リサーチ室 趙政皓
令和5年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月10日(土)新潟県糸魚川市のフォッサマグナミュージアム、懇親会が割烹「倉また」にて開催されました。また、6月11日(日)には見学会が実施されました。
<フォッサマグナミュージアムとは>
フォッサマグナミュージアムは、日本最大のヒスイ産地で世界最古のヒスイ文化発祥の地として知られる新潟県糸魚川地域にあり、糸魚川ユネスコ世界ジオパークの情報発信の拠点です。フォッサマグナ(ラテン語で大きな溝:大池溝帯)の成立や人間と地球史とのかかわりを示す資料を収集・保管・展示し、その調査研究、成果の普及を通して市民の教育・学術・文化の発展に寄与することを目的に1994年(平成6年)に開館しました。1982年(昭和57年)糸魚川市の総合計画を発端に1989年(平成元年)に博物館開設の基本計画が策定されました。ふるさと創生事業の一環として、自治省や新潟県の補助を受け、総工費17億円が投じられ、立派な施設が出来上がりました。
フォッサマグナミュージアムは、美山公園の高台にあり、糸魚川駅から路線バスまたはタクシーを用い、10分ほどでアクセスできます。館内の展示・収蔵標本は糸魚川産のヒスイをはじめ岩石・鉱物・化石など2000点以上に及び、見るものを圧倒します。また、学芸員による無料鑑定サービスも定期的に行われています。
<総会・講演会参加報告>
今年度の講演会は、1件の特別講演と22件の口頭発表が行われ(色石関連13題、ダイヤモンド2題、真珠7題)、参加者は72名でした。CGLリサーチ室からは「Cr含有赤色マスグラバイトの分析」、「グリーンランド産ルビーとモンタナ産サファイア、LA–ICP–MSを用いた原産地鑑別;アップデート」、「“ハイブリッドダイヤモンド”(天然+ CVD合成)の宝石学的研究」の3題の発表を行いました。これらについては別途CGL通信にて報告を行う予定ですが、本会で発表された23件のうち一部を抜粋して以下に概説します(口頭発表者の氏名の前に〇)。
特別講演:AIを活用した画像認識によるヒスイの同定
小河原孝彦(フォッサマグナミュージアム)
フォッサマグナミュージアムの学芸員小河原孝彦氏がAIによる画像認識でのヒスイの鑑別について発表しました。フォッサマグナミュージアムは糸魚川ユネスコ世界ジオパークの中核施設であり、来館したお客様に向けて糸魚川の海岸などで採集した石の鑑定を行っています。近年は石の鑑定の件数が増加したため、学芸員の代わりとなる人工知能による機械学習を利用した石の鑑別の研究を始めました。学習には糸魚川海岸で採取した石を用いています。ヒスイとヒスイ以外の岩石(流紋岩、安山岩、玄武岩など)に分類し、Nikon D5600を用いて岩石の組織が判別できるような写真を約13000枚撮影しました。NASNetにこれらの写真を教師画像として転移学習させた結果、ヒスイとヒスイ以外の認識率は約96%でした。また、別の画像を用いて認識率を確認したところ、20枚のヒスイの写真の的中率は95%であり、13枚のヒスイ以外の岩石の的中率は100%でした。これらの結果より、人工知能を用いた画像の深層学習によってヒスイの認識が可能であることが明らかになりました。
群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて
川﨑雅之(つくば市)
つくば市の研究者川﨑雅之氏が群馬県南牧村三ッ岩岳産アメシストについて発表しました。群馬県南牧村三ッ岩岳は水晶の日本式双晶の有名な産地であり、2013年頃アメシストの産出が明らかになりましたが、最近までその産状は不明のままでした。産地中央部の大理石と周囲の緑色片岩・砂岩泥岩層の間に黒い土で充填された脈があり、その中の大小さまざまな晶洞から次の4種類の水晶が産出されます ;1)アメシスト様不透明水晶 ;2)透明なアメシスト ;3)インクルージョンにより白~緑色を呈する不透明水晶 ;4)晶洞の外殻を構成する無色~白色の微小な水晶。産状から、岩石中の空洞に微小水晶が急速に形成された後、内側でインクルージョン含有水晶とアメシストが成長し、同時期または成長後期に母岩が粘土化したと推測できます。
北海道然別産オパールの蛍光起源有機物
荻原成騎(東大地球惑星)・〇末冨百代(東大地球環境)
東京大学理学部地球惑星環境学科の末冨百代氏が北海道然別産オパールにおける蛍光起源有機物について発表しました。北海道然別湖西岸に注ぐ小沢には、火山噴出物が広く分布し、シリカシンター(オパールから成る温泉堆積物)が層状に露出し、ブラックライトによって縞状に多様な蛍光を発します。単色の蛍光(黄色、橙色)を示す部分を分取し、薄片を作りました。また、粉末化した試料はそれぞれソックスレー法により抽出し、シリカゲルクロマトグラフィーによって分画しました。さらに、それぞれの画分は蛍光分光計によって特徴を付け、GC/MS分析を行いました。それによって、N–2区画の多環芳香族とN–3区画のケトン・エステルが蛍光の原因だとわかりました。また、黄色蛍光と橙色蛍光の部分から抽出された多環芳香族が大きく異なるため、二種類の地下熱水系が同じ場所に噴出したことでこれらのオパールを形成したと考えられます。
北海道鹿追町然別産の多環芳香族炭化水素鉱物を包有する蛍光性オパール
〇石橋隆(阪大博)・田中陵二(相模中研/東海大)・萩原昭人・井上裕貴(九大)
大阪大学の研究者石橋隆氏が北海道然別産の有機物を包有する蛍光性オパールについて発表しました。北海道鹿追町然別地域に産する通称「大雪オパール」は、紫外線照射により種々の蛍光を呈すると報告されています。本オパールの産状は、温泉沈殿性の粗鬆な珪華沈殿物に貫入した大小の緻密なオパール脈であり、ゲル状二酸化ケイ素の沈殿による層状組織を示し、部位によって橙色~飴色~無色となります。長波紫外線によって、淡青色、淡紫色、黄色、黄緑色、橙色などの多彩な層状を示します。粉砕してクロロホルム抽出後に高速液体クロマトグラフィーによって可溶性成分を分析した結果、発光成分は多環芳香族炭化水素(PAH)だとわかりました。橙色蛍光は分散したビチューメン(非晶質)、黄色~黄緑色蛍光はコロネンやベンゾ[ghi]べリレンなど(結晶質)によります。そのうち、本研究で発見したベンゾ[ghi]べリレン結晶は、国際鉱物学連合(IMA)により、北海道石(hokkaidoite)として新種鉱物と承認されました。これらの有機物は熱水により供給されたもので、より深部の生物遺骸有機物が起源と予想されます。
コランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトル
猿渡和子(GIA Tokyo合同会社)
GIA東京の猿渡和子氏がコランダム中の二酸化炭素流体の赤外吸収スペクトルについて発表しました。二酸化炭素の流体包有物はコランダムの典型的なインクルージョンとしてはよく知られており、非加熱の特徴とされていましたが、最近圧力をかけて加熱を行ったコランダムからも二酸化炭素流体が報告されました。これまで二酸化炭素流体は顕微鏡観察で判断してきましたが、今回の発表では二酸化炭素流体の存在を赤外吸収スペクトルによって確認できることが報告されました。
ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドット
〇古屋正貴(日独宝石研究所)・Scott Davies(American Thai Trading)
日独宝石研究所の研究者古屋正貴氏がミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットについて発表しました。ミャンマー、モーゴック産のスター・ペリドットには4条の強いアステリズムを示すものがあり、それらにはマグネタイトのインクルージョンや部分的に再結晶した黒い液膜が見られる他、強い斜光照明によって無色の針状インクルージョンも見られます。これらの針状インクルージョンは光彩効果の原因となっており、太く目立つものが一方向に平行して並んでいる他、より小さく細いものが約90°ずれた方向に並びます。この特徴によって、スター・ペリドットではスター効果の1条が鮮明であることに対して、もう1条は不鮮明になります。これらのインクルージョンは顕微ラマン分光や蛍光X線成分分析で確認できませんでしたが、先行研究に基づいてパラサイトのチューブ・インクルージョンのようなものであり、部分的にマグネタイトやサーペンティンを含む可能性があると考えられています。
構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別
〇三浦真(GIA Tokyo)・Mike Jollands(GIA New York)・Aaron Palke・Ziyin Sun(GIA Carlsbad)
・Wim Vertriest(GIA Bangkok)・桂田祐介(GIA Tokyo)
GIA東京の三浦真氏が構造欠陥・化学的特徴を用いたペリドットの産地鑑別について発表しました。ペリドットはかんらん石の宝石名であり、主に玄武岩中に捕獲岩・捕獲結晶として見られ世界各地で産出する比較的ありふれた鉱物ですが、スカルン鉱床や超苦鉄質岩体中の熱水鉱床からのものは比較的大きな結晶で産出し、緑色が濃く、品質もよいです。エジプト、ミャンマー、パキスタン、ノルウェー産のペリドットがこの変成岩・熱水鉱床起源にあたります。また、隕石の一種であるパラサイトからも見つかっています。FTIRで分析した結果、水酸基による吸収から構造欠陥の種類を判別でき、玄武岩起源か変成岩・熱水起源かを容易に識別できます。また、変成岩・熱水起源のペリドットの化学的特徴は産地ごと異なる傾向にあるため、LA–ICP–MSとFTIRを組み合わせることで産地鑑別が可能だと考えられます。ただし、玄武岩起源ペリドットは化学的特徴が類似するため、現時点では産地鑑別が困難だと考えられます。
Fe添加スピネル(MgAl2O4)の結晶育成
〇勝亦徹・人見杏実・渡邉梨々花・森有沙・相沢宏明(東洋大学)
東洋大学の勝亦徹教授が鉄を添加したスピネルの結晶育成について発表しました。スピネルは遷移金属イオンの添加で種々の色の結晶を得ることができ、広い固溶領域を持つため結晶の色や発光などに組成比の影響が見られます。今回は浮遊帯域溶融法(FZ法)を用いて組成比MgO/Al2O3 = 1.0~0.5、Fe濃度0.1~2.0 mol%、雰囲気ガス中のO2濃度0~100 vol%の条件でFe添加スピネル結晶を育成しました。その結果、100%Ar雰囲気下(O2濃度0%)ではピンク、O2濃度0.1%では青色、O2濃度20~100%では黄色~緑色のスピネルが成長できました。また、雰囲気ガスを育成中に変化させることにより、バイカラー、トリカラースピネルの成長もできました。一方、Mn添加するとスピネルは薄緑/赤、薄緑/黄色のバイカラースピネルが成長できました。
マベから産出する無核の養殖真珠について
〇渥美郁男(東京宝石アカデミー)・矢﨑純子(真珠科学研究所)
東京宝石科学アカデミーの渥美郁男氏がマベから産出する無核の養殖真珠について発表しました。宝飾用素材として利用される半形真珠の母貝の一つにウグイスガイ科に属するマベがあります。現在、マベから半形真珠にとどまらず有核真珠(真円)も生産されています。このマベからは、他の真珠養殖母貝と同様に副産物としてバロック形状の無核真珠が産出することがあります。これらは真珠業界で慣例的に“ケシ”と呼ばれ、他の母貝から産出した“ケシ”との判別が難しいです。そのため、目視・蛍光観察、紫外可視分光測定、蛍光分光、マイクロCT観察の四つの分析法を用いて、マベ真珠、クロチョウ真珠、シロチョウ真珠、アコヤ真珠を比較しました。その結果、無核のバロック系真珠はマベ特有の蛍光分光吸収が明瞭で、軟X線透過検査で伝統的な養殖用核が認められる場合は無核のマベ養殖真珠だと判別できます。しかし、特徴的な蛍光分光吸収が認められない場合は海水産養殖真珠と判別されてしまうことがあります。
処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について
〇田澤沙也香・松田泰典・矢﨑純子(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の田澤沙也香氏が処理されたアコヤ真珠における蛍光挙動の変化について発表しました。真珠は主に炭酸カルシウムから成るアラゴナイト結晶とタンパク質から形成され、紫外線照射すると蛍光を発します。そのため、蛍光観察は真珠の鑑別手法として活用されています。浜揚げされたアコヤ真珠は黄色を帯びているような蛍光を示すことが多く、それに対して漂白などの加工されたものは青白色の蛍光を示すことが多いです。また、紫外線可視分光による反射スペクトル測定では280 nmに吸収が見られ、蛍光分光測定でも280 nm励起によって蛍光ピークが確認されました。今回は加熱、放射線照射などの処理を施したアコヤ真珠の蛍光挙動を調べました。その結果、加熱・ガンマ線照射されたサンプルは目視観察、蛍光観察、蛍光分光、紫外可視分光においてすべて異なる挙動を示しました。故に、劣化処理方法によって蛍光の発見が変化するため、タンパク質の劣化評価には蛍光分光法だけでなく、それ以外の方法も用いて複合的に判断する必要があることがわかりました。
外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠の出現
〇山本亮・佐藤昌弘(真珠科学研究所)
真珠科学研究所の山本亮氏が外観がアコヤ真珠と類似した小型有核淡水真珠について発表しました。現在、市場にイケチョウガイやヒレイケチョウガイにより産出する淡水真珠が流通しています。当初は大部分外套膜にピースのみ移植することで生産されますが、養殖技術の発展に伴い、生殖巣で養殖された有核淡水真珠が市場に多く流通するようになりました。その特徴としてこれまでの真珠と比較して大型であり、核に貫通孔が確認されることがあります。近年、これまでの有核淡水真珠と異なり、5 mm程度からそれ以下といった非常に小型の有核淡水真珠が流通するようになり、白色系のアコヤ真珠と非常に類似し、混同される場合が見受けられます。複合的分析の結果、この有核の小型淡水真珠の外観(色、テリなど)はアコヤ真珠と類似しますが、微量元素を検出することで判別可能で、成長模様・孔口・蛍光・まきの厚さなどでは異なる特徴を示します。電子顕微鏡を用いて孔口などを観察した結果、結晶層の端が崩れており、他の淡水真珠と比較してビッカース硬度が小さいことがわかりました。よって、これらの淡水真珠は他の真珠と比較して真珠層が脆い可能性が高いと推測できますが、加工などにより脆弱化した可能性もあります。
<懇親会参加報告>
6月10日(土)、総会・講演会終了後、割烹「倉また」にて、懇親会が行われました。フォッサマグナミュージアムから懇親会会場までは倉また所有のバスで送迎していただきました。50名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演・特別講演の発表内容について質疑応答や討論等が行われ、有意義な時間を過ごしました。コロナ禍のオンライン講演会ではできなかった対面での交流が参加者には大変好評でした。