クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析 ー 宝石学会(日本)2022年オンライン講演会より

PDFファイルはこちらから2022年6月PDFNo.61

中央宝石研究所リサーチ室 趙政皓・江森健太郎・岡野誠
東京大学大学院理学研究科 賀雪菁・鍵裕之

最近、CGLにクリソコーラを含むと思われるビーズの石が鑑別依頼で持ち込まれた。しかし、EDS元素分析を行った結果、その石には高濃度のMg(マグネシウム)が含まれておりクリソコーラではないことが示唆された。この石の正確な鉱物種を明らかにするため、ラマン分光、赤外吸収スペクトル、粉末X線回折などの複合的な分析を行った。その結果、検査した石の主な組成はクリソコーラではなく、タルクであることがわかった。

背景と目的

クリソコーラは淡青色や青緑色を呈する銅を含むケイ酸塩鉱物の一種であり、マラカイトやアズライトなどの銅鉱物と同時に産出されることが多い。その化学組成は一般的にCu2–xAlxH2–xSi2O5(OH)4·nH2O(x<1)とされているが、結晶化度が非常に低く、原子座標まで明白な結晶構造はわかっていない。
最近、我々のラボに見た目にクリソコーラを含むと思われる石が鑑別依頼で持ち込まれた(サンプルB1〜B6、図1)。石は直径10 mm弱のビーズに研磨され、それぞれ淡青色、濃青色と緑色の箇所で構成されている。赤外反射スペクトル、ラマン分光分析と蛍光X線分析を行った結果、濃青色箇所はアズライト、緑色箇所はマラカイトであることが明らかになった。しかし、クリソコーラと思われる淡青色箇所には、クリソコーラにはほとんど存在しないはずの高濃度のMg(マグネシウム)が検出された(表1)。したがって、淡青色箇所は実際クリソコーラであるかどうか疑問が持たれた。そこで、本研究ではこの淡青色箇所の正確な鉱物種を明らかにすることを目的にした。

図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石
図1 クリソコーラを含むと思われるビーズの石

 

表1 クリソコーラの淡青色箇所を蛍光X線分析装置で測定した結果の平均値

表1

 

サンプルと測定方法

本研究には前述したビーズ石6点(B1〜B6)の他、比較するためクリソコーラ原石4点(R1〜R4)と、研磨された石2点(R5、 R6)を用意した(図2)。研磨された石はクォーツ中にクリソコーラが含まれているものになる。以下はこれら比較するための石をR組と呼ぶ。ビーズ石とR組石の重量、産地、蛍光X線元素分析によるmol濃度を表2に示した。

図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点
図2 分析に用いたクリソコーラ原石4点と研磨された石2点

 

表2 本研究で用いたサンプルと元素組成

表2

赤外反射スペクトル測定は日本分光社製FTIR(FT/IR4100)、RamanスペクトルはRenishaw InVia Raman System、蛍光X線元素分析は日本電子社製JSX1000Sを用いた。その後、ビーズの石2点、R5以外のR組石をメノウ乳鉢で粉砕し、RIGAKU社製MiniFlex 600を用いて粉末X線回折分析、Bruker社製INVENIO Rを用いてFTIR透過スペクトル測定を行った。

 

分析結果と考察

本研究において実験結果の解析を正確に行うため、データベースRRUFFに収録されたスペクトルと回折パターンのデータを参考にした。RRUFFはアリゾナ大学が運営しており、5000以上の鉱物種で約10000のサンプルのラマンスペクトルやX線回折パターンなどを収録した最も権威のある鉱物データベースである。
ビーズ石はすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルB3を代表として示した。また、R組についてもすべてのサンプルについて同様な結果が得られたため、サンプルR2を代表として示した。

 

◆ラマン分光分析結果

それぞれのサンプルについてラマンスペクトルを取得した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図3に示す。サンプルR2とR060547のラマンスペクトルは一致し、両者とも3620 cm–1付近にピークが存在し、そのピークの低ラマンシフト側にブロードなピークが存在する。また、415 cm–1付近に連続したピークが存在する。一方、B3のラマンスペクトルは3676 cm–1付近に鋭いピークと369 cm–1付近に弱いピーク、195 cm–1付近に明瞭なピークが存在しており、R1、R060547のラマンスペクトルと一致しない。

図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図3 クリソコーラとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

◆FTIR透過スペクトル

それぞれのサンプルについて,ATR法による赤外吸収スペクトルを測定した。ビーズ石サンプルB3淡青色箇所、原石サンプルR2のスペクトルにRRUFFデータベースのChrysocolla R060547のスペクトルを加えたものを図4に示す。サンプルR2とChrysocolla R060547のFTIR透過スペクトルはラマンスペクトル同様一致している(図4)。両者とも2800 cm–1から約3600 cm–1に不明瞭でブロードなピークが存在するが、ビーズ石B3のスペクトルには3676 cm–1付近に鋭いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるOHの存在形態に大きな差があると考えられる。また、クリソコーラのスペクトルには1000 cm–1付近の強いピークと675 cm–1付近の弱いピークが存在するが、ビーズ石のスペクトルには966 cm–1と667 cm–1付近にともに強いピークが存在する。これはクリソコーラとビーズ石におけるSi–O結合の振動に差があると考えられる。ラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルから、これらのビーズ石の淡青色部分はクリソコーラではない可能性が極めて高いと考えられる。

図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図4 クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

◆X線回折パターン

粉砕したサンプルについて粉末X線回折パターンを測定した。ビーズ石B3淡青色箇所、原石サンプルR2に加え、RRUFFデータベースのChrysocolla R060547のX線回折パターンを加えたものを図5に示す。図5のChrysocolla R060547、原石サンプルR2のデータが示すように、クリソコーラは元来結晶化度が低く、X線回折パターンにおいては明瞭なピークは存在せず、いくつかのブロードなビークが存在するのみである。一方、ビーズ石B3のX線回折パターンには明瞭なピークが多く出現しており、結晶化度が高い鉱物であることを示唆している。蛍光X元素分析の結果と照らし合わせ、いくつかのケイ酸塩鉱物のX線粉末回折結果と比較した結果、ビーズ石のX線回折パターンはタルクのX線回折パターンと完全に一致することが明らかになった。図6には、ビーズB3のX線回折パターンと先行研究によるタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002)を示している。RRUFFに収録されているタルクのX線回折パターンにも一致しているが、先行研究による未処理のX線回折パターンとの一致性がより高いためここで表示した。

図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン
図5クリスコーラとビーズ石の淡青色箇所の粉末X線回折パターン

 

図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)
図6 ビーズ石とタルクのX線回折パターン(J.Temuujin, et al., 2002による図を加筆加工したもの)

 

◆ビーズ石とタルクのラマンスペクトル、赤外吸収スペクトルの比較

ビーズ石淡青色箇所のラマンスペクトルと赤外吸収スペクトルについて、RRUFF Talc R040137のデータと比較した結果、それらは一致することが明らかになった(図7、図8)。
図7に示しているように、両者のラマンスペクトルには195 cm–1付近、370 cm–1付近、678 cm–1付近と3676 cm–1付近のピークが一致している。また、赤外吸収スペクトルについても図8で示した通り668 cm–1付近、968 cm–1付近と3677 cm–1付近のピークが一致している。更に、タルクの化学組成はMg3Si4O10(OH)2であり、そのMg(マグネシウム)とSi(ケイ素)の比率は表1に示した組成と近い。以上のことから、ビーズ石の淡青色箇所の鉱物種はタルクであることが判明した。

図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル
図7 タルクとビーズ石の淡青色箇所のラマンスペクトル

 

図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル
図8 タルクとビーズ石の淡青色箇所のFTIR透過スペクトル

 

 

まとめ

今回持ち込まれたサンプル(B1〜B6)は、アズライトとマラカイトが同時に存在するものの、ビーズ石の淡青色の箇所はクリソコーラではなかった。その淡青色箇所のラマンスペクトル、赤外吸収スペクトル、X線回折パターンはすべてタルクのスペクトルや回折パターンと一致していることから、タルクであることが判明した。この青いタルクは外見的にはクリソコーラと区別が難しいため、正確な鑑別にはラマン分光分析などを用いた分析を行う必要がある。また、この淡青色のタルクにおける銅の存在形式などの問題はまだ解明していないため、今後は引き続き調査する予定である。

 

参考文献

[1] Lafuente B., Downs R. T., Yang H., & Stone N. (2015). The power of databases: the RRUFF project. In: Highlights in Mineralogical Crystallography, T. Armbruster and R. M. Danisi, eds. Berlin, Germany, W. De Gruyter, 1–30
[2] Chen HF., Lin S., Li YH., & Fang JN. (2020). Dyed chalcedony imitation of chrysocolla–in–chalcedony. Gems and Gemology, 56(1), 188–189
[3] Temujin J., Okada K., Jadambaa TS., Mackenzie K. J. D., & Amarsanaa J. (2002), Effect of grinding on the preparation of porous material from talc by selective leaching. Journal of Materials Science Letters, 21, 1607–1609

令和4年度 宝石学会(日本)講演会参加報告

Adobe_PDF_file_icon_32x32-e16454060896992022年6月PDFNo.61

令和4年度 宝石学会(日本)講演会参加報告
リサーチ室 趙政皓

令和4年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月11日(土)オンラインで開催されました。合計で17件(真珠6題、ダイヤモンド3題、色石関連8題)の発表があり、計77名の参加がありました。以下に一部発表の概要を報告します。また、CGLリサーチ室からは3題の発表(「中国製大型無色HPHT合成ダイヤモンド結晶の観察」「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析」「LA–ICP–MSを用いたパライバ・トルマリンの原産地鑑別 ―アップデート;特に銅含有量の少ない試料について ー」)を行いました。別途CGL通信の記事として掲載される予定です(「クリソコーラと誤認されやすいタルクの分析」については本号に掲載されています)。

◆小粒なアコヤ養殖真珠について

東京宝石科学アカデミーの研究者渥美郁男氏が小粒のアコヤ養殖真珠について発表しました。アコヤ真珠に固有の表現として、5 mm未満のものは厘珠、3 mm未満は細厘珠と呼ばれ、二子珠や三つ子珠が形成されることがあります。μ–CTで内部検査すると、二子珠や三つ子珠は癒着した1つの真珠袋の中にできたものだと推定できます。また、流通段階でアコヤ真珠に淡水養殖真珠が混入しているケースがあるので注意が必要です。浜揚げ珠の場合、アコヤ真珠は紫外線下で黄色がかった蛍光を発しますが、淡水真珠は強い青白い蛍光を発します。そして蛍光X線元素分析によると、一般的にアコヤ真珠にはMn(マンガン)が少なく、Sr(ストロンチウム)が多く存在します。一方、淡水真珠ではSr(ストロンチウム)に対してMn(マンガン)が優勢になることが一般的です。また、淡水真珠は有核の場合、貫通孔のある核を使用する傾向があるため、軟X線透視検査で貫通孔が見られる場合があります。このように様々な測定方法を合わせて複合的な検査を行うことが有効です。

◆真珠鑑別における蛍光観察および蛍光分光測定の検討

真珠科学研究所の研究者山本亮氏が真珠鑑別における蛍光観察および蛍光分光測定について発表しました。アコヤ真珠の浜上げ珠は黄色、漂白珠は青白色の蛍光を発する特徴があり、鑑別にも用いられています。ブルー系真珠の鑑別について、放射線照射のものは360 nmの励起光下で420 nm付近にピークが出現します。また、マベ真珠と黒蝶真珠や白蝶真珠は区別が難しい場合がありますが、赤い蛍光を強く発するサンプルについては三次元蛍光分光の結果、励起波長400 nmにおいて610 nm付近に小さいピークが出るため、判別可能となります。

◆光学シミュレーションによるアコヤ真珠の構造色の再現

愛媛大学の尾崎良太郎准教授がアコヤ真珠の構造色の光学シミュレーションについて発表しました。真珠はアラゴナイト層とコンキオリン層によって構造色を生じます。尾崎准教授たちは透過の干渉色と反射の干渉色のメカニズムを光学の視点から考え、そのモデル化に成功しました。それをプログラムで可視化し、角度や結晶層厚の変化も再現可能になっています。

◆蛍光分光による、ダイヤモンドの蛍光と光学欠陥

東京宝石科学アカデミーの研究者小川日出丸氏がダイヤモンドの蛍光と光学欠陥について発表しました。ダイヤモンドの蛍光観察は天然・合成の鑑別やグレーディングの際に活用されています。励起スペクトルによって、蛍光に関与している光学欠陥が確認されました。例えば、青色蛍光とN3センター(415 nm)、緑色蛍光とH3センター(503 nm)、赤色蛍光と480 nmはそれぞれ関与しています(但し、480 nmバンドの構造は不明)。これにより、ダイヤモンドの光学欠陥の検出に蛍光分光が有効であることがわかりました。

◆Herkimer Diamondに代表される両錐水晶の多様性と類似点

東京大学の荻原成騎博士がHerkimer Diamondに代表される両錐水晶について発表しました。両錐水晶の蛍光性の有無、結晶の外形に注目し、今後の成因(成長機構)研究の基礎データとします。その蛍光性は石油状包有物と関連すると考えられています。また、両錐水晶の産出は熱水脈の温度に関連し、母岩は炭酸塩岩になっています。

◆糸魚川産のピンクひすいと呼ばれる鉱物

東京都の研究者中嶋彩乃氏が糸魚川産のピンクひすいと呼ばれる鉱物について発表しました。市場で糸魚川産のピンクひすいとして販売されるものをFTIRやラマン分光で検査した結果、着色処理が施された石を除いて、ジェイダイトではなく、チューライトやクリノチューライトであることが判明しました。

◆ルビーの深紫外センサ応用

東洋大学の研究者人見杏実氏がルビーの深紫外センサ応用について発表しました。深紫外線(UVC)は殺菌機能がありますが、安全に使用するために高感度の検出器が必要です。そこでUVC下で蛍光を発するルビーとSiフォトダイオードを組み合わせ、蛍光増強フォトダイオード(FE–PD)を試作しました。ルビーを使ったFE–PDの出力はUVC強度に比例することがわかり、ルビーはFE–PD用の蛍光体として応用が期待できます。

◆蛍光指紋によるルビーの産地鑑別の可能性

山梨県産業技術センターの研究者佐藤貴裕氏が蛍光指紋によるルビーの産地鑑別について発表しました。分光蛍光光度計で励起波長と蛍光波長の両方を走査することで蛍光指紋が得られます。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  ルビーの蛍光指紋を1次元化して主成分分析を行った結果、タイ、マダガスカル、モザンビーク、ミャンマーそして合成のルビーの蛍光指紋の特徴を定量的に比較できました。さらにk–NNによるクラス分類の結果、平均正解率83.6%で3つのグループに正しく分類することができました。◆