Gemmy 142 号 「小売店様向け宝石の知識「アンティークジュエリー10」」

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Gemmy 142 号 「小売店様向け宝石の知識「アンティークジュエリー10」」

アンティークジュエリー・Antique Jewellery 10

いつの時代にも人々を魅了してやまない宝石。その宝石が時代とともに語られるとき、それはただ単にモノとしてだけでなく、一つのストーリーを秘めて一段と光り輝きを見せます。人を魅了してきた宝石にまつわるストーリーはたくさんあります。とくに宝石が愛情の表現として使われた例は枚挙にいとまがないくらいです。婚約指輪・結婚指輪がそうであるように、宝石を贈るのがひとつの愛情表現であることは云うまでもないだろう。高価な宝石をプレゼントされると嬉しいものだが、だからといって石の大きさで愛の深さを計れるかは別問題かも知れない。

アンティークジュエリーの世界では、宝石と愛についてのすばらしい逸話がたくさんあります。そのなかでも“王冠を捨てた愛”として知られたイギリス王エドワード8世とシンプソン夫人のロマンスは、「歴史上最高に美しいラブストーリー」として世界の人々を感動させました。幾多の障害を乗り越えて結ばれた二人は、愛の証として、ひとつひとつの宝石に愛のメッセージを彫り込んで、それは素晴らしい宝石をお互いに贈り続けたエピソードは「宝石と愛情物語」として有名だ。英国国王ジョージ5世は、臨終の際、「息子は自分の死後、一年以内に破滅するだろう」という言葉を残したといわれます。彼の死後、王位を継いだ息子エドワード8世は、当時人妻であったアメリカ人女性シンプソン夫人との結婚のために、戴冠式を待たずして、僅か一年足らずで王位を退きました。

王位を捨て、夫を捨て、愛を貫いた二人は、その後、お互いの想いを確認するかのように、生涯を通じて、数々の宝石ジュエリーを贈りあったといいます。歴史に残るジュエリーコレクションのなかには、相手に向けた愛のメッセージが刻まれたものが少なくありません。この時代を背景に、“カルティエ”の「パンテール」が社交界に衝撃的なデビューしたのが1948年のことでした。ウインザー公爵(元エドワード8世)が、シンプソン夫人のために、「パンテール・ブローチ」をオーダーしたのです。114カラットのカボション・カットのエメラルドに、斑点をほどこしたゴールドの豹(パンテール=動物のヒョウ)が横たわっているという、とりわけゴージャスなものでした。その素晴らしい美しさのジュエリーに魅了された夫妻は、さらに翌年、152カラットのカボション・サファイアに座した「パンテール」を注文。当時もっともファッションの先端にいたシンプソン夫人を飾ったこの宝石ジュエリーは、瞬く間に世間の話題となり、その人気は一気に広まっていったのです。野生動物の力強い、しなやかな姿態の豹を宝石と貴金属の材料を使い美しく抽象化したジュエリーコレクション。さらに腕時計などのアイテムも加わり、現在も“カルティエ”を象徴するモチーフとして数々の名品を生み出しています。

はたしてウインザー公爵(元エドワード8世)の父、ジョージ5世が残した予言は、正しかったのか。王位を失うのが“破滅”だとしたら、予言は当たったと言えるかもしれません。でも「王冠を賭けた恋」として世界中の人々から騒がれながらも、深い愛情で結ばれ、ともに幸せな生涯を過ごした二人。その証が時代を超えて、今も「パンテール」の宝石ジュエリーとして、輝きつづけているのです。名品・宝石ジュエリー「パンテール」誕生の陰には、エドワード8世とシンプソン夫人の世界一の恋と愛情があるのです。

1972年にウインザー公爵が亡くなり、1986年にシンプソン夫人の死をもって、二人の世紀の純愛物語は幕を閉じましたが、愛の証は消え失せることなく、シンプソン夫人の遺言により、二人の遺品である宝石ジュエリーは社会貢献のためにオークションに出されることになりました。1987年4月2日20世紀最大といわれるオークションが行われ、二人の300点にのぼる宝石ジュエリーを含む遺品の売上げの90%がエイズの研究で有名なパリのパスツール研究所に寄付されました。

英国王位を捨て王冠をかぶらなかったエドワード8世。そして愛情を一身に受け止めたシンプソン夫人。二人のロマンスは人間の生きる姿の最高に美しい形であり,イギリス国民はもちろん世界の人々を感動させました。

この二人のアンティークジュエリーオークションは、表示価格の百倍〈通常は数倍〉で落札され、20世紀最大のジュエリーオークションと世界に報道され話題となりました。

「楽しいジュエリーセールス」
著者 早川 武俊