CGL通信 vol12 「非開示で持ち込まれた6個の大きなサイズ(1+ ct)のCVD合成ダイヤモンド」
中央宝石研究所 研究室
最近、中央宝石研究所の東京支店ではラウンドブリリアントカットされた6個の1ct upのCVD合成ダイヤモンドを鑑別しました。これらは、宝石検査機関に非開示で持ち込まれたCVD合成ダイヤモンドとしては最大級のサイズです。このようなCVD合成ダイヤモンドは、標準的な宝石学的検査では識別が困難ですが、ダイヤモンドのタイプを粗選別した後、フォトルミネッセンス分析やDiamondViewTMによるUVルミネッセンスの画像解析において確実に看破することができます。以下にその特徴をご紹介します。
はじめに
2003年に米国ボストンのApollo Diamond Inc. がCVD法で合成したダイヤモンドを宝飾用に販売する計画を明らかにして以降、宝石業界においてもCVD合成ダイヤモンドが注視されるようになりました[文献1]。2007年以降、国際的な宝石検査機関の実務に供せられたCVD合成ダイヤモンドが報告されるようになりました[文献2,3]。2010年後半には米国フロリダのGemesis Corp. がCVD合成ダイヤモンドを販売すると表明し[文献4]、2012年5月にはベルギーのIGIからGemesis Corp.製と思われる非開示のCVD合成ダイヤモンドを600個検査したとの報告があり、ダイヤモンド業界を賑わせました[文献5]。それ以降、インドや中国の検査機関からも相次いでCVD合成ダイヤモンドに関する報告がなされています[文献6]。これらのCVD合成ダイヤモンドはほとんどが0.3ct~0.7ctですが、これまで宝石検査機関に供せられた無色のCVD合成ダイヤモンドとしては最大で1.05ctのペアシェープトカットのものが報告されています[文献7]。
試料と分析方法
天然ダイヤモンドとして通常のグレーディングに供せられた6個のダイヤモンドを検査対象としました(Fig.1)。これらはすべてラウンド・ブリリアント・カットが施されたルースでした。重量は小さい方から1.001, 1.009, 1.010, 1.011, 1.032, 1.119ctで、カット研磨された宝飾用CVD合成ダイヤモンドとしては最大級のものです。外部特徴および包有物の観察にはMotic製の双眼実体顕微鏡GM168を用いました。紫外線蛍光の観察にはマナスル化学工業製の長波紫外線ライト(365nm)と短波紫外線ライト(253.6nm)を用いて完全な暗室にて行いました。II型の粗選別には自社で開発したDiamond–kensaを使用。赤外分光分析には日本分光製FT/IR4200を用いて分析範囲は7000–400cm−1、分解能は4.0cm−1で、20回の積算回数で測定しました。フォトルミネッセンス(PL)分析にはRenishaw社製 inVia Raman MicroscopeとRenishaw社製 Raman system–model 1000を用いて633nm(赤色)、514nm(緑色)、488nm(青色)および325nm(紫外)の各波長のレーザーを励起源に液体窒素温度付近まで冷却した状態で分析を行いました。UVルミネッセンス像の観察にはDTC製のDiamondViewTMを用いました。
結果および考察
【標準的な宝石学的検査】
カラー、クラリティおよびカット
カラーグレードは6個ともLight Yellowish Grayで、灰色味が強く通常のケープスケールでは評価できませんでした(Fig.2)。クラリティグレードは4個がVS1、2個がVS2にグレードされました。カットグレードは4個がExcellent、2個がVery goodでした。
注: 日本国内におけるAGLの規定では合成ダイヤモンドについてグレーディングレポートおよびソーティングメモの発行は行いません。
拡大検査
検査したすべてのサンプルに少数のピンポイントが観察され、これらがVVS以下のクラリティの要因となっています。これらを拡大すると黒褐色の不定形で、非ダイヤモンド構造炭素と考えられます(Fig.3)。一部の試料のガードル部に黒色のグラファイト化が認められました(Fig.4)。この特徴はHPHT処理が施されたダイヤモンドに見られるものと同様のもので、CVD合成後にHPHT処理が施されたことを強く示唆しています。
歪複屈折
今回観察した6個の試料すべてに特徴的な筋模様の歪複屈折(低次の白黒の干渉色)が観察されました。これらは結晶の成長方向に平行に伸びたもので、結晶成長時の線状欠陥(ディスロケーション)によるものと思われます(Fig.5)。II型の天然ダイヤモンドには“タタミマット”構造と呼ばれる畳の目のような歪が必ず認められます。CVDダイヤモンドは後述するようにII型に属しますが、この“タタミマット”は見られません。ただし、成長方向に平行な方向から観察すると、一見“タタミマット”様に見えるので注意が必要です(Fig.6)。
紫外線蛍光
長波紫外線下においてはすべての試料は不活性でした。短波紫外線下では一部の試料に弱い帯緑黄色の発光が見られました(Fig.7)。
【ラボラトリーの技術】
Diamond–kensa
II型のダイヤモンドを粗選別するために短波紫外線の透過率を検知するDiamond–kensaでの測定を行いました。6個とも瞬時にII型と判定されました。
赤外分光分析
すべての試料はダイヤモンドの窒素領域(1500~1000cm−1)に明瞭な吸収を示さないII型に分類されました。色調にわずかな黄色味を有するにもかかわらず、置換型単原子窒素に由来する1344㎝−1の吸収は認められませんでした。また、水素由来の吸収としてCVD合成ダイヤモンド特有のものとして報告されている3123cm−1の吸収も天然ダイヤモンドによく見られる3107cm−1もはっきりとしたピークとしては認められませんでした[文献8]。
フォトルミネッセンス分析
514nmレーザーによるPLスペクトルは637nm(NV-)および575nm(NV0)がすべてに検出されました。737nm(736.4/736.8nmのダブレット)ピークもすべてに検出されました。737nmピークは天然ダイヤモンドにも検出された例はありますが、きわめて稀であり、CVD合成装置の石英ガラス由来のSiV-に起因するものと考えられています[文献9]。したがって、737nmピークが検出されればCVD合成と判断できます。
633nmレーザーによるPLスペクトルはSi関連の737nmピークが非常に強く検出されました。このように737nmピークの検出には514nmレーザーよりも633nmレーザーが有効です(Fig.8)。
488nmレーザーによるPLスペクトルは637nm(NV-)および 575nm(NV0)と503.2nm(H3)ピークがすべてに検出されました。また、6個中5個に帰属不明の528nmピークが検出されました(Fig.9)。
325nmレーザーによるPLスペクトルにおいて462nmと499nmに帰属が不明のピークが検出されました。これらは天然ダイヤモンドには見られません。また、2個の試料に非常に弱い415.2nm(N3)のピークが検出されました。これらのN3や488nmレーザーで検出されたH3のピークは成長時のCVD合成ダイヤモンドからは検出されておらず、成長後のHPHT処理によって形成されたと考えられます[文献10]。
UVルミネッセンス像(DiamondViewTM)
検査したすべての試料には帯緑青白色の発光色が見られ、青色の燐光が観察されました。これらの発光はダイヤモンドの色を無色にするために意図的に添加されたホウ素に起因すると考えられます[文献11]。天然のII型ダイヤモンドでは通常バンドAと呼ばれる発光中心による暗い青色蛍光が見られ[文献12]、燐光はありませんので、この蛍光色と燐光の有無は両者の識別の手がかりとなります。
また、検査したすべてにCVDダイヤモンドに特有の積層構造のイメージが観察されました(Fig.10)。CVD法において宝飾用の単結晶を育成するためには高速度成長が不可欠です。高速度成長のために窒素が添加されますが、窒素の添加量が多くなると、このような線状の模様が出現すると考えられています[文献13]。このようなCVD特有のUVルミネッセンス像はテーブル側からよりもパビリオン側からの観察でより明瞭となります。一部には天然ダイヤモンドに普遍的な直線的な成長縞やスリップラインのような直線的な構造も見られましたので(Fig.11)、試料全体(特にパビリオン側)を慎重に観察することが重要です。
結論
非開示で持ち込まれた6個の1ct upのダイヤモンドを検査した結果、すべてがCVD合成ダイヤモンドであることが判りました。このサイズは宝石検査機関に持ち込まれたCVD合成ダイヤモンドとしては最大級のものです。
標準的な宝石学的検査においては、II型ダイヤモンドであるにもかかわらず交差偏光下でのタタミマット構造の欠如、黒色包有物の存在が鑑別の手がかりとなります。フォトルミネッセンス分析ではSi–V-に起因する737nmピークが検出されればCVD合成と判断できます。さらにDiamondViewTMによるルミネッセンス像の観察において、帯緑青色の蛍光色と燐光の存在がCVD合成を示唆し、その特徴的な積層構造が鑑別の決め手となります。
CVDダイヤモンドの宝飾品への利用は始まったばかりですが、昨年来国際的に急速な広がりを見せています。CVDダイヤモンドの幅広い産業界での応用がある現在、更なる技術開発が予想され、製品の向上に期待が寄せられています。本稿で述べた識別特徴は、現時点の製品に対するものであり、宝石検査機関はこのような新しい素材に対する鑑別技術の開発に常に努力を払う必要があると思われます。
文献
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