CGL通信 vol34 「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」
2016年9月No.34
リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士
要旨
LA–ICP–MSによる微量元素分析データを用いた判別分析を行い、アメシストの天然・合成の鑑別の可能性について検討を行った。分析に用いたサンプルは、ブラジル産、ザンビア産及び日本産を含む天然アメシスト50個と、原産国や日本国内市場で入手した合成アメシスト49個である。分析の結果、7Li、9Be、11B、23Na、27Al、39K、45Sc、47Ti、66Zn、69Ga、72Ge、90Zr、208Pbが判別分析において天然・合成の鑑別における良い指標となることがわかった。また、同様の元素の組み合わせが、ザンビア産とブラジル産の産地鑑別に有効であることが判った。
背景
アメシストは2月の誕生石で、一般にも良く知られた宝石の1つである。鉱物としては地殻上で長石に次いで多く産出する石英である。化学組成はSiO2であり、酸素(O)と珪素(Si)は地殻を構成する元素の中で1番目と2番目に存在度の高い元素である。アメシストの紫色はFe4+のカラーセンタに起因しており、宝石アメシストの主な産地はブラジル、ザンビア、ロシア、タンザニア及びナミビア等である(文献1)。
合成アメシストは1970年代から商業的に供給されている。オートクレーブを用いた熱水法で合成しており、ロシア、中国等で量産されている。特に1990年代に入って旧ソ連が崩壊し、市場経済が発達するにつれ、ロシアの結晶育成技術が輸出用のジュエリー製造に向けられるようになってからは、大量供給に伴い合成アメシストの価格が急落した。さらに中国製との競合の結果、その価格はコランダムのベルヌイ製品並みにまで下落した(文献2)。
業界ではこのような合成アメシストが天然アメシストの原産地において混入され、鑑別されないまま商品として流通する危険性が懸念され続けている。たとえば文献3によると、市場におけるアメシストの半分は合成であるとし、文献4では、東アジアで取引されるアメシストの25%は合成であるとしている。また、ヨーロッパのある鑑別ラボでは1年間に持ち込まれた水晶類の70%が合成であったと報告している(文献5)。
このように「合成と気付かずに天然として売られている」というアメシスト(文献3)に対して、昨今の情報公開や消費者利益の観点からも天然・合成アメシストの鑑別に関する重要性は高まっている。
サンプルおよび分析方法
本研究で用いたサンプルは、天然アメシスト50点、合成アメシスト49点である。天然アメシスト50点の中で、産地が既知のサンプルは、ブラジル産10点、ザンビア産6点、日本産2点、ニュージーランド産1点、また合成アメシストは日本製5点、ロシア製4点を含み、ブラジルや国内市場で流通している市場性が高いサンプルを用いた。サンプルはすべてファセットカットされており、ブラジル産天然アメシスト5点、ザンビア産天然アメシスト6点については、LA–ICP–MSで5点ずつLA–ICP–MSで分析を行い、その他のサンプルについては2点ずつ分析を行った(図1)。
分析に使用したLA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP–213を、ICP–MSはAgilent 7500aを使用した。分析条件は表1に示した通りである。まず予備的に定性分析を行い、検出された元素(7Li, 9Be, 11B, 23Na, 27Al, 39K, 45Sc, 47Ti, 66Zn, 69Ga, 72Ge, 90Zr, 208Pb)について定量分析を行った。また、標準試料としてNIST612を使用し、28Siを内標準に用いて定量分析を行った。
分析結果と考察
(1)元素濃度によるプロッティング
まず初めに、検出された元素の濃度についてNaとKあるいはGaとTiなどの2元素によるデータのプロッティングを幾通りか試みた。それらの結果の一例として、GaとTiを用いたプロットを図2に示す。文献6は、LA–ICP–MSによる分析結果において、Gaの含有量が天然・合成の鑑別に有効であると報告している。本研究においても天然アメシストの大部分はGaが1.00ppm以上であったが、1.00ppm未満の領域には天然と合成がオーバーラップする部分が見られ、両者の判別が困難であった。同様に他の元素の組み合わせを用いたプロッティングにおいてもオーバーラップする部分が多くみられ、特定の元素濃度の比率だけでは天然・合成の判別は困難であった。
(2)判別分析を用いた天然および合成アメシストの分類
続いて、天然アメシスト、合成アメシストの分析データを用いて判別分析(判別分析については後述「判別分析とは」を参照)を行った。判別分析には測定に用いた元素(7Li, 9Be, 11B, 23Na, 27Al, 39K, 45Sc, 47Ti, 66Zn, 69Ga, 72Ge, 90Zr, 208Pb)を使用し、計算には福山平成大学福井正康教授が作成したCollege Analysis(ver. 6.1)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い計算を行った。得られた判別関数は
X=0.178[Li]–0.111[Be]+0.009[B]+0.052[Na]–0.03[Al]–0.009[K]+0.181[Sc]+0.019[Ti]+0.004[Zn]
+0.257[Ga]+4.901[Ge]–0.404[Zr]+0.003[Pb]–5.276
Y=0.113[Li]–0.119[Be]–0.012[B]–0.005[Na]–0.021[Al]+0.009[K]+0.179[Sc]+0.016[Ti]–0.003[Zn]
+0.014[Ga]+1.735[Ge]+0.009[Zr]+0.001[Pb]–1.347
となった。 なお、カッコ[ ]で囲われた部分は、その元素の濃度を示す。
上記関数にそれぞれの分析値を代入し、得られた結果を図3に示す。
判別分析の結果で得られたグラフには、単純に元素濃度をプロッティングする手法に比べてオーバーラップが少なく、天然と合成がよく分離しているのが見て取れる。
従って、実務における鑑別においてはLA–ICP–MSを用いて起源の不明なサンプルを分析し、得られた元素濃度をいくつかの組み合わせで評価、さらにこれらに加えて判別分析の結果を反映させることで天然・合成の判別をより正確に行うことが可能となる。
(3)ブラジル産天然アメシストとザンビア産天然アメシストの産地鑑別
本研究で用いたブラジル産天然アメシスト10点、ザンビア産天然アメシスト6点の分析データを用い、両者の産地を判別分析を用いて鑑別する方法について検討を行った結果、下に挙げる式を得ることができた。
X=0.668[Li]+0.323[Be]+3.049[B]–0.109[Na]–0.211[Al]+0.515[K]+7.143[Sc]–3.588[Ti]+7.127[Zn]
+0.008[Ga]–6.358[Ge]+3.476[Zr]–0.999[Pb]–19.741
Y=–0.024[Li]–0.392[Be]+2.712[B]–0.001[Na]–0.023[Al]+0.368[K]+9.267[Sc]–6.891[Ti]+9.65[Zn]
+0.117[Ga]+4.226[Ge]–9.517[Zr]–3.449[Pb]–23.386
この式を用いてデータをプロットした結果を図4に示す。
ブラジル産、ザンビア産天然アメシストのデータが非常によく分離し、判別分析によるブラジル産、ザンビア産天然アメシストの両者の分別には判別分析が有効であることが判った。しかし、この判別分析はブラジル産とザンビア産の2者を分別するものであり、より精度の高い産地鑑別に用いるには他の産地の多くのサンプルを集め、さらに研究を進めることが必要である。
まとめ
天然アメシスト、合成アメシストについて、LA–ICP–MSによる微量元素の分析を行い、両者の鑑別法について検討を行った結果、従来の濃度を比較するものに比べて判別分析を用いた手法が有力であることが判った。また、ブラジル産、ザンビア産の天然アメシストを分別することにも判別分析は有効であった。 宝石分野において判別分析を用いた研究例はまだ少なく、これから様々な問題を解決する手法として期待される。
判別分析とは
ここでは、判別分析(discriminant analysis)について、要点を簡単に説明する。なお、判別分析については多数の書籍や文献が出ているので詳細を知りたい方はそれらを当たって頂きたい(インターネットで「判別分析」と検索すれば多数の書籍及び文献にヒットするであろう)。なお、判別分析には複数の種類が存在するが、ここでは線形判別分析(liner discriminant analysis)について紹介する。
複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法を多変量解析という。多変量解析にはクラスター分析、因子分析、主成分分析、重回帰分析、判別分析といった手法がある。 本研究で取り上げる「判別分析」は「すでに判明しているグループに基づき、まだ判明していない標本をグループ化するための関数」を探す手法である。例えば、本研究においては「すでに判明しているグループ」とは「天然アメシスト」「合成アメシスト」である。両者のデータ群(本研究においては微量元素の濃度)を用いて、この両者を分別する関数を探し、未知試料についてその関数を適用して「天然アメシスト」であるか「合成アメシスト」であるかを判別することが、判別分析である。
線形判別関数は、一般に以下の式で与えられる。
y = A1x1+ A2x2+A3x3+ A4x4+ ・・・・・・+ AnXn+ A0
xiはそれぞれの要素(アメシスト中のGa濃度等)を示し、aiは定数、yは判別得点である。 このaiを決定することが判別分析であり、aiは比較するそれぞれの集合の要素について得られる度数分布が重なる部分が最小になるように決定される(図5)。
集合が2群の場合は、判別関数は1つでよいのだが、判別関数を2つ以上用意し、2次元分布図へ拡張することができる(図6)。判別分析の応用分野は広く、病気の診断、考古学、入社試験、模擬試験の合否判定、アンケート、スパムメールフィルター等多岐に渡って使用されており、非常に身近な場所で使われている。宝石学の分野においては、文献7ではBlodgettらはルビー、サファイア、パライバタイプトルマリンの産地鑑別、ダイヤモンドのHPHT処理の看破に判別分析が有効であると述べており、また文献8ではLuoらがドロマイト関連のホワイトネフライトの産地鑑別に判別分析を用いている。
参考文献
文献1: Shigley J. E., Laurs B. M., Janse A. J. A., Elen S., Dirlam D. M., 2010, Gem localities of the 2000s,
Gems & Gemology, vol. 46, No.3, pp. 188–216
文献2:Kitawaki H., 2002, Natural amethyst from the Caxarai Main, Brazil, with a spectrum containing an
absorption peak at 3543cm–1, Journal of Gemmology, vol. 28, No2, pp101–108
文献3: JCK Magazine, 1998, Buying Amethyst Today, JCK Magazine, 1998, January 1
文献4: Borenstein G., 2010, Visual Characteristics of synthetic quartz, THE VALUER, April – June 2010,
p.2–6
文献5: Hainschwang T.. 2009, The synthetic quartz problem, Gem Market News, January/February 2009,
p.1–5
文献6:Breeding C. M., 2009, Using LA–ICP–MS analysis for the separation of natural and synthetic
amethyst and citrine., News from Research, July 31, 2009.,
http://www.gia.edu/research–resources/news–from–research
文献7:Blodgett T., Shen. A., 2011, Application of discriminant Analysis in gemology: country–of–origin
separation in colored stones and distinguishing HPHT–treated diamonds, Gems & Gemology, Summer 145
文献8:Luo Z., Yang M., Shen A., 2015, Origin determination of dolomite–related white nephrite through
iterative–binary linear discriminant analysis, Gems & Gemology, Fall 300–311◆