IGC2023 参加報告

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CGL リサーチ室  北脇 裕士、江森 健太郎、趙 政皓

第37回国際宝石学会(IGC2023)本会議が、2023年10月24日(火)-27日(金)に東京上野の国立科学博物館本館で開催されました。本会議に先立ち10月20日(金)-22日(日)はプレカンファレンスツアーとして、新潟県糸魚川のヒスイ巡検を行い、本会議後の10月27日(金)-29日(日)は富士山スペシャルツアーとして、山梨県甲府市を訪れ、29日(日)-31日(火)はポストカンファレンスツアーとして、三重県伊勢志摩の真珠巡検を行いました。また、10月23日(月)には、日本の宝飾業界関係者を対象に上野精養軒にてオープンセッションが開催されました。準備段階ではCovid19やウクライナ情勢などの影響が心配されましたが、今回のIGC2023には世界26の国と地域から総勢80名が来日されました。

以下に詳細をご報告いたします。

◆IGCとは

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度本会議が開催されております。

国立科学博物館前での IGC Member の集合写真
国立科学博物館前での IGC Member の集合写真

本学会は、1951年にドイツのイーダーオーバーシュタインにおいてB.W. Anderson, E. Gubelin等によってフレームワークが形成され、翌1952年スイスのルガノで第1回会議が開かれました。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では原則2年に1回奇数年に、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されております。

日本からは近山晶氏、エドウィン佐々木氏の両名が1970年ベルギーでの第13回会議に初参加されています。 1979年のドイツの会議からは宝石学会(日本)初代会長の砂川一郎博士も参加され、以降2007年のロシア会議まで砂川博士と近山氏の両名は日本代表としてご活躍されてきました。

IGCは他の一般的な学会とは異なり、クローズド・メンバー制が守られています。メンバーはデレゲート(Delegate) とオブザーバー(Observer) で構成されます。デレゲートは原則的に各国1〜2名で、現在33ヶ国からの参加者で構成されています。このようなメンバー制は排他的な一面があるいっぽう、メンバーたちの互いに尊重し合う格式ある風土やアットホームで親密なファミリーという認識の交流が保たれています。そのため、非常に濃密な時間を共有することができ、きわめて質の高い情報交換が可能となります。毎回の本会議においては、時々の先端的なトピックス(ヒスイの樹脂含浸、コランダムのBe処理、ハイブリッドダイヤモンドなど)、産地情報、分析技術などが報告されます。

IGCの本会議は、発足当初には宝石学の発祥であるヨーロッパの各国を中心に開催されてきましたが、1975年にアメリカがヨーロッパ以外で初めて選ばれました。そして、1981年にアジアの国として初めて日本が選ばれました。当時の日本は宝石学のまさに発展途上期で、業界を挙げてのバックアップにより、日本会議が大成功を収めたことが当時の文献に誇らしげに記されています。また、この日本会議に参加されたIGCの現在のエグゼク ティブたちにも好印象が記憶されており、再び日本で本会議を誘致するよう要望されてきました。 そして、2017年ナミビアで開催された第35回本会議において2021年の開催国が検討され、賛成多数で日本での開催が内定しました。その後、第36回フランス大会で正式に決定しておりましたが、昨今のCovid19 事情で度重なる延期が強いられておりました。そして2023年、IGC本会議がいよいよ42年ぶりに日本で開催される運びとなりました。

◆IGC2023の運営

IGC2023の組織委員会は、CGLの北脇と江森、東京ジェムサイエンスの阿依アヒマディ博士、日独宝石研究所の古屋正貴氏、ジェムY.Oの大久保洋子氏で構成され、国立科学博物館の宮脇律郎博士、門馬綱一博士にも加わっていただき、国立科学博物館の後援を得て運営されました。

IGC2023日本開催にあたり、多くの団体および個人の皆様にご支援を頂きました。一般社団法人日本宝石協会、宝石学会(日本)、株式会社GSTVからは寄付金の助成を受け、一般社団法人日本ジュエリー協会、一般社団法人宝石鑑別団体協議会、全国宝石卸商協同組合、東京ダイヤモンドエクスチェンジクラブには運営・広報等にご協力いただきました。またプレカンファレンスツアーでは糸魚川市教育委員会、フォッサマグナミュージアム、甲府ツアーでは山梨県、甲府市、甲府商工会議所、協同組合山梨県ジュエリー協会、山梨ジュエリーミュージアム、ストーンカメオミュージアム、ラッキー商会、伊勢志摩ツアーでは三重県真珠振興協議会の皆様にご支援いただきました。 また、オープンセッションおよび本会議での受付、通訳、休憩時間のポットサービスなどをボランティアの皆さんにサポートしていただきました。

◆IGCのロゴマーク

IGCのロゴマークは、かつてイタリアの有名な建築家、ロベルト・サンボネット氏がデザインしたものです。目を完全に閉じ、少し開いてロゴの白い部分を見ると、IGCの文字が見えるようデザインされています。 IGC2023では、このロゴと富士山をデザインに用いたカメオのピンバッジがデリゲート全員に配られました。また、このロゴマークを使用したバッグ、ボールペンのノベルティも作成されました。

IGCのロゴマーク
IGCのロゴマーク
IGC JAPAN 組織委員会
IGC JAPAN 組織委員会
ボランティアスタッフの皆様
ボランティアスタッフの皆様
◆プレカンファレンスツアー

10月20日(金)-22日(日)はプレカンファレンスツアーとして、新潟県糸魚川のヒスイ巡検が行われました。総勢31名の参加者は、20日(日)の午前8時に上野駅の中央改札口前に集合し、北陸新幹線で一路糸魚川に向かいました。糸魚川駅では案内役としてフォッサマグナミュージアム館長の竹之内 耕博士と糸魚川市ジオパーク推進室のセオドア・ブラウン氏が出迎えてくれました。2泊3日の糸魚川ツアーでの移動手段には糸魚川市より無償提供されたバス3台を利用させていただきました。

糸魚川地域は2009年にユネスコ世界ジオパークに認定された地質学的・文化的に見どころの多い場所です。 ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park) 」とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、まるごと楽しめる場所をいいます。ジオパークでは、見所となる地形・地質の場所を「ジオサイト」に指定して、多くの人々がその場所の魅力を知り、将来にわたって継続的な保護を行います。糸魚川地域には24のジオサイトがあります。ユネスコ世界ジオパークは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の定める基準に基づいて認定された質の高いジオパークです。日本には9地域がユネスコ世界ジオパークに認定さ れており、糸魚川地域は日本で最初に認定された地域の一つです。

IGCの一行が最初に訪れたのは、ジオサイトの1つとなっている小滝川ヒスイ狭エリアです。糸魚川市内から姫川沿いに国道148号線を南下し、JR小滝駅近くから県道483号に入り、山道を小滝川に沿って登っていきます。最初にバスを停めたのは風光明媚な高浪の池です。ここで昼食を摂って休憩した後、小滝川ヒスイ狭を目指します。しばらくすると突然目の前に明星山の絶壁が現れます。明星山の岩壁は石灰岩でできており、ロッククライミングのゲレンデとして有名です。明星山は標高1188mで、岩壁の高さは500mもあります。明星山の西側にはややなだらかな傾斜の斜面があります。植生も回りに比べてやや新しく緑鮮やかです。この部分は蛇紋岩です。蛇紋岩は水を吸うと膨張してもろくなる性質があり、この緩斜面は蛇紋岩の地すべりによってできた地形です。この緩傾斜地はその岩体の中にさまざまな種類の構造岩塊を含む蛇紋岩メランジュとなっています。小滝川ヒスイ峡のヒスイはこの蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれたものです。地すべりによって蛇紋岩岩体が小滝川に滑り落ち、その後の侵食によって蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられています。

竹之内館長からヒスイ発見の歴史から地質学的な産状について詳細な説明を受け、IGCメンバーたちは知的好奇心が満たされたようでした。

高浪の池と明星山を望む
高浪の池と明星山を望む
小滝川ヒスイ狭
小滝川ヒスイ狭

次に一行が向かったのはフォッサマグナパークです。フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。アジア大陸から日本列島が離れる時にできた裂け目と考えられています。裂け目には、主に海底にたまった新しい岩石が埋まっています。やがて、海底が隆起し、今の地形を作り上げました。フォッサマグナパークでは糸魚川から静岡県までつながる大断層である「糸魚川―静岡構造線」の一部を見ることができます。 昼食時は晴天だったのですが、小滝川を出た頃から雨が降り始め、次第に本降りとなってきたため、糸魚川―静岡構造線の露頭の間近までは近づけませんでしたが、近隣の渡辺酒造にて断層の痕跡を垣間見ることができました。この酒蔵は敷地が断層上にあり、断層を挟んで西側の古い地層(2億7千万年前)と東側の新しい地層 (1600万年前)の双方に井戸があります。この地層の違いで湧き出る水の性質に違いが見られ、酒造りには西側の軟水が利用されています。この酒造はNHKで放送されている「ブラタモリ」にも登場しており、IGCメンバーも西の井戸水と東の井戸水の飲み比べができました。

二日目はあいにくの空模様だったため予定を一部変更して博物館めぐりを行いました。午前中はフォッサマグナミュージアムで竹之内館長による講演と館内の見学を行いました。フォッサマグナミュージアムはふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け1994年(平成6年)に開館しました。今では糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の重要な拠点となっています。館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物、化石など2,000点以上に及びます。これらがテーマ別に非常に見やすく配置されており、IGCのメンバーたちも非常に感心された様子でした。午後からは長者ヶ原遺跡考古館、長者ヶ原遺跡公園を訪れ、考古学的な観点の視察ができました。続いて翡翠園と玉翠園を訪れました。ここでは翡翠の巨大な原石を配した美しい日本庭園を堪能することができました。最後に訪れた谷村美術館では建築界の巨匠 村野藤吾氏最晩年の建築物に日本最高峰の木彫芸術家澤田政廣氏の仏像「金剛王菩薩」「光明佛身」「彌勒菩薩」等が展示されており、IGCメンバーには日本の美を大いに楽しんでいただけたと思います。

フォッサマグナミュージアム
フォッサマグナミュージアム
フォッサマグナミュージアムでの竹之内館長による講演
フォッサマグナミュージアムでの竹之内館長による講演
海岸でのヒスイ探し
海岸でのヒスイ探し

三日目は朝から天候に恵まれ、ヒスイの加工業者を見学した後、ジオサイトにも指定されている親不知エリアに向かいました。親不知海岸は北アルプスの山々が日本海に落ち込む急峻な断崖絶壁が約10kmも続く、北陸道最大の難所で天下の険と呼ばれています。往時には上杉謙信や松尾芭蕉も通ったとされていますが、明治時代までは波打ち際を通行しなければならない 非常に危険な道でした。そのため親不知海岸の東西での交流は困難で、富山側と新潟側では今でも多くの点で習慣や文化が異なっています。日本海の絶景を堪能した後、親不知ピアパーク翡翠ふるさと館を見学し、海岸に出てヒスイ探しを行いました。小一時間ヒスイ探しに没頭し、IGCのメンバーの一人がなんとかヒスイを探し当てました。最後に糸魚川駅近くの駅前海望公園を訪れ、奴奈川姫像の前で記念撮影となりました。

奴奈川姫像前にて記念撮影
奴奈川姫像前にて記念撮影
◆IGCオープンセッション

2023年10月23日(月)に第37回国際宝石学会(IGC)主催のオープンセッションが上野精養軒にて開催されました。IGCの本会議は、各国代表のメンバーとオブザーバーおよび一部のゲストのみが参加可能ですが、このオープンセッションは、日本の宝飾業界関係者に幅広く参加いただき、宝石学の最先端の情報に触れ、海外の研究者との交流を深める機会を提供するために企画されました。このオープンな方式は1981年の日本大会で初めて採用され好評を得ましたが、以降は主催国の意向もあり、ほとんど行われてきませんでした。今回は日本でのIGC開催が42年ぶりということもあり、IGC2023 Japan組織委員会の強い要望とIGC Executive Committeeの理解により実現しました。今回のオープンセッションでは国内外の著名なジェモロジストによる同時通訳付きの講演がランチタイムを挟んで6題行われました。日本国内から参加された方は約100名で、弊社からもIGC Member2人を含め8人参加しました。

オープンセッションでは、37th IGC本会議の開会式も行われました。講演会の前に、IGC Executive CommitteeのJayshree Panjikar氏より開会宣言が行われ、今回のIGC開催の後援団体を代表して、一般社団法人日本ジュエリー協会の長堀慶太会長、宝石学会(日本)の神田久生会長、一般社団法人日本宝石協会の堀内信之理事長の挨拶が順に行われ、IGC Memberから4名、日本より2名の研究者による講演が行われました。

また、昼食懇親会も同会場で行われました。専門の演奏者が奏でる和楽器(三味線、琴、尺八)の音楽が流れる中、国内外の参加者同士による交流や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。コロナ禍で4年ぶりのIGCの対面での交流が、海外からの方々を含めて大変好評でした。
以下に講演の概要を報告致します。

オープンセッションの様子
オープンセッションの様子

IGCの過去、現在、未来

IGC Executive Secretaryを務めるJayshree Panjikar博士がIGCの歴史と今後について講演されました。IGCの起源となるのは、国際宝飾品・宝石連盟であるBIBOA(Bureau International pour la Bjiouterie, Orfevrene, Argenterie)です。御木本幸吉が1893年に真珠の養殖を開始していましたが、「Cultured pearl」という用語が正確に定義されたのも1926年の第1回BIBOA会議でした。その後、1936年のBIBOA専門家会議では、商業参加者を除外した技術会議で研究所の所長が会合を行うことが奨励され、1952年10月にスイスのルガーノでIGCの初回会議が開催されました。71年間会合が続き、2019年フランス・ナントの現地開催、そして2021年のオンライン開催に続いて、37回目のIGC会議が2023年10月に日本・東京で開催されました。

現在、宝石鑑別の需要がますます増大しています。かつて、宝石鑑別機関は十分効率的に合成石を検出できましたが、現在は天然石とほぼ同じ外観のインクルージョンをもつ合成石が生まれ、合成石の看破は非常に難しくなっています。これに加えて、新しい技術や新しい宝石鉱物などが絶えず出現しています。合成ダイヤモンドがHPHT(高温高圧)法およびCVD(化学気相成長)法といった技術で製造されるようになりました。また、養殖真珠などの有機宝石にも進展がみられ、有機宝石素材はそれぞれの取引で信憑性の検証と証明が必要となっています。そのため、現在は最新の精密機器を持たない宝石鑑別機関は想像できず、紫外可視分光計、FTIR、ラマン分光計、LIBS、蛍光X線分析計など様々な先端技術を応用しなければなりません。IGCは、宝石技術者にとって情報と知識を得るため最良の情報源の1つとなります。

2052年にIGCは100周年を迎えます。AIなどの技術も発展し、宝石学がさらなる水準に進歩することでしょう。 ジェモロジストに宝石の正確な開示が必要とされる限り、IGCのような会議は今後とも宝石科学に関する最新の技術のノウハウの主要な情報源の1つとなるでしょう。また、Jayshree Panjikar博士が宝石学を続けると4つの幸せに繋がると述べていました:(1)満足感;(2)有意義な人生;(3)身体的、精神的、社会的に良好な状態;(4)活力に満ちること。この4つの幸せは、我々宝石学研究者を支えていくでしょう。

日本における合成ダイヤモンド研究史

元物質・材料研究機構(NIMS)所属、現在宝石学会(日本)の会長を務める神田久生博士が日本の合成ダイヤモンド研究の歴史について講演されました。1955年GEがダイヤモンドの合成に成功したことを受けて、日本も1960年代初頭からダイヤモンド合成の研究を始めました。その後、1980年から2000年にかけて研究は最も活発になりました。1985年に「ニューダイヤモ ン ドフォーラム」という研究団体が設立され、ダイヤモンドの工業利用を目指した国家プロジェクトも行われました。

1955年GEがダイヤモンドの合成に成功したのはHPHT(高温高圧)法であり、約5万気圧と1500°Cの条件下で、触媒は鉄、コバルト、ニッケルおよびその合金を使用しました。日本はGEの方法に基づいて1962年にダイヤモンドの合成に成功しました。NIMSでも1970年代から合成ダイヤモンドの研究を始めて、1982年に30000トンの圧力(当時世界第二位)を出せるようになりました。住友電工もダイヤモンドの生産に挑戦し、1980年代に大型で高品質のダイヤモンドの商業生産に成功しました。

しかし、HPHT法は金属触媒を使用するため、天然ダイヤモンドの形成過程とは大きく異なります。そこで、非金属触媒の開発も始まりました。炭酸カルシウムなど、いくつかの炭酸塩とグラファイトの混合物がより高い温度 (e.g. 7.7GPa で 2150°C)でダイヤモンドを形成できます。黒鉛と炭酸塩の境界に種結晶を置くと、その表面に成長層ができます。また、従来のGE型触媒は、触媒の溶融温度以上でダイヤモンドの生成に効果を発揮することに対して、炭酸塩などの不活性触媒は溶融温度ではダイヤモンドの形成に影響を与えません。

HPHT法の他、CVD(化学気相成長)法合成ダイヤモンドも製造されています。メタンと水素の分子はプラズマ中で炭素原子に分解され、基板上にダイヤモンドとして堆積します。1980年代初頭、NIMSは CVD合成ダイヤモンドの成長に成功しました。この成功に貢献したNIMSの研究者は松本博士、佐藤博士、加茂博士であり、瀬高博士がチームのマネージャーでした。彼らは1982年ホットフィラメント法を発表し、1983年にマイクロ波プラズマCVD法にも成功しました。CVD合成ダイヤモンドは通常小さな粒子として基板上に堆積して、成長するとダイヤモンド膜を形成します。大きなダイヤモンドを成長させるには大きな基板が必要となり、産総研は小さな板をつなぎ合わせる方法で大型基板の作製に成功しました。また、高い成長速度で 10mm 立方体という大きなダイヤモンドの作製にも成功しました。

天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンド

オランダのNetherlands Gem LaboratoryおよびNaturalis Biodiversity Center Leiden, the Netherlands 所属のHanco Zwaan博士は天然と合成のダイヤモンドについて講演されました。ダイヤモンドは炭素で構成される物質であり、地下 140 km の上部マントルで安定します。これらのダイヤモンドはキンバーライトに包まれて爆発的な火山活動によって地表まで運ばれます。また、キンバーライトの他、オリビンランプロアイトなどもダイヤモンドを含むことがあります。世界中に知られているキンバーライト鉱床は7000くらいで、ダイヤモンドを含むものは1000のみ、経済的に採掘可能なのは100未満になります。キンバーライトは主にクラトンの非常に古い部分に集中しており、ほとんどのダイヤモンドは10億から30億年前のものだと言えます。

ダイヤモンドの形成条件について、内部特徴から多くの情報が得られます。例えば、パイロープガーネットを含むとマグマ環境起源を示し、アルマンディンを含むと変成環境起源を示します。他に、硫化物を含む場合はRe‒Os年代測定に使用できるため重要です。

合成ダイヤモンドは、英語圏ではSynthetic diamondあるいは Laboratory Grown Diamond(LGD)とも呼ばれています。ダイヤモンドは研磨材や切削工具、量子センシング、高出力エレクトロニクスなど多くの産業および技術用途があるため合成法についての研究が進んでいます。その中、ジュエリーにも使用されることが増えています。基本的にダイヤモンドの合成方法はHPHT法とCVD法の2種類があります。性質は天然ダイヤモンドとほぼ同じであるため、研磨されると鑑別が難しくなります。

金属フラックスの残骸である金属含有物が観察できる場合は簡単に合成ダイヤモンドだとわかります。また、天然ダイヤモンドの成長セクターは通常八面体ですが、HPHT合成ダイヤモンドは通常立方八面体の成長セクターが観察されます。CVDダイヤモンドでは、小さな黒色インクルージョンが観察されることがあり、交差偏光フィルターの間に置くと「ブラシパターン」が観察されます。

ダイヤモンドビューによる蛍光画像では成長セクターが観察しやすくなります。また、HPHT合成ダイヤモンドの典型的な特徴として、短波紫外線下で青白い燐光が観察されます。オレンジ色の蛍光は、結晶格子内のNV欠陥に起因し、CVDダイヤモンドの特徴になります。ただし、HPHT処理されると、緑色の蛍光になり、強い緑青色の燐光をも示します。

様々な分光法を用いることで、ダイヤモンドの結晶欠陥を分析できます。80 K における 415 nm 中心の発光を引き起こすN3センターは天然ダイヤモンドの重要な特徴です。SiVセンターはCVDダイヤモンドによく検出されますが、天然ダイヤモンドでは非常にまれです。

日本における持続可能な真珠養殖への取り組み

三重県真珠振興協議会副会長を務める中村雄一氏が日本における持続可能な真珠養殖への取り組みについて講演されました。伝統的に、日本の養殖業者は海の美しさを維持し、海と陸の間で栄養分を循環させることに努めました。真珠養殖では真珠の他、副産物として貝殻、貝柱、貝肉も出てきます。これらの副産物はどう処理するのかは重要な問題になります。伝統的な手法として、貝殻はボタンなどの生産に利用できます。貝柱は食用にでき、ミキモト真珠島のランチや養殖業者の昼食に使用します。一番難しいのは貝肉を含む有機質廃棄物です。貝の汚れの他、海藻、藤壺、ゴカイ、カキなどの付着物もあり、夏場などは週一回の貝掃除が必要となります。 これらの有機質廃棄物は雨で塩分を流したあと乾燥させ、養殖場内の畑や果樹のまわりに撒いて活用しました。しかし、腐敗臭が出て、水分が多く、移動・運搬させることが難しいという問題があり、各養殖場でしか使用できず、汎用性が無い欠点があります。

そこで、新しい取り組みが必要となります。廃棄物ゼロの真珠養殖を目指して、有機ゴミと貝肉を活用できるコンポスト化の研究は 2000 年頃から開始されました。当初は稲わらおがくずが試されましたが、失敗に終わりました。2007 年にもみ殻と糠を使用する方法が実用化できました。冬場にすべてを混ぜて、蒸気が出るほど高温に発酵を進ませ、月に一度、発酵を促すために「返し」を行うことでコンポストを製造できます。この方法は貝ごみと貝肉の両方を使用した上、運びやすく使いやすいため汎用性もあります。設備を必要とし、貝ごみと貝肉には時差があり、使用の制限や、地方自治体や農家、レストランなど幅広い繋がりに欠けるなどの問題もありますが、 軽量無臭の「パールコンポスト」の応用は期待できます。ただし、2022年末でも25の養殖場しかこの方法を応用していません。三重県には254、全日本には615の養殖場があります。三重県だけでも毎年150トンの貝肉が産出されますので、この「パールコンポスト」をもっと宣伝し、より多くの生産者と消費者が必要となります。

宝石およびジュエリー業界における研究の重要性

タイ・バンコクのカセサート大学のPornsawat Wathanakul教授が宝石学研究の重要性について講演されました。宝石の産出から市場、最終的消費者に至るまでのサプライチェーンのすべての部分で研究が重要となっています。例えば、宝石鉱床の研究は宝石の探査、採掘の実現可能性、健全な環境、地元・関係者の豊かさなどと繋がります。また、加工業と市場では、ジュエリーの製造技術や革新性なども研究対象となります。そして、研究を支えるのは、フレンドリーで健全な環境です。

宝石・ジュエリーにおけるグレーゾーン、つまり鑑定不能なケースを解消、削減することを実現するためには研究は不可欠です。CGLを含む世界各国の 7 つのラボが結成した LMHC(Laboratory Manual Harmonisation Committee)もグレーゾーンを減らすことに力を入れて、例えばジェイドの定義問題などを解決しました。他に、宝石の産地鑑別、グレーディング基準の決定、処理方法の看破など、中には AIを活用する場面もあり、これらの実現には研究が礎となっています。特に、コランダムのベリリウム拡散処理や低温加熱処理など新しい処理方法は、様々な技術や分析方法を使わなければなりません。FTIRやUV– Vis–NIRなどの分光法はもちろん、LA–ICP–MSなどの先端機器も多く使われています。タイでは、シンクロトロンを使い、XANES(X–ray Absorption Near Edge Structure=X 線吸収端近傍構造)で宝石における元素の酸化数を測定することもありました。

宝石の色の多様性 - 境界をどこに設定するか?

スイスSSEFのMichael S. Krzemnicki博士は宝石の色と変種について講演されました。宝石は地質学的プロセスによって自然界で形成される鉱物であり、そのため、国際鉱物学連合 (IMA)とその新鉱物・命名・分類 委員会(CNMNC)によって科学的に定義され、受け入れられている鉱物名が付いています。しかし、消費者は多くの場合、宝石に関連する鉱物名よりも変種名のほうをよく知っています。変種名は化学組成や色、外観に関連しますが、歴史、業界団体や研究所などによって曖昧に「定義」されています。その結果、宝石研究所は、ラボレポートに宝石素材を一貫して記載するための内部基準を作成する必要があります。特に、色は光源、オブザーバー、 観察されたアイテムの3要素について基準化します。その場合、マスターストーンやカラーチャートを使用することが多いです。

コランダムは特に変種が多い宝石鉱物です。その中でも、ルビーとピンクサファイアを区別するための特定のクロム濃度閾値はなく、色相と彩度のみに基づいています。SSEFはマスターストーンを使い、レッドルビー、ピンクがかったレッドルビー、紫がかったレッドルビー、ピンクサファイア、パープルサファイアに分けています。また、ピンクサファイアとオレンジサファイアの中間種としてパパラチャサファイアがあり、ピンク色とオレンジがむら無く混ざり合ったものだけがそう呼ばれます。ただし、色の原因も考えなければなりません。オレンジの水酸化鉄を含むもの、ベリリウム拡散処理されたものあるいは黄色がかった鉛ガラスで充填されたものなどはパパラチャサファイアとは呼ばれません。

その他、コバルトスピネルとブルースピネルを区別するコバルト濃度閾値もなく、両者は紫外可視スペクトルにおける鉄とコバルトの吸収バンドの強さによって区別します;エメラルドはクロムによって緑色を呈するベリル の一種ですが、一部のグリーンベリルも微量なクロムを含有し、SSEFでは鉄が多くてクロムが少ないものはエメ ラルドではなくグリーンベリルだと決めています;アレキサンドライトはクロムによって変色効果を呈する宝石であり変色を示すことが重要で、クロムが少なく鉄が多い場合、クロムが多すぎる場合、バナジウムが多い場合は変色しないためただのクリソベリルになります;パライバトルマリンは銅によって綺麗な青色を呈するトルマリンで、化学分析で銅を確認する上、吸収スペクトルで鉄と銅の吸収の強さを比較することも重要となり、鉄が青色の原因となるものはパライバトルマリンと呼ばれません。

◆アーガイル・ライブラリー・エッグ

オープンセッションが行われた10月23日(月)の夕方、国立科学博物館前で集合写真を撮影しました。その後、IGCメンバーは翌日 10月24日(火)から11月5日(日)まで国立科学博物館で展示が行われる「アーガイル・ライブラリー・エッグ」を 一般公開に先駆けて、鑑賞することができました。国立科学博物館の広報による と、「アーガイル・ライブラリー・エッグ」は、すでに閉山したアーガイル鉱山から産出した希少ピンクダイヤモンドとカラーレスダイヤモンドを18金に贅沢に散りばめた宝飾品で、ロシアのインペリアル・イースター・エッグの伝統に倣った卵形の宝飾品です。アーガイル・ダイヤモンド社とクチンスキー・ジュエラーズ社との連携により作られ 1990 年に完成しました。その後、マブチモーター株式会社の創業者、実業家の馬渕健一氏の蒐集品となりましたが、継承した馬渕 喬・麗子夫妻は、この素晴らしい宝飾品が広く観覧されることを望まれ、科学的にも重要なダイヤモンドであることから、国立科学博物館に寄贈を決められたものになります。この鑑賞は、海外から来られるIGCメンバー達にサプライズとして国立科学博物館に用意していただいたイベントで、IGCメンバー達は驚き、この美しいアーガイル・ライブラリー・エッグに魅入っていました。

アーガイルライブラリーエッグ
アーガイル・ライブラリー・エッグ
◆Welcome Reception Party

Welcome Reception Party が国立科学博物館地球館屋上で行われました。各国から集まったIGCメンバー達は、前回のIGC2019フランスから実に4年ぶりの再会となります。このウェルカムレセプションにおいては、IGC JAPANメンバーであり、遠州古流華道の近山一望(大久保洋子)師範が生け花を披露しました。また、参加者に生け花体験を用意する等、大いに盛り上がりました。

◆本会議

10月24日(火)から10月27日(金)の4日間にわたり、本会議が開催されました。47件の口頭発表と2件のポスターセッションが行われました。計8種類のセッションが開催され、内訳は、Diamond(ダイヤモンド):5題、History and Museums (歴史と博物学):5題、Gemmology (宝石学):6題(うち 1題は発表者来日できず)、Colored stone(色石):12 題、Technology & Techniques(技術と技法):5題、Corundum(コランダム):8 題、Pearls and amber (真珠と琥珀):5題、Jade(翡翠):3題でした。弊社リサーチ室からは、北脇が「Gemmological studies of “Hybrid Diamond” (Natural + CVD synthetics)」“ハイブリッドダイヤモ ンド” (天然+CVD 合成)の宝石学的研究、江森が「Crystal structure of nano inclusions in blue sapphire from Diego Suarez, Northern Madagascar」(マダガスカル、ディエゴ産ブルーサファイアのナノインクルージョンの結晶構造)というタイト ルで発表を行っております。4日間の発表の中で、いくつか興味深かったものを下記に紹介します。

なお、今回ご報告するIGC2023の講演内容は、IGCのホームページにて、すべての講演者の講演要旨がダウンロード可能です(https://www.igc-gemmology.org/igc-2023)。

Violet Diamonds from Argyle: New Insights into the Cause of their Unique Color

(アーガイル産バイオレットダイヤモンド:その独特な色因への新たな視点)
スイスのGGTLの研究者 Thomas Hainschwang博士がアーガイル鉱山産バイオレットダイヤモンドの色因についての講演を行いました。オーストラリアのアーガイル鉱山は最近閉業されるまで 35年間操業されました。日光によって引き起こされる異常に強い赤色燐光を示すことによりバイオレットの外観を示す超希少なType IIb ブルーダイヤモンドを除き、アーガイル鉱山以外からのバイオレットダイヤモンドは知られていません。 これらバイオレットダイヤモンドについて、FTIR、液体窒素温度でのUV–Vis–NIR、PL分析を行った結果、アー ガイル鉱山産バイオレットダイヤモンドの紫の色相は、窒素のB凝集濃度が非常に高いこと、そしてニッケル–窒素の欠陥、水素の含有およびN3センターの欠如の結果であると提案しました。

IGC 本会議の様子
IGC 本会議の様子

Phase transformations as important markers for heat treatment detection in corundum and other gemstones

(コランダムや他の宝石の加熱処理を検出するための相転移を用いた重要なマーカー)
スイスのSSEFのMichael S. Kremnicki博士はコランダムや他の宝石の加熱処理の根拠となる相転移する重要なマーカーの存在についての発表を行いました。ルビーやサファイア、他の色のコランダムの加熱処理の看破は宝石業界にとっても宝石ラボにとっても大きな問題となっています。コランダムの熱処理に関しては通常、 酸化条件と還元条件の双方で約700 〜 1800°Cの広い温度範囲で適用されています。本発表はSSEFにおいて最近行われたマダガスカルのイラカカ産ピンクサファイア、モザンビーク、モンテプエスス産ルビーの加熱実験の結果を紹介し、この研究の結果、鉱物学的相転移が明らかとなりました。ダイアスポア(AlO(OH))とゲーサイト (α–FeO(OH))は加熱すると脱水され、コランダム(Al2O3)、ヘマタイト(α–Fe2O3)へ相転移し、その温度は約550°Cと約325°Cです。相転移は狭い温度範囲で発生するため、ラマンスペクトルがほぼ即時に切り替わり、相転移を止めたりすることはできません。このことからダイアスポアまたはゲーサイトの存在は低温加熱ですら行 われていない非加熱の証明となります。FTIR によって、加熱に関連すると誤って解釈される可能性のあるピークが明らかになったり、石が加熱されているかどうかに関する情報が得られない場合があったりします。また、ダイアスポアが存在しなかったり、ヘマタイトが存在したりすることは石が加熱されたと呼ぶには十分ではありません。ダイアスポアやゲーサイトが存在する限り、これはあらゆる宝石に対して適用可能です。

Quantitative estimation of spinel’s thermal and geothermal history by photoluminescence spectroscopy and its application in spinel origin determination

(フォトルミネッセンス分析を用いたスピネルの地熱温度計と原産地鑑別)
中国地質大学のChengsi Wang博士はフォトルミネッセンス分析を用いたスピネルの熱履歴推定に関する定量的手法を確立したという発表をしました。スピネルの熱履歴に関しては、天然スピネルと加熱スピネル及び合成スピネルを区別するために使用できるだけでなく、スピネルが異なる地質学的プロセスを受けたことを明らかにすることも可能で、秩序―無秩序転位の結果、計算される無秩序度というパラメーターによって推定されます。スピネルから取得したPLスペクトルから無秩序度を監査するパラメーターを定義することで、ミャンマー産のスピネルは他の産地より無秩序度が高く、モロゴロ(タンザニア)産のスピネルは無秩序度が低いことが明らかになりました。ミャンマー産のスピネルとベトナム産のスピネルの無秩序度はオーバーラップしますが、両産地からのスピネルにはPLスペクトルのN2ピークの積分強度に差があり、区別することが可能です。また、Cr含有量が高いサンプルのNピークは異常に強い傾向があるため、熱履歴が過大評価される可能性があり、差分スペクトル法を導入し、高Cr含有量の影響を消去することで熱履歴の推定結果は正確かつ普遍的になることを明らかにしました。この研究に基づき、新たな地質温度計確立が期待されます。

An implementation of machine learning in ruby and sapphire origin determination

(ルビーとサファイアの産地鑑別における機械学習の実装)
GIT(Gemological Institute of Thailand)の研究者 Montira Seneewong–Na–Ayutthaya氏はルビーとサファイアの元素分析結果に機械学習を適用して産地鑑別を行う手法について発表しました。コランダム(ルビーとサファイア)の原産地鑑別は非常に重要な価値要素であり、初期の宝石学ラボではインクルージョンに依存して判別を行っていました。現在は多くの石がより多くの原産地から供給されるようになっており、最前線のラボでは分光学的データや組成分析といった科学的アプローチを適用し、さまざまな地質的・地理的な起源を的確に区別する必要があります。本研究では人工知能(AI)の一分野である機械学習アルゴリズムで化学組成データベースを分類し、石の原産地の決定を支援するための研究を行いました。さまざまな宝石鉱床のルビーとサファイアの微量元素をEDXRFとLA–ICP–MSで測定し、データベースを組み、3Dプロットと自社開発の機械学習プログラムを実行しました。学習アルゴリズムはK–近傍法、ランダムフォレスト、サポートベクターマシン、 人工ニューロンネットワークで構築され、予測精度を評価するために選択されています。LA–ICP–MSデータを利用した手法は低レベルの誤差でルビー・サファイアの原産地を特定するのに効果的ですが、予測精度と判定の成功は計測機器のパフォーマンス、データの準備・処理、モデルの最適化、検証などさまざまな要因に依存します。原産地の決定には機械学習の結果に加え、内部特徴や他のスペクトル分析を含むさまざまな分析データも考慮し、最終結果をジェモロジストが判断する必要があります。

FTIR Fingerprinting: a case study on mineral inclusion identification by FTIR applied on rubies from marble- hosted deposits

(FTIR フィンガープリンティング;大理石起源のルビーへのFTIRを用いた鉱物インクルージョンの同定へのケーススタディー)
スイスSSEF の研究者である Walter A. Balmer 氏は大理石起源のルビー中の鉱物インクルージョンについて FTIR を用いて同定する、という研究内容を発表しました。フーリエ変換赤外分光分析(FTIR)は宝石学の分野において十分に確立された分析方法です。コランダムにおいて、このFTIRはダイアスポア、ベーマイト、ゲーサイト、クローライト、カオリナイトといったインクルージョンの検査ツールとして日常的に用いられています。本研究では、FTIR スペクトルの水伸縮振動範囲よりも波数が高い部分(>3300 cm–1)に着目し、大理石起源のコランダム中のバーガサイト、トルマリン、ギブサイトをインクルージョンとして検出することができました。また、ギブサイトが検出されたということは検査されたコランダムサンプルが 350°Cを超える熱を受けなかったことを意味します。追加して、クローライトとギブサイトの振動特徴について、この2つの鉱物相の確実な同定と分離が可能になりました。この手法による鉱物インクルージョンの識別は熱に敏感な鉱物インクルージョンの存在を示すことで熱処理の可能性を除外したり、地理的起源を特定したりする際の貴重なツールとなりえます。ただし、 鉱物インクルージョンの特徴が必ずFTIRで検出できる、というほど強力なツールではないため、FTIRのインクルージョンパターンが存在しないことは何の証拠にもならないということに気を付ける必要があります。

DNA Fingerprinting and age dating of historic natural pearls: a combined approach

(歴史的な天然真珠へのDNAフィンガープリンティングと年代測定を組み合わせたアプローチ)
スイスSSEFの研究者 Laurent E. Cartier氏は歴史的な天然真珠の来歴について、年代測定、DNAフィンガープリンティングを用いた研究を発表しました。真珠へのDNAフィンガープリンティング法は 2013 年に開発・発表されており、同年、放射線炭素年代測定を用いた真珠の年代測定も発表されています。天然真珠はここ数十年間新たな供給が不足しており、高品質の天然真珠は希少です。世界最古で最も広く収集されている宝石の1つである真珠は研究する価値があります。本研究は2つの研究事例を紹介し、DNAフィンガープリンティングと年代測定をどのように使用できるかを紹介するものです。クイーンメアリーパールにDNAフィンガープリンティングと年代測定を実行した結果、西暦1707年〜1876年の間にメソアメリカの太平洋岸沿いの沿岸海域で形成され、パナマアコヤまたはラパスアコヤとして知られるPinctada mazatlanica 種に属することが決定されました。また、63個の天然真珠セットの研究では3つの海水天然真珠がランダムに選択され、1つは Pinctada radiata、2つは Pinctada persica または Pinctada marganritifera persicaに属する Pinctada margiritifera種複合体の希少なメンバーであることがわかり、これは Pinctada pericica 産真珠の最初の報告です。これら3つはペルシャ湾でのみ記録されており、16〜18世紀の間に形成され17世紀に形成された可能性が最も高いことがわかりました。

Geographic Origin Determination of Fei Cui: A comparison of high-quality green Fei Cui from Myanmar, Guatemala, and Italy

(ミャンマー、グァテマラ、イタリアの高品質 Fei Cui の原産地鑑別)
香港理工大学の Ka‒Yi (Angela) Man 氏がミャンマー、グァテマラ、イタリア産の高品質なグリーンFei Cuiの原産地鑑別についての講演を行いました。本研究ではFei Cuiはヒスイの一種で、ヒスイ輝石、オンファサイト、コスモクロアのいずれか、またはこれらの組み合わせで粒状から繊維状の多結晶集合体として定義されています。2021年以降、グァテマラのイサバル地域で新たな鉱山が発見され、グァテマラ産の「インペリアルグリー ン」Fei Cuiの人気が中国で高まっています。過去4年間で少量の高品質のイタリア産Fei Cuiも市場に出回っており、大きな供給源であるミャンマー、グァテマラ、イタリアのFei Cuiの産地鑑別の可能性を検討しました。 FTIRの分析の結果、ミャンマー産はほとんどがヒスイ輝石であり、グァテマラ産はオンファサイトであることが判明しましたが、グァテマラの最上級のカラーグレードを有するものはヒスイ輝石でした。EDXRFとLA–ICP–MSによる分析をPCA(Principal Component Analysis)分析した結果、EDXRFの分析値では重複が見られるが、LA‒ICP‒MSの分析値を用いたPCA分析結果は3つの産地で明確な分離を示しました。

◆翡翠原石館ツアー

10月26日(木)の午後より本会議期間中のショートエクスカーションとして北品川にある翡翠原石館を訪問しました。国立科学博物館前からチャーターしたバス2台に乗車し、晴天の東京都内を移動しました。翡翠原石館は御殿山庭園やミャンマー大使館に近接する閑静な住宅街にあります。靎見(つるみ)信行館長が私財を投じて収集されたさまざまな色・形の翡翠が展示されている私設博物館です。入館するとまず目に飛び込んでくるのは、10万個の石を使い6年の歳月をかけて制作されたという巨大なモザイク画です。古事記に登場する女神「奴奈川姫(ヌナカワヒメ)」と翡翠(カワセミ)が描かれています。奴奈川姫はヒスイの産地でもある新潟県糸魚川市に多くの伝承が残されており、万葉集にある「ぬなかわの底なる玉」の歌と結びつけて小滝川でのヒスイの発見につながったと言われています。その他に糸魚川産のヒスイをくり抜いて造られた浴槽があり、観客を驚かせます。館内に展示された多くのヒスイ製品はどれも見ごたえがあり、特に糸魚川のプレカンファレンスツアーに 参加されなかったメンバーにとっては日本の翡翠に触れる良い機会であり、心に残ったと思われます。

翡翠原石館
翡翠原石館
翡翠原石館の奴奈川姫のモザイク壁画
翡翠原石館の奴奈川姫のモザイク壁画
◆クロージング・セレモニー

本会議の最終日27日、ランチパーティーにおいて上野精養軒にてマグロ解体ショーが行われ、その後、閉会式が行われました。閉会式では、IGC JAPANのDr. Ahmadjan Abduryimとグリーンランド代表のMs. Anette Juul–NielsenがExecutive Committeeに選出されました。閉会式では、次回第 38 回 IGCの開催地がギリシャであることが正式に発表され、今回のオーガナイザーであるCGLの北脇よりギリシャのオーガナイザーであるStefanos Karampelas氏へ IGCのフラッグが受け渡されました。

IGC Flag が日本からギリシャへ受け継がれた瞬間
IGC Flag が日本からギリシャへ受け継がれた瞬間
◆富士山スペシャルツアー
山中湖畔から見た富士山
山中湖畔から見た富士山

クロージング・セレモニー終了後から10月29日(日)の3日間、富士山スペシャルツアーと称した甲府ツアーが行われました。これは「日本に行ったら富士山をこの目で見たい」というIGC Executive Committee の強い希望と、甲府のジュエリー産業をIGC のメンバーに見ていただきたいという甲府の業界関係者らの強い要望から実現したもので、本会議に参加したIGCメンバ ーの7割近くが参加するツアーとなりました。クロージング・セレモニー終了後、2台の大型バスに乗り込み、まずは山中湖畔へと移動しました。翌日10/28(土)は準備段階から心配していた天候にも恵まれ、宿泊したホテルから見えた早朝の富士山は、参加者の心に深く刻まれたであろう美しさでした。

10/28(土)はまず、久保田一竹美術館へ向かいました。久保田一竹は、辻が花と呼ばれる15世紀後半〜16世紀前半に失われた染色・装飾技法の復刻に取り組んだ染色工芸家で、伝統的な辻が花を完璧に復刻することは技術的に不可能だと判断し、「一竹辻が花」として自己流の辻が花を発展させることに成功しました。久保田一竹の着物作品は「光のシンフォニー」と呼ばれ「宇宙の威厳」とも評されています。美しい久保田一竹の着物を前に、海外からの参加者皆様は感嘆していました。

次に、数班に分かれ、「ラッキー商会」「GSTV」「ストーンカメオミュージアム」「山梨ジュエリーミュージアム」といった甲府のジュエリー産業、博物館を見学しました。「ラッキー商会」「GSTV」では、ジュエリーデザインや枠づくりの説明・見学を行いました。

見学後、同日開催されていた甲府での一大イベント 「信玄公祭り」の武者行列を楽しみ、甲府記念日ホテルへ移動します。この間、IGC Executive Committeeのメンバーは長崎幸太郎山梨県知事を表敬訪問されました。甲府記念日ホテルでは、山梨のジュエリー産業の方々を招待した講演会・懇親会が行われました。講演会では、まず樋口雄一甲府市長が歓迎のあいさつをされ、IGC Executive CommitteeのDr. Jayshree Panjikarによる「Relevance of International Gemmological Conference」の講演が行われました。この講演では、Dr. Jayshree が本当に日本に訪問したかったことからはじまり、IGC JAPAN がいかに素晴らしかったのか、宝石学を研究する意義、IGC の存在意義などが語られました。山梨ジュエリー産業のみなさまと IGC メンバーの交流も大いに盛り上がり、講演会・懇親会は大盛況のうちに終了し、富士山スペシャルツアーは幕を閉じました。

講演を行う Dr. Jayshree
講演を行う Dr. Jayshree
◆ ポストカンファレンスツアー

10月29日(日)-31日(火)はポストカンファレンスツアーとして、三重県伊勢・志摩の真珠巡検が行われました。巡検のコーディネートと現地案内は三重県真珠振興協議会副理事の中村雄一氏にお世話になりました。 総勢25名の IGC 参加者は、富士山スペシャルツアーからの引き続きとなります。早朝に甲府のホテルをバスで出発して、午後3時ごろ鳥羽のミキモト真珠島に到着しました。真珠島では最初に三木本幸吉翁の銅像前で記念撮影を行いました。この像の前は、記念撮影をしたい観光客の人気スポットです。IGC メンバーの中にはここで写真を撮るのが長年の夢だったという方もおられ、念願がかなったようでした。真珠博物館では松月清郎館長にお出向かえいただき、博物館内の案内と展示品の解説をしていただきました。真珠博物館は、「人と真珠〜そのかかわりを考える〜」をテーマに真珠のできる仕組みや真珠の養殖法などに関する数多くの資料が展示さ れており、真珠養殖を学ぶにはとても良い空間となっています。

ミキモト真珠島での記念撮影
ミキモト真珠島での記念撮影

また、天然真珠を用いたアンティーク ジュエリーの充実したコレクションや養殖真珠をふんだんに使用した豪華な美術工芸品の数々も展示されています。

定刻になると、海女さんによる伝統的な潜水作業の実演を見ることができます。IGCのメンバーは全天候型の特別観覧室を利用することができました。船の上から身軽に飛び込み、見事に貝を獲って上がってくる海女さんに歓声が上がっていました。

二日目はいよいよ真珠養殖現場の見学です。観光用ではなく、実際に養殖作業に使用されている3隻の船に分乗して英虞湾をめぐり、養殖イカダを見学。貝掃除、挿核の実演を見学しました。そして、最後は IGC メンバーが一人ずつ自身の手で貝を剥き、真珠の取り出し作業を体験できました。貝剥きはほとんどのメンバーが初めての経験で、過去に行ったベトナムでの養殖現場と違ってとても本格的で感動したとの声が聞かれました。 養殖場を後にして、再び船で賢島に移動し、円山公園を訪れました。ここには真珠供養塔と真円真珠発明者頌徳碑があります。真珠発祥の地を感じ取るのにふさわしい場所と言えます。

英虞湾での舟移動
英虞湾での舟移動
 海女小屋での会食
海女小屋での会食

鳥羽での昼食後、三重県水産研究所を訪問しました。ここは水産業の研究・指導を目的として設置された三重県立の研究所で、1899年に県庁内に設置されたのが始まりです。イセエビの人工ふ化に世界で初めて成功したことで有名ですが、真珠養殖に欠かせないアコヤ貝の研究にも熱心に取り組んでいます。研究所では志摩市の村上圭一副市長にご挨拶いただき、研究員の渥美貴史博士から三重県の真珠養殖への取り組みに関する講演を伺いました。

二日目の夕食は海女小屋風の磯焼のお店です。現役の海女さんが新鮮な魚介の磯焼と体験談を提供してくれ ます。海女さんたちと楽しい時間を共有することができ、メンバーも大満足の様子でした。

三日目は伊勢神宮参拝です。伊勢神宮は125の宮社全てを総称して「神宮」と呼ばれます。IGCメンバーが 訪れたのはそのうちの内宮で正式名称は皇大神宮です。皇大神宮は皇室の祖先であり、天照大御神が祀られています。内宮の入口である宇治橋をわたり、玉砂利を敷き詰めた長い参道を進むとまさに神域です。凛と張り詰めた雰囲気にIGCメンバーも心が洗われたようで、日本人の精神世界を感じてくれたと思います。ツアーの最後に良いところに来られたと感激していただきました。その後、おかげ横丁などでショッピングを楽しみ、バスで名古屋駅まで行き東海道新幹線で東京まで戻りました。プレカンファレンスツアーに参加していなかったメンバーにとっては初めての新幹線体験でした。そしてこの日は東海道新幹線車内販売の最終日というめぐりあわせとなりました。◆