多変量解析の宝石学への応用

2017年7月No.39

リサーチ室 江森  健太郎、北脇  裕士

要約

LA–ICP–MSによる微量分析のデータを多変量解析の一種である判別分析とロジスティック回帰分析の2種類の解析法を用いて解析を行い、その解析結果の宝石鑑別への有効性について検討した。アメシストおよびルビーなどの天然・合成の鑑別には判別分析よりもロジスティック回帰分析の方がより精度が高いことが判った。しかし、交差検証の結果、合成を合成と判別できる精度は双方の解析法共に99%以上であった。パライバトルマリンの原産地鑑別においても判別分析とロジスティック回帰分析を組み合わせることにより、ブラジル産、ナイジェリア産およびモザンビーク産を高精度で判別できることが確認された。

 

■研究の背景と目的

近年の宝石鑑別にはLA–ICP–MSによる高精度の元素分析や顕微ラマン分光装置を用いた高感度のフォトルミネッセンス分析などが利用されている。このような分析技術が進展する一方で、データの解析方法も高度化が進んでいる。
分析データの取り扱いには、単変量解析、二変量解析、多変量解析と、扱う系の複雑さによる段階がある。複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う多変量解析は計算負荷が高いことが障害であったが、近年のハードおよびソフトウェアの進展において活用が容易となった。しかしながら、多変量解析の宝石学における応用例はこれまで少数の報告があるのみである (文献1,2)。
本研究では、LA–ICP–MSにより得られた微量分析のデータを多変量解析の一種である判別分析とロジスティック回帰分析の2種類の解析法を用いて解析を行い、①「アメシストの天然・合成の鑑別」、②「ルビーの天然・合成の鑑別」、③「パライバトルマリンの原産地鑑別」の3つのテーマにおいてそれぞれの解析結果の有効性を検討した。

■多変量解析とは

多変量解析(multivariate analysis)とは、複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法である。多変量解析にはおおまかに分けると、「要約」の手法と「予測」の手法がある。「要約」とは、複数の変数を新しい変数に要約する、または多くの変数を少ない変数に変換するといった手法であり、一方「予測」は複数の変数から何らかの結果を予測する、もしくは、どのような原因を作れば欲求する結果が得られるか、どのような原因でそのような結果になったのか(因果明確化)を行う手法である。宝石鑑別において、必要なものは「鑑別結果」であり、「予測」の手法を用いることになる。
予測の手法に必要なものは「目的変数」と「説明変数」である。「目的変数」とは、例えば、1つの宝石の産地といった最終的に予測したいもの、「説明変数」は、その宝石についてのデータ、例えば微量成分の濃度といったその目的変数を表現するパラメータである。既知の「目的変数」「説明変数」のデータベース(これを教師データ又はトレイニングデータと呼ぶ)から、目的変数毎に分別するための関数を作成し、その関
数を用いて、調べたい未知試料の「説明変数」から「目的変数」を求める手法が予測ということになる(図1)。

 

図1.多変量解析の予測手法
図1.多変量解析の予測手法

 

さて、予測の手法は、変数の種類によって4つの手法に分けられる。多変量解析で取り扱う変数には、「質的変数(数えることができない変数、例えば、曜日、天候等)」と「量的変数(計量可能な変数、例えば質量、長さ等)」がある。説明変数、目的変数がそれぞれ質的変数と量的変数の2種類あり、計4種類のパターンが存在することになる (表1)。 本研究では、説明変数として成分分析結果(量的変数)、目的変数として天然・合成・産地(質的変数)を扱うため、判別分析及びロジスティック回帰分析を用いる。

 

表1.多変量解析の予測手法
表1.多変量解析の予測手法

 

■判別分析とロジスティック回帰分析について
判別分析(discriminant analysis)は、事前に与えられているデータが異なるグループに分かれる場合、新しいデータが得られた際、どちらのグループに入るのかを判断するための、正規分布を前提とした分類の手法であり、1936年にロナルド・フィッシャーによって線形判別分析が発表された(文献3)。(判別分析についてはCGL通信34号「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」をご参照下さい) 一方、ロジスティック回帰分析(logistic regression)は、ベルヌーイ分布に従う変数の統計的回帰モデルの一種で、連結関数としてロジットを使用する一般線形モデルの一種であり、1958年にデビッド・コックスにより発表された(文献4、囲み(1)参照)。判別分析と異なる点は、判別分析は事前に与えられたグループのどちらに入るのかを返り値として返すが、ロジスティック回帰分析は未知データが一方のグループに入る確率を返す点である。表2に両者の違いについてまとめた。

 

表2.判別分析とロジスティック回帰分析の違い
表2.判別分析とロジスティック回帰分析の違い

 

===囲み(1): ロジスティック回帰分析===

ロジスティック回帰分析は、CGL通信34号で紹介した判別分析と同じく、量的データ(質量、温度等計測可能な量)から質的データ(天然、合成といった数えることのできないパラメータ)への予測を行う多変量解析である。ベルヌーイ分布に従う変数の統計的回帰モデルの一種で、連結関数としてロジットを使用する一般線形モデルの一種でもある。
ロジスティック回帰分析は、2種類の群の判別を行い、片側の群になる確率を1、もう片側の群になる確率を0として計算を行う。
ロジスティック回帰分析では、説明変数を{x1,i,x2,i,x3,i,…,xk,i}、回帰係数を{β0123,…,βk}、目的変数である確率をpiとして以下の回帰式形式を用いる。

 

CGLNo39-03回帰式形式

 

logit(pi )が正であれば、0.5 < p < 1となり、負であれば、0 < p < 0.5となる。
例えば、現在集合Xと集合Yのロジスティック回帰分析を行うと仮定する。集合Xのパラメータを回帰式に代入し、ロジット(logit(p))を得る。また、集合Yのパラメータを回帰式に代入し、ロジット(logit(q))を得る。現在、集合Xに属する確率を1、集合Yに属する確率を0とした場合、得られるlogit(p)を正、logit(q)を負となるような回帰係数を{β0123,…,βk }を探すという計算がロジスティック回帰分析ということになる(図2)。この回帰係数を求めるために、最尤(ゆう)法というアルゴリズムを用いる。

 

図2.ロジスティック回帰分析のモデル
図2.ロジスティック回帰分析のモデル

 

未知試料が集合X、Yのどちらに入るか知りたい場合は、ロジスティック回帰分析で得られた回帰式に未知試料の説明変数を代入し、ロジットからpを求めることで、その未知試料が集合Xに属する確率を知ることができる。
ロジスティック回帰分析は原理上集合Xと集合Yの2種類の判別にしか用いることができない。未知試料は集合Xか集合Yのどちらかに属することが前提となるため、それ以外の集合に属する可能性があるものに対しては使用できないことに注意していただきたい。
なお、本研究で提示したグラフ(図4、図7、図10)はロジスティック回帰分析で得られた回帰式に測定に用いた集合のデータを代入し、得られたそれぞれのロジット(logit(p))とロジットから計算される確率(p)をプロットしたものである。

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■分析手法

本研究ではLA–ICP–MS装置として、LA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP–213を、ICP–MSはAgilent 7500aを使用した。分析条件は表3に示した通りである。標準試料にはNIST612を用い、内標準として、アメシストの分析には28Si、ルビー、パライバトルマリンの分析には27Alを用いた。

 

表3.本研究に用いたLA–ICP–MSの分析条件
表3.本研究に用いたLA–ICP–MSの分析条件

 

■解析手法

分析データの解析には、R言語を用いた。R言語はオープンソース・フリーソフトウェアの統計解析向けのプログラミング言語及びその開発実行環境である。使用可能なパッケージが多く、統計学を超えて学問分野や業界を問わず、金融工学・時系列分析・機械学習・データマイニング・バイオインフォマティクス等、柔軟なデータ解析や視覚化そして知識共有の需要に応え得るR言語の普及は世界的な広がりを見せている。本研究において、判別分析は、Rに提供されるMASSパッケージのlda関数、ロジスティック回帰分析にはglm関数を用いた。

 

■結果及び考察

1. アメシストの天然・合成の鑑別
<サンプルと分析方法>
天然アメシスト50点、合成アメシスト49点を分析に用いた。天然アメシスト50点の中で、産地が既知のサンプルは、ブラジル産10点、ザンビア産6点、日本産2点、ニュージーランド産1点、また合成アメシストは日本製5点、ロシア製4点を含み、ブラジルや国内市場で流通している市場性が高いサンプルを用いた。サンプルはすべてファセットカットされており、ブラジル産天然アメシスト5点、ザンビア産天然アメシスト6点については、LA–ICP–MSで5点ずつ分析を行い、その他のサンプルについては2点ずつ分析を行った(図3)。

 

図3–1.測定に用いた天然アメシストの一部(0.54〜1.86ct)
図3–1.測定に用いた天然アメシストの一部(0.54〜1.86ct)

 

図3–2.測定に用いた合成アメシスト の一部(1.65〜3.65ct)
図3–2.測定に用いた合成アメシストの一部(1.65〜3.65ct)

 

<分析結果と考察>
天然アメシスト、合成アメシストの分析データを用いて判別分析を行った。判別分析には測定に用いた元素(7Li, 9Be, 11B, 23Na, 27Al, 39K, 45Sc, 47Ti, 66Zn, 69Ga, 72Ge, 90Zr, 208Pb)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い、計算を行った。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.0684[Li]+0.001255[Be]+0.220764[B]–0.03541 [Na]+0.005085[Al]+0.007468[K]+0.022369 [Sc]
–0.00737[Ti]–0.03682[Zn]–0.09037[Ga]–0.09037[Ge]–0.03376[Zr]–0.00072[Pb]
LD2 =  –0.09304[Li]–0.164546[Be]–0.17436[B] +0.005201[Na]–0.019521[Al]–0.00033[K]–0.13679[Sc]
+0.011894[Ti]+0.009492[Zn]+046953[Ga] –1.17219[Ge]–0.07558[Zr]+0.002117[Pb]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に天然・合成アメシストの分析値を代入し、プロッティングを行ったグラフを図4に示す。

 

図4.判別分析による天然・合成アメシストの分布
図4.判別分析による天然・合成アメシストの分布

 

また、同じデータを用いて、ロジスティック回帰分析を行った。天然を1、合成を0とし、ロジットを求める回帰式を計算した結果、

 

logit(p) = –0.38475[Li]+55.56693[Be]–13.2438[B]+2.1611[Na]–0.18751[Al]–0.93194[K]+0.89311[Sc]
–1.51653[Ti]+0.42607[Zn]+16.56753[Ga]+5.61131[Ge]+60.20579[Zr]–0.05453[Pb]+2.81222

 

が得られた。判別分析同様、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に分析値を代入し得られたlogit(p)と天然アメシストである確率pについてグラフを作成した結果を図4に示す。ロジスティック回帰分析の結果は、本来は図5のようなプロットを行わないが、ビジュアル的にわかりやすくするため、logit(p)とpでグラフを表記した。

 

図5.ロジスティック回帰分析による天然・合成アメシストの分布
図5.ロジスティック回帰分析による天然・合成アメシストの分布

 

判別分析、ロジスティック回帰分析共に天然・合成の乖離(かいり)が良く、非常によい解析結果に見える。そこでデータの解析の精度について確認を行うため、交差検証(Cross-validation)を行った。交差検証は統計学において標本データを分割し、その一部をまず解析し、残る部分で解析のテストを行うことで、解析自身の妥当性の検証、確認に当てる手法を差す(交差検証については囲み(2)参照)。今回の解析について、交差検証を行った結果を表4に示す。

 

表4.天然・合成アメシストの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果
表4.天然・合成アメシストの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

誤判別率(間違って判別する確率)を計算すると、判別分析は10.3%、ロジスティック回帰分析は1.7%という結果が得られ、ロジスティック回帰分析の誤判別率が低く、優位な結果が得られた。しかし、判別分析、ロジスティック回帰分析共に合成アメシストを合成アメシストであると判断する確率は99.0%と、合成石をチェックするにはよい手法ではないかと思われる。

 

===囲み(2): 交差検証(Cross–validation)とは===

交差検証(Cross–validation)とは、データの解析(導出された推定や統計的な予測)がどれだけ母集団に対処できるかを検証・確認する方法で、標本データを分割し、一部をまず解析し、残る部分で解析のテストを行い、解析自身の妥当性の検証・確認を行う手法である。一般的に交差検証は、それ以上標本を集めることが困難である場合に、推定の裏付けを行う際に必要な手法だとされている。
交差検証の手法には主に「ホールドアウト検証」、「k–分割交差検証」、「leave–one–out交差検証」が知られており、本研究では「leave–one–out交差検証」を用いたが、「leave–one–out交差検証」は「k–分割交差検証」の特別な場合であるため、まず「k–分割交差検証」について説明を行う。
「k–分割交差検証」では、まず、標本群をk個に分割する。そのうちの1個をテスト事例(testing group)、残りの(k–1)個を訓練事例(training group)とする。(k–1)個の訓練事例(training group)を用いて、判別分析及びロジスティック回帰分析を行い、テスト事例(testing group)のテストを行う(図6)。これをk回行った結果から検証をし、1つの推定を得る手法である。

 

図6.k–分割交差検証法の仕組み
図6.k–分割交差検証法の仕組み

 

「leave–one–out交差検証」は、kが標本数とイコールの場合の交差検証である。すなわち、標本群から1標本をテスト事例(testing group)とし、残りの標本すべてを訓練事例(testing group)として判別分析もしくはロジスティック回帰分析を行い、テスト事例とした1標本の調査、検証を行う。この検証を標本数だけ行い、推定結果の調査を行う手法である。

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2. ルビーの天然・合成の鑑別
<サンプルと分析方法>
天然ルビー174点、合成ルビー28点を分析に用いた。天然ルビーは産地別にミャンマー52点、タイ28点、モザンビーク28点、タンザニア26点、ベトナム17点、カンボジア15点、マダガスカル4点、スリランカ4点、また合成ルビーは製造方法別にフラックス法12点、FZ法6点、ベルヌイ法5点、熱水法3点、結晶引上法2点である。天然ルビーに関してはサンプル毎に3〜5点、合成ルビーに関しては各5点ずつ分析を行った(図7)。

 

図7.分析に用いた天然ルビーの一部。モザンビーク産。
図7–1.分析に用いた天然ルビーの一部。モザンビーク産

 

図7.分析に用いた合成ルビーの一部。フラックス法合成ルビー
図7–2.分析に用いた合成ルビーの一部。フラックス法合成ルビー

 

<分析結果と考察>
天然ルビー、合成ルビーの分析データを用いて判別分析を行った。判別分析には測定に用いた元素(24Mg, 41Ti, 47V, 53Cr, 57Fe, 69Ga)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い、計算を行った。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.01013[Mg]+0.000758[Ti]–0.01378[V]–0.00021[Fe]–0.000074785[Ga]
LD2 =  0.003816[Mg]–0.00293[Ti]+0.003421[V]–0.0006[Fe]–0.00433621[Ga]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に天然・合成ルビーの分析値を代入し、プロッティングを行ったグラフを図8に示す。

 

図8.判別分析による天然・合成ルビーの分布
図8.判別分析による天然・合成ルビーの分布

 

また、同じデータを用いて、ロジスティック回帰分析を行った。天然を1、合成を0とし、ロジットを求める回帰式を計算した結果、

 

logit (p) =  1.5042[Mg]–6.2345[Ti] +90.9248[V]+0.1373[Fe]+0.3736[Ga]–131.038

 

が得られた。判別分析同様、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に分析値を代入して得られたlogit(p)と天然ルビーである確率pについてグラフを作成した結果を図9に示す。

 

図9.ロジスティック回帰分析による天然・合成ルビーの分布
図9.ロジスティック回帰分析による天然・合成ルビーの分布

 

判別分析、ロジスティック回帰分析共に天然・合成の乖離(かいり)が良く、非常によい解析結果に見える。そこでデータの解析の精度について確認を行うため、交差検証(Cross–validation)を行った。今回の解析について、交差検証を行った結果を表5に示す。

 

表5.天然・合成ルビーの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果
表5.天然・合成ルビーの判別分析、ロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

誤判別率(間違って判別する確率)を計算すると、判別分析は10.5%、ロジスティック回帰分析は1.5%とよい結果が得られ、ロジスティック回帰分析の誤判別率が低く、優位な結果が得られた。検証の結果、判別分析、ロジスティック回帰分析共に合成ルビーを合成であると正しく判断する確率は99.0%であり、合成石の検出には優れた手法であることが確認できた。

 

3. パライバトルマリンの原産地鑑別
<サンプルと分析方法>
ブラジル産パライバトルマリン186点、モザンビーク産パライバトルマリン44点、ナイジェリア産パライバトルマリン11点をサンプルとして用いた。ブラジル産はバターリャ鉱山産79点、ムルング鉱山産60点、キントス鉱山産47点を用い、ナイジェリア産は業者間でタイプ1と呼ばれる色や外観がブラジル産と酷似しているものを分析に用いた(図10)。以降、便宜上ナイジェリア産タイプ1をナイジェリア産と呼ぶことにする。色はBlue、Green Blue、Blue Green系のサンプルを使用し、Greenの強いものは除外した。

 

図10–1.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ブラジル産
図10–1.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ブラジル産

 

図10–2.分析に用いたパライバトルマリンの一部。モザンビーク産
図10–2.分析に用いたパライバトルマリンの一部。モザンビーク産

 

図10–3.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ナイジェリア産
図10–3.分析に用いたパライバトルマリンの一部。ナイジェリア産

 

<分析結果と考察>
ブラジル産、モザンビーク産、ナイジェリア産タイプ1パライバトルマリンについて判別分析を行った。ブラジル産については、バターリャ、キントス、ムルングと3つの鉱区のトルマリンについてのデータがあるが、ブラジル産と一括して分析を行った。判別分析には9Be, 69Ga, 72Ge, 93Nb, 121Sb, 181Ta, 208Pbの7種類の元素を用いた。得られた判別関数は、

 

LD1 =  –0.0265[Be]+0.0016[Ga]+0.0345[Ge]–0.5621[Nb]–0.0075[Sb]+0.0574[Ta]–0.0035[Pb]
LD2 =  –0.0025[Be]–0.0003[Ga]+0.0108[Ge]–0.4911[Nb]–0.0469[Sb]–0.0709[Ta]+0.0079[Pb]

 

となった。なお、括弧[元素記号]で囲われた部分は、その元素記号で表した元素の濃度(ppmw)を示す。上記関数に各産地のパライバトルマリンの分析値を代入し、得られた結果を図11に示す。

 

図11.判別分析によるパライバトルマリンの産地鑑別
図11.判別分析によるパライバトルマリンの産地鑑別

 

オーバーラップする部分はあるものの、ブラジル、モザンビーク、ナイジェリアの3つの産地の乖離がよいように見える。この解析結果について、交差検証を行った結果を表6に示す。

 

表6.判別分析によるパライバトルマリン産地鑑別の交差検証結果
表6.判別分析によるパライバトルマリン産地鑑別の交差検証結果

 

交差検証を行った結果、モザンビーク産の70.5%、ナイジェリア産タイプ1の全てがブラジル産であると判定されるという結果になった。グラフ上は乖離(かいり)しているが、判別分析アルゴリズム上はこの3産地の区別は非常に難しいという結果となった。
さらに、同データを使用したロジスティック回帰分析を用いて、2産地の判別を行った。ブラジル産とモザンビーク産、ブラジル産とナイジェリア産タイプ1、モザンビーク産とナイジェリア産タイプ1のロジスティック回帰分析、そしてその交差検証を行った結果を図12と表7に示す。

 

図12 ロジスティック回帰分析によるパライバトルマリンの2産地比較。x軸はロジット(logit)、y軸は片方の産地と判定される確率を表す。 (a) ブラジル産vsモザンビーク産、 (b)ブラジル産とナイジェリア産、 (c)モザンビーク産とナイジェリア産
図12 ロジスティック回帰分析によるパライバトルマリンの2産地比較。x軸はロジット(logit)、y軸は片方の産地と判定される確率を表す。
(a) ブラジル産 vsモザンビーク産、
(b)ブラジル産とナイジェリア産、
(c)モザンビーク産とナイジェリア産

 

表7 パライバトルマリンの2産地比較におけるロジスティック回帰分析の交差検証結果

 

(a)ブラジル産とモザンビーク産のロジスティック回帰分析
(a)ブラジル産とモザンビーク産のロジスティック回帰分析

 

(b)ブラジル産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析
(b)ブラジル産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析

 

(c)モザンビーク産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析
(c)モザンビーク産とナイジェリア産のロジスティック回帰分析

 

ロジスティック回帰分析による2産地比較は乖離(かいり)が非常によく、交差検証結果も良好である。ナイジェリア産タイプ1については分析に用いた試料が11点と少ないため、今後サンプル数を増やし、精度の向上を図る必要があるが、一般的な鑑別手法等を用いて2産地にまで絞り込むことができれば、この手法は非常に有効な手法になり得るであろう。

 

■まとめ

量的データから質的データの予測を行う多変量解析である「判別分析」「ロジスティック回帰分析」を用いた「アメシストの天然・合成の鑑別」「ルビーの天然・合成の鑑別」「パライバトルマリンの原産地鑑別」の可能性について調査を行った。アメシスト及びルビーの天然・合成の鑑別については、微量成分分析結果を用いたロジスティック回帰分析による判別が有効であることが判った。今回の調査により判別分析を用いても合成を合成、天然を天然と正しく判断する確率はきわめて良好であり、合成石の確認には優れているということが確認できた。「パライバトルマリンの原産地鑑別」については、判別分析による結果はグラフで見ると乖離(かいり)はよいが、交差検証による評価は低かった。一方、2産地比較におけるロジスティック回帰分析による乖離(かいり)は良好であった。従って、これらの双方の解析法を適宜組み合わせて使用する事が望ましいと思われる。
多変量解析による宝石鑑別は有効な手法ではあるが、ブラックボックスを扱うため、単体での使用は危険であり、一般的な鑑別手法と組み合わせて使うことが好ましい。◆

 

■参考文献
文 献1:Blodgett T., Shen. A., 2011, Application of discriminant Analysis in gemology: country-of-origin separation in      colored stones and distinguishing HPHT-treated diamonds, Gems & Gemology, Summer 145
文 献2:Luo Z., Yang M., Shen A., 2015, Origin determination of dolomite-related white nephrite through
iterative-binary linear discriminant analysis, Gems & Gemology, Fall 300-311
文 献3:Fisher, R.A., 1936, The use of multiple measurements in taxonomic problems. Annals of Eugenics, 7, 179-188
文 献4:Cox, D.R., 1958, The Regression Analysis of Binary Sequences. Journal of the Royal Statistical Society Series B
(Methodological), 20(2), 215-242

また、今回解析に利用した統計解析ソフトRはhttps://cran.r-project.org/からダウンロード可能。対応OSはWindows、Mac OS、Linux (2017.7.25.現在)

平成29年度 宝石学会(日本)

2017年7月No.39

教育部 野田  真帆

<見学会参加報告>

平成29年度宝石学会(日本)総会・講演会が6月11(日)早稲田大学国際会議場にて開催されました。また前日6月10日(土)には見学会・特別講演会が早稲田大学6号館鉱物標本室(見学会)、早稲田大学奉仕園セミナーハウス・リバティホール(特別講演会)で行われました。
早稲田大学の前身は1882年(明治15年)に大隈重信が創設した東京専門学校で、学問の独立を標榜し、政治経済学科、法律学科、理学科、英文科の4学科で発足しました。1902年、早稲田大学へと改称し、1920年大学令により大学として認可後、1949年新制大学として今に至ります。シンボル的存在として聳え立つ大隈記念講堂は創立者である大隈重信に対する記念事業として計画され、同大建築学科の佐藤功一教授と佐藤武夫助教授が設計したもので(建築年:1927年)、ロマネスク様式を基調としてゴシック様式を加味した我が国近代の折衷主義建築の優れた建築物として高く評価されています。

早稲田大学大隈記念講堂
早稲田大学大隈記念講堂

大隈重信像
大隈重信像

(1) 鉱物標本室見学
先述しました早稲田大学6号館の鉱物標本室には貴重な鉱物標本が多く収蔵されています。宝石のみならず、鉱物学的にも重要で良質な標本も多く保管されているということです。入室すると数多くの内容物の黄色い瓶が目立ちます【硫黄】。目を引くものの、「宝石」でないことから一度は通り過ぎましたが、この硫黄こそ注目すべき標本であるということを知りました。早稲田大学創造理工学部 環境資源工学科 山﨑淳司教授が教えて下さったところによると、戦前は積極的に各地の硫黄を収集したそうです。各産地で採れる硫黄には結晶粒の大きさ等に違いがあることから、各分野での利用技術や応用材料を検討する時に参考にされたという歴史的背景があるとの事です。時代も変わり現在は石油採掘が進んだこともあって、わざわざ硫黄標本を集めるという活動は見られなくなりました。同室には『稲門地学会会報』の抜粋が掲示されていて、同室内の標本がいかに素晴らしいものであるかを語る内容がありましたので一部ご紹介します。「地学専修の開設に尽力された八嶋澄策先生が水銀鉱床の専門家であったことと、早瀬喜太郎先生と私(著者:稲門地学会会長 堤貞夫教授のこと)が硫黄鉱床を研究対象にしていたことからわが教室の鉱物標本の中で、水銀と硫黄の標本はその成因に配慮し、産地を網羅したもので他に誇れるものとなっている。」<稲門地学会会報 「巻頭言:鉱物標本に見る我が早稲田人生」堤 貞夫【稲門地学会会長】>

充実した硫黄標本1 (日本産のみならず海外産も豊富に収納されています)
充実した硫黄標本1
(日本産のみならず海外産も豊富に収納されています)

充実した硫黄標本2
充実した硫黄標本2

充実した硫黄標本3
充実した硫黄標本3

見学会場の様子1 各引き出しには多くの岩石、鉱物が入っています。古く大正時代に標本として集められたことを示すカードなどもありました。
見学会場の様子1
各引き出しには多くの岩石、鉱物が入っています。古く大正時代に標本として集められたことを示すカードなどもありました。

見学会場の様子2
見学会場の様子2

展示の様子1 隣接する部屋にはガラスケース展示もあり、手前のケースでは世界と日本の翡翠が、最奥にはダイヤモンドがありました。
展示の様子1
隣接する部屋にはガラスケース展示もあり、手前のケースでは世界と日本の翡翠が、最奥にはダイヤモンドがありました。

展示の様子2
展示の様子2

展示の様子3
展示の様子3

(2) 特別講演会
特別講演では真珠についての下記2テーマの発表がありました。
第一部:真珠のグレーディングにおける「テリ」の正しい役割と測定法の試み(注)当日発表タイトル
真珠科学研究所所長 小松 博 様

真珠科学研究所所長 小松 博 様
真珠科学研究所所長 小松 博 様

第二部:「宝石」の王者としての真珠の歴史―真珠がダイヤモンドより高価だった時代

歴史研究家 山田 篤美 様 (著書『真珠の世界史 – 富と野望の五千年 (中公新書)』)

歴史研究家 山田 篤美 様
歴史研究家 山田 篤美 様

詳細についての言及は本誌では控えさせていただきますが、小松様の発表は「オーロラビューアー」での簡単な実習(下記実習写真参照)を参加者が行った上で(真珠における反射光と透過光の考察)真珠の評価についての重要性を説くものであり、山田様の発表は歴史の中でも古代ローマ時代、16世紀の大航海時代、20世紀の真珠バブル期をふり返り、真珠がいかにダイヤモンドに勝って評価されていたかなどを文献の裏付けとともに展開する内容でした。

実習の様子1
実習の様子1

実習の様子2
実習の様子2

<総会・講演会参加報告>

リサーチ室 江森  健太郎・藤田  直也

早稲田大学国際会議場にて開催された本年の宝石学会(日本)総会・講演会では、20件の口頭発表が行われ、聴講者は73名でした。
本会で発表された20件のタイトル、発表者(口頭発表者の名前の前に○がつけてあります)、内容は以下の通りです。

一般講演会の会場の様子
一般講演会の会場の様子

1. 非開示で持ち込まれたCVD法合成ダイヤモンド
○藤原  知子、小川  日出丸(東京宝石科学アカデミー)
製品に持ち込まれたペンダントに付いていた7石のダイヤモンドのうち2石がFT–IR(フーリエ変換型赤外分光分析装置)でII型であると判断され、紫外可視分光光度計で737nmの吸収が認められた(737nmの吸収はSi由来のピークであり、天然ダイヤモンドで見られることはまれである)。このダイヤモンドについてフォトルミネッセンス分析、Diamond View ™による詳細な検査の結果CVD合成ダイヤモンドであることが確認された。また、この合成ダイヤモンドはDiamond View ™による検査後、ブルーにカラーチェンジしていたが、色は数分で戻った。これはSiV−とSiV0の電荷移動によるフォトクロミズムの特徴である。

2. TypeⅡa天然ピンクダイヤモンドのフォトルミネッセンス ピーク
上杉  初、○齊藤  宏、小滝  達也(エージーティージェムラボラトリー)
IIa型に属する天然ピンクダイヤモンド、天然無色ダイヤモンド、天然ブラウンダイヤモンド、HPHT処理無色ダイヤモンドのH3欠陥構造について半値幅の比較を行った。半値幅の計測にはダイヤモンドを液体窒素温度まで冷却し、488nmレーザーを用いたフォトルミネッセンス分析結果を用いた。結果として、天然ピンクダイヤモンドの半値幅が広く出る傾向が確認されたが、オーバーラップする部分が存在する。H3欠陥の分析でHPHT処理か否かを見極めるのは難しく、引き続き調査を継続する。

3. 天然と誤認し易い特徴を示す合成ダイヤモンド2種
○北脇  裕士、江森  健太郎、久永  美生、山本  正博、岡野  誠(中央宝石研究所)
この研究内容についてはCGL通信vol. 40(2017年9月発行)に掲載予定です。

4. かつて製造されたとされる合成ダイヤモンドについて
○林  政彦、高木  秀雄、安井  万奈、山崎  淳司(早稲田大学)
早稲田大学の鉱物標本室に存在する1960年代に製造されたとされる合成ダイヤモンド(2mmサイズ)について調査を行った。標本としては、寄贈されたいきさつを示すメモがなく、ラベルが存在するだけという少し不明な点がある。このサンプルは表面の成長模様から{100}で囲まれた結晶であると思われ、ザイール産の天然ダイヤモンドに似ている。またカソードルミネッセンス法で観察した結果、小さなセクターに分かれた組織が観察された。X線回折法でCuとSiCのピークが確認され、合成ではないかと推測される。

5. 多変量解析の宝石学への応用
○江森  健太郎、北脇  裕士(㈱中央宝石研究所)
この研究内容については本号に掲載されています。

6. 第一原理計算によって求めたエメラルドの色の定量的評価
○清岡  洋紀、小笠原  一禎(関西学院大学)
エメラルドの緑色はBeryl中のCr3+における多重項エネルギーによる可視光の吸収が原因で発色している。本研究はDV–Xα法とDVME法を用いてエメラルドの吸収スペクトルの計算を行い、非経験的に予測したエメラルドの吸収スペクトルから、標準高原(D65)での色度座標を計算することで予測されるエメラルドの色を評価した。O2−の2p主成分軌道を具体的にCI計算に含めて計算し、EXAFSデータに基づく格子緩和を行わなかった場合、計算値と実験値が一番近くなることがわかった。

7. MgAl2O4中におけるCo2+の吸収スペクトルの第一原理計算
○竹村  翔太、小笠原  一禎(関西学院大学)
スピネル(MgAl2O4)は、MgサイトをCo2+が不純物として置換した場合、美しい青色を発色する。当研究ではMgAl2O4中のCo2+において吸収スペクトルの再現および解析を目的として、多電子系の扱いが可能な配置間相互作用法に基づくDVME法によって多重項エネルギー及び振動子強度を計算し、理論吸収スペクトルを求めた。計算によって得られた理論吸収スペクトルは実際に報告されている吸収スペクトルのピーク及びその強度比を再現することに成功したが、多重項エネルギーが過大評価されており、今回の計算について結晶場の強さが過大評価されているせいだと考えられる。

8. LIBSを用いたワックス加工の痕跡の検出
福田 千紘(ジェムリサーチジャパン株式会社)
当研究では宝石のワックス加工についてLIBSによる分析を試みた。LIBSは炭素、水素に対する感度が良く、微小領域を破壊するが(同様に炭素・水素に対する感度が良い)ガスクロマトグラフのように全体を粉末にする必要はない。ジェイダイトとトルコ石についてワックス加工の検出について調査した結果、ワックス加工が施されたサンプルについては高濃度の炭素と水素が検出され、ワックス加工の鑑別に応用できることが判明した。ワックスの種類も判別可能であるが、破壊検査であり様子を見ながら要望があれば実務に入れる予定であるとのこと。

9. オパールとカルセドニーの範囲について
○岩松  利香、藤原  知子、難波  里恵 (東京宝石科学アカデミー)
オパールとカルセドニーの違いに対する定義はあいまいであり、オパールは結晶度の低い加水珪素である。オパールとカルセドニーが隣接する石も多いが、屈折率に差がある。また、FT–IRにおいて1157cm–1の吸収がカルセドニーにのみ見られる。

10. 中国雲南省の石林彩玉、黄龍玉と呼ばれるめのうについて
○中嶋  彩乃(株式会社彩)、古屋  正貴(日独宝石研究所)
石林彩玉は、中国雲南省昆明市石林県イ族自治体から採掘される赤、橙、黄、暗緑色の不透明なアゲートで2009年ごろから採掘がスタート、2012年から本格的に販売が始まった。赤、黄部分は鉄、暗緑色はクロムが検出され、その他にはニッケル、コバルト、マンガン、銅が検出される。また、黄龍玉は半透明黄色のカルセドニーであり、雲南省保山市龍陵県黒小山が代表的な産地で微量元素として鉄を含む。また雲南ひすいは、アイスジェードのような色をしているが、水晶に白色インクルージョンが多いもので、雲南ダイヤはキヤシテライトであった。

11. Herkimer Diamond 形成に関与した炭質物の化学的特徴
荻原  成騎(東大地球惑星)
ハーキマーダイヤモンドは5億年前に堆積した炭酸塩岩の空洞にでき、空洞の内部は炭質物でおおわれており、ハーキマーダイヤモンドの中にも炭質物が包有されている。炭質物はグラファイトとドロマイトであり、グラファイトのピーク半値幅でグラファイトの温度履歴がわかる。ハーキマー鉱区は15の鉱山があり、それ以外の鉱区では似たようなものが採掘されてもハーキマースタイルクォーツと呼んで区別を行う。調査は現在進行中である。

12. 銅含有リディコータイトの特徴
○桂田  祐介(GIA Tokyo合同会社)・孙子因(GIA Carlsbad)
2016年、GIA Tokyoラボに13石の銅含有リディコータイトが持ち込まれた。通常検査及びLA–ICP–MSを用いた主成分、微量成分の分析でリチウムとカルシウムを主成分に持つリディコータイトであることが確認できた。これらの石は高濃度の鉛とガリウムを含有する。希土類元素が多いため、蛍光が強く、希土類元素パターンは花崗岩質ペグマタイトに似ている。アプライト(半花崗岩)が母岩の可能性もある。LMHCでもパライバトルマリンに関してのトルマリン種類は決められていないためパライバトルマリンと表記される。微量元素の特徴がGIAの産地鑑別データベースと一致しないため、産地の特定は不可能であった。

13. フラックス法によるルビーとサファイアの結晶育成
橘  信(物質・材料研究機構)
発表者は物性物理の様々な測定試料をフラックス法で合成してきたが、宝石の書籍に掲載されているような綺麗な結晶を合成できないかと実験を行った。ラモラやクニシュカのような美しい合成ルビーの作り方は公開されておらず、様々な工夫を凝らした。鉛系(Bi2O3–PbF2、PbO–B2O3)のフラックスを用いると種結晶は不要で大きな結晶ができることが知られている。綺麗な結晶を作成することはできたが、結晶の完全性という意味ではラモラルビーには遠く及ばない。サファイアはルビーと比較して成長させることが難しく、色むらの激しいものしか作ることはできなかった。

14. FZ法によるMn添加スピネルの結晶育成
○勝亦  徹、見富  大真、宮島  貴子、高橋  希緒、福島  瞳、相沢  宏明、小室  修二(東洋大学・理工学部)
スピネルにマンガン(Mn)を添加すると様々な色になり、緑色の蛍光を呈する。MgとMnは連続的に固溶し、組成が本来のスピネルからずれてもスピネルの構造を取る。融点付近では様々な組成になることができ、Mgが不足した組成のスピネルは吸収スペクトル、発光スペクトルが組成により変化する。
当研究ではMnを添加し、スピネル(MgAl2O4)の本来1であるMgを0.2〜1.7まで増減させた合成石をFZ法で合成した。Mgが0.3の組成まではスピネルだけができていたが、Mgが多くなるにつれMgOが析出してピークが増えてきた。Mgが多いものはMgOが後で析出するため、原料組成の影響が表れにくいのではないかと思われる。

15. Observations on New Enhanced Sapphires: Before and After
○Hyunmin Choi, Sunki Kim, Youngchool Kim (Hanmi Gemological Institute & Laboratory)
韓国の会社がダイヤモンドをHPHT処理する機械を使い、サファイアの処理を始めた。処理する温度圧力はダイヤモンドよりもずっと低く、500–900kbar、温度は1200–1800℃で15分加熱を行うらしい。処理する温度圧力を変化させ実験を行い、宝石学の一般的な特性と分光特性を調べた。処理後のインクルージョン、分光分析結果は通常の加熱処理が施されたサファイアと同じであった。しかし、サンプルによっては結晶やネガティブクリスタル、フィッシャーやフラクチャーができていたり、反射する薄い膜が消えたり、色帯が弱くなったものもあった。FT–IRによる分析結果では、処理前に認められなかった構造的OH基(3047cm–1)に関する強い吸収帯が発生した。

16. DNA法を用いた宇和島産アコヤ真珠の種同定
○猿渡  和子 (GIA Tokyo)、鈴木  道生 (東大・院農)、Chunhui Zhou (GIA NY)、
Promlikit Kessrapong (GIA Thailand)、Nicholas Sturman (GIA Thailand)
宇和島産アコヤ養殖真珠についてDNA、16SrRNA遺伝子を使用し、真珠の種同定を行った。16SrRNAは細胞内のミトコンドリア中に多数のコピーを持っているため、増幅が容易である。外套膜、及び真珠から採取した5〜10mgの試料からDNAを抽出し、同定を行った結果、Pinctada fucataであることが判明した。

17. 貝殻に出来るブリスター類の観察について
渥美  郁男(東京宝石科学アカデミー)
貝殻に出来るブリスターの観察を行った。天然ブリスター真珠は天然真珠が貝殻に付着し、さらに真珠層で覆われた真珠、天然ブリスターは貝に穴を空ける寄生虫や空前入ってきた魚等から貝本体を守るために真珠層を覆いかぶせたものである。軟X線によるレントゲン観察で天然ブリスター真珠は中央に真珠が観察されるが、天然ブリスターには中央に真珠はない。また、養殖ブリスター真珠はもともと真珠を作るために入れた核が落ち、貝殻に付着し、真珠層に覆われたもの、養殖ブリスターは仏像真珠等である。軟X線観察で養殖ブリスターはその元になる核のようなものが見えるが、樹脂を使用したものは軟X線によるレントゲン写真で透けて見える。まれに鉛を核に使用されたものがあるが、重量をますためであると思われる。また、人為的にケシを作るため、外套膜に数か所キズをつけることがあるが、これがブリスター真珠の元になった場合、養殖というか否か非常にあいまいである。

18. ゴールド系シロチョウ真珠の特徴と分類
○矢崎  純子(真珠科学研究所)、江森  健太郎(中央宝石研究所)、小松  博(真珠科学研究所)
奄美大島、ミャンマー、フィリピン、インドネシア、着色処理のゴールド計シロチョウ真珠について検討を行った。近年の蛍光として、無穴で着色を行うため、わかりづらく、蛍光や紫外可視分光分析を行った結果、未処理のものに似ている真珠も存在する。本研究では紫外可視分光分析における280nmの吸収、360–430nmの広い吸収、干渉色がポイントとなることが明らかになった。他、拡大検査で染色痕を見つけること、またラマン分光の散乱強度もポイントになるとのことであった。また、オーロラビューアーで観察し、下半球にムラが見えると着色処理が施されている事も判明した。またLA–ICP–MSによる微量成分分析の結果、産地毎の特色があった。

19. 核にサンゴを使用した養殖アコヤ真珠の特徴とその鑑別の試み
○山本  亮、小松  博(真珠科学研究所)
養殖真珠に用いられる核は一般的にドブ貝であるが、ドブ貝以外の核を使用したものがごく少数出回っている。その中にサンゴを核にしたものがあり、サンゴの色調が真珠層を通して出るため、赤みを帯びた色になる。本研究ではサンゴ、真珠層で覆われたサンゴについて紫外可視分光分析、蛍光、ラマン分光分析を行った。サンゴでは紫外可視分光分析による390nmの小さい吸収、500nmと530nmにある大きな吸収が観察された。一方、真珠層に覆われた状態では390nmの吸収は認められなかったが、500nmと530nmの吸収が観察された。また蛍光は真珠の蛍光が観察され、サンゴの模様等は観察されなかった。穴口からは核が赤いことが確認され、オーロラビューアーでは透過側に赤みが強く観察された。

20. 真珠に起こる劣化現象のメカニズム-タンパク質の劣化から起こる真珠の劣化現象
○南條  沙也香、矢崎  純子、松田  泰典、小松  博(真珠科学研究所)
たんぱく質の劣化から起こる真珠の劣化現象について観察を行った。アコヤ養殖真珠の劣化により生成されるキズにはスポットとヒビがある。スポットは同心円状に模様ができるもので、成因としては漂白の際に真珠内部にある空隙に薬品が入り込み、そこから劣化がはじまる。ヒビはどのような経緯でできるかは不明である。加速実験を行った結果、ヒビは発生しなかったため、ヒビができる原因についてはわからなかった。ヒビの特徴としては大きいほど発生しやすく、穴口から遠い位置にできていた。

■総会について
平成29年度宝石学会(日本)総会においては、平成28年度の活動報告、会計、29年度の活動予定、予算の他、会則の変更について話が行われました。会則の変更により、宝石学会(日本)において従来は会員2名以上の推薦がなければ入会できませんでしたが、これからは推薦の必要はなくなります。また、退会の際の意向確認、評議員は2年ごとに改選することが決まりました。また、次回平成30年度宝石学会(日本)総会・講演会・見学会は富山近辺で行われる予定であることがアナウンスされました。

■宝石学会(日本) 平成29年度懇親会
総会・講演会終了後、早稲田大学大隅記念タワー15階「森の風」にて懇親会が行われました。53名が参加し、会員同士の交流や、同日行われた一般講演会の発表内容についての質疑応答、討論等が行われ有意義な時間を過ごしました。◆

一般講演会の会場の様子
一般講演会の会場の様子

Seoul Jewelry Industry Support Centerを訪問して

2017年5月No.38

リサーチ室 北脇  裕士

去る 2017年2月1日(水)~3日(金)に韓国ソウル市のSeoul Jewelry Industry Support Center(SJC)を訪問し、最近の合成ダイヤモンドの現状と鑑別技術の話題を中心に情報交換を行いました。以下に概要をご報告致します。

ソウル市のシンボルともいえるソウルタワーの夜景
ソウル市のシンボルともいえるソウルタワーの夜景

Seoul Jewelry Industry Support Center(SJC)とは

Seoul Jewelry Industry Support Center(SJC)は2015年6月に開設されたソウル市のジュエリー産業を育成するための総合支援施設です。(https://www.seouljewelry.or.kr/eng/main/main.do)
SJCはソウル市のほぼ中心に位置するチョンノ3街(鍾路3丁目)にあります。この地は韓国ジュエリー産業のメッカであり、製造から販売までのジュエリー関連製品に関わる企業が集積しています。また、周辺には世界文化遺産に登録されている故宮(景福宮、昌徳宮)や宗廟(王と王妃の位牌を祀った儒教の祀堂)、韓国の伝統的家屋である韓屋(ハノク)の密集する地区である北村韓国村があり、朝鮮時代から近代までの歴史的な趣のある文化的地域です。SJCはまさに宗廟の外壁に面した閑静な場所に立てられています。

Seoul Jewelry Industry Support Center周辺 の地図
Seoul Jewelry Industry Support Center周辺 の地図

宿泊したホテルからのソウル市の眺望。遠くにソウルタワーが見える
宿泊したホテルからのソウル市の眺望。遠くにソウルタワーが見える

世界文化遺産に指定されている昌徳宮の入り口。チマチョゴリを纏った観光客
世界文化遺産に指定されている昌徳宮の入り口。チマチョゴリを纏った観光客

すでにオープンしているSJCの第1館は、リサーチ部門を担当するSJC研究所、事務局、ジュエリーライブラリーが併設しています。そして、およそ50m南に今年の6月28日に開館予定の第2館が現在建設中です。第2館では共同作業空間、体験館、カフェテリアおよび展示場として活用される予定です。
SJCはソウル市から経営を委託された財団法人ソウルジュエリー産業振興財団が運営しています。ソウル市で毎年ジュエリー産業に関わる予算が計上され、財団による実質上のサポートが行われています。

Seoul Jewelry Industry Support Centerの職員の皆さんとセンターの玄関にて
Seoul Jewelry Industry Support Centerの職員の皆さんとセンターの玄関にて

SJC第1館の1階には事務局があります。事務局では新進企業の支援、ジュエリーフェアや工藝技術大会の主催、ウェブドラマの制作やジュエリー関連の観光コースの開発などを行っています。また、加工、教育、鑑別などの技能者を登録してデータベース化し、各企業との人材マッチングなどの支援も行っています。
2階はジュエリー関連の雑誌や書籍および研究論文が収められており、一般の方々が自由に閲覧できるようになっています。

Seoul Jewelry Industry Support Centerの2階では一般の方々がジュエリー関連の書籍を閲覧できる
Seoul Jewelry Industry Support Centerの2階では一般の方々がジュエリー関連の書籍を閲覧できる

そして、地階にはSJC研究所があります。ここには宝石鑑別に使用される先端的な分析機器がそろえられており、各種分析サポートが行われています。特に微量成分の分析に使用されるLA–LIBSはApplied Spectra製の最新鋭の機種でICP–MSとも組み合わされています。これらはコランダムのBe処理の看破や金合金の定量などに有効利用されており、その成果は2016年6月の宝石学会(日本)でも発表されています。
SJC研究所での依頼分析は無償で受け付けられていますが、鑑別書は発行されずに分析結果の提供のみを行っています。したがって、依頼者はエンドユーザーではなく、鑑別機関や卸売業者が多いようです。その他に産業モニタリング(貴金属の含有率やダイヤモンド・グレーディングの現状把握)、各種情報セミナーの開催、海外からの専門家の招聘および技術交流などの業務を担当しています。また、後述するダイヤモンドの団体認定制度の実務的なサポートも行っています。

SJC研究所に設置されているICP–MS(左)とLA–LIBS(右)
SJC研究所に設置されているICP–MS(左)とLA–LIBS(右)

現在建設中のSJC第2館。韓国の伝統的な木造建築のデザイン。
現在建設中のSJC第2館。韓国の伝統的な木造建築のデザイン。

SJC研究所のダイヤモンド鑑別機器

韓国のジュエリー業界においてもこの1–2年メレサイズの合成ダイヤモンドの流入が深刻となり、その対応が急務となっていました。SJC研究所ではWolgok Jewelry Foundation※( http://w-jewel.or.kr/index.php)からDTC製のDiamondSure™、DiamondPlus™、DiamondView™、PhosView™、そしてGLIS–3000などのダイヤモンドの判別機器の寄贈を受け、合成ダイヤモンドの鑑別体制を整えてきました。さらに、GIAからDiamond–Check、アントワープのAWDC(Antwerp World Diamond  Center)からメレダイヤモンドの自動選別機M–Screen Plusの貸与を受けており、CGLからもCGL–Diamond Kensa を2台提供させていただいております。
これらの分析器機のすべての設置は2017年の1月に終了し、2月からはダイヤモンドの分析依頼を始めています。依頼を受けたルースのメレダイヤモンドのパーセルのうち、最大で60%が合成であったこともあるそうで、SJC研究所におけるダイヤモンドの分析サポートは韓国のジュエリー産業に大いに貢献していると思われます。

DTC製のダイヤモンド判別機器。左から PhosViewTM、 DiamondPlusTM、DiamondSureTM、DiamondViewTM
DTC製のダイヤモンド判別機器。左から PhosViewTM、
DiamondPlusTM、DiamondSureTM、DiamondViewTM

AWDCから寄贈されたM–Screen Plus
AWDCから寄贈されたM–Screen Plus

FTIRの機能でダイヤモンドのタイプを粗選別するGIAのDiamond–Check
FTIRの機能でダイヤモンドのタイプを粗選別するGIAのDiamond–Check

燐光で無色の合成ダイヤモンドを選別するGLIS–3000
燐光で無色の合成ダイヤモンドを選別するGLIS–3000

※Wolgok Jewelry Foundationは、株式会社LeeGoldの創業者として50年以上韓国のジュエリー産業に従事してきたイジェホLee Jae Ho氏が200億ウォンの私財を投じて2009年に設立した公益法人。韓国のジュエリー産業の健全な発展に寄与すべく、傘下にWolgok Jewelry Research Centerを有し、定期的に業況調査を行っている。

ダイヤモンド団体認定制度

韓国では消費者からの信頼を得るための正しいダイヤモンド・グレーディング文化の構築に向けての活動が長年にわたって行われてきており、その一環として2016年11月より「ダイヤモンド団体認定制度」が発足しています。この制度は“研磨されたダイヤモンドの鑑定”に関する韓国標準規格(KS D 2371)を基にしており、ダイヤモンド・グレーディングすべての平準化を目指しています。その最初の試みとして、日本と同様にマスターストーンを統一してのカラー・グレードの平準化が進められています。この制度の主宰は社団法人韓国貴金属宝石団体長協議会です。同協議会は材料、貴金属、研磨、加工、製造、鑑別、デザインなどの韓国のジュエリー産業に関わる10以上の団体から構成されています。カラーグレーディングのマスターストーンの選定を含む認定制度の実務は同協議会の傘下としてダイヤモンド鑑定団体認定委員会が組織され運営されています。このダイヤモンド団体認定制度の適正な管理・運営の活動の一環として2016年9月に社団法人韓国貴金属宝石団体長協議会会長Kim Jong–Mok氏、ダイヤモンド鑑定団体認定委員会委員長Cho Ki–Sun氏、Wolgok Jewelry Research Center所長Ohn Hyun–Sung氏、Seoul Jewelry Industry Support CenterのLee Bo–Hyun氏の4名がAGLを表敬訪問され、一足早く実施されてきた日本のマスターストーン制度について視察されています。
韓国のダイヤモンド・マスターストーンはGIA基準の12石(E、F、G、H、I、J、K、L、M、N、S、Z)がそろえられており、その原器はSJCに保管されています。現在、この団体認定制度に加盟している鑑別機関は5社あり、加盟機関のグレーディング・レポートはデザインが統一されています。そのため書面を見ればすぐに認定制度によるレポートであることがわかります。この認定制度を推奨している販売業者はすでに10社以上あり、韓国のジュエリー産業で根ざしていくことが期待されています。◆

HRD アントワープダイヤモンドセミナー報告

2017年5月No.38

リサーチ室 北脇  裕士

『合成ダイヤモンドvs.天然ダイヤモンド』

去る2017年1月25日(水)、東京ビッグサイトにおける第28回国際宝飾展(IJT 2017)の開催期間に合わせてHRD Antwerpと株式会社APの主催によるダイヤモンドセミナー『合成ダイヤモンドVS.天然ダイヤモンド』が行われました。昨年に引き続いてのセミナー開催ですが、メレサイズの合成ダイヤモンドは業界内での最大の懸案事項であり、定員100名の会場が満員となる盛況ぶりでした。

第28回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト
第28回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト

第28回国際宝飾展の案内板
第28回国際宝飾展の案内板

このセミナーでは合成ダイヤモンドの製造技術に関する解説、HPHT合成法とCVD合成法のそれぞれの特徴、天然と合成ダイヤモンドの識別における最新のテクノロジーに関するプレゼンテーションが行われました。そして、メレサイズの合成ダイヤモンドのスクリーニング(粗選別)用にHRDで開発され、新たにバージョンアップされたM–SCREEN+が日本国内で初めて紹介されました。
以下にプレゼンテーションの内容を詳しくご紹介いたします。

HRD Antwerp

HRD(Hoge Raad voor Diamant)は、ベルギー・アントワープに本部を置く世界最大のダイヤモンド研究機関で、AWDC(アントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター)によって運営されています。世界で最も高い水準と信頼性をもつ鑑定機関の一つとして知られており、ダイヤモンド鑑別の分野において最先端の技術を有しています。また、世界ダイヤモンド取引所連盟(WFDB)および国際ダイヤモンド製造者協会(IDMA)の2大機関によって承認され、国際ダイヤモンド審議会(IDC)の基準に準拠している国際的研究機関でもあります。さらにHRDはダイヤモンドのグレーディングのみならず、教育、器材、研究の各部門を有しています。
今回の講師はHRDアントワープのチーフエデュケーションオフィサーのKatrien De Corte博士です。彼女はベルギーのGhent大学で宝石学の客員教授もされている第一線の宝石学者でもあります。国際宝石学会(IGC)などでも研究発表をされており、世界各国の業界関係者にダイヤモンドに関する講演を数多く提供されています。今回の講演でも非常にわかりやすくプレゼンテーションを行っていただきました。

講師のKatrien De Corte博士
講師のKatrien De Corte博士

講演会の様子
講演会の様子

後援・協力

本セミナーは駐日ベルギー大使館が後援していました。そしてAntwerp World Diamond Centre(AWDC)、時計美術宝飾新聞社および弊社が協力させていただきました。ベルギー大使館からは一等書記官のBent Van Tassel氏が会場に来られ、セミナー開始前に挨拶をされました。同氏のスピーチとCorte博士の講演は英語で話されるため、その通訳をGem–Aに留学経験があり、宝石学に造詣の深い徳山薫氏が勤めてくださいました。

挨拶される駐日ベルギー大使館の一等書記官 Bent Van Tassel氏
挨拶される駐日ベルギー大使館の一等書記官
Bent Van Tassel氏

1. ホットトピック

2003年に発行されたWIREDという雑誌ではダイヤモンドのジュエリーを身にまとった女性モデルの写真が表紙を飾っています。これらのダイヤモンドはすべて合成ダイヤモンドであり、しかも非常に安価であるということで世の中に衝撃を与えました。
合成ダイヤモンドの需要は年々増加しています。例えば、米国では2015年から2016年までの1年間で合成ダイヤモンドの販売は230%増加しています。

2. 合成ダイヤモンドとは・・・

HRDではIDCの用語使用に準拠しており、合成ダイヤモンドに対してLaboratory Grown Diamondという用語を使用しています。英語では他にSynthetic Diamond, Laboratory–Created,  Lab–grownなどと表記されますが、すべて同じ意味です。
合成ダイヤモンドは、化学組成および結晶構造が天然ダイヤモンドとまったく同じであり、光学特性および物理特性にも違いは見られません。合成ダイヤモンドはキュービックジルコニアやモアッサナイトのように単に見かけが似ているだけの類似石とは異なります。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも炭素(C)だけでできており、熱伝導性はきわめて高く、屈折率は2.417、ファイアの源となる分散度は0.044でこれらの特性値すべてが同じです。いっぽう、類似石の代表であるキュービックジルコニアは、化学組成がZrO2です。熱伝導性は低く、屈折率は2.16、分散度は0.060でダイヤモンドとは異なります。モアッサナイトは、化学組成がSiCで、熱伝導性は高いですがその他の諸特性はダイヤモンドと完全に異なります。
天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドには違いもあります。天然ダイヤモンドは地下の高温高圧下で何億年という長い年月をかけて成長し、複雑な環境の変化をこうむります。いっぽう、合成ダイヤモンドはラボという閉鎖された一様な環境下で短い時間で育成されます。その結果、天然ダイヤモンドには多くの窒素不純物を含みますが、合成ではその量はごくわずかです。
宝石品質の合成ダイヤモンドを製造する方法は主に2種類あります。HPHT合成法とCVD合成法です。そして合成ダイヤモンドには製造したままのものと、成長後に処理をしたものがあります。それではそれぞれの合成方法について説明します。

3. 合成方法

3–1 HPHT合成
HPHT(高温高圧)法は、地球深部で天然ダイヤモンドができる環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度と圧力を与えて原料となる炭素をダイヤモンドの結晶へと成長させます。グラファイト等の炭素物質を鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、温度差を利用してダイヤモンドを結晶化させます。

3–2 CVD合成
CVD合成法は、Chemical Vapor Depositionの略です。化学気相成長法(化学蒸着法)と呼ばれるものです。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます。

3–3 合成ダイヤモンドの生産量
宝飾用合成ダイヤモンドの生産量についての公式な発表はありません。しかし、1年間でHPHT合成ダイヤモンドは130–300万ct、CVD法合成ダイヤモンドは100–120万ct生産されていると推定されており、天然ダイヤモンドの生産量の2–3%程度と見積もられています。

4. 合成ダイヤモンドの原石

HPHT合成ダイヤモンドもCVD合成ダイヤモンドも原石の状態であればすぐに識別することができます。それは結晶原石の形態が天然とは異なるからです。HPHT合成法では種結晶を用いて金属溶媒中で成長させるため、六–八面体を主体とした集形となります。この形状は天然では極めて稀です。ただ、生産量は非常に少ないものの台湾の会社で天然と同様の八面体の形状のものも製造しているようです。
また、CVD合成法では種結晶の上に炭素原子を沈積させて一方向に層成長させるため、特徴的な板状の形態となります。

5. 研磨された合成ダイヤモンド

現在、HPHT合成法では最大で10.02ct、 E、VS1のものができています。CVD合成法でも3ct 以上のものが確認されています。いずれの製法においても多くの製造者が存在し、その品質は高品質から低品質まで多岐に渡ります。
これらの合成ダイヤモンドが宝飾用にカット・研磨された後では見た目では判らないため、常に天然か合成かの疑問を持つことが必要となります。今後は天然ダイヤモンドの上に薄くCVD合成ダイヤモンドをコーティングしたようなものも出現する可能性がありますからさらに注意が必要です。

6. 研磨された合成ダイヤモンドの鑑別

カット・研磨された合成ダイヤモンドの鑑別は容易ではありません。ルーペや顕微鏡などの標準的な鑑別器材では識別が困難で、高度な分析器機や洗練されたラボの技術が必要となります。鑑別には時間もかかります。ラボで受け付けて即日でお返しするというわけには行きません。
ラボで使用する代表的な分析器機として、紫外-可視分光光度計、FTIR、フォトルミネッセンス(PL)を測定するラマン分光装置、紫外線ルミネッセンス像で結晶成長を観察するDiamondView™などがあります。これらの分析装置を有効に活用するためには多くの蓄積されたデータベースとそれらを解析する能力が必要となります。ただ、分析機器がたくさん揃っていれば良いというわけではありません。
一例をあげます。2015年9月、3.09ctのラウンドブリリアントカットが施されたダイヤモンドがHRDに供せられました。色はほぼ無色( Iカラー)でクラリティはVS2でした。紫外線蛍光は無く、FTIR分析ではⅡ型と分類されました。交差偏光下では天然のⅡ型ダイヤモンドに一般的なタタミパターンに類似する歪複屈折が見られました。しかし、フォトルミネッセンス分析では736.6nmと736.9nmの明瞭なダブレット(SiV)が確認され、DiamondView™の観察ではオレンジ色の蛍光色とCVD合成特有の層状の成長構造が確認されました。
別の例はM–Screen で見つけた0.005ctの非常に小粒のダイヤモンドです。これはFTIRでわずかなボロンを含むⅡb型であることが判りましたが、DiamondView™では特別なパターンは見られませんでした。PL分析ではわずかなSiVの欠陥が見られました。さらに電子顕微鏡を用いたカソードルミネッセンス(CL)分析で特徴的な六–八面体の成長構造がみられ、HPHT合成と結論付けられました。

7. グレーディングレポート

HRDではIDCの規則に従い、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドのグレーディングレポートが一目でわかるように色分けしています。合成ダイヤモンドは黄色カバーのレポート、天然ダイヤモンドには青色カバーのレポートを用いています。また、合成と判断されたダイヤモンドにはガードルに“Laboratory Grown”とシリアルNo.をレーザー刻印しています。

HRDのグレーディングレポート:天然用
HRDのグレーディングレポート:天然用

HRDのグレーディングレポート:合成用
HRDのグレーディングレポート:合成用

8. スクリーニング(粗選別)と鑑別

メレサイズのダイヤモンドの鑑別には時間とコストがかかるため、スクリーニング(粗選別)が重要となります。粗選別とは100%天然といえるダイヤモンドと更なる詳細検査が必要なものとを分別することです。そのためにある際立った特性に着目した限られた技術を用いています。そのため粗選別=鑑別ではありません。厳密には粗選別≠鑑別です。

9. ダイヤモンドのタイプ

多くの粗選別機器はダイヤモンドのタイプ分類を基本原理としています。良く知られているように、ダイヤモンドは窒素を不純物として含有するⅠ型と含まないⅡ型に分類されます。そして、天然のダイヤモンドのほとんど(98%以上)はⅠ型に分類され、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型に分類されます。そのためダイヤモンドのタイプ分類がダイヤモンドの鑑別の重要な第一ステップになります。窒素を含有するⅠ型は窒素の存在の仕方によってⅠa型とⅠb型に細分されます。前者は窒素が凝集した形態で、後者は孤立した単原子の状態です。さらにⅠa型はⅠaA型とⅠaB型に細分されます。ⅠaB型は合成ダイヤモンドにはないので、起源は天然と考えることができますが、色の改善のためのHPHT処理が施される可能性があるため更なる詳細検査が必要となります。

ダイヤモンドのタイプの模式図 (HRD作成)
ダイヤモンドのタイプの模式図 (HRD作成)

10. HRDの粗選別機器

HRDが開発した粗選別機器にはD–ScreenとAlpha Diamond Analyzerがあります。
D–Screenは2005年に販売が開始された最初のHRD製粗選別機器です。紫外線の透過性を基本原理としています。検査可能なダイヤモンドはルースのみで、サイズは0.2ct〜10ct、カラーはD〜Jまでです。測定した結果、緑色のランプが点灯すれば天然ダイヤモンドでHPHT処理の可能性もないものです。黄色のランプが点灯すれば、HPHT処理が施された天然ダイヤモンドもしくは合成ダイヤモンドの可能性があります。しかし、未処理の天然ダイヤモンドの可能性もあることから更なる詳細検査が必要となります。
Alpha Diamond Analyzerは2012年に発売されたFTIR(赤外分光光度計)です。ルースと一部のセット石でも測定が可能です。分析結果を独自のソフトで診断し、IRのスペクトルを確認することができます。
しかし、これらの粗選別機器は一石ずつのマニュアル操作になるため、多数のダイヤモンドを検査するためには時間と労力がかかります。そのため、多数個のメレダイヤモンドの検査は非常にコストが高くなります。業界からも自動的にメレダイヤモンドを粗選別する装置が要望されるようになりました。そこで、HRDでは自動メレ粗選別装置M–Screenを開発しました。

11. M–SCREEN

M–ScreenはHRDアントワープとWTOCD(Wetenschappelijk en Technisch Onderzoeks Centrum voor Diamant’ アントワープのダイヤモンドリサーチセンター)の共同で開発したメレサイズダイヤモンドの全自動スクリーニング(粗選別)システムです。
卓上設置が可能なデスクトップサイズで、超高速(最小でも毎秒3個)でメレサイズのダイヤモンドを粗選別します。対象は0.01ct〜0.20ctのD〜Jカラーのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドです。選別を行う基本原理は波長の短い紫外線による特性と未公開の特許技術が使用されています。選別結果は、「天然ダイヤモンド」と100%確信できるもの、さらに検査が必要な「合成あるいはHPHT処理の可能性がある天然ダイヤモンド」、そして「類似石」に分別されます。
そして2017年1月からは新しくバージョンアップしたM–Screen+を提供しています。この装置はより小さなダイヤモンド(0.005–0.10)にも対応し、さらに早い(1秒間で5石以上)測定が可能となっております。

12. 合成ダイヤモンドの未来

合成ダイヤモンドは将来的に市場でどうなっていくのかという疑問があります。ここに2016年5月にある調査会社が行った結果があります。Googleで1番検索された宝飾ブランドはカルティエ、2位はティファニー、そして3位はスワロフスキーでした。1番検索されたカルティエは天然ダイヤモンドしか扱いませんし、サプライヤーにも天然であることを保障するように厳しく要求しています。いっぽう3位のスワロフスキーは天然ダイヤモンドではなく、キュービックジルコニアなどのイミテーションを使用しています。現在、合成ダイヤモンドは積極的にプロモートされるようになって来ています。人権の配慮や環境への優しさをうたい、有名な俳優が宣伝に出演しています。今後、合成ダイヤモンドは天然とイミテーションの中間に位置するようになるかもしれません。
ここで非常に大切になるのが情報開示です。消費者にとって合成ダイヤモンドであることがわかっている場合は問題ありません。天然ダイヤモンドであると信じていたものが合成であることが問題です。信頼・信用が大切になるのです。

13. 結論

非常に高品質な宝石品質合成ダイヤモンドが市場供給されており、合成ダイヤモンドは原石であれば識別は容易ですが、カットされてしまうと鑑別が困難となります。
HRDアントワープでは、大量のメレサイズのダイヤモンドの中から合成ダイヤモンドを分別する粗選別する装置を開発しており、粗選別のサービスと各種レポートの発行を行っております。◆

全質連研修(講習)会参加報告

2017年5月No.38

カスタマーサービス部 長谷川  晃祥

2017年3月30日(木)に全国質屋組合連合会(全質連)による会員様限定の講習会が東京千代田区神田にある東京質屋会館にて開催されました。弊社技術者が講師の一人として招待を受け講習を行ないました。
以下に概要をご報告致します。

本講習会は全国の拠点をTV会議システムで結びその模様をリアルタイムで配信し、各拠点の会場にて同時開催されました。第3回目の今回から徳島会場を新設し、札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の全国7拠点、合わせて151名の方々が参加しました。

今回の講習会は午後1時より始まり4人の講師による講習が行われ、午後4時半まで参加者は熱心に聴講されていました。1時間目、全質連会長 菊池章二氏による『全質連活動の現状報告について』、2時間目は全質連顧問弁護士 松村龍彦氏による『質屋の利息について、過去から現在と将来について』、3時間目は(株)ネットジャパン本社営業部 副部長 土肥栄一氏による『地金相場と、色石の相場等について』、そして最後の4時間目に弊社リサーチ室室長 北脇裕士により『最近出回っている合成ダイヤ等について』のテーマで講習が行われました。
宝石に関する講習は今回が初との事です。

3時間目のネットジャパン土肥氏の講習では貴金属の価格はどのように決められているのか、GDB(グッドデリバリーバー)の国際公式ブランドの紹介、海外ジュエリーショーでのカラーストーンのトレンド、インゴットの偽物と注意喚起など大変興味深い内容でした。

4時間目の弊社北脇による講習ではプロジェクターを使用させて頂き、合成ダイヤモンド(HPHT法・CVD法)の製法や、鑑別方法、現在販売されている粗選別機器等、ダイヤモンド鑑別の手順を話し、最後に講師が自ら訪問した中国でのHPHT法合成ダイヤモンドの生産状況や今後の展望を話して締めくくりました。

講習後の質疑応答では時間内に収まりきれないほど参加者からの質問があり、その内容も全員が熱心に聞いていた様子が印象的でした。◆

講習会の様子(東京会場)
講習会の様子(東京会場)

GIT 2016参加報告

2017年3月No.37

教育部 野田  真帆、リサーチ室 江森  健太郎

2016年11月14日(月)~15日(火)の2日間、GIT2016 The 5th International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)がタイのパタヤで行われました。本会議には当研究所から4名が参加し、1名が口頭発表を行いました。以下に概要をご報告致します。先に発行されましたCGL通信No.36ではPre-Conference Excursion(本会議前の原産地視察)の報告がされています。

GIT 2016とは

International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)はGIT(The Gem and Jewelry Institute of Thailand)が主催する国際的に有数の宝飾関連のカンファレンスの一つです。2006年に第1回が開催され、今回2016年11月に第5回目としてGIT 2016が開催されました。
GITはLMHC(ラボマニュアル調整委員会)にも属する国際的に著名な宝石検査機関であり、CGLと科学技術に関する基本合意を締結し、密接な技術交流を行っています。本カンファレンスはGITが主催していますが、タイの商務省等が後援しており国を挙げての国際会議ともいえます。本会議運営のため、15ヵ国36名の国際技術委員会が結成され、CGLの堀川洋一もその一役を担いました。

本会議

本会議はパタヤ市内のZign Hotelが会場となり、世界22ヵ国から300名を超える参加者が集いました。また、開催地であるタイ王国は2016年10月13日のラーマ9世(チャクリー王朝第9代のタイ国王)の崩御が記憶に新しく、亡き国王への敬愛の深さから死を悼む表示が空港、各街のいたるところに見かけられました。この厳かな雰囲気と国民の服喪期間はGIT 2016にも影響が出ており、特設ウェブサイトは白黒基調、このカンファレンスの開会に際しても国王の偉業を思いだすVTRが流され、私達出席者も皆、哀悼の意を示しました。日常的にみられることはないであろう黒い装いのGITスタッフ一同の姿が印象的でした。
開会式の挨拶の後、8件の基調講演と招待講演の他、30件の一般講演が行われました。各種宝石素材についての発表、カットの重要性の再考と評価システムについての検討、ファッション業界の流行を意識したカラー/テイストのトレンド紹介等様々な切り口の発表がありました。CGLからは江森が一般講演「Gem Deposits & Identification」のセッションにおいて、「Identification between natural and synthetic amethyst using discriminant analysis」という題で発表を行いました。

江森所員による発表
江森所員による発表

また、GIT 2016会場の一部に設けられたポスター・セッションでは、開催中は自由に研究の成果を見ることができますが、コアタイムにおいて、発表者から直接研究内容を聞くことができます。各種トピックについて質疑応答が盛んに行われている様子は、このようなカンファレンスならではの光景です。

ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

MOU Signing セレモニー

GIT 2016開催期間中にMOU Signing (Memorandum of Understanding Signing)と言われる企業間における了解覚書/基本合意の調印が3件執り行われました。GITと当社との間では業務提携の一環として、共同ブランディング鑑別書(海外向け)を発行する調印式を行い、常務取締役 堀川洋一が代表出席・署名を行いました。組織間の技術協力・業務提携における基本合意はCGLとGITのよりよい前途を示すものとして印象付けられました。鑑別・研究最前線に立つもの同士の国境を越える協力関係と相互理解はこれからの時代に必要不可欠なものと認識しております。

MOU Signingセレモニーの様子
MOU Signingセレモニーの様子

調印に参加したその他関係各社との集合写真
調印に参加したその他関係各社との集合写真

国際学会の本質的な開催意義は宝石・宝飾品に関する多様な研究分野での成果を発表することにあります。定期的に開催されるGIT 2016のような国際学会では、国際交流を通して多くの方々と意見交換を行ったり、宝飾業界に従事する者同士で、ある特定のテーマに関して共通の認識を持つように働きかけたりと、参加することで個人・組織が前進的な刺激に触れることができます。中央宝石研究所も国内のみならず、このような国際学会に積極的に参加することで新たな研究成果を発表・情報発信に努めております。◆

GIT2016 Post-Conference Excursion 参加報告

2017年3月No.37

東京支店 雨宮  珠実

2016年11月16日(水)〜 16日(金)の3日間、GIT 2016 The 5th International Gem and Jewelry Conference (国際宝石宝飾品学会)のPost–Conference Excursion(本会議後の原産地視察)として、タイのチャンタブリ、トラットの鉱山ツアーが行われました。タイの宝飾用コランダム鉱床は、バンコク南東方のチャンタブリ県(Chanthaburi)タマイ市からトラット県(Trat)ボ・ライ町(Bo Rai)、バンコク西方のカンチャナブリ県(Kanchanaburi)ボ・プロイ町(Bo Phloi)周辺、タイ東部コラート高原のシサケット県(Sisaket)からスリン県(Surin)にかけて発達し、盛んに採掘され世界的な産地となっています。このうち、チャンタブリ~トラット地区から産するルビーは、世界の高品質ルビーの多くを占めていると言われており、今回はそのトラット地区の鉱山を数箇所見学することができました。
CGLからは2名参加し、鉱山の状況を視察することができました。以下に概要を報告致します。

ボ・ライ周辺地図
ボ・ライ周辺地図

Trat – Chanthaburi

11月16日(水) 午前7時に、先日まで本会議が行われていたPataya Zign Hotel(図1) を出発し、2台の大型バスに乗りトラットに向かいました。

図1.Pataya Zign Hotel
図1.Pataya Zign Hotel

図2.チャンタブリに向かう街並み
図2.チャンタブリに向かう街並み

トラット地区の鉱山に向かう途中、小型バスに乗り換えBankaja鉱山に着きました。この日は鉱山のオーナーのご親族が亡くなられたとのことで、実際に機械を動かすところは見ることができませんでしたが、GIT のアカデミックアドバイザーのDr. Visut Pisutha Arnondから採掘方法を説明して頂きました。

図3.Bankaja 鉱山
図3.Bankaja 鉱山

水を入れ、周りの土を崩して掘り出したものを水と一緒にパイプを通して選別機に移動させます。
上から水と一緒にコランダムを含んだ土が左右に揺られながら下に(図5は図4の左側の部分)に落ちていき、比重の軽いものは途中に残り、コランダムのような比重の重いものが下まで運ばれます。採掘が全て終わった後は土を全て元に戻すそうです。

図4.選別機
図4.選別機

図5.選別機の最終部分
図5.選別機の最終部分

Chanthaburi Gem and Jewelry Museum

Bankaja鉱山を出た後、チャンタブリ市立の宝石宝飾博物館(図6・7)を見学しました。博物館の中には各国の宝石の原石や様々な王冠(レプリカ)が展示されていました。

図6.チャンタブリの宝石宝飾博物館
図6.チャンタブリの宝石宝飾博物館

図7.チャンタブリ宝石宝飾博物館に展示されていた タイの国旗をルビーとサファイアで作ったもの
図7.チャンタブリ宝石宝飾博物館に展示されていた
タイの国旗をルビーとサファイアで作ったもの

World Sapphire Co., Ltd.

チャンタブリ宝石宝飾博物館を見学した後、World Sapphire社を見学しました。ここには各国のサファイアの産地にオーナー自らが出向き収集してきたものが産地別に分けられて展示してあり、また2階にはカットや選別をする部屋がありました。私たちはサファイアのギャラリーと選別の様子を見せて頂きました。

図8.World Sapphire社
図8.World Sapphire社

図9.World Sapphire社にあるギャラリー
図9.World Sapphire社にあるギャラリー

図10–1.展示されているサファイア
図10–1.展示されているサファイア

図10–2.展示されているサファイア
図10–2.展示されているサファイア

図11–1.World Sapphire社の2階にある振り分けの部屋を見学。女性がカットする前の石を大きさ、形、色により選別している
図11–1.World Sapphire社の2階にある振り分けの部屋を見学。女性がカットする前の石を、大きさ、形、色により選別している

図11–2.World Sapphire社の2階にある振り分け部屋
図11–2.World Sapphire社の2階にある振り分け部屋

図11–3.World Sapphire社の2階にある振り分け部屋
図11–3.World Sapphire社の2階にある振り分け部屋

図11–4.World Sapphire社の2階にある振り分け部屋
図11–4.World Sapphire社の2階にある振り分け部屋

Wat San Too , Trat

2016年11月17日(木)、ワット・サン・トゥーの柱状節理(※)を見た後(図13)、ボ・ライにある博物館を見学し、その後鉱山見学、また川で鉱物の採集を体験しました。
※「柱状節理」:玄武岩質の火成岩などに見られる柱状の規則性のある割れ目のこと。断面は六角形となることが多い。
マグマが冷却する過程で体積が収縮するために生じる。

図12.車窓から見えたエビの養殖場
図12.車窓から見えたエビの養殖場

図13–1.ワット・サン・トゥーの柱状節理
図13–1.ワット・サン・トゥーの柱状節理

図13–2.ワット・サン・トゥーの柱状節理を反対側から眺める参加者
図13–2.ワット・サン・トゥーの柱状節理を反対側から眺める参加者

Gem City

ジェム・シティに着くと、トラットの副知事の歓迎の挨拶を受けました。
博物館の中には鉱物の採掘から処理、カット、売買までが本物と見分けがつかないほどのリアルな蝋人形で作られており、GITのPornsawat Wathanakul代表が写真に入っていても見分けがつかないほどです(図15–6)。展示スペースを抜けると原石から枠のついたものまで販売するコーナーが設けられていました。

図14.ジェム・シティの外観
図14.ジェム・シティの外観

図15 – 1.蝋人形による採掘から売買まで
図15 – 1.蝋人形による採掘から売買まで

図15 – 2.蝋人形による採掘から売買まで
図15 – 2.蝋人形による採掘から売買まで

図15 – 3.蝋人形による採掘から売買まで
図15 – 3.蝋人形による採掘から売買まで

図15 – 4.蝋人形による採掘から売買まで
図15 – 4.蝋人形による採掘から売買まで

図15 – 5.蝋人形による採掘から売買まで
図15 – 5.蝋人形による採掘から売買まで

図15 – 6.蝋人形による採掘から売買まで
図15 – 6.蝋人形による採掘から売買まで(手前に座っているのがGIT・Pornsawat Wathanakul代表)

図16–1.販売している石
図16–1.販売している石

図16–2.2200 x 250と書かれているのは 2200ct x 250バーツ/ctの意味
図16–2.2200 x 250と書かれているのは 2200ct x 250バーツ/ctの意味

Trat, Bo Rai鉱山

ジェム・シティ見学後のボ・ライ鉱山では、オーナーもいらしたので採集させてもらうことができました。ボ・ライ鉱山は何十年も前にルビーとサファイアの鉱床として有名だった所です。採掘量はかなり減りましたが現在も重要な資源である事に変わりありません。ボ・ライにあるHua Tung Gems マーケットは現在も取引が行なわれていますが、全盛期ほど買い物客は集っていません。ただ、宝石学的調査が進めば、新しい鉱床が見つかる可能性もある場所です。

図17–1.ポンプで水とともに土、石が運ばれ、比重により振り分けられて溜まったものを屋根の下で拾う
図17–1.ポンプで水とともに土、石が運ばれ、比重により振り分けられて溜まったものを屋根の下で拾う

図17–2.ポンプで水とともに土、石が運ばれ、比重により振り分けられて溜まったものを屋根の下で拾う
図17–2.ポンプで水とともに土、石が運ばれ、比重により振り分けられて溜まったものを屋根の下で拾う

図18.参加したメンバー。中央の一番後ろに立つ帽子の方がこの鉱山のオーナー
図18.参加したメンバー。中央の一番後ろに立つ帽子の方がこの鉱山のオーナー

ボ・ライ鉱山の漂砂鉱床

同じボ・ライ鉱山からの石が川に流れた二次鉱床 で採集しました(図19)。すでに川岸では採れないため、現地の人が川の中央から川底の石を持ってきてくれたものをザルで洗い、その中から拾いました。

図19–1.ボ・ライ漂砂鉱床での採集
図19–1.ボ・ライ漂砂鉱床での採集

図19–2.ボ・ライ漂砂鉱床での採集
図19–2.ボ・ライ漂砂鉱床での採集

Chanthaboon–Water front

2016年11月18 日(金)、チャンタブーンのジェムマーケットを見学しました。マーケットの近くの川沿いにはタイとベトナムの人が半々くらいで住んでいるそうです(図20)。

図20–1.川沿いの集落
図20–1.川沿いの集落

図20–2.川沿いの集落
図20–2.川沿いの集落

ジェムマーケットの街の一角で路上にテーブルを出している店と、屋内のみの店がありました(図21)。想像とは異なり、テーブルの上には何もなく顧客の要望ににより石を出すため、バンコクの街中で思ったものが手に入らなかった人がここに来て必要なものを買うそうです。中には観光客目当てに近づいて路上で石を売る人もいました。

図21–1.ジェジュマーケットの様子
図21–1.ジェムマーケットの様子。路上の店

図21–2.ジェジュマーケットの様子
図21–2.ジェムマーケットの様子

図21–3.ジェムマーケットの店舗
図21–3.ジェムマーケットの屋内の店舗

図22.観光客に群がる宝石業者
図22.観光客に群がる宝石業者

The Cathedral of the Immaculate Conception

ジェムマーケットのすぐ近くにはThe Cathedral of the Immaculate Conception(チャンタブリ処女降誕聖堂)という教会があります(図23)。300年以上前に建てられたタイで最も大きく美しい教会でベトナム人から寄贈されました。教会の中にはサファイアで飾られた聖母マリア像があり(図24)、礼拝中でしたので遠くからしか眺められませんでしたが、とても綺麗でした。
この後、昼食をとり、GIT のPornsawat Wathanakul代表からのご挨拶があり、帰路につきました。◆

図23–1.チャンタブリ処女降誕聖堂
図23–1.チャンタブリ処女降誕聖堂

図23–1.チャンタブリ処女降誕聖堂
図23–2.チャンタブリ処女降誕聖堂

図24.サファイアで飾られた聖母マリア像
図24.サファイアで飾られた聖母マリア像

宝石学会(日本)シンポジウム報告

2017年1月No.36

リサーチ室 北脇  裕士

去る 2016年10月29日(土)にTKP上野ビジネスセンターにて宝石学会(日本)シンポジウムが開催されました。今回のテーマは「中国におけるダイヤモンドの高圧合成」で、中国吉林大学の賈暁鵬(Xiaopeng Jia) 教授が招聘されて講演されました。以下に概要をご報告します。

宝石学会(日本)は「科学者と、宝石界との良き協力関係を生み出し、両者が有無相通じ合うことによって宝石学を振興し、その成果を還元する公共的な媒体となる(趣意書の一部抜粋)」 ことを目的として、昭和49年(1974年)に設立されました。 以降、継続して毎年一回の講演会・総会が開催されています。2013年には評議員が改選され、新たな活動計画としてニュースレターの配布やシンポジウムの開催が発案されました。ニュースレターは2014年11月に第1号が発刊され、この原稿執筆時で既に第8号が発行されています。シンポジウムは2015年の12月に引き続いての開催となりました。

今回のテーマは「中国におけるダイヤモンドの高圧合成」です。最近、ジュエリーにも混入している合成ダイヤモンドのほとんどが中国製のHPHT合成ということもあって、きわめてタイムリーな話題といえます。

開会の挨拶をされる神田会長
開会の挨拶をされる神田会長

神田会長による挨拶と趣旨説明、そして賈暁鵬(Xiaopeng Jia) 教授の紹介が行われた後、筆者が「ジュエリー中の合成ダイヤモンド」と題して、現在の宝飾用合成ダイヤモンドの現状について以下のような前説をさせていただきました。

国内では昨年の9月以降、リングやペンダントなどのダイヤモンド・ジュエリーにHPHT合成が混入するという事例が見られるようになりました。海外においても同様で、中国深圳(シンセン)のNGTCラボからは昨年9月に検査したダイヤモンドのうち10%が合成であったと報告されています。このような合成石は中国で製造されたものと考えられており、ほとんどが0.01ct–0.1ctの小粒石です。これらの対策として種々の簡易的な判別機器が開発されており、判別器機の原理には主に2通りあります。ひとつはダイヤモンドの紫外線透過性に着目したもので、もうひとつは無色のHPHT合成ダイヤモンドの燐光を捕らえるものです。価格帯にはいろいろな選択肢がありますが、測定精度についても留意しておく必要があります。また、筆者は2016年3月に中国吉林大学に賈暁鵬(Xiaopeng Jia) 教授を訪ねておりますので、賈教授と国家重点実験室の施設についても紹介させていただきました。

講演中の賈暁鵬 教授
講演中の賈暁鵬 教授

続いて、中国吉林大学超硬材料国家重点実験室の賈暁鵬(Xiaopeng  Jia) 教授が「中国におけるダイヤモンドの高圧合成」のタイトルでおよそ80分の講演をされました。
賈教授は1980年代後半に来日され、90年代を日本で過ごされています。筑波大学で修士と博士の学位を取得され、外国人研究員として研究を続けられました。その後、無機材質研究所や金属材料技術研究所(どちらも現在の物質材料研究機構)で研究員として過ごされています。無機材質研究所時代には神田会長とも共同研究をされており、共著で論文発表もされています。その後、中国に帰国され、国家による特聘待遇により現職に就かれています。

賈教授の講演は通訳なしの日本語で行われました。そのため翻訳による時間のロスがなく、講演時間いっぱい熱弁をふるっていただけました。 まず、中国で発展してきた高圧装置について述べられました。中国では1964年に独自の立方体高圧装置(キュービック・プレス)が開発されましたが、その後しばらくは発展がありませんでした。しかし、1985年にピストンの直径が260-320mmのものが開発されると次第に大型化が進み、2000年以降はφ650、φ700などの大型プレスが次々と開発されました。この装置の大型化に伴い工業用の砥粒ダイヤモンドの生産も増加し、1990年代には年間生産量が1億ctであったものが、2015年には150億ctにまで達したそうです。
宝飾用に供される無色の単結晶ダイヤモンドは、2014年に鄭州華晶金剛石股份有限公司が2mm以下の結晶の量産を開始したのを端緒に複数の会社がそれに続きます。河南黄河旋風股份有限公司社では2015年前期から2~3mm程度の原石を量産しており、さらなる量産計画があるようです。現在、中国では宝飾用の合成ダイヤモンドの生産量が20万ct/月に達しているそうです。今後はさらに結晶の大型化が進むであろうと予測されていました。
賈教授の研究室でもさまざまな研究プロジェクトがあり、その一端をご紹介いただきました。高濃度の窒素を含有するⅠa型結晶の合成もそのひとつです。この話題は聴衆の興味を引き、その後の質疑応答の時間にいくつかの質問が寄せられていました。というのも、無色の合成ダイヤモンドは窒素を含有しないⅡ型であることが前提で種々の判別装置が作られているためです。ジェモロジストにとっては聞き逃せない話題であるわけです。賈教授の研究目的は、天然と判別できない宝飾用合成ダイヤモンドを作ることではなく、一般に合成よりも窒素濃度の高い天然ダイヤモンドの成因に関する地球科学的なアプローチです。 そして、このⅠa型ダイヤモンドの合成は実験室レベルの手法であり、量産できる技術ではありません。また、色も宝石に使用できる無色ではありません。したがって、現時点において日常の宝石鑑別における危惧はなさそうです。

講演会場の様子
講演会場の様子

さて、今回のシンポジウムでは質疑応答の時間が60分設けられており、聴衆からの質問に十分なディスカッションが行われました。合成方法や合成装置に関する技術的な話題になると、神田会長も自らマイクを持ちご自身の経験を踏まえたわかりやすい解説をされました。また、会場には賈教授の筑波大学時代の恩師である若槻雅男先生(筑波大学名誉教授)もお見えになっており、討論にご参加いただきました。若槻先生は1962年、東芝中央研究所時代に本邦で初めてのダイヤモンド合成を発表され、その後、筑波大学においてダイヤモンド合成法(触媒、結晶核形成制御、単結晶育成)と高温高圧発生制御に関する研究を精力的に遂行されてきた偉大な研究者です。多くの若手研究者を育成され、留学生らに対しても惜しみなく技術指導をされてきました。賈教授もその留学生の一人で、恩師との質疑応答にも筆者には非常にすばらしい師弟の信頼関係が見て取れました。
講演会の後、別室で懇親会が行われ、そこでも賈教授を囲んで活発な情報交換と参加者間の交流が行われました。◆

GIT 2016 Pre–Conference Excursion参加報告

2017年1月No.36

リサーチ室 江森  健太郎

去る2016年11月9日(水)~13日(日)の5日間、GIT 2016 The 5th International Gem and Jewelry Conference(国際宝石宝飾品学会)のPre–Conference Excursion(本会議前の原産地視察)として、ミャンマーのモゴック鉱山ツアーが行われました。CGLからは著者が参加し、最新のモゴック鉱山の状況を視察することができましたので以下に概要を報告致します。

図1.世界的なルビーの原産地モゴック(2016年11月10日撮影)
図1.世界的なルビーの原産地モゴック(2016年11月10日撮影)

Pre–Conference Excursionとは

宝石や地質学関連の学術会議では、本会議の前後にタイプロカリティ(基準産地)や鉱山等を視察するツアーが組み込まれることがあります。GIT 2016ではPre–Conference Excursion(本会議前の原産地視察)として4泊5日でミャンマーのモゴック鉱山ツアーが行われ、スタッフを含む18名(ガイド除く)が参加しました(図2)。

図2.Pre–Conference Excursionに参加したメンバー
図2.Pre–Conference Excursionに参加したメンバー

Jade Pagoda

11月9日(水)、ミャンマーのマンダレー空港に集合した我々はワゴン車3台に乗り、モゴックを目指すことになります。モゴックへ行く前にマンダレーのJade Pagodaへ立ち寄りました。ミャンマーでは多くの人々(90%程度)が仏教徒であり、いたるところにパゴダ(Pagoda)と呼ばれる寺院があります。パゴダは日本の仏塔と同じで仏舎利(釈迦仏の遺骨等)を安置するための施設で、ミャンマーではパゴダを建てることは「人生の最大の功徳」とされ、そうすることにより幸福な輪廻転生が得られるとされています。Jade Pagodaはその名の通り、ヒスイでできたパゴダで(図3)、ヒスイ鉱山のオーナーによって2014年に建立されました。また、パゴダの周りには建設中の建物がたくさんあり(図4)、現在あるジェードマーケットが来年移転してくるそうです。

図3.Jade Pagoda
図3.Jade Pagoda

図4.建設中のJade Market
図4.建設中のJade Market

Mandalay Gem Association & Co., Ltd.見学

Jade Pagoda見学後、マンダレーにあるMandalay Gem Association & Co., Ltd.(図5)を見学しました。Mandalay Gem Association & Co., Ltd.は宝石教育を行う機関で、ヒスイや他の色石、ダイヤモンドについての教育を行っています。すでに授業が終わった時刻に到着したため教育現場を観察することはできませんでしたが、教育に使用しているサンプル類を見せていただきました。ヒスイのサンプルは各色大小、数がたくさん揃っており、参加者達は感嘆していました。

図5–1.Mandalay Gem Association & Co., Ltd.
図5–1.Mandalay Gem Association & Co., Ltd.

図5–2.Mandalay Gem Association & Co., Ltd.が所有する教育用サンプル(ヒスイ)
図5–2.Mandalay Gem Association & Co., Ltd.が所有する教育用サンプル(ヒスイ)

モゴックへ

モゴックはマンダレーから北東に200kmに位置します。以前はマンダレーから船や曲がりくねった未舗装道路を車で乗り継ぎ、かなりの道のりであったとされていますが、現在は殆どの区間が舗装されています。11/10(水)朝6時、マンダレーのホテルを出発した我々はモゴックの入口まで4時間ほどで到着しました。モゴックは外国人の立ち寄りが制限されており、政府の許可なしでは入ることができません(図6)。

図6.モゴックの入口の看板 外国人の立ち寄りが制限されており、ここで許可を取らなければいけない。
図6.モゴックの入口の看板
外国人の立ち寄りが制限されており、ここで許可を取らなければいけない。

Phaungdow–U Pagoda

モゴックに入った我々がまず初めに向かった先はPhaungdow–U Pagodaです。このパゴダはモゴックで最も有名なパゴダの1つです。仏像はLEDで電飾されています(図7)。また、モゴックで訪れたパゴダに共通することですが、たくさんの宝石が寄贈されており(図8)、信仰心の高さを垣間見ることができます。

図7.Paungdow–U Pagoda 仏像は電飾されている。
図7–1.Paungdow–U Pagoda
電飾されている仏像。

図7–2Paungdow–U Pagoda 台座の部分は色とりどり様々な宝石で装飾されている。
図7–2.Paungdow–U Pagoda
台座の部分は色とりどり様々な宝石で装飾されている。

図8.寄贈された宝石類 写真で示したものはごく一部にすぎず、莫大な量の宝石類が寄贈されている。
図8.寄贈された宝石類
写真で示したものはごく一部にすぎず、莫大な量の宝石類が寄贈されている。

Yoke Shin Yone (Cinema Market)

11月11日(金)、モゴック東部地区のYoke Shin Yoneを訪れました(図9)。 Yoke Shin Yoneは通称Cinema MarketまたはMorning Marketと言われ、午前中朝6時から9時まで開かれています。細い路地に手作りの背の低い机、木箱、地面に布を敷いて、その上に宝石類を並べ、販売を行っています。低品質の未研磨石や原石もありますが、カット・研磨された質のよいルビー、サファイア、スピネル、ペリドット等多くの種類の宝石が見られます。ミャンマーの通貨(Kyat)での取引が基本ですが、米ドルの使用も可能でした。

図9–1.Yoke Shin Yoneの様子:古い映画館前広場にあることからCinema Market と呼ばれている。
図9–1.Yoke Shin Yoneの様子:古い映画館前広場にあることからCinema Market と呼ばれている。

図9–2.路地に机、箱を並べ、宝石を売る女性たちを見ることができる。
図9–2.路地に机、箱を並べ、宝石を売る女性たちを見ることができる。

MEC鉱山

Yoke Shin Yoneを後にした我々は、モゴックの北西10マイルのところにあるShan HillのShwe Tharyar Village(Bernard Village)にあるMEC鉱山(図10)を訪れました。この鉱山はルビーの小規模な採掘を行っており、すぐ傍には1887年におこった3rd Burma Warで戦士した英兵の墓が点在しています(図11)。

図10–1.Shwe Tharyar VillageのMEC鉱山
図10–1.Shwe Tharyar VillageのMEC鉱山

図10–2.Shwe Tharyar VillageのMEC鉱山
図10–2.Shwe Tharyar VillageのMEC鉱山

図11.Shwe Tharyar Villageの英兵の墓
図11.Shwe Tharyar Villageの英兵の墓

突然現れるマーケット(?)

筆者の乗っていたワゴンは気がつくと他の2台のワゴンとはぐれ、道に迷ってしまいました。運転手はミャンマー語しか話せず、ワゴンに同行していたスタッフはミャンマー語が話せず、他のワゴンと合流するため、一旦停車しなければならなくなりました。停車していると、宝石を持った村民たちが「宝石を買わないか」と寄って来て、彼らの家で突然宝石マーケットが開催されます(図12)。低品質な未研磨石がほとんどでしたが、中程度の品質のものも存在しました。はぐれてしまったことにより、この日の昼食を食べることはできませんでしたが、ミャンマーの人たちと宝石のつながりについて深く感じることができ、貴重な体験であったと思います。

図12–1.路上で突然はじまる宝石取引
図12–1.路上で突然はじまる宝石取引

図12–2.路上で突然はじまる宝石取引 モゴックの人たちと宝石のつながりを感じる貴重な経験をすることができた。
図12–2.路上で突然はじまる宝石取引
モゴックの人たちと宝石のつながりを感じる貴重な経験をすることができた。

Purifie Mine

次に訪れたのは、Pyaung Gong VillageにあるPurifie Mineというペリドット鉱山(図13)です。ミャンマー語でペリドットは”Pyaung Gong Sein”と言います(Seinはミャンマー語で”緑”という意味)。ダイナマイトを使用して坑道を掘り進め(図14)、ペリドットを採掘するという手法で採掘が進められています。

図13–1.ペリドットが採掘されるPurifie鉱山。中はじめじめしているが、ほこりっぽくはなく、意外と快適。
図13–1.ペリドットが採掘されるPurifie鉱山。中はじめじめしているが、ほこりっぽくはなく、意外と快適。

図13–2.Purifie鉱山。
図13–2.Purifie鉱山。

図14–1.ダイナマイトを差し込むために造られた穴。この穴にダイナマイトを仕掛けて発破する。
図14–1.ダイナマイトを差し込むために造られた穴。この穴にダイナマイトを仕掛けて発破する。

図14–2.発破に使用するダイナマイト
図14–2.発破に使用するダイナマイト

Baw Mar Mine

11月12日(土)、モゴックBaw Mar地区のKyauk Sound鉱山を訪れました(図15)。このエリアは2008年以降採掘量が急増したブルーサファイアの重要な鉱床で、モゴック片麻岩類が分布しており、閃長岩や花崗岩類を伴っています。ブルーサファイアは高度に変成した黒雲母片麻岩などに貫入した閃長岩やペグマタイトの風化土壌から採掘されます。Baw Mar鉱山は10年ほど前から重機を用いた採掘がおこなわれており、露天掘り、トンネル方式が組み合わされています(図16)。

図15.Baw Mar, Kyauk Sound鉱山全景
図15.Baw Mar, Kyauk Sound鉱山全景

図16–1.削った土砂を機械で選鉱している様子。選鉱されたものは、朝と夕方の2回オーナーが回収しにくるとのこと。昼は流れた土砂をパニングしている。
図16–1.削った土砂を機械で選鉱している様子。選鉱されたものは、朝と夕方の2回オーナーが回収しにくるとのこと。昼は流れた土砂をパニングしている。

図16–2.入口にはミャンマー語で「立ち入り禁止」
図16–2.入口にはミャンマー語で「立ち入り禁止」

Yadana Shin Ruby鉱山

Baw Marを後にした我々はモゴック北部にあるYadana Shin Ruby鉱山に向かいました(図17)。 Yadana Shin Ruby鉱山は大理石から直接ルビーを採掘する第一次鉱床で、大理石の露岩も見られる敷地内から縦坑がたくさん掘られています(図18・19)。モゴックの中でも最大級の規模の鉱山で400名に及ぶ鉱夫が働いており(図20)、寝食を共にしています(図21)。

図17.Yanada Shin Ruby鉱山の玄関口。「Yanada Shin Gems Co., Ltd.」の看板がある。
図17.Yanada Shin Ruby鉱山の玄関口。「Yanada Shin Gems Co., Ltd.」の看板がある。

図18.敷地内の各所にある縦穴への入口
図18.敷地内の各所にある縦穴への入口

図19.採掘された大理石が積み上げられている様子。風化していない大理石を削岩機で砕き、10cm〜20cmのサイズにされたものが積まれている。
図19.採掘された大理石が積み上げられている様子。風化していない大理石を削岩機で砕き、10cm〜20cmのサイズにされたものが積まれている。

図20–1.選鉱機と働く労働者たち
図20–1.選鉱機

図20–2.選鉱機と働く労働者たち
図20–2.働く労働者たち

図21.敷地内に労働者が寝泊まりをするため、大食堂も完備。本日の昼食はカレーのようだ。
図21.敷地内に労働者が寝泊まりをするため、大食堂も完備。本日の昼食はカレーのようだ。

Pan Shanマーケット

Yadana Shin Ruby鉱山の次に向かったのは、Pan Shanの宝石マーケットです。午後1時から3時に開催されており、モゴックでは最大規模です。強い日差しを遮るための300近いパラソルが圧巻で、その様子から”Umbrella”マーケットと呼ばれています(図22)。このマーケットは前日に訪れたYoke Shine Yoneとは違い、宝石を広げ並べているのではなく、宝石を持ったディーラーがバイヤーに直接売りにきます。興味を持ち、宝石を見ていると次々とディーラーが現れ、囲まれてしまいます。

図22.Pan Shanのジェムマーケット。訪問当日は祭りが行われていたため、普段よりは人が少ないとのことだったが、それでも人の量に圧倒された。
図22–1.Pan Shanのジェムマーケット。訪問当日は祭りが行われていたため、普段よりは人が少ないとのことだったが、それでも人の量に圧倒された。

図22–2.ディーラーが直接宝石を持ってきて販売しにくる。
図22–2.ディーラーが直接宝石を持ってきて販売しにくる。

Baw Ba Tan鉱山

最後に我々が訪れたBaw Ba Tan鉱山はRuby Dragonと政府の鉱山省が合弁して採掘を行っている大規模な鉱山で、1996年より採掘を行っています(図23)。この鉱山は67エーカー(約27万平方メートル)に200人の労働者が8時間シフト(6時〜14時、14時〜22時)で採掘を行っています。現在、地下1140フィート(約350メートル)まで掘り進めていますが、一番よい品質のものが採掘されたのは地下900フィート(約275メートル)とのことでした(図24)。◆

図23.鉱山の地図模型を手に説明をするRuby DragonのAlex Phyo氏
図23.鉱山の地図模型を手に説明をするRuby DragonのAlex Phyo氏

図24–2.Baw Ba Tan鉱山の入口。ここから1140フィートの地下の世界が広がる。中からはほこり のにおいが噴出している。
図24–1.Baw Ba Tan鉱山の入口。ここから1140フィートの地下の世界が広がる。中からはほこり のにおいが噴出している。

図24–2.1000米ドル支払えば中に入れるが危険は保証しない、などの注意が書かれている。
図24–2.1000米ドル支払えば中に入れるが保証しない、などの注意が書かれている。