ダイヤモンドの結晶と欠陥

PDFファイルはこちらから2019年4月PDFNo.50

関西学院大学 理工学部 鹿田 真一

常日頃ダイヤモンドを扱われているCGL通信読者の方も、結晶や欠陥について考える機会は多くない、のではないでしょうか。「合成ダイヤモンド」元年といわれる2019年の今、一度、基本に戻ってお読み頂き、天然と合成の違いを考えるのも「をかしき」ことかと、しばしお付き合い願えれば幸いです。

 

1)sp3混成軌道と単位格子

ダイヤモンドの全性質がここに起因する基本である。炭素Cは6個の電子を持ち、周期律表の1段目K核に2個、2段目のL核に4個ある。順番に詰めると図1のa)に示すような軌道であるが、エネルギー的に安定なb)の sp3 混成軌道(Hybrid orbital)が形成され、c)のような形の軌道が形成される。この正四面体構造を取る sp3結合の形が「対称性」を決め、「物性」を決め、「転位」を決める。

図1.ダイヤモンドの電子軌道(左からa)、b)、c))
図1.ダイヤモンドの電子軌道(左から  a)、b)、c))

a)軌道に順番に電子を詰めた場合

b)sとpが混ぜられたsp3混成軌道

c)sp3混成軌道の形

 

図2にダイヤモンドの単位格子と(010) (110) (111) 面への投影図を示す。(面の定義は後述する。)単位格子の角(1〜8)はまたがる他の単位格子と共通の原子で1/8の寄与、白抜きの原子(A〜F)は角面の中心にあり、隣の単位格子と折半(1/2の寄与)しており、橙色の4原子(a~d)は全て格子内にあり、位置は格子定数の1/4入ったところである。つまり合計8個の炭素を単位格子に含む勘定である。ちなみに、Siは周期律表3段目のM核で、全く同様のsp3結合を構成しており、結晶構造も全く同じである。b)c)d)は、各々(010)、(110)、(111)面から見た投影図である。外に記載の数字、アルファベットは重なって裏にある原子を示している。

図2.ダイヤモンド単位格子と投影図
図2.ダイヤモンド単位格子と投影図(左から  a)、b)、c)、d))

a)単位格子

b)(010)面投影図

c) (110)面投影図

d)(111)面投影図

 

2)面指数と方向指数

後述の欠陥を記述するため、先に面指数の付け方を復習し、図3に示す。まずは面と軸の交点を出し、その逆数を取り、整数に直す事で面指数が求まる。マイナスの場合は、

メイ11バー0

のように上に線をつけて(イチ イチバー ゼロ)と読む。

印刷の都合で(1–10)と書く場合もある。なお、中央の図で、2つは等価面であり、右端の例では

メイ11バー0と1バー10

も等価面である。

図3. 面指数の付け方
図3. 面指数の付け方

 

続いて、方位の付け方を図4に示す。r = ha + kb +lc の3成分を [h k l ] 方向とする。付け方としては原点からの座標を出し、整数に直すだけである。なお、等価面をまとめて示すことも多く、例えば

111×4

をまとめて{111}と記載する。

方向も

[111]×4

をまとめて<111>と表示する。

図4.方向指数の付け方
図4.方向指数の付け方

 

模型が手元にあると、面や方位の勘違いや記載ミスがなくなるので、便利である。図5に示す結晶の模型はTALOUという会社が作っているモル・タロウ(http://www.talous–world.com/)のダイヤモンドセットで、透明、ブルー、ピンクの3種類あるので、是非作って1つ手元に置いて頂ければ、販売店のデコレーションにも、顧客との会話にもプラスになろうかと思います。
1–138–0571 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルブルー  CDC-1
1–138–0560 モル・タロウ ダイヤモンドセットクリスタルピンク   CDC-2
1–138–0561 モル・タロウ ダイヤモンドセットブリリアントクリア CDC-3
ちなみにwwwで簡単に購入可(https://www.kenis.co.jp/onlineshop/product/11380583)が安い。図5に示した模型は単位格子の角をピンクにして、わかりやすくした作成例である。ちなみに、ブルーはドーパントのつもりでいれた。図5の右下に映っている紙の模型も面方位の理解に役に立つ。簡単に作成できる。末尾付録図に展開図を入れたので、これをA3の厚紙か、和紙に拡大コピーして作成下さい。

図5.モルタロウで作成した結晶模型と付録図の展開図で作った面表示模型
図5.モルタロウで作成した結晶模型と付録図の展開図で作った面表示模型

 

3)ダイヤモンドの結晶欠陥

結晶中のsp3結合の図を図6のa)に示す。中央の炭素は2,3,4の番号をつけた炭素で支えられ、2,3,4の平面よりわずかに位置が高い。また直上に1番の炭素がある方向が[111]方向であり、この位置関係は等価の4種類あることがわかる。この中央と2,3,4が連なるとb)に示すように六角形にみえる疑似平面(中央炭素のみが少し高い)ができる。これを斜めから見たのがc)である。これが(111)面を切り出した面となる。

図6. sp3結合と(111)面の一層を切り出した図 (欠陥を考える基本となる)
図6. sp3結合と(111)面の一層を切り出した図 (欠陥を考える基本となる)(左から  a)、b)、c))

a)sp3結合

b)(111)面の一層の上から見た図

c)b)の斜め横から見た図

 

次に、二層目の疑似平面を通常の結晶の規則に従って結合させたのが図7である。b)はsp3におけるa)の茶色の炭素の位置を示す。c)は一層目と二層目のsp3の重なりを表し、左は正常、右は60°ねじれた場合を示す。通常ダイヤモンドは、六角形を交互ずらすように[111]方向に積層した構造である。

図7.(111)面の一層目の上に二層目が結合した図 と 正常な上下のsp3及びねじれた場合
図7.(111)面の一層目の上に二層目が結合した図 と 正常な上下のsp3及びねじれた場合(左から  a)、b)、c)(cは右の2つで1組))

a)二層目を結合させた図

b)茶色の炭素の位置

c)上下のsp3 左:正常な場合、右:ねじれた場合

 

これに対して、最も発生しやすい60°転位の例を図8に示す。六角形の上に60°ねじれて積層された状態で、下の六角形が透けて見える。このように欠陥は基本的に、結合一本のところがずれる事によって発生し、ずれ方向により欠陥の種類が決まる。すべりやすい面を単位格子で見ると図9に示す4つの(111)面となる。

図8.60°転位(60°回転した例)(所謂hexagonal積層)
図8.60°転位(60°回転した例)(所謂hexagonal積層)( 左・a)、右・b))

a)60°回転して一層目に二層目を結合させた図

b)a)を斜め横から見た図

 

図9. ダイヤモンド単位格子で見たすべりやすい4つの面 ({111}の4面)
図9. ダイヤモンド単位格子で見たすべりやすい4つの面 ({111}の4面)

 

4)転位の種類

転位を含む格子のループからバーガーズベクトル(b)というベクトルを定義し、それと転位ベクトル(tベクトル)の角度を求め、その角度を転位の呼称にしている。その例を表1に示す。

表1.バーガーズベクトルと転位ベクトルによって決まる転位の種類例

1−表1バーガーズベクトルと転位ベクで決まる転位の種類例RGB150-700

 

このように0°(らせん)、30°、45°、60°、54°、73°、90°(刃状)が知られている。欠陥ベクトルは、表にあるように<001>、<110>、<111>に加え、単位格子の半分の成分を持つ<112>が殆どである。まれに<113>, <114>なども存在するようである。実際の結晶で転位を同定するのは、X線トポグラフィを用いる。従来欠陥が多すぎて、写真が真っ黒になり判別不可能なケース、c軸方向に長いものなど、実際の同定はかなり困難である。合成ダイヤモンドの転位は、高温高圧(HPHT)と気相合成(CVD)でかなり異なるが、転位密度は天然より少ないようである。またこの辺に関しては、次回の稿で紹介する(CGL通信No.52へ)。◆

 

1−鹿田先生 RGB72

鹿田真一
1954 生
1978 京都大学工学部卒
1980 京都大学大学院工学研究科修士課程卒

職歴
住友電気工業
光通信用デバイス研究開発と事業
(GaAs IC, ダイヤモンドSAWデバイス)
産業技術総合研究所
ダイヤモンドの基盤技術とパワーデバイス研究
関西学院大学 理工学部
ダイヤモンド中心にワイドギャップ材料とデバイスの研究
現在:関西学院大学 理工学部 教授

 

1−付録図:結晶模型の展開図ヨコRGB150-700

<付録図.結晶模型の展開図>

ベトナムLuc Yen産ルビー&サファイアの宝石学的特徴

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リサーチ室 江森 健太郎、北脇 裕士

概要

ベトナム産ルビーはミャンマー産のものに匹敵する品質を持つものも存在しており、その産地鑑別は宝石学では重要な課題の1つとなっている。また、他の色のベトナム産サファイアについては、市場性は低く、そのため宝石学的特性もあまり知られていない。本研究ではベトナムLuc Yen産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)の宝石学的検査とLA–ICP–MS分析を行い、産地鑑別の可能性について検証を行った。ベトナムLuc Yen産コランダムは非玄武岩起源のコランダムに分類され、青色系はLA–ICP–MS分析によるGa vs. Vプロット、赤色系はFe vs. Vプロットが同じ非玄武岩起源のコランダムと区別する際の指標となることがわかった。

 

はじめに

ベトナムは地理的にアジアの宝石が豊富な国々に囲まれているにもかかわらず、1980年代まで商業的な宝石採掘は行われていなかった。1983年にハノイから北東へ150kmのYen Bai地方Luc Yenで地質学者がルビーとスピネルを発見した。これがきっかけとなり、系統的な調査が開始され、1987年にベトナムの地質調査所が同地区にルビー鉱床を発見した。また、1990年にはハノイから南西へ300 kmのQui Chawでも上質のルビーが発見され、話題となった(文献1)。しかし、発見当初はほんとうにベトナムからルビーが産出するのかと懐疑的な情報が世界を駆け巡った。その発端となったのは、ベトナム産ルビーの原石に加熱されたベルヌイ法合成ルビーが大量に混入されたことによる。当時ベトナムへ買い付けに行った国内の業者が持ち帰ったロットのうち何割かは合成であったという事実がある。

このネガティブな印象を払拭したのは、1996年にLuc Yenで新たな鉱山が発見されたことによる(文献2)。先に発見されていた場所はChay川東側のKhoan Thong–An phu地区であったが、新鉱山はChay川西側のTan Huong–Truc Lau地区である。旧鉱山では新原生代~カンブリア紀前期(およそ10億年~5億年前)の大理石を含む変成岩からルビー、ピンクサファイア、ブルーサファイアなどを産出したが、新鉱山では古原生代~中原生代(およそ25億年~10億年前)の片麻岩および片岩中から半透明~不透明のサファイア類(スタールビーを含む)を産出した(文献3)。日本の宝石市場ではベトナム産スタールビーとして、Tan Huong–Truc Lau地区産のパープル系のやや半透明のものが良く知られている。
ベトナム産ルビーは、品質の良いものはミャンマー産のものに匹敵しており、その産地鑑別が重要な課題である。また、他の色のベトナム産サファイアは市場性が低く、その宝石学的特性もあまり知られていない。本報告ではこれらのベトナムLuc Yen産のルビー、サファイアについて検査した特徴を報告する。

 

試料と分析方法

ベトナム産コランダム51点(0.16 〜 1.70 ct)を調査に用いた。これらは2016年〜2017年にかけて Luc Yen の宝石マーケットで購入されたもので、購入時の申告では Luc Yen、 An Phu、 Chau Binh とされたが、すべて Khoan Thong–An phu 地区のもので、本報告では広義で Luc Yen 産として記述する。
色は青色系と赤色系があり、便宜上ブルー9点、ブルー+バイオレット10点、バイオレット6点、バイオレット+パープル5点、ピンク14点、ルビー7点の6種類のカテゴリーに分けた。(図1)。詳細は下表の通りである(表1)。なお、サンプルは加熱・非加熱のものが混在している。

ブルー(9点、0.28〜0.97ct)
ブルー(9点、0.28〜0.97 ct)

 

ブルー+バイオレット(10点、0.16〜0.97ct)
ブルー+バイオレット(10点、0.16〜0.97 ct)

 

バイオレット(6点、0.27〜1.62ct)
バイオレット(6点、0.27〜1.62 ct)

 

バイオレット+パープル(5点、0.28〜0.97 ct)
バイオレット+パープル(5点、0.28〜0.97 ct)

 

ピンク(14点、0.23〜1.70 ct)
ピンク(14点、0.23〜1.70 ct)

 

ルビー(7点、0.25〜0.62 ct)
ルビー(7点、0.25〜0.62 ct)

図1.本研究で用いたサンプル 51点 ↑

 

表1.本研究に用いたベトナムLuc Yen産サンプルの内訳  ↓

表1RGB127-700

 

 

外部特徴および包有物の観察にはMotic製双眼実体顕微鏡GM168を用いた。鉱物の同定には、Renishaw社製in Via Raman Microscope を用いて、514nmレーザーで分析を行なった。紫外 – 可視分光分析には日本分光製V650を用い、分析範囲は220 nm~860 nm、バンド幅2.0 nm、分解能0.5 nm、スキャンスピード400 nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析(FTIR)には日本分光製FTIR4100を用いて分析範囲は5000〜1500cm−1、分解能は4.0 cm−1、積算回数はauto (64〜 512回)で行った。LA–ICP–MS分析にはLA(レーザーアブレーション)装置としてNew Wave Research UP–213を、ICP–MSとしてAgilent 7500aを使用した。LAは波長213 nm、パルス周波数20 Hz、スポット径30 μm、アブレーション時間25秒、レーザーパワーは10.0 J/cm2で使用した。ICP–MSについては、RFパワー1200W、プラズマガス流量14.93 l/min、補助ガス流量0.89 l/min、キャリアガス流量1.44 l/minで行い、SiO2トーチ、Niスキマーコーン、Niサンプリングコーンを使用した。測定対象元素は24Mg、27Al、47Ti、51V、53Cr、57Fe、69Gaである。標準試料としてNIST612を用い、内標準として27Alとし、各サンプルにつき4点ずつ分析を行った。

 

結果と考察

◆内部特徴

拡大観察の結果、ブルー系サファイアからは、成長構造に沿った色帯が観察されたが(図2)、ミャンマー産のブルーサファイアに頻繁に観察されるような双晶面は観察されなかった。

図2.An Phu 地区産非加熱ブルーサファイア (0.56 ct)で観察された成長構造に沿った色帯
図2.An Phu 地区産非加熱ブルーサファイア (0.56 ct)で観察された成長構造に沿った色帯

 

また、Chau Binh地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイアで緑色柱状の結晶インクルージョンが観察されたが(図3)、結晶深くに存在していた為、顕微ラマン分光法において同定を行うことはできなかった。

図3.Chau Binh 地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイア (0.97 ct) で観察された結晶インクルージョン
図3.Chau Binh 地区産非加熱ブルー+バイオレットサファイア (0.97 ct) で観察された結晶インクルージョン

 

また、Luc Yen地区産ピンクサファイアからアパタイトインクルージョン(図4、図5)、ルビーからは角閃石の柱状結晶が観察された(図6)。

図4.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.61 ct) 中のアパタイトインクルージョン
図4.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.61 ct) 中のアパタイトインクルージョン

 

図5.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.56 ct) 中のアパタイトインクルージョン
図5.Luc Yen 地区産ピンクサファイア (0.56 ct) 中のアパタイトインクルージョン

 

図6.Luc Yen 地区産ルビー(0.28 ct) 角閃石の柱状結晶
図6.Luc Yen 地区産ルビー(0.28 ct) 角閃石の柱状結晶

 

これらの鉱物種は顕微ラマン分光法で同定を行なった。また、一部のピンクサファイアからはミャンマー産のルビーにも見られるような糖蜜状組織が観察された(図7)。

図7.Luc Yen 地区ピンクサファイア (0.61 ct) 中の糖蜜状組織
図7.Luc Yen 地区ピンクサファイア (0.61 ct) 中の糖蜜状組織

 

◆紫外―可視分光スペクトル

ブルー系非加熱サファイアの例として、Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外―可視分光のスペクトルを図8に示す。

図8.Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外―可視分光スペクトル。 Fe3+(338 nm)、Fe3++ Fe3+ (377、388、480 nm)に関する吸収、Fe2++Ti4+によるブロードな吸収が580 nmに見られる。
図8.Luc Yen地区産0.38ctブルーサファイアの紫外 ― 可視分光スペクトル。
Fe3+(338 nm)、Fe3++ Fe3+ (377、388、480 nm)に関する吸収、Fe2++Ti4+によるブロードな吸収が580 nmに見られる。

 

338 nmにFe3+、377 nm、388 nm、450 nmにFe3+–Fe3+のペア、そして580 nmにFe2+–Ti4+の電荷移動によるブロードな吸収が観察された。これは典型的な非加熱ブルーサファイアのスペクトルであり、このブルーサファイアはFe2+–Ti4+の電荷移動に起因した青色を呈していることがわかる。

また、天然非加熱ピンク、ルビーの紫外―可視分光スペクトルにおいてはピンク、ルビーの赤の原因となるCr3+の吸収(410、558、693 nm)の吸収が確認された(図9)が、Feに起因するピーク類(338、377、388 nm)は観察されなかった。これは、ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、ルビーは玄武岩起源のコランダムではなく、Feの含有量が低いためと考えられる。

図9.An Phu地区産0.62ct天然非加熱ルビーの紫外―可視分光スペクトル。Cr3+による410 nm、558 nmのブロードな吸収、693 nmに吸収ピークが見られ、Fe3+に起因する338、377、388 nmのようなピークは見られない。
図9.An Phu地区産 0.62ct 天然非加熱ルビーの紫外―可視分光スペクトル。Cr3+による410 nm、558 nmのブロードな吸収、693 nmに吸収ピークが見られ、Fe3+に起因する338、377、388 nmのようなピークは見られない。

 

◆FT−IRスペクトル

FTIRによる分析結果では、すべてのサンプルに共通して見られる特徴はなく、加熱されたサンプルには加熱の特徴を示唆するOHピークである3309 cm−1シリーズ(3309 cm−1を主として3365、3295、3232、3186 cm−1)が見られた(図10)。他、非加熱サンプル数点からベーマイトのピーク(1985、2106、3089 cm−1)が見られるものもあったが、産地の特徴を示すようなピーク類は見られなかった。また、本研究で用いたサンプルにはミャンマーのMong Hsu産非加熱ルビーに一般的なダイアスポアの吸収(2040、2140、2900、3020 cm−1)は見られなかった。

図10−1. ベトナム、An Phu地区産非加熱ブルーサファイア(0.56 ct)のFTIRスペクトル(上)とLuc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(右)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。
図10−1. ベトナム、An Phu地区産非加熱ブルーサファイア(0.56 ct)のFTIRスペクトル(上)と

 

図10−2. Luc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(下)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。
図10−2. Luc Yen地区産加熱ブルーサファイア(0.39 ct)のFTIRスペクトル(下)。加熱されたサンプルでは3309 cm−1を主としたOHの吸収が観察されることがわかる。

 

◆LA–ICP–MS

コランダム中に含まれる主要な微量元素Mg、Ti、V、Cr、Fe、GaについてLA–ICP–MS分析を行った。サンプルには色むらが存在したが、測定箇所は無作為に選び、各石につき4点ずつ分析を行った。Ga/Mg比はマグマ起源、変成岩起源のブルーサファイアを分別する信頼のおける手法として使われている(文献4)。Peucat et al. (2007)(文献)を元にCGLで収集したデータを元に作成した図にプロットをした結果を図11に示す。本研究で用いたサンプルにおけるGa/Mg比は色、鉱区(Luc Yen、An Phu、Chau Binh)関係なく0.03–3.32であり、10以下であることから変成岩起源であることを示唆する。

図11. Peucat et al.2017(文献4)を元に作成したグラフに本研究で用いたコランダムをプロットしたグラフ
図11. Peucat et al.2017(文献4)を元に作成したグラフに本研究で用いたコランダムをプロットしたグラフ

 

表2には本研究で用いたベトナム Luc Yen 産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaのサンプルの最小~最大値(ppma)と、対比用に変成岩起源のミャンマー、スリランカ、マダガスカル産ブルーサファイアの同データ(CGL所有データベースより)を記載した。本研究で用いたベトナム産サファイアは色むらが多く、色に関連する主要元素(Mg、Ti、Cr、Fe)に関しては同一サンプル内でも濃度のばらつきが多いという特徴がある。V、Gaはサンプル内でのばらつきは少なく、ほぼ一定している傾向にあった。Gaを横軸、Vを縦軸とし、プロットを行った図を図12に示す。

 

表2 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのLA–ICP–MS分析データ

表2-RGB97-700

 

図12 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのGa vs. Vプロット
図12 ベトナムLuc Yen産ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系サファイアのGa vs. Vプロット

 

ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアは他の変成岩起源のサファイア(ミャンマー、スリランカ、マダガスカル)産と比較し、Vが多い傾向にある。Ga vs. Vプロットにおいて、ベトナムLuc Yen産とスリランカ産はオーバーラップする部分が多いがミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアとは非常に良く乖離しており、産地の比較には有効であることがわかる。
またブルー系サファイア同様、表3にはベトナム Luc Yen 産ピンクサファイア、ルビーについてMg、Ti、V、Cr、Fe、Gaの最小、最大値について表にまとめた。また、変成岩起源のミャンマー、モザンビーク、マダガスカル産のルビーとの対比を行った(CGL所有データベースより)。ピンクサファイア、ルビーについても、色むらの影響でCrの濃度が同一サンプル内でばらつきが多いという傾向にある。

 

表3 ベトナムLuc Yen産、他非玄武岩起源のピンクサファイア、ルビーLA–ICP–MS分析データ

表3-RGB97-700

 

表3に挙げたサンプルを用いて、Fe vs. Vプロットを行った(図13)。ベトナムLuc Yen産のピンクサファイア、およびルビーのV濃度については非常に高濃度(>>100 ppma)のものがわずかに存在するが、殆どのものが5 ppma 〜 70 ppmaの範囲に収まっている。ミャンマー産のルビーのV濃度は大多数が70 ppma以上であり、モザンビーク産のルビーのV濃度が5 ppma未満であることを考えると、V濃度はミャンマー、モザンビーク産とベトナムLuc Yen産のルビー、ピンクサファイアを分別するには非常によい指標になると考えられる。また、Fe濃度を比較するとベトナムLuc Yen産のものは殆どが100 ppma以下であるのに対し、モザンビーク、マダガスカルのサンプルは100 ppma以上であることからFe濃度もまた、産地鑑別の指標として役立つことが判明した。

図13 ベトナムLuc Yen産ルビー、ピンクサファイアのFe vs. Vプロット
図13 ベトナムLuc Yen産ルビー、ピンクサファイアのFe vs. Vプロット

 

まとめ

ベトナム Luc Yen 産コランダム51点(青色系30点、赤色系21点:0.16 〜 1.70 ct)について一般的な宝石学検査に加え、紫外―可視分光、赤外分光、LA–ICP–MSによる微量元素分析を行い、他産地との比較を行った。紫外―可視分光、赤外分光分析の結果では、際立った特徴は見いだせなかったが、LA–ICP–MS分析の結果、Ga/Mg比が0.03〜3.32と10未満であり、非玄武岩起源のコランダムであることがわかった。また、ブルー、ブルー+バイオレット、バイオレット系のサファイアでは他の非玄武岩起源のスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産ブルーサファイアと比較するとVに富む傾向が見られ、Ga vs. Vプロットを行うとベトナムLuc Yen産サファイアはスリランカ、ミャンマー、マダガスカル産と若干オーバーラップする部分が含まれるが、産地鑑別の一助となることが判明した。また、ピンクサファイア、ルビーにおいては同じ非玄武岩起源のミャンマー産ルビーと比較すると、Vが少なく、モザンビーク、マダガスカルと比較した結果Feが少ないという傾向にあり、Fe vs. Vプロットを行うことで、よい乖離を示すことが分かった。◆

 

文献

1) Kane R.E., McClure S.F., Kammerling R.C., Khoa N.D., Mora C., Repetto S., Khai N.D.,
Koivula J.I. (1981) Rubies and fancy sapphires from Vietnam. Gems & Gemology, vol.27,
No.3, pp136–155
2) Long P.V., Pardieu V., Giuliani G. (2013) Update on gemstone mining in Luc Yen,
Vietnam. Gems & Gemology, vol.49, No.4, pp233–245
3)  Nguyen N.K., Sutthirat C., Duong A., Nguyen V.N., Ngyen T.M.T., Nguy T.N. (2011) Ruby
and sapphire from the Tan Huong–Truc Lau area, Yen Bai province, northern Vietnam.
Gems & Gemology, vol.47, No.3, pp182–195
4) Peucat J.J, Ruffault P., Fritsch E., Bouhnik–Le Coz M., Simonet C., Lasnier B. (2007)
Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic
blue sapphires. Lithos, vol. 98, pp. 261–274

 

謝辞

浦 大樹氏、石野田 奈津代氏には今回研究に使用した試料の提供を受けました。ここに記して謝意を表します。