CGL通信 vol14 「宝石鑑別に応用される分析技術とその発展」

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CGL通信 vol14 「宝石鑑別に応用される分析技術とその発展」

研究室 北脇裕士 

【1】宝石鑑別とは・・・

宝石鑑別は、いわゆる“本物”と“偽物”を見分ける必要性がきっかけとなりヨーロパを中心に発展してきました。世界で最初の宝石検査機関が英国のロンドンに設立されたのは、まさに日本の養殖真珠が商業的な成功を収めはじめた1925年頃まで遡ります。良く知られているように、この年に有名な真珠裁判が行われ、養殖真珠は真珠としての地位を確立しています。

中央宝石研究所を始めとする日本国内の宝石鑑別機関設立の黎明期(1960年代~1970年代前半)には、合成エメラルドが宝飾業界に紛れ込み初めており、その存在が鑑別機関設立の追い風となっていたようです。

さて、宝石学とは学問の体系での位置づけはどうなっているのでしょうか。宝石鑑別の対象となるものは、ほとんどが鉱物であり結晶です。したがって、宝石学はもともと鉱物学の応用として位置づけられてきました。関連範囲は、結晶学、岩石学、地質学、化学や生物学等の広範に及びます。

しかし、岩石・鉱物の同定と宝石鑑別とは、目指すところは同じであってもその手法における制限には大きな相違があります。岩石・鉱物の分析においては精度向上のため、試料を粉末化あるいは溶液化するのが一般的です。

一方、宝石が対象の場合、完全に非破壊で行われなければならず、商品価値を損なう外観の変化(退色、変色、光沢の劣化など)が生じてはなりません。

宝石鑑別に使用される標準的な鑑別器具

宝石鑑別に使用される標準的な鑑別器具

伝統的な宝石鑑別の手法は1920年代から種々の手法が開発され、1942年にはジェモロジストの座右の書であるGem TestingとしてB.W. Andersonによって体系的に纏めあげられています。すなわち、屈折率測定、比重測定、カラーフィルター、二色鏡(多色性の観察)、分光器、宝石顕微鏡による観察などであり、これらは今なお宝石鑑別の基礎として必要不可欠です。

近年、新種宝石の登場、合成石・処理石の開発など宝石鑑別機関にとって重要な背後情報は日々増大しています。また、1つの新しい情報によって昨日までの鑑別上の常識が一変してしまうような事例も起こりえるのです。ダイヤモンドを例にとると、最近では普通になっているHPHT処理、KM処理などは2000年以前では鑑別技術者の頭の片隅にも存在しなかったのではないでしょうか。さらに最近海外の鑑別ラボからのアラートで話題となっているCVD合成ダイヤモンドの出現もこの数年での出来事です。

さて、このような状況下、宝石鑑別ラボにおける日常の業務には一般の鑑別器材の他に専用の分析機器が必要不可欠になっています。かつては最新機器として注目された可視、近赤外、赤外領域の分光光度計も今では多くの鑑別ラボに標準装備され、さらに細分化する目的にかなう高度な分析機器が要求されているのが現状です。

このように宝石鑑別ラボにとっては日常的に活用されるようになった各種分析機器ですが、実際に分析経験のない読者の方々にはそれらの機器の用途も利用価値もご理解いただけないと思います。そこで今回からシリーズで、以下に纏めたような鑑別ラボにおける分析技術についてご紹介させていただこうと思います。


中央宝石研究所で現在稼動している主な分析機器:

◆LA-ICP-MS分析装置:NEW WAVE RESEARCH社製MODEL UP-213A/F、AGILENT社製7500A
軽元素~重元素までを高感度で分析できます。特にベリリウム(Be)が拡散処理されたコランダムの看破に有効です。また、宝石の産地鑑別にも応用されています。

◆顕微ラマン分光装置:Renishaw社製 Raman system-model 1000、inVia Reflex streamline
ラマン散乱を応用して物質の同定を行います。インクルージョンの同定やダイヤモンドの光学中心を調べるのに最適です。HPHT処理の看破には欠かすことができません。

◆分光光度計
◇紫外-可視領域:日本分光製紫外-可視分光光度計V-650ST、V-570
 カラー・ダイヤモンドの色の起源、黒蝶真珠の鑑別、ルビー、エメラルド、
 アレキサンドライトなどの天然・合成の判断などに有効です。
◇赤外領域:日本分光製フーリエ変換赤外分光光度計VIR9400、FT/IR-4200ST、FT/IR-4100
 ダイヤモンドの鑑別には不可欠なタイプ分類、コランダムの加熱の履歴の検査、
 水晶類の鑑別他、各種宝石類の同定に有効です。

◆X線透過装置:Softex社製 M-100特
物質を構成する各元素のX線に対する透過性の相違を応用した分析装置です。ダイヤモンドと類似石の鑑別や真珠の有核・無核の検査に有効です。

◆蛍光X線分析装置:日本電子製エネルギー分散型蛍光X線分析装置JSX-3201M
元素分析による各種宝石鉱物の同定、微量元素の解析による天然・合成などの鑑別に有効です。

◆DiamondViewTM:DTC社製
強力なUVによる発光現象を応用して結晶の成長履歴を観察します。
ダイヤモンドの天然・合成の鑑別には最も有効な手法と言えます。

◆DiamondPlusTM:DTC社製
極低温下でのPL分析でHPHT処理やCVD合成ダイヤモンドの可能性について簡易的に検査することができます。

◆レーザー・トモグラフ:CGLオリジナル
488nm光励起半導体レーザーを用いて結晶構造や欠陥の分布を調べます。コランダムの加熱の履歴の検査には極めて優れています。

これらの分析機器にはそれぞれのいわば得意分野があり、1つの機器ですべてが分かるというわけには行きません。むしろいくつかの機器で分析した結果を総合的に判断する場合が多いと言えます。最終的に判断を下すのはもちろん技術者の人的能力にかかってきます。したがって、それぞれの分析機器に対する知識や分析結果を正しく読み取る能力、さらには宝石鑑別における背後情報が技術者には要求され、技術者の能力なくしては精度と信頼性の高い分析は不可能です。

【2】LA-ICP-MS分析法

Fig.1 LA-ICP-MS分析装置

Fig.1 LA-ICP-MS分析装置

LA(Laser Ablation:レーザーアブレーション)とは、固体試料にレーザー光を照射し、そのエネルギーで試料を蒸発・微粒子化するもので、レーザー光の制御により微小域(5μm~)や極表層試料の微粒子化が可能な技術です。

一方、ICP-MS(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry:誘導結合プラズマ質量分析)は、電子温度が約9000 K に達するプラズマをイオン源とした質量分析装置のことです。その最大の特長は高感度で定量性が高いことにあります。

このLA 法とICP-MS 法を結合させたLA-ICP-MSとは、レーザーにより試料を微粒子化しながら超高感度なICP-MSで連続的に質量分析を行う技術といえます。レーザーで蒸発・飛散した粒子は高周波電力により発生されるプラズマによってイオン化され、質量分析部に導入されます。そこで正または負の電荷をもつイオンを、その質量と電荷の比ごとに分離し、イオンの数が計測されます。その質量電荷比から元素の種類が(定性)、検出したイオンの数から元素の量が(定量)分かるというわけです。

このLA-ICP-MS分析法が宝石学分野で初めて応用されたのが、Be拡散加熱処理サファイアにおけるBe(ベリリウム)の検出です。当時Be拡散加熱処理は、軽元素の拡散処理という新たな手法であったため、蛍光X線分析やEPMAなどの従来の分析手法では看破が不可能でした。その後の研究によって色変化のメカニズムについてはある程度の理論的究明に進展は見られましたが、Beの検出にはSIMSやLA-ICP-MSなどのこれまでの宝石鑑別の範疇を超えた高度な分析技術が必要となり、鑑別技術のあり方を問われる結果となりました。

その後、LA-ICP-MSは高感度の定量性を活かした微量成分のケミカル・フィンガープリント(産地ごとに微量成分に特徴が見られることからこのように呼ばれています)が、サファイア、エメラルド、パライバ・トルマリンなどの産地鑑別に応用されるようになりました。LA-ICP-MS分析法は、厳密には破壊検査といえますが、通常15μm(0.015mm)程度の極微小なスポットで分析するため、その痕跡は熟練したジェモロジストがルーペを用いて丹念に調べても確認が困難な程です。

最近、中央宝石研究所ではLA-ICP-MS分析法の宝石学分野における新たな応用例の1つとして、高感度で検出される微量成分に着目した天然及び合成ルビーの鑑別法を検討し、昨年(2012年)の宝石学会(日本)で発表する機会を得ました。詳しくは小紙Gemmy168号に報告しております。

天然及び合成ルビーの鑑別は、合成ルビーへの加熱処理の影響等により、標準的な鑑別手法では識別が極めて困難で、今なお宝石鑑別における重要課題として認識されています。そのため、新たな分析手法の開発や鑑別精度の向上が要望されています。これらの合成ルビーを識別するために、これまで紫外-可視分光分析や蛍光X線分析法を用いた研究例がいくつか紹介されています。特に後者はチタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)等の遷移元素の含有の有無や量比に注目したもので、現在多くの鑑別ラボで活用されています。しかし、蛍光X線分析法では微量成分の検出感度が悪く、また回折線の影響を受けやすいといった欠点があります。

本研究では、ベルヌイ法、結晶引上げ法、フローティングゾーン法等の融液からの合成法のルビーを14個と、チャザム、カシャン、クニシュカ、ラモラ、ドーロス等の代表的な製造者によるフラックス法及び熱水法の溶液からの合成法を21個、総計で35個の合成ルビーの試料を用いて、LA-ICP-MSで分析を行いました(Fig-1)。

分析結果を表-1に纏めます。予備的な検査において、天然ルビーには産地に関係なく例外なしにチタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)等の金属元素が存在することが判っていますが、合成では検出されない場合があります。また、合成ルビーには天然には検出されない特異な元素が検出される場合があります。鉛(Pb)、ビスマス(Bi)、タングステン(W)などは製造者に特有の溶媒金属起源と考えられ、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)等はるつぼやオートクレーブに由来していると考えられます。その他の元素は原料アルミニウム(Al)中の不純物や製造者の故意による添加が推測されます。


表-1 合成ルビーのLA-ICP-MS分析結果の纏め

表-1 合成ルビーのLA-ICP-MS分析結果の纏め


このようにLA-ICP-MS分析法による微量成分の分析がルビーの天然及び合成の判別に極めて有効であることが判りました。さらに、これらの分析値は合成ルビーの製法及び製造者の特定にも応用可能なケミカル・フィンガープリントとしても利用できそうです。(つづく)