真珠講座3『真珠養殖のグローバル化』

赤松 蔚 

1907年アコヤガイによる真円真珠養殖発明に刺激され、ほとんど間を置かず、シロチョウガイ、クロチョウガイ、マベ、イケチョウガイといった他の真珠貝による真珠養殖への挑戦が始まった。ある者はフィリピン、パラオ、インドネシアへ、又ある者は沖縄、奄美大島へ、そして又ある者は琵琶湖へと真珠の夢を追い求めて行った。先ずシロチョウ真珠養殖では、三菱の岩崎男爵が1916年フィリピンのミンダナオ島サンボアンガ近くで、藤田輔世の下で養殖に着手している。又パラオでは1920年御木本が最初に養殖場を開き、成功を収めた。一方インドネシアのブートンでは1920年藤田輔世がサウスシーパール会社を設立、アラフラ海のシロチョウガイを使用して真珠養殖を行った。クロチョウ真珠養殖については1914年御木本が沖縄の名蔵湾で養殖を開始し、1921年パラオでも手がけている。マベ半形真珠養殖が最初に試みられたのは1908年で、猪谷壮吉らの名がそこに残されている。淡水真珠養殖は藤田昌世によって1924年具体化し、琵琶湖でカラスガイに核を入れる方法でスタートさせたが、その後母貝をイケチョウガイに変えている。このように各地で色々な母貝を使用して真珠養殖が開始されたものの、全ては第二次大戦により中断を余儀なくされた。

戦後海外での真珠養殖は大きく展開して行った。海外における真珠養殖で、中国のアコヤ真珠養殖、淡水真珠養殖を除くその他で日本が優位に立てたのには、かつて日本には「真珠養殖事業法」という法律があり、日本の養殖真珠産業はこの法律によって手厚く保護されていたからである。特に水産庁長官通達の「海外真珠養殖3原則」は、(1)養殖真珠技術の非公開、(2)海外で養殖された真珠はすべて日本に持ち帰ること、(3)海外で真珠養殖を行う際、どこでどんな母貝を使用し、どれだけ生産するかを予め届け出て許可を得ること。海外でのアコヤ真珠養殖の禁止、というものであった。別の言い方をすれば日本の真珠産業を守るため、この3原則によって養殖真珠のグローバル化が阻止されていたのである。しかし1970年代に入るとこの3原則をかいくぐって養殖技術が海外に流出し始め、海外真珠養殖は次第に日本人の手を離れ、現地人、現地資本、現地技術による方向へと展開していった。特に1992年に発生したヘテロカプサ赤潮、1994年に発生した感染症により、日本のアコヤ養殖真珠は量、質共に大きく低下し、このため多くの国内外真珠業者がアコヤ真珠に見切りをつけ、シロチョウ、クロチョウなど他の母貝真珠にシフトして行った。その結果シロチョウ真珠、クロチョウ真珠の生産量が急速に伸び、養殖真珠のグローバル化が加速されていった。そしてその傾向は1998年末の真珠養殖事業法の廃止と共に一段と顕著になった。

次に現在の真珠のグローバル化についてシロチョウ真珠、クロチョウ真珠、淡水真珠を中心に以下に述べる。またその他の真珠についても最近の情報を報告する。

写真1:シロチョウガイ ゴールドリップ

写真1:シロチョウガイ ゴールドリップ

写真2:シロチョウガイ シルバーリップ

写真2:シロチョウガイ シルバーリップ


1.シロチョウ真珠養殖

第二次大戦後養殖は1954年ビルマ(現ミャンマー)で再開されたがその後中断し、1950年代後半から1960年代に入るとオーストラリアへの進出が顕著になった。またインドネシア、フィリピン、再びミャンマーにも進出するようになり、現在30社前後の日本企業が進出している。また現在ではオーストラリアのパスパレー社、フィリピンのジュエルマ社のように現地大手真珠養殖業者が何社も存在している。現在シロチョウ真珠はオーストラリア、インドネシアを中心に行われ、この2国で全生産量の90%を占める。この2国にフィリピン、ミャンマーが続いている。

シロチョウガイには真珠層に黄色い色素を含む「ゴールドリップ」(写真1)と呼ばれるものと、色素を含まない「シルバーリップ」(写真2)と呼ばれるものがある。前者はフィリピン、インドネシアに多く生息し、この貝を使用してゴールデン系のシロチョウ真珠が生産される。一方シルバーリップはオーストラリアに多く生息し、この貝を使用した真珠は「シルバー」、「スチール」などと呼ばれるホワイト系のシロチョウ真珠が多い。

2.クロチョウ真珠養殖

写真3:クロチョウガイ

写真3:クロチョウガイ

写真4:クロチョウ核入れの様子、タヒチ

写真4:クロチョウ核入れの様子、タヒチ

戦後のクロチョウ真珠は1951年沖縄で再開された。何社かが養殖を試みたが脱落し、琉球真珠1社のみが残り、1965年123個の真珠養殖に成功した。その後生産量も増え、1970年代は琉球真珠の独壇場であったが、1980年代に入ると仏領ポリネシア(タヒチ)の養殖が本格化し、その結果真珠養殖の中心が沖縄からタヒチへシフトしていった。仏領ポリネシアは全ヨーロッパがすっぽり入るくらい広いので、本格的な養殖が始まるとたちまち量で沖縄を圧倒し、現在全生産量の90%以上をタヒチが占めるようになった。タヒチでは天然に孵化した稚貝を「コレクター」と呼ばれる付着器で集めた天然採苗貝を使用し、1年半~2年養殖して真珠を生産している。現在真珠の価格がアコヤ真珠のみならず、全ての真珠で下落しており、タヒチは養殖コストの削減のため、違法とされている安価なシャコ核を使用したり、核入技術者を日本人から中国人に代えているが、このことが新たな真珠の品質低下原因となり、その結果真珠の値段が下がり、さらなるコストダウンを迫られるという悪循環に陥っている。

最近フィジーで養殖されたクロチョウ真珠が市場に出ている。量的には大したことはないが、フィジー産のクロチョウ真珠はグリーン色が特徴として人気があるようだ。また2012年ミクロネシアでもクロチョウ真珠の養殖が始まったと報告されている。

3.淡水真珠養殖

1)日本の淡水真珠養殖
写真5:淡水ピース入れの様子

写真5:淡水ピース入れの様子

琵琶湖の淡水真珠養殖の再開は比較的早く、1946年である。戦前は淡水真珠養殖も他の真珠同様核を挿入するいわゆる有核真珠であったが、淡水真珠養殖では外套膜にポケットを作り、そこにピースのみを挿入する方が良い真珠が出来ることが偶然わかり、全面的に有核真珠養殖から無核養殖真珠へ代わって行った。その後生産は順調に伸びたが、養殖の拡大に伴い漁場環境の悪化、母貝の弱体化、外来生物による生態系の変化などにより、生産量は1980年の1,690貫をピークに減少し続け、現在はわずか20貫程度になり、もはや産業と呼べる規模ではなくなった。


2)中国の淡水真珠養殖
写真6:ヒレイケチョウガイ、中国

写真6:ヒレイケチョウガイ、中国

戦後中国の養殖真珠だけが日本企業の進出なしに独自に発展した。中国の淡水真珠は最初カラスガイを用いて無核の真珠養殖を始め、1971年160匁を初めて日本に輸出した。品質も悪く琵琶湖産のものとは比較にならないほどであった。しかしこの真珠がヨーロッパで大流行したため、生産は急速に伸び、1984年日本の輸入量は実に13,000貫に達した。わずか13年の間に輸入量が8万倍にもなったのである。このカラスガイによる無核真珠はやがて流行が消えると同時に市場から姿を消した。1990年代に入ると母貝をヒレイケチョウガイ(三角貝)に代えた新たな中国産淡水養殖真珠が市場に登場してきた。この新商品は品質も良く価格も安いので、琵琶湖の淡水真珠、サイズの小さい日本産アコヤ真珠とも競合し、日本は競争に負けて脱落していった。中国はその後サイズアップや真球度の向上など、様々な技術革新を行い、現在では全ての養殖真珠と競合するまでになっている。生産量は年1,500トン(40万貫)とも言われ、真珠の希少価値を根底から破壊し、強烈に加工処理をするなど、正に台風の目、的存在である。

4.その他の真珠養殖

1)アコヤ真珠養殖
写真7:アコヤ核入れの様子、ベトナム

写真7:アコヤ核入れの様子、ベトナム

アコヤ真珠は現在日本以外に中国、ベトナム、UAE(アブダビ、ラスアルハイマ)で養殖されている。中国のアコヤ真珠養殖は1950年代中頃に本格化した。特に1983年の開放政策以降個人養殖が可能になり、急速に量産化が進んだ。養殖は海南島北部から雷州半島、広西自治区にかけてで、流沙、営盤、白龍湾、北海などに大規模な養殖場がある。中国産アコヤガイは中国では「馬氏貝」と呼ばれ、すべて人工採苗で作られている。日本産の貝に比べるとやや小ぶりで黄色味が強く、光沢も少なく、余り良質珠の生産は望めない。養殖サイズは5、6、7ミリで8ミリアップのものは極めて少ない。生産量はかつては4,000貫とも言われたが、現在はかなり減少しているようで、日本の輸入量も数百貫程度といわれているが正確な量はわからない。養殖後の加工処理は日本からの技術を取り入れ、同じ方法で処理されている。一方、ベトナムでは北の中国に近いハロン湾と南のホーチーミン(旧サイゴン)市に近いバンフォン湾がメインの養殖場である。4社ほどアコヤ真珠の養殖を行なっている。神戸に本社を置くオリエントパールは南北両方の養殖場で4~6ミリの真珠を生産している。UAEでは最近ドバイをはさんでアブダビ、ラスアルハイマ両首長国で真珠養殖が行なわれている。アブダビでは天然に孵化したアコヤガイ稚貝を集めて2年ほど養殖し、母貝に育てた後核入手術を行う。母貝はそれほど大きくないので、メインサイズは5、6ミリである。一方ラスアルハイマでは海底に湧水の出る箇所が何箇所かあり、この付近に生息する天然のアコヤガイを採集して母貝としている。アブダビ産アコヤガイに比べると貝はかなり大きく、養殖される真珠も7、8ミリが中心である。両養殖場とも養殖可能な貝数は約20万といわれており、両者とも真珠市場に及ぼす影響はほとんどないが、アブダビではペルシャ湾の天然真珠を養殖で再現したものとして研磨以外の加工処理は一切やらないことにしている。

2)マベ真円真珠養殖

1990年マリンワールドプロジェクト社社長の大島肇氏がフィリピンルソン島で養殖試験を開始し、2年後に本格的に事業を開始した。マベ真円真珠養殖で最大の問題は脱核であるが、大島氏は原住民が痛み止めやキズの薬として使用している薬草を抑制に応用して脱核を改善し、養殖に成功した。現在天然の2年貝を使用し2年養殖して7~12mmの真珠を生産している。

3)アワビ養殖真珠

アワビを母貝とする真珠養殖はかつて日本(宮城県、長崎県)や韓国(済州島)で行われていたが、現在商業ベースで養殖が行われているのはニュージーランドのみであろう。1995年ニュージーランド最南端のスチュアート島で、エンプレスアバローニ社が初めて商業ベースでヘリトリアワビ半形真珠の浜揚を行った。それ以降この会社はスチュアート沖で採取した天然アワビ(約5年貝)を使用し、8~16mmの半球状の核を挿入し、12mm以下のものは18ヶ月、12~18mmのものは24~30ヶ月養殖して半形真珠を作っている。

4)レインボーマベ養殖真珠

レインボーマベ(Pteria sterna)による半形、有核真円真珠養殖は1993年メキシコのカリフォルニア湾内にあるグァイマス養殖場で開始され、1995年北米で初めて半形養殖真珠が大量に生産された。一方有核真円真珠については1996年のツーソンジュエリーショーに実験的に作られた真珠12個が紹介され、それ以降年間生産量は4,000個ほどに増加し、2005年以降は10,000個に達している。天然採苗で集められ、18~24ヶ月で8.5~10cmに達した母貝に挿核手術を行い、18~20ヶ月養殖して7.5mmの真珠を作っている。

5)コンク養殖真珠

2006年フロリダ・アトランティック大学のミーガン・デービス、ヘクター・アコスタ‐サルモン両博士によって無核、有核コンク真珠の養殖に成功したと報じられた。養殖方法の詳細は一切発表されていないが、先ずピンクガイに麻酔注射を打ち、肉部を貝殻の外に引っ張りだし、有核の場合は核及びピースをそれぞれ1個、無核の場合は2~3個のピースを挿入し、術後肉部を貝殻内部に戻し12ヶ月養殖したようである。成功率は有核で60%、無核で80%であった。養殖された202個の真珠をGIA(米国宝石学会)で鑑別した結果、天然コンク真珠に極めて近いことがわかった。

おわりに

養殖真珠のグローバル化は真珠の価値観を大きく変える結果となった。かつて日本のアコヤ真珠が世界市場の大半を占めていた時はアコヤ真珠の価値観が養殖真珠の価値観であった。しかしアコヤ真珠の影響力の低下に伴い、真珠生産国がそれぞれ独自の価値観で真珠を作るようになっている。例えばオーストラリアでは宝石的あるいは高級宝飾品的価値観で真珠を生産する。しかしインドネシア、タヒチになるとこれがかなり崩れ、中国になると真珠に対する価値観は一体何なのかと疑いたくなる。最近起こっている養殖真珠核問題でも、日本は1924年のパリの真珠裁判にまで遡り、核の材質を淡水産二枚貝の真珠層を丸く整形したものに限定しているが、その他の国では「真珠袋さえ形成されれば何でも」と貼合せ核やシャコ核といったものを使い始めている。真珠の生産、加工、品質に共通した価値観がなくなると、「儲かれば何でも」と養殖真珠はとんでもない方向へといってしまう恐れがある。(つづく)

ベリリウム拡散加熱処理サファイアの現状 ー平成25年宝石学会(日本)よりー

中央宝石研究所 研究室 江森健太郎、北脇裕士、岡野誠 

サファイアのベリリウム拡散加熱処理は最初に報告されてから10年以上経過するが、いまなお市場で確認されている。本研究は2012年の一年間にCGLで鑑別を行ったサファイアを系統的にまとめ、近年報告がある天然起源のBeを含有するサファイア等の分析結果もまじえ、ベリリウム処理サファイアの現状を報告する。

1. 研究の背景

2001年9月頃より、高彩度のオレンジレッド、オレンジ色、ピンク色および黄色のサファイアが宝石市場に広くみられるようになった。中でもオレンジピンクからピンクオレンジのいわゆる「パパラチャ」のバラエティーネームで知られるサファイアが大量に出現したため業界中の関心事となった。これらのサファイアには従来の加熱処理には見られない外縁部にカット形状に沿った色の層(カラードリム)が分布しており、その生成に疑問が持たれた。国際的な鑑別ラボによる精力的な調査の結果、この加熱手法は外来添加物であるクリソベリル起源のベリリウム(Be)を高温下でコランダム中に拡散させるという新たな手法であることが判明し、ベリリウム拡散加熱処理(以下Be処理)と呼ばれるようになった(文献1)。その後、バイオレット、グリーン、ブルー等の色調のサファイアやルビーにもこのBe処理が施されたものが出現している。

Beは軽元素であり、拡散している濃度も極めて低いため、鑑別ラボで従来使用されていた蛍光X線元素分析装置等では検出が不可能で、SIMSやLA-ICP-MSといった高感度の質量分析装置が必要となった。今日、先端的なラボではLA-ICP-MSが導入され、日常のBe処理鑑別に活用されている(文献2)。

Be処理が確認された当初は、未処理の天然サファイアおよびルビーにはBeは内在しないと考えられていたため、LA-ICP-MSでBeが検出されればBe処理であると考えられてきた(文献3)。しかし、近年、Be処理が行われていない天然サファイアにもBeが検出される事例が複数報告され(文献4)、Be処理の鑑別を困難にしている。

2. 研究の目的

本研究では、(1) 現在、日本国内の宝飾市場に流通するBe処理サファイアの実態を調査するとともに、(2) LA-ICP-MSによる詳細な分析において天然起源のベリリウムを含有するサファイア等の諸特徴を捉え、Be処理鑑別の精度をより向上させることを目的とした。

3. 使用した試料と実験手法

表1:LA-ICP-MS分析の分析条件

表1:LA-ICP-MS分析の分析条件

2012年の一年間にCGLに鑑別に供されたサファイアおよびルビーのうち、一般的な鑑別手法でBe処理の疑念が持たれ、LA-ICP-MS分析を行った1,000個以上を研究対象とした。これらの試料は現在市場で流通するサファイアおよびルビーを代表するものと考えられる。また、これらに加えて、CGL研究室の産地鑑別プロジェクトで集積した各産地の天然サファイアについてもLA-ICP-MS分析を行い、天然起源のBeと微量元素についての関係性を調べた。

本研究ではLA(レーザーアブレーション装置)はNew Wave Research UP-213を、ICP-MSはAgilent 7500aを使用した。分析を行った条件は表1に記した。レーザーアブレーションにおけるCrater sizeは、Beの定性分析では15mm、Beおよび他の元素についての定量分析には30mmを使用して測定を行い、定量分析には標準試料としてNIST612を使用した。


4. 結果と考察

4-1 Be処理サファイアの存在割合およびBe含有量について

2012年、CGLに鑑別に供されたサファイアおよびルビーの色別比率とBe処理サファイアの色別比率を図1に示す。鑑別に供された個数はルビーやブルーサファイアが多いが、Be処理コランダムとしてはピンクからオレンジ系(パパラチャ含む)やイエロー、ゴールデン系が多いことが判る。

図1:2012年CGLに鑑別として持ち込まれたコランダムについて

図1:2012年CGLに鑑別として持ち込まれたコランダムについて

次に色系統別に、「LA-ICP-MS分析の結果Be処理であると判断されたもの」「一般的な鑑別方法でBe処理であると判断されたもの」「石のセッティングや顧客都合等で分析が行われなかったもの」「Be処理でないもの」の割合を図2に示す。Be処理である絶対数はピンクからオレンジ系のものが一番多いが、色別に調べるとBe処理である割合はイエローが一番高いことが判る。

図2:コランダムの色別結果内訳

図2:コランダムの色別結果内訳

LA-ICP-MSで分析したBe処理サファイアのBe濃度を色別にプロットした結果を図3に、各色の平均値を表2に示す。各色の平均値はそれぞれおよそ10ppmであり、この値は2002年と2007年にタイのバンコクの処理業者から直接入手した各色Be処理コランダム計20個の平均値9.74ppmと非常に近い数値であった。またBe処理が施された試料は最低でも2ppm程度以上が検出されている。

図3:コランダム各色のBe濃度

図3:コランダム各色のBe濃度

表2:色系統別Be濃度の平均値

表2:色系統別Be濃度の平均値

4-2 天然起源のBeを含有するサファイアの例

4-2-1 ゴールデンサファイアの例
天然起源のBeを含有するサファイアとして16.95ctのゴールデンサファイア(写真1)の分析事例を紹介する。この試料は一般鑑別検査の結果、加熱処理と判断されるが、カラードリムなどのBe処理の特徴は有しない試料である。LA-ICP-MSで測定した微量元素の分析値を表3に示す。

写真1:16.95ctのゴールデンサファイア外形写真

写真1:16.95ctのゴールデンサファイア外形写真

表3:当該コランダムのLA-ICP-MS分析結果

表3:当該コランダムのLA-ICP-MS分析結果


Beの濃度が1.42ppmより7.14ppmと測定箇所(8箇所)による顕著な差があるのに加え、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)が付随して検出されている。Shen等は同様の事例を報告しており、BeとZr、Hfの間に相関関係があり、これらの元素を天然起源としている(文献5)。図4に当該試料の各測定箇所におけるBeとZrおよびHfの含有量の関係を示す。BeとZrおよHfには直線的な非常によい相関関係が認められる。

図4:Sample 1のBeとZr、Hfの相関関係を示すグラフ

図4:Sample 1のBeとZr、Hfの相関関係を示すグラフ


写真2:Beが検出されたコランダム

写真2:Beが検出されたコランダム
上段:Pailin(カンボジア) 産、
中段:Mabira(ナイジェリア) 産、
下段:Huai-Sai(ラオス)産

4-2-2 ブルーサファイアの例
天然起源のBeを含有するブルーサファイアの分析事例を紹介する。写真2に示す試料は産地鑑別のプロジェクトで収集した、カンボジア、ナイジェリア、ラオス産のブルーサファイアである。LA-ICP-MSによる分析結果を表4に示す。これらはBe処理が施されていない試料であるが、すべての試料から測定部位(各試料につき5箇所)による濃度差があるもののBeが検出されている。


表4:Beが検出されたブルーサファイアの分析結果

表4:Beが検出されたブルーサファイアの分析結果

また、Beと同時に、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)が検出されており、各測定箇所におけるBeとNbおよびTaの含有量の関係を図5に示す。BeとNbおよTaには直線的な非常によい相関関係が認められる。

図5:Sample2のBeとNb、Taの相関関係を示すグラフ

図5:Sample2のBeとNb、Taの相関関係を示すグラフ

ゴールデンサファイアおよびブルーサファイアの事例で示したとおり、天然起源のBeを含有するサファイアには
(1)Be処理の視覚的特徴であるカラードリムが認められないこと。
(2)LA-ICP-MSで検出されたBe濃度は測定部位によるばらつきが非常に大きく0ppm~10ppm程度の範囲内である。
(3)Beに付随してイエローサファイアの場合はZr、Hf、W、ブルー系はNb、Ta、Th等といった元素が検出され、Be濃度と相関関係がある。
という特徴が確認された。

図6:元素の親和性を表した表(文献6より)

図6:元素の親和性を表した表(文献6より)

元素には親気性(atomophile、ガス状元素)、親石性(lithophile、ケイ酸塩相に濃集)、親銅性(chalcophile、銅のように硫化物相に濃集)、親鉄性(siderophile、金属相に濃集)の4種類の親和性が知られている。Zr、Nb、Hf、Ta、W、Thはこの中でも親石性に属する元素で、ケイ酸塩相に濃集する傾向にある(図6)。

また、Zr、Nb、Hf、Ta、W、Thといった元素は液相濃集元素であり、HFSE(High Field Strength Element、高結晶場強度元素)と呼ばれる元素で、マグマから結晶が晶出する際、結晶に取り込まれにくく最後まで液相として残る元素であることが知られている。今回分析を行ったカンボジア、ナイジェリア、ラオス産などのマグマティックな(玄武岩起源)コランダムでは、結晶に取り込まれにくい親石性のHFSEが濃集し、Beを伴った状態でコランダムに入り込んでいると推測される。

4-3 二次汚染によるBeを含有するサファイアの例
写真3:Sample 3の浸液写真

写真3:Sample 3の浸液写真

二次的にBeが混入したと考えられる5.55ctのイエローサファイアの事例を紹介する。当該試料は拡大検査の所見において加熱の痕跡は認められたが、Be処理の特徴は有していない。浸液検査の結果、結晶成長に伴った明瞭なカラーゾーニングが観察される(写真3)。


LA-ICP-MSでガードル部を6箇所測定した結果を図7に示す。Beが0.47~1.29ppm検出されているが、濃度とカラーゾーニングに相関は認められない。また、Zr、Nb、Hf、Ta、W、Thなどの天然起源のBeに付随する微量元素は検出されていていない。

図7:Sample 3の分析結果

図7:Sample 3の分析結果

以上をまとめると、
(1)加熱処理の痕跡が認められるもののBe処理の特徴がない。
(2)Beが極低濃度であり(2ppm未満)、HFSEなどの天然起源のBeに付随する元素が検出されない。
このような試料中のBeはBe処理に用いたるつぼや炉の再利用からくる二次汚染であると考えられる。色変化に関与しない極低濃度のBeの拡散は、国際的なラボ間の共通認識においてBe処理とは判断されない。

4-4 リカットされたBe処理サファイアの例
写真4:2.46ctのピンクサファイアの外形写真

写真4:2.46ctのピンクサファイアの外形写真

最後にリカットによる特異な事例を紹介する。写真4に示す2.46ctのピンクサファイアを浸液検査したところ、オレンジ色の色むらが外縁部の一部に認められた(写真5左)。レーザートモグラフ像より、浸液検査でオレンジ色の色むらが認められた箇所が燈赤色に発光しているのが観察される(写真5右)。


写真5:2.46ctのピンクサファイアの浸液写真(左、黒で囲った部分がオレンジ色の色むらが確認された場所)とレーザートモグラフ像(右)

写真5:2.46ctのピンクサファイアの浸液写真
(左、黒で囲った部分がオレンジ色の色むらが確認された場所)とレーザートモグラフ像(右)

LA-ICP-MSによる分析結果を図8に示す。オレンジ色の色むら部からBeが検出されている(キューレットを含む)が、ピンク色の部位からは検出されていない。また、天然起源のBeを含有するサファイアに伴われる元素(Zr、Nb、Hf、Ta、W、Th)はどの部位からも検出されていない。

図8;Sample4の分析結果(オレンジ色の部分は色むらが存在した箇所)

図8;Sample4の分析結果(オレンジ色の部分は色むらが存在した箇所)

以上をまとめると、
(1)LA-ICP-MSで分析した結果Beが検出された箇所と未検出の箇所が存在すること。
(2)浸液検査およびレーザートモグラフ像においてカラードリムといったBe拡散跡が確認される。
などの特徴を有する試料はBe処理されたコランダムがリカットされたものと考えられる。

5. まとめ

Be処理サファイアが出現し、10年以上経過するが、Be処理サファイアは今なお鑑別で確認される処理である。 今回の研究報告は2012年の1年間にCGLに持ち込まれたコランダムの統計ではあるが、イエロー、ゴールデン系に関しては10%程度の試料がBe処理を施されていた。

Beの検出にはLA-ICP-MS分析を行うことが一般的である。Beが未検出のサファイアはBe処理が施されていないと判断されるが、Beが検出されたサファイアについては、天然起源のBeを含有するサファイアやBe処理に用いたるつぼや炉の再利用からくる二次汚染をうけたサファイアも存在するため、他関連元素の測定データやBeの濃度分布を参考にする等、慎重に判断を下す必要がある(表5)。

表5:注意すべきBe検出例

表5:注意すべきBe検出例

中央宝石研究所では、Be処理コランダムについて、常時情報収集、データの蓄積を行っており、最新の情報をもとに鑑別結果を出すよう心掛けております。

6. 文献

1. Emmett J.L., Scarrat K., McClure S.F., Moses T., Douthit T.R., Hughes R., Novak S., Shigley J.E., Wang W., Bordelon O., Kane R.E.「 Beryllium diffusion of Ruby and Sapphire (Gems & gemology, 39(2), 84-135,2013)」
2. Abduriyim A., Kitawaki H. 「Applications of Laser Ablation-Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry (LA-ICP-MS) to Gemology (Gems & gemology, 42(2), 98-118, 2006) 」
3. Emmett, J.E., Wang W. 「The Corundum group, Memo to the Corundum Group: How much beryllium is too much in blue sapphire – the role of quantitative spectroscopy. 26 August 2007」
4. Shen A., McClure S., Breeding C. M., Scarratt K., Wang W., Smith C., Shigley J. 「Beryllium in Corundum: The Consequences for Blue Sapphire (GIA Insider, Vol.9, Issue 2 (January 26, 2007)) 」
5. Shen, A., McClure, S., Scarratt, K. 「Beryllium in Pink and Yellow Sapphires. News from Research (April 3, 2009)」
6. Robin Gill「Chemical Fundamentals of Geology」

真珠講座2『養殖真珠の歴史』

赤松 蔚 

真珠講座1 で述べたように、人類は非常に古くから天然真珠との関りを持ってきた。天然真珠との関りが深まれば深まるほど、「真珠は一体どうして出来るのだろうか」と考えるようになり、やがて「真珠はどうすれば人の手で作ることが出来るか」と考えるのは当然の成り行きであろう。今回は真珠の成因、諸外国における真珠養殖の試み、そして日本における真珠養殖の試みとその成功について述べる。

1.真珠の成因

「真珠はどうして出来るのか」という成因については古くから色々な考えがあった。最も古いのは涙説で、天使や水の精、愛しい人の涙が貝の中に入って出来るというものである。かつてアメリカの博物館スタッフが鳥羽の御木本真珠博物館を訪れ、「天然真珠は人魚の涙である」と言った際、真珠博物館の松月館長がすかさず「養殖真珠は(それを作った)人の涙である」と切り返したのにはさすがと思った。涙説に次いで古いのが露によるというもので、貝が水面近くまで上がってきて貝殻を少し開けている所に露が落ちて真珠になるというこれもなかなかロマンチックなものである。古代ローマの博物学者プリニウスによれば、新鮮な空気と温暖な日光を受けた清浄な露が貝の体内に落ちると良い真珠になり、その反対では真珠の色彩光沢は落ちる。曇天に生じた珠は淡色で、海水よりも日光、天候などの影響が大きいと述べている。この露説は1世紀頃から11世紀頃まで信じられていたようである。これ以外にも稲妻の閃光によって出来るという稲妻説もあった。真珠成因について初めて科学的に記述されたのは1554年で、フランスのRondeletが「真珠は哺乳類に病的にできる結石と同じものが貝類に出来たものである」と論じた。

16世紀に入ると顕微鏡が発明され、それ以来真珠の成因についても急速に科学的なものへと発展していった。17世紀から20世紀初頭にかけて色々な真珠成因説が出されたが、その主なものは次の通りである。
 1)貝殻を形成する体液が凝縮して出来る。
 2)貝の内部的原因によって凝縮物が形成され、その周囲に貝殻物質が沈着されて出来る。
 3)排卵出来なかった卵細胞が刺激となり、その周囲に出来る。
 4)貝殻物質が砂粒物質の上にそれに被さるようにして分泌されて出来る。
 5)貝殻が傷つけられたり、または孔を穿たれた場合、その結果として真珠が出来る。
 6)寄生虫が原因となって出来る。
 7)貝殻と軟体部の中間、又は外套膜に突出している外皮組織の袋の中に出来る。

1858年ドイツのヘスリング(von Hessling)が真珠形成には真珠袋が必ず存在し、真珠は真珠袋の分泌作用によって形成されると唱えた。この真珠袋の考え方が後に養殖真珠を成功へと導くのである。

2.諸外国における真珠養殖の試み

写真1:仏像真珠

写真1:仏像真珠

前述のように真珠形成に関する研究は16世紀頃から盛んに行われるようになるが、これらの研究が実際の真珠養殖研究に結びつくことはなかった。ヨーロッパのこうした研究とは全く無関係に真珠養殖が世界で最も早く具体化したのは中国の仏像真珠であることは非常に興味深い。中国では11世紀頃から淡水産二枚貝(主としてカラスガイ)に鉛で仏像などを象った物体を貝殻と外套膜の間に挿入し、物体表面が真珠層で覆われるとそれを切り取り、仏具や装飾品に使用されていたと言われ、このことは1167年に発行された「文昌雑録」に記事になっている。その後この技術は改良され、13世紀には蘇州の太湖湖畔に位置する寒村を中心に、貝殻で作った玉や薄い鉛製の仏像などを核にして盛んにいわゆる半形真珠が養殖された。この仏像真珠は1734年中国に滞在したフランス人神父によって本国に伝えられ、フランスとイギリスで1735年に刊行された水産関係の書物によって中国の養殖真珠の全貌が全ヨーロッパに紹介された。その結果ヨーロッパでは18世紀以降多くの学者がこの仏像真珠を手本に真珠養殖の研究を行った。そのうち有名なものをいくつか次に列挙する。

先ずリンネの真珠である。スウェーデンの科学者リンネ(Carl von Linnaeus 1707‐1778)は1748年スイスの解剖学者フォン・ハラーに手紙を送り、「私は真珠が貝殻の中で出来、成長する方法を考案しました。5、6年後にはソラマメ位の真珠が出来るであろう」と言っている。彼は1761年近くの川に生息する二枚貝を使用し、貝殻に小さな穴を開け、粒状の石灰や石膏を貝殻と外套膜の間に挿入し、真珠養殖実験を行った。この実験は原理的には中国の仏像真珠と同じであるが、仏像真珠のように貝殻に付着したものではなく、真円真珠を作ろうとして、T字型の金属ホールダーを球に固定し、これを貝殻内面に挿入し、貝殻内面から遊離させている。リンネが作った真珠は現在ロンドンのリンネ学会に保存されている。

1884年Boucheon-Brandely はタヒチ島で真珠貝に直径半インチ位の孔を数個開け、コルク栓を通して貝殻又はガラス製の丸い球を真鍮の針金に固定し、海中に入れておくと、球は1ヶ月後に真珠層で覆われていることを実験した。クロチョウ真珠養殖は1914年御木本が沖縄の石垣島で始めたのが世界初といわれているが、タヒチではこのBoucheon-Brandelyが世界初と主張している。

写真2:半円真珠

写真2:半円真珠

フランスのルイ・ブータン(Louis Boutan)はアワビの貝殻に小孔を穿ち、外套膜との間に小球を挿入して孔を塞ぎ海中で養い、6ヶ月で十分厚みのある真珠が得られたと報告している。ブータンは後に御木本養殖真珠が本物か偽物かで争われたパリ真珠裁判に証人として呼ばれ、1924年養殖真珠は本物という鑑定結果を出したボルドー大学の教授である。

イギリス人サビル・ケントはオーストラリア・タスマニア州政府の招きにより漁業調査官として渡豪、彼は真珠養殖研究も手がけ、1890~1891年シロチョウガイで大きな半形真珠を作り、始めは驚くほどの高値で売れたが、結局収支償わず中止したとの報告がある。御木本幸吉がアコヤガイを使用して5個の半円真珠に成功したのが1893年であるから、サビル・ケントの方が2~3年早く半形真珠養殖に成功していたことになる。サビル・ケントは真円真珠の発明者争いでこの後にも登場する。

残念ながらこの仏像真珠を手本にどれだけ努力しても、仏像真珠の延長線上に天然真珠に匹敵するような養殖真珠は存在しなかったのである。天然真珠は偶然外套膜の上皮細胞小片が何らかの原因で外套膜から剥がれて貝体内に落ち込み、そこで真珠袋(パールサック)が形成され、その袋の中で真珠が出来るのである。つまり真珠袋の形成なしに真珠が出来ることはありえないということである。仏像真珠は貝殻内面に貼り付けられた半形の核表面に貝殻と同じ真珠層が形成されるだけで、いわば貝殻真珠層に出来た瘤状の物質に過ぎないのである。

3.日本における真珠養殖の試みとその成功

日本における真珠養殖の試みは御木本幸吉から始まった。御木本幸吉は1858年(安政5年)志摩国鳥羽浦の大里町で「阿波幸」といううどん屋の長男として生まれた。13歳ですでに家業を手伝う傍ら、青物行商も始めていた。20歳になった1878年(明治11年)東京、横浜へ視察旅行に出かけ、そこで自分の故郷の天然真珠が高値で取引されているのを見て、真珠養殖を思い立ったと言われている。幸吉は1888年(明治21年)志摩郡神明浦に初めて真珠養殖場を設け真珠貝の養殖を始め、その後真珠養殖も手がけていった。真珠養殖には当時の大日本水産会幹事長柳楢悦から東京帝国大学の箕作佳吉博士を紹介された。箕作博士は1890年(明治23年)増殖博覧会の席上で幸吉に真珠の話をし、真珠養殖は理論上可能であるが、これまでだれも成功していないことを話した。これを聞いて幸吉は養殖真珠にチャレンジする決心をした。その後幸吉は幾多の苦労を乗り越え1893年(明治26年)遂に5個の半円真珠養殖に成功した。

御木本幸吉も他の真珠養殖研究者同様、中国の仏像真珠を手本として半形真珠の養殖からスタートさせたようである。ミキモト真珠養殖場に数枚の仏像真珠付きの貝殻が残っているということは、おそらく御木本幸吉も日々これを眺めながら懸命に真珠作りに励んだと想像される。しかしどれだけ仏像真珠を手本にがんばっても最終目標である真円真珠(全体が真珠層で覆われた真珠)に到達出来ないことは既に述べた通りである。

1800年代後半から1900年代初めにかけて真珠袋の研究がドイツ、フランスを中心に多くの研究者によって行われた。特にドイツのヘスリング、アルバーデスはこの真珠袋形成理論を明確にした。当時この真珠袋理論は東京帝国大学の箕作博士の元にも伝わっており、この理論は御木本幸吉も教わっていたはずである。そしてここに仏像真珠を経由せず、いきなり真珠袋の研究から真珠養殖研究をスタートさせた2人の日本人、西川藤吉と見瀬辰平が登場する。西川は1874年(明治7年)大阪に生まれた。1897年(明治30年)東京帝国大学動物学教室卒業と同時に農商務技手として水産局に勤務。この頃から御木本と関わりを持つようになるが、これはおそらく御木本の養殖場で発生した赤潮調査がきっかけであろう。西川は1903年(明治36年)御木本幸吉の次女峯子と結婚する。その後大学の動物学教室に復帰し、箕作博士の弟子として神奈川県三崎臨海実験所で真円真珠養殖の研究に専念する。1907年(明治40年)外套膜の小片を作り、これを貝体内に移植して真珠袋を作る方法を発明した。残念ながら西川はこの発明から2年後の1909年(明治42年)35歳の若さでこの世を去った。西川藤吉が発明した真珠養殖法は1917年(大正6年)特許第30771号となり、「西川式」あるいは「ピース式」と呼ばれ、現在の有核真珠養殖の基本技術となった。

一方見瀬辰平は1880年(明治13年)三重県に生まれた。11歳の時見瀬弥助の養子となり、船大工などの修行をしていたが、1900年(明治33年)頃から志摩郡の的矢湾で真珠の研究を始めた。そして上皮細胞の小片を直径0.5mmほどの核に付着させ、これを外套膜組織内に送り込むようにした注射針を考案し、1907年(明治40年)特許第12598号「介類ノ外套膜組織内ニ真珠被着用核ヲ挿入スル針」を得ている。見瀬はその後も研究を続け、1920年(大正9年)に特許第37746号を得たが、この方法は外套膜細胞を注射器で貝の体内に導くもので、「誘導式」と呼ばれている。

御木本幸吉も1902年(明治35年)元歯科医の桑原乙吉を迎え入れ、本格的に真円真珠養殖研究に着手した。そして1917年(大正6年)貝殻を球状にした核を外套膜で完全に包んで細い絹糸で縛り、貝体内に挿入する「全巻式」という方法で特許を出願した。一般社団法人日本真珠振興会はこの3人の功績を称え、1906年(明治39年)を真円真珠発明の年に定めている。

前述のように西川藤吉が仏像真珠養殖から入らず、いきなり真珠袋の研究からスタートしたのは、彼の師匠である箕作博士がすでにヘスリングの真珠袋理論を十分に理解していたためと考えられる。不思議なのは見瀬辰平の研究で、彼がもし独自に仏像真珠を経由せずに真珠袋に基づいた真円真珠作りのゴールに到達したのであれば、西川に決して劣ることない天才と言えよう。真円真珠養殖には真珠袋が不可欠であるということはドイツのアルバーデスが淡水産二枚貝で実験してその理論を1913年に確立したが、その時日本ではすでに真円養殖真珠は事業としてスタートしていたのである。

写真3:西川のオーストラリア特許

写真3:西川のオーストラリア特許

日本が世界で初めて真円真珠養殖に成功したということに対し、1978年オーストラリアのデニス・ジョージという人物が異議を唱えた。彼は論文の中で真円真珠養殖技術はオーストラリアのサビル・ケントが確立したのだと発表した。そして西川、見瀬が開発した技術は、西川及び見瀬の義父が仕事でオーストラリアを訪れた際、サビル・ケントの技術からヒントを得たものであると主張したのである。そして西川、見瀬が仏像真珠養殖から入らずにいきなり真珠袋研究からスタートさせたのがその証拠であるとも主張している。しかしよく調べてみると確かにサビル・ケントは前述のように半円真珠養殖には成功しているが、真円真珠養殖成功に関する資料は一切なく、すべてデニス・ジョージの推測であることが判明した。しかしデニス・ジョージの論文は世界中に広がったので、いつの間にか真珠の発明者はサビル・ケントと記述した本がかなり出回っている。ここにもう一つ真円真珠の発明者はサビル・ケントではないという証拠がある。それは西川藤吉の死後、息子の西川新吉が真円真珠養殖法を特許として1914年7月24日オーストラリアで申請し、翌1915年12月7日認可されている。オーストラリアで最初に真円真珠養殖技術が発明されていたのなら、なぜこの西川の特許申請時にクレームをつけなかったのか。この特許がすんなり認められたということは、オーストラリアには類似の技術は存在しなかったと考えるのが妥当であろう。

写真4:フランスの真珠裁判の判決文

写真4:フランスの真珠裁判の判決文

真円真珠作りに転じた御木本幸吉はその後順調に事業を拡大し、1919年養殖真珠をロンドンで天然真珠より25%安い価格で販売を始めた。御木本はこれまで半円真珠をヨーロッパ市場に出していたが、これは完全な真珠とは見做されず、価格も安いので、一種特別な商品として扱われていたようである。そこに天然真珠と変わらない養殖真珠が突如出現したので、「養殖真珠は本物か偽物か」という論争が起こった。そしてこの論争はパリに飛び火した。天然真珠を扱うパリの業者組合は養殖真珠が模造真珠であるという大キャンペーンを展開し、不買運動を起こした。これに対し御木本パリ支配人はこの運動は不当であると民事裁判に訴え、養殖真珠は本物か偽物かということがいわゆるパリ真珠裁判で争われることになった。そして前述のボルドー大学のブータン博士、オックスフォード大学のジェムソン博士といった当時の一流真珠研究者が鑑定を行い、養殖真珠は天然真珠と何ら変わるところがないという結論を出した。裁判は1924年の判決により、養殖真珠は天然真珠と同じ扱いを受けるようになった。こうして日本の養殖真珠は本物であるという認知を受けて以来、世界各国に販路を拡大していった。このように日本の養殖真珠を世界の市場に広め、養殖真珠を一大産業として発展させた御木本幸吉の功績は非常に大きいものがある。

1919年御木本幸吉がヨーロッパの市場に出した真珠は養殖期間が3~5年、養殖された7ミリの真珠には4ミリの核が入っていたと言われている。ということはこの真珠は4ミリの核に1.5ミリの真珠層が巻いていたことを意味する。これほどまでの養殖真珠であったからこそ、パリの真珠裁判でも養殖真珠は天然真珠と変わるところがないと判断されたのである。それからわずか100年足らずの間に養殖真珠がここまで悪い方に変わるとは誰が想像したであろうか。ライト兄弟が飛行機を発明したのが1903年。それから110年、現在何百人もの乗客を乗せて空を飛ぶのも飛行機。エディソンが電球を発明したのが1897年。それから116年、地上の隅々まで煌々と照らすのも電球。同じ名前を使っていながら良くここまで進歩したものだと思う。一方養殖真珠はどうであろうか。日本で真円真珠が発明されたのが1906年。それから107年、現在は養殖期間7ヶ月、真珠層の厚さがわずか0.2mmという真珠まで市場に出ている。同じ真珠という名前を使っていながらよくここまで退化したものかと驚かされる。養殖真珠はこうあってはならない。養殖真珠は思い出や、物語が込められるような宝石でなければならない。ここらで今一度「養殖真珠とは」という原点に立ち帰り、養殖真珠を見直す時期に来ているように思われる。(つづく)

宝石学会(日本)

埼玉県立自然の博物館埼玉県立自然の博物館

平成25年の宝石学会(日本)講演会・総会が6月15日に埼玉県・秩父郡の埼玉県立自然の博物館講堂にて、また見学会が16日に開催されました。

今号では懇親会および見学会の様子と、発表のありました一般講演の内容を要約してご紹介します(○:発表者)。

宝石学会(日本)は「科学者と、宝石界との良き協力関係を生み出し、両者が有無相通じ合うことによって宝石学を振興し、その成果を還元する公共的な媒体となる(趣意書の一部抜粋)」ことを目的として、昭和49年(1974年)に設立され、上野の国立科学博物館で創立総会が行われました。その後、毎年一回の講演会・総会が開催され、今期は会計年度で第42期目を迎えます。

本年度の講演会および総会はキャプションのとおり埼玉県立自然の博物館で行われました。同館は秩父鉄道が設立した「鉱物植物標本陳列所」の資料を引き継いで昭和56年(1981年)に開設された埼玉県立自然史博物館を前身としています。平成18年(2006年)に名称も新たにリニューアルされています。本館は風光明媚な長瀞渓谷にほど近く、木々の緑も深く学術的な会合を行う環境としては最適です。

会館の講堂は収容人数が120名と広く設備も充実しており、講演会の会場としては申し分がありません。講演会の参加者は総勢70名で内訳は鑑別技術者を中心に業界団体職員、大学・研究職者、宝飾業者およびその他と本学会の趣意である“科学者と宝石界との良き協力関係・・・”に則したものと言えそうです。

15日(土)は午前10時から受付が開始され、10時半から一般講演14題が行われました。昼食後の総会においては今期の会計報告、収支予算が報告され、承認を得ました。また、宮田会長が評議委員会の刷新とさらなる学会の発展を想念し、自ら会長職を辞すこと、選挙委員会を設けて評議員選挙を行うことを報告しました。さらに、本学会の設立当初から会長として長年ご活躍いただいた砂川一郎東北大学名誉教授の訃報が伝えられました。

一般講演は質疑応答を含めて1テーマにつき20分で行われました。講演内容の内訳は、ダイヤモンド関連2題、コランダム関連2題、色石鑑別関連2題、真珠関連3題、産地関連2題およびその他研究3題でした。それぞれの各項目の中でも鑑別技術に関する内容が多く、鑑別技術者が多く参加している本会の会員構成を如実に表していました。そのような中でもジュエリーを歴史的見地で捉えた報告や結晶を素材としてその有用性を論じた発表も見られ、講演会の裾野の広がりを感じさせました。中央宝石研究所からは、研究室の江森所員と久永所員がそれぞれの日頃の研究成果を発表しました。発表内容につきましては本誌上で順次掲載の予定です。

今年度の一般講演の概要は以下の通りです。

一般講演 1
埼玉県内に産出する鉱物・宝石 ー天然記念物緊急調査報告書よりー

聖徳大学川並弘昭記念図書館   ○ 林  政彦
早稲田大学創造理工学部 環境資源工学科   山崎 淳司

演者である林氏が1999年~2001年に埼玉県教育委員会より委託された委員として実施した天然記念物緊急調査の報告書を元に埼玉県内で産出する鉱物について報告しました。埼玉県内で産出する鉱物は現在199種あり、ひすい輝石、方解石、スピネル、アンドラダイトガーネットなども含まれます。また、秩父も登録されたジオパークについても紹介しました。

一般講演 2
いわゆる「トラピッチェ」と呼ばれるダイヤモンドと最近観察された珍しいダイヤモンドについての報告

(株)東京宝石科学アカデミー   ○ 渥美 郁男
    西村 文子

トラピッチェダイヤモンドとして販売されている3方向に放射状模様を示す薄片状に研磨されたダイヤモンド(ジンバブエ産)についての研究結果を報告しました。放射状を呈するクラウド部はDiamond ViewTMなどで黄緑色に蛍光し、電子顕微鏡による観察において針状のものと丸みのある六角形の2種類があるとされました。また、東大大学院理学系研究科の協力の下これらの結晶方位の決定を試みました。

一般講演 3
非開示で持ち込まれた1ct upのCVD合成ダイヤモンド

発表中の久永所員発表中の久永所員

中央宝石研究所   ○ 久永 美生
    北脇 裕士/山本 正博
    岡野  誠/江森健太郎

非開示で鑑別機関に持ちこまれたものとしては最大級のサイズと思われるCVD合成ダイヤモンドについて報告しました。標準的な宝石鑑別手法では識別が困難ですが、DiamondViewTMによるルミネッセンス像の観察および各種波長によるフォトルミネッセンス分析が有効であるとしました。
*この発表は「CGL通信No.12」に詳述されておりますのでご参照ください。

 

一般講演 4
ベリリウム拡散加熱処理サファイア鑑別の現状

発表中の江森所員発表中の江森所員

中央宝石研究所   ○ 江森健太郎
    北脇 裕士
    岡野  誠

ベリリウム拡散加熱処理の現状について統計結果を交えながら報告しました。近年はコランダムに天然起源のベリリウムが含有されることが知られるようになり、処理の鑑別がさらに困難になっています。これらの識別方法について種々の例を挙げて詳細な発表がなされました。
*本研究の発表内容は次号以降掲載予定です。

 

一般講演 5
ミャンマー産ルビーのインクルージョンの特徴

株式会社モリス   ○ 森  孝仁

ミャンマーに現地法人を10年前に立ち上げ、今なおルビーの採掘を継続している演者が、実際に採取したNam-Ya鉱山およびMogok鉱山産ルビーの特徴について報告しました。一般にNam-Ya産のシルクは細く、糖蜜状組織は見られないものが多いのに対し、Mogok産のシルクは太くて細かく、糖蜜状組織は頻度高く観察されるとしました。また、市場が開放されたことで価格が高騰したため、モザンビーク産のルビーがタイ国境付近からミャンマーにもたらされているとの報告がなされました。

一般講演 6
新しく処理されたブルーサファイア

Hanmi Gemological Institute, Laboratory   ○ 李 宝炫 (Lee Bo-Hyun)
(Hanmi Lab)   崔 賢珉 (Choi Hyun-Min)
    金 永出 (Kim Young-Chool)

韓国で開発中のコランダムの新しい処理について韓国の鑑別機関に所属する演者が報告しました。この新しい処理はロシアで使用されていたダイヤモンド合成用のHPHT装置を用いた高圧下での加熱処理です。通常の加熱処理で効果が得られなかったサファイアを原材にして透明度の良いブルーを得ているとのことです。詳しい処理の情報は公開されていませんが、鑑別可能な特徴として赤外分光で3040~3050cmに吸収が現れると報告しました。

一般講演 7
スピネルのフォトルミネッセンスとラマン分光

株式会社彩   ○ 中島 彩乃
日独宝石研究所   古屋 正貴

近年スピネルの人気の高まりもあり、市場に各種合成法のスピネルや加熱処理スピネルが確認されるようになっています。演者らはフォトルミネッセンス分析とラマン分光法を用いてこれらの比較検証を行いました。フォトルミネッセンス分析において、天然は638.5nmにシャープなピークが見られ、合成には687.3nmにブロードなピークが観察されるとしました。また、天然スピネルを加熱すると本来の細かなピークが弱まったり、消失することが判りましたが、色調に大きな変化は認められないと報告しました。

一般講演 8
パラサイト起源のペリドットの特徴

日独宝石研究所   ○ 古屋 正貴
Palladot Inc.   チャールズ M. エリアス

パラサイト中のペリドットと地球起源のペリドットの比較検証の結果が報告されました。サンプルはAdmire隕石中に含まれていたペリドットが使用され、通常の宝石学検査に加えて蛍光X線分析およびFT-IR分析が行われました。パラサイト起源のペリドットは周囲の金属部と独特な針状インクルージョンを含有し、偏光下で強い歪が認められました。比重はパラサイト起源が大きくなる傾向があり、成分分析では地球起源より、Ni(ニッケル)分が低い傾向にあるとしました。

一般講演 9
ルビー、スピネルおよびフォルステライト結晶の発光現象

東洋大理工   ○ 勝亦  徹
    相沢 宏明
    小室 修二
東洋大院工   佐久間 崇

演者らはセンサ応用を目的として各種の蛍光体結晶の結晶育成と結晶評価を行っています。
今回、Cr(クロム)やMn(マンガン)を不純物として添加したルビーやスピネル、フォルステライトをFZ法で育成し、市販のベルヌイ合成ルビーを含め、加工およびX線照射に伴う発光の有無と発光スペクトルを測定しました。Cr添加の発光は紫外~緑色光で励起した蛍光と蛍光スペクトルと同様のスペクトルで、Mn添加のスピネルやフォルステライトからはX線励起による発光が観察でき、それぞれの蛍光スペクトルと良く一致したと報告しました。

一般講演 10
南極大陸セールロンダーネ山地産アマゾナイトと他の産地との識別

ジェムリサーチジャパン株式会社   ○ 福田 千紘
    宮﨑 智彦
島根大学総合理工学部 地球資源環境学科   亀井 淳志
    赤坂 正秀

昨年報告した南極産のアマゾナイトについて、薄片を作製し、内部組織の観察、EPMAを用いた定量分析および面分析の結果が新たに報告されました。それぞれの産地から産出したアマゾナイトの内部組織は異なった特徴が観察され、EPMAによる面分析の結果、南極産アマゾナイトのRb(ルビジウム),Sr(ストロンチウム),Cs(セシウム),Fe(鉄),Pb(鉛)の含有量分布は、Rb,Sr,FeはK(カリウム)と似た挙動を示すが他の元素はあまりラメラ構造に影響されなかったと報告しました。

一般講演 11
聖書の中の宝石

お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 比較社会文化学専攻   ○ 下村 道子

大学で比較社会文化学を専攻する演者によって聖書中の宝石についての報告が行われました。聖書に記載されている祭司の聖なる祭服に留められた12種の宝石について、この宝石の名前と順序が聖書の版によって異同があることが具体例を挙げて詳細に述べられました。
一例をあげると16世紀に英訳された「ジュネーブ版聖書」と17世紀の英国王ジェームズⅠ世の「欽定訳聖書」と現在の「ニューインターナショナル版聖書」では、胸当ての最初の宝石はそれぞれ、ルビー、サルディウス、ルビーとなっておりそのほかにも違いがあるとしました。

一般講演 12
真珠の反射分光スペクトル測定における干渉色の影響についての考察

真珠科学研究所   ○ 山本  亮
    南條沙也香
    齋藤 友恵

真珠を分光測定する際に、反射分光スペクトルには反射干渉色の影響が出現するとの報告がなされました。ゴールド系真珠の着色の有無について分光分析が行われますが、一部の真珠に着色の有無が判別できないものがあります。これらの真珠には干渉色が強く現れる特徴があり、実体色の影響を受けにくい反射干渉色が分光スペクトルに影響しているのであれば検査の際に注意しなければならないと報告しました。

一般講演 13
真珠と模造真珠の干渉色の発現の違いとその要因についての考察

真珠科学研究所   ○ 矢崎 純子
    小松  博

真珠、模造真珠を拡散光源に近づけた際の色の表れ方の相違についての考察が報告されました。雲母にチタンコーティングして作られた真珠箔を樹脂に混ぜてガラスに塗布して45度の角度から白色光を当てると真珠層薄片と同じように反射干渉色と透過干渉色の補色が観察できますが、真珠箔を塗布した模造真珠にはテリの良い真珠に拡散光を近づけた際に現れる同心円状の縞模様が見られないとしました。

一般講演 14
バイオレット系真珠の特性とその出現機構についての考察

真珠科学研究所   ○ 庄司 文香
    牧野  翠
    小松  博

一部のクロチョウ真珠にみられる370nmと500nmの特有の吸収について報告しました。
これらは貝殻外層の稜柱層に含有されるポルフィリン類や真珠袋の細胞の分泌異常が関与していると推定され、蛍光分光測定や紫外線ライトによる蛍光検査が鑑別法として利用できるとされました。

懇親会

懇親会の様子懇親会の様子

1日目の講演会終了後、発表会場に隣接する老舗の観光旅館「養浩亭」に場所を移し、懇親会が行われました。和やかな雰囲気の中、立食パーティの形式で行われ学会参加者同士が交流を深めたり、質疑応答時に質問できなかったことなどを熱心に話し合う姿も見受けられました。

 

見学会

2日目は、講演会会場となった埼玉県立自然の博物館と秩父鉱山前の河原において見学会が行われました。
自然の博物館は、「過去から未来へ埼玉3億年の旅 そして自然と人との共生」というテーマに沿い地質展示と生物展示がされています。

虎岩虎岩

地質展示では鉱物・岩石・地層・化石が古い方から新しい方へ順に並んでいて、長瀞の変成岩などの岩石が直接手で触れることができます。また、巨大な化石の骨格復元模型の迫力ある姿を見ることもできました。
一方の生物展示では平地や山地に住む動植物のジオラマが本物のように秩父の自然を再現しています。 さわれる剥製コーナーではイノシシ、キツネ、タヌキ、ノウサギ、テンやカラスなどを直接さわることができ、毛並みの違いを体感できます。
館外には「日本地質学発祥の地」の記念碑があり、少し足を運べば、岩畳(地下20~30kmの深部で変成された結晶片岩)が広がっている所や虎岩(茶褐色のスティルプノメレンと白色の石英・長石・方解石とが折り重なって褶曲を見せることから名付けられた)が観察できました。

河原での採集の様子河原での採集の様子

午後は秩父鉱山前の河原で石の観察会が行われました。鉱山までの道のりは現地近くで道が細くなり大型バスが入れないため、マイクロバス2台に分乗しての行程となりました。現在の秩父鉱山は石灰岩を24時間体制で採掘していますが、かつては金を含め多種多様の鉱石が採掘されていました。金は近くの荒川流域で砂金としても産出しました。

 

さて、観察会の河原では、石を拾うばかりでなくハンマーを振るう方や初めから水の中に入れるように長靴を持参した方もいて熱心に鉱物を探されていました。金属鉱物としては黄鉄鉱(パイライト)が見つかり、宝石に近いものでは柘榴石(ガーネット)を採集。この他には磁鉄鉱(マグネタイト)や大理石も観察されました。 この地域は「ジオパーク秩父」として知られています。ジオパークとはジオ(地球)に親しみジオツーリズムを楽しむ場所のことです。
秩父地域は豊かな自然が残り、地質、鉱物の観察に相応しい場所であり、見学会に参加された方々にとっては、大変有意義な一日となりました。

真珠講座1『天然真珠』

赤松 蔚 

1893年御木本幸吉が半円真珠養殖に成功して今年でちょうど120年になる。御木本幸吉以前にも中国の仏像真珠を手本にして半円真珠を作った人は、スウェーデンのリンネを始め、数名の名前を挙げることが出来るが、しかし養殖に成功した後それを商品化して世に出し、真円真珠発明後はそれを一つの産業にまで発展させた御木本幸吉の功績は疑う余地はない。しかし天然真珠を含めた真珠の歴史を見てみると、僅か120年という養殖真珠の歴史の前に、紀元前にまで遡る天然真珠の歴史が厳然として存在し、しかも天然真珠は量的にそれほど多くなくても(それ故希少価値があるのである)、今なお市場で輝きを放っている。今回はこの天然真珠の主な産地、現在市場で取引されている天然真珠、天然真珠に関する問題点などについて述べる。

1.天然真珠の主な産地

天然真珠は世界の至る所で発見された。おそらく昔の人々が海や川、あるいは湖で食用に貝を採取した際偶然発見されたのが始まりであろう。やがて天然真珠は組織的に採取されるようになった。天然真珠の主な産地は以下の通りである。

図1:世界の主な天然真珠産出地域

図1:世界の主な天然真珠産出地域

1)ペルシャ湾
写真1:バーレーン産アコヤガイ

写真1:バーレーン産アコヤガイ

ペルシャ湾の真珠採取歴史は4,000年前に遡ると言われている。(蛇足であるが現在アラビア人はペルシャがイランを連想させるとしてペルシャ湾の代りにアラビア湾と呼んでいる)バーレーンがその中心で、ここから数多くの採取船が湾に出て真珠貝が採取された。1900年代に産業として栄え、最盛期の1928~29年には、真珠採取船538隻、真珠貝を採取するダイバーは2万人を越え、バーレーン国家総収入の92.5%を占めた。しかし1930年代に入ると、世界的な不況、乱獲、養殖真珠の出現、石油発見に伴う労働力の石油産業への移行などにより真珠産業は衰退し、1960年代にその幕を閉じた。ペルシャ湾のアラビア半島側は漁業資源が豊富で、日本のアコヤガイと類似の真珠貝が数多く「バンク」と呼ばれる岩礁地帯に生息している。

2)マナール湾

インドとセイロンの間に位置するマナール湾の真珠採取もペルシャ湾同様非常に古く、その歴史は紀元前550年に遡るという記録がある。この地域のセイロンシンジュガイから採取された真珠はローマで非常に高い評価を受け、古代ローマの博物誌家プリニウスによれば、セイロンは「世界で最も多くの真珠を産出する地域」と記述されている。またマルコポーロも「東方見聞録」の中で真珠採取の様子を詳しく述べている。マナール湾の真珠採取は不定期に行われ、採取時期、場所が伝わると、世界各国から人々が集まり、採取シーズンが終わると人々は引き上げ、浜は元に戻るという状態であった。マナール湾の真珠産業が廃れた原因は乱獲で、19世紀に終焉を迎えた。

3)アメリカ大陸

アメリカ大陸は海水産、淡水産共に非常に長い天然真珠の歴史を持っている。海水産天然真珠は紀元前1400年から500年にかけて栄えたメキシコの遺跡から、あるいはインカ時代の遺跡から装飾品に用いられた真珠が発掘されている。アメリカの天然真珠が世界に知られるようになったのは、コロンブスのアメリカ大陸発見後である。1493年コロンブスはベネズエラのマルゲリータ島や、キューバグア島付近で先住民が船を出して真珠を採取しているのを見て、物々交換で真珠を入手し、スペイン女王の元に送った。この地域はカリブアコヤガイ、パナマクロチョウガイ、レインボーマベなど、何種類かの真珠貝が生息していて、白色系以外にグレー、バイオレット、ブラックなどの色を持つ真珠が採れる。コロンブスの発見以降この地域の真珠貝は採り尽くされ、18世紀には資源が枯渇するに至った。最近資源はかなり回復し、メキシコではレインボーマベによる真珠養殖が行われている。一方淡水産真珠でも紀元前1000年から先住民が真珠を広く使用していたことがわかっている。淡水産天然真珠もコロンブスのアメリカ大陸発見以降世界に知られるようになったが、海水産真珠ほど広がらなかった。淡水産天然真珠が注目を浴びるようになったのは19世紀中頃からで、たまたまニュージャージーの川で採取された真珠が1,500ドルでティファニーに買い取られたことに端を発し、「パールラッシュ」が起こり、人々は真珠を求めて川に殺到した。19世紀後半に入ると貝ボタンの原料として採取された真珠貝から副産物として得られた淡水真珠で、特に形の面白いものがヨーロッパで流行した。現在真珠養殖核用に採取された真珠貝から副産物として得られた真珠が市場に出ている。

4)ヨーロッパ

ヨーロッパの天然真珠はすべて淡水産で、カワシンジュガイから産出する。この貝は山岳地帯の水の澄んだきれいな場所に生息する。かつてヨーロッパ各地に数多く生息していたが、19世紀の工業化などによる環境汚染に伴い、わずか100年の間にほぼ全滅してしまった。淡水産天然真珠はヨーロッパで広く採取されたが、主な産地はババリア地方、スコットランド、ロシアである。ヨーロッパの淡水産天然真珠はサイズ、形とも非常にバラエティに富んでおり、色は大半が白色系である。採取された真珠はヨーロッパの王侯貴族の装飾品として広く用いられた。またカトリック教会が宗教道具として、聖杯、聖書カバー、十字架、イコン、司祭の冠、衣服などに真珠を多く用いた。現在ヨーロッパで再び淡水産天然真珠が静かなブームとして愛好家の間に広まっているようである。

5)中国

中国もアメリカ大陸同様、海水産、淡水産両方に長い天然真珠の歴史がある。海水産真珠については「天工開物」の中で詳しく述べられている。この中で広東地方の海で口に錫製のシュノーケルをくわえた漁師達が船から海に潜り、真珠貝を採取する様子が描かれている。この本の中には現在アコヤ真珠養殖が行われている「北海」や「合浦」などの地名が出てくる。一方淡水産天然真珠も紀元前2206年禹の国で他の産物と共に天然真珠が貢物として納められたと報告されている。真珠に関する記述は「康煕字典」や「本草綱目」などの古代文献にも数多くある。これらの中で真珠貝はすべて淡水産の貝(カラスガイ)を表す「蚌」の文字が使われている。

6)日本

日本は周囲を海に囲まれているため、昔から海水産天然真珠との関わりが深かった。真珠について最初の記述が出てくるのは古事記で、その中に「斯良多麻(シラタマ)」という言葉が出てくるが、これはおそらくアコヤ真珠であろう。また万葉集には「鰒珠(アワビタマ)」、「安波妣多麻(アハビタマ)」、「白珠(シラタマ)」、「之良多麻(シラタマ)」等の記述がある。このことから当時の海水産真珠のほとんどがアワビ真珠およびアコヤ真珠であると考えられる。それを裏付けるものとして、奈良の正倉院には1200年前の奈良時代の真珠が4,158個保存されているが、大半はアコヤ真珠で、若干のアワビ真珠が含まれている。真珠の産地として三重県の志摩地方や長崎県の対馬地方が古文書に出てくるが、これの地方では現在も真珠養殖が盛んに行われている。

2.現在市場で取引されている天然真珠

天然真珠は今も根強いファンに支えられており、毎年東京や神戸で開催されるジュエリーショーにも天然真珠を扱う業者が何社か出品している。現在市場に出回っている主な天然真珠は以下の通りである。

1)コンク天然真珠

カリブ海に生息する大型の巻貝ピンクガイ(Strombus gigas)から産出される天然真珠。
ピンクガイの肉は食用、また美しいピンク色を持った貝殻もカメオの材料となるので、カリブ海の漁師たちは古くからピンクガイを採取してきた。ピンクガイから肉を取り出す際、たまに天然真珠が見つかるので、これがコンク真珠として珍重されてきた。

コンク天然真珠には2つの特徴がある。第1の特徴は構造である。コンク天然真珠は通常の炭酸カルシウム結晶(アラゴナイト)とコンキオリンの層状構造を持たず、「交差板構造」と呼ばれる特殊な構造を持っている。真珠層構造を持たないことから厳密には真珠ではないが、例外的に真珠として扱われている。第2の特徴はその色で、これは人参や珊瑚の赤い色と同じカロチノイド色素に由来する。真珠は全く色素を含まない白色のものから、有機物を含んだ橙赤色のものもあるが、やはり特徴のある美しいピンク色が最も好まれている。コンク天然真珠を産出するピンクガイの採取は現在ワシントン条約の付属書Ⅱで規制されていて、原産地証明をつけることが義務付けられている。コンク真珠もその対象になるので、取扱には注意が必要である。

写真2:コンク天然真珠

写真2:コンク天然真珠

写真3:ピンクガイ

写真3:ピンクガイ


2)ホースコンク天然真珠

ホースコンク天然真珠はアメリカ南東海岸、メキシコ北東岸に生息する法螺貝の一種であるホースコンク(和名:ダイオウイトマキボラ、学名:Pleuroploca gigantea)から産出される。色は橙色~赤褐色で、濃赤色のものが好まれる。形は割合オーバルが多い。コンク真珠に比べて産出量はそれほど多くない。コンク天然真珠同様真珠層構造を持たず、交差板構造を持つ。真珠表面に特有の小鱗模様がある。

写真4:ホースコンク天然真珠

写真4:ホースコンク天然真珠

写真5:ダイオウイトマキボラ

写真5:ダイオウイトマキボラ


3)メロ天然真珠

メロ天然真珠は南シナ海、フィリピン海域、インド東部海岸、アンダマン海に生息するメロメロ(和名:ハルカゼヤシガイ、学名:Melo melo)から産出される。メロメロは台湾、インドネシア、ベトナムなどで食用として採取され、真珠はその際副産物として得られる。
メロ天然真珠は球形でサイズの大きなものが多く、直径30mm以上のものもある。色は黄褐色から赤褐色である。コンク天然真珠やホースコンク真珠同様交差板構造を持ち、真珠表面に特有の小鱗模様がある。

写真6:メロ天然真珠(メロパール)

写真6:メロ天然真珠(メロパール)

写真7:メロメロ(ハルカゼヤシガイ)

写真7:メロメロ(ハルカゼヤシガイ)


4)アワビ天然真珠

アワビ(Haliotis sp.)は広く太平洋、大西洋、インド洋などに生息する巻貝で、特に日本沿岸、北米太平洋沿岸、オーストラリア沿岸は種類、数量とも豊富である。アワビは外洋性で岩礁の間に生息し、アラメなどの海藻類を餌にしている。

アワビ天然真珠は世界のあちこちで見られるが、球形のものは皆無に近い。多くのものは角状で、これはおそらく生殖腺の先細りになった先端部に形成されたためと考えられる。
アワビ天然真珠の歴史は古く、アメリカではカリフォルニアの先住民が7000年以上も前に真珠が品物として取引の対象になっていたという記録がある。20世紀になるとアワビ天然真珠は宝飾品として多く用いられ、アールヌーボーのジュエリーの中でもポピュラーなものになっている。現在ニュージーランドでアワビ天然真珠を専門に扱う業者が一社ある。

写真8:アワビ(ニュージーランド産)

写真8:アワビ(ニュージーランド産)

写真9:淡水天然真珠(アメリカ産)

写真9:淡水天然真珠(アメリカ産)


5)淡水天然真珠

現在市場に出されているほとんどの淡水天然真珠はアメリカ産である。養殖真珠用の核材料として淡水産二枚貝を採取した際、副産物として得られたもので、産出母貝は不明である。アメリカ産淡水天然真珠はかなり大きなものがあり、5カラットのものもそれほど異常な大きさではない。形は色々あるが球形のものは極めて少なく、真珠全体の約0.01%である。またボタン、俵、ペアなど対称型のものは約5%、残りの約95%はウィング、ローズバッド、ドッグティース、タートルバックなど様々な名前がつけられた不整形であると言われている。色は約3分の2がホワイト系であるが、その他に様々な色があり、ピーチ、アプリコット、ロゼ、ラベンダー、ブロンズ、シルバーなどの名称がつけられている。

3.天然真珠に関する問題点

1919年御木本幸吉が真円養殖真珠をパリ、ロンドンの市場で販売を開始した際、ヨーロッパで天然真珠を扱っていた真珠業者は大パニックに陥った。外観が全く天然真珠と変わらない真珠が20%安い価格で大量に出現したからである。そこで天然真珠と養殖真珠を非破壊で鑑別する方法が大きな問題となった。この鑑別は困難を極め、穴が開いている場合は「エンドスコープ」という器具を使用し、中空の針を穴に挿入して光を通し、天然真珠の場合は真珠層、養殖真珠の場合は核を透過する光を調べる方法で鑑別したが、無穴の真珠については全くお手上げ状態であった。その後X線装置が開発されたので、真珠の中に球形の核があるかどうかがX線でチェック出来るようになり、天然、養殖の鑑別が可能になった。

現在天然、養殖の鑑別が再び問題になっている。養殖技術が進歩した結果、「ピース」と呼ばれる外套膜小片のみを真珠貝に挿入して作る無核真珠(中国産淡水真珠の大半がこの無核真珠である)、またケシと呼ばれる大粒のシロチョウ、クロチョウ無核真珠が出現したからである。このため過去のように真珠の中に球形の核があるか無いかで天然、養殖かを鑑別出来なくなったのである。また無核淡水真珠を核としてシロチョウ、クロチョウ真珠も養殖され、これもX線のみでは鑑別が困難になっている。前述のように長い天然真珠の歴史を持つ国バーレーンでは現在も自国の天然真珠産業を保護するため、養殖真珠の輸入を禁止している。ここに海外から様々な無核の養殖真珠が天然真珠としてどっと入ってくるのである。バーレーン政府の鑑別機関はX線をフル活用して天然、養殖のチェックを行っているが、だんだん鑑別が困難になり、世界に向かって「バーレーンに真珠を持ち込む場合は必ず「天然」、「養殖」を明記して欲しい」と呼びかけているが、実際それほどの効果は挙がっていないようである。

おわりに

2005年10月8日から2006年1月22日に東京上野の国立科学博物館で「パール展」が、そして2012年7月28日から10月14日に神戸の兵庫県立美術館で「日カタール国交樹立40周年 パール 海の宝石」展が開催され、貴重な天然真珠が数多く展示され、多くの真珠ファンを喜ばせた。これらを見ていると、時間や空間を飛び越えて目の前に迫ってくる天然真珠の迫力に圧倒された。これらはすべて「なるほど真珠は宝石である」と実感するのに十分なものであった。今希少価値を失ってしまった養殖真珠を見るにつけ、もう一度天然真珠の時代に遡って、「真珠とは」と問いかける時代に来ているように思われる。(つづく)

宝石鑑別に応用される分析技術とその発展

研究室 北脇裕士 

【1】宝石鑑別とは・・・

宝石鑑別は、いわゆる“本物”と“偽物”を見分ける必要性がきっかけとなりヨーロパを中心に発展してきました。世界で最初の宝石検査機関が英国のロンドンに設立されたのは、まさに日本の養殖真珠が商業的な成功を収めはじめた1925年頃まで遡ります。良く知られているように、この年に有名な真珠裁判が行われ、養殖真珠は真珠としての地位を確立しています。

中央宝石研究所を始めとする日本国内の宝石鑑別機関設立の黎明期(1960年代~1970年代前半)には、合成エメラルドが宝飾業界に紛れ込み初めており、その存在が鑑別機関設立の追い風となっていたようです。

さて、宝石学とは学問の体系での位置づけはどうなっているのでしょうか。宝石鑑別の対象となるものは、ほとんどが鉱物であり結晶です。したがって、宝石学はもともと鉱物学の応用として位置づけられてきました。関連範囲は、結晶学、岩石学、地質学、化学や生物学等の広範に及びます。

しかし、岩石・鉱物の同定と宝石鑑別とは、目指すところは同じであってもその手法における制限には大きな相違があります。岩石・鉱物の分析においては精度向上のため、試料を粉末化あるいは溶液化するのが一般的です。

一方、宝石が対象の場合、完全に非破壊で行われなければならず、商品価値を損なう外観の変化(退色、変色、光沢の劣化など)が生じてはなりません。

宝石鑑別に使用される標準的な鑑別器具

宝石鑑別に使用される標準的な鑑別器具

伝統的な宝石鑑別の手法は1920年代から種々の手法が開発され、1942年にはジェモロジストの座右の書であるGem TestingとしてB.W. Andersonによって体系的に纏めあげられています。すなわち、屈折率測定、比重測定、カラーフィルター、二色鏡(多色性の観察)、分光器、宝石顕微鏡による観察などであり、これらは今なお宝石鑑別の基礎として必要不可欠です。

近年、新種宝石の登場、合成石・処理石の開発など宝石鑑別機関にとって重要な背後情報は日々増大しています。また、1つの新しい情報によって昨日までの鑑別上の常識が一変してしまうような事例も起こりえるのです。ダイヤモンドを例にとると、最近では普通になっているHPHT処理、KM処理などは2000年以前では鑑別技術者の頭の片隅にも存在しなかったのではないでしょうか。さらに最近海外の鑑別ラボからのアラートで話題となっているCVD合成ダイヤモンドの出現もこの数年での出来事です。

さて、このような状況下、宝石鑑別ラボにおける日常の業務には一般の鑑別器材の他に専用の分析機器が必要不可欠になっています。かつては最新機器として注目された可視、近赤外、赤外領域の分光光度計も今では多くの鑑別ラボに標準装備され、さらに細分化する目的にかなう高度な分析機器が要求されているのが現状です。

このように宝石鑑別ラボにとっては日常的に活用されるようになった各種分析機器ですが、実際に分析経験のない読者の方々にはそれらの機器の用途も利用価値もご理解いただけないと思います。そこで今回からシリーズで、以下に纏めたような鑑別ラボにおける分析技術についてご紹介させていただこうと思います。


中央宝石研究所で現在稼動している主な分析機器:

◆LA-ICP-MS分析装置:NEW WAVE RESEARCH社製MODEL UP-213A/F、AGILENT社製7500A
軽元素~重元素までを高感度で分析できます。特にベリリウム(Be)が拡散処理されたコランダムの看破に有効です。また、宝石の産地鑑別にも応用されています。

◆顕微ラマン分光装置:Renishaw社製 Raman system-model 1000、inVia Reflex streamline
ラマン散乱を応用して物質の同定を行います。インクルージョンの同定やダイヤモンドの光学中心を調べるのに最適です。HPHT処理の看破には欠かすことができません。

◆分光光度計
◇紫外-可視領域:日本分光製紫外-可視分光光度計V-650ST、V-570
 カラー・ダイヤモンドの色の起源、黒蝶真珠の鑑別、ルビー、エメラルド、
 アレキサンドライトなどの天然・合成の判断などに有効です。
◇赤外領域:日本分光製フーリエ変換赤外分光光度計VIR9400、FT/IR-4200ST、FT/IR-4100
 ダイヤモンドの鑑別には不可欠なタイプ分類、コランダムの加熱の履歴の検査、
 水晶類の鑑別他、各種宝石類の同定に有効です。

◆X線透過装置:Softex社製 M-100特
物質を構成する各元素のX線に対する透過性の相違を応用した分析装置です。ダイヤモンドと類似石の鑑別や真珠の有核・無核の検査に有効です。

◆蛍光X線分析装置:日本電子製エネルギー分散型蛍光X線分析装置JSX-3201M
元素分析による各種宝石鉱物の同定、微量元素の解析による天然・合成などの鑑別に有効です。

◆DiamondViewTM:DTC社製
強力なUVによる発光現象を応用して結晶の成長履歴を観察します。
ダイヤモンドの天然・合成の鑑別には最も有効な手法と言えます。

◆DiamondPlusTM:DTC社製
極低温下でのPL分析でHPHT処理やCVD合成ダイヤモンドの可能性について簡易的に検査することができます。

◆レーザー・トモグラフ:CGLオリジナル
488nm光励起半導体レーザーを用いて結晶構造や欠陥の分布を調べます。コランダムの加熱の履歴の検査には極めて優れています。

これらの分析機器にはそれぞれのいわば得意分野があり、1つの機器ですべてが分かるというわけには行きません。むしろいくつかの機器で分析した結果を総合的に判断する場合が多いと言えます。最終的に判断を下すのはもちろん技術者の人的能力にかかってきます。したがって、それぞれの分析機器に対する知識や分析結果を正しく読み取る能力、さらには宝石鑑別における背後情報が技術者には要求され、技術者の能力なくしては精度と信頼性の高い分析は不可能です。

【2】LA-ICP-MS分析法

Fig.1 LA-ICP-MS分析装置

Fig.1 LA-ICP-MS分析装置

LA(Laser Ablation:レーザーアブレーション)とは、固体試料にレーザー光を照射し、そのエネルギーで試料を蒸発・微粒子化するもので、レーザー光の制御により微小域(5μm~)や極表層試料の微粒子化が可能な技術です。

一方、ICP-MS(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry:誘導結合プラズマ質量分析)は、電子温度が約9000 K に達するプラズマをイオン源とした質量分析装置のことです。その最大の特長は高感度で定量性が高いことにあります。

このLA 法とICP-MS 法を結合させたLA-ICP-MSとは、レーザーにより試料を微粒子化しながら超高感度なICP-MSで連続的に質量分析を行う技術といえます。レーザーで蒸発・飛散した粒子は高周波電力により発生されるプラズマによってイオン化され、質量分析部に導入されます。そこで正または負の電荷をもつイオンを、その質量と電荷の比ごとに分離し、イオンの数が計測されます。その質量電荷比から元素の種類が(定性)、検出したイオンの数から元素の量が(定量)分かるというわけです。

このLA-ICP-MS分析法が宝石学分野で初めて応用されたのが、Be拡散加熱処理サファイアにおけるBe(ベリリウム)の検出です。当時Be拡散加熱処理は、軽元素の拡散処理という新たな手法であったため、蛍光X線分析やEPMAなどの従来の分析手法では看破が不可能でした。その後の研究によって色変化のメカニズムについてはある程度の理論的究明に進展は見られましたが、Beの検出にはSIMSやLA-ICP-MSなどのこれまでの宝石鑑別の範疇を超えた高度な分析技術が必要となり、鑑別技術のあり方を問われる結果となりました。

その後、LA-ICP-MSは高感度の定量性を活かした微量成分のケミカル・フィンガープリント(産地ごとに微量成分に特徴が見られることからこのように呼ばれています)が、サファイア、エメラルド、パライバ・トルマリンなどの産地鑑別に応用されるようになりました。LA-ICP-MS分析法は、厳密には破壊検査といえますが、通常15μm(0.015mm)程度の極微小なスポットで分析するため、その痕跡は熟練したジェモロジストがルーペを用いて丹念に調べても確認が困難な程です。

最近、中央宝石研究所ではLA-ICP-MS分析法の宝石学分野における新たな応用例の1つとして、高感度で検出される微量成分に着目した天然及び合成ルビーの鑑別法を検討し、昨年(2012年)の宝石学会(日本)で発表する機会を得ました。詳しくは小紙Gemmy168号に報告しております。

天然及び合成ルビーの鑑別は、合成ルビーへの加熱処理の影響等により、標準的な鑑別手法では識別が極めて困難で、今なお宝石鑑別における重要課題として認識されています。そのため、新たな分析手法の開発や鑑別精度の向上が要望されています。これらの合成ルビーを識別するために、これまで紫外-可視分光分析や蛍光X線分析法を用いた研究例がいくつか紹介されています。特に後者はチタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)等の遷移元素の含有の有無や量比に注目したもので、現在多くの鑑別ラボで活用されています。しかし、蛍光X線分析法では微量成分の検出感度が悪く、また回折線の影響を受けやすいといった欠点があります。

本研究では、ベルヌイ法、結晶引上げ法、フローティングゾーン法等の融液からの合成法のルビーを14個と、チャザム、カシャン、クニシュカ、ラモラ、ドーロス等の代表的な製造者によるフラックス法及び熱水法の溶液からの合成法を21個、総計で35個の合成ルビーの試料を用いて、LA-ICP-MSで分析を行いました(Fig-1)。

分析結果を表-1に纏めます。予備的な検査において、天然ルビーには産地に関係なく例外なしにチタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)等の金属元素が存在することが判っていますが、合成では検出されない場合があります。また、合成ルビーには天然には検出されない特異な元素が検出される場合があります。鉛(Pb)、ビスマス(Bi)、タングステン(W)などは製造者に特有の溶媒金属起源と考えられ、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)等はるつぼやオートクレーブに由来していると考えられます。その他の元素は原料アルミニウム(Al)中の不純物や製造者の故意による添加が推測されます。


表-1 合成ルビーのLA-ICP-MS分析結果の纏め

表-1 合成ルビーのLA-ICP-MS分析結果の纏め


このようにLA-ICP-MS分析法による微量成分の分析がルビーの天然及び合成の判別に極めて有効であることが判りました。さらに、これらの分析値は合成ルビーの製法及び製造者の特定にも応用可能なケミカル・フィンガープリントとしても利用できそうです。(つづく)

ESR分析を用いた放射線照射処理シロチョウ養殖真珠の研究

研究室 江森健太郎・北脇裕士

シロチョウ養殖真珠に対して低線量のガンマ線を照射し、色変化を調べたところ、白色系からシルバー系への変化が確認されました。これらは標準的な鑑別手法において同系色の未処理の白蝶養殖真珠との識別が困難であるため、電子スピン共鳴(ESR)分析、熱ルミネッセンス分析および蛍光分光分析における鑑別の可能性について検討しました。その結果、電子スピン共鳴(ESR)分析に明瞭な差が見出され、低線量のガンマ線照射の検出に有効であることが確認できました。
以下に今回の調査結果について報告します。

 

はじめに

アコヤ真珠や淡水真珠に対する放射線処理は広く知られており、これらは通常高線量で行われています。従来、真珠の放射線照射による色の変化は淡水産貝殻核の含有するマンガンの酸化数に関係するとされてきました(文献1)。そのため、真珠層の厚い白蝶養殖真珠では放射線による色変化はないものと考えられていました(一般にアコヤ養殖真珠を放射線処理した場合は、真珠層ではなくマンガン含有量の多い淡水産貝殻核に黒色の色変化が生じます。アコヤ真珠は真珠層の巻厚が薄いため、核が透けて全体としていわゆるブルー系にみえます。しかし、シロチョウ養殖真珠の場合、真珠層の巻厚が厚いため、核が透けて見えることはほとんどありません)。
ところが、最近になって低線量で照射処理されたシルバー系の白蝶養殖真珠が情報開示なしに韓国の市場で販売され問題となりました。韓国の消費者は有機物質で生成したシルバー色の南洋真珠を好む傾向がありますが、同系色の照射処理された南洋真珠が非開示で販売されたため一部混乱を生じました。 韓国真珠協会は放射線照射で着色された真珠の扱いおよび流通の禁止に関する声明文を出すなどの対応を行い、同国の宝石検査機関からその鑑別手法についての報告がなされました(文献2)。
昨年、三重県伊勢市で行われた宝石学会(日本)2012年においても、放射線照射された真珠について、韓国の韓美宝石鑑定院のLee Bo-Hyun氏が「放射線照射された南洋真珠の電子スピン共鳴(ESR)研究」という発表を行いました。この研究では、放射線照射された南洋真珠について電子スピン共鳴(ESR)分析を行うことで放射線照射された南洋真珠の鑑別が可能であり、韓美宝石鑑定院では放射線照射された南洋真珠のESR分析サービスを行っていることを発表しています。

今回、中央宝石研究所研究室でも白蝶養殖真珠における低線量の照射による色変化と鑑別手法について検討しました。シロチョウ養殖真珠に放射線の一種であるガンマ線を照射し色変化を確認し、放射線照射前後で電子スピン共鳴(ESR)分析、熱ルミネッセンス分析および蛍光分光分析を行い、鑑別の可能性について検討しました。

 

実験に使用した試料と分析方法

実験に用いたシロチョウ養殖真珠は6ピース(1.31g~2.50g、写真1参照)です。試料は国内の大手真珠業者から提供をうけたもので、同社によると調色や処理などは何も行われていない、純粋な浜上げ珠です。

これら6ピース中5ピースについて、ガンマ線照射装置にてそれぞれ0.1kGy、0.5kGy、1.0kGy、5.0kGy、10.0kGyの線量でガンマ線を照射しました。また、そのガンマ線照射前後にて、ESR分析、熱ルミネッセンス分析および蛍光分光分析を行いました。
ESR分析には日本電子製JES–FA200を用いて測定しました。ESR分析には粉末試料が必要なため、試料の中心にハンドドリルで穴を開け、その際生じた試料の粉末(約2mg)を薬包紙に集め外径5mmのXバンドESR試験管に入れ測定。分析条件は、出力1.99mW、マイクロ波周波数約9450MHz、センター磁場336mT、挿引幅±7.5mT、挿引時間2分、モジュレーション幅(FMW)0.2mT、ゲイン×100、タイムコンスタント0.03秒、Mn2+デジタルマーカー設置位置850、積算回数1回で分析を行いました。
熱ルミネッセンス分析にはThermo Scientific社製 Harshaw TLD Model 3500を用いて測定しました。
試料はESR分析に用いた粉末を使用しました。分析条件はリニア昇温速度6℃/秒、昇温温度範囲50–400℃、積算温度範囲 50–400℃、窒素ガス:2L/分、試料皿にステンレス製(厚さ0.2mm、直径6mm、高さ3mm)を用いて分析を行いました。
ESR分析、熱ルミネッセンス分析については後述のコラムを参照して下さい。
蛍光分光分析は、日本分光FP–8000を用いて励起波長280nm、測定領域290nm~750nmの範囲で行いました。励起波長は予備的な検査において連続的に波長を変動させ、最も効率よく発光ピークが得られる波長を選定しました。

写真1:実験に用いたシロチョウ養殖真珠写真1:実験に用いたシロチョウ養殖真珠
写真2:ガンマ線照射後のシロチョウ養殖真珠(上の段、左から右へ:未照射、0.1kGy照射、0.5kGy照射、下の段、左から右へ:1.0kGy照射、5.0kGy照射、10.0kGy照射)試料配置は写真1と同様写真2:ガンマ線照射後のシロチョウ養殖真珠
試料配置は写真1と同様

 

放射線処理による概観の変化

コバルト60によるガンマ線を0.1kGy、0.5kGy、1.0kGy、5.0kGy、10.0kGy照射した結果を写真2に示します。低線量(0.1kGy、0.5kGy)照射の試料では色変化はほとんど認められませんが、線量が多いものほど色変化が大きく、元来白色系だったものがシルバー系へと色変化していることがわかります。

ESR分析結果

照射前後でESRスペクトルを比較した結果を図1に示します。照射前の試料では検出されない炭酸ラジカル(CO2)が照射後にはg=2.002付近に検出されています。
照射前の試料では炭酸ラジカルが検出されないことより、この炭酸ラジカルはガンマ線照射により発生したものであることがわかります。また、炭酸ラジカルは線量の増加とともに増加する傾向にあります。結論として、ESR分析で炭酸ラジカルの測定を行えばシルバー系へ変化させるための照射処理が行われているか否かの判定は可能です。

図1:ガンマ線照射前後の真珠のESRスペクトル図1:ガンマ線照射前後の真珠のESRスペクトル

 

熱ルミネッセンス分析結果

ESR分析同様、ガンマ線照射前後で熱ルミネッセンス分析を行った結果を図2に示します。低線量照射(0.1kGy~0.5kGy)の試料では、ガンマ線照射後のスペクトルの極大部分が左側(低温側)へシフトするといった差が認められますが、5.0kGy~10.0kGy照射した試料では大きな差は見られませんでした。このように熱ルミネッセンス分析で見出せる差は僅少であり、その解釈については今なお不確定です。この手法を放射線処理シロチョウ養殖真珠の鑑別に利用するには更なる研究が必要であると思われます。

図2:ガンマ線照射前後の熱ルミネッセンススペクトル図2:ガンマ線照射前後の熱ルミネッセンススペクトル

 

蛍光分光分析

今回分析したすべての試料で280nmの紫外線で励起された340nm付近で極大を示すピークが検出されましたが、照射前後でのスペクトルに変化は認められませんでした(典型的な例を図3に示します)。なお、この340nm付近の発光ピークはトリプトファン(アミノ酸の一種)由来の蛍光として知られています(文献3)。

図3:10.0kGy照射されたサンプルの蛍光分光分析結果図3:10.0kGy照射されたサンプルの蛍光分光分析結果

 

まとめ

今回の研究では、シロチョウ養殖真珠にガンマ線を照射することにより白色系からシルバー系へ、線量に比例した色変化を確認しました。また、この処理を行う前後でESR分析、熱ルミネッセンス分析、蛍光分光分析を行いました。熱ルミネッセンス分析および蛍光分光光分析では明瞭な差は認められませんでしたが、ESR分析においては処理前では検出されないCO2のフリーラジカルが照射後に検出され、ガンマ線照射処理の看破には先行研究(文献2)で述べられているとおり、ESR分析が有効であることが確認されました。また、先行研究では測定に必要な試料は5mgとされていましたが、本研究においては2mgでも可能であることが新たに判りました。測定に用いる試料の量が感度に直接影響を及ぼすため、試料の量を増やせばさらなる低線量の照射も看破可能であると思われます。しかし、ガンマ線照射により真珠の色変化が認められ、CO2のフリーラジカルが確認されたといっても、このフリーラジカルが色にどのように関係するかは不確定です。
放射線照射処理真珠の鑑別は宝石検査機関に課せられた重要な研究課題であり、色変化のメカニズムなど今後も継続して研究し、発表していく予定です。

謝辞

今回の実験(ESR分析、熱ルミネッセンス分析)につきましては、東京都立産業技術センターの関口正之氏にお世話になりました。心から感謝致します。

参考文献

1.堀口吉重「アコヤガイおよびイケチョウガイの生化学的研究-X. 貝殻中のMnの形態について(Bulletin of the Japanese Society of Scientific Fisheries, Vol,25, Nos.10-12, 1959)」
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3.平松潤一、永井清仁「熱と日光が真珠のコンキオリンに及ぼす影響と真珠品質の非破壊による判定(生物工学会誌、第88巻、第8号、378-383、2010)」

 

◇コラム1:ESR分析とは
ESR(Electron Spin Resonance:電子スピン共鳴)現象は1945年旧ソ連のザボイスキーにより発見されました。
EPR(Electron Paramagnetic Resonance:電子常磁性共鳴)とも呼ばれ、NMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴)とともに、磁気共鳴分光法の一つです。
スピンを持った電子に磁場を与えると、ゼーマン効果により物質のエネルギー準位が2つに分かれます(これをゼーマン分裂といいます)。この2つのエネルギーの差に相当するエネルギー(周波数によってマイクロ波や近赤外光を使用)を外部から加えると共鳴を起こし、このエネルギーの吸収量を検知することでESRスペクトルを得ることができます。ESRスペクトルを解析することで、ラジカルや遷移金属などの物質中の電子のスピン状態とその量を調べることが可能になります。
ESRの適用例としてはフリーラジカルと呼ばれる不対電子を持つ物質の同定・定量が挙げられます。代表的なフリーラジカル物質としては、近年話題になっている活性酸素などがあります。
今回の研究報告では、ESRで炭酸ラジカル(CO2)を測定しています。放射線を当てていない真珠には炭酸ラジカルは存在しませんが、放射線を照射すると、炭酸ラジカルが発生すると言われています。(ラジカルとは何かについてはコラム2として掲載しています)
この炭酸ラジカルをESRスペクトルで検知することで、真珠に放射線を当てているかどうか判明するというのが今回の研究の主なテーマとなります。
なお、ESR分析ではサンプルを粉末にする必要があり、破壊検査になるため、通常宝石の鑑別には不向きです。
◇コラム2:ラジカルとは
ラジカルとは、不対電子を持つ物質のことです。今回の研究では、炭酸ラジカル(CO2)について研究していますが、わかりやすい例として、水分子を挙げ、ラジカルについて説明します。
水分子は水素原子(H)が2つと酸素原子(O)が1つからできています。
水素原子(H)は原子番号が1番で、陽子1つと中性子1つから成る原子核を中心にして電子が1つ回っている構造をしています(図A左)。また、酸素原子(O)は原子番号が8番、陽子8つと中性子8つから成る原子核を中心にして電子が8つ回っている構造をとっています(図A右)(注:同位体といって中性子の数が異なるものも存在します)。図A 左:水素原子、 右:酸素原子構造

図A 左:水素原子、 右:酸素原子構造

 

電子は核に近いほうから、K、L、M・・と収まる場所が決まっていてK核には2つ、L核には8つまで電子が入ることが可能です。水素原子の場合はK核に電子が1つ、酸素原子の場合はK核に2つ、L核に6つ電子が入っています。実は、K核に最大入ることのできる電子2つ、L核には8つ電子が入った状態が安定な状態です。つまり水素原子はK核にあと1つ、酸素原子はL核にあと2つ入れば化学的に安定な状態だということです。
水分子は、この水素原子の電子1つと酸素原子のL核の電子1つを共有する共有電子対を2つ形成することで水分子の体裁をとっています。

図B 水素原子の分子構造

図B 水素原子の分子構造

 

この水分子に放射線などを当てると、水分子が崩壊して、OHとHに分離することがあります。この際、共有電子対を形成していた電子のペアが別れます。こうしてできた電子の片割れを不対電子と呼び、こうした不対電子を持つ分子のことをラジカルといいます。

◇コラム3:熱ルミネッセンス分析とは
熱ルミネッセンス分析とは、結晶が加熱されたときにそこから放射される可視光の量を測定することにより、放射線の被爆量を測定するための分析法です。
放射線がその結晶と相互作用したとき、結晶の原子にある電子がより高いエネルギー準位に飛び出します。しかし、その電子は不純物のためにトラップされ、加熱されるまでそこに留まることになります。結晶を加熱することでその電子が基底準位まで落ちてきますが、そのときに特定の周波数の光子を放出します。これが熱ルミネッセンス反応です。
放射される光の量は被爆した放射線量に依存するため、光度を測定することで、被爆量を知ることができます。
主な用途としては土器や岩石の年代測定や放射線照射食品の検知などがあります。
この熱ルミネッセンス分析は、1mg程度の粉末を測定に必要とするので、試料を少し破壊して測定する必要があります。本研究では、ESR分析で用いた粉末試料をそのまま測定に利用しています。

GIT2012:第3回 国際宝石・宝飾品学会に参加して

研究室 北脇裕士 

会議後のツアーで訪れたカンボジア、パイリンのWat Phnom Yat 寺院

会議後のツアーで訪れたカンボジア、
パイリンのWat Phnom Yat 寺院

本会議の会場となったインペリアルクイーンズパークホテル

本会議の会場となったインペリアル
クイーンズパークホテル

昨年12月12日(水)~13日(木)までの2日間、表題の国際会議がタイのバンコクで行われ、翌14日(金)~16日(日)までの3日間、ポストカンファレンスツアー(会議後の原産地視察)としてタイのチャンタブリ~カンボジアのパイリン鉱床の視察が行われました。当研究所から3名の技術者が参加し、それぞれ口頭発表を行いました。
以下に概要をご報告致します。

GIT 2012とは・・・・

International Gem and Jewelry Conference(国際宝石・宝飾品学会)はGIT(The Gem and Jewelry Institute of Thailand)が主催する国際的に有数の宝飾関連学会の一つです。第一回目は2006年、第二回目は2009年、そして今回は2012年12月に第三回目としてGIT 2012が開催されました。GITはLMHC(ラボマニュアル調整委員会)にも属する国際的にも著名な宝石検査機関で、当研究所とは科学技術に関する基本合意を締結し、密接な技術交流を諮っています。本学会はGITが主催していますが、TGJTA(タイ宝石・宝飾品協会)、CGA(チャンタブリ宝石・宝飾品協会)、チュラロンコン大学、国家商工省、鉱物資源局などが後援しており、まさに国を挙げての国際会議といえます。また、本会議運営のため15ヵ国31名の国際技術委員会が結成され、当研究所の堀川もその一役を担いました。


本会議

本会議はバンコク市内のインペリアルクイーンズパークホテルが会場となり、世界30ヵ国から500名を超える参加者が集いました。オープニングセレモニーではCIBJO会長のGaetano Cavalieri氏、ICA会長のWilson K.W. Yuen氏らが宝飾業界の未来に向けて力強い基調講演を行いました。
一般講演は1.宝石の特性、2.鑑別-命名、3.鑑別-処理(1)、4.鑑別-処理(2)、5.ダイヤモンド、6.貴金属、7.有機宝石、8.宝飾デザイン、9.宝石学-探鉱、10.宝石学-政策ほか、の10のセッションで構成されており、2つの会場に分かれて同時進行しました。口頭発表は総計で48件、ポスター発表は45件のエントリーがありました。当研究所からは技術顧問の赤松が有機宝石セッションで『養殖真珠-その誕生と現状』、堀川が鑑別-命名セッションで『宝石用語としての“翡翠”の再考』、筆者が鑑別-処理セッションで『LA-ICP-MS分析による合成ルビーの鑑別』についてそれぞれ口頭発表を行いました。
各発表の詳細な要旨集がGITのウェブサイトhttp://www.git.or.th/index_en.html に掲載されております。フリーでダウンロードすることが可能ですので、ご興味のある方はご覧下さい。

基調講演でアジアのジュエリー産業の未来について語るICA会長のWilson K.W. Yuen氏

基調講演でアジアのジュエリー産業の未来について
語るICA会長のWilson K.W. Yuen氏

本会議のメイン会場となったインペリアルクイーンズパークホテルのボールルーム

本会議のメイン会場となったインペリアル
クイーンズパークホテルのボールルーム


会場に張り出された45件のポスター発表。口頭発表の合間には熱心な研究者が著者に質問を投げかける

会場に張り出された45件のポスター発表。
口頭発表の合間には熱心な研究者が
著者に質問を投げかける

鑑別-命名セッションで『宝石用語としての“翡翠”の再考』について講演する堀川所員

鑑別-命名セッションで『宝石用語としての
“翡翠”の再考』について講演する堀川所員
 


ポストカンファレンスツアー(会議後の原産地視察)

本会議終了後、約90名の参加者が3日間のチャンタブリ~カンボジアのパイリン地区の視察に参加しました。
タイは昔からルビー・サファイアの重要な産地です。1850年の鉱床発見以来、19世紀後半から世界のルビー・サファイアの宝石需要を支え続け、1980年代の最盛期には4000万ct程の生産量があったという記録があります。しかし、1990年代以降鉱床は枯渇気味で、現在は宝石産地であると同時に世界的な宝石と宝飾品の加工と流通の中心になっています。特にバンコクやチャンタブリでは常にコランダムの新しい加熱技術が発達し、世界中の宝石関係者の注目の的となっています。タイのコランダム産地はカンチャナブリ地区、チャンタブリ地区、フィラエ地区などが知られています。今回のツアーではチャンタブリ地区のKhao Ploi Waen鉱区を訪れました。ここはタイで始めてサファイアが発見された土地として知られています。この地区はカンチャナブリ地区に比較すると産出量は少なく、ブルー・サファイアは色が濃すぎて黒っぽく見えますが、美しいグリーンサファイアが産出します。ここでは地下3~8mに分布する灰色~褐色の風化玄武岩の土が重機で掘られ、選鉱プラントでは高圧水で洗浄し、比重選鉱されています。

チャンタブリ地区のKhao Ploi Waen鉱区。風化玄武岩の二次鉱床

チャンタブリ地区のKhao Ploi Waen鉱区。
風化玄武岩の二次鉱床

高圧水を使用して風化玄武岩の土を洗い流す

高圧水を使用して風化玄武岩の土を洗い流す
 


比重選鉱機を用いてサファイアを選別

比重選鉱機を用いてサファイアを選別
 

Khao Ploi Waen鉱区から産出したグリーンサファイア

Khao Ploi Waen鉱区から産出した
グリーンサファイア


タイの東方、カンボジアとの国境を横切ってパイリン地区のサファイア鉱区が広がります。この地ではブルー・サファイアとルビーが産出します。不思議なことにカラレス、イエローやグリーンの産出がほとんどありません。この地のブルー・サファイアは品質が良く、現地の人の自慢でもあります。全体的に濃色ですが、小粒のものが多いようです。全体的にチャンタブリ地区のサファイアに似ています。カンボジア側から産出したものもタイ産としてチャンタブリやバンコクで加熱され、市場に出て行くと言われています。今回はSanang川の河川鉱床とBo Yaka地区の露天掘り鉱床を視察しました。河川鉱床での採掘は自由に行うことが可能で、現地の農民が副収入の糧として採掘されています。いっぽう露天掘り鉱床は国から採掘権を購入し、重機を用いて採掘されています。

カンボジア・パイリンのSanang川流域での採掘

カンボジア・パイリンのSanang川流域での採掘

わんかけをして得られたサファイア類の原石

わんかけをして得られたサファイア類の原石


カンボジア・パイリンBo yaka地区の露天掘り。高圧水で土砂を崩し、ポンプで吸い上げて選鉱機に運ぶ

カンボジア・パイリンBo yaka地区の露天掘り。高圧水で土砂を崩し、ポンプで吸い上げて選鉱機に運ぶ

非開示で持ち込まれた6個の大きなサイズ(1+ ct)のCVD合成ダイヤモンド

中央宝石研究所 研究室

最近、中央宝石研究所の東京支店ではラウンドブリリアントカットされた6個の1ct upのCVD合成ダイヤモンドを鑑別しました。これらは、宝石検査機関に非開示で持ち込まれたCVD合成ダイヤモンドとしては最大級のサイズです。このようなCVD合成ダイヤモンドは、標準的な宝石学的検査では識別が困難ですが、ダイヤモンドのタイプを粗選別した後、フォトルミネッセンス分析やDiamondViewTMによるUVルミネッセンスの画像解析において確実に看破することができます。以下にその特徴をご紹介します。

はじめに

2003年に米国ボストンのApollo Diamond Inc. がCVD法で合成したダイヤモンドを宝飾用に販売する計画を明らかにして以降、宝石業界においてもCVD合成ダイヤモンドが注視されるようになりました[文献1]。2007年以降、国際的な宝石検査機関の実務に供せられたCVD合成ダイヤモンドが報告されるようになりました[文献2,3]。2010年後半には米国フロリダのGemesis Corp. がCVD合成ダイヤモンドを販売すると表明し[文献4]、2012年5月にはベルギーのIGIからGemesis Corp.製と思われる非開示のCVD合成ダイヤモンドを600個検査したとの報告があり、ダイヤモンド業界を賑わせました[文献5]。それ以降、インドや中国の検査機関からも相次いでCVD合成ダイヤモンドに関する報告がなされています[文献6]。これらのCVD合成ダイヤモンドはほとんどが0.3ct~0.7ctですが、これまで宝石検査機関に供せられた無色のCVD合成ダイヤモンドとしては最大で1.05ctのペアシェープトカットのものが報告されています[文献7]。

試料と分析方法

 

Fig.1 非開示でグレーディングに持ち込まれた 6個のCVD合成ダイヤモンド(1.001~1.119ct)
Fig.1 非開示でグレーディングに持ち込まれた6個のCVD合成ダイヤモンド(1.001~1.119ct)

 

天然ダイヤモンドとして通常のグレーディングに供せられた6個のダイヤモンドを検査対象としました(Fig.1)。これらはすべてラウンド・ブリリアント・カットが施されたルースでした。重量は小さい方から1.001, 1.009, 1.010, 1.011, 1.032, 1.119ctで、カット研磨された宝飾用CVD合成ダイヤモンドとしては最大級のものです。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いました。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行いました。II型の粗選別には自社で開発したDiamond–kensaを使用。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400cm−1、分解能は4.0cm−1で、20回の積算回数で測定しました。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm(赤色)、514nm(緑色)、488nm(青色)および325nm(紫外)の各波長のレーザーを励起源に液体窒素温度付近まで冷却した状態で分析を行いました。UVルミネッセンス像の観察にはDTC製のDiamondViewTMを用いました。

 

結果および考察

【標準的な宝石学的検査】

カラー、クラリティおよびカット

カラーグレードは6個ともLight Yellowish Grayで、灰色味が強く通常のケープスケールでは評価できませんでした(Fig.2)。クラリティグレードは4個がVS1、2個がVS2にグレードされました。カットグレードは4個がExcellent、2個がVery goodでした。

Fig.2 6個とも灰色味が強く通常のケープスケールでは評価できない。カラーグレードはすべてLight Yellowish Grayであった。
Fig.2 6個とも灰色味が強く通常のケープスケールでは評価できない。カラーグレードはすべてLight Yellowish Grayであった。

注: 日本国内におけるAGLの規定では合成ダイヤモンドについてグレーディングレポートおよびソーティングメモの発行は行いません。

 

拡大検査

検査したすべてのサンプルに少数のピンポイントが観察され、これらがVVS以下のクラリティの要因となっています。これらを拡大すると黒褐色の不定形で、非ダイヤモンド構造炭素と考えられます(Fig.3)。一部の試料のガードル部に黒色のグラファイト化が認められました(Fig.4)。この特徴はHPHT処理が施されたダイヤモンドに見られるものと同様のもので、CVD合成後にHPHT処理が施されたことを強く示唆しています。

Fig.3 CVD合成ダイヤモンド中に見られた黒色包有物。(拡大35×)
Fig.3 CVD合成ダイヤモンド中に見られた黒色包有物。(拡大35×)

 

Fig.4 CVD合成ダイヤモンドのクリベージに見ら れた黒色グラファイト化。(拡大35×)
Fig.4 CVD合成ダイヤモンドのクリベージに見られた黒色グラファイト化。(拡大35×)

 

歪複屈折

今回観察した6個の試料すべてに特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が観察されました。これらは結晶の成長方向に平行に伸びたもので、結晶成長時の線状欠陥(ディスロケーション)によるものと思われます(Fig.5)。II型の天然ダイヤモンドには“タタミマット”構造と呼ばれる畳の目のような歪が必ず認められます。CVDダイヤモンドは後述するようにII型に属しますが、この“タタミマット”は見られません。ただし、成長方向に平行な方向から観察すると、一見“タタミマット”様に見えるので注意が必要です(Fig.6)。

Fig.5 CVD合成ダイヤモンドの交差偏光下の歪複屈折。低次の白黒のコントラストの干渉色による筋状模様が見られる。
Fig.5 CVD合成ダイヤモンドの交差偏光下の歪複屈折。低次の白黒のコントラストの干渉色による筋状模様が見られる。

 

Fig.6 方向によっては天然II型のタタミマット様に見えるので注意が必要である。
Fig.6 方向によっては天然II型のタタミマット様に見えるので注意が必要である。

 

紫外線蛍光

長波紫外線下においてはすべての試料は不活性でした。短波紫外線下では一部の試料に弱い帯緑黄色の発光が見られました(Fig.7)。

 

Fig.7 長波紫外線(上)および短波紫外線(下)でのCVD合成ダイヤモンドの蛍光。(ほとんど不活性)
Fig.7 長波紫外線(上)および短波紫外線(下)でのCVD合成ダイヤモンドの蛍光。(ほとんど不活性)

 

【ラボラトリーの技術】

Diamond–kensa

II型のダイヤモンドを粗選別するために短波紫外線の透過率を検知するDiamond–kensaでの測定を行いました。6個とも瞬時にII型と判定されました。

 

赤外分光分析

すべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500~1000cm−1)に明瞭な吸収を示さないII型に分類されました。色調にわずかな黄色味を有するにもかかわらず、置換型単原子窒素に由来する1344㎝−1の吸収は認められませんでした。また、水素由来の吸収としてCVD合成ダイヤモンド特有のものとして報告されている3123cm−1の吸収も天然ダイヤモンドによく見られる3107cm−1もはっきりとしたピークとしては認められませんでした[文献8]。

 

フォトルミネッセンス分析

514nmレーザーによるPLスペクトルは637nm(NV)および575nm(NV0)がすべてに検出されました。737nm(736.4/736.8nmのダブレット)ピークもすべてに検出されました。737nmピークは天然ダイヤモンドにも検出された例はありますが、きわめて稀であり、CVD合成装置の石英ガラス由来のSiV-に起因するものと考えられています[文献9]。したがって、737nmピークが検出されればCVD合成と判断できます。
633nmレーザーによるPLスペクトルはSi関連の737nmピークが非常に強く検出されました。このように737nmピークの検出には514nmレーザーよりも633nmレーザーが有効です(Fig.8)。

Fig.8 フォトルミネッセンス分析:514nm励起では575nm, 637nmピークと737nmピークを検出。737nmピークはCVD合成の特徴であり、633nm励起の方が検出感度が良い。
Fig.8 フォトルミネッセンス分析:514nm励起では575nm, 637nmピークと737nmピークを検出。737nmピークはCVD合成の特徴であり、633nm励起の方が検出感度が良い。

 
488nmレーザーによるPLスペクトルは637nm(NV)および 575nm(NV0)と503.2nm(H3)ピークがすべてに検出されました。また、6個中5個に帰属不明の528nmピークが検出されました(Fig.9)。

Fig.9 フォトルミネッセンス分析:488nm励起では503nmに強いH3による光学ピークが検出された。また、帰属不明の528nmのピークも6個中5個検出された。
Fig.9 フォトルミネッセンス分析:488nm励起では503nmに強いH3による光学ピークが検出された。また、帰属不明の528nmのピークも6個中5個検出された。

325nmレーザーによるPLスペクトルにおいて462nmと499nmに帰属が不明のピークが検出されました。これらは天然ダイヤモンドには見られません。また、2個の試料に非常に弱い415.2nm(N3)のピークが検出されました。これらのN3や488nmレーザーで検出されたH3のピークは成長時のCVD合成ダイヤモンドからは検出されておらず、成長後のHPHT処理によって形成されたと考えられます[文献10]。

 

UVルミネッセンス像(DiamondViewTM

検査したすべての試料には帯緑青白色の発光色が見られ、青色の燐光が観察されました。これらの発光はダイヤモンドの色を無色にするために意図的に添加されたホウ素に起因すると考えられます[文献11]。天然のII型ダイヤモンドでは通常バンドAと呼ばれる発光中心による暗い青色蛍光が見られ[文献12]、燐光はありませんので、この蛍光色と燐光の有無は両者の識別の手がかりとなります。
また、検査したすべてにCVDダイヤモンドに特有の積層構造のイメージが観察されました(Fig.10)。CVD法において宝飾用の単結晶を育成するためには高速度成長が不可欠です。高速度成長のために窒素が添加されますが、窒素の添加量が多くなると、このような線状の模様が出現すると考えられています[文献13]。このようなCVD特有のUVルミネッセンス像はテーブル側からよりもパビリオン側からの観察でより明瞭となります。一部には天然ダイヤモンドに普遍的な直線的な成長縞やスリップラインのような直線的な構造も見られましたので(Fig.11)、試料全体(特にパビリオン側)を慎重に観察することが重要です。

 

Fig.10 Diamond ViewTMによる蛍光像6個すべてにCVD合成ダイヤモンドに特有の積層構造が確認された。また、ホウ素に起因すると思われる青色の燐光も認められた。
Fig.10 Diamond ViewTMによる蛍光像6個すべてにCVD合成ダイヤモンドに特有の積層構造が確認された。また、ホウ素に起因すると思われる青色の燐光も認められた。

 

Fig.11 一部の試料ではテーブル方向で天然ダイヤモンドに一般的な直線上の模様も見られた。したがって、観察はパビリオン側で方向を変えて行うことが必要である。
Fig.11 一部の試料ではテーブル方向で天然ダイヤモンドに一般的な直線上の模様も見られた。したがって、観察はパビリオン側で方向を変えて行うことが必要である。

 

結論

非開示で持ち込まれた6個の1ct upのダイヤモンドを検査した結果、すべてがCVD合成ダイヤモンドであることが判りました。このサイズは宝石検査機関に持ち込まれたCVD合成ダイヤモンドとしては最大級のものです。
標準的な宝石学的検査においては、II型ダイヤモンドであるにもかかわらず交差偏光下でのタタミマット構造の欠如、黒色包有物の存在が鑑別の手がかりとなります。フォトルミネッセンス分析ではSi–Vに起因する737nmピークが検出されればCVD合成と判断できます。さらにDiamondViewTMによるルミネッセンス像の観察において、帯緑青色の蛍光色と燐光の存在がCVD合成を示唆し、その特徴的な積層構造が鑑別の決め手となります。
CVDダイヤモンドの宝飾品への利用は始まったばかりですが、昨年来国際的に急速な広がりを見せています。CVDダイヤモンドの幅広い産業界での応用がある現在、更なる技術開発が予想され、製品の向上に期待が寄せられています。本稿で述べた識別特徴は、現時点の製品に対するものであり、宝石検査機関はこのような新しい素材に対する鑑別技術の開発に常に努力を払う必要があると思われます。

文献

[1]Wang W., Moses T.M., Linares R., Shigley J. E., Hall M. and Butler J.E. (2003) Gem-quarity synthetic diamonds grown by a chemical vapor deposition (CVD) method. Genms & Gemology, vol.39, No.4, pp268-283
[2]Wang W., Hall M.S., Moe K.S., Tower J. and Moses T.M. (2007) Latest-generation CVD-grown synthetic diamonds from Apollo Diamond Inc.. Gems & Gemology, vol.43, No.4, pp294-312
[3]Kitawaki H., Abduriyim A., Kawano K. and Okano M. (2010) Identification of CVD-grown synthetic melee pink diamond. Journal of gemology, vol.32, No.1-4, pp23-30
[4]Wang W., and Moses T.M. (2011) Gem quality CVD synthetic diamonds from Gemesis. Gems & Gemology, vol.47, No.3, pp227-228
[5]Even-Zohar C. (2012) Synthetic specifically “made to defraud”. Diamond Intelligence Briefs, vol.27, No.709, pp7281-7293
[6]Song Z., Lu T., Lan Y., Shen M., Ke J., Liu J and Zhang Y. (2012) The identification features of undisclosed loose and mounted CVD synthetic diamonds which have appeared recently in the NGTC laboratory, Journal of Gemmology, vol33, No.1-4, pp45-48
[7]Wan W and Moe K.S. (2010) CVD synthetic diamond over one carat. Gems & Gemology, vol.46, No.3, pp144-145
[8]Wang W., Doering P., Tower J., Lu R., Eaton-Magana S., Johnson P., Emerson E and Moses T. (2010) Strongly colored pink CVD lab-grown diamonds. Gems & Gemology, vol.46, No.1, pp4-17
[9]Breeding C.M. and Wang W. (2008) Occurrence of the Si-V defect in natural colorless gem diamonds. Diamond and Related Materials, vol.17, pp1335-1344
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日本鉱物科学会2012年年会

研究室 江森健太郎  

去る9月19日(水)~21日(金)までの3日間、京都大学吉田キャンパス北部構内において日本鉱物科学会の2012年年会が行われました。弊社からは2名の技術者が参加し、発表を行いました。以下に年会の概要をご報告いたします。

鉱物科学会2012年年会が行われた京都大学吉田キャンパス理学部正門前にて

鉱物科学会2012年年会が行われた
京都大学吉田キャンパス理学部正門前にて

日本鉱物科学会(Japan Association of Mineralogical Sciences)は平成19年9月に日本鉱物学会と日本岩石鉱物鉱床学会の2つの学会が統合・合併され発足し、現在は大学の研究者を中心におよそ1000名の会員数を擁しています


日本鉱物科学会2012年年会

京都大学正門

会場となった京都大学吉田キャンパスは筆者が学生時代学部から博士後期過程まで在籍した大学です。京都大学は日本で2番目に創設された帝国大学の流れを汲んでいる国立大学で、精神的な基盤として「自由な学風」を謳っており、その自由な学風からノーベル賞受賞者も多数輩出しています。最近では、医学部山中教授がiPS細胞の研究でノーベル医学賞を受賞し、話題になりました。
地理的には京都市の中心部より北東側に位置する左京区にあります。銀閣寺や節分祭で有名な吉田神社が校舎の近くにあります。交通手段としては京都市営バス(京都駅より30分程度)や京阪電鉄出町柳駅から徒歩15分ほどで、どちらも本数があるためアクセスは良好です。


ポスターセッションの様子

ポスターセッションの様子

一日目、19日(水)の午前9時より2つの会場で「地球表層・環境・生命」「大震災及び福島原発事故にかかわる環境有害元素の挙動を鉱物学から探る」「火成作用と流体」「深成岩・火山岩及びサブダクションファクトリー」「結晶構造・結晶科学・物性・結晶成長・応用鉱物」「変成岩とテクトニクス」のセッションがはじまりました。また別会場でポスターセッションが同時に開催されていました。お昼の12時~14時はポスターセッションのコアタイムに指定されており、ポスター発表者による説明や質疑応答、議論などが活発に行われていました。なお、このポスター発表は学会開催期間3日間を通して行われており(それぞれの日で発表演目は異なります)、3日間ともコアタイムはたくさんの人で賑わっていました。


鉱物科学会受賞講演の様子

鉱物科学会受賞講演の様子

二日目、20日(木)の午前9時15分より鉱物科学会の総会、そして10時30分より鉱物科学会受賞講演がありました。平成23年度日本鉱物科学会賞第8回受賞者の熊本大学理学部吉朝朗教授の講演の後、研究奨励賞第9回受賞者の浜根大輔氏、研究奨励賞第10回受賞者の小松一生氏の講演がありました。


午後14時から「結晶構造・結晶科学・物性・結晶成長・応用鉱物」「高圧・地球深部」「岩石水相互作用」「変成岩とテクトニクス」のセッションがありました。弊社研究者は「結晶構造」のセッションを聴講しました。筆者の恩師である北村雅夫名誉教授の「部分キンクにおける着脱平衡とカイネティックス」という発表がありました。非常に難しい内容でしたが、鉱物学の最先端を垣間見る内容の発表で感銘を受けました。

三日目の21日(金)は朝9時から三箇所の会場で各セッションが行われました。弊社研究者は午前9時からの定番セッション「鉱物記載・分析評価」のセッションで「LA-ICP-MS分析法の宝石学への応用~合成ルビーと天然ルビーの鑑別について」と「宝石質天然ダイヤモンドの包有鉱物及びCL像の研究」の2件の講演を行いました。宝石鑑別の依頼についてや情報開示等についての質問があり、聴講者の宝石学への興味が感じられ発表を行った成果は上々であったように思われます。