CGL通信 vol40 「中国北京市NGTCを訪問して」
リサーチ室 北脇 裕士
去る 2017年7月中旬、中国北京市の国土资源部珠宝玉石首饰管理中心(National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC))を訪問し、最近の合成ダイヤモンドの現状と鑑別技術の話題を中心に情報交換を行いました。以下に概要をご報告致します。
National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC)とは
国土资源部珠宝玉石首饰管理中心(National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC))
( http://www.ngtc.com.cn/)は、故宮や天安門のある北京市の中心地から北へ数kmの北三环东路にあるグローバルトレードセンターにオフィスがあります。グローバルトレードセンターはA座、B座、C座、D座の計4棟の高層ビル群で、北京でも屈指の高級オフィスビルとして知られています。NGTCはそのC座の22階にあります。NGTCは国家珠宝玉石质量监督检验中心(National Gemstone Testing Center)を傘下にもち、ここも略称はNGTCと呼ばれています。同じフロアには中国珠宝玉石首饰行业协会(Gems & Jewelry Trade Association of China (GAC))も入っており、まさに中国の宝飾ビジネスのシンクタンクといえます。
NGTCは1992年に設立された国家の宝飾品研究機関です。中国の宝飾業界の健全な発展のための基準やルールの策定、輸出入宝飾品の検査、消費者のための検査・鑑別、種々のプロフェッショナル教育、情報収集、研究、国際的な会議の主催など、国家の宝飾関連事業全般を担っています。
NGTCは北京の他に深圳、上海、広州、雲南などにも研究施設があり、総勢で700名以上のスタッフがいるそうです。もっとも宝飾品の検査数が多いのは深圳で、ここには300名のスタッフを配置しているそうです。
NGTCによる合成ダイヤモンドの現況調査
これまでCGL通信で幾度かお伝えしているように(CGL通信No.35、No.36をご参照ください)、中国はHPHT合成ダイヤモンドの主要な生産国です。その中国での宝飾品の検査体制、合成ダイヤモンドの現状を理解するために今回の訪問が実現しました。筆者の訪問を快く受け入れてくれたのはNGTCの首席研究員の陸太進博士(Dr. Lu Taijin)です。陸博士は1982年に武漢地質学院を卒業された後、日本の東北大学で「水晶およびめのうの双晶と微細組織の形成」の研究において理学博士を取得されています。その後、理化学研究所ではレーザー光散乱トモグラフィを用いた半導体結晶の微小欠陥の評価など、現在の宝石鑑別技術の礎となる研究をされています。陸博士の活動範囲は広く、シンガポール大学や米国のGIAでも活躍され、宝石関連論文を100以上執筆されています。
陸博士は2009年からNGTCに所属されており、中国における宝石研究を先導されてきました。最近では合成ダイヤモンドの鑑別装置の開発を含めた鑑別技術の構築に尽力されています。この1-2年で中国の主要な宝飾用合成ダイヤモンドの製造会社を幾度となく訪問され、製造技術者との交流、それぞれの製造会社のサンプルの収集を行い、調査・研究に生かしておられます。陸博士によると、間を空けて同じ会社を何度も訪問するのが大切とのことです。その間の企業の成長ぶりが確認できるからです。また、中国の企業は突然の事業方針の転換などがあり、最新の情報を入手する必要があります。このような精力的な現地調査が行えるのも中国の国営ラボという地の利を生かしたNGTCならではです。特に工業用合成ダイヤモンドの世界シェアの5割を誇る中南鉆石股份有限公司は、日本でいう防衛省の直轄企業にあたり、NGTC以外の海外研究者の訪問受け入れはまず無理だろうとのことでした。
中国で宝飾用合成ダイヤモンドを製造しているのは、河南省の中南鉆石股份有限公司、河南黄河旋風股份有限公司、鄭州華晶金剛石股份有限公司の大手三社をはじめ十数社に及びます。これらの会社ではもともと工業用の砥粒(粉末)を生産していましたが、2014年後半~2015年頃に宝飾用の単結晶育成技術を獲得し、それぞれ生産を開始しています。各社は当初φ2–2.5mm程度の結晶原石を生産していましたが、日進月歩で技術が進み、今ではφ4–4.5mmレベルの量産に成功しているようです。各社が生き残りをかけて激しく競合しているため、今後更なるサイズと品質の向上、そして増産が予測されます。
陸博士によると、NGTCでの検査に供されるダイヤモンド製品に混入する合成ダイヤモンドは2015年の夏頃が最も多く、全体の10%にも達していたとのことです。この事実は2016年9月に深圳で行われた国際的なジェムショーで報告され、世界の宝飾業界に衝撃が走りました。今では検出される合成ダイヤモンドは少なくなってきており、1%程度とのことでした。しかし、陸博士によると中国における年間のHPHT合成ダイヤモンドの生産量は500–600万ctペースに増加しており、鑑別されていない合成ダイヤモンドはどこに行っているのかと心配されていました。
NGTCが開発したダイヤモンド鑑別機器
NGTCでは合成ダイヤモンドをスクリーニング(粗選別)するための装置を独自に開発してきました。DS5000は紫外 –可視– 近赤外の吸収および反射スペクトルを用いて合成ダイヤモンドを粗選別する装置です。光ファイバーを利用してセット石にも使用できるよう工夫されています。プロトタイプのDS2000を改良して2016年に開発されました。
PL5000はフォトルミネッセンスによる分析ができます。737nmなどの特徴的なピークを検出して、天然ダイヤモンドとCVD合成およびHPHT合成を区別します。
GV5000は波長の短い紫外線を照射し、その蛍光色と燐光の有無を調べる装置です。DTCのDiamondView™と原理は同じものです。NGTCの調査によると、無色の天然ダイヤモンドは97%がN3センタによる青白色の蛍光を示し、燐光を伴いません。わずか3%が他の蛍光色を示し、わずかな燐光を伴います。HPHT合成では青緑色の蛍光色を示し、3–60秒の燐光を伴います。CVD合成では88%が青緑色、11%が緑色の蛍光を示し、1%が橙赤色などの蛍光を示します。CVD合成にも通常燐光がありますが3秒以下です。 GV5000はサンプルをセットするステージの幅が75mm×36 mm あり、XYZに稼動できるため、セット石の検査がスムーズです。NGTCでは鑑別依頼をうけたダイヤモンド製品はすべてこの装置で検査されているとのことです。また、検査の結果はすべて記録され、合成ダイヤモンドの混入していた割合などを常に統計的に調査しているとのことでした。
このようにNGTCでは合成ダイヤモンドの各製造会社を訪問してサンプル入手を行い、これらを基に天然と合成ダイヤモンドの成長条件や履歴の相違について深く研究されています。各製造会社のサンプルの調査はきわめて重要です。特に金属包有物を分析することで、製造に用いられている溶媒金属が判ります。溶媒金属の種類や量比などから製造条件等が推定でき、鑑別に重要な情報が得られるからです。そして、NGTCでは独自の技術によるスクリーニング装置を開発し、日常業務に活かされています。
今回の陸博士との対談において、NGTCとCGLにおける合成ダイヤモンド鑑別の技術的手法に多くの共通点があり、それらの理論的根拠を互いに確認することができました。そして、合成ダイヤモンドがさらなる進化を遂げた際の鑑別の問題点などを整理することもできました。合成ダイヤモンドの鑑別は日中を問わず宝飾業界の大きな関心事です。互いに協力して困難な状況にチャレンジしようと、共同研究の課題を持ち帰ることになりました。◆