キヤノンオプトロン社製合成蛍石について

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リサーチ室 江森  健太郎

 

キヤノンオプトロン社製合成蛍石

2016年6月3日〜7日に開催された東京ミネラル協会主催の東京国際ミネラルフェア(於:ハイアット・リージェンシー東京/小田急第一生命ビル1F スペースセブンイベント会場他)にて、キヤノンオプトロン社製人工蛍石が販売されました。(本稿では以下合成蛍石と記述します。)販売されていた商品は劈開片(劈開を利用して八面体に加工したもの)とチップであり、紫外線蛍光が強いものや、照射する紫外線の波長によって異なる蛍光を呈するもの、太陽光・蛍光灯下でカラーチェンジするタイプのものがあります(写真1、2参照)。キヤノンオプトロン株式会社開発部部長大場点氏によると、従来、合成蛍石はレンズ用素材として開発、使用されていましたが、2年前より合成蛍石を他の用途に展開できないかと各方面に持ち込み、東京サイエンスで販売することが決定したそうです。

 

蛍光灯下での撮影
蛍光灯下での撮影

 

長波紫外線下での撮影
長波紫外線下での撮影

 

短波紫外線下での撮影
短波紫外線下での撮影

 

写真2–1:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石
写真2–1:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石

 

写真2–2:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石
写真2–2:蛍光灯の種類、太陽光でカラーチェンジするタイプのキヤノンオプトロン製合成蛍石

 

キヤノンオプトロン社について

1968年、キヤノン株式会社がカメラ用レンズの開発に成功、1969年に世界ではじめて人工蛍石レンズを搭載したカメラを販売しました。キヤノンオプトロン株式会社(写真3、4)は一眼レフカメラ用の人工蛍石レンズの量産を目的とし、キヤノン株式会社の子会社として1974年株式会社オプトロンとして設立されました。2001年に現在本社を置く茨城県結城市に移転、2004年にキヤノンオプトロン株式会社と社名変更しました。光学薄膜をメインとし、真空蒸着材料、光学結晶を開発・製造販売しています。光学結晶では、合成蛍石レンズの結晶製造、研磨、蒸着までを一貫して生産しています。

 

写真3:茨城県結城市のキヤノンオプトロン株式会社
写真3:茨城県結城市のキヤノンオプトロン株式会社本社

 

写真4:展示されている合成蛍石の大小様々な劈開片と社名盤。ブラックライトの照射で蛍光していることがわかる
写真4:展示されている合成蛍石の大小様々な劈開片と社名盤。ブラックライトの照射で蛍光していることがわかる

 

蛍石のレンズとしての役割

合成蛍石は、天体望遠鏡や望遠カメラ等の高級レンズに使用されています。通常のガラス素材を使ったレンズは色収差という問題が生じ、色のにじみが発生します。この色収差は光の分散の小さい凸レンズと分散の大きな凹レンズを組み合わせることで解決するのですが、焦点付近を調べると赤と青の焦点は合いますが、緑はずれたままになるという欠点が生じます。この凸レンズをガラス素材のレンズから蛍石のレンズに変えることで緑色の焦点のズレを大幅に軽減可能です。蛍石は屈折率が小さく、分散が低い、そして広範囲の波長を透過するため、赤・緑・青の波長の焦点を高精度で合わせることが可能になります(図1参照)。

 

図1:蛍石レンズを用いた色収差解消について
図1:蛍石レンズを用いた色収差解消について

 

蛍石の合成について

キヤノンオプトロン社製の合成蛍石は、天然蛍石を原料とし、結晶引き下げ法で合成されます。結晶引き下げ法(ブリッジマン法)は結晶引き上げ法と対になる手法で、結晶引き上げ法(チョコラルスキー法)で作られる宝飾用合成石にはクレサンベールの合成ルビー等があります。結晶引き上げ法と結晶引き下げ法について図2に示します。結晶引き下げ法の手順は、まず(1)るつぼに蛍石(粉末)を入れヒーターの熱で融解、融液を作り、(2)るつぼを少しずつ引き下げます。(3)引き下げた部分はヒーターにより熱されていない状態なので結晶化がはじまります。(4)引き下げを続けることで、融液は次々と結晶となり、蛍石の結晶が生成されます。

 

図2:結晶引き上げ法と引き下げ法のイメージ図
図2:結晶引き上げ法と引き下げ法のイメージ図

 

結晶引き下げ法のメリットは、まず第1に「るつぼの形通りに結晶ができる」ことです。合成蛍石の製造は、上述した通り、光学レンズ用にスタートしています。るつぼの形通りに結晶ができるということは、生成物の直径を制御可能という大きなメリットが生まれます。また、蛍石は結晶引き上げ法でも製造できます。引き上げ法の方が低転位のもの(原子レベルの欠陥が少ない)が合成可能なので半導体材料等には向いていますが、レンズ用の蛍石結晶は引き上げ法を用いて作らなければならないほど低転位のものを要さないこと、引き上げ法は常時観察が必要であるといった理由もあります。また、真空で生成しないと蛍石(CaF2)のフッ素(F)と水蒸気(H2O)の水素(H)が反応しフッ化水素(HF)が生成してしまう危険があり、こういった理由で結晶引き下げ法が採用されています。

レンズ品質の合成蛍石を生成するために、必要なことは不純物を除去することです。天然の蛍石を原料として使用していることから蛍石の主元素であるカルシウム(Ca)とフッ素(F)以外の不純物を含むため、除去が必要になります。不純物の除去にはスカベンジャーと呼ばれる成分を入れます。合成蛍石を生成する際、使用するスカベンジャーは別の種類のフッ化物を使用します。通常、PbF2といったものがよく知られていますが、キヤノンオプトロン社では鉛フリーで生成するため、ZnF2を使用しています。スカベンジャーは不純物元素と反応し、気化します。真空中で生成、真空引きを常時行っているため、反応物は外に出ていくことになります。一番除去したい不純物は、H2Oで、H2Oは蛍石の主成分であるカルシウム(Ca)と反応し酸化カルシウム(CaO)を生成し、この成分が存在すると蛍石が曇ってしまいます。なお、このスカベンジャーを用いて、希土類元素(Rare Earth Elements)の除去は行えません。希土類元素の除去が行えないことで、合成蛍石に希土類を添加し、様々な性質を付加することができます。ここでいう様々な性質とは、紫外線を当てた際の発光色や、光源の違いによるカラーチェンジといったものです。また添加する希土類の種類によって劈開の出やすさも変わります。

 

写真5:今回お話を伺ったキヤノンオプトロン株式会社の大場点氏(中央)、河目直之氏(左)、金氏正一郎氏(右)
写真5:今回お話を伺ったキヤノンオプトロン株式会社の大場点氏(中央)、河目直之氏(左)、金氏正一郎氏(右)

 

結晶引き下げ法で合成された合成蛍石は、内部に歪みを持っているため、「歪み抜き」という作業を行わなければなりません。これは、蛍石の融点(約1400℃)以下の温度でアニーリングするものであり、アニーリングすることでレンズ品質の合成蛍石ができあがります。
キヤノンオプトロンは2005年にハーバード大学のプロジェクトで370mmもの直径のレンズを発注され、5年がかりで12枚のレンズを作成したそうです。蛍石のレンズを使用すると、通常のレンズよりもはるか遠い100億光年までの天体地図を作成することができ、このレンズ1枚の成長に1ヶ月、仮アニール、精密アニールにそれぞれ1ヶ月も要したとのことです。

 

写真6:キヤノンオプトロン株式会社内に展示されている巨大な蛍石レンズ
写真6:キヤノンオプトロン株式会社内に展示されている巨大な蛍石レンズ

 

宝飾品としての合成蛍石
蛍石は硬度4しかないため、非常に柔らかく、また劈開性が強いため、一般の宝飾品に適用することは難しいです。キヤノンオプトロン社では、従来用いられているレンズ素材の他、特殊な蛍光(照射する波長によって発光の色が変わる等)の特性を生かし、時計やバッグ等、ブランド品の偽造防止といった用途を提案しています。

なお、今回ご紹介した合成蛍石は株式会社東京サイエンスで取り扱っています。東京国際ミネラルフェア東京サイエンスブース他、東京サイエンス新宿ショールーム、通信販売(東京サイエンスwebサイト:http://www.tokyo-science.co.jp/、「園芸JAPAN増刊号ミネラ」等)で購入することが可能です。◆

株式会社東京サイエンス新宿ショールーム
東京都新宿区新宿3–17–7 ( TEL:03 – 3354 – 0131, 大代表)
営業時間AM10:00 〜 PM9:00
東京国際ミネラルフェアwebサイト
http://tima.co.jp/

日本鉱物科学会2017年年会・総会参加報告

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リサーチ室 江森  健太郎

去る9月12日(火)から14日(木)までの3日間、愛媛大学城北キャンパスにて日本鉱物科学会の2017年年会・総会が行われました。弊社からは2名の技術者が参加し、それぞれ発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

 

愛媛県松山市のシンボル、松山城
愛媛県松山市のシンボル、松山城

 

松山城天守閣から見た松山市内。眼下に愛媛大学城北キャンパスが見える
松山城天守閣から見た松山市内。眼下に愛媛大学城北キャンパスが見える

 

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Science)は平成19年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ900名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。2016年10月に、一般社団法人日本鉱物科学会として新たな出発の運びとなり、(1)社会的及び学術界における信頼性の向上、(2)責任明確化による法的安定、(3)学会による財産の保有等が確保され、コンプライアンスの高い団体として活動していくことになりました。2017年会・総会は、一般社団法人としてはじめての年会・総会になります。

 

日本鉱物科学会2014年年会・総会

愛媛大学は1949年に愛媛県内の旧制高校・専門学校計4校を母体として成立、現在7学部、6研究科を設置、城北、樽味、持田、重信の4キャンパスがあります。「学生中心の大学」「地域とともに輝く大学」「世界とつながる大学」の3つの理念を柱とし、2004年に「愛媛大学憲章」が定められています。今回、年会・総会が行われた城北キャンパスは太平洋戦争末期の沖縄防衛戦で最後まで奮闘し、全員が戦死した旧日本陸軍第22連隊の跡地でしたが、戦後愛媛大学の教育学部が設置され、その後他の学部が移転してきました。

 

地理的には松山城の北側に城北キャンパスがあります。交通手段としてはJR松山駅から伊予鉄道で20分程度かかりますが、本数も多く、アクセスは容易です。
今回の年会では、4件の受賞講演、11件のセッションで127件の口頭発表、72件のポスター発表が行われ、243名が参加しました。

 

総会の会場となった愛媛大学南加記念ホール
総会の会場となった愛媛大学南加記念ホール

 

1日目、12日(火)の午前9時より愛媛大学南加記念ホールにて総会が行われました。総会は上にも記した通り、一般社団法人化後はじめての総会となり、各種事業報告の他、研究の奨励及び業績の表彰式が行われました。総会のあとに受賞講演が行われ、平成28年度鉱物科学会賞第16回受賞者の愛媛大学大藤弘明氏、同第17回受賞者の京都大学川本竜彦氏、平成28年度鉱物科学会研究奨励賞第21回受賞者の愛媛大学境毅氏、同第22回受賞者の秋田大学越後卓也氏による講演がありました。また、同時進行でポスターセッションが開催されていました。受賞講演後はポスターセッションのコアタイムに指定され、ポスター発表者による説明、質疑応答、議論等が活発に行われていました。ポスター発表は学会開催期間3日間を通して行われており、3日間ともコアタイムは沢山の人で賑わっていました。また、午後14時からは「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」「変成岩とテクトニクス」「地球表層・環境・生命」が行われました。「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」で東京ジェムサイエンスの阿依アヒマディ氏が「日本産ジェダイト:歴史と特徴、および他の産地との比較」という宝石学より見た日本の国石である「ひすい」についての発表がありました。

 

日本鉱物科学会総会の様子
日本鉱物科学会総会の様子

 

ポスターセッション コアタイムの様子
ポスターセッション コアタイムの様子

 

2日目、13日(水)午前9時より「鉱物記載・分析評価」「放射光X線と中性子線の鉱物科学への応用」「岩石 ― 水相互作用」「地球外物質」のセッションがあり、弊社研究者は「鉱物記載・分析評価」のセッションで「多変量解析を用いた宝石鑑別」「HPHT法黄色合成ダイヤモンドの事前照射を含むHPHT処理による光学欠陥の変化」の2件の講演を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への関心の強さを感じ取ることができました。
3日目午前9時より「高圧科学・地球深部」「深成岩・火山岩及びサブダクションファクトリー」「火成作用に関する物質科学の新展開」「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションが行われ、午後3時半よりクロージングセレモニーが行われ、2017年日本鉱物科学会年会・総会は終了しました。

 

毎年開催される日本鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表され、弊社も毎年2件研究発表を行っています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加、聴講することで最先端の鉱物学に関する知識を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々と交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての最先端の研究を発表、深めていく予定です。なお、来年の日本鉱物科学会年会は9月19日 〜 21、山形大学小白川キャンパスで開催されます。◆