中国におけるダイヤモンドの高圧合成

2016年11月No.35

中国吉林大学超硬材料国家重点実験室 教授 賈 暁鵬

概要

中国で合成ダイヤモンドが誕生してから半世紀にわたり発展を続けてきた。同国では、主に立方体式高圧装置(キュービック・プレス)を用いてダイヤモンドが合成されている。近年来、中国は砥粒ダイヤモンドの国際的な生産国となるまで急速に成長してきた。2015年、中国国内の合成ダイヤモンド生産量は150億カラット以上に達した。大型ダイヤモンド単結晶の合成は温度差法を用いることによって成功し、商品化・量産され、それらの商品の殆どは切削工具市場及び宝石市場で取引されている。現在、3mm以下のIIa型のダイヤモンド単結晶の生産量は20万カラット/月に達した。中国のダイヤモンド合成技術は著しく進歩してきたが、特殊な高品質砥粒ダイヤモンドのハイエンド製品、及び良質な大型ダイヤモンド単結晶の製造は未だ発展の途上にある。
本文では、中国におけるダイヤモンドの高圧合成技術の発展史、及び現状について紹介し、併せて今後の発展について展望を記す。

1.立方体高圧装置(キュービック・プレス)の中国国内開発史

中国の立方体式高圧装置(キュービック・プレス)は元機械工業部済南鋳鍛研究所によって設計され、1964年に誕生した。シリンダーの直径(口径)はΦ230(mm)で、その外観を図1に示す。しかしそれ以降、約20年間にわたりプレスの開発は停滞していた。1985年、桂林鉱産地質研究所の設計、長沙鉱冶研究院および桂林冶金機械総工場の共同開発によって製造されたΦ260–Φ320型プレスによって再び開発が進むことになった。1993年、咸陽202研究所は、Φ360–Φ400型を発表し、プレスの大型化を展開した。1999年、Φ500型が登場すると、プレスの大型化が加速し、たちまち、ダイヤモンド生産用のメイン設備となった。
表1は、現在中国において主流となっているプレスの口径と砥粒ダイヤモンドの生産能率の関係を示すものであり、口径の拡大につれて、ワンサイクルのダイヤモンドの生産量が急激に増加するという相関関係がわかる。

図1中国式立方体高圧装置(キュービック・プレス)
図1.中国式立方体高圧装置(キュービック・プレス)
表1:プレスのパラメータと単位生産量との関係
表1:プレスのパラメータと単位生産量との関係

中国国内で最大手のダイヤモンドメーカーである「中南」・「黄河」・「華晶」の三社は、このようなプレス大型化の進行を牽引するという重要な役割を果たした。
現在は主にΦ650、Φ700、Φ750の大型プレスが使用されている。中国国内にあるダイヤモンド合成用のプレスは1万台を超え、そのうちΦ600より大きいサイズのものがその過半数と言われている。また、プレスの制御技術も飛躍的に向上され、制御の精密度と自動化の程度も著しく進歩した。そして、群制御技術とネットワーク技術の使用も開始された。

図2.ある会社のダイヤモンドの合成生産現場の写真
図2.ある会社のダイヤモンドの合成生産現場の写真
2.砥粒ダイヤモンド合成の発展史

1963年、中国で初めてダイヤモンドの合成に成功した。1966年、中国鄭州三磨研究所が砥粒ダイヤモンドの商品化・生産を開始し、年産は約1万カラットであった。年代別に分けてみると、商品化生産は、大まかに以下の三つの歴史的段階に分けられる。1980–1990年代、生産会社は主に東北地域の遼寧省に集中していた。当時はメーカーの規模が小さく、Φ320–360型プレスが主流で、年産は1億カラットであった。1990–2000年代、生産の本拠地は徐々に湖南省、安徽省など南の省に移るようになり、Φ360–Φ460型プレスがこの時期の主流となって、年産は15億カラットにも達した。2000年以降、主な生産地は河南省に移った。現在、河南省には、「中南」・「黄河」・「華晶」の三大ダイヤモンド生産メーカーが所在するほか、数多くの中小規模のダイヤモンド生産会社が所在している。河南省は、中国における合成ダイヤモンドの主要生産地域となり、「90%以上のダイヤモンド合成企業は河南省に所在し、市場に流れる95%以上のダイヤモンドは河南省で生産されている」と言われている。
1980–2000年という20年余りの期間にわたり、砥粒ダイヤモンド合成は片状触媒、直接加熱という立遅れた技術を踏襲していた。エネルギーの高消耗、生産能力の低下、結晶体の低品質はこの時期の合成技術と製品の典型的な特徴であった。2000年より、粉末触媒、間接(旁熱)加熱など新たな合成技術の開発に成功し、また、各メーカーによる新合成技術の迅速な導入を受け、国内の合成ダイヤモンドの生産量と品質は実質的に飛躍的な発展を遂げた。2005年、多くのダイヤモンドメーカーが全面的な生産モデルチェンジに成功し、中国の砥粒ダイヤモンドは国際市場を支配するようになった。以降、中国のダイヤモンド生産は高度発展期に突入した。2015年、年産は既に150億カラットに達し、全世界の生産量の90–95%を占めるようになった。図3には、中国における合成ダイヤモンド生産量の推移を示してある。

図3.中国におけるダイヤモンド生産量の推移
図3.中国におけるダイヤモンド生産量の推移
3.大型ダイヤモンド単結晶の高圧合成についての研究

中国における大型ダイヤモンド単結晶の高圧合成についての研究と開発の歴史は、1980年代に遡る。1980年当初、上海珪酸塩研究所が温度差法を用いて、約3mmのダイヤモンド結晶体を合成したが、良質なものを作ることはできなかった。1990年頃、「高温高圧法による大型単結晶の育成」は、国の「863プロジェクト」中の重要プロジェクトの一つとして立ち上げられたが、核となる技術が確立されていなかったため、高圧法を用いた大型単結晶ダイヤモンド合成の研究は中断された。

図4.10mm、2.45ctのIb型単結晶
図4.10mm、2.45ctのIb型単結晶
図5.高濃度窒素含有のダイヤモンド単結晶
図5.高濃度窒素含有のダイヤモンド単結晶
図6.Ia型ダイヤモンド単結晶
図6.Ia型ダイヤモンド単結晶

同研究が本格的に再始動されたのは、1999年末からであった。当時、吉林大学で筆者が率いた研究チームは、立方体高圧装置(キュービック・プレス)に対して、一連の技術改造を実施したことによって合成条件の精密な制御を実現し、2000年、4.5mmの良質なIb型単結晶の合成に成功した。さらに2004年、4.3mmのIIa型と4.0mmのIIb型の良質な単結晶の合成に成功し、2011年、約10mm、2.45ctのIb型の単結晶(図4)の合成に成功した。そのほかに研究チームは、高濃度窒素含有の緑色のダイヤモンド(図5)、Ia型(図6)、硼素と水素含有、水素含有のIbおよびПa型、水素と窒素含有のIbおよびIa型、また、水素と酸素の共同含有などの大型単結晶ダイヤモンドの合成に相次いで成功した。2006年、筆者は河南理工大学においても大型単結晶の合成研究を行った。

4.大型ダイヤモンド単結晶の商品化生産

2010年6月、河南省焦作市の美晶科技有限公司は、最初に単結晶の商品化生産を始め、3x3x1mm のIb型単結晶片(図7)を市場に提供した。2012年12月、鄭州華晶金鋼石股份有限公司と焦作美晶科技有限公司は、共同で出資し、焦作華晶ダイヤモンド有限公司を設立し、Ib型単結晶片の量産を開始した。2014年9月、鄭州華晶金鋼石股份有限公司(シノ·ダイヤモンド)が1.0–2.0mmサイズのIIa型単結晶(図8)を宝飾市場に提供し始めた。2015年下期、技術漏洩によって、河南省では十数社の企業が「シノ・ダイヤモンド」と同様の技術で宝飾用無色合成ダイヤモンドの生産を始めた。生産能力は当初の約1万カラット/月から、2015年4月の20万カラット/月まで達した。その後、1.0–2.0mmサイズのIIa型単結晶の価額も生産量の激増によって急激に下落し、わずか二年間で、当初の1カラット60米ドルから、現在の1カラット16~18米ドルまで下落した。

図7.3x3x1mm のIb型単結晶片
図7.3x3x1mm のIb型単結晶片
図8.1.0–2.0mmのIIa型単結晶
図8.1.0–2.0mmのIIa型単結晶
図9.黄河旋風の2–3mmのIIa型単結晶
図9.黄河旋風の2–3mmのIIa型単結晶

黄河旋風股份有限公司は、現在3000台以上のプレスを保持しており、中国国内最大規模のダイヤモンドメーカーの一つである。 同社は、2001年から大型単結晶ダイヤモンドの合成についての研究開発を推進し、現在、Ib型単結晶片だけではなく、2.0–3.0mmサイズのIIa型単結晶(図9)も宝飾市場に提供している。資料によれば、同社が宝石用の大型単結晶ダイヤモンド合成プロジェクトへ投資した総額は4.30億元、生産ラインも建設する予定とのことである。このプロジェクトを実現すれば、宝飾用の無色IIa型単結晶は年間73.50万カラット、板状単結晶は年間49.28万カラットという莫大な生産能力を有することになる。

中南钻石股份公司も3000台以上のプレスを保有するなど、世界一の規模と言われるメーカーである。同社では粉末触媒成長技術を用いて、自発核生長法により1–2mmの粗粒度のIb型ダイヤモンド(図10)を生産している。粗粒度の結晶体の品質は良好だが、価格は高く設定されている。現在、同社はまだ温度差法を用いて合成した単結晶ダイヤモンドを市場に出していない。

図10.中南の1–2mmのIb型ダイヤモンド
図10.中南の1–2mmのIb型ダイヤモンド

済南中烏新材料有限公司(略称:中烏新材)は2013年に設立され、2015年6月に中烏貝斯特公司から名称変更した会社である。小規模な会社で、現在70台ほどのプレスを所有している。注目すべき点は、同社ではウクライナの合成技術を用いて、Ib、IIa及びIIb型単結晶(図11)を生産していることである。製品一粒の質量は10ctにも達している。同社は、中国で唯一3.5mm以上の良質なIIa型の単結晶を宝飾用に商品化したメーカーであるが、製品の価格は高価である。

図11.中烏新材のIb、IIa、IIb型ダイヤモンド単結晶
図11.中烏新材のIb、IIa、IIb型ダイヤモンド単結晶

現在、中国は既に大型ダイヤモンド単結晶生産の中心となっている。これらのメーカーは殆ど河南省と山東省の両省に集中しており、毎月1.0–2.0mmサイズの宝飾用IIa型ダイヤモンド単結晶を16–20万カラット生産している。

5.結論

1) 中国のダイヤモンド合成技術は著しく進歩してきたが、特種な砥粒単結晶ダイヤモンドと大型単結晶ダイヤモンドの合成技術は外国と比べ、未だに大きな成長の幅がある。
2) 3mm以下のIIa型ダイヤモンドについては、すでに量生産ができており、宝石市場に入り天然ダイヤモンド市場に衝撃を与えている。

6.展望

上記に紹介した、既に大型単結晶ダイヤモンドの生産能力を有する数社のほか、幾つかのダイヤモンドメーカーも現在、3mm程度のIIa型単結晶ダイヤモンドの研究開発と生産に注力している。研究開発の進歩に伴い、やがてカラットレベルのIIa型ダイヤモンドの大規模な生産時代が訪れ、間違いなく宝石・装飾市場に大きな衝撃を与えることになるであろう。以上◆

− 賈 暁鵬 氏 −

Jia先生2CMYK統合2

【略 歴】
1962.12.15生
1980.09−1984.06  中国吉林大学物理学系 (大卒)
1984.09−1987.06  中国吉林大学原子と分子物理研究所(理学修士取得)
1990.04−1992.03  筑波大学工学研究科物質工学専攻(工学修士取得)
1992.04−1996.03  筑波大学工学研究科物質工学専攻(工学博士取得)
1996.04−1997.04  筑波大学物質工学系 外国人研究員
1997.05−1998.03  無機材質研究所 COE特別研究員
1998.04−1999.11  金属材料研究所 外国人研究員
1999.12−現在    中国吉林大学超硬材料国家重点実験室 教授

中国河南省、宝飾用合成ダイヤモンドの製造会社を訪問して

2016年11月No.35

リサーチ室 北脇  裕士

2016年9月6日(火)~13日(火)の一週間、中国河南省にあるHPHT合成ダイヤモンドの工場を訪問し、中国における宝飾用合成ダイヤモンド製造の現況について調査しました。河南省では宝飾用にHPHT合成ダイヤモンドが盛んに製造されており、その品質とサイズは漸次向上しています。今後、宝飾ダイヤモンドの流通に与える影響が懸念されます。以下に概要をご報告致します。

中国製HPHT合成ダイヤモンドの台頭

合成ダイヤモンドは、鑑別・グレーディングの日常業務において1990年代半ば頃から時折発見され、その都度話題となってきました。しかし、その検出頻度はごくわずかなもので、これまで無色の合成ダイヤモンドがジュエリーに混入していた例もほとんどありませんでした。しかしながら、2015年後半頃から世界各地の宝石鑑別ラボよりジュエリーに混入した小粒合成ダイヤモンドの事例が相次いで報告されるようになりました。当研究所においても2015年の9月頃からジュエリーに混入したメレサイズの無色合成ダイヤモンドが確認されており、現在も増加傾向にあります。これらの合成ダイヤモンドはほとんどがHPHT法によるもので、中国で合成されたものと考えられます。中国では2014年頃から宝飾用合成ダイヤモンドが大量に製造されており、今後もその動向を慎重に見守る必要があります。

河南省:世界の合成ダイヤモンド産業の中心地

河南省は、黄河の下流域にあることが省名の由来となっています(Fig.1)。省全体に黄河の堆積物による広大な平野が広がる重要な農業生産地域です。河北省、山東省、安徽省、山西省、陝西省、湖北省に隣接しています(Fig.2)。河南省は中国8大古都のうち4つ(鄭州、洛陽、開封、安陽)を有しており、中国文明の発祥の地といわれます。中国における33の行政区分の中で面積は17番目ですが、人口では広東省と山東省に次いで3番目です。黄河による水害や旱魃(かんばつ)などにより経済発展は緩慢でしたが、1970年代後半~1980年代にかけて国策により合成ダイヤモンドの製造会社が次々に立ち上げられていきます。工業用途のダイヤモンド砥粒や焼結体の生産が中心でしたが、高圧装置の大型化、操作技術のインテリジェント化、溶媒金属の選択やグラファイト原料の粉末化などの技術革新によって単結晶合成ダイヤモンドの大規模生産が成し遂げられていきます。

Fig.1河南省鄭州市北部を流れる黄河
Fig.1河南省鄭州市北部を流れる黄河
Fig.2中国河南省鄭州市の位置
Fig.2中国河南省鄭州市の位置

河南省には大小合わせると80社以上の合成ダイヤモンドの製造会社があります。中でも河南黄河旋風股份有限公司、中南钻石股份有限公司、鄭州華晶金剛石股份有限公司は中国における合成ダイヤモンド業界の「3大巨頭」と称され、これら3社を合わせると高圧合成装置(キュービック型マルチ・アンビル装置)は8,000台以上、ダイヤモンド生産量は120億ct以上に達し、全世界の合成ダイヤモンドの需要を支えられるといわれています。まさに河南省は合成ダイヤモンド製造の世界の中心地といえます。

河南省鄭州市:急速に発展する都市

鄭州市は河南省の州都(1954年~)です。人口937万人(2014年)の大都市です。日本のさいたま市とは1981年に姉妹・友好都市提携が結ばれています。3500年前には商(殷)王朝の都があったとされる歴史深い街ですが、近年は機械・食品・繊維などの産業による新興工業都市としてもめざましい発展を遂げています。鄭州は京広線(北京~広州市を南北に結ぶ)と隴海線(連雲港市~蘭州市を東西に結ぶ)が交差する中国鉄道交通の要所です。鄭州駅は1904年に開業しており、2010年に現在の駅舎が完成しました(Fig.3)。

Fig.3鄭州駅駅舎
Fig.3鄭州駅駅舎

また、高速鉄道(新幹線)が停車する鄭州東駅が2012年9月に開業し、中国では杭州東駅と南京南駅に次いで3番目に広い建築総面積を誇ります。市内には地下鉄網が現在建設中で、東西に延びる1号線は2013年12月に、南北に延びる2号線は2016年の8月に開通したばかりです。空の玄関口は鄭州新鄭国際空港で、2016年の4月には就航する全33社の航空会社が新たに増設されたターミナル2に移行したばかりです。シンガポール、シドニー、フランクフルトやロサンゼルスなどと結ばれており、成田からも直行便が就航しています。
2001年以降から旧市街の東部に面積約150平方キロで150万人規模の新都市(鄭東地区)が建設されています。新たにCBD(中心業務地区)を建設し、コンベンションセンター、アートセンター、高層住宅、高層オフィスが人工湖を囲むように建ち並んでいます(Fig.4)。この新都市のマスタープランは建築家の黒川紀章の立案といわれています。

Fig.4鄭州市新都心のビル群を望む
Fig.4鄭州市新都心のビル群を望む
河南省での宝飾用HPHT合成の現状

河南省の大手合成ダイヤモンド製造会社は、それぞれにおいて結晶育成の技術開発が進み、現在では無色の宝石品質のダイヤモンドを量産できるレベルに達しています。そして利益率の低い工業用途のダイヤモンド砥粒生産から新たな市場として宝石ダイヤモンドの生産にシフトしてきています。
鄭州華晶金剛石股份有限公司では2014年末頃から2mm以下の宝飾用合成ダイヤモンドの量産を開始しており、河南黄河旋風股份有限公司では2015年前期から2〜3mm以下の原石を量産しています。その後、他の中小の砥粒製造会社も続々と宝石事業に参入しており、河南省だけで10社以上が宝飾用の小粒ダイヤモンドを製造していると思われます。

宝飾用HPHT合成ダイヤモンド製造会社訪問

河南省力量新材料有限公司(Henan Province Liliang New Materials Co.,Ltd)は、2010年に設立された新興の会社で主にダイヤモンドの微粉末を製造していました。目覚しい技術革新によって高品質の単結晶が育成できるようになり、2015年に社名を河南省力量钻石股份有限公司(Henan Liliang Diamond Co.,Ltd)に改名しました。2014年以降、宝飾用の無色合成ダイヤモンドを製造しており、その生産量は中国において上位4社に入る勢いです。同社の邵增明(Shao Zengmin)社長の招待により、今回の筆者の訪問が実現しました(Fig.5)。

Fig.5河南省力量钻石股份有限公司の邵增明社長(左)
Fig.5河南省力量钻石股份有限公司の邵增明社長(左)
Fig.6河南省力量钻石股份有限公司の工場玄関
Fig.6河南省力量钻石股份有限公司の工場玄関

河南省力量钻石股份有限公司は、鄭州市の新都市中心業務地区にオフィスがありますが、ダイヤモンド生産工場は鄭州市から南東へ車でおよそ3時間の商丘市柘城県にあります(Fig.6)。柘城県は河南省の中でも最大の微粉末の製造(砥粒ダイヤモンドの粉砕加工)拠点です。中国全体の70%を占めるともいわれています。河南省力量钻石股份有限公司は、1990年に前進となる小さなダイヤモンド粉末製造工場として出発しました。急速な経済成長の波に乗り、機敏にチャンスを捉えて順調に業績を伸ばしました。2010年には3.8億元(およそ50億円)を投資して、143,334m2(東京ドーム3個分)の広大な敷地に10棟の生産工場および加工場が建てられました(Fig.7)。

Fig.7工場の鳥瞰図(図版提供:河南省力量钻石股份有限公司)
Fig.7工場の鳥瞰図(図版提供:河南省力量钻石股份有限公司)

そしてシリンダー径700mmの大型キュービック型マルチ・アンビル装置が多数設置されました(Fig.8)。邵社長によると、300台ある装置のうち現在150台が宝飾用単結晶合成ダイヤモンドの製造に使用されており(Fig.9)、月産で150,000ctの原石が生産されているとのことです。

Fig.8キュービックマルチ・アンビル装置(写真提供:河南省力量钻石股份有限公司)
Fig.8キュービックマルチ・アンビル装置(写真提供:河南省力量钻石股份有限公司)
Fig.9キュービックマルチ・アンビル装置近影
Fig.9キュービックマルチ・アンビル装置近影

生産されている宝飾用合成ダイヤモンド原石の90%は直径2mm程度で(Fig.10、Fig.11)、研磨すると0.01ct程度になるそうです。直径3mm以上の原石は全体の5%以下で、これらは0.1~0.2ctになるとのことです。製造技術は漸次向上しており、1年以内には0.5ctのカット石の量産を目指しているそうです。生産された原石の90%はインドで研磨されているそうですが、一部は中国国内で研磨しているとのことです。また、セールスマネージャーの陈宁宁(Lynn Chen)氏によると、同社では自社製品(無色合成ダイヤモンド)を用いたジュエリーも製造しており、販路を広く世界に求めて開拓中とのことです。

Fig.10宝飾用原石 (写真提供:河南省力量钻石股份有限公司)
Fig.10宝飾用原石
(写真提供:河南省力量钻石股份有限公司)
Fig.11宝飾用原石拡大
Fig.11宝飾用原石拡大

このように中国河南省は今なお経済発展の途上にあり、鉄道、都市整備などが着々と進行中です。合成ダイヤモンド産業も利益率が低くなった砥粒生産から宝飾用合成ダイヤモンドの製造へシフトしていますが、生産過剰のため技術革新の遅れた会社はすでに宝飾事業から撤退し、もとの砥粒生産に回帰しているところもあるようです。今後、彼らはさらなる利益を求めて結晶の高品質化とともに大型化を目指していくと思われます。また、各色のファンシーカラーダイヤモンドの生産、鑑別が困難な種々の性質を改良したものが出現することも予測の範囲にとどめておく必要がありそうです。◆

日本鉱物科学会2016年年会参加報告

2016年11月No.35

リサーチ室 北脇  裕士、江森  健太郎

石川県金沢市のシンボル、金沢城石川門
石川県金沢市のシンボル、金沢城石川門

去る2016年9月23日(金)から25日(日)までの3日間、金沢大学角間キャンパスにて日本鉱物科学会の2016年年会が行われました。弊社からは2名の技術者が参加し、それぞれ口答発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Sciences)は平成19年9月に日本鉱物学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ1000名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」、「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。今年、2016年は総会にて「日本の石(国石)」を決定する選挙を行いました。

会場となった金沢大学角間キャンパス自然科学棟
会場となった金沢大学角間キャンパス自然科学棟
日本鉱物科学会2016年年会

会場となった金沢大学は、1862年(文久2)に加賀藩が種痘所を設置したことを源流とし、旧制金沢医科大学、旧制第四高等学校、金沢高等師範学校、金沢高等工業学校を主な母体として設立された大学です。2004年4月に「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」という位置づけをもって改革に取り組むとして金沢大学憲章を制定しました。憲章は、教育・研究・社会貢献・運営の各分野からそれぞれ2項目、計8項目から成ります。地理的にはJR金沢駅より南東方向に本学会の会場となった角間キャンパスがあります。交通手段としてはJR金沢駅からバスで30分程度、通学時間帯は本数も多く、アクセスに不便はありません。

今回の年会では、4件の受賞講演をはじめ、シンポジウム「ちきゅう掘削鉱物科学」、口頭発表、ポスター発表を合わせ、発表講演総数237件が行われ、278名が参加しました。
一日目、23日(金)午前9時より「鉱物記載・分析評価」「岩石・鉱物・鉱床一般」「地球外物質」「岩石―水相互作用」「変成岩とテクトニクス」の4つのセッションが同時に行われました。弊社研究者は「鉱物記載・分析評価」のセッションで「中国製無色HPHT合成ダイヤモンドの物性評価と宝石鑑別」と「LA–ICP–MS分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」の2件の講演を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物科学会会員の方々の宝石学への興味の強さを感じることができました。

一般講演口頭発表会場の様子
一般講演口頭発表会場の様子

総会
平成28年度の鉱物科学会総会が二日目の9月24日(土)朝8時30分より大講義室で行われ、早朝にもかかわらず多くの会員が参加しました。小山内康人会長(九州大学)の挨拶の後、昨年の物故会員5名に黙祷が捧げられ、議事を開始。議長は愛媛大学の大藤会員が努められました。最初に会員幹事から会員数についての報告がなされました。現在有効会員数は929名で漸次減少傾向にあるようです。続いて広報の報告、渉外報告、和文誌GKKより報告、英文誌JMPSより報告、庶務報告がなされ、行事・年会担当幹事から次回(2017年)の年会は愛媛大学で開催されることが報告されました。そして、本総会の最重要審議事項である一般社団法人化の説明と承認がなされ、10月1日から鉱物科学会は一般社団法人として新たな活動を開始することが決定しました。新会長には京都大学の土`山明氏が選任されました。総会審議事項が終了後、日本鉱物科学会平成27年度受賞者の表彰と記念講演が行われました。

日本の石(国石)が「ひすい」に決定
総会の一般審議と受賞者の表彰が終了後、日本の石(国石)の選定が行われ、総会参加者全員による投票の結果、「ひすい」に決定しました。
日本の石(国石)は日本鉱物科学会の一般社団法人化の記念事業の一環として考案されたものです。「日本で広く知られて、国内でも産する美しい石(岩石および鉱物)であり、鉱物科学のみならず様々な分野でも重要性をもつものを、「国石」として選定することにより、私たち日本人が立っている大地を構成する石について、自然科学の観点のみならず社会科学や文化・芸術の観点からもその重要性を認識するとともに、その知識を広く共有する」という趣旨のもと、有識者14名による選定ワーキンググループ(WG)を発足して取り組んできました。
当初、選定委員会において花崗岩、輝安鉱、玄武岩、讃岐岩(サヌカイト)、黒曜石、自然金、水晶、トパーズ、ひすいの10種が候補に挙げられましたが、その後、会員と一般からの意見や追加候補を募り、赤間石、安山岩、大谷石、かんらん岩、絹雲母、黒鉱、結晶片岩、琥珀、さざれ石、硯石および石灰岩の11種が加えられました。これら21種の候補のうちからWGの討議により、花崗岩、輝安鉱、自然金、水晶、ひすいの5種に絞り込まれ、本総会において会員の投票により決定されることになりました。投票に先立って、5種の石にゆかりのある研究者がそれぞれの応援演説を行い、その石の魅力をアピール。 投票は出席会員が投票箱にそれぞれの石の名前が書かれた5つの穴のどれかにビー玉を一つ投入するというスタイルで、投票終了後にビー玉の重量を測定すると得票数がわかるという仕掛けです。5つの穴はゆっくりと回転しており、投票者がどの石に投票したかは他の人にはわかりません。一回目の投票でひすいと水晶が上位となり、両者の決選投票となりました。 結果、ひすいが71票で水晶の52票を上回り、日本の石に決定しました。

日本の石(国石)投票の様子
日本の石(国石)投票の様子
国石として決定した「ひすい」 (写真:糸魚川産ひすい原石、写真提供:フォッサマグナミュージアム 宮島宏氏)
国石として決定した「ひすい」
(写真:糸魚川産ひすい原石、写真提供:フォッサマグナミュージアム 宮島宏氏)

受賞講演とポスターセッション
総会後、10時40分より日本鉱物科学会受賞講演が行われました。受賞講演は、平成27年度日本鉱物科学会賞第14回受賞者のバイロイト大学バイエルン地球研究所の桂智男教授、同第15回受賞者の熊本大学先端科学研究部の西山忠男教授、同学会研究奨励賞第19回受賞者の東北大学大学院理学研究科の坂巻竜也助教授、同学会研究奨励賞第20回受賞者の門馬綱一氏の4名より行われました。受賞講演の後はポスターセッションのコアタイムとなっており、発表者の前にはたくさんの人でにぎわい、説明、質疑応答、議論等が活発に行われていました。また同日午後は、シンポジウム「ちきゅう掘削鉱物科学」が行われました。

ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

最終日25日(日)は午前9時より「結晶構造・結晶化学・物性・結晶成長・応用鉱物」「高圧科学・地球深部」「深成岩・火山岩及びサブダクションファクトリー」「火成作用と流体」「地球表層・環境・生命」のセッションが行われ、日本鉱物科学会2016年年会は幕を閉じました。
毎年開催される鉱物科学会年会では、最先端の鉱物学研究が発表されます。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加し、聴講することで最先端の鉱物学に関する知見を得られ、多くの研究者の方々と交流を深めることができます。来年も愛媛で開催される鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行われている各種宝石についての研究をさらに深める予定です。◆

判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別

2016年9月No.34

リサーチ室 江森  健太郎、北脇  裕士

要旨

LA–ICP–MSによる微量元素分析データを用いた判別分析を行い、アメシストの天然・合成の鑑別の可能性について検討を行った。分析に用いたサンプルは、ブラジル産、ザンビア産及び日本産を含む天然アメシスト50個と、原産国や日本国内市場で入手した合成アメシスト49個である。分析の結果、7Li、9Be、11B、23Na、27Al、39K、45Sc、47Ti、66Zn、69Ga、72Ge、90Zr、208Pbが判別分析において天然・合成の鑑別における良い指標となることがわかった。また、同様の元素の組み合わせが、ザンビア産とブラジル産の産地鑑別に有効であることが判った。

背景

アメシストは2月の誕生石で、一般にも良く知られた宝石の1つである。鉱物としては地殻上で長石に次いで多く産出する石英である。化学組成はSiO2であり、酸素(O)と珪素(Si)は地殻を構成する元素の中で1番目と2番目に存在度の高い元素である。アメシストの紫色はFe4+のカラーセンタに起因しており、宝石アメシストの主な産地はブラジル、ザンビア、ロシア、タンザニア及びナミビア等である(文献1)。
合成アメシストは1970年代から商業的に供給されている。オートクレーブを用いた熱水法で合成しており、ロシア、中国等で量産されている。特に1990年代に入って旧ソ連が崩壊し、市場経済が発達するにつれ、ロシアの結晶育成技術が輸出用のジュエリー製造に向けられるようになってからは、大量供給に伴い合成アメシストの価格が急落した。さらに中国製との競合の結果、その価格はコランダムのベルヌイ製品並みにまで下落した(文献2)。
業界ではこのような合成アメシストが天然アメシストの原産地において混入され、鑑別されないまま商品として流通する危険性が懸念され続けている。たとえば文献3によると、市場におけるアメシストの半分は合成であるとし、文献4では、東アジアで取引されるアメシストの25%は合成であるとしている。また、ヨーロッパのある鑑別ラボでは1年間に持ち込まれた水晶類の70%が合成であったと報告している(文献5)。
このように「合成と気付かずに天然として売られている」というアメシスト(文献3)に対して、昨今の情報公開や消費者利益の観点からも天然・合成アメシストの鑑別に関する重要性は高まっている。

サンプルおよび分析方法

本研究で用いたサンプルは、天然アメシスト50点、合成アメシスト49点である。天然アメシスト50点の中で、産地が既知のサンプルは、ブラジル産10点、ザンビア産6点、日本産2点、ニュージーランド産1点、また合成アメシストは日本製5点、ロシア製4点を含み、ブラジルや国内市場で流通している市場性が高いサンプルを用いた。サンプルはすべてファセットカットされており、ブラジル産天然アメシスト5点、ザンビア産天然アメシスト6点については、LA–ICP–MSで5点ずつLA–ICP–MSで分析を行い、その他のサンプルについては2点ずつ分析を行った(図1)。

図1–1測定に用いた天然アメシストの一部     (0.54–1.86ct)
図1–1測定に用いた天然アメシストの一部
    (0.54–1.86ct)
図1–2測定に用いた合成アメシストの一部     (1.65–3.65ct)
図1–2測定に用いた合成アメシストの一部
    (1.65–3.65ct)

分析に使用したLA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP–213を、ICP–MSはAgilent 7500aを使用した。分析条件は表1に示した通りである。まず予備的に定性分析を行い、検出された元素(7Li, 9Be, 11B, 23Na, 27Al, 39K, 45Sc, 47Ti, 66Zn, 69Ga, 72Ge, 90Zr, 208Pb)について定量分析を行った。また、標準試料としてNIST612を使用し、28Siを内標準に用いて定量分析を行った。

表1LA-ICP-MSの分析条件

表1LA-ICP-MSの分析条件
表1LA-ICP-MSの分析条件
分析結果と考察

(1)元素濃度によるプロッティング
まず初めに、検出された元素の濃度についてNaとKあるいはGaとTiなどの2元素によるデータのプロッティングを幾通りか試みた。それらの結果の一例として、GaとTiを用いたプロットを図2に示す。文献6は、LA–ICP–MSによる分析結果において、Gaの含有量が天然・合成の鑑別に有効であると報告している。本研究においても天然アメシストの大部分はGaが1.00ppm以上であったが、1.00ppm未満の領域には天然と合成がオーバーラップする部分が見られ、両者の判別が困難であった。同様に他の元素の組み合わせを用いたプロッティングにおいてもオーバーラップする部分が多くみられ、特定の元素濃度の比率だけでは天然・合成の判別は困難であった。

図2:天然アメシスト、合成アメシストのGa vs Tiグラフ
図2:天然アメシスト、合成アメシストのGa vs Tiグラフ

(2)判別分析を用いた天然および合成アメシストの分類
続いて、天然アメシスト、合成アメシストの分析データを用いて判別分析(判別分析については後述「判別分析とは」を参照)を行った。判別分析には測定に用いた元素(7Li, 9Be, 11B, 23Na, 27Al, 39K, 45Sc, 47Ti, 66Zn, 69Ga, 72Ge, 90Zr, 208Pb)を使用し、計算には福山平成大学福井正康教授が作成したCollege Analysis(ver. 6.1)を使用した。扱う群は天然・合成の2群であり、判別得点は1つでもよいのであるが、2次元に拡張を行い計算を行った。得られた判別関数は

X=0.178[Li]–0.111[Be]+0.009[B]+0.052[Na]–0.03[Al]–0.009[K]+0.181[Sc]+0.019[Ti]+0.004[Zn]
+0.257[Ga]+4.901[Ge]–0.404[Zr]+0.003[Pb]–5.276
Y=0.113[Li]–0.119[Be]–0.012[B]–0.005[Na]–0.021[Al]+0.009[K]+0.179[Sc]+0.016[Ti]–0.003[Zn]
+0.014[Ga]+1.735[Ge]+0.009[Zr]+0.001[Pb]–1.347

となった。 なお、カッコ[ ]で囲われた部分は、その元素の濃度を示す。
上記関数にそれぞれの分析値を代入し、得られた結果を図3に示す。

図3 天然アメシスト、合成アメシストの判別分析グラフ
図3 天然アメシスト、合成アメシストの判別分析グラフ

判別分析の結果で得られたグラフには、単純に元素濃度をプロッティングする手法に比べてオーバーラップが少なく、天然と合成がよく分離しているのが見て取れる。
従って、実務における鑑別においてはLA–ICP–MSを用いて起源の不明なサンプルを分析し、得られた元素濃度をいくつかの組み合わせで評価、さらにこれらに加えて判別分析の結果を反映させることで天然・合成の判別をより正確に行うことが可能となる。

(3)ブラジル産天然アメシストとザンビア産天然アメシストの産地鑑別
本研究で用いたブラジル産天然アメシスト10点、ザンビア産天然アメシスト6点の分析データを用い、両者の産地を判別分析を用いて鑑別する方法について検討を行った結果、下に挙げる式を得ることができた。

X=0.668[Li]+0.323[Be]+3.049[B]–0.109[Na]–0.211[Al]+0.515[K]+7.143[Sc]–3.588[Ti]+7.127[Zn]
+0.008[Ga]–6.358[Ge]+3.476[Zr]–0.999[Pb]–19.741
Y=–0.024[Li]–0.392[Be]+2.712[B]–0.001[Na]–0.023[Al]+0.368[K]+9.267[Sc]–6.891[Ti]+9.65[Zn]
+0.117[Ga]+4.226[Ge]–9.517[Zr]–3.449[Pb]–23.386

この式を用いてデータをプロットした結果を図4に示す。

図4:ザンビア産、ブラジル産天然アメシストの判別分析
図4:ザンビア産、ブラジル産天然アメシストの判別分析

ブラジル産、ザンビア産天然アメシストのデータが非常によく分離し、判別分析によるブラジル産、ザンビア産天然アメシストの両者の分別には判別分析が有効であることが判った。しかし、この判別分析はブラジル産とザンビア産の2者を分別するものであり、より精度の高い産地鑑別に用いるには他の産地の多くのサンプルを集め、さらに研究を進めることが必要である。

まとめ

天然アメシスト、合成アメシストについて、LA–ICP–MSによる微量元素の分析を行い、両者の鑑別法について検討を行った結果、従来の濃度を比較するものに比べて判別分析を用いた手法が有力であることが判った。また、ブラジル産、ザンビア産の天然アメシストを分別することにも判別分析は有効であった。 宝石分野において判別分析を用いた研究例はまだ少なく、これから様々な問題を解決する手法として期待される。

判別分析とは

ここでは、判別分析(discriminant analysis)について、要点を簡単に説明する。なお、判別分析については多数の書籍や文献が出ているので詳細を知りたい方はそれらを当たって頂きたい(インターネットで「判別分析」と検索すれば多数の書籍及び文献にヒットするであろう)。なお、判別分析には複数の種類が存在するが、ここでは線形判別分析(liner discriminant analysis)について紹介する。
複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法を多変量解析という。多変量解析にはクラスター分析、因子分析、主成分分析、重回帰分析、判別分析といった手法がある。 本研究で取り上げる「判別分析」は「すでに判明しているグループに基づき、まだ判明していない標本をグループ化するための関数」を探す手法である。例えば、本研究においては「すでに判明しているグループ」とは「天然アメシスト」「合成アメシスト」である。両者のデータ群(本研究においては微量元素の濃度)を用いて、この両者を分別する関数を探し、未知試料についてその関数を適用して「天然アメシスト」であるか「合成アメシスト」であるかを判別することが、判別分析である。
線形判別関数は、一般に以下の式で与えられる。
y = A1x1+ A2x2+A3x3+ A4x4+ ・・・・・・+ AnXn+ A0

xiはそれぞれの要素(アメシスト中のGa濃度等)を示し、aiは定数、yは判別得点である。 このaiを決定することが判別分析であり、aiは比較するそれぞれの集合の要素について得られる度数分布が重なる部分が最小になるように決定される(図5)。

図5:判別分析の概念図
図5:判別分析の概念図

集合が2群の場合は、判別関数は1つでよいのだが、判別関数を2つ以上用意し、2次元分布図へ拡張することができる(図6)。判別分析の応用分野は広く、病気の診断、考古学、入社試験、模擬試験の合否判定、アンケート、スパムメールフィルター等多岐に渡って使用されており、非常に身近な場所で使われている。宝石学の分野においては、文献7ではBlodgettらはルビー、サファイア、パライバタイプトルマリンの産地鑑別、ダイヤモンドのHPHT処理の看破に判別分析が有効であると述べており、また文献8ではLuoらがドロマイト関連のホワイトネフライトの産地鑑別に判別分析を用いている。

図6:2次元に拡張した判別分析
図6:2次元に拡張した判別分析

参考文献
文献1: Shigley J. E., Laurs B. M., Janse A. J. A., Elen S., Dirlam D. M., 2010, Gem localities of the 2000s,
Gems & Gemology, vol. 46, No.3, pp. 188–216
文献2:Kitawaki H., 2002, Natural amethyst from the Caxarai Main, Brazil, with a spectrum containing an
absorption peak at 3543cm–1, Journal of Gemmology, vol. 28, No2, pp101–108
文献3: JCK Magazine, 1998, Buying Amethyst Today, JCK Magazine, 1998, January 1
文献4: Borenstein G., 2010, Visual Characteristics of synthetic quartz, THE VALUER, April – June 2010,
p.2–6
文献5: Hainschwang T.. 2009, The synthetic quartz problem, Gem Market News, January/February 2009,
p.1–5
文献6:Breeding C. M., 2009, Using LA–ICP–MS analysis for the separation of natural and synthetic
amethyst and citrine., News from Research, July 31, 2009.,
http://www.gia.edu/research–resources/news–from–research
文献7:Blodgett T., Shen. A., 2011, Application of discriminant Analysis in gemology: country–of–origin
separation in colored stones and distinguishing HPHT–treated diamonds, Gems & Gemology, Summer 145
文献8:Luo Z., Yang M., Shen A., 2015, Origin determination of dolomite–related white nephrite through
iterative–binary linear discriminant analysis, Gems & Gemology, Fall 300–311◆

第10回NDNC国際会議2016に参加して

2016年7月No.33

リサーチ室 北脇  裕士

去る 5月22日(日)~26日(木)に中国の西安にて表題の国際会議が開催されました。リサーチ室より筆者が参加しましたのでご報告いたします。

NDNCとは

NDNC(New Diamond and Nano Carbons)は2007年にICNDST (International Conference for Diamond Science and Technologies)とADC(Applied Diamond Conference)が統合されて新たに創設された国際学会です。ダイヤモンドの気相合成に始まり、ナノチューブ、フラーレン、グラフェンといったナノ構造的に新しい炭素も対象に盛り込まれています。創設第1回目の会議は2007年に大阪で開催されており、以降台湾(2008)、米国(2009)、中国(2010)、松江(2011)、米国(2012)、シンガポール(2013)、米国(2014)、そして昨年は静岡で開催されています。日本からはニューダイヤモンドフォーラム(http://www.jndf.org/)の会員が中心となって本会をサポートしています。

北側城壁より西安駅を望む
北側城壁より西安駅を望む
開催地西安

第10回NDNC国際会議は5月22日(日)~26日(木)に中国西安のThe Westin Xi’anで開催されました。この会議は西安交通大学、中国真空学会、陝西省科学技術協会、陝西省真空学会、西安電子科学技術大学、蘇州大学や多くの産業界からサポートされています。
開催の地となった西安(Xi’an)は中国陝西省の州都であり、常住人口885万人(2012年現在)の都市です。古くは中国古代の諸王朝の都として栄えてきました。紀元前11世紀にはこの地に都が定められ、前漢、新、後漢、西晋、前趙、秦、西魏、北周および唐の時代には長安と呼ばれており、その都は日本の平城京・平安京のモデルにもなっています。日本とのかかわりも深く、空海、阿倍仲麻呂他、遣隋使、遣唐使がその足跡を残しています。現在も都市の中心部は明の時代に築かれた(1370–1378年)城壁に囲まれており、往時の面影を残しています。市の中心部から車で約1時間のところに1987年に世界文化遺産に登録された秦の始皇陵(兵馬俑–へいばよう–)があり、この地を訪れた人々が必ず立ち寄る遺跡です。
開催場所となったThe Westin Xi’anは唐の時代に創建された(652年)大雁塔の程近くにあり、朝夕の散策に適したロケーションです。

市の中心部を取り囲む明代に築かれた城壁
市の中心部を取り囲む明代に築かれた城壁
世界文化遺産に登録された兵馬俑(へいばよう)
世界文化遺産に登録された兵馬俑(へいばよう)
唐の時代に建設された大雁塔
唐の時代に建設された大雁塔
大雁塔より東方面を望む
大雁塔より東方面を望む
第10回NDNC

今回の第10回会議には22ヶ国から400名以上の参加がありました。開催地である地元中国からの参加者が260名と最も多く、他国からは約150名でした。日本は中国に次いで二番目に多く、約20名の参加があり、日本のこの分野における研究熱の高さが伺えます。その他には台湾、ドイツ、韓国、ロシア、フランス、イスラエル、インド、スイス、ベルギー、ポルトガル、フィンランド、イタリア、オーストラリアやアフリカ諸国からの参加が見られました。

会場となったThe Westin Xi’an
会場となったThe Westin Xi’an
会場のスクリーンにNDNC2016 歓迎の文字
会場のスクリーンにNDNC 2016 歓迎の文字

本会議では同時に二つのセッションが進行するマルチトラック方式が採用され、ダイヤモンド合成、グラフェン、生物および生物化学、ダイヤモンド表面、カーボン、ダイヤモンドデバイス、NVセンタ、カーボンナノチューブなど、総計24のセッションが行われました。本会議初日と三日目の最後に特別講演が計2題、本会議初日に基調講演が計6題、各セッションの中に計47題の招待講演が行われました。一般講演は全期間を通して計83題が行われました。特別講演は2題とも日本からの招待者によるものでした。初日の特別講演は物質材料研究機構の小出康夫氏によるワイドバンドギャップのⅢ–窒化物とダイヤモンド素材とデバイスに関する講演で、3日目の特別講演は名城大学の飯島澄男氏によるカーボンナノチューブに関する講演でした。  小出氏は2014年に青色発光ダイオードの発明でノーベル賞を受賞された赤﨑勇氏に師事して博士号を取得され、現在物質材料研究機構で中核機能部門長をされています。また、ニューダイヤモンドフォーラム学術委員会の委員長でもあります。飯島氏はカーボンナノチューブの発見と電子顕微鏡による構造決定において世界的に著名な研究者で、ノーベル化学・物理学賞に最も近いとの評判です。
6題の基調講演のうち1題が日本の研究者で、早稲田大学の川原田洋氏でした。川原田氏はナノデバイスの世界的な権威で2010–2014年までニューダイヤモンドフォーラムの会長をされていました。
47題の招待講演のうち日本の研究者によるものは7題ありました。産業総合研究所の梅沢仁氏、山田英明氏、長岡技術科学大学の斎藤秀俊氏、北海道大学の金子純一氏、徳島大学の酒井四郎氏、物質材料研究機構の寺地徳之氏、山口尚秀氏らがそれぞれのセッションで講演されています。
講演時間は特別講演が45分、基調講演が30分、招待講演が20分、一般講演が15分でした。
全講演のプログラムについてはNDNC2016のホームページhttp://ndnc2016.xjtu.edu.cn/でご覧いただくことが可能です。

講演会場の様子
講演会場の様子
ポスターセッションの様子
ポスターセッションの様子

筆者は一般講演において宝飾用のメレサイズの合成ダイヤモンドの現状について報告しました。概要については既報のCGL通信No.30とNo.32をご覧ください。その他に宝石関連としてはGIAのW. Wang氏による口頭発表と同じくGIAのU. F. S. D’Haenens–Johansson氏によるポスター発表がありました。これらの発表内容を以下に簡単にご紹介します。
GIAのW. Wang氏は[Si–V]センタの天然と合成に見られる分布の相違について報告されました。[Si–V]センタはフォトルミネッセンス分析で736. 6と736.9nmにダブレットのピークを示します。宝石学においてはCVD合成ダイヤモンドの識別特徴として良く知られています。しかし、天然でも稀に見られることがあり、最近はHPHT合成でも確認されています。Ⅱ型の天然ダイヤモンドでは3%以下に見られ、しばしばオリビンの包有物を伴っています。[Si–V]をマッピングしても分布は不規則でGR1(空孔)の分布とも関連が見られませんでした。HPHT合成では{111}セクターの境界付近にのみ分布していることが確認されました。また、CVD合成では分布は不規則ですが、マルチステップ成長をしたものでは{100}成長方向に平行に分布していると報告しました。
GIAのU. F. S. D’Haenens–Johansson氏は天然と合成のⅡ型ダイヤモンドの成長特徴をCLとUVによるルミネッセンス像から検討しました。ダイヤモンド中の不純物や欠陥の分布は成長やその後に蒙った塑性変形などの影響を受けています。これらの履歴を観察するために宝石学分野ではDiamond View™が用いられており、天然・合成起源の判別に役立てられています。GIAではUVを用いたDiamond View™に加えて電子顕微鏡によるCLも研究に用いています。天然Ⅱ型ダイヤモンドは塑性変形により線状やネットワーク状のディスロケーションパターンが見られ、成長分域は観察されません。いっぽうHPHT合成では六–八面体の成長分域構造が明瞭でディスロケーションはほとんど見られません。CVD合成ではステップフロー成長のためストリエーション(線模様)が観察されます。また、ディスロケーションも発達しており、観察する方向によっては未熟なオペレーターは天然Ⅱ型と誤認する恐れがあると報告しました。
今回のNDNC国際会議は2010年に次いで6年ぶりに中国での開催となりましたが、次回のNDNC2017はオーストラリアのケアンズ(Cairns)で開催されることが決定しています。◆

平成28年度宝石学会(日本)

2016年7月No.33

リサーチ室 江森  健太郎

平成28年の宝石学会(日本)講演会・総会が6月11日(土)に北海道大学工学部フロンティア応用研究棟鈴木ホールで開催されました。また、翌日の6月12日(日)には見学会が行われました。
北海道大学は日本初の学士授与機関として1876年(明治9年)に設立された札幌農学校を前身とする大学です。札幌農学校の源流は1872年(明治5年)に設立された開拓使仮学校ですが、大学全体としては札幌農学校が設立された1876年を北海道大学の創立年としています。1907年(明治40年)に東北帝国大学農科大学(北海道札幌区)として帝国大学に昇格、1918年(大正7年)に北海道帝国大学、1947年(昭和22年)に北海道大学、2004年に国立大学法人北海道大学となりました。

北海道大学構内にある札幌農学校初代教頭 ウィリアム・スミス・クラーク像
北海道大学構内にある札幌農学校初代教頭
ウィリアム・スミス・クラーク像

札幌農学校初代教頭であるウィリアム・スミス・クラーク(マサチューセッツ農科大学前学長)が米国帰国にあたり、札幌近くの島松で馬上から叫んだという「Boys, be ambitious.」は現在でも北海道大学のモットーとして受け継がれており、フロンティア精神、実学の重視、全人教育、国際性の涵養等を建学理念とし、現在も基本理念として掲げられています。
また、今回会場として使用した鈴木ホールは、2010年に芳香族化合物の合成法としてしばしば用いられる反応のひとつである「鈴木・宮浦カップリング」という合成法を編み出したことでノーベル化学賞を受賞した北海道大学名誉教授である鈴木章名誉教授に因んで建築されたホールあり、会場には鈴木章名誉教授の銅像他、研究に関する展示が設営されていました。

会場となったフロンティア応用科学研究棟
会場となったフロンティア応用科学研究棟
鈴木章名誉教授の銅像
鈴木章名誉教授の銅像
鈴木章名誉教授の研究に関する展示
鈴木章名誉教授の研究に関する展示

初日、11日(土)は9時半より受付が開始され、9時50分から16時45分の間で一般講演15題、特別講演が1題行われました。一般講演・特別講演には国内の主要な鑑別機関をはじめ、宝石業界関係者、北海道大学の学生等52名が参加しました。一般講演の内訳はダイヤモンド関係4題、色石関係8題、真珠関係3題でした。CGLからは久永美生所員(リサーチ室)による「メレサイズの無色~ほぼ無色HPHT法合成ダイヤモンド」、筆者(リサーチ室)による「判別分析を用いた天然・合成アメシストの鑑別」、水野拓也所員による「過去5年間のCGLにおける宝石鑑別依頼内容にみられた国内市場動向」の3題が報告されました。

一般講演会の様子
一般講演会の様子
研究報告を行う久永美生所員
研究報告を行う久永美生所員
研究報告を行う筆者
研究報告を行う筆者
 研究報告を行う水野拓也所員
研究報告を行う水野拓也所員

特別講演として、北海道大学大学院理学研究科地球惑星科学部門、橘省吾准教授による「宇宙の宝石―実験天文学から『はやぶさ2』まで」というタイトルで講演がありました。橘省吾准教授は日本の国家プロジェクトである「はやぶさ2」のサンプル分析を担当しており、「はやぶさ」は何故イトカワに行ってサンプリングを行ったのか、「はやぶさ2」が目的地であるリュウグウで何をするのかといった大変興味深い話をしてくださいました。

特別講演を行う橘省吾准教授
特別講演を行う橘省吾准教授

11日(土)午後18時からは、宝石学会(日本)懇親会がキリンビール園本館にて行われ、45名の参加がありました。通常は宝石学会(日本)の懇親会は立食パーティーで行われますが、北海道ということでジンギスカンパーティーが行われ、他の出席者の方々との交流等、有意義な時間を過ごすことができました。

2日目、12日(日)は石狩浜と三笠市博物館において見学会が行われ、31名が参加しました。
石狩浜や厚田区の無煙浜には石狩川やその支流の夕張川、空知川等の流域にある炭田地区から流れたコハクが浜辺に漂着するため、石狩浜はコハクが採取できることで有名です。参加者一同でコハク採取にでかけましたが、採取は難しかったようです。

石狩浜を後にした参加者一同は、次の目的地、三笠市博物館に向かいます。三笠市博物館は1976年に三笠市内に分布している白亜紀の地層からウミトカゲ類のものとみられる頭蓋骨が発掘され、この出来事が発端となり、郷土資料等の民族部門と併せて1979年に創立されました。地質学関連の資料展示、主にアンモナイト等化石を中心とした3000点に上る資料が展示されています。また、野外博物館が併設されており、ここでは「三笠ジオパーク」のジオサイトの1つとなっており、野外において実際の地層や炭鉱遺跡等を見ることができ、5000万年前~1億年前の地層を見学することができ、好評でした。

石狩浜海浜植物保護センター
石狩浜海浜植物保護センター
海岸でコハクを採取する参加者達
海岸でコハクを採取する参加者達
三笠市立博物館の外観
三笠市立博物館の外観
三笠市立博物館のアンモナイトの展示
三笠市立博物館のアンモナイトの展示
野外博物館にて。炭鉱跡と石炭の露頭(黒色部は石炭)
野外博物館にて。炭鉱跡と石炭の露頭(黒色部は石炭)

石狩浜、三笠市博物館と自然、地質学、北海道の歴史等について多くを学ぶことができ、見学会に参加された方々には有意義な一日となりました。次回、2017年宝石学会(日本)総会・講演会は東京地区で開催されることが決まっています。◆

中国吉林大学超硬材料国家重点実験室を訪問して

2016年5月No.32

リサーチ室 北脇  裕士

2015年3月27日(日)~4月3日(日)の一週間、中国吉林大学超硬材料国家重点実験室を訪問し、中国における宝飾用合成ダイヤモンド製造の現況についていくつかの知見を得ることができました。また、菅口にあるダイヤモンド合成用超高圧装置製造会社と大連にある高圧装置用アンビル製造会社を視察する機会を得ました。以下に概要をご報告致します。

中国製HPHT法合成ダイヤモンドの台頭

CGL通信No.30(2016年1月5日発行)で既報の通り、当研究所において昨年の9月頃からジュエリーに混入したメレサイズのHPHT法合成ダイヤモンドが相次いで確認されています。合成ダイヤモンドは、鑑別・グレーディングの日常業務において1990年代半ば頃から時折発見され、その都度話題となってきました。しかしながら、その検出頻度はごくわずかなもので、これまで無色の合成ダイヤモンドがジュエリーに混入していた例もほとんどありませんでした。最近、当研究所で確認されている無色のメレサイズの合成ダイヤモンドはほとんどがHPHT法によるものです。そして、これらは中国で大量に合成されていると言われており、その真偽の確認と今後の動向についての調査が急務となりました。

Fig.1中国の地図
Fig.1中国の地図
吉林大学超硬材料国家重点実験室

今回訪問した吉林大学超硬材料国家重点実験室は吉林省の長春にあります(Fig.1)。長春(英語:Changchun)は、吉林省の省都で市区人口は360万人、都市圏人口は750万人の大都市です。市内には吉林大学など27もの国立大学を擁しており、中国における重要な学研都市となっています。歴史的には1932年~1945年まで満州国(中国では偽満州国と言われる)の首都とされ、新京と呼ばれていました。市内には満州時代に日本が建築した政府系の建築物が当時のまま残され、今なお銀行、病院、大学校舎の一部として使用されています(Fig.2, Fig.3, Fig4)。

Fig.2旧満州国交通局の建物。現在は吉林大学の薬学系の校舎として利用されている。
Fig.2旧満州国交通局の建物。現在は吉林大学の薬学系の校舎として利用されている。
Fig.3旧満州国国務院の建物。現在は吉林大学の医学系の研究棟として利用されている。
Fig.3旧満州国国務院の建物。現在は吉林大学の医学系の研究棟として利用されている。
Fig.4満州中央銀行の建物。現在は中国人民銀行として利用されている。
Fig.4満州中央銀行の建物。現在は中国人民銀行として利用されている。

吉林大学は1946年に設立されましたが、2000年に他の5つの大学と併合され、さらに2004年には人民解放軍軍需大学も統合されて中国でも最大級の規模を誇る国立大学となりました。学生、院生および教職員を含めて10万人以上が在籍しています。正門には6つの大学が併合されたことを象徴する6本の石柱が立てられています(Fig.5)。

Fig.5–1吉林大学正門
Fig.5–1吉林大学正門
Fig.5–2理学系研究棟
Fig.5–2理学系研究棟

国家重点実験室は1984年に自国の基礎研究のレベルを引き上げ、国家の発展に寄与する技術活動を促し、経済・社会の重大問題を解決することを目的に計画が開始されました。最初の年には10の実験室が設置され、その後の10年間で81の実験室が設置されました。現在では中国全土に200以上の国家重点実験室が設置され、基礎研究の主要な学問分野と国民経済、社会発展の重点分野を基本的にカバーしています。
吉林大学超硬材料国家重点実験室は、原子力研究所と物理学研究室をベースに1989年に設立されました(Fig.6)。超硬材料は当時「戦略物資」として位置づけられ、高圧研究は近代的な国防の重要なデータを取得する方法と考えられました。超硬材料国家重点実験室は設立以来多くの成果を挙げてきましたが、特に新機能材料としての高品質ダイヤモンド結晶の研究は中国産業界の発展に大きく寄与してきました。現在では60~70名の研究者が在籍しています。

Fig.6–1吉林大学国家超硬材料重点実験室の建物
Fig.6–1吉林大学国家超硬材料重点実験室の建物
Fig.6-2吉林大学国家超硬材料重点実験室のエントランス
Fig.6-2吉林大学国家超硬材料重点実験室のエントランス

筆者は中国の超高圧法ダイヤモンド研究の第一人者である超硬材料国家重点実験室のXiaopeng Jia教授を尋ねました(Fig.7)。Jia教授は1988年に日本に留学され、1996年に筑波大学で博士号を取得されています。その後、無機材質研究所(現物質材料研究所)に在籍され、日本で長年高圧技術を学ばれていました。

Fig.7–1Xiaopeng Jia教授と キュービック型マルチ・アンビル装置の上部
Fig.7–1Xiaopeng Jia教授と
キュービック型マルチ・アンビル装置(上部)
Fig.7–2キュービック型マルチ・アンビル装置(下部)
Fig.7–2キュービック型マルチ・アンビル装置(下部)
中国製ダイヤモンド合成用超高圧装置

中国では1966年に初の国産キュービック型マルチ・アンビル装置が開発されました。そして、ダイヤモンド製造の実証実験が成功し、中国における超硬材料産業の形成や発展に大きく貢献しました。この装置は構造が単純で低価格、操作が容易であるなどの特長により、瞬く間に量産され、諸外国からも発注が相次ぐようになりました。
中国製のキュービック型マルチ・アンビル装置は(Fig.8)、蝶番(ヒンジ)で6個の独立アンビル駆動ラムが結合されていて、6個のアンビルが立方体(キュービック)試料を加圧します(Fig.9)。装置の開発当初はベルト型などの他の大型高圧装置に比べて試料部体積が小さく、工程1回あたりの生産量に限界がありました。

Fig.8稼働中のキュービック型マルチ・アンビル装置
Fig.8–1稼働中のキュービック型マルチ・アンビル装置
Fig.8–2キュービック型マルチ・アンビル装置のオペレーションシステム
Fig.8–2キュービック型マルチ・アンビル装置のオペレーションシステム
Fig.9 6つの独立したアンビルから成る加圧部(アンビルの1つは写真の枠外)
Fig.9 6つの独立したアンビルから成る加圧部(アンビルの1つは写真の枠外)

しかし、2000年~2005年にかけて大容積の大型ヒンジ式装置が開発され(Fig.10)、小粒石の大量生産が可能となりました。装置には油圧シリンダーの直径の違いによりいくつかのタイプがあります。最大級でφ850mmですが、現在宝飾用の合成ダイヤモンド製造に用いられているのはφ650mm~750mmのようです。この装置の特長は1台当たりの製作コストが低いことにあります。φ300mm~400mmの装置でオペレーションシステムも含めて1000万円程度、φ650mmのものでも1300万円程度のようです。
中国での高圧合成の研究は、1980年代には吉林省などの主に東北地方で行われていました。しかし、この地は朝夕の寒暖差が激しく、特に厳冬期の外気温は–30℃以下にもなるため装置内外の温度制御が困難でした。そのため年間平均気温の高い湖南省や河南省へその拠点が移動していきました。1990年以降、大手の合成ダイヤモンド製造会社のほとんどは河南省に集中しています。

Fig.10立方体の試料体(反応セル)
Fig.10立方体の試料体(反応セル)
中国での宝飾用HPHT合成の現状

中国では経済成長の減速が建設業にも大きな影響を与えています。マンションや高層ビルには買い手のつかない空き室が増え、一部報道ではゴーストタウンと化した地方都市もあるようです。この煽りをうけ、建設資材の切断や研磨に使用されるダイヤモンド砥粒の需要も激減しています。中国国内で使用されているダイヤモンド砥粒はほぼ100%中国製のHPHT法合成ダイヤモンドです。そのため中国製のダイヤモンド砥粒の価格も下落し、現在では1ctあたり10円以下となっています。
中国には三大巨頭と呼ばれる大手合成ダイヤモンド製造会社が河南省にあります。これら3社でダイヤモンド合成用の超高圧装置が7000台以上、砥粒の年間生産量が120億ctを誇っています。この3社ではそれぞれにおいて結晶育成の技術開発が進み、現在では無色の宝石品質のダイヤモンドを量産できるレベルに達しています。そして利益率の低い工業用途のダイヤモンド砥粒生産から新たな市場として宝石ダイヤモンドの生産にシフトしてきています。
A社では2014年末頃から2mm以下程度の宝飾用合成ダイヤモンドの量産を開始しており(Fig.11–a)、B社では2015年前期から2~3mm程度の原石を量産しています(Fig.11–b)。

Fig.11–a 三大巨頭といわれるA社の結晶原石。
Fig.11–a 三大巨頭といわれるA社の結晶原石。
Fig.11–b 三大巨頭のB社(b)の結晶原石。B社の原石には黄色い種結晶が付着。
Fig.11–b 三大巨頭といわれるB社の結晶原石。B社の原石には黄色い種結晶が付着。

その後、他の中小の砥粒製造会社も続々と宝石事業に参入しており、河南省だけで10社以上が宝石用の小粒ダイヤモンドを製造しています。また、山東省ではウクライナの技術を導入した合弁企業が2015年の6月に設立され、小粒ではなく、1ct以上の宝石質合成ダイヤモンドの製造を開始しています。ここでは70台以上のプレス装置を用いて月産で1000~2000ctが製造されているとのことです。
宝飾用に使用されている一般的な中国製の超高圧装置では1台当たり1回の工程(1日)で10ct(小粒原石300~350個程度)が製造できます。中国全土では月産で15万ct~30万ct(小粒原石で450万~1000万個程度)製造されていると思われます。

超高圧装置製造会社とアンビル製造会社訪問
Fig.12高速鉄道(新幹線)
Fig.12高速鉄道(新幹線)

長春の吉林大学を訪問した後、高速鉄道(新幹線)を利用して(Fig.12)、菅口の超高圧装置の製造会社とアンビル製造会社を訪れました。中国国内の移動にはこの高速鉄道(新幹線)が便利です。1000km以内であれば高速鉄道(新幹線)、それ以上の距離は飛行機が利用されているようです。
菅口の超高圧装置の製造会社は、2014年にリニューアルしてこの地に新たに工場を建設したそうです(Fig.13)。

Fig.13菅口にある超高圧装置製造会社
Fig.13菅口にある超高圧装置製造会社

4万5千平米の広大な土地を利用してφ750㎜クラスの装置を月産20台ほど生産しています(Fig.14)。

Fig.14–1製造中のキュービック型マルチ・アンビル装置
Fig.14–1製造中のキュービック型マルチ・アンビル装置
Fig.14–2製造中のキュービック型マルチ・アンビル装置
Fig.14–2製造中のキュービック型マルチ・アンビル装置

中国にはこのような超高圧装置の製造会社の大手が4社ほどあり、ここはそれらに次ぐ中堅クラスとのことでした。驚いたことにこの会社は装置の製造だけでなく、自らのプレス装置を用いて宝石用のダイヤモンドの製造も行っていました。現在生産されているのはφ3〜4mmの黄色いⅠb型の結晶だけですが(Fig.15)、将来はサイズの大きな各色の宝石用ダイヤモンドを量産したいとのことでした。このように中国では宝飾用のHPHT合成ダイヤモンドが新たなビジネスチャンスと考えられているようです。

Fig.15–1 合成された宝飾用の単結晶ダイヤモンド
Fig.15–1 合成された宝飾用の単結晶ダイヤモンド
Fig.15–2 合成された宝飾用の単結晶ダイヤモンド
Fig.15–2 合成された宝飾用の単結晶ダイヤモンド

菅口視察後に大連まで車で移動し、アンビルの製造会社を訪問しました(Fig.16)。

Fig.16大連のアンビル製造会社
Fig.16大連のアンビル製造会社

この会社では中国国内のみならず、日本を含めた諸外国にもアンビルを輸出しています。先に訪れた菅口の超高圧装置の製造会社や河南省の大手製造会社であるB社にも供給しているとのことでした。ここでは大型の装置がいくつも導入されており、高度な加工技術を有しているようでした(Fig.17, Fig.18, Fig.19)。

Fig.17最新鋭の加工用大型装置
Fig.17最新鋭の加工用大型装置
Fig.18独自に開発された加工用設備
Fig.18独自に開発された加工用設備
Fig.19–1 大型の焼結用設備
Fig.19–1 大型の焼結用設備
Fig.19–2 大型の焼結用設備の内部の様子
Fig.19–2 大型の焼結用設備の内部の様子

アンビルは超高圧装置のピストンの先端に付けられている部品です。超高圧発生のためには、その圧力に耐える高強度のアンビルが重要となります。アンビルは通常タングステン・カーバイドにコバルトを添加した超硬合金(WC–Co)が用いられています。しかし、それだけではダイヤモンドを合成するのに必要な超高圧には耐えられないためアンビル先端の形状が工夫され、円錐形にされています。円錐形にすることでアンビルの先端から離れるに従い圧力を受ける面積が増え応力が分散されます。これにより超高圧下でのアンビルの破壊が抑制されます。このテーパー角の最適化により強度は2~3倍になるようです(Fig.20)。◆

Fig.20製造されたアンビル製品
Fig.20製造されたアンビル製品

HRDアントワープ 『合成ダイヤモンドセミナー』報告

2016年3月No.31

リサーチ室 北脇  裕士

去る1月21日(木)、東京ビッグサイトにおける第27回国際宝飾展(IJT 2016)の開催期間に合わせてHRD アントワープと株式会社APの主催による表題のセミナーが開催されました。昨今、メレサイズの合成ダイヤモンドは業界内での最大の懸案事項であり、まさに時宜にかなった話題と言えます。
このセミナーでは合成ダイヤモンドの製造技術に関する解説、HPHT合成法とCVD合成法のそれぞれの特徴、天然と合成ダイヤモンドの識別における最新のテクノロジーに関するプレゼンテーションが行われました。そして、メレサイズの合成ダイヤモンドのスクリーニング(粗選別)用にHRDで開発されたM–SCREENが日本国内で初めて紹介されました。
以下にプレゼンテーションの内容を詳しくご紹介いたします。

Fig.1:第27回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト
Fig.1–1:第27回国際宝飾展の会場となった東京ビッグサイト
Fig.1-2:第27回国際宝飾展の案内板
Fig.1–2:第27回国際宝飾展の案内板

表題:合成ダイヤモンドの粗選別と鑑別
講師:HRD アントワープ 研究員 Ellen Barrie 氏

1.HRD アントワープ
HRD(Hoge Raad voor Diamant)は、ベルギー・アントワープに本部を置く世界最大のダイヤモンド研究機関で、AWDC(アントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター)によって運営されています。世界で最も高い水準と信頼性をもつ鑑定機関の一つとして知られており、ダイヤモンド鑑別の分野において最先端の技術を有しています。また、世界ダイヤモンド取引所連盟(WFDB)および国際ダイヤモンド製造者協会(IDMA)の2大機関によって承認され、国際ダイヤモンド審議会(IDC)の基準に準拠している国際的研究機関でもあります。さらにHRDはダイヤモンドのグレーディングのみならず、教育、器材、研究の各部門を有しています。

Fig.2–1:講演会場の様子(時計美術宝飾新聞社提供)
Fig.2–1:講演会場の様子(時計美術宝飾新聞社提供)
Fig.2–2:講師のEllen Barrie氏(時計美術宝飾新聞社提供)
Fig.2–2:講師のEllen Barrie氏(時計美術宝飾新聞社提供)

2.合成ダイヤモンド
合成ダイヤモンドは、化学組成および結晶構造が天然ダイヤモンドとまったく同じであり、光学特性および物理特性にも違いは見られません。合成ダイヤモンドはキュービックジルコニアやモアッサナイトのように単に見かけが似ているだけの類似石とは異なります。
天然ダイヤモンドも合成ダイヤモンドも炭素(C)だけでできており、熱伝導性はきわめて高く、屈折率は2.417、ファイアの源となる分散度は0.044でこれらの特性値すべてが同じです。一方、類似石の代表であるキュービックジルコニアは、化学組成がZrO2です。熱伝導性は低く、屈折率は2.16、分散度は0.060でダイヤモンドとは異なります。モアッサナイトは化学組成がSiCで、熱伝導性は高いのですがその他の諸特性はダイヤモンドと完全に異なります。
宝石品質の合成ダイヤモンドを製造する方法は主に2種類あります。HPHT合成法とCVD合成法です。それではそれぞれの合成方法について説明します。

2–1.HPHT合成
HPHT(高温高圧)法は、地球深部で天然ダイヤモンドができる環境を人工的に再現したものです。非常に高い温度と圧力を与えて原料となる炭素をダイヤモンドの結晶へと成長させます。
どのくらいの圧力が必要かといえば、パリのエッフェル塔を逆さまにして、その総重量9441トンすべてが塔の先端にかかるようなイメージです。その圧力はおよそ5GPaに及びます。温度は1400℃以上でグラファイト等の炭素物質を鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等の金属溶媒を用いて溶解し、温度差を利用してダイヤモンドを結晶化させます。
高圧を発生させる装置にはいくつかの種類があります。たとえばベルト式と呼ばれる装置は日本のNIMS(著者注:無機材質研究所→現、物質材料研究機構)などで使用されているものです。ロシアや米国フロリダのGemesisではBARSと呼ばれる分割球型を用いています。米国ユタ州のSuncrest社では6方向から圧縮するキュービックプレス装置が用いられています。

Fig.3–1:HPHT合成装置/      物質材料研究機構
Fig.3–1:HPHT合成装置/ 物質材料研究機構
Fig.3–2:HPHT合成装置/Gemesis(Gemesis HPより)
Fig.3–2:HPHT合成装置/Gemesis(Gemesis HPより)
Fig.3−2:HPHT合成装置/Suncrest
Fig.3−3:HPHT合成装置/ Suncrest

2–2.CVD合成
CVD合成法は、Chemical Vapor Depositionの略です。(著者注:化学気相成長法(化学蒸着法)と呼ばれるものです)。高温低圧下でメタンガスなどの炭素を主成分とするガスからダイヤモンドを作ります。種結晶となるスライスしたダイヤモンドの結晶の上に炭素原子を降らせて沈積させていきます。一度の工程でたくさんの種結晶を並べて成長させることが可能です。Scio Diamond社(旧Apollo diamond)では何十台もの装置を使って宝飾用のCVD合成ダイヤモンドを製造しています。

Fig.4–1: Scio Diamond社のCVD合成装置 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–1: Scio Diamond社のCVD合成装置 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–2: Scio Diamond社のC反応容器 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–2: Scio Diamond社の反応容器 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–3: Scio Diamond社の反応容器内 (Scio Diamond HPより)
Fig.4–3: Scio Diamond社の反応容器内 (Scio Diamond HPより)

2–3.原石と研磨石
HPHT合成ダイヤモンドもCVD合成ダイヤモンドも原石の状態であればすぐに識別することができます。それは結晶原石の形態が天然とは異なるからです。天然ダイヤモンドは良く知られているように八面体の結晶が基本です。一方、HPHT合成法では種結晶を用いて金属溶媒中で成長させるため、六–八面体を主体とした集形となります。またCVD合成法では、種結晶の上に炭素原子を沈積させて一方向に層成長させるため板状の形態となります。
しかし、これらが宝飾用にカット・研磨された後では結晶の形態からは天然との識別ができなくなってしまいます。見た目では判らないため鑑別の技術が重要となります。
現在、HPHT合成法ではカット・研磨後で10ct以上のものができており、CVD合成法でも3ct以上のものができています。ラボに持ち込まれた3ct upのCVD合成ダイヤモンドは昨年9月にHRDアントワープで初めて検査されました。

2–4.天然と合成の混在
合成ダイヤモンドに関して最も懸念されているのが天然ダイヤモンドへの混入です。とりわけ無色のメレサイズの混入は業界内における最大の関心事となっています。今や世界各国のさまざまなメディアによって、天然ダイヤモンドに混入する合成ダイヤモンドの話題が報じられています。実際にHRDアントワープのラボにおいても天然石に混入する合成ダイヤモンドを幾度も発見しています。これらはすべて非開示で持ち込まれたものです。
大切なのは情報開示と鑑別です。市場では合成ダイヤモンドかどうかの情報開示が必要ですし、ラボにおいては明確に天然と合成を識別する確かな技術を保有していなければなりません。

3.鑑別
ダイヤモンドの鑑別は、未処理の天然ダイヤモンドであることを確認することです。
・    天然ダイヤモンドであってもHPHT処理が施されたものではないか?
・    HPHT合成ではないか?
・    CVD合成ではないか?
・    天然であってもコーティングされていないか?
など、いろいろなポイントを確認する必要があります。では、鑑別の流れに沿って説明します。
最初のステップは、ダイヤモンドと思しき石が本当にダイヤモンドなのか類似石ではないかの確認です。次いで、ダイヤモンドであった場合、天然なのか合成なのかの起源を調べます。天然ダイヤモンドであった場合、さらに未処理なのか何らかの処理が施されていないかの確認が必要です。合成であった場合、HPHT合成なのかCVD合成なのか、また合成されたままのものか、合成後に色の改変が行われたものなのかを調べる必要もあります。
このような鑑別の手掛かりとなるのが、天然と合成では異なる結晶の成長構造、成長環境に由来する微量元素、光学欠陥、包有物などです。
そして、このような鑑別には以下に示す種々の鑑別技術が適正に組み合わされて利用されています。

・    FTIR(赤外分光分析)
・    紫外–可視–近赤外分光分析
・    顕微鏡下の詳細な観察
・    EDXRF(蛍光X線)分析
・    DiamondView™による観察
・    フォトルミネッセンス分析
・    ラマン分光分析

これらの分析装置を有効に活用するためには多くの蓄積されたデータベースとそれらを解析する能力が必要となります。ただ分析機器がたくさん揃っていれば良いというわけではありません。
例えば、DiamondView™による観察を例に挙げて説明します。DiamondView™はDTCが開発した天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドを識別するための装置です。波長の短い紫外線をダイヤモンドに照射することで発生する蛍光を画像化します。ダイヤモンドに含まれるわずかな不純物元素や欠陥により、発光する色や強度が変化します。従って、天然と合成の成長環境の相違が蛍光像の違いとなって現れます。
天然ダイヤモンドでは主に八面体面に沿った成長縞が観察されますが、HPHT合成では八面体面や六面体面などの成長分域が観察されます。一方、CVD合成では種結晶の上に炭素原子が沈積して層状の成長をするため線状の成長模様が観察されます。それぞれが典型的な蛍光像を示すものは起源の判断が容易ですが、中には非常に判別が困難な例や明瞭な蛍光像を示さないものもあります。従って、できるだけ多くの画像診断の経験と技術が必要となります。
次にHRDアントワープのラボにおいてCVD合成法としては最大の3.09ctのダイヤモンドを鑑別した例を紹介します。2015年9月、3.09ctのラウンドブリリアントカットが施されたダイヤモンドが供せられました。色はほぼ無色(Iカラー)でクラリティはVS2でした。紫外線蛍光は無く、FTIR分析ではⅡ型と分類されました。紫外–可視–近赤外分光分析では575nm(NV0)と737nm(SiV)が検出されました。633nmレーザーによるフォトルミネッセンス分析では736.6nmと736.9nmの明瞭なダブレット(SiV)が確認されました。DiamondView™の観察ではオレンジ色の蛍光色とCVD合成特有の層状の成長構造が確認されました。また、多段階成長によると思われる直線状の線模様も複数観察されました。

Fig.5–1: 3.09ctのCVD合成ダイヤモンド(HRD Antwerp HPより)
Fig.5–1: 3.09ctのCVD合成ダイヤモンド(HRD Antwerp HPより)
Fig.5–2: 3.09ctのDiamondViewTM像(HRD Antwerp HPより)
Fig.5–2: 3.09ctCVD合成ダイヤモンドのDiamondViewTM像(HRD Antwerp HPより)

このように合成ダイヤモンドの鑑別には多くの知識やノウハウ、そして高度な鑑別機器が必要です。そのため鑑別には多くの時間と多大なコストがかかります。特にメレサイズのダイヤモンドの鑑別には非常な困難を伴います。

4.スクリーニング(粗選別)
ダイヤモンドの鑑別には時間とコストがかかるため、スクリーニング(粗選別)が重要となります。粗選別とは100%天然といえるダイヤモンドと、更なる詳細検査が必要なものとを分別することです。そのためにある際立った特性に着目し限られた技術を用いています。つまり粗選別=鑑別ではありません。厳密には粗選別≠鑑別です。

4–1.ダイヤモンドのタイプ
多くの粗選別機器はダイヤモンドのタイプ分類を基本原理としています。良く知られているように、ダイヤモンドは窒素を不純物として含有するⅠ型と含まないⅡ型に分類されます。そして、天然のダイヤモンドのほとんど(98%以上)はⅠ型に分類され、無色の合成ダイヤモンドはすべてⅡ型に分類されます。そのためダイヤモンドのタイプ分類がダイヤモンドの鑑別の重要な第一ステップになります。窒素を含有するⅠ型は窒素の存在の仕方によってⅠa型とⅠb型に細分されます。前者は窒素が凝集した形態で、後者は孤立した単原子の状態です。さらにⅠa型は、ⅠaA型とⅠaB型に細分されます。ⅠaB型は合成ダイヤモンドにはないので、起源は天然と考えることができますが、色の改善のためのHPHT処理が施される可能性があるため更なる詳細検査が必要となります。

4–2.粗選別機器
HRDが開発した粗選別機器にはD–ScreenとAlpha Diamond Analyzerがあります。
D–Screenは2005年に販売が開始された最初のHRD製粗選別機器です。紫外線の透過性を基本原理としています。検査可能なダイヤモンドはルースのみで、サイズは0.2ct〜10ct、カラーはD〜Jまでです。測定した結果、緑色のランプが点灯すれば天然ダイヤモンドでHPHT処理の可能性もないものです。黄色のランプが点灯すれば、HPHT処理が施された天然ダイヤモンドもしくは合成ダイヤモンドの可能性があります。しかし、未処理の天然ダイヤモンドの可能性もあることから更なる詳細検査が必要となります。
Alpha Diamond Analyzerは2012年に発売されたFTIR(赤外分光光度計)です。ルースと一部のセット石でも測定が可能です。分析結果を独自のソフトで診断し、IRのスペクトルを確認することができます。
しかし、これらの粗選別機器はメレダイヤモンドに特化したものではありません。また、一石一石のマニュアル操作になるため、多数のダイヤモンドを検査するためには時間と労力がかかります。そのため、多数個のメレダイヤモンドの検査は非常にコストが高くなります。業界からも自動的にメレダイヤモンドを粗選別する装置が要望されるようになりました。そこで、HRDでは自動メレ粗選別装置M–Screenを開発しました。

Fig.6–1: D–Screen(HRD Antwerp HPより)
Fig.6–1: D–Screen(HRD Antwerp HPより)
Fig.6–2: Alpha Diamond Analyzer(HRD Antwerp HPより)
Fig.6–2: Alpha Diamond Analyzer(HRD Antwerp HPより)

5.M–SCREEN
M–ScreenはHRDアントワープとWTOCD(Wetenschappelijk en Technisch OnderzoeksCentrum
voor Diamant アントワープのダイヤモンドリサーチセンター)の共同で開発したメレサイズダイヤモンドの全自動スクリーニング(粗選別)システムです。
卓上設置が可能なデスクトップサイズで、超高速(最小でも毎秒2個)でメレサイズのダイヤモンドを粗選別します。1時間あたり7200〜12000個のダイヤモンドを全自動で識別することが可能です。対象は0.01ct〜0.20ctのD〜Jカラーのラウンドブリリアントカットされたダイヤモンドです。選別を行う基本原理は波長の短い紫外線による特性と未公開の特許技術が使用されています。選別結果は「天然ダイヤモンド」、「合成ダイヤモンドの可能性」、「HPHT処理の可能性がある天然ダイヤモンド」、「類似石」に分別されます。

6.結論
HPHT法およびCVD法による宝石品質合成ダイヤモンドが市場供給されており、特にメレサイズの天然石への混入が懸念されています。これらに対して、市場における正確な情報開示とラボに因る明確な識別が重要です。
合成ダイヤモンドの検出にはスクリーニング(粗選別)が大切です。 粗選別は限られた特性に着目した技術を用いており、鑑別とは異なります。粗選別では未処理の天然ダイヤモンドを選別し、要詳細検査となったものは洗練されたラボの複数の技術の組み合わせで鑑別がなされます。
HRDでは、粗選別機器としてD–ScreenとAlpha Diamond Analyzerを開発・販売してきましたが、今回、メレサイズに対応した自動メレ粗選別装置M–Screenを新たに開発し、市販を開始しました。また、HRD Antwerpではメレサイズダイヤモンドの粗選別のサービスと各種レポートの発行を行っています。◆

Fig.7: M–Screen (HRD Antwerp HPより)
Fig.7: M–Screen (HRD Antwerp HPより)

無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンド

2016年1月No.30

リサーチ室 北脇  裕士、久永  美生、山本  正博、岡野  誠、江森  健太郎

研究用に入手した45個の無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンドを検査した。これらはラウンドブリリアントカットされたルースで重量は0.0075ct~0.023ctであった。標準的な宝石学的検査においては、宝石顕微鏡下における塊状や樹枝状の金属包有物の存在と短波紫外線下における明瞭な青色の燐光が鑑別特徴となる。赤外分光分析ではすべてⅡ型の特徴を示し、フォトルミネッセンス分析では多くのものに天然石には稀なNi(ニッケル)に関連するピークが検出された。また、紫外線ルミネッセンス像およびカソードルミネッセンス像ではHPHT法特有の分域構造と青色の燐光が観察された。

背景

2012年、アントワープの国際的なダイヤモンドグレーディングラボラトリーによる大量ロットのCVD法合成ダイヤモンドの報告を皮切りに、世界各地の検査機関からも相次いで合成ダイヤモンドに関する報告がなされている(文献1)。宝飾用に供される合成ダイヤモンドのサイズおよび品質は年々向上し、HPHT法合成ダイヤモンドでは10.02ctのVS1、Eカラーの報告がされており(文献2)、CVD法合成ダイヤモンドにおいても3ct以上のものの報告が相次いでいる(文献3)。一方、メレサイズの無色合成ダイヤモンドのジュエリーへの混入も業界の大きな懸念材料となっている。当研究所においても2015年9月以降、ジュエリーに小粒の無色合成ダイヤモンドが混入した事例が相次いでおり、ルーティンにおける合成ダイヤモンドの検査体制を強化している。
今回、メレサイズの無色合成ダイヤモンドを研究用に入手し、検査することができた。これらは中国もしくはロシアで製造されたものがインドで研磨されたと推測される。以下にこれらの宝石学的特性と天然ダイヤモンドとの重要な識別特徴について検討する。
本報告は今後増加が懸念されるメレサイズの合成ダイヤモンドの鑑別における有益な鑑別指針を提供できると思われる。

図1:無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンド   (0.0075ct~0.023ct)
図1:無色系メレサイズHPHT法合成ダイヤモンド   (0.0075ct~0.023ct)
試料と分析方法

研究用に入手した無色系HPHT法合成ダイヤモンド45石を検査対象とした(前ページ図1)。これらはすべてラウンドブリリアントカットが施されたルースで、重量は0.0075ct~0.023ctであった。カラー、クラリティおよびカットグレードについては小粒石のため実施されなかった。45石すべてに対して標準的な宝石学的検査とCGLの開発したCGL Diamond Kensaによるタイプの粗選別を行い、うち12石についてはFTIR、フォトルミネッセンス分析を、5石については紫外線ルミネッセンス像およびカソードルミネッセンス像の観察を行った。また、拡大検査で金属包有物を豊富に含有していた5石については蛍光X線分光法による組成分析を行った。さらに、うち1石についてはLA–ICP–MS分析を行った。

外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いた。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の標準的な4ワットの長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行った。紫外-可視-近赤外分光分析には日本分光製V570を用いて分析範囲は220nm–1100nm、バンド幅2.0nm、分解能0.5nm、スキャンスピード400nm/minで室温にて測定を行った。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400㎝–1分解能は4.0㎝–1で、20回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm、514nm、488nmの各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。紫外線ルミネッセンス像の観察には当研究所が独自に開発した紫外線ルミネッセンス像観察装置を用いて行った。また、SEM–CLにはTopcon社製走査型電子顕微鏡 sm–350を用いて試料は金蒸着を施して観察を行った。蛍光X線分析にはJEOL社製JSX3201Mを用いて2㎜φのコリメーターを使用して50kV、3mAの条件で400秒の測定を行った。LA–ICP–MS分析には、New Wave Research UP–213とAgilent 7500aを使用した。レーザーアブレーションにおけるクレーターサイズは15μm、レーザーパワーは15J/cm2で1秒間に10発を20秒間継続した。プラズマのRFパワーは1200Wであった。

結果と考察

◆拡大検査
検査した多くのものは10倍ルーペにおいて特徴的な包有物は認められなかった。およそ2割弱程度のものには棒状や塊状、あるいは樹枝様の金属包有物が認められた((図2、図3、図4、図5、図6)。これらの金属包有物を内包するものは、強力なフェライト磁石に対しては明瞭な磁性を示した(45個中6個)(図7)。このような金属包有物はCVD合成ダイヤモンドには見られず、HPHT法合成の特徴となる。また、天然ダイヤモンドには磁性を示す例は極めて稀であり(多数の鉄鉱物の存在や研磨・カット工程が原因の汚染)、磁性の存在もHPHT法合成の特徴となる。

図2:棒状の金属包有物
図2:棒状の金属包有物
図3:テーブルの3時方向に樹枝様の金属包有物の集合体
図3:テーブルの3時方向に樹枝様の金属包有物の集合体
図4:テーブルの中心付近に塊状の金属包有物とそれを取り囲む樹枝様金属包有物
図4:テーブルの中心付近に塊状の金属包有物とそれを取り囲む樹枝様金属包有物
図5:テーブル全面に広がる樹枝様金属包有物
図5:テーブル全面に広がる樹枝様金属包有物
図6:研磨面に達した樹枝様金属包有物
図6:研磨面に達した樹枝様金属包有物
図7:強力なフェライト磁石にくっつくHPHT合成ダイヤモンド
図7:強力なフェライト磁石にくっつくHPHT合成ダイヤモンド
図8:交差偏光下での特徴のない歪複屈折
図8:交差偏光下での特徴のない歪複屈折

◆歪複屈折
交差偏光板を用いた顕微鏡観察において、明瞭な歪複屈折は認められなかった(図8)。CVD合成ダイヤモンドには特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が認められ、すべての天然Ⅱ型ダイヤモンドには塑性変形に由来するタタミマット構造が見られる。したがって、検査するダイヤモンドがⅡ型であった場合、このような特徴のない偏光下の歪複屈折はHPHT法合成を暗示する手掛かりとなる。

◆紫外線蛍光
ほとんどの検査石は長波紫外線下において明瞭な発光は認められなかったが、一部に弱い青白色もしくはオレンジ色の蛍光が観察された。短波紫外線下においても同様であるが、青白色蛍光を示す割合が多かった。短波紫外線下ではほとんどのものに強弱の差はあるものの青白色の燐光が観察された。短いものでは数秒であったが、長いものは5分以上発光が継続した。一部にオレンジ色の燐光を示すものもあった(図9)。天然ダイヤモンドでは明瞭な青白色の燐光を示す例は極めて稀であり、短波紫外線下において数秒以上継続する明瞭な燐光の存在はHPHT合成の警鐘となる。

図9:短波紫外線下の燐光
図9:短波紫外線下の燐光

◆CGL Diamond Kensa
CGLがダイヤモンドのタイプを粗選別するために独自に開発したCGL Diamond Kensaでは検査した45個すべてが要詳細検査となった。CGL Diamond Kensaはダイヤモンドのタイプを粗選別するコンパクトな装置で、0.01ct ~3.00ctの重量が測定可能範囲である。今回検査した試料の中には0.01ct未満のものもあったが、すべて適正な検査結果を得ることができた。ダイヤモンドのタイプを粗選別する装置としてDTCのDiamondSure™やHRDのD–Screenが先行販売されており、業界で広く利用されている。しかし、これらの装置における適用重量範囲は、前者が0.1ct、後者が0.2ct以上であり、今回のメレサイズについてはすべて適用範囲外で測定が不可能であった。
CGL Diamond Kensaは、無色系の合成ダイヤモンド(HPHT法およびCVD法)がすべて紫外線の透過性の良いⅡ型に分類されることを基本原理としている。現時点においてⅠ型に属する無色の合成ダイヤモンドは存在しないため、CGL Diamond Kensaは合成ダイヤモンドの粗選別装置として有効に機能している。

◆赤外分光分析
測定した12個すべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500~1000cm–1)に吸収を示さないⅡ型に分類された。  12個中9個にはホウ素に由来する4093、2928、2810、2460cm–1に吸収が見られ、Ⅱb型であることが確認された(図10)。これらのホウ素に起因するピークが強いものには1332 cm–1のピークも認められた。ホウ素は窒素との電荷補償により、窒素に起因する黄色味を軽減する目的で意図的に添加されることがあるが、製造時の炭素原料や金属溶媒に由来する不純物としても混入する。今回検査した12個のHPHT合成ダイヤモンドは、ホウ素の濃度(FTIRによるピーク強度)に個体差が大きく、不純物である可能性が高い。

図10:赤外吸収スペクトルではⅡa型(赤線)を示すものとⅡb型(青線)を示すものがある。
図10:赤外吸収スペクトルではⅡa型(赤線)を示すものとⅡb型(青線)を示すものがある。

◆フォトルミネッセンス分析
633nmレーザーでPL測定を行った12個中10個に883.2nmと884.8nmのダブレットが検出された。ほとんどのものは小さなピークであったが、うち1個はきわめて明瞭なピークを示した(図11)。

図11:633nmレーザーによるPLスペクトルでは883.0nmと884.7nmのダブレットピーク(Ni+)を示すものが多い。
図11:633nmレーザーによるPLスペクトルでは883.0nmと884.7nmのダブレットピーク(Ni)を示すものが多い。

これらのダブレットはNi(ニッケル)をベースとした溶媒金属を用いて製造されたHPHT法合成ダイヤモンドの{111}領域に頻繁に観察されている。これらは格子間のNiによるものではないかと考えられている(文献4)。この883.2nmと884.8nmのダブレットのピークは、CVD法合成ダイヤモンドや天然ダイヤモンドにも稀に見られることがあるため、その存在のみではHPHT法の確実な証拠とすることはできない。12個中1個の試料にのみ737nm(736.4/736.8nmのダブレット)ピーク(SiV)が検出された。これらのピークはCVD法合成ダイヤモンドには頻繁に観察されるものではあるが、HPHT法合成や天然ダイヤモンドにも稀に検出されることがある。
514nmレーザーによるPLスペクトルを図12に示す。分析を行った12個すべてに575nm(NV0)が検出された。また、12個中9個に637nm(NV)が検出された。双方が検出される場合は、常に575nm(NV0)>637nm(NV)であった。
488nmレーザーによるPLスペクトルを図13に示す。分析を行った12個すべての試料に575nm(NV0)の比較的強いピークが検出された。12個中5個に504nm付近に帰属不明の半値幅(FWHM)のやや大きなピークが検出された。HPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドには503.2nm(H3)の明瞭なピークが検出されるが、今回のHPHT合成ダイヤモンドにはいずれにも検出されなかった。

"図12:514nmレーザーによるPLスペクトルでは575nm(NV0)と637nm(NV-)が検出され、常に575nm(NV0)

図13:488nmレーザーによるPLスペクトルでは575nm(NV0)の他に504nm付近に帰属不明の半値幅(FWHM)のやや大きなピークが検出されるものがあった。
図13:488nmレーザーによるPLスペクトルでは575nm(NV0)の他に504nm付近に帰属不明の半値幅(FWHM)のやや大きなピークが検出されるものがあった。

◆紫外線およびカソードルミネッセンス法
CGLが独自に開発した紫外線ルミネッセンス像観察装置を用いて無作為に選別した5個の試料を検査した。本装置は、波長の短い(<225nm)強力な紫外線を用いてダイヤモンドのルミネッセンス像を観察する装置で、小粒石やジュエリーにセッティングされたダイヤモンド用に開発されたものである。試料室が125mm(縦)×170mm(横)×40mm(高さ)と広めに設計されており、XYZの移動が自動で制御できるよう工夫されている。また、小粒石が観察しやすい用にDTC製のDiamondView™よりも光学ズームの拡大率を高くしている。
すべての試料にホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察された(図14a〜c)。同様の発光色はHPHT処理が施されたCVD合成ダイヤモンドにも見られることがある。天然のⅡ型ダイヤモンドは、ほとんどのもの(90%以上)がバンドAに因るやや暗い青色蛍光を示すため(CGL未公表資料)、今回の試料のような青白色の発光色は合成起源の警鐘となる。また、すべてに同系色の燐光が観察され、燐光の継続時間は数分におよぶものが多かった。本装置においては無色の天然Ⅱ型ダイヤモンドにもしばしば燐光が観察されるが、継続時間は数秒以下程度である。また、HPHT処理が施された無色系のCVD合成ダイヤモンドにも燐光が観察される。従って、このように数分にもおよぶ長い時間の燐光の存在は合成起源を強く示唆する。紫外線ルミネッセンス像の観察において、HPHT合成には通常{111}、{100}{110}などの成長分域が観察される。今回検査した5石にも分域構造が見られたが、不鮮明なものもあった。より詳細な成長構造を確認するために、これらの試料について電子顕微鏡を用いたカソードルミネッセンス像の観察も併せて行った。紫外線ルミネッセンス像ではやや不明瞭であった成長分域がカソードルミネッセンスでは明瞭に観察されたものもあった(図15)。

図14:紫外線ルミネッセンス像
図14a:紫外線ルミネッセンス像
図14:紫外線ルミネッセンス像
図14b:紫外線ルミネッセンス像
図14c 図14a〜c:紫外線ルミネッセンス像の観察おいてはホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察された。HPHT合成特有の分域構造はやや不明瞭であった。
図14c
図14a〜 c:紫外線ルミネッセンス像の観察おいてはホウ素に起因すると思われるやや緑色味のある青白色の発光色が観察された。HPHT合成特有の分域構造はやや不明瞭であった。
図15:カソードルミネッセンスに因る蛍光像ではHPHT合成特有の分域構造が確認された。
図15:カソードルミネッセンスに因る蛍光像ではHPHT合成特有の分域構造が確認された。

◆蛍光X線分析
拡大検査で金属包有物を含有しており、それらが研磨面付近に達している5個の試料について蛍光X線による定性分析を行った。Fe(鉄)、Co(コバルト)およびTi(チタン)が検出されたが、Ni(ニッケル)のピークは不明瞭であった。FeとCoについては5個の試料ともに明瞭なピークが得られたが、Tiについては個体差が大きかった。

◆LA-ICP-MS分析
樹枝様の金属包有物が研磨面付近に多く見られる試料1個に対してLA–ICP–MS分析による定性分析を行った。測定元素はHPHT合成に一般的に使用される溶媒金属と窒素ゲッターに使われる元素を想定して選定し、以下の元素について行った。Ti(47)、Fe(56、57)、Co(59)、Ni(60)、Cu(銅)(63)、Hf(ハフニウム)(178)、Zr(ジルコニウム)(90)(カッコ内の数字は質量数)。
測定した元素のうち、Coが最も多く検出された。次いでFe、Ti、Cuの順であった。Niは非検出であった。CoおよびFeは無色系のダイヤモンドを製造する際に一般的に使用される溶媒金属である。無色系を合成する際には着色に関与するカラーセンタを形成するNiは通常用いられない。CoとFeの割合は重要でCo量は40~60wt%が適している。この範囲を外れると、金属包有物の混入や骸晶の発生など良質な結晶が得られなくなる(文献5)。また、黄色味の原因となる置換型単原子窒素を除去するために窒素ゲッターと呼ばれるTi、Hf、Zrなどの元素が適量添加される。これらのうちTiが最も効率の良い窒素ゲッターとなるが、溶媒中にTiCが多量に生成し、成長結晶表面の沿面成長が阻害され、金属包有物の巻き込みが顕著となる。そのため成長速度を落として結晶育成が行われるが、Cuを適量添加することでTiCの生成を抑制することができる(文献5)。

まとめ

研究用に入手した45個のメレサイズHPHT法合成ダイヤモンドを検査した。標準的な宝石学的検査においては、宝石顕微鏡下における塊状や樹枝様の金属包有物の存在が鑑別上の手掛かりとなる。金属包有物に加えて明瞭な磁性が存在すればHPHT法合成を示唆する有力な情報となる。短波紫外線下における明瞭な青色の燐光が重要な鑑別特徴となる。しかし、HPHT法合成においても燐光が弱いものも存在するため、燐光の欠如が天然起源を示唆するものではない。赤外分光分析ではすべてⅡ型(Ⅱa型およびⅡb型)の特徴を示し、CGL Diamond Kensaにおいてすべて要詳細検査となった。フォトルミネッセンス分析では多くのものに天然には稀なNiに関連するピークが検出された。また、紫外線ルミネッセンス像およびカソードルミネッセンス像ではHPHT法特有の分域構造と青色の燐光が観察された。
これまで合成ダイヤモンドの宝飾用への利用は限定的であった。しかし、メレサイズの宝飾向けのHPHT法合成ダイヤモンドは相当量の製造が見積られており(次ページコラム参照)、今後ジュエリーへの混入がますます懸念される。正確な情報開示と適切なスクリーニングが重要である。

謝辞
電子顕微鏡によるカソードルミネッセンスの分析には物質材料研究機構の渡辺賢司博士とつくばエキスポセンターの神田久生博士にご協力頂いた。ここに謝意を表する。◆

【文 献】
1.Even-Zohar C. (2012) Synthetic specifically “made to defraud”. Diamond Intelligence
Briefs, vol.27, No.709, pp7281–7290,

2.IGI certifies record-breaking, world’s largest colorless grown diamond.
http://www.igiworldwide.com/igi-certifies-worlds-largest-colorless-grown-diamond.html

3.Two Large CVD-Grown Synthetic Diamonds Tested by GIA
http://www.gia.edu/gems-gemology/winter-2015-labnotes-two-large-CVD-grown-
synthetic-diamonds

4.Kanda H. and Watanabe K. (1999) Distribution of nickel related luminescence centers in
HPHT diamond. Diamond and Related Materials, 8, 1463-1469

5.角谷均., 戸田直大., 佐藤周一. (2005) 高品質大型ダイヤモンド単結晶の開発.
SEIテクニカルレビュー, 166, 7-12

コラム:中国のHPHT法合成ダイヤモンド

リサーチ室 北脇  裕士

ダイヤモンドの合成法はCVD法や衝撃法等も知られていますが、工業的に生産されているもののほとんどはHPHT法によるものです。ダイヤモンドは熱力学的に高圧下で安定なため、通常は5~6GPa以上の静的な超高圧下で合成されています。
ダイヤモンド合成用の高圧発生装置の心臓部ともいえる加圧部にはさまざまな形式が用いられています。代表的なものは以下の3つです。①アンビル・シリンダ型(ベルト型など)、②マルチ・アンビル型(キュービック型、分割球型など)、③アンビル対向型(トロイダル型など)。宝飾用にロシアで合成されているダイヤモンドは主に分割球型(BARS)と言われており、オランダに本社を置くAOTC社では分割球型とトロイダル型を使用していると報告されています。
さて、中国ではキュービック型のマルチ・アンビル装置が用いられており、中国国内に1万台以上(あるいは2万台)設置されていると推定されています。この装置は蝶番(ヒンジ)で6個の独立アンビル駆動ラムが結合されていて、6個のアンビルが立方体試料を加圧します。この装置の特長は1台当たりの製作コストが低いことにあります。一方、ベルト型などの装置に比べて試料部体積が小さく、量産が困難なことがあげられます。しかし、中国では2000年~2005年にかけて大容積の大型ヒンジ式装置が開発され、急成長を遂げていきました。このころから中国のダイヤモンド砥粒生産量が急増し、中国の生産量だけで全世界の消費量を生産できるまでになったと言われています。実際に現在の工業用ダイヤモンド生産量の90%以上が中国で生産されていると考えられています。
このように工業用合成ダイヤモンドは中国での大量生産により、供給過多となっています。そして、現在新たな供給先としてメレサイズの宝飾向けへと展開する動きがあり、今後目が離せない状況となっています。◆

1.キュービック型マルチアンビル装置   (US synthetics社製)
1.キュービック型マルチアンビル装置
  (US synthetics社製)
2.同加圧部
2.同加圧部

日本鉱物科学会2015年年会・総会参加報告

2015年11月No.29

リサーチ室 江森  健太郎、北脇  裕士

去る9月25日(金)から27(日)までの3日間、東京大学本郷キャンパスにて日本鉱物科学会の2015年年会・総会が行われました。弊社からは2名の技術者が参加し、うち1名が口頭発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

2015年年会・総会の会場となった東京大学(象徴ともいうべき赤門)
2015年年会・総会の会場となった東京大学(象徴ともいうべき赤門)
日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Sciences)は2007年9月に日本鉱物学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併して発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ1000名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物化学およびこれに関する諸分野の学問と進歩、普及をはかることを目的とし、「出版物の発行(和文誌:岩石鉱物化学、英文誌:Journal of Mineralogical and Petrological Sciences、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」を主な事業として活動しています。年会は、設立総会以降毎年行われており、重要な学術交流の場となっています。

日本鉱物科学会2015年年会

2015年の年会は東京大学で行われました。2007年に設立総会が開催されて以降、東大では8年ぶりの開催となります。東京大学は江戸幕府の昌平坂学問所や天文方、および種痘所の流れを汲みながらも、欧米諸国の諸制度に倣った、日本国内で初の近代的な大学として設立され国内外から高い評価を受けております。

会場となった本郷キャンパス理学部1号館
会場となった本郷キャンパス理学部1号館

会場となったのは本郷キャンパスの理学部1号館です。ここには小柴昌俊博士のノーベル賞受賞を記念して2005年に創設された小柴ホールも含まれています。この小柴ホールがメイン会場として使用され、2階~4階までの各教室が講演会、ポスター会場等に使用されました。
会場までの主な交通手段としては、上野駅から徒歩20分、地下鉄大江戸線・丸ノ内線の本郷三丁目駅、南北線の東大前駅の他、上野駅・御茶ノ水等から東大構内行の都営バスがでており、本数もかなりあって便利です。今回の年会では、4件の受賞講演、10のセッションで114件の口頭発表、95件のポスター発表が行われ、参加者は200名弱ありました。
一日目、25日(金)午前9時30分より「結晶構造・結晶科学・物性・結晶成長・応用鉱物」、「地球外物質」、「岩石―水相互作用」のセッションが行われました。別会場でポスターセッションが同時に開催され、12~14時のポスターセッションコアタイムではポスター発表者による説明・質疑応答・議論が活発に行われていました。なお、ポスター発表は学会開催期間3日間を通して行われており、3日間ともコアタイムはたくさんの人でにぎわっていました。

コアタイムのポスター発表の様子
コアタイムのポスター発表の様子

二日目、26日(土) 8時45分から小柴ホールにおいて日本鉱物科学会の平成27年度総会が行われました。早朝にも関わらず160名以上の会員が集まり、各委員会からの報告や会の運営に関わる議決が行われました。本年度の重要な議決案件として本学会の一般社団法人化問題があり、担当幹事より詳細な説明がなされました。説明と質疑応答を合わせると1時間ほど時間がかけられ、その後の議決の結果、来年度以降法人化を目指すことが承認されました。

引き続き、10時半より鉱物科学会の各賞受賞講演が行われました。平成26年度日本鉱物化学会賞第13回受賞者である京都大学の小畑正明氏、平成26年度日本鉱物科学会研究奨励賞第16回受賞者の東北大学の奥村聡氏、同第17回受賞者の神戸大学の瀬戸雄介氏、同第18回受賞者の九州大学の中野信彦氏の講演がありました。
その他各賞受賞者は以下の通りです。

日本鉱物科学会論文賞:田口知樹、榎並正樹
渡邉萬次郎賞:大沼晃助
日本鉱物科学会応用鉱物科学賞:豊田文紫
桜井賞:永嶌真理子

日本鉱物科学会 平成27年度受賞講演の様子(小柴ホール)
日本鉱物科学会 平成27年度受賞講演の様子(小柴ホール)

また、受賞講演終了後、午後14時より「鉱物記載・分析評価」「深成岩・火山岩及びサブダクションファクトリー」のセッションがあり、「鉱物記載・分析評価」のセッションにおいて弊社研究者が「Ib型CVD合成ダイヤモンドのキャラクタリゼーションと成長後の熱処理温度の推定」の講演を行いました。講演後、質問も寄せられ、鉱物学会会員の方々の宝石学への関心の強さを感じ取ることができました。

三日目、27日(日)は9時30分より「高圧科学・地球深部」「変成岩とテクトニクス」「岩石・鉱物・鉱床一般」「地球表層・環境・生命」「スペシャルセッション火成作用と流体」のセッションがありました。
鉱物学と宝石学は密接な関係があります。毎年開催される鉱物科学会年会に参加し聴講することで、最先端の鉱物学研究に関する知見を得ることができます。また、普段接する機会が少ない研究者の方々との交流を深められ、宝石学の研究に生かすことができます。なお、来年2016年度の鉱物科学会年会は9月23日~9月25日、金沢大学で開催される予定です。◆