CGL通信 vol17 「真珠講座4 『養殖真珠の現状と将来の方向』」

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CGL通信 vol17 「真珠講座4 『養殖真珠の現状と将来の方向』」

赤松 蔚

前回は養殖真珠がどのようにして発明され、今日に至ったかについて述べた。今回は養殖真珠の現状はどうなっているのか、また将来どの方向に進むかについて述べる。

1.養殖真珠の現状

1)アコヤ真珠の低迷

日本のアコヤ真珠養殖は1992年に発生した新種プランクトン「ヘテロカプサ」(写真1)による赤潮、更に1994年に発生した感染症が現在も続いており、この2つの原因により、アコヤガイが大量にへい死し、生産される真珠は量、質共に大きく低下した。ヘテロカプサ赤潮は魚類には全く影響を与えず、アコヤガイ、アサリ、カキなどの二枚貝のみを狙い撃ちする強烈なもので、アコヤガイの体内にヘテロカプサが入るとアコヤガイは数分で死ぬ。ヘテロカプサは台風や異常高水温などによって海底の泥が撹拌された時急に増殖して赤潮を引き起こすと言われている。

写真1:赤潮ヘテロカプサ
写真1:赤潮ヘテロカプサ

一方感染症は肉質部、特に貝柱が損傷を受け赤変化し、摂餌機能や血液輸送機能が著しく低下し、代謝機能に障害を起こして死に至る(写真2)。これらに対する対策が研究され、赤潮に対してはアコヤガイを生物センサーとする赤潮予知システム「貝リンガル」が開発された。また感染症に対してはこの病気の進行が水温に極めて強く依存していることがわかり、水温が16℃以下になると病気の発症が抑えられることがわかり、「低水温負荷」により感染した貝を水温16℃以下の環境に置くことで、発病を防ぐことが可能になった。

写真2:上段・健康なアコヤガイ、下段・感染症アコヤガイ
写真2:上段・健康なアコヤガイ/下段・感染症アコヤガイ
2)養殖真珠のグローバル化

かつて日本には「真珠養殖事業法」という法律があり、日本の養殖真珠産業はこの法律によって手厚く保護されていた。そしてその中には水産長官通達の「海外真珠養殖3原則」も含まれていた。これは①養殖真珠技術の非公開、②海外で養殖された真珠はすべて日本に持ち帰ること、③海外で真珠養殖を行う際、どこでどんな母貝を使用し、どれだけ生産するかをあらかじめ届け出て許可を得ること。海外でのアコヤ真珠養殖の禁止、というものであった。別の言い方をすれば、日本の真珠産業を守るため、この3原則によって養殖真珠のグローバル化が阻止されていたのである。

しかし1970年代に入るとこの3原則をかいくぐって養殖技術が海外に流出していった。 そして海外真珠養殖は次第に日本人の手を離れ、現地人、現地資本、現地技術による方向へと展開していった。特に1992年に発生したヘテロカプサ赤潮、1994年に発生した感染症により、日本のアコヤ養殖真珠は量、質共に大きな低下を余儀なくされた。このため多くの国内外の真珠業者はアコヤ真珠からシロチョウ、クロチョウなど、他の母貝真珠にシフトして行った。その結果、シロチョウ真珠、クロチョウ真珠の生産が急速に伸び、グローバル化が加速されて行った。そしてこの傾向は1997年末の真珠養殖事業法の廃止と共に一段と顕著になった。

一方中国では1971年からカラスガイで養殖されたわずか160匁の淡水真珠が日本に初めて輸入された。それから42年、現在の2013年のヒレイケチョウガイ(三角貝)で生産された淡水真珠の量は1500トン(40万貫)を越えていると言われ、実に2,500倍にも拡大するとは誰が予想出来たであろうか。この中国産淡水養殖真珠もグローバル化に拍車をかけていることは事実である。

養殖真珠のグローバル化は真珠産業構造に大きな影響を与えている。それは真珠に対する価値観の多様化である。かつてアコヤ真珠が市場の大半を牛耳っていた時の真珠の価値観が、アコヤ真珠の影響力の低下に伴い、真珠生産国それぞれの価値観で真珠が作られるようになった。例えばオーストラリアではまだ宝石的、あるいは高級宝飾品的真珠を作ろうというコンセプトが養殖の中心を占めているが、インドネシア、タヒチではこれがかなり危うくなり、養殖した真珠は上から下まで全部売ってしまいたいという考えになり、中国になると養殖業者は本当に宝飾品を作ろうとして真珠を作っているのだろうかと疑いたくなる。たまたま養殖した真珠のトップを宝飾業者が宝飾品として買ってくれる。その下の品質のものは土産物屋が土産物の材料として買ってくれる。さらにその下は粉末にすれば化粧品メーカー、食品メーカー、製薬会社が原料として買ってくれる。要するに養殖真珠は上から下まで全くロスのない商品と考えているようである。
真珠核についても日本は100年以上前の養殖当初の淡水産二枚貝を丸くしたものを守っているが、日本以外の生産国では「真珠袋が形成されるものであれば何でもOK」ということになる。ここらで養殖真珠の基本コンセプトを固めないと、とんでもない方向へ行ってしまいそうな雰囲気である。

写真3:中国人核入技術者(タヒチ)
写真3:中国人核入技術者(タヒチ)
3)低価格指向の真珠市場

現在アコヤ真珠に限らずすべての養殖真珠が値段の安い方へと突き進んでいる。例えばテレビショッピングでは8mmのアコヤネックレスが「にっきゅっぱ」すなわち29,800円と、考えられないような価格で登場してくる。どれだけ良い真珠を作ってもそれが正当な値段で評価されなくなり、真珠の値段が市場価格に引っ張られて下がり始めると、浜揚真珠の売上で養殖コストを吸収出来なくなり、無理な養殖コストダウンが始まる。また取扱い真珠の値段が下がれば品質もそれに呼応して下がり、この品質低下を加工処理で補おうとする。

① 無理な養殖コストダウン

現在養殖コストダウンで主に行われているのは安い核への転換と人件費の削減である。核のコストダウンは全ての養殖真珠で行われているが、その出方は母貝によって異なる。
アコヤ真珠では従来の米国産淡水産二枚貝で作られたものから、中国で淡水産真珠養殖に使用されたヒレイケチョウガイ(三角貝)の貝殻で作られたものに代わりつつある。ところがこの淡水産二枚貝で作られた核は色付きが多く、そのためロンガリットという還元剤による漂白や、蛍光増白剤処理されたものが市場に出ている。漂白核は脆く、穴をあけると割れるという問題があり(写真4)、また蛍光増白剤処理核は紫外線を照射すると、真珠は本来持っていない蛍光を発するということで、いずれも日本では使わないことにしているが、実際はかなりの量が出回っているようである。

写真4:シャコ核、通常穴開けで破損
写真4:シャコ核、通常穴開けで破損

一方シロチョウ真珠では貼合せ核が問題になっている。シロチョウ真珠養殖に使われる核はサイズが大きく、これを米国産淡水産二枚貝で作るとかなり値段の高いものになる。そこで中国産のヒレイケチョウガイを板状にし、4、5枚貼合せて厚みをかせいで大きな核にする、あるいは中国産ドブガイを3枚貼合せた核が使用されて真珠が作られる。貼合せ核はエポキシ系接着剤で接着されているので、虐待試験で剥がれることがわかった。また4、5枚貼合せたものは貼合せ面に穴あけ針が当たると核が割れたという報告もある。
タヒチでクロチョウ真珠養殖に使用されるシャコ核は問題がかなり深刻である。シャコ核の原料となるシャコガイは二枚貝中最大のものであるから、いくらでも大きな核を作ることが出来、値段も通常核の百分の1位とのことである。ところがこのシャコガイの採取はワシントン条約付属書Ⅱで規制されているが、中国はそれを無視して違法のシャコ核を製造しているわけである。
シロチョウ、クロチョウ真珠の場合、問題のある核が日本を経由しないで中国から直接養殖地域に送られ、真珠になって初めて日本に入ってくるので、真珠層で覆われたこうした核を非破壊で鑑別することになるが、これがほとんど不可能に近い状態である。現在市場にはこうした核で養殖された真珠がかなり出回っていると思われる。

人件費の削減では4年ほど前、オーストラリアの大手真珠業者の養殖場を見学した際、多くの外国人が雇われ、主に貝掃除などの仕事をしていた。これらの仕事はかつて「バックパッカー」と呼ばれるオーストラリアの若者たちによって支えられていたが、これが外国人に代わったということは人件費削減が原因であろう。一方タヒチでは核入をしていた日本人がほとんど中国人に代わったと聞いている。日本人1名雇う賃金で中国人数人雇えるからであろう。しかし中国人の挿核技術者は日本人に比べるとかなり劣ると言われ、特に中国人の大半が大きな核を入れる技術を持たないため、生産される真珠が小サイズ化し、10mm以上の良質真珠の割合が減ったようである。安い核を使用し、安い人件費で真珠を作っても良い真珠が出来ず、その結果真珠に余り良い値段がつかない。そこで更に無理な養殖コストダウンが行われる。こうした悪循環は今後も続きそうである。

② 加工処理の高度化、巧妙化

真珠市場が低価格指向になれば、低価格でもそこそこ利益の取れる真珠で対応しなければならない。その結果真珠の品質も下がり、正しく「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則状態になる。そしてこの品質低下を如何に良く見せるかという加工処理が非常に高度化、巧妙化している。こうした加工処理例をいくつか以下に示す。

ⅰ)前処理
前処理は真珠の色やテリを良く見せるため、シロチョウ真珠に広く行われている処理である。前処理は本来アコヤ真珠の漂白を効果的に行うため、漂白前に行われる予備処理であった。つまり前処理の「前」は漂白の前の意味であった。ところが前処理が淡水真珠に、そして最終的にシロチョウ真珠に移り、処理方法もアコヤとは大きく異なるようになった。「前処理」は非常に都合の良い言葉で、何をやっても前処理で片付け、具体的な処理方法は全く示されていない。具体的には加温有機溶剤への浸漬、研磨などであるが、漂白もかなり行われているようである。

ⅱ)ゴールデン染め
これはアコヤ真珠、シロチョウ真珠に行われている染色である。かつての染色とは異なり、最近のゴールデン染めは高温、高圧で染料を真珠表面から浸透させる方法で行われるため、無穴の珠でも行われ、処理の有無の鑑別が非常に難しくなっている(写真5)。昨年染色されたゴールデン真珠が香港のジュエリーショーで「ナチュラルカラー」として販売され、大きな問題になった。

写真5:染色ゴールデンパール
写真5:染色ゴールデンパール
(下から2列目のみナチュラルカラーのゴールデンパール)

ⅲ)着色処理
これは染料によらず、化学薬品で真珠の色調を変える方法である。具体的には、硝酸銀による黒染めが最も一般的である(写真6)。

写真6:硝酸銀染めアコヤブラック真珠
写真6:硝酸銀染めアコヤブラック真珠

ⅳ)放射線照射
シロチョウ真珠に放射線(γ線)を照射して色調をシルバーに変えたものが最近市場に出始めた。そしてこの真珠がゴールデン同様、香港のジュエリーショーで「ナチュラルカラー」として販売され、これを購入した韓国の業者が鑑別機関に出したところ、放射線処理と鑑別されたことから問題が表面化した。放射線処理されたかどうかの検証は中央宝石研究所でも行われ、処理を確認した(写真7)。(CGL通信 No.13 参照

写真7:真珠処理放射線照射
写真7:上から1本目と2本目アコヤの放射線処理、
      上から3本目と4本目中国淡水真珠の放射線処理、
      一番下のみナチュラルのブラックパール

ⅴ)シロチョウ真珠のピンク染め
これはホワイト系のシロチョウ真珠にゴールデン染め同様高温高圧でピンク系の染料を珠表面から浸透させるものである。アコヤ真珠の未加工珠は大体グリーンから黄色味を帯びているので、先ず漂白で白くしてから色をつけるが、ホワイト系のシロチョウ真珠は元来白いので、漂白を経由せずいきなり染色できる。漂白処理されていないのでコンキオリン蛋白の傷みもなく、分光光度計による染色チェックも難しいので、ナチュラルカラーと鑑別されてしまう恐れは十分ある。

2.養殖真珠の将来の方向

これまで見てきたように市場の低価格指向に引っ張られ、コストをかけてでも高品質の真珠を作ろうとする機運が失われつつあるのは残念である。このまま突き進んで行けば一体養殖真珠はどうなるのかという危惧さえ感じられる。こうした中にあって国内の大手真珠企業がこれまでの労働集約型真珠養殖から技術集約型に転換したことは注目に値する。またこの技術集約型真珠養殖のモデルとして福岡県の相島(あいのしま)で新たな養殖を開始している。この相島の真珠養殖はアコヤ真珠のみならず、全ての養殖真珠が将来進むべき方向を示しているように思われる。

写真8:相島で養殖されたアコヤ真珠
写真8:相島で養殖されたアコヤ真珠
 1)労働集約型真珠養殖から技術集約型真珠養殖への転換

労働集約型真珠養殖の特徴は量拡大基調と経験、勘に頼る真珠養殖である。先ず量拡大基調であるが、どの業者も出来るだけ沢山真珠を作ろうと貝の数を増やすので、漁場環境は悪化し、母貝は弱体化する。その結果生産される真珠の品質も中~下が多くなるが、そこは量でカバーしようとする。また経験と勘に頼る真珠養殖では、ヘテロカプサ赤潮や感染症が発生すると全くなす術もなく、貝を大量へい死させ、その対策として試行錯誤的に中国産とのハーフ貝を大量に作り、純国産のアコヤガイが絶滅に追い込まれるほど母貝資源破壊を招いたりしている。
一方技術集約型真珠養殖では、少量、高品質、希少価値のある真珠つくりを目指し、母貝の資源保護や漁場環境の保全にも注意を払っていて、漁場の適正規模を守り、純国産アコヤガイを使用し、養殖活動によって生じた廃棄物は全て陸上で処理(ゼロエミッション)している。漁場環境は最新の環境測定機器を用いて科学的に管理され、母貝もゲノム解析など、遺伝子レベルで管理されている。

2)技術集約型真珠養殖モデルの相島真珠養殖

2007年大手真珠企業は福岡県の玄界灘にある相島(あいのしま)で新たなアコヤ真珠養殖へのチャレンジをスタートさせた。これは120年前半円真珠養殖に成功した御木本幸吉の「天然真珠に負けない真珠を自分の手で作る」という夢の再現である。この相島で技術集約型の真珠養殖が実践されているが、その特徴は次の通りである。

 ① 母貝資源の確保

相島に生息する純国産アコヤガイのみを天然採苗で集め、養殖に必要な数量が確保されれば残りは全て海に戻し、母貝資源を確保している。

② 漁場環境の保全

養殖する貝の数を漁場自浄可能範囲に留め、ゼロエミッションを実施し、真珠養殖作業のよって発生した廃棄物は全て陸上処理し、漁場を汚さない。

③ 宝石的価値を有する真珠の生産

養殖期間を2年以上とし、厚マキ、宝石的価値のある大珠を生産する。

④ 宝石的価値を有する真珠の生産

ゲノム解析による貝の特性分析、真珠形成理論に基づいた核入技術など、新技術により養殖技術の向上を図る。

⑤ 後継者の育成、地場産業としての貢献

地元の若年層を中心に後継者の育成を行い、地場産業として貢献する。

以上のようなこれまでの労働集約型真珠養殖とは異なる養殖を実施し、2012年最初の浜揚を行った結果、商品になる真珠の割合が極めて高く、8ミリアップの大珠の割合も多かった。またマキは片側1mm以上あり、最も巻いたものは2mm以上あった。このように技術集約型真珠養殖を実施すれば、宝石的価値のある真珠が間違いなく得られる。これは相島のアコヤ真珠養殖に限らず、全ての養殖真珠の将来取るべき方向を示唆していると思われる。