CGL通信 vol18 「第33回国際宝石学会(IGC)報告」
去る2013 年10 月12 日~ 19 日、ベトナムのハノイにおいて第33 回国際宝石学会(IGC) が開催されました。弊社研究室の技術者が出席し、本会議における口頭発表を行いましたので、以下にご報告致します。
◆国際宝石学会(IGC) とは
国際宝石学会(International Gemmolog ical Conference)は、多くの国際的に著名な地質学者、鉱物学者、先端的なジェモロジストなどで構成されており、宝石学の発展と研究者の交流を目的に原則2 年に1 度本会議が開催されています。
この会議の発祥は1952 年、ドイツでの第1 回会議まで遡ります。それ以降はオランダ(1953)、デンマーク(1954)、イギリス(1955)、ドイツ(1956)、ノルウェー(1957)、フランス(1958)、イタリア(1960)、フィンランド (1962)、オーストリア(1964)、スペイン(1966)、スウェーデン(1968)、ベルギー(1970)、スイス(1972)、アメリカ(1975)、オランダ(1977)、ドイツ(1979)、日本(1981)、スリランカ(1983)、オーストラリア(1985)、ブラジル(1987)、イタリア(1989)、南アフリカ(1991)、フランス(1993)、バンコク(1995)、ドイツ(1997)、インド(1999)、スペイン(2001)、中国(2004)、ロシア(2007)、タンザニア(2009)、スイス(2011)と引き継がれ、今回のベトナム、ハノイで33 回目を迎えました。発足当初はヨーロッパの各国で毎年開催されていましたが、近年では2 ~ 3 年に1回、ヨーロッパとそれ以外の地域の各国で交互に開催されています。筆者の一人、北脇は1999 年のインド以降、続けて参加しており、江森は2007 年のロシアに続き2 回目の参加となります。また、弊社研究室技術顧問の赤松氏は今回が初めての参加となります。
時の流れとともにその顔ぶれには多少なり変化が見られるようですが、他の一般的な国際会議とは異なり、IGC では今日もなお、クローズド・メンバー制が守られています。 メンバー(Delegate)は原則的に各国1~ 2 名で、現在33 カ国からの参加者で構成されています。メンバー制は排他的な一面がある反面、メンバーたちのアットホームで親密な交流が保たれています。ジェモロジストの国境を超えたファミリーという認識です。今回はメンバーとオブザーバーを合わせておよそ100 名が会議に出席しました。
日本からは弊社研究室技術者以外に古屋正貴氏、大久保洋子氏がオブザーバーとして会議に出席されました。
◆開催地
今回、開催の地となったハノイは、ベトナム社会主義共和国北部に位置する同国の首都です。人口およそ700 万人弱で、南部のホーチミンに次ぐ第二の都市です。商業都市であるホーチミンに比べて、政治・文化の中心都市として喩えられます。ホーチミンが活気に溢れ、日々目まぐるしくその姿を変えているのに比べ、街中を、ノンラー(藁でできた笠帽子)をかぶって天秤を担いだ行商達が闊歩している光景に代表されるように、ハノイはまだ至るところに昔ながらの風情を漂わせています。しかし、この10 年ほどで都市部には飛躍的にオートバイの数が増え、ほとんど信号機のないハノイ市内の道路では歩行者が横断するのもままならないほどです。
会場となったLAKE SIDE HOTEL はハノイ市の西部にある客室78 の中規模のホテルです。ノイバイ国際空港から20km 強の距離ですが、ハノイ市内の繁華街からは5 ~ 6km と立地条件もよく、ホテル名のとおり、小さな湖に面した静かな環境で学会の会場として申し分ありません。また、ホテルの館内および室内には無料のWi-Fi 環境も整っており、特に外国人旅行者の滞在を快適にしています。
◆第33 回国際宝石学会議
今回の第33 回国際宝石学会は、
◇ Pre Conference Tour ; 10 月10 日(木)~ 12 日(土)
◇ 本会議 ; 10 月12 日(土)~ 16 日(水)
◇ Post Conference Tour ; 10 月17 日(木)~ 19 日(土)
この3 本立てで行われました。本会議前後のConference Tour は、開催地周辺のジェモロジーや地質・鉱物に因んだ土地や博物館などを訪ねます。今回はPre Conference Tour でハロン湾の真珠養殖が視察できるとあって赤松氏が参加し、Post Conference Tour ではLuc Yen のルビー鉱山が見学できるため北脇、江森が参加しました。
◆本会議
本会議に先立って12 日(土)18 時より同ホテルにてレセプション・パーティが開催されました。各々の国から馳せ参じた旧友たちが2 年ぶりに再会する瞬間です。お互いの健康や研究成果を讃えあい、旧交を温めます。これから始まる長丁場の本会議を迎える大切な儀式といえます。13 日(日)の本会議は主催者のベトナム国際大学のPhung X uan Nha 氏の挨拶に続き、本学会を支援するDOJI Gold & Gems Group のCEO Do Minh Phu 氏が祝辞を述べました。そしてIGC のExecutive Committee を代表してJayshree P anjikar 氏が開会の挨拶を行いました。引き続き、一般講演が開始されますが、第一セッションの開始前に座長のEmmanuel Fritsch 氏の音頭により、昨年永眠された砂川一郎先生とGeorge Bosshart 氏に対して哀悼の意を表し、悼んで1分間の黙祷が捧げられました。
本会議における一般講演は13 日(日)~ 16 日(水)までの4 日間、朝9 時から夕方5 時までびっしりと行われました。各講演は質疑応答を含めて持ち時間各20 分で行われ、合計41 題が発表されました。うち、ダイヤモンド関連は5 題、コランダム関連10 題、ベリル、クリソベリル、スピネル、ガーネット関連7 題、トパーズ、ゾイサイト、フェルスパー、クォーツ、ジェード、光学効果関連6 題、ガラス、歴史的ジュエリー、産地関連6 題、真珠関連7 題でした。弊社研究室からは北脇がダイヤモンドのUV ルミネッセンス像について、江森がコランダムのBe 処理の現状について、赤松氏が真珠産業の現状と未来についてそれぞれ講演を行いました。
最終日の16 日(水)の午前はショートエクスカーションとして、参加者全員でハノイ市内にある首相官邸を訪問しました。本来、プログラムにはなかったイベントですが、豪華な内装が施された官邸内への入場を許可され、副首相であるNguyen Thi Doan 氏が迎えてくれました。今回の国際宝石学会IGC をサポートしたDOGI グループの人脈に加えて、ベトナム経済の宝飾産業への期待の現れが感じ取れます。
◆ポスター・セッション
プログラムには17編のポスターが予定されていましたが、キャンセルも多く、実際には4 日間の本会議開催中、会場には10編ほどのポスターが張り出されました。各セッションの合間の休憩タイムには熱心にポスターに見入る参加者の姿が見られました。また、14 日と15 日の午後にはコア・タイムが設けられ、各ポスターの執筆者が自身のポスターの前に立って説明を行いました。
IGC33-Pre Conference Excursion 報告
赤松 蔚
去る10 月10 日~ 16 日ベトナムのハノイを中心に開催されたIGC33 に参加させていただいたので、その報告を以下に行ないます。
1.Pre-Conference Excursion 参加
10 月10 日~ 12 日ハロン湾で開催されたPre-Conference Excursion に参加させていただいた。事前の案内でこのExcursion にハロン湾の真珠養殖場見学が含まれていたので、参加をお願いした次第である。9 日夜遅くハノイのホテルに到着したが、Excursion は翌10 日朝早くハノイを出発する予定になっていたので、かなり眠かったが2 泊3 日用の荷物をリュックにつめる作業をした。10 日朝リュック以外の荷物はホテルに預け、ハノイを出発し、バスで4 時間ほどかけてハロン湾へ移動した。
Excursion の参加者は45 名で、顔見知りのメンバーも何人かいた。ハロン湾についてホテルチェックイン。2 人部屋で私は山梨の日独宝石研究所所長古屋正貴氏と同室になり、いろいろ話しをする機会に恵まれた。翌11 日33 の宿泊部屋を持つ大型遊覧船に乗りハロン湾巡りをした。途中立ち寄ったスン・ソット洞窟は、大講堂のような洞窟が3 つもあり、そのスケールに圧倒された。その後ハロンパール養殖場を見学したが、やらせ半分、実作業半分の印象を受けた。核入れデモンストレーションでは、実作業ではあり得ないような1 年8 ヶ月の小さなアコヤガイに6 ~ 6.5 ミリの核を挿入し、養殖期間は3 年と説明していた。
一方養殖場の片隅では死んだ貝から核を回収していたが、そこでの核サイズは5 ミリのようだったので、実際は2 年弱の母貝に5 ミリの核を入れ、1 年養殖して6 ミリ珠を作っているように思われた。作業場の反対側の海にはかなり多くの抑制籠が吊るされており、これから判断すると20 ~ 40 万貝位実際に養殖しているように思われた。養殖場内で販売されている真珠はかなり低品質のもので、半分以上は中国産淡水真珠のように思われた。
12 日は9 時にホテルを出発。ハイキング組とカヤック組に分かれての行動だった。私は水着を持っていなかったので、ハイキング組に入り、それほど高くはないがかなり急階段の続く山に登った。10 時半船に戻り、信じられないような時間に昼食を食べた。午後1 時下船してバスでハロン湾を発ってハノイ戻り。昨日ベトナムの英雄ボ・ヌエン・ザップ将軍が亡くなられたということで、沿道には黒いリボンのついたベトナム国旗が多く掲げられていた。6 時ホテルに着いてこれでExcursion が終了した。7 時ホテル内でレセプションパーティーが始まり、本会議が始まった。
2.本会議出席
12 日~ 16 日ハノイ、レークサイドホテル6階で開催されたIGC33 本会議に出席した。真珠関係の発表は14 日で、私の発表を含め8 つあり、私は「養殖真珠の現状と今後の展望」というテーマで、これからの真珠養殖は「労働集約型」から「技術集約型」へ転換し、母貝資源、漁場環境に配慮し慮視、少量高品質の真珠を作るべきであると発表した。
IGC33-Post Excursion 報告
江森健太郎
本会議の翌日より三日間(10 月18 日~ 10 月20 日) の日程でベトナムのLuc Yen 鉱山( 右写真) とLuc Yen Gem Market を訪問しました。
1. ベトナムのルビー
ベトナムは非常に宝石が豊な国々に囲まれているにもかかわらず、宝石産出の可能性については1980 年代まで知られていませんでした。1983 年、ハノイの北にあるHam Yen( ハム イェン) とAn Phu( アン フー) でコランダムの産出が報告され、1987 年に試掘が開始されました。また、同じ年にある地質学者がYen Bai( イェン バイ) 省のLuc Yen( ルク イェン) 地区の近郊でルビーを発見し、地元政府の関心を引きました。 1989 年11 月から1990 年3 月までの5 か月間にLuc Yen 地区の鉱床1 ヶ所から原石ピンクサファイアやルビーが300 万ct 以上産出しています。このLuc Yen 地区の鉱床からピンクサファイア、ルビーの他にバイオレットカラーのスピネル、ブルーサファイア、トルマリン、クリソベリルが宝石市場に出ています。
ベトナムからルビーが産出された当時、日本では「ベトナム・ルビー鉱区は実在するのか?」「ベトナムのルビーはほとんどが合成石」という噂が流れましたが、TV等メディアで鉱山が紹介されたこともあり、このような噂は払拭され、ベトナム産ルビーは広く認知されています。なお、現在ではベトナム産のルビーでは、スタールビーが有名になっています。
今回のPost Excursion で、このLuc Yen 鉱山の採掘現場を見学してきたので報告を行います。
2.Luc Yen 鉱山
Post Excursion は約60 名( 中央宝石研究所からは北脇、江森) が参加しました。10 月18 日、我々はハノイを出発し約10 時間、2 台のバスに揺られLuc Yen の町に到着しました。Luc Yen はTay( タイ) 族、Dao( ザオ) 族、Nung( ヌン) 族等少数民族が農作を主に生活をしていた地域でしたが、良質のルビー鉱床が発見され急速に様変わりしたという話です。10 月19 日バスに乗り、Luc Yen 鉱山を目指しました。天候は残念ながら雨でした。バスで1 時間ほど移動し、我々は鉱夫達が住む村へと到着しました。
村からLuc Yen 鉱山までは悪路のため、徒歩で鉱山に向けて進みます。途中、40 分程度進んだところに二次鉱床があり、鉱床の傍にあるテントで採掘されたサンプルを見学してきました( 写真)。
この二次鉱床より1時間半近く、細い山道を登ることになります。雨のため、地面はぬかるんでおり、急な斜面では滑ってしまう見学者も多く、道中は様々な困難に出くわすことになり、見学者の中には途中で引き返すことになった人たちも多くいました。到着したLuc Yen 鉱山は、天候のため作業している鉱夫はいませんでしたが、大理石の中に埋まった沢山の宝石原石を見出だすことができました。
Luc Yen 鉱山でルビーを見つけることはできませんでしたが、大理石の中に埋まったスピネル( 写真) とパーガサイトを採取しました。
Luc Yen 鉱山の見学、サンプル採取を終えた我々は村まで歩き、バスでLuc Yen まで戻ります。夕食を済ませた後、学校の講堂で地元の方々より、伝統音楽、ダンス等を披露していただき、歓迎していただきました。
4.Luc Yen Gem Market
10 月20 日朝7 時に朝食を済ませた我々はLuc Yen Gem Market へと向かいました。Luc Yen Gem Marketは一見するとただの公園のようにも見えますが、時間になると小さな木製の机を持ってきた売り子が次々と腰を下ろし、机の上にスピネル、ルビー、サファイア等様々なルースやカット石を並べ商売をはじめます。商品の値段は書かれておらず、売り子と交渉して値段を決めなければなりませんでした。値段交渉の際、売り子は現地の通貨単位であるベトナムドン( VND) での値段を提示きましたが、US ドル(US$) での交渉も可能でした。しかし、VND とUS$ の変換レートがいい加減で、どちらで購入したほうが得であるのかは値段を聞くまでわかりません。また、現金を沢山持っているのを見られてしまうと、スリが近寄ってくるので注意が必要です。このGem Market の売り子は他に職業を持っている方が大勢で本業の前にこの市場に石を販売に来ていますので、1時間程度で市は閉まるそうです。我々は朝9 時に市を去り、また10 時間程度バスに乗りハノイへと戻り、三日間のPost Excursion は終了ました。
宝石学を研究する上で、今回のPost Excursion のように鉱山まで赴き、母岩付きの原石を自らの手で入手することは意義のあることです。宝石の特徴はその母岩の構成、組成と深く関係があります。母岩に含まれる微量元素は宝石結晶に含まれる微量元素と深く関係があるため、微量元素の分析を用いた産地鑑別法を行う上で大きな情報源となります。中央宝石研究所研究室ではこれからも産地鑑別の精度向上のため、確かな原産地情報を集めていく予定です。