CGL通信 vol53 「Mineralogical Society of America Centennial Symposiumに参加して」
東京大学大学院理学系研究科 鍵 裕之
2019年6月20日から21日の2日間、米国ワシントンD.C.のカーネギー研究所で開かれたアメリカ鉱物学会 (MSA, Mineralogical Society of America) の100周年記念シンポジウム (MSA Centennial Symposium: The Next 100 Years of Mineral Sciences) に参加した。文字通り、鉱物科学が今後100年でどのように発展していくかを議論するシンポジウムである。会場となったとなったカーネギー研究所のScience Buildingは、ホワイトハウスから真北に1.5 kmほどの距離にあり、Washington D. C.でも閑静な町並みの中にある。研究所に面した歩道の街路樹ではリスが愛嬌を振りまいていた(アメリカではリスは庭を荒らす害獣とみなされているはず)。(写真1,2,3)
会議は朝8時20分から夕方5時半まで午前・午後一回ずつのコーヒーブレイクとランチタイムをはさみながら、まるまる2日間みっちりと行われた。今回のシンポジウムでは以下に挙げる14のテーマが用意された。
「持続可能な開発と鉱物資源の利用」
「原子レベルから地形レベルに至る生物地球化学的物質循環」
「変成岩岩石学の第2の黄金時代」
「鉱物分析の進歩」
「大陸の起源」
「深部起源ダイヤモンドの包有物」
「博物館における鉱物コレクション」
「シンクロトロンを用いた高圧下での鉱物研究」
「地球外の鉱物学」
「鉱物学、結晶学、岩石学におけるデータ駆動型発見の可能性」
「考古学資料への応用鉱物学的なアプローチ」
「宝石の科学的評価」
「アパタイトの社会的関連性」
「鉱物と産業:ダストの健康影響」
各テーマに1時間が割り当てられ、モデレーターのイントロダクションに続いて、二人の講演者がそれぞれ20分の持ち時間で最近の研究動向と今後100年で展開が予想される未来について熱弁を振るった。二人の講演が終わったところで会場から質問と議論を受け付けるが、さすがアメリカだけあって議論がつきない。質問や議論にとどまらず、今後の鉱物学について自らの考えを説く参加者も多くいた。現在、アメリカ鉱物学会のホームページでワークショップの講演がビデオデータとして公開されているので、興味のある方は是非ご覧いただきたい。
(http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1)
MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。
いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、
「アパタイトの社会的関連性」
「鉱物と産業:ダストの健康影響」
のような医学鉱物学 (Medical mineralogy ) 分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。
私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。
Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。
Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。
「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAの Wuyi Wang博士が装飾用の合成ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、合成ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。合成ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収、フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから合成ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。
同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP–MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg(マグネシウム), V(バナジウム), Sn(スズ)濃度を使った研究、酸素同位体やSr(ストロンチウム)やPb(鉛)といった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑別に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。
初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。◆
【著者紹介】
鍵 裕之
1965年 生まれ
1988年 東京大学理学部化学科卒業
1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退
1991年 筑波大学物質工学系助手
1996年 ニューヨーク州立大学研究員
1998年 東京大学大学院理学系研究科講師
2010年 同 教授 現在に至る。
■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化