天然と誤認し易い特徴を示す合成ダイヤモンド2種

Adobe_PDF_file_icon_32x322017年9月PDFNo.40

リサーチ室 北脇  裕士、江森  健太郎、久永  美生、山本  正博

合成ダイヤモンドの鑑別には、標準的な宝石学的検査に加えてFTIR、フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの技術が必要である。本報告では、最近CGLにおいて検査された天然と誤認し易い特徴を示す2種類の合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴は、合成ダイヤモンドの鑑別に関して新たな警鐘になると思われる。

 

1.背景

宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、HPHT法合成ダイヤモンドでは10ct以上(文献1)、CVD法合成ダイヤモンドにおいても5ct以上のものの報告(文献2)がなされている。一方、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入は業界の大きな懸念材料となっている(文献3、文献4)。
合成ダイヤモンドの鑑別には、宝石顕微鏡下における拡大検査、紫外線蛍光検査、歪複屈折の観察などの標準的な手法が不可欠であるが、多くの場合フォトルミネッセンス(PL)分析やDiamondView™による観察などの先端的なラボの分析が必要である。
本報告では、①拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色のCVD合成ダイヤモンドと ②FTIR分析においてB2センタ(プレートレット)とC–H関連ピークを示す黄色HPHT合成ダイヤモンドについて紹介する。これらの特徴はこれだけをみると天然と誤認しやすいもので、他の分析を併用した総合的な鑑別が不可欠である。

 

2.試料と分析方法

試料は、最近CGLにグレーディング依頼で持ち込まれた2種類のファンシーカラー・ダイヤモンドである。これらは別々の顧客から持ち込まれたもので合成ダイヤモンドの可能性については開示されていなかった。1つは1.027ct, Fancy Dark Brown, VS1で検査の結果CVD合成と判断された(図1)。

 

図1:天然と同様の色調を示す褐色のCVD合成ダイヤモンド(赤丸検査石)。1.027ct, Fancy Dark Brown,VS1
図1:天然と同様の色調を示す褐色のCVD合成ダイヤモンド(赤丸検査石)。1.027ct, Fancy Dark Brown,VS1

 

もう1つは0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1で検査の結果、HPHT合成と判断されたものである(図2)。

 

図2:黄色HPHT 合成ダイヤモンド。0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1
図2:黄色HPHT 合成ダイヤモンド。0.066ct, Fancy Vivid Yellow, SI1

 

これらに対して標準的な宝石学的検査に加えてラボラトリーの技法による分析を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400㎝–1、分解能は4.0㎝–1および1.0㎝–1でそれぞれ512回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm、514nm、488nmおよび325nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。さらに、DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の観察を行った。

 

3.結果と考察

① 拡大検査において明瞭な直線性色帯を示す褐色CVD合成ダイヤモンド

天然の褐色ダイヤモンドの多くは塑性変形に由来して形成する色帯、いわゆるBrown grainingを伴っている。これらは{111}面に平行で、たいていカットされたダイヤモンド全体に及んでいる。Brown grainingは1方向の場合もあるが、2方向あるいは3方向と交差していることも多い(文献5)。
ただし、今回検査を行った1.027ct, Fancy Dark Brownのダイヤモンドは1方向のみに複数の明瞭な褐色の色帯が見られた(図3)。

 

図3:褐色CVD合成ダイヤモンドに見られた1方向のみの明瞭な褐色の色帯
図3:褐色CVD合成ダイヤモンドに見られた1方向のみの明瞭な褐色の色帯

 

Fancy Dark Brownというボディ・カラーとこのBrown grainingの存在により、初期の検査においては天然ダイヤモンドを思わせた(図1)。しかし、天然褐色ダイヤモンドであれば、Brown grainingに沿って交差偏光下で高次の干渉色を示す歪複屈折が認められるが、検査石にはgrainingに平行な1次干渉色の歪とそれに垂直方向に伸びる歪複屈折が認められた(図4)。この歪複屈折はCVD合成に特有のもので種結晶から派生する。その発生メカニズムの概略を図5に示す。

 

図4:褐色の色帯とそれに対してほぼ垂直に伸びる歪複屈折が見られる(交差偏光+拡散反射光)
図4:褐色の色帯とそれに対してほぼ垂直に伸びる歪複屈折が見られる(交差偏光+拡散反射光)

 

図5:褐色CVD合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。CVD合成特有のピークが多数見られる
図5:褐色CVD合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。CVD合成特有のピークが多数見られる

 

FTIR分析においては7352, 6854, 6425, 5565cm–1に一連のピークが検出された。これらのピークはCVD合成に特有のもので格子間水素あるいは空孔に捕獲された水素に関連すると考えられている(文献6、文献7、文献8)。また、3400~2700 cm–1にはNVH0に起因する3123 cm–1(文献9)とその他多数のCH関連ピークが検出された(図6)。

 

図6:褐色CVD合成ダイヤモンドの514nmレーザー(緑色)と633nmレーザー(赤色)によるPLスペクトル
図6:褐色CVD合成ダイヤモンドの514nmレーザー(緑色)と633nmレーザー(赤色)によるPLスペクトル

 

PL分析においては488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークと493, 501.7, 512.1, 523.6, 524.4, 523.2nmに弱いピークが認められた。その他にラマンスペクトルの1560cm–1に相当するGバンドが検出された(図は示していない)。このピークは無色のCVD合成には見られないもので、非ダイヤモンド状炭素に由来するものと思われる(文献8)。
514nmレーザーでは、非常に強い574.9nm(NV0)と637.0nm(NV)が認められ、未処理のCVD合成の特徴とされる596.4nmと597.0nmの弱いダブレット(文献6、文献8)が検出された。また595.3nmのピークも検出された(図7)。
CVD合成ダイヤモンドの鑑別特徴とされる737nm(SiV)のピーク(文献6、文献8)は、514nmレーザーにおいても633nmレーザーにおいても検出されなかった(図7)。

 

図7:褐色CVD合成ダイヤモンドの歪複屈折(左)とその発生メカニズムの概略(右)
図7:褐色CVD合成ダイヤモンドの歪複屈折(左)とその発生メカニズムの概略(右)

 

833nmレーザーでは、853.2, 855.1, 861.4, 863.9, 865.8, 866.8nmの一連のピーク、878.3nmピークおよび884.4, 885.9, 886.9, 887.9nmの一連のピークが認められた。また、917.4, 938.5, 945.7, 949.8nmのピークが検出された(図は示していない)。   DiamondView™による観察では、全体にNVセンタ由来のオレンジ色の発光色が見られ、CVD合成特有の曲線的な線模様(文献8)も確認された。
以上の検査結果から、当該石はCVD合成ダイヤモンドであり、成長後にHPHT処理が施されていないAs grownの可能性が高い。褐色の直線性色帯は天然ダイヤモンドと同様な塑性変形に由来するものではなく、種結晶の方位{100}に平行な成長時の不均一性(非ダイヤモンド状炭素やvacancy clustersの集積の相違)に由来すると考えられる。

 

②FTIR分析においてB2センタを示す黄色HPHT合成ダイヤモンド
商業的に製造される黄色のHPHT合成ダイヤモンドはⅠb型で置換型単原子窒素を200ppm程度含有している(文献10)。通常より高温で製造されるか、あるいは製造後にHPHT処理が施されることでⅠb+ⅠaA型になることは良く知られている(文献11)。
いっぽう、今回検査した0.066ct, Fancy Vivid YellowのダイヤモンドはFTIR分析にてCセンタ(1344 cm–1)とAセンタ(1280cm–1)に加えてBセンタ(1332 cm–1、1175 cm–1)とB2センタ:プレートレット(1370 cm–1)が検出された。トータルの窒素濃度を計算すると700ppmに及んでいた。また、3107 cm–1にC–H関連ピークが認められた(図8)。B2センタと3107 cm–1の存在は、天然起源の可能性を思わせた。しかし、BおよびB2センタとCセンタの共存は、天然ダイヤモンドあるいは合成ダイヤモンドに施されるHPHT処理の疑いがもたれた。

 

図8:黄色HPHT合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。B2センタ(プレートレット)と3107 cm–1のCH関連ピークが検出された
図8:黄色HPHT合成ダイヤモンドの赤外反射スペクトル。B2センタ(プレートレット)と3107 cm–1のCH関連ピークが検出された

 

PL分析においては325nmレーザーで励起した場合、明瞭な415.2nm(H3)が検出された。また、361, 379, 389nmの弱いピークが検出された(図9)。これらのうち、389nmと付随する379nmピークは、ディスロケーションが集中する部位に照射を施した際に発生することが知られている(文献12)。 488nmレーザーで励起した場合、503.2nm(H3)の比較的明瞭なピークが検出され、514nmレーザーでは523.8, 542.9, 544.5, 560.9, 561.7, 579.3, 580.7nmの一連のピークが検出された(図10)。これらはCoに関連したもので、1500℃以上でHPHT処理が施されたときに出現するといわれている(文献13)。
633 nmレーザーで励起した場合、728.9, 735.3, 736.7, 793.4, 815.4, 816.8, 834.7, 852.2, 869.1nmの多数のピークに加えて非常に明瞭な992.6nm(Co–related)ピーク(文献14)が検出された(図10)。

 

図9:黄色HPHT合成ダイヤモンドの325nmレーザーによるPLスペクトル
図9:黄色HPHT合成ダイヤモンドの325nmレーザーによるPLスペクトル

 

図10:黄色HPHT合成ダイヤモンドの488nmレーザー(青色)と633nmレーザー(黄色)によるPLスペクトル
図10:黄色HPHT合成ダイヤモンドの488nmレーザー(青色)と633nmレーザー(黄色)によるPLスペクトル

 

拡大検査においてピンポイント状の微小インクルージョンと金属様インクルージョンが見られた(図2右)。DiamondView™による観察ではHPHT合成特有のセクターゾーニングが観察され、金属inc.の周辺に種結晶があったことが推測される(図11左)。また、DiamondView™の画像とPL分析による992.6nmの発光ピークの強度マッピングと重ね合わせると、ちょうど種結晶の付近の強度が強いことがわかる(図11右)。結晶開始時期の成長環境が不安定な時期に溶媒金属のCoが取り込まれたと考えられる。

 

図11:黄色HPHT合成ダイヤモンドのDiamondView™像と633nmレーザーによるPLスペクトル
図11:黄色HPHT合成ダイヤモンドのDiamondView™像と633nmレーザーによるPLスペクトル

 

置換型単原子は高濃度になるほど凝集しやすく、また、HPHT処理の事前に照射を施すことでさらに凝集が促進すると考えられている(文献15)。今回の検査石ではAセンタからBセンタが形成する過程、あるいはN3が形成する過程で格子間炭素が形成され、プレートレットが形成したものと思われる。また、N3と格子間水素が結合して3107センタが形成したものと考えられる。
以上の検査結果から、当該石はCoを溶媒に用いたHPHT合成ダイヤモンドであり、成長後に放射線照射とHPHT処理が施されたHIH: HPHT growth/ Irradiation/ HPHT treatment(文献16)と 結論付けられる。

 

4.まとめ

宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上しており、そのバリエーションは多岐にわたる。①褐色ダイヤモンドの石全体にわたる直線的な1方向のみの色帯はCVD合成の可能性もあり、天然の確定的な診断特徴とはならない。②黄色ダイヤモンドにおけるB2センタ(プレートレット)や3107 cm–1のCH関連ピークはHPHT合成にも検出されるため、天然起源の確定はできない(無色ダイヤモンドにおけるB2センタは今なお天然起源の根拠となる)。他の検査手法も用いた総合的な判断が重要である。

 

5.謝辞

325nmレーザーによるPL分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士にご協力いただいた。つくばエキスポセンターの神田久生博士には光学中心についてご討論いただいた。ここに謝意を表する。◆

 

6.文献
  1. International Gemological Institute., 2015. http://www.igiworldwide.com/igi-certifies-worlds-largest-colorless-grown-diamond.html
  2. Law B., Wang W., 2016. CVD Synthetic diamond over 5 carats identified. Gems & Gemology, 52(4), 414-416
  3. Soonthorntantikul W and Siritheerakul P., 2015. Near-colorless melee-sized HPHT synthetic diamonds identified in GIA laboratory. Gems& Gemology, 51(2), 183-185
  4. Lan Y., Liang R., Lu T., Zhang T., Song Z., Ma H and Ma Y., 2015. Identification characteristic of near-colourless melee-sized HPHT synthetic diamond in Chinese jewelry market. Journal of Gems & Gemmology, 17(5), 12-17
  5. Kitawaki H., 2007. Gem diamonds: Causes of colors. New Diamond and Frontier Carbon Technology, 17(3), 119-126
  6. Wang W., Moses T., Linares R.C., Shigley J.E., Hall M and Butler J., 2003. Gem-quality synthetic diamonds grown by a chemical vapor deposition (CVD) method. Gems& Gemology, 39(4), 268-283
  7. Wang W., Hall M.S., Moe K.S., Tower J and Moses T.M., 2007. Larest-generation CVD-grown synthetic diamonds from Apollo Diamond Inc. Gems & Gemology, 43(4), 294-312
  8. Martineau P.M., Lawson S.C., Taylor A.J., Quinn S.J., Evans D.J.F and Crowder M.J., 2004. Identification of synthetic diamond grown using chemicak vapor deposition(CVD). Gems& Gemology, 40(1), 2-25
  9. Khan R.U.A., Martineau P.M., Cann B.L., Newton M.E and Twitchen D.J., 2009. Charge-transfer effects, thermo and photochromism in single crystal CVD synthetic diamond. Journal of Physics: Condensed Matter, 21(36), article no.36214
  10. Collins A.T., Kanda H and Kitawaki H., 2000. Colour changes produced in natural brown diamonds by high-pressure, high-temperature treatment. Diamond and Related Materials 9, 113-122
  11. Shigley J.E., Fritsch E., Koivula J.I., Sobolev N.V., Malinovsky I.Y and Pal’yanov Y.N., 1993. The gemological properties of Russian gem-quqlity synthetic yellow diamonds. Gems& Gemology, 29(4), 228-248
  12. Lawson S.C., Kanda H., Watanabe K., Kiflawi I and Sato Y., 1996. Spectroscopic study of cobalt-related optical centers in synthetic diamond. Journal of Applied Physics, 79(8), 4348-4357
  13. Mora A.E., Steeds J.W., Butler J.E., Yan C.S., Mao H.K and Hemley R.J., 2005. Direct evidence of interaction between dislocations and point defects in diamond. Phys. stat. sol. (a) 202, No.6, 69-71
  14. Kiflawi I., Kanda H and Lawson S.C., 2002. The effect of the growth rate on the concentration of nitrogen and transition metal impurities in HPHT synthetic diamonds. Diamond and Related Materials 11, 204-211
  15. Collins A.T., 1980. Vacancy enhanced aggregation of nitrogen in diamond. J. Phys. C: Solid St. Phys., 13, 2641-50
  16. Hainschwang T and Notari F., 2011. HIH:Multi-treated HPHT-grown synthetic diamonds showing some characteristics of natural diamonds. GGTL Laboratories Gemmological Newsletter 1, Sept

中国北京市NGTCを訪問して

PDFファイルはこちらから2017年9月PDFNo.40

リサーチ室 北脇  裕士

去る 2017年7月中旬、中国北京市の国土资源部珠宝玉石首饰管理中心(National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC))を訪問し、最近の合成ダイヤモンドの現状と鑑別技術の話題を中心に情報交換を行いました。以下に概要をご報告致します。

 

図1.中国北京市の象徴である天安門
図1.中国北京市の象徴である天安門

 

National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC)とは

国土资源部珠宝玉石首饰管理中心(National Gems & Jewelry Technology Administrative Center (NGTC))

( http://www.ngtc.com.cn/)は、故宮や天安門のある北京市の中心地から北へ数kmの北三环东路にあるグローバルトレードセンターにオフィスがあります。グローバルトレードセンターはA座、B座、C座、D座の計4棟の高層ビル群で、北京でも屈指の高級オフィスビルとして知られています。NGTCはそのC座の22階にあります。NGTCは国家珠宝玉石质量监督检验中心(National Gemstone Testing Center)を傘下にもち、ここも略称はNGTCと呼ばれています。同じフロアには中国珠宝玉石首饰行业协会(Gems & Jewelry Trade Association of China (GAC))も入っており、まさに中国の宝飾ビジネスのシンクタンクといえます。

 

図2.北京市とNGTC周辺の地図
図2.北京市とNGTC周辺の地図

 

NGTCは1992年に設立された国家の宝飾品研究機関です。中国の宝飾業界の健全な発展のための基準やルールの策定、輸出入宝飾品の検査、消費者のための検査・鑑別、種々のプロフェッショナル教育、情報収集、研究、国際的な会議の主催など、国家の宝飾関連事業全般を担っています。
NGTCは北京の他に深圳、上海、広州、雲南などにも研究施設があり、総勢で700名以上のスタッフがいるそうです。もっとも宝飾品の検査数が多いのは深圳で、ここには300名のスタッフを配置しているそうです。

図3グローバルトレードセンターのオフィスビル群(左側がNGTCのオフィスがあるC座)
図3.グローバルトレードセンターのオフィスビル群(左側がNGTCのオフィスがあるC座)

 

図4.陸太進博士(左)とNGTCのオフィス前にて
図4.陸太進博士(左)とNGTCのオフィス前にて

 

図5.NGTCの北京オフィス
図5.NGTCの北京オフィス

 

NGTCによる合成ダイヤモンドの現況調査

これまでCGL通信で幾度かお伝えしているように(CGL通信No.35、No.36をご参照ください)、中国はHPHT合成ダイヤモンドの主要な生産国です。その中国での宝飾品の検査体制、合成ダイヤモンドの現状を理解するために今回の訪問が実現しました。筆者の訪問を快く受け入れてくれたのはNGTCの首席研究員の陸太進博士(Dr. Lu Taijin)です。陸博士は1982年に武漢地質学院を卒業された後、日本の東北大学で「水晶およびめのうの双晶と微細組織の形成」の研究において理学博士を取得されています。その後、理化学研究所ではレーザー光散乱トモグラフィを用いた半導体結晶の微小欠陥の評価など、現在の宝石鑑別技術の礎となる研究をされています。陸博士の活動範囲は広く、シンガポール大学や米国のGIAでも活躍され、宝石関連論文を100以上執筆されています。

 

陸博士は2009年からNGTCに所属されており、中国における宝石研究を先導されてきました。最近では合成ダイヤモンドの鑑別装置の開発を含めた鑑別技術の構築に尽力されています。この1-2年で中国の主要な宝飾用合成ダイヤモンドの製造会社を幾度となく訪問され、製造技術者との交流、それぞれの製造会社のサンプルの収集を行い、調査・研究に生かしておられます。陸博士によると、間を空けて同じ会社を何度も訪問するのが大切とのことです。その間の企業の成長ぶりが確認できるからです。また、中国の企業は突然の事業方針の転換などがあり、最新の情報を入手する必要があります。このような精力的な現地調査が行えるのも中国の国営ラボという地の利を生かしたNGTCならではです。特に工業用合成ダイヤモンドの世界シェアの5割を誇る中南鉆石股份有限公司は、日本でいう防衛省の直轄企業にあたり、NGTC以外の海外研究者の訪問受け入れはまず無理だろうとのことでした。

 

中国で宝飾用合成ダイヤモンドを製造しているのは、河南省の中南鉆石股份有限公司、河南黄河旋風股份有限公司、鄭州華晶金剛石股份有限公司の大手三社をはじめ十数社に及びます。これらの会社ではもともと工業用の砥粒(粉末)を生産していましたが、2014年後半~2015年頃に宝飾用の単結晶育成技術を獲得し、それぞれ生産を開始しています。各社は当初φ2–2.5mm程度の結晶原石を生産していましたが、日進月歩で技術が進み、今ではφ4–4.5mmレベルの量産に成功しているようです。各社が生き残りをかけて激しく競合しているため、今後更なるサイズと品質の向上、そして増産が予測されます。
陸博士によると、NGTCでの検査に供されるダイヤモンド製品に混入する合成ダイヤモンドは2015年の夏頃が最も多く、全体の10%にも達していたとのことです。この事実は2016年9月に深圳で行われた国際的なジェムショーで報告され、世界の宝飾業界に衝撃が走りました。今では検出される合成ダイヤモンドは少なくなってきており、1%程度とのことでした。しかし、陸博士によると中国における年間のHPHT合成ダイヤモンドの生産量は500–600万ctペースに増加しており、鑑別されていない合成ダイヤモンドはどこに行っているのかと心配されていました。

 

NGTCが開発したダイヤモンド鑑別機器

NGTCでは合成ダイヤモンドをスクリーニング(粗選別)するための装置を独自に開発してきました。DS5000は紫外 –可視– 近赤外の吸収および反射スペクトルを用いて合成ダイヤモンドを粗選別する装置です。光ファイバーを利用してセット石にも使用できるよう工夫されています。プロトタイプのDS2000を改良して2016年に開発されました。
PL5000はフォトルミネッセンスによる分析ができます。737nmなどの特徴的なピークを検出して、天然ダイヤモンドとCVD合成およびHPHT合成を区別します。

 

GV5000は波長の短い紫外線を照射し、その蛍光色と燐光の有無を調べる装置です。DTCのDiamondView™と原理は同じものです。NGTCの調査によると、無色の天然ダイヤモンドは97%がN3センタによる青白色の蛍光を示し、燐光を伴いません。わずか3%が他の蛍光色を示し、わずかな燐光を伴います。HPHT合成では青緑色の蛍光色を示し、3–60秒の燐光を伴います。CVD合成では88%が青緑色、11%が緑色の蛍光を示し、1%が橙赤色などの蛍光を示します。CVD合成にも通常燐光がありますが3秒以下です。 GV5000はサンプルをセットするステージの幅が75mm×36 mm あり、XYZに稼動できるため、セット石の検査がスムーズです。NGTCでは鑑別依頼をうけたダイヤモンド製品はすべてこの装置で検査されているとのことです。また、検査の結果はすべて記録され、合成ダイヤモンドの混入していた割合などを常に統計的に調査しているとのことでした。

 

図6.GV5000を用いてダイヤモンドの製品鑑別を行なうスタッフ
図6.GV5000を用いてダイヤモンドの製品鑑別を行うスタッフ

 

図7.陸博士が製造会社から入手した研究用のHPHT合成ダイヤモンドサンプル
図7.陸博士が製造会社から入手した研究用のHPHT合成ダイヤモンドサンプル

 

このようにNGTCでは合成ダイヤモンドの各製造会社を訪問してサンプル入手を行い、これらを基に天然と合成ダイヤモンドの成長条件や履歴の相違について深く研究されています。各製造会社のサンプルの調査はきわめて重要です。特に金属包有物を分析することで、製造に用いられている溶媒金属が判ります。溶媒金属の種類や量比などから製造条件等が推定でき、鑑別に重要な情報が得られるからです。そして、NGTCでは独自の技術によるスクリーニング装置を開発し、日常業務に活かされています。
今回の陸博士との対談において、NGTCとCGLにおける合成ダイヤモンド鑑別の技術的手法に多くの共通点があり、それらの理論的根拠を互いに確認することができました。そして、合成ダイヤモンドがさらなる進化を遂げた際の鑑別の問題点などを整理することもできました。合成ダイヤモンドの鑑別は日中を問わず宝飾業界の大きな関心事です。互いに協力して困難な状況にチャレンジしようと、共同研究の課題を持ち帰ることになりました。◆