宝石コランダムの原産地鑑別 -日本鉱物科学会2014 年年会より-

2015年1月No.24

リサーチルーム 江森健太郎、北脇裕士

ルビーやブルーサファイアの原産地鑑別には内部特徴の観察が最も重要と考えられているが、近年では高精度の元素分析によってその判定精度が補完されている。本研究では商業的に重要度の高い産地のルビーおよびブルーサファイアについてLA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。

1.はじめに

(1)産地鑑別とは
宝石鑑別は、宝石鉱物の種類および変種の同定、天然・合成の起源、加熱や照射などの人的処理の有無などを客観的に判定する技術である。また、付随的に顧客のリクエストに応じて宝石の産出する地理的地域の判定、いわゆる原産地鑑別が行われることがある(日本国内の規定では一般鑑別書における産地表記は認められておらず、別途分析報告書によるものとされている)。
原産地鑑別は個々の結晶が産出した地理的地域を推定するために、その地域がどのような地質環境さらには地球テクトニクスから由来したかを考慮しなければならない。そのためには産地が既知の標本石の収集が何よりも重要となる。そしてこれらの詳細な内部特徴の観察、標準的な宝石学的特性の取得が基本となる(文献1) 。その上で紫外-可視分光分析、赤外分光(FTIR)分析、顕微ラマン分光分析、蛍光X線分析さらにはLA-ICP-MSによる微量元素の分析が行われ、鉱物の結晶成長や岩石の成因、地球テクトニクスなどに関する知識と経験をも併せ持つ技術者による判定が行われている。

(2)産地鑑別の正確性と限界
原産地鑑別における判定基準に国際的なスタンダードは存在しない。地理的地域の結論は、それを行う宝石鑑別ラボの独自の手法および評価による意見であり、その宝石の出所を保証するものではない。同様な地質環境から産出する異なった地域の宝石(たとえばスリランカ産とマダガスカル産のブルーサファイア、ミャンマー産とベトナム産のルビーなど)は原産地鑑別が困難もしくは不可能なこともある。原産地の結論は、潤沢な既知の標本およびデータベースとの比較、検査時点での継続的研究の成果および文献化された情報に基づいて引き出されたもので、検査された宝石の最も可能性の高いとされる地理的地域を記述することとなる。また、情報のない段階での新産地の記述にはタイム・ラグが生じる可能性がある。

(3)ケミカルフィンガープリント
宝石鉱物には主成分以外の微量成分が含まれており、その種類や量などは地質学的な産状に関連している。したがって、精度の高い元素分析を行い、検出された微量元素の組み合わせや量比を検討することで原産地の判定に活かされている。これをケミカルフィンガープリントといい、元素分析の手法には主に蛍光X線分析が用いられてきた(文献2)。近年では分析精度の高いLA-ICP-MSも使用され始めており(文献3)、原産地鑑別の精度向上への寄与が期待されている。

2.試料および分析方法

試料は筆者ら自身が原産地で収集するなど産地情報が明確なルビー(114点)とブルーサファイア(81点)を使用した。分析に使用した試料の原産地と産状、および個数は表1、2の通りである。ルビーは宝石品質の原石の表面を研磨し、研磨面を1サンプルにつき5点ずつLA-ICP-MSで分析を行った。ブルーサファイアはファセットカットされたサンプルのテーブル面を1サンプルにつき5点ずつ分析を行った。

表1 分析に用いたルビーとその産状、個数
表1 分析に用いたルビーとその産状、個数
表2 分析に用いたブルーサファイアとその産状、個数
表2 分析に用いたブルーサファイアとその産状、個数

分析に使用したLA(レーザーアブレーション装置) はNew Wave Research UP-213を、 ICP-MSは Agilent 7500aを使用した。分析条件は表の通り。レーザーアブレーションにおけるCrater Sizeはコランダム中のAlと置換される元素であり、一定の量の検出が見込まれるMg, Ti, V, Cr, Fe, Gaについては30μmを使用して測定を行い、微小包有物(ジルコンやルチルなど)から検出される可能性のある微量元素(Li, Be, B, Sc, Co, Cu, Zn, Zr, Nb, In, Sn, Sb, Ba, La, Ce, Hf, Ta, W, Pb, Bi, Th) については80μmを使用して測定を行った。分析には標準試料としてNIST612を使用し、Alを内標準に用いて定量分析を行った。なお、フラクチャー等に二次的に混入する可能性のある不純物元素を回避するため、これらの部位についての分析は行わなかった。

3.分析結果と考察

(1)ルビー
測定した元素を用いた様々な組み合わせにおいてデータのプロッティングを試みた。結果の一例として、Mg,V,Feの三次元プロットを示す。三次元プロットは従来広く用いられてきた3成分の比率を表す三角ダイヤグラムとは異なり、単に3成分の比率を示すだけではなく、量そのものもプロッティングに反映される。公表されている関連分野の先行研究に三次元プロットは見られないが、gnuplotのソフトを用いれば比較的簡単に作成することが可能であり、ケミカルフィンガープリントとして最適と考えられる。
図1では一部に重複する領域も認められるが(特にタンザニアとマダガスカル)、ミャンマー、カンボジアおよびタンザニアの各々の産地ごとに明瞭に分布域が異なっている。
地質学的な産状が異なれば、包有物の相違等から産地の判別は比較的容易であることが期待される。しかし、産状が類似もしくは同一起源の宝石の原産地鑑別は困難だと考えられる。特に大理石起源のミャンマー、ベトナム、タンザニアのモロゴロ産のルビーの産地鑑別は非常に困難、もしくは不可能だとされてきた。

図1:主要産地のルビーをMg,V,Feでプロットしたグラフ
図1:主要産地のルビーをMg,V,Feでプロットしたグラフ

本研究において、Mg,V,Feの三次元プロットを行ったところ、これらの識別が比較的明瞭となることが新たに見いだされた (図2)。

アフガニスタンからベトナムまで伸びるルビー鉱床は大理石起源であり、この区域の大理石はFeの含有量が低いことが知られている。そのため、ミャンマー、ベトナムのFe濃度は低い傾向にあると考えられる。また、ミャンマー産のルビーはその母岩中に含まれる頁岩中の不純物の影響でV濃度が高くなると考えられる。

図2: 大理石起源のルビーをプロットしたグラフ
図2: 大理石起源のルビーをプロットしたグラフ

ルビー中に検出された微量元素の測定結果を表3に記す。各産地、試料、測定点等で特徴があり、これらを組み合わせることで産地鑑別の精度を向上させることが可能である。例えば、ベトナムのルクエン産のルビーは母岩の不純物の影響で微量元素が検出されやすい傾向にある。また、マダガスカル産のルビーは微量元素が検出されにくい傾向にあるが、亜鉛やアンチモンが検出されるといった特徴が認められる。

表3: ルビーの産地別微量元素検出表
表3: ルビーの産地別微量元素検出表
オレンジ枠は必ず検出される元素、グレーは未検出、白は未検出~微量を示す

(2)ブルーサファイア
ブルーサファイアについても、測定された元素を用いて様々なプロットを試みた。J.J.Peucat ら2007年の研究ではGa濃度をMg濃度で割ったものを横軸に、Fe濃度を縦軸にプロットしたグラフでアルカリ玄武岩起源のブルーサファイアと変成岩起源および交代作用起源(合わせて非玄武岩起源とされることが多い)のブルーサファイアを分別できるとしている(文献4)。本研究においても図3のように同様の結果が得られた。
アルカリ玄武岩のブルーサファイアはこのように産地毎にデータの集まりが良く、産地特定の有力な一助となる。一方、非玄武岩起源のグループでは多くの領域で重複が見られる。特にマダガスカルはプロット範囲が広く、原岩の多様性の影響と考えられる。

図3:主要産地のブルーサファイアをGa/Mg vs Fe プロットしたグラフ
図3:主要産地のブルーサファイアをGa/Mg vs Fe プロットしたグラフ

変成岩起源のブルーサファイアで商業的な重要度が高い、マダガスカル、ミャンマー、スリランカのサンプルについて、種々の元素の組み合わせにおいて比較を行った。その一例として、X軸にMg、Y軸にTiを取ったグラフを図4に示す。ミャンマーとスリランカは重複する領域も認められるが、それぞれがほぼ一定の直線上に乗っている。この際、Mg:Ti比はスリランカ産のほうがミャンマーよりもTiが多く、両者の識別において重要なポイントとなることが判る。一方、マダガスカルはプロット範囲が散らばる傾向にある。マダガスカル産は原岩の多様性と、微小包有物を多く含む特徴を持つため、プロット範囲が広くなり、MgとTiの比が一定にならないと考えられる。

図4:変成岩起源のブルーサファイアをMg vs Ti プロットしたグラフ
図4:変成岩起源のブルーサファイアをMg vs Ti プロットしたグラフ

ルビー同様、ブルーサファイアで検出された微量元素を表4に示す。マダガスカル産のブルーサファイアは微量元素が多種含まれる傾向にあるが、これはジルコン等の微小包有物由来と考えられる。このように微量元素の検出量と組み合わせのパターンは産地鑑別の精度向上の一助となることが期待できる。

表4: ブルーサファイアの産地別微量元素検出表
表4: ブルーサファイアの産地別微量元素検出表
オレンジ枠は必ず検出される元素、グレーは未検出、白は未検出~微量を示すブルーは鑑別の際にキーとなる元素
4.まとめ

LA-ICP-MSによる微量元素の分析を行い、その原産地判定の精度向上に寄与するケミカルフィンガープリントの作成を試みた。Mg,V,Feの濃度を軸にとった三次元プロットがルビーの産地鑑別に有効であることがわかった。これらの元素の組み合わせによるプロットは同様な大理石起源のミャンマー、ベトナムおよびタンザニアのモロゴロ産の識別にも応用可能であることが見いだされた。
ブルーサファイアについてGa/MgとFe濃度によるプロットが変成岩起源とアルカリ玄武岩起源の大別に有効であることがあらためて確認された。Mg:Ti比によるプロットは商業的に重要性の高い変成岩起源のミャンマー、スリランカおよびマダガスカル産の判別の一助となることが判った。さらに、ルビー、ブルーサファイア共に微量元素の存在パターンが産地判別の精度向上に寄与することが期待できる。
LA-ICP-MS法を用いた微量元素測定による産地鑑別は一部データがオーバーラップする部分もあるため、詳細な内部特徴の観察や標準的な宝石学特性を併用することによって相互補充的に産地鑑別の精度向上に寄与できるものである。

5.参考文献

1.  Huges, R. W ., 1997, R uby and Sapphire, RWH P ublishing
2.  Muhlmeister, S., Fritsch, E., Shigley J. E., Devouard, B. and Laurs, B. M. 1998. Rubies on the basis of trace-element chemistry ., Gems & Gemolog y, Summer 80-101
3.  Abduriyi, A. and Kitawaki, H., 2006, Determination of the origin of blue sapphire using Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry (LA-ICP-MS). Journal of Gemmology., 30 (1/2), 23-6
4.  Peucat, J. J., Ruffault, P., Fritsch E., Bouhnik-Le, Coz M., Simonet, C. and Lasnier, B., 2007, Ga/Mg ratio as a new geochemical tool to differentiate magmatic from metamorphic blue sapphires, Lithos, 98, 261-274

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展

2015年1月No.24

リサーチルーム 室長 北脇裕士

⑧蛍光X線分析(EDXRF)

◆蛍光X線分析とは

物質にX線を照射すると、物質を構成している元素から特有の2次X線が発生します。この2次X線は蛍光X線(X-Ray Fluorescence)とも呼ばれ、これを調べることによって物質を構成している元素の種類と量を知ることができます。宝石の多くは結晶であり、結晶は特定の化学元素で構成されていますから、この組成分析は宝石鑑別で極めて有効な手法になり得ます。もちろん非破壊で分析することができます。
蛍光X線分析装置には2次X線を光学的に分離する波長分散型(WDS)とX線検出器のエネルギー特性を利用するエネルギー分散型(EDS)の二種類があります。

◆蛍光X線分析の原理

◇1次X線の発生
試料(宝石)へ照射される1次X線はX線管球から得られます。X線管球は真空管の一種で、真空中に対陰極(アノード)と 陰極(カソード)を封じ込めたものです。対陰極はターゲットと呼ばれ、W(タングステン)、Cr(クロム)、Rh(ロジウム)、Mo(モリブデン)などの融点の高い金属が使用されます。カソードを構成するフィラメントから発生した熱電子が高電圧の中で運動エネルギーを与えられてターゲットに衝突します。衝突の際、多くのエネルギーは熱に変換されますが、一部は制動放射によりX線に変換されます。これが1次X線です。

 ◇蛍光X線の発生
蛍光X線は、X線と物質の相互作用で発生する特性X線です。X線管球で発生した1次X線が物質(宝石)に入射すると、相互作用としてエネルギーがその物質(宝石)を構成している原子の内殻軌道電子に与えられます。エネルギーを与えられた電子は原子核からの束縛から解き放たれて飛び出し、より外側の軌道に飛び移ります(励起)。
励起した状態は不安定なため、電子の抜けあと(空孔)には直ちに外殻の軌道電子が落ち込んできます(遷移)。この際の両軌道間のエネルギー差に相当するエネルギーがX線として放出されます。これが蛍光X線です。各電子軌道がもつエネルギー準位は元素により固有の値を持ちますので、蛍光X線の波長(エネルギー)も元素によって固有の値となります。Fig.1に示すように、K殻の空孔がL殻から補われた場合にはKα、M殻から補われた場合にはKβなど、複数のスペクトルでK系列蛍光X線スペクトルが構成されます。同様にL殻においても補われた外殻電子軌道の種類によってLα、LβなどのL系列のスペクトルが構成されます。

Fig.1 蛍光X線の発生(フィッシャー・インストルメンツ資料より)
Fig.1 蛍光X線の発生(フィッシャー・インストルメンツ資料より)
◆蛍光X線分析装置

中央宝石研究所では20年近く前に蛍光X線分析装置を導入し、多くの成果を挙げて参りました。分析機器は日進月歩で、今日では分析精度が高く且つ測定時間が短い機種が市販されています。当研究室では日本電子製エネルギー分散型蛍光X線分析装置JSX3201Mを設置しています。試料の形態、大小を問わず非破壊で多元素を同時に定性・定量分析ができます。試料室が広いので(直径200mm、高さ110mmの円筒形)比較的大きな彫刻などでも分析することができます。多くの蛍光X線分析装置では通常検出可能元素が原子番号11のNa(ナトリウム)からですが、この機種は原子番号6のC(炭素)から分析することが可能です。さらに16試料自動交換機構が装備されているので多試料の連続分析が可能です。研究などで一時期にたくさんの分析が必要な場合でも試料のセッティングさえしておけば後は機械任せでオペレーターの手を煩わすことはありません。この機種は微小コリメータが採用されているので、最小で500μmφ領域の分析が可能です。試料の測定場所は高感度のCCDカメラで観察できます。
蛍光X線分析装置の具体的な分析例は次項で説明致しますが、宝石中の微量元素の分析は宝石種の同定だけでなく、天然・合成さらには産地や合成メーカーの特定にも寄与します。

Fig.2 蛍光X線分析装置 日本電子製JSX-3201M
Fig.2 蛍光X線分析装置 日本電子製JSX-3201M

⑨蛍光X線分析(EDXRF)の応用例

◆未知の鉱物種の同定

蛍光X線分析(EDEXRF)な鑑別手法によって確証的なデータが得られない場合(例えば、屈折率や比重が測定不能あるいは特性値が重複する宝石種など)の鑑別には組成分析がきわめて有効となります。もちろん、標準的なデータのみでは鑑別が困難な希少石などの同定にも役立ちます。
具体例としてダイヤモンドの類似石を例に見てみましょう。ダイヤモンドは通常無色透明で、屈折率が高く輝きの強い宝石です。同様な光学特性を有する素材は、ダイヤモンドの類似石として利用されていますキュービック・ジルコニア(CZ)、モアッサナイトなどの代表的な類似石はすべて屈折率が高く、標準的な屈折計では測定が不可能です。もちろん、熟練したジェモロジストならばこれらの類似石とダイヤモンドとを標準的な手法で見分けるのは可能です。しかし、類似石の種類を正確に識別するのは困難です。さらに、近年においては産業界の要請で生まれた全く新しい素材が宝石用素材として利用されるケースも増えています。ダイヤモンドではない事がわかっていても素材の確証が得られない場合などは、元素分析を行ってその化学組成を知ることが重要です。

◆同形鉱物の分類

結晶構造が同一で化学組成が異なる一連の鉱物グループを同形と言います。多くの宝石鉱物は同形で化学組成の違いによって特性値も異なり名称も変わります。ガーネットはしばしばこの同形鉱物の代表例として取り上げられます。ガーネットは等軸晶系でいわゆるガーネット構造と呼ばれる一定の結晶構造を有しています。ところが、含有する元素の組み合わせによって十数種類の端成分が存在します。宝石に利用されるガーネットの端成分は6種類程度ですが、これらの中間タイプも存在するため、変種の分類は簡単ではありません。ガーネットの変種分類は基礎的な知識があれば色、屈折率、比重、分光および拡大などの標準的な鑑別手法である程度は分類可能です。しかし、中間組成のものや幾種類もの端成分が固溶したものはやはり元素分析が必要となります。

◆天然・合成の識別

ルビー、エメラルド、アレキサンドライトなどの主要宝石は商業ベースで合成されています。これらの合成石は屈折率、比重などの物理特性が天然石と重複していますから、標準的な鑑別手法では拡大検査による内部特徴の観察が最も重要となります。ところが、近年は合成技術の進歩や合成石に施される加熱処理によって、内部特徴だけでは識別が困難な事例が多く見られるようになりました。天然石は化学式どおりの組成を有することはなく、何らかの不純物元素を含有するのが常で、それは結晶が成長するときの環境に影響を受けます。したがって、微量に含まれる不純物元素を正確に分析することにより、天然石のおよその産状(玄武岩起源か非玄武岩起源かなど)を知ることができます。また、合成石では合成法あるいはメーカーごとに添加される元素や用いるフラックス等に相違があり、それぞれに含有する不純物元素にも特徴が見られます。

ルビーを例に挙げてみましょう。天然ルビーは個体差があるものの、必ずTi、V、Cr、Fe、Gaなどの不純物元素を含有しています。これに対して合成ルビーにはFeやGaを含有しないものがほとんどです。一部の合成メーカーのものでFeおよびGaを含有するものがありますが、他の不純物元素に相違が見られます(Fig.3)。より詳細な分析にはLA-ICP-MS分析などのより高度な検査が必要となりますが、EDXRF分析は非破壊で迅速に行える特長があります。

Fig.3 合成ルビーのEDXRFによる組成分析(北脇1997より) 
Fig.3 合成ルビーのEDXRFによる組成分析(北脇1997より)

アレキサンドライトの鑑別にもこの微量元素の分析は有効です。天然アレキサンドライトは必ず相当量のTi、V、Cr、FeおよびGaを含有します。これに対して結晶引き上げ法ではTi、Fe、Gaが欠如することが多く、フラックス法においてはGaの欠如に加えてBi、Geなどのフラックス起源の元素が検出されることがあります。

◆真珠の母貝鑑別

近年ではアコヤ真珠の生産量低迷を背景に白蝶真珠の低サイズ化、有核淡水真珠の台頭などで、外観が酷似した真珠の母貝鑑別が性急な問題として浮上しています。母貝鑑別には真珠の色、てり、などの外観や光透過の程度、結晶成長模様の観察、分光測定などの手法がとられていますが、元素分析も重要な手がかりを与えてくれます。以前から、Mnの検出が淡水真珠の特徴といわれており、海水産真珠にはSrの含有が多いことが知られています。また、アコヤ真珠は一般的な加工(漂白・調色)の工程を経ることによってCa/Srの測定強度比が上昇することが分かっています。また、アコヤガイ、白蝶貝、黒蝶貝から産出されたホワイト系の真珠の母貝鑑別にはSr/CaとNa/Caの強度比の測定が参考になります。

⑩レーザー・トモグラフィ

標準的な宝石鑑別検査には低倍率(通常、10倍~60倍程度)の宝石顕微鏡(双眼実体顕微鏡)が用いられています。いうまでもなく、宝石内部を効率良く観察するためです。包有物(インクルージョン)や成長組織などは宝石鉱物が成長した環境あるいは履歴を反映しているため、これらを観察することによってその起源(天然か合成かなど)を明らかにすることが可能になります。

結晶内部の欠陥や不均一性を検知する有効な一手段に、X線回折トポグラフィが知られており、主に半導体材料や鉱物検査等に利用されています。ところが、この方法は操作が難しく得られた像の解析にも高度な技術が要求されます。その上試料サイズなどにも大きな制約があることから、特殊な場合を除いて宝石鑑別には用いられていません。レーザー・トモグラフィはX線の代わりに可視光を用いて同様な観察を可能にした顕微法であり、操作が比較的容易で宝石試料に対するダメージもないことから古くから宝石鉱物の観察に利用されてきました。中央宝石研究所では主にルビーやサファイアなどの加熱の履歴に関する情報を得るために活用しています。

◆レーザー・トモグラフィ

宝石顕微鏡では直接実態を見ることができない微小物質も、光束を当てた時に生じるチンダル現象を利用すれば観察が容易となります。このような光散乱法を利用した観察の歴史は古く、1903年にはすでに限外顕微鏡を用いて、光学顕微鏡の解像力をはるかに超える微小散乱体の存在が確認されています。

1970年代後半には学習院大学の守矢博士等の研究グループが【光散乱トモグラフィ】と名付けた細く絞ったレーザー・ビームを試料内に走査させ、三次元的な断層写真を得る方法を開発しました。この方法には以下に示すような優れた長所があり、特に透明結晶の不均一性の観察には最適です。

Fig.4 レーザー・トモグラフィ装置(CGLオリジナル)
Fig.4 レーザー・トモグラフィ装置(CGLオリジナル)

①細く絞ったレーザー・ビームを使用するため、迷光が取り除かれ、結晶欠陥などのごく微弱な散乱像も、そのままの状態で捕らえることができます。これまでの研究によると、サブミクロン・サイズの光散乱体の外に成長縞、成長分域境界やディスロケーション(線状欠陥)などの検知が可能です。
しかし、結晶学的方位を無視してさまざまに方向にカットされた多数のファセットを有する宝石を観察するには、レーザー光の取り入れに工夫が必要となります。これらの多くのファセット表面からの反射を防ぎ、レーザー・ビームを効率よく試料石内に入射させるために、試料とできる限り近似する屈折率の浸液中に浸漬した状態で観察する必要があります。例えば、コランダム(屈折率1.76~1.77)ならヨウ化メチレン(室温での屈折率1.745程度)が適しています。

②レーザー・ビームを試料中の一定のレベルでゆっくりと走査しながら、内部の断層写真(トモグラフ)を撮影しますが(シリンドリカルレンズを用いて平面的なレーザー光を使用することで走査させない撮影法も可能です)、試料内でビームの走査深度を変化させることで、任意の断面の映像を得ることができます。また、試料の方位を変えて同様に観察すれば、結晶の不均一性を三次元的に捉えることができます。

③レーザー・トモグラフィは、非常に微弱な散乱像を観察することができるうえ、それを鮮明に記録写真に撮ることも可能です。この場合、数十倍程度の光学的倍率ですが、宝石に関して言えば、この程度の低倍率のほうが石全体の構造を観察するのに適しています。

④レーザー源には各種の波長を選択することが可能であり、このトモグラフィにはアルゴンイオン・レーザー(青色)が適しています。トモグラフィによって結晶欠陥などの散乱像が明瞭に捉えられるだけではなく、アルゴン・レーザーにより励起される蛍光像の観察も期待できるからです。いうなれば散乱トモグラフと蛍光トモグラフの観察を同時に得られることになります。蛍光像について少し詳しく説明します。蛍光とは外部から光などのエネルギーを受けることによって発光中心の電子が励起し、基底状態に戻るときにエネルギーを放出(発光)する現象です。この時、発光する光の波長は励起源の波長よりも長くなります。したがって、可視光の発光(蛍光)を観察するためには波長の短い青色光が有利となるのです。青色光で励起すると緑、黄色、オレンジや赤色の蛍光色の観察が可能となります。逆に赤色のレーザーで励起しますと、青色~オレンジ色までの波長の発光は期待できませんし、赤色レーザー中の赤色蛍光は非常に観察し辛くなってしまいます。

Fig.5
Fig.5 加熱ブルー・サファイアのレーザートモグラフ:画像中の白っぽく見える領域(左上)は微小散乱体。オレンジ色(右上)及び黄色(下部)は青色レーザーによって発行した蛍光像。

Fig5は加熱されたブルー・サファイアのレーザートモグラフです。写真左上に白っぽく見えるのが微小散乱体で宝石顕微鏡下ではほとんど見えません。また、写真右半分および左下部に明るく写っているのが蛍光像です。このような非常に鋭角的な輪郭を持った蛍光像は加熱されたサファイアの特徴といえます。

日本鉱物科学会2014 年年会・総会参加報告

2014年11月No.23

リサーチルーム 江森健太郎

去る9月17日(水)から19日(金)までの3日間、熊本大学黒髪北キャンパスにて日本鉱物科学会の2014年年会・総会が行われました。弊社からは2名の技術者が参加し、それぞれ発表を行いました。以下に年会の概要を報告致します。

熊本のシンボル、熊本城
熊本のシンボル、熊本城
日本鉱物科学会とは

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Sciences)は平成19年9月に日本鉱物科学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併されて発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ1000名の会員数を擁しています。日本鉱物科学会は鉱物科学およびこれに関する諸分野の学問の進歩と普及をはかることを目的としており、「出版物の発行(和文誌、英文誌、その他)」、「総会、講演会、研究部会、その他学術に関する集会および行事の開催」「研究の奨励および業績の表彰」等を主な事業として活動しています。今年、2014年は世界結晶年であり、世界結晶年とのコラボセッションもありました。

世界結晶年2014年について

マックス・フォン・ラウエ博士がX線による結晶の回折現象の謎を解き、1914年にノーベル物理学賞を受賞しました。また、ヘンリー・ブラッグとローレンス・ブラッグ親子は結晶が原子配列して作られているものであることを食塩の結晶のX線回折により明らかにし、1915年にノーベル物理学賞を受賞しました。これらの革新的な実験は近代結晶学の誕生と位置づけられています。その後、近代結晶学は23ものノーベル賞受賞につながり科学技術の発展に貢献してきました。2012年7月、国際連合の総会はモロッコからの提案を承認し、国際結晶学連合(IUCr)、ユネスコ(UNESCO)と国際科学会議(ICSU)の支援のもと、これらの業績の100周年を記念するため、2014年を世界結晶年として制定しました。

日本鉱物科学会2014年年会

会場となった熊本大学は1949年の学制改革の際に熊本市所在の旧制諸学校を包括して、新制大学として誕生しました。日本の結晶学のパイオニア的存在である寺田寅彦氏の母校(第五高等学校時代)でもあり、今でも往時の教室や実験設備が国指定の重要文化財として一部保存されています(写真参照)。地理的には熊本市のシンボルである熊本城より北東に黒髪北キャンパスがあります。交通手段としては熊本駅からバスで30~40分程度かかりますが、本数も多く、アクセスに不便はありません。
今回の年会では、5件の受賞講演、10のセッションで136件の口頭発表、108件のポスター発表が行われ、参加者286名、懇親会参加者135名でした。

熊本大学黒髪北キャンパス前にて
熊本大学黒髪北キャンパス前にて
寺田寅彦が授業を受けた教室
寺田寅彦が授業を受けた教室
当時化学実験等で使用されていたドラフト
当時化学実験等で使用されていたドラフト

一日目、17日(水)の午前9時30分より、「結晶構造」「地球外物質」「岩石―水相互作用」のセッションが行われました。また、別会場でポスターセッションが同時に開催されました。12時~14時はポスターセッションのコアタイムに指定されており、ポスター発表者による説明、質疑応答、議論などが活発に行われていました。なお、ポスター発表は学会開催期間3日間を通して行われており、3日間ともコアタイムはたくさんの人で賑わっていました。

ポスターセッションのコアタイムの様子
ポスターセッションのコアタイムの様子

二日目、18日(木)午前8時50分より鉱物科学会の総会、10時10分より鉱物科学会受賞講演がありました。平成25年度日本鉱物科学会第11回受賞者である茨城大学理学部の木村眞氏、平成25年度日本鉱物科学会第12回受賞者である愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの土屋卓久氏、平成25年度日本鉱物科学会研究奨励賞第13回受賞者である物質・材料研究機構の佐久間博氏、平成25年度日本鉱物科学会研究奨励賞第14回受賞者である愛媛大学理工学研究科の斉藤哲氏、平成25年度日本鉱物科学会研究奨励賞第15回受賞者である大阪大学大学院理学研究科の横山正氏の講演がありました。また、受賞講演終了後、午後14時より「高圧化学・地球深部」「深成岩・火山岩及びサブダクションファクトリー」「地球表層・環境・生命」のセッションがありました。

鉱物科学会受賞講演の様子
鉱物科学会受賞講演の様子

三日目の19日(金)午前9時30分より「変成岩とテクトニクス」「鉱物記載・分析評価」「岩石・鉱物・鉱床一般」のセッションがあり、弊社研究者は「鉱物記載・分析評価」のセッションで「宝石コランダムの原産地鑑別①-その正確性と限界についてー」「宝石コランダムの原産地鑑別②-LA-ICP-MS分析の応用例―」の2件の講演を行いました。講演後、多数の質問が寄せられ、鉱物学会会員の方々の宝石学への関心の強さを感じ取ることができました。

毎年開催される鉱物科学会年会では最先端の鉱物学研究が発表されています。鉱物学と宝石学は密接な関係があり、参加し、聴講することで最先端の鉱物学に関する知見を得られ、普段接する機会が少ない研究者の方々との交流を深めることができます。来年も鉱物科学会年会に参加し、中央宝石研究所で行っている各種宝石についての研究をさらに深める予定です。なお、来年の鉱物科学会年会は9月24日~26日、東京大学で開催されます。

熊本大学五高記念館
熊本大学五高記念館
夏目漱石像
夏目漱石像

夏目漱石は1896(明治29)年4月14日、第五高等学校嘱託教員として着任し、同年7月9日に教授となった。
翌1897(明治30)年10月10日、創立記念日に教員総代として述べた祝辞の一説「夫レ教育ハ建国ノ基礎ニシテ師弟ノ和熟ハ育英ノ大本タリ」の文字が記念碑として本学内(黒髪北キャンパス)に建てられている。

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展

2014年11月No.23

リサーチルーム 室長 北脇裕士

④フォトルミネッセンス(PL) 分析法

◆フォトルミネッセンス(PL)分析とは

フォトルミネッセンス(PL)とは、物質に光を照射し、励起された電子が基底状態に遷移する際に発生する光のことです。

Fig.1
Fig.1 フォトルミネッセンスの原理(コスモ・バイオ(株)HPより)

Fig.1の①を基底状態、②を励起状態といいます。励起状態は不安定なため、通常発熱などで少しエネルギー順位の低い③の状態に一時的に移行します。③から元の基底状態④に戻る際に発光します。②から③へ移行する際にエネルギーのロスがありますから、励起させる光の波長(②-①のエネルギーに相当)よりも長い波長の光(③-④のエネルギーに相当)が発光します。この発光は物質の不純物や欠陥に影響を受けやすいため、発光を分光し詳細に解析をすることによって、物質中の欠陥や不純物の情報を得ることが可能となります。PL分析は、主に超格子構造や半導体結晶の構造解析などに用いられています。結晶中の不純物や欠陥に起因した発光の強度分布を測定し、結晶の均一性や欠陥の分布状況を高い分解能で評価します。この手法の特徴として、測定の際に試料を破壊することがなく、また特殊な前処理を必要としないことが挙げられます。装置は前回( C G L 通信No.21)でご紹介した顕微ラマン分光装置と併用することができます。ラマン分光は既述のとおり、レーザー光を照射した際に発生する微弱なラマン散乱を検知しますが、その際の発光を検知するのがPL分析です。励起源のレーザーも検出器も併用できますが、分析結果の表示が異なります。ラマン分光法では単位はcm–1を用いますが、PL分析ではnmで表記します。

Fig.2
Fig.2 顕微ラマン分光装置(PL分析も同装置で行う)

測定方法は波長と強度の関係を観察するためのスペクトル測定が一般的ですが、近年では試料から放出される様々な発光の強度分布を測定するマッピング測定も可能になりました。
PL分析では、励起する波長の種類において発光するピークの種類や強度も異なります。従って、期待される発光センタに応じた励起波長を選択することが重要となります。
例えば、ダイヤモンドのPLを測定する場合、N3センタ(415.2nm)や491センタ等の検出には325nm(UV)波長のHe/Cd laserが、H3センタ(503.2nm)、3Hセンタ(503.5nm)及びH4センタ(496.1nm)等の検出には488nm波長のArイオンlaser(青色)が有効となります。また、NV0センタ(575nm)、NVセンタ( 6 3 7 n m )及びG R 1 センタ( 7 4 1 n m )の検出には514nm波長のArイオンlaser(緑色)が、737センタ(Si-V)等の検出には、633 nm波長の He-Ne laser(赤色) が有効です。近年ではレーザー源の発展もめざましく、多くの波長で半導体固体レーザーが使用されるようになり、サイズもコンパクトで寿命も長くなりました。弊社では2台の装置に上記4種波長、計6本のレーザーを目的に応じて有効に使用しています。

Fig.3
Fig.3 PL分析で用いるレーザー発信機:左から488nm,515nm (半導体励起固体レーザー),325nm(He/Cd laser)

また、存在する可能性のあるPL特徴をすべて適切に分解するには低温条件が必要なため、冷却測定には専用の冷却ステージを用いています。
宝石学分野におけるPL分析は、2000年以降のダイヤモンドのHPHT処理がきっかけとなりその有効性が確認されました。当初は看破が不可能と言われていたHPHT処理の検出がこのPL分析によりかなりのレベルまで可能となり、ダイヤモンドの天然・合成起源、HPHT処理及び放射線照射処理の検出に必要不可欠となっています。具体的な分析例については次項でご紹介します。

⑤フォトルミネッセンス(PL) 分析法の実際

◆HPHT処理の目的と背景

ダイヤモンドの品質改善の目的でダイヤモンドを高圧下で熱処理する手法があり、高温高圧(High Pressure-High Temperature)処理と呼ばれています。古くは1970年代後半にはGE社やデビアス(現Element Six)の工業用ダイヤモンド部門において、それぞれ独自にHPHT処理関連の特許が取得されています。1994年には、GE社によるCVD合成ダイヤモンドのHPHT処理を用いた “靭性の改善”及び“結晶欠陥の軽減”等に関する一連の米国特許が出願され受理されています。近年では電子デバイス用の高品質ダイヤモンドの必要性から、CVD合成ダイヤモンドに対するHPHT処理が精力的に行われています。

1970年代末に取得されたそれぞれの特許の満期や90年代の工業用ダイヤモンドにおけるHPHT処理の研究が、宝飾用ダイヤモンドへの応用の布石となっているようです。また、一部には近年台頭してきた中国等の安価な工業用合成ダイヤモンド製品との競合が困難となったため、ダイヤモンド合成に関わる企業が宝飾用天然ダイヤモンドのHPHT処理に事業転換したとも言われています。

1999年4月、ペガサス社(アントワープに設立されたLKIの出資会社)が、GE社により処理されたダイヤモンドを販売すると発表しました。LKI社によると、『この処理はダイヤモンドの色、光沢、輝きの質を改善するもので、恒久性があり、看破は不可能』とされました。処理方法については、“ある種の褐色を無色化する”ことのみが伝えられ、具体的には公表されませんでしたが、後にⅡ型の褐色ダイヤモンドがHPHT処理されたものであることが確認されました。

その後、1999年12月にNovaDiamond社によるHPHT処理ダイヤモンドが公表されました。これは、先に発表されたGE社の製品がⅡ型なのに対し、Ⅰ型の褐色ダイヤモンドを独自のHPHT処理技術により黄色~緑色に改変したものです。NovaDiamond社はNovatek社の完全出資会社で、HPHT処理されたダイヤモンドを宝石市場に提供する目的で設立されています。H P H T 処理はダイヤモンドを合成する高圧発生技術があれば可能です。従って処理を公表しているGE社及び、NovaDiamond社以外にも設備と技術があれば処理を行うことが可能です。

2011年4月、ドバイで開催された世界ダイヤモンド取引所連盟(WFDB)のプレジデントミーティングにおいて、H P H T 処理された石が適切な情報開示なしに意図的に鑑別ラボに持ち込まれている件が話題となりました。WFDBではHPHT処理ダイヤモンドを詐欺的に取り扱った業者には罰則を加えることや、鑑別ラボにも依頼者の公表が求められたようです。

◆HPHT処理の検出

1999年3月に行われたLKIの発表では、宝石ダイヤモンドに施されたHPHT処理の検出(看破)は不可能とされ、宝飾ダイヤモンドの業界関係者を不安にさせました。その後、国際的な宝石鑑別機関では各国の大学等の研究施設との連携による研究が開始され、現在ではかなりのレベルまで処理の検出が可能となっています。

【Ⅱ型】
窒素をほとんど含有しない(通常、分析で使用されるFTIRなどの赤外分光法で検出できない1ppm以下)ダイヤモンドはⅡ型に分類されます。Ⅱ型はさらに他の不純物も含まないⅡa型とホウ素を含有するタイプⅡbに細分されます。Ⅱa型のダイヤモンドは本来無色で、Ⅱb型は青色ですが、地中において塑性変形をこうむることにより褐色を帯びています。この宝石としては好ましくない褐色味を除去する目的でHPHT処理が施されます。処理の程度によってはⅡa型の褐色は無色ではなくピンク色になることがあります。また、Ⅱb型の褐色は褐色味が除去されるとともにホウ素が機能して青色になることが知られています。従って、Ⅱ型に分類される無色、ピンク色及び青色ダイヤモンドはすべてHPHT処理された可能性を考慮する必要があります。

現在、Ⅱ型ダイヤモンドのHPHT処理の検出に最も有効な分析手法がPL分析です。PL法はダイヤモンドに含まれる原子レベルのわずかな欠陥を高感度で捕らえることが可能で、その欠陥の種類や程度、あるいは組み合わせを解釈することによって処理・未処理の判断に応用できます。

例えば、HPHT処理されたⅡ型のダイヤモンドに637nmや575nmのNVセンタ(炭素原子を置換した窒素と炭素原子が抜けた空孔による欠陥)が検出される場合、その強度は637nm>575nmになることが知られています。637nmセンタは電子を捕獲して負の電荷を帯びた状態で、575nmセンタは電荷を持たないノーマルな状態です。赤外分光では検出されない程度のAセンタ(それぞれが炭素を置換したペアをなす窒素)がHPHT処理によって解離し、Cセンタ(炭素を置換した単原子窒素)が形成される際に遊離した電子がNVセンタに捕獲される結果、637nm>575nmになると考えられます。また、535nmセンタのようにHPHT処理によって軽減もしくは消滅する欠陥からも処理の有無に関する情報が得られます。

Fig.4

Fig.4 II型褐色ダイヤモンドのHPHT処理前後のPLスペクトル(514nm Laser)

少し混みいった話になってしまいましたが、近年のダイヤモンド鑑別は極めて難しくなってきており、このような高精度の分析が占める重要性がお分かりいただければ幸いです。

⑥赤外分光分析(FTIR)-1-

◆赤外分光分析(FTIR)とは

物質に赤外線を照射すると、それを構成している分子が光のエネルギーを吸収し、振動あるいは回転の状態が変化します。従って、ある物質を透過(あるいは反射)させた赤外線は、照射した赤外線よりも、分子の運動の状態遷移に使われたエネルギー分だけ弱いものとなります。この差を検出することで、分子に吸収されたエネルギー、言い換えれば対象分子の振動・回転の励起に必要なエネルギーが求められます。分子の振動・回転の励起に必要なエネルギーは、分子の化学構造によって異なるので、照射した赤外線の波数を横軸に、透過率もしくは吸光度を縦軸にとることで得られる赤外吸収スペクトルは、分子に固有の形を示します。これにより、対象とする物質がどのような構造であるかを知ることができ、特に有機化合物の構造決定に利用されています。

Fig.5
Fig.5 赤外分光光度計[FTIR](右)と赤外顕微鏡(左)
FTIRはフーリエ変換赤外(Fourier Transform Infra-Red)の略称で、最も広く利用されている赤外分光分析の手法です。フーリエはフランスの数学者・物理学者でフーリエ級数を創始した人物です。FTIRは光源からの光を干渉計により合成波とし、サンプルに照射して得られた波形についてフーリエ変換と呼ばれる周波数解析を行うことで吸収スペクトルが得られます。回折格子を用いた分散型分光法に比べて、光学的に明るく、波数分解能が高く、スペクトルの形態を見るだけなら測定時間も極めて短いのが特長です。1965年頃に実用化され始め、70年代後半から急速に普及し、現在では赤外顕微鏡と組み合わせた顕微FTIRが広く利用されています。特に有機系の化学分野においては一般的な分析機器として標準装備されています。
宝石学の分野では、1990年代に入って出現した樹脂含浸ジェイダイトの看破をきっかけに主要な鑑別ラボに導入され始めました。近年ではダイヤモンドのタイプ分類には欠かせないもので、その他に含浸物質の検出や各種宝石素材の同定に広く活用されています。以下に代表的な応用例を紹介します。

◆ジェイダイト鑑別への応用

1990年代に入ってジェイダイトの樹脂含浸処理が出現しました。これは原石の表層に酸化鉄などが付着したジェイダイトを漂白し、安定化と透明度の改善のためにエポキシ系等の合成樹脂を含浸する処理です。透明な樹脂を含浸するとそれだけで色が濃く見え、処理後のジェイダイトは見かけの価値が大きく変化します。従って、樹脂含浸処理の有無を看破する必要がありますが、標準的な鑑別手法では限界があります。そこで弊社が着目したのが赤外分光分析です。赤外分光法では目には見えない樹脂が赤外吸収スペクトルにはっきりと現れます。赤外分光法は含浸された樹脂を検出するのに極めて有効で、以降すべてのジェイダイトが分析されるようになりました。

◆エメラルドの含浸物質の看破

“傷のないエメラルドはない”といわれるように、エメラルドはどこの産地のものでも一般に包有物を有しています。また、採鉱時にはすでにフラクチャーが生じたものも多く、カット・研磨、ジュエリー加工などの段階でこれらのフラクチャーが拡大する可能性があります。このようなエメラルドの表面に達する特徴を軽減するために透明材の含浸が慣習的に行われています。

氷を透明な水の中に浸漬するとその輪郭が見え難くなるように、エメラルドの屈折率の近い物質がフラクチャーに含浸されると目立ち難くなります。エメラルドの屈折率はおよそ1.57~1.59なのでこの屈折率に近似するオイルや樹脂が含浸されます。含浸物質には種々のものが知られていますが、伝統的に利用されているのがシダーウッドオイルです。このオイルは数種類の針葉樹、特にビャクシンから採取されています。また、1990年代から急速に普及したのがエポキシ樹脂です。オイルに比べると樹脂は屈折率がエメラルドにより近いため、見かけのクラリティ向上に効果があります。業界で知名度の高いオプティコンは商標名でエポキシ樹脂の一種です。

F T I R 分光装置では、F i g . 6に示す未処理のエメラルドとオイルが含浸されたエメラルドのFTIRのスペクトルのように、オイル含浸されたエメラルドにはオイルに起因する吸収が見られます。このピークの深さが含浸されたオイルの量にほぼ比例します。

Fig.6
Fig.6 未処理エメラルド(黒線)とオイル含浸されたエメラルド(赤線)

⑦赤外分光分析(FTIR)-2-

◆ダイヤモンドのタイプ

ダイヤモンドには紫外線を透過するタイプとそうでないものがあることが1800年代後半には知られていました。その後、赤外線のスペクトルも併せて前者をⅠ型、後者はⅡ型に分類されました。1950年代後半には、この型の違いが精力的に調査され、窒素の不純物に因るものと分かり、窒素を含有するものがⅠ型、含有しないものがⅡ型とされました。1952年には、窒素を含有しないⅡ型の中には極めてまれに電気を通す半導体の性質をもつものがあることが分かり、Ⅱb型に分類されました。さらに、1960年代には、窒素の存在の仕方において、窒素が凝集するものをⅠa型、置換型単原子窒素として存在するものをⅠb型とされました。

筆者の調査によると、天然ダイヤモンドの99.3%はⅠ型、0.7%がⅡ型に分類されます。また、高温高圧法合成ダイヤモンドは、通常黄色でⅠb型に分類されます。しかし、無色の合成ダイヤモンドは高温高圧法であってもCVD合成法であってもⅡa型に属します。

Fig.7 ダイヤモンドのタイプ分類
Fig.7 ダイヤモンドのタイプ分類

Fig.7に示すようにダイヤモンドを赤外分光(FTIR)で測定すると、1000~1500㎝–1付近に窒素不純物に因る吸収が見られます。そして窒素の凝集の相違により異なったスペクトルが検出されます。通常、FTIRの測定において窒素不純物による吸収が見られるものはⅠ型、 見られないものはⅡ型に分類されます。さらにⅠ型で窒素が置換型単原子として含まれるものはⅠb型、凝集した形態のものはⅠa型に分類されます。さらにⅠa型のうち、A凝集体として窒素が存在するものはⅠaA型、B凝集体として存在するものはⅠaB型に細分されています。

Fig.8 赤外分光(FTIR)で測定した各タイプのダイヤモンド
Fig.8 赤外分光(FTIR)で測定した各タイプのダイヤモンド
◆宝石ダイヤモンドの色とタイプ

Ⅱa型に分類される宝石ダイヤモンドは有意な窒素の含有がないため通常は無色で、カラーグレーディングにおいて多くはDカラーと判定されています。しかし、塑性変形(原子レベルのひずみ)をこうむったものは褐色味を帯び、宝石としての価値は低くなります。このようなⅡa型の褐色はHPHT処理の原材として利用されています。一方、Ⅱa型に分類されるものの中に稀にピンク色が存在します。歴史的に著名なピンクダイヤモンドはほとんどがこのⅡa型です。Ⅱb型はⅡ型の中でもさらに少なく、ダイヤモンド全体の0.002%程度です。Ⅱb型のダイヤモンドはホウ素を含むことで青色~灰色を呈しますが、塑性変形を蒙ったものは独特の灰褐色を呈しており、HPHT処理の原材とされています。

宝石質ダイヤモンドのほとんどはⅠ型に分類されます。無色~ほぼ無色のダイヤモンドもⅠa型のものがほとんどです。Ⅰa型には無色~ほぼ無色に続いて黄色、褐色、ピンク等が含まれています。
宝石ダイヤモンドにとってこのタイプの理解は以下の点において重要です。

  1. 天然ダイヤモンドの色はある程度タイプに関連を持つこと
  2. 合成ダイヤモンドの色もタイプと関連すること
  3. 放射線照射処理やHPHT処理における色の変化もダイヤモンドのタイプにある程度関連を持つこと

ダイヤモンドのタイプと地理学的な産地との関連を科学的に証明することは困難です。しかし、ある特定のものについては歴史的背景と産出状況において推測が可能といわれています。Ⅰa型のダイヤモンドはすべての主要なダイヤモンド鉱山から産出しますが、Ⅰa型の淡黄色ダイヤモンドは南アフリカ地域からの産出が良く知られています。そのため、宝石学では一般に淡黄色のダイヤモンドを南アフリカの地名に因んで“ケープストーン”と呼んでいます。Ⅰa型のピンクダイヤモンドはオーストラリアのArgyle鉱山産のものが90%以上と言われています。Ⅰb型の黄色ダイヤモンドも主要な鉱山からはどこからも産しますが、インド、ブラジル及び南アフリカの鉱山産のものが多いようです。Ⅱ型のダイヤモンドもほとんどの鉱山から産出しますが、インド、ブラジル、アフリカが重要な産地です。Ⅱa型のピンクダイヤモンドはインドのゴルコンダ地方が歴史的に良く知られた産地であり、Ⅱb型の青色ダイヤモンドは南アフリカのカリナン(以前はプレミアと呼ばれていた)鉱山が重要な産地として知られています。

偽合成の特徴を示す特異な天然Ⅱ型ダイヤモンド

リサーチルーム 北脇裕士、久永美生、山本正博、江森健太郎

合成ダイヤモンドの鑑別には、標準的な宝石学的検査に加えて、多くの場合フォトルミネッセンス分析やDiamondView™などの先端的なラボの分析が必要である。本報告では、これらのラボラトリーの分析技術において合成に酷似した特徴を示す偽合成ともいえる天然Ⅱ型ダイヤモンドについて報告する(本報告は平成26年度宝石学会(日本)で講演した内容を一部加筆修正したものです)。

1.背景

2012年、アントワープの国際的なダイヤモンドグレーディングラボラトリーから大量ロットのCVD合成ダイヤモンドの報告があり、ダイヤモンド業界を賑わせた(文献1)。それ以降、インドや中国の検査機関からも相次いでCVD合成ダイヤモンドに関する報告がなされており(文献2)、当研究所からも非開示で持ち込まれた1ctupのC V D 合成ダイヤモンドについて報告を行った(文献3)。また、高圧法合成ダイヤモンドにおいてもA d v a n c e d Optical Technology Co.など無色合成ダイヤモンドの新たな提供者が現れて業界の関心を集めている(文献4)。
合成ダイヤモンドの鑑別には、宝石顕微鏡下における拡大検査、紫外線蛍光検査、歪複屈折の観察などの標準的な手法も不可欠であるが、多くの場合フォトルミネッセンス分析やDiamondView™などの先端的なラボの分析が必要である。
フォトルミネッセンス分析においては7 3 7 n mのS i – Vの発光ピークがC V D 合成ダイヤモンドの特徴であり、DiamondView™では天然とのモルフォロジーの相違によるセクターゾーニングが高圧合成ダイヤモンドの特徴となる。
本報告では、①フォトルミネッセンス分析においてS i – Vの発光ピークを示す天然Ⅱ 型ダイヤモンドと②DiamondView™の観察においてセクターゾーニングを示す偽合成ともいえる天然Ⅱ型ダイヤモンドについて報告する。

2.試料と分析方法

試料は、2012年後半から2014年前半までに分析を行った多数のⅡ型ダイヤモンドのうち、フォトルミネッセンス分析において737nmのSi-Vの発光ピークを示す天然ダイヤモンド9個(Min:0.123ct~Max:5.018ct, Ave.0 . 7 4 3 c t)とD i a m o n d Vi e w™の観察において高圧合成に誤認しやすい特徴を示す天然ダイヤモンド2個(0.376ct,1.117ct)である。また、同時期に検査した無色~ほぼ無色のCVD合成ダイヤモンド31個と無色~淡青色のHPHT合成ダイヤモンドおよそ300個を比較対象とした。
標準的な宝石学的検査に加えて、Ⅱ型の粗選別には自社で開発したDiamond-kensaを用い、赤外分光分析には日本分光製FT-IR4200を用いて分析範囲は7000-400㎝–1、分解能は4.0㎝–1で、20回の積算回数で測定を行った。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製Raman system-model 1000を用いて633nm(赤色)、514nm(緑色)、488nm(青色)および325nm(紫外)の各波長のレーザーを励起源に液体窒素に浸漬した状態で分析を行った。紫外線ルミネッセンス像の観察にはDTC製のDiamondView™を用いた。また、SEM-CLにはTopcon社製走査型電子顕微鏡SM-350を用いて試料は金蒸着を施して観察を行った。

3.結果と考察

①フォトルミネッセンス分析においてSi-Vの発光ピークを示す天然Ⅱ型ダイヤモンド 

フォトルミネッセンス分析における737nm(736.4/736.8nmのダブレット)の発光ピークはSi-Vがマイナスにチャージした欠陥であり、514nmレーザーよりも633nmレーザーで検出効率が高くなる。S(i シリコン)は、石英窓などのCVD合成装置に由来すると考えられており、現時点の商業生産の工程においては避けることが困難なようである(文献5)。 CGL(中央宝石研究所)には2012年後半~2014年前半までの間に総計31個のCVD合成ダイヤモンドが非開示で持ち込まれている。分析の結果、これらすべてに737nmピークが検出されており、現時点における有力なCVD合成の指標となることが確認されている。
しかしながら、天然ダイヤモンドにも737nmピークが検出される事例が報告されており(文献6)、我々もこの2年間で9個の天然Ⅱ型ダイヤモンドに737nmピークを確認している。Breedingらが報告しているように、フォトルミネッセンス分析において、天然で7 3 7 n mピークが検出されるものには、7 1 4 . 7、6 5 1 . 1、6 4 9 . 4、5 9 3 . 3、573.5、557.9、554.3、550.4、524.4nmなどのCVD合成ダイヤモンドには見られない一連のピークが付随する。
これらのピークはSiに関連したものと考えられているが、現時点において詳細は不明である。我々が確認した9個の試料にもすべてにおいてこれらの付随ピークが認められており、天然起源の有効な指標となる(図1)

図1
図1.天然II型ダイヤモンドに見られる737nmピーク: 714.7、651.1、649.4、593.3、573.5、557.9、554.3、550.4、524.4nmなどの多数のピークを伴う。

 

図2に737nmピークを有する天然およびCVD合成ダイヤモンドの637nm(NV)と575nm(NV0)のそれぞれの半値幅(FWHM)をプロットしたものを示す。これらの半値幅はダイヤモンド結晶に内在する歪の大きさを示す指標となることが知られている。全体的に天然・合成とも637nm(NV)と575 nm(NV0)の半値幅に正比例的な相関が認められる。CVD合成ダイヤモンドはそれぞれの半値幅が0.2~0.4付近に集中しており、Wangらが示したGemesis製のものに近似している(文献7)。いっぽう、天然ダイヤモンドはより幅広い領域にプロットされている。

図2
図2.737nmピークを有する天然およびCVD合成ダイヤモンドの637nm (NV) と575nm (NV0) の半値幅比

 

図3は7 3 7 n mピークの半値幅と強度の関係をプロットしたものである。ピーク強度はレーザーパワーとRenishaw標準シリコンのピーク強度で補正している。半値幅は天然ダイヤモンドが0.3~0.7までの範囲にあり、CVD合成ダイヤモンドは0.6~0.9までの広がりがある。ピーク強度は概してCVD合成ダイヤモンドの方が天然よりも高い。

図3
図3.737nmピークを有する天然およびCVD合成ダイヤモンドの737nmピークの半値幅と強度

 

図4は737nm/575nm半値幅比と強度比をプロットしたものである。半値幅比は天然ダイヤモンドが0.5~3.2であるのに対し、CVD合成ダイヤモンドは2~3.5である。また、強度比は概してCVD合成ダイヤモンドの方が天然よりも高い。

図4
図4.737nmピークを有する天然およびCVD合成ダイヤモンドの737nm/575nm半値幅比と強度比

 

フォトルミネッセンス分析における737nmのピーク強度は、CVD合成ダイヤモンドでは測定部位に関わらずほぼ一定である。これは商業的な合成方法において成長時の環境変化が少ないことが要因と考えられる。天然ダイヤモンドにおいては、しばしば測定部位においてピーク強度が変化する。今回737nmピークが検出された天然ダイヤモンドは、9個のうちSI以下のクラリティのものが5個でVS以上が4個であった。クラリティの低いものには結晶包有物が見られ、ラマン分光分析でオリビンであることが確認された。しかし、オリビン結晶包有物と737nmピーク強度には相関が認められなかった。天然Ⅱ型ダイヤモンドは一般に結晶包有物が少ないことが知られており、Si-Vを形成する成長環境の詳細は不明である。

 

②DiamondView™の観察においてセクターゾーニングを示す天然Ⅱ型ダイヤモンド

DiamondView™による紫外線ルミネッセンス像の解析は、ダイヤモンドの天然・合成の判断にきわめて重要である。天然ダイヤモンドは{111}で形成された八面体の晶癖を示すのが一般的であるが、金属溶媒を用いた高圧法合成ダイヤモンドでは{111}と{100}の集形であることが多く、{110}や{113}等の面を伴うことがある。また、天然Ⅱ型ダイヤモンドでは塑性変形に起因するディスロケーションネットワークによるモザイク模様が観察される。
図5は0.376ctと1.117ctの2個のダイヤモンドのDiamondView™による紫外線ルミネッセンス像である。これらは別々の時期に異なるクライアントから供されたダイヤモンドである。両者ともにわずかに緑色味を含む青色のルミネッセンス色と同系色の燐光が観察された。また、双方とも明瞭なセクターゾーニング(成長分域)が認められ、一見すると高圧合成ダイヤモンドに類似している。また、共に白色の微小包有物に因るクラウドを内在している。

図5
図5.高圧合成ダイヤモンドに類似した紫外線ルミネッセンス像を示す天然II型ダイヤモンド

 

図6
図6.0.376ct のDiamondViewTM像とSEM-CL像を比較

 

図6は0.376ctのDiamondView™像とSEM-CL像を比較したものである。DiamondView™像では明るく発光している領域がSEM-CL像では暗く、コントラストが逆になっている。これはDiamondView™の短波長の紫外線ではホウ素に起因する発光が強くなるのに対し、S E M – C Lの電子線ではバンドAを強く発光させるためと考えられる。SEM-CL像ではコントラストの暗い領域に直線的な成長縞が観察され、この領域が{111}のスムーズな界面での成長領域に相当すると考えられる。また、ややコントラストの明るい領域はジグザグ状の構造が見られ、{100}のラフな界面による成長領域と考えられる。
図7はこれら2個のダイヤモンドの赤外分光スペクトルである。3754, 3625, 2376, 653㎝–1にCO2 関連の吸収が認められる。天然ダイヤモンドの赤外スペクトル中のCO2ピークは1993年に報告されており、このときは高圧下でのCO2の固体包有物と考えられていたが(文献8)、最近では結晶格子中に結合したものとの見解もある(文献9)。また、1,000~1,500㎝–1の窒素領域にいくつかの吸収が見られるが、AおよびBセンタに一致しない。したがって、これらのダイヤモンドはⅡ型であり、1,000~1,500㎝–1のいくつかの吸収は炭酸塩鉱物の微小包有物に由来するものと考えられる。
DiamondView™像において一見高圧合成ダイヤモンドのセクターゾーニングのように見えるこれら2個のダイヤモンドは、天然Ⅱ型ダイヤモンドがCO2などの過飽和度の高い環境下で成長したため生じた{111}と{100}が共存するMixed-habit g rowthと考えられる。

図7
図7.赤外分光スペクトル:3754,3625,2376,653cm–1にCO2関連の吸収が認められる
4.まとめ

CVD合成およびHPHT合成ダイヤモンドの鑑別には標準的な鑑別手法に加えてフォトルミネッセンス分析やDiamondView™などの先端的なラボの分析が必要である。本研究ではこれらの先端的な分析において合成に酷似した特徴を示す偽合成ともいえる天然Ⅱ型ダイヤモンドの特徴をまとめた。
2 0 1 2 年以降、当研究所において鑑別を行った無色~ほぼ無色のC V D 合成ダイヤモンド3 1 個すべてに737nmピーク(736.4/736.8nm)が検出された。これらはCVD合成装置の石英ガラス由来と考えられる。いっぽう、同期間に分析を行った天然Ⅱ型ダイヤモンドにも9 個にS i – Vの発光ピークが検出された。これらには714nm他の多数の付随ピークが見られた。
別々の時期の異なるクライアントから供された2個の天然Ⅱ型ダイヤモンドに、DiamondView™において帯緑青色の発光色と燐光を伴う明瞭なセクターゾーニングが観察された。これらは一般的に高圧合成ダイヤモンドの証拠となるが、拡大下においてクラウドを伴い、FT-IRにて特有のピークを示すCO2を内在する天然ダイヤモンドであることが判った。
以上のように、フォトルミネッセンス分析やDiamondView™などのラボラトリーの技法において、天然Ⅱ型ダイヤモンドに合成と酷似した特徴がみられることがある。したがって、合成ダイヤモンドの鑑別には、標準的な鑑別手法と先端的な分析技術を集積した慎重な判断が必要である。

5.文献

1.Even-Zohar C. (2012) Synthetic specifically “made to defraud”. Diamond Intelligence Briefs, vol.27, No.709, pp7281‒7290
2.Song Z., Lu T., Lan Y., Shen M., Ke J., Liu J and Zhang Y. (2012) The identification features of undisclosed loose and mounted CVD synthetic diamonds which have appeared recently in the NGTC laboratory, Journal of Gemmology, vol.33, No.1-4, pp45-48
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5.Eaton-Magana S and D’Haenens-Johansson U.F.S. (2012) Resent Advances in CVD synthetic diamond quality. G&G, Vol.48, No.2, pp124-127
6.Breeding C.M. and Wang W. (2008) Occurrence of the Si-V defect in natural colorless gem diamonds. Diamond and Related Materials, v ol.17, pp1335-1344
7.Wang W., D’Haenens-Johansson U.F.S., Johnson P., Moe K.S.,Emerson E., Newton M.E., Moses T.M. (2012) CVD synthetic diamonds from Gemesis Corp. G&G, V ol.48, No. 2, pp80‒97
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平成26年度宝石学会(日本)【講演会・総会・見学会報告】

[講演会・総会報告]  北脇 裕士
[見学会報告] 江森 健太郎

平成26年の宝石学会(日本)講演会・総会が6月14日(土)に愛媛大学の城北キャンパス内の愛媛大学ミュージアム(愛大ミューズ)で開催されました。また、翌日の6月15日(日)には恒例の見学会が行われました。

本年度の総会・講演会は愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター長の入舩徹男教授の計らいにより同大学ミュージアム内の講堂を借用して行われました。入舩先生は世界的に著名な研究者で、超高圧実験を通して地球マントルや沈み込むプレートの構造と運動の解明に成果を挙げられています。また、高硬度のナノ多結晶ダイヤモンド(Nano-polycrystalline diamond, NPD )の開発者としても知られており、地球科学の世界に留まらず新素材の分野からも注目されています。これらの業績において多くの関連学会から表彰され、愛媛大学からは特別栄誉教授の称号を得られています。本学会においては『超高圧で創る多結晶ダイヤモンド~「世界最硬」ヒメダイヤの合成と応用~』との題目で特別講演をお願いしました。

特別講演中の入舩徹男博士
特別講演中の入舩徹男博士

14日(土)は午前9時から登録受付が開始され、9時30分から18時30分まで一般講演1 4 題が行われました(それぞれの演題については前号のCGL通信No.21をご覧ください)。
中央宝石研究所からはリサーチルームの久永所員が今号のP1~6にて掲載致しました『偽合成の特徴を示す特異な天然Ⅱ型ダイヤモンド』について講演を行いました。
本年度の講演会参加者はおよそ50名。内訳は鑑別技術者を中心に業界団体職員、大学・研究職者、宝飾業者および学生で、20代~80代までの幅広い年齢層が参加していました。
昼食後の空き時間には入舩先生のご厚意により創石実験室と命名された研究室を案内いただきました。ここには2009年に導入された世界最大級のマルチアンビル装置BOTCHAN-6000や高圧変形装置MADONNAⅡが設置されており、地球深部に迫る最先端の高圧実験が行われています。

マルチアンビル装置BOTCHAN-6000
マルチアンビル装置BOTCHAN-6000

さらに愛媛大学ミュージアムは自由見学が可能で、ここには創石実験室で生み出されたヒメダイヤが展示されており、見学者の注目を集めていました(展示品はカット研磨されていますが、ヒメダイヤは宝飾用としての用途は考えられていないとのことです)。このミュージアムは大学付属の博物館としては展示物の種類や内容がきわだって豊富です。地元の方々には無料で開放されており、愛媛大学の学術研究成果が積極的に発信されています。

愛媛大学ミュージアムに展示されているヒメダイヤ
愛媛大学ミュージアムに展示されているヒメダイヤ
博物館の展示品を熱心に見学する学会参加者
博物館の展示品を熱心に見学する学会参加者

総会においては昨年行われた評議員選挙の結果、新会長となられた神田久生博士が冒頭の挨拶をされ、今後の抱負を述べられました。 そして旧役員への謝意を表して、前会長の宮田雄史氏には感謝状が、真珠科学研究所の小松博氏と中央宝石研究所の堀川洋一氏に記念品が贈られました。その後、本年度の奨励賞が日独宝石研究所の古屋正貴氏に授与されました。

総会で挨拶をされる神田久生新会長
総会で挨拶をされる神田久生新会長

講演会終了後、午後7 時から同ミュージアム内の「セ・トリアン」に場所を移して懇親会が開かれました。講演会での緊張から解かれ和やかな雰囲気の中、参加者同士の交流が深められていました。

2日目は愛媛県総合科学博物館と別子銅山跡(マイントピア別子)において見学会が行われました。愛媛県総合科学博物館は、愛媛県民に科学技術に関する正しい理解を深めるための学習機会を提供し、科学技術に裏付けされた創造的風土の醸成を図るとともに、科学技術の進歩と愛媛県産業の発展に寄与することを目的として平成6年11月に愛媛県新居浜市にオープンしました。

愛媛県総合科学博物館
愛媛県総合科学博物館
展示されていた鉱物サンプル
展示されていた鉱物サンプル

屋外展示、科学技術館、産業館、自然館、プラネタリウムといった施設があります。自然館は宇宙のゾーン、地球のゾーン、愛媛のゾーンの3つに分けられ、動く恐竜模型や愛媛県に生息する動植物に関する展示がありました。また、鉱物標本類も充実しており見学者達を楽しませていました。
科学技術館は素のゾーン、生のゾーン、伝のゾーン、動のゾーンがあり、それぞれ体験装置を配置。楽しく物理実験ができる装置が多いのが特徴です。産業館は伝統産業と基幹産業の2つのゾーンがあり、愛媛県の伝統特産品についての紹介等がありました。

午後は別子銅山跡、マイントピア別子へと移動し、砂金採り体験と鉱山見学を行いました。別子銅山は1690年(元禄3年)に発見され、翌年から1973年(昭和48年)まで約280年間に70万トンを産出し、日本の貿易や近代化に寄与した銅山です。一貫して住友家が経営し、関連事業を興すことで発展をつづけ、住友が日本を代表する巨大財閥となる礎となりました。
砂金採り体験は用意された水槽に砂が敷かれており、その中に砂金が入っています。その砂金をパン(皿)で探し、採取するものです。

砂金採り体験の様子
砂金採り体験の様子
別子銅山入口
別子銅山入口

その後、旧火薬庫を利用して作られた333mの観光坑道を見学しました。坑道内には江戸時代の別子銅山に関する展示がある江戸ゾーン、明治以降近代化が進み世界有数となった別子銅山をテーマにした近代ゾーン、別子銅山での作業内容を遊びの中から学習できる遊学パーク体験ゾーンの3つがあります。別子銅山の歴史を体験しつつ学ぶことができ、好評でした。
愛媛県総合科学博物館、別子銅山跡共に鉱物とその歴史について多く学ぶことができ、見学会に参加された方々には大変有意義な一日となりました。

アフリカ視察報告

リサーチルーム 北脇 裕士

2014年3月19日(水)~4月2日(水)にインドのスーラトにおけるダイヤモンド研磨、タンザニアにおけるタンザナイト鉱山およびケニアにおけるツァボライト鉱山を視察する機会を得ました。前回のインドに続いて今回はアフリカでの視察概要をご報告致します。

アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ山を望む
アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ山を望む
タンザニアにおけるタンザナイト鉱山の視察

3月24日、インドのムンバイからケニアのナイロビを経由してタンザニアのキリマンジャロ空港に降り立ちました。空港から車でおよそ2時間、タンザナイトの鉱山があるメレラニヒルズに到着します。タンザナイトは、良く知られているようにゾイサイトの青色変種です。1 9 6 0 年代にこの地で初めて発見され、ティファニーによってプロモートされることで宝石としての地位を確立しました。

タンザナイトの発見は謎に包まれています。多くの人に信じられている一説では、1967年7月にAli Juuyawatuという地元のマサイ族の男がキリマンジャロ山の近くで透明な結晶を見付けたのが最初と言われています。少し伝説めいていますが、ちょうど落雷による山火事があった直後だとも言われています(褐色のゾイサイトが焼かれて変色?)。美しい青紫色に魅せられた彼は、この地でルビーを探していたManuel D’Souzaにこの石を見せます。サファイアの原石だろうと推測されましたが、検査の結果、これまでにない新種の宝石であることが判りました。

高品質のタンザナイトカット石
高品質のタンザナイトカット石

1971年にタンザナイト鉱区は国有化され、採掘作業は国の鉱業企業であるSTAMICOが行うようになりました。その後10年間で生産量は減少、非合法な鉱夫による採掘が増加しました。1980年代には、30,000人もの鉱夫がこの地に集まったと推定されています。 1990年にタンザニア政府は無秩序な鉱夫による採掘を禁止し、この地域をA、B、C 、D の4 つのブロックにしました。AブロックはKilimanjaro Mines Limitedに、BブロックとDブロックは小規模採掘者に、CブロックはGraphtan Limitedに割り当てられました。その後、AブロックとDブロックはそれぞれ2分割され、最も大きなCブロックは2004年にタンザナイトワン・グループが採掘権を獲得しました。

タンザナイトワンのプラント
タンザナイトワンのプラント
本坑の入り口にて
本坑の入り口にて

3月2 5日、タンザナイトワンの招待により、タンザナイトの採掘現場と分別、研磨・加工のプラントのほぼすべてを視察することができました。

タンザナイトワンによる採掘は他の多くの色石のような露天掘りやいわゆるたぬき掘りではなく、ダイヤモンドや金の鉱山のような近代的な坑道掘りです。広大なCブロックは丹念な地質調査が行われ、計画的な採掘が行われています。Cブロックでは地下1 2 0 0 mまで坑道が掘られています。地下600mまでは5~6人乗りのトロッコを利用して短時間で移動することができます。トロッコの動き始めはゆっくりですが、途中から急速にスピードが上がります。天井は低く、トロッコの車体より頭を下げておく必要があります。終点まではほんの数分ですが、決して楽な体勢ではありません。600m以深からはロープを伝って慎重に降りていきます。岩盤は古い先カンブリア代(5億年以上前)の石墨片麻岩です。片麻岩は、広域変成岩の一種で比較的高温で変成が進んだ岩石です。黒色部と白色部のコントラストによる片麻状組織が顕著です。この片麻状組織が坑道と平行になると、足場が黒くて柔らかい石墨の床となり滑りやすく危険です。タンザナイトワンが管理するCブロックは安全面に細心の注意が払われていますが、他のブロックにおいては過去に悲惨な坑内事故が起こっています。大量の雨水が坑内に入り込み、1998年には200人以上が、2008年には80人以上の鉱夫が命を落としたそうです。

トロッコで坑内へ
トロッコで坑内へ
本坑の入り口からトロッコで地下の坑道へ
本坑の入り口からトロッコで地下の坑道へ

我々は安全に配慮しながら地下900mまで行くことができました。地下は酸素濃度が低くなるため、常に地上からエアーが送り込まれています。切羽(坑道最先端の採掘現場)で採掘された鉱石は麻の袋に詰められ、ワイヤーに通して地上まで運搬されます。この鉱石が詰められた袋には採掘者の名前が書き込まれ、以降袋を開封した鉱夫、選鉱した者など関わった人すべてが記録され、管理されています。

坑道へ空気を送るパイプ
坑道内へはパイプで新鮮な空気が送られ(写真右)、採掘された鉱石は袋に詰められてワイヤーで地上に運搬される。
切羽での採掘の様子
切羽での採掘の様子

掘り出されたタンザナイトの原石は、コンピュータ制御された選別機において色、大きさなどで大まかに分類されます。そしてハンマーやカッターを使った職人の手作業でトリミングされ、さらに品質で細分化されていきます。最終的には数10人の研磨工によって磨き上げられていきます。

採掘されたばかりのタンザナイトの結晶
採掘されたばかりのタンザナイトの結晶
研磨の様子
研磨の様子
タンザナイトの加熱

ゾイサイトは三色性の強い鉱物です。結晶の方位によって青色、紫色および朱色が見られます。朱色は赤ワインの色になぞられて英語ではしばしばburgundyと表現されます。

ゾイサイトの青色変種のみがタンザナイトと呼ばれますが、しばしば他の色でも○○タンザナイトと色名を付けて呼ばれることがあります。タンザナイトの原石はたいてい褐色をしており、これを加熱することで青色に変化させています。中には採掘時に青色のものもありますが、少しでも良い色にするためにこれらも加熱されるようです。

加熱に使用される電気炉
加熱に使用される電気炉

タンザナイトの加熱には電気炉が用いられます。ゾイサイトはへき開性の強い鉱物ですから、加熱時に破損しないようあらかじめ予備整形が施されます。 次に白い石膏の粉末が入ったるつぼに埋め込み、電気炉で2時間ほどかけて540℃まで加熱されます。そして一日かけてゆっくりと常温に戻されます。この際、コランダムの加熱のように水素や酸素などのガス類は使用されません。白い石膏に埋まって加熱された原石は見事に青色に変化しています。

加熱前(左)と加熱後(右)
加熱前(左)と加熱後(右)
加熱後、石膏に埋もれているタンザナイトを取り出す
加熱後、石膏に埋もれているタンザナイトを取り出す
アルーシャでの宝石取引

アルーシャ(Arusha)はタンザニア北東部のアルーシャ州の州都です。人口はおよそ30万人ほどです。コーヒーや麻などを栽培する農業が産業の中心です。国内最大都市であるダルエルサラームやインド洋の都市タンガ、ケニアの首都ナイロビや港湾都市モンバサと鉄道や道路で繋がっています。また、セレンゲティ国立公園やンゴロゴロ保全地域など著名な観光スポットへ向かう観光客の玄関口としての役割を果たしています。政治的にはアルーシャ宣言やアルーシャ協定が締結された地としても知られています。

アルーシャの宝石商
アルーシャの宝石商から研究用にルビー原石を入手

アルーシャにはタンザナイトワンのミュージアムや事務所の他、各種アフリカ産宝石を扱う宝石商が軒を連ねています。3月26日と27日、アルーシャにおけるタンザナイトの売買やタンザニア産のルビー、ガーネット、長石などの宝石類の現状について視察しました。

ある宝石商の事務所にはタンザナイトのカット石を携えたブローカーが集まり、買い付けに来た顧客と熱心に商談をしています。中にはタンザナイトの原石を袋から大事そうに取り出すマサイ族の二人連れの姿も見られました。ここ数年はタンザナイトの原石価格が上昇し、商談をまとめるのも一苦労の様子が伺えました。宝石商から聞いた話では、しばしばタンザナイトの原石にスモーキクォーツが混ぜられているそうです。加熱前のタンザナイトの原石は褐色をしているため、見た目では識別が困難です。原石のチェックには強力な光源を用いて透過光による多色性が調べられます。二色鏡があるとさらに便利です。ところがこれを逆手にスモーキクォーツにクラックを入れ、青色の色素を含浸してあたかも多色性のように見せかける手の込んだ偽物もあるそうです。また、カット石の場合、同系色の合成コランダムが混ぜられると厄介だと教えてくれました。

タンザニア産ルビーを扱う業者からはLongido、Morogoro、Winza、Tangaなどの各鉱山産のルビー原石を研究用に入手することができました。 Longido は、1900年代の初めにルビーが見つかった歴史ある鉱山です。多くはニアジェム品質で彫刻などに利用されていますが、一部はカボションカットが施されています。Morogoroは、1980年代後半から採掘が開始されています。この地のルビーはミャンマー産と同様に大理石及び大理石関連の母岩中に生成しており、“ビルマ・タイプ”と呼ばれる高品質のルビーが産出することで知られています。Winzaは、2008年頃から日本国内でも見られるようになった新しい鉱山です。色調が良く、特にヨーロッパ地域で好評を博しました。しかし、最近はほとんど採掘されておらず、鉱夫たちのほとんどはモザンビークに移動しています。Tangaは、ごく最近発見された新しい鉱山とのことでした。この地は歴史的に知られているUmba地区にほど近く、地質学的にはルビーが産出することに不思議はありません。どのくらいの産出があり、そして継続するかは未知数ですが今後に期待したいところです。

ケニアにおけるツァボライト鉱山の視察

3月28日、タンザニアのアルーシャからケニアのボイまで車で7時間かけて移動しました。距離にして250kmほどです。

ケニアとの国境までは舗装道路で比較的快適でしたが、ケニアに入ると古い変成岩が風化した鉄分の多い赤土の道路になりました。折しも強烈な雨が降っており、赤土は泥濘んでスタックしやすく、特に水溜りに入るときは要注意です。車はスピードが出せず、当初の見込みよりも大幅に旅程が遅れます。さらに国境を越えてすぐのところで山から流れ出た水が道路を寸断し、30分以上も立ち往生してしまいました。国境ではタンザニアの出国審査、ケニアの入国審査および検疫とひどい雨の中、車を降りての手続きとなりました。ケニア、タンザニアなどアフリカ諸国の出入国には黄熱病の予防接種とそれを証明するイエローカードが必要となります。しかし、現地マサイの人たちは、検疫など知る由もないといった風情でパスポートを提示することもなく颯爽と国境を歩いて横断していました。

タンザニアからケニアに移動中の車内より
タンザニアからケニアに移動中の車内より
赤土の道
赤土の道

ボイ(Voi)は、ケニア南部のツァボ東国立公園の南西に位置する人口5万人程度の小さな町です。ケニアの首都ナイロビと港湾都市モンバサを結ぶ鉄道本線があり、また、両都市を結ぶバス路線の主要停留所でもあります。ボイからナイロビまではバスで約6時間、モンバサまでは約3時間かかります。ボイの町から南西におよそ60km、車で3時間ほどの山あいにツァボライトの鉱山があります。ツァボライトは1968年にこの地で発見された鮮やかな緑色をしたグロシュラー・ガーネットの変種です。

地名にちなんでツァボライト(Tsavorite)と命名され、ティファニーによって積極的なプロモーションが展開された結果、新種の宝石変種として定着しました。ちなみに米国ではTsavoriteと綴られますが、ヨーロッパではTsavoliteと綴られます。

ケニア、ツァボ国立公園のツァボライト鉱山の遠景
ケニア、ツァボ国立公園のツァボライト鉱山の遠景
鉱山の入り口
鉱山の入り口

 

坑道内の様子
坑道内の様子
雨が溜まった開口部
雨が溜まった開口部

3月29日、現地の地質学者John.M.Kimuyu氏の案内でツァボライトの鉱山を訪れました。この地はタンザニアのタンザナイトの鉱山と同じくモザンビーク造山帯の古い変成岩が広く分布しています。ツァボライトは石墨片麻岩と結晶質石灰岩中にポケット状に産出します。片麻岩の片麻状構造が明瞭で、その岩石の層を追いかけるように坑道が掘られています。雨季になると坑道が水没するため、乾季の6月~10月に採掘されているようです。

現地の地質学者John.M.Kimuyu氏と
現地の地質学者John.M.Kimuyu氏と
ツァボライトの原石
ツァボライトの原石

ツァボライトの化学式はCa3Al2(SiO4)3で、タンザナイトはCa2Al3(SiO4)(Si2O7)O(OH)です。両者は非常によく似た化学組成をしており、共にCaに富む変成岩中に産します。実際にツァボライトとタンザナイトとはしばしば一緒に発見されています。高温の変成岩中に生成したグロシュラー・ガーネットがその後の温度の低下と貫入した熱水により分解し反応してゾイサイトに変わり、ツァボライトに含まれていたバナジウムとクロムとにより青紫色のタンザナイトができたのだと考えられています。ツァボライトの結晶原石は通常1ct~2ct未満で小粒のものがほとんどです。したがって、カット石で1ctを超えるものは少なく、3ct以上のカット石は極めて稀です。

1ct以上のツァボライト原石
1ct以上のツァボライト原石

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展 ③顕微ラマン分光法

リサーチルーム 北脇裕士

◆ラマン分光法とは

ラマン分光法とは、ラマン効果を利用して物質の同定や分子構造の研究を行う手法です。1 9 9 0 年代以降、レーザー光源や検出器の目覚しい発展によって工業・産業分野で実用的に用いられています。宝石学の分野では、特にレーザーの高い空間的分解能を利用した宝石内部の包有物の研究への応用が期待され、国際的な宝石鑑別ラボでは標準的な分析機器として活用されています。

◆ラマン分光の原理

ある物質に光を当てると、ほとんどの光は何も変化せずにそのままの波長の光が散乱します。これはレイリー散乱と呼ばれています。しかし、ごく一部の光は物質に衝突した際にエネルギーの授受が行われ、その物質に決まった量のエネルギー(すなわち波長)が変化した散乱光が生じます。これがラマン散乱です。このラマン散乱を測定し、物質の同定を行うのがラマン分光法です。ラマン散乱は通常極めて微弱であるため、強いレーザー光源と高感度の検出器が必要となります。ラマン分光法から得られる情報は、分子や格子の振動・回転に関するもので、赤外分光法と類似しています。

Fig1
Fig.1 ラマン散乱とレイリー散乱(日本分光HPより)
◆ラマン分光法の特長

ラマン分光法の特長は、その原理的なものやレーザー等の装置的なものまで数多くありますが、代表的なものとして以下のものがあげられます。

◇非破壊・非接触での分析
試料に対する前処理等の必要がなく、非破壊で分析が可能です。宝石のように非破壊が絶対条件となる分析に適していると言えます。

◇高分解能を持った状態分析
共焦点のレンズを有する顕微鏡と組み合わせて顕微ラマン分光測定を行うことでレーザー光を約1μmまで絞り、顕微鏡下で焦点のあった箇所のみの測定行うことができます。この特性を活かすことで微小試料や局所分析が可能となります。鉱物科学の分野においては、顕微鏡観察中における微小鉱物や流体包有物の分析に利用されています。2007年に日本で初めて発見されたダイヤモンドの同定もこの顕微ラマン分光法で行われました。

ラマン分光を行う際に、検出器は測定する物質(試料)からの蛍光(フォトルミネッセンス)を感知することがあります。通常のラマン分光分析ではこの蛍光が測定の妨げになりますが、ダイヤモンドのように線スペクトルとして蛍光を感知できる場合は、フォトルミネッセンス(PL)分析として利用することができます。PL分析については別途次回以降にご紹介します。

◆ラマン分光法の応用例

◇局所分析
ラマン分光法は、細く絞ったレーザ一光を励起光として用いており、微小な試料の測定や局所分析に適しています。

リングやペンダントなどにセッティングされた石の場合、検査方法が制限されるのでその鑑別には困難を伴うことがあります。特に脇石やメレサイズの石は検査が不可能なケースもあります。ラマン分光では、対象物にレーザ一光線が当たりさえすれば測定が可能であり、セッティングされたジュエリーや小粒石の鑑別が容易となります。局所分析の特性を活かした例としてはジェイダイトの測定が挙げられます。ジェイダイトはひすい輝石の結晶集合体ですが、時として他種鉱物を含有することがあります。ラマン分光によって、ジェイダイトに混入するオンファサイト、アルバイト、ネフェリン等の対象物をポイント的に測定できるのもラマン分光の利点です。

Fig.2
Fig.2 顕微ラマン分光装置

◇包有物の分析
ラマン分光は空間分解能が高いため、従来のいかなる分析方法でも不可能であった鉱物結晶内部の包有物の測定が可能となります。一見しただけでは判別が困難な包有鉱物は、ラマン分光による測定が鑑別の大きな助けとなり得ます。包有鉱物が同定できると天然・合成の起源が明らかとなります。

◇産地鑑別への応用
包有鉱物の同定が宝石鑑別に与えるアドバンテージは大きく、産地に特徴的な包有鉱物が同定できれば、母結晶の生成起源を知る重要な鍵とすることができます。例えばブルーサファイア中のアルカリ長石は一見、スリランカ産のジルコンへイローのように見えますが、ラマン分光分析で同定できれば、スリランカ産ではなくアルカリ玄武岩起源であることが確かめられます。

ブルーサファイア中のアルカリ長石インクルージョン
ブルーサファイア中のアルカリ長石インクルージョン

『高圧合成ダイヤモンド-私が出会った様々な結晶-』第3回

公益財団法人 つくば科学万博記念財団参事/理学博士
中央宝石研究所 技術顧問 神田 久生

はじめに

高圧合成ダイヤモンドについて、私の研究体験を振り返る形で3回のシリーズの記事を書いているが、初回は合成法、2回目は形、そして今回が最後となり色について述べる。
宝石ダイヤモンドを評価するさいに4C(Carat, Cut, Color, Clarity)が使われるが、Color(色)はそのひとつであり、重要な要素である。色は、工業的にも半導体として電気的性質とも密接に関係し、古くから多くの研究が行われている。
私は1970年代半ば、ダイヤモンド単結晶合成の研究を始めるにあたって、結晶成長機構の理解を深めるという視点から、色に影響を与える不純物の結晶への取り込まれ方ということにも関心をもった。ダイヤモンドの色についての論文検索で、その頃わかっていたのは次のようなことである。

  • 通常の高圧合成ダイヤモンドは、窒素原子が単原子状で混入し黄色を呈しており、Ib型に分類される。一方、天然ダイヤモンドでは窒素原子が2原子あるいは4原子になって集合した状態で含まれており無色である。これはIa型と分類される。
  • 無色透明のダイヤモンドも合成することができるが、そのためには窒素の混入を防ぐことが必要で、合成触媒の合金にチタン( Ti)など窒素ゲッターと呼ばれる元素を加える必要がある。このような窒素を含まないダイヤモンドはII型と分類される。
  • ホウ素を添加すると青色の結晶を作ることができる。これはIIb型である。
  • 黄色のIb型結晶を高温(約2000℃)に加熱すれば無色のIa型に変化する。

ざっとこのような具合で、かなり主要なところは公知であった。米国ゼネラルエレクトリック社の研究者の貢献が大である。

金属触媒依存性

既に述べたように、ダイヤモンドはニッケル(Ni)、コバルト(Co)、鉄(Fe)を主成分とした合金の中で成長し、これら合金から成長したダイヤモンドは窒素を数百ppm含むIb型で黄色を呈する。窒素を含まない無色のII型の結晶は、窒素ゲッターとよばれるチタン( Ti), ジルコニウム(Zr), アルミニウム(Al)を添加した合金を使うことで成長させることができる、ということが予備知識としてあった。
私は、窒素ゲッターという物質のはたらきをより詳しく知りたいために、各種の元素を加えた合金を使ってダイヤモンドを合成した。図1に元素の周期表を示す。ダイヤモンド合成触媒のNi, Co, Feがオレンジ色で示してある。

図1 周期表。オレンジ色で囲った元素が代表的な金属触媒。灰色で囲った元素がダイヤモンドへの不純物窒素の混入を抑制する効果をもつ。
図1 周期表。オレンジ色で囲った元素が代表的な金属触媒。灰色で囲った元素がダイヤモンドへの不純物窒素の混入を抑制する効果をもつ。

 

そして、窒素ゲッターのTi, Zr, Alが灰色で示してある。私は、周期表のFeとTiの元素の間にあるバナジウム( V )、クロム(Cr)、マンガン(Mn)を加えた合金を使ってダイヤモンドを合成してみた。その結果、次のことがわかった。

  •  V , Cr , Mnを加えることでも窒素濃度を下げることができる。
  •  濃度を下げる力はMn, Cr, V, Tiの順に強くなる。

つまり、Mnはより多量に加えないと窒素濃度は下がらず、Tiは少しの添加で窒素濃度は下がる。よって、Tiは窒素ゲッターと呼ぶことになったのだろう。このような窒素濃度と合金組成との関連は、金属触媒の窒素との親和力ということで理解できる。つまり、金属触媒が窒素と結合しやすいほど、その中で成長するダイヤモンドの窒素濃度は低くなる。窒素は金属触媒により多く分配されるわけである。

図2 各種の合成ダイヤモンド
図2 各種の合成ダイヤモンド
図3 板状に研磨した合成ダイヤモンド断面、黄色の着色が不均一。{111}成長セクターが黄色であるのに対して、{113}セクターは無色。
図3 板状に研磨した合成ダイヤモンド断面、黄色の着色が不均一。{111}成長セクターが黄色であるのに対して、{113}セクターは無色。

このようなことで、ダイヤモンドの窒素濃度は、金属触媒の元素組成を変えることで連続的に下げることができ、Ib型とII型の間は連続的につながる。
こういう理屈で、金属触媒の成分を変えるだけで合成される結晶は黄色にも無色にもなるのなら、より評価の高い無色の結晶ばかりつくればよいと思われるが、無色の結晶を作ろうとすると金属インクルージョンが入りやすく、クラリティが下がる。無色透明で、かつクラリティの高い結晶を得ようとすれば成長速度を下げなければならないので経済的な負担は大きくなる、というのが実情である。
以上、ダイヤモンドの金属触媒依存性を述べたが、このようにしてできたダイヤモンドは、図2のようなものであった。黄色や無色の多面体である。(ひとつ緑色の結晶もあるが、これについては後述する。)このような結晶の着色の濃さは詳しく観察すると均一ではない。図3に板状に研磨した結晶断面を示す。黄色の領域と無色の領域がある。これをわれわれは着色のセクター依存性と呼んでいる。この結晶の場合、{111}セクター({111}面が重なって成長した領域)が黄色で、{113}面が重なってできた{113}セクターは無色である。一般的に、{111}面が最も不純物が入りやすい。
上にも少し述べたが、いろいろな金属触媒を使ってダイヤモンドを作っていると、緑色に着色した結晶ができることがあった。これは先行の報告にもなく、けっこう美しいので興味を引かれ、詳しく調べてみた。結晶が緑色になるのはNiに2%のTiを加えた合金を触媒として使ったときであった。では、Tiの添加量をさらに増やすとどうなるかということで、3%加えた合金で結晶を合成してみると、緑ではなく茶色の結晶が成長した(図4)。つまり、NiーTi合金でTi添加量を増していくと、黄色→緑色→茶色というふうに変化していくことがわかった。なんとも不思議な現象でしばらく気になっていた。1983年、米国での国際会議で、英国のT.Evans氏に会ったとき、このような色の話をすると、A.Collins氏の論文を送ってくれた。これはNiが不純物としてダイヤモンド中に混入して、着色や発光に影響するというものであった。強固な結晶格子を持つダイヤモンドに不純物として入るのは窒素とホウ素に限られると思い込んでいたので、ニッケル原子もダイヤモンド中に入るということには驚いた。

図4 合成ダイヤモンドの着色の金属触媒依存性。(a) Ni, (b) Ni-2%Ti, (c) Ni-3%Ti 。ニッケル触媒にチタンを添加することで色が変化する。
図4 合成ダイヤモンドの着色の金属触媒依存性。(a) Ni, (b) Ni-2%Ti, (c) Ni-3%Ti 。ニッケル触媒にチタンを添加することで色が変化する。

A.Collins氏は、ダイヤモンドの光や電気的性質の専門家で、着色や発光の性質を詳細に調べていた。その一方で、測定試料の入手は限定されていたようである。それで、1988年、1ヶ月ほどロンドンのA.Collins氏の研究室に滞在する機会を得たときには、種々の合成ダイヤモンドを持って行き、吸収スペクトルなど測定した。1ヶ月の短期間であったが、効率的に成果が得られた。合成屋と測定屋とのうまいコラボレーションであったといえる。そのころ、学生時代の1年先輩であった磯谷順一氏に15年ぶりに再会し、そのことからまた新しい成果が得られた。

磯谷氏は、電子スピン共鳴(ESRあるいはEPR)の専門家である。この方法を使うと結晶中の微量の不純物の濃度や存在状態を知ることができるということで、彼は、私の合成したいくつかの合成ダイヤモンドを測定し、実際、Ni原子がダイヤモンド格子の炭素原子と置き換わって入っていることを見出した。これも合成屋と測定屋のうまくいったコラボレーションである。
ダイヤモンド中にNi原子が入るということなら、同じ合成触媒であるCoやFeの原子も不純物として入るのではないかと期待された。しかし、C o やF eの合金ではN iのときのような色の変化は認められなかった。1 9 9 1 年、S.Lawson氏がポスドク研究員として我々の研究室にやってきて、ダイヤモンドの光学的性質の研究を始めた。彼はA.Collins氏の研究室の出身で光測定の専門家である。彼は、Niに関する光測定を行っていたが、あるとき、Coから成長したダイヤモンドに、変わった発光がみられることに気がついた。紫外線を照射すると黄色に光ったのである。(後述するが、これは、Coからできた結晶を熱処理したものである。)こうして、Coも不純物としてダイヤモンド中に入ることが見出された。ただ、着色には影響を与えず、発光にのみ影響がみられることから、CoはNiほどはダイヤモンド格子中に入らないようである。Ni、Coがダイヤモンド中に入るなら、同じ触媒であるFeも入りそうであるが、これはまだ検出されていない。

ホウ素の添加

ダイヤモンドにホウ素が入ると青色に着色し、電気も流れるようになるので、ホウ素不純物は、古くから半導体工学の分野でも関心が高い。また、天然ダイヤモンドでも青色のダイヤモンドは希少価値が高く、珍重されている。スミソニアン博物館に展示してあるホープダイヤモンドはその典型であろう。
私が研究を始めたころにはすでに青色の美しい結晶は合成されていたが、後追いながらホウ素ドーピングの様子を調べてみた。結晶成長の観点から、ホウ素の混入の不均一性に注目したわけである。不均一性についても、成長セクター依存性が報告されていた。しかし、これは窒素を含まないIIb型と分類されている結晶についての報告である。では、窒素とホウ素の両方がダイヤモンドに混入すればどのようになるかという関心で実験を行った。そうすると、興味深い結果が得られた。
結晶の青色は、ホウ素の添加量が増えるにともない、濃くなって、すぐに見かけは真っ黒になり不透明になる。きれいな青色にするには添加のホウ素量は極わずかに抑える必要がある。極端なことをいえば、金属触媒や原料黒鉛にはホウ素がわずかに含まれており、ホウ素を全く含まないダイヤモンドを合成することは困難といわれている。

図5 ホウ素添加による青色着色の成長セクター依存性。ホウ素添加量の増加に伴い青色が濃くなっているが、成長セクターにより着色が異なる。
図5 ホウ素添加による青色着色の成長セクター依存性。ホウ素添加量の増加に伴い青色が濃くなっているが、成長セクターにより着色が異なる。

ホウ素の添加量を変えて合成したダイヤモンドの断面を図5に示す。添加量の増加に伴い青色は濃くなっているが、濃さは成長セクターによって異なっている。注目したいところは、添加量が少ないときには、{113}セクターが青くなっているにもかかわらず、{111}セクターは黄色のままである。そして、添加量が増えると、すべてのセクターが青くなるが、その濃さは{111}が強くなる。つまり、{111}セクターは青色に変わるのは遅いが、いったん青色になると急に濃くなる、ということである。{110}セクターも{113}セクターと同様な傾向を示す。一見、不思議なことであるが、これは、窒素不純物の入りやすさと合わせて考えれば、理解できることがわかった。それを図6で説明する。

横軸がホウ素添加量、縦軸がダイヤモンド中の窒素、ホウ素の濃度を示す模式図である。成長セクターごとに窒素濃度が異なっており、ホウ素添加量の増加とともにホウ素濃度が増している。そして、ホウ素濃度が窒素濃度を越えたとき青色に変わるわけである。ホウ素が入っても窒素濃度より少なければ色は黄色のままである。R.Burns氏は後に{110}と{113}との間でも不純物の入り方が違うという、より詳細な報告をしている。
以上、ホウ素添加による着色を紹介した。発光についても私の同僚の渡邊賢司氏が調べ、ホウ素濃度が低く純度が高いほど残光時間が長いということを解明している。
ホウ素添加の実験を行っているなかで、着色が合成温度によって変わることに気がついた。着色に対する合成温度の影響を次に述べる。

図6 ホウ素添加による青色着色のしくみ。 ホウ素濃度が窒素濃度を越えたところ(灰色のゾーン)で青色になる。
図6 ホウ素添加による青色着色のしくみ。 ホウ素濃度が窒素濃度を越えたところ(灰色のゾーン)で青色になる。
合成温度の影響

ホウ素添加の合成実験で失敗したときのことである。図7のような試料構成でホウ素添加の合成実験を行うが、通常、電力を投入して黒鉛ヒーターを1400~1500℃に加熱して、10時間、20時間など長時間、投入電力を一定に保持して結晶を成長させている。しかし、時には金属触媒が動いて黒鉛ヒーターと接触し、試料の温度が制御不能になってしまうことがあった。この試料をとりだしてみると、成長した結晶は図8のように、きたない形をしていてがっかりする結果であった。しかし、その色を観察してみると、黄色と濃青色の2色が混ざっていた。上記のように成長セクターで2色になっているのとは様子が違うので、ひょっとして温度が変われば色が変わるのではないかと予想し、成長中に意図的に温度を変える実験を行った。
例えば、始めの5時間は1500℃に設定し、その後、1450℃に下げてその温度に保持して成長を継続するわけである。そのようにして成長した結晶の断面を観察した。その結果、予想通りに温度が変わったと思われるところで着色に変化がみられた。その現象は窒素やNi、Coの入り方が変わるということで理解している。

図7 ホウ素添加のダイヤモンド合成試料構成模式図。 1:黒鉛ヒーター 2:NaCl媒体 3:原料黒鉛 4:金属触媒 5:成長したダイヤモンド 6:種結晶 7:ホウ素粉末
図7 ホウ素添加のダイヤモンド合成試料構成模式図。
1:黒鉛ヒーター 2:NaCl媒体 3:原料黒鉛 4:金属触媒 5:成長したダイヤモンド 6:種結晶 7:ホウ素粉末
図8 成長中に温度が変動して形成された不規則な形状のダイヤモンド。黄色と濃青色の2色からなる。
図8 成長中に温度が変動して形成された不規則な形状のダイヤモンド。黄色と濃青色の2色からなる。

図9はCo触媒で合成した結晶で、途中で温度を下げた例である。後半で黄色が少し濃くなっており窒素濃度が高くなっている。ホウ素添加の場合には、低温で黄色、高温で青色という2色が現れている。図10は、はじめ高温で成長させその後温度を下げ、再び温度を上げて成長させたものである。青→黄色→青というふうに温度に対応して色が変化している。この現象は、温度上昇とともに窒素濃度は小さくなると考えればつじつまは合うようである。

図9 (a)成長中に温度を下げた結晶の断面。明瞭ではないが内側(1)領域が外側(2)領域より黄色味が淡い。 (b) は黄色味をより明瞭にするために短波長透過フィルターを通して撮影した写真。
図9 (a)成長中に温度を下げた結晶の断面。明瞭ではないが内側(1)領域が外側(2)領域より黄色味が淡い。 (b) は黄色味をより明瞭にするために短波長透過フィルターを通して撮影した写真。

図10

図10 成長途中に温度を変化させて合成したダイヤモンド。温度は高温→低温→高温というように変化させた。高温時に成長したところが濃青色で、低温時では黄色に着色している。矢印は成長方向

Niを含む場合にはちょっと違った結果が得られた。図11(a)のように温度が下降中にNi濃度が高くなったような筋ができている。時間をおいて2回下げた場合には2本の筋がみえる(図11(b))。逆に、途中で温度を上昇させたときには筋はできていない(図11(c))。下降中は金属触媒の中の炭素の過飽和度が高くなって成長速度が上がり、そのためNi濃度が高くなるのだろうと考えている。
不純物混入の温度効果は住友電工社によっても発表されており、合成温度が低いときには、{100}セクターのほうが、{111}セクターより窒素濃度が高いが、少し温度が上がると逆になる、と報告されている。高精度の温度制御の結果、このような現象が見出されたといえる。私が行った合成実験では、ここまで詳しくは見られなかった。

図11
図11 成長途中に温度を変化させて合成したダイヤモンド
(Ni-2%Ti 金属触媒)。 (a),(b) は途中で温度を下げた。(c)は温度を上昇した。温度が下降中のところに筋がみえる(矢印)。
熱処理の影響

温度の影響といえば、不純物窒素の構造の問題もある。一般に、合成ダイヤモンドでは窒素原子は単原子状で含まれたIb型であり、天然ダイヤモンドと同じIa型(凝集窒素を含む)は高温高圧で熱処理することで生成することがGE社により報告されている。しかし私の体験で、合成温度が高いときには凝集窒素を含むこともあった。この結晶はI a 型とI b 型が混ざったものであった。これは、単原子で取り込まれた窒素原子が成長中に熱処理を受けて凝集したと考えられるが、もし、そうだとすれば、ひとつの結晶内でも初期にできた部分のほうが窒素の凝集はより進んでおり、Ia型になっていることになる。しかしながら、赤外線吸収スペクトル法で不純物窒素の分布を測定してみると、そんなに単純ではなかった。同じ時期にできたはずの場所でも明らかに窒素凝集度は違っていた。図12はその一例を示す。黄色の濃さは不均一であり、黄色の淡いところは窒素が少ないのではなく窒素が凝集したためであった。加熱による凝集速度については、「{111}セクターが凝集速度が高い」とか「電子線照射すると凝集速度が高くなる」というの報告もあり、共存する欠陥が多いと窒素の凝集が促進される傾向がある。そのことから、図12のような凝集度の不均一性は、窒素と共存する何らかの欠陥の不均一性に関係すると考えられる。この結晶の場合、結晶セクターの境界で窒素の凝集度が高いので、このあたりが欠陥濃度が高いといえる。これは成長速度と関係していると解釈している。一枚の写真とスペクトル測定で欠陥の生成や成長機構まで考えていくのもおもしろいものである。

図12
図12 黄色の濃淡の見られるダイヤモンド断面。矢印の黄色の淡い場所はIa型窒素が多い。

Ib型結晶を熱処理すると無色になるが、NiやCoを含む結晶を熱処理しても、興味深い色や発光の変化が認められた。図13にその例を示す。黄色の結晶でもNiを含むものは茶色っぽく変化し、緑色の結晶は茶色に変化する。しかし、紫外線照射では緑色に発光する。Coを含む黄色の結晶は、熱処理で無色になるが、紫外線照射すると黄色の発光が認められる。このような熱処理による色や発光の変化は、NiやCoと窒素が集合した不純物の複合体を形成するためと考えられている。

図13
図13 合成ダイヤモンドの熱処理による着色の変化と蛍光。 金属触媒の種類で熱処理による着色も異なる。
おわりに

3回にわたって、多様な高圧合成ダイヤモンドを私の経験を軸に紹介した。最近では、気相合成法によっても宝石級の結晶がつくられているようである。宝石業界においてはこれらのダイヤモンドを正確に鑑別することが大きな問題である。 合成技術は今後も進歩を続けていくのはまちがいないであろう。その進歩に遅れないように、ダイヤモンドの評価技術も向上させ、多様なダイヤモンドの世界の理解を深めていくことが必要である。また、このような中で新しい発見に遭遇すれば、それは楽しいことだろう。

インド視察報告

リサーチルーム 北脇 裕士

2014年3月19日(水)~4月2日(水)にインドのスーラトにおけるダイヤモンド研磨、タンザニアにおけるタンザナイト鉱山およびケニアにおけるツァボライト鉱山を視察する機会を得ました。このうち、今回はインドの視察概要をご報告致します。

スーラトのダイヤモンド研磨工場が多く集まる地域
スーラトのダイヤモンド研磨工場が多く集まる地域
急速に発展するスーラト 建築中の道路や建物が多く、砂塵が舞う
急速に発展するスーラト 建築中の道路や建物が多く、砂塵が舞う
インドのスーラトにおけるダイヤモンド研磨

スーラト(Surat)は、インド北西部にあるグジャラート州南部の港湾都市です。同州の名称は6世紀に北方から南下し、この地に勢力を張ったグジュラ族に由来します。グジャラート州は、インド西方への玄関口かつ首都デリー方面への交通路の起点という位置から遠距離交易の重要な拠点として発展してきました。スーラトは、グジュラート州で州都アーメダバードに次ぐ第二の都市ですが、インドで最も発展している都市として数えられています。
『日経ビジネス』2011によると、「伸びゆく世界の都市ベスト100」で上位一桁にランクインしています。スーラトの人口は450万人程ですが、そのうちおよそ50万人はダイヤモンドの研磨・加工に携わっていると推定されています。スーラトにはダイヤモンドの加工場が大小合わせると7500以上もあり、世界のダイヤモンドの9割が加工されているとも言われています。
3月20日、スーラトの空港に降り立つと、空と地上の境界線付近が茶色く霞んでおり、大陸特有の砂塵かと思われましたが、車で市内の中心地に着くとどうやら大気の汚れによるものと気づかされます。無尽蔵の車、バイク、建設途中のビルや道路。急速な発展途上にあり、将来的なポテンシャルを秘めた都市であることが判ります。
今回は知人の紹介でスーラトに拠点を置く中堅のダイヤモンド加工場を2軒視察することができました。中堅といってもひとつは800人規模の会社でビルごとすべてがダイヤモンドの加工に関わっていました。最大規模では5000人におよぶ研磨工場もあるそうです。

ダイヤモンド原石の包有物の位置をギャラクシーで検査
ダイヤモンド原石の包有物の位置をギャラクシーで検査

原石はイスラエル製のハイテク機器「ギャラクシー」で測定され、一個の石からどれだけ歩留まりよくダイヤモンドが切り出せるか、さらにイメージングソフトを駆使して計算されます。そして、設計図に従ってレーザー加工や職人による手作業により磨き上げられていきます。圧倒的な設備とクオリティの追求を目前にして、スーラトにおけるダイヤモンド産業の躍動する息吹を感じ取ることができました。

訪問した研磨工場の受付
訪問した研磨工場の受付
原石の歩留まりを考慮し、パソコンソフトを駆使してカット形状の設計がなされる。
原石の歩留まりを考慮し、パソコンソフトを駆使してカット形状の設計がなされる。
コンピュータ制御されたレーザーソーイング
コンピュータ制御されたレーザーソーイング
研磨工程の多くは職人の手作業による
研磨工程の多くは職人の手作業による
スーラトとCVD合成ダイヤモンド

2012年5月、ベルギーの大手鑑別機関からGemesis社製と思われる非開示のCVD合成ダイヤモンドを600個検査したとの報告があり、ダイヤモンド業界を賑わせました。それ以降、インドや中国の検査機関からも相次いでCVD合成ダイヤモンドに関する報告がなされており、小紙においても1ct以上のCVD合成ダイヤモンドについて報じています(CGL通信NO.12)。そして、これらのCVD合成ダイヤモンドはインドのスーラトで研磨され、天然ダイヤモンドのパーセルに混入されて米国、中国そして日本などに輸出されていると複数のメディアが報じています。インドの日刊英字新聞で英字新聞としては世界最多の発行部数を誇るTHE TIMES OF INDIAにも昨年以降、数回にわたってスーラトにおけるCVD合成ダイヤモンドの記事が掲載されています。昨年10月には「パーセルから合成ダイヤモンドが見つかる」 今年1月には「合成ダイヤモンドがスーラトの名を汚す」のタイトルで報じられています。他にも信頼できる情報筋からDTCのあるサイトホルダーがGemesis社と繋がりがあり、そのサイトホルダーから購入したロットの中にCVD合成ダイヤモンドが天然ダイヤモンドに混ぜられていたとのニュースも流されました。このような背景にはインド経済とメレダイヤモンドの価格変動が関連するとの見解もあります。インドの通貨ルピーの米ドルに対する価値が2012年以降急落しています。以前は1ドルに対して40ルピー台でしたが、2012年には50ルピー、現在は60ルピーを超えています。また、品質の高いメレダイヤモンドは中国での需要の高まりなどが影響して2011年~2013年に価格が高騰したようです。このような状況下、スーラトの研磨業界では数万人単位の失業者を生み出したようで、少しでも利益を確保するための手段としてやむなくCVD合成の混入が行われたのではないかと見られています。
しかし、スーラトの研磨工場でCVD合成ダイヤモンドの話題に触れると、彼らはCVDがsynthetic(合成)であることは知っているが、我々は扱っていないと口を揃えて答えます。CVD合成ダイヤモンドがあれば入手したいといっても、モアッサナイト(彼らはモイザナイトと発音します)やCZ(キュービックジルコニア)なら手に入ると話題をそらせます。良く聞くと、スーラトのある研磨工場ではモアッサナイトやCZのメレ石が天然ダイヤモンドに混入されているとのことでした。この類似石混入の話題についても複数の関係者から確認できましたので、CVD合成ダイヤモンドとともに今後注意する必要がありそうです。(タンザニア・ケニア報告につづく)