令和5年度 宝石学会(日本)講演会参加報告

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リサーチ室 趙政皓

 

令和5年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月10日(土)新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアム、懇親会が割烹「倉また」にて開催されました。また、6月11日(日)には見学会が実施されました。

 

<フォッサマグナミュージアムとは>

フォッサマグナミュージアムは、日本最大のヒスイ産地で世界最古のヒスイ文化発祥の地として知られる新潟県糸魚川地域にあり、糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の拠点です。フォッサマグナ(ラテン語で大きな溝:大池溝帯)の成立や人間と地球史とのかかわりを示す資料を収集・保管・展示し、その調査研究、成果の普及を通して市民の教育・学術・文化の発展に寄与することを目的に1994年(平成6年)に開館しました。1982年(昭和57年)糸魚川市の総合計画を発端に1989年(平成元年)に博物館開設の基本計画が策定されました。ふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け、総工費17億円が投じられ、立派な施設が出来上がりました。
フォッサマグナミュージアムは、美山公園の高台にあり、糸魚川駅から路線バスまたはタクシーを用い、10分ほどでアクセスできます。館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物・化石など2000点以上に及び、見るものを圧倒します。また、学芸員による無料鑑定サービスも定期的に行われています。

 

フォッサマグナミュージアムの展示
フォッサマグナミュージアムの展示

 

フォッサマグナミュージアム外観
フォッサマグナミュージアム外観

 

<総会・講演会参加報告>

今年度の講演会は、1件の特別講演と22件の口頭発表が行われ(色石関連13題、ダイヤモンド2題、真珠7題)、参加者は72名でした。CGLリサーチ室からは「Cr含有赤色マスグラバイトの分析」、「グリーンランド産ルビーとモンタナ産サファイア、LA–ICP–MSを用いた原産地鑑別;アップデート」、「“ハイブリッドダイヤモンド”(天然+ CVD合成)の宝石学的研究」の3題の発表を行いました。これらについては別途CGL通信にて報告を行う予定ですが、本会で発表された23件のうち一部を抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に〇)。

 

講演会会場の様子
講演会会場の様子

 

特別講演:AIを活用した画像認識によるヒスイの同定

小河原孝彦(フォッサマグナミュージアム)
フォッサマグナミュージアムの学芸員小河原孝彦氏がAIによる画像認識でのヒスイの鑑別について発表しました。フォッサマグナミュージアムは糸魚川ユネスコ世界ジオパークの中核施設であり、来館したお客様に向けて糸魚川の海岸などで採集した石の鑑定を行っています。近年は石の鑑定の件数が増加したため、学芸員の代わりとなる人工知能による機械学習を利用した石の鑑別の研究を始めました。学習には糸魚川海岸で採取した石を用いています。ヒスイとヒスイ以外の岩石(流紋岩、安山岩、玄武岩など)に分類し、Nikon D5600を用いて岩石の組織が判別できるような写真を約13000枚撮影しました。NASNetにこれらの写真を教師画像として転移学習させた結果、ヒスイとヒスイ以外の認識率は約96%でした。また、別の画像を用いて認識率を確認したところ、20枚のヒスイの写真の的中率は95%であり、13枚のヒスイ以外の岩石の的中率は100%でした。これらの結果より、人工知能を用いた画像の深層学習によってヒスイの認識が可能であることが明らかになりました。

 

群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて

川﨑雅之(つくば市)
つくば市の研究者川﨑雅之氏が群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて発表しました。群馬県南牧村三ッ岩岳は水晶の日本式双晶の有名な産地であり、2013年頃アメシストの産出が明らかになりましたが、最近までその産状は不明のままでした。産地中央部の大理石と周囲の緑色片岩・砂岩泥岩層の間に黒い土で充填された脈があり、その中の大小さまざまな晶洞から次の4種類の水晶が産出されます ;1)アメシスト様不透明水晶 ;2)透明なアメシスト ;3)インクルージョンにより白~緑色を呈する不透明水晶 ;4)晶洞の外殻を構成する無色~白色の微小な水晶。産状から、岩石中の空洞に微小水晶が急速に形成された後、内側でインクルージョン含有水晶とアメシストが成長し、同時期または成長後期に母岩が粘土化したと推測できます。

 

北海道然別産オパールの蛍光起源有機物

荻原成騎(東大地球惑星)・〇末冨百代(東大地球環境)
東京大学理学部地球惑星環境学科の末冨百代氏が北海道然別産オパールにおける蛍光起源有機物について発表しました。北海道然別湖西岸に注ぐ小沢には、火山噴出物が広く分布し、シリカシンター(オパールから成る温泉堆積物)が層状に露出し、ブラックライトによって縞状に多様な蛍光を発します。単色の蛍光(黄色、橙色)を示す部分を分取し、薄片を作りました。また、粉末化した試料はそれぞれソックスレー法により抽出し、シリカゲルクロマトグラフィーによって分画しました。さらに、それぞれの画分は蛍光分光計によって特徴を付け、GC/MS分析を行いました。それによって、N–2区画の多環芳香族とN–3区画のケトン・エステルが蛍光の原因だとわかりました。また、黄色蛍光と橙色蛍光の部分から抽出された多環芳香族が大きく異なるため、二種類の地下熱水系が同じ場所に噴出したことでこれらのオパールを形成したと考えられます。

 

北海道鹿追町然別産の多環芳香族炭化水素鉱物を包有する蛍光性オパール

〇石橋隆(阪大博)・田中陵二(相模中研/東海大)・萩原昭人・井上裕貴(九大)
大阪大学の研究者石橋隆氏が北海道然別産の有機物を包有する蛍光性オパールについて発表しました。北海道鹿追町然別地域に産する通称「大雪オパール」は、紫外線照射により種々の蛍光を呈すると報告されています。本オパールの産状は、温泉沈殿性の粗鬆な珪華沈殿物に貫入した大小の緻密なオパール脈であり、ゲル状二酸化ケイ素の沈殿による層状組織を示し、部位によって橙色~飴色~無色となります。長波紫外線によって、淡青色、淡紫色、黄色、黄緑色、橙色などの多彩な層状を示します。粉砕してクロロホルム抽出後に高速液体クロマトグラフィーによって可溶性成分を分析した結果、発光成分は多環芳香族炭化水素(PAH)だとわかりました。橙色蛍光は分散したビチューメン(非晶質)、黄色~黄緑色蛍光はコロネンやベンゾ[ghi]べリレンなど(結晶質)によります。そのうち、本研究で発見したベンゾ[ghi]べリレン結晶は、国際鉱物学連合(IMA)により、北海道石(hokkaidoite)として新種鉱物と承認されました。これらの有機物は熱水により供給されたもので、より深部の生物遺骸有機物が起源と予想されます。

 

コランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトル

猿渡和子(GIA Tokyo合同会社)
GIA東京の猿渡和子氏がコランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトルについて発表しました。二酸化炭素の流体包有物はコランダムの典型的なインクルージョンとしてはよく知られており、非加熱の特徴とされていましたが、最近圧力をかけて加熱を行ったコランダムからも二酸化炭素流体が報告されました。これまで二酸化炭素流体は顕微鏡観察で判断してきましたが、今回の発表では二酸化炭素流体の存在を赤外吸収スペクトルによって確認できることが報告されました。

 

ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドット

〇古屋正貴(日独宝石研究所)・Scott Davies(American Thai Trading)
日独宝石研究所の研究者古屋正貴氏がミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットについて発表しました。ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットには4条の強いアステリズムを示すものがあり、それらにはマグネタイトのインクルージョンや部分的に再結晶した黒い液膜が見られる他、強い斜光照明によって無色の針状インクルージョンも見られます。これらの針状インクルージョンは光彩効果の原因となっており、太く目立つものが一方向に平行して並んでいる他、より小さく細いものが約90°ずれた方向に並びます。この特徴によって、スター・ペリドットではスター効果の1条が鮮明であることに対して、もう1条は不鮮明になります。これらのインクルージョンは顕微ラマン分光や蛍光X線成分分析で確認できませんでしたが、先行研究に基づいてパラサイトのチューブ・インクルージョンのようなものであり、部分的にマグネタイトやサーペンティンを含む可能性があると考えられています。

 

構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別

〇三浦真(GIA Tokyo)・Mike Jollands(GIA New York)・Aaron Palke・Ziyin Sun(GIA Carlsbad)
・Wim Vertriest(GIA Bangkok)・桂田祐介(GIA Tokyo)
GIA東京の三浦真氏が構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別について発表しました。ペリドットはかんらん石の宝石名であり、主に玄武岩中に捕獲岩・捕獲結晶として見られ世界各地で産出する比較的ありふれた鉱物ですが、スカルン鉱床や超苦鉄質岩体中の熱水鉱床からのものは比較的大きな結晶で産出し、緑色が濃く、品質もよいです。エジプト、ミャンマー、パキスタン、ノルウェー産のペリドットがこの変成岩・熱水鉱床起源にあたります。また、隕石の一種であるパラサイトからも見つかっています。FTIRで分析した結果、水酸基による吸収から構造欠陥の種類を判別でき、玄武岩起源か変成岩・熱水起源かを容易に識別できます。また、変成岩・熱水起源のペリドットの化学的特徴は産地ごと異なる傾向にあるため、LA–ICP–MSとFTIRを組み合わせることで産地鑑別が可能だと考えられます。ただし、玄武岩起源ペリドットは化学的特徴が類似するため、現時点では産地鑑別が困難だと考えられます。

 

Fe添加スピネル(MgAl2O4)の結晶育成

〇勝亦徹・人見杏実・渡邉梨々花・森有沙・相沢宏明(東洋大学)
東洋大学の勝亦徹教授が鉄を添加したスピネルの結晶育成について発表しました。スピネルは遷移金属イオンの添加で種々の色の結晶を得ることができ、広い固溶領域を持つため結晶の色や発光などに組成比の影響が見られます。今回は浮遊帯域溶融法(FZ法)を用いて組成比MgO/Al2O3 = 1.0~0.5、Fe濃度0.1~2.0 mol%、雰囲気ガス中のO2濃度0~100 vol%の条件でFe添加スピネル結晶を育成しました。その結果、100%Ar雰囲気下(O2濃度0%)ではピンク、O2濃度0.1%では青色、O2濃度20~100%では黄色~緑色のスピネルが成長できました。また、雰囲気ガスを育成中に変化させることにより、バイカラー、トリカラースピネルの成長もできました。一方、Mn添加するとスピネルは薄緑/赤、薄緑/黄色のバイカラースピネルが成長できました。

 

マベから産出する無核の養殖真珠について

〇渥美郁男(東京宝石アカデミー)・矢﨑純子(真珠科学研究所)
東京宝石科学アカデミーの渥美郁男氏がマベから産出する無核の養殖真珠について発表しました。宝飾用素材として利用される半形真珠の母貝の一つにウグイスガイ科に属するマベがあります。現在、マベから半形真珠にとどまらず有核真珠(真円)も生産されています。このマベからは、他の真珠養殖母貝と同様に副産物としてバロック形状の無核真珠が産出することがあります。これらは真珠業界で慣例的に“ケシ”と呼ばれ、他の母貝から産出した“ケシ”との判別が難しいです。そのため、目視・蛍光観察、紫外可視分光測定、蛍光分光、マイクロCT観察の四つの分析法を用いて、マベ真珠、クロチョウ真珠、シロチョウ真珠、アコヤ真珠を比較しました。その結果、無核のバロック系真珠はマベ特有の蛍光分光吸収が明瞭で、軟X線透過検査で伝統的な養殖用核が認められる場合は無核のマベ養殖真珠だと判別できます。しかし、特徴的な蛍光分光吸収が認められない場合は海水産養殖真珠と判別されてしまうことがあります。

 

処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について

〇田澤沙也香・松田泰典・矢﨑純子(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の田澤沙也香氏が処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について発表しました。真珠は主に炭酸カルシウムから成るアラゴナイト結晶とタンパク質から形成され、紫外線照射すると蛍光を発します。そのため、蛍光観察は真珠の鑑別手法として活用されています。浜揚げされたアコヤ真珠は黄色を帯びているような蛍光を示すことが多く、それに対して漂白などの加工されたものは青白色の蛍光を示すことが多いです。また、紫外線可視分光による反射スペクトル測定では280 nmに吸収が見られ、蛍光分光測定でも280 nm励起によって蛍光ピークが確認されました。今回は加熱、放射線照射などの処理を施したアコヤ真珠の蛍光挙動を調べました。その結果、加熱・ガンマ線照射されたサンプルは目視観察、蛍光観察、蛍光分光、紫外可視分光においてすべて異なる挙動を示しました。故に、劣化処理方法によって蛍光の発見が変化するため、タンパク質の劣化評価には蛍光分光法だけでなく、それ以外の方法も用いて複合的に判断する必要があることがわかりました。

 

外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠の出現

〇山本亮・佐藤昌弘(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の山本亮氏が外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠について発表しました。現在、市場にイケチョウガイやヒレイケチョウガイにより産出する淡水真珠が流通しています。当初は大部分外套膜にピースのみ移植することで生産されますが、養殖技術の発展に伴い、生殖巣で養殖された有核淡水真珠が市場に多く流通するようになりました。その特徴としてこれまでの真珠と比較して大型であり、核に貫通孔が確認されることがあります。近年、これまでの有核淡水真珠と異なり、5 mm程度からそれ以下といった非常に小型の有核淡水真珠が流通するようになり、白色系のアコヤ真珠と非常に類似し、混同される場合が見受けられます。複合的分析の結果、この有核の小型淡水真珠の外観(色、テリなど)はアコヤ真珠と類似しますが、微量元素を検出することで判別可能で、成長模様・孔口・蛍光・まきの厚さなどでは異なる特徴を示します。電子顕微鏡を用いて孔口などを観察した結果、結晶層の端が崩れており、他の淡水真珠と比較してビッカース硬度が小さいことがわかりました。よって、これらの淡水真珠は他の真珠と比較して真珠層が脆い可能性が高いと推測できますが、加工などにより脆弱化した可能性もあります。

 

<懇親会参加報告>

6月10日(土)、総会・講演会終了後、割烹「倉また」にて、懇親会が行われました。フォッサマグナミュージアムから懇親会会場までは倉また所有のバスで送迎していただきました。50名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。コロナ禍のオンライン講演会ではできなかった対面での交流が参加者には大変好評でした。

令和5年度 宝石学会(日本)見学会参加報告

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リサーチ 江森健太郎

 

6月11日(日)、総会・講演会の翌日に見学会が実施され、(1)フォッサマグナパーク、(2)高浪の池を見下ろす展望台、(3)コスモクロア露頭、(4)須沢海岸、合計4か所の見学を行い、宝石学会(日本)会員・賛助会員・非会員合わせて61名の参加がありました。

 

(1)フォッサマグナパーク

フォッサマグナパークでは、糸魚川から静岡県までつながる断層である「糸魚川―静岡構造線」を見ることができました(写真1、2)。「糸魚川―静岡構造線」はユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界であると考えられており、フォッサマグナの西側の境界断層でもあります。両プレートの押す力により糸魚川を含む中央日本が隆起し、高い山脈を作っています。

写真1-1.フォッサマグナパークで見ることが出来る糸魚川-静岡構造線。
写真1-1:フォッサマグナパークで見ることが出来る糸魚川-静岡構造線。

 

写真1-2.写真1-1にプレート境界線を赤線で加えた。
写真1-2:写真1-1にプレート境界線を赤線で加えた。

 

写真2:プレート境界の破断面。プレートが動いた際に擦りあった結果、境界は粘土状になっている。
写真2:プレート境界の破断面。プレートが動いた際に擦りあった結果、境界は粘土状になっている。

 

◆フォッサマグナとは

フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。アジア大陸から日本列島が離れる時にできた裂け目と考えられています。裂け目には、主に海底にたまった新しい岩石が埋まっています。やがて、海底が隆起し、今の地形を作り上げました。

 

(2)高浪の池を見下ろす展望台

高浪の池を見下ろす展望台からは、明星山の岩壁(写真3)を見ることができました。この岩壁をつくる石灰岩は3億年前の太平洋にあったサンゴ礁であり、プレートによって運ばれてきたものです。石灰岩からはサンゴやウミユリなどかつてのサンゴ礁に住んだ生物の化石が見つかるそうです。
プレートによって運ばれてきた石灰岩(サンゴ礁)は蛇紋岩によって地下から持ち上げられたヒスイと出会うことになりました。地下でヒスイが形成され、持ち上げられてきたことや、ヒスイと石灰岩が出会っていることは、すべてプレート境界だったからこそ起こった地質学的イベントなのです。

 

写真3:明星山の岩壁
写真3:明星山の岩壁

 

(3)小滝川ヒスイ峡

小滝川ヒスイ峡のヒスイは蛇紋岩メランジュの中の構造岩塊として取り込まれていたものです。地すべりにより蛇紋岩眼帯が小滝川に滑り落ち、その後の浸食により蛇紋岩が削り取られ、強固なヒスイだけが流域に残されたと考えられています。ヒスイが下流に運ばれるのは大洪水や土石流が起こった時のみです。小滝川ヒスイ峡は1956年に国指定の天然記念物として大切に保護され、保全計画に基づき公開されています。
小滝川ヒスイ峡についての詳しい情報は、CGL通信vol. 47「小滝川ヒスイ峡を訪ねて(リサーチ室 北脇裕士)」(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/47/80.html)に詳しく掲載されています。

 

峡が国の天然記念物であることを示すモニュメント。
写真4-1:小滝川ヒスイ峡が国の天然記念物であることを示すモニュメント。

 

小滝川のヒスイ。赤線で囲った部分はすべてヒスイである。
写真4-2:小滝川のヒスイ。赤線で囲った部分はすべてヒスイである。

 

(4)山之坊コスモクロア露頭

コスモクロア輝石(Kosmochlor、NaCrSi2O6)はヒスイと同じ「輝石」と呼ばれる鉱物グループに属します。1894年、メキシコのToluca隕石の中から世界で初めて発見され「コスモ=宇宙」の名が付いています。日本でのコスモクロア輝石は1996年に岡山県大佐山のヒスイからはじめて発見され、1997年糸魚川姫川産(根知付近、翠宝堂廣川様所蔵標本)のヒスイからも発見されています。糸魚川では益富地学会館の益富壽之助博士によって1978年にコスモクロア輝石と考えられる鉱物が発見されていましたが、未発表のままでした。糸魚川におけるコスモクロアは山之坊のネフライト露頭、姫川産のヒスイ(転石)、青梅金山谷のネフライト(転石)から発見されています。
今回訪問した露頭は鈴木ら(文献)で発表された場所と同一であり、糸魚川市から国道148号を小谷側に進み、山之坊地内の茶臼山トンネル南側出口の付近の斜面に位置します。この露頭のネフライト中に直径1 mm以下のコスモクロア輝石が含まれています。現場はすでに盗掘されていますが、2020年7月3日に第133号「天然記念物 山之坊コスモクロア輝石露頭」としてこの露頭を指定し、監視カメラや柵を設置することで露頭を保護しています。
コスモクロア輝石はとても珍しい鉱物であり、世界的にみてもロシアなどごく一部の地域で産出が報告されているのみと、希少度的にはヒスイを上回ると考えられています。この露頭の発見まで、糸魚川市内でコスモクロア輝石の産地が特定されたことはありませんでしたが、それだけでなく、ネフライトの露頭もこの場所以外に市内での発見例はありません。
また、このコスモクロア露頭はから産出されたコスモクロアは組成がNa0.98Cr0.97Al0.03Si2.01O6と理想値に近く、端成分に近いコスモクロア輝石であると言えます。

 

山之坊コスモクロア露頭のコスモクロア輝石(矢印で示す)
山之坊コスモクロア露頭のコスモクロア輝石(矢印で示す)

 

(5)須沢海岸

通常の岩石より比重が大きいヒスイは、通常の川の流れで下流に運ばれることはありません。山々が隆起し、発生した土石流によりヒスイは海岸まで運ばれます。縄文時代の人々は緑色に輝くヒスイを海岸から発見し、世界最古のヒスイ文化を花開かせました。糸魚川がずっと昔よりプレート境界周辺であり続けたことにより、人はヒスイと出会ったのです。
数十万年の間に5億年以上の歴史を有する山岳地域からヒスイを含む大量の岩石が海岸に運ばれ、糸魚川海岸は色とりどりの、いろいろな模様を持つ小石の海岸となっています。須沢海岸もその1つでありこの海岸でヒスイ探しを行うことができます。
宝石学会(日本)見学会においても、この須沢海岸でヒスイ探しが行われ、見学会の参加者1名がヒスイを見つけることができました。

須沢海岸でヒスイ探しを行う見学会参加者達
写真6-1:須沢海岸でヒスイ探しを行う見学会参加者達

 

須沢海岸で発見されたヒスイ
写真6-2:須沢海岸で発見されたヒスイ

◆ 参考文献
鈴木・大木(2019)地学研究,65: 185–187.

セレンディバイトの分析

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リサーチ室 趙政皓

図1.深い緑色を呈する1.03 ctのセレンディバイト
図1.深い緑色を呈する1.03 ctのセレンディバイト

 

セレンディバイトは青色・緑色を呈するホウケイ酸塩鉱物の一種であり、理想的な化学組成はCa4[Mg6Al6]O4[Si6B3Al3O36]である。セレンディバイトは1900年代初頭にスリランカで発見され、その名称はスリランカのアラブ語名称セレンディブ(Serendib)に由来する。宝石品質のものは1997年にReinitz & Johnsonによって初めて報告されたが、報告例が少なく、希少性の高い宝石である。特に今回ご紹介するファセットカットされた透明石は珍しい。

最近、セレンディバイトとされている石を検査する機会を得た。この石は1.03 ctで、エメラルドカットが施されていた。深い緑色を呈しており(図1)、青色・緑色・黄緑色の明瞭な多色性が見られた。また、セレンディバイトは三斜晶系に属するため光学的二軸性であるが、3つの光軸のうち2つの屈折率がかなり近いため、一軸性と誤認しやすい。屈折計でこの石を測定した結果、nx = 1.698、 ny = 1.702、 nz = 1.703、nyとnzがかなり近い値であった。

この石にはインクルージョンが見当たらず、クラリティがかなり高い。そのため、顕微鏡観察において特に特徴は見いだせなかった。

エネルギー分散型蛍光X線分析装置Jeol JSX3210Sを用いて当該石を分析した結果を表1に示した。測定条件は以下の通りである:管電圧30.000 kV、管電流0.220 mA、エネルギー範囲0~41 keV、ライブタイム30.00 s、コリメータ2.000 mm。この分析結果は、セレンディバイトの化学式Ca4[Mg6Al6]O4[Si6B3Al3O36]と矛盾しない(ホウ素Bはエネルギー分散型蛍光X線分析装置では測定できない)。

 

表1 蛍光X線元素分析の結果

WEB-セレンディバイトの分析-表1

 

また、当該石のUV–Vis–NIRスペクトルを図2に示す。測定は、紫外可視分光光度計JASCO V650を用いて行った。810 nm中心の比較的強いバンドと、408、434、464、500 nm付近の弱いバンドが見られる。4つの弱いバンドの位置は、K. Schmetzer et al., (2002) が報告したUV–Vis–NIRスペクトルと一致した。しかし、同文献によると、強いバンドの中心は720 nmであった。810 nmの吸収バンドは鉄と関連することが多く、本研究で測定した石の鉄含有量(1.29 wt.%)は、K. Schmetzer et al., (2002)が測定した石の鉄含有量(0.84 wt.%)よりも明らかに高いため、このバンドの中心の移動は鉄によるものだと推測できる。

 

WEB-セレンディバイトの分析-図2

図2. 当該石のUV–Vis–NIRスペクトル。408、434、464、500 nm付近の弱いバンドと810 nm中心の比較的強いバンドが見られる。

 

 

図3は、フーリエ変換型赤外分光分析装置JASCO FT/IR–4100で測定した当該石の赤外スペクトルを示す。3505、3339、2620、2555 cm–1付近にピークが見られる。全体として、K. Schmetzer et al., (2002) が報告した2つの石のうち、0.55 ctの緑青色サンプルのスペクトルと類似する。ただし、先行研究では3339 cm–1付近のピークがなく、代わりに3358 cm–1付近にピークが出ている。このピークが移動した理由は不明である。

図3.当該石の赤外吸収スペクトル。3505、3339、2620、および2555 cm-1付近にピークが見られる。
図3.当該石の赤外吸収スペクトル。3505、3339、2620、および2555 cm-1付近にピークが見られる。

 

ラマン分光装置Renishaw InVia Raman Systemを用いて、当該石のラマンスペクトル(図4)を514 nmのレーザー励起を用い取得した。200、307、466、525、627、752、890、992 cm–1付近に明らかなピークが見られ、359、403、570、678–1付近に弱いピークがあった。131 cm–1付近の鋭いピークは、装置による何らかの反射と思われる。これらのピークは、200 cm–1付近のもの以外、すべて先行研究と一致した(K. Schmetzer et al., 2002)。

図4.当該石のラマンスペクトル。200、307、359、403、466、525、570、627、678、752、890、992cm–1付近にピークが見られる。
図4.当該石のラマンスペクトル。200、307、359、403、466、525、570、627、678、752、890、992cm-1付近にピークが見られる。

 

 

同装置を使い、当該石のフォトルミネッセンス(PL)スペクトルも測定した(図5)。692 nm付近にピークが見える。このピークは、C. Chutimun et al. (2021) が報告したPLスペクトルにある690、693 nm付近のツインピークが重なったものだと考えられる。しかし、686 nm付近のショルダーは見えなかった。

図5.当該石のPLスペクトル。692nm付近にピークが見える。
図5.当該石のPLスペクトル。692nm付近にピークが見える。

 

今回は、希少石であるセレンディバイトの分析を行った。先行研究の測定結果とほぼ一致したが、鉄含有量が高いなどの特徴があり、スペクトルなどで些細な差が出た。セレンディバイトに関する宝石学的研究はかなり少ないため、機会があれば今後も引き続き測定する予定である。

 

◆参考文献
Reinitz, I., & Johnson, M. L. (1997). Gem Trade Lab Notes: Serendibite, a rare gemstone. Gems & Gemology, 33(2), 140–141.

Schmetzer, K., Bosshart, G., Bernhardt, H. J., Gübelin, E. J., & Smith, C. P. (2002). Serendibite from Sri Lanka. Gems & Gemology, 38(1), 73–79.

Chutimun, C. N., Nasdala, L., Wildner, M., Škoda, R., & Zoysa, E. G. (2021). Spectroscopic Study of Serendibite from Sri Lanka. The Journal of Gemmology, 37(5), 451–454.