リサーチ室 北脇 裕士、江森 健太郎、久永 美生、山本 正博
合成ダイヤモンドの鑑別には、標準的な宝石学的検査に加えてFTIR、フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの技術が必要である。本報告では、最近CGLにおいて検査された天然と誤認し易い特徴を示す2種類の合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴は、合成ダイヤモンドの鑑別に関して新たな警鐘になると思われる。
1.背景
宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、HPHT法合成ダイヤモンドでは10ct以上(文献1)、CVD法合成ダイヤモンドにおいても5ct以上のものの報告(文献2)がなされている。一方、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入は業界の大きな懸念材料となっている(文献3、文献4)。
合成ダイヤモンドの鑑別には、宝石顕微鏡下における拡大検査、紫外線蛍光検査、歪複屈折の観察などの標準的な手法が不可欠であるが、多くの場合フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの分析が必要である。
本報告では、①拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色のCVD合成ダイヤモンドと ②FTIR分析においてB2センタ(プレートレット)とC–H関連ピークを示す黄色HPHT合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴はこれだけをみると天然と誤認しやすいもので、他の分析を併用した総合的な鑑別が不可欠である。
2.試料と分析方法
試料は、最近CGLにグレーディング依頼で持ち込まれた2種類のファンシーカラー・ダイヤモンドである。これらは別々の顧客から持ち込まれたもので合成ダイヤモンドの可能性については開示されていなかった。1つは1.027ct, Fancy Dark Brown, VS1で検査の結果CVD合成と判断された(図1)。
もう1つは0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1で検査の結果、HPHT合成と判断されたものである(図2)。
これらに対して標準的な宝石学的検査に加えてラボラトリーの技法による分析を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400㎝–1、分解能は4.0㎝–1および1.0㎝–1でそれぞれ512回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm、514nm、488nmおよび325nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。
3.結果と考察
① 拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色CVD合成ダイヤモンド
天然の褐色ダイヤモンドの多くは塑性変形に由来して形成する色帯、いわゆるBrown grainingを伴っている。これらは{111}面に平行で、たいていカットされたダイヤモンド全体に及んでいる。Brown grainingは1方向の場合もあるが、2方向あるいは3方向と交差していることも多い(文献5)。
ただし、今回検査を行った1.027ct, Fancy Dark Brownのダイヤモンドは1方向のみに複数の明瞭な褐色の色帯が見られた(図3)。
Fancy Dark Brownというボディ・カラーとこのBrown grainingの存在により、初期の検査においては天然ダイヤモンドを思わせた(図1)。しかし、天然褐色ダイヤモンドであれば、Brown grainingに沿って交差偏光下で高次の干渉色を示す歪複屈折が認められるが、検査石にはgrainingに平行な1次干渉色の歪とそれに垂直方向に伸びる歪複屈折が認められた(図4)。この歪複屈折はCVD合成に特有のもので種結晶から派生する。その発生メカニズムの概略を図5に示す。
FTIR分析においては7352, 6854, 6425, 5565cm–1に一連のピークが検出された。これらのピークはCVD合成に特有のもので格子間水素あるいは空孔に捕獲された水素に関連すると考えられている(文献6、文献7、文献8)。また、3400~2700 cm–1にはNVH0に起因する3123 cm–1(文献9)とその他多数のCH関連ピークが検出された(図6)。
PL分析においては488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークと493, 501.7, 512.1, 523.6, 524.4, 523.2nmに弱いピークが認められた。その他にラマンスペクトルの1560cm–1に相当するGバンドが検出された(図は示していない)。このピークは無色のCVD合成には見られないもので、非ダイヤモンド状炭素に由来するものと思われる(文献8)。
514nmレーザーでは、非常に強い574.9nm(NV0)と637.0nm(NV–)が認められ、未処理のCVD合成の特徴とされる596.4nmと597.0nmの弱いダブレット(文献6、文献8)が検出された。また595.3nmのピークも検出された(図7)。
CVD合成ダイヤモンドの鑑別特徴とされる737nm(SiV–)のピーク(文献6、文献8)は、514nmレーザーにおいても633nmレーザーにおいても検出されなかった(図7)。
833nmレーザーでは、853.2, 855.1, 861.4, 863.9, 865.8, 866.8nmの一連のピーク、878.3nmピークおよび884.4, 885.9, 886.9, 887.9nmの一連のピークが認められた。また、917.4, 938.5, 945.7, 949.8nmのピークが検出された(図は示していない)。 DiamondView™による観察では、全体にNVセンタ由来のオレンジ色の発光色が見られ、CVD合成特有の曲線的な線模様(文献8)も確認された。
以上の検査結果から、当該石はCVD合成ダイヤモンドであり、成長後にHPHT処理が施されていないAs grownの可能性が高い。褐色の直線性色帯は天然ダイヤモンドと同様な塑性変形に由来するものではなく、種結晶の方位{100}に平行な成長時の不均一性(非ダイヤモンド状炭素やvacancy clustersの集積の相違)に由来すると考えられる。
②FTIR分析においてB2センタを示す黄色HPHT合成ダイヤモンド
商業的に製造される黄色のHPHT合成ダイヤモンドはⅠb型で置換型単原子窒素を200ppm程度含有している(文献10)。通常より高温で製造されるか、あるいは製造後にHPHT処理が施されることでⅠb+ⅠaA型になることは良く知られている(文献11)。
いっぽう、今回検査した0.066ct, Fancy Vivid YellowのダイヤモンドはFTIR分析にてCセンタ(1344 cm–1)とAセンタ(1280cm–1)に加えてBセンタ(1332 cm–1、1175 cm–1)とB2センタ:プレートレット(1370 cm–1)が検出された。トータルの窒素濃度を計算すると700ppmに及んでいた。また、3107 cm–1にC–H関連ピークが認められた(図8)。B2センタと3107 cm–1の存在は、天然起源の可能性を思わせた。しかし、BおよびB2センタとCセンタの共存は、天然ダイヤモンドあるいは合成ダイヤモンドに施されるHPHT処理の疑いがもたれた。
PL分析においては325nmレーザーで励起した場合、明瞭な415.2nm(H3)が検出された。また、361, 379, 389nmの弱いピークが検出された(図9)。これらのうち、389nmと付随する379nmピークは、ディスロケーションが集中する部位に照射を施した際に発生することが知られている(文献12)。 488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークが検出され、514nmレーザーでは523.8, 542.9, 544.5, 560.9, 561.7, 579.3, 580.7nmの一連のピークが検出された(図10)。これらはCoに関連したもので、1500℃以上でHPHT処理が施されたときに出現するといわれている(文献13)。
633 nmレーザーで励起した場合、728.9, 735.3, 736.7, 793.4, 815.4, 816.8, 834.7, 852.2, 869.1nmの多数のピークに加えて非常に明瞭な992.6nm(Co–related)ピーク(文献14)が検出された(図10)。
拡大検査においてピンポイント状の微小インクルージョンと金属様インクルージョンが見られた(図2右)。DiamondView™による観察ではHPHT合成特有のセクターゾーニングが観察され、金属inc.の周辺に種結晶があったことが推測される(図11左)。また、DiamondView™の画像とPL分析による992.6nmの発光ピークの強度マッピングと重ね合わせると、ちょうど種結晶の付近の強度が強いことがわかる(図11右)。結晶開始時期の成長環境が不安定な時期に溶媒金属のCoが取り込まれたと考えられる。
置換型単原子は高濃度になるほど凝集しやすく、また、HPHT処理の事前に照射を施すことでさらに凝集が促進すると考えられている(文献15)。今回の検査石ではAセンタからBセンタが形成する過程、あるいはN3が形成する過程で格子間炭素が形成され、プレートレットが形成したものと思われる。また、N3と格子間水素が結合して3107センタが形成したものと考えられる。
以上の検査結果から、当該石はCoを溶媒に用いたHPHT合成ダイヤモンドであり、成長後に放射線照射とHPHT処理が施されたHIH: HPHT growth/ Irradiation/ HPHT treatment(文献16)と 結論付けられる。
4.まとめ
宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、そのバリエーションは多岐にわたる。①褐色ダイヤモンドの石全体にわたる直線的な1方向のみの色帯はCVD合成の可能性もあり、天然の確定的な診断特徴とはならない。②黄色ダイヤモンドにおけるB2センタ(プレートレット)や3107 cm–1のCH関連ピークはHPHT合成にも検出されるため、天然起源の確定はできない(無色ダイヤモンドにおけるB2センタは今なお天然起源の根拠となる)。他の検査手法も用いた総合的な判断が重要である。
5.謝辞
325nmレーザーによるPL分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士にご協力いただいた。つくばエキスポセンターの神田久生博士には光学中心についてご討論いただいた。ここに謝意を表する。◆
6.文献
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