愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 入舩徹男
はじめに
ヒスイはNaAlSi2O6を端成分とするヒスイ輝石からなる多結晶鉱物(図1)であり、主に低温高圧型の変成帯に産出する。通常数十μm程度の微小な結晶からなる不透明~半透明な鉱物であるが、鉄を含むエジリン輝石や、クロムを含むコスモクロア輝石などを固溶し、緑色を中心としたさまざまな色を呈する。必ずしも硬度は高くないが、その特異な髭状微細組織(ウィスカー)のため割れにくく、古くから宝石として様々な装飾品などに利用されてきた。以下、本稿では多結晶鉱物のバルク体に対してヒスイ、それを構成する鉱物結晶をヒスイ輝石と称する。
我が国においては約5000年前の縄文時代から、糸魚川周辺などにおいて祭祀や装飾用などとしてヒスイの加工がなされ、海外にも多くもたらされたとされる。糸魚川のみならず、富山県の宮崎・境海岸(いわゆる「ヒスイ海岸」)など、日本各地で産出することが知られている。このように、ヒスイは我が国を代表する宝石鉱物の一つでもあることなどを理由に、日本鉱物科学会において2016年に日本の国石として選定されている1)。
ヒスイの透明度(可視光の透光性)が低いのは、多結晶鉱物であることから長石など他の鉱物が混在していることや、粒界の不純物の存在による光の散乱によるものと考えられる。また、単斜晶系であるヒスイ輝石は光学的な異方性を持つため、純粋な多結晶体であったとしても、粒界による散乱に伴う透光性の低下が避けられない。
ヒスイは宝石である一方で、セラミックスの一種とも考えられる。ケイ酸塩、酸化物、窒化物などの多結晶体からなるセラミックスは、空孔や粒界の不純物の存在等により通常は不透明であるが、熱や電気を伝えにくいことから、食器などの台所用品や絶縁材として利用されている。近年、焼結技術の向上により、常圧あるいは比較的低い圧力のもとで、透光性の高い「透明セラミックス」の合成が可能になり、レンズやレーザー媒体など様々な応用がなされている2)(図2)。
透明セラミックスでは、焼結度をあげて空孔の存在を極力抑えることにより、高い透光性を持つ多結晶体が実現されている。透明セラミックスの多くはガーネット、スピネル、ペリクレースなどの立方晶系の結晶粉末を素材として用いている。立方晶系の結晶は光学的な等方体であり、複屈折を持たないため粒界での光の散乱を避けることができ、よく焼結された空孔のない多結晶体は高い透光性を示す。焼結技術や出発物質となる粉体や半焼結体(グリーンボディー)の改良により、単結晶に匹敵する高い透光性を有する透明セラミックスの合成も可能になっている。
立方晶系以外の結晶に対する、透明セラミックスの合成も試みられている。例えば高い硬度を有するAl2O3コランダムは、結晶構造は三方晶系に属するが、比較的複屈折が小さいため、ある程度の透光性を持つ多結晶体の合成が可能である3)。光学理論に基づき、結晶粒径が可視光の波長(400~800nm程度)より十分に小さいナノ領域(<100 nm)に至ると、光学的非等方体の結晶からなる多結晶体も透光性が高くなると予想されている4)。しかし、報告されているアルミナセラミックスは半透明程度であり、単結晶に近い透光性の焼結体は得られていない。これはナノ粉末を用いた多結晶体の比較的低温での焼結では、空孔を除去することが難しいためである。より高温下での焼結により空孔を除去することは可能であるが、この場合は粒成長が避けられず、通常の低圧下での焼結で透明ナノ多結晶体を得ることは困難であった。
筆者らは超高圧下でのガラスの結晶化により、高品質な高圧型鉱物の多結晶体合成を行ってきた5)。本来は、地球深部の物質の探査のため、弾性波速度を測定する試料を合成することが目的であったが、得られた多結晶体のいくつかはナノ領域の微細結晶の集合体であり、空孔率も極めて低い良質の焼結体であった。これらのナノ多結晶体は高い靭性や硬度、また高い耐熱性など、興味深い特徴を持つことも明らかになっている。とりわけグロシュラーガーネットに対して得られたナノ多結晶体6)は、単結晶に匹敵する透光性も有し、我々は「透明ナノセラミックス」と称している。ガーネットは立方晶系の光学的等方体であり、多くの透明セラミックスが合成されている。しかし、これらの従来の透明セラミックスの粒径は通常数μm以上であり、粒径100 nm以下の透明ナノセラミックスの合成は報告されていなかった。
一方、単斜晶系のヒスイ輝石の透明な多結晶体の合成は、ガーネットに比べて難しいと予想され、実際天然のヒスイの透光性は低い。天然のヒスイを構成する結晶は、通常数十μm~数百μm程度の大きさであるが、これをナノサイズまで減少させれば、透明度の高い「透明ナノヒスイ」が得られる可能性がある。筆者らは、最近超高圧下でのヒスイ輝石組成のガラスの結晶化により、このような透明ナノヒスイの合成に取り組んだ7)。ここでは合成ヒスイの生成条件や、得られた試料の光学的・機械的特性について、この研究成果に基づいて紹介するとともに、同様の手法による「ナノ多結晶宝石」の創成について展望する。
超高圧下でのヒスイの合成
ヒスイ輝石は高圧型鉱物でありNaAlSi3O8曹長石とNaAlSiO4霞石の反応により、約1万気圧以上の圧力下で生成する(NaAlSi3O8 + NaAlSiO4 = 2NaAlSi2O6)。上部マントル~マントル遷移層に対応する高い圧力下で安定な鉱物であるが、22万気圧付近でカルシウムフェライト型のNaAlSiO4と、石英の高圧相であるスティショバイトに分解する(NaAlSi2O6 = NaAlSiO4 + SiO2)。
超高圧下での高圧型鉱物の合成には出発物質が重要であり、通常は常圧で安定な鉱物か、単純酸化物の混合物の粉末を用いることが多い。しかし、これらの粉末は数μm程度以上の大きさであり、出発物質の不均質や未反応部分の残留により、完全な単一相を得ることは難しい。そこでガラス化が容易な出発物質に対しては、高温炉で溶融して急冷することにより均質なガラスを作り、これを出発物質として用いることにより比較的容易に目的の高圧相を合成することができる。
より小さい粒径の多結晶体を得るためには、粒成長の要因となる吸着水の影響を排除することが重要であり、表面積の大きい粉末試料を出発物質として用いることは避けるべきである。本研究においては、ヒスイ輝石組成に調合した酸化物の混合物を高温炉で融解させた後、常温下に取り出して比較的ゆっくりと温度を下げることにより、クラックや気泡の少ないガラスのバルク体を作成した。これを超音波加工装置で円柱状にくりぬいたものを、超高圧合成の出発物質とした。
ヒスイの超高圧合成は、2段加圧方式の多アンビル型装置を用いて、圧力10–20万気圧、温度900–1300℃の条件下で、1時間の加熱(一部の実験は20分間)により行った。図3に本実験に用いた多アンビル型装置と試料部の概念図を示す。試料は金のカプセルに封入され、白金箔ヒーターにより加熱された。発生温度は熱電対の起電力により決定し、発生圧力はZnTe、ZnS、GaAs、GaPなどの半導体に対する、既知の相転移圧力の検出に基づき得られた校正曲線から見積もった。
このようにして得られた試料のうち、10万気圧の圧力下で、900〜1300℃で得られた試料の微小領域X線回折プロファイルを図4に示す。900℃で得られた試料はガラスのままであったが、1000℃以上で得られた試料はいずれも純粋なヒスイ輝石で指数付けできる。また、後者の3つのヒスイ試料のうち、1100℃で得られたプロファイルの回折ピークの半値幅が最も大きく、この温度で得られた試料の粒径が最小であることが示唆される。得られた焼結体試料の多くはクラックの存在が認められたが、一部を除いて透光性を示すものも多かった。
試料の一部に対して、透過型電子顕微鏡(TEM)により微細組織観察を行うとともに粒径を測定した。得られたTEM像と粒径分布の一例を図5に示す。TEM像からわかるように試料は微小なヒスイ輝石結晶の集合体であり、粒状の組織を示す一方で、空孔の存在は認められない。粒径分布からわかるように、ほとんどの結晶は1μm以下であり、その多くが100–600 nm程度の粒径を持つ(平均粒径約390 nm)。この試料の写真も図5に示すが、ある程度の透光性を持つことがわかる。
加熱時間60分の実験で得られた試料の相同定と、粒径測定の結果を図6に示す。ガラスからのヒスイ輝石の結晶化は1000℃付近で確認されたが、圧力の増加に伴い結晶化温度はやや上昇する傾向が認められる。図6に挿入された数値は、TEM観察に基づく平均粒径であるが、いずれの試料も400 nm程度以下であり、圧力の上昇とともに減少する傾向が認められる。
一方、同じ圧力では、ガラスが結晶化する温度直上で比較的大きな粒径となり、より高温の1100℃付近で最小化するが、これ以上の温度ではまた粒径が大きくなる傾向がある。同様の粒径の合成温度依存性は、グロシュラーガーネット多結晶体の合成においても認められた6)。結晶化温度直上での比較的大きな粒径は、少数の結晶核が成長した結晶成長により、一方高温領域での粒径の増大は、粒界移動を伴う粒成長によるものと理解される。図6に示されるように、加熱時間60分で得られたヒスイの粒径の最小値は250 nm程度であり、本実験の圧力温度領域では粒径100 nm以下のナノ多結晶体は得られなかった。加熱時間を20分と短くして粒成長を抑制した実験も行ったが、現在までのところやはり厳密な意味でのナノ領域の粒径を持つヒスイは得られていない。
超高圧合成ヒスイの特性
TEM観察により粒径測定が行われた4つの合成ヒスイのうち、クラックの少ない3つの試料を厚さ1mmに鏡面研磨し、光の透過率を波長の関数として測定した。図7は可視光の典型的な波長に対する、3つの試料の透過率と粒径、及び試料の写真を示したものである。それぞれの試料の粒径は必ずしも均一ではないが、その平均値が小さくなるほど透過率は増加する傾向が認められる。最も透過率が高い試料は、20万気圧・1300℃(合成時間20分)で合成された平均粒径が最小(240 nm)の試料であり、約70%の透過率を示した。
セラミックスの透過率(Real In-lline Transmittance, RIT)は、Rsを試料表面での光の反射、γを粒界における光の散乱係数、tを試料の厚みとすると、RIT = (1–Rs)e–γtで表される。セラミックスが直径d の均一な球状結晶からなり、空孔がない場合には散乱係数はγ = 3π2dΔn2/λ2で表される4)。ここでλは光の波長、Δnは平均的な複屈折(屈折率の最大値と最小値の差に2/3を乗じた値)である。図7に合成ヒスイに対してこの式を用いて見積もった、透過率の粒径依存性を示す。ヒスイのRsは不明であるが、同組成のガラスと同程度(Rs = ~0.1)とすると、ほぼ今回の多結晶体の透過率を説明可能である。図7に示されるように、ヒスイ輝石の粒径をより小さくし、ナノ領域にすることができれば、更に透明なヒスイが得られると予想される。
一方、粒径測定が行われた4つの合成ヒスイに対して、ビッカース硬度計(Hv)により硬さを測定した。試料数が少なく、また粒径の不均一性もやや大きいので、硬度の粒径依存性は明確には認められなかったが、最小粒径(約240 nm)の試料に対するHv値(14.2 GPa)は、最大粒径(約390 nm)の試料のHv値(13.3 GPa)に比べて有意に高く、より小さいナノ領域の粒径を持つヒスイの硬度はより高くなる可能性が強い。
金属多結晶体においては、結晶の大きさがナノ領域になり、結晶に対する境界の割合が増加すると、結晶内部の転位の移動が阻止されやすくなり、硬度が増すことが知られている(Hall–Petch効果)。金属の場合10 nm程度の粒径で硬度が最大になり、これ以下の粒径では粒界でのすべりが卓越することにより、逆に硬度が低下するとされる(逆Hall–Petch効果)8)。
セラミックスに対するHall–Petch効果は、高品質なナノ多結晶が得られていないため、十分な知見が得られていない。Hall–Petch効果による硬度の粒径依存性はH = H0+kd–1/2で示されるが(H0, 単結晶の硬度; d, 粒径; k, 定数)、これまでに報告されているナノ多結晶体に対しては、MgAl2O4スピネルはこの関係が成り立つが、MgOペリクレースではナノ領域で硬度が低下すると、逆の結果が報告されている(図8)。最近我々は、粒径約30nm程度までのナノ領域に至る多結晶Ca3Al2Si3O12ガーネットの硬度を測定したが、図8に示すようにこの領域におけるHall–Petch効果が認められた5),6)。今回のヒスイに対する結果も図8に示す。得られた粒径の範囲が限られているため、明確な結果は得られていないが、今回得られた粒径200–400 nm領域の試料に対しては、粒径の減少とともにやはり硬度が増加していることがわかる。
ナノ多結晶宝石の創成
ヒスイに関しては、今後温度・圧力条件や昇温速度・合成時間の最適化により、ナノ領域の粒径を持つ多結晶体の合成が期待され、それに伴い透光性や硬度も大きくなるものと考えられる。ヒスイは、それを構成するヒスイ輝石の特異な髭状微細組織の特徴から高い靭性を示すが、今回得られた試料は粒状に近く、特に高い靭性を示す結果は得られていない。しかし、今後天然ヒスイの微細組織を再現することにより、硬くて割れにくい透明ヒスイの合成も見込まれる。
ヒスイは約1万気圧以上の圧力で安定な高圧型鉱物であるが、ヒスイに限らず地球深部には様々な高圧型鉱物が存在する。我々はこれまでダイヤモンドやガーネットのナノ多結晶化に成功し、特にナノ多結晶ダイヤモンド9),10)(通称ヒメダイヤ)は製品化もされ、様々な分野で活用されている。本研究により立方晶系以外の複屈折を有する鉱物でも、粒径をナノ領域に近づけることにより大きく透光性が向上することが示された。今後は、これら以外の地球深部の鉱物を含め、様々な透明ナノセラミックスの合成が期待される。透明ナノセラミックスは高い透光性とともに、高い硬度を持つと考えられ、従来の常圧・低圧下での合成による透明セラミックスを凌ぐ新たな材料をもたらす可能性もある。
我々はヒメダイヤの開発に成功した直後の2009年に、世界最大の超高圧領域での合成装置「BOTCHAN」を建造し(図9)、直径・長さともに1cm程度のヒメダイヤの合成を可能にした。BOTCHANが設置されている実験室は「Soseki Lab」と命名されているが、Sosekiは小説「坊ちゃん」の作者夏目漱石の漱石ではなく、「創石」である。石には岩石という意味の他に、宝石という意味や、時計・電子回路などの重要部品の材料という意味がある。Soseki Labには、超高圧を利用した地球深部の岩石・鉱物の合成とともに、新たな宝石や材料を創りだす実験室という意味が込められている。ちなみにBOTCHANの隣には、地球のより深部の条件を実現するための超高圧装置「MADONNA」も設置されている。
我々が報告したダイヤモンドやガーネットなどの透明ナノセラミックスは、単結晶に匹敵する高い可視光の透過率を示しており、宝石にも匹敵するとも言える11)。本研究の超高圧合成ヒスイもナノ領域の結晶粒径に至れば、単結晶に近い透光性を示すものと予想される。このような新しい透明ナノセラミックスは、「ナノ多結晶宝石」と称することもできよう(図10)。今後もSoseki Labでは様々なナノ多結晶宝石を生み出すとともに、その特性や生成過程についても明らかにしていきたいと考えている。
参考文献
1) Tsuchiyama, A. (2017) Jadeite: The national stone of Japan, Elements, 13, 51.
2) Ikesue, A. and Yan, L. A. (2008) Ceramic laser materials, Nature Photonics, 5, 258-277.
3) Roussel, N., Lallemant, L., Chane–Ching, J., Guillemet–Fristch et al. (2013) Highly dense, transparent α–Al2O3 ceramics from ultrafine nanoparticles via a standard SPS sintering, Journal of American Ceramic Society, 96, 1039–1042.
4) Apetz, R. and Van Bruggen, M. P. (2003) Transparent alumina: a light‐scattering model, Journal of the American Ceramic Society, 86, 480-486.
5) 入舩徹男 (2018) 透明ナノセラミックスの超高圧合成, 高圧力の科学と技術, 28, 162–169.
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9) Irifune, T., Kurio, A., Sakamoto, S., Inoue, T. and Sumiya, H. (2003) Ultrahard polycrystalline diamond from graphite, Nature, 421, 599-600.
10) 入舩徹男 (2021) 超高圧合成法によるナノ多結晶ダイヤモンドの合成と応用, 岩石鉱物科学, 50, 43–52.
11) Skalwold, E. A. (2012) Nano–polycrystalline diamond sphere: A gemologist’s perspective, Gems & Gemology, 48, 128–131.
12) Wollmershauser, J. A., Feigelson, B. N., Gorzkowski, E. P., Ellis, C. T. et al. (2014) An extended hardness limit in bulk nanoceramics, Acta Materialia, 69, 9–16.
【著者紹介】
入舩 徹男
1954年 生まれ
1978年 京都大学理学部地球物理学科卒業
1980年 名古屋大学理学研究科博士前期課程修了
1984年 北海道大学理学研究科博士後期課程修了
1984年 日本学術振興会奨励研究員
1984年 オーストラリア国立大学研究員
1987年 北海道大学理学部助手
1989年 愛媛大学理学部助教授
1995年 愛媛大学理学部教授
2001年 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター教授・センター長 現在に至る
■研究内容:地球深部科学、超高圧鉱物物性・材料科学