CGL通信 vol67 「エメラルドの原産地特徴と原産地鑑別における問題点」
CGL リサーチ室 趙 政皓・北脇 裕士・江森 健太郎
四大宝石の一つと言われているエメラルドは古くから貴重な宝石として珍重されてきた。16世紀以降、コロンビア産のエメラルドが最も高く評価されてきたが、近年は世界各地から高品質のエメラルドが産出するようになり、トレーサビリティの観点からもエメラルドの原産地鑑別の重要性が急速に高まっている。本稿では、エメラルドの原産地鑑別を行う上での基本的な考え方と標準的な鑑別手法についてまとめ、実際の鑑別ルーティンで見られた特殊な事例について紹介する。さらにLA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点についても言及する。
◆エメラルドの形成
エメラルドはベリルの一種であり、その主要な化学組成はBe₃Al₂(SiO₃)₆で表される。鮮やかな緑色を呈するのは、ベリルの主成分であるアルミニウムの一部がクロムやバナジウムに置換されることに起因する。エメラルドを構成する元素のうち、ベリリウム、クロムおよびバナジウムは地殻中にきわめて存在度の低い元素である。その上、ベリリウムは大陸地殻に、クロムとバナジウムは海洋地殻やマントルなど、それぞれ別の地質環境に存在しやすい。そのため、これらの元素が共存する環境は限定的であり、エメラルドは希少性の高い宝石になっている。
エメラルドはコロンビア産が最も良く知られているが、近年では、図1に示すように世界各地から品質の良いエメラルドが産出するようになった。先行研究によって、エメラルドは熱水変成型と片岩ホスト型に大別されている(文献1-3)。図1にて緑色で示したのが熱水/変成型であり、青く示したのが片岩ホスト/マグマ関連型である。
熱水/変成型エメラルドの代表はコロンビア産であり、その形成過程の模式図を図2に示す。苦鉄質岩を含む様々な岩石の粒子が海底で沈殿し、固結して形成した頁岩にはベリリウム、クロムおよびバナジウムが含まれている。そこに、亀裂から熱水が侵入すると、岩石内部の元素が移動してエメラルドを含む鉱脈が形成される。形成する地質環境の圧力が低いため、このタイプのエメラルドは屈折率が低くなる。また、成長する際に熱い濃塩水を取り込むため、冷却の過程において特徴的な三相インクルージョンを形成しやすくなる。
片岩ホスト/マグマ関連型(以下から片岩ホスト型と略す)エメラルドはブラジル、ザンビア・カフブ地域、ロシア・ウラル山脈など世界各地から産出している。その典型的な形成過程の模式図を図3に示す。苦鉄質岩(変質玄武岩など)、超苦鉄質岩(変質ペリドタイト、蛇紋岩など)と呼ばれる鉄やマグネシウム成分に富む岩石中にはクロムやバナジウムも含まれている。そこにベリリウムを含む花崗岩質マグマが貫入すると、境界付近では花崗岩質マグマの流体からベリリウムなどが供給され、苦鉄質岩が変成して形成した黒雲母片岩の中にエメラルドが形成する。母岩は圧力が高く、鉄分が豊富なため、このタイプのエメラルドは屈折率と鉄含有量が高くなる。流体インクルージョンも熱水/変成型と異なり、角型の二相インクルージョンが形成しやすい。
(エメラルドの形成過程とインクルージョンの詳しい内容について、CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください。)
◆エメラルドの結晶構造
図4にc軸方向と側軸方向から見たエメラルドの結晶構造を示す。一つのセルに4つの中空のトンネル構造が見られる。このトンネルの中には周囲の環境や形成時の圧力に応じて水分子や金属イオン、特に一価の金属イオンが入る。また、トンネル中に入った水分子は、その隣の金属イオンの有無によって、図5に示すように向きが異なるタイプIとタイプIIに大別される。
◆エメラルドの原産地特徴
エメラルドは、産地により屈折率が異なることが知られている。これは取り込まれる微量元素の種類や水分子の量が異なることが原因の一つである。特に形成時の圧力が高いほど、水分子の含有量も高くなる。熱水/変成型であるコロンビア産エメラルドは地殻浅部の堆積岩中に形成するため、形成時の圧力が低く、置換元素なども少ない。それによって、コロンビア産エメラルドの屈折率は1.56~1.58となり、基本的に1.58を超える他の産地のエメラルドより明らかに低くなっている。
結晶構造のトンネルに入る2種類の水分子の比率によってエメラルドの赤外スペクトルが変化する。図6に熱水/変成型と片岩ホスト型エメラルドの赤外吸収スペクトルを示す。熱水/変成型のコロンビア産エメラルドはナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属の含有が少ないため、タイプIの水が優勢となり、5447 cm–1のピークが認められる。一方、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドはアルカリ金属の含有量が高いため、タイプIIの水による5582 cm–1のピークのみが存在する。
また、エメラルドの原産地を鑑別する際に紫外-可視吸収スペクトルも有用である。コロンビア産エメラルドの母岩である黒色頁岩は、比較的鉄の含有量が低い岩石である。その上、頁岩中の鉄は熱水中の硫黄と結合してパイライトとして沈殿するため、コロンビア産エメラルドの鉄含有量は極めて低い。このことによって、コロンビア産エメラルドの紫外-可視吸収スペクトルでは、二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がなく、片岩ホスト型のものと容易に区別ができる(図7)。このようにコロンビア産エメラルドはスペクトルの濃赤色部の吸収がないため、カラー・フィルターで赤く見えることは良く知られている。
顕微鏡観察は、宝石の成長履歴を知るための最も重要で伝統的な鑑別手法である。前述したように、熱水/変成型エメラルド中には三相インクルージョン、片岩ホスト型エメラルド中には二相インクルージョンが頻度高く観察される(CGL通信vol.62 「エメラルドの原産地鑑別に有用なインクルージョン」を参照してください)。その他、コロンビア産エメラルドの特徴としてスペイン語で「油の滴」という意味のGota de Aceiteがある(図8)。本来は成長構造を示す言葉であったが、市場では高品質を示す意味に誤用されることがある。コロンビアのエメラルドディーラーが3世代にわたって使用してきたが、近年は油の意味がオイル含浸を思わせるため敬遠されるようになった。
コロンビア産とそれ以外の産地のエメラルドの一般的な特徴をまとめると、以下の表1になる:
表1エメラルドの一般的な原産地特徴
このようにコロンビア産エメラルドは他の産地とはいくつかの異なる特徴を有するため、原産地の特定は比較的容易である。しかし、中にはこれらの特徴に当てはまらない特異なものも存在する。以下には実際の鑑別ルーティンで見られた通常とは異なる特殊な例を紹介する。
◆鑑別ルーティンで見られた特殊な例
近年、アフガニスタンのパンジシールやザンビアのムサカシなど、コロンビア以外の産地からの熱水/変成型エメラルドも少しずつ流通するようになった。これらのエメラルドにもコロンビア産に一般的な三相インクルージョンが観察されることがある(図9)。したがって、三相インクルージョンの存在のみでコロンビア産と短絡的に決定することはできない。また、コロンビア産エメラルドの固有の特徴と思われていたGota de Aceiteもこれらの産地から報告されている (文献5-6)。さらに、熱水/変成型エメラルドはコロンビア産以外でも鉄含有量も低いため、紫外-可視吸収スペクトルにおいて二価の鉄に起因する830 nm中心の吸収がほとんど見られないものがある(図10)。
一方で、片岩ホスト型に類似する特異なコロンビア産エメラルドも存在する。図11に示すように、このコロンビア産エメラルドの赤外スペクトルは、ブラジル産などの片岩ホスト型エメラルドに類似している。タイプⅠの水に因る5447 cm–1のピークは不明瞭なショルダーになっており、タイプⅡの水に因る5582 cm–1のピークが見られる。また、図12に示すように、コロンビア産ではあるが、紫外-可視吸収スペクトルにおいて830 nm中心の吸収が強く、ブラジルやパキスタン産などの片岩ホスト型エメラルドと類似したものが見られた。このように顕微鏡観察や分光法など標準的な分析手法のみでは、コロンビア産エメラルドを他の産地と明確に識別するのが困難な場合がある。さらにコロンビア産以外のエメラルドの産地を特定するのは通常は難しい。そのため、エメラルドの原産地鑑別は、次節に紹介するLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高精度の分析が求められている。
◆LA-ICP-MS分析による微量元素分析の有用性と問題点
2000年代以降、ルビー、サファイア、パライバ・トルマリンなど、宝石の原産地鑑別にLA-ICP-MSによる微量元素分析が利用されるようになった。CGLでもLA-ICP-MS分析による原産地鑑別の継続的な研究を行っており、エメラルドの原産地鑑別にも微量元素の分析が非常に有効であることを確認している。一例として、図13にはカリウムとバナジウムのプロット図を示す。コロンビア産は片岩ホスト型だけでなく、同じ熱水/変成型のアフガニスタン産のエメラルドとも明確に区別することができる。
さまざまな元素の組み合わせに因るプロット図を用いることで、片岩ホスト型エメラルドについても原産地の特定が可能となる。ただ、片岩ホスト型エメラルドは原産地が多く、プロットが重複することがあるため、複数のプロット図を組み合わせて総合的に判断する必要がある。例えば、リチウム、バナジウム、鉄、セシウムなどによる複数のプロット図を用いることで、市場性の高いブラジルとザンビア産エメラルドのほとんどを区別することができる。さらに亜鉛、ルビジウムなどの元素を加えると、ロシア、ジンバブエ産などの比較的マイナーな産地のエメラルドも明確に区別できる。
次にLA-ICP-MS分析を用いた元素プロットでも原産地鑑別が困難であった事例を紹介する。鑑別ルーティンで原産地鑑別の依頼があったかったエメラルド数点を分析し、鉄とセシウムのプロット図を作成した(図14)。依頼者によると近年ブラジルのバイーア州の鉱山で採掘されたものとのことであったが、赤い点(便宜上新バイーアとして表記)で示したように明らかにザンビア産の領域にプロットされた。
しかし、他の一部のプロット図(例えば、鉄とバナジウムのプロット図、図15)では、これらのバイーア産と申告のあったエメラルドは従来のバイーア産(便宜上旧バイーアと表記)エメラルドと解釈できる領域にプロットされた。
さらに、ホウ素、スカンジウム、チタン、ガリウムなど総計22元素を合わせて計算し、線形判別分析を行ったところ、バイーア州産と申告のあったエメラルドはザンビア産ではなく、バイーア州産と確認できた(図16)。ブラジル産としては現在ミナスジェライス州から産出するエメラルドが多く流通しているが、過去にはバイーア州のものが日本には多く輸入されていた。今回、新バイーアとしたものはバイーア州の新たな鉱山からのものか、鉱山は以前と同じでも採掘された時期や鉱脈の違いから微量元素に差異が生じたかは不明である。
いずれにしてもLA-ICP-MSによる微量元素分析はエメラルドの原産地鑑別に極めて有用であることは疑いがない。より精度を高めるためにはできるだけ多くの元素を合わせて分析することが重要である。
◆まとめ
屈折率の測定、内部特徴の観察、スペクトルなどの標準的な分析手法により熱水/変成型であるコロンビア産と片岩ホスト型のエメラルドをおおよそ区別することが可能である。しかし、近年はコロンビア産以外の熱水/変成型エメラルドの市場性も高くなり、コロンビア産と特定することが困難になりつつある。また、片岩ホスト型のエメラルドは産地が多く、標準的な分析手法では原産地の特定は困難である。エメラルドの原産地鑑別にはLA-ICP-MSによる微量元素分析などの高感精度の分析を併用することで精度を向上させることができる。その際、できるだけ多くの元素の分析を行い、統計学的な手法をも取り入れた慎重な解析が必要で、データベースを常に更新することも極めて重要である。
◆参考文献
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