CGL通信 vol50 「ベトナムLuc Yen産ルビー&サファイアの宝石学的特徴」
リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士
概要
ベトナム産ルビーはミャンマー産のものに匹敵する品質を持つものも存在しており、その産地鑑別は宝石学では重要な課題の1つとなっている。また、他の色のベトナム産サファイアについては、市場性は低く、そのため宝石学的特性もあまり知られていない。本研究ではベトナムLuc Yen産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)の宝石学的検査とLA–ICP–MS分析を行い、産地鑑別の可能性について検証を行った。ベトナムLuc Yen産コランダムは非玄武岩起源のコランダムに分類され、青色系はLA–ICP–MS分析によるGa vs. Vプロット、赤色系はFe vs. Vプロットが同じ非玄武岩起源のコランダムと区別する際の指標となることがわかった。
はじめに
ベトナムは地理的にアジアの宝石が豊富な国々に囲まれているにもかかわらず、1980年代まで商業的な宝石採掘は行われていなかった。1983年にハノイから北東へ150kmのYen Bai地方Luc Yenで地質学者がルビーとスピネルを発見した。これがきっかけとなり、系統的な調査が開始され、1987年にベトナムの地質調査所が同地区にルビー鉱床を発見した。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chawでも上質のルビーが発見され、話題となった(文献1)。しかし、発見当初はほんとうにベトナムからルビーが産出するのかと懐疑的な情報が世界を駆け巡った。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによる。当時ベトナムへ買い付けに行った国内の業者が持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がある。
このネガティブな印象を払拭したのは、1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されたことによる(文献2)。先に発見されていた場所はChay川東側のKhoan Thong–An phu地区であったが、新鉱山はChay川西側のTan Huong–Truc Lau地区である。旧鉱山では新原生代~カンブリア紀前期(およそ10億年~5億年前)の大理石を含む変成岩からルビー、ピンクサファイア、ブルーサファイアなどを産出したが、新鉱山では古原生代~中原生代(およそ25億年~10億年前)の片麻岩および片岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出した(文献3)。日本の宝石市場ではベトナム産スタールビーとして、Tan Huong–Truc Lau地区産のパープル系のやや半透明のものが良く知られている。
ベトナム産ルビーは、品質の良いものはミャンマー産のものに匹敵しており、その産地鑑別が重要な課題である。また、他の色のベトナム産サファイアは市場性が低く、その宝石学的特性もあまり知られていない。本報告ではこれらのベトナムLuc Yen産のルビー、サファイアについて検査した特徴を報告する。
試料と分析方法
ベトナム産コランダム51点(0.16 〜 1.70 ct)を調査に用いた。これらは2016年〜2017年にかけて Luc Yen の宝石マーケットで購入されたもので、購入時の申告では Luc Yen、 An Phu、 Chau Binh とされたが、すべて Khoan Thong–An phu 地区のもので、本報告では広義で Luc Yen 産として記述する。
色は青色系と赤色系があり、便宜上ブルー9点、ブルー+バイオレット10点、バイオレット6点、バイオレット+パープル5点、ピンク14点、ルビー7点の6種類のカテゴリーに分けた。(図1)。詳細は下表の通りである(表1)。なお、サンプルは加熱・非加熱のものが混在している。
図1.本研究で用いたサンプル 51点 ↑
表1.本研究に用いたベトナムLuc Yen産サンプルの内訳 ↓
外部特徴および包有物の観察にはMotic製双眼実体顕微鏡GM168を用いた。鉱物の同定には、Renishaw社製in Via Raman Microscope を用いて、514nmレーザーで分析を行なった。紫外 – 可視分光分析には日本分光製V650を用い、分析範囲は220 nm~860 nm、バンド幅2.0 nm、分解能0.5 nm、スキャンスピード400 nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析(FTIR)には日本分光製FTIR4100を用いて分析範囲は5000〜1500cm−1、分解能は4.0 cm−1、積算回数はauto (64〜 512回)で行った。LA–ICP–MS分析にはLA(レーザーアブレーション)装置としてNew Wave Research UP–213を、ICP–MSとしてAgilent 7500aを使用した。LAは波長213 nm、パルス周波数20 Hz、スポット径30 μm、アブレーション時間25秒、レーザーパワーは10.0 J/cm2で使用した。ICP–MSについては、RFパワー1200W、プラズマガス流量14.93 l/min、補助ガス流量0.89 l/min、キャリアガス流量1.44 l/minで行い、SiO2トーチ、Niスキマーコーン、Niサンプリングコーンを使用した。測定対象元素は24Mg、27Al、47Ti、51V、53Cr、57Fe、69Gaである。標準試料としてNIST612を用い、内標準として27Alとし、各サンプルにつき4点ずつ分析を行った。
結果と考察
◆内部特徴
拡大観察の結果、ブルー系サファイアからは、成長構造に沿った色帯が観察されたが(図2)、ミャンマー産のブルーサファイアに頻繁に観察されるような双晶面は観察されなかった。
また、Chau Binh地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイアで緑色柱状の結晶インクルージョンが観察されたが(図3)、結晶深くに存在していた為、顕微ラマン分光法において同定を行うことはできなかった。
また、Luc Yen地区産ピンクサファイアからアパタイトインクルージョン(図4、図5)、ルビーからは角閃石の柱状結晶が観察された(図6)。
これらの鉱物種は顕微ラマン分光法で同定を行なった。また、一部のピンクサファイアからはミャンマー産のルビーにも見られるような糖蜜状組織が観察された(図7)。
◆紫外―可視分光スペクトル
ブルー系非加熱サファイアの例として、Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外―可視分光のスペクトルを図8に示す。
338 nmにFe3+、377 nm、388 nm、450 nmにFe3+–Fe3+のペア、そして580 nmにFe2+–Ti4+の電荷移動によるブロードな吸収が観察された。これは典型的な非加熱ブルーサファイアのスペクトルであり、このブルーサファイアはFe2+–Ti4+の電荷移動に起因した青色を呈していることがわかる。
また、天然非加熱ピンク、ルビーの紫外―可視分光スペクトルにおいてはピンク、ルビーの赤の原因となるCr3+の吸収(410、558、693 nm)の吸収が確認された(図9)が、Feに起因するピーク類(338、377、388 nm)は観察されなかった。これは、ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、ルビーは玄武岩起源のコランダムではなく、Feの含有量が低いためと考えられる。
◆FT−IRスペクトル
FTIRによる分析結果では、すべてのサンプルに共通して見られる特徴はなく、加熱されたサンプルには加熱の特徴を示唆するOHピークである3309 cm−1シリーズ(3309 cm−1を主として3365、3295、3232、3186 cm−1)が見られた(図10)。他、非加熱サンプル数点からベーマイトのピーク(1985、2106、3089 cm−1)が見られるものもあったが、産地の特徴を示すようなピーク類は見られなかった。また、本研究で用いたサンプルにはミャンマーのMong Hsu産非加熱ルビーに一般的なダイアスポアの吸収(2040、2140、2900、3020 cm−1)は見られなかった。
◆LA–ICP–MS
コランダム中に含まれる主要な微量元素Mg、Ti、V、Cr、Fe、GaについてLA–ICP–MS分析を行った。サンプルには色むらが存在したが、測定箇所は無作為に選び、各石につき4点ずつ分析を行った。Ga/Mg比はマグマ起源、変成岩起源のブルーサファイアを分別する信頼のおける手法として使われている(文献4)。Peucat et al. (2007)(文献)を元にCGLで収集したデータを元に作成した図にプロットをした結果を図11に示す。本研究で用いたサンプルにおけるGa/Mg比は色、鉱区(Luc Yen、An Phu、Chau Binh)関係なく0.03–3.32であり、10以下であることから変成岩起源であることを示唆する。
表2には本研究で用いたベトナム Luc Yen 産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaのサンプルの最小~最大値(ppma)と、対比用に変成岩起源のミャンマー、スリランカ、マダガスカル産ブルーサファイアの同データ(CGL所有データベースより)を記載した。本研究で用いたベトナム産サファイアは色むらが多く、色に関連する主要元素(Mg、Ti、Cr、Fe)に関しては同一サンプル内でも濃度のばらつきが多いという特徴がある。V、Gaはサンプル内でのばらつきは少なく、ほぼ一定している傾向にあった。Gaを横軸、Vを縦軸とし、プロットを行った図を図12に示す。
表2 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのLA–ICP–MS分析データ
ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアは他の変成岩起源のサファイア(ミャンマー、スリランカ、マダガスカル)産と比較し、Vが多い傾向にある。Ga vs. Vプロットにおいて、ベトナムLuc Yen産とスリランカ産はオーバーラップする部分が多いがミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアとは非常に良く乖離しており、産地の比較には有効であることがわかる。
またブルー系サファイア同様、表3にはベトナム Luc Yen 産ピンクサファイア、ルビーについてMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaの最小、最大値について表にまとめた。また、変成岩起源のミャンマー、モザンビーク、マダガスカル産のルビーとの対比を行った(CGL所有データベースより)。ピンクサファイア、ルビーについても、色むらの影響でCrの濃度が同一サンプル内でばらつきが多いという傾向にある。
表3 ベトナムLuc Yen産、他非玄武岩起源のピンクサファイア、ルビーLA–ICP–MS分析データ
表3に挙げたサンプルを用いて、Fe vs. Vプロットを行った(図13)。ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、およびルビーのV濃度については非常に高濃度(>>100 ppma)のものがわずかに存在するが、殆どのものが5 ppma 〜 70 ppmaの範囲に収まっている。ミャンマー産のルビーのV濃度は大多数が70 ppma以上であり、モザンビーク産のルビーのV濃度が5 ppma未満であることを考えると、V濃度はミャンマー、モザンビーク産とベトナムLuc Yen産のルビー、ピンクサファイアを分別するには非常によい指標になると考えられる。また、Fe濃度を比較するとベトナムLuc Yen産のものは殆どが100 ppma以下であるのに対し、モザンビーク、マダガスカルのサンプルは100 ppma以上であることからFe濃度もまた、産地鑑別の指標として役立つことが判明した。
まとめ
ベトナム Luc Yen 産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)について一般的な宝石学検査に加え、紫外―可視分光、赤外分光、LA–ICP–MSによる微量元素分析を行い、他産地との比較を行った。紫外―可視分光、赤外分光分析の結果では、際立った特徴は見いだせなかったが、LA–ICP–MS分析の結果、Ga/Mg比が0.03〜3.32と10未満であり、非玄武岩起源のコランダムであることがわかった。また、ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアでは他の非玄武岩起源のスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアと比較するとVに富む傾向が見られ、Ga vs. Vプロットを行うとベトナムLuc Yen産サファイアはスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産と若干オーバーラップする部分が含まれるが、産地鑑別の一助となることが判明した。また、ピンクサファイア、ルビーにおいては同じ非玄武岩起源のミャンマー産ルビーと比較すると、Vが少なく、モザンビーク、マダガスカルと比較した結果Feが少ないという傾向にあり、Fe vs. Vプロットを行うことで、よい乖離を示すことが分かった。◆
文献
1) Kane R.E., McClure S.F., Kammerling R.C., Khoa N.D., Mora C., Repetto S., Khai N.D.,
Koivula J.I. (1981) Rubies and fancy sapphires from Vietnam. Gems & Gemology, vol.27,
No.3, pp136–155
2) Long P.V., Pardieu V., Giuliani G. (2013) Update on gemstone mining in Luc Yen,
Vietnam. Gems & Gemology, vol.49, No.4, pp233–245
3) Nguyen N.K., Sutthirat C., Duong A., Nguyen V.N., Ngyen T.M.T., Nguy T.N. (2011) Ruby
and sapphire from the Tan Huong–Truc Lau area, Yen Bai province, northern Vietnam.
Gems & Gemology, vol.47, No.3, pp182–195
4) Peucat J.J, Ruffault P., Fritsch E., Bouhnik–Le Coz M., Simonet C., Lasnier B. (2007)
Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic
blue sapphires. Lithos, vol. 98, pp. 261–274
謝辞
浦 大樹氏、石野田 奈津代氏には今回研究に使用した試料の提供を受けました。ここに記して謝意を表します。