国産アコヤ養殖真珠の養殖地による微量元素の相違

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中央宝石研究所 リサーチ室 江森健太郎、北脇裕士
真珠科学研究所 佐藤昌弘、矢﨑純子

 

アコヤ養殖真珠の産地鑑別への試みとして、まず国産アコヤ養殖真珠の養殖地による微量元素の違いについて調査を行った。その際、前処理、漂白、調色による加工工程による影響についても考慮した。2021年に国内4県6漁場(三重県志摩、愛媛県蒋渕(こもぶち)、熊本県天草、長崎県壱岐・対馬・佐世保)で浜揚げされたアコヤ養殖真珠をLA–ICP–MSで分析し、元素プロットや多変量解析などを用いた解析の結果、4つの県を大きくグループ化することができた。

 

背景

アコヤガイが自生する海域は、主に亜熱帯地方であり、日本、中国、ベトナム、UAE等でアコヤ真珠の養殖が行われている。その中で日本に生息しているアコヤガイは太平洋産のアコヤガイの亜種であることが報告されている(文献1)。現在、アコヤ養殖真珠は世界各地で生産されているが、四季のある温帯で育つ日本のアコヤ養殖真珠は、干渉色の鮮やかなテリの強い真珠が生まれると高く評価されている。したがって、養殖から販売まで、真珠を扱う上でJAPANブランド認証が待望されており、アコヤ養殖真珠の原産地を判別する方法の確立が必須となっている。アコヤガイでは、ゲノム解析の研究も進んでおり、どの系統のアコヤガイか、また母貝と生産された真珠の関係など判別は進みつつある(文献2)。しかし、ゲノム解析は破壊検査であり、また費用と時間のかかる検査である。
LA–ICP–MSによる測定は試料にレーザーを照射し、気化させて測定するため、完全な非破壊検査とはならない。照射半径は数10 μmと非常に小さく10倍のルーペでは発見が極めて困難であり、宝石分野においては準非破壊分析として定着している。海水に含まれる微量元素は海域によって異なっており、LA–ICP–MSを用いた微量元素の解析によって魚類等の産地同定や回遊魚の移動範囲の同定が行われている(文献3)。本研究では、アコヤ養殖真珠の産地鑑別を前提とした予備研究として、まず日本国内の4県6漁場で生産されたアコヤ養殖真珠について、LA–ICP–MSによる微量元素の測定を行い、養殖地による微量元素の違いについて調査を行った。

 

サンプルと手法

真珠の加工過程における微量元素の変化を追うために長崎県産として、長崎県壱岐・対馬・佐世保のいずれかから2015年に浜揚げされたアコヤ養殖真珠20点を入手し(どこの漁場のものかは不明)、これらのうち5点を浜揚げのまま、残りを前処理、漂白、調色の3つの加工工程にそれぞれ5点ずつ用いた。各加工方法については表1に記載した。

表1 真珠の加工方法

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また、産地による微量元素の違いを調べるため、長崎県産の壱岐・対馬・佐世保(それぞれの漁場が既知)に加えて熊本県天草、三重県志摩、愛媛県蒋渕を追加し、合計6つの産地から、2021年に浜揚げされたアコヤ養殖真珠それぞれ10点ずつ分析した。
分析にはLA–ICP–MSを使用し、Laser Ablation装置はESI UP–213をICP–MS装置はAgilent 7900rbを用いた。測定条件は表2の通りである。NIST610を標準試料として用い、それぞれのサンプルにつき5点ずつ分析した。定量分析を行った元素は、事前にLA–ICP–MSで定量分析可能な元素を定性分析し、検出された18元素である。
データ解析には元素プロッティング、線形判別分析(LDA、Liner Discriminant Analysis)を用いた。線形判別分析についてはR言語のMASSパッケージに含まれるldaを用いた(線形判別分析についてはCGL通信34号「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」を参照ください)。

 

表2 使用した分析機器における分析条件

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結果と考察

(1) 加工過程における微量元素の変化

図1は測定した元素の中から検出量が多かったホウ素(B)、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、マンガン(Mn)、ストロンチウム(Sr)をピックアップし、加工過程における濃度変化を追ったものである。平均値は少し変動しているが、分析ノイズによる外れ値が存在することを考慮に入れると大きな差は見いだせない。

図1.処理による元素濃度の推移。それぞれの元素の処理過程における平均値(緑四角)と値の存在範囲(縦棒)を示した。縦軸の濃度はNaのみ重量%、他はppmwで示す。
図1.処理による元素濃度の推移。それぞれの元素の処理過程における平均値(緑四角)と値の存在範囲(縦棒)を示した。縦軸の濃度はNaのみ重量%、他はppmwで示す。

 

図2にそれぞれのデータからナトリウム(Na、単位:重量%)とマグネシウム(Mg、単位:ppmw)をプロットした図を示す。「浜揚げ」から「前処理」の変動が一番大きく、ナトリウムは減少、マグネシウムは増加しているように見える。これは「前処理」に使用したメタノール溶液の影響ではないかと考えられる。しかし、メタノール溶液に浸漬することで真珠層のタンパク質層からナトリウムが流出し、減少することは考えられても、マグネシウムが数10 ppmwのオーダーで入り込むとは考えづらい。マグネシウム濃度に関しては「同一珠の変化を追っているわけではない」ことを考慮すると、これは珠による違いであると考えるのが妥当であろう。また、本研究において、「前処理」以降の工程では検出元素の濃度に変化はほとんど見られなかった。

図2.処理過程におけるナトリウム(Na)とマグネシウム(Mg)の濃度変化。点は1つ1つの分析点を示す。
図2.処理過程におけるナトリウム(Na)とマグネシウム(Mg)の濃度変化。点は1つ1つの分析点を示す。

 

(2) 各産地における微量元素の差
図3にマンガン(Mn)と鉛(Pb)濃度をプロットしたグラフを示す。三重県志摩産のサンプルは他産地よりマンガン(Mn)の含有量が多いことがわかる。また、長崎県産の対馬・佐世保産については鉛(Pb)の量が多い。愛媛県蒋渕産と熊本県天草産サンプルはマンガン(Mn)、鉛(Pb)の量が分析した他の産地に比べ少ない傾向にあるが、一部の重複はあるものの個別のグループを形成している。しかし、マンガン(Mn) vs. 鉛(Pb)プロットのみだと、長崎県壱岐産と愛媛県蒋渕産のサンプルはオーバーラップする部分が多く、この2者の区別は困難である。

図3.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)と鉛(Pb)プロット
図3.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)と鉛(Pb)プロット

 

同様にマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)のプロットを図4に示す。長崎県壱岐・対馬・佐世保産は他産地と比較し、マグネシウム(Mg)濃度が低いことがわかる。また、図3では分別することができなかった愛媛県蒋渕産と長崎県壱岐産に違いが見られた。マグネシウム(Mg)–マンガン(Mn)–鉛(Pb)の3つの元素の比較で、本研究で用いた6つの産地における4つの県(熊本、三重、愛媛、長崎)を区別することができる。

図4.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)プロット
図4.各産地のアコヤ養殖真珠に含まれるマンガン(Mn)とマグネシウム(Mg)プロット

 

次に、4県6産地のデータを元に線形判別分析のアルゴリズムを用い、グルーピングを行った。線形判別分析では、グルーピングを行うための判別関数を求めることができ、この判別関数に分析データを代入することで、判別スコア(LD1、LD2、LD3…)得る。この判別スコアを用いてグルーピングを行った結果を図5(a)〜(c)に示す。図5(a)はLD1、LD2をプロットしたもので「三重県志摩」と「熊本県天草、愛媛県蒋渕」「長崎県壱岐・対馬・佐世保」の3つの産地で大きなグループができていることを示す。一方図5(b)はLD1、LD3をプロットしたものである。ここから図5(a)を用いて分別可能である長崎県壱岐・対馬・佐世保産サンプルを取り除いたものを図5(c)に示す。このプロットを用いることで、「三重県志摩」「熊本県天草」「愛媛県蒋渕」産のアコヤ養殖真珠をグループ分けすることができ、熊本県天草、愛媛県蒋渕産については図3で示した元素プロットと比較しても精度よくグループ分けすることができる。しかし、長崎県壱岐・対馬・佐世保産の同一県三産地については元素プロット同様分別が困難であった。

(a)

 

CGL通信60-真珠-図5b (700 x 347)

 

図5-a〜c.各産地のアコヤ養殖真珠の微量元素濃度に基づいた線形判別分析結果
図5-(a)〜(c).各産地のアコヤ養殖真珠の微量元素濃度に基づいた線形判別分析結果

 

まとめ

2021年浜揚げされたアコヤ養殖真珠の「加工過程による微量元素の変化」と「産地による微量元素の違い」について検討を行った。
「加工過程による微量元素の変化」は、浜揚げから前処理にかけてナトリウム(Na)が減少する傾向が見られたが、その後の変化はほとんど見られなかった。また、測定した元素について濃度変動が見られたがオーバーラップする部分が多い。また、加工に用いられる溶液等については本研究で用いたもの以外のものも用いられている為、すべてを包括したものではない。このことについては追って調査を進める必要がある。
「産地による微量元素の違い」は、熊本県天草、三重県伊勢、愛媛県蒋渕、長崎県壱岐・対馬・佐世保産アコヤ養殖真珠、2021年に浜揚げされた浜揚げ珠について調査を行った。含有される微量元素濃度によるプロットおよび線形判別分析により、4つの県を大きくグループ分けすることはできるが、長崎県壱岐・対馬・佐世保の3つを分けることはできなかった。
今回は2021年に限定された結果であり、継続して調査を行う必要がある。また、今後は海外産のアコヤ養殖真珠との比較も行う予定である。

 

参考文献
(文献1) 正岡哲治(2005) 分子遺伝学的手法によるアコヤガイ属貝類の系統と種判別に関する研究.  北海道大学大学院水産科学位論文
(文献2) Kinoshita S, Wang N, Inoue H, Maeyama K, Okamoto K, et al. (2011) Deep Sequencing of ESTs from Nacreous and Prismatic Layer Producing Tissues and a Screen for Novel Shell Formation–Related Genes in the Pearl Oyster. PLoS ONE 6(6): e21238. doi: 10.1371/journal.pone.0021238
(文献3) 新井崇臣 (2007) 耳石が解き明かす魚類の生活史と回遊. 日本水産学会誌73(4),652-655

GIT2021参加報告

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リサーチ室 趙政皓

2022年2月2日〜 3日の2日間、GIT2021 The 7th International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)がタイのチャンタブリとオンラインのハイブリッド形式で行われました。本会議にはCGLリサーチ室から3名がオンラインで参加し、うち1名が口頭発表を行いました。以下に概要をご報告致します。

 

GIT2021とは

International Gem and Jewelry Conference (国際宝石・宝飾品学会))はGIT (The Gem and Jewelry Institute of Thailand) が主催する国際的に有数の宝飾関連学会の一つです。第1回目は2006年で、以降は2〜3年に1回開催されています。今回は第7回目としてGIT2021が開催されました。本来であれば、2021年中に開催される予定でしたが、コロナ禍により延期となり、2022年2月の開催となりました。
GITはLMHC(ラボマニュアル調整委員会) にも属する国際的に著名な宝石検査機関であり、CGLと科学技術に関する基本合意を締結し、密接な技術交流を行っています。本学会はGITが主催していますが、タイの商務省などが後援しており、国を挙げての国際会議といえます。GIT2021の本会議運営のため、17名の諮問委員会が結成されており、CGLの堀川洋一もその一役を担いました。
講演は2/2(水)はタイ時刻午前10時(日本時刻午後0時)、2/3(木)はタイ時刻午前9時(日本時刻午前11時)から行われました。開催は、現地であるチャンタブリのマネーチャンリゾートとオンラインのハイブリッドであり、当研究所からはオンラインで参加しました。基調講演15件と一般口頭発表20件が行われ、基調講演は講演時間一人20分、一般口頭発表は一人15分でした。これらの発表の中で特に興味深かったものをいくつか紹介します。なお、弊社リサーチ室からは、一般講演で「The origin determination of “Paraiba” tourmaline using LA–ICP–MS-the methods of quantitative analysis and its application to samples with low Cu content-(LA–ICP–MSを用いたパライバトルマリンの原産地鑑別-サンプルの定量分析方法と、銅の少ないサンプルについて-)」というタイトルで江森健太郎が発表を行いました(この発表についてはGIT2021ウェブサイトhttps://www.git.or.th/git2021_en.htmlから視聴可能な他、CGL通信で別途掲載される予定です)。

 

タイ、チャンタブリで行われたGIT2021の会場の様子。
タイ、チャンタブリで行われたGIT2021の会場の様子。

 

GIT2021にて発表するCGLリサーチ室の江森健太郎 (オンラインによるリモート参加)
GIT2021にて発表するCGLリサーチ室の江森健太郎 (オンラインによるリモート参加)

 

Latest Advancements in Corundum Testing
コランダム鑑別の最新情報

スイスSSEFのMichael. S. Krzemnick博士はコランダム鑑別の最新の進歩について発表しました。数十年間、コランダム鑑別は宝石ラボの主要な仕事の一つとなっています。近年、FTIRやRamanスペクトルなどを始め、様々な分析技術が用いられています。今回の発表においては天然と合成、加熱処理(特に低温加熱処理)、Be拡散処理、産地鑑別に用いる技術や手法などが紹介されました。最近SSEFではマダガスカル産ルビー中のジルコンクラスターに酷似したインクルージョンを持つフラックス合成ルビーを検査しました。このように拡大検査において識別が困難な場合でもVやMgなどの微量元素を正確に測定することで確実に識別することができます。また、産地鑑別には顕微ラマンスペクトルによるインクルージョンの鑑別と、LA–ICP–TOF–MSによる微量元素分析の他、現在ではジルコンインクルージョンに対する放射線年代測定が用いられています。年代測定により、鉱床の形成など産地鑑別に有用な情報が得られます。このように、顕微鏡観察などの古典的な方法と最新の技術を組み合わせることで、コランダムに対して細かくアプローチすることができます。

 

A Gemological Review of Blue Sapphires from Mogok, Myanmar
ミャンマー、モゴック産ブルーサファイアの宝石学的レビュー

アメリカGIAの研究者Wasura Soonthornatantikul博士はミャンマー、モゴック産ブルーサファイアの宝石学的特徴について発表しました。ミャンマーは高品質なサファイアの有名な産地の一つです。モゴック産のブルーサファイアは、非常に薄い~非常に飽和した青色を有しています。標準的な宝石鑑別で用いる紫外線(UV)ランプの下で見ると、大部分の石は長波UV下では不活性であり、短波UV下ではすべて不活性です。蛍光が確認された場合、基本的には赤色です。ゾーニングしたオレンジ色の蛍光は、長波UV下ではほとんど観察されませんでした。調査に用いたサファイアのインクルージョンは、モゴックのさまざまな採掘地域間で類似しており、以前に報告されたミャンマー産ブルーサファイアで一般的に見られるインクルージョンを有していました。最も一般的な特徴は、さまざまなパターンのシルクと双晶面です。モゴック産サファイアにはいくつかの鉱物結晶が含まれており、雲母と長石が最も一般的です。また、スカポライトインクルージョンは希少で、モゴック産ブルーサファイアでその存在を報告するのは初めてとなります。サンプルのFTIRスペクトルは、ダイアスポア、ベーマイト、カオリナイトなどの水酸基関連の鉱物の特徴を示しました。 UV–Vis–NIRスペクトルにおいて、通常、377、388、450 nmに一連の鉄関連の吸収ピークを示し、 Fe2+-Ti4+原子価間電荷移動の580nm広帯域も示しました。時折、約880nmの吸収帯が観察されます。この880nmバンドの存在は、玄武岩関連のブルーサファイアでは一般的ですが、通常は典型的な変成岩起源サファイアとは関連していません。また、微量元素の化学組成は、モゴック産サファイアの異なる地域間では有意差を示しませんでした。

 

Characteristics of the Unique Thin-Film Inclusions in “Siamese” Ruby
“シャム(タイ)”産ルビーの独特な薄いフィルム状インクルージョンの特徴

タイ、チュラーロンコーン大学の研究者Supparat Promwongnan氏はシャム(タイ)ルビーの特徴的なインクルージョンについて発表しました。タイとカンボジアの国境線付近のルビー鉱山は、有名な宝石品質の玄武岩関連ルビーの産地です。これらのルビーにはフィルム状インクルージョンと癒合したフラクチャーの特徴的なインクルージョンがあり、これらはルビーの原産地鑑別によく使われています。Supparat Promwongnanたちはこれらのインクルージョンの成因について研究しました。シャム(タイ)ルビーの特徴的なフィルム状インクルージョンや癒合したフラクチャーのインクルージョンは、大まかに以下の3種類に分類できます:(1)二相(固化したケイ酸塩熔融体+CO2)インクルージョン関連のフィルムや癒合したフラクチャー;(2)鉱物インクルージョン関連のフィルムや癒合したフラクチャー;(3)加熱処理コランダムに一般的な癒合したフラクチャーとフィンガープリント。どれも高温の塩基性マグマに加熱されて形成したと考えられています。そのうち、(1)はCO2の熱膨張、(2)は鉱物インクルージョンとルビーの熱膨張率の違いによって発生した応力で形成されたインクルージョンと考えられています。(3)は加熱処理されたコランダムにはよく見られますが、未処理のシャム(タイ)ルビーにも存在するため、天然でも形成されると考えられます。シャム(タイ)ルビーを人工的に加熱処理すると、これらのフィルムや癒着したフラクチャーのインクルージョンは多少変化するため、鑑別する際は注意深く区別することが重要です。

 

Nature, Occurrence and Gemmology of Beryl from Kyaukse (Weibu) Hill, Myanmar
ミャンマー、チャウセ(ウェイブ)丘陵産ベリルの産状、宝石学的特徴

ミャンマー、ヤンゴン大学の研究者Nyein Chan Aung氏がミャンマー北部マンダレー地区のベリルについて発表しました。ミャンマー北部マンダレー地区チャウセの南東にあるチャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルは、ペグマタイト、カルクケイ酸塩岩、千枚岩、片岩と眼球片麻岩からなるモゴック変成帯(MMB)で発見され、周囲の雲母片岩や石英脈からも発見されています。ベリルの形成は0.5 cm ~ 1 cmの小さなゴッシェナイト結晶から始まるものです。ベリルの形成過程中、鉄が周囲の母岩からベリルに取り込まれ、3 cm ~ 5 cmアクアマリンが形成されます。ベリル結晶のサイズと色は、ペグマタイト液体/熱水流体内の周囲の雲母片岩と、徐冷過程中に形成された他の関連鉱物に大きく影響されます。小さなトルマリン結晶が雲母片岩のベリルのプリズム面に付着しているのが見つかることもありました。ベリルの交代作用によるペグマタイトの侵入中に成長した可能性があり、雲母片岩内部のベリルは葉状構造と平行であり、曲がっていることはそれらがシンテクトニクス過程で発達したことを示しています。チャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルの形成温度は、約300 ~ 350 ℃と推定されています。本研究では、50個を超えるチャウセ(ウェイブ)丘陵のベリルをサンプルにしました。宝石品質ではない白い結晶と、無色(ゴッシェナイト)から淡い青色(アクアマリン)までさまざまなものがあります。ゴッシェナイトの比重は2.655 ~ 2.71に対して、アクアマリンの比重は2.656 ~ 2.692であり、白いベリルの比重は2.65  ~ 2.708になります。光学特性はすべて一軸性(負号)でした。内部特徴として、原生の固体インクルージョン、同生の二相インクルージョンと小さな液体のフェザーインクルージョンがあります。さらに、結晶のc軸に平行に配向した中空の管状インクルージョンと後生的なFeによる染みが観察されました。

 

Internationalization of Fei Cui Standards
翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードの国際化について

香港宝石学協会(GAHK)の会長を務めるEdward Liu准教授が翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードについて発表しました。GAHKは2004年に翡翠(Fei Cui)の鑑別スタンダードを初めて公表しましたが、この時は翡翠(Fei Cui)の用語はJadeite Jadeに限定されたものでした。2016年、GAHKは最新の完成した翡翠鑑別スタンダードを公表し、この新たなスタンダードではJadeite、Omphacite、Kosmochlorの3種類の関連鉱物すべてを翡翠(Fei Cui)としてカテゴライズし、ISO/IEC17025 LMSに準拠した宝石鑑別ラボ管理システムを確立しました。翡翠(Fei Cui)スタンダードは単なる定義または命名法ではなく、鑑別業務における、日常の運用および管理システムにISO QMSを採用することを意図したラボのスタンダードです。翡翠(Fei Cui)スタンダードは、ラボの鑑別レポート/証明書の主要なリファレンスになります。同時に、GAHKは香港ラボの認定およびラベルスキームを確立し、ISO/IEC 17025認定を通じて認定ラボに昇格されました。認定された翡翠鑑別ラボは、翡翠(Fei Cui)スタンダードと対応するISO QMSドキュメント(標準操作手順と作業指示)、オペレーターの人材システム、宝石学者と署名者、ビジネスポリシー、およびトラストマークベースのラボの企業イメージを使用して独自のコーポレートガバナンスを構築します。鑑別の際、再現性を保証するため、標準化された作業手順と環境設定があります。毎年または3年に1度の第三者による監督と定期的なラボ技術テストは、ラボの内部レビューに用いられ、チームの能力を維持します。重要なのは、鑑別レポートの署名者の名前と署名のトレーサビリティと透明性です。また、翡翠の最新知識、高度な鑑別装置、品質管理の原則およびISO規格の実践を学ぶための、Fei Cui Certified Gemmologist(C. G.)登録システムも確立します。翡翠(Fei Cui)スタンダードの国際化には、特にトレーダーと消費者に認識されること、翡翠(Fei Cui)鑑別レポートの内容が理解されることが不可欠となります。統一された命名を採用することによってのみ、トレーダーと消費者が恩恵を受けると信じています。Fei Cuiの用語は将来的にCIBJO Blue Booksに掲載され、翡翠(Fei Cui)スタンダードは、世界的に認知され、受け入れられるようになるための原動力になると期待しています。

 

Characteristics of Tsavorite from Tanzania and Its Enhancement
タンザニア産ツァボライトの特徴と処理

タイ、シーナカリンウィロート大学の研究者Bongkot Phichaikamjornwuta氏がタンザニア産ツァボライトについて発表しました。ツァボライトは、緑色のガーネットの有名な品種として知られています。ケニア、タンザニア地域で発見されましたが、その後マダガスカルやパキスタンおよび南極からも産しています。近年、その需要は高く、宝石鑑別レポートにおいてツァボライトの原産地や処理に関する記載の需要が高まっています。本研究では、タンザニア産ツァボライト14個をサンプルとして研究を行いました。ネットのような指紋様インクルージョンは、タンザニア産ツァボライトの典型的なインクルージョンです。他に、アナターゼ、アパタイト、カルサイト、グラファイトとクォーツもよく見られます。タイプ2と定義されたツァボライトの微量化学元素分析では、バナジウム>マンガン>クロムの結果を示したため、タンザニア産ツァボライトの緑色の原因は主にバナジウムと考えられています。加熱処理すると黄色味が減り、緑色を向上させることができます。今までの先行研究によると、未処理のツァボライトのUV–Vis吸収スペクトルにおいて、410、422と430 nmの吸収はMn2+によるもの、504と521 nmの吸収はFe2+によるもの、550 ~ 600 nmのバンドはCr3+とV3+によるものです。本研究に使ったサンプルの吸収スペクトルにおいて、Mn2+による430 nmとV3+による605 nmの吸収が出現し、505 nmの吸収はFe2+によるものと考えられています。この結果は、サンプルがグロッシュラーわずかなアンドラダイト成分が固溶していることを示唆しています。大気条件下で600 ℃の加熱処理を行うと、この505 nm吸収が消えるため、ツァボライトの加熱処理を鑑別する際の一助となります。

 

Experimental Study on Heat Treatment of Semitranslucent–Opaque Sapphire from Chanthaburi, Thailand
タイ、チャンタブリ産半透明-不透明サファイアの加熱処理の実験的研究

タイG–IDラボの研究者Tasnara Sripoonjan氏が熱処理したタイ、チャンタブリ産サファイアについて発表しました。チャンタブリは長い間高品質の玄武岩関連のBGY(ブルー、グリーン、イエロー)サファイア、特に独特な天然黄色サファイア(メコンウィスキーの色)の供給源として知られてきました。ただし、これらのサファイアの産出は現在大幅に減少し、供給量不足に陥っています。そこで、Fe含有量の高い半透明や不透明のサファイアを処理し、それらの替わりにするようになりました。一般的に、未処理の素材は褐色のボディカラーを示します。これはサファイアの結晶学的方向に沿って配向する離溶したヘマタイトシルクに影響されることが原因です。伝統的な熱処理を行うと、サンプルはわずかに緑色になって、青色のゾーニングの縞模様が現れます。Be拡散熱処理を行うと、サンプルの中心部分が青くなり、縁が黄色になりました。顕微鏡観察により、シルクインクルージョンは約1 ~ 5 μmの粒子で構成されており、伝統的な熱処理をすると大幅に破壊され、白色または青色の粒子になって溶解しないままであることが明らかになりました。その後Be拡散熱処理により、これらのインクルージョンは点線の青いスポットになり、その結果、粒子からの発色団がサファイアに組み込まれます。非加熱のサファイアのUV–Vis–NIRスペクトルにおいて、玄武岩関連サファイアによく見られる377、388と450 nmのFe3+吸収が示しました。1650 ℃で加熱するとこれらのピークが弱くなりますが、同時に910と565 nmのバンドが生成し、これらはFe2+/Fe3+とFe2+/Ti4+の原子価間電荷移動で発生するものです。これは青色の原因になります。しかし、さらにBe拡散熱処理を行うと、これらの吸収はまた低くなり、黄色になります。その原因はBe and/or Mgトラップされた色中心と関連していると考えられています。Be拡散加熱処理したサンプルの断面で微量元素を分析すると、Fe鉄含有量の高い石だとわかりました。外側の黄色部分のすべてのポイントは(Be + Mg) > Tiを示すのに対して、青い中心部分は(Be + Mg) < Tiを示しました。これらの結果は、無色のBeTiO3やMgTiO3クラスターを形成する過程中、残った過剰なBe、MgとFe原子は外側の部分に安定な黄色を形成できるという仮設と一致します。逆に言うと、中心部分ではBeはTi以上に拡散していないため、青い中心部分には黄色のゾーンを形成するのは不可能であると考えられています。

 

Identification of heated pink sapphires from Ilakaka (Madagascar)
イラカカ(マダガスカル)産加熱ピンクサファイアの鑑別

フランスLFG(Laboratoire Francais de Gemmologie)のStefanos Karampelas博士はマダガスカル、イラカカ産ピンクサファイアについて発表しました。現在、市場では高品質のマダガスカル、イラカカ産ピンクサファイアが多く流通しています。顕微鏡観察とFTIRによる分析で加熱処理を看破することができ、ピンクサファイアにはジルコンインクルージョンが存在する場合はラマンスペクトルも有力な手法となります。本研究では未加熱のピンクサファイア15個の中にある100個以上のジルコンインクルージョンを対象とし、ラマンスペクトルを測定しました。約1010 cm–1に存在するジルコンインクルージョンのメインラマンバンドとその半値幅はサンプルごとに違いが生じるだけでなく、同じサンプルの中でも違いがあります。同じサンプルにある11個のジルコンインクルージョンを測定したところ、ラマンシフトの半値幅は7.2 ~ 14.9 cm–1の範囲内に変化しました。また、同一のジルコンインクルージョンをまったく同一の条件で測定しても2 cm–1以内の変化を示しました。さらに、異なる設備やパラメータを使う場合、1cm–1ほどの偏差を生じることもあります。したがって、ラマンスペクトルを使ってピンクサファイアの加熱処理を鑑別する場合は、すべての要素を考慮しなければなりません。

 

Two Generations of Biwa Non-Bead Cultured Pearls
琵琶湖の非核養殖真珠の2つの世代について

アメリカGIAの研究者桂田祐介博士は琵琶湖産の淡水養殖真珠について発表しました。日本最大の湖である琵琶湖は、20世紀初頭に養殖技術が確立された淡水養殖真珠の発祥の地と知られています。その商業生産は、1970年代にピークを達しましたが、1980年代には減少しました。元来、真珠養殖に使われていた在来種であるイケチョウガイ(Hyriopsis Schlegelii)が環境変化により、今は絶滅危惧種に指定されています。21世紀に入り、湖の環境が改善されましたが、真珠養殖はイケチョウガイではなく、新たに導入したヒレイケチョウガイ(Hyriopsis Cumingii)またはハイブリッド種が使用されています。日本市場では、1970年代以前のイケチョウガイから収穫された琵琶真珠は貴重であり、しばしば「ヴィンテージパール」と呼ばれています。本研究では1960年から1965年で収穫された10個のヴィンテージパールと2016年から2018年で収穫された現代の琵琶真珠をサンプルとして使用しました。サンプルは、リアルタイムマイクロラジオグラフィー(RTX)、X線コンピューター断層撮影(μ–CT)、光学X線蛍光、ラマン分光およびLA–ICP–MS法によって分析されました。微量元素分析によると、MgとMnは、ヴィンテージパールと現代の琵琶真珠の間で異なる傾向を示しました。Mgは現代の琵琶真珠の方が多い傾向にあり、Mnはヴィンテージパールに多い傾向がみられました。また、いくつかの現代真珠のサンプルには、炭酸カルシウムの多形であるバテライトが含まれており、光学X線蛍光では赤みがかったオレンジ色の反応を示しました。内部および外部特徴と微量元素分析により、ヴィンテージパールと現代琵琶真珠を鑑別することができます。

 

Synthetics and Simulants in the Thai Gemstone Market: An Update
タイ宝石マーケットにおける合成、類似石市場;アップデート

オーストリアWien大学のLutz Nasdala教授がタイ宝石マーケットにおける模造石、合成石と人造石について発表しました。1850年代から、人工的に作られた宝石がタイの宝石市場に入り、今では多くの種類の合成石や人造石が市場に流通しています。これらの一部はタイ国内で生産され、他のものはロシア、スイス、韓国および中国から輸入されています。安価なものでは合成水晶、合成スピネル、ベルヌイ合成コランダムなどがあり、やや高いものでは熱水合成エメラルドがあります。近年ではこれらに加えて模造オパール、模造トルコ石、模造ラピスラズリ、キュービックジルコニアなども見られます。最近の質の良い合成石の一つの例は、顕著な色のゾーニングを備えたベルヌイコランダムです。これは合成中に添加する微量元素を変えることによって実現しました。天然石の質を高めるために、熱処理、拡散処理、含浸、染色、コーティング、照射などの処理方法を用いていますが、同じように、人工的に作られた石に対しても処理を行うことがあります。たとえば成長させた合成コランダムに対して、Ti拡散処理と熱処理を行うと、一定の方向に配向したルチルインクルージョンをもつスターコランダムになります。もう一つの例は、色彩豊富なバイカラークォーツです。合成アメシストの片側だけを加熱処理すると、紫色と無色を備えたクォーツが得られますが、これらはFTIRを用いて看破することができます(3544 cm–1吸収の増加と3585 cm–1吸収の減少、そして天然アメシストの特徴的な3595 cm–1吸収が存在しないこと)。最近新たに出現した処理方法は、「テクスチャ処理」です。クォーツの視覚的な印象を、素材を破砕することで大きく変化させます。石を適度に加熱し後、冷却液で急冷させることで処理されたと考えられています。将来的には、これらの注目に値する品種がコスチュームジュエリーにどう使われるかどうかに、興味が注がれます。