CGL通信 vol50 「ダイヤモンドの結晶と欠陥」
関西学院大学 理工学部 鹿田 真一
常日頃ダイヤモンドを扱われているCGL通信読者の方も、結晶や欠陥について考える機会は多くない、のではないでしょうか。「合成ダイヤモンド」元年といわれる2019年の今、一度、基本に戻ってお読み頂き、天然と合成の違いを考えるのも「をかしき」ことかと、しばしお付き合い願えれば幸いです。
1)sp3混成軌道と単位格子
ダイヤモンドの全性質がここに起因する基本である。炭素Cは6個の電子を持ち、周期律表の1段目K核に2個、2段目のL核に4個ある。順番に詰めると図1のa)に示すような軌道であるが、エネルギー的に安定なb)の sp3 混成軌道(Hybrid orbital)が形成され、c)のような形の軌道が形成される。この正四面体構造を取る sp3結合の形が「対称性」を決め、「物性」を決め、「転位」を決める。
a)軌道に順番に電子を詰めた場合
b)sとpが混ぜられたsp3混成軌道
c)sp3混成軌道の形
図2にダイヤモンドの単位格子と(010) (110) (111) 面への投影図を示す。(面の定義は後述する。)単位格子の角(1〜8)はまたがる他の単位格子と共通の原子で1/8の寄与、白抜きの原子(A〜F)は角面の中心にあり、隣の単位格子と折半(1/2の寄与)しており、橙色の4原子(a~d)は全て格子内にあり、位置は格子定数の1/4入ったところである。つまり合計8個の炭素を単位格子に含む勘定である。ちなみに、Siは周期律表3段目のM核で、全く同様のsp3結合を構成しており、結晶構造も全く同じである。b)c)d)は、各々(010)、(110)、(111)面から見た投影図である。外に記載の数字、アルファベットは重なって裏にある原子を示している。
a)単位格子
b)(010)面投影図
c) (110)面投影図
d)(111)面投影図
2)面指数と方向指数
後述の欠陥を記述するため、先に面指数の付け方を復習し、図3に示す。まずは面と軸の交点を出し、その逆数を取り、整数に直す事で面指数が求まる。マイナスの場合は、
のように上に線をつけて(イチ イチバー ゼロ)と読む。
印刷の都合で(1–10)と書く場合もある。なお、中央の図で、2つは等価面であり、右端の例では
も等価面である。
続いて、方位の付け方を図4に示す。r = ha + kb +lc の3成分を [h k l ] 方向とする。付け方としては原点からの座標を出し、整数に直すだけである。なお、等価面をまとめて示すことも多く、例えば
をまとめて{111}と記載する。
方向も
をまとめて<111>と表示する。
模型が手元にあると、面や方位の勘違いや記載ミスがなくなるので、便利である。図5に示す結晶の模型はTALOUという会社が作っているモル・タロウ(http://www.talous–world.com/)のダイヤモンドセットで、透明、ブルー、ピンクの3種類あるので、是非作って1つ手元に置いて頂ければ、販売店のデコレーションにも、顧客との会話にもプラスになろうかと思います。
1–138–0571 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルブルー CDC-1
1–138–0560 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルピンク CDC-2
1–138–0561 モル・タロウ ダイヤモンドセットブリリアントクリア CDC-3
ちなみにwwwで簡単に購入可(https://www.kenis.co.jp/onlineshop/product/11380583)が安い。図5に示した模型は単位格子の角をピンクにして、わかりやすくした作成例である。ちなみに、ブルーはドーパントのつもりでいれた。図5の右下に映っている紙の模型も面方位の理解に役に立つ。簡単に作成できる。末尾付録図に展開図を入れたので、これをA3の厚紙か、和紙に拡大コピーして作成下さい。
3)ダイヤモンドの結晶欠陥
結晶中のsp3結合の図を図6のa)に示す。中央の炭素は2,3,4の番号をつけた炭素で支えられ、2,3,4の平面よりわずかに位置が高い。また直上に1番の炭素がある方向が[111]方向であり、この位置関係は等価の4種類あることがわかる。この中央と2,3,4が連なるとb)に示すように六角形にみえる疑似平面(中央炭素のみが少し高い)ができる。これを斜めから見たのがc)である。これが(111)面を切り出した面となる。
a)sp3結合
b)(111)面の一層の上から見た図
c)b)の斜め横から見た図
次に、二層目の疑似平面を通常の結晶の規則に従って結合させたのが図7である。b)はsp3におけるa)の茶色の炭素の位置を示す。c)は一層目と二層目のsp3の重なりを表し、左は正常、右は60°ねじれた場合を示す。通常ダイヤモンドは、六角形を交互ずらすように[111]方向に積層した構造である。
a)二層目を結合させた図
b)茶色の炭素の位置
c)上下のsp3 左:正常な場合、右:ねじれた場合
これに対して、最も発生しやすい60°転位の例を図8に示す。六角形の上に60°ねじれて積層された状態で、下の六角形が透けて見える。このように欠陥は基本的に、結合一本のところがずれる事によって発生し、ずれ方向により欠陥の種類が決まる。すべりやすい面を単位格子で見ると図9に示す4つの(111)面となる。
a)60°回転して一層目に二層目を結合させた図
b)a)を斜め横から見た図
4)転位の種類
転位を含む格子のループからバーガーズベクトル(b)というベクトルを定義し、それと転位ベクトル(tベクトル)の角度を求め、その角度を転位の呼称にしている。その例を表1に示す。
表1.バーガーズベクトルと転位ベクトルによって決まる転位の種類例
このように0°(らせん)、30°、45°、60°、54°、73°、90°(刃状)が知られている。欠陥ベクトルは、表にあるように<001>、<110>、<111>に加え、単位格子の半分の成分を持つ<112>が殆どである。まれに<113>, <114>なども存在するようである。実際の結晶で転位を同定するのは、X線トポグラフィを用いる。従来欠陥が多すぎて、写真が真っ黒になり判別不可能なケース、c軸方向に長いものなど、実際の同定はかなり困難である。合成ダイヤモンドの転位は、高温高圧(HPHT)と気相合成(CVD)でかなり異なるが、転位密度は天然より少ないようである。またこの辺に関しては、次回の稿で紹介する(CGL通信No.52へ)。◆
鹿田真一
1954 生
1978 京都大学工学部卒
1980 京都大学大学院工学研究科修士課程卒
職歴
住友電気工業
光通信用デバイス研究開発と事業
(GaAs IC, ダイヤモンドSAWデバイス)
産業技術総合研究所
ダイヤモンドの基盤技術とパワーデバイス研究
関西学院大学 理工学部
ダイヤモンド中心にワイドギャップ材料とデバイスの研究
現在:関西学院大学 理工学部 教授
<付録図.結晶模型の展開図>