CGL通信 vol59 「IGC Online Gemmological Seminarに参加して」
リサーチ室 江森健太郎、趙政皓、北脇裕士
2021年11月20日(土)、21(日)に国際宝石学会(International Gemmological Conference)、通称IGC、主催のオンライン宝石学セミナー(Online Gemmological Seminar)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者ら3名が聴講し、江森が発表を行いました。以下に概要を報告します。
IGC Online Seminar概要
IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度各国の持ち回りで本会議が開催されています(写真1–1〜3)。本来であれば、2021年に第37回会議が日本で開催される予定でした(写真2)が、コロナ禍において中止となり、2023年に開催の延期が決定されています。本会議が2年延期になったため、研究交流が滞ることを回避するため急遽オンラインでの開催が企画されました。今回はじめて行われたオンライン宝石学セミナーは、過去2年に行われた宝石学研究の最新動向についてzoom meetingを用いて開催されました。
講演は、11月20日(土)、21(日)の両日ともGMT(世界標準時)12:00から開始され3時間半ほど行われました。日本時間では夜の9時から始まり午前零時を回るため、筆者らはそれぞれの自宅での参加となりました。
発表は質疑応答を含めてひとり15分が割り当てられていましたが、しばしば白熱した質疑が行われ、進行は遅れがちとなりました。2日間の発表内容は、ダイヤモンド4件、コランダム7件、その他色石9件(エメラルド、長石、トパーズ、ガーナイト、ジェダイト、ダイアスポア、トルマリン、クォーツ、トルコ石)、真珠3件の合計23件でした。これらの発表の中で特に興味深かったものをいくつか紹介します。
なお、弊社リサーチ室からは真珠セッションで「Analysis of Japanese Akoya Cultured Pearls using LA–ICP–MS(LA–ICP–MSを用いた国産アコヤ養殖真珠の分析)」というタイトルで発表を行いました(この研究についてはCGL通信で別途掲載される予定です)。
IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)。
タイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドが照射により燐光抑制を受けることについての研究の進捗状況
中国地質大学(武漢)の研究者Tian Shao氏はタイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドの燐光が電子線照射により抑えられる原理について発表しました。HPHT合成ダイヤモンドを天然ダイヤモンドから分離するための一般的な装置として、HPHT合成ダイヤモンドに特徴的なグリーニッシュイエローの燐光を利用したものがあります。しかし、ダイヤモンドに電子線を照射することで燐光が抑制されることが報告されています。
(この現象についてはCGL通信46号「無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドへの電子線照射処理実験報告」に詳しく掲載されています。URL: https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/46/77.html)。
この現象のメカニズムは不明ですが、窒素とホウ素の間のドナー・アクセプターペア再結合(donor–acceptor pair recombination, DAPR)がグリーニッシュイエローの燐光の原因であると言われています。発表者らは、HPHT合成のIIb型ダイヤモンドに電子線照射を行い、燐光が失われることを確認しました。フーリエ変換型赤外分光法(FTIR)、電子常磁性共鳴(EPR)、フォトルミネッセンス分析(PL)を用い、照射前後のダイヤモンドの欠陥について調べた結果、照射後においてFTIRにおける中性のホウ素(BS0)およびEPRにおける単離された中性窒素(NS0)の信号が失われたことを確認し、代わりにPLとEPRにおいて中性空孔(V0、GR1)と負に帯電した空孔(V-、ND1)が検出されました。したがって、空孔(GR1)が窒素とホウ素との間で相互作用を起こし、DAPRを切断している可能性があり、さらなる研究が進行中だそうです。
デフォーカスPL測定についての予備研究
L. Speich(Swiss Gemmological Institute SSEF)らの発表
スイスのSSEF、L. Speich氏らはレーザービームの焦点をぼかして(デフォーカス)測定を行うPL深度プロファイル測定について発表をしました。デフォーカスを用いたPL深度プロファイル測定は宝石学分野においては非常に面白く、将来興味深い測定方法となりえる可能性があります。検出器の飽和を防ぐことが不可能な場合、デフォーカスを利用し、高強度のPLおよびラマン信号を低減することも可能です。
スイス宝石学研究所(SSEF)において、ダイヤモンドラマンピーク(DRP)およびさまざまなPLにおいてアクティブな光学中心に対するレーザースポットのデフォーカスに対する影響を理解するための測定を行っており、PLピークを415.4 nmに生成するN3センターと738.7 nmに生成するSiVセンターについて室温条件で調査を行いました。グリーン(532 nm)とバイオレット(405 nm)のレーザー光源を用い、レーザービームをダイヤモンドのテーブルに焦点を合わせた位置から上方6000 μm、下方6000 μmの間で変化させながら分析を行ったところ、N3センターの強度の最大値はDRPが最大となるダイヤモンド表面でした。しかし、CVD合成ダイヤモンドのSiVピークの最大値はDPRが最大強度となるダイヤモンド表面ではなく、ダイヤモンドの表面から約1750 μm下で観察されました。また、ダイヤモンドの表面にSiVの深さプロファイルのショルダーが見られました。DRPとPLピークの振る舞いの違いが光学現象によるものなのか深さによるSiV欠陥の濃度変化によるものなのかを調べるため、さらなる調査が必要だとのことです。
タイ東部、トラットーチャンタブリ産ルビーとサファイアのケミカルフィンガープリント
タイGITの研究者Supparat Promwongnanはタイ東部のトラットーチャンタブリから産出されるルビーまたはサファイアの化学組成について発表しました。
タイのトラットーチャンタブリの宝石コランダムを含む堆積物は新生代後期のアルカリ玄武岩と関連しています。ルビーと青緑黄色(BGY)サファイアは、新生代アルカリ玄武岩質マグマによって地表に運ばれる以前に2つの異なる起源を有すると考えられています。ルビーは上部マントルで形成された苦鉄質グラニュライトの高度変成岩に由来しますが、BGYサファイアはマグマ起源で、中部または下部地殻において閃長岩質メルトから結晶化および/またはその交代作用に由来します。
発表者らはトラットのBo Rai鉱床のルビー(サファイアはなし)とチャンタブリーのBo Welu鉱床のルビー、サファイアのサンプルを収集し、EDXRFを用いて主要元素・微量元素組成の分析を行いました。
両地域のルビーの化学組成はFe、Crが多く、Cr2O3/Ga2O3比やVとGaの含有量が乏しいことから、超苦鉄質岩(上部マントル)起源であることを示しました。また、Bo Welu鉱床のブルー、グリーン(BG)サファイアの化学組成はFe濃度が顕著に高く、Cr2O3/Ga2O3比やGaが非常に豊富であることから、閃長岩マグマから結晶化した可能性があることを示しました。また、世界中の玄武岩関連のBGサファイア(オーストラリア、マダガスカル、ナイジェリア、カンボジア、ラオス)と比較し、Bo Welu鉱床のサファイアはナイジェリア、カンボジア、ラオス産の玄武岩サファイアと比べFe/Ti比が高く、他の鉱床の玄武岩質サファイアよりV含有量が低い傾向にあることを示しました。
マダガスカルIlakaka産の非加熱ピンクサファイアにあるジルコンインクルージョン:ラマン分光法による研究
スイスSSEFの研究者M. S. Krzemnicki氏がマダガスカルIlakaka産ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのラマンスペクトルの研究について発表しました。Ilakaka産ピンクサファイアは商業的に重要で、たいてい丸みを帯びたジルコンを内包しています。ジルコンはさまざまな地質環境で生成するため、宝石学上有益な情報を提供してくれます。さらに、ジルコンインクルージョンのラマンスペクトルにおける1010 cm–1付近のν3ピークが熱処理と関連していると考えられているため、鑑別上注目されています。しかし、彼らが未加熱のサンプルにおけるジルコンインクルージョンを分析した結果、異なるサファイアだけでなく、同じサファイアの中にある隣接するジルコンインクルージョンも異なるν3ピークを示しました。彼らの実験結果によると、未加熱ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのν3ピークの半値幅は7.5~17.6 cm–1と非常に幅があり、中央値は10以下となります。よって、マダガスカル産ピンクサファイアの熱処理の判断をジルコンインクルージョンのラマンスペクトルのみで行う場合は間違いを犯さないよう慎重にとのことです。
サファイアに対する低温熱処理の影響:包有物とFTIR分光法
アメリカGIAの研究者Sudarat Saeseaw氏がFTIRによるサファイアの熱処理鑑別について発表しました。サファイアの赤外線スペクトルにおいて、3309シリーズ(3309、3232、3185 cm–1)、3161シリーズ(3161、3242、3355 cm–1)と3000シリーズ(3010–3070 cm–1のバンドと3195、2625、2463、2415 cm–1のピーク)が熱処理鑑別に注目されています。彼女たちは3グループのサファイア(イラカカ産ピンクサファイア、玄武岩起源ブルーサファイア、3161 cm–1吸収を示すイエローサファイア)を加熱し、その赤外線スペクトルの変化を研究しました。ピンクサファイアについて、11個すべてのピンクサファイアの赤外線スペクトルでは3309 cm–1吸収が弱くなり、9つのサンプルだけが3232 cm–1吸収を示し、3185 cm–1吸収は出現しませんでした。玄武岩ブルーサファイアについて、700、900 ℃で加熱すると3309 cm–1吸収が弱くなり、3232 cm–1吸収が強くなりました。ただし、最初から強い3232 cm–1吸収を示したサンプルは、熱処理した後でより強い3309 cm–1とあまり強くない3232 cm–1吸収を示しました。イエローサファイアについて、900 ℃以下での加熱では3161 cm–1吸収に変化はありませんが、900 ℃以上で加熱すると弱くなり、さらに3000シリーズ吸収が出現し、2625 cm–1バンドを示しました。まとめると、3000シリーズと2625 cm–1吸収が低Feイエローサファイアの熱処理の有力な指標と見られますが、3161 cm–1吸収は900 ℃以下での加熱では処理の前後で変化しないため、低温下の熱処理の指標には使用できません。ピンクサファイアについて、3309シリーズが重要な指標と考えられます。玄武岩ブルーサファイアの赤外線スペクトルがより複雑なので、さらなる研究が必要となります。
銅拡散処理された赤長石の蛍光特性と同定
中国地質大学(武漢)の研究者Qingchao Zhou氏が長石の銅拡散処理の新たな鑑別の可能性について発表しました。彼らは無色のオレゴン産の長石をCuOとともに高温下で加熱して銅拡散処理長石のサンプルを得て、これらの銅拡散処理長石と、アメリカオレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーン、チベット産といわれている赤色長石とを蛍光分光スペクトルで比較しました。その実験結果により、310nmのLEDを励起源として測定すると、オレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーンと異なり、銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は、394 nmと555 nm付近で典型的な強い蛍光発光が確認できました。この違いは発光色としても目視で確認することができます。すなわち銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は310nmのLEDを照射すると強い紫青色蛍光を発します。以上のことにより、蛍光スペクトルによって速やかに銅拡散処理長石をオレゴン州とエチオピア産の未処理石と識別できることがわかりました。
ナイジェリア産青いガーナイトの色のメカニズムと熱処理
ドイツGGAの研究者Tom Stephan氏が、ナイジェリア産ガーナイト(亜鉛スピネル)が青色を示す原因とその熱処理について発表しました。彼らが使用したサンプルを分析した結果、波長分散型電子マイクロプローブによって純度は91 mol%のZnAl2O4であり、8 mol%のFeAl2O4と0.015~0.025 wt%のCoOを有するものでした。200~2500 nmの紫外–可視–赤外スペクトルにおいて、Fe2+、Co2+、Fe3+の電荷移動による吸収が青色の領域に透過窓をつくっていることを明らかにしました。また、9つのサンプルのうち2個を加熱すると、サンプルが緑色になりました。これは、加熱によってFe3+による影響が強くなったことが原因だと考えられています。加熱したサンプルが可視光領域においてFe3+の吸収が強くなり、Fe3+–O2-電荷転移(OMCT)により青い光と紫外線が吸収されることで、透過窓が緑色の領域へ転移しました。
ブラジル産銅含有トルマリンのCuを含む薄いシート状インクルージョン
スイスSSEFの研究者Hao. A. O. Wang氏らはブラジル産、グリーンの銅(Cu)含有トルマリンの銅(Cu)を含む薄いシート状インクルージョンについての発表を行いました。この珍しいインクルージョンはC軸方向に平行に配向していました。著者らは、集束イオンビーム (FIB) と走査型電子顕微鏡 (SEM)を組み合わせ、サンプルを切断し、インクルージョンの断面を調査しました。その他、マイクロFTIR、空間分解放射光X線吸収分光法 (XAS) で調査した結果、銅(Cu)が薄いシート状インクルージョン中に金属相としておそらく存在することを示しました。また、この薄いシート状インクルージョンの近くにエルバイト以外のトルマリンが存在する可能性も示しました。発表者らの予備的な観察に基づくとCuが含まれる薄いシート状インクルージョンは金属銅であり、これらのインクルージョンが銅(Cu)含有トルマリンホストからのエピジェネティックな溶出により形成されたという仮説が議論されています。これらはブラジルの銅(Cu)含有トルマリン中の酸化条件に関する重要な情報を提供する可能性があります。