CGL通信 vol27 「Ib型黄色〜褐黄色CVD合成ダイヤモンド」
2015年7月No.27
リサーチルーム 北脇 裕士、久永 美生、山本 正博、岡野 誠、江森 健太郎
中央宝石研究所(CGL)東京支店に非開示で持ち込まれた15個のIb型黄色系CVD合成ダイヤモンドを検査した。これらはラウンドブリリアントカットされたルースで平均重量が0.25ctであった。 カラーはVery Light Yellow~Light Yellowで、一部はBrownish であるが、同系色の天然ダイヤモンドと視覚的には識別ができない。赤外領域の吸収スペクトルにおいてすべての試料に平均3.6ppmの置換型単原子窒素の存在が確認され、これらが主な色因となっている。また、3032、2948、2908、2875 cm–1に天然ダイヤモンドには見られないC-H由来の吸収が見られた。これらとフォトルミネッセンス(PL)分析で検出されたH3、NVおよびN3センタなどの光学中心との組み合わせから結晶成長後に1900~2200℃程度のHPHT処理が施されていることが示唆される。
このようなIb型の黄色系CVD合成ダイヤモンドは、標準的な宝石学的検査だけでは識別が困難であるが、低温下でのPL分光分析やDiamondView™による紫外線蛍光像の観察によって、これらが確実にCVD合成ダイヤモンドであることを識別できる。
背景
2012年、アントワープの国際的なダイヤモンドグレーディングラボラトリーから大量ロットのCVD合成ダイヤモンドの報告があり、ダイヤモンド業界を賑わせた(文献1)。それ以降、インドや中国の検査機関からも相次いでCVD合成ダイヤモンドに関する報告がなされており(文献2、3)、当研究所からも非開示で持ち込まれた1ct upのCVD合成ダイヤモンドについて報告を行った(文献4)。宝飾用に供されるCVD合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、その色のバラエティも無色~ほぼ無色だけではなく、ピンクやブルーなど多様化している(文献5、6、7)。これまで報告されているCVD合成ダイヤモンドはほとんどがⅡ型であったが、一部で置換型単原子窒素を含む黄色系CVD合成ダイヤモンドも市場供給されている(文献8、9)。
本報告ではCGLに非開示で持ち込まれた15個の黄色~褐黄色のCVD合成ダイヤモンドの宝石学的特徴をまとめ、天然ダイヤモンドとの重要な識別特徴について検討する。
試料と分析方法
天然ダイヤモンドとして通常のダイヤモンドグレーディングに供された15個のダイヤモンドを検査対象とした(表1)。これらはすべてラウンドブリリアントカットが施されたルースで、重量は0.18~0.40ct、平均0.25ctであった(図1および図2)。カラーグレードおよびクラリティグレードは経験を積んだ当研究所のダイヤモンドグレーディングスタッフによりGIAのグレーディングシステムを用いて行われた。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行った。紫外-可視-近赤外分光分析には日本分光製V570を用いて分析範囲は220nm-1100nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000-400、分解能は4.0㎝–1で、20回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system-model 1000を用いて633nm、514nm、488nmおよび325nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、Diamond Trading Company (DTC)製のDiamondPlus™による検査とDiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。
結果
◆カラーおよびクラリティ
カラーは15個中12個がVery Light Yellow~Light Yellowであったが、3個はLight Brownish Yellowでやや褐色味があった。クラリティグレードはVS2が2個、SI1が9個、SI2が4個であった。
(注:日本国内においては宝石鑑別団体協議会(AGL)の規約により合成ダイヤモンドのグレーディングは行わない)
◆拡大検査
検査したすべての試料に10倍ルーペで少数の微小包有物が観察された。これらの存在がVS以下のクラリティの要因となっている。顕微鏡下でさらに数10倍に拡大すると、黒褐色の不定形を呈しており、非ダイヤモンド構造炭素と考えられる(図3)。ひとつの試料(DAG0133)には2本のほぼ平行で幅の細い直線性色帯(おそらく種結晶に平行)が観察された(図4)。別の試料(DAG0126)には平面的に分布する多数のピンポイントが観察された(図5a)。これらをさらに拡大すると個々は四角形を呈しており(図5b)、おそらく{100}面上に規制されて配列する非ダイヤモンド構造炭素と考えられる。また、一部の試料のガードル部(ブリリアントカットの側面)に黒色のグラファイト化が認められた(図6)。この特徴はHPHT処理が施されたダイヤモンドに見られるものと同様のもので、CVD合成後に色調の改善のためにHPHT処理が施されたことを強く示唆している。
◆歪複屈折
交差偏光板を用いた顕微鏡観察において、今回観察した試料すべてに特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が認められた。これらは結晶の成長方向に平行に伸長したもので(図7b)、主に種結晶と成長結晶の界面から引き継がれた線状欠陥(ディスロケーション)によるものと思われる。その概念図を図7cに示す。このような線状の歪複屈折はCVD合成ダイヤモンドの特徴の1つと考えられる。しかし、成長面に対して垂直方向に観察した場合は細かく交差する網目模様が観察され(図7a)、天然Ⅱ型ダイヤモンドの“タタミ構造”に酷似するため解釈には注意を要する。
◆紫外線蛍光
すべての検査石に長波・短波ともに黄緑色蛍光が観察された。また、同系色の数秒程度の短い燐光も観察された。蛍光強度は弱~中程度であったが、概して長波よりも短波の方が強かった。
◆紫外-可視-近赤外分光分析
すべての試料において近赤外領域から可視領域の600nm付近まで緩やかに吸収率が増加し、470~480nm付近からは急激な吸収が始まる。またすべての試料において270nm付近に幅広い吸収が認められた。これらの吸収は置換型単原子窒素によるものである(文献10)。褐色味のある3個の試料(DAG0122、DAG0132、DAG0133)には520~530nmを中心とした緩やかな吸収が認められた(図8)。文献11 は窒素を添加して高速度成長させたCVD合成ダイヤモンドに270nm、365nmおよび520nm付近に吸収が見られ、365nm および520nmの吸収はHPHT処理によって消失するとしている。文献12 は同様に窒素添加で高速度成長させた褐色のCVD合成ダイヤモンドに270nm、370nmおよび550nm付近に吸収が見られ、550nmの吸収はNVに関連するものでHPHTにて消失するとしている。また、文献13はAs grownの褐色CVD合成ダイヤモンドに270nm、360nmおよび515nmの吸収が見られ、515nmバンドはNVH0に起因するのではないかとしている。
◆赤外分光分析
すべての試料に1130cm–1、1344cm–1および1332cm–1に置換型単原子窒素のピークが検出された(図9)。1130cm–1と1344cm–1は中性の電荷状態Ns0によるものであり(文献14)、1332cm–1は正の電荷状態Ns+に関連するものである(文献15)。1130cm–1のピーク強度から(文献16)の手法により検査石の単原子窒素の濃度を見積もると1.1~7.2ppm、平均3.6ppmであった。また、すべての試料に3200 cm–1~2800cm–1に複数のC-H由来の吸収と考えられるピークが検出された。これらは黄色系の12個の試料では3107、3032、2948、2908、2875 cm–1であったが、褐色味のある3個の試料では2908および2875cm–1のピークはそれぞれ2902および2871cm–1と低波数側にシフトしていた(再び図9)。文献5および文献6はこれらと同様のピークをそれぞれピンク色のCVD合成ダイヤモンドに報告している。
◆フォトルミネッセンス分析
633nmレーザーによるPLスペクトルを図10に示す。737nm(736.4/736.8nmのダブレット)ピーク(SiV-)が15個中13個に検出された(DAG0122とDAG125を除く)。うち5個は非常に弱いピークであった。天然ダイヤモンドに737nmピークが検出されるのはきわめてまれで、その場合649.4、651.1、714.7nmなどの一連のピークが付随する(文献17)。これまでに報告されている宝飾用CVD合成ダイヤモンドにはほぼすべてに737nmピークが検出されている。737nmピークは合成装置由来のSi起源と解釈されており、CVD合成ダイヤモンドの特徴として理解されている(文献18、11)。ほとんどの試料に795.8、819.1、824.6、850.2、851.6、853.4、854.3、876.7および908.9nmに帰属不明の小さなピークが認められた(一部は図示せず)。
514nmレーザーによるPLスペクトルを図11に示す。非常に強い637.0nm(NV-)および 574.9nm(NV0)がすべてに検出された。しかし、633nmレーザーで検出されていた737nmピークはいずれの試料にも検出されなかった。628.6および630.4nmの対のピークが15個中9個に見られた。また、ほとんどの試料に521.4、524.1、528.0、529.1、532.0、533.0、534.9、536.5、544.4、554.0、555.6および565.6nm(一部図示せず)に帰属不明の小さなピークが検出された。ゼロフォノン線(ZPL)の幅は局地的な歪が増すと幅が広くなることが知られており、しばしばダイヤモンド中の歪を調べるために利用されている(文献19)。図12に637.0nm(NV-)および 574.9nm(NV0)の半値全幅(FWHM)を示す。過去にCGLで分析した天然Ⅱ型ダイヤモンド166個、無色~ほぼ無色CVD合成ダイヤモンド(製造者不明)39個およびピンク色CVD合成ダイヤモンド(製造者不明)5個もプロットした(未公表データ)。天然Ⅱ型ダイヤモンドはカラーグレードが低い程半値全幅(FWHM)が広い傾向にある。本研究における黄色系CVD合成ダイヤモンドは天然Ⅱ型ダイヤモンドの比較的カラーグレードの低いものの領域に重複するが、無色~ほぼ無色およびピンク色CVD合成ダイヤモンドは天然Ⅱ型ダイヤモンドの比較的カラーグレードの高い領域にプロットされている。
488nmレーザーによるPLスペクトルを図13に示す。すべての試料に637.0nm(NV-)、574.9nm(NV0)および503.2nm(H3)の強いピークが検出された。H3/NV0の強度比は黄色系の12個の平均が1.43、褐色味のある3個の平均が0.82であった。また、すべての試料に494.6、500.8、506.8nmにピークが検出された。これらと同様のピークはCGLで過去に分析した無色~ほぼ無色のHPHT処理されたCVD合成ダイヤモンドにも見られたことがある。
325nmレーザーによるPLスペクトルを図14に示す。すべての試料に415.2nm(N3)のピークが検出された。N3シリーズとは別に天然ダイヤモンドには見られない425、428、439、441、451、453、457、462、486、492および499nmにピークが 検出された(図示せず)。文献18と文献11は、意図的に窒素が添加されて合成された後にHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドに帰属不明の451~459nmピークを報告している。
◆DiamondPlus™
DiamondPlus™はDTCにより開発され、2009年から市販されているⅡ型ダイヤモンドのHPHT処理を粗選別するためのコンパクトな装置である。この装置では15秒以内の測定時間で“PASS”あるいは“REFER”などと結果が表示される。“PASS”は天然で未処理のダイヤモンドであるが、“REFER”と表示されたものは更なるラボラトリーの検査が必要である。また、この装置はCVD合成ダイヤモンドの検出にも対応しており、737nmのピークを検出すると“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されるとともに正規化された強度が表示される。
測定した15個の試料すべては“REFER”もしくは“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示され、“PASS”と表示されるものはなかった。しかし、“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されたものでも改めて測定すると“REFER”となることや、“REFER”と表示された試料が次に測定した際には“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と表示されることもあった。これらの試料は“REFER (CVD SYNTHETIC?)”と同時に表示される正規化された数値が0.057~0.179であり、737nmピークの強度が低いためと考えられる。
◆紫外線ルミネッセンス法
DiamondView™の波長の短い(<225nm)強力な紫外線を用いて検査した15試料すべてにH3に因ると思われる緑色が優勢の発光色とCVD合成特有の線模様が観察された(図15ab)。また、同系色の燐光もすべてに観察された。これらのうち、3個は黄色味の発光色が強く(DAG0122、DAG132、DAG133)、4個は部分的に青色味のオーバートーンが見られた(DAG0119、DAG0120、DAG0125、DAG0127)。黄色味の発光色が強い3個は地色のカラーがLight Brownish Yellowにグレードされた3個に一致しており、PL分析によるH3/NV-の強度比が他のものよりも低い。また、青色味のオーバートーンが強いものはPL分析において比較的明瞭なN3センタが検出されている。
考察
現在市場で見られる無色~ほぼ無色のCVD合成ダイヤモンドの多くは成長速度を速めるために意図的に窒素が添加されている(文献20)。このような高速度成長は結果的にあまり魅力的ではない褐色味を呈する原因となっている。従って、商品化されているCVD合成ダイヤモンドの多くは褐色味を除去する目的で成長後にHPHT処理が施されている(文献18)。本研究で用いた試料もすべてppmオーダーの置換型単原子窒素が検出されており、意図的に窒素が添加されていることは確実である。
本研究での紫外-可視-近赤外分光分析においてすべての試料に置換型単原子窒素に起因する270nm付近の幅広い吸収が認められ、褐色味を帯びた3個の試料では520~530nmを中心とした緩やかな吸収が認められた。520~530nmの吸収は窒素添加で成長させたCVD合成ダイヤモンドに見られ、その後のHPHT処理において除去できることが知られている(文献11、12、13)。この吸収について文献12はNVに関連するものとし、文献13はNVH0に起因するのではないかとしている。
赤外分光分析においてすべての試料に3200 cm–1~2800cm–1に複数のC-H由来の吸収と考えられるピークが検出された。これらのピークは窒素を意図的に添加して成長させ、HPHT処理を施したCVD合成ダイヤモンドに見られるものである(文献21、12)。文献21は1900℃のHPHT処理後に検出された2902、2872cm–1のピークは2200℃の処理後に2905、2873cm–1にシフトしたとしている。我々が独自に行ったCVD合成ダイヤモンドのHPHT処理実験(未公表データ)においても1600℃の処理で2902、2871cm–1に検出されたピークは2300℃の処理において2907、2873cm–1にシフトした。本研究の黄色ダイヤモンドでは2908、2875cm–1にピークが検出されており、2300℃以上でHPHT処理された可能性がある。また、褐色味のある3個の試料ではそれぞれ2902および2871cm–1と低波数側にシフトしており、熱処理温度は~1900℃ではないかと推定される。
H3センタはAs-grown のCVD合成ダイヤモンドには見られないが、HPHT処理後に検出されることが知られている(文献21、12)。文献12は1970℃でLPHT処理した後はNV0>H3であったが、2030℃でHPHT処理した後はNV0<H3とその比率が逆転することを見出した。本研究では褐色味のある3個のみがNV0>H3であり、黄色系に比べて熱処理温度が低く1970℃以下であったことが推定できる。
N3のピークは成長時のCVD合成ダイヤモンドからは検出されておらず、成長後のHPHT処理によって形成することが知られている(文献21、11)。この場合、2200℃での長時間の加熱においてその強度は強くなる。本研究のPL分析ではすべての試料にN3センタが検出されているが、褐色味のある3個はN3センタのピーク強度が他よりも低かった。この結果からも褐色味が残る試料はHPHT処理温度が他よりもやや低かったと考えられる。
まとめ
非開示でグレーディングに供された15個の黄色系CVD合成ダイヤモンドを検査した。これらは平均3.6ppmの置換型単原子窒素を含有するⅠb型であることが判った。拡大特徴、H3およびN3の生成、H3/NV-の強度比および赤外分光で検出されたC-H由来の吸収ピークから、これらは成長後に1900~2200℃程度の加熱(おそらくHPHT処理)をこうむっていると推測される。
謝辞
紫外レーザーによるPL分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士にご協力いただいた。つくばエキスポセンターの神田久生博士には光学中心についてご討論いただいた。ここに謝意を表する。◆
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コラム
本編でご紹介したようにダイヤモンドの鑑別にはタイプの粗選別が重要です。正確なタイプ分類には赤外分光分析(FTIR)が必要ですが、ダイヤモンドのカット形状からも手掛かりを得ることができます。
窒素を含有しないⅡ型のダイヤモンド原石は、比較的大粒の結晶が多いのですが、不定形の形状が多くなります。実際にダイヤモンドの原石を選別する際には、八面体の結晶面を示さない不定形のものはⅡ型として分類されています。地下深部でダイヤモンドが形成し、マグマの上昇過程において周囲の偏圧により塑性変形をこうむります。窒素が偏析したⅠ型に比べてⅡ型は塑性変形に弱いため、Ⅱ型のダイヤモンドは破断しやすく不定形になると解釈されています。
Ⅰ型を含むすべてのダイヤモンドにおいては、ラウンド以外の形状は10%程度に過ぎませんが(図1)、1ct以上のサイズのⅡ型ダイヤモンドでは、50%がラウンド以外のカッティング・スタイルが取られています(図2)。この統計は、明らかにⅡ型ダイヤモンドの原石の形状が八面体から外れた不規則な形状をしており、歩留まりを重視したラウンド以外のスタイルが選ばれたことを示唆しています。