Gemmy 151 号 「平成21年宝石学会(日本)「最近遭遇するいわゆるレアストーンの鑑別について(その1)」」
間中裕二・尾方朋子
はじめに
コレクターズストーンとして人気のあるターフェアイトとさらに希少で近縁のマスグラバイトは10年以上前までは破壊検査であるX線粉末回折による手法以外区別できないとされていました。近年になってラマン分光法を用いることにより、非破壊で区別が可能であることが示されました(Kiefert and Schmetzer, 1998)。また、宝石学会(日本)においても平成18年度の神田氏らの発表、平成19年度の阿依アヒマディ氏らの発表等によりラマン分光や蛍光X線による両者の識別が報告されました。今回は現在鑑別に使用される機器として認識されている赤外分光光度計(FT-IR)やフォトルミネッセンス(PL)において両者の違いが見い出されたため、その差異を紹介します。
この他に、かつてポルダーバータイトとして認識されていたそのマンガン置換体であるオルミアイトが、2006年にIMA(国際鉱物学連合)で独立種として認証されたため鑑別結果も区別されることになったこと、さらにめったに遭遇することのない緑色を呈するマイクロライトおよびチカロバイトといった宝石種も採り上げましたので、これらは次号で報告致します。
ターフェアイト(Taaffeite)とマスグラバイト(Musgravite)
写真1:カット石と原石
両者は、ラマン分光や正確な元素分析(EDS)および回折線により区別されることが発表されていますが、今回はこれに加え、赤外分光光度計(FT-IR)による差異が鑑別に有効であることが分かりました。その他にPLの違いも紹介します。写真1は当研究所に持ち込まれた石で、左がターフェアイトのカット石と原石で、右はマスグラバイトのカット石と原石です。なお、原石は両者とも一面が研磨され、屈折率も測定が可能な状態で、重量はターフェアイトが114.784ct(最大径 約30mm)と巨大で、マスグラバイトは4.819ct(最大径 約14mm)とマスグラバイトにしては、かなりの大きさです。
両者は現在鉱物名も改められ、ターフェアイトはマグネシオターフェアイト2N’ 2S (Magnesiotaaffeite-2N’ 2S / 理想化学式Mg3Al8BeO16)、マスグラバイトはマグネシオターフェアイト6N’ 3S(Magnesiotaaffeite-6N’ 3S / 理想化学式Mg2Al6BeO12)となっています。鉱物名に付随するNやSはそれぞれノーラナイト(Nolanite)とスピネル(Spinel)に由来するもので結晶構造の層の重なり方の違いを表していて、別種であることを示しています。また、近縁のペールマナイトも現在の鉱物名は鉄が主たる元素の一つであることを示すフェロターフェアイト6N’ 3S(Ferrotaaffeite-6N’ 3S)となっています。こちらは鑑別に来ることはまずありませんが、実際に遭遇しても屈折率が1.79付近まで上がるため、ターフェアイト・マスグラバイトと誤認することはありません(表1)。
表1:各宝石名・鉱物名・組成
EDSによる測定
よく知られているようにターフェアイトとマスグラバイトは屈折率・比重が重複し、同じ一軸性結晶のため、通常鑑別に限界があります。当然次に期待されるのは元素の情報で、その違いが安定的に測定できれば区別が可能です。もちろんEDSではBe(ベリリウム)の検出は不可能ですが組成比に差があれば識別できるはずです。ここでターフェアイトとマスグラバイトのモル比を考えると、ターフェアイトのMg(マグネシウム)とAl(アルミニウム)の比は3対8であり、マスグラバイトは2対6となり、比較しやすいようにAlの最小公倍数で同じにするとMgのモル比は9対8でターフェアイトの方が多いことが分かります。また、Mgを置換するFe(鉄)・Zn(亜鉛)を加え、Alを置換するV(バナジウム)・Cr(クロム)などを加えて計算すれば分けられることになります(表2)。
表2:モル比
ところが理論的には上記の通りですが実際にはうまく合致せず、測定を繰り返すと数値的には似かよった値を示すことがあります。EDSはもちろん優れた機器で、質量比もしくはモル比で、ほぼ1対2や1対3であるといった大きな差がある場合、非常に良い情報として捕らえられますが細かい数値には限界があり、さらに、機械の状態や正確さ、回折線との重なりなどの様々な要因があるため、このことを十分に考慮しなければなりません。つまり、EDSで得られる値は常に同じとは限らないのです。そこで他に区別できる方法がないか考えてみました。
結晶モデル
図1はミネラルデータおよびアメリカンミネラロジストクリスタルストラクチャーから取ったものですが、左がターフェアイト、右がマスグラバイトで、上段はC軸に直交方向から、下段はC軸方向からの結晶図です。両者は近縁であっても全く別物であることが分かります。ですから、この違いを反映するデータが得られれば区別できるはずです。
図1:結晶モデル
ラマン分光
その方法の一つにラマン分光があります。これはすでに発表されていますが、現在信頼できるであろうデータとして認識されています。特にターフェアイトとマスグラバイトが示すそれぞれ415と412nmのピークの相違は日常の鑑別業務においても非常に有効であることが確認できています。ただ、ターフェアイト・マスグラバイトは共にラマンの発光ピークが他の鉱物種と比較してかなり弱く鋭いピークが立ちづらいという難点があり、測定にはそれなりの注意が必要です(図2)。
図2:ラマン分光
フォトルミネッセンス(PL)
今回、PLの測定を試みようと思ったのは、一つに前項の結晶構造の違いが反映されるであろうと考えたこと、二つ目はターフェアイト・マスグラバイトには副成分としてCrが含有されること、三つ目にはフォトルミネッセンスでのCr発光は非常に敏感でEDSで検出される程度の量があれば振り切れてしまう程のピークが立つこと、また、EDSでCrの存在を確定できない程度の量であってもフォトルミネッセンスならCrの発光を確実に検出できるためです。
実際に測定を行ってみると、2本のCr発光のピークは、図3のように0.3nmと0.2nmシフトすることが確認できました。これは一見わずかな差のように思えますが、機械を正確に調整し、鋭いピークであれば、514nmのレーザーで励起した時の700nm付近の分解能は0.1nmまであります(分解能についてはレニショー製ラマン分光器の納入元にも確認を取りました)。このように分解能以上の差異が確認されるため、有力な識別法の一つであることが分かりました。
図3:PL Cr発光
赤外分光(FT-IR)
図4は、ターフェアイトとマスグラバイトの赤外分光の違いを示したものです。両者は全く違うスペクトルが得られる事が分かります。ピークの重ならない所の数値を幾つか示しますが、マスグラバイトに注目してみると、ターフェアイトには現れない756cm-1の吸収、530cm-1付近にはターフェアイトとは全く逆転したピークが存在することが分かります。
実は、ターフェアイトもしくはマスグラバイトのいずれかであると決定されたものは、図のような2パターンしか存在しません。これらは全てラマン分光でクロスチェックを行い相違がことを確認しました。したがって、両者は赤外分光による確実なデータを得られれば識別が可能であると考えられます。
図4:FT-IR
ピンク マスグラバイト
タイのGITでマスグラバイトと鑑別されている石が当研究所に確認のため持ち込まれました。
はっきりとピンク色を呈するマスグラバイトは今まで遭遇したことがなく、この手の色調であれば、まずターフェアイトであろうと思ってしまう程です(写真2)。屈折率において小数点以下第3位に不確実さがあるとしてもかなり低い値であり、比重において下二桁目に不確実性があるとしても、ここまで低いものに出会ったことはありません。ラマン分光では412および714nmの発光ピークが確認され、先に証明したマスグラバイトのデータと一致しました。続いてフォトルミネッセンスの測定でも先に見せた図に重ね描きしても相違がありません(図5)。そして赤外分光の測定においてもマスグラバイトのパターンとよく一致します(図6)。したがって当該ピンク色石はマスグラバイトであるという結論に達しました。(続く)
写真2:ピンクマスグラバイト
図5:PL比較
図6:FT-IR比較
*鑑別結果については、それぞれ下記のように表記されます。
鉱物名(Group / species);天然ターフェアイト / 宝石名(Variety);ターフェアイト
鉱物名(Group / species);天然マスグラバイト / 宝石名(Variety);マスグラバイト