透明ヒスイの超高圧合成:「ナノ多結晶宝石」の創出に向けて

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愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 入舩徹男

はじめに

ヒスイはNaAlSi2O6を端成分とするヒスイ輝石からなる多結晶鉱物(図1)であり、主に低温高圧型の変成帯に産出する。通常数十μm程度の微小な結晶からなる不透明~半透明な鉱物であるが、鉄を含むエジリン輝石や、クロムを含むコスモクロア輝石などを固溶し、緑色を中心としたさまざまな色を呈する。必ずしも硬度は高くないが、その特異な髭状微細組織(ウィスカー)のため割れにくく、古くから宝石として様々な装飾品などに利用されてきた。以下、本稿では多結晶鉱物のバルク体に対してヒスイ、それを構成する鉱物結晶をヒスイ輝石と称する。

図1. 多数の単結晶の集合体である多結晶鉱物・セラミックス(左)と、それを構成する原子が規則正しく配列した単結晶(右)の概念図(土屋旬氏提供)。
図1.多数の単結晶の集合体である多結晶鉱物・セラミックス(左)と、それを構成する原子が規則正しく配列した単結晶(右)の概念図(土屋旬氏提供)。

 

我が国においては約5000年前の縄文時代から、糸魚川周辺などにおいて祭祀や装飾用などとしてヒスイの加工がなされ、海外にも多くもたらされたとされる。糸魚川のみならず、富山県の宮崎・境海岸(いわゆる「ヒスイ海岸」)など、日本各地で産出することが知られている。このように、ヒスイは我が国を代表する宝石鉱物の一つでもあることなどを理由に、日本鉱物科学会において2016年に日本の国石として選定されている1)

ヒスイの透明度(可視光の透光性)が低いのは、多結晶鉱物であることから長石など他の鉱物が混在していることや、粒界の不純物の存在による光の散乱によるものと考えられる。また、単斜晶系であるヒスイ輝石は光学的な異方性を持つため、純粋な多結晶体であったとしても、粒界による散乱に伴う透光性の低下が避けられない。

ヒスイは宝石である一方で、セラミックスの一種とも考えられる。ケイ酸塩、酸化物、窒化物などの多結晶体からなるセラミックスは、空孔や粒界の不純物の存在等により通常は不透明であるが、熱や電気を伝えにくいことから、食器などの台所用品や絶縁材として利用されている。近年、焼結技術の向上により、常圧あるいは比較的低い圧力のもとで、透光性の高い「透明セラミックス」の合成が可能になり、レンズやレーザー媒体など様々な応用がなされている2)(図2)。

図2.セラミックス(多結晶鉱物)内部における光の透過と散乱の概念図。焼結度が高く、不純物や空孔がないセラミックスは、光学的な等方体である立方晶系の結晶からなる場合には、内部での光の散乱がないため高い透光性を示す透明セラミックスになる。
図2.セラミックス(多結晶鉱物)内部における光の透過と散乱の概念図。焼結度が高く、不純物や空孔がないセラミックスは、光学的な等方体である立方晶系の結晶からなる場合には、内部での光の散乱がないため高い透光性を示す透明セラミックスになる。

 

透明セラミックスでは、焼結度をあげて空孔の存在を極力抑えることにより、高い透光性を持つ多結晶体が実現されている。透明セラミックスの多くはガーネット、スピネル、ペリクレースなどの立方晶系の結晶粉末を素材として用いている。立方晶系の結晶は光学的な等方体であり、複屈折を持たないため粒界での光の散乱を避けることができ、よく焼結された空孔のない多結晶体は高い透光性を示す。焼結技術や出発物質となる粉体や半焼結体(グリーンボディー)の改良により、単結晶に匹敵する高い透光性を有する透明セラミックスの合成も可能になっている。

立方晶系以外の結晶に対する、透明セラミックスの合成も試みられている。例えば高い硬度を有するAl2O3コランダムは、結晶構造は三方晶系に属するが、比較的複屈折が小さいため、ある程度の透光性を持つ多結晶体の合成が可能である3)。光学理論に基づき、結晶粒径が可視光の波長(400~800nm程度)より十分に小さいナノ領域(<100 nm)に至ると、光学的非等方体の結晶からなる多結晶体も透光性が高くなると予想されている4)。しかし、報告されているアルミナセラミックスは半透明程度であり、単結晶に近い透光性の焼結体は得られていない。これはナノ粉末を用いた多結晶体の比較的低温での焼結では、空孔を除去することが難しいためである。より高温下での焼結により空孔を除去することは可能であるが、この場合は粒成長が避けられず、通常の低圧下での焼結で透明ナノ多結晶体を得ることは困難であった。

筆者らは超高圧下でのガラスの結晶化により、高品質な高圧型鉱物の多結晶体合成を行ってきた5)。本来は、地球深部の物質の探査のため、弾性波速度を測定する試料を合成することが目的であったが、得られた多結晶体のいくつかはナノ領域の微細結晶の集合体であり、空孔率も極めて低い良質の焼結体であった。これらのナノ多結晶体は高い靭性や硬度、また高い耐熱性など、興味深い特徴を持つことも明らかになっている。とりわけグロシュラーガーネットに対して得られたナノ多結晶体6)は、単結晶に匹敵する透光性も有し、我々は「透明ナノセラミックス」と称している。ガーネットは立方晶系の光学的等方体であり、多くの透明セラミックスが合成されている。しかし、これらの従来の透明セラミックスの粒径は通常数μm以上であり、粒径100 nm以下の透明ナノセラミックスの合成は報告されていなかった。

一方、単斜晶系のヒスイ輝石の透明な多結晶体の合成は、ガーネットに比べて難しいと予想され、実際天然のヒスイの透光性は低い。天然のヒスイを構成する結晶は、通常数十μm~数百μm程度の大きさであるが、これをナノサイズまで減少させれば、透明度の高い「透明ナノヒスイ」が得られる可能性がある。筆者らは、最近超高圧下でのヒスイ輝石組成のガラスの結晶化により、このような透明ナノヒスイの合成に取り組んだ7)。ここでは合成ヒスイの生成条件や、得られた試料の光学的・機械的特性について、この研究成果に基づいて紹介するとともに、同様の手法による「ナノ多結晶宝石」の創成について展望する。

 

超高圧下でのヒスイの合成

ヒスイ輝石は高圧型鉱物でありNaAlSi3O8曹長石とNaAlSiO4霞石の反応により、約1万気圧以上の圧力下で生成する(NaAlSi3O8 + NaAlSiO4 = 2NaAlSi2O6)。上部マントル~マントル遷移層に対応する高い圧力下で安定な鉱物であるが、22万気圧付近でカルシウムフェライト型のNaAlSiO4と、石英の高圧相であるスティショバイトに分解する(NaAlSi2O6 = NaAlSiO4 + SiO2)。

超高圧下での高圧型鉱物の合成には出発物質が重要であり、通常は常圧で安定な鉱物か、単純酸化物の混合物の粉末を用いることが多い。しかし、これらの粉末は数μm程度以上の大きさであり、出発物質の不均質や未反応部分の残留により、完全な単一相を得ることは難しい。そこでガラス化が容易な出発物質に対しては、高温炉で溶融して急冷することにより均質なガラスを作り、これを出発物質として用いることにより比較的容易に目的の高圧相を合成することができる。

より小さい粒径の多結晶体を得るためには、粒成長の要因となる吸着水の影響を排除することが重要であり、表面積の大きい粉末試料を出発物質として用いることは避けるべきである。本研究においては、ヒスイ輝石組成に調合した酸化物の混合物を高温炉で融解させた後、常温下に取り出して比較的ゆっくりと温度を下げることにより、クラックや気泡の少ないガラスのバルク体を作成した。これを超音波加工装置で円柱状にくりぬいたものを、超高圧合成の出発物質とした。

ヒスイの超高圧合成は、2段加圧方式の多アンビル型装置を用いて、圧力10–20万気圧、温度900–1300℃の条件下で、1時間の加熱(一部の実験は20分間)により行った。図3に本実験に用いた多アンビル型装置と試料部の概念図を示す。試料は金のカプセルに封入され、白金箔ヒーターにより加熱された。発生温度は熱電対の起電力により決定し、発生圧力はZnTe、ZnS、GaAs、GaPなどの半導体に対する、既知の相転移圧力の検出に基づき得られた校正曲線から見積もった。

図3. 多アンビル型超高圧合成装置(左)、8個の第2段アンビル(中)、八面体の圧力媒体と試料部断面(右)の概念図。
図3. 多アンビル型超高圧合成装置(左)、8個の第2段アンビル(中)、八面体の圧力媒体と試料部断面(右)の概念図。

 

このようにして得られた試料のうち、10万気圧の圧力下で、900〜1300℃で得られた試料の微小領域X線回折プロファイルを図4に示す。900℃で得られた試料はガラスのままであったが、1000℃以上で得られた試料はいずれも純粋なヒスイ輝石で指数付けできる。また、後者の3つのヒスイ試料のうち、1100℃で得られたプロファイルの回折ピークの半値幅が最も大きく、この温度で得られた試料の粒径が最小であることが示唆される。得られた焼結体試料の多くはクラックの存在が認められたが、一部を除いて透光性を示すものも多かった。

図4. 回収された試料のX線回折プロファイルの例7)(圧力10万気圧・加熱時間60分)。900℃以外の実験では、ヒスイ輝石の単一相が得られている。下に示した線は、ヒスイ輝石の回折線のうち、相対強度(I/I100)が7以上の回折線の2Θ(CuKα)の位置を示す。
図4.回収された試料のX線回折プロファイルの例7)(圧力10万気圧・加熱時間60分)。900℃以外の実験では、ヒスイ輝石の単一相が得られている。下に示した線は、ヒスイ輝石の回折線のうち、相対強度(I/I100)が7以上の回折線の2Θ(CuKα)の位置を示す。

 

試料の一部に対して、透過型電子顕微鏡(TEM)により微細組織観察を行うとともに粒径を測定した。得られたTEM像と粒径分布の一例を図5に示す。TEM像からわかるように試料は微小なヒスイ輝石結晶の集合体であり、粒状の組織を示す一方で、空孔の存在は認められない。粒径分布からわかるように、ほとんどの結晶は1μm以下であり、その多くが100–600 nm程度の粒径を持つ(平均粒径約390 nm)。この試料の写真も図5に示すが、ある程度の透光性を持つことがわかる。

図5. 10万気圧・1300℃の条件下で、60分間の加熱で得られた試料のTEM像・写真(図に挿入)と、粒径分布7)
図5.10万気圧・1300℃の条件下で、60分間の加熱で得られた試料のTEM像・写真(図に挿入)と、粒径分布7)

 

加熱時間60分の実験で得られた試料の相同定と、粒径測定の結果を図6に示す。ガラスからのヒスイ輝石の結晶化は1000℃付近で確認されたが、圧力の増加に伴い結晶化温度はやや上昇する傾向が認められる。図6に挿入された数値は、TEM観察に基づく平均粒径であるが、いずれの試料も400 nm程度以下であり、圧力の上昇とともに減少する傾向が認められる。

図6. 加熱時間60分の実験において、それぞれの温度・圧力条件で得られた試料のX線回折による同定結果と、TEM観察とX線回折線の半値幅をもとに推定される粒径の変化7)。■=未反応のガラス、□=ヒスイ輝石、Ab=NaAlSi3O8曹長石、Np=NaAlSiO4霞石、カルシウムフェライト型NaAlSiO4、St=SiO2スティショバイト、L=液相。
図6.加熱時間60分の実験において、それぞれの温度・圧力条件で得られた試料のX線回折による同定結果と、TEM観察とX線回折線の半値幅をもとに推定される粒径の変化7)。■=未反応のガラス、□=ヒスイ輝石、Ab=NaAlSi3O8曹長石、Np=NaAlSiO4霞石、カルシウムフェライト型NaAlSiO4、St=SiO2スティショバイト、L=液相。

 

一方、同じ圧力では、ガラスが結晶化する温度直上で比較的大きな粒径となり、より高温の1100℃付近で最小化するが、これ以上の温度ではまた粒径が大きくなる傾向がある。同様の粒径の合成温度依存性は、グロシュラーガーネット多結晶体の合成においても認められた6)。結晶化温度直上での比較的大きな粒径は、少数の結晶核が成長した結晶成長により、一方高温領域での粒径の増大は、粒界移動を伴う粒成長によるものと理解される。図6に示されるように、加熱時間60分で得られたヒスイの粒径の最小値は250 nm程度であり、本実験の圧力温度領域では粒径100 nm以下のナノ多結晶体は得られなかった。加熱時間を20分と短くして粒成長を抑制した実験も行ったが、現在までのところやはり厳密な意味でのナノ領域の粒径を持つヒスイは得られていない。

 

超高圧合成ヒスイの特性

TEM観察により粒径測定が行われた4つの合成ヒスイのうち、クラックの少ない3つの試料を厚さ1mmに鏡面研磨し、光の透過率を波長の関数として測定した。図7は可視光の典型的な波長に対する、3つの試料の透過率と粒径、及び試料の写真を示したものである。それぞれの試料の粒径は必ずしも均一ではないが、その平均値が小さくなるほど透過率は増加する傾向が認められる。最も透過率が高い試料は、20万気圧・1300℃(合成時間20分)で合成された平均粒径が最小(240 nm)の試料であり、約70%の透過率を示した。

図7. 光学理論に基づく典型的な可視光(波長650 nm)に対する、ヒスイを通過する光の透過率の粒径依存性(実線)と、本実験で得られた試料の透過率と粒径7)。グロシュラーガーネットに対する透過率6)を比較のため破線で示す。
図7.光学理論に基づく典型的な可視光(波長650 nm)に対する、ヒスイを通過する光の透過率の粒径依存性(実線)と、本実験で得られた試料の透過率と粒径7)。グロシュラーガーネットに対する透過率6)を比較のため破線で示す。

 

セラミックスの透過率(Real In-lline Transmittance, RIT)は、Rsを試料表面での光の反射、γを粒界における光の散乱係数、tを試料の厚みとすると、RIT = (1–Rs)e–γtで表される。セラミックスが直径d の均一な球状結晶からなり、空孔がない場合には散乱係数はγ = 3π2dΔn22で表される4)。ここでλは光の波長、Δnは平均的な複屈折(屈折率の最大値と最小値の差に2/3を乗じた値)である。図7に合成ヒスイに対してこの式を用いて見積もった、透過率の粒径依存性を示す。ヒスイのRsは不明であるが、同組成のガラスと同程度(Rs = ~0.1)とすると、ほぼ今回の多結晶体の透過率を説明可能である。図7に示されるように、ヒスイ輝石の粒径をより小さくし、ナノ領域にすることができれば、更に透明なヒスイが得られると予想される。

一方、粒径測定が行われた4つの合成ヒスイに対して、ビッカース硬度計(Hv)により硬さを測定した。試料数が少なく、また粒径の不均一性もやや大きいので、硬度の粒径依存性は明確には認められなかったが、最小粒径(約240 nm)の試料に対するHv値(14.2 GPa)は、最大粒径(約390 nm)の試料のHv値(13.3 GPa)に比べて有意に高く、より小さいナノ領域の粒径を持つヒスイの硬度はより高くなる可能性が強い。
金属多結晶体においては、結晶の大きさがナノ領域になり、結晶に対する境界の割合が増加すると、結晶内部の転位の移動が阻止されやすくなり、硬度が増すことが知られている(Hall–Petch効果)。金属の場合10 nm程度の粒径で硬度が最大になり、これ以下の粒径では粒界でのすべりが卓越することにより、逆に硬度が低下するとされる(逆Hall–Petch効果)8)

セラミックスに対するHall–Petch効果は、高品質なナノ多結晶が得られていないため、十分な知見が得られていない。Hall–Petch効果による硬度の粒径依存性はH = H0+kd–1/2で示されるが(H0, 単結晶の硬度; d, 粒径; k, 定数)、これまでに報告されているナノ多結晶体に対しては、MgAl2O4スピネルはこの関係が成り立つが、MgOペリクレースではナノ領域で硬度が低下すると、逆の結果が報告されている(図8)。最近我々は、粒径約30nm程度までのナノ領域に至る多結晶Ca3Al2Si3O12ガーネットの硬度を測定したが、図8に示すようにこの領域におけるHall–Petch効果が認められた5),6)。今回のヒスイに対する結果も図8に示す。得られた粒径の範囲が限られているため、明確な結果は得られていないが、今回得られた粒径200–400 nm領域の試料に対しては、粒径の減少とともにやはり硬度が増加していることがわかる。

図8. ナノセラミックスのビッカース硬度(Hv)に対する粒径依存性12)。グロシュラーガーネット6)(緑)と本研究によるヒスイ7)(桃色)に対するデータを加えてある。
図8.ナノセラミックスのビッカース硬度(Hv)に対する粒径依存性12)。グロシュラーガーネット6)(緑)と本研究によるヒスイ7)(桃色)に対するデータを加えてある。

 

ナノ多結晶宝石の創成

ヒスイに関しては、今後温度・圧力条件や昇温速度・合成時間の最適化により、ナノ領域の粒径を持つ多結晶体の合成が期待され、それに伴い透光性や硬度も大きくなるものと考えられる。ヒスイは、それを構成するヒスイ輝石の特異な髭状微細組織の特徴から高い靭性を示すが、今回得られた試料は粒状に近く、特に高い靭性を示す結果は得られていない。しかし、今後天然ヒスイの微細組織を再現することにより、硬くて割れにくい透明ヒスイの合成も見込まれる。

ヒスイは約1万気圧以上の圧力で安定な高圧型鉱物であるが、ヒスイに限らず地球深部には様々な高圧型鉱物が存在する。我々はこれまでダイヤモンドやガーネットのナノ多結晶化に成功し、特にナノ多結晶ダイヤモンド9),10)(通称ヒメダイヤ)は製品化もされ、様々な分野で活用されている。本研究により立方晶系以外の複屈折を有する鉱物でも、粒径をナノ領域に近づけることにより大きく透光性が向上することが示された。今後は、これら以外の地球深部の鉱物を含め、様々な透明ナノセラミックスの合成が期待される。透明ナノセラミックスは高い透光性とともに、高い硬度を持つと考えられ、従来の常圧・低圧下での合成による透明セラミックスを凌ぐ新たな材料をもたらす可能性もある。

我々はヒメダイヤの開発に成功した直後の2009年に、世界最大の超高圧領域での合成装置「BOTCHAN」を建造し(図9)、直径・長さともに1cm程度のヒメダイヤの合成を可能にした。BOTCHANが設置されている実験室は「Soseki Lab」と命名されているが、Sosekiは小説「坊ちゃん」の作者夏目漱石の漱石ではなく、「創石」である。石には岩石という意味の他に、宝石という意味や、時計・電子回路などの重要部品の材料という意味がある。Soseki Labには、超高圧を利用した地球深部の岩石・鉱物の合成とともに、新たな宝石や材料を創りだす実験室という意味が込められている。ちなみにBOTCHANの隣には、地球のより深部の条件を実現するための超高圧装置「MADONNA」も設置されている。

図9. 創石実験室に設置された大型超高圧合成装置BOTCHAN(左)と、超高圧発生装置MADONNA(右)。
図9. 創石実験室に設置された大型超高圧合成装置BOTCHAN(左)と、超高圧発生装置MADONNA(右)。

 

我々が報告したダイヤモンドやガーネットなどの透明ナノセラミックスは、単結晶に匹敵する高い可視光の透過率を示しており、宝石にも匹敵するとも言える11)。本研究の超高圧合成ヒスイもナノ領域の結晶粒径に至れば、単結晶に近い透光性を示すものと予想される。このような新しい透明ナノセラミックスは、「ナノ多結晶宝石」と称することもできよう(図10)。今後もSoseki Labでは様々なナノ多結晶宝石を生み出すとともに、その特性や生成過程についても明らかにしていきたいと考えている。

図10. 超高圧合成法により得られたヒスイ(左: Alに対してCrを1モル%置換、直径約2 mm)、様々な組成のナノ多結晶ガーネット(中:直径約4 mm)、ナノ多結晶ダイヤモンド(右:直径約6-8 mm)。
図10.超高圧合成法により得られたヒスイ(左: Alに対してCrを1モル%置換、直径約2 mm)、様々な組成のナノ多結晶ガーネット(中:直径約4 mm)、ナノ多結晶ダイヤモンド(右:直径約6–8 mm)。

 

参考文献
1) Tsuchiyama, A. (2017) Jadeite: The national stone of Japan, Elements, 13, 51.
2) Ikesue, A. and Yan, L. A. (2008) Ceramic laser materials, Nature Photonics, 5, 258-277.
3) Roussel, N., Lallemant, L., Chane–Ching, J., Guillemet–Fristch et al. (2013) Highly dense, transparent α–Al2O3 ceramics from ultrafine nanoparticles via a standard SPS sintering, Journal of American Ceramic Society, 96, 1039–1042.
4) Apetz, R. and Van Bruggen, M. P. (2003) Transparent alumina: a light‐scattering model, Journal of the American Ceramic Society, 86, 480-486.
5) 入舩徹男 (2018) 透明ナノセラミックスの超高圧合成, 高圧力の科学と技術, 28, 162–169.
6) Irifune. T., Kawakami. K., Arimoto. T., Ohfuji. H., et al. (2016) Pressure–induced nano–crystallization of silicate garnets from glass, Nature Communications, 7, 13753.
7) Mitsu, K., Irifune, T., Ohfuji, H. and Yamada, A. (2021) Synthesis of transparent polycrystalline jadeite under high pressure and temperature, Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 116, 203–210.
8) Schiøtz J. and Jacobsen K. W. (2003) A maximum in the strength of nanocrystalline copper. Science, 301, 1357–1359.
9) Irifune, T., Kurio, A., Sakamoto, S., Inoue, T. and Sumiya, H. (2003) Ultrahard polycrystalline diamond from graphite, Nature, 421, 599-600.
10) 入舩徹男 (2021) 超高圧合成法によるナノ多結晶ダイヤモンドの合成と応用, 岩石鉱物科学, 50, 43–52.
11) Skalwold, E. A. (2012) Nano–polycrystalline diamond sphere: A gemologist’s perspective, Gems & Gemology, 48, 128–131.
12) Wollmershauser, J. A., Feigelson, B. N., Gorzkowski, E. P., Ellis, C. T. et al. (2014) An extended hardness limit in bulk nanoceramics, Acta Materialia, 69, 9–16.

 

 

入船先生250

【著者紹介】
入舩 徹男
1954年 生まれ
1978年 京都大学理学部地球物理学科卒業
1980年 名古屋大学理学研究科博士前期課程修了
1984年 北海道大学理学研究科博士後期課程修了
1984年 日本学術振興会奨励研究員
1984年 オーストラリア国立大学研究員
1987年 北海道大学理学部助手
1989年 愛媛大学理学部助教授
1995年 愛媛大学理学部教授
2001年 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター教授・センター長 現在に至る
■研究内容:地球深部科学、超高圧鉱物物性・材料科学

IGC Online Gemmological Seminarに参加して

Adobe_PDF_file_icon_32x32-2022年2月PDFNo.59

リサーチ室 江森健太郎、趙政皓、北脇裕士

2021年11月20日(土)、21(日)に国際宝石学会(International Gemmological Conference)、通称IGC、主催のオンライン宝石学セミナー(Online Gemmological Seminar)が開催されました。弊社リサーチ室から筆者ら3名が聴講し、江森が発表を行いました。以下に概要を報告します。

IGC Online Seminar概要

IGCは国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に2年に1度各国の持ち回りで本会議が開催されています(写真1–1〜3)。本来であれば、2021年に第37回会議が日本で開催される予定でした(写真2)が、コロナ禍において中止となり、2023年に開催の延期が決定されています。本会議が2年延期になったため、研究交流が滞ることを回避するため急遽オンラインでの開催が企画されました。今回はじめて行われたオンライン宝石学セミナーは、過去2年に行われた宝石学研究の最新動向についてzoom meetingを用いて開催されました。

図1-1. (左)2011年スイス
写真1-1.2011年スイス
図1-1.2013年ベトナム
写真1-2.2013年ベトナム
図1-3.2019年フランス、で開催されたIGCでの講演風景
写真1-3.2019年フランス、で開催されたIGCでの講演風景
図1.フランス、ナントにて2019年に開催された第36回IGCでは2021年に第37回IGCが日本で行われることが正式に決定され、IGCのフラッグを弊社リサーチ室北脇が受け取りました。
写真2.フランス、ナントにて2019年に開催された第36回 IGCでは2021年に第37回 IGCが日本で行われることが正式に決定され、IGCのフラッグを弊社リサーチ室北脇が受け取りました。

 

講演は、11月20日(土)、21(日)の両日ともGMT(世界標準時)12:00から開始され3時間半ほど行われました。日本時間では夜の9時から始まり午前零時を回るため、筆者らはそれぞれの自宅での参加となりました。
発表は質疑応答を含めてひとり15分が割り当てられていましたが、しばしば白熱した質疑が行われ、進行は遅れがちとなりました。2日間の発表内容は、ダイヤモンド4件、コランダム7件、その他色石9件(エメラルド、長石、トパーズ、ガーナイト、ジェダイト、ダイアスポア、トルマリン、クォーツ、トルコ石)、真珠3件の合計23件でした。これらの発表の中で特に興味深かったものをいくつか紹介します。
なお、弊社リサーチ室からは真珠セッションで「Analysis of Japanese Akoya Cultured Pearls using LA–ICP–MS(LA–ICP–MSを用いた国産アコヤ養殖真珠の分析)」というタイトルで発表を行いました(この研究についてはCGL通信で別途掲載される予定です)。
IGCの沿革、ポリシーについてはCGL通信vol.29、vol.42に詳しく記載してありますので参照して下さい(https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/)。

 

タイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドが照射により燐光抑制を受けることについての研究の進捗状況

中国地質大学(武漢)の研究者Tian Shao氏はタイプIIbのHPHT合成ダイヤモンドの燐光が電子線照射により抑えられる原理について発表しました。HPHT合成ダイヤモンドを天然ダイヤモンドから分離するための一般的な装置として、HPHT合成ダイヤモンドに特徴的なグリーニッシュイエローの燐光を利用したものがあります。しかし、ダイヤモンドに電子線を照射することで燐光が抑制されることが報告されています。
(この現象についてはCGL通信46号「無色~ほぼ無色のHPHT合成ダイヤモンドへの電子線照射処理実験報告」に詳しく掲載されています。URL: https://www.cgl.co.jp/latest_jewel/tsushin/46/77.html)。
この現象のメカニズムは不明ですが、窒素とホウ素の間のドナー・アクセプターペア再結合(donor–acceptor pair recombination, DAPR)がグリーニッシュイエローの燐光の原因であると言われています。発表者らは、HPHT合成のIIb型ダイヤモンドに電子線照射を行い、燐光が失われることを確認しました。フーリエ変換型赤外分光法(FTIR)、電子常磁性共鳴(EPR)、フォトルミネッセンス分析(PL)を用い、照射前後のダイヤモンドの欠陥について調べた結果、照射後においてFTIRにおける中性のホウ素(BS0)およびEPRにおける単離された中性窒素(NS0)の信号が失われたことを確認し、代わりにPLとEPRにおいて中性空孔(V0、GR1)と負に帯電した空孔(V、ND1)が検出されました。したがって、空孔(GR1)が窒素とホウ素との間で相互作用を起こし、DAPRを切断している可能性があり、さらなる研究が進行中だそうです。

 

デフォーカスPL測定についての予備研究

L. Speich(Swiss Gemmological Institute SSEF)らの発表

スイスのSSEF、L. Speich氏らはレーザービームの焦点をぼかして(デフォーカス)測定を行うPL深度プロファイル測定について発表をしました。デフォーカスを用いたPL深度プロファイル測定は宝石学分野においては非常に面白く、将来興味深い測定方法となりえる可能性があります。検出器の飽和を防ぐことが不可能な場合、デフォーカスを利用し、高強度のPLおよびラマン信号を低減することも可能です。
スイス宝石学研究所(SSEF)において、ダイヤモンドラマンピーク(DRP)およびさまざまなPLにおいてアクティブな光学中心に対するレーザースポットのデフォーカスに対する影響を理解するための測定を行っており、PLピークを415.4 nmに生成するN3センターと738.7 nmに生成するSiVセンターについて室温条件で調査を行いました。グリーン(532 nm)とバイオレット(405 nm)のレーザー光源を用い、レーザービームをダイヤモンドのテーブルに焦点を合わせた位置から上方6000 μm、下方6000 μmの間で変化させながら分析を行ったところ、N3センターの強度の最大値はDRPが最大となるダイヤモンド表面でした。しかし、CVD合成ダイヤモンドのSiVピークの最大値はDPRが最大強度となるダイヤモンド表面ではなく、ダイヤモンドの表面から約1750 μm下で観察されました。また、ダイヤモンドの表面にSiVの深さプロファイルのショルダーが見られました。DRPとPLピークの振る舞いの違いが光学現象によるものなのか深さによるSiV欠陥の濃度変化によるものなのかを調べるため、さらなる調査が必要だとのことです。

 

タイ東部、トラットーチャンタブリ産ルビーとサファイアのケミカルフィンガープリント

タイGITの研究者Supparat Promwongnanはタイ東部のトラットーチャンタブリから産出されるルビーまたはサファイアの化学組成について発表しました。
タイのトラットーチャンタブリの宝石コランダムを含む堆積物は新生代後期のアルカリ玄武岩と関連しています。ルビーと青緑黄色(BGY)サファイアは、新生代アルカリ玄武岩質マグマによって地表に運ばれる以前に2つの異なる起源を有すると考えられています。ルビーは上部マントルで形成された苦鉄質グラニュライトの高度変成岩に由来しますが、BGYサファイアはマグマ起源で、中部または下部地殻において閃長岩質メルトから結晶化および/またはその交代作用に由来します。
発表者らはトラットのBo Rai鉱床のルビー(サファイアはなし)とチャンタブリーのBo Welu鉱床のルビー、サファイアのサンプルを収集し、EDXRFを用いて主要元素・微量元素組成の分析を行いました。
両地域のルビーの化学組成はFe、Crが多く、Cr2O3/Ga2O3比やVとGaの含有量が乏しいことから、超苦鉄質岩(上部マントル)起源であることを示しました。また、Bo Welu鉱床のブルー、グリーン(BG)サファイアの化学組成はFe濃度が顕著に高く、Cr2O3/Ga2O3比やGaが非常に豊富であることから、閃長岩マグマから結晶化した可能性があることを示しました。また、世界中の玄武岩関連のBGサファイア(オーストラリア、マダガスカル、ナイジェリア、カンボジア、ラオス)と比較し、Bo Welu鉱床のサファイアはナイジェリア、カンボジア、ラオス産の玄武岩サファイアと比べFe/Ti比が高く、他の鉱床の玄武岩質サファイアよりV含有量が低い傾向にあることを示しました。

 

マダガスカルIlakaka産の非加熱ピンクサファイアにあるジルコンインクルージョン:ラマン分光法による研究

スイスSSEFの研究者M. S. Krzemnicki氏がマダガスカルIlakaka産ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのラマンスペクトルの研究について発表しました。Ilakaka産ピンクサファイアは商業的に重要で、たいてい丸みを帯びたジルコンを内包しています。ジルコンはさまざまな地質環境で生成するため、宝石学上有益な情報を提供してくれます。さらに、ジルコンインクルージョンのラマンスペクトルにおける1010 cm–1付近のν3ピークが熱処理と関連していると考えられているため、鑑別上注目されています。しかし、彼らが未加熱のサンプルにおけるジルコンインクルージョンを分析した結果、異なるサファイアだけでなく、同じサファイアの中にある隣接するジルコンインクルージョンも異なるν3ピークを示しました。彼らの実験結果によると、未加熱ピンクサファイアにおけるジルコンインクルージョンのν3ピークの半値幅は7.5~17.6 cm–1と非常に幅があり、中央値は10以下となります。よって、マダガスカル産ピンクサファイアの熱処理の判断をジルコンインクルージョンのラマンスペクトルのみで行う場合は間違いを犯さないよう慎重にとのことです。

 

サファイアに対する低温熱処理の影響:包有物とFTIR分光法

アメリカGIAの研究者Sudarat Saeseaw氏がFTIRによるサファイアの熱処理鑑別について発表しました。サファイアの赤外線スペクトルにおいて、3309シリーズ(3309、3232、3185 cm–1)、3161シリーズ(3161、3242、3355 cm–1)と3000シリーズ(3010–3070 cm–1のバンドと3195、2625、2463、2415 cm–1のピーク)が熱処理鑑別に注目されています。彼女たちは3グループのサファイア(イラカカ産ピンクサファイア、玄武岩起源ブルーサファイア、3161 cm–1吸収を示すイエローサファイア)を加熱し、その赤外線スペクトルの変化を研究しました。ピンクサファイアについて、11個すべてのピンクサファイアの赤外線スペクトルでは3309 cm–1吸収が弱くなり、9つのサンプルだけが3232 cm–1吸収を示し、3185 cm–1吸収は出現しませんでした。玄武岩ブルーサファイアについて、700、900 ℃で加熱すると3309 cm–1吸収が弱くなり、3232 cm–1吸収が強くなりました。ただし、最初から強い3232 cm–1吸収を示したサンプルは、熱処理した後でより強い3309 cm–1とあまり強くない3232 cm–1吸収を示しました。イエローサファイアについて、900 ℃以下での加熱では3161 cm–1吸収に変化はありませんが、900 ℃以上で加熱すると弱くなり、さらに3000シリーズ吸収が出現し、2625 cm–1バンドを示しました。まとめると、3000シリーズと2625 cm–1吸収が低Feイエローサファイアの熱処理の有力な指標と見られますが、3161 cm–1吸収は900 ℃以下での加熱では処理の前後で変化しないため、低温下の熱処理の指標には使用できません。ピンクサファイアについて、3309シリーズが重要な指標と考えられます。玄武岩ブルーサファイアの赤外線スペクトルがより複雑なので、さらなる研究が必要となります。

 

銅拡散処理された赤長石の蛍光特性と同定

中国地質大学(武漢)の研究者Qingchao Zhou氏が長石の銅拡散処理の新たな鑑別の可能性について発表しました。彼らは無色のオレゴン産の長石をCuOとともに高温下で加熱して銅拡散処理長石のサンプルを得て、これらの銅拡散処理長石と、アメリカオレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーン、チベット産といわれている赤色長石とを蛍光分光スペクトルで比較しました。その実験結果により、310nmのLEDを励起源として測定すると、オレゴン州とエチオピア産の未処理のサンストーンと異なり、銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は、394 nmと555 nm付近で典型的な強い蛍光発光が確認できました。この違いは発光色としても目視で確認することができます。すなわち銅拡散処理長石とチベット産といわれている長石は310nmのLEDを照射すると強い紫青色蛍光を発します。以上のことにより、蛍光スペクトルによって速やかに銅拡散処理長石をオレゴン州とエチオピア産の未処理石と識別できることがわかりました。

 

ナイジェリア産青いガーナイトの色のメカニズムと熱処理

ドイツGGAの研究者Tom Stephan氏が、ナイジェリア産ガーナイト(亜鉛スピネル)が青色を示す原因とその熱処理について発表しました。彼らが使用したサンプルを分析した結果、波長分散型電子マイクロプローブによって純度は91 mol%のZnAl2O4であり、8 mol%のFeAl2O4と0.015~0.025 wt%のCoOを有するものでした。200~2500 nmの紫外–可視–赤外スペクトルにおいて、Fe2+、Co2+、Fe3+の電荷移動による吸収が青色の領域に透過窓をつくっていることを明らかにしました。また、9つのサンプルのうち2個を加熱すると、サンプルが緑色になりました。これは、加熱によってFe3+による影響が強くなったことが原因だと考えられています。加熱したサンプルが可視光領域においてFe3+の吸収が強くなり、Fe3+–O2電荷転移(OMCT)により青い光と紫外線が吸収されることで、透過窓が緑色の領域へ転移しました。

 

ブラジル産銅含有トルマリンのCuを含む薄いシート状インクルージョン

スイスSSEFの研究者Hao. A. O. Wang氏らはブラジル産、グリーンの銅(Cu)含有トルマリンの銅(Cu)を含む薄いシート状インクルージョンについての発表を行いました。この珍しいインクルージョンはC軸方向に平行に配向していました。著者らは、集束イオンビーム (FIB) と走査型電子顕微鏡 (SEM)を組み合わせ、サンプルを切断し、インクルージョンの断面を調査しました。その他、マイクロFTIR、空間分解放射光X線吸収分光法 (XAS) で調査した結果、銅(Cu)が薄いシート状インクルージョン中に金属相としておそらく存在することを示しました。また、この薄いシート状インクルージョンの近くにエルバイト以外のトルマリンが存在する可能性も示しました。発表者らの予備的な観察に基づくとCuが含まれる薄いシート状インクルージョンは金属銅であり、これらのインクルージョンが銅(Cu)含有トルマリンホストからのエピジェネティックな溶出により形成されたという仮説が議論されています。これらはブラジルの銅(Cu)含有トルマリン中の酸化条件に関する重要な情報を提供する可能性があります。

2021国際珠宝首飾学術交流会に参加して

PDFファイルはこちらから2022年2月PDFNo.59

リサーチ室 趙政皓

去る2021年11月19日~11月20日、2021国際珠宝首飾学術交流会(International Gems & Jewelry Academic Conference)がオンラインで開催されました。弊社リサーチ室から筆者をはじめ3名が本会議を視聴しました。以下に概要を報告致します。

国際珠宝首飾学術交流会とは

国際珠宝首飾学術交流会(以下交流会)は、中国国家所属の宝石鑑別機関である国家珠宝玉石質量監督検験中心(National Gemstone Testing Center、以下NGTC)と中国珠宝玉石首飾行会協会(Gems & Jewelry Trade Association of China、以下GAC)が2年に1度主催する学会です。1994年に開催された北京国際宝石学術交流会がその前身であり、今年は15回目の開催となります。弊社リサーチ室からは2017年に北京で行われた交流会に現地参加しています(写真1)。

写真1. 2017年北京で行われた国際珠宝首飾学術交流会会場の様子
写真1.2017年北京で行われた国際珠宝首飾学術交流会会場の様子

NGTCとGACの他、中国地質大学(北京)、中国地質大学(武漢)、北京大学、中山大学、同済大学、タイGIT(Gemological Institute of Thailand)、インドGII(Gemological Institute of India)とスイスGGL(Gübelin Gem Lab)も本会議の開催に協力しました。

発表者は主に中国人ですが、アメリカ、イギリス、フランス、スイスや日本など各国からのゲストスピーカーもいました。また、毎回交流会の前に論文を募集し、論文集を発行しています。募集する論文は、宝石の鑑別技術だけでなく、業界の動向の分析や、職人教育など広い分野のものも含まれています。

本会議

今年の交流会は本来、11月19日の午後に北京でのオフライン交流会と、11月19日~22日の夜のオンライン交流会で開催する予定でしたが、新型コロナ感染症の影響を懸念し、11月19日~20日の午後、完全オンラインで開催されました。
各講演は質疑応答なしで20分ずつ行われ、計18題が発表されました。うち、基礎研究2題、ダイヤモンド4題、エメラルド1題、スピネル1題、ひすい1題、水晶1題、真珠1題、分析技術3題、情報工学応用2題、その他2題でした。発表について、いくつか興味深いものを次に紹介します。

 

A Comparative Study on Geographic Determination of Emerald Between Afghanistan and Pakistan
エメラルドの産地鑑別、アフガニスタンとパキスタンの比較研究

中国地質大学(北京)のXiaoyan Yu(余暁艶)教授はアフガニスタンとパキスタンのエメラルドの特徴について発表しました。2019年頃の中国市場にはまだアフガニスタンやパキスタンのエメラルドはほとんど見られませんでしたが、近年急激に増加し、10%以上の市場占有率があります。アフガニスタンのエメラルドもパキスタンのエメラルドもヒマラヤ造山帯で形成されるものですが、母岩が異なるため、インクルージョンで鑑別できる場合が多いです。例えば、CO2気泡を有する三相インクルージョンはアフガニスタンのエメラルドによく見られますが、パキスタンのエメラルドにはCO2+N2+CH4/CO2+N2/N2+CH4の混合気体を有する二相インクルージョンが多く見られます。特徴のあるインクルージョンが見られない場合、UV–Visスペクトル(アフガニスタンのエメラルドではCr3+吸収ピークがFe2+バンドよりはるかに高いのに対し、パキスタンのエメラルドにおいてはCr3+吸収ピークはFe2+バンドと相当する高さをもっているか、それ以下です)やRamanスペクトル(アフガニスタンのエメラルドは3598 cm–1と3606 cm–1二つのピークを示しますが、パキスタンのエメラルドは3598 cm–1のピークしか示しません)で鑑別できます。また、LA–ICP–MSで微量元素を測定すると、Cs–Rb、Li–Sc、Cs–Sc、Li–Csのプロットを用いることで両者を鑑別できることがわかりました。

 

Study on the Influence of Thermal Process of Rock Crystal on Infrared Spectrum
ロッククリスタルの熱処理の赤外スペクトルへの影響の研究

中国の国家黄金鑽石製品質量検験検測中心(National Gold & Diamond Testing Center、NGDTC)のJianjun Li(李建軍)氏はロッククリスタルの加熱による赤外線スペクトルへの影響について発表しました。長い間、無色水晶の赤外線スペクトルにおける3584 cm–1吸収は合成の特徴で、3594 cm–1吸収は天然の特徴であると思われていますが、彼らは両方のピークを示す水晶を発見しました。3594 cm–1吸収のあるロッククリスタルと3594 cm–1吸収のないロッククリスタルを750~800 ℃に加熱した結果、どちらも3584 cm–1吸収が出現し、加熱によって3584 cm–1吸収が出現することがわかりました。また、二種類のロッククリスタルを350~400℃に加熱すると、3594 cm–1吸収のあるすべてのロッククリスタルと一部の3594 cm–1吸収のないロッククリスタルが3584 cm–1吸収を示しました。結論として、加熱による格子欠陥の変化が3584 cm–1吸収を生じ、欠陥が多いほど3584 cm–1吸収の出現に必要な温度が低くなると考えられました。よって、3584 cm–1吸収のみで水晶が合成か天然かを判断するのは不適切だと考えられます。

 

Phosphorescence in lab–grown diamond
合成ダイヤモンドの燐光

イギリスWarwick大学のM. E. Newton教授は合成ダイヤモンドの燐光について発表しました。多くの研究結果により、無色のHPHT合成ダイヤモンドの青い燐光はドナー–アクセプターペアの再構成によるもので、Bs欠陥がアクセプターであると考えられています。FTIRとEPRにより、ダイヤモンドの{111}面では主にBs0欠陥、{100}面では主にNs0欠陥ができていることが明らかになりました。更に、224 nmのUVで照射すると、Bs0欠陥と{111}面のNs0欠陥が増加し、{100}面のNs0欠陥が減少することがわかりました。また、異なる温度条件下での燐光スペクトルと燐光寿命の変化により、ドナー–アクセプターペアの電荷移動は低温でのトンネル効果から高温での熱励起へ変化したことが明らかになりました。低温では隣接するドナー–アクセプターペアのみが電荷転移ができ、高温になると孤立した欠陥も電荷転移に参加すると考えられています。違う成長面のNs0欠陥のUVによる変化の差を解釈するために、Ns欠陥が電荷でNs0、Ns、Nsの三種類にわかれていると考えました。以上に基づいて、合成ダイヤモンドの燐光の主な発生過程は、Ns0+Bs0→Ns+Bs→Ns+Bs0あるいはNs0+Bs→Ns0+Bs0となりますが、Ns0+e→Ns、2Ns0→Ns+ Ns、Ns→Ns0+eの過程もあると考えられています。

 

Irradiation of Diamond and Its Identification
ダイヤモンドへの照射とその鑑別

アメリカGIAのWuyi Wang(王五一)博士がダイヤモンドの照射処理の基礎的な内容について発表しました。ダイヤモンドの照射処理には基本的に電子線を使用し、処理によって色が変化することが多いです。そのうち、緑色や青色の照射処理ダイヤモンドの鑑別が最も難しいと言われています。照射によって、ダイヤモンドの結晶内に空孔のV0(GR1)、V(ND1)と格子間原子(I)という三種類の欠陥が生じます。GR1と格子間原子によってダイヤモンドの青色が生じさせますが、ND1は紫外領域の吸収にのみ影響するため色に変化を与えません。Ib型のHPHT合成ダイヤモンドは、格子内に孤立した窒素原子が大量に存在するため、GR1をND1に変化させ、Ib型ダイヤモンドは照射処理しても変化しないことが多いことがわかりました。また、照射後の加熱により欠陥が変化し、H3、H4などの欠陥が生成され、多彩な色を生じます。彼らは天然ブルーダイヤモンド、処理ブルーダイヤモンドとGIAで照射処理した無色のダイヤモンドをサンプルにし、その違いを研究しました。結果として、現在GIAではほとんどの照射処理ダイヤモンドを鑑別できるという自信をもっています。

 

Akoya Pearl Industry in Japan
日本におけるアコヤ真珠産業

三重県真珠振興協議会副会長を務める中村雄一氏(写真2)が日本のアコヤ真珠産業の現状について発表しました。2019年夏から、真珠貝、特に稚貝の外套膜収縮を伴う養殖業者の間で「蛇落ち」と呼ばれる死亡が発見されています。主要な産地において50~70%の稚貝が死亡し、アコヤ真珠の生産に大きく影響しています。近年の研究により、原因は不明ですが、感染症が有力視されており、それに加え高い水温と食料不足が死亡に影響を与えている可能性があります。今までは春にアコヤガイの授精を行っていましたが、現在は増産のために秋にも行うようになりました。また、SDGsについて、今までは貝の外殻でボタンを作ったり、可食部を食料にしたりしましたが、現在では新しい方法として、有機質のゴミで肥料を生産することも試しています。
真珠のグレーディングについて、1952~1988年、日本の真珠輸出においてH/L検定が行われ、検査する項目は巻き、形、つや、キズの有無、染み、仕上げの6つがありました。1990年代から、複数の鑑別機関から「花珠」と呼ばれる高品質の真珠のグレーディングレポートが発行されるようになりました。それ以降、他の鑑別機関からも表現の異なるさまざまなグレードが付けられるようになり、一部に混乱が見られます。日本真珠輸出加工協同組合は最高品質の真珠に「特選真珠」のグレーディングレポートを極めて少量で発行しています。また、2019年以降、AGL(宝石鑑別団体協議会)、GIAも各自の真珠グレーディングレポートを発行するようになっています。最大の問題は、数多くの鑑別機関のグレーディングはそれぞれ検査項目が異なり、統一されていないことです。日本真珠振興会や日本ジュエリー協会は教育プログラムを提供しています。教育は時間のかかる作業ですが、ゆっくりと着実に進むのが最善の方法だと思います。

写真2. 発表者の中村雄一氏、真円真珠発明者頌徳碑の前で(本人の許諾を得て掲載しています)
写真2.発表者の中村雄一氏、真円真珠発明者頌徳碑の前で(本人の許諾を得て掲載しています)