CGL通信 vol66 「宝石学会 ( 日本 )2023 年オンライン講演会より Cr 含有赤色マスグラバイトの分析」

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CGL通信 vol66 「宝石学会 ( 日本 )2023 年オンライン講演会より Cr 含有赤色マスグラバイトの分析」

2024年5月PDFNo.66

リサーチ室 趙 政皓,北脇 裕士,江森 健太郎

色石鑑別課 岡野 誠,間中 裕二,海老坪 聡

図1:1.593 ctの赤紫色マスグラバイト

 

◆マスグラバイトとは

マスグラバイト(BeMg2Al6O12)はIMAに登録されている正式な鉱物名はMagnesiotaaffeite‒6N’3S(三方晶系)であるが、宝石としては伝統的にマスグラバイトと呼ばれており、きわめて希少性が高くコレクターの垂涎の的となっている。同じく希少宝石であるターフェアイト(BeMg3Al8O16、IMAに登録された鉱物名はMagnesiotaaffeite–2N’2S)よりさらに希少である。両者はほぼ重複する特性値と類似する化学組成を有しており、識別が困難なことで知られている。

1945年にジュエリーから外された50個ほどの宝石の鑑別中にターフェアイトが発見された。これは宝石から新種の鉱物が見つかった初めての例である。その後、2番目、3番目のターフェアイトが見つかっている。マスグラバイトは1967年にオーストラリアで発見されたが、当初はターフェアイトのポリタイプであると考えられ、 taaffeite‒9R’と表記されている。1979年に赤色のターフェアイトと思われた石が調べられたがターフェアイトと は異なる新種の鉱物Taprobaniteとして条件付きでIMAに登録された。1981年にオリジナルのターフェアイトの記載に誤りが発覚し、Taprobaniteはターフェアイトと同種であるとされた(文献 1)。名称についてはターフェアイトに優先権があるとされTaprobaniteの名称は削除された。1981年に南極にて世界で2番目のマスグラバイトが発見され、 ターフェアイトのポリタイプではなく独立種とされた。

1993年にはターフェアイトと思われていた石がマスグラバイトであったことが報告され、これが宝石品質の初めてのマスグラバイトであった。1998年にはターフェアイトとマスグラバイトの非破壊の鑑別にはラマン分光法が有効であることが示された(文献 2)。そして2002年にターフェアイトグループの分類が見直されている(文献 3)。

 

◆マスグラバイトとターフェアイトの違いについて

マスグラバイトもターフェアイトもターフェアイトグループの鉱物であり、両者とも変形したノラナイトモジュール(N’ = BeMgAl4O8)とスピネルモジュール(S = Mg2Al4O8)により構成されている。ただし、マスグラバイトはc軸方向に沿ってN’N’Sが重複することに対し、ターフェアイトはc軸方向に沿ってN’Sが一つのユニットとして重複する。その結果、マスグラバイトは三方晶系、ターフェアイトは六方晶系となる。

図2:a 軸方向から見るマスグラバイトとターフェアイトの構造図。黒点線で囲った範囲がユニットセルとなる。

 

結晶系が異なっても、構成する基本ユニットが重複するため、化学式が類似し、比重、屈折率等の性質がかなり近くなる。表1に示すように両者の比重、屈折率がほぼ重複するため、これだけでは両者の識別は困難である。化学式が類似してもマグネシウムとアルミニウムの比率が異なり、蛍光 X 線元素分析(EDS)による定量分析も鑑別の手がかりの一つとなっている(文献 4, 5)。

 

表1:マスグラバイトとターフェアイトの比較 (L. Kiefert and K. Schmetzer, 1998)

 

◆赤色を呈するマスグラバイト

2022年年末、中央宝石研究所(CGL)東京支店に 1.593 ct のクッション・ミックスカットが施されたルビーのような赤色を呈する石が鑑別依頼で持ち込まれた(図 1)。これらは検査の結果、マスグラバイトであることが分かった。依頼者によると、この石は中古市場で入手した商品でルビーではないかと思っていたらしい。ファセット・エッジには一部欠けたところも見られ、長い間マスグラバイトとは鑑別されずに市場にあったものと推測され る。このような鮮やかな赤色を呈するマスグラバイトのカット石は我々の知る限り宝石学の文献には記載がなく、これが初めての報告と思われる。

一見した限りではルビーやスピネルを思わせたが、屈折率は 1.715–1.721 で複屈折量は 0.006 であった。 さらにシャドーエッジの動きと干渉像から一軸性負号であることが確認できた。通常光では紫赤色、異常光では黄赤色の明瞭な多色性が見られた。比重は 3.60 であった。これらからターフェアイトやマスグラバイトの可能性が示唆された。

顕微鏡観察では、液体インクルージョン(図 3)や酸化鉄を含むフラクチャーが観察できた(図  4)。残念ながら鉱物種が同定できる明らかな固体インクルージョンは観察されなかった。また、ヨウ化メチレンに浸漬して観察すると、光軸方向からは赤紫色の色帯と他の方向からは無色の色抜けした部分が見られたが、六方晶系か三方晶系かを示唆する特徴は得られなかった(図 5– 6)。

図3:気泡を含むブロック状の流体インクルージョンと線状の流体インクルージョン

 

図4:黄色インクルージョンを含むフラクチャー

 

 

図5:光軸方向から観察される赤紫色の色帯

 

図 6:中央部に無色の部分が見える

 

表2はエネルギー分散型蛍光 X 線分析装置 Jeol JSX3210S を用いて当該石を分析した結果である。二価金属酸化物のモル分数の合計ΣXO Mol%(X = Mg, Ca, Mn, Fe, Zn) = 40.25%となった。マスグラバイトの化学式は(BeMg2Al6O12)でターフェアイトは(BeMg3Al8O16) であり、この二価金属酸化物のモル分数の合計値はマスグラバイトであることを示唆している。注目すべきは、先行研究(e. g. 文献 6)の結果と比べて、Cr、Zn、Gaの含有量が明らかに高く、Feの含有量が低いことである。高いCrの含有量という特徴は、K.Schmetzer et al.(2000)(文献 7) が報告した紫がかった赤色を呈するターフェアイトと類似する。

 

表 2 蛍光X線分析の結果

 

図7はラマン分光分析装置(Renishaw InVia Raman System)を用いて取得したラマンスペクトルである。 このラマンスペクトルでは 409、489 cm‒1 付近の高いピーク、711 cm‒1 付近の比較的に高いピーク、441、 574、620、662 cm‒1 のピークと 820 cm‒1 付近の太いピークが見られる。これは、ターフェアイトよりもマスグ ラバイトに近似している。

図7:当該石のラマンスペクトル(赤)。緑は RRUFF のデータベース(文献8)に掲載されているマスグラバイト、青は同じくターフェアイトのラマンスペクトルである。当該石がマスグラバイトであることを示唆する。

 

図8はフーリエ変換型赤外分光分析装置(JASCO FT/IR–4100)を用いて測定した赤外反射スペクトルとCGLで作成したマスグラバイトとターフェアイトのリファレンススペクトルを並べたものである。このリファレンス スペクトルは先行研究(文献 9) で用いられたものであり、ラマンスペクトルと粉末 X 線回折分析においてマスグラバイトとターフェアイトが確定されている。赤外反射スペクトルにおいては 756 、547 cm‒1 付近の吸収ピークが存在し、530 cm‒1 の吸収ピークは存在しない。これらのスペクトルパターンはターフェアイトではなく、マスグラバイトと完全に一致している。

図8:当該石の FTIR 反射スペクトル(赤)。CGLのリファレンスサンプルであるマスグラバイト(緑)とターフェアイト(青) を並べて示した。

 

ラマン分光分析装置 (Renishaw InVia Raman System)を用いて測定したフォト・ルミネッセンス(PL)スぺクトルでは、685.5、686.6 nm 付近のツインピークが見られ(図 9)、両者のピーク強度はほぼ等しい。これらはCGLの先行研究 (文献 9) のマスグラバイトの特徴と一致する。ターフェアイトにも同様のツインピークが見られるが、この場合短波長側のピーク強度が明らかに強くなっており、ピーク位置もマスグラバイトのピークよりわずか短波長側へシフトしている。

図9:当該石の PL スペクトル(赤)。CGLのリファレンスサンプルであるマスグラバイト(緑)とターフェアイト(青)を並べて示した。Cr の発光によると考えられる 685.5、686.6 nm のツインピークが確認された。

 

図 10 は紫外可視分光光度計(JASCO V650)を用いて測定した UV–Vis–NIR スペクトルである。686 nm 付近の吸収ピークと、547、395 nm 付近にブロードな強い吸収が見られる。686nm の線吸収はハンディ・タイプの分光器でもはっきりと確認できる。これはルビーやレッドスピネルなどの Cr 含有宝石と類似しており、Cr による吸収だと考えられる。

 

図 10:当該石の UV–Vi‒NIR スペクトル。686 nm と 546、395 nm 付近の強い吸収は Cr による吸収であると考えられる。

 

マスグラバイトは希少性の高い宝石である上、赤色を呈するものの報告は極めてまれである。スイスの鑑別機関 SSEF が過去に赤いマスグラバイトの原石を報告した(https://www.ssef.ch/grandidierite‒and‒oth‒rare‒gemstones‒at‒ssef/)が、カット石の報告は今回が初めてとなる。残念ながら、この赤色のマスグラバイトの産地、産状などの情報は得られていないが、SSEFが報告した原石と同じくミャンマーのモゴック産の可能性がある。今後未だに鑑別されないで市場に流通するマスグラバイトに遭遇するかもしれないので、引き続き注視していきたい。

 

◆参考文献

1. 砂川一郎. 1982. タプロバナイトとターフェアイト. 宝石学会誌 Vol.9 No.4, 17–20
2. Kiefert, L. & Schmetzer, K. 1998. Distinction of taaffeite and musgravite. Journal of Gemmolo gy, 26(3), 165–167
3. Armbruster, T. 2002. Revised nomenclature of högbomite, nigerite, and taaffeite minerals. European Journal of Mineralogy, 14, 389–395
4. 岡野 誠, 北脇 裕士, 阿依 アヒマディ, 神田 久生. 最近のラボ・トピックス. 2006. 平成18年度宝石学会(日本)講演論文要旨集, 11–12
5. Abduriyim, A., Kobayashi, T., & Fukuda, C. 2008. Identification of taaffeite and musgravite using a non‒destructive single‒crystal X‒ray diffraction technique with an EDXRF instrument. Journal of Gemmology, 31(1/2), 43–54
6. Schmetzer, K., Kiefert, L., Bernhardt, H., & Burford, M. 2005. Gem‒quality musgravite from Sri Lanka. Journal of Gemmology, 29(5/6), 281–289
7. Schmetzer, K., Kiefert, L., & Bernhardt, H. 2000. Purple to purplish red chromium–bearing taaffeites. Gems & Gemmology, 36(1), 50–59
8. Lafuente, B., Downs, R. T., Yang, H., & Stone, N. 2015. The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
9. 間中裕二, 尾方朋子. 2009. 平成21年宝石学会(日本)「 最近遭遇するいわゆるレアストーンの鑑別について(その1)」. Gemmy, 151, 3–8 または https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/gemmy/151/77.html