CGL通信 vol61 「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析 ー 宝石学会(日本)2022年オンライン講演会より」
中央宝石研究所リサーチ室 趙政皓・江森健太郎・岡野誠
東京大学大学院理学研究科 賀雪菁・鍵裕之
最近、CGLにクリソコーラを含むと思われるビーズの石が鑑別依頼で持ち込まれた。しかし、EDS元素分析を行った結果、その石には高濃度のMg(マグネシウム)が含まれておりクリソコーラではないことが示唆された。この石の正確な鉱物種を明らかにするため、ラマン分光、赤外吸収スペクトル、粉末X線回折などの複合的な分析を行った。その結果、検査した石の主な組成はクリソコーラではなく、タルクであることがわかった。
背景と目的
クリソコーラは淡青色や青緑色を呈する銅を含むケイ酸塩鉱物の一種であり、マラカイトやアズライトなどの銅鉱物と同時に産出されることが多い。その化学組成は一般的にCu2–xAlxH2–xSi2O5(OH)4·nH2O(x<1)とされているが、結晶化度が非常に低く、原子座標まで明白な結晶構造はわかっていない。
最近、我々のラボに見た目にクリソコーラを含むと思われる石が鑑別依頼で持ち込まれた(サンプルB1〜B6、図1)。石は直径10 mm弱のビーズに研磨され、それぞれ淡青色、濃青色と緑色の箇所で構成されている。赤外反射スペクトル、ラマン分光分析と蛍光X線分析を行った結果、濃青色箇所はアズライト、緑色箇所はマラカイトであることが明らかになった。しかし、クリソコーラと思われる淡青色箇所には、クリソコーラにはほとんど存在しないはずの高濃度のMg(マグネシウム)が検出された(表1)。したがって、淡青色箇所は実際クリソコーラであるかどうか疑問が持たれた。そこで、本研究ではこの淡青色箇所の正確な鉱物種を明らかにすることを目的にした。
表1 クリソコーラの淡青色箇所を蛍光X線分析装置で測定した結果の平均値
サンプルと測定方法
本研究には前述したビーズ石6点(B1〜B6)の他、比較するためクリソコーラ原石4点(R1〜R4)と、研磨された石2点(R5、 R6)を用意した(図2)。研磨された石はクォーツ中にクリソコーラが含まれているものになる。以下はこれら比較するための石をR組と呼ぶ。ビーズ石とR組石の重量、産地、蛍光X線元素分析によるmol濃度を表2に示した。
表2 本研究で用いたサンプルと元素組成
赤外反射スペクトル測定は日本分光社製FTIR(FT/IR4100)、RamanスペクトルはRenishaw InVia Raman System、蛍光X線元素分析は日本電子社製JSX1000Sを用いた。その後、ビーズの石2点、R5以外のR組石をメノウ乳鉢で粉砕し、RIGAKU社製MiniFlex 600を用いて粉末X線回折分析、Bruker社製INVENIO Rを用いてFTIR透過スペクトル測定を行った。
分析結果と考察
本研究において実験結果の解析を正確に行うため、データベースRRUFFに収録されたスペクトルと回折パターンのデータを参考にした。RRUFFはアリゾナ大学が運営しており、5000以上の鉱物種で約10000のサンプルのラマンスペクトルやX線回折パターンなどを収録した最も権威のある鉱物データベースである。
ビーズ石はすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルB3を代表として示した。また、R組についてもすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルR2を代表として示した。
◆ラマン分光分析結果
それぞれのサンプルについてラマンスペクトルを取得した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図3に示す。サンプルR2とR060547のラマンスペクトルは一致し、両者とも3620 cm–1付近にピークが存在し、そのピークの低ラマンシフト側にブロードなピークが存在する。また、415 cm–1付近に連続したピークが存在する。一方、B3のラマンスペクトルは3676 cm–1付近に鋭いピークと369 cm–1付近に弱いピーク、195 cm–1付近に明瞭なピークが存在しており、R1、R060547のラマンスペクトルと一致しない。
◆FTIR透過スペクトル
それぞれのサンプルについて,ATR法による赤外吸収スペクトルを測定した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図4に示す。サンプルR2とChrysocolla R060547のFTIR透過スペクトルはラマンスペクトル同様一致している(図4)。両者とも2800 cm–1から約3600 cm–1に不明瞭でブロードなピークが存在するが、ビーズ石B3のスペクトルには3676 cm–1付近に鋭いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるOHの存在形態に大きな差があると考えられる。また、クリソコーラのスペクトルには1000 cm–1付近の強いピークと675 cm–1付近の弱いピークが存在するが、ビーズ石のスペクトルには966 cm–1と667 cm–1付近にともに強いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるSi–O結合の振動に差があると考えられる。ラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルから、これらのビーズ石の淡青色部分はクリソコーラではない可能性が極めて高いと考えられる。
◆X線回折パターン
粉砕したサンプルについて粉末X線回折パターンを測定した。ビーズ石B3淡青色箇所、原石サンプルR2に加え、RRUFFデータベースのChrysocolla R060547のX線回折パターンを加えたものを図5に示す。図5のChrysocolla R060547、原石サンプルR2のデータが示すように、クリソコーラは元来結晶化度が低く、X線回折パターンにおいては明瞭なピークは存在せず、いくつかのブロードなビークが存在するのみである。一方、ビーズ石B3のX線回折パターンには明瞭なピークが多く出現しており、結晶化度が高い鉱物であることを示唆している。蛍光X元素分析の結果と照らし合わせ、いくつかのケイ酸塩鉱物のX線粉末回折結果と比較した結果、ビーズ石のX線回折パターンはタルクのX線回折パターンと完全に一致することが明らかになった。図6には、ビーズB3のX線回折パターンと先行研究によるタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002)を示している。RRUFFに収録されているタルクのX線回折パターンにも一致しているが、先行研究による未処理のX線回折パターンとの一致性がより高いためここで表示した。
◆ビーズ石とタルクのラマンスペクトル、赤外吸収スペクトルの比較
ビーズ石淡青色箇所のラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルについて、RRUFF Talc R040137のデータと比較した結果、それらは一致することが明らかになった(図7、図8)。
図7に示しているように、両者のラマンスペクトルには195 cm–1付近、370 cm–1付近、678 cm–1付近と3676 cm–1付近のピークが一致している。また、赤外吸収スペクトルについても図8で示した通り668 cm–1付近、968 cm–1付近と3677 cm–1付近のピークが一致している。更に、タルクの化学組成はMg3Si4O10(OH)2であり、そのMg(マグネシウム)とSi(ケイ素)の比率は表1に示した組成と近い。以上のことから、ビーズ石の淡青色箇所の鉱物種はタルクであることが判明した。
まとめ
今回持ち込まれたサンプル(B1〜B6)は、アズライトとマラカイトが同時に存在するものの、ビーズ石の淡青色の箇所はクリソコーラではなかった。その淡青色箇所のラマンスペクトル、赤外吸収スペクトル、X線回折パターンはすべてタルクのスペクトルや回折パターンと一致していることから、タルクであることが判明した。この青いタルクは外見的にはクリソコーラと区別が難しいため、正確な鑑別にはラマン分光分析などを用いた分析を行う必要がある。また、この淡青色のタルクにおける銅の存在形式などの問題はまだ解明していないため、今後は引き続き調査する予定である。
参考文献
[1] Lafuente B., Downs R. T., Yang H., & Stone N. (2015). The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
[2] Chen HF., Lin S., Li YH., & Fang JN. (2020). Dyed chalcedony imitation of chrysocolla–in–chalcedony. Gems and Gemology, 56(1), 188–189
[3] Temujin J., Okada K., Jadambaa TS., Mackenzie K. J. D., & Amarsanaa J. (2002), Effect of grinding on the preparation of porous material from talc by selective leaching. Journal of Materials Science Letters, 21, 1607–1609