会議を誘致するよう要望されてきました。 そして、2017年ナミビアで開催された第35回本会議において2021年の開催国が検討され、賛成多数で日本での開催が内定しました。その後、第36回フランス大会で正式に決定しておりましたが、昨今のCovid19 事情で度重なる延期が強いられておりました。そして2023年、IGC本会議がいよいよ42年ぶりに日本で開催される運びとなりました。

◆IGC2023の運営

IGC2023の組織委員会は、CGLの北脇と江森、東京ジェムサイエンスの阿依アヒマディ博士、日独宝石研究所の古屋正貴氏、ジェムY.Oの大久保洋子氏で構成され、国立科学博物館の宮脇律郎博士、門馬綱一博士にも加わっていただき、国立科学博物館の後援を得て運営されました。

IGC2023日本開催にあたり、多くの団体および個人の皆様にご支援を頂きました。一般社団法人日本宝石協会、宝石学会(日本)、株式会社GSTVからは寄付金の助成を受け、一般社団法人日本ジュエリー協会、一般社団法人宝石鑑別団体協議会、全国宝石卸商協同組合、東京ダイヤモンドエクスチェンジクラブには運営・広報等にご協力いただきました。またプレカンファレンスツアーでは糸魚川市教育委員会、フォッサマグナミュージアム、甲府ツアーでは山梨県、甲府市、甲府商工会議所、協同組合山梨県ジュエリー協会、山梨ジュエリーミュージアム、ストーンカメオミュージアム、ラッキー商会、伊勢志摩ツアーでは三重県真珠振興協議会の皆様にご支援いただきました。 また、オープンセッションおよび本会議での受付、通訳、休憩時間のポットサービスなどをボランティアの皆さんにサポートしていただきました。

◆IGCのロゴマーク

IGCのロゴマークは、かつてイタリアの有名な建築家、ロベルト・サンボネット氏がデザインしたものです。目を完全に閉じ、少し開いてロゴの白い部分を見ると、IGCの文字が見えるようデザインされています。 IGC2023では、このロゴと富士山をデザインに用いたカメオのピンバッジがデリゲート全員に配られました。また、このロゴマークを使用したバッグ、ボールペンのノベルティも作成されました。

IGCのロゴマーク
IGCのロゴマーク
IGC JAPAN 組織委員会
IGC JAPAN 組織委員会
ボランティアスタッフの皆様
ボランティアスタッフの皆様
◆プレカンファレンスツアー

10月20日(金)-22日(日)はプレカンファレンスツアーとして、新潟県糸魚川のヒスイ巡検が行われました。総勢31名の参加者は、20日(日)の午前8時に上野駅の中央改札口前に集合し、北陸新幹線で一路糸魚川に向かいました。糸魚川駅では案内役としてフォッサマグナミュージアム館長の竹之内 耕博士と糸魚川市ジオパーク推進室のセオドア・ブラウン氏が出迎えてくれました。2泊3日の糸魚川ツアーでの移動手段には糸魚川市より無償提供されたバス3台を利用させていただきました。

糸魚川地域は2009年にユネスコ世界ジオパークに認定された地質学的・文化的に見どころの多い場所です。 ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park) 」とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、まるごと楽しめる場所をいいます。ジオパークでは、見所となる地形・地質の場所を「ジオサイト」に指定して、多くの人々がその場所の魅力を知り、将来にわたって継続的な保護を行います。糸魚川地域には24のジオサイトがあります。ユネスコ世界ジオパークは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の定める基準に基づいて認定された質の高いジオパークです。日本には9地域がユネスコ世界ジオパークに認定さ れており、糸魚川地域は日本で最初に認定された地域の一つです。

IGCの一行が最初に訪れたのは、ジオサイトの1つとなっている小滝川ヒスイ狭エリアです。糸魚川市内から姫川沿いに国道148号線を南下し、JR小滝駅近くから県道483号に入り、山道を小滝川に沿って登っていきます。最初にバスを停めたのは風光明媚な高浪の池です。ここで昼食を摂って休憩した後、小滝川ヒスイ狭を目指します。しばらくすると突然目の前に明星山の絶壁が現れます。明星山の岩壁は石灰岩でできており、ロッククライミングのゲレンデとして有名です。明星山は標高1188mで、岩壁の高さは500mもあります。明星山の西側にはややなだらかな傾斜の斜面があります。植生も回りに比べてやや新しく緑鮮やかです。この部分は蛇紋岩です。蛇紋岩は水を吸うと膨張してもろくなる性質があり、この緩斜面は蛇紋岩の地すべりによってできた地形です。この緩傾斜地はその岩体の中にさまざまな種類の構造岩塊を含む蛇紋岩メランジュとなっています。小滝川ヒスイ峡のヒスイはこの蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれたものです。地すべりによって蛇紋岩岩体が小滝川に滑り落ち、その後の侵食によって蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられています。

竹之内館長からヒスイ発見の歴史から地質学的な産状について詳細な説明を受け、IGCメンバーたちは知的好奇心が満たされたようでした。

高浪の池と明星山を望む
高浪の池と明星山を望む
小滝川ヒスイ狭
小滝川ヒスイ狭

次に一行が向かったのはフォッサマグナパークです。フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。アジア大陸から日本列島が離れる時にできた裂け目と考えられています。裂け目には、主に海底にたまった新しい岩石が埋まっています。やがて、海底が隆起し、今の地形を作り上げました。フォッサマグナパークでは糸魚川から静岡県までつながる大断層である「糸魚川―静岡構造線」の一部を見ることができます。 昼食時は晴天だったのですが、小滝川を出た頃から雨が降り始め、次第に本降りとなってきたため、糸魚川―静岡構造線の露頭の間近までは近づけませんでしたが、近隣の渡辺酒造にて断層の痕跡を垣間見ることができました。この酒蔵は敷地が断層上にあり、断層を挟んで西側の古い地層(2億7千万年前)と東側の新しい地層 (1600万年前)の双方に井戸があります。この地層の違いで湧き出る水の性質に違いが見られ、酒造りには西側の軟水が利用されています。この酒造はNHKで放送されている「ブラタモリ」にも登場しており、IGCメンバーも西の井戸水と東の井戸水の飲み比べができました。

二日目はあいにくの空模様だったため予定を一部変更して博物館めぐりを行いました。午前中はフォッサマグナミュージアムで竹之内館長による講演と館内の見学を行いました。フォッサマグナミュージアムはふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け1994年(平成6年)に開館しました。今では糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の重要な拠点となっています。館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物、化石など2,000点以上に及びます。これらがテーマ別に非常に見やすく配置されており、IGCのメンバーたちも非常に感心された様子でした。午後からは長者ヶ原遺跡考古館、長者ヶ原遺跡公園を訪れ、考古学的な観点の視察ができました。続いて翡翠園と玉翠園を訪れました。ここでは翡翠の巨大な原石を配した美しい日本庭園を堪能することができました。最後に訪れた谷村美術館では建築界の巨匠 村野藤吾氏最晩年の建築物に日本最高峰の木彫芸術家澤田政廣氏の仏像「金剛王菩薩」「光明佛身」「彌勒菩薩」等が展示されており、IGCメンバーには日本の美を大いに楽しんでいただけたと思います。

フォッサマグナミュージアム
フォッサマグナミュージアム
フォッサマグナミュージアムでの竹之内館長による講演
フォッサマグナミュージアムでの竹之内館長による講演
海岸でのヒスイ探し
海岸でのヒスイ探し

三日目は朝から天候に恵まれ、ヒスイの加工業者を見学した後、ジオサイトにも指定されている親不知エリアに向かいました。親不知海岸は北アルプスの山々が日本海に落ち込む急峻な断崖絶壁が約10kmも続く、北陸道最大の難所で天下の険と呼ばれています。往時には上杉謙信や松尾芭蕉も通ったとされていますが、明治時代までは波打ち際を通行しなければならない 非常に危険な道でした。そのため親不知海岸の東西での交流は困難で、富山側と新潟側では今でも多くの点で習慣や文化が異なっています。日本海の絶景を堪能した後、親不知ピアパーク翡翠ふるさと館を見学し、海岸に出てヒスイ探しを行いました。小一時間ヒスイ探しに没頭し、IGCのメンバーの一人がなんとかヒスイを探し当てました。最後に糸魚川駅近くの駅前海望公園を訪れ、奴奈川姫像の前で記念撮影となりました。

奴奈川姫像前にて記念撮影
奴奈川姫像前にて記念撮影
◆IGCオープンセッション

2023年10月23日(月)に第37回国際宝石学会(IGC)主催のオープンセッションが上野精養軒にて開催されました。IGCの本会議は、各国代表のメンバーとオブザーバーおよび一部のゲストのみが参加可能ですが、このオープンセッションは、日本の宝飾業界関係者に幅広く参加いただき、宝石学の最先端の情報に触れ、海外の研究者との交流を深める機会を提供するために企画されました。このオープンな方式は1981年の日本大会で初めて採用され好評を得ましたが、以降は主催国の意向もあり、ほとんど行われてきませんでした。今回は日本でのIGC開催が42年ぶりということもあり、IGC2023 Japan組織委員会の強い要望とIGC Executive Committeeの理解により実現しました。今回のオープンセッションでは国内外の著名なジェモロジストによる同時通訳付きの講演がランチタイムを挟んで6題行われました。日本国内から参加された方は約100名で、弊社からもIGC Member2人を含め8人参加しました。

オープンセッションでは、37th IGC本会議の開会式も行われました。講演会の前に、IGC Executive CommitteeのJayshree Panjikar氏より開会宣言が行われ、今回のIGC開催の後援団体を代表して、一般社団法人日本ジュエリー協会の長堀慶太会長、宝石学会(日本)の神田久生会長、一般社団法人日本宝石協会の堀内信之理事長の挨拶が順に行われ、IGC Memberから4名、日本より2名の研究者による講演が行われました。

また、昼食懇親会も同会場で行われました。専門の演奏者が奏でる和楽器(三味線、琴、尺八)の音楽が流れる中、国内外の参加者同士による交流や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。コロナ禍で4年ぶりのIGCの対面での交流が、海外からの方々を含めて大変好評でした。
以下に講演の概要を報告致します。

オープンセッションの様子
オープンセッションの様子

IGCの過去、現在、未来

IGC Executive Secretaryを務めるJayshree Panjikar博士がIGCの歴史と今後について講演されました。IGCの起源となるのは、国際宝飾品・宝石連盟であるBIBOA(Bureau International pour la Bjiouterie, Orfevrene, Argenterie)です。御木本幸吉が1893年に真珠の養殖を開始していましたが、「Cultured pearl」という用語が正確に定義されたのも1926年の第1回BIBOA会議でした。その後、1936年のBIBOA専門家会議では、商業参加者を除外した技術会議で研究所の所長が会合を行うことが奨励され、1952年10月にスイスのルガーノでIGCの初回会議が開催されました。71年間会合が続き、2019年フランス・ナントの現地開催、そして2021年のオンライン開催に続いて、37回目のIGC会議が2023年10月に日本・東京で開催されました。

現在、宝石鑑別の需要がますます増大しています。かつて、宝石鑑別機関は十分効率的に合成石を検出できましたが、現在は天然石とほぼ同じ外観のインクルージョンをもつ合成石が生まれ、合成石の看破は非常に難しくなっています。これに加えて、新しい技術や新しい宝石鉱物などが絶えず出現しています。合成ダイヤモンドがHPHT(高温高圧)法およびCVD(化学気相成長)法といった技術で製造されるようになりました。また、養殖真珠などの有機宝石にも進展がみられ、有機宝石素材はそれぞれの取引で信憑性の検証と証明が必要となっています。そのため、現在は最新の精密機器を持たない宝石鑑別機関は想像できず、紫外可視分光計、FTIR、ラマン分光計、LIBS、蛍光X線分析計など様々な先端技術を応用しなければなりません。IGCは、宝石技術者にとって情報と知識を得るため最良の情報源の1つとなります。

2052年にIGCは100周年を迎えます。AIなどの技術も発展し、宝石学がさらなる水準に進歩することでしょう。 ジェモロジストに宝石の正確な開示が必要とされる限り、IGCのような会議は今後とも宝石科学に関する最新の技術のノウハウの主要な情報源の1つとなるでしょう。また、Jayshree Panjikar博士が宝石学を続けると4つの幸せに繋がると述べていました:(1)満足感;(2)有意義な人生;(3)身体的、精神的、社会的に良好な状態;(4)活力に満ちること。この4つの幸せは、我々宝石学研究者を支えていくでしょう。

日本における合成ダイヤモンド研究史

元物質・材料研究機構(NIMS)所属、現在宝石学会(日本)の会長を務める神田久生博士が日本の合成ダイヤモンド研究の歴史について講演されました。1955年GEがダイヤモンドの合成に成功したことを受けて、日本も1960年代初頭からダイヤモンド合成の研究を始めました。その後、1980年から2000年にかけて研究は最も活発になりました。1985年に「ニューダイヤモ ン ドフォーラム」という研究団体が設立され、ダイヤモンドの工業利用を目指した国家プロジェクトも行われました。

1955年GEがダイヤモンドの合成に成功したのはHPHT(高温高圧)法であり、約5万気圧と1500°Cの条件下で、触媒は鉄、コバルト、ニッケルおよびその合金を使用しました。日本はGEの方法に基づいて1962年にダイヤモンドの合成に成功しました。NIMSでも1970年代から合成ダイヤモンドの研究を始めて、1982年に30000トンの圧力(当時世界第二位)を出せるようになりました。住友電工もダイヤモンドの生産に挑戦し、1980年代に大型で高品質のダイヤモンドの商業生産に成功しました。

しかし、HPHT法は金属触媒を使用するため、天然ダイヤモンドの形成過程とは大きく異なります。そこで、非金属触媒の開発も始まりました。炭酸カルシウムなど、いくつかの炭酸塩とグラファイトの混合物がより高い温度 (e.g. 7.7GPa で 2150°C)でダイヤモンドを形成できます。黒鉛と炭酸塩の境界に種結晶を置くと、その表面に成長層ができます。また、従来のGE型触媒は、触媒の溶融温度以上でダイヤモンドの生成に効果を発揮することに対して、炭酸塩などの不活性触媒は溶融温度ではダイヤモンドの形成に影響を与えません。

HPHT法の他、CVD(化学気相成長)法合成ダイヤモンドも製造されています。メタンと水素の分子はプラズマ中で炭素原子に分解され、基板上にダイヤモンドとして堆積します。1980年代初頭、NIMSは CVD合成ダイヤモンドの成長に成功しました。この成功に貢献したNIMSの研究者は松本博士、佐藤博士、加茂博士であり、瀬高博士がチームのマネージャーでした。彼らは1982年ホットフィラメント法を発表し、1983年にマイクロ波プラズマCVD法にも成功しました。CVD合成ダイヤモンドは通常小さな粒子として基板上に堆積して、成長するとダイヤモンド膜を形成します。大きなダイヤモンドを成長させるには大きな基板が必要となり、産総研は小さな板をつなぎ合わせる方法で大型基板の作製に成功しました。また、高い成長速度で 10mm 立方体という大きなダイヤモンドの作製にも成功しました。

天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンド

オランダのNetherlands Gem LaboratoryおよびNaturalis Biodiversity Center Leiden, the Netherlands 所属のHanco Zwaan博士は天然と合成のダイヤモンドについて講演されました。ダイヤモンドは炭素で構成される物質であり、地下 140 km の上部マントルで安定します。これらのダイヤモンドはキンバーライトに包まれて爆発的な火山活動によって地表まで運ばれます。また、キンバーライトの他、オリビンランプロアイトなどもダイヤモンドを含むことがあります。世界中に知られているキンバーライト鉱床は7000くらいで、ダイヤモンドを含むものは1000のみ、経済的に採掘可能なのは100未満になります。キンバーライトは主にクラトンの非常に古い部分に集中しており、ほとんどのダイヤモンドは10億から30億年前のものだと言えます。

ダイヤモンドの形成条件について、内部特徴から多くの情報が得られます。例えば、パイロープガーネットを含むとマグマ環境起源を示し、アルマンディンを含むと変成環境起源を示します。他に、硫化物を含む場合はRe‒Os年代測定に使用できるため重要です。

合成ダイヤモンドは、英語圏ではSynthetic diamondあるいは Laboratory Grown Diamond(LGD)とも呼ばれています。ダイヤモンドは研磨材や切削工具、量子センシング、高出力エレクトロニクスなど多くの産業および技術用途があるため合成法についての研究が進んでいます。その中、ジュエリーにも使用されることが増えています。基本的にダイヤモンドの合成方法はHPHT法とCVD法の2種類があります。性質は天然ダイヤモンドとほぼ同じであるため、研磨されると鑑別が難しくなります。

金属フラックスの残骸である金属含有物が観察できる場合は簡単に合成ダイヤモンドだとわかります。また、天然ダイヤモンドの成長セクターは通常八面体ですが、HPHT合成ダイヤモンドは通常立方八面体の成長セクターが観察されます。CVDダイヤモンドでは、小さな黒色インクルージョンが観察されることがあり、交差偏光フィルターの間に置くと「ブラシパターン」が観察されます。

ダイヤモンドビューによる蛍光画像では成長セクターが観察しやすくなります。また、HPHT合成ダイヤモンドの典型的な特徴として、短波紫外線下で青白い燐光が観察されます。オレンジ色の蛍光は、結晶格子内のNV欠陥に起因し、CVDダイヤモンドの特徴になります。ただし、HPHT処理されると、緑色の蛍光になり、強い緑青色の燐光をも示します。

様々な分光法を用いることで、ダイヤモンドの結晶欠陥を分析できます。80 K における 415 nm 中心の発光を引き起こすN3センターは天然ダイヤモンドの重要な特徴です。SiVセンターはCVDダイヤモンドによく検出されますが、天然ダイヤモンドでは非常にまれです。

日本における持続可能な真珠養殖への取り組み

三重県真珠振興協議会副会長を務める中村雄一氏が日本における持続可能な真珠養殖への取り組みについて講演されました。伝統的に、日本の養殖業者は海の美しさを維持し、海と陸の間で栄養分を循環させることに努めました。真珠養殖では真珠の他、副産物として貝殻、貝柱、貝肉も出てきます。これらの副産物はどう処理するのかは重要な問題になります。伝統的な手法として、貝殻はボタンなどの生産に利用できます。貝柱は食用にでき、ミキモト真珠島のランチや養殖業者の昼食に使用します。一番難しいのは貝肉を含む有機質廃棄物です。貝の汚れの他、海藻、藤壺、ゴカイ、カキなどの付着物もあり、夏場などは週一回の貝掃除が必要となります。 これらの有機質廃棄物は雨で塩分を流したあと乾燥させ、養殖場内の畑や果樹のまわりに撒いて活用しました。しかし、腐敗臭が出て、水分が多く、移動・運搬させることが難しいという問題があり、各養殖場でしか使用できず、汎用性が無い欠点があります。

そこで、新しい取り組みが必要となります。廃棄物ゼロの真珠養殖を目指して、有機ゴミと貝肉を活用できるコンポスト化の研究は 2000 年頃から開始されました。当初は稲わらおがくずが試されましたが、失敗に終わりました。2007 年にもみ殻と糠を使用する方法が実用化できました。冬場にすべてを混ぜて、蒸気が出るほど高温に発酵を進ませ、月に一度、発酵を促すために「返し」を行うことでコンポストを製造できます。この方法は貝ごみと貝肉の両方を使用した上、運びやすく使いやすいため汎用性もあります。設備を必要とし、貝ごみと貝肉には時差があり、使用の制限や、地方自治体や農家、レストランなど幅広い繋がりに欠けるなどの問題もありますが、 軽量無臭の「パールコンポスト」の応用は期待できます。ただし、2022年末でも25の養殖場しかこの方法を応用していません。三重県には254、全日本には615の養殖場があります。三重県だけでも毎年150トンの貝肉が産出されますので、この「パールコンポスト」をもっと宣伝し、より多くの生産者と消費者が必要となります。

宝石およびジュエリー業界における研究の重要性

タイ・バンコクのカセサート大学のPornsawat Wathanakul教授が宝石学研究の重要性について講演されました。宝石の産出から市場、最終的消費者に至るまでのサプライチェーンのすべての部分で研究が重要となっています。例えば、宝石鉱床の研究は宝石の探査、採掘の実現可能性、健全な環境、地元・関係者の豊かさなどと繋がります。また、加工業と市場では、ジュエリーの製造技術や革新性なども研究対象となります。そして、研究を支えるのは、フレンドリーで健全な環境です。

宝石・ジュエリーにおけるグレーゾーン、つまり鑑定不能なケースを解消、削減することを実現するためには研究は不可欠です。CGLを含む世界各国の 7 つのラボが結成した LMHC(Laboratory Manual Harmonisation Committee)もグレーゾーンを減らすことに力を入れて、例えばジェイドの定義問題などを解決しました。他に、宝石の産地鑑別、グレーディング基準の決定、処理方法の看破など、中には AIを活用する場面もあり、これらの実現には研究が礎となっています。特に、コランダムのベリリウム拡散処理や低温加熱処理など新しい処理方法は、様々な技術や分析方法を使わなければなりません。FTIRやUV– Vis–NIRなどの分光法はもちろん、LA–ICP–MSなどの先端機器も多く使われています。タイでは、シンクロトロンを使い、XANES(X–ray Absorption Near Edge Structure=X 線吸収端近傍構造)で宝石における元素の酸化数を測定することもありました。

宝石の色の多様性 - 境界をどこに設定するか?

スイスSSEFのMichael S. Krzemnicki博士は宝石の色と変種について講演されました。宝石は地質学的プロセスによって自然界で形成される鉱物であり、そのため、国際鉱物学連合 (IMA)とその新鉱物・命名・分類 委員会(CNMNC)によって科学的に定義され、受け入れられている鉱物名が付いています。しかし、消費者は多くの場合、宝石に関連する鉱物名よりも変種名のほうをよく知っています。変種名は化学組成や色、外観に関連しますが、歴史、業界団体や研究所などによって曖昧に「定義」されています。その結果、宝石研究所は、ラボレポートに宝石素材を一貫して記載するための内部基準を作成する必要があります。特に、色は光源、オブザーバー、 観察されたアイテムの3要素について基準化します。その場合、マスターストーンやカラーチャートを使用することが多いです。

コランダムは特に変種が多い宝石鉱物です。その中でも、ルビーとピンクサファイアを区別するための特定のクロム濃度閾値はなく、色相と彩度のみに基づいています。SSEFはマスターストーンを使い、レッドルビー、ピンクがかったレッドルビー、紫がかったレッドルビー、ピンクサファイア、パープルサファイアに分けています。また、ピンクサファイアとオレンジサファイアの中間種としてパパラチャサファイアがあり、ピンク色とオレンジがむら無く混ざり合ったものだけがそう呼ばれます。ただし、色の原因も考えなければなりません。オレンジの水酸化鉄を含むもの、ベリリウム拡散処理されたものあるいは黄色がかった鉛ガラスで充填されたものなどはパパラチャサファイアとは呼ばれません。

その他、コバルトスピネルとブルースピネルを区別するコバルト濃度閾値もなく、両者は紫外可視スペクトルにおける鉄とコバルトの吸収バンドの強さによって区別します;エメラルドはクロムによって緑色を呈するベリル の一種ですが、一部のグリーンベリルも微量なクロムを含有し、SSEFでは鉄が多くてクロムが少ないものはエメ ラルドではなくグリーンベリルだと決めています;アレキサンドライトはクロムによって変色効果を呈する宝石であり変色を示すことが重要で、クロムが少なく鉄が多い場合、クロムが多すぎる場合、バナジウムが多い場合は変色しないためただのクリソベリルになります;パライバトルマリンは銅によって綺麗な青色を呈するトルマリンで、化学分析で銅を確認する上、吸収スペクトルで鉄と銅の吸収の強さを比較することも重要となり、鉄が青色の原因となるものはパライバトルマリンと呼ばれません。

◆アーガイル・ライブラリー・エッグ

オープンセッションが行われた10月23日(月)の夕方、国立科学博物館前で集合写真を撮影しました。その後、IGCメンバーは翌日 10月24日(火)から11月5日(日)まで国立科学博物館で展示が行われる「アーガイル・ライブラリー・エッグ」を 一般公開に先駆けて、鑑賞することができました。国立科学博物館の広報による と、「アーガイル・ライブラリー・エッグ」は、すでに閉山したアーガイル鉱山から産出した希少ピンクダイヤモンドとカラーレスダイヤモンドを18金に贅沢に散りばめた宝飾品で、ロシアのインペリアル・イースター・エッグの伝統に倣った卵形の宝飾品です。アーガイル・ダイヤモンド社とクチンスキー・ジュエラーズ社との連携により作られ 1990 年に完成しました。その後、マブチモーター株式会社の創業者、実業家の馬渕健一氏の蒐集品となりましたが、継承した馬渕 喬・麗子夫妻は、この素晴らしい宝飾品が広く観覧されることを望まれ、科学的にも重要なダイヤモンドであることから、国立科学博物館に寄贈を決められたものになります。この鑑賞は、海外から来られるIGCメンバー達にサプライズとして国立科学博物館に用意していただいたイベントで、IGCメンバー達は驚き、この美しいアーガイル・ライブラリー・エッグに魅入っていました。

アーガイルライブラリーエッグ
アーガイル・ライブラリー・エッグ
◆Welcome Reception Party

Welcome Reception Party が国立科学博物館地球館屋上で行われました。各国から集まったIGCメンバー達は、前回のIGC2019フランスから実に4年ぶりの再会となります。このウェルカムレセプションにおいては、IGC JAPANメンバーであり、遠州古流華道の近山一望(大久保洋子)師範が生け花を披露しました。また、参加者に生け花体験を用意する等、大いに盛り上がりました。

◆本会議

10月24日(火)から10月27日(金)の4日間にわたり、本会議が開催されました。47件の口頭発表と2件のポスターセッションが行われました。計8種類のセッションが開催され、内訳は、Diamond(ダイヤモンド):5題、History and Museums (歴史と博物学):5題、Gemmology (宝石学):6題(うち 1題は発表者来日できず)、Colored stone(色石):12 題、Technology & Techniques(技術と技法):5題、Corundum(コランダム):8 題、Pearls and amber (真珠と琥珀):5題、Jade(翡翠):3題でした。弊社リサーチ室からは、北脇が「Gemmological studies of “Hybrid Diamond” (Natural + CVD synthetics)」“ハイブリッドダイヤモ ンド” (天然+CVD 合成)の宝石学的研究、江森が「Crystal structure of nano inclusions in blue sapphire from Diego Suarez, Northern Madagascar」(マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイアのナノインクルージョンの結晶構造)というタイト ルで発表を行っております。4日間の発表の中で、いくつか興味深かったものを下記に紹介します。

なお、今回ご報告するIGC2023の講演内容は、IGCのホームページにて、すべての講演者の講演要旨がダウンロード可能です(https://www.igc-gemmology.org/igc-2023)。

Violet Diamonds from Argyle: New Insights into the Cause of their Unique Color

(アーガイル産バイオレットダイヤモンド:その独特な色因への新たな視点)
スイスのGGTLの研究者 Thomas Hainschwang博士がアーガイル鉱山産バイオレットダイヤモンドの色因についての講演を行いました。オーストラリアのアーガイル鉱山は最近閉業されるまで 35年間操業されました。日光によって引き起こされる異常に強い赤色燐光を示すことによりバイオレットの外観を示す超希少なType IIb ブルーダイヤモンドを除き、アーガイル鉱山以外からのバイオレットダイヤモンドは知られていません。 これらバイオレットダイヤモンドについて、FTIR、液体窒素温度でのUV–Vis–NIR、PL分析を行った結果、アー ガイル鉱山産バイオレットダイヤモンドの紫の色相は、窒素のB凝集濃度が非常に高いこと、そしてニッケル–窒素の欠陥、水素の含有およびN3センターの欠如の結果であると提案しました。

IGC 本会議の様子
IGC 本会議の様子

Phase transformations as important markers for heat treatment detection in corundum and other gemstones

(コランダムや他の宝石の加熱処理を検出するための相転移を用いた重要なマーカー)
スイスのSSEFのMichael S. Kremnicki博士はコランダムや他の宝石の加熱処理の根拠となる相転移する重要なマーカーの存在についての発表を行いました。ルビーやサファイア、他の色のコランダムの加熱処理の看破は宝石業界にとっても宝石ラボにとっても大きな問題となっています。コランダムの熱処理に関しては通常、 酸化条件と還元条件の双方で約700 〜 1800°Cの広い温度範囲で適用されています。本発表はSSEFにおいて最近行われたマダガスカルのイラカカ産ピンクサファイア、モザンビーク、モンテプエスス産ルビーの加熱実験の結果を紹介し、この研究の結果、鉱物学的相転移が明らかとなりました。ダイアスポア(AlO(OH))とゲーサイト (α–FeO(OH))は加熱すると脱水され、コランダム(Al2O3)、ヘマタイト(α–Fe2O3)へ相転移し、その温度は約550°Cと約325°Cです。相転移は狭い温度範囲で発生するため、ラマンスペクトルがほぼ即時に切り替わり、相転移を止めたりすることはできません。このことからダイアスポアまたはゲーサイトの存在は低温加熱ですら行 われていない非加熱の証明となります。FTIR によって、加熱に関連すると誤って解釈される可能性のあるピークが明らかになったり、石が加熱されているかどうかに関する情報が得られない場合があったりします。また、ダイアスポアが存在しなかったり、ヘマタイトが存在したりすることは石が加熱されたと呼ぶには十分ではありません。ダイアスポアやゲーサイトが存在する限り、これはあらゆる宝石に対して適用可能です。

Quantitative estimation of spinel’s thermal and geothermal history by photoluminescence spectroscopy and its application in spinel origin determination

(フォトルミネッセンス分析を用いたスピネルの地熱温度計と原産地鑑別)
中国地質大学のChengsi Wang博士はフォトルミネッセンス分析を用いたスピネルの熱履歴推定に関する定量的手法を確立したという発表をしました。スピネルの熱履歴に関しては、天然スピネルと加熱スピネル及び合成スピネルを区別するために使用できるだけでなく、スピネルが異なる地質学的プロセスを受けたことを明らかにすることも可能で、秩序―無秩序転位の結果、計算される無秩序度というパラメーターによって推定されます。スピネルから取得したPLスペクトルから無秩序度を監査するパラメーターを定義することで、ミャンマー産のスピネルは他の産地より無秩序度が高く、モロゴロ(タンザニア)産のスピネルは無秩序度が低いことが明らかになりました。ミャンマー産のスピネルとベトナム産のスピネルの無秩序度はオーバーラップしますが、両産地からのスピネルにはPLスペクトルのN2ピークの積分強度に差があり、区別することが可能です。また、Cr含有量が高いサンプルのNピークは異常に強い傾向があるため、熱履歴が過大評価される可能性があり、差分スペクトル法を導入し、高Cr含有量の影響を消去することで熱履歴の推定結果は正確かつ普遍的になることを明らかにしました。この研究に基づき、新たな地質温度計確立が期待されます。

An implementation of machine learning in ruby and sapphire origin determination

(ルビーとサファイアの産地鑑別における機械学習の実装)
GIT(Gemological Institute of Thailand)の研究者 Montira Seneewong–Na–Ayutthaya氏はルビーとサファイアの元素分析結果に機械学習を適用して産地鑑別を行う手法について発表しました。コランダム(ルビーとサファイア)の原産地鑑別は非常に重要な価値要素であり、初期の宝石学ラボではインクルージョンに依存して判別を行っていました。現在は多くの石がより多くの原産地から供給されるようになっており、最前線のラボでは分光学的データや組成分析といった科学的アプローチを適用し、さまざまな地質的・地理的な起源を的確に区別する必要があります。本研究では人工知能(AI)の一分野である機械学習アルゴリズムで化学組成データベースを分類し、石の原産地の決定を支援するための研究を行いました。さまざまな宝石鉱床のルビーとサファイアの微量元素をEDXRFとLA–ICP–MSで測定し、データベースを組み、3Dプロットと自社開発の機械学習プログラムを実行しました。学習アルゴリズムはK–近傍法、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン、 人工ニューロンネットワークで構築され、予測精度を評価するために選択されています。LA–ICP–MSデータを利用した手法は低レベルの誤差でルビー・サファイアの原産地を特定するのに効果的ですが、予測精度と判定の成功は計測機器のパフォーマンス、データの準備・処理、モデルの最適化、検証などさまざまな要因に依存します。原産地の決定には機械学習の結果に加え、内部特徴や他のスペクトル分析を含むさまざまな分析データも考慮し、最終結果をジェモロジストが判断する必要があります。

FTIR Fingerprinting: a case study on mineral inclusion identification by FTIR applied on rubies from marble- hosted deposits

(FTIR フィンガープリンティング;大理石起源のルビーへのFTIRを用いた鉱物インクルージョンの同定へのケーススタディー)
スイスSSEF の研究者である Walter A. Balmer 氏は大理石起源のルビー中の鉱物インクルージョンについて FTIR を用いて同定する、という研究内容を発表しました。フーリエ変換赤外分光分析(FTIR)は宝石学の分野において十分に確立された分析方法です。コランダムにおいて、このFTIRはダイアスポア、ベーマイト、ゲーサイト、クローライト、カオリナイトといったインクルージョンの検査ツールとして日常的に用いられています。本研究では、FTIR スペクトルの水伸縮振動範囲よりも波数が高い部分(>3300 cm–1)に着目し、大理石起源のコランダム中のバーガサイト、トルマリン、ギブサイトをインクルージョンとして検出することができました。また、ギブサイトが検出されたということは検査されたコランダムサンプルが 350°Cを超える熱を受けなかったことを意味します。追加して、クローライトとギブサイトの振動特徴について、この2つの鉱物相の確実な同定と分離が可能になりました。この手法による鉱物インクルージョンの識別は熱に敏感な鉱物インクルージョンの存在を示すことで熱処理の可能性を除外したり、地理的起源を特定したりする際の貴重なツールとなりえます。ただし、 鉱物インクルージョンの特徴が必ずFTIRで検出できる、というほど強力なツールではないため、FTIRのインクルージョンパターンが存在しないことは何の証拠にもならないということに気を付ける必要があります。

DNA Fingerprinting and age dating of historic natural pearls: a combined approach

(歴史的な天然真珠へのDNAフィンガープリンティングと年代測定を組み合わせたアプローチ)
スイスSSEFの研究者 Laurent E. Cartier氏は歴史的な天然真珠の来歴について、年代測定、DNAフィンガープリンティングを用いた研究を発表しました。真珠へのDNAフィンガープリンティング法は 2013 年に開発・発表されており、同年、放射線炭素年代測定を用いた真珠の年代測定も発表されています。天然真珠はここ数十年間新たな供給が不足しており、高品質の天然真珠は希少です。世界最古で最も広く収集されている宝石の1つである真珠は研究する価値があります。本研究は2つの研究事例を紹介し、DNAフィンガープリンティングと年代測定をどのように使用できるかを紹介するものです。クイーンメアリーパールにDNAフィンガープリンティングと年代測定を実行した結果、西暦1707年〜1876年の間にメソアメリカの太平洋岸沿いの沿岸海域で形成され、パナマアコヤまたはラパスアコヤとして知られるPinctada mazatlanica 種に属することが決定されました。また、63個の天然真珠セットの研究では3つの海水天然真珠がランダムに選択され、1つは Pinctada radiata、2つは Pinctada persica または Pinctada marganritifera persicaに属する Pinctada margiritifera種複合体の希少なメンバーであることがわかり、これは Pinctada pericica 産真珠の最初の報告です。これら3つはペルシャ湾でのみ記録されており、16〜18世紀の間に形成され17世紀に形成された可能性が最も高いことがわかりました。

Geographic Origin Determination of Fei Cui: A comparison of high-quality green Fei Cui from Myanmar, Guatemala, and Italy

(ミャンマー、グァテマラ、イタリアの高品質 Fei Cui の原産地鑑別)
香港理工大学の Ka‒Yi (Angela) Man 氏がミャンマー、グァテマラ、イタリア産の高品質なグリーンFei Cuiの原産地鑑別についての講演を行いました。本研究ではFei Cuiはヒスイの一種で、ヒスイ輝石、オンファサイト、コスモクロアのいずれか、またはこれらの組み合わせで粒状から繊維状の多結晶集合体として定義されています。2021年以降、グァテマラのイサバル地域で新たな鉱山が発見され、グァテマラ産の「インペリアルグリー ン」Fei Cuiの人気が中国で高まっています。過去4年間で少量の高品質のイタリア産Fei Cuiも市場に出回っており、大きな供給源であるミャンマー、グァテマラ、イタリアのFei Cuiの産地鑑別の可能性を検討しました。 FTIRの分析の結果、ミャンマー産はほとんどがヒスイ輝石であり、グァテマラ産はオンファサイトであることが判明しましたが、グァテマラの最上級のカラーグレードを有するものはヒスイ輝石でした。EDXRFとLA–ICP–MSによる分析をPCA(Principal Component Analysis)分析した結果、EDXRFの分析値では重複が見られるが、LA‒ICP‒MSの分析値を用いたPCA分析結果は3つの産地で明確な分離を示しました。

◆翡翠原石館ツアー

10月26日(木)の午後より本会議期間中のショートエクスカーションとして北品川にある翡翠原石館を訪問しました。国立科学博物館前からチャーターしたバス2台に乗車し、晴天の東京都内を移動しました。翡翠原石館は御殿山庭園やミャンマー大使館に近接する閑静な住宅街にあります。靎見(つるみ)信行館長が私財を投じて収集されたさまざまな色・形の翡翠が展示されている私設博物館です。入館するとまず目に飛び込んでくるのは、10万個の石を使い6年の歳月をかけて制作されたという巨大なモザイク画です。古事記に登場する女神「奴奈川姫(ヌナカワヒメ)」と翡翠(カワセミ)が描かれています。奴奈川姫はヒスイの産地でもある新潟県糸魚川市に多くの伝承が残されており、万葉集にある「ぬなかわの底なる玉」の歌と結びつけて小滝川でのヒスイの発見につながったと言われています。その他に糸魚川産のヒスイをくり抜いて造られた浴槽があり、観客を驚かせます。館内に展示された多くのヒスイ製品はどれも見ごたえがあり、特に糸魚川のプレカンファレンスツアーに 参加されなかったメンバーにとっては日本の翡翠に触れる良い機会であり、心に残ったと思われます。

翡翠原石館
翡翠原石館
翡翠原石館の奴奈川姫のモザイク壁画
翡翠原石館の奴奈川姫のモザイク壁画
◆クロージング・セレモニー

本会議の最終日27日、ランチパーティーにおいて上野精養軒にてマグロ解体ショーが行われ、その後、閉会式が行われました。閉会式では、IGC JAPANのDr. Ahmadjan Abduryimとグリーンランド代表のMs. Anette Juul–NielsenがExecutive Committeeに選出されました。閉会式では、次回第 38 回 IGCの開催地がギリシャであることが正式に発表され、今回のオーガナイザーであるCGLの北脇よりギリシャのオーガナイザーであるStefanos Karampelas氏へ IGCのフラッグが受け渡されました。

IGC Flag が日本からギリシャへ受け継がれた瞬間
IGC Flag が日本からギリシャへ受け継がれた瞬間
◆富士山スペシャルツアー
山中湖畔から見た富士山
山中湖畔から見た富士山

クロージング・セレモニー終了後から10月29日(日)の3日間、富士山スペシャルツアーと称した甲府ツアーが行われました。これは「日本に行ったら富士山をこの目で見たい」というIGC Executive Committee の強い希望と、甲府のジュエリー産業をIGC のメンバーに見ていただきたいという甲府の業界関係者らの強い要望から実現したもので、本会議に参加したIGCメンバ ーの7割近くが参加するツアーとなりました。クロージング・セレモニー終了後、2台の大型バスに乗り込み、まずは山中湖畔へと移動しました。翌日10/28(土)は準備段階から心配していた天候にも恵まれ、宿泊したホテルから見えた早朝の富士山は、参加者の心に深く刻まれたであろう美しさでした。

10/28(土)はまず、久保田一竹美術館へ向かいました。久保田一竹は、辻が花と呼ばれる15世紀後半〜16世紀前半に失われた染色・装飾技法の復刻に取り組んだ染色工芸家で、伝統的な辻が花を完璧に復刻することは技術的に不可能だと判断し、「一竹辻が花」として自己流の辻が花を発展させることに成功しました。久保田一竹の着物作品は「光のシンフォニー」と呼ばれ「宇宙の威厳」とも評されています。美しい久保田一竹の着物を前に、海外からの参加者皆様は感嘆していました。

次に、数班に分かれ、「ラッキー商会」「GSTV」「ストーンカメオミュージアム」「山梨ジュエリーミュージアム」といった甲府のジュエリー産業、博物館を見学しました。「ラッキー商会」「GSTV」では、ジュエリーデザインや枠づくりの説明・見学を行いました。

見学後、同日開催されていた甲府での一大イベント 「信玄公祭り」の武者行列を楽しみ、甲府記念日ホテルへ移動します。この間、IGC Executive Committeeのメンバーは長崎幸太郎山梨県知事を表敬訪問されました。甲府記念日ホテルでは、山梨のジュエリー産業の方々を招待した講演会・懇親会が行われました。講演会では、まず樋口雄一甲府市長が歓迎のあいさつをされ、IGC Executive CommitteeのDr. Jayshree Panjikarによる「Relevance of International Gemmological Conference」の講演が行われました。この講演では、Dr. Jayshree が本当に日本に訪問したかったことからはじまり、IGC JAPAN がいかに素晴らしかったのか、宝石学を研究する意義、IGC の存在意義などが語られました。山梨ジュエリー産業のみなさまと IGC メンバーの交流も大いに盛り上がり、講演会・懇親会は大盛況のうちに終了し、富士山スペシャルツアーは幕を閉じました。

講演を行う Dr. Jayshree
講演を行う Dr. Jayshree
◆ ポストカンファレンスツアー

10月29日(日)-31日(火)はポストカンファレンスツアーとして、三重県伊勢・志摩の真珠巡検が行われました。巡検のコーディネートと現地案内は三重県真珠振興協議会副理事の中村雄一氏にお世話になりました。 総勢25名の IGC 参加者は、富士山スペシャルツアーからの引き続きとなります。早朝に甲府のホテルをバスで出発して、午後3時ごろ鳥羽のミキモト真珠島に到着しました。真珠島では最初に三木本幸吉翁の銅像前で記念撮影を行いました。この像の前は、記念撮影をしたい観光客の人気スポットです。IGC メンバーの中にはここで写真を撮るのが長年の夢だったという方もおられ、念願がかなったようでした。真珠博物館では松月清郎館長にお出向かえいただき、博物館内の案内と展示品の解説をしていただきました。真珠博物館は、「人と真珠〜そのかかわりを考える〜」をテーマに真珠のできる仕組みや真珠の養殖法などに関する数多くの資料が展示さ れており、真珠養殖を学ぶにはとても良い空間となっています。

ミキモト真珠島での記念撮影
ミキモト真珠島での記念撮影

また、天然真珠を用いたアンティーク ジュエリーの充実したコレクションや養殖真珠をふんだんに使用した豪華な美術工芸品の数々も展示されています。

定刻になると、海女さんによる伝統的な潜水作業の実演を見ることができます。IGCのメンバーは全天候型の特別観覧室を利用することができました。船の上から身軽に飛び込み、見事に貝を獲って上がってくる海女さんに歓声が上がっていました。

二日目はいよいよ真珠養殖現場の見学です。観光用ではなく、実際に養殖作業に使用されている3隻の船に分乗して英虞湾をめぐり、養殖イカダを見学。貝掃除、挿核の実演を見学しました。そして、最後は IGC メンバーが一人ずつ自身の手で貝を剥き、真珠の取り出し作業を体験できました。貝剥きはほとんどのメンバーが初めての経験で、過去に行ったベトナムでの養殖現場と違ってとても本格的で感動したとの声が聞かれました。 養殖場を後にして、再び船で賢島に移動し、円山公園を訪れました。ここには真珠供養塔と真円真珠発明者頌徳碑があります。真珠発祥の地を感じ取るのにふさわしい場所と言えます。

英虞湾での舟移動
英虞湾での舟移動
 海女小屋での会食
海女小屋での会食

鳥羽での昼食後、三重県水産研究所を訪問しました。ここは水産業の研究・指導を目的として設置された三重県立の研究所で、1899年に県庁内に設置されたのが始まりです。イセエビの人工ふ化に世界で初めて成功したことで有名ですが、真珠養殖に欠かせないアコヤ貝の研究にも熱心に取り組んでいます。研究所では志摩市の村上圭一副市長にご挨拶いただき、研究員の渥美貴史博士から三重県の真珠養殖への取り組みに関する講演を伺いました。

二日目の夕食は海女小屋風の磯焼のお店です。現役の海女さんが新鮮な魚介の磯焼と体験談を提供してくれ ます。海女さんたちと楽しい時間を共有することができ、メンバーも大満足の様子でした。

三日目は伊勢神宮参拝です。伊勢神宮は125の宮社全てを総称して「神宮」と呼ばれます。IGCメンバーが 訪れたのはそのうちの内宮で正式名称は皇大神宮です。皇大神宮は皇室の祖先であり、天照大御神が祀られています。内宮の入口である宇治橋をわたり、玉砂利を敷き詰めた長い参道を進むとまさに神域です。凛と張り詰めた雰囲気にIGCメンバーも心が洗われたようで、日本人の精神世界を感じてくれたと思います。ツアーの最後に良いところに来られたと感激していただきました。その後、おかげ横丁などでショッピングを楽しみ、バスで名古屋駅まで行き東海道新幹線で東京まで戻りました。プレカンファレンスツアーに参加していなかったメンバーにとっては初めての新幹線体験でした。そしてこの日は東海道新幹線車内販売の最終日というめぐりあわせとなりました。◆

令和5年度 宝石学会(日本)講演会参加報告

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リサーチ室 趙政皓

 

令和5年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月10日(土)新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアム、懇親会が割烹「倉また」にて開催されました。また、6月11日(日)には見学会が実施されました。

 

<フォッサマグナミュージアムとは>

フォッサマグナミュージアムは、日本最大のヒスイ産地で世界最古のヒスイ文化発祥の地として知られる新潟県糸魚川地域にあり、糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の拠点です。フォッサマグナ(ラテン語で大きな溝:大池溝帯)の成立や人間と地球史とのかかわりを示す資料を収集・保管・展示し、その調査研究、成果の普及を通して市民の教育・学術・文化の発展に寄与することを目的に1994年(平成6年)に開館しました。1982年(昭和57年)糸魚川市の総合計画を発端に1989年(平成元年)に博物館開設の基本計画が策定されました。ふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け、総工費17億円が投じられ、立派な施設が出来上がりました。
フォッサマグナミュージアムは、美山公園の高台にあり、糸魚川駅から路線バスまたはタクシーを用い、10分ほどでアクセスできます。館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物・化石など2000点以上に及び、見るものを圧倒します。また、学芸員による無料鑑定サービスも定期的に行われています。

 

フォッサマグナミュージアムの展示
フォッサマグナミュージアムの展示

 

フォッサマグナミュージアム外観
フォッサマグナミュージアム外観

 

<総会・講演会参加報告>

今年度の講演会は、1件の特別講演と22件の口頭発表が行われ(色石関連13題、ダイヤモンド2題、真珠7題)、参加者は72名でした。CGLリサーチ室からは「Cr含有赤色マスグラバイトの分析」、「グリーンランド産ルビーとモンタナ産サファイア、LA–ICP–MSを用いた原産地鑑別;アップデート」、「“ハイブリッドダイヤモンド”(天然+ CVD合成)の宝石学的研究」の3題の発表を行いました。これらについては別途CGL通信にて報告を行う予定ですが、本会で発表された23件のうち一部を抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に〇)。

 

講演会会場の様子
講演会会場の様子

 

特別講演:AIを活用した画像認識によるヒスイの同定

小河原孝彦(フォッサマグナミュージアム)
フォッサマグナミュージアムの学芸員小河原孝彦氏がAIによる画像認識でのヒスイの鑑別について発表しました。フォッサマグナミュージアムは糸魚川ユネスコ世界ジオパークの中核施設であり、来館したお客様に向けて糸魚川の海岸などで採集した石の鑑定を行っています。近年は石の鑑定の件数が増加したため、学芸員の代わりとなる人工知能による機械学習を利用した石の鑑別の研究を始めました。学習には糸魚川海岸で採取した石を用いています。ヒスイとヒスイ以外の岩石(流紋岩、安山岩、玄武岩など)に分類し、Nikon D5600を用いて岩石の組織が判別できるような写真を約13000枚撮影しました。NASNetにこれらの写真を教師画像として転移学習させた結果、ヒスイとヒスイ以外の認識率は約96%でした。また、別の画像を用いて認識率を確認したところ、20枚のヒスイの写真の的中率は95%であり、13枚のヒスイ以外の岩石の的中率は100%でした。これらの結果より、人工知能を用いた画像の深層学習によってヒスイの認識が可能であることが明らかになりました。

 

群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて

川﨑雅之(つくば市)
つくば市の研究者川﨑雅之氏が群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて発表しました。群馬県南牧村三ッ岩岳は水晶の日本式双晶の有名な産地であり、2013年頃アメシストの産出が明らかになりましたが、最近までその産状は不明のままでした。産地中央部の大理石と周囲の緑色片岩・砂岩泥岩層の間に黒い土で充填された脈があり、その中の大小さまざまな晶洞から次の4種類の水晶が産出されます ;1)アメシスト様不透明水晶 ;2)透明なアメシスト ;3)インクルージョンにより白~緑色を呈する不透明水晶 ;4)晶洞の外殻を構成する無色~白色の微小な水晶。産状から、岩石中の空洞に微小水晶が急速に形成された後、内側でインクルージョン含有水晶とアメシストが成長し、同時期または成長後期に母岩が粘土化したと推測できます。

 

北海道然別産オパールの蛍光起源有機物

荻原成騎(東大地球惑星)・〇末冨百代(東大地球環境)
東京大学理学部地球惑星環境学科の末冨百代氏が北海道然別産オパールにおける蛍光起源有機物について発表しました。北海道然別湖西岸に注ぐ小沢には、火山噴出物が広く分布し、シリカシンター(オパールから成る温泉堆積物)が層状に露出し、ブラックライトによって縞状に多様な蛍光を発します。単色の蛍光(黄色、橙色)を示す部分を分取し、薄片を作りました。また、粉末化した試料はそれぞれソックスレー法により抽出し、シリカゲルクロマトグラフィーによって分画しました。さらに、それぞれの画分は蛍光分光計によって特徴を付け、GC/MS分析を行いました。それによって、N–2区画の多環芳香族とN–3区画のケトン・エステルが蛍光の原因だとわかりました。また、黄色蛍光と橙色蛍光の部分から抽出された多環芳香族が大きく異なるため、二種類の地下熱水系が同じ場所に噴出したことでこれらのオパールを形成したと考えられます。

 

北海道鹿追町然別産の多環芳香族炭化水素鉱物を包有する蛍光性オパール

〇石橋隆(阪大博)・田中陵二(相模中研/東海大)・萩原昭人・井上裕貴(九大)
大阪大学の研究者石橋隆氏が北海道然別産の有機物を包有する蛍光性オパールについて発表しました。北海道鹿追町然別地域に産する通称「大雪オパール」は、紫外線照射により種々の蛍光を呈すると報告されています。本オパールの産状は、温泉沈殿性の粗鬆な珪華沈殿物に貫入した大小の緻密なオパール脈であり、ゲル状二酸化ケイ素の沈殿による層状組織を示し、部位によって橙色~飴色~無色となります。長波紫外線によって、淡青色、淡紫色、黄色、黄緑色、橙色などの多彩な層状を示します。粉砕してクロロホルム抽出後に高速液体クロマトグラフィーによって可溶性成分を分析した結果、発光成分は多環芳香族炭化水素(PAH)だとわかりました。橙色蛍光は分散したビチューメン(非晶質)、黄色~黄緑色蛍光はコロネンやベンゾ[ghi]べリレンなど(結晶質)によります。そのうち、本研究で発見したベンゾ[ghi]べリレン結晶は、国際鉱物学連合(IMA)により、北海道石(hokkaidoite)として新種鉱物と承認されました。これらの有機物は熱水により供給されたもので、より深部の生物遺骸有機物が起源と予想されます。

 

コランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトル

猿渡和子(GIA Tokyo合同会社)
GIA東京の猿渡和子氏がコランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトルについて発表しました。二酸化炭素の流体包有物はコランダムの典型的なインクルージョンとしてはよく知られており、非加熱の特徴とされていましたが、最近圧力をかけて加熱を行ったコランダムからも二酸化炭素流体が報告されました。これまで二酸化炭素流体は顕微鏡観察で判断してきましたが、今回の発表では二酸化炭素流体の存在を赤外吸収スペクトルによって確認できることが報告されました。

 

ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドット

〇古屋正貴(日独宝石研究所)・Scott Davies(American Thai Trading)
日独宝石研究所の研究者古屋正貴氏がミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットについて発表しました。ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットには4条の強いアステリズムを示すものがあり、それらにはマグネタイトのインクルージョンや部分的に再結晶した黒い液膜が見られる他、強い斜光照明によって無色の針状インクルージョンも見られます。これらの針状インクルージョンは光彩効果の原因となっており、太く目立つものが一方向に平行して並んでいる他、より小さく細いものが約90°ずれた方向に並びます。この特徴によって、スター・ペリドットではスター効果の1条が鮮明であることに対して、もう1条は不鮮明になります。これらのインクルージョンは顕微ラマン分光や蛍光X線成分分析で確認できませんでしたが、先行研究に基づいてパラサイトのチューブ・インクルージョンのようなものであり、部分的にマグネタイトやサーペンティンを含む可能性があると考えられています。

 

構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別

〇三浦真(GIA Tokyo)・Mike Jollands(GIA New York)・Aaron Palke・Ziyin Sun(GIA Carlsbad)
・Wim Vertriest(GIA Bangkok)・桂田祐介(GIA Tokyo)
GIA東京の三浦真氏が構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別について発表しました。ペリドットはかんらん石の宝石名であり、主に玄武岩中に捕獲岩・捕獲結晶として見られ世界各地で産出する比較的ありふれた鉱物ですが、スカルン鉱床や超苦鉄質岩体中の熱水鉱床からのものは比較的大きな結晶で産出し、緑色が濃く、品質もよいです。エジプト、ミャンマー、パキスタン、ノルウェー産のペリドットがこの変成岩・熱水鉱床起源にあたります。また、隕石の一種であるパラサイトからも見つかっています。FTIRで分析した結果、水酸基による吸収から構造欠陥の種類を判別でき、玄武岩起源か変成岩・熱水起源かを容易に識別できます。また、変成岩・熱水起源のペリドットの化学的特徴は産地ごと異なる傾向にあるため、LA–ICP–MSとFTIRを組み合わせることで産地鑑別が可能だと考えられます。ただし、玄武岩起源ペリドットは化学的特徴が類似するため、現時点では産地鑑別が困難だと考えられます。

 

Fe添加スピネル(MgAl2O4)の結晶育成

〇勝亦徹・人見杏実・渡邉梨々花・森有沙・相沢宏明(東洋大学)
東洋大学の勝亦徹教授が鉄を添加したスピネルの結晶育成について発表しました。スピネルは遷移金属イオンの添加で種々の色の結晶を得ることができ、広い固溶領域を持つため結晶の色や発光などに組成比の影響が見られます。今回は浮遊帯域溶融法(FZ法)を用いて組成比MgO/Al2O3 = 1.0~0.5、Fe濃度0.1~2.0 mol%、雰囲気ガス中のO2濃度0~100 vol%の条件でFe添加スピネル結晶を育成しました。その結果、100%Ar雰囲気下(O2濃度0%)ではピンク、O2濃度0.1%では青色、O2濃度20~100%では黄色~緑色のスピネルが成長できました。また、雰囲気ガスを育成中に変化させることにより、バイカラー、トリカラースピネルの成長もできました。一方、Mn添加するとスピネルは薄緑/赤、薄緑/黄色のバイカラースピネルが成長できました。

 

マベから産出する無核の養殖真珠について

〇渥美郁男(東京宝石アカデミー)・矢﨑純子(真珠科学研究所)
東京宝石科学アカデミーの渥美郁男氏がマベから産出する無核の養殖真珠について発表しました。宝飾用素材として利用される半形真珠の母貝の一つにウグイスガイ科に属するマベがあります。現在、マベから半形真珠にとどまらず有核真珠(真円)も生産されています。このマベからは、他の真珠養殖母貝と同様に副産物としてバロック形状の無核真珠が産出することがあります。これらは真珠業界で慣例的に“ケシ”と呼ばれ、他の母貝から産出した“ケシ”との判別が難しいです。そのため、目視・蛍光観察、紫外可視分光測定、蛍光分光、マイクロCT観察の四つの分析法を用いて、マベ真珠、クロチョウ真珠、シロチョウ真珠、アコヤ真珠を比較しました。その結果、無核のバロック系真珠はマベ特有の蛍光分光吸収が明瞭で、軟X線透過検査で伝統的な養殖用核が認められる場合は無核のマベ養殖真珠だと判別できます。しかし、特徴的な蛍光分光吸収が認められない場合は海水産養殖真珠と判別されてしまうことがあります。

 

処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について

〇田澤沙也香・松田泰典・矢﨑純子(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の田澤沙也香氏が処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について発表しました。真珠は主に炭酸カルシウムから成るアラゴナイト結晶とタンパク質から形成され、紫外線照射すると蛍光を発します。そのため、蛍光観察は真珠の鑑別手法として活用されています。浜揚げされたアコヤ真珠は黄色を帯びているような蛍光を示すことが多く、それに対して漂白などの加工されたものは青白色の蛍光を示すことが多いです。また、紫外線可視分光による反射スペクトル測定では280 nmに吸収が見られ、蛍光分光測定でも280 nm励起によって蛍光ピークが確認されました。今回は加熱、放射線照射などの処理を施したアコヤ真珠の蛍光挙動を調べました。その結果、加熱・ガンマ線照射されたサンプルは目視観察、蛍光観察、蛍光分光、紫外可視分光においてすべて異なる挙動を示しました。故に、劣化処理方法によって蛍光の発見が変化するため、タンパク質の劣化評価には蛍光分光法だけでなく、それ以外の方法も用いて複合的に判断する必要があることがわかりました。

 

外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠の出現

〇山本亮・佐藤昌弘(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の山本亮氏が外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠について発表しました。現在、市場にイケチョウガイやヒレイケチョウガイにより産出する淡水真珠が流通しています。当初は大部分外套膜にピースのみ移植することで生産されますが、養殖技術の発展に伴い、生殖巣で養殖された有核淡水真珠が市場に多く流通するようになりました。その特徴としてこれまでの真珠と比較して大型であり、核に貫通孔が確認されることがあります。近年、これまでの有核淡水真珠と異なり、5 mm程度からそれ以下といった非常に小型の有核淡水真珠が流通するようになり、白色系のアコヤ真珠と非常に類似し、混同される場合が見受けられます。複合的分析の結果、この有核の小型淡水真珠の外観(色、テリなど)はアコヤ真珠と類似しますが、微量元素を検出することで判別可能で、成長模様・孔口・蛍光・まきの厚さなどでは異なる特徴を示します。電子顕微鏡を用いて孔口などを観察した結果、結晶層の端が崩れており、他の淡水真珠と比較してビッカース硬度が小さいことがわかりました。よって、これらの淡水真珠は他の真珠と比較して真珠層が脆い可能性が高いと推測できますが、加工などにより脆弱化した可能性もあります。

 

<懇親会参加報告>

6月10日(土)、総会・講演会終了後、割烹「倉また」にて、懇親会が行われました。フォッサマグナミュージアムから懇親会会場までは倉また所有のバスで送迎していただきました。50名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。コロナ禍のオンライン講演会ではできなかった対面での交流が参加者には大変好評でした。

令和5年度 宝石学会(日本)見学会参加報告

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リサーチ 江森健太郎

 

6月11日(日)、総会・講演会の翌日に見学会が実施され、(1)フォッサマグナパーク、(2)高浪の池を見下ろす展望台、(3)コスモクロア露頭、(4)須沢海岸、合計4か所の見学を行い、宝石学会(日本)会員・賛助会員・非会員合わせて61名の参加がありました。

 

(1)フォッサマグナパーク

フォッサマグナパークでは、糸魚川から静岡県までつながる断層である「糸魚川―静岡構造線」を見ることができました(写真1、2)。「糸魚川―静岡構造線」はユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界であると考えられており、フォッサマグナの西側の境界断層でもあります。両プレートの押す力により糸魚川を含む中央日本が隆起し、高い山脈を作っています。

写真1-1.フォッサマグナパークで見ることが出来る糸魚川-静岡構造線。
写真1-1:フォッサマグナパークで見ることが出来る糸魚川-静岡構造線。

 

写真1-2.写真1-1にプレート境界線を赤線で加えた。
写真1-2:写真1-1にプレート境界線を赤線で加えた。

 

写真2:プレート境界の破断面。プレートが動いた際に擦りあった結果、境界は粘土状になっている。
写真2:プレート境界の破断面。プレートが動いた際に擦りあった結果、境界は粘土状になっている。

 

◆フォッサマグナとは

フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。アジア大陸から日本列島が離れる時にできた裂け目と考えられています。裂け目には、主に海底にたまった新しい岩石が埋まっています。やがて、海底が隆起し、今の地形を作り上げました。

 

(2)高浪の池を見下ろす展望台

高浪の池を見下ろす展望台からは、明星山の岩壁(写真3)を見ることができました。この岩壁をつくる石灰岩は3億年前の太平洋にあったサンゴ礁であり、プレートによって運ばれてきたものです。石灰岩からはサンゴやウミユリなどかつてのサンゴ礁に住んだ生物の化石が見つかるそうです。
プレートによって運ばれてきた石灰岩(サンゴ礁)は蛇紋岩によって地下から持ち上げられたヒスイと出会うことになりました。地下でヒスイが形成され、持ち上げられてきたことや、ヒスイと石灰岩が出会っていることは、すべてプレート境界だったからこそ起こった地質学的イベントなのです。

 

写真3:明星山の岩壁
写真3:明星山の岩壁

 

(3)小滝川ヒスイ峡

小滝川ヒスイ峡のヒスイは蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれていたものです。地すべりにより蛇紋岩眼帯が小滝川に滑り落ち、その後の浸食により蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられています。ヒスイが下流に運ばれるのは大洪水や土石流が起こった時のみです。小滝川ヒスイ峡は1956年に国指定の天然記念物として大切に保護され、保全計画に基づき公開されています。
小滝川ヒスイ峡についての詳しい情報は、CGL通信vol. 47「小滝川ヒスイ峡を訪ねて(リサーチ室 北脇裕士)」(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/47/80.html)に詳しく掲載されています。

 

峡が国の天然記念物であることを示すモニュメント。
写真4-1:小滝川ヒスイ峡が国の天然記念物であることを示すモニュメント。

 

小滝川のヒスイ。赤線で囲った部分はすべてヒスイである。
写真4-2:小滝川のヒスイ。赤線で囲った部分はすべてヒスイである。

 

(4)山之坊コスモクロア露頭

コスモクロア輝石(Kosmochlor、NaCrSi2O6)はヒスイと同じ「輝石」と呼ばれる鉱物グループに属します。1894年、メキシコのToluca隕石の中から世界で初めて発見され「コスモ=宇宙」の名が付いています。日本でのコスモクロア輝石は1996年に岡山県大佐山のヒスイからはじめて発見され、1997年糸魚川姫川産(根知付近、翠宝堂廣川様所蔵標本)のヒスイからも発見されています。糸魚川では益富地学会館の益富壽之助博士によって1978年にコスモクロア輝石と考えられる鉱物が発見されていましたが、未発表のままでした。糸魚川におけるコスモクロアは山之坊のネフライト露頭、姫川産のヒスイ(転石)、青梅金山谷のネフライト(転石)から発見されています。
今回訪問した露頭は鈴木ら(文献)で発表された場所と同一であり、糸魚川市から国道148号を小谷側に進み、山之坊地内の茶臼山トンネル南側出口の付近の斜面に位置します。この露頭のネフライト中に直径1 mm以下のコスモクロア輝石が含まれています。現場はすでに盗掘されていますが、2020年7月3日に第133号「天然記念物 山之坊コスモクロア輝石露頭」としてこの露頭を指定し、監視カメラや柵を設置することで露頭を保護しています。
コスモクロア輝石はとても珍しい鉱物であり、世界的にみてもロシアなどごく一部の地域で産出が報告されているのみと、希少度的にはヒスイを上回ると考えられています。この露頭の発見まで、糸魚川市内でコスモクロア輝石の産地が特定されたことはありませんでしたが、それだけでなく、ネフライトの露頭もこの場所以外に市内での発見例はありません。
また、このコスモクロア露頭はから産出されたコスモクロアは組成がNa0.98Cr0.97Al0.03Si2.01O6と理想値に近く、端成分に近いコスモクロア輝石であると言えます。

 

山之坊コスモクロア露頭のコスモクロア輝石(矢印で示す)
山之坊コスモクロア露頭のコスモクロア輝石(矢印で示す)

 

(5)須沢海岸

通常の岩石より比重が大きいヒスイは、通常の川の流れで下流に運ばれることはありません。山々が隆起し、発生した土石流によりヒスイは海岸まで運ばれます。縄文時代の人々は緑色に輝くヒスイを海岸から発見し、世界最古のヒスイ文化を花開かせました。糸魚川がずっと昔よりプレート境界周辺であり続けたことにより、人はヒスイと出会ったのです。
数十万年の間に5億年以上の歴史を有する山岳地域からヒスイを含む大量の岩石が海岸に運ばれ、糸魚川海岸は色とりどりの、いろいろな模様を持つ小石の海岸となっています。須沢海岸もその1つでありこの海岸でヒスイ探しを行うことができます。
宝石学会(日本)見学会においても、この須沢海岸でヒスイ探しが行われ、見学会の参加者1名がヒスイを見つけることができました。

須沢海岸でヒスイ探しを行う見学会参加者達
写真6-1:須沢海岸でヒスイ探しを行う見学会参加者達

 

須沢海岸で発見されたヒスイ
写真6-2:須沢海岸で発見されたヒスイ

◆ 参考文献
鈴木・大木(2019)地学研究,65: 185–187.

セレンディバイトの分析

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年9月PDFNo.64

リサーチ室 趙政皓

図1.深い緑色を呈する1.03 ctのセレンディバイト
図1.深い緑色を呈する1.03 ctのセレンディバイト

 

セレンディバイトは青色・緑色を呈するホウケイ酸塩鉱物の一種であり、理想的な化学組成はCa4[Mg6Al6]O4[Si6B3Al3O36]である。セレンディバイトは1900年代初頭にスリランカで発見され、その名称はスリランカのアラブ語名称セレンディブ(Serendib)に由来する。宝石品質のものは1997年にReinitz & Johnsonによって初めて報告されたが、報告例が少なく、希少性の高い宝石である。特に今回ご紹介するファセットカットされた透明石は珍しい。

最近、セレンディバイトとされている石を検査する機会を得た。この石は1.03 ctで、エメラルドカットが施されていた。深い緑色を呈しており(図1)、青色・緑色・黄緑色の明瞭な多色性が見られた。また、セレンディバイトは三斜晶系に属するため光学的二軸性であるが、3つの光軸のうち2つの屈折率がかなり近いため、一軸性と誤認しやすい。屈折計でこの石を測定した結果、nx = 1.698、 ny = 1.702、 nz = 1.703、nyとnzがかなり近い値であった。

この石にはインクルージョンが見当たらず、クラリティがかなり高い。そのため、顕微鏡観察において特に特徴は見いだせなかった。

エネルギー分散型蛍光X線分析装置Jeol JSX3210Sを用いて当該石を分析した結果を表1に示した。測定条件は以下の通りである:管電圧30.000 kV、管電流0.220 mA、エネルギー範囲0~41 keV、ライブタイム30.00 s、コリメータ2.000 mm。この分析結果は、セレンディバイトの化学式Ca4[Mg6Al6]O4[Si6B3Al3O36]と矛盾しない(ホウ素Bはエネルギー分散型蛍光X線分析装置では測定できない)。

 

表1 蛍光X線元素分析の結果

WEB-セレンディバイトの分析-表1

 

また、当該石のUV–Vis–NIRスペクトルを図2に示す。測定は、紫外可視分光光度計JASCO V650を用いて行った。810 nm中心の比較的強いバンドと、408、434、464、500 nm付近の弱いバンドが見られる。4つの弱いバンドの位置は、K. Schmetzer et al., (2002) が報告したUV–Vis–NIRスペクトルと一致した。しかし、同文献によると、強いバンドの中心は720 nmであった。810 nmの吸収バンドは鉄と関連することが多く、本研究で測定した石の鉄含有量(1.29 wt.%)は、K. Schmetzer et al., (2002)が測定した石の鉄含有量(0.84 wt.%)よりも明らかに高いため、このバンドの中心の移動は鉄によるものだと推測できる。

 

WEB-セレンディバイトの分析-図2

図2. 当該石のUV–Vis–NIRスペクトル。408、434、464、500 nm付近の弱いバンドと810 nm中心の比較的強いバンドが見られる。

 

 

図3は、フーリエ変換型赤外分光分析装置JASCO FT/IR–4100で測定した当該石の赤外スペクトルを示す。3505、3339、2620、2555 cm–1付近にピークが見られる。全体として、K. Schmetzer et al., (2002) が報告した2つの石のうち、0.55 ctの緑青色サンプルのスペクトルと類似する。ただし、先行研究では3339 cm–1付近のピークがなく、代わりに3358 cm–1付近にピークが出ている。このピークが移動した理由は不明である。

図3.当該石の赤外吸収スペクトル。3505、3339、2620、および2555 cm-1付近にピークが見られる。
図3.当該石の赤外吸収スペクトル。3505、3339、2620、および2555 cm-1付近にピークが見られる。

 

ラマン分光装置Renishaw InVia Raman Systemを用いて、当該石のラマンスペクトル(図4)を514 nmのレーザー励起を用い取得した。200、307、466、525、627、752、890、992 cm–1付近に明らかなピークが見られ、359、403、570、678–1付近に弱いピークがあった。131 cm–1付近の鋭いピークは、装置による何らかの反射と思われる。これらのピークは、200 cm–1付近のもの以外、すべて先行研究と一致した(K. Schmetzer et al., 2002)。

図4.当該石のラマンスペクトル。200、307、359、403、466、525、570、627、678、752、890、992cm–1付近にピークが見られる。
図4.当該石のラマンスペクトル。200、307、359、403、466、525、570、627、678、752、890、992cm-1付近にピークが見られる。

 

 

同装置を使い、当該石のフォトルミネッセンス(PL)スペクトルも測定した(図5)。692 nm付近にピークが見える。このピークは、C. Chutimun et al. (2021) が報告したPLスペクトルにある690、693 nm付近のツインピークが重なったものだと考えられる。しかし、686 nm付近のショルダーは見えなかった。

図5.当該石のPLスペクトル。692nm付近にピークが見える。
図5.当該石のPLスペクトル。692nm付近にピークが見える。

 

今回は、希少石であるセレンディバイトの分析を行った。先行研究の測定結果とほぼ一致したが、鉄含有量が高いなどの特徴があり、スペクトルなどで些細な差が出た。セレンディバイトに関する宝石学的研究はかなり少ないため、機会があれば今後も引き続き測定する予定である。

 

◆参考文献
Reinitz, I., & Johnson, M. L. (1997). Gem Trade Lab Notes: Serendibite, a rare gemstone. Gems & Gemology, 33(2), 140–141.

Schmetzer, K., Bosshart, G., Bernhardt, H. J., Gübelin, E. J., & Smith, C. P. (2002). Serendibite from Sri Lanka. Gems & Gemology, 38(1), 73–79.

Chutimun, C. N., Nasdala, L., Wildner, M., Škoda, R., & Zoysa, E. G. (2021). Spectroscopic Study of Serendibite from Sri Lanka. The Journal of Gemmology, 37(5), 451–454.

 

 

 

 

中国製大型無色系 HPHT 合成ダイヤモンド結晶の観察

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年5月PDFNo.63

リサーチ室  北脇裕士 、江森健太郎、久永美生、山本正博、岡野誠

研究用に入手した33個の大型無色系HPHT合成ダイヤモンドの結晶原石を検査した。これらは中国のある企業が宝飾用途に商業ベースで生産した3〜8 ctの原石である。これらのすべてに種結晶の痕跡が認められ、種面の方位は等しく{100}であった。原石の形状は{100}と {111}が発達しており、{110}、{113}、{115}も認められた。種面以外の結晶面には特有の線模様が認められた。 結晶表面に達した金属inc.からは蛍光X線分析およびLA‒ICP‒MS分析においてFe(鉄)、Co(コバルト)と微量のTi(チタン)およびCu(銅)が検出された。赤外分光分析ではすべてII型の特徴を示し、フォトルミネッセンス分析では天然には稀なNi(ニッケル)に関連するピークが検出された。また、DiamondViewTMでは各成長分域によって異なる強さの蛍光と燐光が観察された。以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット・研磨された後も天然ダイヤモンドとは確実に識別が可能と考えられる。

Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個
Fig.1:中国製の無色系HPHT法合成ダイヤモンド原石33個

 

背景

中国の鄭州は、HPHT法による工業用合成ダイヤモンドの世界的な生産地で、世界の需要のおよそ95%を担っている(文献1)。Zhong Nan Diamond Co., Ltd.、Huanghe Whirl Wind Co., Ltd.、Zhengzhou Sino Crystal Co., Ltd.は、「3大巨頭」と称され他を圧倒しているが、他にも多くの製造会社が林立している(文献1)。 2014年末頃からこれらの企業により宝飾用メレサイズの無色合成ダイヤモンドの生産が開始され、その圧倒的な生産量により、瞬く間に世界の宝飾市場を席巻した。2018年以降、0.2 ct〜0.5 ctのカット石が中心に生産されているが、1 ct〜2 ctサイズのものも作られている(文献2)。さらに最近になって結晶の大型化が進み、これまで工業用に特化していた企業が宝飾用の合成を始めている。 本研究は、今後増加が予測される大型のHPHT無色合成ダイヤモンド結晶の諸特徴を明らかにし、カット・研磨後に流通する製品に対して有益な鑑別指針を提供できると思われる。

 

 

試料と分析方法

研究用に入手した中国製の無色系HPHT合成ダイヤモンド結晶原石33個を検査対象とした (Fig.1) 。これらはこれまで工業用途に特化してきたある企業が宝飾用に新たに製造を始めた大型結晶である。試料の内訳は3〜4 ct結晶29個、5〜6 ct結晶3個、7〜8 ct結晶1個の総計33個である。33個の試料すべてに対して標準的な宝石学的検査を行い、3〜4 ct結晶のうち13個については赤外分光分析を行った。また、5〜6 ct結晶2個と7〜8 ct結晶1個の計3個についてSYNTHdetectTMによる検査、DiamondViewTMによる観察およびフォトルミネッセンス分析を行った。また、拡大検査で表面に達する金属包有物を含有していた3個については蛍光X線分光法による組成分析を行った。さらに、うち1個についてはLA‒ICP‒MS分析を行った。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365 nm)と短波紫外線ライト(253.6 nm)を用いて完全な暗室にて行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4100を用いて分析範囲は7500–500 cm–1、分解能は4.0 cm–1で、積算回数はAutoで測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman Microscope 830 nm、633 nm、514 nm、488 nmおよび457 nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。蛍光X線分析には日本電子製JSX‒100Sを用いて管電圧30 kV、管電流最大1 mA、コリメーターはφ2 mmで行った。 LA‒ICP‒MS分析には、ESL社のNWR 213とAgilent 7900を使用した。レーザーアブレーションにおけるクレーターサイズは15 μm、レーザーパワーは20J/cm2で1秒間に10発を20秒間継続した。プラズマの RFパワーは1200 Wとした。

 

結果と考察

◆結晶形態

Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495ct)
Fig.2:検査した33個の結晶の中で最大のもの (7.495 ct)

検査を行った結晶の重量はほとんどが3〜4 ctで、縦横の長さは平均で7 mm程度であった。これらをカット研磨することで1〜2 ct程度のものが得られると推定される。今回検査した33個の結晶の中で最大のものは7.495 ctで縦横の長さはおよそ10 mmあった(Fig.2)。これからは3 ct程度のカット石が得られると思われる。33個すべての結晶に種結晶は付着していなかったが、種面は総じて{100}であった。また、結晶の原石のサイズに関係なく、種結晶の大きさは0.5 mm程度であった(Fig.3a)。種結晶の抜け跡の形態は、中央の{100}を取り囲むように4つの{111}が見られるものがあり、Ib型のHPHT合成の結晶原石が使用されていたと推測される(Fig.3b)。結晶は複数の結晶面から構成されており、その代表的なものの写真をFig.4aに、その模式図をFig.4bに示す。すべての結晶は{100}と{111} を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られた。各結晶面の相対的な大きさは結晶ごとにバラツキがみられた。Fig.5に示すように、{100}に注目してみると(図中の水色線で囲まれた四角形)、各結晶によって大きさが異なっていることがわかる。しかし、全体的には{111}が{100}よりも大きく発達しているものが多くみられた。

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (a) :種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度)

 

Fig. 3 (a) 種結晶の痕跡 (大きさは0.5 mm程度) 、(b) 最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡
Fig. 3 (b) :最大結晶(7.495 ct)における種結晶の痕跡

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (a) :すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。

 

Fig. 4 (a) すべての結晶は{100}と{111}を主体としており、{110}、{113}、{115}などが見られる。 (b) (a)の面指数の模式図
Fig. 4 (b) (a)の面指数の模式図

 

Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。
Fig.5: {100}(図中の水色線で囲まれた四角形)の大きさは結晶ごとにバラツキが見られる。

 

◆表面特徴

33個の試料すべての結晶面上に特有の線模様がみられた(Fig.6a, b)。これらは指数の異なる面に連続しており、結晶の成長時に形成したものではなく、成長後のプロセスで生成したことが推定できる。HPHT合成ダイヤモンド結晶の表面模様は溶媒金属の合金組成と関連しており、ラメラ状のパターンは溶媒にFe(鉄)を用いた際に発生する(文献3)。金属溶媒が固化する際に合金組成に応じて結晶表面に様々なパターンが生じるもので、Feを使用するとダイヤモンド表面をエッチングすることで線模様となる(文献3)。このような線模様は天然ダイヤモンドの結晶にはみられないため、カット・研磨後に残されていれば鑑別の手掛かりになる。かつてCGLでは今回の33個の試料とは別にグレーディングに供され、HPHT合成と判断した0.791 ctのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドのナチュラル(未研磨部)に類似の線模様を確認している(Fig.7)。

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6a:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.6a,b:結晶面上に見られる特有の線模様
Fig.6b:結晶面上に見られる特有の線模様

 

Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線
Fig.7:HPHT合成のカット石のナチュラル(未研磨部)に見られた条線

 

◆紫外線蛍光

長波および短波紫外線下において明瞭な蛍光が認められるものはほとんどなかったが、一部に弱い青白色の 蛍光が観察された。短波紫外線(SWUV)下では33個の試料すべてに、品質(金属inc.の量比)に関係なくやや緑がかった青白色の明瞭な燐光が観察された(Fig.8a, b)。燐光の程度には強弱があり、数10 秒程度のものから長いものでは1 分以上継続するものも認められた。概して、後述する赤外分光分析でホウ素に関連するピークを示したものには強めの燐光が見られた。天然ダイヤモンドでは明瞭な青白色の燐光を示す例は極めて稀であり、 短波紫外線下において数秒以上継続する明瞭な燐光の存在はHPHT合成の警鐘となる。

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶

 

Fig.8: 短波紫外線下の燐光 (a)金属inc.の乏しい結晶、(b)金属inc.が豊富な結晶
Fig.8:短波紫外線下の燐光 (b)金属inc.が豊富な結晶

 

◆金属包有物

今回検査した33個の試料にはほとんどに金属inc.が認められた。金属inc.は種結晶の近傍(Fig.9a)や分域境界付近(Fig.9b)、そして種結晶と対角にある{100}面領域(Fig.9c)に頻度高く観察された。Fig.10はこのような 金属inc.の入り方を示した概念図である。結晶成長がまだ不安定な初期段階である種結晶近傍と、成長速度や不純物元素の取り込み方が異なる分域境界付近、そして成長の最終段階に金属inc.が入りやすいと思われる。 これらの金属inc.を包有する結晶は、強力なフェライト磁石に対しては明瞭な磁性を示した。このような金属inc.や明瞭な磁性は天然ダイヤモンドには見られず、HPHT合成の特徴となる。

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(b)分域境界付近に見られる金属inc.

 

Fig.9: (a)種結晶の近傍付近に見られる金属inc.、(b)分域境界付近に見られる金属inc.、(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.
Fig.9:(c)種結晶と対角にある {100}面領域に見られる金属inc.

 

Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図
Fig.10:金属inc.の入り方を示す概念図

 

◆赤外分光分析

33個の試料のうち13個について赤外分光分析を行った。分析を行ったすべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500〜1000 cm–1)に吸収を示さないII型に分類された(Fig.11)。13個中7個にはホウ素に由来する4093、2928、2810、2460 cm–1に吸収が見られ、IIb型であることが確認された(Fig.11中の青実線)。これらのホウ素に起因するピークが強いものには1332 cm–1のピークも認められた(図中には示していない)。ホウ素は窒素との電荷補償により、窒素に起因する黄色味を除去する目的で意図的に添加されることがあるが、製造時の炭素原料や金属溶媒に由来する不純物としても混入する(文献4)。今回検査した13個のHPHT合成ダイヤモンドは、ホウ素の濃度(FTIRによるピーク強度)に個体差があり、不純物である可能性が高い。また、筆者らが過去に調査した中国製の無色系メレサイズのHPHT合成ダイヤモンド(文献5)よりもホウ素に関連するピークが弱く、不純物としてのホウ素の混入を制御する技術がこの数年で向上したものと考えられる。

Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型
Fig.11:赤外分光スペクトル:赤線はIIa型、青線はIIb型

 

◆DiamondViewTM

5〜6 ctの結晶2個と7〜8 ctの結晶1個の計3個の試料についてDiamondViewTMによる観察をおこなった。すべての試料にホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察されたが、指数の異なる結晶面で発光強度に若干の違いが見られた。およそ{111}が最も強く、次に{100}、{113}が同程度、さらに{110}、{115}は少し弱めであった(Fig.12)。同様の発光色はHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドにも見られることがある。また、天然のII型ダイヤモンドは、 ほとんどのもの(90%以上)がバンドAに因るやや暗い青色蛍光を示すため(CGL未公表資料)、今回の試料のような青白色の発光色は合成起源の警鐘となる。

Fig.12:DiamondViewに因る蛍光像: 蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}
Fig.12:DiamondViewTMに因る蛍光像:蛍光強度{111}>{100}, {113}>{110}, {115}

 

◆SYNTHdetectTM

DiamondViewTMで観察した3個の試料についてさらにDTCのSYNTHdetectTMで検査をおこなった。この装置は、天然ダイヤモンドの99%に特有の遅延ルミネッセンスがあることを利用し、合成との識別に使用されている(文献6)。225 nm未満の短波長の紫外線により、試料の深さ1ミクロン付近のみが励起されるため、観察されたルミネッセンスは表面でのみ生成されたとみなされる。この装置は枠付きで複数がセットされたダイヤモンドでも個々に検査を行うことができる。天然ダイヤモンドには455 nmをピーク波長とした特有の遅延ルミネッセンスが現れるが、合成には存在しないことが、デビアスグループの2000万個以上の無色ダイヤモンドで確認されている(文献6)。今回検査した3個はすべて天然に特有の遅延ルミネッセンスが認められず、Refer(要詳細検査)と なった(Fig.13)。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.13:SYNTHdetectTMではすべてrefer(要詳細検査)となった。

 

◆蛍光X線分析

顕微鏡による拡大検査で種面付近に金属包有物を含有している3個の試料について蛍光X線による定性分析を行った。Fe(鉄)とCo(コバルト)がそれぞれ同程度検出され、少量のTi(チタン)も検出された(Fig.14)。FeおよびCoは無色系のダイヤモンドを製造する際に一般的に使用される溶媒金属である。無色系を合成する際には着色に関与するカラーセンタを形成するNi(ニッケル)は通常用いられない(文献7)。CoとFeの割合は重要でCo量は40〜60 wt%が適している。この範囲を外れると、金属包有物の混入や骸晶の発生など良質な結晶が得られなくなる(文献8)。また、厳密な温度管理が必要で高温になり過ぎると金属inc.が多くなり、低温になり過ぎると骸晶が発生しやすくなる。 そのため良質な結晶を得るための適切な温度領域の幅は10°C以下と非常に狭い(文献8)。また、一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質(Fig.15)を分析したところ、相当量のS(硫黄)とFeおよびCoが検出された。これらは金属溶媒からダイヤモンド結晶を取り出す際に使用された強酸溶液(文献7)もしくは電気分解に使用された溶液(文献9)と反応して生成した残存物と考えられる。

Fig.13:SYNTHdetectではすべてrefer(要詳細検査)となった。
Fig.14:表面に達した金属in.の蛍光X線分析 (wt%)

 

Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質
Fig.15:一部の結晶表面に見られたややピンク色がかった白色物質

 

◆LA‒ICP‒MS分析

蛍光X線分析に用いた試料のうち1個(Fig.14の試料1)に対してLA‒ICP‒MS分析による定性分析を行った。測定元素はHPHT合成に一般的に使用される溶媒金属と窒素ゲッターに使われる元素を想定して選定し、以下の7種類について行った。Ti(チタン)(47)、Fe(鉄)(56、57)、Co(コバルト)(59)、Ni(ニッケル)(60)、Cu(銅)(63)、Hf(ハフニウム)(178)、Zr (ジルコニウム)(90)(カッコ内の数字は質量数)。Fig.16に示すAおよびBは同じ金属inc.を、Cは同試料中の別の金属inc.を測定したものである。A、B、CすべてからFeとCoが検出され、AおよびBではその比率は6:4程度、Cではほぼ同程度であった。すべての測定点から少量のTiとCuも検出されており、その比率はおよそ1:3であった。 蛍光X線分析でも明らかなようにFeとCoが主要な溶媒金属であり、Tiが窒素ゲッターとして、CuはTiCの生成を抑制するために添加されたものと考えられる。黄色味の原因となる置換型単原子窒素を除去するために一般に窒素ゲッターと呼ばれるTi、Hf、Zr、Al(アルミニウム)などの元素が適量添加される(文献7)。これらのうちTiが最も効率の良い窒素ゲッターとなるが、溶媒中にTiCが多量に生成し、成長結晶表面の沿面成長が阻害され、金属包有物の巻き込みが顕著となる。そのため成長速度を落として結晶育成が行われるが、Cuを適量添加することでTiCの生成を抑制することができる(文献8)

Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析
Fig.16:表面に達した金属inc.のLA‒ICP‒MS分析 (wt%)

 

◆フォトルミネッセンス分析

DiamondViewTMおよびSYNTHdetectTMで検査を行った3個について5種類の励起源を使用してPL測定を 行った。488 nmレーザーおよび514 nmレーザーにおいて、3個の試料すべてに503.2 nm (H3)、575 nm (NV0)、637 nm(NV)のピークが検出されたが、これらは2次ラマン線の強度よりも小さいピークであった (Fig.17:514 nmレーザーは未記載)。1個の試料にはこれらの他に3Hと帰属不明の631.4 nm、688.2 nm、 731.4 nmのピークが見られた(Fig.17)。633 nmレーザーと830 nmレーザーでは3個の試料すべてに883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークが検出された(Fig.17:830 nmレーザーは未記載)。これらのダブレットはNi(ニッケル)をベースとした溶媒金属を用いて製造されたHPHT法合成ダイヤモンドの{111}領域に頻繁に観察されており、格子間のNiによるものではないかと考えられている(文献10)。この883.0 nmと884.7 nmのダブレットのピークは、HPHT合成を強く示唆するが、CVD法合成ダイヤモンドや天然ダイヤモンドにも稀に見られることがあるため、その存在のみではHPHT法の確実な証拠とすることはできない。

Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル
Fig.17:488 nmと633 nmレーザーを用いたPLスペクトル

まとめ

研究用に入手した33個のほぼ無色の中国製HPHT合成ダイヤモンド結晶を検査した。多くのものは3〜4 ctで あったが、最大のものは7.495 ctで研磨後には3 ct前後になると思われる。結晶の形態は{100}と{111}が発達しており、{110}、{113}、{115}が見られた。結晶面上には特有の線模様が見られ、金属溶媒が固化する際に生じたものと考えられる。ほとんどの結晶に金属inc.が含まれており、磁性を示すものもあった。溶媒金属の化学組成はFeとCoで微量のTiとCuが添加されていた。短波紫外線下で強い燐光が見られ、DiamondViewTMにおいて も結晶面ごとに蛍光強度に差異が見られた。また、SYNTHdetectTMではreferとなった。 以上の諸特徴から、これらの結晶原石がカット研磨されても天然ダイヤモンドとの識別は十分に可能であると考えられる。中国で製造される宝飾用HPHT合成のサイズは大型化してきており、CVD合成の競合において低価格での量産化が見込まれている。宝飾業界にとっては正しい情報開示と正確な鑑別が重要である。

 

参考文献

1. Xiaopeng Jia. (2016) HPHT synthetic diamonds in China. CGLreport, No.35, 1‒6 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/35/54.html
2. 北脇裕士. (2022) アジアにおける宝飾用合成ダイヤモンドの生産者とCGLで鑑別した合成ダイヤモンド. NEW DIAMOND, vol.38, No.1

3. Kanda H., Akaishi M., Setaka N., Yamaoka S. and Fukunaga O. (1980) Surface structures of synthetic diamonds. Journal of materials science 15, 2743‒2748
4. 佐藤周一., 角谷均. (1995) 高純度ダイヤモンド単結晶の合成. 高圧力の科学と技術, vol.4, No.4
5. 北脇裕士. (2016) 無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンド. CGL通信, No.30, 1‒9 https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/30/46.html

6. Colin D. McGuinness, Amber M. Wassell, Peter M.P. Lanigan, and Stephen A. Lynch. (2020) Separation of natural from laboratory‒grown diamond using time‒gated luminescence imaging. Gems and Gemology, vol.56, No.2, 220‒229
7. 神田久生. (1992) 大型合成ダイヤモンドに含まれる不純物についての最近の研究. 宝石学会誌, vol.17, No.1‒4 8. 角谷均., 戸田直大., 佐藤周一. (2009) 高品質大型ダイヤモンド単結晶の開発. SEIテクニカルレビュー, 166, 7‒12 9. Zhang Siyang. (2002) Analysis on Electrolysis Process of Synthetic Diamond Rod. Metallurgy and Materials, 40(3), 112.

10. Kanda H. and Watanabe K. (1999) Distribution of nickel related luminescence centers in HPHT diamond. Diamond and Related Materials, 8, 1463‒1469

CGLおける色石の原産地鑑別

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2023年5月PDFNo.63

CGLでは現在、「コランダム」と「パライバ・トルマリン」の原産地鑑別サービスを行っており、新たに「エメラルド」の産地鑑別の受付も近日中に開始を予定しております。原産地鑑別サービスは、通常の鑑別書に加え、分析結果報告書を付随させるという形で提供させていただいています。

原産地についての結論は、中央宝石研究所が保有する既知の標本およびデータベースとの比較、現時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたものです。このレポートに記した地理的地域は、検査した宝石の出所を保証するものではなく、最も可能性の高いとされる起源を記述した中央宝石研究 所の意見です。いくつかの産地においては極めて類似した特徴を示すことがあり、特定の産地を記述できないケースもあります。

記述された産地は宝石の品質や価値を示唆するものでもありません。 また、原産地の鑑別にはLA‒ICP‒MS分析を必要とする場合があり、LA‒ICP‒MS分析同意書が必要となります。

◆ コランダムの原産地鑑別

 

ルビー、ブルーサファイアの原産地鑑別は、「非加熱コランダムレポート」サービスに追加する形で行っております。「非加熱コランダムレポート」サービスでは通常の宝石鑑別書に加え、そのコランダムが加熱されていない(非加熱)か、加熱されているかを示した分析報告書が付随します。原産地鑑別の結果は、この分析報告書に記載することが可能となっております。

記載可能な産地(例)

ルビー:ミャンマー、ベトナム、モンザビーク、マダガスカル、スリランカ、タンザニア、タイ、カンボジア、タジキスタン、グリーンランド等

ブルーサファイア:スリランカ、ミャンマー、マダガスカル、カシミール、タイ、カンボジア、ナイジェリア、タンザニア、オーストラリア、モンタナ等

原産地の記載は原則国名ですが、伝統的な通称名が ある場合はその限りではありません。
例:モンタナ、カシミール、東アフリカなど

非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書
非加熱コランダムレポートに 原産地を記載した分析報告書

 

◆ パライバ・トルマリンの原産地鑑別

 

現在、パライバ・トルマリンは、銅が主たる色の原因であるブルー〜グリーンの宝石トルマリンのことを言い、ほとんどがエルバイト・トルマリンです(一部リディコータイト)。 パライバ・トルマリンの産出当初、原産地はブラジルに限定されていましたが、現在ではナイジェリア、モザンビークにおいても同様のトルマリンが産出されています。パライバ・トルマリンの名称は、分析報告書に限定されており、原産地鑑別はパライバ・トルマリン分析報告書に追加で記載する形を取っています。

記載可能な産地(例):
ブラジル、モザンビーク、ナイジェリア

パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書
パライバ・トルマリンの原産地記載付き分析報告書

 

◆ エメラルドの原産地鑑別 NEW

エメラルドの原産地鑑別は近日中に開始予定です。通常の宝石鑑別書に加え、原産地を記載した分析報告書が付属します。エメラルドノンオイルレポートを用いる場合は、ノンオイルレポート(分析報告書)に原産地を記載します。

記載可能な産地(例):

コロンビア、ザンビア、ブラジル、ロシア、エチオピア、ナイジェリア、ジンバブエ、マダガスカル、パキスタン、アフガニスタン等

 

エメラルドの産地鑑別レポート
エメラルドの産地鑑別レポート

 

エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート
エメラルドの産地鑑別レポート+ノンオイルレポート

 

◆LA‒ICP‒MS分析とは

宝石鉱物は母岩や産出環境といった地質学的な環境情報を保持しています。宝石鉱物の構成成分を分析することは、その母結晶の地質環境、産状を特定することに繋がるため、原産地鑑別における重要な情報となります。

LA‒ICP‒MSはLA(レーザーアブレーション)装置 とICP‒MS(誘導結合プラズマ質量分析)の2つの装 置を組み合わせた分析装置です。LAは宝石にレーザー光を照射し、そのエネルギーで宝石の極微小領域を微粒子化する装置です。ICP‒MSはLAで生成された微粒子を、約9,000Kに達するプラズマをイオン化源として測定する質量分析器です。蛍光X線元素分析装置では測定不 可能なLi(リチウム)、Be(ベリリウム)といった軽元素の測定ができる他、非常に高感度(数百ppb〜)の分析能力を有しま す。

CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)
CGLで使用しているLA‒ICP‒MS。 NWR213 (LA)+Agilent 7900rb (ICP‒MS)

CGLではLA‒ICP‒MSを用いて依頼されたサンプルの微量元素 含有量を分析し、原産地毎の微量元素データベースと比較することで原産地鑑別に役立てています。

LA(レーザーアブレーション装置)で分析する際、宝石のガード ル部分に55 μmの分析痕が残ります(右写真参照)。これは日本人女性の平均的な髪の毛の細さ80 μmよりも細く、宝石を扱う際によく用いられる10倍のルーペでは発見が困難なサイズとなります。◆

ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕
ブルーサファイアのガードルにおける LA‒ICP‒MS分析痕