CGL通信 vol43 「ダイヤモンドに検出される主要な光学欠陥について」
リサーチ室 江森 健太郎
ダイヤモンドの天然・合成、HPHT処理や照射処理といった鑑別を行うには、ダイヤモンドに含まれる各種光学欠陥の理解が必要不可欠です。単一の光学欠陥が、天然・合成、処理と1対1対応するものではなく、複数の光学欠陥の組み合わせ、状態、量によって鑑別を行う必要があります。またダイヤモンドに関する文献等では光学欠陥の名称とその構造等については読み手が理解しているものとして記載されています。ここでは、それらの文献を読む、もしくはダイヤモンドの鑑別を行うための必須の知識として、主要な光学欠陥と検出手法について簡単に紹介します。
なお、光学欠陥の構造を説明する図で使用する記号は以下の通りです。それぞれの記号は原子1個を示します。
GR1センタ
ダイヤモンド中の電荷を持たない空孔です。空孔は、本来炭素原子があるべき場所に炭素及び他の元素が入っておらず、空の状態です。この空孔は自然界および人為的な放射線照射によって作り出すことができます。紫外可視分光及びフォトルミネッセンス分析によって検出することができ、740.9nm、744.4nm及びそれに関係するバンド(赤~黄色部)に表れ、その結果青色の着色原因になります。
Cセンタ
単一の置換型窒素です。置換型窒素というのは、ダイヤモンドを構成する炭素原子を1つの窒素原子に置き換えたものです。Cセンタの場合、1つの炭素を窒素で置き換えるだけですので、その窒素の周囲は炭素が4つ、ということになります。Cセンタを有するダイヤモンドはIb型と呼ばれます。Ib型は天然では非常に稀ですが、高温高圧合成ダイヤモンドではきわめて一般的です。後述するAセンタ及びBセンタを高温高圧(HPHT)アニーリングすることで作り出すこともできます(アニーリングとは焼きなましのことです)。この光学欠陥はフーリエ変換型赤外分光分析装置(以下 FT–IR)を用いると1130cm–1の箇所に強い吸収として検出され、1296及び1045cm–1に小さな吸収を伴います。この光学欠陥の存在により青~紫色が吸収され、濃い黄色の原因となります。
Aセンタ
2つの置換型窒素のペアと考えられており、この光学欠陥は天然ダイヤモンドの多くに見られます。この光学欠陥を有するダイヤモンドはIaA型と呼ばれます。この光学欠陥はFT–IRによって1282cm–1に吸収として検出されます。この光学欠陥はダイヤモンドの色には影響を及ぼしません。
Bセンタ
(4N–V)
1つの空孔を取り囲む4つの置換型窒素から成る光学欠陥だと考えられており、天然ダイヤモンドに存在します。この光学欠陥を有するダイヤモンドはIaB型と呼ばれます。FT–IRによって1175cm–1に吸収として検出されます。この光学欠陥もAセンタ同様、ダイヤモンドの色には影響を及ぼしません。
N3センタ
(3N–V)
1つの空孔とそれに隣接した3つの置換型窒素から成ると考えられている光学欠陥で、「ケープ」系ダイヤモンドに見られます。紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析により、415.2nmに吸収及び発光として検出されます。この光学欠陥は宝石品質の天然ダイヤモンドの普遍的な黄色味の原因でもあります。
H2, H3センタ
1つの空孔とそれに隣接した2つの置換型窒素から成ると考えられている光学欠陥です。電荷を持たないものがH3センタ、マイナスの電荷を持つものがH2センタになります。H2センタ、H3センタは天然ダイヤモンドにも見られますが、放射線照射後のアニーリングおよび高温高圧アニーリングによって生じます。
H2センタはフォトルミネッセンス分析において986.3nmの発光、H3センタは紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析において503.2nmに吸収及び発光として検出することができます。
H3センタは可視光で励起され緑色の蛍光を発する為、地色が黄色~褐色であっても可視蛍光により緑味を帯びます。
H4センタ
Bセンタ(上記参照)に1つ空孔を隣接させた構造であると考えられている光学欠陥です。紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって496.2nmに吸収及び発光として検出されます。この光学欠陥は、天然及び放射線照射後のアニーリングによって発生します。
この光学欠陥は緑色の原因となります。
NVセンタ
1つの空孔と1つの置換型窒素から成ると考えられている光学欠陥です。電荷を持たないもの(NV0)とマイナスの電荷を持つもの(NV–)があります。
NVは天然ダイヤモンドにも見られますが、放射線照射後のアニーリングによって発生する光学欠陥で、紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって、575nmに吸収及び発光として検出されます。
また、NV–も天然ダイヤモンドにも見られますが放射線照射後のアニーリング及び高温高圧アニーリングによって生じる光学欠陥で紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって、637nmに吸収及び発光として検出されます。
NV0センタは元のダイヤモンドが天然・合成に関係なく、人為的処理のピンク色の原因となります。また、高速度成長させた無色のCVD合成ダイヤモンドに見られます。
3Hセンタ
ダイヤモンドの結晶格子間に入り込んだ炭素原子だと考えられている光学欠陥です。自然界及び人為的照射で作り出すことができます。紫外可視分光、フォトルミネッセンス分析によって503.4nmに吸収及び発光として検出されます。
この光学欠陥は緑色の原因となります。
Si–Vセンタ
ケイ素原子と空孔が並んでいると考えられている光学欠陥です。ケイ素原子は炭素原子を置換することはできないため、空孔2つの間に入り込む構造を取ります。
この光学欠陥はCVD合成ダイヤモンドに特徴的な光学欠陥ですが、天然ダイヤモンドにも稀に存在します。この光学欠陥はフォトルミネッセンス分析によって、737nmに発光として検出されます。
ホウ素
置換型のホウ素原子によると考えられている光学欠陥です。ホウ素を含むダイヤモンドは一般的にIIb型ダイヤモンドとして知られており、通常、青色の色因となります。最近の無色のHPHT合成石にもしばしば見られます。FT–IRにおいて2803cm–1に吸収として検出されます。
水素
水素が存在することによる光学欠陥で、構造については知られていませんが、この光学欠陥は黄色、紫色の原因となることがあります。FT–IRにおいて複数の吸収が見られますが、3107cm–1が良く知られています。
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cm–1について
光は波動(波)と粒子の性質の2つをあわせ持ちます。「cm–1」は波の波長を表す単位の1つです。一般的に「カイザー」と読み、1cmの間に何個の波があるか、というものを表す単位です。波の波長を表すために、ここでは「nm(ナノメートル;1mの10億分の1、すなわち0.0000000001m)」も使用します。例えば1000cm–1は10000nmに相当します。なお、人間が見ることができる光の波長は360nm〜830nmくらいで、これをcm–1に変換すると約12000cm–1~28000cm–1に相当します。◆
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