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Gemmy 145 号 「平成20年宝石学会(日本)「こはく、コパルの加熱実験レポート」」
藤田 直也
最近こはく、コパルに関する話題が多く見受けられます。実際にみたこともないような商品が鑑別に持ち込まれるケースも増えてきました。こはく・コパルは化石化した樹脂であり、有機物なので様々な方法で加工が行われることが容易に予想できます。
以前にも本誌でこはく、コパルに関する実験の報告を致しましたが(134号参照)、今回はさらに違った手法で実験しましたので、その結果を報告致します。
実験その1 加圧加熱実験
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写真1 加圧加熱実験装置
こはく、コパルに圧力をかけた状態で加熱するとどのように変化するのかを実験しました。実験器具は家庭用の圧力鍋を用い、120℃で2時間、2気圧をかけて加熱しました(写真1)。
圧力鍋の中は常に高温、高圧の水蒸気で満たされた状態です。
使用したサンプルは、すでに加熱を受けているバルチック産のこはく(写真2、上2個)と、気泡の多いバルチック産のこはく(写真2、下2個)、産地不明のコパル(写真3)の3種類でした。
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写真2 加圧実験前の加熱こはく(上)
気泡の多いこはく(下)
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写真3 加圧実験前のコパル
2時間加熱した後取り出してみると、写真4のようになっていました。上2個のすでに加熱を受けているバルチック産のこはくは、かなり褐色になっています。下2個の気泡の多いバルチック産のこはくは全体的に白くなり、産地不明のコパルは変形しました(写真5)。
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写真4 加圧実験後の加熱こはく(上)
気泡の多いこはく(下)
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写真5 加圧実験後のコパル
コパルの耐性はこはくに比べると弱く、加圧してある場合、割と低い温度で容易に変形してしまうことがよくわかります。また、コパルは色も少し褐色になりました。
では、すでに加熱を受けているこはくは褐色化が進むのに対し、同じ産地でも気泡の多いものは白くなっているのはなぜでしょうか。
この実験では高圧下の水蒸気がこはくの表層に何らかの影響を与え白く変質したのだと思われます。すでに加熱を受けているこはくは、もともと加熱されていたためにそのような反応は起こらず、熱による褐色化がよりすすんだだけだと考えられます。
実験その2 減圧加熱実験
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写真6 減圧加熱実験装置
次に、減圧して加熱するとどうなるのか実験してみました。実験装置は、凍結・乾燥用真空冷却・加熱装置(10008型・リンカム社製)(写真6)を用いました。この装置は、ラマン分光分析で冷却測定を行う際に使用する装置なのですが、冷却だけではなく加熱にも用いることができ、また-190℃まで冷却できる装置ですので、試料の周囲を真空にすることもできます。使用したサンプルは先ほどとほぼ同じで、すでに加熱を受けているバルチック産のこはく(写真7、上2個)と、気泡の多いバルチック産のこはく(写真7、下2個)、産地不明のコパル(写真8)の3種類で、150℃で2時間、真空の状態で加熱しました。
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写真7 減圧実験前の加熱こはく(上)
気泡の多いこはく(下)
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写真8 減圧実験前のコパル
加熱したあと取り出してみると、写真9、10のようになっていました。産地不明のコパルは、減圧した状態でも変形しました(写真10)。このことから、コパルは加圧、減圧どちらの状態においても、ある程度の熱が加われば変形することがわかります。表面は加圧加熱したときに比べるとそれほど変質していないように見えましたが、少し変質していました。
こはくに関しては、減圧して加熱するとこはく自体がやわらかくなり、中に入っている気泡が外に出て気泡が少なくなると予想していましたが、今回の実験では逆に気泡が大きくなっていました。気泡の多いバルチック産のこはくは気泡があつまり大きくなっていましたが、もともとほとんど気泡のみられなかったすでに加熱を受けているバルチック産のこはくにまで、顕微鏡で拡大すると確認できるほどの大きさの気泡がみられました。これは加熱する時間が2時間と短すぎたため、気泡が外に出る段階の前、つまり気泡が集まっているところで時間切れになってしまったのではないかと思われます。また、写真ではわかりにくいですが、どちらのこはくも色の褐色化が少し進んでいました。
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写真9 減圧実験後の加熱こはく(上)
気泡の多いこはく(下)
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写真10 減圧実験後のコパル
実験その3 放射線処理実験
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写真11 放射線照射装置
最後に、こはくに放射線を当てるとどのように変化するのかを実験してみました。放射線の照射実験は、当社のラボでも行うことが出来ないため、日本原子力研究開発機構の高崎量子応用研究所で実験を行いました(写真11)。線源にはコバルト60を用いて、それぞれ15kGy(キログレイ)、30kGy、60kGy、120kGyの放射線を照射しました。今回も3種類のサンプルを用意しました。
写真12の4個がすでに加熱を受けているバルチック産のこはく、写真13の4個が気泡の多いバルチック産のこはく、写真14が産地不明のコパルです。
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写真12 放射線実験前の加熱こはく
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写真13 放射線実験前の気泡の多いこはく
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写真14 放射線実験前のコパル
照射実験の後取り出してみると、写真15~17のようになりました。どの石も右に行くほど放射線を照射された量が多くなっています。すでに加熱を受けているバルチック産のこはくおよび気泡の多いバルチック産のこはくはかなり褐色化が進んでいました。どちらも照射を受けた量に比例して褐色化が進んでいることがわかります。コパルも同様に褐色化が進んでいますが、実験その1・その2と一番異なる点は、コパルが原型をとどめている点にあります。これは、コパルが放射線では軟化しないことを表しています。
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写真15 放射線実験後の加熱こはく
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写真16 放射線実験後の気泡の多いこはく
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写真17 放射線実験後のコパル
今回の実験結果
1.水蒸気で満たされた状態で加圧、加熱を行うと、表面が白くなるものがあるということです。この表面についた白い物質を赤外分光光度計(FT-IR)を用いて計測すると、構造はこはくのままでした。まったく別のものに置き換わったというわけではなさそうです。
2.コパルは熱に弱いということです。減圧した場合でも、加圧した場合でも、外形がかなり変形しました。表面も少し変質している箇所がありましたが、FT-IRを用いて計測すると構造はコパルでした。
3.減圧して加熱する場合、ある程度長い時間をかけないと気泡は逆に大きくなってしまうということです。もう少し温度を上げればこはくがより軟化し、気泡が外に出る時間も短縮されるかもしれませんが、温度を上げる分だけ褐色化もより進むことが予想されます。
4.こはくにある程度強い放射線を照射すると、褐色化が進むということです。ただ、加熱処理と違い放射線を照射するにはある程度の施設が必要であり、加熱処理で十分な効果が得られるのであれば、加熱処理を選択したほうが賢明だと思われます。
5.コパルにある程度強い放射線を照射すると、原形をとどめたまま褐色化が進むということです。またその褐色化は、照射した量に比例して強くなりました。これは他の実験ではなかった効果です。しかし、構造はコパルのままでしたので、耐久性には難があるといわれても仕方がないと思われます。
こはく、コパルは宝石の中でも大変特殊なものであり、これからも様々な処理が行われていくと考えられます。こはく、コパルの性質を正確に把握するためにも、今回のような実験を重ねていくことで、鑑別方法の確立の一助になればと思います。
注意
今回の実験は十分安全な環境において行われております。個体によっては、内部の気泡等が加熱時に破裂し、やけどを負う恐れもありますので、決して真似をしないようお願いいたします。