ルビーの原産地鑑別:産地情報と鑑別に役立つ内部特徴について

PDFファイルはこちらから2020年10月PDFNo.57

リサーチ室 北脇 裕士

 はじめに  ルビーは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもルビーとサファイアを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3を占めると言われています。CGLでもコランダム宝石は毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。ミャンマー産の非加熱ルビーは世界的なオークションにおいても常に高額で落札されるなど、ルビーには古来高級宝石のイメージがあります(写真–1)。いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なルビーのジュエリーやアクセサリーも販売されています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱や含浸などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なルビーだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでもが宝石として利用できるようになりました。2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。また、過去には米国によるミャンマー産ルビーとヒスイの輸入禁止という、宝石にはそぐわない政治的影響をこうむったという現実もあります。  このようにルビーの原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではルビーの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。 ルビーとは  ルビーは微量のクロム(Cr)を含有しています。この元素はコランダム(化学式:Al2O3)の主元素であるアルミニウム(Al)とは地球化学的に相反する性質を有しています。というのは、アルミニウムは地球の表層部あるいは大陸地殻と呼ばれる陸地を形成する地域に多く存在するのですが、クロムは地球のやや深部あるいは海洋地殻と呼ばれる海底を形成する地域に分布する傾向にあります。簡単に言うと一緒に存在し難い元素が偶然出会ってルビーの結晶ができているのです。さらに言えば、クロムは存在度の極低い(地球上に少ない)元素で、しかも宝石のきれいな色の原因になりますから、ルビーは美しく希少性の高い宝石になるわけです。  ルビーの地質学的な起源は、1)アルカリ玄武岩関連、2)広域変成岩(苦鉄質岩~超苦鉄質岩)、3)大理石(結晶質石灰岩)に大別できます。アルカリ玄武岩を母岩とする産地はタイ、カンボジアなどで鉄(Fe)などの不純物元素を多く含むことからやや暗味のある色調となります。大理石を母岩とするミャンマー、アフガニスタンやベトナム産のものは不純物元素も少なく、鮮やかな色調のものが多く見られます。広域変成岩に分類される苦鉄質~超苦鉄質岩を母岩とする産地はケニア、タンザニア、マダガスカルおよびモザンビークなどで、概して前二者の中間的な鉄の含有量で蛍光性がやや弱めとなります。 このようにルビーはそれぞれの産地によって若干の色合いの違いが見られます。しかし、ほとんどのルビーは市場で好まれる色にするために加熱が施されており、見た目だけで産地を言い当てるのは困難です。特に似たような地質環境で成長したルビーはなおさらです。ただ、なんとなくその産地らしい色合いというものがあり、並べてみると判ることがあります(写真–2)。 ルビーの原産地  宝石質ルビーの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらのルビーの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、ルビーがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–1)。  最も古い時代のルビーはグリーンランドに見られます。ここでは生命が誕生する以前の29.7~26億年前の始生代と呼ばれる地質時代の変成岩類から採掘されています。グリーンランドのルビー形成は非常に古いのですが、発見されたのは新しく1960年代に入ってからです。商業的に生産されるようになったのは2015年の夏頃からといわれており、今後に期待される産地といえます。  2番目のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生していました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はルビーをはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。ケニア、タンザニア、モザンビーク等のアフリカ諸国やマダガスカル、インドおよびスリランカのルビーはこの時代に形成しています。  3番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動です。この時代に形成した大理石を起源とするルビーが、ミャンマーをはじめアフガニスタン、タジキスタンおよびベトナム等に見られます。  4番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したルビーを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。ダイヤモンドを運搬したキンバーライトと同様です。このようなアルカリ玄武岩起源のルビーにはタイ産やカンボジア産等があります。 原産地鑑別の限界  宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自の意見として理解されています。このopinion(意見)という考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–3)。  原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければならなりません。  検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばミャンマー産、ベトナム産、アフガニスタンおよびタジキスタン産の大理石起源のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。 【ミャンマー】  ミャンマーには高品質のルビーを産出する世界的にもっとも重要なMogok(モゴック)鉱山があります。歴史的なロイヤル・ジュエリーにセットされているルビーのほとんどはこのモゴックで採掘されたものです。また、世界的に著名なオークションにおいて1ctあたり$50,000以上の価格が付けられた150個以上のルビーのうちモゴック産でなかったものは12個に過ぎなかったという報告もあります。その他にもMong Hsu(モンスー)、Nanyaseik(ナムヤ―)などの著名なルビー鉱山があります(図–2)。これらはすべて白色のドロマイトもしくはカルサイトの結晶粒から成る大理石(結晶質石灰岩)を母岩としています(写真–4)。大理石はタイ産などの玄武岩起源とは異なり、色調に暗みを与える不純物が少ないため、ミャンマー産のルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と呼ばれるような鳩血色の濃くて鮮やかな色調になります。  モゴック鉱山では6世紀の頃からルビーが採掘されてきたと言われています。ビルマの史録に、1597年にモゴックの鉱床がシャン族からビルマ国王の手に渡ったとされています。19世紀に入って英国がこの地を支配すると、宝石の採掘と売買に関しても監視するようになりました。1887年に英国主導のビルマ・ルビー・マインズ社(BRM)が設立され、機械化された採掘が行われました。BRMが採掘していた跡地は大雨などで排水溝が破壊されてその後大きな湖となり、今も往時の繁栄を垣間見ることができます(写真–5)。1930年代に英国人が撤退すると、現地人の手による採掘が再開されました。採掘方法は彼らに馴染の深い昔ながらの手法に戻り、経験に基づく作業が行われていました。1963年にはビルマ政府によって事業は完全に国営化され、外国人による採掘や販売はすべて禁止され、実質上鉱山への立ち入りが不可能になりました。1990年代になると、これらの規制は緩やかになり、政府と個人企業に因る合弁事業が許可されるようになり、昔ながらの手法に加え(写真–6)、近代的な採掘が行われるようになりました(写真–7)。さらに最近の数年間のうちにミャンマーの宝石取引は革新的な変化を遂げました。宝石の個人売買と合法的な輸出入が可能となり、多くの外国人によって活発な商取引がなされるようになっています(写真–8)。  ミャンマー東部、タイとの国境を持つシャン州にモンスー鉱山があります。1990年代の前半にこの地のルビーに対する加熱技術が向上し、市場性が一気に高まりました。この新しい技術はこれまでとは異なり、硼砂などのフラックスを添加して高温で加熱するものでした。これによって暗い小豆色をしていた結晶原石が鮮やかな赤色に変化し、良質の宝石品質ルビーが大量に供給されることになりました。このため、安価に天然のルビーが市場に供される結果となり、比較的製造にコストのかかるフラックス合成ルビーのメーカーが宝石市場から撤退したという話が伝えられているほどです。  モンスー産のルビーは正規には政府が管理したエンポリアム(入札会)を経て海外に輸出されます。しかし、一部のものはタイとの国境付近にあるMae Sai(メイサイ)を経由してバンコクやチャンタブリに密輸されていたようです。  ナムヤー(あるいはナヤン)はミャンマー北部のカチン州にある北部最大の町で、ヒスイの鉱山として有名なパカンの近傍にルビー鉱山があります。現地ではかなり以前からルビーの存在が知られていましたが、正式な鉱山として鉱山省に認められたのは2000年代に入ってからです。ナムヤーはルビーと共にレッド・スピネルの産出地として宝石ディーラーの間では良く知られています。ルビーもレッド・スピネルもモゴック産のものよりも明度の高い赤色~ピンク色を呈しています。ナムヤー鉱山は歴史が浅く、採掘方法も単純で採掘量も世界の需要を満たせるレベルには達していません。日本国内でも見かける頻度はまだまだ低く、これからが期待される産地です。そして、現時点ではナムヤー鉱山産のルビーのほとんどは加熱されていないようです。 ◆ミャンマー産ルビーの特徴  ミャンマー産ルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と表現される美しい色調を示します。もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、冒頭で紹介したように世界的な人気を博しています。歴史的にも評価されているミャンマー・ルビーはすべてモゴック産のものです。他の鉱山のものは比較的新しく、ルビーの知名度としてはモゴック鉱山産には及びません。 モゴック鉱山産のルビーは細く短いシルク・インクルージョンが特徴です(写真–9)。これらは密集してクラウド状になることもあります。丸みを帯びたカルサイトやアパタイトの透明結晶を内包することが多く、木の切り株を思わせることからスタッビィ結晶インクルージョンと称されます(写真–10)。時にスフェーンやネフェリンの無色透明結晶も含まれています。また、ガム・シロップを溶かし込んだ時のようなモヤモヤとした成長構造を示すことがあり、糖蜜状組織と呼ばれています(写真–11)。 モンスー鉱山産のルビー原石は、そのほとんどがバンコクやチャンタブリで加熱されています。原石は全体的に小豆色をしており、結晶の中心部に濃い青色の成長分域を持つのが特徴で、通常は加熱によってこれを除去して鮮やかな赤色にしています。したがって、ファセット・カットされた非加熱のモンスー鉱山産ルビーには、たいていこの青色色帯が認められます(写真–12)。しかし、加熱温度が低い場合は処理後も青色色帯が残存することがあるため、注意が必要です。また、毛羽立ったような立体的に配列する微小インクルージョン(写真–13)やコメット(彗星の尾)状インクルージョン(写真–14)もこの地のルビーの特徴のひとつです。 【タイ/カンボジア】  タイおよびカンボジアは昔からミャンマーに次ぐルビー、サファイアの重要な産地です。 1850年の鉱床発見以来、19世紀後半から世界のルビーやサファイアの宝石需要を支え続け、1980年代には最盛期を迎えます。しかし、1990年代以降、ミャンマーのモンスー鉱山から大量のルビーが産出したため、商業的に太刀打ちできなくなり、タイ産ルビーの輸出量は激減しました。現在タイは、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にバンコクやチャンタブリでは常にコランダムの新しい加熱技術が発達し、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。  タイのチャンタブリから南東へおよそ50~70kmにBo Rai(ボーライ)と Nong Bon(ノンボン)のルビー鉱区があります。この地区一帯には玄武岩が広く分布しており、タイでは最大規模のルビー鉱山です。そして道路事情もよく利便性の高い地域として知られています。この2地区はブルドーザーなどの重機が利用されるなど機械化が進んでいます。タイ産のルビーは他国の産地と同様にサファイアよりは小粒です。しかし、10ct以上の良質の結晶も採掘されており、1985年には150ctのこの地区で最大の結晶が見つかっています。近年では産出量が激減しているようです。  タイとの国境に程近いカンボジアのパイリン地区にルビーの鉱区が広がります。この地区も玄武岩を母岩としています。この玄武岩溶岩は4つの丘陵を形成しており、それぞれに鉱区が分かれています。今でも機械を使って採掘している鉱区もありますが(写真–15)、多くは農民などが農閑期に河床で小規模に採掘しています(写真–16)。カンボジアで産出するルビーもたいていはタイ産としてチャンタブリやバンコクで加熱され、市場に出て行きます(写真–17)。 ◆タイ/カンボジア産ルビーの特徴  タイ産およびカンボジア産のルビーは一連の第四紀アルカリ玄武岩を母岩としており、特徴が酷似しています。ここではタイ/カンボジア産ルビーとして一緒に扱います。この地のルビーは鉄分を多く含有するために、ミャンマー産ルビーと比較するとやや暗みを感じます。たいていはこの暗味を除去して明るくするために酸化雰囲気で加熱されます。しかし、透明度が高く、しばしばルーペクリーン(ルーペで内包物が見られない)のものに出くわします。結晶原石の形態に関連すると思われますが、カットされた石の厚みが薄くペタンとした形状のものが多いような気がします。また、紫外線蛍光が比較的弱いのもタイ/カンボジア産ルビーの特徴です。  タイ/カンボジア産のルビーにはミャンマー産のようなシルク・インクルージョンは見られません。このことはすでに1940年の宝石学の文献にスイスのグベリン博士によって記載されています。タイ/カンボジア産ルビーには、しばしば結晶とその周りを取り巻く液体インクルージョンが見られます(写真–18)。また、他の産地と比較して双晶面が多く、それらが交差した場所にはチューブ状のインクルージョンが発生し、産地特徴の一つとなっています(写真–19)。タイ/カンボジア産ルビーの特徴に平面状に分布した液膜インクルージョンがあります。これらは球状のネガティブ・クリスタルを取り囲んだ幾何学的な形態の液膜(写真–20)と中心部にネガティブ・クリスタルをもたない六角板状の液膜(写真–21)があります。いずれも方向性があり、暗視野照明では見えにくいのですが、強いファイバー光などが適切に当たると一斉に視界に浮かび上がります。 【スリランカ】  スリランカは紀元前の頃からさまざまな宝石を産出した記録があります。その種類、量および品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。ルビーの母岩は古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはすべて二次的に再堆積した漂砂鉱床からです(写真–22)。スリランカ産のルビーは、ミャンマー産の“ピジョン・ブラッド”に比べると明度が高く、ピンク気味のものが多いようです(写真–23)。ルビーの加熱処理が最初に行われたのはスリランカで、2000年前にさかのぼるといわれています。ルビーに含まれる青味を除去するために 伝統的に吹管(brow pipe)が用いられていました(写真–24)。 ◆スリランカ産ルビーの特徴  スリランカ産ルビーの内部特徴としては、第1に シルク・インクルージョンが挙げられます。ミャン マー産のルビーに見られる微細な針のクラウド状 の集合に対して、細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様(フィンガー・プリント)を呈します。また、小さな虫が飛んでいるような結晶インクルージョンも頻度高く見られます(写真–25)。これらはジルコンの結晶で、周囲に見られるテンション・クラックが後光(ヘイロー)のように見えることからジルコン・ヘイローと呼ばれています。 【ベトナム】  ベトナムでは1987年にハノイから北東へ150kmのLuc Yen(ルクエン)でルビーの鉱床が発見されました。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chaw(クイチョウ)でも上質のルビーが発見され、日本のテレビでも放映されるなど話題となりました。しかし、発見当初は本当にベトナムからルビーが産出するのかと世界の宝飾業界は懐疑的な目を向けていました。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石ロット中に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによります。当時ベトナムへ買い付けに行った業者が日本国内に持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がそれを物語っています。1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されました。先に発見されていた場所は断層沿いを流れるChay川の東側でしたが、新鉱山は西側の地区でした。旧鉱山では大理石を含む変成岩からルビーやピンク・サファイアなどを産出しましたが(写真–26)、新鉱山では片麻岩および片岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出しました。日本の宝石市場ではベトナム産スター・ルビーとして、この新鉱山のパープル系のやや半透明のものが良く知られています(写真–27)。 ◆ベトナム産ルビーの特徴  ベトナム産ルビーは、大理石起源のためミャンマー産と外観も内部特徴も良く似ています(写真–28)。平面上にそれぞれが120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンが見られますが、頻度は低めです。ミャンマー産と同様の丸みを帯びた透明結晶(写真–29)や糖蜜状の組織も観察されます(写真–30)。黎明期の宝石学の教科書には糖蜜状組織はミャンマー産の診断特徴とされていますが、ベトナム産にも見られるので注意が必要です。ベトナム産にはクラウド状に密集した微小インクルージョンが頻度高く観察されます。また、不規則な形態の青色色帯も頻繁に見られます(写真–31)。ベトナム産にはブラインド状双晶面や絣(かすり)様の微小インクルージョンが見られることがあります(写真–32)。 【カシミール】  カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンムー・カシミール藩王国があった地域で、標高8000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。カシミールはブルー・サファイアが世界的に有名ですが、ルビーの鉱山もあります(図–3)。  1979年、カシミールのAZAD地域Nangimali(ナンギマリ)山峰(海抜およそ4350m)で、大理石の巨礫から小粒のルビー原石が発見されましたが、山岳地のために生産性が悪く、継続的な採掘は行われませんでした。その後、AZAD KASHMIR MINERAL &INDUSTRIAL DEVELOPMENT CORPORATION (AKMDC)による調査が継続され、2000年代以降、品質のよい大粒結晶が採掘され、年1〜2回の国内向けのオークションが行われるようになっています。  2006年頃にAZAD地区北西部のBatakundi(バタクンディ)から赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています(写真–33)。これらのうち赤味の強いものは商業的にインダス・カシミール・ルビーとも呼ばれています。 ◆カシミール産ルビーの特徴  ナンギマリ産のルビーの特徴のひとつはブラインド状双晶面です。これらは、1方向だけのものもありますが、2方向がほぼ90°に交差したものも見られます(写真–34)。双晶面は他の産地のルビーにも珍しいものではありませんが、過去に比較的流通量の多かったミャンマーのモンスー産にはほとんど見られないため、両者の識別の手がかりにはなると思われます。ナンギマリ産ルビーの固体インクルージョンとしては自形のルチル、白色半透明のカルサイト等が見られます。液体インクルージョンは普遍的な内包物です。時にタイ産ルビーに見られる平面的に分布する幾何学的な液膜インクルージョンが見られます。  バタクンディ産のルビーは紫色の色帯が特徴的です(写真–35)。しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます(写真–36)。 【マダガスカル】  マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません。ルビーおよびサファイアの鉱山もこの20年で数多く知られるようになりました(図–4)。  マダガスカルでは2000年の9月、島の中央部の東海岸に位置するVatomandry(バトゥマンドリ)から良質のルビーが産出され注目を浴びました。しかし、サイズが小さく採掘も1年ほどでほとんど終わってしまいました。  2000年の11月にはバトゥマンドリから西北におよそ300kmの場所にあるAndilamena(アンディラムナ)に重要なルビー鉱床の発見がありました。2001年には良質のものが見つかり、2004年にはさらに重要な発見がなされています。  2012年の春にはバトゥマンドリとアンディラムナの中間付近に位置するDidy(ディディ)からも良質のルビーが発見されました。2015年以降もアンディラムナの近郊で新たな鉱山が発見されるなど、マダガスカルは常に注目をされる産地となっています。かつてはミャンマー産ルビーのロットに混ぜられてミャンマー産として販売されていることもありましたが、近年、マダガスカル産のルビーは、宝石マーケットにおいて一定の認知を得た感があります。 ◆マダガスカル産ルビーの特徴  マダガスカル産のルビーは、どの鉱区も広域変成岩起源で短いシルク・インクルージョン(写真–37)が見られます。ミャンマー産の密集したクラウド状シルクと細長いスリランカ産シルクの中間の特徴を持っています。たいていの場合、ざらめ状のジルコン結晶のクラスターが見られ(写真–38)、マダガスカル産のランド・マークになります。しばしば双晶面も見られます。 【ケニア】  汎アフリカ造山運動の中心地でもあったケニア~タンザニアにかけての地域には著名なルビーの鉱山が数多くあります(図–5)。  ケニアでもっとも著名なルビー鉱山は、タンザニアとの国境に近いMangari(マンガリ)地区にあります。1973年にアメリカの鉱物学者のJohn Saul氏が発見し、世界的にはJohn Saul(ジョンソール)鉱山として知られています。機械化された採掘が行われていますが、ほとんどはカボション・カットにされるクオリティです。超塩基性岩に伴って産出しますが、例外的に鉄分の含有量が少なく、赤色蛍光も強いためミャンマー産ルビーと間違えられるような高品質のものもあります。  2005年にナイロビの北部に位置するBaringo(バリンゴ)から玄武岩起源のルビーが発見されています。  また、隣国ウガンダに近い北西部のPokot(ポコット)からは大理石起源のルビーが発見されています。このようにケニアでは1カ国からさまざまな地質起源のルビーの産出があり、鉱山ごとの特徴を捉えておく必要があります。 ◆ケニア産ルビーの特徴  マンガリ地区のルビーはほとんどがカボション・カットにされていますが、透明度の高いものはファセット・カットされています(写真–39)。ブラインド状双晶面が良く発達しており、交差した針状インクルージョンが見られます。液体インクルージョンは、フラックス合成ルビーのフェザーのようなものがあり、強烈な赤色蛍光と合わせて合成ルビーと見まがう程です。 【タンザニア】  タンザニアは20世紀以降、アフリカ大陸におけるさまざまな宝石の新たな産地として注目を集めています。良質のルビーが複数の鉱山から産出しています(図–6)。  Longido(ロンギド)は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。産出は散発的でしたが、1980年代後半からシステマティックに採掘されるようになりました。多くはニア・ジェム品質ですが、母岩である緑色のゾイサイトとのコントラストが美しいため、ルビー・イン・ゾイサイトとして彫刻などに利用されています。  1950年代からUmba(ウンバ)地区ではルビーやサファイアが採掘されています。1989年にタイと現地の企業が合弁し、世界各地への輸出が強化されました。日本国内で宝石学のバイブルとして親しまれている文献やテキストに東アフリカ産として紹介されているのは主にこの地のものです。  Morogoro(モロゴロ)は、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています(写真–40)。    Tunduru(トゥンドゥル)は、1990年代の半ばに農夫によって河床からさまざまな宝石が発見され、その後東アフリカ地域の重要な宝石鉱床へと発展します。ルビー、ピンク・サファイアの他にカラーチェンジ・タイプを含む各色のサファイアを産出しています。  Songea(ソンゲア)は各色のサファイアを産出することで知られています。2001年9月頃から日本市場にオレンジレッド~レディッシュオレンジのルビーと呼ぶには少し馴染みのない色のコランダムが輸入されてきました。これらは後にソンゲア産のコランダムがBe拡散加熱処理されたものとわかりました。  2008年春、バーゼルフェアに出品されたWinza(ウィンザ)産のルビーが注目を集めました。多くのものが非加熱で色調が良く、大粒のものも多かったため高値で取引されていました。日本国内でも同年の4月くらいから見られるようになりました。しかし、数年後にはたちまち掘りつくされ、採掘していた鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。 ◆タンザニア産ルビーの特徴  モロゴロ産のルビーは大理石起源であり、ミャンマー産ルビーと良く似ています。120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンやカルサイトなどの丸みを帯びた透明結晶が見られます(写真–41)。ミャンマー産のロットに混ぜられると視覚的に分別するのは難しくなります。   ウィンザ産のルビーには、湾曲した針インクルージョン(写真–42)、整列したネガティブ・クリスタル、青色色帯などが見られます。特に湾曲した針状インクルージョンは、Winza産ルビーの診断特徴となります。 【モザンビーク】  モザンビークは、さまざまな品質、色味、サイズのルビーを産出しますが、これまでになく高品質のルビーを大量に市場にもたらしたことで、現在最も注目されている産地です。モザンビークベルトと呼ばれる造山帯に位置し、角閃岩と呼ばれる変成岩中にルビーを産出します。モザンビークで最初にルビーが発見されたのは、Niassa(ニアッサ)州のM’sawise村周辺で、2008年の10月頃でした。 この地では一次鉱床から低品質~中程度の品質のものを多く産出しており、バンコクを経由して2009年の3月頃より日本の市場に輸入されてきました。  2009年の5月頃、北東部のMontepuez(モンテプエズ)において世界最大級となるルビー鉱山が発見されました。当初は違法採掘者による無計画な採掘を主体としていましたが、2011年6月には海外資本による合弁企業MRM(モンテプエズ ルビー マイニング社)が設立され、探査から採掘、選別など近代的な手法が取り入れられて産出量が大幅に増加しました。モンテプエズにはいくつかの鉱区があります。Maninge Nice(マニンゲナイス)と呼ばれる鉱区だけが一次鉱床で、直接母岩(角閃岩)から採掘されていますが、Mugloto(ムグロト)など他の鉱区はすべて二次鉱床から採掘されています。マニンゲナイス鉱区のルビーは鉄分が少なく、色は鮮やかなものが多いといわれています。いっぽうで、クラリティの悪いものが多く、そういったものにはボラックスを用いた加熱や鉛ガラスの含浸処理が行われています。ムグロト地区のものは、やや鉄分が多いために褐色味やオレンジ味があります。これらは明るい色調にするために多くのものは1500℃程度のフラックスを用いない加熱が行われています。  2015年頃、スリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われているということが話題になりました。これはわずかに残る青味を除去するために、スリランカで古くから行われている吹管(brow pipe)を用いた800℃~1000℃程度の加熱です。  モザンビーク産のルビーにはさまざまな品質のものがあり、多くのものが加熱されています。しかし、中には非加熱で美しいものもあり、世界の非加熱ルビーの需要を満たしています(写真–43)。 ◆モザンビーク産ルビーの特徴  モザンビーク産ルビーの内部特徴としては、針状と板状の混在した固体インクルージョンが挙げられます。これらは暗視野照明では見え難いですが、適切にファイバー光を用いるとキラキラと存在感を現します(写真–44)。角閃岩を母岩としていますので、さまざまな形態の角閃石を含みます。灰緑色のもの(写真–45)や透明で細長いものが見られ(写真–46)、これらの存在でミャンマー産との区別が容易となります。モザンビーク産ルビーには針状インクルージョンを伴った双晶面も普通に見られます(写真–47)。また、多くは二次鉱床から産出するためにフラクチャーに酸化鉄による汚染が見られます(写真–48)。 国内で流通するルビーの変遷  日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年 代~70年 代にかけてです。その頃、国内ではルビーの原産地情報が鑑別書に記載されることはほとんどありませんでした。元素分析や分光分析を用いて、検査結果報告書や分析報告書として産地記載を行う鑑別機関が出てきたのは1990年以降です。 1960年代~1980年代くらいまでは、積極的に産地鑑別は行っていなくとも、色、紫外線蛍光、内部特徴などで鑑別技術者にはある程度の出所を推定することができました。ベテランの技術者に聞いた話では、紫外線によるルビーの赤色蛍光が強いとミャンマー(当時はビルマ)、弱いとタイ、ものすごく強いとベルヌイ合成という認識だったとのことです。ルビーの産地自体が少なく、容易に識別ができたようです。実際に鑑別に持込まれていたのはタイ産が一番多く、次いでミャンマー産、スリランカ産だったようです。それ以外には東アフリカのケニア産やタンザニア産がごく少量流通していたようです。1975年の宝石学会誌には、ケニア産のルビーが国内で始めて鑑別に持込まれたことが報告されています。 1980年代末~1990年代の前半にベトナム産のルビーが登場し、話題となりました。当初、「ベトナムからルビーは産出しない」と主張される高名な宝石学者がおられたため、日本の宝飾市場ではこの産地の存在についてやや懐疑的でした。ところが、1991年に日本の業者さんが始めてベトナムのルビー鉱区に出向き、実際に産出を確かめてサンプルを持ち帰り、鑑別機関による研究報告がそれを裏付けました。ちょうどこの頃、ベルヌイ合成ルビーが天然石と同様に加熱され、加熱による液体様のフェザー・インクルージョンを内包したものが大量に出回り、日常の鑑別を煩雑なものとしました。  1990年代の中頃からミャンマーのモンスー産のルビーが大量に輸入されるようになり、2000年代の中頃までのほぼ10年間はマーケットの中心となりました。宝石品質のルビーが大量供給されることは良いのですが、いっぽうで、いくつかの問題もはらんでいました。一つは、充填物の問題です。モンスー産ルビーのほとんどは、フラックスを添加して加熱されたもので、キャビティやフラクチャーへ浸透したガラス物質が固化して残留してしまいます。二つめは低温加熱の問題です。ミャンマー産ルビーの特徴の項目で述べたように、モンスー産のルビーには青色色帯を有するものが多く、高温で加熱するとこれらは除去されます。しかし、低温では残存することもあり、海外のある鑑別機関が行っていた青色色帯の有無による非加熱の鑑別が後日問題となりました。  2000年以降、マダガスカル産のルビーが流通を始めました。当時、モンスー産のルビーが全盛期でしたので、ルビーのロット鑑別では赤色蛍光の強いモンスー産ルビーに混じって蛍光の弱いマダガスカル産が1~2割程度混ざっているという印象でした。2004年頃から出現した鉛ガラスを含浸したルビーは、当初マダガスカル産の品質の低いものを対象としていました。  2008年の春頃より、タンザニアのウィンザ産のルビーを見かけるようになりました。この鉱山のルビーは非加熱で美しいものが多く、主にヨーロッパで人気が高かったようです。残念ながら採掘は短期間で終わったようで、数年で鑑別のルーティンからは姿を消してしまいました。  2009年になると、モザンビーク産のルビーが登場しました。大型資本によって、これまでの産地には例が無いほどの量が産出されており、非加熱で高品質のものから鉛ガラスが含浸された安価なものまで幅広い価格帯のものを継続して供給しています。モザンビークは、2020年の現在でもルビーの原産地として最も重要な役割りを担っていると言えます。◆ (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化 (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化 (http://www.minsocam.org/MSA/Centennial/MSA_Centennial_Symposium.html#S1) MSAが用意した14の話題はいずれもホットなテーマで、1時間があっという間に過ぎてしまった。いずれの話題も我が国でも活発に研究が行われているが、「アパタイトの社会的関連性」「鉱物と産業:ダストの健康影響」のような医学鉱物学(Medical mineralogy)分野の研究は、少なくとも日本の鉱物科学会ではあまり聴くことができないもので、たいへん新鮮な印象を受けた。アメリカでは他分野との連携を積極的に進め、鉱物科学の幅を広げてきたことがうかがえる。おそらく100年後は今では想像がつかないような新分野が切り拓かれているのであろう。 私自身が特に興味を持った「深部起源ダイヤモンドの包有物」と「宝石の科学的評価」のセッションで行われた講演について簡単に紹介したい。ここ数年でマントル遷移層や下部マントルに由来する超深部起源ダイヤモンドの研究がめざましく進展した。特にカルシウムペロブスカイト、氷の高圧相がダイヤモンド中の包有物として見つかったことは特筆に値する。Padua大学のFabrizio Nestola教授はカルシウムペロブスカイトの包有物を初めて天然ダイヤモンドから報告した研究者であるが、Natureに論文が採択されるまでに多くの反論を受けて苦労した裏話を披露した。また、彼らはマントル遷移層に存在するRingwooditeをさらに別のサンプルから複数個発見したようで、現在審査中の論文の内容について熱弁を奮った。Albert大のGraham Pearson教授は天然ダイヤモンドを調べることで、プレートの沈み込みによって水素、炭素、窒素、ホウ素といった軽元素が地球深部にもたらせる可能性について講演を行った。これらの軽元素のふるまいは同位体比の測定が不可欠である。深部起源ダイヤモンドのケイ酸塩包有物の酸素同位体組成に関する最近の研究結果を紹介した。 「宝石の科学的評価」のセッションでは、GIAのWuyi Wang博士が宝石用の人工ダイヤモンドの現状と、それを見分ける最新の技術について講演した。現在、人工ダイヤモンドは高温高圧法と気相成長法(CVD)で合成されている。現在は高温高圧法によって、20カラットを超える大型のtype Ibのダイヤモンド単結晶が合成されている。ロシアのNew Diamond Technology社では10カラットのtype IIa ダイヤモンドが合成されている。一方、中国では1万台以上のプレスが稼働しており、多くのダイヤモンドが生産されている。一方、CVD法では大気圧条件でダイヤモンドを合成できるため、コストを大幅に節約できる。現在は6カラットを超える無色のダイヤモンド結晶が合成されている。人工ダイヤモンドと天然ダイヤモンドを区別する手法の詳細は紹介されなかったが、ダイヤモンドの欠陥構造、不純物濃度などを分光法(赤外吸収、紫外可視吸収, フォトルミネッセンス、ラマンスペクトルなど)で観察する例を紹介した。表面構造やディスロケーション構造の違いから人工ダイヤモンドを見分ける例についても述べられた。同じくGIAのMandy Krebs博士はサファイヤ、ルビー、エメラルドなどの色石の産地鑑定に関する話題を提供した。蛍光X線分析やレーザーアブレーションICP-MSによって測定される宝石に含まれる微量元素濃度の特徴は産地の指紋になりうる。たとえばルビーに含まれる鉄濃度から産地に関する情報がわかるが、Mg, V, Sn濃度を使った研究、酸素同位体やSrやPbといった放射壊変起源の同位体組成同位体組成による産地鑑定に関する研究結果が紹介された。筆者が関わっている地球科学の世界でも、天然起源と報告されているダイヤモンドやコランダムが、実は研磨剤や工具に利用されている人工物の混入ではないかという議論が最近盛んに行われており、他人事ではない思いで二人の報告を聞いた。 初日の夜にスミソニアン自然史博物館で盛大にレセプションが開かれた(写真4)。正面玄関ホールの巨大なアフリカ象の剥製の前にステージが設置され、今回のワークショップのスポンサーでもあるGIA(Gemological Institute of America)のExecutive Vice Presidentを務めるTom Moses氏が冒頭の挨拶を行った。その後は料理や飲み物が博物館の展示ホールに用意され、貴重な鉱物展示をみながら参加者同士で情報交換を楽しむことができた。また、会場ではMSA100周年のロゴが入ったシャンパングラスが参加者に配られ、嬉しいお土産となった(写真5)。 【著者紹介】 鍵 裕之 1965年 生まれ 1988年 東京大学理学部化学科卒業 1991年 東京大学大学院理学系研究科博士課程中退 1991年 筑波大学物質工学系助手 1996年 ニューヨーク州立大学研究員 1998年 東京大学大学院理学系研究科講師 2010年 同 教授 現在に至る。 ■研究内容:地球化学、地球深部物質科学、高圧下での化学反応・物質の構造変化
写真–1:ミャンマー産非加熱ルビー5ct(写真提供:(株)アンジャリジュエルス)

はじめに

ルビーは歴史的にもっとも好まれてきたカラー・ストーンの一つです。現在でもルビーとサファイアを合わせたコランダム宝石は、世界のカラー・ストーンの全売り上げの1/3を占めると言われています。CGLでもコランダム宝石は毎年の年間鑑別総数の30%を超えています。ミャンマー産の非加熱ルビーは世界的なオークションにおいても常に高額で落札されるなど、ルビーには古来高級宝石のイメージがあります(写真–1)。いっぽう、昨今のテレビショッピングやネット通販などでは比較的安価なルビーのジュエリーやアクセサリーも販売されています。これは、この20~30年くらいで新たな鉱山が数多く発見されたことと、色や透明度を向上させる加熱や含浸などの処理技術が大幅に向上したことによります。そのため伝統的な産地の高品質なルビーだけでなく、さまざまな産地の中~低品質のものまでもが宝石として利用できるようになりました。2000年代に入ると、ある映画をきっかけに宝飾ダイヤモンド産業では倫理的社会的責任が強く問われるようになり、キンバリー・プロセス(産地証明制度)が始まりました。その影響は次第にカラー・ストーンにも波及するようになり、宝石の原産地表示や原産地鑑別に関する意識が高まっています。また、過去には米国によるミャンマー産ルビーとヒスイの輸入禁止という、宝石にはそぐわない政治的影響をこうむったという現実もあります。
このようにルビーの原産地はブランドとして宝石の価値に影響するだけでなく、消費者の知的好奇心や欲求を満たす不可欠な情報の一つとなっています。本稿ではルビーの商業的な産地の情報と鑑別に役立つ内部特徴を紹介したいと思います。

 

ルビーとは

ルビーは微量のクロム(Cr)を含有しています。この元素はコランダム(化学式:Al2O3)の主元素であるアルミニウム(Al)とは地球化学的に相反する性質を有しています。というのは、アルミニウムは地球の表層部あるいは大陸地殻と呼ばれる陸地を形成する地域に多く存在するのですが、クロムは地球のやや深部あるいは海洋地殻と呼ばれる海底を形成する地域に分布する傾向にあります。簡単に言うと一緒に存在し難い元素が偶然出会ってルビーの結晶ができているのです。さらに言えば、クロムは存在度の極めて低い(地球上に少ない)元素で、しかも宝石のきれいな色の原因になりますから、ルビーは美しく希少性の高い宝石になるわけです。
ルビーの地質学的な起源は、1)アルカリ玄武岩関連、2)広域変成岩(苦鉄質岩~超苦鉄質岩)、3)大理石(結晶質石灰岩)に大別できます。アルカリ玄武岩を母岩とする産地はタイ、カンボジアなどで鉄(Fe)などの不純物元素を多く含むことからやや暗味のある色調となります。大理石を母岩とするミャンマー、アフガニスタンやベトナム産のものは不純物元素も少なく、鮮やかな色調のものが多く見られます。広域変成岩に分類される苦鉄質~超苦鉄質岩を母岩とする産地はケニア、タンザニア、マダガスカルおよびモザンビークなどで、概して前二者の中間的な鉄の含有量で蛍光性がやや弱めとなります。
このようにルビーはそれぞれの産地によって若干の色合いの違いが見られます。しかし、ほとんどのルビーは市場で好まれる色にするために加熱が施されており、見た目だけで産地を言い当てるのは困難です。特に似たような地質環境で成長したルビーはなおさらです。ただ、なんとなくその産地らしい色合いというものがあり、並べてみると判ることがあります(写真–2)。

写真-2:産地によるルビーの色合い(左からマダガスカル、タンザニア(ウィンザ)、モザンビーク)
写真–2:産地によるルビーの色合い(左からマダガスカル、タンザニア(ウィンザ)、モザンビーク)

 

ルビーの原産地

宝石質ルビーの商業的な原産地は数多く知られており、全世界に広く分布しています。これらのルビーの原産地を全地球史的な地質学的イベントに重ね合わせると、ルビーがいつの時代に形成したのかがわかり易くなります(図–1)。

図–1:世界の主要なルビー産地(地質イベント区分による)1.グリーンランド、2.ケニア、3.タンザニア、4.モザンビーク、5.マダガスカル、6.インド、7.スリランカ、8.アフガニスタン、9.タジキスタン、10.カシミール、11.ミャンマー、12.ベトナム、13.タイ/カンボジア
図–1:世界の主要なルビー産地(地質イベント区分による)1.グリーンランド、2.ケニア、3.タンザニア、4.モザンビーク、5.マダガスカル、6.インド、7.スリランカ、8.アフガニスタン、9.タジキスタン、10.カシミール、11.ミャンマー、12.ベトナム、13.タイ/カンボジア

 

最も古い時代のルビーはグリーンランドに見られます。ここでは生命が誕生する以前の29.7~26億年前の始生代と呼ばれる地質時代の変成岩類から採掘されています。グリーンランドのルビー形成は非常に古いのですが、発見されたのは新しく1960年代に入ってからです。商業的に生産されるようになったのは2015年の夏頃からといわれており、今後に期待される産地といえます。
2番目のグループは7.5億年から4.5億年前の汎アフリカ造山運動に関連しています。原生代末~古生代初めにかけてのこの時代はアフリカ大陸一帯で広範囲の造山運動が発生していました。特に西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸の衝突はルビーをはじめとする多くの宝石鉱物の発生に関連しています。ケニア、タンザニア、モザンビーク等のアフリカ諸国やマダガスカル、インドおよびスリランカのルビーはこの時代に形成しています。
3番目のグループは4500万年~500万年前の新生代ヒマラヤ造山運動に関連しています。インド大陸がユーラシアプレートに衝突してヒマラヤ山脈が形成された造山運動です。この時代に形成した大理石を起源とするルビーが、ミャンマーをはじめアフガニスタン、タジキスタンおよびベトナム等に見られます。
4番目のグループは6500万年~50万年前に噴出した新生代玄武岩類を起源とするものです。特に300万年~50万年前の鮮新世~第四紀に噴出したアルカリ玄武岩マグマは比較的深部(マントル最上部)で発生するため、地殻下部で生成したルビーを途中で捕獲して地表まで運搬する役目を果たしました。ダイヤモンドを運搬したキンバーライトと同様です。このようなアルカリ玄武岩起源のルビーにはタイ産やカンボジア産等があります。

 

原産地鑑別の限界

宝飾業界においては、宝石鑑別書に記載される原産地についての結論は、検査を行うそれぞれの検査機関によって導き出された独自の意見として理解されています。このopinion(意見)という考え方は、CIBJOのオフィシャル・ジェムストーン・ブック(ルールブック)にも明記されています。日本国内においては一般的な宝石鑑別書とは別に検査機関の任意において分析報告書として原産地の記載を行っています(写真–3)。

写真–3:ルビーの産地鑑別レポート(CGL)
写真–3:ルビーの産地鑑別レポート(CGL)

 

原産地鑑別には個々の宝石が産出した地理的地域(産出国)を限定するために、その宝石がどのような地質環境、さらには地球テクトニクスから由来したかを判定する必要があります。そのためには、あらゆる地質学的な産状を含む商業的に意味のある原産地の標本の収集が何よりも重要となります。そして、これらの標本の詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得はもちろんのこと、紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA–ICP–MS等による微量元素の分析によるデータベースの構築が必要となります。そのうえで、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と豊富な鑑別経験をも併せ持つ技術者によって判定が行われなければなりません。
検査機関は検査を依頼された宝石の採掘の瞬間を直接目撃することは実質的に不可能です。そのため原産地鑑別の結論は、その宝石の出所を証明するものではなく、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなります。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばミャンマー産、ベトナム産、アフガニスタンおよびタジキスタン産の大理石起源のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なことがあります。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイムラグが生じる可能性があります。

 

【ミャンマー】

ミャンマーには高品質のルビーを産出する世界的にもっとも重要なMogok(モゴック)鉱山があります。歴史的なロイヤル・ジュエリーにセットされているルビーのほとんどはこのモゴックで採掘されたものです。また、世界的に著名なオークションにおいて1ctあたり$50,000以上の価格が付けられた150個以上のルビーのうちモゴック産でなかったものは12個に過ぎなかったという報告もあります。その他にもMong Hsu(モンスー)、Nanyaseik(ナムヤ―)などの著名なルビー鉱山があります(図–2)。

図-2:ミャンマーのルビー鉱床
図-2:ミャンマーのルビー鉱床

 

これらはすべて白色のドロマイトもしくはカルサイトの結晶粒から成る大理石(結晶質石灰岩)を母岩としています(写真–4)。大理石はタイ産などの玄武岩起源とは異なり、色調に暗みを与える不純物が少ないため、ミャンマー産のルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と呼ばれるような鳩血色の濃くて鮮やかな色調になります。

写真-4:大理石を母岩としたルビー原石(モゴック/ミャンマー)
写真-4:大理石を母岩としたルビー原石(モゴック/ミャンマー)

 

写真-5:モゴック市街を一望(湖は英国統治時代の採掘跡)
写真-5:モゴック市街を一望(湖は英国統治時代の採掘跡)

 

モゴック鉱山では6世紀の頃からルビーが採掘されてきたと言われています。ビルマの史録に、1597年にモゴックの鉱床がシャン族からビルマ国王の手に渡ったとされています。19世紀に入って英国がこの地を支配すると、宝石の採掘と売買に関しても監視するようになりました。1887年に英国主導のビルマ・ルビー・マインズ社(BRM)が設立され、機械化された採掘が行われました。BRMが採掘していた跡地は大雨などで排水溝が破壊されてその後大きな湖となり、今も往時の繁栄を垣間見ることができます(写真–5)。1930年代に英国人が撤退すると、現地人の手による採掘が再開されました。採掘方法は彼らに馴染の深い昔ながらの手法に戻り、経験に基づく作業が行われていました。1963年にはビルマ政府によって事業は完全に国営化され、外国人による採掘や販売はすべて禁止され、実質上鉱山への立ち入りが不可能になりました。1990年代になると、これらの規制は緩やかになり、政府と個人企業に因る合弁事業が許可されるようになり、昔ながらの手法に加え(写真–6)、近代的な採掘が行われるようになりました(写真–7)。さらに最近の数年間のうちにミャンマーの宝石取引は革新的な変化を遂げました。宝石の個人売買と合法的な輸出入が可能となり、多くの外国人によって活発な商取引がなされるようになっています(写真–8)。

写真-6:手作業で選鉱するカナセと呼ばれる現地女性(モゴック/ミャンマー)
写真-6:手作業で選鉱するカナセと呼ばれる現地女性(モゴック/ミャンマー)

 

写真-7:大理石の一次鉱床から重機を使用しての採掘(モゴック/ミャンマー)
写真-7:大理石の一次鉱床から重機を使用しての採掘(モゴック/ミャンマー)

 

写真-8:外国人バイヤーで賑わう宝石マーケット(モゴック/ミャンマー)
写真-8:外国人バイヤーで賑わう宝石マーケット(モゴック/ミャンマー)

 

ミャンマー東部、タイとの国境を持つシャン州にモンスー鉱山があります。1990年代の前半にモンスー産ルビーに対する加熱技術が向上し、市場性が一気に高まりました。この新しい技術はこれまでとは異なり、硼砂などのフラックスを添加して高温で加熱するものでした。これによって暗い小豆色をしていた結晶原石が鮮やかな赤色に変化し、良質の宝石品質ルビーが大量に供給されることになりました。このため、安価に天然のルビーが市場に供される結果となり、比較的製造にコストのかかるフラックス合成ルビーのメーカーが宝石市場から撤退したという話が伝えられているほどです。
モンスー産のルビーは正規には政府が管理したエンポリアム(入札会)を経て海外に輸出されます。しかし、一部のものはタイとの国境付近にあるMae Sai(メイサイ)を経由してバンコクやチャンタブリに密輸されていたようです。
ナムヤー(あるいはナヤン)はミャンマー北部のカチン州にある北部最大の町で、ヒスイの鉱山として有名なパカンの近傍にルビー鉱山があります。現地ではかなり以前からルビーの存在が知られていましたが、正式な鉱山として鉱山省に認められたのは2000年代に入ってからです。ナムヤーはルビーと共にレッド・スピネルの産出地として宝石ディーラーの間では良く知られています。ルビーもレッド・スピネルもモゴック産のものよりも明度の高い赤色~ピンク色を呈しています。ナムヤー鉱山は歴史が浅く、採掘方法も単純で採掘量も世界の需要を満たせるレベルには達していません。日本国内でも見かける頻度はまだまだ低く、これからが期待される産地です。そして、現時点ではナムヤー鉱山産のルビーのほとんどは加熱されていないようです。

 

◆ミャンマー産ルビーの特徴

ミャンマー産ルビーは、しばしば“ピジョン・ブラッド”と表現される美しい色調を示します。もちろん、ミャンマー産であればすべてが高品質であるわけではありませんが、冒頭で紹介したように世界的な人気を博しています。歴史的にも評価されているミャンマー・ルビーはすべてモゴック産のものです。他の鉱山のものは比較的新しく、ルビーの知名度としてはモゴック鉱山産には及びません。
モゴック鉱山産のルビーは細く短いシルク・インクルージョンが特徴です(写真–9)。これらは密集してクラウド状になることもあります。丸みを帯びたカルサイトやアパタイトの透明結晶を内包することが多く、木の切り株を思わせることからスタッビィ結晶インクルージョンと称されます(写真–10)。時にスフェーンやネフェリンの無色透明結晶も含まれています。また、ガム・シロップを溶かし込んだ時のようなモヤモヤとした成長構造を示すことがあり、糖蜜状組織と呼ばれています(写真–11)。
モンスー鉱山産のルビー原石は、そのほとんどがバンコクやチャンタブリで加熱されています。原石は全体的に小豆色をしており、結晶の中心部に濃い青色の成長分域を持つのが特徴で、通常は加熱によってこれを除去して鮮やかな赤色にしています。したがって、ファセット・カットされた非加熱のモンスー鉱山産ルビーには、たいていこの青色色帯が認められます(写真–12)。しかし、加熱温度が低い場合は処理後も青色色帯が残存することがあるため、注意が必要です。また、毛羽立ったような立体的に配列する微小インクルージョン(写真–13)やコメット(彗星)状インクルージョン(写真–14)もこの地のルビーの特徴のひとつです。

写真-9:細く短いシルク・インクルージョン(モゴック/ミャンマー)
写真-9:細く短いシルク・インクルージョン(モゴック/ミャンマー)

 

写真-10:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モゴック/ミャンマー)
写真-10:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モゴック/ミャンマー)

 

写真-11:糖蜜状組織(モゴック/ミャンマー)
写真-11:糖蜜状組織(モゴック/ミャンマー)

 

写真-12:青色色帯(モンスー/ミャンマー)
写真-12:青色色帯(モンスー/ミャンマー)

 

写真-13:微小インクルージョン(モンスー/ミャンマー)
写真-13:微小インクルージョン(モンスー/ミャンマー)

 

写真-14:コメット(彗星)状インクルージョン(モンスー/ミャンマー)
写真-14:コメット(彗星)状インクルージョン(モンスー/ミャンマー)

 

【タイ/カンボジア】

タイおよびカンボジアは昔からミャンマーに次ぐルビー、サファイアの重要な産地です。
1850年の鉱床発見以来、19世紀後半から世界のルビーやサファイアの宝石需要を支え続け、1980年代には最盛期を迎えます。しかし、1990年代以降、ミャンマーのモンスー鉱山から大量のルビーが産出したため、商業的に太刀打ちできなくなり、タイ産ルビーの輸出量は激減しました。現在タイは、宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にバンコクやチャンタブリでは常にコランダムの新しい加熱技術が発達し、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。
タイのチャンタブリから南東へおよそ50~70kmにBo Rai(ボーライ)と Nong Bon(ノンボン)のルビー鉱区があります。この地区一帯には玄武岩が広く分布しており、タイでは最大規模のルビー鉱山です。そして道路事情もよく利便性の高い地域として知られています。この2地区はブルドーザーなどの重機が利用されるなど機械化が進んでいます。タイ産のルビーは他国の産地と同様にサファイアよりは小粒です。しかし、10ct以上の良質の結晶も採掘されており、1985年にはこの地区で最大の150ctの結晶が見つかっています。近年では産出量が激減しているようです。
タイとの国境に程近いカンボジアのパイリン地区にルビーの鉱区が広がります。この地区も玄武岩を母岩としています。この玄武岩溶岩は4つの丘陵を形成しており、それぞれに鉱区が分かれています。今でも機械を使って採掘している鉱区もありますが(写真–15)、多くは農民などが農閑期に河床で小規模に採掘しています(写真–16)。カンボジアで産出するルビーもたいていはタイ産としてチャンタブリやバンコクで加熱され、市場に出て行きます(写真–17)。

 

写真-15:高圧水を使用したルビーの採掘(パイリン/カンボジア)
写真-15:高圧水を使用したルビーの採掘(パイリン/カンボジア)

 

写真-16:河床での地元民による選鉱(パイリン/カンボジア)
写真-16:河床での地元民による選鉱(パイリン/カンボジア)

 

写真-17:パイリン鉱山(カンボジア)産ルビーの原石
写真-17:パイリン鉱山(カンボジア)産ルビーの原石

 

 

◆タイ/カンボジア産ルビーの特徴

タイ産およびカンボジア産のルビーは一連の第四紀アルカリ玄武岩を母岩としており、特徴が酷似しています。ここではタイ/カンボジア産ルビーとして一緒に扱います。この地のルビーは鉄分を多く含有するために、ミャンマー産ルビーと比較するとやや暗みを感じます。たいていはこの暗味を除去して明るくするために酸化雰囲気で加熱されます。しかし、透明度が高く、しばしばルーペクリーン(ルーペで内包物が見られない)のものに出くわします。結晶原石の形態に関連すると思われますが、カットされた石の厚みが薄くペタンとした形状のものが多いような気がします。また、紫外線蛍光が比較的弱いのもタイ/カンボジア産ルビーの特徴です。
タイ/カンボジア産のルビーにはミャンマー産のようなシルク・インクルージョンは見られません。このことはすでに1940年の宝石学の文献にスイスのグベリン博士によって記載されています。タイ/カンボジア産ルビーには、しばしば結晶とその周りを取り巻く液体インクルージョンが見られます(写真–18)。また、他の産地と比較して双晶面が多く、それらが交差した場所にはチューブ状のインクルージョンが発生し、産地特徴の一つとなっています(写真–19)。タイ/カンボジア産ルビーの特徴に平面状に分布した液膜インクルージョンがあります。これらは球状のネガティブ・クリスタルを取り囲んだ幾何学的な形態の液膜(写真–20)と中心部にネガティブ・クリスタルをもたない六角板状の液膜(写真–21)があります。いずれも方向性があり、暗視野照明では見えにくいのですが、強いファイバー光などが適切に当たると一斉に視界に浮かび上がります。

写真-18:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-18:結晶・液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-19:チューブ・インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-19:チューブ・インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-20:幾何学的な形態の液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-20:幾何学的な形態の液膜インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

写真-21:六角板状インクルージョン(タイ/カンボジア)
写真-21:六角板状インクルージョン(タイ/カンボジア)

 

【スリランカ】

スリランカは紀元前の頃からさまざまな宝石を産出した記録があります。その種類、量および品質からも世界に誇れる内容で、まさに宝石の島といえます。地質学的には新しい変動帯の日本とは異なり、最も古い先カンブリア期(6億年~10数億年前)の変成岩帯が広がります。スリランカの国土面積は日本の6分の1くらいですが、宝石産地は国土のおよそ4分の1の広範囲に及びます。ルビーの母岩は古い変成岩と考えられていますが、実際に採掘されているのはすべて二次的に再堆積した漂砂鉱床からです(写真–22)。スリランカ産のルビーは、ミャンマー産の“ピジョン・ブラッド”に比べると明度が高く、ピンク気味のものが多いようです(写真–23)。ルビーの加熱処理が最初に行われたのはスリランカで、2000年前にさかのぼるといわれています。ルビーに含まれる青味を除去するために伝統的に吹管(blow pipe)が用いられていました(写真–24)。

写真-22:宝石採掘小屋(ラトナプラ/スリランカ)
写真-22:宝石採掘小屋(ラトナプラ/スリランカ)

 

写真-23:採掘された宝石の中に含まれるルビー(ラトナプラ/スリランカ)
写真-23:採掘された宝石の中に含まれるルビー(ラトナプラ/スリランカ)

 

写真-24:スリランカの伝統的な加熱法(brow pipe)
写真-24:スリランカの伝統的な加熱法(blow pipe)

 

◆スリランカ産ルビーの特徴

スリランカ産ルビーの内部特徴としては、第1にシルク・インクルージョンが挙げられます。ミャンマー産のルビーに見られる微細な針のクラウド状の集合に対して、細長く平面上にそれぞれが120°で3方向に交差している様子が観察できます。液体インクルージョンはしばしば指紋様(フィンガー・プリント)を呈します。また、小さな虫が飛んでいるような結晶インクルージョンも頻度高く見られます(写真–25)。これらはジルコンの結晶で、周囲に見られるテンション・クラックが後光(ヘイロー)のように見えることからジルコン・ヘイローと呼ばれています。

写真-25:ジルコン・ヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)
写真-25:ジルコン・ヘイロウ・インクルージョン(スリランカ)

 

【ベトナム】

ベトナムでは1987年にハノイから北東へ150kmのLuc Yen(ルクエン)でルビーの鉱床が発見されました。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chaw(クイチョウ)でも上質のルビーが発見され、日本のテレビでも放映されるなど話題となりました。しかし、発見当初は本当にベトナムからルビーが産出するのかと世界の宝飾業界は懐疑的な目を向けていました。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石ロット中に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによります。当時ベトナムへ買い付けに行った業者が日本国内に持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がそれを物語っています。1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されました。先に発見されていた場所は断層沿いを流れるChay川の東側でしたが、新鉱山は西側の地区でした。旧鉱山では大理石からルビーやピンク・サファイアなどを産出しましたが(写真–26)、新鉱山では片麻岩などの変成岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出しました。日本の宝石市場ではベトナム産スター・ルビーとして、この新鉱山のパープル系のやや半透明のものが良く知られています(写真–27)。

写真-26:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーの原石
写真-26:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーの原石

 

写真-27:スター・ルビー(ルクエン/ベトナム)
写真-27:スター・ルビー(ルクエン/ベトナム)

 

◆ベトナム産ルビーの特徴

ベトナム産ルビーは、大理石起源のためミャンマー産と外観も内部特徴も良く似ています(写真–28)。平面上にそれぞれが120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンが見られますが、頻度は低めです。ミャンマー産と同様の丸みを帯びた透明結晶(写真–29)や糖蜜状の組織も観察されます(写真–30)。黎明期の宝石学の教科書には糖蜜状組織はミャンマー産の診断特徴とされていますが、ベトナム産にも見られるので注意が必要です。ベトナム産にはクラウド状に密集した微小インクルージョンが頻度高く観察されます。また、不規則な形態の青色色帯も頻繁に見られます(写真–31)。ベトナム産にはブラインド状双晶面や絣(かすり)様の微小インクルージョンが見られることがあります(写真–32)。

写真-28:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーのカット石
写真-28:ルクエン鉱山(ベトナム)産ルビーのカット石

 

写真-29:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-29:丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

写真-30:糖蜜状組織(ルクエン鉱山/ベトナム)
写真-30:糖蜜状組織(ルクエン/ベトナム)

 

写真-31:青色色帯と微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-31:青色色帯と微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

写真-32:絣(かすり)様の微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)
写真-32:絣(かすり)様の微小インクルージョン(ルクエン/ベトナム)

 

【カシミール】

カシミール地方はインド、パキスタンそして中国との国境付近に広がる山岳地域です。かつてジャンムー・カシミール藩王国があった地域で、標高8000m級のカラコルム山脈がそびえます。この地域はインドとパキスタンの両国が領有を主張し、宗教的理由から長年対立が続いています。カシミールはブルー・サファイアが世界的に有名ですが、ルビーの鉱山もあります(図–3)。

図-3:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床
図-3:カシミール地方のルビー&サファイア鉱床

 

1979年、カシミールのAZAD地域Nangimali(ナンギマリ)山峰(海抜およそ4350m)で、大理石の巨礫から小粒のルビー原石が発見されましたが、山岳地のために生産性が悪く、継続的な採掘は行われませんでした。その後、AZAD KASHMIR MINERAL&INDUSTRIAL DEVELOPMENT CORPORATION (AKMDC)による調査が継続され、2000年代以降、品質のよい大粒結晶が採掘され、年1〜2回の国内向けのオークションが行われるようになっています。
2006年頃にAZAD地区北西部のBatakundi(バタクンディ)から赤紫色のサファイアが発見され、2010年頃から日本国内にも流通するようになりました。その色合いを花の色に喩えてFuchsia(フーシャあるいはフクシア)サファイアとしてプロモートされています(写真–33)。これらのうち赤味の強いものは商業的にインダス・カシミール・ルビーとも呼ばれています。

写真-33:バタクンディ(カシミール)産サファイアとルビー
写真-33:バタクンディ(カシミール)産サファイアとルビー

 

◆カシミール産ルビーの特徴

ナンギマリ産のルビーの特徴のひとつはブラインド状双晶面です。これらは、1方向だけのものもありますが、2方向がほぼ90°に交差したものも見られます(写真–34)。

写真-34:ブラインド状双晶面(ナンギマリ/カシミール)
写真-34:ブラインド状双晶面(ナンギマリ/カシミール)

 

双晶面は他の産地のルビーにも珍しいものではありませんが、過去に比較的流通量の多かったミャンマーのモンスー産にはほとんど見られないため、両者の識別の手がかりにはなると思われます。ナンギマリ産ルビーの固体インクルージョンとしては自形のルチル、白色半透明のカルサイト等が見られます。液体インクルージョンは普遍的な内包物です。時にタイ産ルビーにも見られる平面的に分布する幾何学的な液膜インクルージョンが見られます。
バタクンディ産のルビーは紫色の色帯が特徴的です(写真–35)。

写真-35:紫色の色帯(バタクンディ/カシミール)
写真-35:紫色の色帯(バタクンディ/カシミール)

 

しばしば黒色のグラファイトと思われる粒状結晶や金属光沢を示す結晶インクルージョン(おそらくピロータイト)が見られます(写真–36)。

写真-36:金属インクルージョン(バタクンディ/カシミール)
写真-36:金属インクルージョン(バタクンディ/カシミール)

 

【マダガスカル】

マダガスカルはアフリカ大陸の東に位置する島国です。近年はスリランカに匹敵もしくはそれを上回る宝石の島として注目されています。マダガスカルは元祖宝石の島であるスリランカに比べて9倍の面積があり、まだまだ未開発の場所も多いため、その宝石埋蔵のポテンシャルは計り知れません。ルビーおよびサファイアの鉱山もこの20年で数多く知られるようになりました(図–4)。

図-4:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床
図-4:マダガスカルのルビー&サファイア鉱床

 

マダガスカルでは2000年の9月、島の中央部の東海岸に位置するVatomandry(バトゥマンドリ)から良質のルビーが産出され注目を浴びました。しかし、サイズが小さく採掘も1年ほどでほとんど終わってしまいました。
2000年の11月にはバトゥマンドリから西北におよそ300kmの場所にあるAndilamena(アンディラムナ)に重要なルビー鉱床の発見がありました。2001年には良質のものが見つかり、2004年にはさらに重要な発見がなされています。
2012年の春にはバトゥマンドリとアンディラムナの中間付近に位置するDidy(ディディ)からも良質のルビーが発見されました。2015年以降もアンディラムナの近郊で新たな鉱山が発見されるなど、マダガスカルは常に注目をされる産地となっています。かつてはミャンマー産ルビーのロットに混ぜられてミャンマー産として販売されていることもありましたが、近年、マダガスカル産のルビーは、宝石マーケットにおいて一定の認知を得た感があります。

 

◆マダガスカル産ルビーの特徴

マダガスカル産のルビーは、どの鉱区も広域変成岩起源で短いシルク・インクルージョン(写真–37)が見られます。

写真-37:シルク・インクルージョン(マダガスカル)
写真-37:シルク・インクルージョン(マダガスカル)

 

ミャンマー産の密集したクラウド状シルクと細長いスリランカ産シルクの中間の特徴を持っています。たいていの場合、ざらめ状のジルコン結晶のクラスターが見られ(写真–38)、マダガスカル産のランド・マークになります。しばしば双晶面も見られます。

写真-38:ジルコン・クラスター・インクルージョン(マダガスカル)
写真-38:ジルコン・クラスター・インクルージョン(マダガスカル)

 

【ケニア】

汎アフリカ造山運動の中心地でもあったケニア~タンザニアにかけての地域には著名なルビーの鉱山が数多くあります(図–5)。

図-5:ケニアのルビー鉱床
図-5:ケニアのルビー鉱床

 

ケニアでもっとも著名なルビー鉱山は、タンザニアとの国境に近いMangari(マンガリ)地区にあります。1973年にアメリカの鉱物学者のJohn Saul氏が発見し、世界的にはJohn Saul(ジョンソール)鉱山として知られています。機械化された採掘が行われていますが、ほとんどはカボション・カットにされるクオリティです。超塩基性岩に伴って産出しますが、例外的に鉄分の含有量が少なく、赤色蛍光も強いためミャンマー産ルビーと間違えられるような高品質のものもあります。
2005年にナイロビの北部に位置するBaringo(バリンゴ)から玄武岩起源のルビーが発見されています。
また、隣国ウガンダに近い北西部のPokot(ポコット)からは大理石起源のルビーが発見されています。このようにケニアでは1カ国からさまざまな地質起源のルビーの産出があり、鉱山ごとの特徴を捉えておく必要があります。

 

◆ケニア産ルビーの特徴

マンガリ地区のルビーはほとんどがカボション・カットにされていますが、透明度の高いものはファセット・カットされています(写真–39)。

写真-39:ファセット・カットされた透明度の高いマンガリ鉱山(ケニア)産ルビー
写真-39:ファセット・カットされた透明度の高いマンガリ鉱山(ケニア)産ルビー

 

ブラインド状双晶面が良く発達しており、交差した針状インクルージョンが見られます。液体インクルージョンは、フラックス合成ルビーのフェザーのようなものがあり、強烈な赤色蛍光と合わせて合成ルビーと見まがう程です。

【タンザニア】

タンザニアは20世紀以降、アフリカ大陸におけるさまざまな宝石の新たな産地として注目を集めています。良質のルビーが複数の鉱山から産出しています(図–6)。

図-6:タンザニアのルビー鉱床
図-6:タンザニアのルビー鉱床

 

Longido(ロンギド)は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。産出は散発的でしたが、1980年代後半からシステマティックに採掘されるようになりました。多くはニア・ジェム品質ですが、母岩である緑色のゾイサイトとのコントラストが美しいため、ルビー・イン・ゾイサイトとして彫刻などに利用されています。
1950年代からUmba(ウンバ)地区ではルビーやサファイアが採掘されています。1989年にタイと現地の企業が合弁し、世界各地への輸出が強化されました。日本国内で宝石学のバイブルとして親しまれている文献やテキストに東アフリカ産として紹介されているのは主にこの地のものです。
Morogoro(モロゴロ)は、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています(写真–40)。

写真-40:“ミャンマー・タイプ”のモロゴロ鉱山(タンザニア)産ルビーの原石
写真-40:“ビルマ・タイプ”のモロゴロ鉱山(タンザニア)産ルビーの原石

 

Tunduru(トゥンドゥル)は、1990年代の半ばに農夫によって河床からさまざまな宝石が発見され、その後東アフリカ地域の重要な宝石鉱床へと発展します。ルビー、ピンク・サファイアの他にカラーチェンジ・タイプを含む各色のサファイアを産出しています。
Songea(ソンゲア)は各色のサファイアを産出することで知られています。2001年9月頃から日本市場にオレンジレッド~レディッシュオレンジのルビーと呼ぶには少し馴染みのない色のコランダムが輸入されてきました。これらは後にソンゲア産のコランダムがBe拡散加熱処理されたものとわかりました。
2008年春、バーゼルフェアに出品されたWinza(ウィンザ)産のルビーが注目を集めました。多くのものが非加熱で色調が良く、大粒のものも多かったため高値で取引されていました。日本国内でも同年の4月くらいから見られるようになりました。しかし、数年後にはたちまち掘りつくされ、採掘していた鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。

 

◆タンザニア産ルビーの特徴

モロゴロ産のルビーは大理石起源であり、ミャンマー産ルビーと良く似ています。120°で3方向に交差するシルク・インクルージョンやカルサイトなどの丸みを帯びた透明結晶が見られます(写真–41)。ミャンマー産のロットに混ぜられると視覚的に分別するのは難しくなります。

写真-41:シルク・インクルージョンと丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モロゴロ/タンザニア)
写真-41:シルク・インクルージョンと丸みを帯びた透明結晶インクルージョン(モロゴロ/タンザニア)

 

ウィンザ産のルビーには、湾曲した針インクルージョン(写真–42)、整列したネガティブ・クリスタル、青色色帯などが見られます。特に湾曲した針状インクルージョンは、ウィンザ産ルビーの診断特徴となります。

写真-42:湾曲した針状インクルージョン(ウィンザ/タンザニア)
写真-42:湾曲した針状インクルージョン(ウィンザ/タンザニア)

 

【モザンビーク】

モザンビークは、さまざまな品質、色味、サイズのルビーを産出しますが、これまでになく高品質のルビーを大量に市場にもたらしたことで、現在最も注目されている産地です。モザンビークベルトと呼ばれる造山帯に位置し、角閃岩と呼ばれる変成岩中にルビーを産出します。モザンビークで最初に宝石品質のルビーが発見されたのは、Niassa(ニアッサ)州のM’sawise村周辺で、2008年の10月頃でした。
この地では一次鉱床から低品質~中程度の品質のものを多く産出しており、バンコクを経由して2009年の3月頃より日本の市場に輸入されてきました。
2009年の5月頃、北東部のMontepuez(モンテプエズ)において世界最大級となるルビー鉱山が発見されました。当初は違法採掘者による無計画な採掘を主体としていましたが、2011年6月には海外資本による合弁企業MRM(モンテプエズ ルビー マイニング社)が設立され、探査から採掘、選別など近代的な手法が取り入れられて産出量が大幅に増加しました。モンテプエズにはいくつかの鉱区があります。Maninge Nice(マニンゲナイス)と呼ばれる鉱区だけが一次鉱床で、直接母岩(角閃岩)から採掘されていますが、Mugloto(ムグロト)など他の鉱区はすべて二次鉱床から採掘されています。マニンゲナイス鉱区のルビーは鉄分が少なく、色は鮮やかなものが多いといわれています。いっぽうで、クラリティの悪いものが多く、そういったものにはボラックスを用いた加熱や鉛ガラスの含浸処理が行われています。ムグロト地区のものは、やや鉄分が多いために褐色味やオレンジ味があります。これらは明るい色調にするために多くのものは1500℃程度のフラックスを用いない加熱が行われています。
2015年頃、スリランカにおいてモザンビーク産ルビーの低温加熱が行われているということが話題になりました。これはわずかに残る青味を除去するために、スリランカで古くから行われている吹管(blow pipe)を用いた800℃~1000℃程度の加熱です。
モザンビーク産のルビーにはさまざまな品質のものがあり、多くのものが加熱されています。しかし、中には非加熱で美しいものもあり、世界の非加熱ルビーの需要を満たしています(写真–43)。

写真-43:非加熱モザンビーク産ルビー(写真提供;㈱アンジャリジュエルス)
写真-43:非加熱モザンビーク産ルビー(写真提供;㈱アンジャリジュエルス)

 

◆モザンビーク産ルビーの特徴

モザンビーク産ルビーの内部特徴としては、針状と板状の混在した固体インクルージョンが挙げられます。これらは暗視野照明では見え難いこともありますが、適切にファイバー光を用いるとキラキラと存在感を現します(写真–44)。

写真-44:ファイバー光で閃く針状と板状インクルージョン(モザンビーク)
写真-44:ファイバー光で閃く針状と板状インクルージョン(モザンビーク)

 

角閃岩を母岩としていますので、さまざまな形態の角閃石を含みます。灰緑色のもの(写真–45)や透明で細長いものが見られ(写真–46)、これらの存在でミャンマー産との区別が容易となります。

写真-45:灰緑色の角閃石インクルージョン(モザンビーク)
写真-45:灰緑色の角閃石インクルージョン(モザンビーク)

 

写真-46:長柱状の角閃石インクルージョン(モザンビーク)
写真-46:長柱状の角閃石インクルージョン(モザンビーク)

 

モザンビーク産ルビーには針状インクルージョンを伴った双晶面も普通に見られます(写真–47)。また、多くは二次鉱床から産出するためにフラクチャーに酸化鉄による汚染が見られます(写真–48)。

写真-47:ブラインド状双晶面(モザンビーク)
写真-47:ブラインド状双晶面(モザンビーク)

 

写真-48:酸化鉄の付着した液膜インクルージョン(モザンビーク)
写真-48:酸化鉄の付着した液膜インクルージョン(モザンビーク)

 

国内で流通するルビーの変遷

日本の国内に宝石鑑別機関が設立し始めたのは1960年 代~70年 代にかけてです。その頃、国内ではルビーの原産地情報が鑑別書に記載されることはほとんどありませんでした。元素分析や分光分析を用いて、検査結果報告書や分析報告書として産地記載を行う鑑別機関が出てきたのは1990年以降です。
1960年代~1980年代くらいまでは、積極的に産地鑑別は行っていなくとも、色、紫外線蛍光、内部特徴などで鑑別技術者にはある程度の出所を推定することができました。ベテランの技術者に聞いた話では、紫外線によるルビーの赤色蛍光が強いとミャンマー(当時はビルマ)、弱いとタイ、ものすごく強いとベルヌイ合成という認識だったとのことです。ルビーの産地自体が少なく、容易に識別ができたようです。実際に鑑別に持込まれていたのはタイ産が一番多く、次いでミャンマー産、スリランカ産だったようです。それ以外には東アフリカのケニア産やタンザニア産がごく少量流通していたようです。1975年の宝石学会誌には、ケニア産のルビーが国内で始めて鑑別に持込まれたことが報告されています。
1980年代末~1990年代の前半にベトナム産のルビーが登場し、話題となりました。当初、「ベトナムからルビーは産出しない」と主張される高名な宝石学者がおられたため、日本の宝飾市場ではこの産地の存在についてやや懐疑的でした。ところが、1991年に日本の業者さんが始めてベトナムのルビー鉱区に出向き、実際に産出を確かめてサンプルを持ち帰り、鑑別機関による研究報告がそれを裏付けました。ちょうどこの頃、ベルヌイ法合成ルビーが天然石と同様に加熱され、加熱による液体様のフェザー・インクルージョンを内包したものが大量に出回り、日常の鑑別を煩雑なものとしました。
1990年代の中頃からミャンマーのモンスー産のルビーが大量に輸入されるようになり、2000年代の中頃までのほぼ10年間はマーケットの中心となりました。宝石品質のルビーが大量供給されることは良いのですが、いっぽうで、いくつかの問題もはらんでいました。一つは、充填物の問題です。モンスー産ルビーのほとんどは、フラックスを添加して加熱されたもので、キャビティやフラクチャーへ浸透したガラス物質が固化して残留してしまいます。二つめは低温加熱の問題です。ミャンマー産ルビーの特徴の項目で述べたように、モンスー産のルビーには青色色帯を有するものが多く、高温で加熱するとこれらは除去されます。しかし、低温では残存することもあり、海外のある鑑別機関が行っていた青色色帯の有無による非加熱の鑑別が後日問題となりました。
2000年以降、マダガスカル産のルビーが流通を始めました。当時、モンスー産のルビーが全盛期でしたので、ルビーのロット鑑別では赤色蛍光の強いモンスー産ルビーに混じって蛍光の弱いマダガスカル産が1~2割程度混ざっているという印象でした。2004年頃から出現した鉛ガラスを含浸したルビーは、当初マダガスカル産の品質の低いものを対象としていました。
2008年の春頃より、タンザニアのウィンザ産のルビーを見かけるようになりました。この鉱山のルビーは非加熱で美しいものが多く、主にヨーロッパで人気が高かったようです。残念ながら採掘は短期間で終わったようで、数年で鑑別のルーティンからは姿を消してしまいました。
2009年になると、モザンビーク産のルビーが登場しました。大型資本によって、これまでの産地には例が無いほどの量が産出されており、非加熱で高品質のものから鉛ガラスが含浸された安価なものまで幅広い価格帯のものを継続して供給しています。モザンビークは、2020年の現在でもルビーの原産地として最も重要な役割りを担っていると言えます。◆