CGL通信 vol54 「Be拡散加熱処理コランダムの現状調査報告」
リサーチ室 江森 健太郎
CGLリサーチ室は、平成25年度宝石学会(日本)一般講演会にて「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状」、33rd International Gemmological Conference (Vietnam, 2013)において「The present situation of Beryllium diffusion corundum」というタイトルでベリリウム拡散加熱処理コランダムについて講演を行っており、その内容はCGL通信 vol.16 「ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状−平成25年宝石学会(日本)より−(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/16/21.html)」に掲載されている。当報告は2012年の1年間にCGLに鑑別依頼で供された全コランダムの統計であったが、本報告ではその後2014年~2018年の5年間について改めて調査を行った。精査の結果、2012年とほぼ同様の結果が得られ、Be拡散加熱処理は現在においても定常的に行われていると考えられる。
◆ ベリリウム拡散加熱処理コランダムについて
2001年9月頃より、高彩度のオレンジレッド、オレンジ色、ピンク色および黄色のサファイアが宝石市場に広くみられるようになった。中でもオレンジピンクからピンクオレンジのいわゆる「パパラチャ」のバラエティネームで知られるサファイアが大量に出現したため業界中の関心事となった。これらのサファイアには従来の加熱処理には見られない外縁部にカット形状に沿った色の層(カラードリム)が分布しており(図1)、その生成に疑問が持たれた。
国際的な鑑別ラボによる精力的な調査の結果、この加熱手法は外来添加物であるクリソベリル起源のベリリウム(Be)を高温下でコランダム中に拡散させるという新たな手法であることが判明し、ベリリウム拡散加熱処理(以下Be処理)と呼ばれるようになった(文献1)。その後、バイオレット、グリーン、ブルー等の色調のサファイアやルビーにもこのBe処理が施されたものが出現している(図2)。
Beは軽元素であり、拡散している濃度も極めて低いため、鑑別ラボで従来使用されていた蛍光X線元素分析装置等では検出が不可能で、SIMSやLA–ICP–MSといった高感度の質量分析装置が必要となった。今日、先端的なラボではLA–ICP–MSが導入され、日常のBe処理鑑別に活用されている(文献2)。
Be処理が確認された当初は、未処理の天然サファイアおよびルビーにはBeは内在しないと考えられていたため、LA–ICP–MSでBeが検出されればBe処理であると考えられてきた(文献3)。しかし、近年、Be処理が行われていない天然サファイアにもBeが検出される事例が複数報告され(文献4、文献5)、Be処理の鑑別を困難にしている。
◆ ベリリウム拡散加熱処理コランダムの数的変動
ベリリウム拡散加熱処理コランダム(以下Be処理コランダム)の数量統計について紹介する前に2014年~2018年においてCGLに供されたコランダムの色別割合を図3に示す。数的にはルビー、ブルーサファイアが多く(双方を足して全コランダムの75%程度を占める)、次いでピンク~オレンジの色相、次いでイエロー系、その他(紫、緑系、バイカラー等を含む)となっている。数パーセントほどの差はあるものの、2014年から2018年にかけ各色の割合はほぼ変化がないと言える。
次にコランダム全色の中でのBe処理コランダムの割合を図4に示す。
これはそれぞれの年度ごとに「Be処理」「未検査」「Be未処理」の3つの割合を表記したものである。「未検査」という項目は、CGLにおいてLA–ICP–MSを用いて検査する必要性があると判断したが、主として顧客都合(LA–ICP–MS分析は有料である為)でLA–ICP–MS分析が行われなかったものである。Be処理されていると鑑別結果を提出したコランダムは全体の1.7−2.1%程度であり、わずかながら増加傾向にある。しかし、未検査の項目は2014年の1.6%から2018年の1.2%と下降傾向にあるため、総合するとBe処理コランダムの割合について変化はないように見える。
Be処理コランダムの色別割合を図5に示す。2014年〜2018年度の年もピンク~オレンジの色相が一番多く、次いでイエロー、レッド、ブルーおよびその他と続くが、割合の数値自体は年によって異なる。
各色のBe処理の割合を図6(a)〜(e)にまとめた。これは図4同様それぞれの色ごとに「Be処理」「未検査」「Be未処理」と分けたものであり、Be処理コランダムの個数としてはピンク~オレンジの色相のものが一番多いが、Be処理が行われている割合そのものはイエロー系のコランダムが大きいことがわかる。イエロー系に関して、2018年は全体の17.0%がBe処理であり、未検査のコランダムの中にBe処理されたものが含まれている可能性を加味すると、20%近いコランダムがBe処理と考えられる。一方、Be処理が施されている数が最も少ないのはブルー、その他であるが、毎年継続的にBe処理が施されているものを鑑別している。
図6.色系統ごとのBe処理の割合
(a)赤系、
(b)ブルー系
(c)イエロー系、
(d)ピンク~オレンジ系、
(e)その他の色。
■:Be 処理
■:未検査
■:Be 未処理
◆ Be処理コランダム中のBe濃度
2014〜2018年に分析したBe処理コランダム中に含まれるBe濃度とその個数についてのヒストグラムを図7(a)〜(d)に示す。平均値は、赤色系は12.67 ppmw、ブルー系9.53 ppmw、イエロー系10.48 ppmw、ピンク系10.03 ppmwであった。平均値とグラフの中央値がずれて見えるのはグラフでは20 ppmw以上のものを省略しているからであり、各色の最大値は赤系48.89 ppmw、ブルー系33.82 ppmw、ピンク~オレンジ系52.46 ppmw、イエロー系71.39 ppmwであった。各色ともに平均値は10 ppmw前後であり、5 ppmw〜13 ppmwのもので半数近くを占めるという結果になった。これは筆者らが(文献5)で発表したものと、同一の結果である。
◆ おわりに
2014年~2018年にCGLに鑑別依頼で供されたBe処理コランダムについて統計的にまとめた。Be処理コランダムはその出現からおよそ20年が経っているが、調査をした5年間においてBe処理コランダムの割合に変化はなく、Be処理は定常的に行われていることがわかった。特にイエロー系については20%近くの石にBe処理が施されている。
Be処理コランダムを看破するには、カラードリムの確認、カラードリムが確認できないものに対してはLA–ICP–MS分析が必須となっている。しかし、Beが検出されたコランダムには天然起源のBeを含有するサファイアや、Be処理に用いたるつぼや炉の再利用といった二次汚染といった問題もあるため(文献5)、慎重な判断を下す必要がある。CGLではBe処理に限らず、さまざまな処理について、正確な開示を行えるよう継続的な研究を行っている。
◆ 参考文献
1.Emmett J.L., Scarrat K., McClure S.F., Moses T., Douthit T.R., Hughes R., Novak S., Shigley J.E., Wang W., Bordelon O., Kane R.E.「 Beryllium diffusion of Ruby and Sapphire (Gems & gemology, 39(2), 84–135,2013)」
2.Abduriyim A., Kitawaki H. 「Applications of Laser Ablation–Inductively Coupled Plasma–Mass Spectrometry (LA–ICP–MS) to Gemology (Gems & gemology, 42(2), 98–118, 2006) 」
3.Emmett, J.E., Wang W. 「The Corundum group, Memo to the Corundum Group: How much beryllium is too much in blue sapphire – the role of quantitative spectroscopy. 26 August 2007」
4.Shen A., McClure S., Breeding C. M., Scarratt K., Wang W., Smith C., Shigley J.「Beryllium in Corundum: The Consequences for Blue Sapphire (GIA Insider, Vol.9, Issue 2 (January 26, 2007)) 」
5.Emori K., Kitawaki H., Okano M. 「Beryllium Diffused Corundum in the Japanese Market, and Assessing the Natural vs. Diffused Origin of Beryllium in Sapphire (The Journal of Gemmology, 34(2), 130–137, 2014) 」