CGL通信 vol20 「『高圧合成ダイヤモンド-私が出会った様々な結晶-』第3回」
公益財団法人 つくば科学万博記念財団参事/理学博士
中央宝石研究所 技術顧問 神田 久生
はじめに
高圧合成ダイヤモンドについて、私の研究体験を振り返る形で3回のシリーズの記事を書いているが、初回は合成法、2回目は形、そして今回が最後となり色について述べる。
宝石ダイヤモンドを評価するさいに4C(Carat, Cut, Color, Clarity)が使われるが、Color(色)はそのひとつであり、重要な要素である。色は、工業的にも半導体として電気的性質とも密接に関係し、古くから多くの研究が行われている。
私は1970年代半ば、ダイヤモンド単結晶合成の研究を始めるにあたって、結晶成長機構の理解を深めるという視点から、色に影響を与える不純物の結晶への取り込まれ方ということにも関心をもった。ダイヤモンドの色についての論文検索で、その頃わかっていたのは次のようなことである。
- 通常の高圧合成ダイヤモンドは、窒素原子が単原子状で混入し黄色を呈しており、Ib型に分類される。一方、天然ダイヤモンドでは窒素原子が2原子あるいは4原子になって集合した状態で含まれており無色である。これはIa型と分類される。
- 無色透明のダイヤモンドも合成することができるが、そのためには窒素の混入を防ぐことが必要で、合成触媒の合金にチタン( Ti)など窒素ゲッターと呼ばれる元素を加える必要がある。このような窒素を含まないダイヤモンドはII型と分類される。
- ホウ素を添加すると青色の結晶を作ることができる。これはIIb型である。
- 黄色のIb型結晶を高温(約2000℃)に加熱すれば無色のIa型に変化する。
ざっとこのような具合で、かなり主要なところは公知であった。米国ゼネラルエレクトリック社の研究者の貢献が大である。
金属触媒依存性
既に述べたように、ダイヤモンドはニッケル(Ni)、コバルト(Co)、鉄(Fe)を主成分とした合金の中で成長し、これら合金から成長したダイヤモンドは窒素を数百ppm含むIb型で黄色を呈する。窒素を含まない無色のII型の結晶は、窒素ゲッターとよばれるチタン( Ti), ジルコニウム(Zr), アルミニウム(Al)を添加した合金を使うことで成長させることができる、ということが予備知識としてあった。
私は、窒素ゲッターという物質のはたらきをより詳しく知りたいために、各種の元素を加えた合金を使ってダイヤモンドを合成した。図1に元素の周期表を示す。ダイヤモンド合成触媒のNi, Co, Feがオレンジ色で示してある。
そして、窒素ゲッターのTi, Zr, Alが灰色で示してある。私は、周期表のFeとTiの元素の間にあるバナジウム( V )、クロム(Cr)、マンガン(Mn)を加えた合金を使ってダイヤモンドを合成してみた。その結果、次のことがわかった。
- V , Cr , Mnを加えることでも窒素濃度を下げることができる。
- 濃度を下げる力はMn, Cr, V, Tiの順に強くなる。
つまり、Mnはより多量に加えないと窒素濃度は下がらず、Tiは少しの添加で窒素濃度は下がる。よって、Tiは窒素ゲッターと呼ぶことになったのだろう。このような窒素濃度と合金組成との関連は、金属触媒の窒素との親和力ということで理解できる。つまり、金属触媒が窒素と結合しやすいほど、その中で成長するダイヤモンドの窒素濃度は低くなる。窒素は金属触媒により多く分配されるわけである。
このようなことで、ダイヤモンドの窒素濃度は、金属触媒の元素組成を変えることで連続的に下げることができ、Ib型とII型の間は連続的につながる。
こういう理屈で、金属触媒の成分を変えるだけで合成される結晶は黄色にも無色にもなるのなら、より評価の高い無色の結晶ばかりつくればよいと思われるが、無色の結晶を作ろうとすると金属インクルージョンが入りやすく、クラリティが下がる。無色透明で、かつクラリティの高い結晶を得ようとすれば成長速度を下げなければならないので経済的な負担は大きくなる、というのが実情である。
以上、ダイヤモンドの金属触媒依存性を述べたが、このようにしてできたダイヤモンドは、図2のようなものであった。黄色や無色の多面体である。(ひとつ緑色の結晶もあるが、これについては後述する。)このような結晶の着色の濃さは詳しく観察すると均一ではない。図3に板状に研磨した結晶断面を示す。黄色の領域と無色の領域がある。これをわれわれは着色のセクター依存性と呼んでいる。この結晶の場合、{111}セクター({111}面が重なって成長した領域)が黄色で、{113}面が重なってできた{113}セクターは無色である。一般的に、{111}面が最も不純物が入りやすい。
上にも少し述べたが、いろいろな金属触媒を使ってダイヤモンドを作っていると、緑色に着色した結晶ができることがあった。これは先行の報告にもなく、けっこう美しいので興味を引かれ、詳しく調べてみた。結晶が緑色になるのはNiに2%のTiを加えた合金を触媒として使ったときであった。では、Tiの添加量をさらに増やすとどうなるかということで、3%加えた合金で結晶を合成してみると、緑ではなく茶色の結晶が成長した(図4)。つまり、NiーTi合金でTi添加量を増していくと、黄色→緑色→茶色というふうに変化していくことがわかった。なんとも不思議な現象でしばらく気になっていた。1983年、米国での国際会議で、英国のT.Evans氏に会ったとき、このような色の話をすると、A.Collins氏の論文を送ってくれた。これはNiが不純物としてダイヤモンド中に混入して、着色や発光に影響するというものであった。強固な結晶格子を持つダイヤモンドに不純物として入るのは窒素とホウ素に限られると思い込んでいたので、ニッケル原子もダイヤモンド中に入るということには驚いた。
A.Collins氏は、ダイヤモンドの光や電気的性質の専門家で、着色や発光の性質を詳細に調べていた。その一方で、測定試料の入手は限定されていたようである。それで、1988年、1ヶ月ほどロンドンのA.Collins氏の研究室に滞在する機会を得たときには、種々の合成ダイヤモンドを持って行き、吸収スペクトルなど測定した。1ヶ月の短期間であったが、効率的に成果が得られた。合成屋と測定屋とのうまいコラボレーションであったといえる。そのころ、学生時代の1年先輩であった磯谷順一氏に15年ぶりに再会し、そのことからまた新しい成果が得られた。
磯谷氏は、電子スピン共鳴(ESRあるいはEPR)の専門家である。この方法を使うと結晶中の微量の不純物の濃度や存在状態を知ることができるということで、彼は、私の合成したいくつかの合成ダイヤモンドを測定し、実際、Ni原子がダイヤモンド格子の炭素原子と置き換わって入っていることを見出した。これも合成屋と測定屋のうまくいったコラボレーションである。
ダイヤモンド中にNi原子が入るということなら、同じ合成触媒であるCoやFeの原子も不純物として入るのではないかと期待された。しかし、C o やF eの合金ではN iのときのような色の変化は認められなかった。1 9 9 1 年、S.Lawson氏がポスドク研究員として我々の研究室にやってきて、ダイヤモンドの光学的性質の研究を始めた。彼はA.Collins氏の研究室の出身で光測定の専門家である。彼は、Niに関する光測定を行っていたが、あるとき、Coから成長したダイヤモンドに、変わった発光がみられることに気がついた。紫外線を照射すると黄色に光ったのである。(後述するが、これは、Coからできた結晶を熱処理したものである。)こうして、Coも不純物としてダイヤモンド中に入ることが見出された。ただ、着色には影響を与えず、発光にのみ影響がみられることから、CoはNiほどはダイヤモンド格子中に入らないようである。Ni、Coがダイヤモンド中に入るなら、同じ触媒であるFeも入りそうであるが、これはまだ検出されていない。
ホウ素の添加
ダイヤモンドにホウ素が入ると青色に着色し、電気も流れるようになるので、ホウ素不純物は、古くから半導体工学の分野でも関心が高い。また、天然ダイヤモンドでも青色のダイヤモンドは希少価値が高く、珍重されている。スミソニアン博物館に展示してあるホープダイヤモンドはその典型であろう。
私が研究を始めたころにはすでに青色の美しい結晶は合成されていたが、後追いながらホウ素ドーピングの様子を調べてみた。結晶成長の観点から、ホウ素の混入の不均一性に注目したわけである。不均一性についても、成長セクター依存性が報告されていた。しかし、これは窒素を含まないIIb型と分類されている結晶についての報告である。では、窒素とホウ素の両方がダイヤモンドに混入すればどのようになるかという関心で実験を行った。そうすると、興味深い結果が得られた。
結晶の青色は、ホウ素の添加量が増えるにともない、濃くなって、すぐに見かけは真っ黒になり不透明になる。きれいな青色にするには添加のホウ素量は極わずかに抑える必要がある。極端なことをいえば、金属触媒や原料黒鉛にはホウ素がわずかに含まれており、ホウ素を全く含まないダイヤモンドを合成することは困難といわれている。
ホウ素の添加量を変えて合成したダイヤモンドの断面を図5に示す。添加量の増加に伴い青色は濃くなっているが、濃さは成長セクターによって異なっている。注目したいところは、添加量が少ないときには、{113}セクターが青くなっているにもかかわらず、{111}セクターは黄色のままである。そして、添加量が増えると、すべてのセクターが青くなるが、その濃さは{111}が強くなる。つまり、{111}セクターは青色に変わるのは遅いが、いったん青色になると急に濃くなる、ということである。{110}セクターも{113}セクターと同様な傾向を示す。一見、不思議なことであるが、これは、窒素不純物の入りやすさと合わせて考えれば、理解できることがわかった。それを図6で説明する。
横軸がホウ素添加量、縦軸がダイヤモンド中の窒素、ホウ素の濃度を示す模式図である。成長セクターごとに窒素濃度が異なっており、ホウ素添加量の増加とともにホウ素濃度が増している。そして、ホウ素濃度が窒素濃度を越えたとき青色に変わるわけである。ホウ素が入っても窒素濃度より少なければ色は黄色のままである。R.Burns氏は後に{110}と{113}との間でも不純物の入り方が違うという、より詳細な報告をしている。
以上、ホウ素添加による着色を紹介した。発光についても私の同僚の渡邊賢司氏が調べ、ホウ素濃度が低く純度が高いほど残光時間が長いということを解明している。
ホウ素添加の実験を行っているなかで、着色が合成温度によって変わることに気がついた。着色に対する合成温度の影響を次に述べる。
合成温度の影響
ホウ素添加の合成実験で失敗したときのことである。図7のような試料構成でホウ素添加の合成実験を行うが、通常、電力を投入して黒鉛ヒーターを1400~1500℃に加熱して、10時間、20時間など長時間、投入電力を一定に保持して結晶を成長させている。しかし、時には金属触媒が動いて黒鉛ヒーターと接触し、試料の温度が制御不能になってしまうことがあった。この試料をとりだしてみると、成長した結晶は図8のように、きたない形をしていてがっかりする結果であった。しかし、その色を観察してみると、黄色と濃青色の2色が混ざっていた。上記のように成長セクターで2色になっているのとは様子が違うので、ひょっとして温度が変われば色が変わるのではないかと予想し、成長中に意図的に温度を変える実験を行った。
例えば、始めの5時間は1500℃に設定し、その後、1450℃に下げてその温度に保持して成長を継続するわけである。そのようにして成長した結晶の断面を観察した。その結果、予想通りに温度が変わったと思われるところで着色に変化がみられた。その現象は窒素やNi、Coの入り方が変わるということで理解している。
図9はCo触媒で合成した結晶で、途中で温度を下げた例である。後半で黄色が少し濃くなっており窒素濃度が高くなっている。ホウ素添加の場合には、低温で黄色、高温で青色という2色が現れている。図10は、はじめ高温で成長させその後温度を下げ、再び温度を上げて成長させたものである。青→黄色→青というふうに温度に対応して色が変化している。この現象は、温度上昇とともに窒素濃度は小さくなると考えればつじつまは合うようである。
図10 成長途中に温度を変化させて合成したダイヤモンド。温度は高温→低温→高温というように変化させた。高温時に成長したところが濃青色で、低温時では黄色に着色している。矢印は成長方向
Niを含む場合にはちょっと違った結果が得られた。図11(a)のように温度が下降中にNi濃度が高くなったような筋ができている。時間をおいて2回下げた場合には2本の筋がみえる(図11(b))。逆に、途中で温度を上昇させたときには筋はできていない(図11(c))。下降中は金属触媒の中の炭素の過飽和度が高くなって成長速度が上がり、そのためNi濃度が高くなるのだろうと考えている。
不純物混入の温度効果は住友電工社によっても発表されており、合成温度が低いときには、{100}セクターのほうが、{111}セクターより窒素濃度が高いが、少し温度が上がると逆になる、と報告されている。高精度の温度制御の結果、このような現象が見出されたといえる。私が行った合成実験では、ここまで詳しくは見られなかった。
熱処理の影響
温度の影響といえば、不純物窒素の構造の問題もある。一般に、合成ダイヤモンドでは窒素原子は単原子状で含まれたIb型であり、天然ダイヤモンドと同じIa型(凝集窒素を含む)は高温高圧で熱処理することで生成することがGE社により報告されている。しかし私の体験で、合成温度が高いときには凝集窒素を含むこともあった。この結晶はI a 型とI b 型が混ざったものであった。これは、単原子で取り込まれた窒素原子が成長中に熱処理を受けて凝集したと考えられるが、もし、そうだとすれば、ひとつの結晶内でも初期にできた部分のほうが窒素の凝集はより進んでおり、Ia型になっていることになる。しかしながら、赤外線吸収スペクトル法で不純物窒素の分布を測定してみると、そんなに単純ではなかった。同じ時期にできたはずの場所でも明らかに窒素凝集度は違っていた。図12はその一例を示す。黄色の濃さは不均一であり、黄色の淡いところは窒素が少ないのではなく窒素が凝集したためであった。加熱による凝集速度については、「{111}セクターが凝集速度が高い」とか「電子線照射すると凝集速度が高くなる」というの報告もあり、共存する欠陥が多いと窒素の凝集が促進される傾向がある。そのことから、図12のような凝集度の不均一性は、窒素と共存する何らかの欠陥の不均一性に関係すると考えられる。この結晶の場合、結晶セクターの境界で窒素の凝集度が高いので、このあたりが欠陥濃度が高いといえる。これは成長速度と関係していると解釈している。一枚の写真とスペクトル測定で欠陥の生成や成長機構まで考えていくのもおもしろいものである。
Ib型結晶を熱処理すると無色になるが、NiやCoを含む結晶を熱処理しても、興味深い色や発光の変化が認められた。図13にその例を示す。黄色の結晶でもNiを含むものは茶色っぽく変化し、緑色の結晶は茶色に変化する。しかし、紫外線照射では緑色に発光する。Coを含む黄色の結晶は、熱処理で無色になるが、紫外線照射すると黄色の発光が認められる。このような熱処理による色や発光の変化は、NiやCoと窒素が集合した不純物の複合体を形成するためと考えられている。
おわりに
3回にわたって、多様な高圧合成ダイヤモンドを私の経験を軸に紹介した。最近では、気相合成法によっても宝石級の結晶がつくられているようである。宝石業界においてはこれらのダイヤモンドを正確に鑑別することが大きな問題である。 合成技術は今後も進歩を続けていくのはまちがいないであろう。その進歩に遅れないように、ダイヤモンドの評価技術も向上させ、多様なダイヤモンドの世界の理解を深めていくことが必要である。また、このような中で新しい発見に遭遇すれば、それは楽しいことだろう。